2009年11月21日 (土)

☆『スペル』☆

21日(土曜)。
昨日は大阪で(午後から)研修があったため、8ヵ月ぶりぐらいで(?)高速バスにて帰阪(←終点は(神戸)三宮であり、そこからは電車を乗り継ぎ移動)した。
しかしアレだね、、荷物を2ツも3ツも下げて徒歩移動する鬱陶しさ、乗車&移動時間を考慮して行動しなきゃならない煩わしさ、などから「今後は極力、バスなんか使わんことにしよう」と心に決めるワタシだった。

自分のクルマを、自分の責任で運転して戻る方が、はるかに楽しいし、気がラクである。
確かに道路料金+ガソリン代を考えると、バス+電車コースの方が半額程度で済むんだが「そんな目先の問題じゃねぇな」と痛感した次第(・ω・)

本日は(そんな昨夜の疲れで)午前中しばらく“寝だめ”した後、もぞもぞ起き出し大阪市内に電車で出かけた。
「観たいなぁ」と狙ってる作品が“取り敢えず2本”あるんだが・・双方とも“2時間半越え”の上映時間だし、共に高松市内でも鑑賞が可能なもんで、今日は趣を変え・・個性的なホラーを観ることととした(・ω・)

『スパイダーマン』シリーズで、すっかり有名人に成り下がって(爆笑)しまった、我らがサム・ライミ監督による『スペル』である。劇場はこの前の『ゼロの焦点』に引き続き“TOHOシネマズなんば”であった(←なんばマルイ8階)。

で、この前も感じたことだが、ここのシアターはエコに配慮してか? とにかく空調が弱くて(してくれてなくて?)暑くてグッタリさせられた。
ってことで、ここのシネコンで鑑賞する際は、体温管理にご注意下さいな。ホンマに暑いですわ。

1969年。カリフォルニア州パサディナ。霊媒師=ショーン・サン・ディナの館に“ジプシーの呪い”を受けた少年が運び込まれる。彼は首飾りを盗み“呪いの言葉(=スペル)”を浴びせかけられたと言う・・
「声がするよ! それがどんどん大きくなって・・!」恐怖に身体を震わせる少年。
自らの持てる力を尽くし、彼を救わんとするディナであったが・・

2009年。ウィルシャー・パシフィック銀行(WPB)に勤務する“自信に満ち、セクシーな”女性行員=クリスティーン(=クリス)・ブラウンは、空席である次長職を狙い、同僚=スチュ・ルービンに対抗心を静かに燃やしていた。ジム・ジャックス支店長に自らの評価を高めて貰おうと頑張るも、スチュも負けじとしたたかだ。

そんな時、ブランドン通りに住むジプシーの老女=シルヴィア・ガーナッシュが「住宅ローン返済の延期」を願い出るため、窓口にやって来る。
当初は「延長を認めよう」と考えたクリスだったが、

・既に2回も返済の延長を認めている
・支店長が「断るのは厳しい決断だが、後は君に任せる」と(彼女の手腕に)期待を寄せるそぶりを見せた
・老女がカウンターの“カゴ入りのキャンディ”をごっそり持って帰ろうとしてるのが目に付いた(=^_^=)

ことから支店長に「お任せを」と言い放ち、コレを断ることに。

最初こそ「あたしは誇り高い女だから、今まで1度だって誰かに何かを請うたことはなかった・・でも初めてあんたに跪(ひざまず)いて懇願するよ」としおらしい態度を見せたガーナッシュだが・・突然に「あんたは、あたしが請うたのに、恥をかかせたね・・!」と逆上し掴みかかる!
その場は(辛うじて)警備員に引っ張られ、店外につまみ出されたガーナッシュだったが・・その夜、残業をこなし退社したクリスに、地下駐車場で再び襲いかかり、彼女のコートの袖のボタンを引きちぎった老女は、それに向かい「ラミア!」と“呪いの言葉(=スペル)”を浴びせかけたのだ!

彼女の取った行動を「“呪物”の所有者に対し、闇の山羊神=ラミアをけしかけるスペルを唱えた」と解説する心霊相談員=ラム・ジャス。彼によれば「スペルを浴びてから3日間、ラミアは被呪者(?)の周囲で恐怖を与え続け、4日目にその者の魂を地底深く(=地獄)へと引きずり込みにやって来る」と言う。

残された3日の内に、スペルを打ち破ることは出来るのか? まずはガーナッシュ邸に向かい、彼女に赦しを請おうと考えたクリスだったが・・

サム・ライミが我々のもとに戻って来た! と期待を高めてたんだが、、何とも「パワー不足」だった。怖い訳でもないし、笑えるでもない。実に“しょっぱい”完成度なのである。
私的には本作を『スペル』ではなく『スベる』と命名したいトコだ(←わ、ベタや!)(=^_^=)

そんな訳で、これまで以上にライミ監督に対する評価がダウンしてしまった(×_×)
確かに映像&音響面ではモノ凄い「$」がかかっていようことはハッキリ分かるんだが・・作品そのものが“ベタで主観的な被害妄想”だらけで全然ダメなのである。。

一方で、終盤まで「本作のヒロインって、間違いなく“アンブレイカブル”や!」と信じて疑わなかったワタシ。殴られようが、鼻血を間欠泉のように(?)吹き出そうが、シーンが変わればケロリとしてはるのだ。そんな不自然さを「何かのフリやろか?」と先回りして考え、意外とワクワクしながら観てたワタシではある(=^_^=) ←無駄ぢゃん!

〜 こんなコトも思った 〜

♦正直、途中から「ババァが怖い」のやら「ラミアが怖い」のやら、分かんなくなって来てしまった(爆笑)
♦主演はやはりキルステ※ン・ダ※ストで! コレだけで集客数は10倍以上に跳ね上がったんでは?
♦ラストの“あの展開”は「エンドロール終了後」にこそ持って来て欲しかった! その構成だけで、ライミファンはきっと満足したと思うぞ(=^_^=)
♦「地下駐車場に警備員も配置してない」ような銀行はダメだ!
♦ジプシー(≒ロマ)の方々からの抗議とか、大丈夫やろか?
♦どうにも『痩せゆく男(1995)』の世界観がアタマの中にちらつくんだが・・あちゃらはスティーヴン・キング原作だっけか?
♦あの一家(一族?)・・結局のトコ、なかなか立ち退いてへんやんか・・
♦クレイの母=トルーディのキャラも、観客の心をザラつかせてくれる(・ω・)
♦怪奇本の挿絵のようなヴィジュアルが次々と展開される、スタイリッシュなオープニング映像。『スパイダーマン』以降のサム・ライミを知る観客なら、すぐに彼の作品と分かることだろう。
♦「スタンディング・リヴァティ」なるコインが結構“フリ”となって来る。ウィキによると、コレは1916〜30年に発行された25セント(クォーター)銀貨だそうで。
♦ハンケチが自由自在に空中を舞う。まるで『フォレスト・ガンプ/一期一会(1994)』みたいだ(=^_^=)
♦ひょっとしたら「定規による咽頭部への一撃」が“あの”死亡の遠因ではなかったろうか?
♦本作は“ユニヴァーサル作品”なので、関連するアトラクションをUSJに建造してはどうだろう?(⌒~⌒ι)
♦“1995年ポーク・クイーン”ってな1枚の写真が出て来たが、アレは何かの“フリ”だったんか?
♦何度でも言いたい。「窓はちゃんと閉めとけ!」と。
♦「人間の体内における、ハエの生存時間」ってどんなもんやろ?
♦ガボッと吐き出された猫。あれは・・別に「生き返った」訳じゃないのね(⌒~⌒ι)
♦ケーキの中に吸い込まれた(?)あのフォークの行方が気になる・・
♦「マクファーソン社を巡る大口融資」「ファースト・ナショナル銀行との攻防」・・のハナシなんぞ、ラ※ミ監督に描けようハズもなかった(=^_^=) ←すんません、監督。
♦ディナの館にて。大音響に、その場の人々は耳を塞いだりしてるのに・・白山羊のみがキョトンとしてて笑えた。
♦スチュがしきりに「父には内緒に!」と歎願してたが・・どんな親父さんなのだ?!
♦墓地での演出は『リング(1998)』の井戸内のシーンにそっくりでは?
♦あんなことだったら、深夜の食堂で延々悩む必要なんかなかったネ(⌒〜⌒ι)

〜 こんなセリフもありました 〜

クリス「あんたの負けよ!」
   「猫のことなんて知らないわ。いつの間にかプイと消えちゃうし」 ←君が※したんやろ!

クレイ「2度も延ばしたんだろ? 払えなきゃ家を失うのは当然だ」
   「60ドル? “茶番”にしては高額だな」
   「今日はお年寄りを怒らせないようにね」 ←このセリフには苦笑(=^_^=)
   「何を信じていいか分からない。けど・・君を信じてる。
    自分に誓ったんだ・・“どんなことがあろうと、君を護り、君を愛する”とね」

ガーナッシュ「次はお前の番だ・・あたしに請いに来るのさ」

ラム「私には“気”が見えます・・それは“その人に起こる未来の前兆”を映します」
  「ボタンを盗られましたね?」

ユング“世界を知識だけで理解しようとするのは困難だ”

孫娘「私の家の玄関で、私にウソをつく気?」
  「あんた、昔は太ってたね?」

トルーディ「お金の勘定って、すぐに飽きちゃいそうね」

クレイ「袖のそれは・・血?」
クリス「いいえ、トマトの汁よ」

ディナ「強くなれる?」
クリス「頑張ります」

教訓:ちゃんと(手触りだけでなく)※※の中身は確認するようにしよう!

追記:『ギャラクシー・クエスト(1999)』のあのファンの青年が・・こんなに有名になるとはねぇ・・え? 彼の名? そう、ジャスティン・ロング君ですわ。

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2009年11月12日 (木)

☆『サンシャイン・クリーニング』☆

11日(水曜)の夜。
先週の後半以降、かなりハードな流れだった。
金曜⇒日帰り出張。土・日曜⇒慰安旅行。月・火曜⇒1泊出張。 ・・まぁ、職場で旅行出来たり、自分のクルマで出張しなくて良かったりするだけでも、かなり感謝しなければならないんだろうけど(・ω・)

ホッとひと息つきつつ、久々に仕事の帰り道、近場のミニシアター“ソレイユ”にて小品『サンシャイン・クリーニング』を観て来た☆
偶然なんだが(⌒〜⌒ι)やはり今夜も“レディースデー”ってことで、女性比率が多かった。。
華やか(?)なのはイイんだけど、場内が暗くなり、予告編が始まってるってのに、気遣いもなく堂々と歩いて来て、前方の席に座るのはやめて欲しい(・ω・)
こちとら倍額払ってんだから、言うこと言うぞ、こんにゃろ ・・って誰にだよ。

【呟き】
実は“ワーナー・マイカル・シネマズ高松”に『マイケル・ジャクソン/それがこれ』を再鑑賞しに行ってもエエかな〜とも考えたんだが、あちゃらはあちゃらで“レディースデー”で混むんやろな・・と思いやめにした。
高松に“IMAX(アイマックス)シアター”が期間限定ででもオープンしたらエエのになぁ・・(=^_^=)

姉=ローズ、妹=ノラのローコウスキ姉妹。幼き頃、美しい女優だった母を“自死”と言う悲しい形で失い、それ以来、心に負った傷が完全に癒えずにいる2人。

学生時代、美人チアリーダーだったローズは、清掃人として細々と働きつつ、当時恋人関係だったマック(スティーヴ・ザーン)と未だに離れられずにいる。そのマックはヘザーと言うローズのライバル(?)だった女とちゃっかり結婚してしまってると言うのに。

一方、ノラは現実から眼を背けるように、ドラッグ&タバコに依存し、タトゥーを前腕に刻んでいる。バイト先でトラブルを起こし、キレてはプイとやめてしまう日々の繰り返し。

そんな2人は、刑事となったマックの助言で“自殺現場”“殺人現場”の洗浄処理と言う“ニッチ(隙間)事業”に乗り出す。名乗るは「サンシャイン・クリーニング」なる業者名。
フォードのバンにプロ用の清掃用具を積み込み、他の業者を圧倒する(=^_^=)低料金&サービスぶりで仕事を次々と掴んで行く姉妹だったが・・

上映時間が90分ちょい・・ってことで「面白くなって来た」辺りでスパンと終わってしまった感があり「あれ?」「もっと観たいのに」と正直、感じてしまった(・ω・)

別れや悲しみが積み重なって来て、最後に“ドカン!”と再生(復活)の姿が(大きな揺り返しでもって)描かれるのか・・と期待値を高め過ぎると、ちょっと拍子抜けしちゃうんじゃないだろうか?
そこは「脚本の延長」と言うスタイルが難しいにせよ、せめて「エンディングロール時の“その後の断片的な映像”」なんかで小出しに描いて欲しかったぞう、と。

冒頭の“散弾銃の1件”以外は、かなり劇中の“事件群”がパーツ的過ぎて分かりにくかった。これが『おくりびと』なんかでは、断片的にせよ、それなりに丁寧に“それぞれのケース”を観客に伝える努力をしてくれてた気がするな。そう言う部分では、本作は粗過ぎる。

そういや、アラン・アーキン演じる父=ジョーのキャラ造型が、うちの親父どんに何だか似てて、少々(観てて)緊張してしまった(⌒〜⌒ι) 「頑固」「怒りっぽい」「細かい」なんかの性格的な要素も似てるし、何となく容貌も似てたような(×_×) その内、エビでも仕入れ始めたりして。。

息子=オスカー(8歳)のキャラ(あの性癖?)がもっと過剰になって行くんかな? と期待してたら(=^_^=)余りワルノリしてくれなくて、そこも期待外れだったか。
オスカー君のドラマも、更に1歩、前面に出しといて欲しかったかな。

ノラを演じてはった女優さん。何となくジュリエット・ルイスが入ってたが(=^_^=)、あのアゴの割れ具合(?)には、いつもながらキュンと来てしまった。やっぱし、男優も女優もアゴが割れてこその“セックスアピール”だと思う。 ・・のはオレだけか。。

〜 こんなトコも 〜

♦ローズのパートナー(=オスカーのパパ)について、劇中では何も語られてなかった気もした。父親はマックだったんやろか?
♦細菌の感染もそうだが、あんなカジュアルな出で立ちでは、きっと“死臭”が(カラダから)抜けない気がする・・仕事帰りには「鶴乃湯」に突進だ!(←それ、作品違います)
♦模型好きの雑貨商=ウィンストンのキャラがイイ! とある特徴を持ってはるんだが、そんなのは関係ない。あんな優しい男に出会いたい。あんな優しい男になりたい。
♦ウィンストンとローズが「とある事件」の後で静かに言葉を交わすシーンで、ウルウルしそうになってしまった。あのシーンがワタシの中では“クライマックス”と言えるのかも知れない。
♦アメリカ人の観客なら「20ゲージの散弾銃」って聞いただけでピンと来るんやろね。
♦「ロブスターマン」のキャラ造型が知りたい(=^_^=)

〜 こんなセリフもありました 〜

客「パワーのあるヤツ(散弾銃)がいい」

警官「店中が血まみれだ。まるで“バイオハザード”だ」
  「死体はバラバラ・・現場は血の海だ」

ローズ「私は強い・・私はパワフル・・私は何でも出来る・・私は勝者・・」
   「私を“掃除しか出来ない女”だと?」
   「自分への責任と誇りを持ちなさいよ、ノラ」
   「平気よ(It's fine.)」
   「ここだわ(I found it.)」
   「(あんたの吐いた)それも掃除しないと」
   「洗えば平気よ」 ←おい!
   「何ごとも明るく、ね」
   「お爺ちゃんが約束しても、叶わないこともあるのよ」
   「私たちの出来ることは、とても小さなことだけど・・誰かの力になれるの」
   「自分はもっとマシかと思っていたのに・・」
   「自分が行くべきだった・・でも、どうしても行きたかった・・見返したかったのよ」
   「まだ怒ってるのよ、本気で」
   「じき、慣れるわよ」

ノラ「全部棄てるなんて・・故人の存在を消し去るようで辛いわ」
  「ヘザーがまた妊娠したって。あいつ、離婚なんかしないよ。・・哀れな姉貴」
  「“それ”は姉さんの役目じゃない」

オスカー「生まれる前に僕は何だった? 死んだらどうなる?
     死んだら、何処へ行くの? (天国にいるのなら)そこから地上が見えるの?」

校長「“何でも舐める行為”は不潔ですし・・他の子が不安に」

女教師「私の脚を舐めたんです」

ローズ「洗浄のコツなら分かるわ。違いは血の汚れでしょ?」
マック「他に体液もあるぞ」 ←どひ〜!

ジョー「“お得セット”をシェアしよう」
   「コーンより健康的なものがこの世にあると?」
   「“頭が良い子”の扱いを知らん連中だな」
   「“商才”って言葉を覚えておくんだぞ」
   「妹と仲直りしろ。姉妹なんだぞ」
   「商売上のウソは方便だ。許されるとも言う」
   「(商売には)安定と信用が大切だ」

ノラ「現場は血だらけ?」
ローズ「たぶん・・」

ノラ「血しぶきが落ちないんだけど」
ローズ「スプレーして、しっかりこすって」

ローズ「私たち“素人”だって」
ノラ「だってホントに“素人”だもん」

ノラ「今度は何?」
ローズ「自殺だって」

ウィンストン「こっちだ(Follow me.)」
      「おがくずは“吐瀉物の清掃”に一番だ」
      「もっと積極的に売り込むべきだ。特に保険会社とかを相手に」

ジョー「見ろ、ここ錆びてるぞ」
中古車屋「個性だよ」

ヘザー「今のあんたは・・カスよ(You are Nothing.)」

追記1:ローズ役のエイミー・アダムスは『ダウト/あるカトリック学校で(2008)』の若いシスター役だったんやね! 気付かんかった。ノラ役のエミリー・ブラントは『プラダを着た悪魔(2006)』に出たはったそうで。こっちも気付かんかった(×_×)
追記2:クリフトン・コリンズJr. って男優さん。名前はピンと来ないが容貌にピンと来たので調べてみたら・・『トラフィック(2000)』で殺し屋を演じたはったしとだった。何となくね、松本人志の入ってる気がしてね(⌒〜⌒ι) おかっぱ頭にしてパジャマ着せたら、かなり似とるんじゃないかな、などと(=^_^=)

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2009年10月26日 (月)

☆『セントアンナの奇跡』☆

25日(日曜)。
昨日の石鎚山・天狗岳(1982m:愛媛県)登拝行の疲れが出たか、、今朝はグゥグゥと寝だめしてしまい、起きたら午前10時を過ぎていた(×_×) 立て続けに剣山(徳島県)を登る勢いもあったが、、今日はやめにしといて正解だったと思う、たぶん(・ω・)

起きて間もなく(もしくはそれで起こされたか?)インターホンが鳴り、宅急便が届いた。
先週後半にネットで購入した「サニ〜製のヘッドホン一体型MP3プレイヤー」である。正直、サニ〜製品はあんまし使いたくないんだが、こう言う“ジョギングに適したプレイヤー”がアップルからなかなかリリースされないので、仕方なく購入したって感じ。
そう言や、先週半ばに突然「サニ〜製のヘッドホン」が壊れてしまった時は、つい「“サニ〜タイマー”がとうとう尽きてしまったんやろか、、」ってのがアタマをよぎった。

これを書いてる現在、ノートPCのUSB端子に差されたくだんのプレイヤーが充電中なんだが「パッケージを開封し、外気に触れた時点でタイマーが起動するんやろか? 充電のためPCに繋いだ時点やろか?」などと“余り意味のないことながら、単なる都市伝説(?)の類とし片付ける訳にも行かない妄想”を脳内に自由に漂わせている(・ω・)
さて・・果たしてこいつは頑丈なンだろうか?

午後からであるが、市内へと出かけ、かなり期待してた1作『セントアンナの奇跡』を観て来た☆
夏にも、帰阪した際に「是非観よう!」と決めてはいたんだが、予定がつかず観れぬままだった。ようやく鑑賞が叶い嬉しい。

1983年のクリスマス前。ニューヨーク・ハーレムに住む初老の郵便局職員=ヘクター・ネグロンは「20セント切手を」と注文したとある客の胸部を(切手売場の)窓口越しにいきなり銃撃、撃たれた男は即死する。
その場にいた人々は“突然の凶行”に叫び逃げ惑うが・・ネグロンが銃を(事務机の引き出しから)取り出す寸前に発した「あの時の・・」と言う呟きを耳にした者はいなかった。

デイリー・ニュース紙の若手記者=ティム・ボイルが他社に大きく出遅れ、現場に駆け付けた時には、リッチ刑事(ジョン・タトゥーロ)が後片付けをしてるばかりだった。「初仕事がこのザマか? 向いてないんじゃないか? 知事みたいに就任直後に辞職することになるぞ」
チクリと苦言を吐くリッチだが、ネグロンの家宅捜査にボイルが同行することを認める。

ネグロンの自宅アパートには、果たして“古い彫像の頭部”が隠されていた。市警の依頼を受けた専門家のブルックス教授は、
「これは450年前の作品で、イタリア・フィレンツェの“サンタ・トリニータ橋(世界最古のアーチ橋。1944年、ナチスに爆破解体された)”を飾る4体の彫像の1つ“春(プリマヴェーラ)”の一部だ。アンマナーティの手によるこの像は少なくとも500万ドルの価値のある大変な宝だ!」とひと目で鑑定する。

“マーブルヘッド・マーダー(彫像の頭部殺人)”と名付けられたこの事件。取調室で2日間「黙して食さず」を貫くネグロンだったが、ボイルが会見を挑んだ際に、眼に涙を溜めポツリと「私は・・知っている・・“眠れる男”が誰なのかを・・」そう震える声で漏らすのだった・・

事件は新聞の見出しを大きく飾り、世界へと。
画商=エンリコ(ジョン・レグイザモ)がローマで購入したデイリー・ニュース紙は、とある流れでカフェにいた男の眼に触れることとなる。左に彫像、右にネグロンの写真を載せたこの記事に驚愕する、この男は?

そして物語はネグロンの回想の中、1944年のイタリア北部・トスカーナ地方へと飛び、セルチオ川のほとりを進軍するアメリカ陸軍・第92歩兵師団、通称“バッファロー・ソルジャー(黒人による連隊)”の4兵士=スタンプス(リーダー格)、ビショップ(皮肉屋)、ネグロン(クリスチャン)、トレイン(純情派)の体験する、絶望と希望の戦局へと遡って行く・・

久々のスパイク・リー監督作品だ。
前に劇場で観た『ガール6(1996)』がヌルい、と言おうか“余りに観応えなき”作品だったため、今回もその辺りを心配してしまったが・・いや、なかなかに勉強となりました!

「黒人兵団が激戦地に放り込まれる」って展開は、かつてエドワード・ズウィック監督の『グローリー(1989)』でもたっぷり(?)凝視させられてしまったが、、本作では「戦争」や「戦場での団結心」と言った要素に焦点を当てるのみならず“国籍を超えた人間ドラマ”をも丁寧に描いてるのが素晴らしかった。

クリント・イーストウッド監督の『硫黄島からの手紙(2006)』を観た時も「こんな切り口で、こんな監督が戦争を描いた例は、今までになかったんでは?」と驚かされたモノだが、あの時の気持ちに通じるものがあったな、と。

特に、全篇を通じもっともインパクトのあったのが、どちらも“女性キャラの絡む”シーンだった。きっとワタシが男だからなんだろうが、、

1)川沿いの戦闘エリア“ゴシック線”を進軍するジョージ中隊&フォックス中隊に向け、車両の屋根に取付けられたスピーカーから大音量で「ナチス短波放送」が流され、官能的な(官能的過ぎ!)女性アナウンサー=アクシス・サリーがアメリカ黒人兵の戦意を揺さぶる! これが単なる「プロパガンダ」とし一笑出来ない「ある意味ホンマちゃうん?」と思わせてしまう“深み”を持つのだ。

2)清楚で聡明な村娘=レナータ(実は夫帯者!)を巡る2兵士の言動とその結末の対比。
「踏み出せなかった男」と「堂々と踏み込んだ男」・・そして黙して語らぬレナータ自身の、実は“解放”を望んでいたかのようなあのけだるい扮装(?)

正直、映像的なエロティック度では「物足りなさ」があったんだが「映さないけど、スんゴいエッチなことしてたんですよ、このしとたちってば」と言いふらしたくなるような(=^_^=) そんな見せ方&台詞回しが光ってた。カットされてた(2つの)セク〜スシーンも拝みたかったモノだが、想像する楽しみ(余地)を残してくれたスパイク・リー兄貴には、一方で感謝したくもなる(=^_^=)

難を言えば「多角的な描写」や「時間軸置換」などを駆使してくれてた割に、やや各キャラの描き方が簡素過ぎたかな? ってことか。特に現代(?)のシーンで「濃厚に描かれる」と期待してたリッチ刑事&ボイル記者の人物像が予想以上に薄っぺらく、かつニューヨークの事件そのものも薄っぺらい感じに終わってしまった点に「“ドラマを盛り上げる美味しい要素”をみすみす棄てたんかなぁ?」なんてなことも感じたワタシである。

サプライズとしては、ジョン・レグイザモ氏を久々に拝めたのは良かった☆ 前作(?)『ハプニング(2008)』ではガラスで※※を切ってただけの、悲し過ぎる役柄だったんだが、今回はエッチ過ぎる画商役を嬉々として演じてはった(=^_^=)
(って、、メチャメチャ出演時間、短いんですけどー!?)

ときに、トレイン役の巨漢の黒人男優。最後の最後までフォレスト・ウィテカーのクローンかなんか(=^_^=) と思ってたら・・オマー・ベンソン・ミラーと言う、全く別なしとだった! 6回タップでブン!ブン!(←意味不明)

何処か『パンズ・ラビリンス(2006)』を連想させるような、一方で(これもズウィック監督作の)『ディファイアンス(2008)』に通じるような、不気味で不穏で裏切りの見え隠れする物語世界は強烈だった。きっとこのジャンルに限っては、本作を超えるスパイク・リー作品にはもう出会えない気すらする。

それにしても、、ワタシは仕事柄、(訪問先の)受付窓口で挨拶をしたりするんだが・・対応頂いた係員さんが、手元の引き出しに“いつでも実射可能な拳銃”を忍ばせてる・・と思うと、恐怖心で思わず発狂しそうになってしまう(=^_^=)

〜 こんなトコロも 〜

♦本作は「R15」だが、戦場における残酷描写以上に、男女の生々しいやり取りの方にこそ「その指定やよし!」と感じてもしまったワタシ(=^_^=)
♦レナータさんの“あのコスプレ”は『愛の嵐(1973)』におけるシャーロット・ランプリングさんの“あのコスプレ”にも通じる「インパクトあるんだけど、何処か軍人を茶化してるテイスト」がかなりあった。また、あの前後で一切セリフを発しないのもイイ。
♦くだんの拳銃は“ルガーP08”だが、1938年をもって“ワルサーP38”がドイツ軍に正式採用されたそうで、当時既に「旧式」とはなっていたらしい(・ω・) ←ウィキ情報だから、何処まで鵜呑みにして良いのやら(=^_^=) 恐らく「08」「38」は採用年から来てるんやろね。
♦ナチス将校の鉄十字バッヂには「1939」の年号が。
♦米軍の放つ砲弾の胴(?)部分に“ハーレムスペシャル”だの“不言実行”だのと書かれてるのが可笑しかった。アメリカ人の、戦場でのあのユーモアセンス(?)はスゴいと思う。
♦「ハミルトン製の腕時計」が兵士に支給されていた。
♦別々の場所での「3つの祈り」のシーンがカットバックで同時に描かれる。演出として印象深い。
♦終盤で登場のナチス将校。「これで身を守れ!」とは、余りに“美味しい”役回りである(・ω・)
♦1人、ムカつく上官がいて「こいつは死んだ方が良い」と思ってたら・・結局は爆発&炎上でバラバラになってました。。
♦「ネット越しに撫で回してた」から、ちと霊験が薄かったんやろか、、(×_×)
♦『アレックス(2002)』を観た時も思ったことだが「人違い」ってのは考えないのやろか?
♦タイトルこそ“セントアンナの奇跡”であるが、、セントアンナの“まさにあの場所での奇跡”は意外にさらっと描かれてた感じ(・ω・)
♦タップの回数だが、4回・5回辺りはもっと後回しで良い気もした(・ω・)
♦「泣く子も黙る」って風な歴戦のパルチザンのリーダーの男がいたが、名前が“ペッピ”と、何やら可愛かった。。
♦「踏切の手前」で軍用ジープが・・ あのシーンは「遠くからの長回し&セリフなし」で描いたからこそ、強烈なのだと思う。何となくワタシ自身も「やったれ!」と心中で思ったし(⌒〜⌒ι)

〜 こんなセリフもありました 〜

中佐「この町を死守する。今日も明日も明後日も・・永遠にな」 ←『史上最大の作戦(1962)』よりジョン・ウェインの台詞

リッチ刑事「(取材に)遅れた? 転職を考えるんだな」
     「あの刑事たちは無能だが・・君には収穫があるかもな」

ネグロン“俺たちも、この国のために戦った”

刑事「信心深いのはイイことだろ?」

エンリコ「世界の動きを知りたい。何しろ君と2日もベッドにいたからな」
ピーノ「世界は無事よ」
エンリコ「おい、よせよ・・俺を殺す気か?」
ピーノ「あんたが死ぬ程、愛しちゃうわ」

米兵士「今はこの銃がお前のママだ」
   「後ろでふんぞり返って“見えない”だと? 先頭に立てってんだ!」
   「ヤツにはツキがある」
   「軍服着てたって、これは白人の戦争だ。俺たちにゃ関係ない」
   「ナチスは客で、俺らはブタ扱いで裏に回れってか?」
   「ヤツは88ミリ砲に自分のペ※スを突っ込みかねないぜ」
   「外国の方がよほど自由だ。ここイタリアじゃ、俺たちは“黒人”じゃなく“俺”だからな」

トレイン「白人には触ったことがない。死人にも」
    「この子には力がある。神の影の中に立ってる」
    「1回は“イエス” 2回は“ノー” 3回は“やれ”
     4回は“眠る” 5回は“薬を飲む” 6回は“危ない”だ」

ビショップ「お前らが“生粋のイタリアン”なら、俺たちは“雑種”ってか?」
     「仲良くなるな。このガキはどうせすぐに死ぬ」
     「そのクソアタマ(←彫像)、まだ持ってたのか?」

ルドヴィーコ「ムッソリーニはイタリアを大国に導いたが、我ら国民を裏切った」

レナータ「どうしたの? 女の胸を初めて見たの?」
スタンプス「・・君は、美しい」
レナータ「・・有難う」

米将校「俺は新任だが、黒人士官と話し合う気はない」
   「無線はウソだろう」 ←おい!

トレイン「何故、川を渡る?」
ビショップ「向こうにビールがあるからさ」

ネグロン「お前は説教師だろ? 説教してる時だけは神を信じるのか?」
ビショップ「信じたいが・・どうにも長続きしねぇ」

ネグロン「神は醜いものが嫌いだ」
ビショップ「美しいもの、じゃねぇのか?」

アクシス・サリー「アメリカがあなたたちを気にかけると? あなたたちを“奴隷扱い”する国なのよ」
        「戦うのを止め、私の“白い2つのマフィン”を食べにいらっしゃい」
        「ここで死んでも、故郷じゃ“2流市民”扱いよ」
        「“勝者の側”にいらっしゃいな」

ナチ将校「あのたわ言は(電波に乗って)届くのに、何故ポテトスープが届かん!」
    「ロシアでは氷柱を舐め、飢えをしのいでおる。自分だけが空腹と思うな!」
    「テロリストは“ジュネーヴ条約”では保護されとらん」
    「何をしたにせよ、戦争程の悪行ではあるまい」
    “もはや私は、妹の前で優しく揺れるランプではない”

ファシスト党員「神の前でも党員証の有無を問われるのかな?」

ペッピ「泥棒を捕まえる側が、泥棒になるな!」

浜辺の男「奇跡こそ、人生で一番大事なものです」

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2009年9月18日 (金)

☆『サブウェイ123/激突』☆

15日(火曜)の夜、連夜のコースではあるが(⌒〜⌒ι)仕事帰りに“ワーナー・マイカル・シネマズ高松”に寄り、新作サスペンス『サブウェイ123/激突』を観た。

ニューヨークを舞台としたスタイリッシュな世界観&映像に、デンゼル・ワーシントン(=^_^=)+ジョン・トラボルタの2大俳優が激突! ってことで、いやが上にも期待値が高まってしまうし!(そうか?) 上映時間が2時間を切ってる辺りも魅力的だった。

ニューヨーク地下鉄・運行指令室。ここでは“マエストロ(達人)”と呼ばれる運行指令主任(?)=ウォルター・ガーバー(デンゼル)が電光表示板を睨み、秒単位の車両運行管理業務をこなしていた。

午後1時59分のデジタル表示が午後2時に切り替わる、その“ホンのわずかな”瞬間・・レキシントン線の「ペラム発123号」は4人の屈強な男らに(地下鉄)ジャックされてしまう。

運転士ジェリー・ポラード、女車掌レジーナを筆頭に、乗員&乗客ら18人を乗せた列車はガーバーの指令を無視し、線路上に居座り続ける。
異常に気付き、無線機でポラードに呼びかけるガーバーの声に応えたのは・・自らを“ライダー”と名乗る乗っ取りグループの主犯(トラボルタ)だった!

「今からきっかり1時間後、、つまり午後3時13分までに1千万ドルを用意しろ」と身代金を要求するライダー。もし刻限を過ぎれば「1分毎に乗客1名を殺害する」と。

指令室はニューヨーク市警(NYPD)に通報する一方、別路線の地下鉄で移動中だった市長を捕まえ、1千万ドルを連邦準備銀行から調達する手筈を整える。

注)実は1千万ドルという額は「NY市長の権限で、同銀行から出金可能な限度額」でもあったのだ!

また、ライダーは交渉人とし、カモネッティ警部補(ジョン・タトゥーロ)ではなく、ガーバーを指名するのだった。
「俺の乗っ取った地下鉄にあんたが連絡を入れて来たこと・・これを単なる偶然と思うかい?」とガーバーに“意味深な挑発”を仕掛けて来るライダー。

そんなライダーの要求は、いつしかガーバーの“暗部”をもあぶり出し、事件は全ニューヨーカーの耳目を集めることとなってゆく・・

トニー・スコット監督の最新作でもある本作。如何にもトニスコの好きそな「スピーディー&クールな映像群」こそは楽しめたが・・どうにもキャラ群に対し感じる「吸引力のなさ」により、仕上がりが台無しとなってる気がした(×_×)

具体的に言えば「どのキャラにも感情移入が出来ん」「乗客&犯人側(いずれも)の背後に流れるドラマ性に乏しい」「キャラ群の使い方がイマイチ」「ガーバー夫婦のドラマも、感動的なのかが実に微妙」「妙なスタイリッシュ映像(近距離+断片的+ブレ描写)の連発による、却ってのスピード感の喪失」などか。

バイク隊&武装パトカーが観客の予想もし得ない(⌒〜⌒ι)部分でどエラい目に遭ってしまったり・・(×_×) ←「お疲れ!」と労いの言葉をかける以前に「アホかい!」とツッコんであげたい。

「1時間」とリミットを設けての交渉の世界(=物語世界)なのに、どうにも(早くも前半から)間延びした感が強かった。緊張感が持続しない、と言うか。
私的には女車掌のキャラをもっと巧く活用して欲しかった。例えば『エグゼクティヴ・ディシジョン(1996)』のハル・ベリーのように。

終盤で思いがけず、ライダーの「すぐそば」にまで接近しちゃえるガーバーには「ウソやろ!」とツッコめて仕方なかった。1度ならず、2度までもあんなに“急接近”出来るなんてね、、(少なくとも)あの点だけは脚本家がアマチュア過ぎると思う。

『バンテージ・ポイント(2008)』辺りに影響を受けての演出か(?)、終盤でいきなしカーチェイスをご披露してくれるデンゼルさんにはびっくり! めちゃめちゃに“転がす”のん、巧いやんか!

ってことで、ツッコみポイントを挙げて行くと、ホンマにキリのない感のある本作。

(1974、1998にそれぞれ制作された『サブウェイ・パニック』に続く)3度目の映画化らしいが(←ウィキペディア情報)、元々からこんなポンコツ気味な物語なのか、ソコにだけは興味津々である(・ω・)

〜 こんなことも気になったり 〜

・ルイス・ガスマンの演じるレイモス。39歳との設定だったが、、流石にムリがあるのと違うか?
・乗客を代表する1人に、またもやブレンダン・フレイザー似のしとが!
・1千万ドルは、札にして約100キロの重さらしい!
・日本のォォォォ鐵道車両はァァァァ・・世界一ィィィィ!!
・元・空挺部隊員も大変だネ(×_×)
・ネズミに翻弄される狙撃手くん(×_×) 実に『ミッション:インポッシブル(1996)』ぽい演出でもあるし、、ここは是非ジャン・レノ氏に演じて欲しかった役どころだ(=^_^=)
・舌なめずり(?)するファットなデンゼルが、リアルに暑苦しくて、すこぶるよろしくない。。
・市長の年収は1ドル! なのに何故か、市長のスーツは3千ドル!
・悪ノリついでに、後半でヘリが墜落したらスゴかったと思う(おいっ!)
・あんなタフなノートPCなら、欲しいかも。
・不自然な爆発シーンが盛り込まれなかったことだけは、逆に評価したげたい。
・覚悟を決めなければならぬ状況で、家族に(携帯)電話をかけるガーバー。何だか『少林サッカー(2001)』の“七三分けのおっちゃん”の(同様の)行動を思い出し、苦笑してしまった・・

〜 こんなセリフもありました 〜

ガーバー「・・いつもと違う」
    「確かに告発はされたが・・私は有罪でも何でもない!」

ライダー「それはあんたの問題で、俺の問題じゃない」
    「この状況こそ、俺の砦さ」
    「あんたが気に入った。ひょっとすると、あんたは俺の“最後の友人”かもな?」
    「“プランB”なんてないぜ」
    「ガーバーか? 思ってたより背が高く、ハンサムだな」
    「志願したことで“犯した罪”を償えるとでも思ったか?」
    「・・見直したよ」
    「I don't fucking think so.(そんな訳ねぇだろ!)」
    「I don't care!(そんなの知るか!)」

上司「しくじるなよ」
ガーバー「何なら代わる?」
上司「お前が受けた件だ。最後までやり遂げろ」

ライダー「カネが一番だ、だろ?」
ガーバー「人命では?」

ライダー「死は“神への借金”だ」
ガーバー「生では?」

乗客女「何とかしてよ」
乗客男「俺がタフに見える?」
乗客女「その指環(空挺部隊のもの)を見たからよ」

市長「俺はジュリアーニのように、大統領選に出馬する気などはない」
  「どんなヤツが女を連れてアイスランドに遊びに行けるんだ?」

市長「何故ヘリで運ばん?」
一同「・・・」

ガーバー「丸腰で人質を救出に向かったことは?」
カモネッティ「あるさ」

カモネッティ「ここは“護り甲斐のある街”だ」

警官「命令されてここへ?」
ガーバー「自業自得かも」
警官「人生、そんなもんです」

※「株での儲けは?」
市長「身代金(1千万ドル)など、微々たる額だよ」

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2009年8月 8日 (土)

☆『サガン/悲しみよこんにちは(2008)』☆

6日(木曜)の仕事帰り。忙しい中にも少しばかり“時間的余裕”が生じたもんで・・「予告編をさんざ見せられ、気になってたし、行っとくか!」と思い立ち、アーケード内にあるミニシアター“ソレイユ”で公開中の、フランスの女流作家=フランソワーズ・サガンの人生を描いた『サガン/悲しみよこんにちは』を観て来た。

取り敢えず、前々から狙ってた“ソレイユ制覇”が叶ったことに、自分でもびっくり。

つまり、このシアターでは4作品が常時入れ替え上映(地下:2作、4階:2作)されてる訳だが『アンティーク/西洋骨董洋菓子店』『フィッシュストーリー』『レスラー』そしてこの『サガン』の全てを鑑賞した訳だ。
おまけに、スタンプカードも埋まったので(←500円毎に1スタンプ。40ヶが埋まれば、サービス券と交換)・・いよいよ“500円ご利用券”をゲットすることも叶った☆ 何だか印刷業者の方なら、簡単に作れそな(おい!)仕様の券ではあるが、やっぱりじわっと嬉しいモノである。

1954年。わずか18歳で、処女小説『悲しみよこんにちは』を執筆し、一躍“時代の寵児”となったフランソワーズ・サガン(本名:フランソワーズ・クワレーズ)。華やかな“光明の人生”の裏にいつも付きまとっていた、彼女の“苛立ち”“孤独”“弱さ”を静かにカメラは映し出す・・

私的には『悲しみよこんにちは』を若い頃に(文庫版で)読んだぐらいしか接点のないサガンであるが、存命にして「広辞苑」にその名の掲載された数少ない(?)人物の1人とし、自身の中で「すごいなぁ」と思わせしめたのもまた彼女である。

本作に関しては「冒頭に晩年のシーンを持って来る構成」「私生活の謎の部分をあくまで謎のままずんずんなぞってく展開」など、ノンストップかつテンポ良きテイストを実感した半面、表面的で駆け足的過ぎる印象も強かった。

彼女のチャカチャカした人生を共に辿って行く演出こそは「他人の日記を盗み読む」ような(?)スリル&吸引力があるんだが、私的にはちょっと描き方に「踏み込みの甘さ」を感じ、途中で時計(時刻)を確認することが幾度もあった(・ω・)

常に「タカる人々」を周囲にはべらせ続けてた感のあるサガンだが・・最晩年に“彼女の死”を看取った人間が「わずか1人だけ」だったのは、ホンマに皮肉で悲しいトコロである。
名声が高まり、人間&作家とし成長してゆくにつれ“心からの笑顔”が少なくなって行く様もまた、印象深かった。

本作は「やや予告編に期待し過ぎた感」もあったかな、と(⌒〜⌒ι) そちらでは「サガンを愛した人たち」として、
「ジャン・ポール・サルトル、トルーマン・カポーティ、パブロ・ピカソ、イヴ・サンローラン、セルジュ・ゲンズブール、ピエール・カルダン、カトリーヌ・ドヌーヴ、オーソン・・(←大体分かるが(=^_^=)ここで表示が途切れてしまってる、、)」なるモノ凄いメムバーが列挙されてるが・・「誰も出て来ないじゃない!」と。
そっくりさんでもCG処理でもエエから、もうちょっと“遊び心”を発揮して欲しかったなぁ。

これと“ココ・シャネルの伝記映画(←オドレィ・トトゥ主演の方)”をセットで観よう、と予定してたんだが・・結構、伝記モノは「観てて疲れる感」があるなぁ・・とも再認識。ま、そもそも“エンターテインメント”と言うジャンル分けにして考えるべきじゃなかったんかも知んない(・ω・)>

〜 こんなトコにも気付いたり 〜

♦明確なセリフこそなかったが、サガンは“ユニセックス(所謂「両刀使い」)”ではなかったんか? との大胆な(?)解釈が展開されてた。2人目の旦那=ロバート・ウェストホフもゲイに描かれてたし(・ω・) 1人目の旦那=ギイ・シェレールの方が、名前的にはゲイっぽいンだけどね(←放っといたれよ!)
♦ジャグワー、マセラッティ、フェラーリ・・とサガンの車趣味もなかなか! アメ車、ドイツ車には傾倒しなかったのね。。
♦息子ドニとのドラマの希薄さにびっくり! ラストこそ和解っぽく描かれてたが、アレって勝手な「美談」じゃん!
♦息子ドニを喜ばせるために(?)自室に“ホンマもんの子馬”を入れてるのはスゴかった! ドニは喜んでなかったが、、

〜 こんなセリフもありました 〜

サガン“密かに恐れるのは・・愛なく生きること。愛する気持ちを共有する人のいないこと”
   “本当の悲しみは、孤独を伴う”
   “これが名声と言うものか、と思った”
   “確かに、お祭りやバカ騒ぎは好きだが・・遊び呆けるだけの友人は嫌いだ”
   “誰の為に書くのか、それが分からない”
   “皆、私の仕事に興味ないんだわ・・猫でさえ”
   “人は弱い。病人は孤独だ”
   “愛の始まりは最高。途中はもっといい。しかし・・どちらかが先に飽きて、愛は終わる”
   “(離婚は)初めての挫折だった”
   “幼き息子の笑顔は、恋の終わりを忘れさせてくれる”
   “恋の挫折とは、自らの挫折に他ならない・・人生は孤独だ”
   “書くことは、官能的な衝動だ”
   “駄馬でもいい、調子外れの小曲でもいい”
   “書けないのは、悦びのないセックスと同じだ”
   “歩み続けるのは難しいが、生きるしかない”
   “自分を無力とは思いたくないが、ここまで辿り着けただけでも驚きだ”
   “お金なんか貯めても意味がない。お金は人を狂気に走らせる”
   “逃げたい時がある”
   “来世なんか信じないが・・愛する人とは再会出来る気がする”

サガン「書くのが夢」
   「正直、友人にミエを張って書いたのも」
   「“悲しみとアンニュイ”がテーマよ」
   「書いたんじゃないわ、描いたのよ」
   「ジャガーとアパルトマンを買うわ!」
   「1分で(この男と)別れるから待って」
   「心配なの? なら(眺めてないで)先に帰れば?」
   「ツキがなかったのよ」 ←1万フランをギャンブルでスって
   「ドーヴィルも悪くないわね。カジノがあるから」
   「お金は嫌いなのよ」
   「遊び歩くのにも飽きたわ」
   「定義したら、それはもう“自由”じゃないわ」
   「愛してるのに、愛されないのよ」
   「ファンに私の本を書かせたら? きっと売れるわよ」
   「ファンの興味は小説よりもサガン(自身)なのよ」
   「知ってることを書くだけよ」
   「離婚に乾杯!」
   「整理は苦手なのよ」
   「再婚? ママを喜ばせるためよ」
   「ベルナールも連れて行くわ。“家具の1つ”だから」 ←“M男”なら、のたうち回って悦ぶべきトコロか、、
   「分かることしか書かない」
   「せめて(シトロエン)2CVでも所有出来るよう、若い人は頑張るべきよ」
   「人生を清算? 計算は苦手よ」
   「私は書くことしか出来ないの」
   「お金のハナシは嫌いよ」
   「自伝? 自分の心情には興味ないわ」
   「家計より人生が大事よ」
   「これからは(酒を断って)一生コーラよ。主治医の勧めでね」
   「楽しけりゃイイの。コカインは楽しいわ」
   「法が人に合わせるべきよ」
   「私の人生、破滅しようが勝手でしょ!」
   「悲しかったから、喜劇を書きました」
   「この家は“死にかけ”ばかりね」
   「お金のハナシはやめて。イライラするわ」
   「私の息子は大変ね」

サガン「読んだ?」
父「あんなハナシを書くな・・良く書けてはいるが」

ベルナール「“批評家賞”など下らん文学賞だが、おめでとう」

父「お前の年なら、あぶく銭は使い切るがいい」
 「数字がモノを言う時もあるさ」

兄「あくまで兄としての意見だよ。読者は(君が何を書こうが)絶賛だろうけどね」
 「僕は“おべっか仲間”には加わらないぞ」

ギイ「お早う。お休み」
サガン「“ヘップバーン似”の愛人によろしく」

ペギー「買い物嫌いなのね?」
サガン「着るのはイイけど、選ぶのは苦手よ」

アストリッド「あなたの本は、もう売れないのよ」

墓碑銘より“1954年『悲しみよこんにちは』でデビュー。
      人生と仕事を手際良く片付けたが、その死は本人だけの事件だった”

追記1:奇しくも・・女優=大原麗子さんもまた、ひっそりと亡くなられていた旨のニュースを知った。これからも増え続けるであろう“おひとりさま”の終着点なのか? 特段好みの女優さんではなかったが、その最期に、やり切れぬ悲しみを覚えてしまうワタシである・・
追記2:公式サイトの1コーナー“サガントリビア”で「好きな日本映画・・『羅生門(1950)』」とあった!

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2009年8月 4日 (火)

☆『そんな彼なら捨てちゃえば?』☆

3日(月曜)。今年度初の有休休暇をこの日に頂き、日曜&月曜を(実家のある)大阪で過ごした。
帰りの道路料金が(←平日のため)アタマの痛いトコロだが、確かに帰松の道中は比較的空いてた気がする・・(・ω・)

本日は大阪市内に電車で出かけ、久々の“なんばパークスシネマ”で、新作ラブコメ(?)『そんな彼なら捨てちゃえば?』を観て来た。実を言うと『山形スクリ〜ム』の方が観たかったのもあったが(=^_^=)、まぁたまにゃ“恋愛モノ”もエエかな? ・・って言うか、出演者の異常な豪華さに、コロッといっちゃいましてね、ええ(談)

今回は「良くも悪くも」メモなしの鑑賞だったため、スクリーンに集中して観ることが叶ったかな、と。いや、そんでも、ポロポロと“ええセリフ”が耳元に転がって来るもんで、それを控えずに済ませてしまうのが、かなり勿体ない気はした。。

ボルティモアの街が舞台。
同じオフィスに勤務する3人の女性・・ベス(ジェニファー・アニストン)、ジャニーン(ジェニファー・コネリー)、ジジ(ジニファー・グッドウィン)を主人公に、彼女たちの“男性に翻弄され(一方で翻弄し)、揺れ動く心情”を時に浅く、時に深く描いた群像劇。

「出会いを求める段階」をジジが、「出会ってから結婚に至るまで」をベスが、「結婚してから」をジャニーンがそれぞれ受け持っており(?)、即ち“それぞれの段階の女性観客の共感を得よう”とする(?)制作側の意図はきっと成功してるんじゃないかな? と直感した。
無論、ワタシは男性なので「女性ら同士の対話、或いは独白」などの“ホンネ部分”にはタジタジもし、共感出来ないトコも大きかったが、、(⌒〜⌒ι)

前述の3人以外にも、アリス(スカーレット・ヨハンソン)、メアリー(ドリュー・バリモア)が脇を固め(?)、それぞれに「恋より仕事を選ぶタイプ」「バーチャルな恋から脱皮しようとするタイプ」を好演してくれる。
観ようによってはアリスが“悪女”に、メアリーが“引きこもり系”にも見えてしまうが・・きっとそれは表面的なものであり、必ずしもそうではないんだろう。

男性キャラは、それぞれに“変化(脱皮?)を突き付けられる”役回りだったように見受けられた。

優しいが優柔不断なベン(ブラッドリー・クーパー)、ニール(ベン・アフレック)・・“恋愛の達人”であるも、ある時いきなり躓いてしまうアレックス(ジャスティン・ロング)、ふってふられての続くコナー(ケヴィン・コノリー)・・

同性とし意見させて頂ければ「ベンともっと話し合うべきでは?」「ニールを余り追い詰めないよーに」「アレックスはアレで落ちる程度?」「コナーのキャラは(他の3人と比べ)ちと薄い」って感じか?

幾つかの章立てのスタイルで物語が展開し、それらの冒頭で“一般(?)女性”のインタビューの挿入される辺りが『恋人たちの予感(1989)』を連想させてくれた。冒頭でトーキョーの女の子2人が“彼ネタ”で何やら言ってたが・・「もうちと可愛い子はおらんかったんかよ!」と失礼ながらツッコんでしまった(・ω・)
中盤ではF.A.Tな女性2人が登場するが、その中で「ジェダイ式」って表現が用いられ、結構笑えた。「(相手の)心を操る」テクニックだそうだ! ってか、キミらにそれが駆使出来ると?!(⌒〜⌒ι)

パッと観た印象ではジジが“かなり痛そう”な性格付けなんだが、『アメリ(2001)』の主人公がもっと切羽詰まった感じ、と考えれば、まだしも許容範囲内か?(⌒〜⌒ι) 物語が進むにつれ、はるかに“怖いな・・”と感じたのはジャニーンのキャラだった。このしとは怖かった・・(×_×)

男性観客とし、余り感じるトコロはなかったが・・「確かに、覚悟を迫られ、それを決めねばならぬ場面はあるやろな」とは思った。ただ「“付き合う”のと“一緒に暮らす”のは、やはり全然違うんやろな」と言う持論は、まだまだ揺るぎそうにはない。

〜 こんなセリフもありました 〜 ※“メモなし”なので言い回しは違うかも、、

ジジ「確かに滑稽でしょうね! けど“愛を見つける力”は私の方が上なんだから!」

アリス「私はあなたの言う“他の女”じゃないわ。私は私よ」
   「とんだ腰抜けね!」

メアリー「“電話番号も留守電も1つだった頃”が懐かしいわ」

ニール「僕がハッピーになるためには、君がハッピーでなきゃならないんだ」
   「棄てる前に、ポケットに何か入ってないか見ておいて」

ケリー「集中出来ないでしょ? それが“典型的な恋の症状”よ。いい気味だわ」

ベス「妹たちの亭主を見て、結婚なんかしてなくても、あなたが誰より夫らしいことに気付いたの」
  「髪で排水管が詰まったら掃除して。ベッドでビスケットを食べるのを認めて。・・それが条件よ」

ジャニーン「私たちにわだかまりはないわよね?」

ベン「お前はボロボロだが、この船は最高だな!」

コナー「友人が恋人に変わるのさ」 ←「友情が恋愛に変わるのさ」かも(・ω・)>

父「お前は私の“一番の自慢の娘”だ」
ベス「パパ、(妹たちの前で)それは禁句よ」
父「本当さ。何ならマイクを借りて公言したっていい」

部族の女A「連絡がないわね?」
部族の女B「“小屋の番号”を忘れたのかしら?」
部族の女C「ライオンに喰われたのかも」

追記1:ゲイのキャラがメアリーに「A...mazing」と(溜め息混じりに)呟く際の字幕(=訳)「・・素ン晴らしい」がなかなか笑えた。
追記2:ジジが劇中で観てた映画は『恋しくて(1987)』らしい。観たような、忘れたような。。

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2009年7月 1日 (水)

☆『それでも恋するバルセロナ』☆

1日(水曜)の夜。
仕事の帰りに「そや、今日は“シネマサービスデー”やったんですなぁ〜」ってことを改めて意識⇒会社の界隈にあるミニシアター“ソレイユ”で新作『それでも恋するバルセロナ』を観て来た☆
作品自体が「モロに女性をターゲットにしてる」だけあり、この日ばかりは(?)狭苦しいシアター内における女性比率の高いこと! その中にあって、最もくたびれてた第一印象のおっさんこそが・・このワタシだったやも知れぬ(⌒〜⌒ι)

監督&脚本=巨匠ウッディ・アレンによる最新作。
彼が近年、ミューズ(女神)と崇め続けて止まない(?)スカーレット・ヨハンソンを中心に、酸素ボンベも絵筆も似合う(=^_^=)ハビエル・バルデム、ちと最近「掠れ具合」の著しいペネロペ・クルス、実は(密かな)ファンを自認してるパトリシア・クラークソンなど、そこそこの顔ぶれが一同に会する☆

アレン監督と言やぁ・・「ニューヨーク圏から外に出たら、忽ちおっ死んぢまうのでは?」ってぐらい、NYにずっぽしと根を下ろした“御大”と思ってたが・・本作は舞台の殆どが(当然ながら)スペイン・バルセロナであり、私的にはびっくり!
“何かの兆し”を感じ取って(←おい!)ワールドワイドなロケハンを敢行しはったのやろか?

ってことで、彼の狙い以上に、本作ってば“近年稀にみるバカ映画(←バカンス映画の略(=^_^=))”に仕上がってやがったのだった!

夏のはじまり。バルセロナの空港に降り立ったオンナが2人・・

1人は短編映画監督&女優であり、情熱的な恋に憧れるクリスティーナ(スカーレット)。1人は婚約者のいる、冷静で堅実なカタルーニャ地方研究家(?)のヴィッキー(レベッカ・ホール)。
親友同士である2人は、ヴィッキーの親戚=ジュディ(パトリシア)&その夫マークの暮らすスペインにバカンスにやって来た次第。

恋に破れたばかりのクリスティーナを慰めんと、ジュディは“お見合いクルージング”なんてな機を設けるも、彼女は“お膳立てされた恋”になぞ手を伸ばすタイプではなかった。。彼女のことを気にしつつ、携帯電話で婚約相手=ダグと「愛してる」を囁き合うヴィッキー。
彼女らは“親友なれど、愛については価値観の違う”2人だったのである。

そんなある日、2人は画廊で“別れた元妻に殺されかけた(もしくは殺しかけた)”と噂される画家=ファン・アントニオ・ゴンサーロ(バルデム)に出会い「運命的なモノ」を3人が互いに感じ取ってしまう。

未熟&無防備なロマンチストであるクリスティーナは、たちまちファンに心を奪われる。一方で「あなたは私のタイプじゃない」と強がってたヴィッキーもまた、とある成り行きで彼と1日を過ごし、次第にファンに心を許し始める・・

親友2人がそんな状況下でギクシャクし始めた矢先、ファンのもとに“睡眠薬を多量に服用し、自殺を図ったが・・一命を取り留めた”と言う、その過激な元妻=マリア・エレーナ(ペネロペ)が現れて・・

アレン映画の持ち味(?)と言えば、彼の青年期の(=^_^=)分身のような若僧が主人公となり、ボヤいたり、女難に遭ったり、やがては現実をそれなりに受け入れたりするような展開が少なくない、、と思うんだが・・本作は主人公を誰に定めて良いのか、正直良く分からず、また(私的に)描いて欲しい&観たいシーン(まぁ、つまりは“官能系”ですな)がナレーション1つ挟むだけで(←そのナレーションすらない場合も)バッサリとカットされたりもし、観てて意外にストレスが溜まってしまった(×_×)

中途半端な恋愛談義を結論も曖昧なままダラダラ続けてる感じで、どうにも軽く、締まりのない印象だ。
予告編から察するに「終盤で拳銃が登場し、大変な方向にストーリーが転がる」って展開を期待していたが、、コレが『アメリカン・ビューティー(1999)』のような“濃ゅ〜い転がり方”では全然なく、これまた薄味だった(×_×)

ストーリーにときめかぬ以上に、キャラクターそれぞれに魅力を感じなかったり。
特にヴィッキー&ダグのキャラに微笑ましさも醜さも何も感じなかったのはワタシだけやろか? パトリシアさんも、本作に限ってはすこぶる良くなかった。。
(ご尊顔を写す距離&角度の問題やろか?)

ってことで、本作は「“バカ映画”にどっぷり浸りた〜い!」「フニャフニャした、スパイラルな恋模様が好き〜!」「難しい映画って、分かんな〜い? みたいな〜?」って感じの薄味好きな観客には、是非おススメしたいし、きっと満足されるであろう

・・ぐらいにしか語れぬ1作であった(⌒〜⌒ι)

〜 こんなセリフもありました 〜

※「堅実さは重要ね」
 「人類は数千年を経ても、未だ愛を知らないでいる」
 「愛にだってバランスが必要」
 「私だって考えるわ・・“今の状況から救い出してくれる人は何処かにいないの?”ってね」

ジュディ「仕事のことなんか、妊娠すれば吹っ切れるわよ」

ファン「・・君の瞳の色は?」
   「人生は短く、退屈で、苦痛に満ちている」
   「愉しみに理由が必要か?」
   「愉しみの種を握り潰すと?」
   「人生は無意味だから、貪欲に楽しむべきだ」
   「婚約してる身だって? それこそ“自由を楽しむ最後のチャンス”だろ?」
   「部屋に来て1杯飲むだけなら、そんなにモジモジはしないハズだろ?」
   「情熱は沸き上がれど、表現の方法が分からない」
   「何があろうと、僕は人生を肯定するね」
   「彼女(マリア)は才能があり、ゴージャスで、官能的なオンナだ」
   「この選択で良かったと? ・・信じないね」
   「絵画の解説は、難しい」
   「一度、身体を重ねれば“自分の本当の気持ち”が分かる筈だ」

クリスティーナ「下着が無様なだけで、折角のチャンスをフイにするわよ」
       「自分の求めるものが分からない。まさに“さすらう人生”よ」
       「自らの望むものが分からないの・・望まないものは分かるけど」
       「“正しい愛”や“間違った愛”なんて、社会通念の押し付けに過ぎないわ」
       「私は何を期待していたの?」

ヴィッキー「確かに“翻訳”によって失われるものは多いわね」
     「一夜を共にしたのに、逢わずじまいなんて」
     「“罪深い週末”を過ごしたわ」

マリア「ファンは私から総てを盗んだのよ! “世界の見方”すらもね!」
   「成就しない愛だけがロマンティックなのよ」

ベン「僕の印象じゃ、君は※※を急いたことを後悔している」

追記1:遠距離恋愛で、電話の最後に「愛してる」と囁いてみて・・相手からの返事がなかったら「危ない」ってことでよろしいでしょうか?(⌒〜⌒ι)
追記2:ファンからヴィッキーにプレゼントされた絵画に対するマークのコメントが笑えた!
    「何だこりゃ? ロールシャッハ・テストか?」
追記3:「何故スペイン語の教師が銃を?」のセリフには、場内が沸いてた感じ(=^_^=)
追記4:ウィキペディア引用で恐縮だが・・『世界中がアイ・ラヴ・ユー(1996)』『マッチ・ポイント(2005)』など、NYを飛び出して撮影してる作品も「少ないながら存在する」ようで・・(×_×)
追記5:ペネロペとパトリシアは『エレジー』でも共演してましたネ。直接の“絡み”は共になかったように思うけど(・ω・)

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2009年6月 7日 (日)

☆『スター・トレック』☆

少し前になるが、2日(火曜)の夜。
この日は朝から、(愛媛県の)四国中央市&新居浜市&西条市・・と1泊2日コースの出張が入っていた。

仕事は仕事で、日が傾くまでしっかりと頑張り(客観的にはすこぶる良くなかったことが後に判明するが、そのハナシはここではすまい(=^_^=))、その後ビジネスホテルにクルマ&荷物を置き、レイトショーを1本観に、ホテルからレンタサイクルで約20分の距離にある“新居浜TOHOプレックス”なるシネコン(7スクリーン)へと向かったワタシ。

例によって「イオンモール新居浜」なる、駐車場からして広過ぎる(きっとゾンビも迷うに違いなかろう)ショッピングモール内にある劇場だが・・何気なく眼に止まった『スター・トレック』に行ってみよう、と言うことに。

実は別なスクリーン(シアター)で「『ハゲタカ』:△」なる表示があり「お! もう劇場版が始まっとるやん! コレにしよっ!」とヌカ喜んだもんだが・・チケット売り場で確認すると「クローズな試写会イベント」とのこと(×_×)

いや、それならそれで、ちゃんと貼り紙なりを、目立つようにやっとけよ! と。「座席状況:△」だけじゃ、そこまで伝わんないってば。

西暦(?)2233年4月、連邦の戦艦“U.S.S.(United Federation of Planets Star Ship:惑星連邦宇宙艦)ケルヴィン”は、キャプテン・ネロ(エリック・バナ!)率いる“ロミュラン帝国”の超巨大戦艦の攻撃にさらされる。

ネロからの「艦ごと葬られたくなくば、艦長はシャトルで投降せよ」の指示に従ったキャプテン・ロバウは「戻らなければお前が指揮を執れ」と若き副艦長=ジョージ・カークに言い残し、単身ロミュラン艦へ向かう。

囚われたロバウはネロに「スポックは何処だ?」と問われるも無言を貫いたため、刺し(?)殺されてしまう。ケルヴィン艦内でロバウの心拍数(?)を遠隔監視していたクルーらは“艦長の突然の死”に騒然となる。
艦長に就任したジョージは「ネロがケルヴィンを黙って見逃す筈がない」と直感的に判断。女子供を優先し、シャトルに乗せ艦外へと緊急脱出させる。

その約10数分後、シャトルの脱出を見送ったジョージはロミュラン艦への突進を試みる・・

こうしてカーク艦長の英雄的行為により、クルーたち800人の生命は救われた。そして、その中にはジョージ自身の息子である、乳飲み子のジェームズ・タイベリアス・カークの姿も含まれていた・・

父の死と、奇しくも同じ日に生まれたカーク(クリス・パイン)。

やがて、アイオワ州で型破り&粗暴な青年に育った彼だが、生前の父を知る将校=クリストファー・パイク(ブルース・グリーンウッド!)に酒場で出会い「お前の父はわずか12分間の艦長だったが、800人のクルーの生命を救った。そんな父を超えたいと思わないか?」なる言葉を聞かされたカークは、士官になることを決意、宇宙での訓練に旅立つ・・

3年後、型破り&粗暴なままに(=^_^=)逞しい士官に育ったカークは、パイク艦長や“無感情なバルカン人”スポック中佐(ザカリー・クイント)らと共に新型艦(?)“U.S.S.エンタープライズ”に乗り込むこととなる。

艦隊の殿(しんがり)とし、目指す星域へのワープを試みるエンタープライズ。
しかし、ワープを抜け出した先には(因縁の)キャプテン・ネロの巨大艦が待ち受けており・・

TVシリーズを殆ど知らず(スペース・オペラ系ドラマとし『宇宙空母ギャラクチカ』ってのは観てたけど(=^_^=))、映画版も本作が(シリーズ全体で)11作目(!)となるそうだが、唯一『スタートレック2/カーンの逆襲(1982)』の終盤を観たか観ないか、ぐらいの記憶レベルであり「途中でついてけなくなるかも・・」と不安な気持ちがモヤモヤと心中に渦巻いてたが・・

いや、コレが観易くて、映像&音響がすごくて、期待以上に良かった!
どうやらトレッキー(スタートレックの熱狂的ファン)向けでなく「ファンでなくても楽しめるように」とJ.J.エイブラムス監督が撮ってくれたようで、ワタシ自身としても、そう言うスタンスの作品に仕上げてくれたことには拍手を贈りたい!

物語としては「青春モノ」な前半から「艦隊戦モノ」「惑星探査モノ」と目まぐるしく展開するのもあり、斬新なストーリーと言うより『スターシップ・トゥルーパーズ(1997)』や『ギャラクシー☆クエスト(1999)』なんかのスペクタクル性/エンターテインメント性を兼ね備えた娯楽作、と言った感じが相応しかろうか?
んで、ワタシは双方とも大好きなモンでして・・(=^_^=)

久々に劇場鑑賞しててニヤッとさせられてしまったのが、艦隊のワープシーン。想像してたのは「もっさりしたワープ動作」だったんだが、予想に反しムチャクチャに速い! かつ重低音が響くのである!
『スター・ウォーズ・エピソード2/クローンの攻撃(2002)』における“サイズミック・チャージ”の重低音もスゴかったが、こっちの臨場感もスゴい。(この公開時期に劇場鑑賞せず、いずれ)自室でDVD鑑賞で済ませようとするなら、余りに勿体ない演出である(・ω・)

各キャラについては、意外とそれぞれの印象が薄かった気も。
私的にはブルース・グリーンウッドのシブさ(かつて『13デイズ(2000)』で、真面目でお硬いケネディ役(兄のジョン)を演じた頃とかなり印象が異なる!)に好感を持ち、ロシア系(?)オペレータ=チェコフ君のロシア語っぽ過ぎな発音に笑わされた。まるで『ファイヤー・フォックス(1982)』の後半に出て来るソ連書記官のおっさんみたいだ(=^_^=) 「フォルティ(forty)」「ウィクトル(victor)」とか言うんだね、コレが(=^_^=)

カーク青年とヒロイン=ウフーラとのロマンスを期待してたのは・・ワタシだけだったか? ああ言う方向に流れてくとはね。

スポック中佐。どうにも好かないヤツだったが、ちゃんとすれば(=^_^=) きっともの凄くカッコいい男優さんなんやろな、と思う。今度はもっと“人間味溢れる演技”を拝見したいもんだ(=^_^=)

それと「スタートレック」シリーズには“ロボット系キャラ”が少ないんやな〜 と気付かされたワタシ。序盤のロボット警官ぐらいじゃなかったかな?

やや手抜きっぽかったのはロミュラン人のメイクやコスチュームだったろうか、、何だか「どう観ても、キミら地球人やんか!」って感じなのだ。ああ言うゴロツキって、例えばパリなんかの“添乗員が自由行動の際に行かないことを強く勧めるエリア”とかにリアルにいそうに思う(⌒〜⌒ι)

〜 こんなことも 〜

♦エリック・バナが演じると、悪役ですら「悲しみ」を帯びてしまうのは何故だらう?
♦若き日のカーク船長(艦長?)。こんな型破りで直感型の天才肌で自信家な小僧(=^_^=)だったとは。。にしても“生身の地球人”だけあって、異星人との格闘ではめちゃめちゃに弱いですな(×_×) 代わりに回復力がスゴいんですけど(⌒~⌒ι)
♦未来の地球では「アイオワ州」にしか人が住んでないんやろか。。
♦“ドリル”と称される巨大装置にパラシュート降下するクルー(3人)。あれこそ“転送”すれば、と思ったんだが。。1人(オルソンさん)、即死しちゃったし(×_×)
♦惑星バルカンの表面に直接“転送”されるスポック。緊迫したあの場面と、彼自身の無感情な表情のギャップがカッコ良かったっす。
♦艦長を怒らせると「艦外追放処分」となるらしい(×_×) 人道的にどうよ?
♦氷の惑星にいた巨大な現地生命体(?) 何処となく『HAKAISHA(2008)』っぽい造型でした(=^_^=)
♦そのデカいヤツ、(わずか)松明(たいまつ)1本で撃退されてますた、、
♦ロミュラン人の武器って、、槍っすか、、?
♦スポックのおかんを演じたウィノナ・ライダーさん。あと数歩、他のメンバーに近付いてたら・・(×_×)
♦“コバヤシマル”って、何だか漁船みたいですね(⌒〜⌒ι)
♦“ケンタウロス・ナメクジ”を口腔から脳内へと(?)入れられちゃったあのしと、後遺症は大丈夫なんやろか?(口からナメクジってシチュエーションから『ヒドゥン(1987)』を何故か連想しますた(=^_^=))
♦ビンテージカー、スポークのない(!)バイク・・など“見所メカ”がちらほらと。
♦カーク母子のドラマは皆無だった。少しは観たかったんだが。
♦訓練期間の約3年もバッサリと、、監督がポール・バーホーベンだったら、みっちりと描いたろうな(=^_^=)
♦ウフーラのルームメイトである“緑色の女の子”は、オリジナルシリーズではレギュラーになるんやろか?
♦スポックの格闘的身体能力はなかなか凄い! カークと戦うも、1発も顔面ヒットしてなかった!
♦「艦隊規則・一般命令13」は「脱出」にあたるそうだ。
♦ワープ装置に必要な物質は“ダイリチウム”。『ギャラクシー☆クエスト』では“ベリリウム球体”だったっけ。

〜 こんなセリフもありました 〜

カーク「勝ち目のない戦いなどない」
   「“指笛”がお上手ですね」
   「身体が“水漏れ”してる気分だ」 ←毒ノミ感染症患者の貴重なコメント、、
   「倒されるか、倒すかだ」

パイク「4年で士官に、8年で自分の艦が持てるぞ」
カーク「3年で士官になってみせますよ」

カーク「接近戦に備えたどんな訓練を?」
スールー「フェンシング」

バルカン星人「論理のもたらす静寂を、人間は知らない」
      「長寿と繁栄を」

ウフーラ「何か出来ることがあったら、言って」
スポック「君たちクルーには、今後もミスのないよう頑張って欲しい」
ウフーラ「・・・」

ロバウ「有り得ないことだ」
部下「だから報告を」

父カーク「問題は、どの道を選ぶかだ」

※「論理的結論だ」
 「論理的意見です」
 「有り得ないことを排除すれば、真実が残る」

スポック「この作戦の成功率は4.3%以下だ」
    「“大丈夫”は曖昧な言葉です」

大使「論理を棄て、自らが正しいと信ずる道を選択せよ」

カーク「“ニヨータ”だって?」
スポック「その件についてはノーコメントだ」

部下「賭けですか?」
艦長「いや、信頼だよ」

ロミュラン人「地球人は弱いんだな」
カーク「けど、お前の※※を持ってるぞ」

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2009年5月12日 (火)

☆『スラムドッグ$ミリオネア』☆

10日(日曜)。例の如く、土曜に帰阪⇒日曜に帰松(←でイイの?)ってなコースで実家に戻った。

高速代自体は確かに安くなってるし、運転時間もまぁワタシとしては“そこそこ長いかな”ってレベルのもんなので、さして苦痛ではないんだが・・唯一「勿体ないなぁ」と感じるのはやっぱりガソリン代。1往復で6000円ほどかかります(×_×)

今回のメイン目的は「大阪で、映画を観よう、久々に」と言う5・7・5調にスッキリとまとまりやすいモノである。
高松でも、そこそこ“掘り出し物”を鑑賞する機には恵まれるが・・やはり絶対的な(上映)本数が少なく、メジャー作にしても公開時期が1〜2テンポ(?)遅かったりする(・ω・)

「観たい作品は、観たい気分のウチにとっとと観るべき!」と言うのもワタシの持論(なの?)であり、今回は短い“在阪期間”の中、狙ってた1作『スラムドッグ$ミリオネア』を観て来た次第☆

場所は“なんばパークスシネマ”。大阪時代には「何せ遠過ぎる」なる理由で「出来るなら、足を運びたくない劇場」の筆頭格となってたんだけど・・

2006年、ムンバイ。かつて“ボンベイ”と呼ばれたこの街は、凄まじき勢いで高層ビルが天に向かって建造され、まさに“世界の中心”とも言うべきその発展ぶりを諸外国に見せつけていた。

しかし「そこに暮らす人々の生活水準が押し並べて良いか?」と言えば・・無論そんな“平等さ”に眼を向けた人道的な政策は後回しとされ、高層ビル群の隙間に広がる空を見上げながら「毎日を命がけでしのいでる」下層の市民もまた、確かに存在しているのである。

ムンバイの富裕層も、そして貧民街(スラム)の住民も「それだけは平等に」楽しんでいたのは・・無一文の人間でさえ、運と教養が備わっているなら一夜にして“一攫千金”を狙うことの出来るTV番組「クイズ$ミリオネア」であった!

そしてその夜「スラム育ちの1人の青年=ジャマール・マリクが出題を次々とクリアして行く」と言う前代未聞の出来事に、ムンバイの人々は興奮の度合いを高めていた!

司会者=プレームすらをも圧倒するジャマールの好調ぶり。

しかし“とある人物”による「インチキ(不正)を働いてるに違いない」なる指摘が疑惑を呼び、ジャマールは最終問題(獲得額:2000万ルピー)を前に、警察へ連行される・・

密室で繰り返される暴力&拷問・・「インチキの手口を言え!」と脅しをかける警官らに対し、
「・・答えを知っていたのさ・・」と不敵な視線を投げかけるジャマール。

そして、彼の語り始めた“スラム育ちの少年(=スラムドッグ)の半生”には「クイズ$ミリオネア」に出題される難問(?)の数々との間に、恐るべき“偶然の一致(Synchronicity)”が盛り込まれていたのだった・・

「第81回アカデミー賞(2009)」において最多8部門を受賞した本作。正直「ふざけたタイトル付けやがって!」「どれ程のもんじゃい!」と眉に唾を塗りたくる気持ちで鑑賞に挑んだワタシだが・・

第一印象は「色んな意味で(画面が)汚いな」と率直に感じた(⌒〜⌒ι) いや、ホンマに汚いシーンが(制作側の意識したトコだろうが)目に付いたもんで。

次の印象は「荒削りで、何処かスッカスカな風ながら、巧くツボを押さえてるよな」「恐ろしく暴力的&悲劇的な軸を持つ半面、テイストは必ずしも(絶望の)どん底を擦ってないよな」と感心させられたことか。

監督=ダニー・ボイルは「インドを(イギリス人=外国人として)外から“客観的に”眺める」と共に「カメラをインドの下町に潜らせ“主観的に”眺める」と言う2つの意欲的な試みをし、共に成功していた。

そしてそれを彩るのが作曲家=A.R.ラフマーン・・そう! あの『ムトゥ/踊るマハラジャ(1995)』のスコアを手がけた“鬼才”なのである! これには流石に恐れ入った! このおっちゃん、とうとう“アカデミー作曲賞”に輝いちゃったよ!

本作ってば、テイストは「逆境にさらされる主人公」「引き裂かれる恋人たち」「強大な悪党の影」「ラストは歌って踊っての大団円」・・と言った“マサラムービー”のストライクゾーンを貫いてる気のしたワタシだが、これがインド人監督なら恐らく取り組まぬであろう「徹底した生々しい描写」「荒唐無稽さ&能天気さの排除」などの“不協和音”を意欲的に組み込んだことで“唯一無二な作風”の成立に奏功したんではないか、と。

100本の“マサラムービー”を咀嚼し、その中から“新たな”1本を造り上げた監督の手腕には、素直に拍手を送りたい。

〜 こんなトコもありました 〜

♦「宗教的対立」は恐ろしい! 問答無用で女子供もしばき殺される、、振り上げられた棍棒(?)を前に「かかか、改宗します!」と絶叫したら、一命は取り留められるのだろうか?
♦とある選択肢「運命だった(It's written)」の原語部分が特に気に入ったワタシ! 「運命の書に書かれていた」って感じだろうか?
♦主人公の名を耳にするたびに「じゃマ〜ル」と言う往年の雑誌を思い出してしまったワタシ(・ω・)>
♦主人公の兄サリーム。人物的には、彼の方が“はるかにキャラの立ってた”気がした。
♦成人したサリーム。何となくご尊顔の雰囲気に「サミュ・L・ジャクソン」入ってた気がしました(=^_^=)
♦ムンバイでは、映画スターにも案外容易く近付けるようである(⌒〜⌒ι)
♦本作、物語の組立てが『ユージュアル・サスペクツ(1995)』っぽく見えなくもなかったか、、
♦「才能の突出してない方が巧く生きて行ける世界もある」・・と学んだ。例えば、歌が巧くても、下手なフリをしとくべき“人生の局面”もあるってことだ(⌒〜⌒ι)
♦ムンバイの少年らをサーキットのピットに配置させてみたい。タイヤなどを“外す”作業に関しては、プロのピットクルーよりも早いんじゃなかろうか?(苦笑)
♦わざわざ地方へと、自ら赴いて来るボス=ママンの細やかさが好きだった(=^_^=) 対するボス=ジャヴェドは殆ど「視察」をしてなかったと思う。
♦「高層建築から“2人”の転落する予告編映像」が一番気になってたが・・ああ言うことでしたか(×_×)
♦「“この眼で見たこと”ならば答えてみせる。何故なら、それは痛みと共に、記憶に刻み付けられたものだから。」なんてなキャッチコピーはどうだろう?
♦あのベンツは盗難保険に加入してなかったような気がする。何かインド側のおっさんの反応が“微妙”だったから、、
♦終盤のサリームの言動が『グラン・トリノ』ぽくもあったか。
♦「ラストのダンス(群舞)シーン」では少し救われた。あれは私的には嬉しかったな。
♦最終問題を前にしての、プレームとジャマールの“精神戦”には、後で思い出してもゾクゾクするほどの“緊張感”が漲っていた! 正直、ワタシだったら・・“あれ”を目にしてしまっては、恐らく“あれ”になびいてしまったことだろう(×_×) まだまだ精進が足りません、、(←因みに(既に本作を)観た方にそれを話したトコ・・「アホや!」と一蹴されました(×_×))
♦寝てる子(←それも育ち盛り!)の股間に、決して唐辛子を放置しないように!

〜 こんなセリフもありました 〜

プレーム「心の準備は? ・・幸運を!」
    「ツイてたな・・だがここまでにしておけ。次は無理だ」
    「全ての人々の夢・・小切手がいま破られ、散ります!」
    「スラムで喘いでいた者が、一夜にして大富豪に・・過去にその奇跡を成し遂げた人間を、
     私は1人しか知らない。それは・・」
    「今こそ、掃き溜めから王宮へと飛び立つのだ!」
    「これは、私の番組だ!」

ジャマール「天才じゃなくても分かる・・誰だって知ってることさ」
     “その答えは知らない方が幸せだった”
     「これが“本当のインドの姿”です」

サリーム「赤ん坊は泣かせとけ。その方が(同情を引いて)3倍稼げる(=恵んで貰える)」
    「ボンベイはムンバイになり、今や世界の中心だ。俺たちは“世界の中心の、その中心”にいるんだ」
    「俺はお前の兄貴だぜ・・ボスは俺だ!」

ラティカ「もしおかわりをくれたら聖人よ」

ママン「人生の決断の時だ。俺のようになりたいか・・それとも・・」
   「盲目の少年が歌えば、2倍稼げるぜ」

ママン「歌ってみろ」
ジャマール「歌うから50ルピーを。あんたはさっき“お前はプロの歌手だ”って言ったろ?」

駅員「小僧、降りろ!」
サリーム「お前の父ちゃんの列車かよ!」

警部「1000ルピー札の肖像が誰なのかを?」
ジャマール「知りません。見たこともないですから」
警部「ガンジーだ」
ジャマール「(その名なら)聞いたことはあります」

アルヴィンド「君は幸運で、僕は違った・・それだけのことさ」

警部「何を手間取ってる? 電気を流せばすぐに自白するさ」
  「スラムの野良犬は良く吠えるな」
  「“金と女”は人生を誤る最大の要因なのさ」

米の観光客「子供をぶつのはよせ! どうせ(車両は盗難)保険に入ってるんだろ?」

警部「ラティカとは、どんな女なんだ?」
ジャマール「・・世界一美しい女性だ」
スリニヴァス「スラムの片隅で、だろ?」

ジャヴェド「頼んだのはコックじゃなく、食洗機だ。どうなってる?」
ジャマール「ええ、僕がその“食洗機”です」

ジャマール「やっと逢えた」
ラティカ「逢えて・・それでどうなると?」

ジャマール「愛してる」
ラティカ「・・その言葉に何の意味が?」

ラティカ「1つお願いが」
ジャマール「何でも」
ラティカ「・・私を忘れて」
ジャマール「・・・!」

〜 問題はこんな感じでした 〜

・1000ルピー インド映画『鎖(1973)』の主演俳優は?(アミターブ・バッチャン)
・4000ルピー インド国章に記された言葉は?
・1万6000(?)ルピー ラーマ神が右手に持つ物は?(弓と矢)
・25万ルピー インドの高名な詩人は?(スールダース)
・100万ルピー 米100ドル札の肖像は?(ベンジャミン・フランクリン)
・250万ルピー 「ケンブリッジ・サーカス」のある街は?(ロンドン)
・500万ルピー リボルバー銃の発明者は?(サミュエル・コルト)
・1000万ルピー 最多記録を保有するクリケット選手は?
・2000万ルピー デュマの小説『3銃士』の3人目は?(アラミス)

※他にも1問、あった気がするが、、(×_×)

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2009年4月15日 (水)

☆『ザ・バンク/堕ちた巨像』☆

13日(月曜)の夜。
仕事を終えとっとと帰宅・・するハズのトコロ、アーケードの中(←少し脇)にあるミニシアター“ホールソレイユ”のそばを通りかかったワタシは・・「本日メンズ・デー」の文句に、フラフラと吸い寄せられるように、ビル4階へと向かうエレベータに乗り込んでしまうのだった(=^_^=)>

選んだ1作は、先日から狙っていた『ザ・バンク/堕ちた巨像』。
今春より、外回りの担当となり、某金融機関の(プロの)方々を相手に折衝しなくてはならず、その参考としても「金融業界を学ぶ上で勉強になるかな?」と考え鑑賞に取り組んだ次第であったが・・
(因みに本日は、流石に男性客数がそこそこ多かった☆)

全世界で第5位の規模を誇る巨大銀行=IBBC。独・ルクセンブルクに本拠を置くこの巨大バンクは、若き頭取=スカルセンの指揮のもと、2億ドル相当のミサイル誘導装置の買い付けを極秘裏に進めていた。

その動きに「紛争の気配」を嗅ぎ付けた、インターポールのルイ・サリンジャー捜査官(クライヴ・オーウェン)は、共同捜査相手であるニューヨーク地方検事局の調査員=トーマス・シューマーをIBBC幹部=アンドレ・クレマン(内通者)に「ベルリン中央駅」で接触させ、情報を得ようとする。
しかしシューマーらに対する警戒心の解けぬクレマンは、その場での証言を拒み、後日別な場で会うことを選択。運転するアウディでさっさと駅前から去ってしまう。
(因みにドイツの銀行を何故NY検事局が追うのか? って疑問は、劇中で分かり易く解説してくれる)

直後、シューマーはルイの眼の前で急死! 道路を渡り、倒れた彼に駆け寄ろうとしたルイも、背後を通過した車両のミラー(?)に頭部を接触され、昏倒する・・薄れ行く意識の中、ルイはシューマーの“驚いたような死に顔”をただ眺め続けるしかなかった・・

目覚めたルイは、女性検事補=エレノア・ホイットマン(ナオミ・ワッツ)にシューマーの死因が「急性心筋梗塞」であったことを聞かされる。更に(この件の)約9時間後にクレマンも謎の交通事故死を遂げ、2年間追い続けて来た彼らの捜査は“相次ぐ関係者&証人の死”により暗礁に乗り上げてしまう。

余りにもタイミングの良過ぎるシューマー&クレマンの死に疑問を抱いたルイは「IBBCに不利益をもたらそうとする人間が次々に謀殺されているのではないか?」と睨み、司法省を通さぬやや強引な捜査を開始する。

クレマンの事故死に関し、当時のスカルセンの証言に不自然さを見出したルイだが、IBBCの顧問弁護士=ホワイトに「報告書の誤記(転記ミス)に過ぎない」と一蹴されてしまう。

次に、IBBCの主要な取引相手であるイタリアの軍事産業カルビーニ社・代表=ウンベルト・カルビーニ(次期イタリア首相と目される大物政治家でもある)に面会したルイ&エラ(=エレノア)だが、カルビーニは「対艦巡航ミサイル“ボルコン”を巡る取引を行っていたが、決裂してしまった。IBBCの新たな取引相手はアフメット・スナイ率いるトルコ・エアロテック社だ」「クレマンは私の友人だった」と語る。

更なる“内情”を知ってそうなカルビーニだが、直後に向かったドゥーカ・ダオスタ広場(ミラノ)には、聴衆を前に演説を開始した彼を狙う狙撃手の姿があり・・

「タイトルでかなり損をしている!」と強く感じた本作。金融モノ特有の(?)地味でおカタい“心理サスペンス作”かと思いきや・・ロケ移動しまくり、銃撃戦やりまくりの極上なエンターテインメントに仕上がっていた!

クリーンな印象の(?)巨大銀行と、ダーティな印象の軍事企業。謀殺、乱射、尾行、盗聴・・と「スパイアクション映画かよっ!?」と突っ込めるほどの激しい世界観が炸裂してた!
中でも、広場での狙撃シーンを巡る描写は『ジャッカルの日(1973)』や『バンテージ・ポイント(2008)』を連想させてくれて良い。かつ展開も容赦ない!

特筆すべきシーンがもう1つあり、後半(?)のニューヨーク・グッゲンハイム美術館内での銃撃戦の展開だ! ここは余りに流れ&映像が素晴らしく“瞬間風速的”にホレボレしてしまった! 大きな楕円の形をした美術館内で、静かにプロの殺し屋“コンサルタント”を追い詰めるルイとNYPD(=市警)の刑事ら。瞬間に、あちらこちらで自動小銃が乱射される!

昔で言う“西部劇のクライマックス”にも似た演出を連想したが、一般の入館者が大勢鑑賞してる中で、これも容赦なくガンファイトのおっ始まるのがワタシの予想を「一瞬」超越してくれて、むしろ心地良かった(=^_^=)

ここで襲撃者の1人をルイが高所から叩き落とすんだが、階下に落ちて行った相手がくるくる回り、ホール間近の(下層階の)手すりでバウンドして硬い床面に叩き付けられる映像が「転落距離が意外と近い」故に、リアルでもの凄い!
恐らくCGを交えてるとは思うが(そうでないと、あの高さ&姿勢で転落するのは危険過ぎる!)あんなインパクトは『タイタニック(1997)』で「甲板から転落し、スクリューでバウンドしてから海面に着水する乗客」の姿を眺めて以来である(⌒〜⌒ι)

殺し屋“コンサルタント”を小さな証拠から追い詰めてゆく辺りは『逃亡者(1993)』ぽくもあり、テンポ良かった。

ってことで、ラスト部分のみ「ややリアル過ぎ」「紙芝居的過ぎ」で少し盛り下がっちゃう感があったが、それはそれとしても、めちゃめちゃに楽しめる、極上の娯楽作品には仕上がっていた!

コレは実に、掘り出し物でしたわ(=^_^=)

〜 ほか、こんなことも 〜

・「おおっ!」と驚かせてくれる演出がナチュラルに多し!
・クライヴ・オーウェンとマット・デイモンの競演が観てみたい! ・・と思ったら、もう実現(2002)してたんですよね(=^_^=)
・インターポール本部がフランス・リヨンにあるとは初めて知った。
・「居眠りしてるかと思いきや死んでるしと」「首筋から血をぼこぼこ吹き出し死んじゃうしと」「トンネルに入って行ったクルマ(=アウディ)が・・出て来ず、死んだことの暗示されるしと」・・ってな具合に色んな死に方が描かれますた(×_×)
・医師が特定のタクシーを患者に呼び、そのタクシー会社から紹介手数料を受け取る、みたいな“手口”もありますた。
・緊迫の場面で「地獄からの電話だ」なる“一般人の携帯着信ボイス”の唐突に挿入されるシーンがスゴかった(=^_^=)
・途上国に武器を売り付け、その軍事力を飛躍的に高める巨大銀行。彼らに与えるべき第一は武器では決してないと思うんだが・・

〜 こんなセリフもありました 〜

ルイ「誰も動かないし、動けない」
  「それであんたは、何を得た?」
  「正しい道を行け! 危険な橋は渡るな!」
  「時として人は“避けようとした運命”に出会う」

カルビーニ「国際紛争で用いられる99%は小型兵器さ」
     「彼らは総てを“借金の奴隷”にするんだ」

スカルセン「ライオンの獲物は、ジャッカルも漁(あさ)るのですよ」
     「我々は“見返り”としてお金は求めません」
     「信用より、利益の一致こそが“何よりの絆”では?」

ウェクスラー「大いなる目的に、焦りは禁物ですぞ」
      「死は総ての者に、平等に訪れる」
      「事実は(君の考えているより)ずっと複雑だ」
      「挫折から立ち直るのは・・恐ろしいものだ」
      「世界の総てが“彼ら”を必要とするのだ」
      「“司法の枠の外”に出なければ“それ”は不可能だ」
      「目的のために、理想を棄てられるか?」

アーニー「人々が訊きたいこと、知りたいことの総てが、必ずしも真実とは限らんさ」

※「出口がない場合・・内側深くに道を見つけるしかない」
 「相棒の死を無駄にするな」

コンサルタント「脱がせてくれ・・息が出来ない」 ←ここも直後の展開にびっくり!
       「言ったろ? 俺の逮捕は無理だと」
       「何なら、あんたの“(人生の)フィナーレ”に手を貸そうか?」

エラ「まだ、終わりじゃない・・!」

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