2008年12月 8日 (月)

☆しぶとくゲージツの晩秋(MIHO再訪)☆

7日(日曜)。
昨日に続き、風こそは肌寒いものの、天気の良い1日となった☆

昨日は、起きた時点で既に午後に突入してしまってたため、自室にこもり(久々に)溜まってる新聞切りなんぞに精を出したが・・今朝は午前中にも(一応は)スッキリと目覚めることが出来たので、
「そや、クルマに乗ろ!」と決め、再び滋賀県は信楽町内にある『MIHOミュージアム』へとドライヴがてら出かけた☆(あんたも好きねぇ〜)

実を言えば、前回は後半にやや駆け足気味だったのもあり「展示の美術品群も大事だけど、それらに添えられたコメントたちをもう1度完全に読んどきたい!」と言う気持ちが直後から高まっていたモノである。

http://tim3.cocolog-nifty.com/blog/cat30597104/index.html

※前回の訪問については、上記より「11月11日の記事」を参照下さいね。

特別展である『2008年・秋季特別展(良寛生誕250年)〜大和し美(うるは)し〜川端康成と安田靫彦(ゆきひこ)』がいよいよ来週末(14日(日曜))で終了となり、それに伴いミュージアム自体が冬期休館となるため、行くならここらが勝負やろ!(路面が凍結したら大変やし・・)ってのもあった。

今回は往復ともフルに下道で。。ワタシらしい、と言おうか(=^_^=)国道307号線をアオり、アオられつつ(=^_^=)延々と信楽まで突っ走る感じだ。

正直、心の中に「1人で来館した客には、何か“アプローチ”があるのとちゃうやろか?」的な不安もなかったと言えばウソになるんだが・・いやいや、まさに“芸教分離(←って言うの?)”って感じでホントにジェントルな施設でした。

既に秋も暮れ、境内・・じゃない、敷地内の紅葉もすっかり散ってしまってはいたが、(駐車場などで)ススキの穂がそこここで黄金色に輝き、風に揺れてるのを眼にし「これもこれで秋の風景であり、風情だわな」とささやかに心を楽しませるワタシだった。

では、今回も(=^_^=)館内でメモしまくった言葉の数々を少しばかり紹介させて頂きたい。

【川端康成】
「美術品、ことに古美術を見てをりますと、これを見ている時の自分だけが、
 この世の生につながってゐるやうな思ひがいたします」
「秋の野に鈴鳴らし行く人見えず」 ←“野”“鈴”で“ノーベル”てな解釈もあるとか、、
「東山(魁夷)さんの絵は、古今のすぐれた画家の作品がさうであるやうに、
 見慣れてしまうということはなく、時によつて、むしろいつも、新しい見出しを感じる」
「人間は死後の世界まで、生前の世界の人間の姿で生きていなければならないといふことは、
 もつと悲しい人間の習はしと、私には思はれてなりません」 ←『叙情歌』より
「いよいよ天城峠に近づいたと思ふ頃、雨脚が杉の密林を白く染めながら、
 すさまじい早さで麓から私を追つて来た」 ←『伊豆の踊子』より
「いかなる犠牲を拂(はら)ってもと存じましたが、先約のところへ行ってしまひました。
 残念でなりません」 ←古美術蒐集にかける執念!
「この子犬の恰好は今初めて見る感じだが、前にそつくり同じ恰好を見たと感じた。
 信吾はしばらく考えた。「そうか。宗達の絵だ。」とつぶやいた。
 今見る黒い子犬の姿に品格と優美とを加へたのが、そつくりあの絵だ」 ←『山の音』より
「古い日本が私を流れて通つた。私は生きなければならないと涙が出た。
 自分が死ねばほろびる美があるやうに思つた。私の生命は自分一人のものではない」 ←『天授の子』より
「美に古今なく、今日に伝はつた美を今日の美と感じて今日使ふのは
 今日に生きるしるしの一つのやうに、私は思つている」
「どの角度から見ても、わざとらしさや破綻はない。みごとである」
「はじめて出合ったやうな、これまでにどこでも見たことがないと思つたやうな、
 このやうな邂逅こそが、文学ではないのでせうか、また人生ではないのでせうか」
「(一茶の句の)「うつくしや」といふ、ありふれた存在の言葉に、美が発見され、創造されています」
「私は安田先生の存在を貴重とも幸福とも思つている」

【安田靫彦】
「弘(ひろ)く見、深く見ることによって、いいもののよさが本当にわかってきて、
 本当のいいものの姿がはっきりしてくる。高い山を眺めるには、
 麓から仰いで見たのでは美しくない。こちらの眼の位置を高く上げてくると、
 高い山の本当の美しい姿が現れるようなものである」
「名作によって教へらるるところ多大です」
「古典は決して死んでいない。常にわれわれと倶(とも)に在つて、われわれに教へてくれる」
「品位は芸術の生命である」
「人は常に目に見えないものを求めて止みません。
 美しいものも、今見えているものよりも、もつと深いものを求めます」

【三島由紀夫】
「(川端さんの)『美しい日本の私』の、読後心に残つて忘れられないのは、
 伊勢物語の「三尺六寸の藤の花房」のことであります」

で、またもや“川端ショック”を受けたワタシは(=^_^=)、関連書籍の揃えられた販売コーナーで、3冊も文庫本を購入してしまうのだった。。

・東雅夫編『文豪怪談傑作選/川端康成集・片腕』(ちくま文庫)
・『川端康成/三島由紀夫 往復書簡』(新潮文庫)
・中条省平著『小説家になる! 芥川賞・直木賞だって狙える12講』(ちくま文庫)

※最後の1冊は家人へのプレゼント用(⌒〜⌒ι)

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2008年4月20日 (日)

☆存外近くにありし素晴らしき場所☆

19日(土曜)。
昨夜に降ってわいた(?)飲み会に参加し、帰宅が午前様コースとなってしまった。。
それはそれでイイとして、、やはり恐れてた「寝だめ」に突入してしまったのだった(×_×) ←単に自業自得だけど。

早起き出来たら奈良方面にドライヴしよう! と考えてたが、これにより遠距離ドライヴの望みが絶たれ、近場のドライヴで済ませることとした。

で、思い付いたのが我が街(大阪府枚方市)から「比較的近い」ロケーションにある、寳塔(三重塔)を擁する寺“寳積寺”の存在だった。以前(数年前)にも「寳塔ツアー」の一環で、ガツガツした気持ちでもって(⌒〜⌒ι)半ばルーティン(流れ作業)的に回ったこの寺だったが、しばしば訪問させて頂く先である某ブログ

http://miyumiyu1238.blog5.fc2.com/

にて、ワタシの知るのと正反対の角度(って言うか裏側)からここの寳塔を眺めた画像を拝見(2月ごろのの記事)したもので、それ以来「行っとかなきゃ!」と妙な義務感を高めてたものだった。

枚方からは旧1号線を通り、八幡市を経由し国道171号線を走って(乙訓郡)大山崎町入りした。
JR山崎駅から京都方向(踏切を渡った先)には駐車場が殆どなく、とにかくかなりな坂道&狭路が待ち構えてるので「ムリはすまい」と素直に(踏切手前の)コインパーキングに止め、歩くこととした。

くだんの寺の境内散策は(前にもしたので)後に回すこととし、目指す「アサヒビール大山崎山荘美術館」に向かったが、ここが予想以上に素晴らしかった!
「なんで、なんで、もっと早くに来なかったんだよう!」と山荘の壁にアタマをガツガツぶつけたくなったほどだ(←やめなさい)

館内の殆どは「撮影禁止」となってるので、持参したデジカメ(1眼)にはレンズキャップをかぶせるしかなかったが、テラスなど“一部(半)屋外”では撮影しても構わないようだ。で、バルコニーの向こう、木立の合間に見えたのが「寳積寺・三重塔」の相輪部(先端の装飾)であり、その(木製の)手すりに

「寳積寺(寳寺)三重之塔:(桃山時代)重要文化財 天正10年(1582年)山崎合戦の前夜、羽柴秀吉この塔に泊れりとの伝えあり。「一夜の塔」ともよばれる。」

なるアルミプレートが貼ってあるんだが「これぞ“借景”や!(←ここで言う“借景”は造園技術的なそれとは別)」と妙に興奮してしまった。
かの寺の関係者が果たして「こんな遠いロケーション&角度」から(塔が)眺められてることを知ってるかどうかは分かんないが、この位置にこう言う案内プレートのあるのが、面白いしセンスいいなぁ〜と感心させられた次第。

他にも(1〜2階の)階段・踊り場にあった「からくり時計」の動きがすごかった! ネットで調べたら、どうやら「Bobbin社のPlaying Rhythm時計」と言うらしいが、先端に玉(=錘:おもり)の付いた糸が、2本の軸に(回転しながら)巻き付いてはほどけ、その連続する動きでタイミングをとりつつ刻(とき)を刻む・・と言う感動的な動作を見せてくれる。
コレにはすっかり見とれてしまいましたなぁ・・

常々思うのは「素晴らしいロケーションに、素晴らしい客層がマッチ(調和)することにより、その場所は生涯の最良の記憶とさえなり得る」
ってことなんだが、今回は同館でロケーションを共有した来館者たちもなかなかセンスが良くトクした気分だった。(あるでしょ? 例えば折角の素晴らしいレストラン&メニューなのに、近くの客のマナー(会話レベル等)が恐ろしく低くてゲンナリしてしまったこと・・)

中でも、お茶休憩した際、隣席に座っておられたお2人が良かった☆
ダンディーなおじさまと美しいご婦人だったのだが、どうやら「講演会もこなしてる文化人(?)」なおじさまが「講演」なぞに関する自身のトークを放つんだが、

おじさまが「話す度に、新しい発見が自分自身にあります」と言えば、
ご婦人も「講演を3度聴けば、その方が分かります」とか何とか・・(⌒〜⌒ι)

特におじさまの言ってた「その時々で表現を変える(=アレンジする)のが一流。“超”一流は、決してスタイルを変えない」なるセリフにはちょっとハートを射抜かれてしまったぜワタシ。
ただ、彼らの教養&経験の応酬をウットリと(?)耳に響かせつつ・・内面ではワタシ本来のゲッスい感情・・

「それで、あなた方はこれから、、と言うか今夜、何処でどんな風に過ごされるんでしょ〜かっ?!」を抱いてしまったモノだった(=^_^=)
閉館時間が近付くにつれ、何となくソワソワしてる雰囲気の漂ってたおじさまに、(彼に“奥さん”と呼ばれてた)ご婦人の「何かの決意を秘めていた」ようなご様子、そして「土曜の夜」と言うシチュエーションから総合的に察するに(察するなよ!)、かなり“ご無体な時間”がこの先、控えてるようにも思えちゃったりなんかしちゃったりして、ワタシのアタマはそんな妄想ですっかりクラクラしてしまうのだった。

お2人の会話に付き合い過ぎたか(人のせいにするなよ)、階下へと降りた時には、既に(1階の)販売コーナーは終了してしまってたのだった(×_×)
建築家・安藤忠雄氏の設計による「新館(円形の地下施設)」も“いかにも”なコンクリート打ちっぱなし系だったんだが、適度な静かさが確かにキープされてて良かった。
初老の警備員さんの物腰もすこぶる良かった。

そんな訳でまた是非、時間をゆっくり取って、再訪したいロケーションである。

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2008年2月25日 (月)

☆京都へ行って来たりした☆

23日(土曜)。
やはり残業続きだったこの1週間の影響でか、早起きの実現がなかなか叶わず、ひたすら惰眠を貪ってしまった。。折角の休日が勿体なくはあるも・・きっと寝るべき時に寝とかないと、後々おそろしい身体のトラブルに繋がりそうにも思う。

もし早起き出来たなら、上京区にある某寺へ「多宝塔撮影」に行きたかったのだが、結局そこまでの(時間的)余裕がなくなってしまい、もう1つの目的だった某展覧会を観に、とにかく京都市内へと繰り出した。

それは「京都府京都文化博物館」で催されていた『川端康成と東山魁夷〜響きあう美の世界〜』なる展示で、2人が生前(←そりゃそうか)交わしていた書簡を中心とし、彼らの交流を紹介しつつ、それらにまつわる(魁夷の)絵画、(川端の収集した)美術品などを集めたもの。

私的に、魁夷って言うと「そんなに面白くもなく、巧くもない画家」って先入観があり(すんません)、特に(水墨画(山水画)ではない)西洋画っぽいのがかなり苦手だったんだが・・今回は驚いた!

確かに巧いのかそうでないのか、はっきり判断しかねる作品もまた、少なくはなかったんだが、中でも「水面」「月光」「月影」を描いた作品群がいずれも素晴らしかったのである!

特に、画面の上端、そこに「月」そのものは全く描かれていないのに、柔らかな月光が“確かにそこに月があるであろうこと”を伝えている1枚などは心底「すごい!」と思わせてくれた。
(が、欲しいと感じた数枚について、いずれもポスカ(ポストカード)の販売されてなかったのが悔やまれた)

対する川端は(魁夷が挿絵を手がけた作品である)小説『古都』などを中心に、執筆前後の心中などが書簡からうかがい知れた。併せ、モノクロのポートレートも何枚か展示されていたが、死して尚(そりゃそうか)眼光鋭い1枚がこっちを静かに眺め貫いてるようでもあり、写真そのもののデカさともあいまって、実に怖かった。。
この展示会場の夜間警備などは出来たらご遠慮願いたいものだ・・(誰も頼まないっての)

絵画を撮影する訳にはもちろんいかないので、必死に展示物に近付いたり離れたりしながら、短気記憶(=^_^=)した“川端の名文”の幾つかを携帯電話のメモ機能で控えたのだった。

たぶん周囲から眺めたら、かなり挙動の怪しいおっさんだったような気もするが・・メモ帳の持ち合わせがなかったもので、お赦し願いたい(・ω・)

ってことで、幾つかを書いておきます。

「甕(かめ)を抱(いだ)くは太(はなは)だ愚かにして・・」

「京都は今描いといていただかないとなくなります。京都のあるうちに描いておいて下さい」
(『京洛四季』序文より)

「もつとも高い芸術は人の魂の底にしみて、霊を目ざめさせるものでなければならないだろう。
 短い間の美感に訴へるに終わつてはならぬ。今日、大方の芸術の命数も短くなつた」

「打たれました」←感嘆の表現(・ω・)

追記1:井上靖が川端を「一代を画した文学者」と評していたのが印象的。魁夷も川端のことを「飽くなき美の探求者であり、美の猟人」と表現していた(←これは“当時の世間評”をそのまま引用したものだったようだが・・)。
追記2:魁夷の作品の中では『白夜』なるタイトルを“Polar Summer Night”と訳したり、『不知火』を“Sea Fire”と訳してるのも印象的だったか(・ω・)

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2007年4月12日 (木)

☆やっぱり出かけた日☆

久々に、仕事に区切りがついたため(と自分では思ってる・・)、有休を頂くことにした。
手帳をペラペラめくって確認してみると・・去年の10月上旬に休んで以来のようだ。「頑張ってるなぁ」と言う自分と「もっと休めよ」と言う自分がせめぎあう心中(・ω・)

休みなんで、まずの目的は「寝だめすることや!」と冗談っぽく考えてたら、ホンマにぐぅぐぅ寝てしまった。
起きたの正午前。この時点で既に“長距離ドライヴ”や“映画館に行く”と言う選択肢に大きくバツがつけられる(×_×)

まぁ、せっかく天気もエエし・・と言うことで、クルマに乗ることに。
まずは久々に、某大手カーショップ(スーパー・・の付く方)に行き、ほったらかしのまま推奨(交換)距離を2,000キロほどオーバーしてた「エンジンオイル」を交換する。
土日ってホンマに時間ばっかし取られるもんで、カーショップになぞ行く気になれないのだ。作業も粗くなりそうな気がするし・・

交換作業と共に、これまた懸案事項だった「ETC」の取付けに食指が動く。意外と安く感じたので、今日この場で取付けようと考えたが、どうやら店頭在庫がないそうで、週末の取付作業を予約することに決めた。
これにてまた・・深夜の走行が増えることとなるんやろか(←深夜割引目当ての)
・・って言うか、高速道路ってあんまり走らない性格やのにねぇ(・ω・)

その後、最近ハマってる(=^_^=)某ゲームショップ巡りをすることに。表向き(←裏があるんかいな)は「古本売買」を看板にあげてるその店だが、私的に古本(2階で売られているケースが主)には興味がなく、ゲームソフト&映画DVDを物色するのが楽しいのである(主に1階で売られている)。

新品で安いモノを買うのがある種“スリリング”で楽しい(=^_^=) 「日常の些細な冒険」ってヤツだろうか。
大抵は「確かに安く売られるだけの理由がある」商品群な訳だが、意外な掘り出し物がきっとある・・! と信じている。
・・って言うか、信じないとやってらんない(=^_^=)

今日は同じショップの「千里丘店」「寝屋川店」を回った。
既にこれまで「鶴見店」「門真店」「香里園店」「くずは店」・・と回っている。まぁ、何処の店舗でも同じような「特価商品」の顔ぶれではあるんだけど。

最後に、機械洗車でこれまた久しぶりにクルマを洗ってやり、ついでに満タン給油して帰宅した。

そんなこんなで、折角の休みぐらい家でじっとしておればエエものを、またウン万円単位で色々と浪費してしまうのだった(・ω・)

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2007年3月12日 (月)

☆クルマを救命措置す☆

11日(日曜)。午前中からクルマで出発、兵庫県稲美町内某所で行われた“レガシィ乗り”のミニオフ会に参加して来た。

(中略)

その帰り。
加古川バイパス⇒第2神明⇒阪神高速(3号神戸線)・・のルートで帰路についた訳だが、途中から「ガソリン残量警告灯」が点灯した。
まぁこれってば良くあることだし、よしんば点いたとて、前もっての警告なので帰宅までは何とか持つやろ・・と甘く考えていた。まぁこれもまた良くやる(素人)判断である。

大阪市内まで辿り着き、某交差点で(信号待ち後に)発車直後、シフトを2速⇒3速・・と上げてゆき、Dレンジに入れアクセルを踏み込んだところ「加速ではなく減速」する事態が起こった。
ストール(失速)? 何にしても、こんな走行感覚は初めてなので、流石にヒヤリとした。

何げに「ガソリン残量警告灯」に目をやると・・針が完全に「E」表示の端まで下がってしまっている。

「いよいよ本格的にガソリンがなくなって来たぞ・・!」と不安になり進行方向左手のスタンドを探し始める。

そうこうしてる間にもどんどん加速が出来なくなって来る。

難波界隈で、交差点・右斜め前方にスタンドを発見、「おお、現状ではあそこが残された最後の給油チャンスや!」と決め、回り込んでそこに入るため、交差点を右折し、ぐるっとスタンドの裏手路地を回って行く(右⇒左⇒左⇒左)ことにしたら・・
次の交差点の左折時、いきなりエンジンが止まってしまった(×_×) あちゃ、もう少しで到着やのに。。

とりあえず、交通の少ない路地(を曲がったところ)での「クルマの失神」なので、重大事故にこそ繋がらなかったが、とにかく道のど真ん中であり、ハザードを点滅して放置させとく訳にもいかず、
クルマを降り、後続車には頭上で腕を交差させ「×」マークを作り先に行かせ、渾身の力で(?)ハンドルを押してクルマを路肩に移動(←ワタシも必死だったためか、意外と素直にズルズル動いてくれた)、
スタンドまでダッシュし、携帯用タンクをお借りして5リットルほどを「持ち出し給油」したのだった。

思い起こすと、
数年前、深夜の御坊市内(和歌山県)でこれまた「ガソリン残量警告灯」が点き、幹線道路沿いに1軒だけ「24時間営業」のスタンドを発見した時にも感じたが・・こういう状況下っていつもガソリンスタンドが“神々しい存在”に思えてしまうものだ(=^_^=)

今回だって「面識もないあなたにタンクは貸せません」と言う“至極マニュアル的な返答”も出来たんだろうから。

だが「すぐそこの角に止めてるんです」「必ず戻り、満タン給油します」と、真剣な表情で状況を説明したワタシの気持ちを少なからず汲んでくれたものと思いたい。

そんな訳で、本日の教訓は・・「警告灯が点いたら、さっさと給油せんかい!」ってことである。

もしこれが、高速走行時だったら・・渋滞中だったら・・スタンドが目と鼻の先になかったら・・
基本的で、おバカなトラブルとは言え、運が悪ければ、今夜死んでいたかもしれません(・ω・)>

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