2009年11月 3日 (火)

☆『3時10分、決断のとき』☆

2日(月曜)。休みの隙間+週始めってことで、絶妙に仕事場に架かって来る電話が多く、狙ってたほどにはラク出来なかった(←こら!) 「もうちと自分の仕事がしたかった」とか「肝心な事を何か忘れておるのでは?」とか思ったりもするが、まぁ過ぎた1日を悔やんでも仕方あるまい。

明日も休みだし・・ってことで、仕事帰りに職場近くのミニシアター“ソレイユ”で上映の始まった『3時10分、決断のとき』を観て来た☆ な〜んか野郎が多いなぁ(・ω・)・・と思ったら今日は月曜=メンズデーだったのね(×_×)

お1人だけ若い(?)女の子が開場待ちをしてたが・・彼氏と合流予定だったんやろか? もし「敢えてのメンズデー鑑賞」だったんなら、それはそれで天晴(あっぱれ)やと思うなぁ(=^_^=)

南北戦争で(狙撃兵とし)北軍に従軍、片脚に“名誉の負傷”を負った牧場主=ダン・エヴァンス(クリスチャン・ベール)は、地主=ホランダーに(遠回しながら)立ち退きを強要されるわ、長男ウィリアム(=ウィル)&妻アリスには軽蔑の眼で眺められるわ、政府からの戦傷補償金が198ドル36セントぽっちしか貰えないわ、次男マークは幼少時から病弱(結核)で薬代も高額だわ・・とまさに“切羽詰まった状況+夜逃げの危機”にさらされていた。

そんな中、立ち寄ったビズビーの町で、強盗22件&強奪総額40万ドルの大物賞金首=ベン・ウェイド(ラッセル・クロゥ)を明後日の午後3時10分に「コンテンション発、ユマ行」列車の囚人護送車両(1両目)に乗せる、と言う仕事に絡めるチャンスが舞い込む。その報酬は・・200ドル!

家族を救うため、ウェイドを護送する一行に志願し、加わるダンだが・・2日に渡る旅を続ける内、2人の間に“絆”のような感情が芽生え始める。

一方、捕まったボス(=ウェイド)を救出すべく、副官チャーリー(ベン・フォスター)を暫定リーダー(?)とした“荒くれ集団”もまたコンテンションの町を目指す。

また、父に「家を護れ」と言われた14歳のウィルは・・こっそり家を飛び出し、護送班の後をつける。父とは違う“強き男”ウェイドにほのかな憧れを抱きつつ・・

こうして彼らの運命は「2日後の3時10分」に向かって、勢い良く転がり始めるのだった・・

いや〜シブい! 予想してた「ガンアクション満載の能動的&能天気な西部劇」ってのとは全然テイストが違ってたが(⌒〜⌒ι) こう言う“異色ウェスタン”もたまには面白い。何だか『ブロークバック・マウンテン(2005)』を“フツーの西部劇”と思って観に行き、どぇりゃ〜衝撃を受けたあの日(←どの日?)を思い出す(=^_^=)

全篇を通じ「シリアス」で「緊張感が漂いまくる」トコや「如何にもバッドエンドな予感のする」トコは『ブレイブ(1997)』や『デッドマン(1995)』なんかを連想しちゃったりもするし・・(←2作ともジョニー・デップ作品やね)

ほか、主人公である「ダメ親父」が息子との距離感を測りかねてるトコなぞは『宇宙戦争(2005)』に似てたりも(・ω・)

しかし本作って『決断の3時10分(1957)』のリメイクらしい! オリジナル版がどんなテイストなのかは分からないが、忠実にリメイクしたんだとすれば、コレはモノ凄い脚本だと思う! 半世紀前でっせ!

今や「ハリウッドで石を投げればクリスチャン・ベールに当たる」とまで言われる(←言われねぇよ!)ベール君であるが、またまたイイ作品に食らい付いたモノだ、こん畜生!(=^_^=)

一方『ワールド・オヴ・ライズ(2008)』で“パシらせ屋”“安楽椅子型ブタ野郎”を好演してくれたラッセル氏も、ベテランの面目を保ってくれてた。
んでもラッセルはん、うかうかしてっと・・ジェラルド・バトラー氏辺りにイカれまっせ〜(=^_^=)

ロードムービーっぽい演出の中、1人また1人・・と同行者が“それぞれのキャラ造型に見合った”退場をして行く展開はなかなか良かった。
しっかし「タコ殴り⇒崖からポイ」ってのは、ホンマにびっくりだな〜も〜(×_×)

劇中のやり取りでウェイドを徹底的に(?)「稀代の女たらし」に描いてみせるんだが、そんな彼を(終盤で)圧倒してみせたのが、何気に“一見ダメダメ野郎”なダンだった。まさに彼こそが「人たらし」だったんや! と実感した。

最近では久々の(8月末に観た『96時間』以来か(=^_^=))「お気に入り作」ともなった本作だが、欲を言えば(緊張感が走りまくるドラマ故に)観ててちょっと疲れた(×_×) も少し編集なりをして短く仕上げて貰っても良かったかも知んない。
因みに、私的には“炭坑(?)のシーン”がやや「ダレ場」に感じた。

にしても、ジェームズ・マンゴールド監督・・『コップランド(1997)』の頃なんかは「どやねん、このおっさん!」と(失礼ながら)感じてしまったが・・作品が段々良くなってます! ぼちぼちアカデミー監督賞も狙えるかも知んないネ!

〜 こんなトコも 〜

♦一時的ながら「護送班」「ニセ護送班」「ウィル君」「ウェイドの手下ら」の4グループの行動が同時進行で描かれる。ここの演出は好きやったね。
♦終盤の「駅までの(直線?)距離」は約800メートル・・その立場だったら、メチャメチャ長い体感距離やろな(×_×)
♦副官チャーリーの視点で本作を追ったドラマってのも観てみたい。因みにウィキのベン・フォスターの紹介画像、めちゃ若い!
♦ウェイドの指図1つで“一命を取り留めた”あのキャラが、その後にウェイドのご機嫌1つで“ぶち殺される”展開には驚愕!
♦余り誰も取り上げてないが(・ω・) ピーター・フォンダの助演もなかなかに光ってた☆ しかし、彼が演じてる(バイロン・マッケルロイ役)と知ってたら、もっと感情移入して観たのに〜(=^_^=)
♦実際には「3時15分」ぐらいじゃなかったか? と思う(⌒〜⌒ι) そやし、運転士が(あの状況に)ビビって引き返したら、更に凄絶やったやろな。。
♦口笛で馬を呼び寄せるウェイド。あれは「すぐ逃げ出すから、ついて来いよ」と言う“フリ”ではないんか? とまで邪推しちまうワタシ(=^_^=)
♦女性キャラが2人しか出て来ないんだが・・それぞれに絶妙な立ち位置(絡み方)で面白い。
♦カットされたと思しきシーン⇒アリスが食器を片付けてて呟く・・「あら? フォークが1本足りないわ・・」(=^_^=)
♦貧乏そうな設定の割に、結構「所持弾丸数が無尽蔵っぽい」ダンさん。弾丸は安いんやろかね?
♦ワタシがダンだったら、取り敢えずウェイドを脅し衣服&帽子を(白⇒黒に)交換しといたと思う(=^_^=)
♦シチュエーションを「近代を舞台に、刑事と(犯罪)組織のボス」「現在を舞台に、人間とゾンビ」「未来を舞台に、(地球人)兵士と(凶悪)異星人」などに置き換え、本作を描いても面白いかも知んない(⌒〜⌒ι)

〜 こんなセリフもありました 〜

ベン「油断したな、トミー・・“犠牲は最小限に”が俺たちの掟だ」
  「箴言(しんげん)13の3にこうある・・“沈黙を護りし者はその身を護る。語り過ぎたる者はその身を滅ぼす”と」
  「痩せた女は嫌いじゃない・・瞳がグリーンならいい。・・グリーン以外も悪くない」 ←何でもエエんや(=^_^=)
  「(俺の)その銃は呪われてる。扱いには気を付けろよ」
  「“嘘つきだらけの町”だな、ここは」
  「箴言21にこうある・・“人は自分の道を正しいと言うが、神こそが人の心を見通す”と」
  「結婚前は美しかったんだろ? 俺がお前なら、アリスを幸せにしてやれるぞ」
  「偽善者ぶるな。お前のそこが気に入らん」
  「無抵抗な女子供を殺しても、神はあんたを赦すんだな?」
  「生きてるこの世界の方が、よっぽど地獄だ」
  「・・俺の母をバカにするな」
  「俺は善意ってヤツが嫌いでな。親切は1度やり始めるとクセになる」
  「ああ、カードでイカサマしてたあのクソ野郎か。“殺したこと”すら忘れてたよ」
  「雨雲だ。ビズビーの方向だな」
  「新婚用のスイートか・・何人の花嫁がこうして(ベッドから)天井を見上げたことだろうな」
  「イエスと言え、ダン」
  「人間なら誰でも命が惜しい・・分かったろ?」
  「“根っからの悪人”でなきゃ、ボスは務まらないのさ・・坊や」
  「懐中時計を握りしめても、時は止まらんさ
  「焦っても、ヘマをするだけだぞ」

ダン「半年後には、総てが巧く行くさ」
  「ウンザリなんだよ・・貧乏にも、家族の“軽蔑の眼差し”にも」
  「“これがあったお陰で良心を保てた”・・そう伝えてくれ」
  「俺には“誇れるもの”が何もない」

ホランダー「俺の土地を流れてる川だ。せき止めようがどうしようが自由だろ?」
     「間もなくこの地にも鉄道が通る。つまり、君らが邪魔なんだよ」

医師「見たか! シャベルで殴ってやった!」 ←後ろ〜! 後ろ〜!

ベン「“レッドビルの町”にいたことが?」
エマ「歌手だった・・思えば“人生の絶頂期”だったわ」

医師「弾が腹の中に」
バイロン「・・取り出せ」
医師「かなり痛みますよ?」
バイロン「・・初めてじゃないさ」

バイロン「お前さんは一体全体・・何の医者だ?」
医師「“言葉を話す患者”はあなたが初めてです」 ←本作唯一の笑い所か?(=^_^=)

ベン「何処へ向かうんだ?」
バイロン「コンテンションだ。“明後日のユマ行きの列車”にお前さんを乗せる」
ベン「はぐれても、そこに行きゃイイんだな?」

バイロン「俺と話したくないか? それとも俺が恐いか?」
ベン「あんたの話はつまらない。それだけだ」

ダン「何とかする」
ウィル「・・ウソだ」

ダン「その内、俺を理解する時が来るさ」
ウィル「理解なんかしたくないね」

ダン「ホランダーに掛け合うさ」
マーク「兄ちゃんは“撃ち殺せ”って」

アリス「“完済した”って言ったのはウソなのね?」
ダン「家族のための借金だ」

ダン「何を考えてる? ヤツは人殺しだぞ」
アリス「悪い人じゃないわ」

ダン「俺にはムリだと?」
アリス「彼は人殺しよ」
ダン「だからこそ、誰かが罪を償わせなきゃならないんだ」
アリス「でも何故、その役があなたでなければならないの?」

ベン「お前の1日の稼ぎは?」
ダン「2ドルだ」
ベン「では、2ドルやろう」
ダン「足りない。息子たちの分も貰いたい」
ベン「・・確かにそうだったな」
ダン「あと5ドルだ」
ベン「・・その理由は?」
ダン「俺を緊張させた」

ベン「“欲しい物を手に入れる”のが男だろ?」
ダン「俺は真面目に働くさ」
ベン「結構なことだが、そんな生き方で稼げてるのか?」

ダン「何のために彼らは死んだ?」
ベン「あいつらか・・ただの“アリのエサ”さ」

ダン「俺は頑固じゃない」
ベン「何故それを・・今、ここで、俺に言う?」
ダン「分からない・・ただ“頑固じゃない”ってことだけは分かって貰いたくてな」
ベン「・・・」

チャーリー「お前が(ボスの)代わりを務めるだと? ボスの恩を忘れたか!」
     「バカ! 黒い帽子は撃つな!」

※「探鉱者を乗せた駅馬車を爆破したってウワサは本当か?」
ベン「そいつはデマだな・・正しくは列車さ」
※「・・・」

※「相手は3人だ」
※「お前の仲間か?」
ベン「(俺の手下なら)もっと腕利きだ」

ウィル「あんたにも良心があるんだろ?」
ベン「ないね。銃があれば、躊躇いなく君を殺してた」

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2009年10月21日 (水)

☆『007/ダイ・アナザー・デイ(2002)』☆

たまってるレビュー(その1)

14日(水曜)の夜、中盤からの鑑賞。TV東京系の『水曜シアター9』と言う番組だった。
「途中からでもついつい観てしまう」・・コレはそんな作品(の1ツ)である(=^_^=) DVDソフトも持ってるってのに。。

今回は、観始めて間もなくMI6(英情報局秘密情報部)の発明主任=Q(ジョン・クリーズ)が登場したので「ええタイミングやんか!」と嬉しくなった。
旧・地下鉄駅構内、空のリフトが線路上を滑って来る・・そしてQがリフトに足をかけ「歩く瞬間」の映像エフェクト(一瞬)がスゴい!

この映像を眼にした当初は「やられた!」と本気で思った。
これって“前代未聞のスパイガジェット”な訳であるが、このぐらいの荒唐無稽さ&有り得なさは十分にあってもイイし、そこまでやってこその“007シリーズ”とも思う次第だ。

もう1点は「ボンドカー=アストンマーチンV12/ヴァンキッシュ」の特殊装備の1ツである“ナビシート・イジェクト機構”を用いたモノ凄い演出! アレも着想した人間を思わず尊敬してしまう!

この2シーンの与えてくれた衝撃だけでも、ワタシの中で本作は“シリーズ最高傑作”であり続けるんじゃないかな、と。6代目ボンド=クレイグ君も頑張ってはくれてるんだけどネ・・

〜 こんなトコも 〜

♦リック・ユーン演じた敵ボスの副官=ザオ。声を当ててた声優・池田秀一氏が、自らの上司を「大佐」と呼ぶことに「激しい違和感」を感じた(=^_^=) 「大佐」はあなたご自身だったのでは?
♦ジンクス(ハル・ベリー)を“水攻め”から救い出す時のボンドの機転・優しさ・必死さが良い。最初にこのシーンを観た時、ウルウルしてしまいますた(⌒〜⌒ι)
♦ムーン大佐の放つ「日本など踏み潰される運命を待つ虫けら同然」ってなセリフが強烈。。原語でもそんなことを言ってはるんやろか?
♦どう解釈しても「38度線」ではないかと思える非武装地帯は「休戦ライン」と表現されてた。
♦敵ボスの要塞でもあった巨大軍用機。機内キャビンに「甲冑セット」のさり気なく飾られてたのが笑えた。案外、中にJJサニー千葉(千葉真一)が隠れてたりして・・? ←『直撃地獄拳/大逆転(1974)』かよ!
♦田園地帯に垂直に突き刺さってるスーパーカー群。意外に、パラシュートなんかなくても、運転席にただ座ってたら助かってたかも??

追記:ダイヤモンド王=グスタフ・グレーヴスを演じたトビー・スティーブンスって、マギー・スミスのご子息なんやねー!

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2009年8月31日 (月)

☆『96時間(2008)』☆

30日(日曜)。昨日の、余りにもの疲れも手伝い(←後日書くかも知れません。小豆島をレンタサイクルで走って来た件です)今日は12時間近くも眠ってしまった(×_×) 我ながら“寝だめ”のし過ぎ! 起きたら・・午後2時を過ぎてたし(⌒〜⌒ι)
当初は帰阪するハズだった週末だが「疲れ過ぎてて、流石に道中(の運転)危ないやろ・・」と直感的にひらめくモノがあり、結局取りやめることとした。
んな訳で、逆に「何もせぬまま」過ぎて行く日曜・・

「何かせな、勿体ないやろ!」

と誰に対するでもなく叫んだワタシは“ワーナー・マイカル・シネマズ綾川”へと再び出かけることにした☆

その前に向かったのは、香川県を代表する古刹=善通寺。ここの“五重大塔”が夜間にライトアップされてることを知ってたので「いつか、夜間撮影にも来なきゃ!」と以前から思ってたが、まさに今夜がその千載一遇(?)のチャンスだった。
ってことで、日暮れ直後に出発⇒高松道で「善通寺インター」を目指したワタシ。

現地は、日照時の混雑も何処へやら、実に静かな境内だった! この静かさってば最高! って言うか、ライトアップの有り難みが参拝客に伝わってない気もした・・(⌒〜⌒ι)
境内でいそいそと三脚を広げ、ISOを1600〜3200に設定し、3方向から塔をバシバシ撮影してみた(シャッタースピードは10〜30秒で設定=長時間露光)。
そんなこんなで50分近くも境内にいた気がするなぁ。ホンマに塔が好きなんやなぁ・・としみじみ。

そこから下道で綾川方面へ移動。正直、まだ高松周辺の地理が掴めてないのもあるが(=^_^=) 讃岐富士が進行方向左手に、大きな黒い姿を佇ませてるのが見えた。夜間に登頂したら、さぞ難しいんやろな〜などと。

到着したら、上映開始(21:35)まで、まだ30分以上も時間があったので、フードコートに“マクドゥーエル”を見つけ(←店名、違うやろ!)久々に食べてみた。どうやら期間限定で“ビッグマクドゥーエルバーガー”が200円だそうで。

興味がわき、数10年ぶり(?)に(セットで)食べてみたが、デカいだけで食べにくく、イマイチだった(×_×)
私的には“てりやき”以外は、ソースの存在感がなさ過ぎて「喰えたもんじゃない」と思う。“マクドゥーエルはソースで誤摩化して喰うべきモノ”と言っても過言ではないのではあるまいか。 ←たまにしか行かないクセに、何をエラそうに!

さて・・
『96時間』は、リュック・ベッソン製作&脚本によるサスペンス作。今回ばかりは「おっさん、逃げとらんで監督せぇよ!」と思わず心の片隅でツッコんでしまったワタシ。と言うのも、予想以上にデキが良かったからだ!

CIAを引退し、現在はカリフォルニアに暮らすブライアン・ミルズ(リーアム・ニーソン)。国家を、仕事を、優先する余りに、愛する妻=レノーア(ファムケ・ヤンセン)は娘=キムを連れ離婚、今は資産家=スチュワートとリッチに生活している。

孤独に生きる、そんなミルズの楽しみは、キムのバースデー写真のアルバムをめくったり、古巣の仲間たちを自宅に招きホームパーティーをしたりしながら、静かに彼女の成長を見守ることだった。

そんなある日、17歳の誕生日を迎えたばかりのキムが、親友のアマンダと共にパリ旅行をすると言い出す。美術館巡りがしたいとのこと。最初は頑(かたくな)に許可を与えなかったミルズだが、最後には根負けし「定時連絡を必ず寄越すこと」を条件にOKを出す。

しかし、ド・ゴール空港を経てパリに到着したのも束の間、アマンダと共にキムは謎の組織に拉致されてしまう・・

携帯電話から漏れる、キムの最後の叫びを耳にしたミルズは、これまでに積み重ねて来た“工作員としてのスキル”を総動員し、愛娘を救い出すため、単身パリへと向かう。そのタイムリミットは・・96時間!

「映像が何処か下品」「物語が動き過ぎて落ち着かない」点のみを除けば、かなり良く出来た作品だった!
正直、この手の作品が観たかったし、その期待に十分応えてくれてる傑作と言えよう!
「続編作ったらイケるよ!」とアドバイスしたげようと思ったら(←誰にや!)・・ウィキペディアによれば、既に続編製作が決定してるらしい!(=^_^=)

初めは『フランティック(1988)』のような「(アクション)控えめテイストのサスペンス」と思ってたワタシは、針を振り切ったレッドゾーン状態のまま、突っ走りまくる我らが“リーアム兄さん(=^_^=)”の暴挙の数々に対する驚愕&苦笑をただただ禁じ得なかった!
本作は、まさにニーアムが“開眼人(クワイ・ガン・ジン)”と化した“彼の俳優人生のターニングポイントに位置する主演作”なんじゃないかな、と思う。

原題は、シンプルに『TAKEN』と。
物語の途中「どう言うリミットなのか」がセリフの中で解説され、観客はやっと『96時間』なる邦題に合点が行くんだが、私的には「なかなかええネーミングセンスやんか!」と評価したい。
くれぐれも続編を『96時間PART2/帰って来た2人』とかにはして欲しくない(=^_^=)

序盤で「ちょいとした成り行き」から、ミルズが某仕事を請け負う場面が挿入される。ここが大した“フリ”になってて気に入った! ちゃんとラストに通じるし、ここを観てるだけで、ミルズの「格闘術&判断力の衰えてなさ」を観客は目の当たりに出来る訳だ。ミニミニ版『ボディガード(1992)』と言っても良いかも知んない(=^_^=)

某ライヴ会場でミルズが体術(マーシャルアーツ?)を披露するんだが、ここで「このしと、隠居しつつも暴れたくて仕方ないんでは・・?」と直感的に感じたワタシ(=^_^=) 良くも悪くも「その通り」だった!

とにかく「徹底的!」がキーワードでもあった本作。盗んだアウディを爆走させつつ、大破はさせない以外、過激な行為を連発し、関連する人物をほぼ“血祭り”に上げてた気もしますた。
1度だけモノ凄い窮地に陥るミルズ氏だが・・天井の強度の低さにきっちり救われてますた(☉д☉)

上映時間=1時間30分ちょっとなんだが、長過ぎず、短過ぎず、なかなかの秀作だと感じた次第である!

〜 こんなトコロも 〜

♦“ラズベリー・バナナシェイク”って美味そうかも! でもアメリカンサイズで出されたら(食べ切れず)倒れちゃうかも。
♦「お前もすぐに捕まるだろう」「ヤツはお前の尾行をまくだろう」みたいな“上から目線+だろう口調”にちと憧れる(=^_^=)
♦雇われた通訳が「・・俺の仕事は何なんです?」とオズオズ切り出すのがちと面白かった。確かにハナシが見えんもんね。。
♦パリでのミルズ(偽名=アレン)の常宿は「ホテル・カメリア(CAMELIA)」。ここの存在ぐらい、フランス内務省治安部なら押さえとけよ!
♦携帯と無線機を組み合わせた「逆探知対策」はシンプルながら、なかなか良かった☆
♦シーンによっては(悪党を前にし)静かで大人しいミルズ。しかしそれは“どんな相手だろうと、いつでも確実に殺せる”自信の裏返しなんだろう。敵アジトの狭い部屋で、5〜6人の男らを一瞬で血祭りにあげる展開には、ただただ驚かされた。
♦「普通は撃たないようなしと」をも、容赦なく撃つミルズがすごい! 直後に「かすり傷だ」とかフォローしてるけど、そう言う問題じゃなくて、と(×_×)
♦『G.I.ジョー』を観た時も感じたが・・それ以上に「パリ恐怖症」となってしまった(=^_^=) 『アレックス(2002)』を観た時以来の恐怖だ(=^_^=) 年頃の娘さんを持つ父親は、決して“絵空事”と嘲笑することなく、本作を真剣に観るべきだと思う。本作の展開こそは確かに「フィクション」だが、その背後に流れてるのは「極めてリアルな現実」だと感じた。
♦終盤、セーヌ川のシーン。いよいよタイマンバトルとなる相手の兄ちゃんが“往年のプリンス(←『バットマン(1989)』のサントラを手がけた、あのしと)”に見えて仕方なかった(=^_^=)
♦パリ旅行に対する「父のお赦し」が出た時のキムの態度(アクション?)が良かった! 何故か、娘がいる訳でもないのにウルウルっと来てしまった(⌒〜⌒ι) ここでウルッと来るのは、きっとおっさんの証拠なんだろう(×_×)
♦ファムケ姐さんの今の旦那役のおっちゃん。ヴィジュアル的に『007/ゴールデンアイ(1995)』で姐さんに“カニばさみ”で殺されはった提督(?)にちょっと似てた(=^_^=) やはり今も、閨房で“カニばさみプレイ”を交えとるんやろか?(知らんがな!)
♦ウィキペディア情報では、上記『ゴールデンアイ』のボンド役の第1候補がリーアム兄さんだったらしい!
♦「残り時間表示」の一切なかった本作(例えば、監督がトニー・スコットなら、間違いなくあったんでは、と)。あったらあったで、嬉しかったかも知んない。
♦4時間の仕事で2500ドル・・実は命がけだけど?
♦通訳の仕事で時給25ユーロ・・内容が良く分かんないけど?
♦パリの夜の街角。お姉ちゃんは「“ノーマル”なら40ユーロよ」と誘って来はる・・(・ω・)
♦パリでチンピラに絡まれると50〜100ユーロも奪われちまう(×_×)
♦「MoMA(=NY近代美術館)へも何度も行ったわ」とキム。カリフォルニアからだと、そこもめっちゃ遠いよネ、、
♦U2のファンって、こんな軽〜い(ユル〜い?)子ばっかしなん?
♦パリのポルト・ドゥ・クリシー(17区?)って、治安、良くないんやろか? パラディ通り(10区)はどうなんやろ?
♦アルバニアのトロポヤ県。本作ですっかりイメージダウン、、?
♦人間の価値が25万ユーロとか50万ユーロとか・・(×_×)

〜 こんなセリフもありますた 〜

ミルズ「糖分を摂るといい。精神安定に効く」
   「常に警戒を!」
   「今は、お前が大事だ」
   「“お前らを震え上がらせる能力”を私は持っている。
    娘に何かしたら・・お前を必ず見つけ出し、そして殺す」
   「プライベートジェットがあるんだろ?」
   「今は管理職? 退屈だろ?」
   「娘を救い出すのに必要なら、エッフェル塔だって壊す」 ←放っといても“そう遠くない未来”に倒れますし(⌒〜⌒ι)
   「ムカついて来たので、10%値上げだ」
   「集中してるかー?!」 ←痛いって!(×_×)
   「この手の拷問は、外国に委託していた」
   「お前を信じよう。だが、容赦はせんぞ」 ←ひぇ〜!
   「銃と弾の重さを忘れたか? 管理職になって勘が鈍ったな?」
   「Buy her(買え!)」 ←コレはすごいシチュエーションのセリフです(×_×)
   「お前の命は、俺次第だ」
   「お前を守る・・命がけでな」

ミルズ「ビヨンセって?」
店員「・・・」
ミルズ「冗談だよ! 知ってるさ」

ミルズ「歌手に憧れている娘に、アドバイスを」
シーラ「なら“別の職業にしなさい”と」

シーラ「華やかに見える世界だろうけど・・コンサートが終われば、ホテルと空港だけの毎日よ」
ミルズ「娘はそれに憧れていてね」

レノーア「あきれた人ね。“国のため”に、人生も結婚生活も破たんさせたくせに」
    「自由にさせないと、逃げるわよ・・あの子」

アマンダ「フランス男は“ベッドが最高”なんだって!」 ←フランス男はトラックに当たって吹っ飛ぶんだって!(×_×)

サム「96時間以内に見つけないと・・(さらわれた女は)永久に戻らないぞ」

ジャン・クロード「既に7人を殺害、3人に重傷を負わせ、ピルを1つ破壊したんだぞ、お前は」
ミルズ「言っとくが、ビルは壊してない」

サンクレア「これは“特殊な顧客”向けの“特殊なビジネス”なのだ」
     「行って見て来い。・・“静かに殺れ”とあれほど言ったのに」

サンクレア「いいか、これはあくまでビジネスだ。あんたに個人的な恨みなどない」
ミルズ「・・俺には“個人的な問題”だ」

追記1:同じようなテイストの物語が、過去にスティーヴン・セガールやチャールズ・ブロンソンの主演で制作されたような気がする(←復讐モノだったかも知んない)が、この緊迫感&スピード感は“イマドキのスタッフ”でなければ、恐らくは実現出来なかったろう。
追記2:ヤバい稼業に身を置く以上は“防弾チョッキ”が必須だと感じた(・ω・)

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2009年8月29日 (土)

☆『G.I.ジョー』☆

28日(金曜)。“ちょいと長い”感もあった今週。出張がなかったからかな?

興味のあった1本が“アタマ空っぽで夢詰め込める系+特撮ガンガン系”と思しき『G.I.ジョー』だったが、、近場の劇場では上映してくんなくて、仕方ないので今夜、いったん帰宅してからレイトショーを観に、クルマで“ワーナー・マイカル・シネマズ綾川”まではるばる出かけた次第(・ω・)

クルマで走ってさえ約40分かかるもんで、会社帰りにホイホイ行ける距離ではないよなぁ・・
んでも“ニーアム兄さん主演のアレ”も、ここでしか上映されてないので、また来なくてはならないんかも(・ω・)

レイトショーの上映開始が21:55ってことで、終演時点で既に日付が変わっちゃってた(⌒〜⌒ι) なーんか気分転換のつもりが、余計に疲れちゃった気もするなぁ・・(⌒〜⌒ι)

1641年、中世フランス。
時の君主=ルイ13世の怒りを買った武器商人=ジェームズ・マッカランが極刑に処される。それは「熱く燃えたぎる鉄仮面」を生きながらにかぶせられ、痛み苦しめ続けられる・・と言う凄まじいものだった。

マッカランは「炎の仮面」を顔面に押し当てられる寸前、執行人らを睨みつけ「我がマッカランの一族は、この私の死で終わりはしない」と嘯(うそぶ)くのだった・・

そう遠くない未来。
世界の軍事兵器の7割を製造・供給する「マーズ(MARS)産業」の若きCEO=マッカランは「鉄材を主とし、あらゆる対象を喰らい尽くす無機微生物(?)“ナノマイト”を(700万ヶ)詰め込んだ特殊弾頭」をキルギスの工場からNATO司令部に運搬する極秘任務をNATOの特殊部隊に依頼する。

“ナノマイト”とは・・標的内にナノレベルで侵入、その分子構造すらを破壊(分解)してしまう驚異的な物質! かつ、コントローラ(キル・スイッチ)で「活動停止命令」を送らぬ限り、凄まじい勢いで周囲に浸食活動を広げてゆく恐ろしさも併せ持っているのだ。

ケースを携えたコンラッド“デューク”ハウザー大尉と同僚のウォラス“リップコード”ウィームズ(マーロン“モー・マネー”ウェイアンズ!)は装甲車(パンサー&ライノ)に乗り、注意深く山岳地帯を進む。
上空からは軍用ヘリ(アパッチ)2機が監視する“鉄壁の護送態勢”であったハズが・・謎の武装組織に襲われ、彼らの部隊はほぼ壊滅の危機を迎える・・

“ナノマイト弾道”の収納されたケースがすわ奪われん、としたその時、謎の別部隊が駆け付ける。
結果、敵組織はケースを諦め、退却するのだったが・・その“女リーダー(シエナ・ミラー)”の顔を見たデュークは「アナ?!」と驚愕するのだった。それは4年前に別れた婚約者の、変わり果てた姿だったのである。

ケースを死守し、謎の部隊に合流したデューク&リップコードは、エジプトの砂漠地帯(の地底)にある彼らの基地“ピット”へと招かれる。そこはクレイトン“ホーク”アバナシー将軍(デニス・クエイド)率いる、23ヶ国から集められた兵士により結成された多国籍精鋭部隊(アルファ・ドッグス)の中枢であり、彼らは“G.I.ジョー”と呼ばれる存在だった。

敵組織が“コブラ”なるプロの戦闘集団であることを聞かされたデュークたちは、今や“バロネス(男爵夫人、の意)”を名乗るアナを止めるため“G.I.ジョー”への入隊をホーク司令に申し出るのだった。

一方、“ナノマイト弾頭”を執拗に狙う“コブラ”は、バロネスと“ストーム・シャドー(白忍者?)(イ・ビョンホン)”をリーダーに“ピット”へ強襲を仕掛けて来る。

かくて“G.I.ジョー”と“コブラ”の激闘の火蓋が切って落とされた・・

うーん・・まさに“既視感の塊”って感じ(⌒〜⌒ι) 中盤のパリにおける“某巨大建造物”の派手な倒壊シーンをクライマックスに、ノンストップなCGアクションが次々に展開するんだが、、押し並べて「ペラペラ」な印象がある。。

特に『地球が静止する日(2008)』を観る前に本作に触れてたら、もう少しは(=^_^=)衝撃度の高かった気がする。惜しい!

前半の“G.I.ジョー”とは?! みたいな部隊紹介シーン(=訓練シーン)には、多少なりとワクワクさせられたが、個々の格闘センスがどうこう・・と言うより「特殊兵器一辺倒」な戦術に思えたのはワタシだけだろうか?
他所(よそ)の国でムチャクチャな暴れ方をしつつ、国家間のフォローみたいな“政治的ドラマ”が殆ど描かれず、そう言う意味では相変わらず「合衆国万歳!」な作品とは言えたかも(=^_^=)
かつての『G.I.ジェーン(1997)』も同様に“他所様の国”に攻め込んでどうこう、みたいな演出があったが、アレすらも甘く思える展開だった(=^_^=)

キャラ陣が押し並べて「薄い」のも残念ではあったか。バロネスの存在感が「前面に出過ぎて」しまい、味方側のヒロインである“スカーレット(レイチェル・ニコルズ)”の影が薄いのなんの・・もうちょっと対等に2人の造型を組み上げて欲しかった。

んでも、イ・ビョンホン(表記:BYUNG-HUN LEE)の頑張り(=ハリウッド大作デビュー)はなかなかだったか。ワタシは韓流ドラマを全く観ないので、動いてる彼を観たのは『JSA(2000)』以来だったが、本作における役回り&立ち位置は『グリーン・ホーネット(1967)』でハリウッドに殴り込み(?)をかけた時の故・ブルース・リーっぽくもあり、私的にはかなり好感度が高かった(=^_^=)

隠密行動を取って然るべきの“ニンジャ”が素顔はさらすわ、裸体(上半身)をあらわにするわ(←あんた、鍛え過ぎ!)、自らの師匠はアレするわ、と「型破り過ぎた」きらいはあったが、まぁ許せるかな。
私的には、ロケットランチャー(?)を担いで高層ビル(の階段)を駆け上がって行く彼の姿がカッコ良かった!
対する“黒忍者(スネーク・アイズ)”を演じたのが(恐らく世界最高レベルと言える)アクション・スタント俳優=レイ・パークだった訳で、彼を相手にあそこまで格闘シーンを演じ切れたことはイ・ビョンホン側にとってはこの上ないPRになったと思う。
(併せ、爪先のとんがってる彼の靴も見所かも(=^_^=))

監督がスティーヴン・ソマーズだけあって、ブレンダン・フレイザー(ストーン軍曹役)とアーノルド・ヴォスルー(ザルタン役)が共演(直接の絡みはないが、、)してるのは素晴らしい! ときに、中盤の“ピット”襲撃であの軍曹は死んでしまったのか? 私的にはかなり気になる(・ω・)

メンバー的にほぼ壊滅しちゃったンじゃないの? と突っ込める“コブラ側”であるが、制作側としては続編を意識したエンディングには仕上げて来てた。
しかし、ジョナサン・プライスが今後どうこうしようが、あんまし(全世界に対する)影響力がないように思っちゃうのは・・ワタシの(彼に対する)勝手な偏見だろうか(=^_^=)> ←すんません〜

〜 こんなトコにもひと言 〜

♦司令官のあの「タフさ」に感心! もし監督がブライアン・デ・パルマだったら・・本作の黒幕はきっと・・(=^_^=)
♦ヒロインたる“スカーレット”のモテなさが不憫でならなかった。。一方のバロネスは「4人の男」に好感を抱かせてた訳だし。
♦少年忍者(?)2人のシーンはいっそ“アニメーション”で描いたら良かったかも(=^_^=)
♦「眼鏡ルック+ボンテージ姿」のバロネスは確かに(=^_^=)魅力十分! 一方で“非戦闘モード”での彼女の魅力のなさってどうなんやろ、、
♦メカ関係のデザインが酷過ぎた!(特にパワードスーツ) あんなんじゃ、プラモ出しても売れません!(きっぱり)
♦スコットランド語を幾つか覚えた(=^_^=) 「タヘイン(発射)」「クー・マー(脱出)」と言うそうだ。ワタシはてっきり『ファイヤーフォックス(1982)』みたいに「ロシア語で考えろ系」かなと思いますた(=^_^=)
♦3つの都市(アジアのB、ユーラシアのM、アメリカのW)に向かって、同時に発射された“ナノマイト弾頭”・・私的には「国3」「国1」「国2」の順で撃墜すりゃ良かったかな、と(=^_^=)
♦ホワイトハウスのどっかには“あのしとの屍体”が隠されてる筈・・(×_×)
♦美人キャラが(背後から)刺し殺される演出だけは、私的には不快だった。
♦「恐怖や痛みを克服してること」を難しく言うと(=^_^=)「自己保存機能の不活性化に成功してる」と言うらしい。
♦1枚の画像があるとして「それが撮られた時間」と「人物の影の長さ」さえ分かれば「撮影場所」はほぼ特定可能らしい!
♦世界の地表の1/3は雪で覆われてるらしい。
♦またもや“怪しいトーキョー”がハリウッドで描かれてしまった(×_×) ネオンサインの『パンクチャー』ってどやねん?!
♦お寺の柱に「ニホン語の横書き」で『無くし物の責任は、寺では取れません』とか貼ってあるし・・
♦顔の再構築って・・(×_×)
♦「武器」「資産」「情報」の3点が優れてたら、その世界では“ブロ”と認めて貰えるらしい。
♦肉体の死んだ後でも、脳から記憶(映像)を強引に引きずり出せるらしい!

〜 こんなセリフもありました 〜

デューク「戦いの現場は地上だ。空中じゃない」

ホーク「知識は重要な“武器”となる」

リップコード「さぁ、とっておきの威力を見せてくれ」
      「マイアミからは遠いな、ここ(=北極)」
      「俺たちの出会いってば、初めが悪かったよな?」

スカーレット「我々の正体は言えないわ。クビになるもの」
      「簡単には落とせないターゲットもあるのよ」
      「科学的に証明出来ないものを、私は認めないの」

スカーレット「あなた、タフなんでしょ?」
リップコード「タフだけど、同時に繊細なんだよ」

ホーク「君たちの資料を読んだよ」
リップコード「お言葉ですが、資料なんか信じてはいけません」

マッカラン「この世界は混乱し過ぎている。指導者による統一が必要なのだ」
     「世界の勢力図が塗り替えられようとしている時に、1人の女を争って睨み合うとはね」
     「恐怖が人を動かす」

リップコード「コレ、飛べんの?」
デューク「説明書、読んどけよ」
リップコード「説明書?」

バロネス「争うのは楽しいわ」
    「あの赤毛(の女)、相当にムカつくわ!」
    「Bitch,out!(邪魔よ、どきな!)」

ダニエル「君のように“謎めいた女”を妻に持つ男は、世界広しと言えど、そう多くはないだろう」

リップコード「彼を愛してるか?」
アナ「どんな時も・・そして永遠に愛してるわ」

スカーレット「敗北を、見られたくはなかった・・父は私に“常に勝て”と教えたの」
リップコード「そもそも“必ず勝つ”なんて無理な教えさ。でも、見てみろよ・・君は生きてる。
       その教えは“もし負けても、立ち上がれ”って意味じゃないのか?」

バロネス「敵に武器を売るなと?」
マッカラン「いや“敵に売っても捕まるな”ってことだ」

ストーム・シャドー「君に触ったら(この男を)殺す、と言ったろ?」
バロネス「分かってて、彼にキスしたの」

※「入口は?」
※「作れ!」

バロネス「諦めたようね」
ストーム・シャドー「いや、違う・・」

※「カッコいい!」
※「慣れておけ」

※「That's my girl.(流石は君だ)」

ストーム・シャドー「やぁ、兄弟」
         「先生の死以来“沈黙の誓い”を守っているそうだな? ならば、黙したまま死ね!」
         「Now you die.(死んで貰うぞ)」

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2009年3月 6日 (金)

☆『m:i:3(2006)』☆

3月1日(日曜)の夜。
“テレビ朝日開局50周年記念”の一環で「日曜洋画劇場」にて地上波初放送された、トム・クルーズ主演による人気シリーズ第3弾の『m:i:3(ミッション:インポッシブル3)』を観た☆

そもそもは、劇場公開当時に観に行った本作。
まずは、以前のホームページ記事から、本作のレビューを再掲してみたい(再利用かよっ!)

(ここから)

★2006/08/05 (土) 00:40 ☆『M:i:3』☆

4日(金曜)。本年度初の夏期休暇を取得。周期的に左臀部&大腿背部が痛み、特に「左靴下を履く」動作なんかがファンタスティックなまでに激痛モノなんで、この週末は横になって静養してよう・・といったんは決めたものの・・「やっぱしそれじゃ勿体ないずら!」と考え直し、久々に映画を観に行くことに。
作品は、春頃(=^_^=)から予定してた『ミッション:インポッシブル』シリーズの最新作『M:i:3』☆ 何となく「駄作なんじゃね~の?」と不安な気持ちが高まってたが・・ある意味「その通り」って感じで、シリーズ中一番“観ててノリの悪い作品”と感じた。閉鎖的で受動的、画面暗くてユーモア激減、そんな印象。

本編開始。字幕担当は久々の(?)戸田奈津子さん。何の状況説明字幕もなしに、いきなし「死の10カウント」が始まる。直後、マッチ棒の先端が燃え上がるオープニングになだれ込むが、何とも唐突な印象。まるで『007/ダイ・アナザー・デイ(2002)』みたいだ。。(冒頭シーンそのものは『007/ワールド・イズ・ノット・イナフ(1999)』ぽいが)
オープニングが済み、時間軸が急激に遡られる。
主人公=イーサン・マシュー・ハント(←ミドルネームが判明♪(=^_^=))(トム・クルーズ演じる)は結婚間近。お相手は女医のジュリア・ミード。2年の交際を経てめでたく婚約・・したものの、CIA傘下のスパイ組織“IMF(直訳:不可能指令軍団?)”に属するイーサンは当然自分の職業を彼女に明かすことなど出来ず「ヴァージニア交通局に勤務する、出張の多いサラリーマン」としての「仮の姿」を演じ続けている。婚約パーティーのさなか「リゾート・トラベル・サービス社」からイーサンを呼び出す電話・・新たなミッション(作戦)の始まり。ジュリアの心に芽生える疑惑、「ただ僕を信じて欲しい」と訴えるイーサン・・
エージェントを退き、現在は「訓練教官」とし後輩の養成にあたるイーサン。今回は彼が眼をかけIMFメンバーに推した愛弟子(?)リンジー・ファリスがベルリンでのミッション中に失踪してしまうトラブル。大物武器商人オーウェン・ディヴィアン(フィリップ・シーモア・ホフマン)の関わる兵器工場に潜入するイーサン組(イーサン+ルーサー・スティッケル(ヴィング・レイムス)+ゼーン(マギー・Q)ら)。追撃のヘリをかわしリンジーの救出に成功するが・・

中盤以降、“ラビットフット”なる暗号名で呼ばれる謎のブツを巡りディヴィアンを追うイーサン組。イタリア・ヴァチカン⇒アメリカ・ヴァージニア⇒中国・上海・・とミッションは続く。
ヴァチカンのシーン&橋上の護送シーンを除き、「日没後映像」の目立った本作。ロケし易いのか、特撮で誤摩化し易いのかは知らないが、何となく作品世界が狭く、暗く思えてしまう。前作『M:i-2(2000)』が(どっちかと言うと)ノ~テンキなまでに明るく、リゾート色が強かったので、かなり対照的なビジュアル。ミッションも基本は「力押し(≒強引)」な印象が強く「銃撃しまくり⇒大爆破でシメる」ってのが多かった。本来の「スパイ大作戦(ドラマ版)」に相応しい「無血主義&敵の自滅を狙うプラン」など、ハナから考えてないようで(・ω・)
また「鼻腔から※※を※※する」ってエグい演出も『トータル・リコール(1990)』かい! と突っ込める。

突っ込めると言えば上海でのビル潜入ミッション。肝心のブツの「入手シーン」は割愛されてたり(×_×) いきなし窓ガラス割ってイーサンが飛び出してたけど、あれはあんな描き方で良かったんやろか。ちょっと「主人公の行動を描く」と言う点から考えるに、個人的には疑問である。
『ミッション:インポッシブル(1996)』に比べ「IMF本部」のディテールが思いっきりしょぼかったのも突っ込みたい。
(ラングレーの本部じゃなく)どっかの支局だったんやろか? まさにそこらの交通社って感じ(そのナチュラルさが狙いか?)。ブラッセル局長(隙ッ歯のステキ☆なラリー(ローレンス)・フィッシュバーン)、マスグレイヴ主任(ビリー・クラドップ←個人的に“うらなり”と命名(=^_^=))のキャラも何だか良く分からない・・と言うか存在が薄い。尚かつオモテに出過ぎな感。
終盤ともなると、舞台は完全に「上海オンリー」となり、都心部やら郊外の水郷・西塘(シータン)やらで大騒動が起きる。しかし何だ、怪しげなアパートの一室にトップエージェントが集結したり、郊外の村の怪しげな家に大物が続々登場したり、良く考えんでも何かおかしい気がする。
おかしいと言えば、ヴァチカンの路上で最終的に※※されるスーパーカーの「ランボルギーニ・ガヤルド」。あんなトコが開閉する仕掛けじゃ、通常走行出来へんでしょ(・ω・) シャフト通ってますし。。

個人的な見所は以下のみ! かも(・ω・)
○橋上で襲撃されるシーン。カメラワークがドキュメンタリー的に荒くて緊迫感がある☆ イーサンが自動小銃(?)で襲いかかる※※※をやっつける活躍は凄い! 『トゥルー・ライズ(1994)』+『007/ロシアより愛をこめて(1963)』を連想。
○「変装用マスク」作成の一部始終が遂に明らかに! マスク作成機のデザインはシド・ミードによるもの☆(エンド・クレジットより判明) デジカメで(顔面凹凸)データを取込むしょっぱなこそ手軽だが、削ったり、塗ったり、音声チップ作成に時間&手間がかかったりと・・イマイチ本作では「使えん道具やな」って印象。
ジョン・ウー時代(2000)の方が手軽&コンパクトで良かったぞぅ(=^_^=)
○ルーサーとディヴィアンの(親しげな)会話シーンが素晴らしい! 考えたら元祖「スパイ大作戦(ドラマ版)」の面白さって、ああ言う“あり得ない状況”にこそ込められていたような気がする。
○空港にて。チェコ人の旅行者=パヴェト・ソボツカを名乗る男。・・おいおい、お前は『ジャッカル(1997)』かよ!
○ローマにて。配達車両のエンジントラブルを装い、その隙に(ヴァチカン国境の)高さ:16.55m+αの塀を乗り越えるイーサン。前後のシーンでイタリア語がバンバン飛び交うも・・画面に日本語字幕(和訳)は一切なし(=^_^=) 「戸※奈※子女史の限界」を感じた(=^_^=)
○病院にて。数秒で効果の現れる「手首貼付型・失神パッチ」。売ってたら欲しいぜぉい(=^_^=)
○謎のアパートを訪ねたり、ころころ転がる“ブツ”を追いかけたり・・何となく『マイノリティ・リポート(2002)』を連想させるシーンのあったトムクル。

~ こんなセリフが印象的やってん ~

ルーサー「一生オレは(ジュリアには)会えそうにねぇな」
    「無茶もいいが・・度が過ぎるとアホも同じだぞ」  ←このセリフは笑えた!
    「CIA本部への侵入よりヤバい」 ←このセリフも笑える!

イーサン「サンドバッグは殴り返さない」 ←何かブルース・リーが言いそなセリフ・・

ベンジー「テクノロジーは神への冒涜をもたらす」

ディヴィアン「オレのことより、今後のお前自身のことを心配した方がいいぞ」 ←報復を匂わせる
      「好かない相手をどう扱うか、そこにそいつの本性が現れる」

【追記】
・エージェントの恐れてるのは「クビ」とか「逮捕」より「市民権を奪われること」なのだ(某セリフより)。
・「中東の砂嵐を収める」みたいな意味深なセリフあり。大国の驕り? 民主主義の礼賛?
・防弾チョッキは着ておけってば!
・「ディヴィアン死して、靴を残す」(・ω・)
・「ヤバい国」として、パキ※タンと北※鮮の実名が挙げられてた(・ω・)

・・何にしても本作、『シリーズ中で一番面白い!』と言う声が高いようで、自身と世間一般の映画観の違いが改めて浮き彫りになったようにも感じるのだった(⌒~⌒ι) ま、別にええけどね。

(ここまで)

・・うーん、、当時から“観てる&突っ込んでる&連想してるポイント”が殆ど変わってないな(=^_^=)
後年に気付いた点としては・・婚約者=ジュリアを演じたのが『イーグル・アイ(2008)』のミシェル・モナハンだったこと、監督が『クローヴァーフィールド/HAKAISHA(2008)』の製作を手がけることとなるJ.J.エイブラムスだったこと、だろうか。

にしても“リンジーの死に顔の凄まじさ”“彼女の頭部から※※が取り出される際の、何となくエグいカメラワーク”“妙に陰湿なトムクルの(受ける)尋問シーン”など、どうもこれまでのシリーズと違った「シリアスさを超え、ホラー色すら帯びた“マイナー作品気味”な描写&演出」が目立って見えた。
ブラッセル局長&マスグレイヴ主任の存在感なんかは改めて観ても「取って付けた」ようで、正直「本シリーズの作品世界」から“浮いてる”気がしたし。

今回の鑑賞で、更に連想した作品とそのシーンは以下の通り。
『攻殻機動隊(1995)』・・夜の高層ビル屋上に佇む(ダイブ直前の)トムクルの姿。
『スピード(1994)』・・もみ合ってる内に、相手を組み伏せて(上のポジションに)いたが故、吹っ飛んでしまう敵キャラ。

『宇宙戦争(2005)』でもそうだったが、この頃のトムクルって「自身では一線を退いてるつもりなんだけど、再びヒーローとなることが、展開から余儀なくされちゃうんだよね」みたいな、ちょっと“ハードアクション前提の出演はお断り”っぽい姿勢をとってたようにも感じる。
その割には『宇宙戦争』でも本作でも、妙に“全力疾走するシーン”が目立ってはいたんだけど(⌒〜⌒ι)

追記:終盤で、ジュリアが「やって来た人物に見境なく発砲する」って展開が描かれたが、、あの状況下で建物内にひょっこりルーサー(ヴィング・レイムス)が入って来なくて良かったと思う(=^_^=)

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2009年2月27日 (金)

☆『7つの贈り物』☆

26日(木曜)の夜。ようやく“嵐のような”残業の連夜に、少しばかり“凪(なぎ)”が訪れたようである☆
とは言え、まだ先のことは良く分かんないが・・(・ω・) 仕事以外にも色々と。。

ま、とにかく「平日の夜に早く退社させて頂けるんなら」ってことで(←早いと言っても1時間半近くは残ったが)、意外と元気の残ってたワタシは「そや、新作を1本観とこ!」と直感的に決め、天王寺駅界隈にあるシネコン“アポロシネマ8”に『7つの贈り物』を観に向かったのだった(上映開始19:40)☆

数年ぶりに訪れた気もするが、今回改めてこの劇場が「地下鉄1本で行ける」「雨に濡れず行ける」「意外とシートの座り心地が良い」ことに気付かされた☆
併せ、これはちと私的に重要なトコだが(=^_^=)「上映中も手元が適度に明るい」ってのが良い! メモをとる際に助かります☆

一方で「コンセッション(売店)のラインナップがしょぼい」「本編開始前の予告編がしょぼい」ってのがあったが・・「余計な散財をせずに済む」「本編のみに集中出来る」とプラス解釈すれば良いだけのことだろう(=^_^=)

しかし本作・・“核”となる部分をどうレビューして良いか、ちょっと判断に困ってしまう。
「ネタバレはさせぬよう極力配慮する」を自負してる(つもりの)ワタシだが・・さて、どう書いたモノか?

ロサンゼルス。財務省・国税庁の納税調査員=ベン・トーマス(ウィル・スミス)は、とあるモーテルの1室から911(緊急電話)を架ける。いよいよ彼の中で「その計画を実行する時」が到来したのだ・・

劇中には、

・食肉販売会社で電話オペレーターをする男=エズラ・ターナー
・先天的なある疾患を抱えた印刷職人の女=エミリー・ポーサ
・恋人からの度重なる暴行に怯える女=コニー・ティポス
・老人介護施設を経営する男=スチュワート・グッドマン
・児童福祉施設に勤める女=ホリー
・少年ホッケーチームのコーチである男
・病棟で暮らす少年

などが登場し、ベンにより“贈り物を受け取る資格があるのかどうか”を主観的あるいは客観的(!)に審査されてゆく。
彼らの選ばれた(=彼らでなければならなかった)理由は? そして、彼らはどんな“贈り物”を「見ず知らずのこの男」から受け取ると言うのだろう?

冒頭で彼は独白する。“神は7日かけて世界を造り上げた・・僕は7秒で人生を叩き潰した”と。

我々観客は、彼が断片的に「語る言葉」「蘇らせる記憶」から、彼が“過去に起こしたとある事件”と共に“未来に起こそうとするとある計画”を色々と推理して行かなければならない。

その描き方&(小出しにされる)ネタのバラし方が、本作の“見所”であると同時に“イラつかせる要因”でもあると思う。
ワタシは、そないに間延びした感も受けず、ただ淡々と映像を楽しむ(?)ことが出来たが・・その手の「消化不良なまま、ずんずん物語が進行します」ってテイストに我慢出来ないしとにとっては、恐らく“最低の評価”が下される映画じゃなかろうか?

私的には・・ミステリアスな主人公の言動にこそ、それなりに魅了されたモノだが、終盤に至っての“パズルのピースのはめ込ませ方”にどっか“強引、乱暴、粗雑”な印象があり、総じて言えば「ちょっとなぁ・・」と“残念でした”的なトコロに(評価が)落ち着いてしまうのだった。

ただ、一方で(割合丁寧に)描写される、主人公と“彼に審査される人々”との対話のそれぞれには「深い味わい」が感じられ、そこはとても気に入った。

常にウィルスミの瞳は虚ろで、自らに何かを課したまま「生き急ぐ」って風だったが・・何度か描かれる「食事のシーン」には「素晴らしい!」と唸らされた。
因みに、彼が劇中で“唯一”破顔するシーンも「食に関するシーン」だったかと。

「人は人と“語り”“食事をし”“触れ合い”・・そして、それがひょっとしたら、相手にとって“永遠の時間/記憶”となり残っていくのかも知れない」などとも感じた次第。

「本作最大のネタ」とも言える“7つの贈り物”だが、観終わった直後に数え直し「6つ?」と(一瞬ながら)思ったりしてしまった。いや、ちゃんと「7つ」用意されてたんだが・・「うち1つ」と「ほか6つ」は種類の全く異なる“贈り物”だったもんで(⌒〜⌒ι)

最後の「仕上げ」こそは何とも荒っぽかった(?)んだが、そこに至る「同時進行」で「用意周到」な“計画”と、それを淡々とながら的確に実行に移す手腕は、まるで『セヴン(1995)』に登場したサイコ犯罪者=ジョン・ドゥを思わせる「神っぽさ」すら放っていた!

それと「自身(の総て)をもって償うための計画」であったにも関わらず、たまに「言うたかて、楽しんでるやん?」「一時的な“生き甲斐”になってるやん?」「それなりに“報酬(=見返り)”を得てるやん?」「やってることが“別な迷惑”に繋がってるやん?」とか突っ込みたくなるトコもあったかな(=^_^=)

ウイルスミは「控えめな中にも、やっぱし(いつもの)強引さ&猪突猛進さを秘めてまっせ!」なキャラ像にバシッとハマってて無論良かったが、周囲に配された俳優陣もそれぞれに好感度が高かった!

・ロザリオ・ドーソン・・ウィルスミとは『MiB2(2002)』以来の共演かな、と。ようやくのラブラブモード(?)実現でしたネ。
・ウディ・ハレルソン・・近年は“今ひとつパッとしないポジション”での助演が目立ってたように思うが、本作は良かった! ハレルソニアン(って言うの?)な皆さんにもおススメですわ!
・バリー・ペッパー・・“とても重要な役”なのに、イマイチ前面に出てなかった気が、、でも、お元気そうでした(=^_^=)

脚本の構成としては・・「これまでに余り観なかったタイプ」でもあり、興味深いトコロは確かにあった☆
が、何処か本作には「おや?」と思うような・・「破綻気味なんじゃ?」と感じるような・・“スッキリしなさ”が(観賞後に)残されるのだ(・ω・)
また「そう感じる人でなければ“鑑賞者としてのセンス”に欠けてるのかも」と勝手なことを思ってしまったワタシだった。

〜 こんなことにも気付きました 〜

♦とにかく「ベジタリアン」の数多く登場した本作。出て来る(でっかい)ワンちゃんでさえ「ベジタリアン」の設定(⌒〜⌒ι) んでも“出された肉”は美味しそうに平らげてますた。。
♦「とある分野の方(専門家)」にすれば・・きっと“ムチャクチャな設定(=※※的監修)”なのであろう。
♦「バナナの皮を刻んで土に混ぜる」と良い肥料になるらしい!
♦モーツァルト作の「K(ケッヘル番号)397」に該当するスコアが劇中で使われてた(「ピアノ幻想曲ニ短調」なる未完の曲らしい)。
♦ウィルスミの流暢なスペイン語(会話)はなかなか!
♦「ヒュンダイ(HYUNDAI)」製のピアノが登場! 楽器も作っとるんやね!
♦ベンの最終学歴はMIT(マサチューセッツ工科大学)! これってウィルスミ自身の人生に微妙にリンクしてるかも!(実際の彼はMIT進学を蹴ったそうだが)
♦女性は「印刷物の凹凸を好む」そうだ!
♦※※しながらの※※は、やっぱりアカンです! 7秒で人生が崩壊します!
♦登場するPCは「バイオ」だった☆(流石にソニー系作品)
♦オトナ的に考えると・・ベンは7人のうちの1人には「2つの贈り物」をしたかも? とか(・ω・) 後日談はどうなんでしょ?(←連想するのは『ターミネーター(1984)』におけるマイケル・ビーン的な行為、、)
♦後半の雨(の演出)が『ハンコック(2008)』にも似てたかも、と。
♦送り主の“顔”さえ知らぬ人物がいたんやね。その人の記憶の中では「ダイナーで聞いた声の主」として、ベンの存在が残って行くのだろう。
♦“片方”を失って、あんなにダッシュ出来るんだろうか?
♦あんな悲劇を起こしても、まだなお「※※※※を握り続ける」んやね(×_×)
♦ベンの夫婦に“もしも”子供がいたら・・?

〜 こんなセリフもありました 〜

ベン「契約を取るためのコツは3つ。1つ、言うべきことを言おうとする。 2つ、実際に言う。 3つ、もう1度言う」
  「“俺のもの”をお前にあげたろう? 忘れたのか?」
  「私とも話をしたくないのは分かります。でも私なら、彼の置かれた状況を変えることが出来ます。
   ・・それに値する人間ならば。 彼が“良い人間”なのかどうかを私に教えて下さい」
  「彼はあなたにどんな罰を・・?」
  「もう少しで信じるところだった!」
  「“パッとしない人生”なら、この僕よりはいい」
  「酷い境遇にあって、助けが必要なのに施しを求めない人・・そんな人の名が知りたい」
  「嘘をついてしまった・・本当は“死”を考えない日はない」
  「いいか、弱気になるな」
  「予想外の経緯(いきさつ)があってね」
  「恋はした・・だが、終わった。この話はもう止してくれ」
  「・・時が来た」

手紙“何故「贈り物」を貰えたか、も考えないで。それが僕の願いだ”

弟「繋がらないぞ。電話線を抜いたのか?」
ベン「壊したのさ。どの道、もう俺には電話など必要ない」

サラ「夜通し怒るわよ」

エミリー「他の収入源ですって? “祈りの泉”で拾ってる小銭のことかしら?」
    「“相手を傷つけない言葉遣い”の研修ってものを、国税庁では行ってないの?」
    「私は“翼の折れた女”なのよ」
    「ここへ来てくれることが嬉しいわ。あなたが何者なのか、分からないけど」
    「昔の私はセクシーだったのよ。国税庁も手出し出来ない程にね」
    「やりたいことが多過ぎる・・世界中を旅したい、医者の存在を気にせずに。
     くよくよ悩まず、色々やってみたい。 ・・それから、走ってみたい」

※※※※「何故、私に特別な扱いを?」
ベン「君にその資格があると、感じられたから」

管理人「モーテルの部屋で魚を飼うヤツなんて、聞いたこともねぇ」
ベン「ここにいるさ」

管理人「あんた、いつまでこのホテルに?」
ベン「(ホテルじゃなく)モーテルだろ? 死ぬまでここで暮らすつもりだ」
管理人「なら“前払い”にしてくれよ」

ダン「こんな頼まれ事は・・普通じゃない!」

ホリー「何をしに来たの?」
ベン「君に逢いにさ」

※※※「何故、私なんだ?」
ベン「・・あなたが良い人間だから」
※※※「本当の理由は?」
ベン「・・誰も見ていない時も」

※※※※「余り面白い話じゃないわね・・」
ベン「このすぐ後でドラゴンが現れて、俄然面白くなるんだ」

※※※※「スーツ姿で草むしりを?」
ベン「これしか着る服を持ってなくてね」

※※※「エミリーだね?」
エミリー「・・ええ」 ←このシーンでの“間”と“雰囲気”はチャップリンの『街の灯(1931)』のラストを何処か彷彿とさせる!

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2009年1月31日 (土)

☆『007/慰めの報酬』☆

30日(金曜)の夜。
昨日が徹底的な残業(4時間以上)で身も心もボロボロになりかけてしまい、今夜もどうやら同様の顛末を覚悟しなきゃならん・・と思ってたら、意外に早く(1時間程度の残業)「お開きにしましょう」的な空気となったので、この(1週間の)モヤモヤした気分を、、怒りと疲れを、、何処かで晴らさねばなるまいよ! と直感的に思いつき、梅田に出て新作『007/慰めの報酬』を観ることとした☆

もう1本、観たかった新作は『ザ・ムーン』なんだが、目下この“007”に対する期待値の方がより高まって来ていた。リンク先のブログ管理者の皆さんからも、少なからず高評価を感じ取ったし・・

劇場は「泉の広場上ル」の“梅田ピカデリー”である。音響面では大して期待出来ないシアターなんだが、中央部の席をしっかりキープすることが叶い、そこは嬉しかった☆

前作『007/カジノ・ロワイヤル(2006)』の物語世界から数刻後(劇中セリフにはなかったが、わずか1時間後らしい!)。
恋人ヴェスパー・リンドとの永遠の別離、カジノを舞台に荒稼ぎを目論んだ“死の商人”=ル・シッフルの死・・を経て、任務を完了させたイギリス情報局秘密情報部第6課(MI6)のトップ諜報員“007”ことジェームズ・ボンド(ダニエル・クレイグ)はヴェスパーの“死の秘密”のカギを握る男=ミスター・ホワイトを追い詰める。
ようやくホワイトに接触を果たしたボンドだが、次に迎えたのは彼の奪還(或いは殺害)を画策する“謎の組織”による激しい追撃であった!

MI6内にも既に配下を忍ばせていた“組織”。“裏切り者”を激闘の末に倒したボンドではあるが、捕まえたホワイトは(その間に)何処かへ連れ去られてしまう・・

“裏切り者”の所持金を調べたMI6の女部長“M”(ジュディ・デンチ)は、その足取りの先に、エコロジーを謳う非営利活動団体(NPO法人)“グリーン・プラネット”の若き代表(CEO)=ドミニク・グリーンの存在をあぶり出す。

わずかながらの私情を挟みつつ(?)も、グリーンの「裏の顔」に迫って行くボンド。やがてその背後に「クァンタム(QUANTUM)」なる犯罪組織があること、彼らが“ティエラ計画”なる巨大な悪事(?)を実行に移そうとしていること、を探り当てる。
そんな中、グリーンの「表の顔」に惑わされる英国のお偉方(お大臣連中)は、自国の利益を優先する余り“M”に命じてボンドの動きを妨害しようとまでする。

クレジットカードの停止、パスポートの制限、ついには“停職”を上司に言い渡されたボンド。
現場で培って来た、自らの野生のカンを信じ、孤独な戦いを続けた先に彼の見出したものは・・

監督が『チョコレート(2001)』『ネバーランド(2004)』のマーク・フォースターってことで、どうにも“ドラマ系のしと”って印象の強かったワタシだが、初の(?)ハードなアクション作にしては、かなりの頑張り&柔軟さを見せつけてくれた気がした。

ただ、このしと、色々と他作に影響されちゃう性格にも思える。『主人公は僕だった(2006)』は(未見ながら)『トゥルーマン・ショー(1998)』の影響を何処となく受けてそうだし、本作は・・直前に(DVD版で)鑑賞した『ボーン・アルティメイタム(2007)』とテンポやアクション演出などに“単なる偶然以上の酷似性”を認めたりもした(・ω・)

⇒建物の屋根伝いの肉弾チェイス、目まぐるしいロケ移動、車体側面にセッティングしたカメラによるカーチェイス映像などがそれに当たる。

思うに、ドラマ部分が意外とペラペラだった割に、アクションパートの完成度が異常に凄まじかったことから「きっと優れたアクション監督が存在してたんやろ」と勝手に邪推してるワタシ(=^_^=)
特にオープニングのカーチェイスの凄まじさは筆舌に尽くし難い!
あの演出だけは歴代ボンド作品の“オープニングアクション”の中でも屈指の完成度ではなかったかと思う。
(作品全体を通しても“殆ど唯一”って感じのカーチェイスであり、絶対に本作の冒頭を見逃してはならない!)

“アクションに次ぐアクション”ってのが(本作)最大のウリにも思えるが、ノンストップで各シーン(各国)を突っ走ってる感が強く、もっと観客に「直前のシーン展開について反芻させ、確認させるだけの精神的余裕」を与えて欲しかった気はした。何だか「あれよあれよ」と物語が進むので、それぞれのシーンの余韻が殆ど残らないのだ。
中盤(?)でプッチーニのオペラ“トスカ”が大劇場で演じられるシーン(オーストリアのブレゲンツ)など、めちゃめちゃに製作費がかかってる筈なのに、多分15〜20分ぐらいの(ある意味)断片的な描かれ方しかされてなかった(×_×) アクション部分を多少なりと整理(割愛)してでも、も少し1つ1つのシーンをゆったりと描くべきだったのでは? と思う次第だ。

ドラマ部分が薄っぺらい、と言うのはやはり思い出しても感じるトコロだが、一方でこれまでになかった(描かれなかった)ボンドの“女性観”“友人観”などをセリフの端々に覗くことが出来たのは嬉しかった。歴代ボンド作品の中では語られ得なかったスゴいセリフ群もありましたな!(後述するセリフの中で、気に入ったモノに下線を引いてます(=^_^=))

敵組織“クァンタム”に関しては、正直何が何やら分かんなかった。。言えることはグリーンなどは“小物”に過ぎず、もっと不気味に静かに世界に広がっている、そんな組織に思える。
劇中で2度のみ「見せしめ的な殺人」が行われるんだが、それらだけは“クァンタム”の殺し屋が直々に行ったものじゃなかったかな、と。因みに両方とも、被害者は「石油」や「エンジンオイル」なんかをムリヤリ飲まされてたようです(×_×) ひっでぇ・・

正直、私的には「冒頭のカーチェイス」以降、ずんずん評価の沈んで行った本作であったんだが、そんなマイナス点を補って余りある“アクションの素晴らしさ”と“ちりばめられた「ボンド語録」の貴重さ”が確実に存在したので、取り敢えず迷うくらいだったら、是非とも劇場に足を運んで頂き、冒頭を中心に(=^_^=)楽しんで貰いたいトコロである。
前作(『カジノ・ロワイヤル』)よりは数倍、観応えありましたし(=^_^=) 拷問シーンもなかったし(=^_^=)

〜ほか、こんなことも 〜

♦前作で愛用してた腕時計「オメガ」の登場は余りなかった? 一方で愛銃「ワルサーPPK」が大きく取り上げられてた。
♦スパイガジェット(小道具)製作担当の“Q”や、ボンドの隠れ恋人(?)である秘書マネー・ペニー嬢は登場せず(・ω・)
♦一切「回想シーン」がなく、映像的に登場しなかった(前作ボンドガールの)ヴェスパー・リンド。どんなご尊顔やったっけ? あんまし好印象は感じなかった気がする(・ω・)
♦敵ボス(グリーン)の意外な“小悪党さ”が光ってたり(=^_^=) たぶん『007/消されたライセンス(1989)』に出て来た「麻薬王のおっつぁん」ぐらいの悪役レベル(=スケールの小こさ)に過ぎなかったかな、と(=^_^=) 一見、巨大なエコ団体のトップなのに、意外と取り巻きが少なかったのにも苦笑させられた。警護面でもエコ採用かよ、みたいな。
♦南米の国ボリビアが後半のネタに用いられる。が、あないに国内が短期間で混乱しちゃうと、国民も大変だろうね。。
♦“クァンタム”に関し、かつての「冷戦時代の東側国家」のような“不気味な脅威”は醸し出せてなかったかな、と。もはや仮想敵にも限界説が囁かれてる・・?
♦上映時間106分、と言う短さは良い! が、本編開始までに、予告編が15分も流され続けたのには閉口(×_×) 早く始めて、早く帰らせてくれっちゅ〜の。
♦改めてミスター・ホワイトの存在感が浮上して来た感。きっとあいつが“クァンタム”のボスか、そうでないにしても最高幹部クラスなんじゃないかなと睨んでいる。『007/サンダーボール作戦(1965)』で言うトコロの“スペクター大幹部のエミリオ・ラーゴ”みたいな立ち位置か。
♦本作は恐らくヒットするだろうし、そうなれば次作も続投するに決まってるだろうが・・私的には、も1度“地に足の着いた、シンプルながらも濃厚なドラマ”を描いて欲しいフォースター監督ではある。
♦何だかアメ車ばっかりに乗ってましたネ(・ω・)
♦「こんな安ホテルになんぞ泊まれるか!」と怒るボンドは、実に人間味に溢れてた(=^_^=)
♦背中のキズ痕が過去を語っていたボンドガールのカミーユ(オルガ・キュリレンコ)。
♦ラスト、斧で襲いかかってくるボス像ってのは『007/美しき獲物たち(1985)』のクリストファー・ウォーケン以来ではなかったろうか?(=^_^=) 自分で大ケガしてたけど、、
♦NPO法人「グリーンプラネット」は兵庫県宝※市にも実在する団体らしい(⌒〜⌒ι)
♦グリーン役のマチュー・アマルリックさん。何か“眼のキラキラしたスティーヴ・ブシェーミ”って印象もあったり。。
♦ジェフリー・ラッシュの出演がどうにも思い出せなかったが・・出演してはったのはジェフリー・ライトですた(=^_^=) ←何か名前似てっから。。
♦声だけだが、プライベートらしきシーンで“M”の旦那(?)が出てた! ボンドからの(直通電話の)コールに「君にだよ」とただひと言(・ω・)
♦アストンマーチンのトランクに押し込められ、過激なドライヴを満喫・・ってのも、スリリングで楽しい人生経験なのかも知んない(=^_^=)
♦ラストの「必要ながらもベタっぽいエピソード」は『ブレイド(1998)』(の終盤)にもその“ベタさ”が似てたかも。。
♦砂漠の“あのホテル”にいた人たちはどうなったんでしょう?? どうやら「歩いて何とかなる距離」では全然なかったと思うんだが(×_×)
♦シリーズがノって来たら(=^_^=)・・ぼちぼちボンドも日本にやって来るか?(=^_^=) ←姫路辺りに来て欲しいっす。
♦ボリビアの独裁者=メドラーノ将軍と(ドルでなく)ユーロで取引するグリーン。やっぱりドルはもうあかんのね(×_×)

〜 こんなセリフもありました 〜

ボンド「魂は神父の領域です」
   「今更、どうでもいい男です」
   「強い者ほど強敵を持つ、と言う」
   「復讐の思いは同じだな、俺たち」
   「彼女の貢献に対し、上に報告を
   「南米からコカインと共産主義を引いたら、何がそこに残ると?」
   「引き金を引く時が大切だ、復讐心がそれを乱す・・深呼吸し、一発で仕留めろ」
   「ノドが乾いたら、それを飲め」 ←ちと『マッドマックス(1979)』ぽいシビアさ、、
   「死者は復讐など求めない

カミーユ「あなたって“待ったなし”ね」
ボンド「それはお世辞か?」

カミーユ「残酷だった父も、私には父よ
    「焼け死ぬのはいや・・」

M「人って分からないものね・・あなたは信用出来る?」
 「ここにまで“組織”が潜入していたとはね」
 「お金は“回る”ものよ」
 「あなたにとって女はみな“言いなり”のようね」
 「悔いなんかないわ、私はプロよ」
 「ボンドは私の部下よ、私は部下を信頼しているの

ホワイト「何も分かってないんだな・・我々の仲間は“あらゆる場所”にいるんだよ」

ボンド「彼はもう“脈なし”だ」
M「・・殺したのね!」

ボンド「“過去の人間”はどうだっていい」
M「殺したのね?」

M「また殺したのね?」
ボンド「仕方なく」

M「早く復職して」
ボンド「私がいつ離れました?」

ボンド「お前たち(CIA)は悪党と組むのか?」
フェリックス「すっかり善人が減っちまったからな」

ボンド「(俺に残された)余裕は?」
フェリックス「30秒だ」

※「ヤツに何を教えた?」
フェリックス「ガセネタさ

グリーン「君と“寝た”のが間違いだった・・好きになった」
    「彼には残念なことをした・・“役に立つ地質学者”だったのにな」
    「見返りには砂漠(の土地)を頂くよ・・不毛のね」
    「あんたは我々の“組織”に暗いとみえる」
    「言っておくが、我々には“右翼”も“左翼”も同じことだ。“政府軍”も“反乱軍”もな。
     現大統領が“ハナシの分かる人間”だったら、あんたなんか必要なかったのさ」

マティス「若い頃は、容易く“善人”と“悪人”の区別がついたのに・・歳を取ると、それが難しい

マティス「彼には(飲み物なんか)注(つ)ぐな」
ジェンマ「いいじゃない、安ワインだし」

ボンド「何故俺に付いて来たんだ?」
マティス「“過ちを認めた者”に対する敬意からさ」

フィールズ「あなたは“普通の学校教師”なのに、こんな高級ホテルなんて・・」
ボンド「“宝くじに当たった学校教師”でね」

親友「このままでいい、そばにいてくれ・・頼む」
  「互いを赦そう」
  「彼女は君に全てを捧げた・・彼女を赦せ・・そして自分自身を

カミーユ「友達をそんな所に捨てるの?」
ボンド「本人は気にしないさ

カミーユ「彼女はどんな女性だったの? 恋人?」
ボンド「恋人じゃない」
カミーユ「母親?」
ボンド「それに近い存在だ

大臣「外交を“あやふやな勘”に託せと?」

※「この国(ボリビア)じゃ“飲める水”を手に入れるだけで、収入の半分を失うのさ」
 「今どき“頼れる取引相手”なんてものは悪人だけさ」

外国語関係(=^_^=)
 「ムチョ・グースト(mucho gusto)・・よろしく」
 「ネーム・チェック(name check)・・人物を調べろ」
 「アイ・キャント・トライ(I can't try)・・どうかな?」

追記1:字幕担当は戸田奈津子女史。あんまし“超訳”は弾けてはらなかったなぁ、、
追記2:ロケーションは覚えてるトコロで「イタリア・シエナ」「ロンドン」「ハイチ・ポルトープリンス」「オーストリア・ブレゲンツ」「イタリア・タラモーネ」「ボリビア・ラパス」「ロシア・カサン」って感じだった。
追記3:8年を真面目に勤め上げた情報部員の裏切り・・これはMI6にとって、大変な事態だと思う(×_×) カネで動いた訳でもなさそうだし。。
追記4:ジャンカルロ・ジャンニーニさん、拝見するのは(本シリーズ以外だと)『ハンニバル(2001)』以来であるが、ホンマに災難の似合うおっつぁんですね(×_×) でも、将来はこんなシブいおっつぁんになってゆきたいワタシ(=^_^=)>

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2009年1月18日 (日)

☆『Ray/レイ(2004)』☆

12日(月曜)の夜。
衛星第2で放送されたレイ・チャールズの自伝的作品『Ray/レイ』を観た。実は本作、昨年(2008)の2月9日(土曜)にもBS2で放送され、しっかり録画はしたんだが・・その後、すっかり“死蔵状態”となっていた、、(×_×)
今回、ようやく再放送(?)を機に鑑賞が叶い、HDレコーダーから消去することも出来た次第だ(・ω・)

1948年。母アリサとの約束“自分の足で強く生きる”を胸に、17歳のレイ・チャールズ・ロビンソン(ジェイミー・フォックス)は故郷のフロリダ北部からシアトルへと向かう長距離バスに乗り込んだ。

バスの後部・・(両眼の)光を失っていなければ眼にしたであろう・・「黒人専用」と表示された席で揺られながら、彼の心は希望に膨らんでいた。

シアトルの街角でクインシー・ジョーンズ(!)と言う名の少年に出会い、レイは“ロッキング・チェア”と言う酒場でジャズ・ピアニストとし働き始める。オーナーのマーリーン・アンドレに気に入られた彼は“マクソン・トリオ”の一員となり、“南部男”とあだ名されつつ、めきめきと頭角を現す。
その一方で、彼は安い契約料でこき使われ、夜な夜なマーリーンに「ママのお菓子を十分に味わって」と“夜伽のお相手”にされるのだった、、

1950年。いよいよ酷使されていることに我慢ならなくなったレイは「最初から俺を食い物にしてたな? 俺をなめるな!」とマーリーンらに言い放ち、独立を志しロスへと発つ。

彼には“少年期に起こったとある事件”に起因するトラウマ(心的外傷)があり、見えない両眼で「水浸しとなった床に、弟ジョージの骸(むくろ)が横たわる」と言うリアルな幻覚に度々苦しめられるのだった。

創作活動のため、そして忌わしい“幻覚”から逃げるため、レイは麻薬(マリファナ)を覚え、やがてそれは量を増し、更に強力なヘロインの常用へと変わって行くのだった。

彼の創作を支えたもう1つの存在は“ミューズ(女神)”であった。
仲間からも「ヤツは手首を触って、いい女かどうかを見極めるのさ」とその選択のセンスに脱帽されたレイ。

女性ゴスペル・トリオ“セシル・ショー・シンガーズ”のリードボーカリスト=デラ・ビー・アントワインを素早いアタックで妻に迎え、「家庭は家庭として築きつつ」、、ソロ・シンガーのメアリー・アン・フィッシャーや、バック・コーラス・トリオ“レイレッツ”のリーダー=マージー・ヘンドリックスに次々と手を出してゆくのだった(×_×)

本作は、レイ・チャールズの影の部分・・「肉欲&快楽主義」・・に軸を据え描かれた、スキャンダラスな物語でもある・・

むむむ。観始めてすぐに「万人受けするも面白味に欠ける、キレイ尽くしの自伝の類(たぐい)」などとは一線を画してること、にまず驚かされた! ジョージア州で行った“黒人差別に対する抵抗”をのみ、分かり易くも美的な“偉業”として描写しつつ、その他のシーンの殆どは“不倫”“薬物依存”がメインに取り上げられてるのだ。

自身の中でレイ・チャールズと言えば、サザン・オール・スターズの代表曲(?)“いとしのエリー”をカヴァーした、ひょうきんそうなピアノ弾きのおっちゃん、ぐらいの印象しかなかったんだが(←ファンの方、済みません) こんなに壮絶で桃色な(?)人生を送らはった方とは知らなかった。
と言うか、この“暗黒面をほじくり返すような”脚本に「OK、OK」と快諾した、その度量に敬服します(・ω・)

冒頭で差別主義者っぽい長距離バスの運転手に「ノルマンディー上陸作戦の際、砲弾でやられてね」と盲目になった理由を説明していたが、実際には病気によるものだったようだ(劇中でも明かされる)。

それにしても、杖に頼ることもなく、ずば抜けた聴覚のみで堂々と動き回るレイの行動力はスゴい。彼の両耳は“窓の外を飛ぶ、ハチドリの羽ばたき”までも、その方角&距離を的確に掴んでいたようだが、その“超人的な聴覚”を解説(?)するシーンのカメラワークは、何だか『スパイダーマン(2002)』となった直後のピーター・パーカー(トビー・マグワイア演じる)の超聴覚を解説する場面にも似ており、驚かされつつ苦笑もさせられてしまった。

宗教観の違いから、ワタシには「ゴスペルをアレンジ(改変)してR&Bと融合させ、キャッチーに売る」と言うことの“冒涜さ加減”がハッキリとは掴めなかったが・・自身の信じる道を「ハッキリと見定め」突き進んだ一方で「自身の心の弱さ」には徹底的に悩まされ続けた・・その“天才性”と“凡人性”の対比が、絶妙なリアルさとハーモニーを持って、観客に迫って来るようだった。

ただ、主演のジェイミー・フォックスが“演技に魂を込め過ぎてる”ため、未だ“フツーの作品”におけるジェイミーと同一人物であることが「少し考えてみないと」繋がって来なかったりする(⌒〜⌒ι)

同じような“ドロドロした人間”を演じた『ドリームガールズ(2006)』ともまた、全く違う雰囲気を魅せてくれるジェイミー。
本作での熱演こそが、彼の俳優キャリアにとって、そこから先の“呪縛”となって行かないことを祈るばかりである。。

〜 こんなセリフもありました 〜

レイ「大事な話の時には、決まって俺をマリファナでハイにさせるんだな?」
  「このピアノはアート・テイタム? 話すには畏れ多い存在だよ」
  「耳が眼なんだ。この指で、この靴先で触れるものはみな音が違う」
  「受けが良くなければ喰えないんだ」
  「はっきり言ってくれ、俺の母のようにね」
  「“スタイルを変えて受けなくなる”のは怖い」
  「盲目の僕は、生き方が限られてる」
  「俺のハンデを哀れむな」
  「ニューヨークはサウンドの街だな」
  「俺たちとツアーに行かないか?」
  「何号室だ? 69か?」 ←兄貴! 最高ッス!(=^_^=)
  「俺に合わせて即興でやれ、行くぞ」
  「(収録し切れないから)2番をカットするだと? 君を(この場から)カットするぞ?」
  「俺の音楽は全て本物だ」
  「ヒットは簡単だ、だが出し続けるのは難しい」
  「差別のある会場ではやらない」
  「眼の見えない闇の恐怖も知らずに! 神に借りなんかない」

運転手「盲人の旅の面倒は見れん」
レイ「このバスに乗る権利は有る筈です」

ゴッシー「(マーリーンを)満たしてやれば、仕事もどんどん来るさ」

母「悲しんでる時間はないわ、誰も哀れんではくれない」
 「2度目までしか手を貸してはくれない、それが世の中よ」
 「世界中を旅したようね・・でもまだ弱いわ」

ビー「ゴスペルを編曲しないで!」
レイ「これが俺の音楽の原点なんだ・・これこそが(わき上がる)自然な感情なのさ」

レイ「父は家族を3つも持っていた」
ビー「あなたは家族を1つだけ作るの」

レイ「売ってくれ」
仲間「こいつはヘロインだ、マリファナとは訳が違うぜ・・ダメ人間になりたいのか?」
レイ「もうダメ人間さ」
仲間「じゃ、売ってやる・・快楽を楽しめ(Take a ride.)」

マーリーン「稼ぐには“投資”もしないと」

アーメット「小さな要求には小さな額で、大きな要求には大きな額で応えます」
     「良く身体を掻いているな? 症状が丸見えだぞ」

ビー「人の真似が出来るなら、自分の真似も出来るはずよ」
  「1つだけお願い・・“ツアーで起きたこと”を家に持ち込まないで、言い訳はいいの」

マージー「天才と身も心も1つになりたいの」
    「旅(=ツアー中)では私が奥さんでしょ?」
    「家族が大事ですって? バカな人! “麻薬と音楽と女”でとうに家族なんか棄ててるくせに」

ビー「ビバリーヒルズに引っ越しなんかしないわ、あなたの行動が問題なの」
レイ「せめて家では孤独にしないでくれ、君の助けが必要なんだ」
ビー「・・甘えないで」

ジェフ「奥さんから電話です」
レイ「忙しい、と言え」
ジェフ「・・ウソは嫌です」

※「見ろよ、膝が震えてる・・ありゃ“依存症”だ」
※「しかし演奏は最高だ」

レイ「“この業界では最高の利益を求めろ”と教えてくれたろ?」
アーメット「我々には対抗出来ない・・“シナトラを凌ぐ契約額”だからな」

クインシー「南部巡りは辛いぞ、未だに差別が色濃い」

ジェフ「ボスもいつかは運が尽きる」

ジョー「解決したか?」
レイ「心は暗いままだがな」

ハッカー医師「“有名人の依存患者”は君が初めてじゃない」

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2009年1月15日 (木)

☆『X-MEN/ファイナル・ディシジョン(2006)』☆

11日(日曜)の夜。
“日曜洋画劇場”で地上波初放送された『X-MEN』シリーズの3作目にして完結編である『X-MEN/ファイナル・ディシジョン』を観た。

『1(2000)』『2(2003)』共に「まぁまぁ」って感じで、それなりに楽しんで観て来た同シリーズだが・・今作は良く言えば“サプライズの連続”であり、悪く言えば“積み重ねて来た物語世界を台無しにした”とも言えるデキだった。

どうやら敗因(?)は、これまで1&2作目を監督したブライアン・シンガー監督の手を離れ、ブレット・ラトナーがいきなし(?)監督に起用されたことと、“X-MENチーム”のリーダー格だったサイクロップス(ジェームズ・マーズデン)が、シンガー監督が(本作と)同時期に手がけた『スーパーマン/リターンズ(2006)』に出演することとなったため、その登場シーンが殆ど序盤のみに限られてしまったことであろう。

これにより、本作も『スーパーマン〜』も、中途半端でボロボロな仕上がりとなってしまったように思えてならない。。

そう遠くない未来。

“プロフェッサーX”ことチャールズ・エグゼヴィア(パトリック・スチュワート)率いる“善のミュータント集団”である“X-MENチーム”と、かつてその同志だった“マグニートー”ことエリック・レーンシャー(イアン・マッケラン)率いる“悪のミュータント集団”である“悪のミュータント集団(←そのまんまや!)”は、微妙なバランスで互いに睨み合っていた。
直前、激闘の中で“X-MEN”の参謀格=ジーン・グレイ(ファムケ“オナトップ”ヤンセン)が激流に飲み込まれ姿を消して(←前作ラスト)以来、その恋人だった“サイクロップス”ことスコット・サマーズはすっかり無気力となってしまっていた。

そんな中、2つの大きな事件が起こる。

1つはワージントン博士が「ミュータントを人間に戻すことの出来る」新薬“キュア”を完成させたこと、
1つは、ジーンが姿を消した「アルカリ湖」で、驚くべきことに彼女が“無事な姿で”発見されたこと、である。

“ミュータント特有のX因子を抑える治療薬”が開発されたことで、アルカトラズ島(サンフランシスコ沖の孤島)に建つ「ワージントン研究所」は“ミュータント解放の拠点”となり、未だ社会から阻害されてるミュータントらにとっては「ミュータントとしての尊厳を貫くか? それを棄て人間に戻るか?」の大きな選択肢が突き付けられることとなる。

一方で“生死の境を彷徨った末”(これまでチャールズにより封じ込められてた)邪悪かつ強大な別人格“フェニックス”の覚醒したジーンは、収容されていた「恵まれし子らの学園」を逃亡し、実家に戻る。
奇しくもその家こそは「20年前、少女時代の彼女をスカウトすべくチャールズ&エリックが肩を並べ訪れた場所」でもあった。

再びジーンの前にチャールズ&エリックが駆けつけ、彼女の暴走を食い止めようとするも・・“クラス5”のサイキックパワーを自在に操るジーンの前には全く歯が立たなかった・・

その後、ジーンを味方に(?)引き入れた“マグニートー(エリック)”は「ダサいヘルメット」を冠りつつ(=^_^=)、若きミュータントらを率い「ブラザーフッド」なる私設軍隊を結成。
“キュア”の根絶と、この新薬の源となった遺伝子を持つ少年ミュータント“リーチ”を抹殺すべくアルカトラズ島へ向け進軍する。

それを阻止せんと、“ウルヴァリン”ことローガン(ヒュー・ジャックマン)、“ストーム”ことオロロ・モンロー(ハル・ベリー)、“ビースト”ことハンク・マッコイ、“アイスマン”ことボビー、“コロッサス”、キティ・・のわずか6人となった“X-MEN”が現地へ飛ぶ。

ついに、彼らの最終決戦が始まろうとしていた・・!

シリーズを(いずれもTV放送ながら)観て来た人間としては「勿体ない!」と叫びたい気持ちで一杯だった(×_×) 私的に“サイクロップス”や“ミスティーク”ことレイヴン(レベッカ・ローミン・ステイモス)、“ローグ”ことマリー(アンナ・パキン)などのキャラが好きだったんだが、そんな彼らが次々と「脱落」「退場」して行く展開には・・「コレはヒドい!」と嫌悪感を剥き出しにしたファンも、決して少なくなかったんじゃなかろうか?
半面、魅力ある新顔(ミュータント)は登場しなかったし、最終決戦の始まる前に「あんたがおらなんだらアカンやろ!」と言うべき“大物”が姿を消しちゃったりもして、、ムチャクチャだった。

そう言うと、近年は「CG映像でキャラを“粒子化”すれば、それが“真っ当な死の描写”となるだろう」と考えてる映像クリエイターが何だか多いように思えてならないんだが、そんな「小手先のお遊び」だけで観客を納得させられる、とは決して思わないで貰いたいモノだ。

『スーパーマン〜』は興行的に“失敗作”だったようだが、本作もワタシに言わせて頂ければ、ヒットはしたにせよ物語としては「愛情が込められてない」し「どう考えても失敗作!」と決め打ちさせて貰いたいトコロである(・ω・)

〜 こんなセリフもありました 〜

マグニートー「パワーの崇拝は失墜を招く」
      「自分だけが特別だと?」
      「団結だと? 人類に騙されるな」
      「可哀想だが、もう君は我々の仲間ではない」
      「何故、才能を封じ込める?」
      「何故、チャールズは“女神の才能”を閉じ込めたのだ?」
      「自由でいたければ戦わなければならん、今その戦いが始まるのだ」
      「我々こそが奴ら人類の“治療薬”なのだ」
      「“アダマンティウムのにおい”でお前の存在は分かっていたぞ」

プロフェッサーX「パワーを操るか、それに操られるか・・それが君の課題だ」
        「アインシュタイン博士はミュータントの存在を知らなかったろう、恐らく」
        「世の中は良くなったが、天候は急変するものだ」
        「野獣は野放しにするより、眠らせておく方が良策だ」
        「パワーに操られるな・・!」

ローガン「止められるのは俺だけだ」

サイクロップス「(身体の傷だけでなく)心の傷も早く癒えるんだな」

フェニックス「変わったわね、ローガン・・飼い馴らされて」

ローグ「私だって人と触れ合いたいの」
ローガン「どうせ男のためだろ?」
ローグ「どうして引き止めないの?」
ローガン「友人だからな・・だが良く考えな」

ストーム「ここは安全よ、これまでも、そしてこれからもね」
    「あなたは真実を見失ってる・・彼女は“マグニートーを選んだ”のよ」

ビースト「男には戦う時が・・そう言うことだ」

マグニートー「まだ懲りんのか? 貴様は」
ローガン「とっくに懲りてるさ」

追記1:「クソ人類め!」と元気良く毒づいてたあのしとが・・間もなく“キュア”により「クソ人類の1人」になっちゃう悲劇。。
追記2:アンナ・パキンちゃん、だんだんヒロインとしての存在感が後退して行ってた(×_×)
追記3:「王は死して玉座を遺し・・※※は死して車椅子を遺す」・・のか?
追記4:“翼を持ったミュータント青年”が重要な存在になるかと思いきや・・大した“立ち位置”でもなかった(・ω・)
追記5:「大統領執務室に飾られてたリンカーン大統領の肖像画」が印象的だった。アメリカ人には“グッと来る演出”なんやろか?
追記6:ヒュー・ジャックマンとハル・ベリー。本作では大したロマンスも描かれなかったが、考えたら『ソードフィッシュ(2001)』ではヒーロー&ヒロインの関係だったんやね(⌒〜⌒ι)

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2008年12月16日 (火)

☆『WALL−E(字幕版)』☆

15日(月曜)の夜。
先の週末にちっとも映画を観る事の叶わなかったことが、ひたすらに腹立たしく・・「残業をぶっちぎってでも行ったるで〜!」と、自身の中で高めるモノがあったりした。
ほんなこつで、適度に仕事を明日回しとしつつ(いや、ちゃんと区切りはつけましたんで、、)梅田方面に繰り出し、とある作品を観に“梅田ピカデリー(泉の広場上ル)”に向かった・・
が、狙ってたヤツは「本日は特別試写会となっており、ご鑑賞頂けません」ってことを窓口で案内され・・(×_×)

仕方なく、次の候補作であった『WALL-E』を観に“TOHOシネマズ(ナビオ上層階)”に向かったワタシ。

ま、期待は「そこそこ」とか思いつつも・・しっかり“WALL-E君フィギュア付き、限定版コンボセット(ドリンク&キャラメルポップコーン)”を買い求めたワタシだったが(=^_^=) ←カロリー高そ〜

西暦・・なる言葉をすら、もはや誰も使う者のいなくなった・・2810年(=802年後)の地球。
かつて“街”と呼ばれたそのエリアでは、高層化するほど山積されたゴミの塔があちこちにそびえ立ち、日々その合間を縫って健気にスクラップ処理を続ける1台のロボットの姿があった。

彼の名は“WALL-E(ウォーリー/Waste Allocation Load Lifter Earth-Class:地表型ゴミ運搬&積載ロボ・・って感じ?)”。はるか昔、BNL社により開発・量産・販売された、いわゆるスクラップ回収&処理ロボットである。
人っ子1人いない地上で、彼は「プログラムされた通り」にゴミを集め、四角くプレスし、正しい配置で積み重ねて行く。

バッテリーが低下すれば、太陽光をパネルで集め満充電し、一定の作業を終えれば、住処へ戻り休息する・・
そんな“WALL-E”の唯一の遊び相手(?)が“ゴキブリ君”であった。

ある日、上空から“天使を思わせる”白い筐体のロボット“イヴ”が降下して来る。
彼女は、地表で“起動”するや、あちらこちらの瓦礫やゴミをスキャンし始める・・どうやら、指令に基づき何かを探しているようだ。

最初は彼女に警戒されもした“WALL-E”だが、やがて“ゴキブリ君”の仲立ち(?)もあり、次第に親しくなって行く。
そんな中、ついに“イヴ”は「とあるアイテム」を発見してしまうのだった。

当然に訪れた“イヴ”との別離。それに我慢出来なかった“WALL-E”は、彼女を連れ戻すべく、旅立つ決心を固めるのだった・・

オープニング、上空より俯瞰で映された「地球の未来の姿」にしょっぱなから驚かされ・・中盤になって、ようやく登場し始める「人類の未来の姿」には、更に驚愕させられた。
本作で最も強く感じたのは「作業を何もかも自動化させた人間は、当然、何もかもが出来なくなる」ってことだろうか。これが笑って観てる一方で、(実は)観客の背筋を薄ら寒くさせるような、ある種の「警鐘」に思えてもならなかったワタシ。

健気に働く“WALL-E”は、どうと言った印象もわかない「只のロボット」なのだが・・時として「人間以上に人間らしい動作や表情(?)」を見せてくれユーモラスだった。
いじけて、地面に指(?)で円を描くような動作なんかが微笑ましい。危険を感じるや・・穴を掘り、地面に潜ろうとするし(=^_^=)

私的には前半〜中盤にかけての「乾いた世界観」が好きだった。何ならそのままロケ移動しなくても良かったかも知んないほど(=^_^=)
中盤以降は、ガラッと展開(=物語世界)が変わり、正直「騒々しいし、回りくどい」演出にも思えた。

ゴミ回収作業をしつつ、珍しい「宝物」を見つけては住処に持ち帰り、コレクションする“WALL-E”の行動が、何とも人間臭くて面白かった。中でも、
・指環の箱を拾い、中の宝石はポイと棄てて、箱だけを大事に持ち帰る
・クルマのリモコンキーを拾い、押してみると・・廃墟の何処かでセキュリティ解除の音がする
って演出には「うお!」とワクワクさせられた。

無論、マックユーザーとしては「“WALL-E”が(太陽光で)充電した時の完了音」が何よりも素晴らしく、アレを耳にした途端に、何故か「・・負けた」と感じてしまったワタシでもある(=^_^=) アレは必聴ですわ!
(“WALL-E”の(仕草の)ネタ元の1つには『天空の城ラピュタ(1986)』に登場する“園丁ロボット”が入ってるんじゃないか? と勝手に妄想したり・・溶接ビーム(?)も出すし)

「iPod」「ルービックキューブ」「ビデオテープ(←どうやらVHSじゃなくベータ!)」「ジッポーライター」などの小道具群も、それぞれに良い味わいを醸し出してくれてた。

一方の“イヴ”・・こちらの「必要十分」なデザイン&質感には感心させられた。
当初こそ「下らないデザインやな〜」と思ってたんだが、あのシンプルさは同時にミステリアスさも内包させている!
材質がどうにも“(旧型MacBook同様の)ポリカーボネイト製”に思えて仕方ないんだが(=^_^=) 蒼い目(?)も色々と表情豊かで、ハッとさせられた。
(ネタとしては“ココロボ”と言うペットロボットで実用化(?)されてた「眼の液晶表示が(感情により)切り替わる」って仕様を参考にしてそうな気もするが・・)

ほか、こんなことも気付いたり、感じたり。
・“イヴ”って「※※探査機」なのに、あんなに強力な殺人兵器(?)の搭載は必要だったんやろか?
・とあるポッドが20秒後に大爆発するんだけど、あれでどうやって助かったんやろ?(無傷だったし)
・消火器ってあんなに無尽蔵に(?)吹き出すシロモノやろか?(←いちいちうるさい(=^_^=))
・「ピザを育てるぜ!」とか叫んどるおっちゃんがいたけど、、誰か説明したってくれ(=^_^=)
・“WALL-E”の大型機(?)“WALL-R”ってのも出て来たけど、あの洗練されてないデザインはどうよ?
・ホログラム映像(の距離感)を認識出来ないロボット、アームでキーボードをいちいち叩いて操作してるロボット、には超未来とは思えぬ「アホさ」「非効率さ」を感じてしまった(・ω・)
・地球⇒アクシオム(AXIOM)は案外近かったのに、アクシオム⇒地球は“ハイパージャンプ(←いわゆるワープ航法)”を要するほどに遠かった。。この差は?!
・住処に修理パーツを沢山集めてた“WALL-E”・・つまりは「仲間の遺体をバラして、もぎ取って集めてた」と。。
・劇中で大きく取り上げられてたミュージカル映画は『ハロー・ドーリー!(1969)』 ←ワタシは未見(×_×)

〜 こんなセリフもありました 〜

地球の看板「WALL-Eが片付けます」

2110年の某人物「いいか、地球には戻るな」

※※「生き残るより、生きたいんだ!」
  「良く生きていたな、へこたれずに」
  「青空は一体何処だ? 草木は?」

アーム「預カリマス」
※※「いいよ、これぐらい自分でやる」

アナウンス「皆さんの喜びが、私たちの励み」

追記:現在のCGアニメーションの「極み」とは実感する本作だが、これ以上描く作品&余地がないか? と自問するに「そうでもない」と思う。終盤も、あとひと押しでウルッと来たんだろうが、正直泣けなかった。思うには、やはり驚愕&予測不能な前半から・・「慣れ」の生じた中盤以降の展開に、何処か「盛り下がる」トコがあったんじゃないかと考えている。
(消火器で遊ぶ(?)シーンなども、私的には余り必要性を感じなかった、、)

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2008年11月28日 (金)

☆『1408号室』☆

27日(木曜)夜。仕事を終えてから梅田方面に繰り出した。
ホントは・・18時半前に始まる“別な作品”をこそ観たかった訳だが・・少しダラダラと残業めいてしまい、結局は“ブルク7”で19時から上映開始の新作ホラー『1408号室』をチョイスしたワタシだった。

オカルト作家=マイケル・エンズリン(ジョン・キューザック)は業界で「そこそこの立ち位置」にいる売れっ子。処女小説「長い帰り道」こそは父子の濃密なドラマを描いた佳作とし一定の評価を得たが、その後は“全米の怪奇スポット”を巡り「幽霊ホテル10」「幽霊屋敷10」など、分かり易い路線のランキング本(?)を、命知らずにも次々とリリースし、作家生命を(辛うじて?)キープしているのだった。

大雨の夜、フェアフィールド郡境に近い名物(?)怪奇ホテル“ウィーピング・ビーチ・イン”の14号室(1860年のメイド縊死事件以来、幽霊が出ると噂の「屋根裏部屋」)に泊まった彼は、大した怪現象に遭遇することもなく朝を迎える。

ぐっすり眠った彼は「確かに雰囲気はあった・・ここを“6ドクロのホテル”と評価しよう」と屈託なくテープレコーダーにメモを残す。今回も彼の「完全勝利」であった。

そんなある日、ロスの海岸でサーフィン中に溺れかけたエンズリンは、その直後に立ち寄った郵便局の私書箱でまとめて受け取った“ファンからの手紙束”の中に1通の妙な封筒を発見する。
そこにはひと言「ニューヨークにある“ドルフィン・ホテル”の1408号室にだけは近付くな」と。

これをファンからの“挑戦”と受け止めた彼は、早速ニューヨーク(のレキシントン・アベニュー)へと向かう。過去に“とある出来事”があって以来、避けるようにして来た街=ニューヨーク。
彼の命知らずな提案に、ホテル支配人=オリン(サミュ・L・ジャクソン)は幾つかの恐ろしい逸話を語って聞かせる。

・部屋に入室して、これまで1時間以上持ちこたえた人間はいない
・報道していない“自然死(22人)”を含めると、創業(1912)以来(95年間で)56人が死んでいる
・スープで“溺れた”客もいた
・月に1度だけ、ドアを開放し、10分間でルームメイキングをしているが、1度メイドが閉じこめられ・・
・窓から飛び降りた客だけでも7人いた

支配人は過去の“事件”をまとめた分厚い本(ファイル?)を作家に渡し「これを読んでから、泊まるかどうか決めろ」と言う。また「1410号室も造りは殆ど変わらないから、その部屋を撮影して済ませてはどうだ?」とも。
が、エンズリンの気持ちは変わらず、ついに根負けしたオリンは、彼に“禁断のカギ”を渡すのだった・・

部屋に入室して1時間、彼はどんな体験をするのだろうか?

うーん・・ひと言で評すると・・私的には「しょっぱい」作品だった。他には「ダラダラ」「うだうだ」「繰り返し系」「引っ張り過ぎ」とかコメントしとくとしよう(・ω・)
スティーヴン・キング原作の物語は“もの凄く感動的”“もの凄く怖い”“もの凄く不愉快”“もの凄くつまらない”などに大別されると思うんだが・・ワタシなりに言わせて頂ければ「前述のうち第4グループ」に区分されるんでは、と。

序盤こそ「いきなり“音”でビビらせる」「ラジオ付きデジタル時計の表示が“60:00”に切り替わり、カウントダウンが始まる」「ドアが閉ざされ、差し込んだカギは折れ、ドアノブも外れる」「向かいの高層ビルに男の姿が」って辺りはそれなりにゾクゾクさせられたんだが、そこからの“幻覚”“幻聴”の連続がどうにも・・(×_×)

ハリウッド流のオカルト感覚(=映像表現)がそもそも“好かない”ってのがあるんだが、そこに妙な“大甘なJホラー系”の怖がらせテイストもまた見受けられた(ように思えた)のは「アカンなぁ」と。
“携帯電話”“ノートPC”などの電子機器をムリヤリ、このオカルト空間に持ち込ませたのも、設定的にやや強引さがあり、白けさせる要因だったんかな? と。

高層階から客の飛び降りる映像(の幻覚)が何度か出て来るんだが・・彼らが地面に到達する瞬間の消え方(=映像的演出)が如何にも“ホログラム調”なのは、最高にしょうもなかった(×_×)

部屋に入るまでの“雰囲気の高め方”がなかなか素晴らしかっただけに、主人公の体験が二転も三転もする「慌ただしさ」だけは正直、勘弁願いたかったモノだ。

〜 こんなセリフもありました 〜

オリン「君を救おうとして言ってるのに、何故からかう?」
   「君の命を心配してるんじゃない・・“後片付け”が迷惑なだけだ」
   「君は・・知的な皮肉屋だな」
   「あの部屋ではマグ(磁気)カードが作動しない・・だから未だにカギで施錠している」
   「誰が“幽霊が出る”と言った? あの部屋は“邪悪の部屋”なのだ」
   「もう1度だけ言う・・お願いだ、あの部屋には行くな」

※「私もお前のように生きた・・お前も私のように死ぬのだ」
 「人は死後に“何か”を期待している」
 「良くやった、上出来だ」

エンズリン「何が出るか、楽しみだ」
     「これは仕事だ、恐怖などはない」
     「怖がって」 ←サイン会での“決め台詞”
     「神も幽霊も信じないたちでね」
     「ここか? ・・普通の部屋だな」
     「ナッツが8ドル? 確かに“邪悪の部屋”だな」
     「作家が欲しいのは“ネタ”だ、ビビってたまるか」
     「良く言われたんだった・・“人からアメを貰うな”と」
     「“夢では死なない”と言うが、本当か?」

アンナ「また「長い帰り道」のような本を書ける?」
エンズリン「もうムリだ」

アンナ「「長い帰り道」は実話なの?」
エンズリン「・・いや」

エンズリン「1408号室に泊まりたいが」
予約係「・・あいにく塞がっております」
エンズリン「・・まだ日付を言っていないが?」
予約係「・・・」

追記1:サミュ・Lのおっちゃん、多忙過ぎるのか、出演シーンが思った以上に少なかった!
追記2:劇中の“ドルフィン・ホテル”は「プラザ・ホテル」に次ぐほどの高級さらしい。どんなもんなんや?
追記3:あのエアコンの修理工(と言いつつ、修理してくれないが)の存在が何だったのか、ちと気になる(・ω・)
追記4:ジョンQさんの使ってたテープレコーダーは「サンヨー製」だった! 何だかしみじみ(・ω・)
追記5:オカルトグッズ(?)の「ルミノール反応・確認灯」が欲しかったり(⌒〜⌒ι) でも、色々な場所で照らしまくったら「知らない方が良かったこと」にも沢山気付かされる気がする・・(×_×)
追記6:「1408」の数字をすべて足すと・・

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2008年11月27日 (木)

☆『Dearフランキー(2004)』☆

26日(水曜)の夜。
衛星第2で放送された『Dearフランキー』を観た。以前の「ラインナップ紹介番組」で魅力的に映ったことと、“ブレイク前夜”のジェラルド・バトラーが脇を固めているのを知ったこと、から鑑賞を決めたが・・それ故に、今夜も劇場での新作鑑賞は叶わぬものとなってしまった(・ω・) 良し悪しやね。。

イギリスの港町・グラスゴー(スコットランドの南西に位置する)。
聴覚に障害をもつ9歳半の少年=フランキー・モリソン(ジャック・マケルホーン)は、口数こそ少ないものの・・母リジー(エミリー・モーティマー)、祖母ネルと共に、それなりの明るさで生きていた。
彼ら3人には父デイビーの存在が欠けていたが、彼は船員とし世界の海を旅する“ストレンジャー”であったのだ。

父は定期的に息子に手紙を送り、息子もまた父に返事を書くのだった。
フランキーは部屋の壁に貼った世界地図に、父の乗る“アクラ(ACCRA)号”の航路をマークし、まだ見ぬ父の姿を想像するのだった。

そんなある日、転入した学校で悪友(?)リッキーに「19日(土曜)にアクラ号が入港するぞ。俺はお前の父ちゃんが(お前に)逢いになんか来ない方に賭けるぞ。もし(その日の午前に控えてる)サッカーの選考会に父ちゃんを連れて来たら、俺のカードコレクション(←サッカー選手のか?)を全部やる。でも来なかったら、お前の(収集してる)切手とナイフをよこすんだぞ」と持ちかけられてしまう。

実際には、父デイビーは船員などではなく、母リジーの思いついた“うその職業”でしかなかった。
投函した手紙を私書箱で受取り“父の言葉”で返事を綴り続けた母。だが、今度ばかりは「本当の父親・・を演じられる男」が急きょ必要となる。
焦ったリジーは友人のマリーに相談する。

そして彼女の紹介で1人の男(バトラー)が母子の前に姿を現すのだが・・

物語のエッセンスだけで語れば、さっさと話し尽くせてしまうような本作。会話劇と言うより、風景描写こそが際立っていたりもし、その“すき間だらけ”の物語世界が、却って観る者に「心地良さ」を与えてくれる。ピアノ伴奏がメインとなるスコア(音楽)も雰囲気にマッチしてて良い。

劇中で、フランキーの母=リジーは28歳と明かされるんだが・・醸し出す雰囲気が「可愛いようで、かすれてもいて」随分と印象深かった。
息子への愛・・それ故に“大きなうそ”を独り背負い込んで(不器用に)戦い続ける女性。
バトラーの醸し出す“(やんちゃだけれど)大人の男”な印象もカッコ良かったが、エミリーの“陰のある強さ、そして弱さ”もまたなかなかに忘れ難い。

劇中でさり気なく

マリー「彼のこと、どう思う?」
リジー「特に何とも思わないわ・・“契約”しただけの関係よ」

みたいなやりとりや、

リジー「聞いて・・あなたに“大事な話”があるの」
フランキー「分かってる」

みたいなやりとりが交わされるんだが、それらが後に“少し違った印象”をもって思い出され、響いて来るのも知的で微笑ましく、忘れ難かった。

もし原作に“後日談”が記されているのなら、ちょびっと読んでみたいような・・そんな“吸引力”を感じた佳作であった☆

〜 こんなセリフもありました 〜

ネル「もっとあの子に話をさせなさい、事情が事情でも」
  「まだあの子に手紙を? もうやめたかと」
  「あの子に必要なのは“うその手紙”じゃない」
  「毎朝、新聞の死亡記事欄を見る限り、デイビーはまだ死んじゃいないさ。死んでるのはむしろ“お前の方”だよ」
  「もう新聞はいいよ、大したことは載ってないから」

父の手紙“1週間前に赤道を越え、もうすぐ喜望峰だ。海の上は暑く、手すりに触れると火傷しそうだ。
     ・・そろそろ見張りの時間だ” ←こんな手紙を書ける母もスゴい!(でも筆跡は?)

フランキーの手紙“長い間にパパは変わった? 僕は背が伸びたよ”

カトリオーナ「知りたいけど、知りたくないのね・・それって複雑だわね」
      「内緒のものはクローゼットの奥にしまってあるハズだわ・・女は“秘密”が好きなのよ」

フランキー「僕は誰に似てる?」
リジー「あなた自身によ・・あなたはあなただわ」

リジー「“過去も現在も未来も知らない人”を探していたの・・あの子にとって“1日だけ”の父親役を」
   「(彼の)素性を知る必要なんかないわ・・これは私の“最後のうそ”よ」
   「まさか、船が“実在”するなんてね」

ストレンジャー「賭け事はしない主義だが・・勝つ自信はある」
       「賭けは賭けだ、遠慮はするな、(戦利品を)受け取れ」
       「お前が踊るなら、俺もママと踊る」
       「(あの子の目は)君と同じ目だ、つい引き込まれてしまう・・」
       「何を恐れてる?」

リジー「自分を何様だと? 誰がここまでしてと頼んだ?」
ストレンジャー「・・君だ」

ストレンジャー「最初に、俺の過去は知らなくていいと言ったのでは?」
リジー「・・今は違うわ」

ストレンジャー「彼は幸せだ」
リジー「何故? 母親は毎日、うそをつき続けているわ」
ストレンジャー「違う、彼を必死で守ってる」
リジー「・・毎回“最後の手紙”にすると誓うの・・でもあの子が書かないと私がしかけちゃうの・・
    あの子の“声”が聞きたくて」

ネル「ウイスキーを開けるって、何のお祝いだい?」
リジー「ただ、飲みたいの」

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2008年9月28日 (日)

☆『12人の怒れる男(2007)』☆

28日(日曜)。ガバッと起きたら・・またも午前10時を回ってた(・ω・) 早く目覚められたら、クルマで遠出したかったンだけどねぇ。。
明日からまた仕事だし、遠出するのはやめときまひょってことで、以前から鑑賞を熱望してた1本『12人の怒れる男』を観に行くことにした☆
本編が約160分ちぅ“骨太大作”で、かつ決してメジャー路線じゃないだけに、劇場も自ずと限られて来る・・(・ω・)

今回は「心斎橋」か?「十三」か? ってな二者択一を経て、後者にあるミニシアター“第七藝術劇場”に初めて行ってみることに決めた☆
阪急・十三駅で下車し、アーケード街をくぐること2度。風俗系案内所が界隈に賑々しく建ってたりする某ビルの上層階に、そのシアターはあった。
む〜ん、何てコアなロケーションなんや、、と思ってたら、集まって来るしとたちも何処となくコアな感じだった。。梅田/難波の劇場なんかで良く見かける「アタマ悪そな若い男女」「(作品の)選択を間違えてそなご老人」と言った観客は皆無! みんなきっとリピーターかつ確信犯(?)的な映画好きの奴ら・・いえ、方たちなんだらう。

薄暗く、静かなロビー(と言える程広くもない・・)で言葉少なに佇む、開場待ちの人々の発するオーラに気圧されたか・・チケット販売のお兄さんに「“12人の怒れる男たち”を1枚」と思わず口走ってしもたワタシ・・タイトル、間違えてるじゃ〜ん!(×_×)

シドニー・ルメット監督による法廷モノ群像劇の傑作『12人の怒れる男(1957)』を、物語の“軸”はそのままに、舞台を現代のロシアに移し“リメイク”・・いや、これはもう“リ・イマジネーション”と言って良いかと思う・・した長尺の物語。監督は“おいしい役”で出演(主演?)も果たしてるニキータ・ミハルコフ。

養父である陸軍少佐=ワローシャのノドを切り裂いて殺害、その所持金を奪い逃走した罪で、チェチェン出身の少年=ウマルが今、裁かれようとしている。3日間の審議を経て、いよいよ12人の陪審員たちの手に少年の運命は委ねられる・・

「時間は無制限とす」「全員一致の評決を下すこと」「検察側に同意するなら“有罪”を」「“合理的な疑い”があるなら“無罪”を」「上告はない」

女性裁判長が“休廷”を告げ、間もなく陪審員らは“仮設の陪審室”へと移動を始める。そこは老朽化した某学校の体育館である。
12人の男たちは「どうせすぐに終わるさ」「軽いもんだ」「さっさと済ませよう」と“全員一致の有罪”で本件がさっさと片付くものと考えていたが・・そこにたった1人の陪審員が“無罪”を主張したことから、陪審室は大いなる論議の渦巻く場へと変わってゆくのだった。

上映時間の長さ&シートのイマイチさに、後半からは尻が痛くなり、もぞもぞ座り方(体位)を変えたりしてた(・ω・)

ワタシなりの結論としては「娯楽作と言うには“長過ぎて無駄が多い”」ってことで、オリジナルを超えるつもりで撮った作品だとすれば「こんなのは評価出来ません!」ってトコに評決は落ち着くが・・現代ロシア国民の抱える“焦り”“苛立ち”などをかなり大胆に脚本内に盛り込んだチャレンジに対しては「凄い! 良くやった!」と絶賛したい。

陪審員の何人かが「自身の境遇」や「国民としてお国に言っときたい事」などを吐露した後、自分の意見を見つめ直し「無罪票」を投じて行く、みたいなパターンが繰り返されたが、2ヶ所ほどの語りのシーンで「割愛」っぽさの見受けられた印象があった。当局の指導が入ったんやろか? とか。
終盤に陪審員長が何かを語りかけるんだが・・結局、彼の口をついて出た言葉は「・・では評決をとろう」であった。私的には“ディレクターズカット完全版”が恐らくは存在するんやろなぁ・・と決め打った次第だ(=^_^=)

細かいトコで、陪審員1番、2番、3番・・辺りのキャラに“重要どころ”を固めてしまってた感のアリアリだったのが、不満だったか。実際には、そう巧くキャラが連番にならないと思うし(・ω・) やっぱししょっぱなは“陪審員8番”さんからやって欲すかった(=^_^=)

主人公的キャラもオリジナル(ではヘンリー・フォンダ)とは違い、途中からは「総てを見通した上で、敢えて“有罪”に投じてたとある人物」が文字通り物語を「まとめてた」印象が強かった。
陪審員も12人の職業が全て異なっており(←これも凄い偶然だけど)、外科医が実はナイフ扱いの達人だったり(このおっちゃんの“ナイフさばき”はモノ凄い! かのセガールとも渡り合えるんじゃなかろうか! 流石に“厨房”では彼に勝てんだろうけど(=^_^=))、老芸術家に別な一面があったり、墓地管理人の“稼ぎの手口”に全員が黙らされたり、冷静で理知的な印象の男が、実は少年のように恋に身を焦がしてたり・・とそれぞれの「語り」の中に「おおっ!」と背筋を正してくれるキャラが何人かいて、嬉しくなった。

ちょっと苦笑させられたのが、チェチェン紛争時、激しく降る雨の中を小犬が何かをくわえて走るイメージ映像・・くわえてる何かが“キラリ〜ン☆”といちいち光るんだが、あの光り方が何だかコント的で頂けなかった。。まるで『嫌われ松子の一生(2006)』で谷原章介が登場する時に光る歯かよ! と突っ込めそうな輝き方である・・(⌒〜⌒ι)
ラストで光っていたモノの“正体”がついに明らかになるが・・『用心棒(1961)』とか『悪霊島(1981)』とかかよっ! とここでまた突っ込んでしまいますた。。予備知識があるって、悲しいものですね・・(♪「愛燦燦」ネタ)

言いたかった者が、言いたかったことを言い、そのまますっぱり終わってしまう幕切れも、オリジナル版と比べ、賛否両論の起こるトコではないかな、と。
私的には「陪審室から戸外へ出た男たちが、それぞれに深呼吸なぞしながら、街の風景を改めて眺める」「廷吏が何か最後に“気の利いたこと”をポツリと放つ」ぐらいのサービスが欲しかったかな、と。

〜 こんなセリフもありました 〜

陪審員たち
 「ピアノさえ“鉄格子の向こう側”だ」
 「見ろよこの下着(=ブラ)・・学生だってのに栄養がイイな」 ←持って帰んなよ?!
 「“有罪”の挙手だったのか? てっきり“投票に賛成”の挙手かと思ったよ」
 「結論には早すぎないか?」
 「出産と小便は先延ばし出来んもんでね」
 「トイレはひらめきの宝庫だ」
 「路上でのたれ死ぬ筈だった私を、たった1人の人間が見捨てなかった」
 「周りを見ろ! このモスクワは他国に乗っ取られてる」
 「ユダヤ人の冗談は、冗談にならない」
 「人生には、どんな偶然だって起こるものだ」
 「女は・・天使なんかじゃないさ」
 「ロシア人は法を信じない、法など役立たずだ!」
 「私には、あの少年の孤独と恐怖が伝わって来る」
 「いつまでもニヤけず、真実を見ろ! 何でも笑いたがるな!」
 「カフカスじゃ、ナイフは一種の“文化”だ」
 「何処でも同じさ、やり方は違えど、誰でもやってることだ」
 「悪どく儲けた金でロレックスも買うが・・地域にも還元はしてる、学校も建てたさ」
 「死人の金を生きた奴に使う・・俺にしか出来ないことだ」
 「厄介なのは・・人間の本能に巣食う“愚かな嫉妬心”さ」
 「明るい海辺に向かって飛び立つか、ここに残るか、自分で決めろ・・誰も決めてはくれないぞ」
 「ここの次の修理は、恐らく40年後だろうよ」
 「彼が“有罪”に絶望し首を吊ったなら・・それが彼の運命なのだ」
 「路上より刑務所の方が長生き出来る・・そう考えたことは?」
 「元将校? “元”かどうかは関係ない」
 「国民がそんな“日和見根性”じゃ、この国は乗っ取られるぞ」
 「信念なき“小者”は、生き延びるためなら何でもやらかすさ」

廷吏「電灯は新しいんだが、配電盤が古いもので・・」

ある母親「あの人は変な人じゃないわ・・悲しいだけよ」

兵士M.N「いつか戦士となり、ロシアと闘え」

ウマル「母さん、ロシア語で話してよ」

B・トーニャ ←って誰?
 「些細な日常より、人間の本質に真相を求めよ」
 「法の力は揺るぎないが、慈悲の力はその法をも凌ぐ」

〜 ちょっと陪審員(ルックス)が彼らっぽかったです 〜

トム・ベレンジャー/ジェームズ・コバーン系
ジョン・マルコヴィッチ系
ジェフ・ゴールドブラム系
ポール・ソルヴィーノ系
クリス・クーパー系

追記1:劇中で“凶器”とされたのは“エマーソン製CQC−7”なるコンバットナイフだった。
追記2:劇中で、ある陪審員が“アウディ80”に乗ってる、と言ってたが、既に(10年以上前に)消滅してる車種らしい(・ω・)
追記3:劇中で唯一、作品に似つかわしい(=^_^=)“アンジェリーナ・ジョリー”なる名が出てた☆ 彼女に唇の似てる、“ジュリー”なる恋人を持つ某陪審員が惚気(ノロケ)てはりましたわ(⌒〜⌒ι)

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2008年8月17日 (日)

☆『SEX AND THE CiTY』☆

16日(土曜)。
ぐぅたらと自室で過ごす予定が(・ω・)、ひょんなことから鑑賞する気分となったのが、劇場版映画とし一般公開寸前の『SEX AND THE CiTY』である。
・・ってか、ドラマ版(1998-2004)ってば1話、、どころか1シーンたりと観てないんですけど〜。。

20代の女性が2つの「L」・・即ち「レーベル(高級ブランド)」と「ラヴ(愛)」を求め集まる街=ニューヨーク。そんなきらびやかな大都市を舞台に「独身か結婚か」「結婚か離婚か」などの“人生の岐路”に立たされつつ、その度“友情パワー”で乗り切り、逞しく40代(俗に言う“アラフォー(Around Fourty)”ってヤツか、、)を生きてゆく4人の女性・・キャリー、ミランダ、シャーロット、サマンサの物語である。

ぬぬ、流石に「女性の、女性による、女性のための作品」って印象で見渡す限り(?)座席は女性ばっかし。オタク野郎がムンムンと集まってた『スカイ・クロラ』とはシアター内の雰囲気がまるで違う〜(=^_^=)

しかし何だ、、ドラマシリーズ(の開始)からだと、ほぼ10年が経過してるそうで、流石にどの女優さんも“ポスター映え”こそはするものの、スクリーンでご尊顔を拝見する限り「ちょっと、どうでしょうか・・」と感じてしまったりはした。。エラそうに済みません(⌒〜⌒ι)

予備知識も期待感もあんましなく、鑑賞メモすら手にしてなかったんだが「最も定番であり、脚本家&演出家が安直に手を出しそうなネタ」の筆頭格たる“闘病”“死別”に全く手を着けず「出会い&別離」「確執&和解」のみをガンガン積み重ね、それでいてあきさせない展開は「安心して観れるよな〜」と感心させられた。

作品自体も「何度かのヤマ場」を準備しつつ「2時間半近く」引っ張る、ってことで『ダークナイト』にも似た構成を感じたモノだ。最近のハリウッドってば「複数ハイライト+2時間半ライン」がスタンダードとなって来てるんやろか?

タイトルに“SEX”が冠されてる通り、正常範囲内(ってどんな基準や!(=^_^=))ながら、ピンポイントでエロティックな描写が冴えていたのも特筆モノ。
私的には「全裸で両バストトップ&股間部のみに※※を乗せただけのお姿のサマンサさん(あれで裸足なら尚良かったですのに・・)」と「激しい“絡みシーン”でバストトップ周辺のお色の美しさ(薄くて素敵ですた☆)が映えてたミランダさん」の大胆さにそれぞれ拍手を送りたいトコである。同性として出来れば観たくなかったが(⌒〜⌒ι) 野郎同士のキスシーン(劇中で2度ほど)、肉体派プレイボーイ=ダンテ君がシャワーシーンで一瞬見せた“だらり状態のサオ”も女性観客からすれば「ちょっとした見所」なんかも知れない、、

ニューヨークを描いた部分では「ブルックリン橋」「5番街のペントハウス」「セントラルパーク」「市役所」「公共図書館」などが登場し、知ってる方には嬉しいかも知んない。

ロケーションとしては「ロサンゼルス」「メキシコ」が目立ってたか。しかし「メキシコの水道水を飲むとヤバい」ってネタが大きく劇中で取り上げられており、メキシコ観光局はきっと本作にいい印象を持たない気がするぞ(=^_^=) 某日本食をちと茶化す演出もあったし(=^_^=)

主役の4人共がそこそこに波乱を抱え、頑張ってくれてたが・・私的には彼女らを周囲で支えてた助演陣にこそ魅力を覚えた。中でも謎の大富豪=ビッグ(本名はジョン)、シャーロットの夫=ハリー、そして何と言っても・・キャリーを中盤からサポートするセントルイス出身のアフリカンアメリカンな女性=ルイーズである。

ジョンを演じた男優さんの“影でウジウジし、失恋をいつまでも引っ張る様子”はまるで『バットマン』に登場する謎の大富豪=ブルース・ウェインそのものだった。そう言えば顔立ちも何となくジョージ・クルーニーぽかったかも?(或いはボブ・ガントン系?)
また、ルイーズを好演したのが『ドリームガールズ(2006)』のジェニファー・ハドソン。決して美人ではないんだが、この人の存在感(醸し出す雰囲気)はスゴい! “ハリウッドの至宝”とし、今後も増長だけはせず(=^_^=)頑張って欲しい女優さんだ。

〜 こんなネタもありました 〜

・ニューヨークでは、携帯電話の市外局番が「917」から「3??」と変わったらしい(番号が一杯になったため)。
・ニューヨークでは、借りた本の返却が遅れると追徴金が発生する。
・ニューヨークでは、タクシーを呼ぶとフルブレーキででも止まってくれる(⌒〜⌒ι)
・ニューヨークには、ウクライナ人の街も存在するらしい。
・ニューヨークには、「ブランドもののバッグ」をレンタル出来るサービスがあるらしい!(高いやろな〜)
・映画『若草の頃(1944)』は、セントルイスを舞台にしたミュージカル映画である。
・「携帯を貸して、早く!」と叫び“iPhone”を手渡されたキャリーがひと言。「(使い方が)・・分からない」
・キャリーの愛用してたPCは(ワタシと同じ)『PowerBook G4』。チャット用カメラが付いてないデザインを見るに、インテル製じゃないようだ(=^_^=)
・ペントハウスはエレベータのボタン上では「PH」と表記される。
・“SEX”のことを劇中で「塗り絵」になぞらえてた4人。「もっと沢山の色で塗りたいわ」とか「私の彼の場合、枠からはみ出しちゃう」とか、色々言ってくれてますねぇ〜(⌒〜⌒ι)
・キャリーが服を整理する時、他の3人が「TAKE(取っとく)」「TOSS(棄てる)」と票決するシーンが面白かった。
・「プラダのバッグでプリンを携行」ってのがオシャレらしい!(ホンマか?)
・幾ら美人でも「チョコプリン漏れ」「半年間ムダ毛放置」ってのは頂けないかも(⌒〜⌒ι)
・終盤では“シンデレラ”を連想させる演出で、高級パンプス(でエエのか?)を履くキャリー。しかしそのヒール・・かなり高さがあるんやネ(⌒〜⌒ι)
・ロスの街角で※※を見かけるサマンサ。※※が「くぅ〜ん」とばかりに彼女を見上げる描写に「ア※フル」のCMかい! と小さく突っ込んだワタシ。
・この※※がなかなかにクセモノ(=^_^=) こいつの動きを眺めてると「ファレリー兄弟の作品かい!」とこれまた小さく突っ込める。

〜 こんなセリフもありました 〜

キャリー「あなたがいなくなると困るわ」
ルイーズ「それは次の人に・・そして次の人のやり方で」

シャーロット「あんたの生まれた日を呪ってやるわ!」

編集長「女性のウェディングポートレートは、40歳が限界ね」

キャリー「心配なんかしないで、むしろ嫉妬して」
    「私は賢い女よ、そこは巧くやってみせるわ」
    「20代は周囲に甘えなさい。30代で色々学んで、40代は自分が飲み代を払うこと」
    「大晦日に独りでカップラーメンなんてね」

ミランダ「首でも吊ってるんじゃないかって心配で電話したの」
キャリー「あら、1時間ほど早かったわね」

キャリー「私、決めたわ!」
ミランダ「それってボトックス注射のこと?」

※「41歳の私にも(SEXの)意味なんか分からない、ましてや3歳の子供に分かる訳ないわ」

※「賢い女も、ひとたび恋に堕ちればこのざまね」

※「良くある話なのよ、養子を迎えた後に妊娠するってことは」

※「最高の男を見つけるってのはね、最高の部屋を見つけるのと同じで、年月のかかるものなのよ」

追記:今さらドラマ版を観直す気にはなれないが、機があれば、もう1度しっかり鑑賞メモ持参で(=^_^=)観直してみようかな? と考えている。女性のことをもっともっと勉強しなきゃネ(=^_^=) ←もう遅いわ!

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2008年7月26日 (土)

☆『21グラム(2003)』☆

さる20日(日曜)の鑑賞。番組自体は昨年11月(・ω・)に深夜放送されたものを録画しておいた、浜村淳氏が司会を務める“映画へようこそ!”と言うプログラムである。

監督が次作とし『バベル(2006)』を放つこととなるアレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥと言うこと、心を揺さぶる名作らしい! とのことで期待はしつつ、なかなか観れなかった作品でもあった。

「1つの心臓」を巡る、6人の男女の愛憎の物語。

大学教師のポール・リヴァース(ショーン・ペン)は心臓を患い、残り少ない余命に怯えるベッドの上の日々。彼が生き延びるためには心臓移植術が必要不可欠であり、それはまた消極的に言い換えれば「他の誰かの死を待つ時間」でもあった。
妻のメアリー(シャルロット・ゲンズブール)と二人三脚で「生」を掴もうとするポール。そんなメアリーもまた「自らの生の行為」に執着し、不妊治療を続ける身だった。
ある日、病院からメアリーに連絡が入り、ポールはついに心臓の提供を受けることに。
手術は成功し、病院を離れ「生」を取り戻した彼だったが・・一方で自らを救ってくれたドナー(臓器提供者)に対する好奇心を押さえ切れぬまでに高めた彼は、ドナー探しに躍起になり始める。
その行為が妻メアリーとの心の繋がりを徐々にほどいて行くことを、その時の彼はまだ知らない・・

クリスティーナ(クリス)・ペック(ナオミ・ワッツ)は建築家の夫マイケル&2人の娘ケィティとローラに恵まれた幸せな女性。薬物に依存していたかつての彼女を立ち直らせたのも、愛する家族との交流があったからこそだった。
そんなある日、彼女が帰宅すると夫と2人の娘はおらず、留守電には夫の(携帯からの)伝言が残されていた。
直後、彼女の人生は音を立て崩れ始める・・3人が暴走トラックにひき逃げされ死んでしまった、との連絡が入ったのだ。
悲しみの中、クリスは“とある決断”をする。そしてその決断を機に、彼女の中の「喪失感」が激しい勢いで膨れ上がってゆくのだった・・
果たして彼女に「再生の日」は来るのか・・?

ジャック・ジョーダン(ベニチオ・デル・トロ)は筋金入りの前科者であったが、妻メリーアン&2人の子フレディとジーナとの交流により、次第に「神への信仰心」を持つように変わって行った。
が、自宅に友人を招いての“誕生パーティー”を開催した日、帰りを急ぐ彼は、Uターンをした際に「道路を横断していた親子連れ」に気付かず、運転していたピックアップトラックで跳ね飛ばしてしまう・・彼は再びの収監に怯える余り、そのままトラックを走り去らせてしまうのだった・・

「生きるとは? 死ぬとは?」「信仰は報われるべきもの?」「肉体の再生は精神の再生をも満たす?」など、全く「説教くさくはない」ながら、色々な問いかけを劇中で観客に静かに突き付けて来る作品だ。
テイストとしては『チョコレート(2001)』に何処となく世界観の似ている気がしたか。
6人の男女・・即ち3組の夫婦がそれぞれに存在の濃淡を携え、絡み合って来るのだが・・「寡黙で殆ど出番なき人物」の存在感が鮮烈だったり「主役級の人物で、目に見える言動の描かれ方は多い」んだが、何処となくその存在が希薄だったりと「人物造形」に非常に凝ってる印象なのが興味深い。

尚かつ「主人公(=主観的な視点)」と「時間軸」を細かく組み替え構成されてるので、シンプルな展開ながら「緻密で知的」な印象を受けた。
『バベル』における登場人物の繋がり(=相関)具合に対し「やや突飛?」ってな感触のあったワタシとしては「本作での、こぢんまりとした、だがしっかり繋がってる作品世界」の方にこそ、自然さと好感を覚えた次第である。

そういう楽しみ方をすべき作品ではないのだろうが・・時間軸に沿ってシーンを並べ替え、素直に展開を追ってみると・・「意外な素晴らしさ」か「意外な陳腐さ」か、どちらかがかなり高まるような気がする。
と言うことで、いつかまた観直してみたい、不思議な余韻を持った佳作だと評したい。

〜 こんなセリフもありました 〜

※「安全なセックスに欠かせない質問は?」
※「“旦那はいつ帰る?”だろ」

↑ このやり取りも劇中の展開にちょろっと関係して来る、、

医師「今はもうあなたの心臓ですよ」

医師「今の心臓はじき駄目になります、次の心臓が見つかるまで再入院を」
ポール「誰かが死ぬまで待つなんて」
医師「このままでは心不全を起こしますよ・・窒息は想像を絶する惨い死に方です」
ポール「僕は外で死にたい・・入院などまっぴらだ」

ポール「(失われた)時間を取り戻してみせる」
   「僕が死ぬとは思わなかった人に乾杯」
   「今さら僕らの傷口を塞ぐには・・遅過ぎる」
   「人は死ぬと、どんな人も“21グラム”だけ軽くなると言う。人は死んで何をどれだけ失う?
    いつその“21グラム”は減る? (人は死んで)何がどれだけ得られる?」

メアリー「過去をほじくらないで。一緒に探すのよ、未来を」
    「あなた・・“家を空け過ぎてる”とは思わない?」

※「主は苦痛に耐える強さを我々にお与えになる」
ジャック「・・苦痛も与える」

ジャック「地獄に堕ちるだと? ここが地獄だよ、ここがな!」
    「俺を見て、何かを言おうとしてた・・あの少女が」
    「自分で下した決断、過去は俺の鏡だ・・俺1人で向き合うしかない。過去は誰にも消せやしない」

クリス「何故私に“好きだ”と? 知らない相手に言う言葉じゃない。
    言ってはいけないわ・・相手の抱えてる問題や気持ちも知らないで」
   「あんた、何様のつもりよ! ドナーの妻を抱いて、彼の椅子に当然のように座って!」
   「あの子は“嫌がってた”赤い靴ひもをつけて死んで行ったのよ・・
    私はあの子の欲しがる青い靴ひもを買ってやらなかった」

※「人生は続くのよ、神様に関係なくね」

※「本当に有罪だったら?」
警官「良くあることだ、これが最初じゃない」

追記1:やはりこの監督は今作でも“1丁の拳銃”を重要なアイテムとして持ち出して来ていた(・ω・)
追記2:「留守電」「後部座席のチャイルドシート」「輸血を巡り判明した2つのこと」が印象深い。

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2008年7月25日 (金)

☆『AFI選出アメリカ映画・勇気と感動ベスト100(2006)』☆

24日(木曜)の夜。
夏風邪でヘロヘロ状態となってしまい、往復の通勤時にはぶっ倒れかけ、自宅ではひたすらうんうん唸って寝込んでるようなここ数日であった(×_×)
ようやく体調復活の兆しが見えて来たので、リハビリを兼ねつつ(?)衛星第2で放送された『AFI選出アメリカ映画・勇気と感動ベスト100』なる“ハリウッド作限定で勝手に映画史上のベスト100を決めちゃいましたが何か?”系のやや下世話な(=^_^=)番組を観た。
「AFIって何じゃ〜い!」と思ったら「アメリカ映画協会」のことらしく(←知っとけよ!)、企画自体に対する「身勝手なベスト組んでやがるなぁ・・」ちぅささやかな文句すら言わせぬほどの(=^_^=)豪華コメンテーター陣がよってたかって出演しておられ・・観てるウチに「ま、まぁ妥当なベスト100じゃないのン?」とすんなり納得させられてしまうオレ自身が何とも情けなかったが、まぁセレブにめっきり弱いちっぽけなヤツですから・・(⌒〜⌒ι)

【コメントを寄せてた皆さん、の一部(敬称略)】

♦サリー・フィールド
♦ジェーン・フォンダ :『バーバレラ』の頃とは流石にギャップが、、
♦スティーヴン・スピルバーグ
♦ウーピー・ゴールドバーグ
♦ベン・キングズレー :近年は『オリヴァー・ツイスト』での印象が強過ぎて、、
♦ジェフ・ブリッジス
♦ロン・ハワード :U※Jの某アトラクションに映像出演してはる頃とだいぶギャップが、、
♦ルイス・ゴセット・ジュニア
♦ミラ・ジョヴォヴィッチ :ヨヴォヴィッチ、とネイティヴは発音するらしい☆
♦ジェシカ・アルバ
♦ラルフ・マッチオ :お元気そうで安心しますた☆
♦ミッキー・ルーニー :紅顔の美少年時代とのギャップが、、半“ジャバ様”状態、、
♦ゲイリー・シニーズ
♦ノーマン・ジュイソン
♦エド・ハリス :『アポロ13』時代とはアソコのボリュームにギャップが、、
♦ドン・チードル
♦シドニー・ルメット
♦ルー・ダイアモンド・フィリップス
♦ジェームズ・クロムウェル :『L.A.コンフィデンシャル』観て以来、どうにも悪党に見えて、、
♦ウィリアム・H・メイシー
♦ダニー・デビート
♦ジェームズ・R・ジョーンズ :ええ声してはるわぁ〜☆
♦シドニー・ポワチエ
♦ジョージ・フォアマン :ちと“畑違い”な気も、、
♦カーク・ダグラス :かなりご高齢な、、“最晩年のビデオメッセージ”状態、、
♦エヴァ・マリー・セイント
♦アンジェラ・バセット
♦マリオ・ヴァン・ピーブルズ

うーん・・もの凄い! 特にAFIが「ヨイショしてまっせ!」って感じを受けたのは(コレはきっとワタシの妄想でしょうが)スピルバーグ&キングズレー&ポワチエ、の3氏だったろうか。彼らにはきっと事前に「こんなベストで如何でしょうか?」的な“お伺い”なんぞがあったような気もする(コレももちろん妄想ですよ!)

ベスト100は次の通り。後ろに「※」のついてるのは、ワタシが「観よう!」「観直そう!」ってな気に(思わず)なっちゃった作品である・・

100「炎のランナー」
 99「レイ」
 98「ベスト・キッド」
 97「キュリー夫人」
 96「ボビー・フィッシャーを探して」※
 95「プレイス・イン・ザ・ハート」
 94「我は海の子」
 93「ビューティフル・マインド」
 92「フェーム」
 91「ペーパー・チェイス」
 90「ホテル・ルワンダ」
 89「ハロルドとモード/少年は虹を渡る」
 88「ヤンキー・ドゥードゥル・ダンディー」
 87「ワーキング・ガール」
 86「落ちこぼれの天使たち」※
 85「ティナ」
 84「セルピコ」※
 83「オペラハット」
 82「屋根の上のヴァイオリン弾き」※
 81「少年の町」
 80「ベイブ」
 79「十戒」※
 78「テルマ&ルイーズ」
 77「ドライビング・ミス・デイジー」
 76「終身犯」
 75「評決」※
 74「ガンガ・ディン」
 73「エリン・ブロコヴィッチ」
 72「愛の勝利」
 71「暴力脱獄」
 70「歌え!ロレッタ愛のために」
 69「翼よ!あれが巴里の灯だ」
 68「愛と青春の旅だち」
 67「地球の静止する日」※
 66「シルクウッド」
 65「ア・ライジン・イン・ザ・サン」
 64「ワイルド・ブラック/少年の黒い馬」
 63「レインマン」
 62「ブレイブハート」  
 61「サウンダー」
 60「キリング・フィールド」
 59「ダンス・ウィズ・ウルブズ」
 58「未知との遭遇」
 57「ヨーク軍曹」
 56「ベン・ハー」
 55「手錠のま々の脱獄」
 54「ルディ/涙のウィニング・ラン」
 53「シェーン」
 52「いまを生きる」
 51「カラー・パープル」
 50「シービスケット」
 49「群衆」
 48「アフリカの女王」
 47「2001年宇宙の旅」
 46「野のユリ」
 45「黄昏」※
 44「スパルタカス」
 43「風と共に去りぬ」
 42「十二人の怒れる男」※
 41「サウンド・オヴ・ミュージック」
 40「ミニヴァー夫人」
 39「スター・ウォーズ」
 38「ピノキオ(アニメ)」
 37「フォレスト・ガンプ/一期一会」
 36「波止場」
 35「招かれざる客」
 34「大統領の陰謀」
 33「街の灯」
 32「カサブランカ」
 31「グローリー」
 30「アラビアのロレンス」
 29「ガンジー」
 28「フィールド・オヴ・ドリームス」
 27「真昼の決闘」※
 26「オズの魔法使」
 25「サリヴァンの旅」:「なぜボロを?」「納税で金がなくなった」の劇中セリフが笑えた。
 24「緑園の天使」
 23「ショーシャンクの空に」
 22「打撃王」
 21「夜の大捜査線」
 20「フィラデルフィア」
 19「ライトスタッフ」※
 18「アンネの日記」
 17「カッコーの巣の上で」
 16「ノーマ・レイ」
 15「奇跡の人」
 14「戦場にかける橋」
 13「勝利への旅立ち」
 12「アポロ13」
 11「我等の生涯の最良の日」
 10「プライベート・ライアン」
  9「三十四丁目の奇蹟」
  8「ヤング・ゼネレーション」
  7「怒りの葡萄」
  6「E.T.」
  5「スミス都へ行く」
  4「ロッキー」
  3「シンドラーのリスト」
  2「アラバマ物語」※
  1「素晴らしき哉、人生!」※

ふう・・放送と同時進行でランキングをメモしまくったので、それぞれの作品に寄せるコメンテーターたちの「ええ言葉」をとてもとてもすくい切れなかったのが残念・・(×_×)

因みにこのベストは「06年時点で9年目(9回目)」だそうだ。なお、ベスト入り作品における最多出演俳優はシドニー・ポワチエであった。うぅ〜ん、おめでと〜(←どんだけフランクに賛辞を寄せとんねん!)

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2008年6月19日 (木)

☆『D.O.A.(1988)』☆

18日(水曜)の夜、衛星第2ちゃんねるで放送されてた『D.O.A.』を5分程度の遅れ(×_×)ながら鑑賞した。
ハッキリ言って本作、何の予備知識もなかったし、何の期待もしてなかったんだが(スンマセン・・)、それ故に主人公のカップル(?)をデニス・クエイド&メグ・ライアンが好演し、そこにシャーロット・ランプリングさんが絡んで来る! とそれだけでもう「鼻の下」や「股の下」が知らず知らずのウチに伸びてしまうのだった(危ないぞ!)

元々は『都会の牙(1949)』なるフィルム・ノワール(暗黒映画、犯罪映画)のリメイクと言う本作。意外にも荒唐無稽っぽいサスペンスだったりする!

某大学に勤務するデックス・コーネル教授(デニス)は青年期に執筆した小説で華々しい文壇デビューを飾るも、その後はスランプが続き“過去の栄光”にしがみつきっぱなしの人生。

遂には妻のゲイルにも「離婚届」を突き付けられ、自暴自棄になって行くコーネル。
そんな中、キャンパスで事件が起こる。
彼に憧れ(?)作家を目指す学生=ニック・ラングから渡された“自信作(小説)”をコーネルが開封すらしなかったことで、衝撃を受けた彼(ニック)はコーネルの執務室がある棟の屋上から投身自殺。
そのことを知ったゲイルは何故か、夫以上の衝撃を受けるのだった・・

ある日、チャーミングな女子学生=シドニー・フラー(メグ)とヤケ酒を飲んだ翌朝(←肉体関係なし!)、体調を崩したコーネルが病院に行くと・・何と彼は何者かに猛毒=塩化ラジウム(RaCl2)を盛られていたのだった!
医師に「24〜48時間で死に至る」「解毒剤は効果がない」と宣告されるコーネル(×_×)

誰が? 何のために俺を? 半ば思考の混乱した中、コーネルが帰宅すると・・奇しくもゲイルが何者かに頭部を殴打され、息を引き取るトコロであった。。

警察に連行され「ニックの死が自殺でなく殺人であること」を刑事に聞かされた彼は、自らが「ニック殺し&ゲイル殺しの最有力容疑者」となってしまっている状況を知る。
人質を楯に警察署から逃げ出した彼は、事件の真相を晴らすためシドニーに逢いに行くのだった・・

本作のタイトルである「D.O.A.」は“到着時死亡(Death On Arrival)”なる捜査用語の略らしい。てっきり「Dead Or Arrive」だと思ってたんだが・・(・ω・)

観てるうちに「実はハードボイルド気取りな作品」だったんやな〜と気付かされる本作。
序盤ではすっかり「フヌケ感」漂う主人公が、次第に死の恐怖を克服し(?)ニヒルな言動を炸裂させるようになる(=^_^=)
随所で“哭きまくる”エレキギターの即興的な(?)響きがいかにも『ストリート・オヴ・ファイヤー(1984)』辺りを彷彿とさせてくれて、苦笑してしまう(=^_^=)

当時のメグの、どうにも素晴らしいキュートさとふた昔前(?)なパーマスタイルはやっぱり可愛く、デニスのダーティでモノクロ映像の似合う“陰(憂い)を含んだ表情”もなかなかに味があった。

ストーリーは特に中盤以降、凄まじい「暴走」を開始し、次々と登場人物が死んで行くんだが・・眉間を撃ち抜かれたり、(底なしの)タール坑に真っ逆さまにボチャンしたり、と色んなバリエーションがあって観客を飽きさせない(おい!)
「主人公が死にかけ」と言う特異な(?)設定であるが故か、相手キャラと1対1で語り合うシーンにおいては、相手がペラペラと真相を語ってくれるのが笑えた。死に行くものには、誰もが無防備なのねん、、(・ω・)

〜 こんなセリフもありました(細部、間違ってるかも) 〜

“毒を放り込めば、毒が出て来る” ←あるプログラマー曰く
“死は一時の休息”
“生を追究すれば死を見いだす、死に眼を向ければ生に至る” ←シェイクスピア曰く(?)

コーネル「“出版か消滅か”それがこの世界の常識さ」
    「死など自分には縁がないものと思っていた」
    「死を目前にすると、生の実感を覚えるのさ」
    「金や名誉で成功は味わえない・・情熱は自分で勝ち取るものだ」

コーネル「何故別れる?」
ゲイル「生きていないから」

ルームメイト「ねぇシドニー、ジムに行かない? ・・あら、もう“運動”は済んだようね」

コーネル「下らん想像しか出来んのか?」
刑事「下らん世の中だからな」

※「どうやってその事実を?」
コーネル「超能力でね」

コーネル「生きる意味を忘れていた」
シドニー「遅くないわ、あなたはここにいる・・生きて!」

追記1:大学の敷地内に、訳の分からない「タール坑(タールの池)」が、、危ないやろ、それ!
追記2:異常に銃の扱いが巧い主人公・・に違和感(・ω・)
追記3:手錠で繋がれての逃避行、と言うのは演出的に“アリ”としても・・瞬間接着剤で自分の右掌と相手の左手首をくっ付けるってのはどうよ?
追記4:冒頭やラストで唐突な“モノクロ映像”に切り替わるんだが、コレがなかなかカッコ良かった! ロバート・ロドリゲス監督辺りも実は本作を観て「しびれた」クチかも知れない(=^_^=)

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2008年4月12日 (土)

☆『Mr.&Mrs.スミス(2005)』☆

11日(金曜)。地上波初放送されたものを観た。
監督をつとめるダグ・リーマンは本作を挟み『ボーン・アイデンティティー(2002)』『ジャンパー(2008)』となかなかのヒットメーカーぶりである! うっかりするとバズ・ラーマン監督(=別人!)と名前を間違えそうになるが(=^_^=)、もうそろそろちゃんと自分の中で区別出来てないとアカンようである・・

コロンビア・ボゴタでの「運命的な出会い」を経て6年、早々に夫婦となったジョン(ブラッド・ピット)&ジェーン(アンジェリーナ・ジョリー)のスミス夫妻は、情熱も流石に一段落したか、結婚生活に関する細かいすれ違いが目立つようになり、揃ってカウンセリングを受けたりもしている。

そんな中、とある「指令」を受けたジョン(表の顔は“スミス設計管理事務所”代表だが、裏の顔は“凄腕の殺し屋”)は護送中の標的=ベンジャミン“タンク”ダンズを狙うが・・同じ地点に現れたナゾの殺し屋に狙撃され、その結果“仕事”に失敗する。
同じ組織の相棒エディ(ヴィンス・ヴォーン)からの情報で「“タンク”の命を狙い、競合組織もまた暗殺者を放った」ことを知ったジョンは、ナゾの殺し屋の残した「破壊されたノートPC」のデータを解析することで、その正体を知って驚く。
所有者の住所=レキシントンアベニューのオフィスビルに勤務するのは・・何と嫁さんジェーン(表の顔は“ウォール街勤務の通信エンジニア”)だったのだ!
そして、ほぼ同時にジェーンもまた、競合する殺し屋の正体にうすうす気付き始めたのだった。

「正体を知られた相手は48時間に殺さなければならない」

と言う組織の掟に従い、今“殺し屋的・仮面夫婦”の凄絶なバトルが開始されたのだった・・! ってな展開。

リーマン監督“お得意”の路線とも言えよう本作。適度なアクション、コメディ、ラヴロマンスなどがちりばめられてて娯楽作品としてはなかなかのレベルと言える。
根本的に「すぐに片は付かない夫婦喧嘩」と言うことはサルにだって分かるので(=^_^=)その点から言えば「意外性」とか「凄惨さ」とか言う表現とは初めっから無縁と言えるが(・ω・)

ま、今にして思えば「ブラピ&アンジー(=アンジェリーナ)の愛の記録映像(公式版)を見せつけられてるようなもんやんけ〜!」とやっかみたくもなるってもんだが(⌒〜⌒ι) 「アントニオ・バンデラス&カーラ・グギノ」の起用ではあかんかったんかい! などとも(=^_^=) ←それ、既に観たことあるぅ〜

互いの組織の存在をかなり秘密裏&巨大そうに描いてる割に、大したライバルたちの存在も、大した指令系統もなさそな感じだったのが笑えた。詰めの甘さのみならず「48時間ルール」までもが似通ってたし・・

私的に楽しかったのは、見た目「殺人歴なし」って印象(=^_^=)だった同僚エディ。お喋りで、極度なマザコンで、まさに『サイコ(1998)』における(ヴィンス演じた)ノーマン・ベイツ青年が正常進化(?)したようなキャラだった。
「殺し屋稼業」なる非常に冷徹で容赦ない世界を題材にしながら、例えば『レオン(1994)』の序盤における「徹底的に鋭く磨かれた殺しの描写」みたいなのが全然描けてなかったのは残念、、エンターテインメントな中にも、観客の姿勢を思わず正させるような表現・演出が必要であることを、リーマン監督に会う機会があればぜひ忠告したいものだ(それって“来世”かなぁ、、(=^_^=))

唯一「たった4分間のシーン」ながら、熱かったのがスミス夫妻の逃走劇を彩ってたカーチェイスの場面。3台のBMW(真っ黒系)が並走しながら不気味に迫って来るんだが、あの場面は良かった!
3台態勢で追いかけてるくせに、間抜けな殺し屋連中しか乗ってなかったんだが(・ω・) とにかくあの4分間は“至福”だった。

〜 こんなセリフもありました 〜

ジェーン「私たちの間には、大きな隔たりが」
カウンセラー「それが結婚と言うものです」

ジェーン「主人にウソは付かないけど・・秘密はあるわ」

ジョン「オレが何者で、(本当は)どんなことが出来るのかを知らないだろ?」
   「ここで撃ち合うか? 運に任せて」
   「終わりのときってのは、最初を思い出すものだ」
   「隣の車を借りることにするよ、貸したバーベキューセットをまだ返してもらってないし」
   「最近は(殺し屋連中も)若造ばっかりだ」
   「この仕事は9割が直感だ」
   「詳細は省くが・・結論だけを言うと、お前は死ぬ」

エディ「(お前らの置かれてる状況が)どのぐらいマズいかって? カナダを覚えてるか?
    あれが“ガキの遊び”に見えるぐらいだ」

ジョン「(今までに)312人も殺した? どうやって?」
ジェーン「時にはまとめて」

※※※「これで2、3回殺しをやれば、めでたく管理職さ」

追記1:カウンセラーに「僕らのセクースの相性は10点さ」とか言いつつ、性描写的には本作、、0点ですた(×_×) ←“完全版”とかがあるんかな?
追記2:終盤は『明日に向かって撃て!(1969)』を意識してたつもりなのか?
追記3:プロの殺し屋には「決して変装してはならない」みたいな掟でもあるんやろか(・ω・) 余りに無防備・・

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2008年3月23日 (日)

☆『TAXi NY(2004)』☆

22日(土曜)。「土曜プレミアム」で地上波初放送されたものを「だらだら」鑑賞した。
リュック・ベッソンの名を冠した作品の中でも、最も「忌わしい」と正直感じている(=^_^=) オリジナル版の『TAXi』シリーズ(1997、2000、2003、2007)。
その第1作をハリウッド・リメイクした作品。

※まぁ、他にも“ベッソンプロデュース”とされる作品群には、「観た」と言う事実・記憶を思わず抹消したくなっちゃう作品も少なくない・・(⌒〜⌒ι) 自身が決して監督しない辺り、天才的な「処世センス」だけは感じるが。

メッセンジャーサービス会社を退職し、タクシー運転手となったイザベル(愛称:ベル)・ウィリアムズ(クイーン・ラティファ)と、ドジでマヌケで運転がド下手な刑事=アンディ・ウォッシュバーンのコンビを主役に、彼らがニューヨーカーを騒がせる銀行強盗団(美女4人組)を追い詰めて行く流れ。

オリジナル版の“プジョー406”ベースの改造タクシーにも余り何も感じなかったが、本作における“フォード・クラウンヴィクトリア”ベースの改造タクシーにも殆ど何もピンと来るものがなかった(・ω・)
強盗団の操る“BMW760”の方がよほど輝いていたようにワタシには思えたぞ、、

全体的にオリジナル版をほぼリ・イマジネーション(?)してる印象なので、物語について特筆すべき部分もないんだが、

・後半、グランド・セントラル駅構内をBMWが暴走する演出
・強盗団の1人(リーダー格=ヴァネッサさんか?)の射撃テクニックが神業的にスゴい

と言う2点のみには、鑑賞の価値があるかも知れない。
4発のみを発砲し、4ヶ所の監視カメラを容易く破壊する腕もスゴいし、駆け付けた警官の手から拳銃のみを弾き飛ばすテクニックなどは・・ここ数年観て来た(映画における)犯罪者の中でもトップレベルである! このシーンにだけは妙に感動すら覚えてしまった(所詮、演出なんだけど・・)。

〜 こんなセリフも聞こえて来ました 〜

ジェシー「君に似合うのは・・俺の香りさ」 ←ベルの恋人。きっとベッドテクもスゴそ〜

ベル「普通、白人(の乗車)は断るの」
  「ダサいクルマは、簡単に燃えるのね」

アンディ「法を守るために、ルールを曲げる」 ←寡黙だとカッコいいのにねぇ・・

追記1:さすがニューヨーク。タクシードライバーのライセンス発行待ち行列が半端じゃない! 毎日あんなに増え続けてるんか・・
追記2:超絶的な運転には「技術・度胸・運」の3点セットが兼ね備わってないとあかんのやな〜と。
追記3:終盤の「ジャンプ」してから、の強盗団一味の“抵抗”が少し描かれており、そこは斬新な感があったか。。
追記4:マンハッタン⇒JFK空港まで、通常ではタクシーで50分ほどかかるらしい。本作では9分半で到着してましたが・・(⌒〜⌒ι)

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2008年1月 4日 (金)

☆『007/カジノ・ロワイヤル(2006)』☆

3日(木曜)の夜。
年も明け「新年“1発目の映画”として何を観よっ?!」ってことに、ちょびっとだけアタマを悩ませた(⌒〜⌒ι)
そんな折、兄一家がこちら(実家)に遊びに来て「コレ、面白かったぞ〜!」と言ってたので「では、観てみよっ!」と決意、ようやく購入してあったDVDソフト(特別版)のパッケージにカッターを入れた(=開封した)次第。
確か購入後、半年近く放置してあったんだなぁ〜。。

ピアーズ・ブロスナン演じる“先代”からバトンタッチし「6代目ジェームズ・ボンド」を襲名(?)(=^_^=)したのはダニエル・クレイグちぅ男優さん。あんまり詳しくなかったが『トゥームレイダー(2001)』でアンジェリーナ・ジョリー演じるヒロイン(役名:ララ・クロフト)の彼氏(元彼だったかも・・)役を演ってたように記憶している。
私的には(それまで)あんましパッとした男優さんとも思えず、「(6代目を継ぐと言う)ウワサに挙がった男優陣」の中ではクライヴ・オーウェンを支持したいトコだったんだが・・決まったんであれば、まぁ仕方あるまい・・(←何をエラそうに)
ってことで観始めたのだった。

チェコ共和国のプラハ。英国情報部(MI6)の機密漏洩事件を追うジェームズ・ボンド(ダニエル)は首尾良く「裏切り者」を“粛清”する。「2名殺害」なる“条件”をクリアしたボンドは「00(ダブルオー)」を名乗ることの出来る特務エージェントに昇格する。だが、ウガンダのムバレで遂行した「初任務」で起こした、ナムブツ大使館の不法侵入&損壊と言うスタンドプレー(?)が世界中のメディアを大きく騒がせることとなり、上司M(ジュディ・デンチ)をして「あなたの昇格は速過ぎたようね」と言わせしめる羽目に(ただし剥奪処分には至らず)。

次に彼は名誉挽回(?)すべく、大使館事件の背後に潜む謎の武器仲介人「エリプシス」を追い、バハマ・ナッソーのパラダイス島へと飛ぶ。「エリプシス」の関わっていたとある「爆弾テロinマイアミ空港」は未然に阻止した(?)ボンドであったが、そのため大物の対テロ資産運用人「ル・シッフル」は性急な資金繰りに追われることとなり、モンテネグロの「カジノ・ロワイヤル」で開催される「ポーカー大会」で荒稼ぎすることを画策。

ボンドはプロのギャンブラー=ビーチ氏を名乗り、英財務省から派遣された“女資金係”ヴェスパー・リンド(エヴァ・グリーン)と共に「ル・シッフル」の思惑を壊滅させるべく奔走することとなるが・・ってな展開。

まさに「シリーズを仕切り直す」ってな制作陣の気合を「確かに」感じた本作。ボンドの言動や恋愛観、“臨機応変”が身上(?)の危機対処も何処か「未熟」な部分が多く、俯瞰的(客観的)に物事を把握し切れてない頃があったんやな〜と、その新鮮さには好感が持てた(オレみたいや(=^_^=))

また、予想以上に「身体を張って」頑張ってくれてた新生ボンド。お色気シーンの描写こそイマイチだったが・・とっ捕まって全裸にされ、※※※にマトを絞って拷問されるシーンには「女性には分かるまい、男性ならではの痛み」が画面全体にみなぎっており、戸惑うわ、同情するわ、今後のボンドの生殖機能を心配するわ・・と観ててたいそう辛かった・・(⌒〜⌒ι)

兄が気に入ったと言うポイントから連想したのは『RONIN(1999)』って映画だろうか。とにかく「悪の存在」が次々に(流動的に)移り変わって行く印象で、私的には「あんまし好きではない」構成である。反面「物語がどう転がって行くんやろ?」ってな“予測不能な楽しみ”はあったかも知れないが(まぁこの「予測不能な脚本」こそ、制作陣が再構築したかった“007映画の真骨頂”だったのかも知れない・・今でのボンド像だと、もはやそのレベルを超越した「予定調和の世界」に突入しちゃってた気がするんで)。

残念なトコロは「ヒロイン(=ボンド・ガール)があんまし魅力的じゃない」「スパイツールが殆ど駆使されない」「後半、ちょっとダレて来る」って辺りだろうか。
ヴェスパー役のエヴァさん、すっぴんだとなかなか魅力的なのに、ゴテゴテ化粧ばかりしてて、何かコールガールみたいになってましたなぁ。。
“シリーズの顔”とも言われる(←誰にだ)“発明おじさん”たる「Q」が出演しなかったのもガッカリ。ボンド・カー(アストン・マーティン)もあれっぽっちの出番じゃ、浮かばれん気がするなぁ(演出的には「浮いてた」けど)(ってか、本作を観ると、モンテネグロの印象が薄〜くなっちゃうね。いつも夜で、周囲に森林しかないんやろか、みたいな・・)
ダレると言えば、何だか後半を観てて『ヴァニラ・スカイ(2001)』を連想しましたわ。「何だこりゃ? 夢か?」っぽい感じの・・

ボンドの「恋愛観」が思った以上に露骨に現れていたのは“大きな収穫”かも(・ω・)
原作(小説版)ではちらほらロマンスの漂ってた秘書=マネー・ペニー嬢は全く姿を見せず、どうやらボンドとMの間には「以前に私生活面でも“関係”があったんでは?」と匂わせるシチュエーションが配されてた、ような。

「もう私の家には来ないで」とMが言い放ったり、深夜に(本部から)連絡を受けたMのベッドの隣で「若そうな男」が眠っていたり(洗礼みたいなものなんやろか?)。

それにしても、MI6って前作『007/ダイ・アナザー・デイ(2002)』に続いての「エージェントに関する調査不足」があったように感じたなぁ。“あのしと”の左腕にも「ちゃんと埋め込んどけ!」と言っときたい。あと、スパイ関係の電子機器(PC&携帯)が軒並み「ソネィ製品」だったけど、そんなん使ぅてたら「タイマー発動」でいざと言う時に大変な目に遭うんじゃなかろうか。今こそ是非「アプ〜ル製品」への買い替えを推しときたい(⌒〜⌒ι)

ほか、色々と気付いた点など。

■オープニングはしばらく「モノクロ映像」が続く。テレビの故障じゃないのね・・(・ω・)
■冒頭で『ヤマカシ(2001)』を意識したような追いかけっこが! でも、あのリュックが途中で爆発しなくて良かったネ。
■マイアミにて「人体の世界展」って催しが開催されてるが、これっていわゆる「人体の不思議展」じゃね〜の。。ギュンター・フォン・ハーゲンス博士(=プラスティネーション技法の第一人者)って、世界のあちこちで活動されてるんやね。。
■ジェット噴射を浴びると、パトカーごときは簡単にすっ飛ぶんやね。。
■「911」なるキーワードもセリフに盛り込まれてた。ボンド君は若いけど、世界観は最新なんやね(即ち、彼は冷戦時代の活動を経験してないことになる!)。
■アストン・マーティンは左ハンドル仕様。何だか運転してるより、車内でごちゃごちゃやっとる(=^_^=)時間の方が長かったよ〜な・・
■ニホンから参加したと思しき「フクツ氏」とは・・何者?!
■「海軍中佐」と言う身分やら「殺人許可証」の存在には触れられず。愛用の銃も「ワルサーPPK」じゃなかったね(←これはロジャー・ムーア演じた「3代目」のみの設定だったかな?) もちろん「帽子を投げて帽子掛けに引っ掛けるシーン」もありましぇん。
■ダニエル氏の「オメガ」と言う発音のイントネーションに少々ドッキリ(⌒〜⌒ι) もっとサラッと言えばエエのに(いや、ほっといたれや!) ←放送作家の竹内義和氏も指摘してましたな。
■本編開始後、約1時間でようやくスーツ姿に。いや〜待たせるねぇ。それにしてもシャツを着替えまくってたな。。
■終盤の舞台はイタリアのヴェニス。って、ちゃんと字幕表示で説明して欲しかったぞ。オレ、行ったことないし!(多分この先も行けないし)
■ジャンカルロ・ジャンニーニとジェフリー・ライト(『バスキア(1996)』など)が助演☆ ジャンカルロはなかなか渋いおっつぁんやね〜。『ハンニバル(2000)』の時は(アンソニー・ホプキンス演じる)レクター博士によって“さらしもん”にされてたけど。。

〜 こんなセリフもありました 〜

ボンド「確かに、2人目(の殺し)はずっと楽だ」
   「運で勝負は決まらない、ポーカーは“手”ではなく“相手と勝負”するんだ」
   「誰もが本心の出る癖を持っている、誰もがね」
   「この仕事をやり過ぎると、魂が腐っていく」

ボンド「あなたの本名も知ってる。Mの名の意味は・・」
M「その先を言ったら殺すわよ」 ←“地獄に堕ちるわよ”の意訳でも良かったか(⌒〜⌒ι)

M「傲慢と自己認識は別なのよ・・今後、邪魔な自我は棄てなさい」
 「英首相ですら、我々情報部には介入しない」

M「誰も信用できないの?」
ボンド「ええ」
M「学んだのね」

夫人「あなたは人妻趣味なの?」
ボンド「コトが簡単だから」 ←“後のコト”こそ複雑ですが・・

ボンド「君は僕のタイプじゃない」
ヴェスパー「知的すぎる?」
ボンド「独身だから」 ←おっ! ボンドの“人妻宣言”か?(さだま※しの曲みたいやね・・)

ボンド「ウォッカ・マティーニを」
バーテンダー「シェイクを?」
ボンド「こだわらん」

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2007年9月15日 (土)

☆『007/ダイ・アナザー・デイ(2002)』☆

今週もようやく終了。連夜の残業続きだった割に・・しっかり(テレビ放送ながらも)毎日映画を鑑賞出来て良かった(=^_^=) ま、反面、溜まって来た新聞記事の束がどえりゃ〜有り様になってはいるが。。
さっさと片付けたいトコだが、今夜はも少ししたら岡山方面に向け“1泊コース寳塔ツアー”に繰り出そうと考えているんで、更にまた溜まることとなりそうだ(⌒〜⌒ι)

ここ数日間の記事をチョキチョキしつつ、自室の(経年によりもはや映像の変色した)14インチテレビで“ながら鑑賞”としゃれ込んだのが、007シリーズの第20作『ダイ・アナザー・デイ』だった。いよいよこの作品をもって“5代目ジェームズ・ボンド”ピアーズ・ブロスナンも卒業ってことに(・ω・)
ああ、そう言えば次作『007/カジノ・ロワイヤル(2006)』のDVDソフトも購入したまま開封すらしてないや・・(×_×)

さて本作、確かしっかりDVDソフトも持ってて、(今回が)地上波初登場って訳でもなかったんだが「これまでのシリーズの集大成」的な(ある意味)大作に仕上がっており、入門編としても充分満足のゆくレベルに仕上がっていると思う。
私的には発明家スタッフ“Q”(ジョン・クリース)の手がける、数々のガジェット(スパイ小道具)の存在と、それぞれの(適所的な)使われ方を観て楽しむのが好きなもんで・・今回は「驚愕の仕様」を誇る例のボンドカー“アストンマーチンV12/ヴァンキッシュ”を始めとして、敵味方それぞれが駆使する様々なアイテムを眺めてるだけでも楽しかった。
(特にボンドカーの“自己修復機能”は、何度観ても(=^_^=)ぶったまげる!)

氷上で繰り広げられるカーチェイスシーンだけは大画面で観ときたくて、別室の(ちゃんと色の映る)テレビで観た次第だが、少なくとも4回目ぐらいの鑑賞にはなるもんで、ぼちぼち「色々と突っ込みたい病」が鎌首をもたげ始めたりもするのだった(=^_^=)

■K国に配慮してか、劇中の「ロケーション字幕」が一切表示されなかった。私的には、冒頭に出て来る「北※鮮・パクチョン海岸」のテロップがかなり(響き的に)好きなのであるが・・
■序盤のダイヤ鑑定士、余りに突然で凄絶な死である。。
■敵の殺し屋ザオ(リック・ユーン)の声をあてておられたのは池田秀一氏ではなかったか? ブロスナンの声をあててるのが(恐らく)田中秀幸氏なもんで、何だか「アニメ版の聖闘士星矢」でのお2人の共演を思い出してしまったりもした(・ω・)
■後半、ボンドカーが“GG(敵ボス)”の氷の宮殿内部を登って行くシーン。ついつい「立駐(立体駐車場)かよっ!」と突っ込んでしまえる。
■「氷水攻め」に遭って死にかけてしまうジンクス(ハル・ベリー)。この人って『ソードフィッシュ(2001)』出演の時も「首吊りの刑」に遭ってたし(×_×)、何だか不幸な役が多いですね・・(×_×)
■敵アジト(の中庭?)に※※化されたまま「長期放置状態」のボンドカー。誰か、気づけよ!
■全編を通じ、結構特撮面でも頑張ってる感じの本作・・だのに、あの“即興パラセール”シーンのお粗末さは何じゃい! あんなCGなら、やらない方がマシだと思うぞ。あと、そんなにすぐ戻って来れる距離じゃないと思う。。
■『キル・ビル(2003)(2004)』シリーズでバド(ビルの弟)役を演じたマイケル・マドセンが助演してるとは知らんかった(・ω・)

ってことで、どうにも我慢ならないCG特撮シーン(前述)を擁する本作ではあるも、総じて「ワクワクさせる1作」とは評価してあげたい。スーパーカー万歳!(←何だかほんのり意味不明)

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2007年8月 3日 (金)

☆『PROMiSE/無極(2005)』☆

このメモもちょいと古いんですよねぇ・・(・ω・)

22日(日曜)。夕刻にちょうど(心斎橋界隈で)ノートPCを修理に出し、不安な気持ちとなりつつ帰宅・・その夜「日曜洋画劇場」で地上波初放送されたアジアン恋愛アクション作品『PROMiSE(プロミス)』を観た。
とりあえず、家人に借りた“お古のウィンドゥズノートPC”のテキスト機能を使い、映画メモをちまちまとりつつの鑑賞。
うん、なんかね、観ながら書いてないと、どうも落ち着かんもんでね(=^_^=)

戦乱の世の続く、アジア中原に位置する架空の「馬蹄国」が舞台。貧しい身に生まれつつも、やがて王妃となった(←そこに至る半生、異常に“まいて”ました(・ω・))女性チンチャン(傾城:セシリア・チャン)を軸に、3人の漢(をとこ)たちが愛と憎しみの火花を散らす。
“花鎧”をその身に纏い、華麗に戦う無敗将軍カンミン(光明:真田広之)、その従者となる北方出身の青年クンルン(昆崙:チャン・ドンゴン)、そしてしたたかに覇権を目論む公爵ウーファン(無歓:ニコラス・ツェー)。

※本作における真田、『たそがれ清兵衛(2002)』で演じたキャラ以上に“ダメ男”である。。
※ニコラスは何処となく及川光博っぽい☆

それぞれにアジア各国を代表する(?)スターな筈なのに、作品自体がどうにもアレな感じなので、誰もが光ってなかった気がした。
監督&脚本は“巨匠”チェン・カイコーだってのに・・(因みに彼の手がけた作品では『10ミニッツ・オールダー/人生のメビウス(2002)』に参加していた短編がなかなかに良かった☆) そういや『キリング・ミー・ソフトリー(2001)』はイマイチだったなぁ(主役級の姉弟を演じる2俳優(ナターシャ・マケルホーン&ジョセフ・ファインズ)は良かったんだけど・・)。

まずはCGが全編に於いてしょぼく、泣けて来る。21世紀の、仮にも“大作”とうたわれてる作品で「この程度のレベル」じゃあかんでしょ。。
こんなデキの悪いCGをエラそうに出すんなら、いっそカットして俳優の演技バトル的な部分で盛り上げろよ、と。
(或いは「バカ映画にすんぞ〜」と決意の上、ベタギャグを悪ノリ(とヤケクソ)であちこちに盛り込むとか)

「絶世の美女」なる触れ込みで登場のセシリアも、何とも「化粧濃ゅ〜いだけの垢抜けない感じ」でイマイチぱっとせんかったなぁ。初登場シーンで彼女の横顔、口元の部分がアップになるんだけど、不用意に(?)口を開くもんだから、唾液がちょいと糸を引いちゃってるのが見えたりして「何だかなぁ・・」とゲンナリしてしまった。。
こう言うのんをいちいち気にしててはアカンのやろか(・ω・)

カンミン、クンルン、ウーファン、あと公爵の配下である“黒衣の刺客”クイラン(鬼狼)の4人の強さのバランスが妙にバラバラなのもおかしな印象を受けたか。
カンミンが冒頭では“最強ぶり”を存分に見せつけてくれたのに(まぁ彼が自在に操る“双鉄球”はシロ〜ト眼に眺めても、随分と軽そう&柔らかそうに思えて仕方なかったが(=^_^=))、4人の中ではどうやら最弱だったようだ。。
で、一番なよっちぃ感じのウーファンがしたたかに強かったり、本気を出せば最強な筈のクンルンは、どうにも常に怒りが煮え切らず見事にやられたりする。
かと思いきや、花鎧をまとい「単騎」で(!)鉄壁の王宮に攻め込んで来るカンミンは、この時ばかりはムチャクチャ強かったし・・(それとなく分析すると「花鎧を着用、かつ兜のマスク(≒黄金仮面)を下げて顔を完全に覆った」時のカンミンは“常に無敗状態”だったようだ)

5人のメインキャラの誰もが「愛」に迷い「運命」に弄ばれた物語・・って印象の本作。
実際の“主役”とは・・彼らを“完全なる道化”に仕立て上げた「花鎧」であり「黒マント」であったのかも知れない。

本作のストーリーをなぞると、つい誰もが連想するであろうは・・菊池寛の佳作短編『形』だろうかな。

http://www.aozora.gr.jp/cards/000083/files/4306_19830.html

↑こちらに「青空文庫」に収録の同作があります。無断リンク済みません。

確かに「花鎧」なるアイテムには、観客の記憶に焼き付くような華やかさ&鮮烈さがあった。それに引き換えると「黒マント」の方は何とも存在がくすんでるし、それを着用してるクイランの地味&低吸引力なキャラと共に「イマイチ物語性を感じさせぬ凡アイテム」な感が拭えなかったような(×_×)
アレよか、公爵のお気に入りアイテム=指差し棒(not嘔吐棒)の方がよっぽど“曰くありげ”に思えたぞ(=^_^=)

なお、この記事を書くにあたりネットで色々調べてると、昨夏にセシリアとニコラスがおめでたくも結婚してる事実を知った。ふ〜ん・・って感じかな(・ω・)

追記:オレがクンルンだったら「故郷に帰ります」とか言って立ち去るように思わせつつ・・夜には別荘の周辺に戻り「真田&セシリアの濃厚な一夜」を完徹ピ〜ピングしたかも知れないなぁ。・・まぁ、減るもんじゃなし(おいっ!)

〜 こんなセリフもありました 〜

※※「まことの時の速さは眼に見えぬもの・・そう、いつの間にか誰かを愛しているように」

クンルン「あなたは偉大なる将軍、奴隷である私などに背を向けないで下さい」

カンミン「死は思ったほど怖くはない」

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2007年6月27日 (水)

☆『300』☆

残業もそこそこに、逃げるかのように(=^_^=)会社を後にする。今日ってば、そもそもから(?)「映画でも観て帰るどゴラァ!」(←ナニ怒っとんねんな) と考えてたのもあり、足は一路ミナミ方面へと向かうのだった。
上映開始時間(←やや遅めであること)を加味し、観ることにしたのは“ヴァイオレンス&スペクタクル・ヴィジュアル・アクション・ムービー(←X−レイ・ヴァイオレンスではない(=^_^=))”って感じの“暴力歴史絵巻”たる『300(スリーハンドレッド)』である。

紀元前480年。一方を大海、もう一方を断崖(山岳?)に囲まれた“関門(ホット・ゲート)”なる地を舞台に、スパルタ王=レオニダス(ジェラルド・バトラー)率いる300人の重装兵らと、世界の覇権を握らんと目論む“神王”クセルクセス(ロドリゴ・サントロ)率いる強大なペルシア軍100万人(!)が激突した「テルモピュライの戦い」を真贋のエピソードを織り交ぜ(?)描いた物語。
史実をネタとするも、世界観の基盤となってるのはフランク・ミラー(ヴィジュアルアーティスト)の描いた同名コミックである本作。どんな人物なのかは詳しくないが・・彼の手がけた作品(原作)は『デアデビル(2003)』『エレクトラ(2005)』『シン・シティ(2005)』・・となかなかにハリウッド映画とも浅からぬ縁があったりする。

んで本編。
まずは出て来る300人の野郎どもが実に筋肉モリモリ(≒筋骨隆々)で暑苦しくてスゴい! 大胸筋が盛り上がってるのは言うに及ばず、腹筋もしっかり「4つ」とか「6つ」とか「8つ」とか(←大抵偶数(=^_^=))に見事に割れてる!(←「2つで十分ですよ!」とか言ったりして(・ω・))
実際にトレーニングで鍛え上げたタマモノなのか、CG加工入ってるのか分かんないが、思わず「ナイスポーズで〜す☆」とか「兄貴・・もう駄目だ!」とか口走ってしまう諸兄も少なくないんじゃなかろうか(ないない)。

スパルタの壮大な歴史を、レオニダス王の半生をなぞるスタイルで描く序盤はなかなかにドラマチックで良い。戦士として生を受け、暴力の世界に身を投じ自らを鍛え上げてゆくスパルタ男児。彼らの辞書に「退却」とか「降伏」の文字はないのである(そもそも、時代的に辞書もなかったと思うが・・)。
あんなでっかい野生の狼が棲息しとるんか・・とか生物学的にも興味津々なお国であるが、きっと大胸筋も盛り上がってないワタシなんぞは、放り込まれて2日ぐらいで発狂するか殺されるかしてしまうんだろうな(×_×)

「勇猛果敢なボクら戦士」を統一イメージに採用(?)したスパルタ軍に対し、ペルシア軍ってばなんとも珍妙な顔ぶれだった。先頭には民兵中心のへなちょこ集団、次に“不死の軍団”と称される仮面の黒装束どもが現れるも、これがどうにも“忍者ルック”なのである(アジア系の兵卒が中心らしい、何やら背中に2本も刀さしてるし)。続けて「鎖に繋がれた巨人」「武装した巨大な犀(サイ)」「飾り立てた巨象」「爆弾を投げて来る呪術兵」なんかが次々と出て来るが、いずれもが単発的でスタミナ不足なヤツらなのが噴飯もの。そんだけ揃っとったら、もっと戦局を何とか出来るやろ! と突っ込めてしまう。
中でも戦闘中、クセルクセス王の怒りにより、敗走したペルシアの将軍らが、見せしめに“公開現地処刑”されちゃうんだが、この執行を請け負ってるヤツ(両手首から先がでっかい刃物になってる!)がメチャクチャ強そうであり「お前が闘えよ!」とついホンネを呟いてしまったものだ(=^_^=)

スパルタ兵は「兜」「楯」「槍」で身を固め(←総重量、むちゃくちゃありそう!)、突進するんだが、いかんせん突出した個性を醸し出すキャラがあんましいないのが残念だった。途中で番狂わせな展開により隊長の※※がアレになってしまうんだが(いわゆる『ブラック・レイン(1989)』におけるアンディ・ガルシア状態(×_×))、それをやってのけた敵兵が何の反撃も受けることなくとっとと走り去ってしまったようで、その辺りも観てて実にモヤモヤしてしまった。あの場では、地の果てまでも追いかけて完全に殺らんとあかんでしょ・・
場所やら戦術が微妙に変化するのはあるも、基本的には「ぶつかり系バトル」なのもあり、予想してたよりも“ちょっと冗長”に感じてしまった。首や手足が血しぶきに合わせバンバン飛べば良いってもんでもないのである(・ω・)

激戦のシーンと交互し、スパルタに残された妃(きさき)のドラマが並行して描かれるのも、ちょっとワタシの理想とする「緩急の構成」とは違う感じがしてもどかしかったかな。本作のようなスタイルの作品ならば、あないに女性の乳首を描写する必要もないのかなーとも思ったり。。まぁ、それはそれで嬉しいんですけどね(おいっ)

「お前、なんやねん!」って感じで、妙に激戦地の最前線をウロチョロしてた印象のあった(=^_^=)クセルクセス王。何がショックって・・ワタシのお気に入りのラテン系男優=ロドリゴ・サントロが“怪演”してたことだろうか(×_×) 頭ツルッパ+化粧+ほぼ裸体・・って怪し過ぎ! 『ラヴ・アクチュアリー(2003)』でのハンサム君が台無しでんがな。。
まるでジョン・レグイザモのファンが『スポーン(1997)』を観た時のような衝撃を受けますた(・ω・)

フランク・ミラー絡みの作品『シン・シティ』もそうなんだが、ヴィジュアル面でのスゴさばかりが一人歩き(?)してしまい、それ以外の部分がどうにもスッカスカに思えてしまったか。『シン〜』の場合だと、まだ個性派キャラが沢山揃えられてて楽しめた(イライジャ・ウッド、ベニチオ・デル・トロ、ニック・スタールなど)んだが、本作って2人の王以外、そんなにインパクトあるしともいなかったし。。象さん弱過ぎるし(滑るなよ、みたいな)。。

まぁ「もはや実写と見えずとも“史実(古戦)を描いた中世絵画そのままの映像世界”にたっぷり首まで浸かる」と言う見方&楽しみ方はアリだと思うんで、取りあえずはおススメしとこうかな。あ、でも、彼女とは行かない方がイイな。

〜 連想したシーンとか 〜

・冒頭、スパルタの子の誕生 ⇒ 『ライオン・キング(1994)』
・王に向け槍を投げる ⇒ 『北斗の拳』の聖帝サウザー&シュウ(懐かし・・)
・ラスト ⇒ 『英雄/HERO(2002)』
・「エフィアルテス」と言う特異キャラ ⇒ 『ロード・オヴ・ザ・リング(2001)』のゴラム(スメルゴア)

〜 こんなセリフもありました 〜

王「汗を流せ、戦場で血を流さずとも済むように」
 「例え使者の立場であろうと、発言には責任を取って貰う」
 「お前は我がスパルタの地を汚し、我が妃(きさき)を辱め、我が民を愚弄した」
 「我らスパルタの戦士に、優しさを持つ余裕などない」
 「我が兵は生業を持たず“戦士”こそがその天職。“戦士”の数でなら負けぬ」
 「今日は1人も死ぬなよ」
 「まずは、上々!」
 「我らを忘れるな」

使者「何と、スパルタの女は“戦士”に発言を」
お妃「その“戦士”を生むのは我々女」

お妃「王よ、その指戯の続きは唇でなさって」←うひょ(=^_^=)
  「例え骸(むくろ)となっても、ここへ戻って」

兵「この状況で、何を笑う?」
兵「ようやく“名誉の死”の叶う相手に出会えた。これが笑わずにいられるか」

兵「王よ、あなたのそばで死ねて本望だ」
王「お前と共に生きたことを誇りに思う」

追記1:最強とも思われたレオニダス王だが、どうやら自国の宰相ら(神官や託宣者、議員)にはアタマが上がらなかったようで(←尤もこれは“法への絶対的服従”なる当時の体制に“半ばウンザリしつつも遵っていた”訳であり、決して恐れていた訳ではない)。。「戦に出る」ことをカモフラージュするため「300人の護衛兵を連れ、北へ散歩に行く」みたいな軽いノリ(?)で政治家を欺き(?)戦地へ赴いた・・との展開。もし本気で戦士をかき集めてたら、1万人ぐらいはラクに揃えられたようである。(それだったら勝ててたかも・・)
追記2:ウィキペディアで確認してみると「ギリシア連合軍5,200人 対 ペルシア軍210,000人」とのことで、決して「300人 対 100万人」と言うのが真実と言う訳でもなさそうである。どっちにしても目撃したヤツはいない訳だが(・ω・)

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2007年4月 8日 (日)

☆『12人の怒れる男(1957)』☆

3日(火曜)の夜に衛星第2放送で流れていたものを鑑賞。我が国でも「2009年5月までに導入される」ことが決まっている“陪審員制度”をネタに(日本では“裁判員制度”の呼称となりシステムも相違する)、12人の名もなき(実名は“殆ど”登場しない)陪審員の男たちが、とある第1級殺人事件を巡り持論を戦わせる骨太なドラマ。
「言うても半世紀も前の作品やん」とか「モノクロ作品やしな」とか、つい否定的な姿勢(≒先入観)で観始めたんだが・・これがなかなかの吸引力を未だに放っている! ロケーションなんか殆ど変わらないし、男優ばっかりで“華”がないし(←女優さんは1人も(?)出演しません)、制作費もそんなにかかってると思えない(俳優らの起用にはかなりかけてるのだろうか)・・ハズなのに!

ニューヨークのスラム街で発生した、18歳の少年による父親刺殺事件。冒頭で裁判長が片肘ついて喋ってることからも、事件そのものは明白過ぎるほど明白。誰が見ても少年の有罪(=即座に電気イス送り)は確実な雲行きなのである。
陪審員らも、開始後わずか5分の無記名投票で「有罪」の決定を導き出す・・そう、12人のうち“たった1人”を除いては。

※評決は全員一致でなければならない。また、評決不能となれば再審で恐らく有罪(=死刑)に決まるであろう。

「たったの5分で人間の生死を決めて良いのか? 我々はもっと深く話し合うべきではないのか?」と提案するのが“陪審員8番”を演じるヘンリー・フォンダ。場を支配する「評決なんかさっさと済ませよう」と言う半ば白けた空気に臆することなく、一石を投じる。
「無罪の証明がないとすれば、有罪の証明も同様にないのではないか?」
外から施錠された蒸し暑い部屋の中、男たちは「証人2人による目撃証言」「被告である少年の生い立ちや置かれていた(事件前の)環境」などを検証する。
場がこう着するたび行われる無記名投票、そして挙手。10対2、9対3、8対4・・遂に評決は6対6とすっぱり半分に割れる!
1人が苦々しく言う「延長戦に突入だぜ・・」 奇しくも戸外では激しく夕立が降り始めた・・

陪審員1人1人の個性が(人によるが)バラエティに富んでおり、それなのに実名が伏せられている(ミステリアスな)トコロなど、羨ましくなるほど素晴らしい設定である。怒る者、自分の意見を問われさっさとパスする者、場の空気に左右され意見がコロコロ転がる者。

事件の関係者が実際に殆ど登場しないのも面白い。被告の少年は冒頭に無言でたたずんでいるのみ。2人の証人など、陪審員の会話の端々から想像を膨らませて行くしかないんだが・・これがまた「膨らむ膨らむ」って感じで楽しかったり(=^_^=)

終盤、とうとう評決は1対11となる。「あんなガキは絶対に有罪だ! この裏切り者ども! 俺は絶対に無罪なんぞ認めんぞ!」と最後に残された陪審員が吠える。「見ろ、公判のメモだって詳細に控えてるぞ!」とポケットを探る彼。
そこからの展開に、ボロボロと泣かされてしまったワタシ(⌒〜⌒ι) 「こりゃ、泣くわ・・」って感じで、しまいにゃ嗚咽しそうになってしまった。。「泣かせ」のパターン的には『グッド・ウィル・ハンティング/旅立ち(1997)』路線なんですけどねぇ。

女性の観客には、少々世界観が味気なさ過ぎて(硬質で)拒否反応が出るのかも知れない。が、ホントに観て頂きたいのは年頃の息子を持つ父親の皆さんであろうか。
本作は「父性をはかる試金石」とも言える作品ではなかろうか、と思った。

※冷静な眼で観終わると・・「で、犯人は誰よ?」とのツッコミが出てしまうものだが、そこはそれってことで・・(=^_^=)

〜 怒れる名セリフ集 〜

「例え法廷で宣誓したとしても、人間である以上、間違うこともあるだろう」

「殺すぞ、ぐらい我々だって激高すれば言うでしょう」

「偏見によって、真実の姿がぼやけてしまう」

「何故、無駄な同情を? しまいにゃ声が枯れちまうぜ」
「声なら、球場でだって枯れるさ」

「全く困った連中だ」
「いや、普通の人々だよ」 ←この言葉は結構心に残る・・

「細かすぎる」
「当然だろう、1人の人間の命がかかってるんだぞ」

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2007年2月13日 (火)

☆『2001年宇宙の旅(1968)』☆

5日(月曜)の鑑賞。衛星第2にて。今回は「観るともなしに観てしまった感じ」かも(⌒〜⌒ι)
ストーリーは“ある意味”あってないような感じでも良いと思う(私的に)本作。シンフォニックと最新鋭(当時)の宇宙映像、これらの融合を、そしてそれが1968年にして“早くも”完成していたことに驚愕し、物語世界を“遊泳”すれば、それで良いと思うのだ。
今回は、これまでの鑑賞で「うっとうしいな〜」と思ってた、冒頭に登場する猿人の造形と動きに見入ってしまった。「リアルで凄いやんか!」と。
猿が道具を発見し、それが「進化」する過程を“一瞬で表現”する・・「空に投げ上げた長骨が宇宙船に変わる」と言うカットは、観直すと“繋ぎが粗い”んだが、それはそれでええんかなと感じた。CGを駆使すれば、モーフィング(自然に変形する映像テクニック)なんぞ何の造作もなく出来るわけだが、そこまでやる必要がないのかも、と言うのがワタシの今の結論。

「本作の特撮映像は“完成体”であり、それ以上のCG処理(デジタル合成)は過剰なだけで無駄」

同様に、いくつかの場面で、カメラがいきなり切り替わるような手法が用いられてて「ホラー映画みたいな緊迫感を与えてるなぁ〜」と、今更ながらスタンリー・キューブリック監督の手腕に恐れ入ったものであった。
ラストまで観終わり、本作がMGM作品であると知り、ここでも驚いた。往年の豪華絢爛なミュージカル作品など、とにかく「分かりやすい映画」を放って来た印象の強いMGM。キューブリックの熱意を持ってしても、制作費捻出(=会社説得)には苦労したんではなかろうか。
後日、この放送を(録画し)観たと言う家人から「全く意味不明な駄作!」との分かりやすい感想を聞いたが(=^_^=)、本作の制作された年や、絵画的な映像世界を理解出来るだけの心的余裕があるかないか、その辺りをはかる絶好の試金石なのかも知れないな、と思った次第である。

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2007年1月15日 (月)

☆『Shall we Dance?/シャル・ウィ・ダンス?(2004)』☆

12日(金曜)の鑑賞。帰宅時間が少し遅く、序盤を見逃したほか・・ちと酔ってたのもあり、横になりながら観てたら・・肝心のダンス競技会(←終盤)の辺りで少し船を漕いで(=眠って)しまったり・・(×_×)
この作品って「序盤:出会いのシーン」と「終盤:大会のシーン」を見逃すと、かなり“鑑賞の醍醐味”を逃すような気がするもんで・・残念(・ω・)
リチャード・ギア演じるジョン・クラーク氏が、日々の単調な(?)暮らし(←弁護士と言う職業設定なので、決して単調ってことはないと思うが・・)の中で“ときめき”に出会い、やがてその秘めたる行為の発覚を経て“家族とのほんとうの絆”を再確認してゆく・・そんな物語。
健全に描けばこの上なく感動的なんだが、ドロドロした方向に展開すると『アイズ・ワイド・シャット(1999)』みたいになっちゃうんじゃないか、と勝手に妄想(=^_^=)>

残念なのは、オリジナル版『Shall we ダンス?(1996)』に比べ、“キャラの濃い&薄い”の点で著しくバランスを欠いてたんじゃないかってこと。オリジナルでは役所広司&原日出子が主人公夫妻を、草刈民代がダンス先生(←「ごっつええ感じ」みたいやね・・)を演じ、周囲を竹中直人、渡辺えり子、徳井優、柄本明が固める・・つまり夫妻&先生の3者が“抑えめ、”周囲が“目立ちめ”な演出なんだが、これがリメイク版はと言うと・・ギア、スーザン・サランドン(妻ビヴァリー役)、ジェニファー・ロペス(教師ポリーナ役)の3人の存在感が強烈過ぎ、その周りが正直かすんで見えた。
辛うじて、スタンリー・トゥッチ(リンク役)がやや頑張りを見せてくれてはいるが、他の3人が押し並べて薄い! これではあかん!

あ、ハナシが外れるが、本作の出演俳優・・実際に今回観るまでは「ピーター・ストーメア」と「フォレスト・ウィテカー」が出演してる、と勘違いしてた(×_×) いやでも、2人とも俳優さん同士が妙に似てるんスよね(⌒〜⌒ι)

あと、やはりスーザンの出演は「妻の存在」としては“前面に出過ぎてた”ように感じた。どうせなら、妻役をダイアン・レインにして、妻の浮気相手の若造にオリヴィエ・マルティネスを配したら良かったのでは? あ、それだとまんま『運命の女(2002)』か。。

後半で、ビヴァリーの職場(デパートかな?)に押し掛けた(?)ジョンが、そこにいる店員の視点を気にすることもなく、何やらイチャイチャを見せつけるシーンがあるんだが、どうにも(スーザンの実際の亭主である)ティム・ロビンスの複雑な表情がぼんやり映像の向こう側に見えるような気がし、入り込めなかった(・ω・)>

そうそう、オリジナルより印象的で成功してたのは、ジョンが通勤に使ってる電車の「駅舎の雰囲気」だろうか。あの独特な寂れた感じのホームはいい! どっかで観た雰囲気だぞ・・と思い、記憶をたぐってみたら『あなたが寝てる間に(1995)』なるラブコメ(?)作品を思い出した。どちらもシカゴが舞台なんですね。

それからスタンリー・トゥッチ。ワタシもようやく(存在を)意識し始めた男優さんだが、本作とほぼ同時に『ターミナル(2004)』にも出演してるってことで、その“演じ分け”に改めて感心してしまった次第。今後が楽しみな俳優の1人ではある。

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2006年9月13日 (水)

☆『X−メン(2000)』☆

3日(日曜)に鑑賞。地上波放送は確か2度目と記憶している、たぶん(・ω・)
人類の“突然変異種”であるミュータント(異端者)たちによる、世界の命運をかけた壮大な戦いを描いたシリーズ第1弾。
分かりやすく言えば、
“プロフェッサーX”ことチャールズ・エグゼヴィア(パトリック・スチュワート)率いる「善のミュータント軍団」と
“マグニートー”ことエリック・レンシャー(イアン・マッケラン)率いる「悪のミュータント軍団」がニューヨーク界隈を舞台に戦う。
「そう遠くない未来」の物語だが「自由の女神」を擁するリバティ島の対岸(マンハッタン)には「ワールド・トレード・センター(ツインタワー)」がそびえ立っており複雑な思いがした・・

“ローグ”ことマリー(アンナ・パキン)は触れた相手の生命力を吸い取る少女。自らの恐るべき能力に怯え、家を飛び出してしまう。彼女が辺境の町で出会ったのが、アングラ格闘家(?)として腕を鳴らす、記憶喪失のヒゲ男“ウルヴァリン”ことローガン(ヒュー・ジャックマン)だった。
「ミュータントに対する人々の正しい理解」の得られることがない近未来社会、手の甲から特殊合金(アダマンティウム)の爪を伸縮させることの出来るローガンはついに正体を知られることとなり、町を追い出されてしまう。
マリーは彼と道中を共にすることに決めるが、そんな2人に巨漢ミュータント“セイバー・トゥース”が襲いかかる。2人の危機を救ったのは、そこに現れた2人のミュータント=“ストーム”ことオロロ・モンロー(ハル・ベリー)と“サイクロップス”ことスコット・サマーズ(ジェームズ・マーズデン)だった。
ローガンとマリーは“善のミュータント”の基地に案内される。そこは“プロフェッサーX”の主宰するミュータント養成校「恵まれし子らの学園」であった。
教授の説明により、ローガンは「戦い」が始まったことを知る。そして自らの記憶を取り戻すため『X−メン』の一員となる・・そんな流れだろうか。

前回観た際は、とにかく人物名が多すぎて疲れちゃった印象(×_×) データとし、1人につき「ミュータント名」「役名」「俳優名」の3つが並ぶワケで。。今回はその辺りが(2度目の鑑賞のため)記憶の中で整理されててスッキリ観られた☆
色んな特殊能力を持つ超人が集まるが、それぞれに長所が限定されており、結束しなくては巨悪に立ち向かえない、と言う設定が何とももどかしくて(=^_^=)魅力的☆ 善側と悪側でそんなにパワー差のある訳ではないが、善の方が「出来る限り常人(一般市民)に配慮、これを傷つけぬよう心掛けねば成らない」みたいな“不文律(決まり)”があるため、どっちかと言うと暴れまくれない感じ(・ω・)
登場キャラでは、ジーン・グレイ(ファムケ・ヤンセン)、ミスティーク(レベッカ・ローミン・ステイモス)、トード(レイ・パーク)の3俳優が個性的だった。
「ファムケ〜、カニバサミ攻撃みせろ〜い!←『007/ゴールデン・アイ(1995)』」とか「レベッカの素顔が観た〜い!(←ファンから同様の声が多かったか(?)続編(2003)では“素レベッカ”が少し拝める♪)」「“ダース・モール”演じてたのはこやつか!←『スター・ウォーズ・エピソード1(1999)』」とか、色んな楽しみ方の出来る作品ではある(・ω・) 

続編ではぐっとキャラ重要度が下がっちまうんだが、本作におけるアンナ・パキンは可愛くて良かった☆ ピアノ・レッスンしたり(1993)、鴨と飛んだり(1996)してる間に大きくなったんやねぇ・・しみじみ。しっかし、(役の上でだけど)ボーイフレンドがちょっとキスしただけで“3週間昏睡状態に陥った”と言うから恐ろしい。「人肌やんちゃ棒」で「ここに書けぬいたづら」なんぞした日にゃ、きっと『スペース・ヴァンパイア(1985)』な事態が必至だな(⌒〜⌒ι)
終盤では『メン・イン・ブラック2(2002)』でもネタになった「アレの掲げるアレ」から妙な光線が広範囲に射出される・・何やら「ひとたび人間が浴びると突然変異(ミュータント化)を起こすが、ミュータントが浴びるぶんには平気」みたいな「イマイチすっきりしない仕組み」なんですけど。。
まぁ、その最終対決のくだりでミュータントらがそれぞれの能力を出し合って主人公(ローガン)をサポートする、って演出が「正義・友情・団結」って感じで(←「週※少年ジャ※プ」みたいや・・あ、あっちは「友情・努力・勝利」でしたか)なかなかにハートフル☆

ときに、本作観てて思いついたのが“アレ”の実写映画版である『009』なんだが・・どうだろ? キャスト(ちゃんとケチらずに多国籍化すること!)陣さえしっかり固めたら、結構カッチョ良く仕上がるんじゃないだろうか。ってか、失敗したら単なる『ストリ※ト・ファイタ※(1994)』ですけんど(=^_^=)

追記:基地内の最高機密ブロック(深層部)に『セレブロ(脳波増幅空間)』なる装置があるんだが、そこに通じるでっかい扉が“プロフェッサーX”本人の角膜認証でしか開かない筈なのに、ミスティーク、ジーン、スコットと3回もシステム突破されたのが笑えた。ちょっとセキュリティ見直せよな、みたいな。

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