2009年11月11日 (水)

☆『犬神家の一族(1976)』☆

8日(日曜)の夜。
自室でチャンネルをガチャガチャやってたら(←ダイヤル式のテレビかい!)若き石坂浩二氏が“書生然としたいでたち”で喋っているのが映った。同氏が若々しく、かつ貫禄もつき過ぎてない(?)トコから「コレって『犬神家の一族』やんか!」と気付き、そこから観ることとした(=^_^=)

流石に物語もかなり終盤で、いきなし次々と“殺人事件の回想映像”の展開されたのには、苦笑を禁じ得なかった。。
その一方で、改めてこの旧作(?)版(←本作は同監督(市川崑)+同主演(石坂)にて2006年に再映画化されている)をダラダラ観てて、その出演陣の豪華さに驚かされたワタシ。

・ヒロイン=野々宮珠世役に島田陽子さん。この約10年後に『花園の迷宮(1988)』で「来な!」と叫びながら、内田裕也と全裸で抱き合うダーティーな演技をご披露されることとなろうとは(×_×)
・重要人物=犬神佐清(すけきよ)役にあおい輝彦氏。「へへ・・」と笑ったり、事件現場で「ちょいとしたパズルだね、こりゃ」とか言って欲しかった(⌒〜⌒ι)
・犬神佐兵衛役に三國連太郎氏。本作当時は50歳ちょっとで、いわゆる“老けメイク”ってトコ。
・“菊人形”に見立てられちゃう犬神佐武(すけたけ)役に、なんと地井武男氏!
・「那須ホテル」の“演技がアレなご主人”役に・・原作者=横溝正史氏!

それにしても本作、すこぶる真面目なストーリーだのにも関わらず、どうにも耳にして笑ってしまうセリフがあるんだね。
それは、あおい氏の「恐ろしい偶然が・・何度も重なってしまったんです」と、それに呼応するかのような石坂氏の「総てが偶然の集積だったんです」の2ツ。
これらが「対(つい)」となり、物語の展開に説得力を持たせようとしてるんだが・・何だか強引過ぎて笑えるのである。

昔に観た際は、とにかく恐ろしく、画面全体から不安感&不快感が溢れてたように記憶してるんだが・・。
いや、案外「最初から真面目に」観ていたら、今でもしっかり怖かったんやろか? 気になるトコではある(・ω・)

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2009年10月12日 (月)

☆『女の子ものがたり』☆

12日(月曜)。
昨日は夕方まで、香川県観音寺市で出張仕事があった。あんまし活躍らしい活躍も出来なかったが(←いつものことだが)、とにかく移動時以外の殆どが“立ち仕事”だったもので、足が疲れて仕方なかった。

帰宅後「元気だったら何か食べに行こうかな?」と考えてたんだが・・缶チューハイわずか1本で敢えなくダウン(←情けなぃ)。。
20時半ぐらいに(起きてるのが)しんどくなり「仮眠」のつもりで横になったら・・次に起きたのは深夜0時半過ぎ。ちょこちょこっとネットをし、
午前4時半頃に寝て・・完全に目覚めたのは朝の9時半過ぎだった。う〜ん、生活ヘタれてるなぁ(・ω・)

今日は午後から市内へ繰り出し、ミニシアター“ソレイユ”で『女の子ものがたり』と言う女の子向けの(?)作品を観て来た。

食指を動かされた大きな理由は、メインとなる舞台が愛媛県の大洲市&伊予市であるってこと。
こちら高松に来て以来、極力“四国圏内を舞台にした作品”は押さえて(観て)おきたいと考えてるワタシだ。
(と言いつつ、某国営放送の朝ドラ(=連続テレビ小説)『ウェル亀(ロケ地:徳島県)』は全く観たこともないが(×_×))

愛媛県出身で、今は上京し、マンガ家として活躍(?)している高原菜都美(たかはらなつみ:深津絵里)のもとへ、新米編集者=財前(福士誠治)が訪れる。
ネーム(原稿)のなかなか完成しない彼女に業を煮やした「あおい出版」の編集長が、彼を寄越したのだ。

高原家に上がり込んだ財前は、部屋の散らかり具合にまず閉口する(・ω・)
机上に放置されたままのネームは(案の定)手が付けられておらず、菜都美本人も酒浸りで昼間からグウタラしている。

何とか仕事に取りかからせようとする財前の言葉は耳に届いてかおらずか。

横になり天井を見上げる菜都美の脳裏に、故郷=愛媛で過ごした少女時代の思い出がよみがえる・・

・   ・   ・   ・   ・

愛媛県内に“新しい”父(板尾創路)、母(奥貫薫)と共に軽トラでやって来た少女時代の菜都美。川沿いにある“仏恥義理”“To Yong To Die”などとスプレーで殴り書かれたプレハブの小屋が気になり行ってみると・・そこには2人の少女がいた。
そうして出会った同い年のきぃちゃん(きみこ)、みさちゃん(みさ)と仲良しになったなっちゃん(菜都美)。

将来の不安を語り合ったり、自転車で走り回ったりしてる内、3人はやがて元気に育ち女子高生となり、それぞれに恋愛体験をしたりもする。

“いつまでも一緒でいられるかな?”とお互いに望んでいた3人だが、ある夏の日、突然に別れがやって来る・・

・   ・   ・   ・   ・

“あの日の友だち”にもう1度再会するため、そして“言えなかった言葉”を今こそ伝えるため、
東京から飛行機で愛媛(松山空港)へと向かった菜都美であるが・・

他愛ない・・と言っちゃうと身も蓋もないが、まぁ少女時代の女性同士の友情や不安、夢などを綴った群像劇とでも言えようか。

私的には「女の子らが主人公」ってことで、主要キャラ3人が2段階(少女期/女学生期)にキャスト変更されるのが、やっぱり(区別が)ややこしく、感情の移入を阻害されてしまった感があったか(×_×) ←(成長するんだから)仕方ないんだけど。

にしても・・登場する男性キャラ陣が揃いも揃って“ヘタレばっかり”だったのは、男性観客とし嘆かわしい限りだ(×_×)

まぁでも、CG系の妄想に逃げたり、何の脈絡もなくミュージカルシーンが始まったり、いけちゃんが出て来たり(=^_^=)・・と言う“今や有りがち過ぎる演出”に一切逃げなかったのは良かった。

代わりに“脇役キャラの退場”が意外にも多く「そう言うのんなしに、何とか描けんかったんかなぁ」とは思った。
原作者=西原理恵子さんの自伝がベースであるなら、そこは仕方ないんだろうけど。

途中途中の「我々観客の知りたかったこと」が幾つもカットされており、そこを残念に感じたのはワタシだけだろうか?

・主人公の知り得ぬ“きみこ&みさの関係”が続いてたハズだが、そこが明かされぬままに幕となったのは疑問。
・かつては「必要以上に生きることに敏感」だった主人公の変化(グウタラ化)は、同じ人間とは思えず余りに不自然。
・「父のこと」「彼氏のこと」など、分からないことが多過ぎ、消化不良。
・断片的に浮上していた「貧困」「いじめ」問題の描写が中途半端。

こう言ったトコをギチッと固めて映像化してくれたら(原作にないなら「削る」「補う」等をして)、更に万人の鑑賞に堪える傑作として完成したんではないだろうか?

〜 こんなトコロも 〜

♦「肱川町」「長浜町」などもロケ地だそうだ。
♦伊予鉄南予バスの「晴海」バス停がイイ雰囲気だった。 ←実在しないバス停かな?
♦セリフすら(殆ど)なかったが、上島竜兵の客演がそこそこに(=^_^=)光ってた。
♦「お母ちゃんの財布からガメて来る」 ←“ガメる”は「盗む」ってことですな(×_×) 
♦ワコ※ルのブラ、5900イェンもしますのか!
♦“全身これアルマーニ”のタカさん!(ボンボンのチンピラその1) ブリーフも“アルマーニ製”らしい!
♦成人したみさちゃんは“シャネルの財布”を使ってた!
♦ゴムホースで(隣車の)ガソリンを“ガメてた”駐車場。端の方にチラリと見えたのは“ハコスカ”?
♦とっても親切な軽トラの運転手(中盤に登場)。が、余りに映らなさ過ぎ! とっても可哀想!
♦みさが誇らし気に、興奮気味に語る“喪失体験”・・それって犯罪じゃん?
♦友だちは2人とも「DV被害者」のようですた(×_×)
♦注ぐ面の底に“寿”と書かれた金のどんぶり、、名付けて“スケベどんぶり”か?(おいっ!)
♦浅草の“花やしき”が登場☆ 浅草寺・五重塔も高所からパノラマ的に撮影されてて素晴らしい!
♦主人公の加齢的変化(=^_^=)にも関わらず、劇中で全く歳をとってない風吹ジュンさん(きみこの母役)のステキさが光る☆

〜 こんなセリフもありました 〜

菜都美「盗られるもの、ないから」
   “何処か遠くへ行かなくてはいけない・・ここじゃない場所に。
    自分の居てもいい場所がきっとある筈・・そう思ってた”
   「私は幸せ・・私は可愛がられてる」 ←“呪文”だそうで。
   「毎日、色んなものを描くことにしてるの。上手く描けば“好き”がやって来るかも」
   「親友って、どんなんやと思う?」
   “私たちは「大人になったら本気で幸せになれない」と思ってた”
   “失敗した「こけし」みたいな顔で、心の中は(将来に対する)不安でいっぱいだった”
   「何か違うよ・・あいつらカッコ悪いよ」
   「いつか・・ウチらもバラバラになるんやろね」
   「このまま3人で、何処か遠くに行けたらエエのに」
   「ここからだと、何にも見えないなぁ」
   「私、何も知らんかった。何も聞いてない。・・何も知ろうとしなかった。
    何も見ないで、聞かないで、知ろうとしないことは・・とても恥ずかしいことでしょ?」
   「何で(あんたが)殴られんとあかんの?」
   「きぃちゃんは幸せ・・みさちゃんも幸せ・・。何度“呪文”を唱えればイイの?」
   「(あんたが)大好きやから、幸せになって欲しい」
   「私・・ウソついてた」
   “想像してたより、人生が重くて辛いこと・・に気付いたことを覚えてる”
   「何処までも、道の向こうまで追いかけるの」
   「友だちのハナシ、描いてもイイかな?」
   “いつだって思い出せる・・色んな匂いのする、あの原っぱのことを”
   “もうこんな友だちは、一生出来ないと思う”

父「お前は何か違うぞ・・他人(ひと)と違う人生を送れるかも知れへん」
 「そんなもん、潰れたんやから仕方ないやろ・・嫌やったら、出て行け!」 ←何のハナシや(×_×)

母「お友達は、選ばんとあかんよ」
 「何で、こんなことになってしもたんやろ」

財前「イイもの作れば、売れますよ」
  「ダメ作家・・ダメ犬・・ダメ編集者」
  「どうしてそんなにやる気ないんですか?」
  「先生の“後釜”ぐらい、すぐ用意出来るんですよ?」
  「逃げたって、何にも変わりませんよ」
  「彼氏もいないでしょう? 友だちもいないでしょう?
   そんな人に、人生の機微とか友情とか、描けるんですか?
   読む人の心を揺さぶるモノとか、描けるんですか?」
  「ホントは描かないんじゃなくて、描けないんですよ!」

きみこ「男って、後はエッチすることしか、考えてへんよ」
   「なっちゃんの絵、変やけど・・エエなぁ」
   「結婚なんか、保険みたいなもんよ」
   「いつ見ても、変な絵やな」

みさ「お元気ですか〜! 元気があれば、何でも出来る〜!」

タカ「何してくさってケツかいとんねん!」 ←わ〜、アホや!

きみこの母「いらんとこばっかりウチに似て」

みさ「ウチは男の前で、良ぅハダカになれんわ」
タカ「みんなやってることやがな」 ←そうやがな(=^_^=)

※「大人になったら、みんな(この町から)居なくなるやん」
※「女の子はホンコンに売られるみたいやで!」
※「ホンコンて?」
※「エッチなお店のことかな?」 ←香※サイドのクレームがこはい、、

みさ「足首が・・」
菜都美「くじいたん?」
みさ「・・太い」

みさ「チグハグな家や、ホンマ」
菜都美「それでも、きぃちゃんの家や」

菜都美「何でウチらは幸せになられへんの?」
きみこ「ウチは、不幸や思てへんよ。
    不幸って何? 夢がなかったら不幸か? エエやん、そんなんどうでも」
菜都美「何処が幸せなんよ? 殴られて」

財前「全然、描けてないじゃないですか!」
菜都美「バレたか〜。ま、その内やります」

菜都美「恋愛モノは売れるのよ」
財前「これ、思いっきり辻褄合ってないし・・」
菜都美「何なら、交通事故(の設定)を難病に変えていいよ」

財前「(昨夜は)遅くまで飲んでたんですか?」
菜都美「ううん。さっきまで」
財前「さっきまでって・・

菜都美「私がなったげようか? 恋人」
財前「・・要りません」

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☆『インスタント沼』☆

10日(土曜)の夜、綾川から一度帰宅後、改めて“ソレイユ”へと向かい(=^_^=)鑑賞したのが『インスタント沼』である。
その「奇天烈ナリ!」なタイトルからして、まず気に掛かってしまい「高松で観られること」を知った瞬間から、何事も手につかぬ程だった(←おいおい)

月刊誌『HATENA』編集長を勤めるOL=沈丁花ハナメ(麻生久美子)。「ナマクラでモノクロな人生」を過ごし「人生ジリ貧」「ジリジリと悪くなってる」などと自覚してる内に、雑誌は返品の山⇒間もなく長期休刊となってしまう。

そんな矢先、同居する母(松坂慶子)は何故か近所の池で溺れ、意識不明の重体に。
毎朝の習慣である“腕ずもう”の相手を(突然に)失ったことも大きいが(=^_^=) 母が若い頃、投函しようとした手紙が「意外な場所」から見つかったため、ハナメは8歳の頃に家を出て行った父・・ではない、ホントの父親を探すことになる。

切羽詰まった彼女の前に、骨董品店「電球商会」を経営する“電球”ことノブロウ(風間杜夫)、電気工でもあるパンク青年“ガス”こと賀須(加瀬亮)が現れ、物語は更にネジれた方向に・・

果たしてハナメは自身の出生の秘密を掴むことが出来るのか? そして“インスタント沼”とは一体何なのか?

関東っぽいノリと言おうか・・表面を滑って行く感じのギャグが次々と、矢継ぎ早に、咀嚼する間すら与えてくれず、延々と展開される作風であり、観てて疲れるのはあったか。
総じて“荒唐無稽”てか“荒唐無稽文化財”とでも評したい(=^_^=) ←コレもベタだなぁ、、

オープニングからして「ハナメの語るチープ&コラージュなホームビデオ風(?)の映像」がしばらく続くんだが、その瞬間に「ああ、しんどい作品に当たってもぅた、、」とゲンナリしてしまった気持ちは・・ハッキリ言って事実である(=^_^=)

また、強烈なインパクトを兼ね備えた人物が次々と主人公に絡んで(挑んで?)来るんだが、そのピーク的存在とも言える“電球”の出て来た瞬間「うわ、イヤだ!」と感じてしまった(=^_^=)
ヴィジュアル的に“余りに、やり過ぎ”だったもんで。。

が・・「慣れ」とは恐ろしいモノで(=^_^=)、主人公vs“電球”のやり取りを眺めてる内に、それはそれで心地良くなって来るのだった。
ふと「“電球”を探偵役、ハナメを助手役とした“骨董品ネタの連続ドラマ作品”が観たいな」なんてなことまで妄想してしまったり(⌒〜⌒ι) ←スピンオフかよ!

ゆる〜い感じに「半ロードムービー」でもある本作だが「やや説教くさい」「終盤の“トンでもないCG”が、少し興醒めで、滑ってる」のは(私的に)残念な気がしたか。
アレをやるならやるで、もう少し「描写的」にも「演出的」にも、リアルさを追求して欲しかったぞぅ、と。

とは言え、小ネタの幾つかにはホンマに笑わせて貰った。
“関東系の笑い”の「消費的過ぎる部分」がキライなワタシではあるが・・「そうかそうか、時には勢いも大事なんやな」と少し見直した次第である。

〜 ほか、こんなことも 〜

・中華料理店(?)の壁にあったメニュー“サモ飯金宝”ってのがメチャ気になる(=^_^=)
・猛臭ラーメン店「スカンク」には、やはり休日に行くべきであろう。。
・「もったいないオバケ社(リサイクル業者)」「BAR魔の素」「サディスティック・ミキ・バンド」など、ネーミングの“遊び心”が良い感じ☆
・リウマチ薬「イルガピリン」って実際にあるんやね(・ω・)
・“ゲーム機の墓場”ってホンマに何処かにありそうな響きだ。
・「叫び過ぎ」な麻生さん。「日本映画の“叫びの女王”」に名乗りを上げたつもりか?
・本作を観終わった帰り・・即座に「ミロ(=粉末ココア)」を購入したのは、言うまでもあるまい(=^_^=)
・“うん”の付いた女が2人(・ω・) その効能は?
・某機械の動作シーンを眺めた瞬間、、『ビッグ(1988)』に出て来る“ゾルターマシン”を思い出してしまったな(=^_^=)
・中華人形(?)が回転し、窓部分に「品目」の表示される“謎の機械”・・
 あのシーンはかなり笑えた! センス的には松本人志監督に通じる気もする! “はんぺん”“しらたき”“ちくわぶ”・・
・電気コンロにかけたヤカンを用いての鍋料理・・このセンスはスゴい(=^_^=)
・「錆びた折れ釘」よりは「中華マスク」の方が、私的には欲しい気がする(=^_^=)
・(建設現場の)赤いコーンをかぶれば・・雨もしのげるし、気分も晴れる?
・「サルの遺骸+カメの甲羅」で、河童のミイラは作成(=でっち上げ)可能らしい(=^_^=)
・「決して物音を立ててはならない場所」で、息苦しさから“遂に”叫びまくる市ノ瀬さん。何だか分かるなぁ(=^_^=)
・自転車で延々走りながら会話するハナメ&市ノ瀬。丁寧な“長回し”が楽しめる☆
・あの温水洋一さんのように“決まったビルの窓を見上げる余裕”ぐらいのあるサラリーマンではいたい(=^_^=)
・“ウルトラスーパースペシャルアルティメイテッド勝手”があるんなら『ウルトラスーパースペシャルアルティメイテッドラヴストーリー』ってな作品があっても良いと思う(=^_^=)
・結局、あの「黒い招き猫」の中身は何だったのだ?
・「手がかりは足の裏」・・あ、その“ネタ”・・既に忘れてましたわ(=^_^=)

〜 こんなセリフもありました 〜

ハナメ「まき散らせ! 片付けろ!」
   「うんざり! これはう※こ座り」
   「有り得ないことなんか、認めない!」
   「断言(だんげ)ったわよ!」
   「なんらもな〜」 ←「何だろうなぁ」の“ゆるヴァージョン”?
   「君はアレだ。少し理屈っぽいぞ!」
   「死んだフリするの、やめなさいよ!」
   「お母さん、(ホントは)意識、あるでしょ?」
   「あたしだって、揺れることもあるわよ」
   「この“折れ釘”の良さが分かる人は、信用出来る」
   “ある人にとってはゴミでも、ある人にとっては宝物”
   “黒くて可愛いモノで揃えてみた”
   「何かもう、すごいガッカリした!」
   “意地の重さで、私はジリジリと沼に沈んでいるのだ”
   「そんな可能性もなくなくな〜い?」
   「これは“インスタント沼”よ!」
   「パンクのくせに、常識的なこと言ってんじゃないわよ!」
   「人生“泣いてる時間”よりも“笑ってる時間”の方が圧倒的に長いし」
   「嘘、意地、見栄を笑い飛ばせ!」

電球「インチキであって、インチキではない」
  「(つまりは)自分の運命を、飲み込んだんだな」
  「大丈夫。世の中、大抵の事は何とかなる
  「これは“みんなの理想の折れ釘”だ」
  「人間には、どんなに他人に迷惑をかけても、知らなきゃならないことがあるのさ」

電球「塗ると何でも古くなる“秘密の塗料”だ」
ハナメ「インチキですか?」
電球「“エイジング”と言う」

電球「そう言う時は“水道の蛇口”を捻る」
ハナメ「水道の蛇口ってスゴいね!」

業者「今日の昼飯は“5/8チップ”だ」
部下「有難うございます!」

編集部長「(バンザイのトーンで)ざんね~ん!」

医師「(モニターが)“ピーッ”て言わないように気を付けなさい」

神主「お嬢さん、こう言うの好きそうですよね?」

刑事「何故、1周回ったんです?」

食堂のおばさん「喰ったらカラダが裏返るよ」

和歌子「よろしくお願い島津藩」

ファラオ「ソナタノ将来、伴侶ト成ル者ハ、コノ男デアル」
女生徒ら「何これ、イケてね〜!」

和歌子「私、見たんです!」
ハナメ「私は見てないもん

ハナメ「ホントですか?」
社長「何でここでウソ言うんだよ」

ハナメ「もう1人の人は?」
リサイクル業者「死んじゃったよ」
ハナメ「えぇ〜!?」

ハナメ「ナニ? どした?」
市ノ瀬「ちょっと、引きました」

賀須「そんなことしてどうなるんだよ?」
ハナメ「私の気が済む〜!

賀須「何でそう言うことすんだよ!?」
ハナメ「油断してるからよ!」

ハナメ「“何か特別なことでもある”って思ったんだけどねぇ」
賀須「コレを作ったこと(自体)が“特別”なんじゃねぇか?」

和歌子「※なんて食べられないでしょ?」
電球「※は、食べたらダメだよ」

追記1:コメディエンヌとし、本領を発揮しまくってる麻生さんだが・・私的に「どっかキャラを高め過ぎてる」「演技過剰」な感も拭えなかった(・ω・) かと言って、他に思い当たる女優さんも少ないんだけど。
追記2:順番的には『ウルトラミラクルラヴストーリー』を観てから、本作を観た方が「後味は良い」と思う(=^_^=)
追記3:伊吹吾郎! 海原はるか! 宮藤官九郎! 皆さん光ってました!
追記4:最近、どんな邦画を観ても笹野高史さんの出たはる気がする(・ω・)
追記5:『鈍獣』における南野陽子さん同様、本作における相田翔子さんの“さばけっぷり”に、モノ凄い“何かの決意”をば感じた気がする(⌒〜⌒ι)

追記6:麻生さんの「ヌンチャクアクション」も女優としては珍しいかも?
追記7:パンクロッカー役の加瀬氏。如何にも楽器が弾けなさそうだった(⌒〜⌒ι) ←弾けるんかな?

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2009年10月11日 (日)

☆『ヴィヨンの妻/桜桃とタンポポ』☆

10日(土曜)。
昨日までの出張(愛媛県宇和島市)の疲れからか、結構酔って帰宅したからか・・すっかり“寝だめ”してしまった今朝。
「朝早くから、遠出ドライヴするど〜!」と言う(当初の)計画も気持ちも、何だかくじかれてしまい(⌒〜⌒ι) ただノロノロと家事をこなした午前中(←自業自得、、)。

正午も過ぎ、ようやく「出かけとかないと休みが勿体ないし!」と思い付き、月並であるが“ワーナー・マイカル・シネマズ綾川”に、観たいと思ってた新作邦画『ヴィヨンの妻/桜桃とタンポポ』を鑑賞しに向かった☆

“太宰治・生誕100周年記念作(?)”でもある本作。太宰原作の小説『ヴィヨンの妻』を下敷きに、彼自身をそのまま投影したような“ダメ男+死にたがってる”小説家と、その献身的な妻の物語が、静かに紡がれる。

昭和21年12月、東京。

スランプ気味でスキャンダルにまみれた30歳の作家=大谷穣治(おおたにじょうじ:浅野忠信)と、そんな夫に振り回されながらも“夫婦なる、運命共同体な関係”に懸命に向き合おうとする26歳の妻=佐知(さち:松たか子)。

彼ら2人に、大谷の愛人=秋子(広末涼子)、かつて佐知の慕った銀座の弁護士=辻(堤真一)、佐知を慕う三鷹の青年旋盤工=岡田(妻夫木聡)らの人々が絡み、運命はいびつな方向に転がり、回り始める。
さながら鉄の滑車のように、時に軋みながら・・

ザラッと辿るだけなら、実にあっさりとした「観易い作品」と言える。が、組立がシンプルなだけに、小説で言う“行間”に対し色々と思考を巡らさないと、表面をなぞるだけの鑑賞となってしまうので、油断出来ない1作とは言えようか。

「ヴィヨンって誰じゃ〜い?」と思ったら、中世フランスの詩人=フランソワ・ヴィヨンのことらしい。ウィキでザラッと辿ると「優れた詩人ではあるも、放浪癖があり、ならず者でもあった」なる人物で、大谷と言う作家をこの詩人になぞらえてるのかも知れない。

主演であり、ストーリーを牽引するのは佐知役の松さん。だが、ヒロインとし光彩を放っていたのは、秋子役の広末さんこそだった!
『おくりびと(2008)』はまぁまぁだったが、それ以降『GOEMON』、本作、そして公開の迫る『ゼロの焦点』・・となかなかの活躍ぶりだ!
私的には『おくりびと』以降の彼女を“新生・広末涼子”と呼んだげたい(=^_^=)

広末さんが珍しいヘアスタイル&賢そうな眼鏡ルック&体当たりっぽい“濡れ場”に(果敢に)チャレンジしてるものだから、それなりに頑張っている松たか子さんの立ち位置がどうにも後退しちゃってた感は否めない。
それっぽいシーン(演出)を(劇中に)少なくとも2ヶ所は描き得たハズなので、そこは「演出が下手」と言おうか、松さんの“体当たりのなさ”をやや残念に思う、男性観客としては・・(⌒〜⌒ι)

ちょっとびっくりしたのは“老けメイク”の際立ってた室井滋さん、、浅野氏とのベッドシーンを想像すると・・どうもイケません(×_×)

「とある夫婦の、とある期間のできごと」を描いたハナシでもあり、正直ワタシはラストシーンを観て「で、これからどうなって行くのよ?」とそこが気になってもしまった。
太宰自身の人生を考えるに・・大谷はこの先も「心中行為」に魅入られ続けて行くように直感するんだが、、

映像的には、オープニング&ラストにモノクロ描写の展開されるのが、結構な味わいがあって良かった☆

ワタシなどは「夫婦」と言う関係が(未だ)客観的にしか分からないンだが、ちょっとただれた風な(←こらこら)ご夫婦がご覧になれば、それはそれで何かの(再構築の)ヒントを得られるのではなかろうか。

〜 こんなことも感じたり 〜

・「ダメな男ほどエロい」ってのは間違いなさそうな気がする(=^_^=)
・岡田くんの歩いた国分寺⇒三鷹間は約10キロの距離らしい(×_×)
・大谷夫婦には子供が1人いるんだが、殆ど「かすがい」になってなかったような。。
・大谷&秋子。旅行もし、食事もし、性の契りも交わしている。ちと大谷&佐知のシーン群に比べ、描写の過ぎてた気も。
・「銀座日貿ビルヂング」に入る寸前に唇に紅を引き、出て来るや紅を乱暴に拭っていた佐知。それはつまり・・そう言うことだったんだろう。
・戦後っぽい看板類がリアルだった。「栄養食配給所」「民間金属類特別回収」など。
・今で言うJR中央線だろうか? 「吉祥寺」「三鷹」「武蔵小金井」「国分寺」などの駅が登場していた。
・群馬県の「谷川温泉」「水上警察署」が劇中に登場。
・“小料理・椿屋”のある中野区打越町。活気ある町並みですた。
・実は結構弱ってたかも知れない大谷。“フリ”はあるんだが、その後“オチ”には繋がってなかった(・ω・)
・劇中で義太夫(?)を歌う(=語る)浅野さん。結構流暢なのでびっくりした!

〜 こんなセリフもありました 〜

母「(卒塔婆に取付けられた)鉄の輪をぐるぐる回し、それが止まってから少しでも逆に回ったら・・その人は地獄に堕ちる」

大谷「坊やはどうです?」
  「何故、僕にカネがあると思うんです?」
  「まぁ、そう言うことになるかな」
  「家では仕事が出来ないんです・・ヒモだからね」
  「ほらほら、そうやって泣いてみせる所が、女郎みたいだ」
  「女には幸福も不幸もないものです。男には不幸だけがある・・いつも恐怖と戦ってばかりいる」
  「あの人たちは・・バカなんですよ」
  「死にたくてしょうがないんです」
  「恐ろしいのは・・この世の何処かに神がいるってことなんです」
  「男女の道は、遠くて近い」
  「こんなに弱ってるとは・・僕はもう終わりだな」
  「グラグラするほど酔わないと、恥ずかしくて他人(ひと)と話が出来ないんだ」
  「梅雨はイヤだね・・誰かに“死ね”と言われてるようで」
  「僕は、どうしても死ねないんだ」
  「何だか、生きられるような気がする」

椿屋「先生・・すっかり一人前の悪党だな!」
  「魔物が初めて現れる時は・・あんなにもひっそりとした、初々しい姿をしているものなのか」
  「見込まれてしまった」
  「お金ってのは、自分の手で握ってみないうちはアテにならないものなんですよ」
  「色も出来、借金も出来ちまった」

佐知「名馬も、牝馬は半値だそうです」
  「大谷の小説なんか・・何処がいいのかしらね」
  「“タンポポの花一輪の誠実さ”を、あの人、持っているのかしら」
  「死ぬってどう言うことなんだろう?」
  「人非人でもいいじゃないですか。私たちは生きていさえすればいいのよ」

秋子「あたしは“冷や(酒)”に決まってるのさ。覚えときな」
  「また死にたくなった?」
  「楽しいわ・・こうやって死んで行くのも美しいものね」
  「これで死ねるなら、随分簡単ね」
  「大谷さん・・逃げるの?」

岡田「僕が間違ってました」

大谷「信じたいんだよ、君を」
佐知「何処まで疑うんですか・・」

佐知「私の知らないことがいっぱいあるのね」
大谷「あなたの知らない僕の部分なんて・・つまらない、どうでもいいことです」
佐知「私、自惚れてました・・あなたに愛されてるって。
   ・・何処に愛があるんでしょうか?」

大谷「何をして来た?」
佐知「・・人に言えないことを」
大谷「そうですか・・やっぱり“コキュ”に成り下がった」

椿屋「出版社の方は“他人に書けないものを書く作家”だと」
大谷「それは、けなしているんです」

大谷「誰か“いい人”がないものかねぇ」
秋子「あたし、いいよ」
大谷「付き合って呉れますか?」
秋子「いいわよ」

追記1:事件現場に残されたままの“証拠品A”・・ちゃんと回収しとかないと!
追記2:大谷の言ってた“コキュ”はフランス語の“COCU=寝取られ男”の意だそうだ。
追記3:ブッキー(妻夫木)が椿屋で注文したのは「すじこ」だった。

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2009年10月 4日 (日)

☆『いけちゃんとぼく』☆

3日(土曜)。
何もなければ(いつもの如く)きっと帰阪開始してるトコだが・・週明けに大事な出張が控えてもおり、今週末は(体力&精神力温存のため?)実家に戻らないこととした。
・・と言うか、起床した時点で既に正午を過ぎてしまってたし、直感的に「帰阪意欲」を奪われてしまったような感がなくもない(・ω・)

高松市の中心部、アーケードの南端へと出かけ、某床屋にてさっぱりとする。店長(?)のおっちゃんも大阪にいはったことがあるらしく、数秒間の(=^_^=)大阪談義に蕾が揺れる(←花までは咲かない、、)。

何とか明るい話題を振ってみようとは思ったが、おっちゃん曰く
「市民の移動&生活がクルマ中心である以上、郊外の大型施設に客足の向くのは当然の流れ。この先もアーケードが発展することはないだろう」と、かなり沈んだ形でトークは終了してしまった(×_×)

その後、久々にミニシアター“ソレイユ”へと行き、こそっと期待してた1作『いけちゃんとぼく』を(夕方からの)最終回で観て来た。こうして「寝だめ」「散髪」「ソレイユ」で1日が殆ど終わってしまったワタシなんだが、、まぁ、こう言うのんびりした週末もたまにはエエか、と。
(実家に電話すると、ワタシの帰阪を見込み、食材を大量に購入してたそうだが・・(×_×))

高知県の海にほど近い西ノ原町。
この物語の主人公=ヨシオは口うるさい母=美津子(ともさかりえ)、ヘタレな父=茂幸(萩原聖人)と共に暮らす少年。
そして、彼にはもう1人(?)「随分と前からそばにいるが、他人には決して見えない」“いけちゃん(声:蒼井優)”と言う不思議な友達がいた。

いじめっ子のたけし&ヤスに小突かれ、それでも“いけちゃん”を相手に語り、想像力を広げ、迷いつつ、不満&不安を感じつつもそれなりに日々を生きるヨシオ。
しかしそんなある日、唐突に父が事故に遭ってしまい・・

基本的に物語世界は子供向けであろう本作。CGや映像演出も、ある意味チープなので“大人が観て、満足出来るモノ”とも言えないんだが・・その中で妙に「大人向けの演出」「大人向けの格言(?)」がポロッと飛び出したりもして面白い。
逆に言えば「本作がターゲットとしてる年齢層って、どの辺やねん?」と不思議に思えても来る。

徹底的なワルは出て来ないが、徹底的なヘタレがあちこちにいるのは、実にリアルな感(⌒〜⌒ι)
劇中に登場する、特に女性キャラが全体的に“不満げ”“けだるい”のも面白い。

脇役陣には妙に力が入っており(=^_^=) “ひまわり牛乳・西ノ原販売所”の主(あるじ)=清じいを演じたモト冬樹の存在感はハンパじゃなかった!
子供相手に(容赦なく)飛び蹴りはかまして来るわ、子供同士のケンカ(とは言え乱闘気味だったが)に嬉々として(?)飛び入り参加するわ、、“和製ニコラス・ケイジ”の名をまさに欲しいままにしてた感だ(←流石にちょっと違って来とるやろ!)

萩原聖人も実際の人物像をそのまんま演じたはるようなヘタレぶり&退場ぶりが涙を誘う(←勝手に決め打つなよ!)。まるで『フォレスト・ガンプ/一期一会(1994)』に出て来たベンジャミン・ブルー(愛称:ババ)のように“とある1つのこと”に対し、異常な興味&執着を持っとる訳だが、そこに至ってしまった理由ちぅか経緯が全く劇中では語られず、不気味さだけが観客の心に残りもした(=^_^=)

あと『妖怪大戦争(2005)』でも、魔人・加藤を葬る大きなきっかけをもたらした「アイツ」が、全く同じ俳優による、全く同じ役名で登場しており、苦笑を誘った。
数ある(数いる)「アレ」の中で、何でアイツだけが大抜擢されたのか、そこは良く分かんないけど。。
(因みに両作とも、カドカワ作品ではある)

まず連想したのは『いま、会いにゆきます(2004)』だったろうか。
とある人物の強烈な思念(?)により起こる“超常現象”が1つの「軸ネタ」となってるんだが・・その人物の“ヨシオとの関わり”が客観的に眺めれば「意外に短期間だし、薄かろうハズなのに」と言うのが面白くも切ない。

“京ちゃん”なる、いつも笑ってる不思議な少年が出て来るが、太宰小説『人間失格』に出て来た「ワザ、ワザ君」のように、実は無垢であるが故に、主人公をときに畏怖させる一面があったりしてスゴい。

劇中で唯一、某人物が「呟き」にも似たセリフの直後「どう思う?」とカメラ目線で言葉を投げかけたシーンが(私的に)強烈だった。その人物にだけは“いけちゃん”の存在がどうやら分かっていたようである。

『となりのトトロ(1988)』じゃないけど“故郷と言う圏内で、幼少期と言うホンの短い間”にしか交流出来ない、そんな摩訶不思議な友達とその正体・・ワタシのアンテナはすっかり錆び付いてしまったようだが、、“今はまだ逢えない、運命の人物との交流”って言うのはイイもんやなぁ・・と素直に感じた次第である。

・・それにしても、イジメのシーン。観る子供さんによっては“フラッシュバック”“トラウマ”を呼び起こす、そんなリアルさがあり過ぎたようにも思いますたが(×_×)

〜 ほか、こんなことも 〜

♦「タマゴ+ちりめんじゃこ+ネギ+醤油」で・・実に美味しそうな一品になるんやね(=^_^=)
♦後半で『ネバーエンディング・ストーリー(1984)』なシーンが拝めます。
♦「殴られる瞬間、一歩前に入り拳を突き出すと、たまに相打ちに持ち込める」なる“ヨシオ理論”(=^_^=)
 更に発展させ「拳を“捻りながら”突き出す」ってのはどうやろ?(=^_^=)
♦ロケ地は「高知市浦戸町」「須崎市」など。何となく(今夏に)クルマで走った覚えのある海沿いの風景(恐らく高知市〜土佐市間)も登場した。
♦「怪獣カード」「よさこいビールの王冠」などのアイテムも。
♦トンボの首をむしって万華鏡に・・うげ(×_×)
♦『京うどん』の(手書き)看板「朝※時から夜そこそこまで営業してます」がちょっとトボケてて楽しい。
♦“軍艦長門”が大きく取り上げられてた! 艦橋の高さは何と“大和”以上らしい! 大戦中は(存在の)極秘扱いだった“大和”“武蔵”に比べ、より国民に親しみのあった日本海軍(連合艦隊)旗艦(?)こそが“長門”だったんかも知れない(・ω・)
♦飲んでみたい“土佐のかあちゃん”なる地酒。
♦ともさかさん、まさに“しゃくれ女王”ですな(・ω・)
♦漁港のいじめっ子は「櫂」を肌身離さないんやね。。

〜 こんなセリフもありました 〜

ヨシオ“海に沈むまでは「世界を掴める、世界を自由に出来る」と思っていた”
   “僕が生死の境をさまよったと言うのに、世界は何1つ変わらない。
    ・・何と言うことだ”
   “世界は、僕の生き死にとは関係ないんだ”
   「(腕)力で心を変えられると思うな
   「愚かな愚民共め!」 ←いきもの虐待!
   「なくもんか!」
   “上には上がいる”
   「早く大人になりたい」
   「それも、逃げて済ますのかよ!」
   「動き出したんだ」
   「考えるんだ」
   「いけちゃんって・・女?」
   「(今朝は)起きて、世界と戦う気力がない」
   「冒険は1人で行くべきなんだ・・でなきゃ“リアル”にならない」
   「この(負けの)連鎖を、終わらせなきゃ」

いけちゃん“あなたと過ごした時間が、とても短かったから”
     「いつまでも、一緒にはいられないから」
     「やり過ぎたね」
     「走ろうよ。楽しくなるよ」
     「こんなもんだよ」
     「夏が終わるよ」
     「夏を過ぎた男の子は“日向(ひなた)の匂い”がする」
     “私は、キミから見えなくなって行く”
     “私、あなたを待ってるのは得意なの”
     “遠い遠い未来・・いつか私を探してね・・待ってるから”

ヨシオ「僕は世界を変えられる?」
いけちゃん「大人になったら、分かるさ」

父「傷が前にあるのはな・・“勇気の印”だ」

母「どうなん? 息子に励まされるって」

清じい「“地球に優しい”牛乳瓶を割るとは“地球に優しくない”子やな」
   「(拳を)1日、千回握れ!」
   「すぐ(物事の)結論に行くヤツは、途中もヘボや」
   「大きい器には、水を溜めるのに時間がかかるんや

清じい「飲め。カルシウムたっぷりや」
みき「フルーツ牛乳がいい」
清じい「・・女の子やのぅ」

みき「この町に残ってるのは“ダメな側の女”なんや」

みさこ「私はやっと、翼を手に入れたんや」

△△△△「人は大人になると、我々のことを忘れてしまうんや」
    「そろそろ、別れの頃合いやで」

※※「昨日は言えんかった。“お前が友達や”言うこと、自慢に思うよ」

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2009年9月23日 (水)

☆『おくりびと(2008)』☆

21日(月曜)の夜。
この(先週末からの)5日間には(世間的にはシルバー・ウィークと言うそうだが、何か違和感が拭えぬ、、)暦通り休みが頂けることとなり、色々と遊びに(気分転換のドライヴなどに)出かける良い機ではあったものの・・最終日となり振り返ってみると、実にダラけた体たらくとなってしまった(×_×)

・土曜:午前中に帰阪。午後に大阪へ電車で出かけ、夜は神戸で飲み会(⇒午前様コース)
・日曜:岸和田へ電車で出かけ“地車(だんじり)祭”を見物
・月曜:昼過ぎまで寝だめ、ダラダラ過ごす。夜は家人と食事に行く
・火曜:早朝出発で山陰方面にドライヴ旅行に行くつもりが、雨模様らしく中止(=延期)に。結局ダラダラ過ごす。「コレではあかん!人間がダメになる!(←既になってる、とも思われるが)」と思い、夜に帰松することに決める

劇場にも行けてないじゃん! ってことで、今日行こうかなと考えてる。
急な出費が多過ぎ、もそっと自粛すべき状況かも知れないが、、

そんな中“JNN(ジャパン・ニュース・ネットワーク)結成50周年記念”で早くも“地上波初放送”された『おくりびと』を実家で観た。「ノーカット完全版」とか謳いつつ「CMカット」してるのがちょっと気に掛かるが、まぁこんなに早くお茶の間(←準死語?)に届けてくれること自体を素直に感謝するべきなのかも(・ω・)

“何とも覚束ない毎日を生きて来た”主人公・小林大悟(本木雅弘)が、突然の失職をきっかけに故郷=山形に妻・美香(広末涼子)と共に戻る。

そこで運命的に(?)出会った「納棺師」なる仕事に、佐々木社長(山崎努)とのタッグで奔走する大悟。
「これが天職か?」と次第に感じ始めるも、周囲からの風当たりはなかなかに強く。

そんな中、次第に大悟に近しい人々が亡くなってゆき、彼は自らの“おくりびと”としてのプロ意識を試されることとなる・・

流石に(公開当時)劇場で1度観てるので、展開に対する驚き&新鮮さ、ちぅのはなかったが「丁寧に撮ってるな」「脚本が走って(滑って)ないな」ってことに感心させられた。
もっとノーテンキ/ナンセンスに描く手段(演出)も、幾らでもあったろうが・・ギャグらしいギャグは軽い範囲に抑えている。

横で観てた家人が「広※さんがどうもねぇ」と言ってたが、あの立ち位置(価値観)の人物像を確立させるために、ちょうど良かったんではないかな、と思う。例えば壇※いさんを起用したりすると、トーンが狙い以上に重くなったり、“妻の心境の変化(の度合い)”が薄くなってしまったりする危険が伴うかも、と。
って訳で、※末さん起用は一見「ミスキャスト気味」にも思えるが、なかなかに微妙な「マッチぶり」ではあるまいか、と感じた。

〜 ほか、こんなことも 〜

・主人公以外の楽団員は「解散」を既に知ってた? みんな余りに「異議なし」過ぎ(・ω・)
・指で「1、、8、、」と妻に柔らかく(=^_^=)チェロの購入額を伝える大悟。クルマを黙って買った時も応用出来るテクかも(=^_^=) 妻「180万?」夫「いや・・」
・“安らかな旅立ちのお手伝い”をする「NK(納棺)エージェント」。因みに、本作の英題は“Departures(旅立ち)”と言うそうだ。
・CM込みで2時間半ほどの放送時間だったが、今回は(観て知ってるが故か)展開を早く感じた、、(・ω・)
・大悟「机の中、勝手に見たんだ」 美香「そんな問題じゃないでしょ?」ってやり取りにはやはり抵抗が、、 まぁ、最初に“大きな隠し事”をしてたのは大悟だったんだが・・
・「フランスパンの切り口に刺し身を載せて喰う」・・美味いかも!(微妙か?)
・山田辰夫さん(5分の遅刻に怒ってたご主人役)、杉本“ビリケン”哲太(「鶴乃湯」経営者の息子・山下役)の演技がやはり素晴らしい! 人目がなかったら、今回もワァワァ泣いてたと思う(ウルウルはしてしまった、、)。
・「鶴乃湯」のシーン(後半)では、大悟の存在のだいぶ後退してた感が(杉本&笹野高史さん(平田役)が瞬間的に場を支配してたか、と)
・佐々木社長&上村さん(余貴美子)との「その後」のエピソードも、ちょろっとは欲しかったかも。
・佐々木社長の「死ねないんなら喰うしかない」「喰うと美味いんだ」のセリフから「妻の死に際し、後を追おうとも考えたが、死ねずにこうして生きてる」「生きてみたら・・人生は面白く、素晴らしいんだよな」と語ってるように受け止めた。
・「母ちゃん、ごめんな!」のセリフはロビン・ウィリアムズの「君は悪くない」のように、これからもワタシの涙腺を刺激し続けて行くような気がする(⌒〜⌒ι)

〜 こんなセリフもありました 〜

大悟“丁寧に、厳かに、冷たくなった人間を蘇らせ、永遠の美を授ける。
   それは冷静であり、正確であり、そして何よりも優しい愛情に満ちている”
  「人の運命って面白いですよね・・何処でどうなるか、分かんない」
  「死、そのものが普通なんだよ!」

佐々木「ああ、君か・・電話より明るいね」
   「まぁ、これも何かの縁だ」
   「最初にしてはな・・ちょっと刺激が強過ぎた」
   「これ(=白子)だってさ、これだってご遺体だ」
   「死ぬ気になれなきゃ、喰うしかない」
   「美味いんだなぁ、困ったことに」
   「おい・・好きなの持ってけ。・・大丈夫!」

美香「大丈夫? ・・どした?」 ←思い返せばこの夜の・・(以下自粛)

上村「いつも直感で動くのよ、あの人」 ←オレもー!(=^_^=)

大悟「偶然ですか? ここを通りかかったのは?」
佐々木「運命だ」

※「一生あの人みてぇな仕事して、償うか?」 ←といきなり申されましても、、

平田「死(す)は終わりではなぐて、死をくぐり抜けて次へ向かう・・まさに“門”です」

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2009年8月18日 (火)

☆『ウルトラミラクルラヴストーリー』☆

18日(火曜)。昨日に夏期休暇を頂いたのだが、大阪の実家で夕飯を食べたり、とダラダラしてしまい・・結局は帰松が23時過ぎ、そこから家のことをごちゃごちゃやってたら、更に2時間ほどがアッと言う間に過ぎてしまった(×_×)
(まさに)自業自得ではあるものの・・今日はかなり、その疲れが出てしまってたように思う、日中。

さて、気を取り直し、仕事帰りにアーケード内のミニシアター“ソレイユ”で観て来たのは松山ケンイチ主演による恋愛映画(?)『ウルトラミラクルラヴストーリー』であった。

コレまでさんざ予告編映像を見せられ、その“疾走感”に期待値を高めてしまってたワタシ。物語の舞台が青森で、津軽弁がバンバン飛び交う辺りの設定も、珍妙な味わいを覚えてしまったモノである(青森県人の皆さん、決して悪い意味ではないですよ!)。

今回は、いよいよ“ソレイユ”で(スタンプを溜め)ゲットした「500円ご利用券」を窓口に差し出し、割引いた料金=1300円で入場したワタシだが・・この回の上映では「観客がワタシ独りだけ」なのが、少し寂しくはあったか(⌒〜⌒ι)

東京から“とある相談”のため、はるばる青森へとやって来た神泉(しんせん)町子(麻生久美子)。地元で有名な占い師=カミサマ(藤田弓子)の“ご託宣”は(必ずしも)彼女の期待したモノではなかったが・・

一方、無邪気にその日その日を生きる、25歳のエキセントリックな農業青年=水木陽人(ようじん)(松山)が町子に“一目惚れ”してしまう。
「いなくなってしまった」元カレ=島田要(かなめ)(ARATA)への想いを未だ断てない町子は、陽人の強引なアタックに閉口気味の日々、、

そんな中“とある事件”をきっかけに陽人の身体に、性格に“変化”が訪れる・・

「仕事、何時に終わるんですか?」「一緒に帰りましょう」「携帯の番号、教えて下さい」(←いずれも劇中では「津軽弁」だが(⌒〜⌒ι))・・余りに直球な、その連続アタックに戸惑う町子だったが、次第に陽人と向き合ってハナシをするようになってゆく。

そんなある日、陽人がばったり倒れてしまい・・

予想では「疾走感溢れる、無軌道&ナンセンスな恋愛ドラマ」だと思ってたが、、意外と「もの静か」で「間延び」した作品世界やなぁ・・と少し拍子抜けしてしまったワタシ。

東北地方ならではの人情演出(?)があちらこちらで炸裂するか?! と思いきや、そう言う傾き方もしなかったし、それ以上に「妥協なき津軽弁世界」には、監督の意地悪さ(?)すら感じてしまったものだ。正直、登場人物が“エエこと”を言ってると思しきシーンでも「何だ?!」と詳細が聞き取れない箇所が少なからずあった(×_×)

文化庁が支援してる作品らしいし、その辺り、重要なセリフには“標準語字幕”でもこっそり付け足して欲しかったなぁ。

結構観ててダラけちゃう(何せ、セリフ面で完全な理解が覚束ないので、、(×_×))割に、中盤以降「毒気の強い映像演出」がチラホラと飛び交い始め、それはそれで圧倒された!
ARATA氏の登場するシーンなど、かなりイッちゃってる映像世界だ!(あの場面では通行人が一切登場しなかったように記憶している・・“常人は覗き見ちゃいけない世界”だったんやろか?) アレは文化庁さん的には問題ないんやろか?(・ω・)

終盤も『ロボコップ2(1990)』『AKIRA(1988)』などを(何処か)思わせるテイストから『ハンニバル(2001)』っぽい感じにも物語が転がってて「何だよそりゃ!」と心中でツッコんでしまったな。アレも文化庁さん的にOKなんやろか?

松山ケンイチと言えば『デトロイト・メタル・シティ(2008)』においても九州出身の農業青年を好演してくれたが(=^_^=)、本作では(あちゃらに引き替え)どうにも不器用な兄ちゃんだった(×_×) 野菜を投げたり、粗末に扱ったりする言動ばかりが目立ってたな、、

終盤のキーワードがズバリ“クマさん”でもある本作。
チラシに謳われてるような“ハッピーファンタジー”のひと言で安直に片付けて良いモノなのか・・未だに首を“ハッキリ縦に振れずにいる”ワタシである(・ω・)

〜 こんなことも感じたり 〜

♦「好きな相手には、面と向かって好きと言う!」コレも直球ながら、大事なアプローチと言えるかも知んない(相手が酔ってたら、意味がないかも知んないが(=^_^=))。
♦黒板(=白板)にデカデカと「その日あった出来事」を書き殴ってる陽人。自己啓発の専門家も恐らく「ベリー・グッド!」などと絶賛しそうな、ご立派な日課と言えるのかも知んない。
♦ハリウッド映画『トランスフォーマー(2007)』シリーズの影響を受け、ガソリンをこっそり飲み続け「大変なこと」になってしまった中国の14歳の少年がいたが(←ネットで知った)、本作の影響で“アレのシャワー”を浴び続ける少年が現れないか、妙に気になってしまう(×_×)
♦“ジョニー佐古坪”って何モンだ?!
♦「見えてはならないモノ」ってあるんかも知れない。でもきっと、ソレが見えた時は「既に手遅れ」なんだろう。
♦エンドロール。「特殊造型」スタッフが、例のアレを手がけたんかな?

〜 こんなセリフもありました 〜  ※一部“意訳”してしまってるかも、、

カミサマ「焦るのは貴女の悪いところ。すぐに“答え”を出そうとするな。
     誰か他の人が・・その“答え”を出してくれるかも知れない」
    「生きてるもんは、死んだもんの声に耳をすますだ。
     死ぬまでずうっと、それ、続けるだ」

陽人「わ(=俺、僕)、喋り好きなんだ」
  「前のわと今のわ、どっちがいいべ?」
  「あ、そうか。わ、子供じゃねぇのか・・」
  「きっと“タートル”が“トータス”へなろうとしたんだべ」
  「行ってけ(=先に行って)!」
  「せばな(=じゃあな)!」

町子「何なのよ、ズケズケと! 両想い、両想いって!」

町子「総ての生物は“死ぬほどの恐怖を感じる”ことで初めて進化すると・・私は考えているの。
   あらゆる恐怖を取り除こうとしている私たち人間は、いつまで経っても進化出来ないんじゃないかな?」
陽人「わ、も野菜と戦争してるべ。毎日が“生きるか死ぬか”だべ」

陽人「やっぱり町子先生はスゲぇじゃ!」
町子「私も、誰かに話すのは初めて」

おバア「やっぱり他の人より“小さかった”みてぇじゃ」

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2009年4月25日 (土)

☆『おっぱいバレー/OPV』☆

24日(金曜)の夜。
今週も肉体的&精神的に疲弊の1週間となった。。
週半ばに1泊2日の強行軍(?)で、高知⇒愛媛を巡る出張行。600キロほどを走りまくり、尚かつ週始め&週末に帰阪するってことで、土曜〜土曜間に1000キロ以上を走行する計算となる(×_×)

また、肉体的なもの以上に精神的にもかなり追い詰められたり。
が、泣き言を言ってる訳にも行かないので、自分なりに限られたプライベートの時間内で“回復”させるしかない!

ってことで、今日は仕事後に市の北に位置する“ワーナー・マイカル・シネマズ高松”に出かけ、新作邦画『おっぱいバレー』を観て来た☆ 綾瀬はるか最新主演作ってことで、期待値も恐ろしく高かったし!(=^_^=)

ここの“ワーナー・マイカル・シネマズ”だが・・最新鋭(?)のシネコンだのに「全席自由席扱い」なのが笑えた。いや、ひょっとしたら最終上映(レイトショー)だったからかも知れないが・・もし日中から全席自由だったら、これはこれでなかなかに面白いと思う。

昭和54年(1979)の夏。「北九州市立戸畑第3中学校」に年若き女性教師が赴任する。彼女の名は寺嶋美香子(綾瀬)。
国語を担当する彼女は、勧められるままに(空きのあった)“男子バレーボール部”の顧問となる。
自身もバレーボール経験のあった美香子は「引き受けたからには!」と怖気をふるい部室のドアを開けるが・・そこにはバレーボールに対する情熱の著しく欠落した、ダメ男子生徒が5人、彼女の就任を待ち受けていたのだ。

「おっぱい鑑賞(と愛撫)」「童貞喪失」に対する異常なこだわりのみを維持し続ける、エッチで末頼もしい(=^_^=)部員たち。
いつの間にか美香子は「一勝でもしたら、おっぱいを見せる」と言う“公約(?)”を取付けられることとなる・・

それまで“女子バレーボール部”にも完敗していた“バカ部”こと“男子バレーボール部”だったが、、“おっぱい!”を合言葉に、部員らは俄然やる気を出し、練習に取り組み始める。
当初5人しかいなかった部も“城くん”と言うそこそこバレー歴のある下級生(1年生)を迎え、着実に力をつけて行く・・

“北九州・筑豊地区バレーボール大会”で「門司北中(?)」を不戦勝で破り、次に地域最強の「竜王中」を対戦相手に迎えた「戸畑3中」・・試合までの2週間、“城くん”の父(仲村トオル)の指導による強化合宿なども行い、更にチームワークを高める部員らだが、何処からか「“男子バレーボール部員”の頑張りは、顧問の女性教諭との間に“勝てばおっぱいを見せる”と言う約束があるからだ」と言うウワサが校内に蔓延してしまう。

いよいよ校長室に呼び出され、部員ら6人の前で「ウワサは事実ですか?」と詰問される美香子。
彼女の選んだ答えは・・

いやー、イイですね! 当初は「綾瀬はるかのおっぱいがホンマに見れるのか?!」とただそのオチ(?)だけがアタマの中で先走ってしまってたワタシだが(=^_^=)・・そう言う“イロモノ”で“ナンセンス”な先入観を見事に吹っ飛ばしてくれるだけの「しっかりとした作品世界の構築」がなされており“スポ根モノ”“ヒューマニズム系”としても十分に評価出来る完成度であった。

時に“姐御口調”でタンカを切りつつ、基本的には“流される系”“拒めない系”の主人公を演じる綾瀬さんは、ズバッとキャラクターにハマってて、とにかく素晴らしい! 彼女を支えるエッチな6人の生徒らも、基本的にダメダメな連中なんだが、劇中の何ヶ所かで「真っ当なこと」「実は大人でもなかなか出来ないこと」をやってのけたり、言ってのけたりしてくれ、観ているこっちが「オレだったらあそこで逃げたやろな・・」と恥ずかしさを覚えてしまったり(×_×)

「タイトルで損してますよ!」と思う一方「このタイトルは外せんでしょお!」と心の何処かで叫んでしまうワタシもいたりして・・とにかく、ノスタルジックで素晴らしい時間を手に入れることが出来た☆
壁や窓の落書きに「クイーン」「レッド・ツェッペリン」「(およげ!)たいやきくん」「ラムちゃん(うる星やつら)」が描かれてたり「インベーダーゲーム」「スーパーカー」「装飾自転車(デコチャリの一派?)」「シーナ&ロケッツ」などのアイテム&ワードが劇中にちりばめられてたり・・これはもう、少年期を過ごした当時を知る、かつ綾瀬はるかを好きな、オレのようなおっさん向けに放たれた“ピンポイントな破壊兵器”と捉えた方が良いのかも知れない(そうか?)

〜 こんなセリフもありました 〜

部員「ダメだ、こんなのじゃない」
部員「時速80キロメートル以上じゃないと、味わえない」

部員「これが“おっぱいの感触”・・」
部員ら「おっぱい、最高!」

部員「“おっぱいなし”でバレーやろうって奴が、ウチの学校にもいるんだな」
  「戦わずして勝つ、を“不戦勝”と言います」
  「♪燃えろ、いい女〜 燃えろ、美香子〜」
  「これが最後かもな、皆で何か出来るのも」

美香子「(高村光太郎の)“道程”は私の大好きな詩集です」
部員ら「女教師は童貞がお好き!」

美香子「頑張ることを教えるのが、私たち教師でしょう?」
   「あなたたちが本気で頑張るなら、先生、何でもするから!」
   「何でそんな真っ当なこと、ここで言うのよ」
   「まずはボールと友達に」
   「あの子たち、バカみたいに頑張ってる」
   「私のおっぱいを見るために、頑張りなさい」←ここのシーンが好き!
   「このおっぱいは、みんなの夢なのっ!」
   「ごめんね、もう嘘はつきたくないの」
   「また失敗しちゃいました」
   「私はあんたたちの先生なのよ!」
   「いい教師になろうって決めたの」
   「そのおっぱい、でか過ぎ!」
   「いい男になれよ!」

部員ら「おっぱい! おっぱい!」
美香子「やめろ、その掛け声!」

城くん「“Aクイック”も知らないなんて!」
部員「Aってナニ? やらしいこと?」

城くん「僕は(不戦勝とかじゃなく)もっとスッキリした気分で(おっぱいを)見たいんです」
部員「見たらスッキリするって」

竜王中の顧問「お前ら、命かけてやってんのか!」
      「死ぬまで走って来い!」
      「全員チェンジ!」

同僚「勝つと、イイですね」
美香子「ダメよ! 勝っちゃ」
同僚「あ、そうか」

教師「岩崎、パンツ見えてるぞお前」

先輩「おっぱいか・・いい先公だな」
  「お前ら! それで負けたら、男(←漢?)じゃねぇぞ!」

美香子「“おっぱいの約束”なしでも、勝ちたい気分になって来たでしょ?」
部員「・・いや、全然(きっぱり)」

同僚「中学の時に学校に泊まるのって、思い出に残るんスよね」

原田先生「お前、教師にでもなったらどうだ?」

女子「何かさ・・カッコ良く見えない? 最近の男子って」

城くんの父「“当たり前をしっかりやるチーム”が一番強くなる」
     「目的なんて、いいんですよ」
     「ナイスおっぱい」

追記1:美香子先生がもっと人間的に弱かったら『嫌われ松子の一生(2006)』のように(教職を早々に離れ)転落して行った気がする(×_×)
追記2:エッチな5人+清楚な女性教師って図から、往年のコミック『ハイスクール!奇面組』の奇面組メンバー+若人先生を連想してしまった。のわ〜!
追記3:時速60、80、100キロがそれぞれA、B、Cカップに相当するらしい! また高速を走りながら試してみようっと(=^_^=)
追記4:教師&生徒の“オンタイム”な世界に描写を固め過ぎる余り、それぞれの私生活(家族構成)などは殆ど描かれなかった。城くんの母親、美香子の元カレのエピソード程度は、もう少し描写の幅があっても嬉しかったかな?
追記5:街角の劇場(萩原国際劇場)には『小倉栄町ゼロ番地』『エビ星人の逆襲』の新作看板が・・どっちも怪しそう(=^_^=)
追記6:竜王中の体育館に貼られていたプラカードの文言がすごい! 「全力でなき者は死すべし」とか書かれてましたで、、
追記7:「11PM」で放送された“大人のマル秘スポット”とは・・?!(=^_^=)
追記8:竜王中の「逆襲の仕方」がもの凄い! 部員でなくとも「さっきの※※?」を耳を疑ってしまうことだろう(⌒〜⌒ι)
追記9:相手の本心、相手の行動の真相などを知ることで、人間は変わるものやな、と改めて教えられる。人間とは「弱い者」であるが「気付くこと」で「変われるもの」だと信じたい。
追記10:市毛良枝さんが良い雰囲気を出しておられた☆
追記11:エンドタイトルで「バレーボール監修:大林素子」のクレジットが! 本格的やね!

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2009年4月24日 (金)

☆『相棒~劇場版~/絶体絶命!42.195km(2008)』☆

〜 放置せし “映画メモ”をばごそごそと 独りごつたる 春の宵かな 〜

って感じで(どんな感じ?)忘れかけてたのを(今更ながら)書いてみる。。

さる3月29日(日曜)、本格的な“高松単身生活”の始まる寸前、高松市内の某ホテルで鑑賞したのが『相棒~劇場版~/絶体絶命!42.195km』であった。

劇場公開当時にも観た本作。今回は「1チャンネル=瀬戸内海テレビ(テレビ朝日系)」の『日曜洋画劇場』で“テレビ朝日・開局50周年記念”とし地上波初放送されたもの。

オリジナル版では杉下右京(水谷豊)&亀山薫(寺脇康文)の2刑事がメインとなり事件を追う展開だが、今回は“TVヴァージョン”って感じで、新たに“特命係”に配属されてる(?)(ドラマ版を全く観てないので、どう言う展開になってんのか分かんない、、)神戸尊警部補(及川光博)がロンドンにいる(←何故?)杉下警部に(東京から国際電話で)連絡をとりつつ「東京ビッグシティマラソン襲撃事件」の真相を探ろうとする・・みたいなドラマ仕立てとなっていた。

恐らくは、制作側の事情から(=^_^=)鑑識担当・米沢守(六角精児)もちゃっかり(不必要っぽいながらも)冒頭シーンに登場☆

セントラルテレビ「ニュースエクスプレス」の看板キャスター=仲島孝臣の縊死体の発見を皮切りに、ネット上の匿名掲示板“人民法廷・処刑リスト”に掲載された著名人が次々と謎の死を遂げてゆく。

それぞれの事件現場に残された「f6」「d4」「e4」などの赤色(缶スプレー)文字に眼を付けた杉下は、独自の推理で容疑者を追い詰めてゆく。
やがて犯人の狙いが「東京都走/東京ビッグシティマラソン」での大規模なテロ行為に繋がるであろうことを掴んだ杉下&亀山は、とある“最先端システム”の助けを借り、遂に犯人を突き止めるのだが・・

今回も劇場鑑賞時と同様「後半から終盤にかけてのペースダウンが、観ててツライよなぁ」と感じた。“ああ言う方向”に物語を曲げてゆき、ヒューマニズム路線を歌い上げるのが決して悪い訳ではないんだが・・どうも犯人(黒幕)の精神構造に一種の破綻を感じずにはいられない(・ω・)

徹底的に“流血”にこだわる犯人像がある一方で、徹底的に“無血”にこだわる犯人像もあり・・その2つの犯人像が、2度鑑賞しても「なかなか結びつかない」のである。。

〜 こんなセリフもありました 〜

杉下「特命係は、いつも“かやの外”ですよ」
  「見慣れた記号ですからねぇ」
  「さらなる処刑の続く可能性が、極めて高いと言うことです」
  「もし犯人が、殺人をゲームのように楽しんでいるとすれば・・到底許されるものではありません」
  「犯人の動機の見えないのがいささか・・」
  「この手は、明らかに間違っています」
  「僕も向かいます!」
  「妙だと思いませんか?」
  「あなたは死んではいけません!」
  「まだ終わっていません!」

小野田「人は“忘れる生き物”だからね」

杉下「もうおしまいにしましょう」
黒幕「・・止めないでくれ」

杉下「あなたには、見事に翻弄されました」
黒幕「(手錠のかけられた両手首を見せつつ)でも、この通りですよ?」

杉下「あなたはまだ“最後の1手”を残している」
黒幕「ああ、あなたは賢い方だ・・」

追記1:『アナザヘヴン(2000)』での役柄同様、不気味さの光ってた柏原崇氏。結局、セリフらしきセリフも殆どなかったような?
追記2:警視庁の某部屋には「古轍」と書かれた額が飾られていた(・ω・) 「虎徹」じゃないんやね。。
追記3:特命係のPC。メールの着信音「ブォ〜ン!!」が『宇宙戦争(2005)』ぽくてエエ感じ(⌒〜⌒ι)
追記4:ヒロイン的存在(?)の守村やよいが「電話ボックス」を使って連絡するシーンが妙に新鮮だった☆ イマドキの女の子の「電話ボックス利用率」って実際のトコ、どんなもんやろ?
追記5:劇中で“第91代・内閣総理大臣”と紹介されていた御厨(みくりや)元総理(平幹二朗)。実際には福田“W・H・メイシー顔”康夫氏が第91代総理となるそうだ。
追記6:劇中の(東京都走の)優勝タイムは2時間10分43秒。
追記7:海外から届けられた「1通の手紙」が読み上げられ、本編は終わる。この終わり方は(改めて)なかなか良いな、と感じた。

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2009年1月 9日 (金)

☆『イヌゴエ/幸せの肉球(2006)』☆

2日(金曜)の夜。お借りしてたDVD(ディスク)で『インディ・ジョーンズ4/クリスタル・スカルの王国(2008)』を観終えた後、地上波(京※テレビ)の「新春シネマ指定席」なるプログラムで放送された『イヌゴエ/幸せの肉球』を観た☆

以前も同じ「※都テレビ」で何気なく観て、すっかり引き込まれてしまった本作。

当時のレビューは下記ページで「2008年8月18日 (月)」の記事をご覧下さい。

http://tim3.cocolog-nifty.com/blog/cat30597103/index.html

誕生日を間違えたことで、結婚前提だった(?)年上のカノジョ=涼子に出て行かれてしまった主人公=凌。彼女が良く立ち寄ってたペットショップ“ペットハウス・グーパース”(←以前の記事では“グーパーズ”と書いてましたが正しくは“ス”でした、、)を起点に、彼女の声でぶつくさ喋る不思議なオス犬(=^_^=)「ペス」を連れ、凌の“彼女を探す”旅は続く・・

今回は、作品の細かい部分に眼を見開き、耳をそばだたせ、より入念なメモ作業に没頭してしまってたかも(←いや、ちゃんと画面も観いや!) それ故、冒頭&終盤で2度登場するセリフ

「なぁ、うちら結婚しいひん?」

の“重要さ”をしっかり受け止めることが叶った☆

そう言えば、今夏に“岐阜・郡上八幡”に日帰りドライヴツアーした際、早朝の「郡上八幡駅」構内にいた地元の女学生さんが発した「電車、行ってまった!」の言葉に“何とも言えぬ郷愁感”を味わったことを思い出すなぁ・・(・ω・)

改めて、岐阜弁の女性は良いぞ〜! と感じてしまったモノだった。
(とは言え、怒らせてしまうと“くそだわけが!”と毒づかれるんでしょうけど、、)

〜 こんなセリフもありました 〜

涼子「あたしらって今まで何やったんやろね」

凌「ああ、出てっちゃったか・・」
 「わざわざフィルムで撮って現像するなんて、流行らないのかな」
 「(結婚も)考えてないことはないんだけど・・実感がなくてさ」
 「今度と言う今度こそ終わりだあ・・こう言うもんなんだ・・」
 「さっきのは絶対、涼子の声だったよなぁ?」
 「近付いてるのに、だんだん引き離されてる感じ・・やっぱダメだったのかな」
 「見とけよ、男の生き様を・・」

さとみ「“賭け”に出たんだ・・その子」

ペス“抱かんでええて・・な、近寄らんといてて、タバコ臭いて”
  “ええって言っとるやん・・ええ加減にしとかんと、バリかいてまうよ”
  “しっこしとなってまった”
  “何やてここ? 落ち着かへんとこやなぁ・・変なにおいしとるし”
  “タバコ臭ぇ言うとるやろが、このくそだわけが”
  “腹へってまった、ぺこぺこやて、ぺこぺこ”
  “あかん・・坂道、急過ぎてあかんて”
  “うっさいて!”
  “急に恥ずかしくなってまったでかんわ”
  “どこまで行く気やて”
  “息苦しいてあかんて”
  “なぁ、これどう言うことやて”
  “ホントこっすいヤツやね”
  “やったったわ、やったった”
  “覚悟しときゃーよ”
  “交尾ってどんなんなんやろうね、気持ちええんかなぁ”
  “これどういうこと、なぁて”
  “凌って、いっぺんうちのこと間違って涼子って呼んだんよ”

保健所員「この土地の人やないんやね」
    「お前らは、モノやねぇのになぁ・・お前らも飼い主、選べりゃええのになぁ」

セールスマン「タバコやめよかな? 絶対やめたほうがいい、タバコやめんとなぁ・・だって売れる訳ねぇんだもん」
      「こいつら、本能で生きてっからしょうがないよね」

追記:確実なロケ地とし「JR王子駅」「静岡県小山町の“旅館こざる”」を確認(・ω・)

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2009年1月 3日 (土)

☆『劇場版いぬゴえ(2005)』☆

1日(木曜)の深夜、地上波チャンネル(京※テレビ)で“新春シネマ指定席”とし放送された『劇場版いぬゴえ』を観た。
昨夏に、同じチャンネル(※都テレビ)で放送された『イヌゴエ/幸せの肉球(2006)』を期待せずに観たら・・コレがなかなか良くて(その1作目である)本作の放送を、実は「じっと待ってた」ワタシでもあった(=^_^=)

いや〜、ついに観ることが叶いました☆
年初めの1本が「TV鑑賞」と言うのはちと悲しい感もあるが・・まぁ楽しけりゃエエんですよ!

主人公・芹沢直喜(山本浩司)は人一倍“におい”に敏感な青年。その特技(?)を最大限に生かし、彼は「臭気判定士」の資格を取得、(消極的ながらも)それを生かした仕事に就いている。

そんなある月曜日。父から電話が架かって来る。「旅行に行く間、拾い犬を預かってくれ」なる唐突な内容。
一方、外出時はマスクを常用、自宅(品川区内のアパート)でも換気扇を回し、常ににおいを籠らぬようにする直喜の徹底ぶり(潔癖ぶり?)には、付き合ってる同僚=はるかすら閉口するのだった。

火曜日。芳香剤メーカー「マーブル」に呼ばれた芹沢は、新製品「世界の名所の香り」のラインナップのうち、一番親しみある(?)「日本海の香り」をテストで嗅ぎ、その強烈さに失神してしまう・・
目が覚めると・・いつの間に運ばれたか、彼はベッドに横たえられており、そして傍には1匹のフレンチ・ブルドッグが、、どうやら父が(寝てる間に)承諾なく強引に押し付けていったものだった。
残された「父より」と書かれた伝言のDVD(に収録された映像)によれば、彼は1週間ほど尼崎へ同窓会に出かけるらしい。
「仲良ぅやって」と語り、さっさと終了してしまう父の映像、、「どうすんだよ、もう~!」と思わず叫んだ直喜の耳に、回り続ける換気扇に対し「寒いな」「寒いね」とぶつくさ呟く声が聞こえて来た・・フレンチ・ブルドッグが喋っている?! それも関西弁で?!

こうして、直喜とこの不思議な拾い犬=ペスの1週間が始まるのだった・・

続編と言うべき『イヌゴエ/幸せの肉球』に比べ、よりリアルに物語設定を作り込んでる印象を受けた本作。続編では良く分からなかった“何で急に、主人公にイヌの声が聞こえるようになったのか?”のヒント(らしきもの)が劇中で語られるし、劇中で主人公に絡む人々の抱える“ドラマ”が妙にシリアスに、ヘビーに響いて来たりもする。
序盤〜中盤の展開や、続編の印象などから「つまりは恋愛映画かな?」と思って観ていると・・結構な“どんでん返し”に驚かされてしまう。
「もっとすんなり進むやろ」と油断してたワタシからすれば「子供には難解(ってか微妙)な演出が続出!」とも警告しときたいぐらいだ。
「動物を描くように見せつつ、実は人間こそが描かれてた作品」とも言えるんではないだろうか。
(そう言う意味では、続編の方が“よりファミリー対応”と言えると思う)

表面をなぞるだけの(一過性の)関係であれば「温和で丁寧で親切な人」が・・1歩、プライベートな領域に踏み込んだ瞬間に“豹変”する・・と言う演出はホラー作品のテイストにも(ある意味)通じる部分があり、ハッとさせられる。

また、続編以上に「人間同士の会話の中に、イヌの呟きがガンガン割り込んで来る」ってノリからは、赤塚不二夫のコミックや、ウディ・アレン監督の『アニー・ホール(1977)』などを連想させられた。
これを更に磨けば、凄まじいコメディに発展させることが可能ではなかろうか?!

あと、本作の特徴とし「主人公の対話シーンにおいて極力、カメラが寄らない」と言うのがある。慣れぬ内は「もっと寄って、人物の表情を見せてくれろ!」と思っちゃうんだが・・慣れて来ると、これはこれで“傍(はた)から眺めてる感”が良く出ていて、気にならなくなって来るから不思議だ(=^_^=)

意外とハリウッド大作でも、今後「斬新なカメラワーク」とし多用されるようになるんかも知れない(=^_^=) ←ないってば!

〜 こんなセリフもありました 〜

直喜「(においの原因は)ここだすね」
主婦「今、“だす”って言った?」

はるか「マスクやめた方がいいよ、どんどん過敏になっちゃうよ」
直喜「だって臭いじゃない、世の中」

直喜「石橋は叩いた方がいいの」
はるか「叩き過ぎると壊れちゃうよ」
直喜「壊れるような橋、渡らなきゃ良かったってことでしょ?」
はるか「屁理屈ばかり、つまんない・・帰る!」
直喜「あれ?怒ってる?」

力石「(イヌの名が)ペルだったら飼うのに」
直喜「良かったな、ペル!」
力石「さっきペスって言ったろ! ・・ってか、こう言うやり取りがウザったいんだよ!」

直喜「今、思い出し笑いしてただろ?」
力石「してねぇよ!」

はるか「“ワンワン”ってのが解読出来るわけ?」
直喜「ちょっと違う」

ペス“何やこの甘ったるいにおい? これアレやな、糖尿やな” ←男子トイレで
上司「調子いいんだよ~、最近」 ←勢い良く用を足す
ペス“死ぬな、こいつ”

はるか「もう直ちゃん家、行けないから」
ペス“あのメス、昨日のメスや・・絶対な・・2回は「した」な、間違いない”

父「お父ちゃんやけど・・イヌ、元気にしとるか?」
直喜「イヌが先かよ!」

父「三枝(さえぐさ)の野郎、チョッカイかけて来よったんや」
直喜「誰だよ! 三枝って」

父「お母ちゃんはバツイチやない、(父ちゃんと結婚出来たから)マルニや。
  お前はいっつもマイナス採点や、もっとポジティヴに生きな」
 「何でも、やってみた方がええんや」

ペス“また甘いにおいのおっさんや、堪らんちぅねん・・この前より悪ぅなってるわ、どんどん広がっとるわ”
  “苦しいて、息出来へんて”
  “腹減ったのぅ、ごっつメシ喰いたい”
  “人間は臭いのぅ、、臭いのぅ”
  “ごっつ※※したいのぅ” ←※部分に吠え声“ワンワン!”が入る(=^_^=)
  “人間なんて大っ嫌いなんじゃ!”
  “泡が眼ぇしみるっちぅねん”
  “とことんやったろか? やったるわ!”
  “助けたらなあかん、早よせな、手遅れになってまう・・あの子は可哀想やねん、毎日毎日ぶたれとるんや”

篠塚「イヌになった気持ちで接すると、何となく通じ合うものです」
  「イヌは飼い主に似る、とは良く言ったもんですな。恐らくあなたが本気で話していないからでしょう。
   眼を見て、本気で話したいと思わなければ(イヌの声は)聞こえないものです」

直喜「何だか、ずいぶん遠回りしたな・・」
  「良くないよ、動物虐待」
  「難しいな、人間って奴は・・でも言えて良かった、かな?」
  「人が生きてりゃ、においはするんですよ! 個性ってことでいいんじゃないですか?」

ペス“色々おもろかったな、恋のキューピットになれんかったな・・お前のにおい、嫌いやなかったで”
直喜「おおきに・・ってか、会話成立してんじゃん! 聞こえてたのかよ!」
ペス“・・最初っからな”

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2008年9月23日 (火)

☆『男たちの大和/YAMATO(2005)』☆

21日(日曜)の夜。
久々に地上波で放送されたのが『男たちの大和/YAMATO』であった。

拙ブログでは昨年4月11日の記事で“地上波初放送”された際の鑑賞レビューをやや詳しくアップしているが、今回もまた後半・・と言うより殆ど終盤であったが、(残り)約40分ほどのみをだらっと観た。

TVを点けると、既に一番艦=大和が上空からの凄まじい敵襲を受け、かなり形勢不利となっている状況だった。

激しい銃撃&爆撃にさらされる甲板の映し出されるヴィジュアルこそはなかなかに迫力あるんだが・・交互に映される敵戦闘機の飛来映像などは、如何にも「別に用意した映像を編集作業でもってくっつけました」って風で、観ててかなり興醒めしてしまう(・ω・)

戦艦大和の全体像を上空から映すアングルなどもときに挿入されたりするも・・画質や映像のトーンが甲板部のそれと全然違うので、やっぱり吸引力が発揮されない。
加えて、準主役であった(ハズの)反町隆史のキャラが思った程目立っておらず、残念。

たぶん、激戦突入前の(彼の)言動をしっかり辿っておけば、そんな違和感も感じなかったワタシだろうが・・

その演技・・どうですか? と感じたのはヒロイン役=鈴木京香さん。ヴィジュアル的にはかなり好きな女優さんなのだが、何とも「懸命に演じてます」って印象が強過ぎ・・「巧くない、、」としょっぱさを覚えて仕方なかった。

主人公的な兵卒を演じた松山ケンイチは、やがて年老い、仲代達矢演じる漁師に変わるんだが・・『用心棒(1961)』『椿三十郎(1962)』での(若き日の)仲代さんの印象が強く残ってしまってるワタシは・・「現在が仲代さんだとしたら、若い頃は“松山顔”とは全然違うだろ!」とここにもギャップを感じまくった。

が・・終盤でやはりボロっと来てしまったのは、主人公の(戦死した)友人の母を演じた余貴美子さんの

「あんた、死んだらいけんよ! 死んだらいけん!」

なる悲痛な叫びであった。

現代の(一連の)シーンにおける何とも言えない“わざとらしさ”に、観てて背筋がゾクゾクしてしまった今回の鑑賞だったが・・余さんのあの言動だけは、かなりグッと来ると思う。

ベテランの佐藤純彌が監督を務めたが、この人『ゴルゴ13(1973)←高倉健ヴァージョン』『北京原人/Who are you?(1997)』など「企画段階で断っとくのもプロなのに」と思っちゃうルナティックな作品も手がけてたりし、ちょっと私的には評価の定めにくい人物ではある(⌒〜⌒ι) ウパ〜!

http://tim3.cocolog-nifty.com/blog/2007/04/index.html

※参考リンクです。

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2008年9月21日 (日)

☆『おくりびと』☆

21日(日曜)の午後、大阪市内へ繰り出し新作邦画『おくりびと』を観て来た☆ 劇場は“なんばパークスシネマ”。
とにかく駅から歩かねばならず、私的には「平日夜にチョイスする可能性の極めて低いシネコン」でもある。

「葬儀関係の仕事に奮闘する主人公のドラマ」ぐらいしか前知識はなかったが、世間的には結構評判が良いらしく、シアター内も混んでたし、何より(観客の)年齢層が高めなのが印象的だった。

・・で、観終わって感じたのは「ワタシの中で、今年ナンバー1の邦画となるかも!」ってことだ。

どうにも物語とかタイトルなどが“地味”な印象なので、CMや特番をがんがんやって集客を狙う、ちぅタイプの作品ではないように感じるんだが、宣伝が地味であろうとも、その分どんどん“クチコミ”でヒットして欲しい1作だし、そのために拙ブログが少しなりと「訪問者さんの食指を動かす存在」となれたら良いな、と願う次第だ(・ω・)>

プロのチェロ奏者を目指し「一緒に世界各地を演奏旅行しよう!」をプロポーズの言葉に、美香(広末涼子)を妻とした主人公=小林大悟(本木雅弘)。
だがある日、曽根崎オーナーの「解散します・・!」のひと言(&一礼)により楽団は突然に“死”を迎えてしまう。
大悟の手元に残ったのは、借金して買った“1800万の高級チェロ”のみ・・
自身の奏者としてのレベルが限界(=ソロでは食べて行けない)であることを悟った彼は、妻と共に故郷・山形へ戻る。

そんなある日、新聞で「高給保証」「未経験者歓迎」などの文句が踊る“NKエージェント”なる会社の正社員募集広告を目にした大悟は“安らかな旅のお手伝い”の事業説明コピーに「旅行代理店だろうか?」と疑問を感じつつ、面接に向かう。
彼の差し出した履歴書に殆ど目も通さず「採用!」と言い放ったのは同社々長=佐々木(山崎努)。

何やら過去ありげな事務員=上村(余貴美子)と3人での運営となった“NKエージェント”だが、その業務内容は・・「納棺(NK)」であった。
様々な“年齢層”で、様々な“境遇”を経て亡くなった人々を“おくる”納棺師の仕事をこなしてゆく大悟。

そんなある日、彼の仕事を知ってしまった美香は「そんな恥ずかしく、汚らわしい仕事は辞めて!」と夫に切り出すのだった・・

序盤こそ「おっかなびっくり」で観始めた(俺だけ?)観客に「意外なツボ」で笑いを提供してくれる流れだが、次第に取り扱う“おくられびと”たちの境遇が大悟自身の人生に密接に関わって来る構成がなかなか。
幾つかのケースで「(亡くなった当人に)反発する人間」「(納棺師を)歓迎しない人間」などをまず配しておき、そんな彼らが“納棺の儀”を眼にする事で「変わって行く」展開に持って行くんだが・・ここで

「反発していた人間(=代表的なご遺族の1人)が、棺のふたが閉まろう、とする寸前に泣き崩れるシーン」

があり、そのうちの2シーンでは泣けて泣けて仕方なかった。珍しく「へぐっ」だか「ぐすくっ」だかの嗚咽が漏れてしまったし・・情けなや(⌒〜⌒ι)

「舞台が山形県であり、庄内弁が飛び交う」「割と贅沢に(?)庄内地方の四季が描写される」「主人公らの食事シーンが意図的に盛り込まれる」ってポイントに、何処となく“藤沢周平作品へのオマージュ”が見え隠れしてたようにも妄想するワタシ。
ま、あちゃらは時代劇なので、根本的には全く違うんだけどネ。。

主人公が「その筋では新人」と言いつつ、流石に「もはや青臭い若者とも言えん年齢」・・ってことで、ある程度の「成長シーンの割愛」が入ってたのは小気味良かった。

「深夜の電話で呼び出され、駅前のホテルで首吊り自死した客を“おくる”」ってな仕事などは「うげ〜、それをいちいち描くの?」と不安にかられてたら・・翌朝にシーンが切り替わり、大悟が佐々木&上村に「無我夢中でやりました」と報告するに演出がとどめられてて「よっしゃ!」と思わず喝采を送りたくなったり(=^_^=)

物語のあちこち(特に中盤まで)に「職業差別?」と思わせるような言動が、主人公の周囲で描かれたのは少し重かったか・・結局そこには余り踏み込まれぬまま、残りの物語が無難に(?)進行したようでもあった。確かに、微妙な問題やしね、、

まぁ、何はともあれ「いま、生きている人」「いつか、死ぬ人」(=^_^=)はなかなかに必見かと!

〜 こんなトコロにも注目したり 〜

・1つの“只の石ころ”が父から子、そして孫へと受け継がれることだってある
・孤独死して2週間が経ち、ようやく発見された老婆。『デスペラード(1995)』に登場した“世界一汚いトイレ”に対抗し得る“映画史一汚い、腐乱遺体の眠る日本家屋”が拝める(やめんかい!)
・劇中で製作された「良く分かる“納棺の儀”解説DVD(業務用)」をDVDソフト発売時「ボックス版」に特典として付属すべし!(=^_^=)
・「鮭が故郷の川を遡上する」ってなシーンは映画史の中でも珍しい映像かと!
・どうやら棺のフタは「重い!」らしい(・ω・)
・同じ脚本をベースとした“山田洋次監督ヴァージョン”と“故・伊丹十三監督ヴァージョン”が観てみたいものだ(・ω・) ←無理!
・かつて『天国と地獄(1963)』で“究極の悪”を力演した山崎努氏も今や老境に・・
・一度は実家へ去った美香が、ひょっこりと戻る後半。あそこにも「“1人の人間”が家族を繋ぐ」ってドラマが底辺にあった
・『ねらわれた学園(1981)』で“学園を狙ってた(←まんまや!)”峰岸徹さんも、だいぶ老けはりましたねぇ・・
・「米沢牛サーロインのすき焼き」「河豚(フグ)の白子の塩焼き」・・うーん、美味しそう(・ω・)
・井戸水を汲み、薪で沸かしたお風呂は“熱いが(肌には)チクつかない”らしい
・美香さんの“ウェブデザイナー”としての手腕は未知数なままだった(=^_^=)?

〜 こんなセリフもありました 〜

大悟「子供の頃に感じた冬は、こんなに寒くなかった」
  「色んな意味で、このチェロは僕には重過ぎた」
  「・・付いてるんです・・“アレ”が」
  「それまで夢だと信じていたものは、夢ではなかった(=重い現実だった)」
  「人生最後の買い物(=棺)は・・他人が決めるのだ」
  「僕は一体、何を試されているのだろう?」

佐々木社長「大丈夫、大丈夫」
     「サボテン・・咲いたなぁ」
     「練炭自殺だな・・(遺体が)傷んでいない」
     「・・やってみるかい?」
     「ちゃんと(遺体の両足を)持て!!」
     「生き物は生き物を喰って、生きている」
     「同じ喰うなら・・旨い方がいい」
     「これが旨いんだ・・困ったことに」
     「君の“天職”だ」

上村「左の(棺)は合板、右の(棺)は総檜。燃え方も灰も、おんなじだけどね」

※「お前ら“死んだ人間”で喰ってんだろ?」
 「あいつ・・今迄で一番奇麗でした」
 「ありがとう・・また逢おうの」
 「死は・・“門”だ」

大悟「ここをたまたま通ったんですか?」
佐々木「偶然じゃない・・運命だ」

追記1:物欲にどっぷり浸かってるワタシなどは「買う」「遊ぶ」が人生の醍醐味だと思ってるんだが、、「喰う」「話す」こそが正しく“生きる”ために本当に必要な要素なのかも・・
追記2:本木雅弘氏。今や「監督」「作品(脚本)」を“自由に選ぶ権利のある”希少な存在の“ホンマもんの俳優”であろう・・と思わせてくれる。“邦画界の至宝”的存在に近付いている気すらする・・

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2008年8月26日 (火)

☆『イノセンス(2004)』☆

少し前、民放で深夜に放送されたモノを録画⇒鑑賞した。

・・が、難解な格言の洪水(・ω・)を前に、少し観ては疲れ、また少し観ては中断、、とただ観るだけだってのに(=^_^=)なかなかはかどらず・・結局4夜(18日(月曜)、19日(火曜)、23日(土曜)、24日(日曜))に分割しての鑑賞となってしまった。。

もしかして、俺って・・ファン?!(⌒〜⌒ι)

製作費20億円&制作期間3年を費やし、押井守監督がアニメーションを“1つの極点”に到達させたデジタル動画絵巻とも言える作品。

情報網が世界を覆い尽くし、人間とガイノイド(ロボット)が共生する2032年の未来が舞台。
アジア圏と思しきその電脳都市では、所有者を惨殺直後、ガイノイドが自壊(=自己破壊行為、のような意)する、と言う奇怪な事件が続発。
事態を重く見た電警(電脳警察)は公安にも捜査協力を要請。公安9課の部長・荒巻はベテランであるバトー、イシカワの2捜査官に新メンバーとしトグサを任命、彼らは独自のダーティなやり方で、事件の真相に迫ってゆく。

かつての上司であり“相愛の仲”でもあった草薙素子(通称:少佐)が失踪して以来、何処かクスぶっているバトーは、この事件を追う内「ひょっとして彼女と“再会”出来るのではないか?」と考え始めるのだった。

うーん・・物語が「現場から新たな現場へ」「聞き込みから強行捜査(?)へ」と、実に分かり易い展開で進んで行くのに引き替え、登場人物の「永遠に続くかのような言葉遊び」のねちっこさって何や?! と改めて閉口させられた。

きっとどのキャラも監督自身の“分身”に違いなかろうが(=^_^=)、人間を超える知能&記憶力を持ち、本来“会話”など極力少なくて済むであろう存在のサイボーグ(バトーら)が妙に饒舌で、それ故「人間臭く」見えて来るのが面白い。
私的には・・どんどんロボットやネットを用いて利便性を高めてゆけば、最後には「端末の前に座し、端末に接続するのみ」ってな必要最低限の移動行為しか人間は必要としなくなるんじゃないか? と思ってるんだが、劇中のバトー&トグサはとにかく(昔ながらの捜査みたく)歩き回るのである。
この辺りは「未来におけるあるべき生活の姿」をきっちり予想してるのか、予想した上であえて皮肉っぽく「その逆」を描き切ってるのか、興味津々ではある。

便利そうな世界にはなってるけど、人々の「顔」が前作(『攻殻機動隊(1995)』)以上に(個人単位で)曖昧でぼやけて見えるのも「世界がいよいよ斜陽を迎えてんのかな?」とあらぬ不安をかき立ててくれる。
もしや、近未来に「個性」は必要とされないのだろうか?

現在と変わりない(?)要素としては「ヤクザ」「性的愛玩人形(通称:セクサロイド)」「ハッキング」「(児童の)人身売買」などのネタが本作の底に幾つも横たわっていた。何やらマイナスなキーワードばかりだが、、

家庭用ロボットが暴走を起こす、と言う設定はある意味『アイ・ロボット(2004)』に酷似してると言えるかも知れない。が、押井監督自身はさほど“ロボット三原則”に対する考察(持論?)を展開するでもなかった。
そこから察するに、監督の中では「工学的なロボット」と「からくり人形の延長であるロボット」とを“全く別次元の存在”とし考えてるのかも知れないな? とまたまたワタシの妄想は膨らむのだった。

〜 こんなセリフもありました 〜

(冒頭の字幕)

ヴィリエ・ド・リラダン「我々の神々も我々の希望も、もはやただ科学的なものでしかないとすれば、
            我々の愛もまた科学的であっていけない謂れがありましょうか?」

(壁の文字)

「生死去来 棚頭傀儡 一線断時 落落磊磊」

訳:生死の去来するは棚頭(ほうとう)の傀儡(くぐつ)たり、一線断ゆる時落落磊磊(らくらくらいらい)

(キムの遺言)

「遺言により、生花・造花・包丁のご贈与は固くお断り申し上げ候」
「今月本日をもってめでたく死去致し候」


荒巻「理解だと? 理解なんてものは、概ね願望に基づくものだ」
  「シーザーを理解するためにシーザーである必要はない」
  「人は概ね自分で思うほどには幸福でも不幸でもない、
   肝心なのは・・望んだり生きたりする事に“飽きない”ことだそうだ」
  「孤独に歩め。悪をなさず、求める所は少なく、林の中の象のように」
  「ここはジャングルではない」

刑事「柿も青い内は、烏も突つき申さず候」

バトー「自分の面(ツラ)が曲がっているに、鏡を責めて何になる」
トグサ「鏡は悟りの具に非ず、迷いの具也(なり)」

バトー「“備考欄に感想を書くタイプ”だな」
   「春の日やあの世この世と馬車を駆り、だ」
   「娘の誕生日は“優先事項”だとよ」
   「イシカワ、お前最近、口数が増えたぞ」
   「世界は偉人たちの水準で生きる訳にはいかねぇからな」
   「てめぇらの半端な電脳を恨みな」
   「あんな大技が決まる訳ねぇだろ、馬鹿」
   「個体が造り上げたものもまた、その個体同様に遺伝子の表現型だ」
   「偉くなったな? 俺を呼び捨てにする貫禄を何処で拾った?」
   「忘れねばこそ思い出さず候か?」
   「“さん付け”で呼ばれるような貫禄不足でもねぇ」
   「信義に2種あり、秘密を守ると正直を守るとなり、両立すべきことに非ず」
   「人の上に立つを得ず、人の下に就くを得ず、路辺に倒るるに適す」
   「驢馬(ロバ)が旅に出た所で、馬になって帰ってくる訳じゃねぇ・・器なりに身を持ち崩した馬鹿な野郎さ」
   「寝(い)ぬるに尸(し)せず」←孔子
   「未だ生を知らず、いずくんぞ死を知らんや」←孔子
   「神は永遠に幾何学する」
   「幸運が3度姿を現すように不運もまた3度兆候を示す・・
    だが、俺たちの世界じゃ3度どころか最初の兆候を見逃せば終わりだ」
   「騙してやろうと待ち構えてる奴ほど騙しやすいもんだ」
   「思い出をその記憶と分つものは何もない、そしてそれがどちらであれ、
    それが理解されるのは常に後になってからの事でしかない・・主時間は“セーブ不能”だから辛いな」
   「理非なき時は鼓(こ)を鳴らし攻めて可也、談判破裂して暴力の出る幕だ」
   「鳥は高く天上に隠れ、魚は深く水中に潜む」
   「精霊は現れ給へり」

バトー「何だ、お前だけか?」
イシカワ「コガは夕食に喰ったツナサンドと“再会”した後で、おロク(遺体)と一緒に戻った」

イシカワ「生活習慣を固定するから罠を仕掛けられるんだ」
    「迅速に勝る機密保持はない」

少佐「此処で引いたんじゃ、9課の存在意義を問われる」
  「何人か鏡をとりて魔ならざる者也、魔を照らすに非ず、造る也」
  「鳥の血に悲しめど、魚の血に悲しまず、声ある者は幸い也」
  「幸福? 懐かしい価値観ね、少なくとも今の私に葛藤は存在しないわ」

トグサ「その思念の数は如何に多き哉、我是を数えんとすれど、その数は砂よりも多し」←旧約聖書・詩編139節
   「彼ら秋の葉の如く群がり落ち、狂乱した混沌は吠えたけり」←ミルトン
   「本当に“物理現実”に帰ってるんだろうな?」

チンピラ「秘密なきは誠なし、とも言うぜ」

キム「それが事実なら無粋な話だ」
  「シェリーの『ひばり』は、我々のように自己意識の強い生物が決して感じることの出来ない、
   深い無意識の悦びに満ちている、認識の木の実を貪った者の末裔にとっては、神になるより困難な話だ」
  「死を理解する人間は稀だ」
  「人は死なざるを得ないから死ぬ訳だ」
  「これがまだ疑似信号の造り出す現実の続きでないと言い切る自信が、お前にあるのか?」

追記1:ハラウェイ博士に好意を抱いてたと思しきトグサ。彼女の“顔パカ(!)”を(去り際に)果たして眼にしたんだろうか?
追記2:冒頭、高層ビルに大きく表示されてた「狗(いぬ)」の1文字に苦笑。やっぱり最初に登場するのは“イヌ”なんかい!
追記3:序盤で語られたセリフ「子供とは、人間の前段階としてカオス(混沌)の中に生きる存在」が監督の次作『スカイ・クロラ』に通じる大きなヒントだったんかも、と今さらながら感じた。
追記4:日系暴力団「紅塵会」を仕切ってた“若林”って、事務所にいた1人なんやろか? 良く分かんなかった(・ω・)
追記5:全体的に「銃器類アクション」や「ガイノイドの造形」にさほどの魅力が感じられなかった。。
追記6:後半、あの“茶運び人形”は逃げ出してどうするつもりだったんだろ? また、あいつをわざわざ銃撃しなきゃならない“大きな理由”があったんやろか?

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2008年8月20日 (水)

☆『雨月物語(1953)』☆

さる6日(水曜)、衛星第2で放送された『雨月物語』を2夜に分け鑑賞した。
と言っても、約2/3までを鑑賞した1夜目とその残りを鑑賞した2夜目(18日(月曜)の夜)の間には1週間以上ものブランクが空いてしまった。。本来、こう言う鑑賞の仕方はしたくないんだが、、

上田秋成の著した怪奇短編集『雨月物語』から2つのエピソードを抜き出し、巧妙に味付け(アレンジ)を施したモノクロ作品。名匠・溝口健二が監督した本作は同年(1953)のヴェネチア映画祭で賞を獲ったそうで、冒頭には

“1953年度イタリーヴェニス國際映画コンクール 最優秀外國映画賞 栄冠獲得”

と誇らしく表示される。

実際のトコ、劇中に大きな区切りなどはないが「第一部 蛇性の婬」「第二部 浅茅が宿」と章立てが最初に表示され、続いて

“「雨月物語」の奇異幻怪は 現代人の心にふれる時 更に様々の幻想をよび起す これはそれらの幻想から 新しく生れた物語です”

と製作意図(?)が紹介される。なくても何ら差し障りないのに、敢えてこれらの表示をはじめに持って来る辺りに溝口監督の律儀さ、のようなものが感じられた。

ある年の早春、近江國は琵琶湖北岸。時は“戦國時代”のただ中であり、一円は「羽柴勢」と「柴田勢」が火花を散らす緊迫の状況下にあった。

こつこつ地味に器を作る真面目な陶工・源十郎(げんじゅうろう:森雅之)には妻・宮木(みやぎ:田中絹代)と幼子・源市(げんいち)なる愛する家族がいたが・・ある時、弟分の藤兵衛(とうべえ)を伴い“長浜の市”へ器を売りに行った所、これが大成功し、欲をかいた彼は帰宅後“取り憑かれたように”更に大量の焼き物をせっせとこしらえ、今度は“大溝の市”(現在の高浜市)へ商いに向かう。

戦(いくさ)の火の手が街道沿いに村落に迫ったため、船で“尾上の浜”(現在の湖北町)から湖水を渡ることとした源十郎。一行は彼と藤兵衛、その妻であり船頭の娘・阿浜(おはま:水戸光子)の3人となり、宮木と源市は同乗せず“美濃街道の裏山”にある隠れ家に潜伏することとなる。

霧深き湖面を無事に渡り、大溝へ着いた一行。

藤兵衛は陶器を売って得た金で「具足」「槍」を買い揃え、かねてより念願だった侍の家来(丹羽“五郎左衛門”長秀配下の雑兵)となる。

夫に去られた阿浜は、これまた何処へともなく姿を消す。

源十郎は大溝城下で商い中、多数の注文(花生け、徳利、皿など)をした美しい娘に心を奪われる。彼女は朽木左衛門(くつきさえもん)の娘・若狭(わかさ:京マチ子)と名乗り、朽木屋敷まで器を届けて欲しいと彼に頼む。

屋敷を訪れた源十郎は、美しい若狭の歓迎を受ける。彼女に付き添う老婆が「若狭様とこの折りに“お契り”なされたら良い、あの声のお嬉しそうなこと・・」と彼の耳元で囁く・・
確か(=^_^=)妻子持ちであった筈の源十郎なれど人の子、、この“OKサイン”を受け「据え膳をがつがつ食す」のにさほど時間はかからなかった・・

藤兵衛は卑劣な闇討ちで、不破某(=佐久間“備前守”安政の名だたる家臣)の大将首を討ち取る(・・と言うか彼の自刃直後、介錯した部下を背後から襲い、首を盗んだだけ、、)。その武功で「馬・鎧・家来」の3点セットを与えられ、いっぱしの武将気分となるも・・立ち寄った街道沿いの遊郭で落ちぶれた阿浜に再会、愕然とするのだった。

源十郎は、久しぶりに下山し出向いた市で通りがかりの高僧(?)に「お前の顔には死相が出ている!」と指摘される。お前がただ亡者に取り殺されるのを見るにはしのびない、と語る高僧は彼の背中一面に護符(的な梵字?)を墨で黒々と描く。

(朽木一門の亡霊を振り払い)命からがら屋敷を後にした源十郎がやっとの事で故郷へ帰った時、彼は宮木が既にこの世にいないことを知らされるのだった・・

「立身の夢」に「絶世の美女」・・どちらも男の本能(=^_^=)とロマンをくすぐる代名詞のようなものであるが(そうなのか?)今も昔も、そこに盲目的に走ったが故に“大きなものを失った”男も多かったことだろう。時代が平成の世に移ろうと、本作と似たような運命の皮肉はきっと起こり得るんだろうな、と思わせる普遍的な味わいが確かにあった。

作品のラストで“千の風となった”宮木が、空から源十郎に「あなた本来の場所で、あなた本来の姿に戻るのです」と優しく呼びかける演出があるが、ここのセリフがどす〜んと背中にのしかかった。

ときに、戦国時代の農民の生活と言えばかなり悲惨なモノで、ひとたび戦が起これば、男はさらわれて人夫にされ、女は暴行を受けるのである。その当時の貞操観念が如何なるものだったかは分からないが、後世から眺めるには、これは悲惨極まりなかった(×_×)

「成功や性交(おい!)」「出世や出精(こら!)」の亡者となる悲しき漢(をとこ)の性(さが)を見よ!

生きるため、辱めに耐えるしかなかったかつての婦(をんな)の慟哭を聞け!

と言う下世話っぽい(?)教訓を、ともあれワタシなりに得たのであった(・ω・)

~ こんなセリフもありました ~

阿浜「分を守って働かないと、きっと不幸せが来るよ」
  「どさくさ紛れに儲けたような金は決して身に付くもんじゃない、金が入ればまたその上に欲が出る」

宮木「この(土産の)小袖が嬉しいのではありません、買って下さるあなたの心に」
  「戦(いくさ)は人まで変えてしまうのね」

源十郎「万事は金だ、金がないから辛くもなるんだ、望みもなくなっちまうんだ」
   「人も物も処(ところ)によって、こうも値打ちが変わるものか」

家来「お頭、出世祝いを兼ねてのご器量の見せどころですぞ!」

阿浜「人が偉くなるためには、嫌な辛抱もしなけりゃならないさ」
藤兵衛「立身も出世もお前がいればこそだ」
阿浜「あたしは汚れてしまったの・・みんなお前の罪だ!」

老婆「妻子がありながら、何故契りを交わされた?」
  「男はいったんの過ちで済もうが、女は済まぬ!」
  「姫様のお幸せをそんな儚いものにされて、お心に咎めはしませぬか?」

阿浜「幾ら言っても、お前さんは馬鹿だから、自分で不幸せな目に遭わなきゃ気が付かなかったんだねぇ」
藤兵衛「戦が俺たちの望みを歪めてしまったんだ」

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2008年8月18日 (月)

☆『イヌゴエ・幸せの肉球/VOICE OF DOG - Happy dog Paws(2006)』☆

17日(日曜)の夜、珍しくも(=^_^=)京※TVの「日曜シネマ倶楽部」なる番組で放送された邦画『イヌゴエ/幸せの肉球』を観た。
今まで(作品名を)耳にしたこともなく、中途半端な“犬映画”なんかなぁ〜と思いつつ、先月に飼い犬を突然に失って以来、ちょっと「犬なる存在」から遠ざかり過ぎてしまってるので「これを観たら、何か少し、優しさが取り戻せるかも知れないかな?」と漠然とした期待感を持ってしまったのはあるかも(・ω・)

いやいや、それにしても京※TVさん、とにかく通販の宣伝が多いのデスね・・(⌒〜⌒ι)

アマチュア写真家の主人公・凌は「大事なことの順番が見えてない」と言う頼りない性格が災いし、年上の彼女・涼子を怒らせることしばしば。
その夜も彼女の「30歳の誕生日」を1日間違えてしまい・・激怒した涼子は「私らって今まで何やったんやろね・・くそだわけが!」のひと言を残し、同居するアパート(?)を出て行ってしまうのだった(×_×)

彼女に突然去られ「そう言えば、彼女の勤務先も実家も何処だか知らなかった」凌は途方に暮れる。
翌日、彼女の戻らぬままに、日もまた暮れてしまう。

部屋を飛び出し、夜の街を駆ける凌。そんな彼の耳に何故か「涼子のぶつくさ呟く声」が響く。その声を追って彼の辿り着いたのは、彼女がたまに寄っていたペットショップ「ペットハウス・グーパーズ」だった。

彼女の姿を店内に探す凌。どうやら声の主は(涼子が飼いたい、と言っていた)ぶさいくなフレンチブルドッグの「ペス」だった。
「何か(彼女を見つける)手がかりとなるかも?」と考えた凌は「ペス」を購入する。因みに店員の小泉さんによれば、涼子は「確かに昨日ここへ来て、実家に帰るって言ってた」とのこと。

腹ぺこだった「ペス」のふと漏らした「“ミルフィーユビーフみそかつ”が食べたい」なる呟きを信じ、凌はそれが食べられる唯一の場所(?)である「岐阜市内の“あさま食堂”」へと向かうことに決める。

スポーツバッグ&銀塩カメラを持ち、そして「ペス」を連れての凌の旅が始まった・・

邦画の得意とする(?)「ロードムービー」系な本作。どうやら映画版では2作目となるそうだが、とにかくゆったりのんびり観ることの出来る造りがいい。セリフも情報量も少ないので、鑑賞メモをとるのもラクだし(おいおい)
ま、そんな冗談はさておいても「彼女を探す旅に出るダメ男」に「何故か彼女の呟きを漏らす犬」と言う設定を(強引ながら)巧くミックスさせた企画者はスゴい!
結局「何故、彼女の声だったのか?」「凌以外に声が聞こえなかったのは何故か?」「そもそも犬が喋ることってあるのか?」って言う謎の“コアな部分”は「劇中で一切、解明されない」のも潔くて良い(=^_^=)
きっとソレこそが本シリーズの「ネタ」の1つだろうから、無理して解説する必要はないし、きっとソコに違和感を(それほど)感じない観客だけが楽しんで行ければ良いんだろう。

前作では「男性」が犬の声を担当されてたらしいが、やっぱり男性からすれば、女性の声の方が断然嬉しい(=^_^=) どうやら「ペス」はオス犬らしいんだが、、もうそんな破たんがちな設定について、細かく突っ込んだりはしません(=^_^=)

「抱かんでええて」「近付かんといてて」「ええかげんにしとかんと、バリかいてまうよ」「なぁ腹へってまったで、ぺこぺこやてぺこぺこ」「なぁこれ、どういうことやて」「ホントこすいヤツやね、覚悟しときゃーよ」
などの「ペス」のセリフは“岐阜弁”らしく、何だかすっかり「岐阜弁を喋る女性」に興味津々となってしまったオレ(=^_^=) 因みに「バリかく」は「引っかく」って意味なんやて。

ロードムービーらしく、旅先で“中途半端な交流”が幾つか描かれるのも本作の面白さ。自転車で日本縦断を目指す(も、挫折寸前らしい)さとみさん(伴杏里演じる)、岐阜の保健所職員(温水洋一演じる)、東京から地元(岐阜)へ戻ったスーツ姿の(煙草の?)セールスマン(山本浩司)・・それぞれが赤の他人の凌にだからこそ“誰にも言えぬホンネ”を漏らしたりするのだ。

さとみ「たかだか数千キロ走っても、人間なんて激変するもんじゃない・・それに気付いて引き返すとこ」

職員「お前らは“モノ”やねぇのにな・・大事なもの(=生命)は人も犬も変わらん、お前らだって自分の好きな人とおりてぇもんな」

セールスマン「ああ、ぶっ殺してぇ・・」←誰をだ(⌒〜⌒ι)

ラストも涼子の実家に辿り着いたトコでやや唐突に(?)物語は幕となるんだが、色んな日本各地の風景が映し出され、思わず「やっぱ、ロードムービーは“長回し”に限るよなぁ・・」と和んでしまったのだった。

ちとピンポイントとなる人物以外の“旅先キャラ”に魅力の乏しかったのは残念だが、面白い映画を見せて貰った気がした。

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2008年7月 9日 (水)

☆『アフタースクール』☆

9日(水曜)。
放置してるウチに期間終了に近付いたモノで、職場には大変ご迷惑をかけてしまうことを猛省しつつ・・慌てて休暇を頂き、府内は門真市にある運転免許試験場に「免許証」の更新手続きに出かけた。
な〜んも問題がなければ、地元の警察署でチャッチャッと済ませたかったトコだが、数年前「超高級プリクラ(赤外線仕様・・)」を撮られてしまったため、今回は「2時間の違反運転者講習」を受講せねばならず、半日を割いてイッキに片付けようと考えた次第(警察で更新すると受講は後日回しとなる)。

朝、9時半前には現地入りしていたものの、11時前からの講習開始であることが発表され、時間調整に少し失敗したことを知った(×_×) 自宅で30分ぐらいブラブラ出来てたんだよなぁ(・ω・)

一部、映像教材を用いてのお勉強だったが、講師の方が熱弁をふるうより、実際に事故の瞬間のカメラ映像の数々をただただ眺める方がはるかに説得力もあり、泣く子も黙らざるを得ないインパクトがあった(×_×) リアル『レッドライン』と言ったトコロか(いや、そこはふざけんな、と)
事故の内容を比較的“ソフト路線”にしぼっての収録であったが、終盤のエンドクレジット辺りのカメラ映像で、信号無視の自転車が交差点中央付近で猛スピードのクルマにはねられ、パーツを飛散させながら吹っ飛ぶシチュエーションがあり「これは極めてハード路線では・・??」とかなり後味の悪いモノを覚えた(ま、モノクロの粗い映像なので、自然に印象が緩和されたのはあったが)。。

即時免許は発行されたが、気分的にちっとも明るくなれず「そや、1本行っとこう!」と自宅とは反対方向の電車に乗り、大阪市内へと繰り出したのだった。
今回は久々の“なんばパークスシネマ”へ行き、公開(期間)末期と思われる『アフタースクール』を観た☆
以前から「観よう!」と決めていた作品であり、ようやく鑑賞が叶った格好だ。

上映開始まで、これまた1時間ほども空きがあり、隣接する某大型家電量販店に行こうにも、戸外が雨模様だったのでパスし、レストランで時間を潰したり・・と休みならではの贅沢な過ごし方をした次第(・ω・)

ある朝、出産を間近に控えた妻(常盤貴子)の待つ団地から“責任感の強い、誠実な男”木村一樹(堺雅人)が出勤し、そのまま姿をくらませてしまう。彼と最後に接触したのは、母校である「西森沢中学」に今は教師とし勤務する神野(大泉洋)。実は神野と木村はこの中学の同級生でもあった。

一夜明け、神野は同じ(母校の)同級生を名乗る島崎(佐々木蔵之介)の訪問を受ける。彼は木村の勤務先である大手企業「梶山商事」に雇われた探偵(?)で、「14期の卒業生」を通じて情報を得、消えた木村の行方を探したいと言う。
人の良い神野は彼に協力し「木村探し」の手伝いをすることに。

「当時は11あったクラスも、今じゃ4つに減ってねぇ」などと当時を懐かしがりつつ、校内を島崎に案内する神野。だが実際には、島崎は北沢と言う本名を持つ“ヤバい商売”に手を染めた借金まみれの男だった。

神野は彼の手先(?)となり、関係者の尾行、盗撮、情報収集などを手伝わされる。そんな中「梶山商事」と裏で繋がる大物ヤクザ・片岡(伊武雅刀)の存在が次第に明らかとなる。

片岡をピラミッドの頂点に、「梶山商事」上層部と島崎、そして木村の間にある秘められた関係が露呈してゆく。

一方で、木村の妻がいよいよ産気づき、それと前後し神野が木村に貸していたクルマ“ポルシェ・カレラ4”が意外な場所で運転手不在のまま発見されることとなり・・

「もの凄い仕掛けのある作品」ってな予備知識が少しだけあり、そこにこそ期待値をやたら高めて観始めたが・・「ヤクザ」「改造拳銃」「裏社会」「風俗店」などのキナ臭い要素&世界観がかなり前面に押し出されていたもんで、ワタシの期待する作品世界とはだいぶかけ離れてるなぁ・・と言うのが第一印象だった。
(正直、劇中に“ヤクザ”を登場させる脚本は“逃げ道”に感じられ好かないワタシである)

木村の消息や如何に? と言う部分で物語を追っていると、中盤で「描かれる視点」ががらりと激変するので、かなり驚かされる。ま、そここそは製作陣が“してやったり”とほくそ笑む場面なのだろう。
基本的に「シリアス&暗黒路線」の流れなので「クレバーやな!」の驚きは確かにあったものの、余りに笑える要素が少なく、魅力的でぶっ飛んだキャラクターにも乏しい作品ではあった。

例えば、本作を『キサラギ(2007)』と比較すると「しぼり切った主要キャストにそれぞれの個性(=濃さ)、意外性(=正体)、インパクト(=体型、言動、思考回路)がしっかり存在していた」あちゃらに比べ、かなりのっぺりした印象だ。小道具(特に監視カメラの記録映像!)や時間軸置換の(それなりの)巧さが光っていただけに「もうちょっと愛すべきキャラを出し、全体的にとぼけた作品世界には仕上げられなかったモノか?」と感じた。

言わば「脚本学校の優等生作品を見せられた」そんな気分だった。

加え「時間軸置換シーンの挿入箇所の分かりにくさ」「過去を語らせる説明口調の多さ」には冷めてしまうモノがあった。

中でも、私的に一番落ち込んでしまったのは佐々木蔵之介さんのキャラ造形だったろうか。何せ、ドラマ『鹿男あをによし』で俄然その輝きに魅了され始めたワタシ・・続く作品が「本作」だったことは実に悲しかったなぁ、と。

〜 こんなセリフもありました 〜

※「ギャンブルで借金返したヤツはいねぇからな」

大黒社長「俺は人一倍“臆病”だからこそ、今日までこうして生きて来れたんだよ」

バクさん「安心しなよ、(あんたを)売ったりしないからさ」

島崎「要るか? 非合法映像(のDVD)」
神野「バカ! 俺は教師だぞ」
島崎「だから何だ?」

島崎「(選ぶのは)どれだっていいよ!」

島崎「現実なんてこんなもんだろ? お前は木村って男をどれだけ知ってると言うんだ?」
神野「そう言うお前は知っているのか?」

島崎「教室でずっと生きてるヤツに人生の何が分かる? 早く“卒業”しろよ、中学校から」

※※「さっきの僕、カッコ良くなかったッスか?」
婦警「いえ、特に・・お疲れさまでした」 ←こういう万事が事務的な女性、職場にも居ますね(=^_^=)

美紀「神野くんは変わらないね」
神野「美紀さんの何が変わったの?」

神野「お前みたいなヤツは教室に何人もいる、全てが分かったような顔して、ひねくれて。
   ・・学校なんて正直どうでもいいんだ。お前がつまらないのは、お前自身のせいだ」

片岡「お前に対する俺のイライラは“先送り”してるだけだからな」 ←こ、怖い・・
  「西村さん・・」 ←片岡崩壊!

追記1:『僕サイ』で“プリティ・ナカノ”を嬉々として(=^_^=)演じてたあのおっつぁんが、こんな恐ろしい役を。。
追記2:堺雅人さんの笑顔がちと怖いかも・・『シン・シティ(2005)』におけるイライジャ・ウッドくんみたいな役柄を演(や)らはったらスゴいピッタリ来るんじゃなかろうか?!(セリフなしで)
追記3:「音の出ないケータイ」・・ちょっと使えるかも(おいっ)
追記4:妊婦さんを演じる常盤さん、どうも『地下鉄に乗って(2006)』の終盤を連想してしまい、危なっかしい(×_×)
追記5:劇中の某店メニュー「バク絶品・羊脳印度カリー」に興味津々(・ω・)
追記6:保守党議員・江藤まさよし氏・・もっとコミカルな言動を残して欲しかった、、
追記7:「ケータイ会話中の“手相男”登場シーン」「真のラストでチラリと拝める“指環”」にはハッとさせられた。その辺りの“見せ方”“繋げ方”の巧さは確かに認めます。
追記8:ヤクザに金を借りると「完済してる計算であろうと・・利子だの難癖を付け、更に(借金を)膨らませ、いつまでも“飼われる”」って“絵”らしい。
追記9:凄まじい早さで、何処からともなく「門外不出」のハズの監視カメラ映像が「DVDソフト化」され調達される恐ろしさよ・・

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2008年6月 8日 (日)

☆『THE有頂天ホテル/The Wow-Choten Hotel(2006)』☆

7日(土曜)の夜。
三谷幸喜の監督最新作『ザ・マジックアワー』の公開開始に合わせ「土曜プレミアム」で地上波放送された『THE有頂天ホテル』を観た。
確か、昨年末に地上波初放送されるも、見逃してしまった作品だったので「今回こそは!」と気合を入れ鑑賞に取り組むこととした次第。

・・にしても「バレーボール(予選)中継」の延長により“55分”もの放送時間繰り下げ。。作品そのものが3時間近くあったもんで、流石に疲れてしまった。。何とかならんもんかねぇ・・(×_×)

ある年(結局、西暦何年だったんや?)の大晦日、都内(?)の一流ホテル「ホテル・アバンティ」を舞台に、集まった人々(ホテル側&客側)がそれぞれに“予期せぬ出会い(邂逅も含む)”や“笑えぬトラブル”に見舞われつつ、終盤の「カウントダウンパーティー」に向かってその言動・運命を収束させて行く・・と言う流れ。

とにかくキャスティングが豪華であり、演出の細かい部分で「キャラの接続(Aが実はBだったことが判明する)」「キャラの置換(偶然からCがDを演じることとなる)」「キャラ&アイテムの移動(Aが動く事でCに出会う、Bの渡したアイテムが他人の手を次々に介し再びBに戻る)」などの“秀逸なテクニック”が光ってたりもし、その何点かには正直「やるなぁ〜」と唸らされた☆

が、反面「キャラが多過ぎる」ことから「光る演出」「厚いキャラ造形」の全てが奏功してた、とは言い難かった。全体を通し「作り手側が満足してるだけで(観客には)面白くない演出」「引っぱった割に、描けてなかった(薄い)キャラ」も少なくはなかったか、と。
それは劇中のギャグについても同様で、概して「上品で人畜無害な造り」ではあるも「クスリとも笑えんぞ!」と感じた類のも目立ってたようだ。
三谷幸喜ファンじゃないと分かんない“お遊び”も多かったと思われたし。

キャラクターの中では、矢部(戸田恵子)と瀬尾(生瀬勝久)に、もっと内面(ホンネ)を語って欲しくあり、議員・武藤田勝利(佐藤浩市)と演歌歌手・徳川(西田敏行)、それと芸能プロ社長(唐沢寿明)辺りの大物連中が結局、最後にどう新年を迎えたのかの演出・・にはやや「放置プレイ」な印象を受けた。

本作は基本「スラップスティック(どたばた)コメディ」なのだが「更に高密度な同時多発的進行」「時間軸の置換」「キャラの主観毎による同一シーン(再現時)の微妙な相違」「廊下の移動映像を使ってのキャラ交代(それも長回し!)」など・・演出を更に磨きつつ、上映時間も「せめて2時間以内」に収めれば、もっともっと面白く、素晴らしい映画に仕上がったと思う。
「コメディ作品」も「アクション作品」同様、何でもかんでも贅沢に詰め込めばそれで良い、と言う道理で片付く訳では勿論なく・・つまりは「緩急」が大事だと考える。
その辺りから評すると・・「長尺過ぎて、観ててダレて来た」と言うのが正直な感想(の1つ)である。

例えば、俳優陣のレベルを落とし、同じように本作を撮ったとすれば・・きっとメタメタに仕上がってしまったハズで、つまりは「総じると目立って来る“破たん”を俳優陣の豪華さで強引に取り繕った作品」・・そんな感すら漂いはしないか?

ひょっとしたら、三谷幸喜と言う人物は「多人数で豪華な物語を綴りたがるけれど、実際には多人数も豪華なのも苦手なタイプのしと」なんじゃなかろうか? もしそうなら、周囲に担がれムリをするのじゃなく、自身の性格(身の丈)に合った「少人数で短いけれど、ばっちり笑わせてくれ・・そして最後にホロリとさせてくれる」そんな映画を期待したいトコロだ。

〜 こんなセリフもありました(“耳コピー”なので細部は不鮮明、、) 〜

新堂「夢を諦めた青年を見ると、つい感傷的になってしまいまして」
  「演出家の仕事は“幕が開くまで”です。そこからは舞台監督の出番となります」
  「お言葉ですが、家族がいつも優しい言葉をかけてくれるとは限りません」

矢部「“謹賀信念”の誤記・・これはこれで深い意味を感じますが」

ホテル探偵「どんなに明るい太陽の下にも、悪魔はいるもんだ」

芸能プロ社長「たまには“息抜き”も必要ですよ・・この娘に恥かかせないで下さいよ」

武藤田「人前でここまで自分をさらけ出せるってのは・・尊敬に値するな」
   「俺のこれまでで一番の罪は・・政治家になったことかな、有権者を騙した」
   「マスコミの恐さをあんたは知らないんだよ」

ベルボーイ「みんながみんな、夢を叶えられる訳じゃないんだって」
     「やりたいようにやらないと、勿体ないよ」

ヨーコ「何のために大晦日があると? 明日から年が変わるのよ・・そしたら、何か良い事が起きるかも」
   「貴男を1人になんかさせないから! (これまでに)死のうとしてる人の顔を何人も見て来たあたしなのよ」

堀田「今それが公表されると・・間違いなく私の中で“何か”が終わる」

徳川「歌は、趣味で歌ってるのが一番だよね」
  「いいモノ(才能)を持っているとね・・神様は見ていて下さいますから」

元妻「うそなんか要らない、本当のあなたで何がいけないの?」

大富豪「世間なんか関係ないと言うが・・私はその世間で生きているのだ」

ハナ「言いたいヤツには言わせておけばいいのよ」
  「例えカッコ悪くても・・生き延びる道を選びなさい」

ヨーコ「私もここに居ていいの?」
矢部「どうせ何処にいても、年を越すんだから」

追記1:私的に最も印象に残ったのは、地味な「筆耕係」を静かに演じたオダギリジョーだった(=^_^=) それと、恐ろしい“2面性”を見せる西田敏行さん、流石にお上手です(・ω・) ←メタボ〜な裸体のご披露だけはちとご勘弁ですが、、
追記2:“サロペットジーンズ”てな耳慣れぬ(=^_^=)ネタもこれまでに披露して来た三谷監督。今回は“スタッグディレクター”なる特異な職種(?)を登場させた。ちと危う気な変化球っぽいですが・・
追記3:一度は確かにホテルから外へ飛び出した※※※。フツーはもう戻って来ないと思うが?
追記4:堀田を演じた角野卓造さんが「フリ〜ダ〜ム!」と絶叫する姿には苦笑させられた。メル・ギブソン(1995)へのリスペクトなんやろか?
追記5:生真面目な副支配人がポロッと「我々は決して善意でやっている訳ではないんです」と言い放ったのが少し気になった。そこは「言わぬが華」では・・?
追記6:“ホテルまるごと”のドラマを描くんなら『タイタニック(1997)』を見習い「厨房」「ボイラー室」「バンドマン楽屋」などでも(スタッフの)ドラマを徹底し展開させて欲しかった。

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2008年5月 3日 (土)

☆『相棒−劇場版−』☆

3日(土曜)。
4連休の始まりである・・が、私的には3、4、5日と予定が詰まっており、遠出(ドライヴ)する時間的余裕がなく、残念な感じ(・ω・)
ま、ガソリンも高いし、エアコン必須な真夏日が続いてるし、あちこちで渋滞もあろうし・・とクルマで出かけることがクレバーとも言えぬここ数日かも知れない。

ってことで、午後からの上映だったが“ワーナー・マイカル・シネマズ大日”にて新作邦画『相棒−劇場版−』を観て来た。ホントに観たいのは別作品だったし、正直『相棒』に関しては全くTVドラマ版を観ておらず、そんなに興味もなかったんだけど(・ω・)
今回も“何となく”と言うのが最大の理由だろう(⌒〜⌒ι)

※ウィキペディアによれば、元々は2000年に放送の「土曜ワイド劇場」における2時間枠ドラマが本作のルーツらしい。警視庁でちっとも出世出来ない主人公2人(との基本設定)とは対照的に「土曜ワイド」最大の“出世頭”なんじゃないだろうか(=^_^=)

警視庁・特命係(何やら捜査本部の奥まった配置にある刑事(デカ)部屋である・・)に配属されている杉下右京(水谷豊)&亀山薫(寺脇康文)の2刑事(階級は良く分からん)を主人公に、ネットで展開される“処刑リスト”に同期して起こる連続殺人事件の謎を追う推理ドラマ。
高裁判事(来生某)、元・売れっ子TVキャスター(仲島孝臣)、女性衆議院議員(自友党の片山雛子:演じるは木村佳乃)、美人(?)美容整形外科医(安永某)・・の順で“処刑リスト”の掲載内容に忠実な手段で予告殺人事件が行われてゆく(うち1件は杉下&亀山両刑事の活躍により未遂に終わる)。
杉下は、持ち前の理知的な観察眼で、現場に残された「e4」「f6」「d4」「g5」といった(スプレーによる)落書から、推理の手がかりが※※※にあると見抜く。
一方で“処刑”される直前の被害者全てに、謎の若い女性が訪ねている事実が判明。それは、5年前に“とある事件”絡みで不幸を背負ってしまった娘=守村やよい(本仮屋ユイカ)だった。

彼女の口から遂に犯人の名が語られた時、杉下&亀山は次に狙われるポイントが“東京都走:東京ビッグ・シティ・マラソン”のコースの何処かに定められているであろうことを知る。密かに仕掛けられたリモコン爆弾とそれを遠隔操作する犯人を追い詰める2人であるが・・その裏には、もう1つの大きな“秘密”が隠されていたのだった・・

どうかなぁ・・意外に脚本は「硬派」してて、ちゃんと映画らしい映像&展開を魅せてくれるんだが・・私的には後半に差し掛かるに従い、だんだんとダイナミックな刑事ドラマ⇒ずっしり重い社会派ドラマ、、とその姿が変貌して行ったように感じた。メッセージ性があるのかも知れないが、一方でラストに「この映画はフィクションです。」とテロップが表示されたりもし、ちと“弱腰”な感じだった(どうせなら、冒頭で小さく表示しといた方が効果的だったのでは? と思うワタシ)。

特筆すべきは、冒頭で空撮により描かれる、黎明の東京都心〜多摩界隈の映像だろうか。シーンは異なるんだが、雪が降ったり、雨が降ったりする中、ぐぅ〜んとカメラが屹立するTV鉄塔に近付き・・その塔頂付近からぶら下がった遺体が映し出される。ここのシーンにおける重厚なカメラワークには心を鷲掴みにされた。

本編について言えば『ダーティーハリー5(1988)』を連想させつつ『セヴン(1995)』で用いられたような“神がかった犯人像”と“それを追い詰める超ハイテクなシステム”の攻防も楽しめる(それにしても、3万の動き回る人々から特定の1人をピックアップさせる※※システムってのは・・凄まじく便利な反面、不安も感じるモノだ)。

そんな犯人側の「捜査の先手を常に突っ走る」プラン性がまさに“神がかってた”が故に、終盤で姿を現す“真犯人”の言動に妙な「バランスの悪さ」を覚えたりもした。あそこまで芸術的に一連の犯罪を組める人間が、果たしてこんな人なんかな〜みたいな(・ω・)

ま、ドラマ版を全然知らないワタシでも、中盤までの「オン・ザ・レール」な疾走感には酔わされてしまったので、GWを家族なんかで楽しむ分には、意外に「最良の選択」とも言えるかも知れない。

しっかし、劇中で3回の爆発(他にもう1つ、小爆発もあるが)が起こるんだが、いずれも観客が期待(?)するまでの大規模な爆発ではなかったのが、邦画の限界も感じさせた。。
特に※※が爆発するシーンは・・周辺エリアが吹っ飛ぶほどの爆発だと思ってたぞ(・ω・)

〜 こんなセリフもありました 〜

杉下「僕もそちらに向かいます・・!」
  「あなたは正しい・・しかし、あなたの取った行動は、間違っている」
  「人は、事件を忘れます」

追記1:中盤以降、劇中で大きなウェイトを占めることとなる“エルドビア共和国”の1件。アレだけを“ネタ”にして、ヒューマニズム系の作品が製作出来ると思った。「退去勧告(の前後)」を“オチ”にして、多角的に時間軸置換系の群像劇を撮れば・・これはもの凄い物語に仕上がるんじゃないだろうか・・!(ハリウッドで撮るべきだろうけど)
追記2:「チェス」をかじったことのある方が観たら、きっと一層の愛着がわく作品に違いありません(=^_^=)
追記3:名もなきランナー役で“友情出演”なあのしとが・・! これは笑えますね〜(=^_^=)

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2008年4月18日 (金)

☆『アンフェア the movie(2007)』☆

17日(木曜)。周囲から「つまんない」との“芳しくない評価”を耳にしつつ、、12日(土曜)に「土曜プレミアム」で地上波初放送された(のを録画しといた)モノを観た。

元々は連ドラとし放送されてたのが、好評につき早々に「シリーズ完結編」として劇場版が実現したようだ。
って、全然ドラマ版を観てなかったんですけど・・(・ω・)

警視庁公安部に所属する警部補=雪平夏美(篠原涼子)が本作の主人公。「バツイチ、酒飲み、アウトロー」と言うイマドキな(?)ヒロイン像を体現したような設定なんだが・・如何せん「コントやんか」とまでは酷評しないが、どう演じてもそれが「篠原本人のキャラ」にしか見えない・・って言うか、ワタシの中ではダウンタウンのコント番組に出演してた頃の(彼女の)印象がいまだ強烈で・・(×_×)

警察内部の不正を暴く、重要な証拠となる「極秘文書」の存在を追い続ける夏美。何者かによる警告か、ある朝彼女の自家用車が爆発炎上、ベビーシッター(?)が即死・・自身の愛娘である美央(みお)もまた負傷してしまう。
そして、今度は美央の搬入された「豊洲警察病院(東京都江東区)」がテロリスト集団に占拠されてしまった。折しも同院には篠崎警察庁長官が検査入院しており・・

犯人グループの要求は、警察が密かにプールして来たと言う“裏金”80億円。長官の命を楯に、そして病棟地下の研究施設に保管された「黒色潰疽菌」を奪って“切り札”とし、大金を要求する一味。
刑事として、そして1人の“母”として夏美は病院に潜入し、美央の姿を探し求めるのだが・・そんな展開。

何だか定番の『ダイ・ハード(1988)』路線に『ザ・ロック(1996)』辺りの演出をパクり、豪華俳優陣が亀山千広プロデューサーの号令のもとに集められたけど・・いざ完成したらムチャクチャでした、みたいな作品だった(・ω・)

どうにも誘拐事件と籠城事件が同時に勃発し、そこにバイオテロまで絡んで来るってのは詰め込み過ぎで散漫な感。そこまで風呂敷を広げてる割に、銃撃戦(のシーン)も心理戦(のシーン)も「カネかかってへんな〜」「ちっとも緊迫せんな〜」と(制作側の狙いとは全く違う部分に)びっくりさせられた。

ハッキリ言えば、20年も昔の映画『ダイ・ハード』に全く勝ててる部分がなかったのだ(×_×)

数人の(助演)キャラに関しては断片的なセリフだけでその過去があっさり語られ(片付けられ)「知らんっちゅうねん!」と思わず突っ込まざるを得なかった。「誰もが、怪しい」と言うシチュエーションがウリだったそうだが、詳しくないワタシにすれば「例えそれが誰であっても感情移入もでけへんし、驚きもせんわ!」って感じだ。

緊迫シーン(?)に流れるBGMが、コレまた『レオン(1994)』のそれをパクっていじくったような、お粗末な“エリック・セラ路線”なのも噴飯モノと言えた。
「完結編」とかうたっときながら、大きな流れは完結を見せてないし、登場キャラの何人かは後日談も描かれぬまま、バッサリとカットされて行ったようだった。。

ってことで、その粗悪ぶりこそが「テロ」であり「アンフェア」と呼べるような1作、とは評せそうである。

〜 こんなセリフはあったけれど 〜

夏美「世の中にはフェアなことなんて何もない・・復讐には復讐を・・アンフェアにはアンフェアを」

斉木「犯罪の動機の大部分は怨恨かカネです、違いますか?」
  「正義に犠牲はつきものです」
  「世の中に絶対なんてないのはご存じでしょう」
  「表向きの幹部をすげ替えたところで、組織は何ら変わらない」
  「力がなければ、愛する者さえ守れない」

蓮見「お金は、人と違って裏切らないから」

※今作でも、病院に突撃するSAT隊員を筆頭に、誰1人として「防弾チョッキ」を着用してない(らしかった)のが切なかった。また無意味に“如何にも狙撃されそなロケーション”で無防備にうだうだ語り合ったりするシーンもあるし、、「自分だけは撃たれはすまい」とでも思ってるんだろうか?

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2008年2月20日 (水)

☆『犬神家の一族(2006)』☆

18日(月曜)の夜、地上波初登場で放送される。
数週間前までは、予想だにしていなかった「巨匠・市川崑監督追悼・緊急特別企画」と冠されたプログラムである。

「よぉ〜し、今日こそはパッパと仕事を済ませ帰宅し、じっくり正座して観よう!」と考えてたものの・・やっぱりと言おうか、残業が4時間近く長引き(←最悪や!)、帰宅した時点で第3の殺人がちょうど起こったトコだった(×_×) ・・ってこたぁ既に後半戦突入じゃん!
録画さえしとけば、こんな悔しい気持ちは味わわずに済んだ訳だが、裏ちゃんねる(衛星第2)で放送されてた、これまた市川監督作品『細雪(1983)』を録っていたので、今回はただ、嘆くしかなかったのである。
(まぁ『細雪』の方が“完成度”の高い気がしたし)

が、“日本映画史上最高のミステリー”“巨匠究極の遺作”などと(新聞のTV欄で)賛辞が踊りまくってる割には、何だか全編(と言っても半分しか観れなかったけどさ(・ω・))を覆う空気が、何とも“和気あいあい”としてるように感じられた。物語世界の端々にまで行き渡った空気が、総じて「ミステリーとして、この締まりのなさはどうよ?」とワタシに思わせたのである。

その理由は、1つに「金田一耕助(石坂浩二演じる)の“貫禄つき過ぎな還暦キャラ”の雰囲気」にあり、1つに「コントにしか見えぬ“犬神佐兵衛翁(仲代達矢)の面白すぎな肖像”」にあったようだ。

旧作『犬神家の一族(1976)』の場合、ギャグメーカーは加藤武演じる那須署(?)の署長が一手に引き受けてたような記憶があるが、今回は金田一自身が余りに“ふてぶてしい印象”に映り、そこに「ふざけてんのかい!」的な佐兵衛翁の写真が映ってしまうと・・もうコレがどうしようもなく失笑を誘うのであった。。

そうそう。監督ならではの“殺害の表現”とし、血潮に見立てた墨滴(?)が画面全体を上から下へと列を成し「ダラ〜ッと垂れる」みたいな衝撃的かつ印象的(絵画的?)な映像演出が幾度かあったが、背後から刺したり、背後から殴りつけたりする殺害状況ならまだしも、背後から頸部をぐいぐい絞め上げた時でも「ダラ〜ッと垂れる」みたいな映像が映し出されたのには「それは少し違うだろう・・?!」とツッコンでしまったものだった(・ω・)

あとは、以下のようなトコが気になったかな。

・地方豪族ならではの「ミステリアスさ、閉鎖性、排他性、凄み」みたいなものがやや表現し切れてなかったか。
・珠世さん(松嶋菜々子)と“2人のスケキヨ(佐清)”なる題材は、十分にガストン・ルルーでアンドリュー・ロイド・ウェバーな物語設定が展開出来そう! 誰か本作をベースにスピンアウト(派生)劇、それもミュージカル作品をクリエイトするしとは現れないものか?
・松子ねぇさん(富司純子)には「遺産、独占させてくんちぇ〜」とかリアカーを引きながら言って欲しかった(・ω・) ←『フラガール(2006)』ネタ
・「旧家に青二才扱いされる金田一青年」なる旧作の“持ち味”はすっかり消失してた・・って言うか、すっかりボス然とした風格が・・「だからお前らはダメなんだよ、この田舎豪族が!」「オレがさっさと解決してやるよ!」みたいな“傲岸さ”すらその表情に漂ってたような。。
・佐六(すけろく)、佐々(すけすけ)などのネーミングのキャラも出してやりたかった。
・考えたら「佐兵衛」は「すけべえ」とも読める訳で・・原作者=横溝センセイなりの遊び心があったのかも?
・佐清を演じた尾上菊之助、どことなく容貌が藤原竜也ぽくもないか・・?(ワタシだけそう見えるんか?)
・青沼くん、最後で※※に背を向けたのは「(遂に亡き母の)想いは遂げた! さぁ殺してくれや」と言う“悲しいサイン”だったのか?(もし違うのなら、殺人鬼に背を向けるなど、余りに愚かである!)
・あの蔵に池脇千鶴が入ったとしたら「この辺りを調べたら、ルミノール反応がてんこもり出る筈や」とか言い放ちそうだな・・(⌒〜⌒ι) ←『ジョゼと虎と魚たち(2003)』ネタ
・何だか「人物設定枠」に押し込められてた感じで、やや窮屈そうな印象を受けた松嶋さん。『眉山(2007)』におけるヒロイン役の方が、はるかに伸び伸び演技してたような気がするネ。
・一番「スレイヴ」なキャラとし、気の毒そうな言動を我々に見せつけてくれた※※青年なんだが・・終盤には、誰のアドバイスも受けず、自らの意志のみで“さかさモニュメント”を冷徹にこしらえてるトコロ、、ちょっと「こいつ、ホンマはめちゃくちゃ冷酷で残忍なのと違うか?」と考えさせられてしまう。

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2007年12月 1日 (土)

☆『炎上(1958)』☆

残業に暮れた感じの11月が終わり、12月1日(土曜)。起きた時間こそそんなに遅くはなかったモノの、何か出かける気分にもなれず「たっち君」上でFCソフト『珍説ムサシの冒険』を走らせて遊んでみたり、はたまた「たっち君」上でジャケット(画像)の表示されない音楽アルバムに関し、ちまちま画像を埋め込んだり・・
それらもひと区切りついたので、夕方からDVD版を購入しておいた邦画『炎上』を観た。

ほぼ半世紀前のモノクロ作品。三島由紀夫による原作『金閣寺』を映像化した市川崑監督の手腕は流石になかなかのモノ。昭和期のリアルな京都の映像が満載・・ともなると、コレはもはや映像遺産と呼べるのかも知れない☆

三十路半ば過ぎにて、惜しくも病気で世を去ってしまった花形俳優=市川雷蔵を主演に、ゆくゆくは京を代表する古刹“驟閣寺(しゅうかくじ)”の住職に、とも目されつつあった青年の孤独、苦悩、そしてやがては黄金の楼閣に火を放ってしまう姿を描いた展開。

この時代の映画に多く見受けられる「ぼそぼそ喋り」がやはり目立ってたので、所々で聞き取れない言葉もあったが、多少のセリフを聞き逃しても十分にフォロー出来る、ある種のシンプルさがあった(ま、シンプルながら“浅い”訳では決してないが) 反面、映像面では傷みや乱れが全く見られず、そこは驚愕させられた!

※後でパッケージを確認すると「デジタルニューマスター仕様」と記載されていた。流石!

原作通り、主人公の溝口青年(市川)が吃音の設定であり、そこに絡んで来る悪友(?)の戸苅(とがり)なる男(仲代達矢)もまた歩行に障害を持つ青年であるから、、本作ってちょっとすんなり放送出来ないような・・そんな仕上がりになっている訳である(問題発言も多いし)。。

冒頭は、木造建築“驟閣(=国宝!)”の放火消失事件後、取調室で検事や刑事部長に詰問される溝口の姿から描かれる。そこから彼の回想が始まり、その回想の中で更に「父の死」などの回想が二重構造で描かれる面白さがあったり。

以前、実相寺昭雄監督の初期長編(?)『無常(1970)』を観たときも感じたが、この手の「反骨的な物語(と単に評して良いか分からないが・・)」に登場する“アウトロー”たち(本作での仲代、『無常』では田村亮)のしたたかな言動&生き方って、何ともパワフルやな〜と驚かされてしまう。
やってること、言ってることはメチャクチャなんだが、そのメチャクチャさが偽善や平静を取り繕っているその(作品)世界の中にあって、実に生き生きと輝いているのだ。
前述の“問題”により、テレビ放送はほぼ絶望視せざるを得ないんだが、機があれば、是非観て頂きたい1本ではある。尤も、後味は決して良くないンだけど。。

仕方がないとは言え、惜しいのはやはり全編モノクロである点。乱暴な意見とは承知の上で、是非劇中に描かれる“驟閣”を全てパートカラー処理で「金色に再現」した映像を何とか観てみたいものだ(・ω・)

元ネタである“金閣・舎利殿”に比べると、どっしりした三層の楼閣ではなく、どちらかと言うと正方形型の二重塔として登場したのが本作の“驟閣”。屋根にも鳳凰像でなく、通常の相輪が配されていた。
しっかりと木造塔を建造し、終盤で火を放っているトコロ、スタッフの本作にかける意気込みを感じた・・反面、木造塔好きなワタシとしては「燃やすのはミニチュアにしといて、どこかの寺(←関西圏きぼん(=^_^=))へ移築(寄贈)して欲しかったよなぁ〜」と思ったものだ。

DVD付属のブックレット内の市川監督インタビューによると、金閣寺住職からの注文により「作品名」「登場する寺の名」を修正したところ、すんなりOKが出たそうだ。インタビュアーが苦笑まじりに言ってるように「その程度の改変をしても、誰が観ても『金閣寺』の映画化と分かるのに」と言うのはあるンだけど。。
(冒頭では「登場する人物及び背景はすべて完全に架空のものである」みたいな注釈がどど〜んと出るが)

〜 こんなセリフが印象的でした 〜

老師「寺にいる人間やから言うて、誰も彼もが“仏さま”と言う訳にはいかん」
  「“終わったこと”を、今さら言い訳して何になる?」
  「知っても分からなければ、それは知らぬも同じことだ」
  「学生同士の(カネの)貸し借りに“利子”などと言うことは認められません」
  「仏の裁きじゃ・・」

母親「万一、京都が空襲されても、驟閣寺みたいな“勿体ないお寺”は、きっと焼けしまへん」

溝口「この驟閣で火に焼けて死ぬんやったら・・本望や」
  「暗い毎日をたった1人で生きることを覚えたら・・人とすらすら話しが出来んようになるんや」
  「驟閣は誰のものでもないんや、はじめからそこにあって、はじめから奇麗やったんや。
   それを皆が金儲けの道具にしようとかかってるんや。
   ・・驟閣は生きてるけど、変わらへん」
  「俺のすることは、たった1つ、残っているだけや」

戸苅「孤独になれば、お前も俺のように“超越”して暮らせるようになる」
  「他のヤツらが馬鹿騒ぎしてる時間を、俺は“人間を観る”ために使うのだ」
  「面白いものなんか、何処を捜したってあるものか!」
  「驟閣など、ただこれまで天災に遭わなかっただけの理由でやっとこさ残ってる建物だろ?」
  「俺は死なんよ。早ぅ死ぬ人間は、どっかにひ弱いところがあるんだ。しぶとう生きる人間は
   そう簡単には死なん」  
  「世の中が変われば、坊主だって変わる。殊に、厳しい戒律の中で暮して来た人間は
   カネの力にはもろいからな」

まり子「ここ(遊郭)が焼けたらえらいこっちゃけど、そんな寺が焼けても焼けんでも
    どっちでもよろしやないの」 ←演じたのは、若き日の中村玉緒(!)

追記1:溝口の通ってるのが「小谷(こたに)大学」と言う設定には、ちょっと苦笑させられた。まんまですやんか。。
追記2:ご覧頂くと分かるが、ラストの展開が原作と違う。スパッと作品を終わらせる意味では良いのだが、ああなると母の運命とダブってしまってる感じがするなぁ。
追記3:本作、タイトルもまんま『金閣寺』として1976年に再映画化されているそうだ! 主演:篠田三郎、共演:加賀まりこ。参考サイトはこちら ↓

http://movie.goo.ne.jp/movies/PMVWKPD20053/story.html

※無断リンクですみません。(にしても、今度はすんなり金閣寺側の許可が下りたのね・・)
追記4:「カラーで本作を!」と訴えてしまったワタシだが、製作当初から市川監督の胸中では「モノクロで作らせてくれなきゃ、やめる」との意思が固かったようだ(インタビュー記事より) 監督曰く「カラーだと描きたい炎の赤が白々しく仕上がってしまう。白(炎)と黒(驟閣)のコントラストによる格調を狙いたかった」とのこと。そうおっしゃられると・・シロウトはもう、黙るしかありまおんせん(×_×)
追記5:もしまた、再映画化する機があるなら、私的には荒川良々氏にぜひ主演をお願いしたい。結構雰囲気を出してくれるハズ・・
追記6:ワタシの中では、本作(原作)を中心に、水上勉『雁の寺』とか、円谷プロの秀作特撮ドラマ「怪奇大作戦」の『呪いの壷(第23話)』『京都買います(第25話)』などと物語世界がリンクされてしまっている(・ω・)
追記7:不謹慎ではあるが・・私的に映画化して欲しいのは“谷中五重塔放火心中事件(1957)”であろうか。この時期に官能芸術作品(?)として公開すれば、その話題性が“塔再建の起爆剤”となるように思う!

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2007年11月30日 (金)

☆『いつか読書する日(2004)』☆

※溜まってる映画メモをまとめた記事です。

7日(水曜)の夜。衛星第2で放送されたものを観た。「静かに燃え盛り、やがて散ってゆく」・・そんな中年男女の恋模様を描いた佳作である。
実を言うと、あんまし期待してなかったんだが・・『コキーユ(1999)』同様、たぶんワタシの心の奥底に、ずっと生涯に渡り記憶(の片鱗)の残されてゆく・・そんな作品となるんではないか??
現時点で、そう思っている映画である(←大げさやな〜)

早朝に「田畑牛乳店」の牛乳配達を、その後「Sマート」でレジ打ちのパートをし生計を立てている50歳の未婚女性・大場美奈子(田中裕子)。
そんな彼女と町なかで微妙にすれ違いつつ、市役所職員(児童課)としての決まり切った日々を積み重ねる高梨槐多(かいた)(岸部一徳)。
2人は実は35年前の若かりし日、中学校の同級生であり、ほのかな恋心を互いに描き合っていた仲でもあった。

現実には、高梨には重病の妻・容子(仁科亜季子)がおり、彼女の介護を第一に考える彼は、とにかく余計な言動に時間を割くことを避け、自宅と職場を往復するだけの男だった。

そんな中、「Sマート」で常習的に万引きをする少年の保護を巡り美奈子と槐多は急接近することとなる。

自らを律し、ひたすら無関心を装う夫に対し、容子は“ある決心”をし、毎朝牛乳の届くポストに配達人=美奈子へ宛てた手紙をそっと忍ばせるのだった・・そんな展開。

本作で「直感的に感じた」のは・・「死が迫った時、人の感性は鋭敏になるのかも」ってことだろうか。
寝たきり状態の容子が、真夜中にむっくりと起き上がり、癌に蝕まれた躯に残された“最後の力”を振り絞って部屋を出、玄関のポスト(牛乳箱)へと向かう・・その姿に「このシーンは幻想なのではないんだろうか?」「大仕事を済ませベッドに戻った時、きっと彼女の躯は冷え切っていたんだろうな」などと色々な想いを巡らせた次第だ。

夫の、長年秘めて来た想い・・を的確に見抜いていた病床の妻。
亡くなりゆく存在に対しては、憐憫と言うよりも、直接的な恐怖を感じてしまうものなのかも知れぬ、家族と言うものは・・
(ときに「配達された牛乳を殆ど飲まず、流しに棄ててる槐多」なる描写は秀逸である!)

一方で、半ばコミカルに「認知症老人」の日常が描かれる。
午前6時に新聞を手にトイレに入り・・出て柱時計を見上げたら午前10時。
妻の姿は見当たらないが、入れたてのお茶がテーブルに置かれ、湯気を立てている。
家じゅうに妻の姿を捜し、やがて台所へ戻れば午後4時。
テーブルの上の器がいつの間にか増えており、湯気を立てている・・

妻がいなくなった“事件”を何かに例えたいが、巧く言葉が出て来ず・・最後に捻り出されたのは
「マリー・テレサ号??」などと言うトンチンカンな船舶の名前だったり(⌒〜⌒ι)

ああ、将来はこんな感覚に陥ってしまうのやろか・・(×_×)

細い坂を「よしっ!」と気合を入れ上ってゆく女がいたり、
一方で棺に入り、無言でその坂を下ってゆく女がいたり。
そう言った“対比映像”も独特のセンスで描かれており、印象深かった。

最後の最後に美奈子と槐多とは結ばれるのか? そしてその後は・・?

本作における岸部一徳氏を観ていて、ふと連想したのは『顔(2000)』における切ない役柄だった。あちらもショッキングでやるせない運命を迎える同氏なのだが・・本作では「ラストで確かに笑っていた」のがまだしも救いになっていたかな、と。

・・にしても「ずっと思って来たこと、したい!」「全部、して!」の激しくエッチなやり取りには何とも圧倒された(⌒〜⌒ι)
本作を沢田研二が観たとして・・どんな批評を妻(田中)にするんやろね??(・ω・)

〜 こんなセリフもありました 〜

妻の手記「全てが判った朝だった」
    「もしこの願いが届いたら・・私も救われると思うのです」

槐多「あの・・50歳から85歳って長いですか? 今、50歳なんで・・」

↓ 問われた老人の答えは、さぁどっち?!(=^_^=) ↓

A)「あっと言う間さ」
B)「長ぇぞ」

敏子「ふと思うのよ。貴女に別の生活とか、人生があったんじゃないかって」
  「この人(認知症の夫)ね、昔に向かって生きてるのよ、どんどん元気になっていく」
  「2人とも長生きしてね、色んなことが分かって行くから」
  「若い頃にね、奪ったんだ、妻子のいたあの人を・・その時に決めたんだ、絶対にこの人を看取ってやるって」

同僚「最近やけに熱心だな」
槐多「仕事だし」
同僚「そうだな・・だが前はそうじゃなかったろ?」

ラジオの女性DJ「恋愛って、片想いの時が一番幸せだったんじゃないかな?」

容子「労らなくていいの、うそつかないで本当のことを言って欲しい」
  「自分の気持ちを殺すって、周りの気持ちも殺すことなんだからね」
  「蚊が飛んでいたけど・・私を刺してもくれない」

槐多「オレさ、若い頃に「平凡に生きてやる」って決めたんだ・・今まで必死でそれを守って来た」

美奈子「私、つまんなそうな女ですか?」
   「これからは・・本でも読みます」

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2007年8月16日 (木)

☆『アヴァロン/Avalon(2001)』☆

11日(土曜)の深夜・・日付は既に12日(日曜)と変わってしまった頃に鑑賞。
衛星第2で連夜(5日〜12日)、特集の組まれてた「アニメギガ・スペシャル/とことん!押井守」の最終夜を飾った作品の1つであった。んで、公開当時に見逃してしまった作品でもあり、それなりに期待しつつ観た。

近未来、仮想戦闘ゲーム“アヴァロン(not三河車)”に興じる人々を軸に、「退廃的な未来社会」や「現実と仮想世界のすき間に迷い込む女主人公アッシュの運命」を描いたSF。
本作を録画してた家人がさっき観終えたようで、想定範囲内の感想(=^_^=)「全く内容が理解出来なかった・・」と文句を言っていたが、確かに本作を観るに当たっては
「まず、押井守監督作品であることが理解出来ている」
「ストーリーの(起承転結と言った)把握より、その世界観に浸ることを目的と出来る」
・・そんな姿勢が必要不可欠ではないかな、と。

私的には押井監督の実写作品ってモノに殆ど縁がなかったので、それだけでも珍しい感じで楽しめた☆

が「舞台がポーランドであること(オールロケ敢行らしい!)」や「独特のセピア映像で作品の大半が綴られていること」などの“目立つ要素”を取り除いて行くと・・何となくデヴィッド・クローネンバーグ監督の『イグジステンズ(1999)』と殆どおんなじことを言いたかったのかも、と結論が出てしまった。
まぁ言うなれば「現実と夢(≒ヴァーチャル)の混沌」みたいなトコロだろうか。

アクションがスタイリッシュか? とかスゴいか? と言えばそうでもないし、「全カットにCG処理が施された」と言う映像にも、何故だか「深さ」でなく「薄さ」が露呈してしまってたように感じた。
ま、それすらも押井監督の狙いだったのかも知れないが・・

主人公アッシュを演じた女性が「ボブヘアーがトレードマーク」「煙草も吸えば、銃も撃つ」って感じで・・どうにもリュック・ベッソン監督にも通じる「ヒロインの理想像(・・或いは趣味)」を持ってるんかな〜と邪推してしまう。「ミラ・ジョヴォヴィッチ版」「ナタリー・ポートマン版」も是非観てみたいもんだ(⌒〜⌒ι)

後半など、もっと展開が悪ノリ(?)してて、「目を覚ます(?)」と「監禁(拘束?)されてた」アッシュが「近くの窓を開けたら⇒レンガ壁で塞がれている」或いは「とある殺害任務(?)を受け、ドレス姿で拳銃を手に歩き回る」・・って演出はどう考えても『ニキータ(1990)』じゃねぇのか?! とつい突っ込んでしまいたくなる訳で。

まぁ「戦車など、兵器&銃器の描写にはスキがない」「あくまでヒロイン中心に世界を構築させてる」「“イノセンス”な犬が登場する」「“ゴースト”なる概念が本作でも重要なネタとなってる」などなど、「押井センセイ・・たぶん撮影しながら、毎日興奮しまくってたんやろな〜・・」などと観てるこちらまでが微笑ましく思えて来る(=^_^=)

ただ、終盤で「セピア世界」が劇的な変貌を遂げるトコロがあるんだが、ちょっと「近未来とは思えぬ世界の描写(←ほんの一瞬ながら「赤いレガシィワゴン(BF)」の映るのが面白い☆)」やら「意外に※※※映像だと表情(容貌)の冴えないヒロインさん」やらに残念な感が禁じ得なかった。

また、本作は「性的な要素」が一切カットされてた代わりに、妙に「登場人物の食事するシーン」が多かった。「何だこりゃ、小津安二郎監督映画へのオマージュかいな・・」と小ツッコミしてしまったものだ(・ω・)

それと・・この『アヴァロン』だが、タイトルからも(分かる人は)分かるように「アーサー王伝説」が下敷きとなっている。なので、その辺り「ポーランドよりも、アイルランドやウェールズをロケ地にした方が辻褄はあってたんでは?」とシロ〜トなりにふと思ったモノである。

〜 こんなセリフもありますた 〜

ビショップ「本物の肉に野菜・・君の犬は幸せだな」
     「ゲームはワタシにとって・・“手段”ではなく“目的”なのだ」

ゲームマスター「良きGM(ゲームマスター)は、ゲームそのものには関わらぬものだ」

※※※※※「世界とは“思い込み”に過ぎない・・ここが“現実”だとして、それに一体何の不都合がある?」
     「いいか・・事象に惑わされるな」

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2007年7月 5日 (木)

☆『明日の記憶(2005)』☆

1日(日曜)。「日曜洋画劇場40周年特別企画」として地上波初放送された邦画『明日の記憶』を観た。
現代的な解釈でクロサワ映画『生きる(1952)』を描き直したような作品かな? それとも『解夏(2003)』の変則ヴァージョンかな? と半ば「軽視した感じ」で観始めたんだが・・突如発症した「若年性アルツハイマー病」に苦しめられ、次第に“自分(=自我)”を崩壊させてゆく主人公の姿に・・と言うより、そんな彼を献身的に支え続ける妻の姿に、2シーンほどボロボロ泣かされてしまった(×_×)
『阿弥陀堂だより(2002)』も良かったが、本作においても樋口可南子さんはかなり素晴らしい! はからずも惚れてしまいました(=^_^=) こうなりゃ(←どうなりゃ?)くだんの“ヌード写真集”でも買っちゃおっかな〜(←すぐそっちに走るし!)
そして渡辺謙! 近年では『ラストサムライ(2003)』『硫黄島からの手紙(2006)』などで静かながらも強烈な存在感を放っているが、私的には本作こそ「彼の代表作」として映画史に残るべきものではないか?! と妙に高く評価してしまうものだ。(少なくとも『バットマン/ビギンズ(2005)』よりは数倍、価値ある起用だと思う(=^_^=))

2004年・春。大手広告代理店に勤める佐伯雅行(渡辺)は49歳の働き盛り。部長と言う要職に就き“ギガフォース”なる一大プロジェクト(?)の陣頭指揮に忙殺されている。その一方で、娘・梨恵(吹石一恵)が婚約者・直也(坂口憲二)と“おめでた婚”を迎えようとしている。
そんな中、佐伯は「スタッフの名が出て来ない」「会議をすっぽかす」「熟知してるハズの道に迷う」などの“おかしな症状”に突如襲われる。妻・枝実子(樋口)の勧めで病院の神経内科を受診した彼に、担当医・吉田(及川光博)はやがて「アルツハイマー病の初期症状」と言う診断を下す。
その病のことを職場に隠し続ける佐伯だが、ミスを頻発し、ついには部下の密告(?)により、閑職に異動させられることとなる。同期入社(?)の局長(=上司)には退職を勧められるも「娘夫婦の披露宴を済ませるまでは“働く父親”でありたい」と考え、10月いっぱいまでは仕事を続ける道を選ぶ。

秋。披露宴を無事済ませ退社した佐伯は、やがて孫娘・芽吹(めぶき)の誕生に立ち会い、その眼を細めるのだった。そして、娘を嫁がせ、孫の誕生を見届けたことに安心したか、病魔はそのスピードを上げ、佐伯の脳を非情にも浸食してゆくのであった・・
そして、2010年・秋・・ ってな展開。

冒頭&ラストで「2010年」ちぅ“近未来”の描かれるのが、ちょっと不思議な味わいだった(←なんせSFですからっ)。「ぼちぼちアルツハイマーの進行を食い止める薬剤が開発されるんじゃないんか?」とも思うが、どうも研究はそう巧くは進んでないらしい(某省の薬剤認可のスピードは近未来になろうが一向に改善されてないようで?(×_×))。
前半の、都会を舞台にした“オン”のドラマと、中盤以降の大自然(←奥多摩界隈らしい)にロケーションを移しての“オフ”のドラマの緩急もまた独特の雰囲気が出てて面白い。
主人公が時折“幻覚&幻聴モード”に突入しちゃう演出は、何故だかテリー・ギリアム監督の『未来世紀ブラジル(1985)』や『フィッシャー・キング(1991)』を連想してしまった。中年のおっつぁんの妄想の中に「うら若い女性」が登場すると、どうしてもそんな作品を連想しちゃうンだよなぁ(・ω・)

脇役キャラにもそれぞれに個性と味わいのあったのがナイス。

♦吉田医師役のミッチー及川。物語にかなり絡んで来る役柄なんや! と期待してたら、いきなり姿を消してしまった(×_×) 中途半端やな〜。
♦娘・梨恵役の吹石。女高生時代にグレてはったんですね(⌒〜⌒ι) でも、本作ではいきなし全身の骨がボキボキに折れたり、首が転がったりしなくて安心しました。。←それは別作品(2004)だっつぅの!
♦部下・園田役の田辺誠一。最後に“離れた位置”から佐伯に一礼する姿が印象深かった。
♦河村課長役の香川照之。最後こそいいヤツだったが、途中までの憎たらしいキャラ造形は流石(=^_^=)
♦陶芸教室・講師役の木梨憲武。彼の“あの行為”は確信犯だったんだろうか? (解かれることなき)本作の1つの謎ではある。
♦浜野社長役の渡辺えり子。後半で、とある成り行きから枝実子を雇うこととなるんだが・・何と「高級陶芸ギャラリーを数店舗展開するオーナー」だそうだ。てっきり市井の食堂のおばちゃんぐらいかと思ってた(←見た目で判断してす〜ません)
♦陶芸工房・師匠役の大滝秀治。本作最大の“謎のキャラ”。いっそ彼を主人公にした「スピンアウト作品」を是非観てみたい(=^_^=) 劇中で2度登場するんだが、私的には2度目の登場シーンの全てを「佐伯の幻覚」と解釈してみたりもする(・ω・)

シーンにより連想したのは、こんな映画たち。

♦病院の駐車券を何処にしまったのか忘れ、慌てる佐伯。妻・枝実子が運転席(天井)のバイザーから券を取り出す。⇒『ターミネーター2(1991)』
♦夫の言動につられ、号泣しそうになる妻。「泣かない泣かない」と自らに言い聞かせる。⇒『アメリカン・ビューティー(1999)』のアネット・ベニング(彼女の場合「泣くな!泣くな!」だったが(×_×))
♦知らず、妻の頭を陶皿でどついてしまう主人公。⇒これが『運命の女(2002)』のギア様だったら、樋口さん今ごろ死んでます(×_×) カーペットで巻かれてます。

時折、時計の針の音が異常に大きく聞こえる「音響的演出」や、ラストでの“吊り橋を渡って戻ってゆく2人の姿”が何かのメタファー(もしくは予兆)を思わせる「遠景カメラワーク」なども良かった。
欲を言えば、折角の豪華俳優陣なんだし「もうちょっと深く」本筋にそれぞれを絡ませて欲しかったんだが、それを差し引いても良い作品だった。

んで・・
「ヘラヘラと日々を生きてる人間」の心にはきっと響かない1作だな・・と思った訳だ、うん。

〜 こんなセリフも印象的でした 〜

佐伯「ビシッと行こうよ、ビシッと」←口癖
  「病気のこと分かってても、それ言われるヤツの気持ちを考えたことあんのかよ!」
  「何事もいつかは終わるのだ」←独白
  「こんな男でごめんな」

吉田「自分に出来ることをして欲しい、そして諦めないで欲しい。・・先程と同じ診察室で待っています」

枝実子「どんなことがあっても我慢したわ、だって家族だもの。私がずーっとそばにいます」

師匠「器を作ると(そこに)人間が出る」
  「酒と食いもんと女がいりゃ、それで十分! 生きてりゃ良いんだよ、生きてりゃ!」

浜野「ビールっ腹! これって妊娠してるみたい・・って妊娠したことないか」←光速のセルフ突っ込み・・

河村「打ち合わせに5分遅れるってことは、他人の人生を5分奪うってことなんだよ!」
  「安藤君(=袴田吉彦)とキャバクラ行っても面白くないんだよ、あいつばっかりもてちゃってさぁ」

【追記】

○佐伯選手(=^_^=)「オーランド・ブルームをマイナー俳優呼ばわり」するわ「レオナルド・ディカプリオの名前」が出て来んわ、、業界人としてお戯れが過ぎますゾ。
○主人公の勤務先のライバル社名は「電博(デンパク)」と言うらしい(⌒〜⌒ι)←元ネタバレバレ、、
○「加藤あい」「村上隆」「エネオス」といった“実名系”がセリフに盛り込まれていた。

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2007年5月29日 (火)

☆『阿弥陀堂だより(2002)』☆

28日(月曜)。週始めだと言うに早速、残業ぎみ・・(×_×)
何だか先週末(土曜)辺りから、左の腰部&臀部〜下腿部の神経痛が再発して来たようで、仕事の調子もイマイチ上がらない(←いや、語弊があるので“上がりにくい”と訂正しとこうか(・ω・))。
職場での笑顔も出にくい。でも笑うときっと下品に映るだろうから、それはそれで構わない(←どやねん)

(傷みに顔をしかめつつ)帰宅後、夕食を済ませるや否や、新聞関係の(切り抜き&赤ライン引き)作業を開始☆ 今となっては趣味なのか仕事なのか、果たして楽しいのか苦しいのか、もう何が何だか分かんない(⌒〜⌒ι) が、考えてる間にも日々、記事が溜まってくるから、片っ端からやっつけて行くしかないのである。

ちょうど衛星第2ちゃんねるで邦画『阿弥陀堂だより』が放送されたもんで、それをBGM代わりに流しつつ新聞処理を進めることとした。近年まれなぐらいの“ゆっくリズム(←死語?)”な作品なので、画面をそんなに注視せずとも楽しめるのだ。爆発とか銃撃のシーンもないので(←そりゃそうだ)フラットな気分でダラっと観れるのが良い☆
今夜のワタシの気分にびったりの映画だった。

妻・美智子(樋口可南子)の患った心の病(パニック障害)を和らげるため、小説家である夫・上田孝夫(寺尾聰)は大都会を離れ、自身の実家である信州の山村へ彼女を伴い帰郷する。そこには『阿弥陀堂』に暮らすおうめ婆さん、難病で死の影の迫る孝夫の恩師・幸田(田村高廣)、喉の病気に苦しむ少女・小百合(小西真奈美)などの面々が、等身大にしっかりと日々を生きる姿があった。
美智子は村の人々との触れ合いの中で、次第に病を克服し、やがて町の青年医師・中村(吉岡秀隆)と共に小百合の手術を決意する・・そんな流れ、だろうか。

メインキャスト陣がなかなか豪華で圧倒される。今は観ることの叶わぬ、田村さん(故人)の演技は確かに存在感があって良い。劇中でひと言も喋らない(確か・・)小西真奈美も、それはそれでおしとやかに見えて、全然OKかも(おいこら)
観てて、何故か『少林寺木人拳(1977)』の主人公を演じたジャッキーを連想したりも(・ω・) ハァ、不謹慎ですみまそん。。

吉岡と寺尾が“激突”すると、どうも世界観が『博士の愛した数式(2005)』に変貌してしまうため、ひどく恐れてしまったが(何の脈絡もなくキャッチボール始めたりなんざしたら・・最悪である(=^_^=))、特に接点らしいモノもなく、必要以上に安心してしまった(=^_^=)
これまた何故だか分かんないが・・本作における樋口さんを眺めてて「故・向田邦子さんがもし女優となっておられてたら、若い頃はこんな感じだったのかも」と連想してしまった。これっておれの単なる妄想だろうか。きっとそうだろう(・ω・)

それと、加古隆によるメインテーマ曲は何となく『アメリ(2001)』のサントラをほうふつとさせる旋律だった。。演奏楽器をアコーディオンに切り替えたら、さらにそっくりになるんじゃなかろうか。

今回は、さほど気合入れて観てなかったので、セリフ群をいちいちチェック出来た訳ではなかったが、劇中で宮沢賢治、プーシキンの詩作の引用をしてる演出はそんなに不自然な感じも受けず、私的には好感が持てた。

※ネットで各位の感想を調べてて笑えたのが「何ひとつ(小説家らしい)仕事をしてない寺尾(孝夫役)が・・最後に“大仕事”をやってのけた!」みたいな意見。確かに!
・・って言うか“そこのシーン”を映して欲しかったぜおい。やっぱしここは“ディレクターズカット完全版”のDVD化を待つしかないんかな?(出ねーっての!)

〜 こんな感じのセリフがありました(ちょいとうろ覚えどす) 〜

美智子「例え病に冒されていても、心が元気なら、それは病気ではないと言うこと」

※※※「悲しい日は、心を穏やかに保ちなさい。きっと、幸せな日がやってくる」

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2007年4月11日 (水)

☆『男たちの大和/YAMATO(2005)』☆

8日(日曜)の夜。「日曜洋画劇場40周年記念」とし「地上波初」で放送された戦記モノ大作(?)『男たちの大和/YAMATO』を観た。何だかんだ言っても(←誰も恐れ多くて何ともかんとも言わないけど・・)“邦画界の帝王”たる角川春樹氏が製作&プロデュースを手がけてるだけのことはあり、生半可なツッコミがしにくい(←出来ないことはない)勢いに溢れてた!

1945年4月7日。大日本帝国海軍の旗艦と言うべき巨大戦艦・大和が「北緯30度43分、東経128度4分」の地点(沖縄沖)で沈没した。将兵3,000名が艦と共に海底に沈んだとされている。それから60年の歳月が過ぎた・・
2005年4月6日。鹿児島県・枕崎市に暮らす老いた漁師、神尾克己(仲代達矢)を、かつての神尾の上官(?)・内田の娘を名乗る女性(鈴木京香)が訪ねる。かの艦が海底に眠る地点へ船を出して欲しいと頼む彼女。その事情を察した神尾は片道約15時間の海路を、持ち船“明日香丸”で案内することに。過去のことは、養女である彼女にも殆ど語らずひっそりと亡くなった内田。「父のことが知りたくなった」と言う彼女に、神尾もまた、半世紀以上も閉ざし続けた重い口をようやく開くのだった・・みたいな流れ。

物語のタイプは全く異なるも、作品の組立ては何処となく『タイタニック(1997)』あたりを参考にしてる感がなくもない。戦艦大和の出港、艦での生活、そして一番長い日。

ちと残念だったのは、それぞれの兵士に大きな個性が持たされず(まぁ軍人とはそう言うものだが・・)、群像劇としても描き方の浅い印象があったこと。また、大和そのものについても、甲板部分こそ“原寸大セット(建造に約6億円がかけられたと言う!)”を使用しただけの迫力があるものの、艦内や艦橋など「観客が知りたい部分」があんまし気合入れて描かれていないようで、リアルさ&臨場感に「格差」が見受けられた(私的に)。
おまけに戦闘シーンに関しても「甲板部(≒機銃座)アップ」「敵機映像」が激しく交互に映し出されるパターンが多用され、ちと“マンネリ”なカメラワークに思えた。
思いっきりCGを駆使し、有り得ない位置・角度からの映像をバンバン入れてもらえると、もっとインパクトを与えてくれたんじゃなかろうか(TV放送向けに(オリジナル版から)映像を大幅カットしたと言う事情があったなら文句はないが・・)

俳優陣に関しては、青年時代の神尾を演じたのが松山ケンイチと言うことに気づかず、ちと損してしまった気分。自分の中ではなかなかに『NANA(2005)』『デスノート(2006)』の松山と、そのイメージが繋がらない。。特に“カメレオン俳優”をウリにしてる訳でもないんだろうが・・(・ω・)
その神尾の上官(?)であった、内田二曹(中村獅童)&森脇二曹(反町隆史)であるが、特に反町は「作品にその存在感が飲み込まれてる」感じがし残念だった。中村は『硫黄島からの手紙(2006)』よりは印象がよほど良かったか(=^_^=) 
同様に高知東生、余貴美子、本田“ウパー!(1997)”博太郎、林隆三・・の各氏の出演もあとで気づいた次第。。
なお、司令官・伊藤中将役で渡哲也が出演してるが、予想してたよりもはるかに“薄い”役回りだった。何だか「大和には実は乗ってなかった」と言う印象すら少なからず受けた。「出演シーンは別撮りで、後で編集したんです」的に思っちゃうのはワタシだけだろうか。

逆に非常な衝撃を受けたのが、呉で芸者をやってた“寺島しのぶ”の出演! 内田を慕っていて「あたしがあんたを抱きたいんや」とか言いながら着物を脱ぎ始めるんだが・・「脱がなくてもイイっすよ!」とちょっと羽交い締めしたくなったり・・寺島さん、どうにも頑張り過ぎですぅ(・ω・)

作品全体で印象的だったのは、
・ 船酔いのクスリすら飲まず漁船に乗り込み、揚げ句の果てにげぇげぇしてる鈴木京香って
・決して砲弾不足って訳ではなかった終盤の大和(兵力不足、防御力不足が濃厚だった)
・呉を離れ、広島市内の軍事工場に勤務することとなり、それ故に(原子爆弾で)命を散らせてしまう銃後の人々がいた事実
・「生きて帰ったことにより、肩身の狭い思いをする兵士」のいた事実
・甲板に兵士がいるのに46cm主砲をぶっぱなす演出!(退避しないと衝撃でみんな吹っ飛んで即死すると思う・・)
・艦内ではささいな理由で体罰ざかり。。みんな気合が空回りし、体力が有り余ってた感じの日々・・
などだろうか。

また、こんなことを書くのは不謹慎なのかも知れないが・・「若く、果敢で愛国心に満ちた日本人がことごとく戦死し・・生き残った日本人のDNAが継承されていったせいで、その後のニッポンはダメになって行ったのかも?」などと言う妄念も心の中にふと浮かんでしまったものである。

〜 漢(をとこ)たちの名セリフ群 〜

森脇二曹「死ぬ者はようけぇおる、今は生き残る者が必要なんじゃ」

士官「出撃にあたり、今更何も言うことはない!」 ←いや、何か言ぅてよ

士官「敗れて目覚める、それ以外に日本が変わる道はない」

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2007年1月28日 (日)

☆『赤い月(2003)』☆

26日(金曜)。残業でくたくたになりつつ・・帰宅後「金曜ロードショー」で“地上波初登場”とし放送された邦画『赤い月』を期待半分・不安半分(⌒〜⌒ι)で観た。直木賞作家・なかにし礼の“満州だヨ、おっ母さん”的自伝小説を原作に、降旗康男監督がメガホンを執った作品。主演に常盤貴子。共演に香川照之、伊勢谷友介、布袋寅泰・・あと、山本太郎、大杉蓮など。

昭和20年夏。第2次大戦末期の満州を舞台に、愛を求めしたたかに生きぬいた母と子の、激動の半生が描かれる・・
ってな、なかなかに壮大な大河モノなんだが、TV放送ヴァージョンでカットされまくりなのか、何とも大味な脚本であった。。
北海道・小樽を発ち、新天地・満州へやって来た森田夫妻(勇太郎役:香川、波子役:常盤)とそれに連れ添う大杉中佐(布袋)の“フリ”がちょびっと描かれるが、何とも「台本をただなぞりました」的で頂けない。で、10年後・・夫妻は関東軍の庇護のもと『森田酒造』を満州・牡丹江で成功させるんだが、酒作りとか子供らに関する苦労話は一切なし! いきなり成功し、家族や使用人に囲まれた夫妻が出て来ても感情移入出来んし・・これって制作費の問題?

香川は抑え過ぎな感の演技で、余り嬉々とし演じてるように見えない。反面、常盤はお相手を「布袋⇒伊勢谷」としたたかにシフトして行く流れなので、結構(撮影を)楽しんだんじゃなかろうか(←単なる邪推)
にしても・・メインを張る役者陣が揃いも揃って“ラディッシュな台詞回し”なのには閉口させられた。「演技力がまずありき」ではなかったんやろか。香川は途中で唐突にプチ錯乱して『ブラック・レイン(1989)』における故・松田優作みたいな蛮行(?)をやってのけるし、布袋に至っては、これまた唐突に・・。正直、彼の起用された意図が殆ど分からないのである。
伊勢谷は『金髪の草原(2000)』におけるナチュラル演技には結構好感を覚えたが・・本作でも同じような演法なので「うう・・」とこれまた失望。鍛えまくってる感じの筋肉美が、ロシア人家庭教師(役名:エレナ・イバノーヴァ)との全裸セクースシーンなどで引き立ってるのは確かに認めますがネ(⌒〜⌒ι)

私的に一番良かったのはハルビン在住の怪しげな“片言ぎみ日本語遣い”の中国人役を演じた大杉蓮。彼ひとりのみ、大きく物語の中で存在感を示してたように思う。
役名で遊んでるなぁ〜と思ったのは、伊勢谷演じる諜報部員(スパイ)の氷室啓介(階級は少尉)。布袋のライバル的存在である氷室京介に酷似してるのはどうだろう、と。エレナ役を演じた女優さん(←なかなか可愛いです、散り際は“血しぶき上げ過ぎ”ぽいですが(×_×))がエレナ・ザハローヴァさんと言うそうで、これもそこまで近づけるなら、そのまま同名にしといたらええやんか、と突っ込んじゃった次第。その辺り、原作での設定がどうなってんのか興味がチラリ☆

最大の特撮的見所は中盤、爆撃により全壊する「森田邸」のシーンであろうか。ただ、カメラが“妙に行儀良い位置”で固定されてるので、予定調和な感覚があり、あんまり意外性と言うか、心にどよめくものはなかった。
後半でいよいよ(?)氷室と1つに結ばれる波子。その場面をモロに目撃した子供ら(美咲と公平の姉弟)が衝撃を受けるのが何と言うか・・(×_×)←施錠しとけよ! とも思うし。カギないんか?
美咲は「わたし恥ずかしい・・あんな不潔な人が母親だなんて」と嘆いてたが・・考えるに、小樽時代(或いはそれ以前)から波子が“奔放でなかった”確証は何処にもない訳で・・美咲や公平が「勇太郎のホントの子」と言う訳でもなかったんかも・・と妙に勘ぐり過ぎて余計に頭痛がして来るのだった。。

その他、気になった点など列挙。

○降旗監督はやはり“鉄ちゃん”か? 蒸気機関車の出番が妙に目立つ。
○屋敷の爆発するセットに制作費がかかってるぐらい?
○語り手を屋敷内に(使用人とし)配しても良かったか? 誰の視点で、どう物語を辿れば良いのか曖昧。
○『OUT(2002)』の頃の鮮烈さがどんどんしぼむ香川照之・・。

〜 こんな台詞もありました 〜

波子「私の中であなたを取り戻して」
  「生きる為には愛し合う人が必要なのよ!」
  「大切なのは自分自身の命を生き続けるための愛なのよ、いつかきっとあなたにも分かるわ」
  「あなたの戻るのを待つのが、今から私の生きる理由」

エレナ「罪なら私も同じです・生きることは罪なのです」

大杉中佐「死に場所を失った軍人は哀れだ」

追記:降旗監督作品と言えば、何と言っても『駅/STATION(1981)』が好きである。健さん(高倉健)と倍賞千恵子さんの“結ばれる”シーンがとても良かったのです。海鳴りなんかが枕元で聞こえてそうな感じで(←それって“ピストン運動”のメタファーか? ←おいっ!)、ワタシの理想とする大晦日の過ごし方かも知れません(談)。

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