衛星第2で放送されてる“スティーヴン・スピルバーグ監督作”を幾つか観て来た。
折角だし、それらをまとめておきたい。
♦『ジュラシック・パーク(1993)』
9月28日(月曜)の夜、後半から観たのが『ジュラシック・パーク』である。
ストーリーは既に知ってるので、特に「感動」と言ったものはなかったが・・確か、中盤辺りまでティラノサウルス(=T-レックス)がその全容を現さぬ、いわゆる“焦らし演出”が強烈だったように記憶している(=^_^=)
興味深かったのは、
「突出した“カリスマ俳優”が起用されてない」「子役に対する“強烈な受難演出(←高圧電流)”が見受けられる」「サミュ・L・ジャクソン(アーノルド役)が、シリアスかつあっけなく退場する」と言った点か。
有名ドコロ(=ステレオタイプなヒーロー俳優)が出演しないが故に“誰が生き残るか分かんない”と言うアトラクション的(?)なドキドキ感の確立に成功している(=^_^=)
メイン舞台となる恐竜施設(?)“ジュラシック・パーク”の詳細な設定や、造り込まれた小道具類、センス溢れるロゴ&デザイン系など、小憎らしい程に(=^_^=)手の込んだ作品世界ではあるも・・多くのスピルバーグ作品同様(=^_^=)に「“面白い”んだが“メチャクチャ面白い”の域には至ってない」と言う、何処か「デジタル映像エキスポ(←例)への出展作品」的な“優等生的な完成度”に落ち着いてしまってる感があった。
〜 こんなセリフもありました 〜
ハモンド会長「創造は、意志の力が生み出すのだ」
ハモンド会長「何処の遊園地にも最初はトラブルがあるモノさ」
部下「しかし“カリブの海賊”は人間を喰いませんよ?」
♦『ロスト・ワールド/ジュラシック・パーク(1997)』
9月29日(火曜)の夜、中盤から観たのが『ジュラパー』(=^_^=)の続編、『ロスト・ワールド/ジュラシック・パーク』である。
続編である本作の方が“エンタテインメント性”こそは、飛躍的に高められてた気がする☆
俳優陣を眺めても、ジュリアン・ムーア、ピート・ポスルスウェイト、ピーター・ストーメア、と言うなかなかの“クセモノ”が集まってて楽しめた(=^_^=) この時期のピート氏って、ホンマに勢い良かったよなぁ〜! まさに、背中に“でっかい十字架のタトゥー”を背負わんばかりの勢いですた!(←それ、役柄ですし! 作品も違いますし!)
ときに「映像が暗い!」「それぞれの恐竜キャラの個性が薄まり、区別も付けにくい」ってのがワタシの(本作に対する)印象かな。
終盤において「取って付けたような」T-レックスの“本土上陸演出”が描かれるも、、人間サイドの(武力的な)反撃らしい反撃がなく、奇妙な想いが渦巻いた(・ω・)
ただ「窓越しに少年が恐竜と向かい合う」ってなシチュエーションは、(SF作家)レイ・ブラッドベリの短編小説で“似た情景を見た”気がする(・ω・) 『霧笛』と言うタイトルだったか?(←違ってるかも、、)
この続編作『ロスト・ワールド』に関しては・・或いはジェームズ・キャメロン監督の手で映像化されたなら、もっと完成度も高く、ヒットしてたんじゃないかなぁ・・と勝手な妄想を(今更ながら)抱いたり。
ついでに、作品のキャッチコピーも「今度は戦争だ!」とかね(←おいおい)
♦『マイノリティ・リポート(2002)』
9月30日(水曜)の夜、しっかり全部観た(=^_^=)のがトム・クルーズを主演に迎えた『マイノリティ・リポート』である。
公開当時劇場で観たし、ちゃっかりDVDソフトも持ってるんだけどね(=^_^=) ←例によって「未開封」のまんま。。
亡くなってからこそ、映像化の相次いでる(=^_^=)、SF作家=フィリップ・K・ディックの原作(短編小説)を長編映画にしたもの。
「犯罪を事前に予知⇒予防出来る社会」の実現した、西暦2054年のワシントンを舞台に、犯罪予防局の主任捜査官=ジョン・アンダートン(トム)が“自身にかけられた未来殺人容疑”を晴らすため奔走する展開。
全篇に渡り“青系統(?)のフィルターのかかったような”印象的な映像世界が広がる☆
ストーリー的に「どっかムリがあるのと違うか?」と正直、感じてもしまう怪作(?)なんだが、小道具設定やアクション描写については、これまでのスピルバーグ作品からは想像も出来ぬ程、研ぎ澄まされてる感があった!
ライバル的立場のハズが、どうにもチグハグしちゃってるままに終わった司法省査察官=ダニー・ウィットワー(コリン・ファレル)のキャラってどうよ? とは、総てのファレルファンが思ったことじゃないかな〜と(・ω・)
「殺人事件の(現場)状況を捏造すれば、予知能力者(3人のプリコグ)のヴィジョンを欺ける」・・みたいな部分がポイントとなる本作だが、ワタシは単純に「いや、毎回“木の球”はゴロゴロ転がるのとちゃうん?」と思ってしまった、、どうなの?
我らが(=^_^=)トムクルが、後半で“ツルッぱ”となっちゃうんだが・・その辺りから主人公キャラが「シフト」するのが面白かった! 予想もつかぬしとが、奔走してくれるんです!
後半〜終盤にかけての脚色を眺め『L.A.コンフィデンシャル(1997)』や『逃亡者(1993)』をいちいち連想してしまったのは、ワタシだけやろか?
〜 こんなセリフもありました 〜
ライコン「眼の見えない者たちの国じゃ、片方でも見えれば王だ」
ウィット「欠陥はシステムにではなく、常に人の側にある。だろ?」
「これは“証拠の乱発”だ」
ギデオン「過去をほじくり返しても、その身が汚れるだけさ」
ラマー・バージェス長官「人は信念を選べない。信念が人を選ぶのだ」
アイリス・ハイネマン博士「光を見い出すには、ときに“闇に堕ちる勇気”も必要よ」
アガサ「去るのよ・・! 運命は選択出来る」
「死者は、生者に寄り添い続ける」
追記1:劇場公開当時、戸田奈津子さんによる“超訳”の弾けてた(=^_^=)登場アイテム“嘔吐棒”は、今回無難にも(=^_^=)“電撃スティック”と訳されてた(×_×) ←つまんな〜い!
追記2:本作の3大キーワードは「目玉」「雨傘」「ヤカモト氏」ではなかろうか(=^_^=)
追記3:その(どの?)ヤカモトさんには「タンクトップの購入履歴」があるらしい!
追記4:主人公=ジョンの息子の名はショーン。何とまぁ・・(⌒〜⌒ι)
追記5:未来のショッピングモールにも“ムーン・リヴァー(のBGM)”はマッチしてる☆ 流石は巨匠ヘンリー・マンシーニ!
♦『キャッチ・ミー・イフ・ユー・キャン(2002)』
1日(木曜)の夜、終盤のみ鑑賞したのは、レオナルド・ディカプリオ+トム・ハンクスの共演が豪華だった『キャッチ・ミー・イフ・ユー・キャン』である。
私的には「捕まえてみな」と和訳しちゃうトコだが、プロの手に掛かると「鬼さんこちら」となるそうだ! むうう、流石!
公開当時、劇場にわざわざ観に行った本作(=^_^=) 異様にぶとったトムハン(=トム・ハンクス)の醜悪さだけが、やけに目に付いた気がする(⌒〜⌒ι) ・・って言ってるオレも、すっかりぶとってしまってる今日この頃だけど、、
本作の見所は「ソウル・バス風のオープニング映像」「主人公の父を演じるクリストファー・ウォーケンの存在感」だと思うんだが、、共に“完全に”見逃してしまったのが悔やまれる(×_×)
「薄く、軽く、笑えず、微妙」な出来だろうか。「御大(スピルバーグ)ご自身が監督することないのに?」とは正直感じる。
♦『激突!(1971)』
5日(火曜)の夜、30分ほどの遅れで中盤から観たのが・・前々から「結局“原点”であるコレが最高傑作やんか、今でも!」と絶賛してやまぬ『激突!』であった。
一番最初(小学生の頃か?)は家人の勧めで観たように記憶してる本作。
実にシンプルな物語なんだが、普遍的にリアルで怖い。
もし監督の遊び心で、冒頭に“Based on a true story”なるテロップを表示したとしても、誰も疑わないんじゃなかろうか(×_×)
今回、何度目か分かんない鑑賞をしたが「幾つかのエピソードの描かれる順番」が、自身の(記憶の)中で(勝手に)入れ替わってたりしたのに気付いたのが発見でもあり、面白くもあった。
「ガソリンスタンドその1」「レストラン」「踏切待ち」「トンネル&スクールバス」「ガソリンスタンドその2(ヘビ小屋&電話ボックス)」・・と幾つかの印象的なエピソードがあるんだが・・作品の冒頭&ラストはそのままに、途中に描かれるこれらのシーンの順番を入れ替えても面白いな〜と勝手なことを考えたりも(=^_^=)
DVDソフトを所有しておられる方は「チャプターを入れ替えて鑑賞」してみたら・・意外に“新鮮な味わい”で楽しめるんじゃなかろうか?(=^_^=)
なかなか正体のハッキリしない(=^_^=)「トレーラー運転手」であるが、私的には足元(ブーツ)でなく、左前腕の雰囲気(?)で推理を進めたら良かったのかも、と思ったり。
どちらにしても、スクールバスのクソガ・・いや、子供たちは「あの運転手の顔」をハッキリ見てるんだろうな(⌒〜⌒ι)
ほか、ラストでは『ユニバーサル・ソルジャー(1992)』を何故だか連想してしまった。。ん? 何か前にも書いた気がするな(・ω・)
終盤のみ、やや展開のダラッとしてる感じだけど・・やっぱり本作はイイ!
「実際に自分でハンドルを握るしと」ならば、本作と酷似した体験を1度や2度はしてるハズだろう(そうなのか?)
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