2009年1月17日 (土)

☆『K−20/怪人二十面相・伝』☆

16日(金曜)の夜。
年始に購入⇒「各部を調整」して貰ったは良いが、なかなか引き取りに行く時間が取れず“放ったらかし”だった(・ω・)“ハ※サム・スーツ(=^_^=)”をやっと取りに行った。
残業を少しこなしてから向かい、なんば界隈の店だったので「ついでに近場の劇場で1本観とこかな」と。

“なんば01(マルイ)”の上層階にあるシネコンか、アーケードの中にある“敷島シネポップ”に久々に足を運ぼうか? とも考えたが、前々から狙ってた1作『K-20/怪人二十面相・伝』の上映に関しては「上映してない」か「開始時間が遅過ぎる」って問題がそれぞれにあり・・結局は地下鉄で再び梅田に北上し(⌒〜⌒ι)“ナビオ上層階”の「TOHOシネマズ」で鑑賞することとした。

『ALWAYS/三丁目の夕日』シリーズ(2005、2007)をヒットさせ、山崎カントクの生命を繋いだ(←監督、すんません!)スタッフが再結集。
“パラレルワールドな昭和期”を舞台にレトロ調な活劇を描いたのがこの作品☆

1941年12月8日。この日、大日本帝国は米国&英国と“平和条約”を締結。これにより“第2次世界大戦”は回避された。これは“同大戦の起こらなかった”別の世界での物語。
戦争による多大な犠牲者の出ることはなかったが・・一方で、19世紀からの“華族制度”が継続され、社会には大きな格差が形成されることとなる。そして、華族以外の人間に「転職」や「恋愛」の許されることはなかった。

そんな暗い時代において、帝都の富裕層をターゲットに美術品を鮮やかに盗み出す「怪盗」のニュースが庶民を賑わせていた。
その名は“怪人二十面相”・・一方に、彼を追い続ける“帝都最後の正義(=^_^=)”たる存在が探偵=明智小五郎であった。

1949年、帝都。これより、1人の青年=遠藤平吉を主人公とした、壮大な冒険活劇がその幕を開ける・・

“スティック・リーディング”気味な金城武くん(平吉役)があろうことか(=^_^=)“怪人二十面相”に間違えられる「災難劇」を軸に、どうにも喜怒哀楽の掴みにくい仲村トオル氏が明智(←何と“男爵”らしい!)を演じるんだが、ここだけをキャスト面から眺めるに“如何にもつまらなさそう”なのである(←ファンの方、すんません!)。

が・・これが周囲に“國村隼”“高島礼子”そしてヒロインの“松たか子”らを配し、回り始めると、俄然面白く輝き始めるんだから不思議(・ω・)

劇中では「それまでの明智vs二十面相の戦い」がどう言うモノだったか、全くと言ってイイほど描かれてなかった(×_×) なので(江戸川乱歩による原作小説の)作品世界を知らない人には、およそピンと来なかったんじゃなかろうか。。

平吉にすれば“二十面相と間違われた濡れ衣を晴らすため”立ち上がることに決めたんだが、後半辺りからは彼なりに“世の中を変えるため”半ば自発的に動き始める。
その辺りの“心の動き”は丁寧に描写されており、不自然さは感じなかった。

幾つかのレビューでも書かれてることだろうが、冒頭からの雰囲気は(“バットマン”シリーズにおける)“ゴッサムシティー”な味わいがあって良かった。ビルジングの造型とか。
中盤で連想したのはクロサワ作品の『どですかでん(1970)』や『どん底(1957)』でも描かれた“バラック(仮設建築)”や“長屋”の風景描写だろうか。
カラクリの源治(國村)自身が“泥棒長屋”などと呼んでたが、あの人間模様は瞬間風速的にせよ「クロサワ映画」にかなり迫ってたかも知れない(=^_^=)
終盤は何と言っても『ルパン三世/カリオストロの城(1979)』である。是非ヒロイン=羽柴葉子(松)には「※※はまだ出来ないけど・・きっと覚えます」とか言って欲しかったどす。

平吉が“ハメられて”以降しばらくは「二十面相(ホンモノ)が巷を騒がせなくなったり」もして、色々“裏で進行してるであろうこと”を想像してしまった(=^_^=) 究極の(邪推)ネタは“終盤までの物語は平吉の自分勝手な妄想であり、全ては彼の自作自演だった!”と言う流れだが、流石にそこまで物語は崩れてませんでした(=^_^=) ←フィンチャー路線?

帝都の地図を買い、そこに無作為に引いた直線の通り、実際に走ったり昇り降りしたりする・・なる修業を中盤から行う平吉だが(ここのシーンは『ヤマカシ(2001)』であり『マッハ!!!!!!!!(2003)』でもある、本作のハイライトの1つだ!)、良く良く考えたら、最初にやっていた“命がけのサーカス芸”の方がスゴかったかも、と(=^_^=)
某場所で源治とタッグを組み「金庫破り」をするシーンがあるが、扉を開いた瞬間に(トラップで)飛んで来た“ナイフ”を素手で掴んで止める動作(動体視力&反射神経)も凄まじかった! (助けられた)源治自身もビックリしてたが、ワタシもそれに少し遅れる形でビックリした(=^_^=) ←咄嗟に分かりにくい演出やと思う、アレ。

レトロさをウリにしてたとすれば「画面の色調をやや上げ過ぎ」とも感じた。また「演出面」においてもたまに粗くなってる(スベリかけてる)トコが見受けられたか。
ほか“昭和期の街を完全再現”ってうたってる(?)割には、屋内など「限定的な空間」での展開が多く「再現し切ってた」訳でもないな、と突っ込んどきたい。

が、年内に観てたら・・きっと“2008年のベストムービー”において「次点」には入ったであろうと思う。

現時点の邦画界において「エンタテインメント作品の最先端を突っ走ってた印象」は強かった。続編を製作するとなれば、根本的な部分でかなり(1作目と繋げるための)アレンジを施さなきゃならんだろうが、それはそれでまた付き合っても良いかな? と考えている。

監督&脚本を手がけた佐藤嗣麻子さん、まだまだワタシの中では未知数な方であるが、次作を気にはしてみる所存である。

〜 こんなトコにも気付いたり 〜

♦八木博士、南部団長(小日向文世)、お2人とも途中からどっか行きましたが・・それで良かったんですか。。
♦オープニングのスタイリッシュなアニメ映像はなかなか良いっすね!
♦「軍警」「曲芸手妻師」「ツングースカ大爆発(1908)」「カストリ雑誌」「帝都スポーツ」「警務局」「全國指名手配」「帝都電力」「電磁波撮影機」「陸軍省情報研究所」「レイザー光線」「テスラコイル」などのそれらしいワード群が、ワクワクさせてくれたり(・ω・)
♦小林(芳雄)少年が時折見せてくれる「邪悪そうな言動」が最高にスリリングだった。
♦「少年探偵団」がおまけ的に登場するが、何だか「物陰から覗いてただけ」って風だった、、
♦羽柴公爵(大滝秀治)が葉子に託したのは「箱根の寄木細工」だったんやろか?
♦牢獄にいた男(川村?)が「俺は二十面相の素顔を見たことがあるぜ」とか言ってたが、どんなシチュエーションで見たのか、しっかり聞いておいた方が、後々役に立ったような気もするネ。
♦劇中で貧民エリア然とし(?)描かれてた“ノガミ”とは・・どうやら「上野」のことらしい!
♦二十面相もまた“修業ノート”を読破したとかしないとか? どっちやねん!
♦無一文な筈の平吉。マジックでいきなり「焼芋」を出してたが・・どうやったんだ?!
♦嶋田久作さん、鹿賀丈史さん、、あんな出番でよろしかったんでしょうか(・ω・)
♦「浅草田原町」「麹町」などの地名もセリフ内で登場。
♦情報研究所における明智の言動は面白い! ああ言う演技のメリハリの付け方は大好きです(=^_^=)
♦あの「マスク&マスク」なハンデで戦う二十面相(ホンモノ)はやっぱり凄かった!
♦終盤、やけに警備の手薄だった「羽柴ビルジング」
♦「二十面相がらみ」の事件以外には、全然仕事のなさそな明智、、素行調査とか、ないんかよ?
♦本作においても「ラバーマスク製作」はメチャメチャ早かった! トム・クルーズもジョン・ウーもビックリだ(=^_^=)

〜 こんなセリフもありました 〜

シンスケ「いっそ、泥棒にでもなろうかな・・幾ら働いても貧乏なんだから」

南部「人間が疎かにされるような、そんな社会が長続きする訳がないよ」
  「諦めさえしなければ、どんな願いも必ず叶うさ・・“諦めた時”こそが最後なんだ」

侍女長「女の幸せは、結婚ですとも」

修業ノート“逃走術は、また侵入術でもある”
     “変装は、変装に非(あら)ず”

平吉「その動き・・お前も“サーカスの出”か?」
  「結局は自己満足なんだろ? ・・この偽善者!」
  「白いハトは大空を飛びたがっているんだ・・なぁ、こいつを羽ばたかせてやってくれよ」
  「既存のものを壊すには、圧倒的な力が必要なんだ」
  「自分の願いを叶えるのに、俺には“権力”なんて必要ない」
  「あんたを疑っていたのは、俺たちじゃない」
  「あんたは陽の当たる道を・・俺は夜の道を行くよ」

源治「幾ら何でも・・人、盗んだらマズいだろ」
  「大丈夫、ヤツは天才さ・・自分では気付いてないみたいだがな」

平吉「あんた、スゴいな!」
葉子「“良家の子女のたしなみ”ですわ」

葉子「石鹸で、髪、洗えるんですか?!」
一同「洗えるよ!」

葉子「何だか“人形の家”みたいですね、本宅はどちらに?」
  「どんな狭い場所でも生きて行けるのですね、人間は」
  「“見て見ぬふりをする”のは大きな罪です」
  「私・・自分の“すべきこと”が何だか分かった気がします」
  「富の独占は、無意味だと気付いたのです」

明智「この私が“誤認逮捕”をしたと言うことですか?」

二十面相「こういうもの(=拳銃)を使うのは、私の美学に反するのだがね」

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2008年11月 3日 (月)

☆『ICHI』☆

3日(月曜)。いよいよ、この3連休が儚くも終わってしまうんだが・・結局、最終日である本日も昼過ぎまで“寝溜め”となってしまい、何とも勿体ないことになりそうな予感もし、、

「コレではアカンぞう!」と天井を見上げつつ叫び(←危ないヤツだなぁ)、午後からながら自室を飛び出し、梅田方面へと繰り出した・・映画『ICHI』をも1度、観るために・・!
・・ってあんたも好きねぇ〜(=^_^=)

大まかな流れは前回の鑑賞で掴んだので(粗筋などは先月28日(火曜)の記事をご覧下さい)、今回はより寛ぎつつ、前回のチェックもれ&メモもれの部分を補ったりしようかな〜と。

そうそう。
本編開始前に新作『LOVE☆FiGHT』の予告編が流れたんだが、主人公の女の子(成長後は、北乃きいが演じる)の“回し蹴りっぷり”がなかなか良く「観たいぞう熱」が高まって来たり。
因みに、今月15日から一般公開どす☆
大沢たかおの初プロデュース作ってことで「笑顔の素敵な不惑の兄ちゃん」でもある同氏は、最近改めて注目し始めてる男優さんでもある。
そうさ、刀なんて抜けなくてもイイんだ!(←何やそれ!)

では、今回の鑑賞で気付いた点からまとめてみようか。

♦少女期の市。吹雪の中を瞽女衆(5人)で進むシーンでは「木の杖」をついている。本格的に「仕込み杖」を使い始めたのは“はなれ瞽女”となって以来のことのようだ。
♦舞台となる宿場は「美藤宿」。“びとう”と言うのは分かってたが、漢字が分かってなかった。。
♦刀身に(斬った相手の)血すら付着しない、市の凄まじい居合い斬り。きっと高速過ぎて、瞬間に空中に血が飛散するんだろう(!?) かつて読んだ、司馬遼太郎氏の小説『燃えよ剣』の前半で、沖田総司(後の新撰組・壱番隊長)の太刀が素早過ぎてか(?)「全く着物に返り血を浴びない」ってな描写があったが、市も同様に殆ど着物が汚れず、同じ理由と考えて良いのかな・・と解釈している。
♦「下総(=千葉県)の武士」と名乗りつつ「父は小高藩(=福島県)の武術指南役」とも言ってた十馬。どっちが正しいんだろ? 偽りを言ってたようでもないし。。
♦中盤で舞台を演じたのは「黒森歌舞伎」の一座。「県指定無形民俗文化財」なる山形の伝統芸能だそうだ。
♦“とある事件”をきっかけに「真剣が抜けなくなった」十馬。考えたのが「1.木剣で戦う」「2.槍を使う」「3.誰かが抜き身の刀を渡したげる」などのアイデアなんだが・・(・ω・)
しかし“最低でも5年間、抜かれなかった刀”ってば、あんなに即・使用可能な輝きを保ってるモノなんやろか(←或いは「手入れ」だけは欠かさなかったんかな?)。
♦宿場では「御宿:松屋」「きぬた屋」などの店が看板をあげていた。
♦万鬼党のアジトとし描かれた洞窟は「駒門風穴(静岡県御殿場市)」がそのロケ地だそうだ。

大げさな迄に“心情を包み隠さず、表情で見せる”ことの出来る大沢氏は、それはそれで素晴らしいし、きっちり終盤で「美味しいトコ」を見せてくれて良かった。
そして何より・・市を演じた綾瀬はるかさんの寡黙で物憂げな横顔には、ウットリとさせられっぱなしだった(=^_^=)>

こんな女(しと)に斬られたら、それはそれで男としては“本望”かも知んない(そうか? 斬られたら、痛ぇぞ(⌒〜⌒ι))

〜 こんなセリフもありました 〜

※「良く見りゃ、お前ぇなかなか・・」

市「私には“境目”と言うものが分からない・・見えないから、恐ろしい」
 「この剣の使い手を、万鬼は知ってるんだろ?」
 「おかみさんに“何もなかった”と言って下さい・・そこでしか、生きられないんです!
  ・・戻りたいんです!」
 「見えて来た気がする・・見えなかった“境目”が」
 「あんただけは、許す訳にはいかない・・!」
 「姉ちゃんにも、歩く時“灯り”が必要だったみたい・・お陰で“道”が少し見えて来た」

美津「全く変な“掟”だよ・・誰だって温もりがなきゃ、凍えて死んじまうってのに」
  「“色恋”で男が欲しい訳じゃない」
  「あたしらには(男の)姿形は関係ない」

虎次「偉ぇお手柄だ、小太郎。明日、団子買ってやらぁ」
  「俺は、親父とは違〜う!」
  「役人なんて当てになんねぇだろ?」
  「頼りにしてんぜ」
  「立派な親父持つとな・・ついつい別の道、歩きたくなっちまわぁ」
  「万鬼、その手で仕留めてこいや」
  「手前ぇら、死ぬ前に2人以上、叩っ斬れ〜」
  「今度は、逃げんなよ」
  「ぶった斬って来いや〜」
  「頼むぜ、先生よ〜」

長兵衛「やくざ風情が、とお笑いになるでしょうが・・」
   「歳は取りたくねぇもんです」

十馬「私は、音曲(おんぎょく)のことは何も・・」
  「私は、強いぞ!」

万鬼「俺たちは真っ当に扱われねぇ・・足蹴にされ、何処かで野垂れ死ぬんだ。
   お前ぇもそこで、堕ちる処まで堕ちるんだな」

(市の三味線唄)
♪今宵も 負われし 母(かか)様の お膝に揺られて 眠りゃんせ・・

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2008年10月28日 (火)

☆『ICHI』☆

27日(月曜)。先の週末(土日)では、微妙に映画に行くだけの時間が取れず、ややフラストレーションが溜まっていた。
特に、早々に観たかったのが、25日から一般公開の始まった『ICHI』・・つまり“綾瀬はるか主演による女版座頭市”である。
朝刊の映画案内記事(=劇場と開始時間の一覧)を見て「早めに行っとこう!」とは思いつつ、コレがなかなか時間が合わないのだ(×_×)

・梅田ブルク7・・18時10分から開始⇒ほぼ絶望的
・なんばパークスシネマ・・18時30分から開始⇒なんば駅から全力疾走中に事切れそ~
・阿倍野アポロシネマ8・・18時25分から開始⇒やはりち~と厳しい

今日の場合、結果的に18時ちょい前に退社は出来たんだが、上記3館ではいずれもムリがあった。
ついでに(iPhoneを駆使して)「高槻」「大日」「茨木」「八尾」などのシアターも調べたが、何処も似たり寄ったりの上映開始時間だった(×_×)
そんな訳で「今日は違うのにしよ・・」と一旦は、別作品を観るべくなんば方面へと向かったんだが・・

「いやっ! やはり今夜観とかないと!」と思い直し、逆方向(京橋方面)の電車に乗り換えたのだった。

実は大阪府下で唯一(?)、遠いけど上映開始に間に合う劇場があり、それこそが“布施ラインシネマ10(南館)”であった(=^_^=)
上映開始19時20分・・ってことで、全然余裕じゃん!(=^_^=)

結論とし「ちとロケーション的に寂れがち」な感はあったんだが、駅から意外に近いし、席も空いてるし、上映が終わってからもグッズ購入が出来るし、など“なかなか小旅行気分で面白い”劇場とは思った☆
んな訳で、今後もヒイキにしてエエかな~と考えている。

風雪の吹きすさぶ荒野を列を成して歩き、辿り着いた村々で三味線を演奏する盲目の女たち・・彼女らは瞽女(ごぜ)と呼ばれた。瞽女は4~5人の集団で旅し、互いを律し、行動するのが常であったが・・「貞節を乱す」などの理由により、即座に仲間から追い出され、1人で生きて行かねばならぬ・・なる“掟”もまた、存在していた。
そのようにして追放された者は“はなれ瞽女”と呼ばれた。
生きて行くため「躯を売る」ような“はなれ瞽女”もいたが、一方で、密かに剣術を極め「自らの身は自らで護る」ことを心に決めた女が1人・・その名を“市(いち)”と言った。

下総(しもうさ)から武者修行の旅に出て5年。師範代格の剣の腕を持つ、と言う藤平十馬(大沢たかお)は、通りがかったお堂(の脇)で、ごろつき共が瞽女らに危害を加えている現場に遭遇する。彼らは1人の瞽女に殴る蹴るの暴行を、もう1人の瞽女にも性的暴行を働こうとしていた。
ひとまず「待て待てっ!」と彼らを諌め“有り金のほぼ総てである十両の手形”を渡し、事なきを得ようとするも、野盗どもは納得しない。
「てめぇを斬って、十両もこの女も頂くぜ、ぐぇっへっへっ」みたいなことを言い出す。
仕方なく彼らと戦う決心をする十馬。しかし柄にかけた手がピッタリと動きを止めてしまう。
真剣を抜く事が出来ないのだ。
「何だてめぇ? ビビってんのか? ゴルァ!」的に斬り掛かって来るごろつき。十馬は思わず眼を閉じ死を覚悟する・・!

次の瞬間、血しぶきを上げ倒れたのは野盗であった。驚きの表情で「何が起こったのか」を把握しようとする十馬。
その前に「仕込み刀」を今まさに杖に収めようとする若い瞽女=市(綾瀬)の姿があった。

予告編(の映像)や“ICHI”なる表記のタイトルからして、もっとスピーディーな殺陣のガンガン展開されるスタイリッシュアクションなのか、と思いきや・・意外とゆったりした感の、実に「既視感に溢れた、予定調和な物語」ではあった。

(従来の)座頭市シリーズのイメージとし「主人公が無様でカッコ悪い」「劇中で大きな友情を育むも、それは終盤で崩壊する」「賭場で暴れたりもする」「中盤でリンチされボコボコになる」「終盤でテキの群衆を斬りまくる」などの要素があるかなと(私的に)思ってるんだが、流石に“はるかちゃん主演”だけあって「無様でカッコ悪い」キャラではなかった。。当然、畳にこぼれた酒を、口を擦り付けてチュウチュウ吸ったりするシーンなどはない(そりゃそうだろ!)

“徹底して綾瀬はるかを見せる作品”だな、と感じたのは、殆ど彼女と対峙する女性キャラが配されてなかった点からだろうか。
相対する2つの組織・・万鬼党(ばんきとう)の頭目=万鬼(中村獅童)にも、白河組の若親分=虎次(窪塚洋介)にも恋人的な存在はいなかった。そこまで描いてる余裕はなかったか?

流れとしては『はなれ瞽女おりん(1977)』の世界観に『用心棒(1961)』『七人の侍(1954)』『マッハ!!!!!!!!(2003)』『クイック&デッド(1995)』『シェーン(1953)』などの要素を“おいしい具合”にぶち込んだ印象か。
そこそこにしっかりした骨組みはあるんだけど、リズム感には著しく欠けてた気がするな(・ω・)

特に賛否の分かれるのは後半ではなかろうか? 私的にはも少し早く市に“あの場”に駆け付けて欲しかった、とも。
後半では“それまでさんざ「とんま」と呼ばれ続けて来た”十馬(とおま)がいよいよ「名誉挽回」するシチュエーションに力が注がれ過ぎてしまったかな、と。

市の「師匠」とも「父」とも解釈出来る某人物が登場するが・・「父親なのか?」と問われた彼女が静かに首を振るシーンを“敢えて盛り込んだ”トコに「何かがあるんやろか?」と妄想してしまった。
因みに彼は万鬼とも(過去に)死闘を繰り広げたようである。

市の肌身離さず持っている某アイテムが、ラストで“別な人物”に託される辺り「これが“居合の達人・座頭市の継承”の始まりなの?」とも思った。

しょっぱなの殺陣シーンは見応え十分! ここに本作のアクションのほぼ総てが集約されてたとも実感した!
・市の静かに手をかけた、仕込み杖の先端に蝶が止まっている
・居合い刀が一閃した後、刀を鞘に収める時に「ポクッ」「ポッ」なる小さな音がする
この辺りの演出には、かなり「ワクワクさせられた」ものである!

それと、窪塚君のセリフを耳で拾ってるウチに、何となく「脚本は“クドカン(宮藤官九郎)”かよっ?!」と思ってしまったのも事実(=^_^=)
何だかね、言い回しとか雰囲気とか、まんま『ピンポン(2002)』の星野“ペコ”裕(演じたのが窪塚)ですた。

一般客からすれば「前評判に比べ、ちょっとインパクトに欠けるよなぁ」と言う意見が、恐らくは多くを占めるんじゃないだろうか? しかし、綾瀬はるかファンには“マスト”な作品ではないかと考える。

かつて“学芸会レベル”とも一部で酷評された『あずみ(2003)』に主演した“あの娘”よりは「時代劇にしっくり溶け込んでおり、殺陣も自然」と感じたのは・・或いはワタシの贔屓目であったろうか・・?(⌒~⌒ι)

~ こんなセリフもありました ~

※「お前、はなれ瞽女だろ? “男の味”は知ってんだろ?」

市「私に構わないで下さい」
 「賭場は何処だい?」
 「灯りなんか、要らないよ」
 「子供は嫌いです。面倒だし、うるさいから・・でも汚れてない分、大人よりも信用出来る」
 「“境目”が見えないから、恐ろしい」
 「お節介も程々にしないと、酷い眼に遭いますよ」
 「私は私、ですから」
 「本当に何も分からなくなって、何も感じられなくなって・・」
 「今が昼なのか、夜なのか・・自分が果たして生きているのか、死んでいるのかも分からない。
  ・・別に、生きていたいとも思ってませんけどね」
 「人違いだよ」
 「あたしを万鬼の所へ連れてゆけ」
 「あんたに、訊きたいことがある」

十馬「大人は汚れている?」
市「大抵は・・」

十馬「今、鼻でフンと笑ったな?」
  「毎度、かたじけない」
  「いよいよ文無しか・・」
  「死んではならぬ」
  「生きるんだ・・生きろよ」

万鬼「“逆手一文字(さかていちもんじ)”の使い手は1人しかいないと思ってたが・・」
  「俺は、強ぇぞ」
  「俺たちは何処か“同じにおい”がする」
  「1度堕ちたヤツは2度と真っ当にゃ戻れねぇ・・特に血のにおいの染み着いたヤツはな」

長兵衛「“馬の骨”を幾らかき集めても、万鬼には叶わねぇ」
   「倅(虎次)を失うのは、本当に怖い」

虎次「死ぬ前に、2人以上叩っ斬れ~」
  「逃げんなよ、先生~」
  「(よっ)しゃぁ~」 ←まんま“ペコ”じゃないっすか(=^_^=)
  「ぶった斬って来いや~」

追記1:観終わって、かなりの興奮状態にあったか(=^_^=) グッズ販売コーナーで「鈴ストラップ(2本組)」を2ヶも購入してしまったのだった(⌒~⌒ι)
追記2:万鬼、あれでは「遠近感が掴めず、剣術面では極めて不利」と思うんだが。
追記3:虎次の父・長兵衛を演じた柄本明には「やっぱ“座頭市”と言えば、コイツが怪しい!」と思ったんだが(=^_^=)、それは考え過ぎだった。
追記4:万鬼の“隠された顔”も確かにインパクトあって怖かったが・・フツーにしてる竹内力さんも、十分に怖かった(×_×) 特にあの最後の表情は夢に出そうだ(=^_^=)
追記5:ロケ地協力は「庄内映画村」だそうだ。良さそうだなぁ・・
追記6:たけし版とは異なり“石灯籠斬り”は披露して貰えなかった。。
追記7:冒頭での市は笠をかぶり、深く顔を隠しているんだが・・このヴィジュアルをもっと引っ張って欲しかった。何となく『ゼイラム(1991)』の印象です。
追記8:考えたら、大沢さんと綾瀬ちゃんの年齢差より、大沢さんと渡辺えりさんのそれの方が少ないんやね(=^_^=)
追記9:馬は1頭のみ(?)しか登場せず、種子島(鉄砲)も弓矢も登場しませんですた。。飛び道具なきこの世界、、
追記10:後半で(?)とある重要キャラが“心停止”するような描写がありましたが・・アレって“補助バッテリーが起動”したんでしょうかねぇ?

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2007年11月13日 (火)

☆『ALWAYS/三丁目の夕日(2005)』☆

遡って2日(金曜)。(確か)地上波再放送となる『ALWAYS/三丁目の夕日』を観た。
昭和33年の東京を舞台に、高度成長期“前夜”の下町の人々の暮らしをノスタルジックなテイストで描いた群像劇。

『ジュヴナイル(2000)』で鈴木杏と言う超強力な子役女優を世に知らしめ(?)、華々しい初監督作デビューを飾ったモノの・・続く『リターナー(2002)』が余りに大衆迎合的な“パチもんSF”に仕上がってしまい・・「このしと、もう沈むんかも・・」と不安になってたら、見事に“勝ち組”に返り咲いた! ちぅ起死回生っぽい作品でもあった。
と言うか、もはや同監督の代表作とし語り継がれることになるかも知れない1作と言っても良いかも。

今回は「続編公開記念」ってことで2時間半を超えるぐらいの贅沢な放送時間でお茶の間に届けられた☆

原作版(コミック)は全く読んだことがないのだが、昭和期の消費生活を大きく“変革”させたモノ&コトを巧い具合に脚本に織り交ぜつつ、複数の主人公を同時進行的に動かす演出はなかなか。かつ「分かり易い」のが良い☆

ちょっと難を言えば、登場人物名や配役陣に関しては、もそっと工夫した方が良かったかも?? と感じた。茶川竜之介、古行淳之介・・の名前はどうにも“駄洒落にしてはそんなに面白くないし”って感じで。。まぁ、どうやら原作に忠実らしいため、決して監督ひとりが悪い訳じゃないんだけどね・・

勿体なかったのは鈴木オートの奥さん(トモエ)役の薬師丸ひろ子。そつなく演じてくれてはいたものの、もう少し見せ場があっても良かったかも・・夫(堤真一)との間に「一平(長男)に、弟を作ってやろうか?」みたいなリアルな(?)会話が殆ど交わされていないような・・よそよそしい空気感がどうもねぇ(・ω・)

前回の鑑賞時(TVで、だが)は特に(キャラの)誰にも感情移入しなかったんだが、今回は「とある人物」の言動に妙にウルウルしっぱなしであった(⌒〜⌒ι) それこそは・・“アクマ”こと宅間医師を好演した三浦友和氏。

酔った帰りに※※※に※※されて「最も幸福で、最も残酷な夢」を見せられるシーン。あの幻想的な場面は(前回の鑑賞により展開を知っているが故に)泣けて泣けて仕方がなかった。
後半の別なシーン(クリスマスの夜)では居酒屋で「ああ、今日は楽しい・・実に、楽しい」と独りごつ宅間センセイであるが、ここなどは(醸し出す)雰囲気も、言い回しも、何だか“名優・笠智衆(故人)”がまるで憑依したかのような素晴らしい存在感を示してくれた。

ワタシの中では、三浦氏と言えば・・どうにも『潮騒(1975)』で、全裸で焚火を飛び越えるシーンぐらいしか思い浮かばなかったんだが(⌒〜⌒ι)なかなかどうして、イイ俳優さんになられたものである。

いかにも「今後の展開のフリになってるな」と思わせてくれたのは、作家・茶川(吉岡秀隆)に関する「今でこそ、下町の半ばうらぶれた駄菓子屋の店主に過ぎぬが・・実家は信州の名家」ってウワサか。まぁ、吉岡くん&信州と言えば・・まんま『阿弥陀堂だより(2002)』の印象も連想されるんだけど。。←尤も職業は違ってたけど

もう1シーン、もうコレは泣くでしょう(×_×) と言うのは、毎度ながら鈴木オートのひとり息子(←現時点では(=^_^=))一平少年の“右肘の継ぎ当ての秘密”であるなぁ。ここでやっぱり泣いて「ああ、俺にはまだ人間の心が宿っていたのだな」とか安心したりするのだった(←大げさな!)

淳之介少年(須賀健太)と別れた時の茶川の言動を眺め「失って初めて、人間は目覚めるんだよなぁ」などと、故・相田みつを氏のおっしゃってそうなことにも気付かされるのだった。

それにしても・・“氷屋”を演じたピエール瀧のあの冷え冷えとした眼・・アイツはその内に何か“凶行”に及ぶんじゃなかろうか?? とストーリーの向こう側に“流血”までも想像してしまったワタシは、やはりちょっと疲れてるのだろうか(⌒〜⌒ι)

※淳之介少年が空想する“未来世界のビジュアル”のインパクトがスゴい! 中でもスゴいのは、何と言ってもやはり“空飛ぶ市電(路面電車)”であろう! ノーベル賞学者の江崎玲於奈博士が「真空管をいくら研究しても、トランジスタは生まれない」なる持論を何度も講演などでおっしゃっているが、まさにそんな“真空管突き詰め発想”の終着点とも言えるアイデアであろう(・ω・)
まぁ、円谷プロの特撮ドラマ『ウルトラQ(1966)』では、小田急ロマンスカーが夜空を飛んでたけど・・

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2007年8月11日 (土)

☆『GHOST IN THE SHELL/攻殻機動隊(1995)』☆

5日(日曜)夜。衛星第2で連夜(5日〜12日)、特集の組まれている「アニメギガ・スペシャル/とことん!押井守」の第1夜を飾った作品『攻殻機動隊』を観た。
「明朝、また1週間の勤務が始まるしなぁ・・」とか「結局、カントクの独りよがり的難解世界に付き合わされてとことん!疲れるだけやろなぁ・・」とかネガティヴな妄想ばかりが脳内に渦巻いてしまったものだが、いざ観始めると、見事にハマってしまった(・ω・)>

冒頭で「企業のネットが星を被い、電子や光が駆け巡っても、国家や民族が消えてなくなるほど情報化されていない近未来」とテロップ解説される、2030年ごろの「アジアの一画にある企業集合体国家」を舞台とし描かれる「電脳(サイバー)犯罪」を巡る攻防の物語。
どうやら、具体的に説明されてはいないものの、近未来の日本の姿(やや無国籍風)が映像化されているようだ。

正体不明の国家的電脳テロリスト“人形使い”と、それを追う公安9課(俗称:攻殻機動隊)の面々。この辺りのエッセンスのみをまとめると、どうにも複雑怪奇で、アクション性に乏しく、男だらけの無骨なドラマ世界が連想されるモノだが・・主人公である隊長役が女性キャラ=草薙素子(くさなぎもとこ)少佐と言うこともあり、意外に「小集団によるスマートでテンポの良い脚色&展開」に仕上がっている。

改めて観返すと、予想以上にその進行が早く、中盤を過ぎてすぐに「最後のバトルフィールド(←過去のプレイステーション用ゲームソフト『メタルギア・ソリッド(1998)』のラストに酷似したバトル空間だった・・ま、こっちが影響されたのかも知れないけど)」にハナシが移るような印象だった。

今回、微笑ましく思えたのは、素子隊長=“少佐”と彼女を補佐する巨漢の隊員・バトーのやり取り。
一見、ドラマの(スピーディーな)進行のテンポを下げるような“ダレ場”に思えたダイビングのシーンなど・・まさに2人が「支え合い、好き合っている」そんな風にしみじみ実感出来た。
劇中では「復活(再生、修復)可能な義体(サイボーグ)兵器」なる立場を最大限に踏まえてのことか、突出して“少佐”の危険任務が多いのである。アジト突入、要人暗殺、凶悪犯逮捕など・・。
で、彼女が任務ごとに「光学迷彩」なる特殊技術で全身を透明化させる訳だが、この時に決まって“ヌード”となるのである。
作戦完了時、現場に駆け付けたバトーが“少佐”の背後からコートなんかを着せてやる行為に「優しくていいヤツなんだなぁ」と思わされた。
何故って、それは義体である彼女を「人間」と捉えているが故の“自然な気遣いの行為”に他ならないから。

また、余暇のダイビングを終えた“少佐”がボート上でスーツを脱いで着替える姿(裸の背中)を眼にしたバトーは「バツ悪そう」に背中を向けたりもする。コレだって、眺める方も、眺められる方も、極端に言えば「人間」ではない、とも言えるのに。

終盤で、それまで素子を「少佐」と呼んでいたバトーが、彼女の名前を叫ぶシーンも良い。
あそこで全編を通じ、唯一バトーが垣間見せた「油断による恋心の露呈」を描きたいがため、押井カントクは本作を映像化する決意をしたんではないか、などと邪推もしてみたり(・ω・)

ってことで、今回は犯罪シーンやアクション(バイオレンス描写含む)の数々より、素子&バトーの“秘めたるラブシーンの数々”を「エエなぁ〜」「エエなぁ〜」とうっとり眺めてしまったワタシなのである(・ω・)

〜 こんなことに気付いたりも 〜

■義体は「チタン製」らしい。で、素子の(ボディの)バスト部分は、ラインに沿う形でチタンフレームが構成されていた・・即ち、、“少佐のバストは硬い”と推測出来そうだ。。
■“少佐”が高所から飛び降りるシーンでは、着地時に地面が大きく凹んだり割れたりする。。めちゃ重いんや・・
■義体の後頸部にはプラグ穴が4ヶ。『マトリックス(1999)』では1ヶでしたな(・ω・)
■マーケットで乱射したり、大暴れする犯罪者。そんな彼が「28歳」と知りびっくり! ・・もっと老けてると思ってたぞ(・ω・)
■バトーの放つ「世論が納得するなら・・」なるセリフに「世論まではまだ支配されてない時代なんや」と妙な安心感を覚えた。
■「光学迷彩」は体温(の感知)までも抑えられるのか? ちょっとムリがあるように感じた。
■“少佐”の「最も人間らしい動作」は・・冒頭における「目やにを拭う」アレ。つまりは「分泌機能がある」ってことやね! すごい!
■本作における「生身の人間」とは・・「赤い血の流れてる、ゴースト(自我、自意識)を有するヤツ」と定義出来そうだ。
■中盤の(風景)イメージ映像(←ここでの一連のシーンは素晴らしい!)で、橋の上に“イノセンス犬”を視認した☆
■バトーのセリフ「良心的な運ちゃんから「人をはねちまった」って通報が入ったのさ」より、未来社会では「当事者からの事件通報の珍しい時代」に突入してることがうかがえた(⌒〜⌒ι)
■オペレータの女の子。とても可愛いけど・・義体だったみたい(×_×)
■“少佐”の衝撃セリフ(?)「生理中だからよ」は、やっぱりサイボーグならではの「頑張って放った、お硬いギャグ」なんやろか(・ω・)
■“人形使い”のセリフ「君と、融合したい・・」にズキュ〜ンとハートを射抜かれてしまった(・ω・) とってもエロチックなセリフでおますなぁ・・

〜 こんな思想/理論もありました 〜

・集団の、特殊化・機能化・画一化の果てには「緩やかな死」があるのみ
・「自分」とは、或いは形成された“模擬人格”に過ぎないのでは?
・DNAもまた、自己保存のためのプログラムに過ぎない
・医学は未だに“生命”を定義出来ないでいる
・コピーでは“個性”や“多様性”が存在し得ない

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2006年12月17日 (日)

☆後半だけ観ました『NaNa(2005)』☆

11日(月曜)、仕事後にちょっと寄るところがあり、帰宅したのは22時前だった。そこからで、地上波初登場の邦画『NaNa(ナナ)』のTV放送をだらっと流し観た。途中からなので、中盤までの流れが全く分からないし、そんな鑑賞では「観た」とは言えないだろうが、ちょこっとまとめてみたい。

とにかく眼を引いたのは「出演者が豪華やんか」ってトコだろう。私的には取りあえず「宮崎あおいさん目当て」ってのがあったが(=^_^=)、松田龍平、それに『DEATH NOTE(デスノート)(2006)』の主役の1人として目立ってる松山ケンイチの“ちゃんとした容貌”が確認出来た意義も(ある意味)大きかったかも(・ω・) あの作品では役作りし過ぎてて(?)俳優としての「素」の部分が良く分からんかったもんで。。
続編『NaNa2』が劇場公開されているが、キャスト的には「前作からの(俳優陣の)変更はかなり辛いイメージダウンかも」と思ったり。
原作を知らないので、雰囲気が再現出来ているのかは何とも評価できないが「眉毛なさげ!」「禿頭にサングラス!」「唇と耳をチェーンで繋いでる!」とインパクトの強いキャラでガッツリ揃えてる感じで、確かにその辺りから「コミック原作な雰囲気」が漂っては来る。

後半は中島美嘉の演じる方のナナの印象が強かった。。ひょっとしたら前半は宮崎あおいナナが主人公だったんやろか? ←もしそうなら、まるで前後半で主役キャラの変わる『運命の女(2002)』みたいな演出やね。。
「不釣り合いな感じ(?)の女の子2人の友情を描く」と言うより「引きずって来た過去(の恋)にけじめを付ける女の子とそれを応援する女の子」みたいな流れだと感じた。
まぁでも、ベテラン俳優がストーリーにのしかかって来て、世界観がほつれ始める・・みたいな邦画にありがちな「特別(友情)出演俳優起用系自壊(≒崩壊)」が全くなかったのは良い☆
物語の持ち味であろう「疾走する流れ」がラストまでほぼ貫かれてたし。登場人物みんな若いし。
ストーリー自体も「斬新でもなく、大きなメリハリもない」ものの、気合い入れて観るでもなく、気楽に「青くて軽くて温かい、そんなノリ」を流し観れる、それでいてどこか吸引力がある、そう言う「作り手側の狙い」が奏功してたように感じた。

私的にはシェークスピア劇『マクベス』における(魔女たちによる)「奇麗は穢(きたな)い、穢いは奇麗(fair is foul, and foul is fair.)」なる名台詞をもじって・・「強いは弱い、弱いは強い」なる言葉を「本作の主要なテーマのハズや!」と勝手に決め打ちたいっ。
・・ってかそこまでエラそうに言う前にちゃんと全編通して観たれよ、と(=^_^=)

追記:劇中で「ハチ」なるキャラ名がしばしば登場し、最後まで誰のことやら分かんなかったのだった。。これを書いてて、ネットでようやく知りましたわ(⌒〜⌒ι)

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2006年10月28日 (土)

☆『DEATH NOTE【前編】/ディレクターズ・カット特別篇(2006)』☆

27日(金曜)。「金曜ロードショー20周年特別企画」としTV放送されたものを観た。
「そこに名前を書かれた人間は死に至る」と言う禁断のアイテム“DEATH NOTE(デスノート)”を軸(小道具)に、知的犯罪者と謎の探偵が「究極の知能戦」を展開する・・みたいな“マンガのような”ストーリー・・と言うか原作はコミックなんだけど(・ω・)
以前から原作版に関し「裏の裏、先の先までを読んだ凄まじい知力戦が繰り広げられる!」的なモノ凄さを聞いてたような気がするんで、そのエッセンスを凝縮した映画版ってばやっぱしスゴいんやろなー・・とちょっぴり期待していたのが、
「意外とこぢんまりした世界やったなぁ」と言う感想が正直なトコだろうか。

主人公・夜神月(やがみらいと)(藤原竜也演じる)が「いきなり妙なノートを拾った」り、「そのノートの注意書きは英語で書かれてた」り、「ノートへの記載は日本語で全然OKだった」り、「登場人物のネーミングがどうも社会通念的に珍妙だった」り、「比較的、拳銃を所持した人間が都内にごろごろしてた」り、「警察組織全体が探偵L(える)(松山ケンイチ演じる)に依存するばかりで、その他の社会的識者が全く登場しなかった」り、「中盤に発生するバスジャック事件の運転手を演じてるのが田中要次だった」り、「安楽椅子型探偵か!? と思わせるLが終盤、いきなし(無意味に)戸外を動き回り始めた」り、「マスコミがとにかく後手だった」り、とちょっと脚色&演出の面で「すこぶる甘い」気がする。・・と言うか、ファンタジーから現実に壁を越える時点でムリがあるんだろうか?(劇場用アニメーションならまだ鑑賞に堪えた気がする)

パーツとして連想したのは下記の作品群だろうか。むろん私見に過ぎないが・・

・コミック『夢戦士ウィングマン』 ・・ 小道具の「ドリームノート」
・映画『リング(1998)』 ・・ 相次ぐ「心臓マヒ」死
・コミック『鉄人28号』 ・・ 少年探偵1人(ごとき)に全く頭の上がらない警察機構
・映画『バットマン(1989)』 ・・ ちょっと異常な2人(バットマン&ジョーカー)による、外野を無視したはた迷惑対決
・映画『AKIRA(1988)』 ・・ 不可解な存在を「宗教的に崇拝」する人々
・ドラマ『刑事コロンボ』シリーズ ・・ 犯人側の視点で描く手法

世界規模で犯罪者が次々に怪死する序盤。「おおお、もの凄い風呂敷の広げ方や!」と驚いてたら、特に全米規模にハナシが拡大する・・こともなく、殆ど(東京)都内オンリーで物語が進行したり(⌒〜⌒ι)
探偵Lの助力により、警察はいよいよ怪死事件を引き起こしている張本人と思しき“救世主キラ”の正体に迫る訳だが・・
「いやまて、たとい追い詰めても“凶器”と“アリバイ”の壁はどう崩すんだ?」と素朴に思ってしまう。

興味が湧き、ネットでちょこっと調べてみた感じでも

・因果関係が証明できなければ裁けない
・超自然的な要素が科学的・心理的・物理的に解明されていない以上、現在の法では裁けない
・犯罪が成立したことを証明出来ない限り「疑わしきは罰せず」で推定無罪となる。ただし犯罪行為を再現してみせれば犯罪の確定する可能性はある

って感じで、裁く(=立証する)には微妙に力不足な感じがするし。
・・って言うか「ノート」の存在以前に、「ノートの所有者にのみ姿が見える」とされる“死神リューク(声:中村獅童)”がリンゴを食った時、それが「現実の空間から消えてしまう!」ちぅ現象をどう説明、証明したら良いのか、その辺も意外に大事やと思います(=^_^=)

そういや、ナニを勿体付けてるのか(・ω・)放送中、常に「金曜ロードショー」なるロゴが画面右上に表示されてたっけ。「もそっと潔く行こうぜよ」と小さく突っ込んでしまったりした(=^_^=)
んでも、こんなしょぼい描かれ方をされてしまっては、ICPOもFBIも納得しないんじゃないだろうか・・

他に気になったこと
・救世主の名「キラ」って・・もしや「Killer」から来てるんだったり?
・AppleのノートPC「PowerBookG4」が登場☆ 既に「心臓部」も「処理速度」も旧世代のものですが(⌒〜⌒ι)
・FBI捜査官のレイ・イワマツ氏。どうにもマコ岩松(故人)の名が脳裏を飛び回るんですけどっ。
・地下鉄内(←福岡市営地下鉄でのロケらしい)で葬られる犯罪者のとある男。「眠るように死ぬ」・・ってのが何だか安らかでええやんか。ピンピンコロリ(PPK)を実践☆ って感じやね。
(映画『コラテラル(2004)』のト※・クル※ズも羨ましがるかも(・ω・))
・夜神月と恋人・秋野詩織(香椎由宇)の2人って・・ラブシーンが殆どなかったんですけど。
・エクスーゾ・ケナックってどんな画家なんだぁ?
・劇中に登場する「欧名(おうめい)美術館」って「青梅(+国際?)美術館」のパロディなのか?
・7日間に渡る、隠しカメラによる監視映像。「死神リュークの映像解析」はどうしてもムリなんやろか。

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