2009年12月15日 (火)

☆『クヒオ大佐』☆

14日(月曜)。週の始めなのに、意外と架かって来る電話の少なき1日だった。
お客さんも含め皆さん、この時期は「それドコロじゃない」んかも知れない(・ω・)

明朝から直行コースで日帰り出張をすることに決めたが、準備が案外手早く出来たので、帰りがけに職場近くにあるミニシアター“ソレイユ”に寄り、期待の1作『クヒオ大佐』を観て来た☆ 本日は奇しくも“メンズデー”ってことで、男性観客ばっかしだったな・・
高松には“堺雅人ファンの女性”ってばおらんのかいな?(=^_^=)

時は湾岸戦争の開戦した1991年。
巨大な米軍基地を擁する関東の街=小田山市(元ネタは恐らく神奈川県小田原市?)を中心に、女性相手に詐欺を働く“自称・名家の出である米国人特殊部隊パイロット”ジョナサン・エリザベス・クヒオ大佐(堺雅人)がいた。

結婚をエサに、蒲田南界隈の仕出し弁当店「ナガノ弁当」の女社長=永野しのぶ(松雪泰子)をたぶらかし続ける大佐。
どうやら自らは運転出来ないらしく「ナガノ弁当」の商用ワゴン車で送り迎えさせ、カネを貢がせては小田山温泉郷でエッチな密会を繰り返している(・ω・)

その一方、しのぶには「急な任務が入った」と偽り、旅館で待たせつつ・・自らは温泉界隈にある「市立小田山自然科学館」の女性学芸員=浅岡春を新たなターゲットに定める。

或いは、夕暮れの銀座をトレンチコート姿で歩き、ホステス=須藤未知子に狙いを定めたり・・

総てが順調な歩み(?)に見えたクヒオ大佐の“詐欺師ライフ”であったが・・そこに、しのぶのロクデナシな弟=達也(新井浩文)が絡むことにより、次第に大佐の完全犯罪(=^_^=)にも終局の迫り始めることとなる・・

う〜ん・・もっとノーテンキにゲラゲラ笑える作風かと思ってたら、意外と深いような、重いような、薄いような、不思議なテイストを有する物語だった。

って言うか、本作は(最近流行りの?)2部構成スタイルのストーリーであり、
・第1部 血と砂と金
・第2部 クヒオ大佐
から成り立つハナシの一部に過ぎなかったのだ! ←いや、第1部って5分前後しかなかったってば(=^_^=)

主演に堺氏を迎えたこと、彼に最も接近してた姉弟役に松雪さん&新井くんを起用したこと、脇を固めてたのが内野聖陽氏だったこと・・など、ポイント的に俳優陣が素晴らしかった!
本作、特に前の3人のキャスト(=堺、松雪、新井)が違ってたら、メタメタになってしまってたように思う。

クヒオ大佐自身は、英語が堪能な訳でもなく、軍関係(全般)に対するリサーチが完璧な訳でもなく(=^_^=)、常に「誰かにどっか、突っ込まれ得る」危うさを持ったキャラを演じてた。
誰がどう見ても「うさん臭い」訳なんだが、そこは“絶妙なテクニック”で表面的には自然に騙して行くのだ☆

特に「未知子の前にベンツで現れる際のテクニック」は、運転手に外からわざわざドアを開けさせる手口に至るまで、テクニック&タイミングとも完璧だった!
『街の灯(1931)』で、盲目の花売りの娘(ヴァージニア・チェリル)を(クルマのドア開閉音&エンジン音で)欺く(=ホントは浮浪者だが、富豪と思わせる)喜劇王チャップリンの演出もまさに「神がかってた」が、本作のこのシーンは、それをも連想させる“洗練された演出テクニック”を感じたな。

「相手の側に気付かせ、接近させる」「同時進行で騙す」「“その瞬間(タイミング)”のみ組み立て、相手に見せる」などのテクニックは、荒削り&浅はかながらも(我々男性陣の)体得すべき心理学的アプローチを確実に実践してたようにも(・ω・)

大佐の性格付けにある程度の“余地”が残されており、その「語られなかった部分(=背景、心情)」を色々と想像する楽しみはあったか。
けど、大佐は根本的に「真相を総て語らぬ人間」「情に流されぬ人間」「実は金銭にはさほど執着せぬ人間」ではなかったか? と私的には印象を持った。

それにしても、貢がせ続けたカネを、どうしとったんやろね?

〜 こんなトコも 〜

♦ファミレスで顔面を殴られる大佐。その鼻は大丈夫か?(⌒〜⌒ι)
♦いきなし腕立て伏せを際限なく(?)始める大佐。あんたは『刑事物語』の武田鉄矢か?
♦あの2刑事とか、内野氏演じる官僚=藤原のキャラとかは結局どうなったのだ?
♦新井くん、『ジョゼと虎と魚たち(2003)』の頃はもっと悪ガキっぽく見えたんだが、ずいぶんと怖い感じに育って来ましたね(×_×)
♦しのぶとの関係が一番深かった大佐だが、2人のシーンの描き方が最もクリーンだった気がする(・ω・)
♦堺雅人ファンには吉報? 彼のオールヌードのバックショットが拝めるぅ。しかしながら・・一般男性観客に嬉しい描写は・・余りない(×_×)
♦劇中で一番“カッとなって手の出る”キャラは・・大佐ご自身ですた(⌒〜⌒ι) んでも回想シーンを除けば、暴力描写は(意図的にか?)控え目だった気がする。
♦「パイロット」「詐欺師」と言う2つのキーワードから連想したのは『キャッチ・ミー・イフ・ユー・キャン(2002)』だったが・・あちゃらに比べると、流石に(総てが)洗練されてなかったッスね(=^_^=)
♦中盤で“軍服野郎”がもう1人登場する(=^_^=) ワタシはつい「クヒオ大佐複数説」「クヒオ大佐影武者説」までも妄想しちゃいますた(=^_^=)
♦ラストに“ご本人”のインタビューを入れて欲しかった(=^_^=) ・・いや、なくてもエエか、、
♦缶ビールにバナナ、、アテとしてどうよ?
♦大佐が指名手配された当初の肩書は“クヒオ中佐”だったらしい(=^_^=) 1階級特進!
♦彼の上官は「ジョーンズ司令官」だそうだ。
♦まんじゅう専門店『國一』は小田原に実在する店らしい。
♦「山手(?)信用金庫」は実在しない金融機関らしい(・ω・)
♦単なるカードサイズの手鏡みたいなアレが2800円もするらしい、、
♦主人公が文豪肌だったら、主人公役は浅野忠信が似合ってたんかな?(←別作品だよ、もはや)
♦警視庁捜査2課は・・知能犯罪、詐欺犯罪の担当なんですね(・ω・)
♦意外と「こそこそ逃げ去る態度」の少なかったように感じた大佐。達也に対しても、臆せず対峙してた感もある。
♦「謎がある」からこそ、男女関係は持続するのかも? 「謎がない」からこそ、ワタシはあかんのかも(涙)
♦そりゃ、弁当屋のパートのおばちゃんらも怒りますって。。
♦大佐は泳げたんやろか? 関係ないけど、少し気になる。

〜 こんなセリフもありました 〜

大佐「あなた、子供、嫌いでしょ?」
  「パナマ侵攻作戦時、前線に取り残された兵士が“ニガクリタケ”を食べて犠牲に」
  「パナマは・・向こうだね」
  「着物の下は・・ブラジャーを着けないんだね」
  「何故あんなことを言ってしまったんだろう・・だからお詫びに来たんです」
  「迷っているなら、買うべきです」
  「日本語も、勉強してみよう思(おも)て」
  「仕事、嫌いでしょ?」
  「私たち、良いパートナーになれそうですね」
  「君の隣で見る、海がとても好きなんだ」
  「『沈黙の艦隊』を読むんだ。何度も何度も、ボロボロになるまで」
  「この鏡の反射光は160キロ先まで届きます」 ←ウソつけ!(=^_^=)
  「今、話せますか? イイ話です、未知子さんにとって」
  「ヤなことがあったら・・空を見るんだよ」
  「つまり・・“女王の親戚には、損はさせられない”言(ゆ)うことです」
  「違うのです。今のは“照れ隠し”です」
  「“裏の情報”の力はスゴくて」
  「あの(剥製の)タヌキは、幸せですか?」
  「恋人がいるのですか? いないのだったらイイでしょう?」
  「あなたには友だちがいないのか! ニッポン人!」
  「思ったより、お金、ないねぇ」
  「デフコンがレヴェル3(スリー)になったので・・」 ←“高度防衛準備状態”のこと
  「僕たちばかり、幸せになってしまうけど」
  「理想の実現のためには、ある程度の犠牲は仕方ないんだよ」
  「子供たちの幸せを奪う権利は、誰にもない」
  「大事なのは気持ちだから」
  「日本間って、寂しいね・・って言うか、何か叱られてる気持ちになる」
  「正座は、結構やかましく言われたな」
  「空ばかり見てて・・だから飛行機が好きになったんだ」
  「騙したんじゃない。相手が望んだことをしてやったまでだ」

しのぶ「あんたに何が分かるのよ!」
   「(あなたが)好きだから騙したに決まってるじゃない!」

春「私、ズルいですか?」
 「海でも、行きますか?」
 「死んだらそれこそバカなんで、死にませんけど」
 「何であたしだったの? お金なんかないのに」
 「ズルいわよ、あんたたち!」

未知子「あのバカは放っといてイイの?」
   「スペルが3つも間違ってる」
   「笑えるわ・・最高に下らなくて」

達也「お前、アメリカ人じゃないだろ?」
  「だから俺だよ。電話架ける時は、ちゃんと相手を確認しろよ」
  「お前、わざとやってんだろ?」
  「何でわざわざ(ドル紙幣に)両替すんだよ。全部バレてんのに」

理香「こんな時に言うのも何だけど・・あのアメリカ人、やっぱりおかしいと思う」

藤原「日本は人(=兵士)を出さない。だから値切れない」
  「論理的な説得は、期待出来ませんな」
  「この戦争に、日本はもう負けたんですよ。誰1人“戦争と言う実感”すら持たないままにね」
  「お前はトムか? トム・クルーズか?」

しのぶ「一緒に死のう。死ねば“本当になる”から」
大佐「・・どう言うこと?」
しのぶ「“本当”だって証明したいの」

理香「昨夜の(あんたの)長電話で湯冷めしたんですけど」
春「ごめん」
理香「そのせいで太ったんですけど」
春「それは知らん」

春「なんかおごるよ、いつか」
理香「今、おごれよ」

春「ここで釣れるカサゴは黒いんです」
大佐「深いんだね、とっても」

大佐「No! Don't kill you!」
達也「“Don't kill me”だろ? そこは」

春「今日、理香は休みですよ」
大佐「あなたに会いに来たんです」

未知子「銀座にはもう、来ないで下さい」
大佐「何故です?」
未知子「お店で会いたくないってことです。
    ・・これからは2人きりで会いたいってこと」

婦警「静かに!」

追記:本作のポスターそのまんまのレイアウト&コスチュームで、4人を「西島秀俊」「広末涼子」「中谷美紀」「木村多江」に置き換えたのんを見てみたい(=^_^=)

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2009年12月 2日 (水)

☆『空気人形』☆

1日(火曜)の夜。前々から観たかった1作『空気人形』を職場近くのミニシアター“ソレイユ”で鑑賞して来た。
たまたまであるが、本日が1日(=ファーストデー)ってことで、1000円で観ることが叶った☆ ここ“ソレイユ”では、この先も『クヒオ大佐』『母なる証明』『リミッツ・オヴ・コントロール』・・と言った凄まじい佳作群の上映が控えてもおり「大手シネコンを圧倒する勢いやん!」と嬉しくて仕方のないワタシである。

本作、『誰も知らない(2004)』で世界に名乗りを上げた(?)是枝裕和監督の最新作でもある。
しかし、予想してた以上に、上映館やら観客層やらを「自ら狭める」かのような(?)面白い意欲作に仕上がっていた。常人であれば、もっともっと資金を集めて「中身はない(薄い)けど鼻息荒い1本」をぶちかますトコでもあろうが、この題材は一体どうしたことだろう? カントク(⌒〜⌒ι)

港湾にほど近い東京の下町“銀町”の一角。
とあるアパートに関西出身の中年男・秀雄(板尾創路)が暮らしていた。彼が“のぞみ”と呼び、性欲のはけ口(!)とするのは“ラヴリーガール・キャンディ”と言う名の希望小売価格5980円(⌒〜⌒ι)の「空気入りビニール人形」。

どうしたことか、ある日“のぞみ”は心を持ち・・自らの意思で動き、歩き始める・・戸外に降る雨、町を流れる風、がらんと広い公園とその向こうにそびえる高層建築・・彼女(ペ・ドゥナ)の眼にする総ては、新鮮な驚きに満ちていた。

町で“シネマサーカス”なるDVDレンタル店に入った“のぞみ”は、そこで働く純一(ARATA)と言う青年に出会い、やがて恋に堕ちる・・

監督が「撮りたい作品を、好きなように、楽しんで撮らはったんやな〜」と言うのが伝わって来る。一方で、是枝監督ならでは(?)の号令がかかったか、余貴美子、寺島進、富司純子・・と言ったすんごい面々が集まってた! 中でも、人形工房(=有限会社ツチヤ商会)で孤独に働く青年(=人形師)を演じてた「あのしと」の登場には少しびっくり!
こんな役もやらはるんやね〜。『THE有頂天ホテル(2006)』の“あのバーコード系の筆耕屋”を眼にしたとき以来のサプライズですた(←誰だか分かるっての)

当初の予想では、誰もが思い付く辺りだろうが『ラースと、その彼女(2007)』やら『マネキン(1987)』『マネキン2(1991)』やらのテイストの変形版かな? と思いきや・・連想したのは意外にもクロサワ映画『どですかでん(1970)』だったりした(=^_^=)

とある町を舞台に“どっか空っぽで奇妙な人々”が多数登場する群像劇なテイストがかなり似てたように感じたな。
「空気人形」は確かに物語の“軸”には違いないんだけれど、彼女を「鏡(或いはそのまま“空気”と言い換えても良いだろうか?)のような存在」に見立て、結局は町の人々がそれぞれにささやかに主役を演じてたようにも。

実際に観るまではペ・ドゥナと言う女優のことを全く知らず、ポスターなんかの印象から「美人とも言えないし、おかしな顔立ちの子やな〜」と“おかしな顔立ちである自分”を差し置いて(×_×)勝手に評価を下げてたワタシだったが・・実際に動(いご)くペ・ドゥナさんを拝見して・・恐れ入った。。

まずは体当たり演技が天晴れ! 全裸バックショットは当然(?)のこと、円錐形の可愛いおっぱいが拝み放題(!)なのである。
特にワタシの気に入ったのは「全裸の(横向き)座り姿で、自ら空気を入れる動作」のシーン。
男性のみならず、女性の方々にもご覧頂き“女性の美しさ素晴らしさ”を再認識頂きたい映像である!

しかし何だろ? 冒頭からの映し方では、明らかに秀雄を主人公っぽく描いてるのに、中盤以降はずんずん彼の存在が後退していってた。まるで某コミックの則※千兵衛博士(←いわゆる“スランプなドクター”)のようである(・ω・)

生きてる人間、生きてる人形、それぞれが自らの過ごす日々に“空虚”を感じ、迷いつつ生きてるんだが、そんな中「歪んだ形の愛とその死」が淡々と(?)描写される辺りは、妙に猟奇的に見えてしまい、ちょっと背筋のザワつくのんを覚えた。
(何だか『実録/阿部定(1975)』も連想しました、あの場面)

『誰も知らない』もそんなテイストを含んでたが・・是枝美学(?)の中には「人がひとたび体温を失えば、もはやそれはただのゴミとなる」とでも言うような思想が刻まれてるんやろか? 静かに奇麗に、時に無国籍な映像世界の流れた本作であるが、一方では、この上なく汚い世界を、是枝監督が手がけたが故に、辛うじて「美しく」観客に見せることが叶ったのかも知れないな・・と不思議な余韻を感じたワタシである。

〜 こんなトコも 〜 

♦空気人形が出かける際には、秀雄宅の玄関は施錠されてなかったようだ!
♦映画ネタもちらほら出て来た。苦笑させてくれたのは、レンタル店のポスターにある、ドンランド・ギメリッヒ監督の新作『西暦2万年』とかってヤツ(=^_^=) 他に『スタンド・バイ・ミー(1986)』『ブラック・レイン(1989)』『仁義なき戦い(1973)』『太陽がいっぱい(1960)』『メリーに首ったけ(1998)』などのタイトルがセリフ中に出て来た☆
♦一見ちゃちな空気人形だが、箱には“次世代空気式バディ!!”とか書かれてた☆
♦駄菓子屋の風景。「リリアンあります」の手書きポップ(?)が何とも言えず懐かしい。
♦おヘソの栓(?)から空気を抜いたり、再び吹き込んだりする行為・・ペ・ドゥナの恍惚の表情にやられた! 顔面を紅潮させないとアカンけど、汗までかいたら不自然な訳で・・あのシーンは撮る側もかなりの試行錯誤を重ねたと見た! 類稀(たぐいまれ)なラヴ・シーンである!
♦『ウルトラミラクルラヴストーリー』以来のARATA氏。かの作品でも「思いっきり奇妙な役柄」だったが、本作も何とも奇妙なキャラだった、ふんとに。
♦「※※入りのビニール袋」をゴミ捨て場に運んで(引きずって?)来る人形・・思いっきりホラーじゃん!
♦巡査(寺島進演じる)の借りてった1本は『フェイク(1997)』だったんやろか? ジョニー・デップとかアル・パチーノとか言ってたように聞こえたし・・(・ω・)
♦ラスト近くの「ハッピーバースデー」な演出は『新世紀エヴァンゲリオン』か『ゲーム(1997)』かって感じ。
♦公園周辺(?)を自転車で走り回る秀雄の必死さには、それなりの優しさがあったと思う。

〜 こんなセリフもありました 〜

秀雄「どないする? もう遅いし、今日は風呂やめとこか?」
  「のぞみ・・奇麗や」
  「俺、お前といつまでエッチ出来るんやろなぁ」
  「星座(ほし)にヤキモチ焼いて、どないすんねん」
  「読んだんか? 俺のブログ」
  「なぁ・・元の人形に、戻ってくれへんか? 普通の、只の人形に・・ムリか?」
  「こう言うの、めんどくさいからお前にしたのに・・
   いや、めんどくさいのは、お前やのぅて、他人(ひと)の方や」

のぞみ「き・・れ・・い・・」
   “私は、心を持ってしまいました。持ってはいけない心を、持ってしまいました”
   “心を持ったので、嘘をつきました”
   “私は、空気人形。性欲処理の代用品”
   “私は、空気人形。型遅れの安物です”
   「コレで線、消せるから」
   「ごめんなさい。役に立てなくて」
   「見ないで・・」
   「ああ、ごっつ奇麗やなぁ」
   “心を持つことは、切ないことでした”
   「何で私なの? 私じゃなくてもイイんでしょ? そうなんでしょ?」
   “心なんか、持たない方が良かった”
   「生んでくれて、有難う」
   「誰かの代わりでもイイの」

純一「何かお探しですか?」
  「生きてるものはいつかは死なないと。世界が生き物で溢れちゃうから」
  「空(そら)には空気があって・・それは透明で眼には見えないけど、確かにあるんだ」

店長「あのね、橋の向こうに行くと“ツ※ヤ”があるからね」
  「誰とでもするの? こう言うこと・・イマドキの娘は」
  「ちょっと触ってくれるかな?」

老人「君だけじゃないよ、空っぽなのは」
  「蜉蝣(かげろう)は“ただ生んで、死んで行くだけの生き物”だが、
   我々人間も同じようなものさ・・下らんよ」
  「犬を飼うなんて、悲しいだけさ」
  「済まないが、一寸(ちょっと)触って貰えるかな?」
  「掌(て)の冷たい人は、心の温かい人だと、昔から言うんだよ」

吉野 弘の詩『生命(いのち)は・・』より

 “生命(いのち)は、自分自身だけでは完結出来ないように、作られているらしい”
 “生命はその中に欠如を抱(いだ)き、それを他者から満たして貰うのだ ”
 “世界は多分、他者の総和・・しかし互いに欠如を満たすなどとは、
  知りもせず、知らされもせず・・バラまかれている者同士、無関心でいられる間柄
  時に、疎(うと)ましく思うことさえも許されている間柄”
 “私もある時、誰かのための虻(あぶ)だったろう・・あなたもある時、私のための風だったかも知れない”

純一「他には、どんなこと知りたい?」
のぞみ「あなたのこと、もっと知りたい」

のぞみ「歳を取るってどう言うこと?」
純一「老いてだんだん死に近付いて行くこと。そしてやがて・・生命(いのち)を失うこと」

のぞみ「心を持ってしまったの」
秀雄「・・何で?」
のぞみ「分からない」

老人「わしも・・ずっと“空っぽの代用品”だった」
のぞみ「寂しかった?」
老人「どうだったかな? もう忘れてしまったよ」

人形師「ちゃんと愛されたかどうかは、戻って来た人形の表情で分かるんだ」
   「残念だけど、君たち人形が戻って来れば・・“燃えないゴミ”なんだ」
   「まぁ僕も、いつか死んだら“燃えるゴミ”だから、大した違いはないけどね」
   「君の見た世界に“美しいもの”は少しはあったかな? ・・なら良かった」

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2009年10月 1日 (木)

☆『火天の城』☆

29日(火曜)。
“実に中途半端な平日”ではあるも、夏期休暇を頂いた。
「さぁ、何処へ出かけよう?」と考えてたんだが、いつもの時刻に起床すると・・戸外が雨降りだったモノで、そのまままた寝てしまった(・ω・)
約1時間毎に寝ては目覚め、また寝ては起き・・ってのを数回繰り返し・・本格的に起床を決意したのは正午寸前だった(×_×) やっぱし疲れてたんだわ、うん。

目覚めのきっかけとなったのは某“宅急便”の呼び鈴である。
ついに『ひかりone』ちぅ光ファイバー通信のスターターキット(VDSLモデム+ホームゲートウェイ)が届いた次第☆

これにて、約半年も耐えに耐えて来た“遅過ぎるイ※モバ※ル”と(やっとこさ)おさらば出来るのである☆
(と言っても、2年間のシバリ(契約)があるので、とっとと解約する訳にも行かんのだが(×_×))

「すぐ接続しよう!」と思ったが、何だかパッケージが仰々しく、開封が“直感的に面倒”に思えたため、後回しとし、家事やら片付けやらをトボトボやっていた。

「雨降りだし家でゴロゴロしとこう」とも考えたが「そう言や、観たい1作があったんや!」と思い出し、夕刻迫る時間帯をクルマで向かったのは“ワーナー・マイカル・シネマズ綾川”である。取り敢えず、界隈ではここでしか観ることの出来ない1本『火天の城』ってのを鑑賞して来た。

ひと言で言えば“築城ロマン大作”ってトコだろうか。

切り口こそ、一見「荒唐無稽ぽく」も思えるが、内容は史実を下敷きとしたものだ(ろう)し、何と言っても演出面を抑えめにしてるのに好感を持った。2時間半に迫る(やや)長尺な上映時間のため、尻込みしちゃいそうになってしまったが、結構作品世界に没頭させてくれたかな。
傑作とまでは言えないんだが、静かなる佳作と好評したい。

今より500年の昔。
尾張の国を治める織田信長は、安土の地に、それまでに例のない巨大な城郭の建造を命じた。
5層7階の天守を構えた豪華絢爛な「安土城」である。
しかしかの城は、完成からわずか3年の後に失われてしまう。そのため後年「安土城」はこう呼ばれることとなった。
“幻の城”と・・

鉋(かんな)、鑿(のみ)、墨壺・・これらの道具を用い、幾多の功績をして“棟梁の手は神の手”と門人に言わせしめる熱田の宮番匠(宮大工)=岡部又右衛門(西田敏行)。
天正4年、彼のもとへ信長(椎名桔平)が直々にやって来る。
「安土の山をまるごと1つ、我が巨城に仕立てよ。そして、天守には5層の櫓を構えよ。工期は3年でな」

施主(=信長)の注文の中に「4層までを“吹き抜け”とせよ! 南蛮の大聖堂のように」なるムチャクチャな必須(?)条件の含まれることを知った又右衛門は、その点には流石に難色を示すが・・結果、信長は機嫌を損ねてしまい、
「“指図(=設計図)争い”を行い、その勝者に築城の総指揮を任せる!」と言い放つ。

又右衛門以外に(指図提出を)命じられた匠(たくみ)は2名。

「金閣寺」を手がけた“京の池上家”の宮大工=池上五郎右衛門(石橋蓮司)。
「東大寺大仏殿」を手がけた“奈良の中井家”の現棟梁=中井孫太夫。

圧倒的な2ツの名家を相手に、又右衛門は果たして“総棟梁”の座を勝ち取れるのか?
そして、、たとい勝ち取ったとして、その先、実際に3年の内に5層の天守を擁する巨城を完成させることが出来るのか?

妻=田鶴(大竹しのぶ)、ひとり娘=凛(福田沙紀)の見守る中、又右衛門は黙々と指図、雛型(=縮小模型)の作成に取り組むのだが・・

おお! なかなかに“ロマン”をかき立ててくれる快作である! 城作りを命じられた男が「vs施主」「vs家族」「vs同業者」「vs門人(大工衆)」「vs運命」など、あらゆる相手との対峙を余儀なくされつつ、持ち前の“知識”“経験”“人情”“直感”などでこれらを退け、或いは和合していく・・何だか某国営放送で(莫大な受信料を注いで←おい)スペシャルドラマ化すれば、結構な(視聴)率が取れそな、そんな展開である(=^_^=)

「流石にコレ(=この状況)はあかんやろ!」と思わせながら、毎回ギリギリの所で難関を突破していく演出はかなり面白い! その陰で、幾人もが命の花を散らして行くのだが・・まぁ西田さんが主人公だから、その人物像に突っ込む訳にも行くまい(⌒〜⌒ι)

惜しむらくは、豪華俳優を結集させてるが故、彼らの「役者としての存在」が「役柄(そのもの)を超えちゃってた」トコだろうかな。。
又右衛門が時に涙し、時に激するんだが、、その度に「あ、局長泣いてる」「また局長泣いてる」「局長怒ってる」「局長が黒幕?(←作品違うし)」と思えてならなかった(・ω・)
石工棟梁の清兵衛も「あ、夏八木勲さんだ」とか、「京の池上? まんま石橋蓮司さんやん」とか「木曾義昌? いつもの笹野高史さんじゃん」とか、そう言う風にしか思考を切り替えられなかった(×_×)
逆に余り「邦画を観ない」「男優を知らない」観客の方が純粋に楽しめるんかも知れない。

信長役の椎名さん。イマイチ「人間的な懐の深さ」までは迫れてない感もあったが(←私見だけど)、それなりに「ロマンに生きる、当時の日本で最も熱かったであろう漢(をとこ)」を好演してはくれてた。
武芸の稽古にも余念がないし、フリル付きのシルクのシャツ(?)の上に武将羽織(?)をまとった出で立ちは「この人じゃないとマズかった(サムかった)やろな〜」と思わせしめる。

意外と周囲の男衆の中に埋没してたみたいだが、福田沙紀演じる(又右衛門の娘)凛の容姿には「ほぇぇぇ!」と魅了されてしまった。これまでの演技は『ヤッターマン/劇場実写版』しか知らないんだが、あちらでは“ドロンジョ様”にすっかり意識を奪われてしまい(=^_^=)全然この子の存在が映ってなかったような・・

まだイマイチご尊顔と名前がマッチング(まいっちんぐ?)して来ない沙紀ちゃんだが、ちょいと注目して行きたいと思う。

〜 こんなことも 〜

♦後半(?)の“襲撃事件(騒動)”は「中途半端」で「取って付けた」ような演出に感じた。どうしても、忍者っぽいしとたちを登場させたかったんやろか?(海外上映対策?)
♦劇中で唯一“首コロ”されちゃったあのしと。どうして逃げなかったんやろ? 生き延びさえすれば「安土城」が拝めたであろうに(・ω・)
♦ムチャクチャ重そうな巨木が、本作の“重要アイテム”となるんだが、主君に現場を押さえられることもなく、良くぞ(秘密裏に)切り出しが出来たものだ! 人員的にもかなり必要と思ったが。
♦“本能寺”“明智光秀”なども「ネタ」として登場させ、絡めて欲しかった。
♦流石は信長公! あの世紀末覇者(←誰?)のように、飛びかかる刺客に“マント攻撃”を決めてくれてた!
♦終盤、とある人物が実はアレしてた辺り、、『宇宙戦争(2005)』を思い出してしまった(⌒〜⌒ι) 当初の仲間の涙は何だった?
♦石垣を巡る、石工の“現場のドラマ”も、並行してちょろっと描いて欲しかった。
♦あの巨石は結局どう運んだんやろ?
♦石を“畏れ敬う”と言うなら、その上に座るのもどうかと思うが(・ω・)
♦「1度裏返った板が、また表を向くこともある」と。
♦又右衛門の“忘れ物”・・特になくても(その日は)困らなかったようにも思った。
♦ボカボカ殴られながら「かたじけない」を繰り返す西田局長(=^_^=)は・・「傍目に見ると危ないおとっつぁん」でしかない。。
♦何処となく、吉村昭の実録小説『戦艦武蔵』を連想してしまった。
♦池上家の提示した天守閣(の指図)。頂の2層に「金閣寺」がまんま乗っかってるようで、コレはコレで素晴らしい意匠だった!

〜 こんなセリフもありました 〜 ※他にも“ええセリフ”が満載だが、メモが判読不能で(×_×)

又右衛門「力ずくでは、木は言うことを聞いてくれぬぞ。優しく扱ぅてやれ。女子(をなご)のようにな」
    「お前は何でも、簡単に言う」
    「化け物のような城じゃ」
    「“人”“物”“事”・・どれ1つ欠けても、それは成し遂げられぬ」
    「ご容赦!」
    「木には1本1本、癖がある」
    「“お願いの儀”が御座いまする!」
    「わしらは、1つのものを皆で分け合って来た」
    「あった・・出逢ぅた・・!」
    「陣兵衛殿、かたじけない」

信長「(ここから)何が見える?」
  「ここは、大和(やまと)66州の“ど真ん中”じゃ」
  「戦乱の世から、1000万の民を守る。大和の民を(このわし以外の)誰が思う?」
  「(この“抱え大砲”の活用こそが)これからの戦(いくさ)じゃ」
  「よくぞの願いじゃ!」
  「誰が(この器を)高価と決めた?」
  「強く願い、命をかけて突き進まねば、ことは成らぬ」
  「どちらにせよ、最後はこのわしが決着(けり)をつける」

田鶴「女は、笑みを絶やさんのよ」
  「お父さんを貶(おとし)めるのは、私が許しません」
  「女子は家内の日輪(にちりん)」

信長「出来るか? 出来ぬと言うのか?」
又右衛門「・・建てまする!」
信長「良ぅ言うた!」

又右衛門「その丸い物は? もしや“爆発玉”では?」
信長「図星じゃ! ・・マパ・ムンド(mapa mundo)。マパは“地図”、ムンドは“世界”
   即ちこれは“地球儀”じゃ。この世はかくも丸くある」

役人「身の程知らずの田舎大工が」

秀吉「無理を通してしまわれるのが、御館(おやかた)様じゃ」

市造「この世は、この瓜のように丸い」
熊蔵「たわけ! この世は何処まで行っても真っ平らじゃ」

清兵衛「どうじゃ? 自信は?」
又右衛門「“まな板の上の鯉”じゃ」

棟梁「木を粗末にするな! 拾え!」

平次「不器用は宝だ。(それを自覚するが故に)工夫し、努力する」

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2009年9月26日 (土)

☆『カムイ外伝』☆

25日(金曜)。
時々、自宅(マンション)の集合ポストにチラシが入っており、それは「コーティングプロショップ」のモノであった。
前々からクルマのボディ(表面)に皮膜加工を施す、ちぅ“ポリマーコーティング”に興味あったんだが、如何せん数万(!)もかかることなので、なかなか踏み出せなかった(×_×)

が、このチラシによれば「コースによっては、結構安い(←かどうかの感覚には個人差があります!)」みたいなので、仕事終了後に問い合せをし、そのまま(当夜に)予約を入れることとした(←直感的に決めますた)。

結局“3ヵ月間(効果の)維持されるコース”にプラスし、室内清掃+ホイール洗浄+フロントガラスの(撥水)コーティングなどを含めた「フルコース」でやって貰った☆

施行時間は1時間と少し。
“新車の輝きが再び!”・・と表現するには流石にチト厳しい感があるが、、ドアノブを握った瞬間、ボンネットフードに触った瞬間などの「ボディ表面のヌルっと来る感覚」が気に入ってしまった! ヌルっとスベスベな表面なのだ。

今までが(青空駐車により)徹底的に汚れまくって来たモノで、根本的に(ほぼ)キレイになったことはとても喜ばしい。

・・そんで「3ヵ月後にどうするか?」はまだ分かんないが、スタッフの雰囲気も良い感じなので「また来てもエエかな?」と思っている。
ボディ自体もさることながら、汚れまくってるホイールがピッカピカに変わると、それはそれは嬉しいモノである!

んで、作業を終えてから、タラタラとクルマを走らせ“ワーナー・マイカル・シネマズ高松”へと。
本日の最終回となる『カムイ外伝』を鑑賞して来た次第。

17世紀の日本。徳川の時代。
最下層の民“非人”に生まれた少年=カムイは、貧しさ故に“忍(しのび)”となり、掟に縛られるが故に、やがて“抜け忍”となった。

カムイの願いは「強くなること」と「自由な人生を生きること」のみ。
しかし彼を抹殺するため、伊賀の里の大頭(おおがしら)は次々と“追忍(ついにん)”を放つ。

だが、カムイにとっての「最大の厄介な存在」とは・・“追忍”ではなく“絶えず己の中に芽生える疑心”であった。
今日も逃げ続けるカムイ、生きるために・・

次に彼の出会う人間は、敵か? 味方なのか?

監督:崔洋一、脚本:クドカン(宮藤官九郎)、主演:松山ケンイチ・・と来れば、スペック的に面白くならない訳がないんだが・・正直「かなりつまらない!」と感じた。って言うか「勿体ない」感がより強い。

特に佐藤浩市、小林薫の両名は、もっと“彼らならではの用い方”をすべきではなかったか?

クドカン脚本として、こんな作品は「評価したくない」ので「共同脚本の崔監督が、ダメ出しをしまくった結果、変質したんだろう」と勝手な解釈(?)をしておくとしよう(・ω・)
もしくは(ほぼ)同時期に執筆してたハズの『なくもんか(2009)』『鈍獣(2009)』『少年メリケンサック(2009)』のそれぞれにパワーを持って行かれ、スッカスカになってしまったんかも知んない。。

前半は「森林バトル」で、中盤以降は専ら「浜辺バトル」で構成される本作。
綾瀬はるか主演の『ICHI』も“予想より、もっさりした世界観”があり、必ずしもスピーディ&スタイリッシュとは評価出来ぬ仕上がりだったが、本作は更にもっさりし過ぎてる(×_×)

かつ「刀バトル」を眺めた際の“ヤバいほど斬れそうな刀身の映像表現&演出”にすこぶる失敗してたのが致命的やな・・と。
『キル・ビル(2003)』や『ラスト・ブラッド』等における“カタナ表現”に「全く迫れてなかった」のは、至極残念だった。

波らしい波もなく、淡々と物語は進んで行くんだが「差別する側、される側のドラマ」ってのも序盤辺りで踏み込み不足なまま、終わってた印象があった。
特にカムイ自身を「非人として悩む男」か「抜け忍として悩む男」かを明確に舵取り出来てないまま、ハナシが進むので、どう彼に感情移入して良いのか、分かんなかった(×_×)

客観的なことはナレーション(←山崎努氏! これが本作最大のサプライズかも!)で説明してくれるんだが、それも何処か漠然としてたし・・

他にも
♦「怪しいヤツが、案の定怪しい」と言う予定調和さ
♦海上シーンの妙な多さと、常に気になる“合成っぽさ”
♦中盤以降、妙に「立ち位置の後退し過ぎる」小林薫氏(×_×)
♦やってはならぬ“中途半端な悪夢演出”・・何だか理解不能。何処まで夢なのか、良く分かんないし。
♦いきなり浜辺で起こる、あの大惨劇(ムチャクチャや!)

ハッキリ言って、ワタシの観たかった“カムイ”は本作では全く描かれてなかった・・
『カムイの剣(1985)』の方が、ひょっとしたら面白かったかも知れんぞコレは(・ω・) ←いや、原作者違うし!

〜 ほか、こんな辺りも 〜

・舞台は「備中松山藩」ってことで、現在の岡山県高梁市らしいが・・あの海の色合いは「ない」んじゃないかと思う。。
(ロケ地はオキナワだったようで・・撮影、楽しかったやろなぁ)
・目玉(入れ眼=義眼)取れる、両腕ぶった斬れる、三方(さんぽう=台座)に生首据えられる・・など描写的に“年齢制限”かけた方がエエと思うんだが、、
・ワイヤーアクション多用し過ぎ! 全体的に表現がもたついとるし、、
・ブービートラップや追っ手を1人ずつ片付けて行く戦法がジョン・ランボーみたいやね(・ω・)
・ギターラ? グラス? 何とも「鎖国無用」なことで。
・白褌(しろふん)姿のケンイチうじが眺め放題!(要らんけど)
・すくう部分にホタテ貝を用いた「おたま」がエエ感じですた。
・前半では『刑事ジョン・ブック/目撃者(1985)』みたいな“まったり世界”になってますた。
・中盤は“釣りバカ”テイストになってますた。
・とあるリンチが起こりそうな瞬間・・駆け付けた長老(?)の放ったひと言が・・「行け! やっちまぇ!」
 え? 爺さまがそこで歯止めかけなきゃ?!
・あの「人相覚書」・・余りに似過ぎててヤバい!(=^_^=)
・海中から“とあるサプライズな存在”が・・いや、何か“安っぽいアトラクション”に見えました、、その演出。。
・アレのエサは「丸ごとの生きたイノシシ」・・何か『ジュラシック・パーク(1993)』みたいや(・ω・)
・いきなりハトが登場! あんたはジョン・ウーか! 崔監督!
・ひとり『蜘蛛巣城(1957)』状態な伊藤英明!(=^_^=) 或いはチャップリンの『担へ銃(1918)』路線とか??
・終盤のバトルでは、カムイの片手に何気なく“メリケンサック”が装着されてる? 何かのネタ?
・終盤に映し出される“残酷屏風絵”がなかなかにスゴい! 実物があるなら、少しばかり眺めてみたい(⌒〜⌒ι)

〜 こんなセリフもありました 〜

カムイ「追われる者が、ときに追っ手を待ち受けることもある」
   「この血を見い! お前(め)ぇらと同じ血じゃ!」
   「うぬ(=お前)が笑うと、腸(はらわた)が煮えくり返るわ」
   「過ぎたる猜疑心は、己の身を滅ぼす」
   「お前ぇが汚れることはない」
   「お前たち、ただ者ではないな?」
   「うぬだけは別だ!」

半兵衛「2人なら死ぬる。1人なら助かる」
   「潮時も、水の色もええ」
   「小(ち)ぃとでも、糸を緩めりゃ・・すぐにバレちまぅ」 ←“バラす”って表現、徳川時代からあったのね、、
   「秘密は墓場まで持って行ってくれ、頼む」

大頭「“抜ける”とは、死ぬことだ。覚えておけ、カムイ」
  「地獄だな? カムイ」
  「己の作った地獄で死ぬのだ」

村人「非人が米など喰えると思うなよ!」
  「お前ぇは、外道じゃ!」

ミクモ「どない足掻いても、我らは人にはなれん!」
   「憐憫哀れみに迷うたか?!」

サヤカ「ほんに醜か男じゃ、お前ぇは!」

スガル「私の猜疑心を、お前は笑ったな?」
   「また・・護れなかった」

カムイ「何故、急所を外した?」
お鹿「※※※であれば・・外しはせん」

藩主「愚民共が!」
  「彼は・・飽きた。もう良いわ」
  「愚民の100や200、いつでもそなたの△の△じゃな」

不動「肝は据わっているようだな?」
  「夢は“逆夢(さかゆめ)”と言うではないか」

※※「見せしめは、その数が多いほど“効く”からな」
  「“霞斬り”敗(やぶ)れたり!」
  「同じよ。俺も、貴様も」
  「◎◎◎の死に顔、高ぶったぞ! △△△の死に顔、とくと見たぞ!」

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2009年9月24日 (木)

☆『キラー・ヴァージンロード』☆

23日(水曜)の夕刻。
松本人志監督の『しんぼる』に引き続き“ワーナー・マイカル・シネマズ綾川”で鑑賞した2本目は、岸谷五朗監督&脚本(←知らんかった、、)によるエキセントリックな疾走型コメディ『キラー・ヴァージンロード』である。

って言うか、本作が岸谷氏の「初監督作」だったんやね、、それ自体を知らんかった。。

25歳のOL=沼尻ひろ子(上野樹里)は、幼少の頃から「どん尻ビリ子」とからかわれ続けて来た幸薄い(?)女性だったが、遂に笑顔のステキな青年=ケンイチとの挙式が決定、先輩(高島礼子)に「寿退社しま〜す!」と朗らかに告げ、職場を去ることに。
彼女の背に向かって、笑顔を崩した先輩は・・歪んだ表情でポツリと「天罰が下るとイイわ」と吐き捨てる(⌒〜⌒ι)

その呪いの呟き(?)に呼応するかのように、ひろ子を“とてつもない悲劇”が襲う!

新居に移る旨を伝える際、偶然にもハサミでもって(隣室に住む)マンション大家(寺脇康文)をズブリと刺し殺してしまう羽目に、、
「明日の挙式だけには何としても行かなきゃ!」「それが終わってから自首しよう」と決心を呟くひろ子だが、
いつの間にか「遺体運び出し」「車両盗難」「証拠隠滅」へとイケナイ方向に突っ走ってしまう・・

彼女の向かった先は、身元不明の(自殺)遺体が多数眠ると報道されてた(カーステ(のラジオ)によるニュースの中では36体!)富士山麓・青木ヶ原樹海・・そこで彼女は“死にたがってる女”小林(木村佳乃)に出会い、唐突に「女2人の奇妙な逃避行」が始まりを告げたのだった・・

いやー、分かり易い! 直前に観た『しんぼる』に比べ、物語にルビが振られてる、と言おうか、かっちりレールが敷かれてる、と言おうか・・予定調和でコンパクトでベタな世界観ではあったが、これはこれで「有毒」過ぎず(=^_^=)寛いで楽しめた気がする。

ときに『少林サッカー(2001)』も『舞妓Haaaan!!!(2007)』もそうだったと記憶してるんだが・・妙に「ミュージカルテイスト」を気取りつつ、途中でスタッフ側が飽きるのか(?)そっち方面にピタリと「演出が走らなくなる」ってのはどう言う構成なんだろ? やるなら(最後まで)徹底しろ! と言いたくもなったり。まぁエエんですけど(・ω・)

・・行く時には「タカラヅカ」にまでネタが走ってましたのに・・(ぼそり)

序盤こそ、ひろ子の“幸せモード”の展開にスローな印象が否めないが・・“事件”が起こり、舞台が樹海に移ってからは・・回転が速いのなんの(=^_^=) 「ロケの殆どが樹海なんじゃないか?」とまで錯覚してしまった(おいおい)

主人公の周りを常に(?)「死」「悲劇」の漂ってる辺りは『嫌われ松子の一生(2006)』のテイストを思わせてくれる。あちゃらの主人公も「川尻松子」ってことで、何だかネーミング的にも似てたかも(⌒〜⌒ι)

テンポは良いし、脇を固める俳優陣の豪華さも素晴らしいんだが、、一方でキャラ造型が雑だったり、演出が(何とも)ベタだったりしたのはあった。
ギャグネタの繰り返しはまだ良いが、、何名かのキャラの(劇中における)総移動距離が「有り得なかったり」して、どうも気持ちがザラついてしまう(=^_^=)

物語は一見「血なまぐさく」思えるが、観終わって「意外とハッピーなストーリーじゃん」と思えたりも。
ま、これは上野樹里ちゃんの“笑顔”に始まり、同じく“笑顔”で幕となっていた故であろう。

物事を深く考えちゃう(=^_^=)「おっさん観客」からすれば「んん?」と眉をひそめてしまう出来かも知んないが、思考の柔軟な「若い女性観客」には、きっとウケが良いんではないかいな? と思ったな。

〜 こんなことも 〜

・(真夜中の)樹海に暴走族? (真夜中の)樹海に自転車の警官? ちとムリがあるよ〜な。
・何て「留め金の甘い」キャリーケースなのだっ!
・新郎側(=ケンイチ側)のドラマはさっぱり描かれなかった(×_×) まぁ終盤でちょっとだけ描かれるんだけど、、
・マンションのベランダ。隣家との“非常用仕切り板”がしっかり固定されてるかどうか、女性入居者の皆さんは1度(入念な)チェックを!(簡単にぐるっと回るかも?)
・ハサミをそんな不安定な場所に置いてはならない!
・コーヒーにタバスコ、ワインにもタバスコ、、そのセンスは微妙、、
・コンビニの“モリマート”が大活躍☆
・「どんじり!」「そやそや!」の掛け声と共に、ひろ子をバッシングする町内の“どん尻ビリ子祭り”って・・“だんじり”のもじり?
・拳銃で撃たれたしとが、本作で一番の被害者だったかも知んない(×_×)
・犬のダミアン、2人組の殺し屋(?)、自転車の巡査、全日本死仁鬼汰連盟(暴走族)の面々・・これらみんな「劇中の総移動距離」がハンパじゃありませんってば(⌒~⌒ι)
・小林さんの総力を注げば、小倉さんクラスの男性ならば、どうにかなる(オトせる)と思うが。。
・チープなナビ画面で色々と遊んでるセンスは悪くないかも。
・2度描かれる「祖父が庭先で竹刀を振ってる」シーン。2度目ではボロボロ泣かされてしまった(×_×)
・「超絶自殺マニュアル」って何やねん。。
・咄嗟に田舎言葉(?)で窮地をくぐり抜ける小林さん。なかなか良い「方言回し」ですた。
・上野樹里と言えば、連想する野生のケモノは・・やっぱりイノシシですな(=^_^=) ←初主演作『スウィング・ガールズ(2004)』でも共演(?)してますた☆
・「ゴリラバタフライ」「お爺ちゃん弁当」は何とも耳触りの良いワードだな(=^_^=)
・あのお手柄巡査。「関東中央警察」の玄関から、何処へ走って行ったんだ? 猛然と? 乗り物もなしに?
・東秩父村、(静岡県)小山町がロケ地となってた。
・小出恵介(ラッキーアイテム:サングラス?)、北村一輝(ラッキーアイテム:チェーンソー?)の存在が光ってた。

〜 こんなセリフもありました 〜

ひろ子「私、幸せになります!」
   「何で〜?!」
   「この結婚だけは、ビリ子じゃないの!」
   「(小林さんは)幸せになれないと思います・・その理屈だと」
   「私が幸せになったら、皆が不幸になるの?」
   「皆が幸せでいるためには、私が不幸でいなければならないの?
    そうなの? お爺ちゃん」
   「ゴリラ、水吸って重(おも)っ!」
   「私にとって、小林さんは必要(な人)だったんです」
   「強盗が、もっと悪い強盗に襲われて・・」
   「今度は、何が起こるのだろう?」

小林「死ねないのよ、あたし」
  「誰にも必要とされないなら・・死んでるのと同じよね」
  「死んでるわよね? この人」 ←見られた〜(×_×)
  「殺さないで!」 ←どやねんな(=^_^=)
  「この小林に、任せなさい!」
  「不幸になりなさいよ!」
  「幸せはね、他人(ひと)の不幸の上に成り立つのよ」
  「幸せは、自分の手で掴みなさいよ!」
  「頼れば、誰かが何とかしてくれると思ってるの?」
  「何て面白いヤツ!」
  「あんた、何処にそんな力が・・」
  「あんたが、(あたしを)必要としてくれた」

小林「行くわよ! ビリ子」
ひろ子「ひろ子なんですけど・・」

小林「あんた、幾つ?」
ひろ子「25です」
小林「ふん! ガキが!」

小林「ツルッとやって、さっさとおしまいにするわよ!」
ひろ子「ツルッとって?」

ひろ子「崖です! 落ちますよー!」
小林「落ちますねー!」

ひろ子「また会える?」
小林「あたしのことが必要になったら・・また会える」

ひろ子「寿退社しま〜す!」
先輩「あ、そ」
ひろ子「寿退社しま〜す!」
先輩「2度、言わなくてもイイのよ」

男「やっちまったのか?」 ←我らが田中要次!(=^_^=)
ひろ子「・・はい」

青年「・・出ちゃった」
AYAKA「出ちゃったね」 ←ナニが言いたいのだ、監督!(=^_^=)

男「こんな山中のペンションに男が1人・・どうしてかってお思いでしょうね?
  ・・分かりました、お話ししましょう」
ひろ子「訊いてないんですけど・・」

祖父「イイんだよ。ひろっぺのお陰で、周りの皆が幸せになる」
  「ひろっぺのお陰で、皆は幸せになってるんだよ」

祖父「そぉら、焼芋だよ」
ひろ子「・・見れば分かる」

巡査「退きなさい! 暴走族が信号、守ってんじゃないよ!」

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2009年5月 9日 (土)

☆『GOEMON』☆

8日(金曜)の夜。

わずか(実働)2日に過ぎなかった今週の出勤であるが、、妙に疲れてしまったのが正直なトコロ。
明日はまた(午前中から)片道200キロほどを突っ走って帰阪する予定となっており、なかなかにのんびりした時間を持てないなぁ・・って高松市内でだらっと週末を過ごしときゃエエのにね・・(⌒〜⌒ι)

「そや、折角の金曜やし!」と思い付き、帰宅後にクルマを出し、またまた“ワーナー・マイカル・シネマズ高松”へと向かったワタシ(=^_^=) いよいよ、狙ってた1作『GOEMON』を観ることがかなった♪

ただし、上映開始20:30〜ってことで、、観終わって帰宅したら23:00過ぎになっちゃってた(×_×)

この週末には、他に「1本」大阪エリアでこなしときたい(=劇場で観ときたい)のんがあるし・・って訳で、結構“劇場鑑賞メモ”のお片づけにすらアップアップし始めてる最近のワタシである(⌒〜⌒ι)

1582年、天下統一を目前にした織田信長(中村橋之助)が家臣=明智光秀に京で暗殺さる。これが史実に聞こゆる“本能寺の変”である。
信長の第一の家臣であった羽柴秀吉(奥田瑛二)は素早く逆賊・明智を討伐・・。この働きにより、秀吉は名実ともに天下人の立場におさまる。
巨大な“大坂城”を構えた豊臣秀吉は、今や自らを“太閤”と名乗り、徳川家康(伊武雅刀)、石田三成(要潤)らを押さえ付け権力をふるう。
更に“(布教活動の)裏でとんでもないモノを売り付けて来た(爆笑)”宣教師らの尽力で、更なる武力を蓄えた“太閤”秀吉の眼には、もはや海の向こうの“朝鮮”“明(みん)”を除き、国内に憂うべき敵など存在しなかった・・

束の間の“戦(いくさ)なき日常”に酔いしれる民(たみ)ら・・彼らの中で目下話題となっているのは、強欲商人から金品を鮮やかに盗み、それを(文字通り)庶民の頭上にバラまく、と言う胸のすく行為を続ける“義賊”石川五右衛門(江口洋介)その人であった。

ある時、豪商=紀伊国屋文左衛門(六平直政)の金庫室(?)から“南蛮渡来の藍色の箱”を奪い去った我らが五右衛門。中身が空だったため即座にポイと棄てるが、その箱にはとある“恐るべき秘密”が隠されていたのだ!

禁断の“パンドラの函(はこ)”を巡り、人々が、そして時代が五右衛門に向かって動き始める・・彼の前に立ちはだかった強敵は霧隠才蔵(大沢たかお)。その背後には“伝説の忍(しのび)”服部半蔵(寺島進)の影も・・

この“パンドラの函”に隠された驚愕の真実とは? そして超人的な身体能力をほしいままにする五右衛門の、生い立ちに秘められた哀しき記憶とは?

昨夜鑑賞の『ヤッターマン/劇場実写版』も“CG映像の集合体”であった(=に過ぎなかった?)が、本作も「やり過ぎ」な迄に映像に修正が加えられまくっていた、、監督=紀里谷和明氏ってば、どうにも「やるからには徹底的にやる」ってタイプらしく「何処やねん!」と突っ込めるほどの見渡す限りの草原や「余りに大工泣かせやろ!」と突っ込めてしゃあない、ムチャクチャな大坂城・天守閣の“禍々しくトンガリまくった屋根(の意匠)”などが苦笑を誘う・・一方で「光明&陰影」を大切に扱った映像も準備されていたりし、そのインパクトの格差ももの凄い!

序盤こそ「何だか笑うに笑えないしかったるいなぁ・・」と脱力しかけてしまったワタシだが・・「とある少年が、山中で、紅い西洋甲冑(?)に身を包んだ謎の騎士(?)に出会う」って辺りから、作品世界に急速に吸い込まれて行った(=^_^=)
劇中ではタイプの違うニンジャが「4人」登場するんだが、彼らそれぞれの相関関係(?)がクッキリとアタマに浮かぶようになってからは「面白いのなんの!」と転げ回りたいような気持ちにすらなってしまった(=^_^=) 本作ってば、稀にみる「脚本(ホン)が巧い!」と唸らされる1作と断言出来よう。

が、惜しむらくは「緩急の“緩”の部分に気を配る“余裕”を中盤以降、完全に失ってしまってた」ことや「展開を詰め込み過ぎたため、妙に主要キャラの“休むことなき場所移動”が目立ち、落ち着きを欠いてしまった」ことなどは惜しまれる。

ロマンスっぽい部分を期待させながら、実際には殆ど恋愛系の要素を楽しませて貰えなかったのも残念だった。

終盤なども、ピンポイント的に「コレを描きたかったんやろなー!」と紀里谷監督のキラキラした瞳が浮かぶようなダイナミックなシーンを楽しませてくれる一方で、間延びして見えた演出もあった。

ま、私的には「奥田瑛二=既に監督業に身を捧げてしまったおじさん」ってなイメージが勝手ながら強かったので「まだまだ、俳優としての実力&存在感をタップリ維持してはるんやなー」と嬉しく思えたりはしたものだ。

正直“総じて言えばちと長い”とも感じるんだが・・『ICHI(2008)』で大沢たかおが(腑甲斐なくて)すっかり嫌いになった! と言う女性ファンには、全裸になってでも(?)観ておいて頂きたい本作ではある! もう金輪際“とんま”とは言わせないッッ!!(=^_^=)

〜 こんなトコもありました 〜

♦「KIRIYA PICTURES」のクレジットが一瞬「RIKIYA PICTURES」に見えちゃった(=^_^=)
♦『武士の一分(2006)』と比べ“蛍の描写”にとんと心を動かされなかった(×_×)
♦長煙管(キセル)の金具部分で振り下ろされた日本刀を受ける、と言う“ハンデ有りまくり”な戦いぶりがスゴい!
♦“死を覚悟”した「りょう」さんの表情が、CG使ってるんか?! と言うぐらい奇妙に見えてしまった(×_×)
♦オルゴールにガトリング砲(?)に、、南蛮さん(の技術力)ってやっぱりすんごいのネ、、
♦物語の中での“現在”は1597年だったようだ。
♦いきなり“サロメ状態”となってしまった利休翁。良く見たら“変態侯爵(=平幹二朗さん)”ではありますまいか!
♦「天下」「布武」の2本のアレ・・めちゃカッコよろしおますなぁ!
♦ドリ※ムワ※クスの“D”のロゴにそっくりな形状の月が出て来た(=^_^=)
♦“秘密兵器”を太閤が紹介した時の、宣教師らの得意げで邪悪そうな表情がなかなか!(=^_^=)
♦「永・樂・通・寳(信長軍)」「大一・大吉・大万(光成軍)」などの旗印が面白かった。
♦ガトリング砲をとうとうジャックしてしまった五右衛門! まさに『ランボー/最後の戦場(2008)』状態!(=^_^=)
♦映画史上稀にみる※※を殺すシーンは強烈! 「独りじゃ淋しかろう」とか言ってたけど、、
♦ギャグ作品だったら、民衆の投げた空き缶(!)か何かが前頭部に直撃、ふらつきながら(自身も)前のめりにボチャンしちゃう訳だが、、
♦柱を蹴るシーン、太閤様に「ディス・イズ・スポァルトゥアァ!!」とか叫んで欲しかった(←またそのネタかよ)
♦森蘭丸、真田幸村、小早川秀秋・・などはキャスティングされてたんやろか。。
♦茶々役の広末涼子・・どうにも物語の軸に絡み不足な感があった。当初こそ『ルパン三世/カリオストロの城(1979)』におけるルパン&クラリス姫のような“良い関係”を期待したんだが・・
♦五右衛門(?)の最期を巡る、あの展開を観てて『梟の城(1999)』を少し連想してしまった。
♦折角の江口さん主演だし、『スワロウテイル(1996)』のセリフネタ「首斬れ〜!」などを言って欲しかった(⌒〜⌒ι)

〜 こんなセリフもありました 〜

五右衛門「佐助め・・ハナシが全然違うじゃねぇか!」
    「おお、絶景! 絶景!」
    「(煙管が)すっかり湿気っちまった・・モテねぇ奴の説教が長くてよ」
    「強くなれ、俺よりもずっと・・!」
    「これで終わりだと誓え! これで戦いが終わりだと! 皆が幸せに暮らせる日を誓え!」

太閤「世の中は変わってゆく、茶々も変わらねばなぁ・・」
  「お前は俺に死んで欲しいのか?」
  「大人しく茶だけ立てておれば良いものを・・わしの夢にケチをつけおった」
  「光成・・お前、(そこに)おったのか?」
  「腹が減って仕方なかった・・1度で良いから腹いっぱいになってみたかった。
   だが・・喰っても喰っても満足せんのだ。いつまで経っても、ひもじくて腹が減って仕方なかった。
   終いには“天下”を喰ってみたくなった・・それだけのハナシだ」
  「自由とはどんな気分だ?」
  「もう逃げられんぞ・・運命からはな」

茶々「利休様・・この地でも蛍は見れますか?」

家康「助かりましたな、石田どの」
  「天の涙か・・」
  「(乱世を)終わらせねば・・」

太閤「お前、最近、忙しそうだな?」
光成「総ては太閤様の御為(おんため)に」

佐助「豊かにゃなったが格差は開いた・・“弱肉強食”って奴ですかね?」
  「だから言ったんだ! 厄介なことになるって!」
  「俺は何度も言ったよな? やめろって・・厄介なことになるって」

※※「お前の母ちゃんが死んだのは・・お前が弱いからだ。
   お前があいつらより強ければ、こんなことにはならなかった。
   強くなれ。そうすれば、何も奪われはしない」
  「一緒に来るか? 俺がお前を強くしてやる」
  「俺が何時(いつ)か・・戦のない、平和な世界を作ってみせる」
  「(他人に)踊らされるな・・(自らで)踊れ!」

才蔵「まだ、錆びてないようだな」
  「事情が変わった・・命拾いしたな」
  「もう少しで侍になれる・・」

五右衛門「別に“足手まとい”が1人から2人になっても」
佐助「・・って俺も数に入ってるじゃないですか!」

半蔵「忍(しのび)とは影・・影に己(おのれ)は要らん」

利休「誰か“懐かしい方”にでもお逢いになられましたかな?」
  「茶を立てていると、声が聞こえます・・“世を動かす者”の声が」
  「少々、渋過ぎましたな」

茶々「友達はいますか?」
※※※「1人だけ・・△△と言います」

※※「強くなれたか?」
※※※「まだ、分かりません」
※※「それでいい」

才蔵「いつかは侍になれるかな?」
※※※「俺はいい・・それより自由になってみたい」

※※「自由を謳歌するなら、周りを巻込むな」
  「コレがお前の言う“自由”の代償だ!」

※※「お前は派手過ぎだ、泥棒にしちゃ」
五右衛門「大泥棒だ」
※※「自分で言うな」

※※「この世界を見てみろ! 狂ってねぇか?」
  「一番流される血は誰の血だ? お前ら(=庶民)の血だろ!?」

五右衛門「どんな気分だ? 天下ってのは?」
太閤「なかなかのものだ・・この酒ほどではないが」

光成軍の兵「信長様、ご出陣で御座います!」 ←んなアホな!

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2008年12月22日 (月)

☆『影武者(1980)』☆

20日(土曜)の夜。
衛星第2で放送された、黒澤明監督作『影武者』を観た。

3時間に迫る作品時間であり「録画しちゃうと、きっといつまでも観ないまま死蔵されるだけやろな」と薄ら予測がついたモノで(=^_^=)、しんどいけど頑張って(←頑張るなよ)観ることに決めた。そして・・観た!

世は天正の時代(1573〜93年)。刑場で「逆さ磔」に処されかけた所を連れて来られた奥州出身の盗人(仲代達矢)は、武田信玄(仲代の2役)、信廉(のぶかど)(山崎努)兄弟の前で詮議される。
信玄自身も、そして、これまでその“影武者”となり兄を支えて来た信廉も驚くほどの顔立ち、背格好をこの盗人は持っているのだった。つまり、信玄と“瓜二つ”だったのである。

上杉謙信を相手に「川中島の合戦(1553〜64年)」を戦い抜いた信玄の前に、勢力を伸ばしつつある存在が「三方ヶ原の戦い(1572年)」以来、因縁の深まっている織田信長(隆大介)と徳川家康(油井昌由樹)であった。

折しも、野田城に籠った家康勢・菅沼定盈(さだみつ)を兵糧攻めにしていた(1573年)信玄であるが・・夜な夜な城内から聞こえる「笛の音」を確かめるため、自ら城の外に“お忍び”で陣を構えた所、城内から唐突に種子島(火縄銃)で撃たれてしまう。

間もなくその傷が原因で信玄は死去。これに慌てた家臣らは「我もし(天下統一の志半ばに)死すとも、3年は喪を秘し、甲斐の国を動くな・・これを我が遺言と心得よ」なる彼の遺志に従い、先の盗人を“影武者”に仕立て上げ、信長&家康の間者(スパイ)の目を欺く計略に出る。

限られた家臣を除き、内々だけに伝えられた真実。
やがて野田城から甲斐へと戻った“影武者”は首尾良く自軍、果ては側室までもを(信玄)本人と信じ込ませることに成功するが・・ついある時、意外な者によりその正体を暴かれることとなる。

一方で、父・信玄の幻に悩まされ続ける息子=諏訪勝頼(萩原健一)は、ついに信長&家康の軍勢を叩くべく、甲斐の国を発つのだった。そして武田家の運命を大きく変える「長篠の戦い(1575年)」の火蓋が切って落とされる・・

上記を書きながら、年表を辿ってみると・・「実に巧く虚を実にはめ込んでるなぁ!」と感心させられるんだが、作品そのものに関して言えば「長い! ダラダラと長い!」と、そればかりを何度も感じさせられた。

クロサワ70歳の頃のメガホンらしいが、直感的に「ご老人の撮った映画」って感じで、妙に展開や(映像)描写がスロ〜モ〜である。フルカラーである利点を生かし、色々と光学的な味付けこそはしてるんだが、私的にはそう言うのは余り重要視してないもんで・・とにかく「もっと緩急を付けてよね」とツッコむことが幾度も御座った←あ、口調が(・ω・)

全体的に「人物が生きてない(=いわば“非健康”な印象)」ってのもあり、虚無感を色濃く交えた戦国絵巻を意図的に狙ったんだとしたら、これはもう「大成功!」なのだろうが、、どうも「各キャラが生き生きと物語を引っ張った」と言うより「描きたい節目ごとに、キャラの演技をはめ込んだ」って感が拭えず、かつ“影武者”の言動1つをとっても「何か巧くない」と直感的に響くモノがあった(・ω・)

特に「酷いなぁ〜」と突っ込んだのが次の3点。

・女性キャラの描き方がなっていない。そもそも描く気すらなかったようにも感じる。折角、桃井かおり&倍賞美津子と言う大物女優を起用してるんだから「もそっと何とかしようよ」と申し上げたい。
・中盤で展開される“高天神城の戦い(1574年)”の場面。15〜20分ほど合戦シーンが描かれるも・・夜間のせいで画面が暗い、暗過ぎる! まるで『スパルタンX(1984)』のクライマックスシーン手前(だか)のように暗く、何が何やら分かんない⇒眠たくなる。あんなシーンなら編集(カット)すべきだったのでは?
・終盤の“長篠の戦い”のシーン。本作のクライマックスなのだが「武田軍:騎馬隊の大群がダイナミックに疾走する!」「織田&徳川連合軍:並べた柵から種子島を一斉に放つ!」・・とそれぞれの場面こそは迫力たっぷりに映されるんだが・・どうにもカメラが切り替わってしまう(×_×) ワタシの観たい“肝心の描写”は響き渡る“銃声のみ”で済まされてしまってた。。

終盤では、城を「石もて追われる」身となった“盗人”が、騎馬隊全滅の有り様を(戦場の)草葉の陰からただ眺める・・ってな展開となるんだが、その際の仲代さんの「顔ばかりは真っ白だが、腕や胸元は健康的な肌色」って風の“ちぐはぐなメイク”も違和感&不気味さが漂うばかりだった。

エキストラ描写は確かにもの凄いが、屋内の各シーンは“いかにもセット”でイマイチ緊迫感に欠けてたり・・クロサワ映画の最高峰と評するにはほど遠い作品だと私的には決め打ちたい。

ただ、一方で「楽しんで撮らはったんやろな」「きっとどのシーンにも思い入れが強く、編集(カット)出来へんかったんやろな」と言う空気は随所から感じられた。きっとそれはそれで、巨匠ならではの余裕だったろうし、巨匠だからこそ許されたわがままだったんやろな、とは感じたワタシである。

〜 こんなセリフもありました 〜

信玄「ふむ・・良く似ておる」
  「確かにわしは強欲非道の大悪人じゃ、天下を盗むためには何事も辞さぬ覚悟じゃ」
  「冷えて参ったな・・冷えると古傷が痛む」
  「この者、使えるかも知れぬ」
  「我が旗を京の都に立てること・・この信玄の生涯の夢じゃ」
  「瀬田の橋はもう過ぎたか?」

信廉「“影法師”も楽ではない、己を殺して影に徹するのは辛い務めだ・・
   時々、己に帰って気侭に寛ぎたくなる」
  「影はその人を離れて、独り歩きは出来ん」
  「あの男、またもや磔にかけられた心地じゃろうな・・」 ←このセリフは重要!
  「動くな、何事があっても悠然と構え、動いてはならん」

山県「ご機嫌麗しう・・」
信玄「ない!」

家臣「寝ぼけ眼を開いて、しかと見よ・・お屋形(やかた)様はあれに御座るわ!」
  「武田の精鋭、一糸乱れぬ・・見事な眺めじゃ」
  「お屋形様、お通りぃ!」
  「間者の目(?)に戸は立てられん!」 ←と聞こえた気が(・ω・) 普通は「口に戸」ですネ
  「亡きお屋形様を想うなら、今こそお役に立つ時ぞ!」
  「ここ数日、念入りに教えた通りにやれば良い」
  「子供の眼は騙せぬな・・」
  「黒雲(くろくも=愛馬)はお屋形様しか乗りこなせぬ」
  「如何に(姿形が)似ていようと、根まではそうも行くまい・・」
  「殿、ご酒(しゅ)が過ぎます」
  「医者が申すには、病の後、しばらく女人(にょにん)を近付けぬようとのこと」 ←いや〜ん
  「見ろ! この者たちは貴様を護って死んだ、貴様も磔になった覚悟で動くな」
  「良くやりおる・・さながら亡きお屋形様が乗り移ったとしか思えぬ」

間者「もっと近くで見るべぇや、影武者かも知んねぇ」

山県「武田の家に殉ずる覚悟の者でなくてはつとまらぬ」
  「親方様は病の後じゃ、当分は馬にも側室にも“乗る”事は控えて頂く」 ←いや〜ん
  「よかろう、その件は信廉殿の裁量に任せよう」
  「※だけは欺けなんだ・・」

盗人「俺はあのお方の役に立ちたいんだ、使ってくれ!」
  「どうじゃ、面(おも)代わり致したであろう?」
  「重い病は、人の心も変える・・」
  「この信玄・・戦のときは本陣、常はこの館にある」
  「動くな! ・・山は動かんぞ」

竹丸「違う、これはおじじではない!」
  「おじじは本当に変わった、怖くなくなった」

家康「武田を攻めて見れば、その後ろに信玄のあるなし(=生死)は分かる」

信長「武田の備えはお主(=家康)に任せる」
  「流石は信玄、死して3年、よくぞこの信長をたばかった」
  「山が動いてはそれまでよ」
  「アメン!」 ←宣教師に向かって

勝頼「この勝頼、幾ら足掻いても亡き父の幻から逃れることが出来ぬ!」

追記1:本作でクロサワに救いの手を差し伸べたのがフランシス・フォード・コッポラ&ジョージ・ルーカス(共同で海外プロデューサー)である。
追記2:“長篠の戦い”では、撃たれた騎馬隊の屍体が累々と横たわる描写があるが・・辛抱し切れないのか、細かく足をばたつかせたり、首を持ち上げたりする“お馬さんたち”のナチュラルな演技(?)が微笑ましかった(⌒〜⌒ι)

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2008年11月21日 (金)

☆『狂った果実(1956)』☆

8日(土曜)の夜に鑑賞。前日に衛星第2で放送されたモノを録画しておいた次第(・ω・)

鎌倉界隈(由比ヶ浜、大磯、葉山など)を舞台に、1人の美しい女性を巡って確執を深めてゆき・・やがて“破滅”を迎える兄弟のひと夏の物語。

兄の瀧島夏久(石原裕次郎)は悪友らとつるみ、連日「学業そっちのけ」で酒とナンパと夜遊びにふけっていた。その弟である春次(津川雅彦)は温和で物静かな青年、そして(恐らくは)童貞であった。

彼ら兄弟の前に現れた魅力的な女性・恵梨(北原三枝)(引退後は石原まき子)は、逗子駅でまず春次を虜にしてしまう。
始めこそ、初(うぶ)な春次を誘い“デートごっこ”を繰り返す恵梨だったが・・彼女の“思いもかけぬ私生活”を掴んだ夏久は「このことは弟には黙っておいてやるから」と言う“ご無体な条件”を振りかざし、その躯をさっさと奪ってしまうのだった・・

夏久との“大人の関係”や“強靭な肉体”に溺れつつも、春次との“可愛らしい恋”“優しい抱擁”も棄て切れない恵梨。

だがある日、彼女から届いた待ち合せの手紙を(弟のいぬ間に)盗み読みした兄は、それを破り捨て、先に指定の場所に向かうや、恵梨をヨット「ルーチア(LUCIA)号」に強引に乗せ、さっさと大海原へ繰り出してしまう。

帰宅し、破り捨てられた手紙を見つけた弟は、急いで海へ。
共通の友人であるフランク平澤(岡田真澄)に“兄と恵梨の関係”を詳(つまび)らかに聞かされた春次は・・怒りに駆られるままモーターボート「太陽の季節(SUN-SEASON)号」で2人のヨットを追う!

翌朝・・決死の追跡の末、ようやく兄たちの乗るヨットを波間に発見した弟は・・

「昭和31年のモノクロ作品」ってことで、映像的に大した期待もしてなかったワタシであるが・・それ故に「色」を想像させてくれる台詞回しや表現などが、意外にもなかなか良かった。水槽の中で泳ぐ「青い魚」、横浜のナイトクラブ(?)「BLUE SKY」の煌煌としたネオンサイン、青々と(たぶん)広がる海に、白い(きっと)水着と海水帽の映えるヒロイン=恵梨の健康的で若々しい肢体・・
ワタシにもし巨万の富があるなら、ぜひ日活さんに提案し“パートカラー仕様”を“デジタル・リマスタリング版”で製作して貰いたいトコである☆

主演の石原裕次郎こそは「いつもの裕ちゃん」なんだが、彼を周辺から補佐する津川、北原、岡田の面々がいずれも(若さも手伝ってか)輝きまくっており、素晴らしかった!

まず津川さん。確かに同じ方なんだが・・この華奢でぶっきらぼうで不器用そうな青年が・・今ではこんな大物(体型的にも、、)になられたんですね・・としみじみするやら驚かされるやら(・ω・)
原作は無論のこと、脚本までも手がけた石原慎太郎(現:東京都知事)をして「春次は彼でなきゃダメなんだ!」と猛烈にプッシュさせたと言うだけあり、無言で無害そうな雰囲気の中に“狂気の炎”が確かにチラチラ見え隠れしてる感じがスゴかった!
本作、裕次郎映画ではあるも・・「主演:津川雅彦」と解釈したとしても、石※プロモ※ションの方々に決して恨まれることはあるまい、と思う(⌒~⌒ι)

そしておフランス生まれの美男子=岡田真澄(亡くなられましたね・・)の若き日のカッコ良さにもびっくり! ワタシの知ってる岡田さんは「何処がファンファン(←ジェラール・フィリップの愛称)やねんな」「あんさん、どっちか言うたらスターリン似ですやんか」って突っ込めるような・・まぁ“好紳士”な訳だが、こんなにカッコよかったとはね〜!
セリフまでもがいちいちキザですた(=^_^=)

ってことで、本筋は「普遍的かつ起伏に富みドラマに満ち溢れ」オチは「この上なく衝撃的で悲劇的」と言う「時代を超えたリメイクにも十分耐え得る」設定&人物造型に彩られた、ナイスな1作だと評価したい。

~ こんなセリフもありました ~

夏久「要するに、俺たちは退屈なんですよ」
  「現代に、俺たちに“ピンと来るもの”が1つでもあるか?」
  「正面切ってぶつかる、何が何処にあるんだよ?」
  「そこらには雑魚ばっかりだ・・大物はいないかねぇ」
  「こうなると、素人の強みですよ」
  「あんた、浮気は嫌いじゃねぇんだろ?」
  「女と魚はいつの間にかいなくなるもんさ」
  「死ぬものは・・いつでも死ぬよ」
  「何だか、気が滅入っていけねぇよ」
  「奴はもう“ただの弟”じゃねぇんだ」
  「帰しゃしねぇぞ・・もう帰さねぇぞ」
  「何もかもみんな棄てっちまえよ」
  「黙って俺について来いよ」

恵梨「広い水の中で1人っきりで泳ぐのって、ちょっと怖いけど気持ちのいいものよ」
  「バスストップで待ってて」 ←バス停とは言わなかったのね、当時、、
  「春次さんとは決して浮気なんかじゃないの・・
   私はね、いま自分が※※する前にしなければならなかったことをしてるのよ、順は逆さだけど」
  「私はね、真剣なの。そりゃ前に浮気は幾つかあったけど、今度だけは違うのよ」
  「あの人と逢ってると、私は“ずっと以前の自分”に戻れるのよ」

恵梨「あなた、妬いてるの? 弟さんに」
夏久「妬いてる? なる程、そうかも知れねぇな・・」
恵梨「どうしろとおっしゃるの? 私に」

夏久「俺と一緒について来いよ・・いちかばちか試すんだよ」
恵梨「何を試すの?」
夏久「俺も・・あんたもあいつもさ・・来いよ!」

フランク「人のこと言いたくないが、お前のやってることは、結局1人勝手な自分本位のお節介だよ。
     情けない奴だよ・・“ミイラ取りのミイラ”ってあんたのことだぜ」
    「兄弟でコップ(投げつけて)割ってやんの」
    「お前がいくら焦ったって、春ちゃんにあるものはお前には出て来やしないよ」

春次「みんな嘘だ! 大きなお世話だ・・畜生!」

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2008年10月18日 (土)

☆『幸福な食卓(2006)』☆

さる7日(火曜)の夜、衛星第2で放送されたものを鑑賞。その週の“家族系ムービー”のトップバッター的な作品であったか、と(因みに、翌8日に『酒井家のしあわせ』が、翌々9日に『ゆれる』が放送された)。

あんまり期待せず観始めたが、妙にすき間(余白)だらけの演出・・が故に、(想像力もかき立てられ)味わい深いドラマではあったか、と。
最近に劇場で観た『トウキョウソナタ』もそうだったが“家族の崩壊&再生”こそが邦画がきっと最も得意とするジャンルだろうし、最も口酸っぱく描き続けるべきジャンルなんかも知れない(・ω・)

かつて教師だった父・弘が“とある事件”を起こして3年目の春のある朝、中原家の食卓で弘がポツリと言い放った。

「父さんな、今日で父さんを辞めようと思う」

その“とある事件”を機に、中原家はじわじわと崩壊を続けていた。
母(石田ゆり子)は夫と離れ自活。優等生だった兄・直(なお)は大学に行かなくなる。主人公でもある佐和子(北乃きい)は、毎朝の食卓の場で“家族3人揃ってはいるものの、言いようのない孤独感と当惑をひたすらに募らせ”続けていた。

そんなある日、彼女の前に爽やかな転入生・大浦勉学(勝地涼)が現れる。
あっけらかんと「俺んち、崩壊してんだよなぁ〜」と語る“裏表のない”勉学に、次第に惹かれてゆく佐和子。

やがて2人は揃って憧れの難関校=県立西高等学校(西高)に合格する。

とうとうクラスが離れてしまった2人だが、迫る(その年の)クリスマスを前に“プレゼント交換”をすることを約束する。

彼女はまだ、やがて訪れる失意のことを知らなかった・・

うーん、テーマ的には“家族”がメインだが、いきなり佐和子の前に現れる“大浦勉学”のキャラが作品世界を引っ掻き回すほどに印象的であるため、序盤&終盤の“静けさ”こそは際立つ半面、“家族の再生”に関してはややカラーが薄まってしまってた感もあったかな、と。

佐和子には勉学、直には“小林よしこ”・・と兄妹それぞれに“新たな家族候補”が誕生するんだが、最後に小林よしこをして放つ

「恋人も友達も何とかなる・・努力次第でさ。でも家族はそうはいかないよ・・
 もっと甘えたらいいのにって思う。
 ・・家族って“作るのは大変”だけど、その分“滅多に消えたりしない”からさ。
 だから安心して甘えたらいいと思う」

のセリフこそが、まぁ本作の“語りたかったこと”なのだと私的には解釈している。

それにしても、北乃さんの“静のキャラ”と勝地くんの“動のキャラ”のコンビが、すごくフレッシュで好感の持てた作品ではあった。今後、またお2人が共演することが実現するなら、それぞれのキャラ(の造形)を入れ替えての“コメディ作品”なんぞを観てみたいと思う(=^_^=)

〜 こんなセリフもありました 〜

勉学「お前って“けど”が多いよな」
  「スゴいだろ? 気付かない所でお前って色々護られてるってこと」

母「あのね・・離れていると、それまで気付かなかった事に気付いたりして、良いこともあるのよ」
 「直が本当に人を好きになるのは、ずっと先のことよ」

よしこ「見え方が違うだけ・・べったりと近くに居過ぎると気付かないんだろうね」
   「とにかく、あんたは元気になんないといけないと思う・・まぁ別に急がなくてもいいけど」

直「我が家って、みんな役割を“放棄”してるんだよな」
 「俺にも(親父のように)歪みやずれが出始めたんだ・・そして、その歪みをゼロに戻すには、死ぬしかないんだな」
 「“真剣さ”さえ棄てる事が出来たら・・」

佐和子「きっと、他人じゃないと救えないものってあると思う」
   「死にたい人が死ななくて、死にたくない人が死ぬなんて・・そんなのおかしいよ、不公平だよ」
   “人は時々いつもと違う事をする・・きっとそれは“何かの予感”があって、自然にそうしてしまうんだろう”

勉学「キスしていいか?」
佐和子「もう・・どうしていちいち訊くの?」

父「子供はいいな・・次の日が楽しみになるなんて、大人になるとそうそうないからな」
 「父さんは・・やっぱり父さんでいようって思った」

追記1:予備校で講師のバイトをする父。そこのスローガンは「沈着・冷静・大胆」だった。何だか“犯罪的な響き”をも感じさせる3要素ですね(⌒〜⌒ι)
追記2:後半。電車の窓越しに、何かを(佐和子に)言った勉学。何と言った??(少なくとも「2つで充分ですよ」とか「作戦は5時間後に始まる」とかではなかったと思う、、)
追記3:ラスト、佐和子の前に現れる某人物。「大丈夫だから・・僕、大きくなるから」のセリフと、坂の上下に配された(その2人の)立ち位置映像に“新たな物語の息吹”を感じたりもしたワタシ(・ω・)

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2008年9月 4日 (木)

☆『蜘蛛巣城(1957)』☆

2日(火曜)の夜、衛星第2で放送されたモノを鑑賞。
昨夜は地上波初放送だった邦画『嫌われ松子の一生(2006)』を楽しみに観始めたものの、、序盤わずか30分で“緊急報道特番”により中断されたままに終わってしまい、フラストレーションも溜まってたが・・今夜(本作を観て)ようやく溜飲の下がった気がした(・ω・)

黒澤明監督がシェークスピア悲劇『マクベス』の舞台を日本の戦国時代に置き換え、再構築したファンタジー(?)作品。
日本の伝統美を愛してやまなかった黒澤の作り上げた“能楽+幽玄”の和風テイストが存分に味わえる1作と言える。

冒頭、とある山麓の霧の中に佇む記念碑が映し出される。その木肌には「蜘蛛巣城址」の文字が読み取れる・・
そう、かつてこの地には、山腹にその巨躯を横たえる「蜘蛛巣城」と呼ばれた城があったのだ。

2人の武将、鷲津武時(わしづたけとき:三船敏郎)と三木義明(みきよしあき:千秋実)が領内で起こった謀反を見事制圧し、大殿(=主君)に報告すべく馬を駆っている。その途中、2人は霧がかった深い「蜘蛛手ノ森」に迷い込み“もののけ(物の怪)”と思しき老婆に遭遇する。
その老婆が言うには「鷲津と三木はこたびの武勲で出世、殊(こと)に鷲津はいずれ“蜘蛛巣城”の城主となる」とのこと。

「大殿を討ち、わしが城主となるなど有り得んこと」と当初は予言に耳を貸さなかった鷲津だが「蜘蛛巣城」へ辿り着き(老婆の言葉通り)「北ノ館(たち)」の主(あるじ)に出世したことで、自らの心に“ざわめき”の起こるのを抑えることは出来なかった。

妻である浅茅(山田五十鈴)が鷲津を巧妙にそそのかす・・「いざ大殿を討て!」と。そんなことは出来ん、とその意見を一蹴しようとした彼だが、最後にはとうとう主君を討ち果たし、予言通り「蜘蛛巣城」の主の座におさまるのだった。

そして、老婆のもう1つの予言に「三木の嫡男・義照が、鷲津を継ぎ蜘蛛巣城の城主となる」なるものがあったが、浅茅は「三木の世継ぎのための反逆だった訳ではありませんぞ!」と言い切り、自らの懐妊(!)を伝えるとともに「義照を養子に迎えさせる」と言う元々の鷲津の気持ちを翻させたのだった。

主君を討ち、次には幼き頃からの強敵(とも)・三木にまで血塗られた刃を向ける鷲津。次第に狂気に蝕まれてゆく彼に「老婆の予言には続きがあったこと」にまで気を回す余裕はなく、そして自身もまた壮絶な死を迎えることになろうとは、その時の鷲津には思いもよらぬ事であった・・

とにかく終盤、逃げ惑う三船(鷲津役)に向かって大量の矢がびゅんびゅん飛んで来るシーンが凄まじい! CGやトリックなど有り得ない時代の映画なので、(弓道の)プロが狙ってたとは言え、その緊迫感はまさしく本物!
『HERO/英雄(2002)』で描かれた“無数の矢が飛んで来る”映像演出でさえ叶わない。だってあんなの・・CGだもん(・ω・)
終盤の三船の表情が“まじに恐怖に歪んでる”のはある種「ドッキリ」的な撮影進行だったんかもな〜と妄想したり。
このシーンの(撮影)終了直後、三船が黒澤監督に殴り掛かりつつ「俺を殺す気か!」と叫んだと言うエピソードも耳にしたことがあり、あながち「ガセネタ」にも思えない説得力が、確かにこのラストシーンにはある。。

意外とセリフが少なめなのも好感度が高く、以前に我が国の首相をされてたとある方(誰?)のように、短い言葉を声高に叫ぶパターンが多いのは、実に耳に心地よかったし(=^_^=)

「開門!」「逆賊!」「物の怪!」う〜ん、分かり易い☆

反対に長々としたセリフが語られるシーンは、何だか良く聞き取れず、そこは至極残念に感じられた。

終盤の“映画史に残るべきその名シーン”を観客に叩き付けんがため、次第に(緊迫感の)高められてゆく構成もなかなか良いが、私的には以下の「惜しいなぁ」と感じる点もあるにはあった。
ま、今だからこそ冷静にこんな評価が出来るんだろうけど・・きっと当時、劇場の大スクリーンで本作を(予備知識なしに)見せられた日にゃ、衝撃で自身も森の中を走り回ったことだろう(←いや、何処の森やねんな)

・大殿を討ち果たすまででちょうど半分・・と贅沢な時間配分をしているが、も少し前半を短くしても良かったか
・鷲津と三木が「ゆるりと語る」シーンが結局挿入されず、も少し「(友情の崩壊と言う)悲劇性を高める工夫」があっても良かったのでは
・「蜘蛛巣城」そのものの造形を楽しみたかったが、城全体がどうにも“安普請”な印象であり、天守閣も近くから殆ど映されなかったのが残念
・「蜘蛛手ノ森」が1つのポイントとなるロケーションだが・・「迷い込んだ森」と「動き迫る森」の印象がどうも一致せず「別々の場所ではなかったんか?」と言う違和感が残った
・強烈な存在感を放ってた奥方=浅茅が後半すぐ「本筋から離脱」してしまった感があり惜しかった

~ こんな武士(もののふ)トークなどもありました ~

鷲津「戯(ざ)れ言も程々にせい!」
  「主君を討つは大逆ぞ!」
  「大逆を犯して何と面目を保つ?」
  「その友義(ゆうぎ)には報いなければならぬ」
  「出あえい、物の怪!」
  「戦(いくさ)は、最後に勝つ者の勝利ぞ!」
  「何につけ色を失う腑抜け大将め!」

三木「夢は愚欲の現れと申すからな」
  「いずれ、ゆるりと話そう」
  「血も流さず屍(かばね)も積まず、一國を我がものに」

浅茅「(謀反の)お覚悟は定まりました?」
  「弓を執るのを望まぬ者が?」
  「功名の為ならば、親が子を、子が親を殺さねばならぬ世の中です」
  「大望を抱いてこそ男子!」
  「私は三木様のお世継ぎの為に、この手を血で汚したのでは御座居ません」
  「思わぬ事に座興が過ぎあい済みません・・今宵はこれにてお引き取り下さい」
  「幾ら洗っても何故消えないんだかねぇ・・どうして奇麗にならないのかねぇ・・この手は。
   手に染み付いて取れやしない、洗っても洗っても・・」

追記1:鷲津の奥方=浅茅(あさぢ)を静かに演じた山田五十鈴さんのエキセントリックさが光る! 夫が色を作(な)し自論を肯定しようとするのを、静かに「私はそうは思いませぬ」とひと言。どんな暴君でさえ「キャイン!キャイン!」状態ですわな(←どんな状態だよ!)
極め付けは囁くようなひと言「私、身籠りました・・」 鷲津以上に、全ての観客に“忘れ得ぬ衝撃”の走る瞬間です(=^_^=)
追記2:死ぬ寸前の鷲津の表情が“竹中直人っぽくて”ちょっと面白かった。。
追記3:原典『マクベス』では「バーナムの森」が動く設定となっている。

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