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2013年3月25日 (月)

☆我がクルマとの別離☆

3月23日(土曜)。

諸般の事情から、遂に愛車=レガシィ(セダン)を手放す事に決めた。

「2年オチ、走行距離=約3万キロ状態」の、(やや過走行ながら)程度の良い“どノーマル車”を購入したのが、平成13年(2001)の暮れ頃だったように記憶しているので、かれこれ11年以上もの長い付き合いだった。

東は軽井沢界隈、西は宮島界隈まで走った事もある。

こちら(=讃岐エリア)にやって来てからの3年半ほどの間は、都合のつく限り、週末に高松~大阪間を往復しまくったモノだった。

そんなこんなで、最終的な総走行距離は・・何と17万9千キロを超えるに至った。

昨夏には車検も済ませたばかり(?)だったのだが、その頃から土日に運転する機会が眼に見えて激減したのも事実だった。

年明けには、とうとう(メンテナンスを半ば放棄してた)バッテリーが昇天してしまい、新品に換装したのも記憶に新しいトコロである。

・・

この日は“ラストドライヴ”と銘打ち、久しぶりに淡路島をのんびり縦断しつつ大阪市内へと向かった。

18万キロに迫らんとするエンジンも、そしてボディも・・全く“老い”を感じさせる事はなく、いざ思いっきり右足(のペダル)を踏み込んだ時などは、スムーズな加速で「ぬおわ」を超える速度域まで、運転者に何ら不安を感じさせる事もなく誘ってくれた。

辿り着いた大阪市内の某ショップにそそくさとレガシィを引き渡し、今日のドライヴは「あっけなく」も終わりを告げた。

最後まで「乗りこなし切ったな」と言う心境には至らず・・ これだけの年月、距離を乗ってさえ、まだまだ「(このクルマの)総てを引き出したぞ」と言う満足感にはとても浸れなかった。

そんな事で、帰りは高速バスでトボトボ帰松しつつ「次なるパートナーの潜在能力を引き出すなんて、この程度の技量で叶うんだろうか?」としばし途方に暮れてもしまうワタシだった・・

My_lega

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2013年3月10日 (日)

☆『ライフ・オヴ・パイ/トラと漂流した227日:3D吹替版(2012)』☆

2月23日(土曜)の夜、市内のシネコン“ワーナー・マイカル・シネマズ高松”で観たのは、3D映像仕立ての冒険モノ『ライフ・オヴ・パイ/トラと漂流した227日』である。

2001年に発表されたカナダ人作家=ヤン・マーテルの小説『パイの物語』を『グリーン・デスティニー(2000)』『ハルク(2003)』『ブロークバック・マウンテン(2005)』のアン・リーが監督。

正直、余り期待してなかった本作だが「CG技術がスゴい!」って言う評判が気になったのと、上映時間=127分をどのように「漂流生活のみ」で描くのか、その凄まじき(?)脚本力を味わいたかった次第(・ω・)

若きカナダ人作家は「船乗りの間で“伝説”となっている人物」に面会し、次なる自作のアイデア&エッセンスを得ようとする。その男の名はピシン・モリトール・パテル。

今や中年になってしまったこの穏やかな男(イルファン・カーン)は、自らが16歳の時に体験した海難事故と、どのようにしてそこから生還したのかを作家に克明に語って聞かせる。

驚くべき“漂流生活”を227日間も続けたパイ(=パテル)少年だが、その物語には「2通りの解釈」が少なくとも存在するのだった・・

久しぶりに「3D眼鏡」を着用し鑑賞。(3D仕様とセットでの)吹替版だったため、それはそれで「CGアニメーション」を観てるような不思議な気持ちになった。それにしても、レイトショーなのに追加料金の発生するのがハラ立つなぁ・・(・ω・)

ガッカリさせられたのは、中盤ぐらいまで「パイ少年の生い立ち」やらがダラダラ綴られる展開。「別に3D仕様にしなくてイイじゃん!」と感じたのは、ワタシだけじゃなかったろう。

インド・ポンディシェリで動物園を経営していたパイのファミリーは、動物たちと共に、新天地=カナダを目指し出航する。だが、彼らの乗る日本船籍の貨物船「ツィムツム号(TSIMTSUM:原作小説では「ツシマ丸」)」は(寄港先の)マニラを出航して4日後、太平洋の真ん中で海難事故に巻き込まれる。

家族を乗せたまま船体はマリアナ海溝へと沈んで行く・・ 辛うじて一命を取り留めたパイ少年は、1艘の救命ボートの上で「オランウータンの“オレンジジュース”、ハイエナ、脚の折れたシマウマ、ベンガルトラの“リチャード・パーカー”」と共に、大海原を漂流する事になる。

さて事で、物語の半ばから「事故⇒漂流」の設定がようやく動き出すワケだが、パイと共に漂流を開始した動物が、アッと言う間にベンガルトラ1頭だけになってしまうのも印象深いモノがあった。

劇中最大級(?)のジレンマとして「1艘の救命ボート上で(獰猛な肉食獣である)ベンガルトラとどう“共存”してくのか?」ってテーマが終始描かれるんだが・・それすらもダラダラ物語に付き合って行く内に(観てて)緊張感の持続出来なくなって来る自分に気付いた(=^_^=)

まぁそう言った“ダレ場”に「後半のとっておきのロケーション」である“謎の浮島”が登場するワケなんだが・・(・ω・)

見所の1ツは、救命ボート内の動物が、総てCGで再現されていたって点だろう。早々にトラ以外の動物はいなくなってしまうんだが、逆に言えば「トラの完璧な描写に資金&映像技術を総て投入するため、他(の動物)をさっさと“退場”させた」ってのが“オトナの事情”ってヤツだったのかも知んない。

その他に、巨大クジラ、ミーアキャット、巨大マグロ、トビウオの集団などが出て来るが、そのいずれもが重量感(存在感)溢れる再現ぶりであり、驚かされた。

ただ・・ワタシ自身はCG表現だけに限って観に行ったワケでもなく、総合的な評価は「何か物足りない」「何処かスッキリしない」と言う辺りに留まってしまうのだった。

で・・後になって「このスッキリしなさは何だったかな~?」と記憶を辿りながら思い出したのは

「あ、チャン・イーモウ監督の『HERO(2002)』を観終わった時がコレだったわ!」って事である(=^_^=) あの作品も「真相がハッキリしない(観客に丸投げされる)」って点では本作と共通してた。

本作の場合「ベンガルトラと同じボートで漂流を続けた」って点が一番肝心なトコなのに、そこを「さぁて、真相はどぉなんでしょうねぇ?」とはぐらかされたら、困ってしまうワケなのだ。

と言う事で、動物CG表現としては「現時点で最高レベルの映像」を提供してくれた事は認めるが、それが何処まで作品全体を救えてたか? と言えば・・なかなかに厳しいトコがあったように思う。

~ こんなトコも ~

・“謎の浮き島”を横から眺めると・・まさに「寝姿の観音像」のようだった。

・名優=ジェラール・ドパルデューの出番って・・たったのあんだけ?

・日本の貨物船なのに、何だってあんなおかしな船舶名だったの?

・当初、ボートの(約半分を占める面積の)幌の下で「ベンガルトラとハイエナがしばらく身を寄せ合ってた」としか解釈出来ない時間(シーン)があった。

・本作の監督を巡ってはM・ナイト・シャマラン、ジャン・ピエール・ジュネらの名前も挙がってたようだ(ウィキ情報より)

・当初、カナダ人作家役はトビー・マグワイアが演じる予定だったらしい(コレもウィキ情報より)

・成人したパイの声をあてたのは本木雅弘氏だった! 気付かなかった!

・メキシコの海岸に漂着後、トラはジャングルに消えて行ったが・・別な被害が色々と生じたんじゃなかろうか?

・「宗教観」「哲学思考」を押し付けて来るようなパイの言動には、抵抗感を覚える観客も少なくないんじゃなかろうか?

・ラストで「最後にトラが飛び出てインタビュアーを襲う」みたいなレスタト(演:トム・クルーズ)っぽいサプライズシーンが欲しかった(=^_^=)

・結局、沈没の原因は何だったんだろう?

・動物たちの存在が“隠喩(メタファー)”だったとすれば・・クジラ、ネズミ、トビウオはそれぞれ誰を意味してたんだろう?

・つまり作家は「ホラ話の伝承の片棒を担がされる」羽目になるんやろか?

・「海上」「海中」を自在に動き回るカメラワークもスゴかった!

・予告編で効果的に使われてたコールドプレイ(ColdPlay)の曲“パラダイス(Paradise)”は、最期まで流れて来なかった(×_×)

・「リアルな物語」の裏側には、やはり“カニバリズム”が濃厚に流れてたんやろね、、

・バナナの束ってば海面に浮くんやろか?

・「樹の上に登ってたら大丈夫」って言うのも安直過ぎる気がするけど・・

・トラが1日に食べる餌の量(1日に肉5キロ)から考えるに・・ちょいと(設定に)ムリがあるんでは?

・トビウオの集団が飛んで来た際、パイ少年の背中や腕に銀鱗が多数付着して行く演出がリアルで良い。

・オレンジ色の救命ベストに「大人用」と漢字で書かれてて、ちょっとホッとした(=^_^=)

・ミーアキャットにしたら、恐ろしい侵略者が2頭も上陸して来たワケで・・災難やね(×_×)

~ こんなセリフも ~

パイ「カルマの法則・・神の御意思だよ」

  「恐いのはパニックさ」

  「まだ、何が起こるか分からない」

  「話を聴いたら、神を信じたくなる」

  「僕は話すだけ・・信じるかどうかは君の判断に任せる」

  「神は“不可解な行動”を取る」

  「信仰には疑念もある だが疑いを経て信仰心は強まる」

  “(トラを友人だと思う気持ちは)自分の感情の反映に過ぎない”

  「もっと降れ!」

  「心配するな。お前の息子は僕の父さんと母さんが探してくれる」

  「神様、もう降参します! 何でも受け容れます!」

  “ステップ4・・ステップ1~3は効果なし”

  “飢えは人間を愚かな行動に走らせる”

  “トラを飼い馴らす事は出来ないが、訓練する事は出来る”

  “小さな日課が、こんなに大切なものだとは知らなかった”

  “面倒を看るのは生き甲斐”

  “何を置いても希望を棄てないように

  「降参だ! これ以上何が欲しい?」

  「神様、生命を呉れて有難う・・“準備”が出来ました」

  “この島は・・昼は与え、夜は奪う”

  “死ぬ覚悟で、再び文明を目指した”

  “彼と友達にはなれなかった”

  “私をみる時、彼の眼に宿った感情は本物だった”

  “さよならを言えなかった別れは悲しい”

  「何故、それに意味がなきゃいけない?」

  「コックは野蛮だが、知恵があった」

  「僕は・・悪魔だった」

  「好きに書けばいいさ。もう“君の物語”だ」

  「ハッピーエンドになるかは君次第だな」

パイの父「神話やロウソクの光に惑わされてはいかん」

    「同時に総てを信じる事は、何も信じないのと同じだ

    「宗教が何を教えてくれた?」

    「道が多いのは、迷うだけだ」

    「理性的に考えるきっかけを持て」

    「トラを友達とでも思ってるのか?

     トラは動物で、お前の友達じゃない」

パイ「“信じ難い話”だろ?」

作家「・・言葉もないよ」

パイ「君は“どちらの物語”がいい?」

作家「トラの方だ・・神の物語もいいけど、動物の出る話がいい」

パイ「・・有難う」

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☆『ふがいない僕は空を見た(2012)』☆

コレもまた、随分と前の鑑賞・・(・ω・)

2月22日(金曜)の夜。商店街の中にあるミニシアター“ソレイユ”の「レイトショー」で鑑賞したのは、そこそこに話題性もあり、ネットでの評価も高めだった『ふがいない僕は空を見た』である。

再オープンしたばかりの「ホール・ソレイユ(4階)」での上映かな? と思いきや・・これまで通りの「ソレイユ2(地下)」だったので、当初“何となく”4階に向かったワタシは、係員さんに「今日のこのシアターでの上映はもう終わったよ」みたいな事を言われ、瞬間的にかなり焦ってしまったモノだった(⌒~⌒ι)

“2011年・本屋大賞2位”に輝いた、窪美澄の同名小説を原作に、女流監督=タナダユキがメガホンを執った「R18」指定作品(因みに大賞は東川篤哉氏の小説『謎解きはディナーのあとで』である)。

不妊に悩む主婦と、彼女とコミックマーケットで出逢った高校生の不倫関係を軸に、そんな2人を取り巻く周囲の迎える苦悩、そして再生への道が描かれる。

母親=寿美子(原田美枝子)の経営する助産院が自宅である高校2年生=斉藤卓巳(永山絢斗)は、友人に連れられ出掛けたコミケ(=コミックマーケット)会場で“あんず”と名乗る主婦=岡本里美(田畑智子)と知り合う。

程なく2人は里美の家族に隠れ、彼女の自宅(マンション)で“コスプレ(=コスチューム・プレイ)姿での情事”に耽るようになる。

やがて、2人の性行為を“隠し撮り”した映像や画像が、ネット上に多数バラまかれる事になり・・2人のみならず、その周辺の人々までもが「直面する厳しい現実」を改めて突き付けられる事となる・・

正直に告白すると「田畑さんの“体当たり演技”が観たかった!」ってのが、大きな鑑賞理由でした。すんませんッ!

で、その辺りを「ダラダラと」描くんかな~ と思いきや・・物語は前篇・後篇にキッチリ分かれてる感じで「物語のテーマ」も「主人公キャラ」もガラッと一転するテイストに仕上がってた点に驚かされた。

「誰がネット上にプライベート動画をバラまいたのか?」と言う部分の“謎要素”はストーリー上でさほど重要ではなかったらしく、その辺りのミステリー性には重きが置かれていなかった。

それ以上に「奇跡的に始り、いつまでも続くと思われた“最良の関係”と言うべきモノが、如何に容易く崩れ去るものか」って事が、劇中に「色んなパターン」でもって、我々観客に何度も襲いかかるのである。

ストーリーの大部分で「別離・喪失」が描かれる一方「物語中で誰も死なない」って演出には「“ありきたりな悲劇パターン”に逃げ込んでおらず、スゴいな~」と心から感心させられた。

田畑さんに関しては、眺めてて「痛々しくなる体当たりシーン」と言う訳でもなく、案外寛いで拝見出来たワタシだった。

私的には「コスプレ姿」と言うのには殆ど関心がなく、どちらかと言えば「ベッドルームに監視カメラ(=見守りカメラ)が仕掛けられてるのを承知の上で、より激しい(全裸での)性行為を繰り広げる」と言う開き直った“あんず”の言動にこそ、少なからず興奮を覚えてしまった(⌒~⌒ι)

主役格の2人(永山&田畑)を喰っちゃおうか的な勢いで、存在感を発揮してたのは、里美の義母=マチコ役を演じた銀粉蝶さんと、卓巳の親友=福田のバイト先であるコンピニの先輩=田岡役を演じた三浦貴大くん。この2人には、助演女優&男優賞を差し上げても良いぐらいである。

しかしながら・・あんなにも強烈な個性を放っていた人たちでさえ、物語の進行と共に「此処でない何処か」へと静かに去って行くのである。「挑発的な作品」と思い、身構えて観に行った本作に於いて、こんなにも切なさや喪失感を与えられるとは思わなかった。

さほど世界観の大きな物語でもなかったワケだが「貧困」「友情」「家族」と言った“誰にとっても身近な要素”について、しっかり考えさせてくれる「良作」であったと評したい。

~ こんなトコも ~

・田畑さんの囁くようなセリフ「パラレル・プリンセス・ヴァージョン・アップ」の音声データをネットで死に物狂いで捜してしまう俺がいて(恥)

・「こんなトコから早く抜け出しちまえ」と福田の背中を押す田岡に『グッド・ウィル・ハンティング/旅立ち(1997)』に於けるベン・アフレックのイメージが重なった(=^_^=)

・そんな田岡くんは“ムエタイ”とかが得意そうなヴィジュアルだった。

・共通するイメージを感じたのは『天国と地獄(1963)』『東京タワー/Tokyo Tower(2005)』『人のセックスを笑うな(2008)』辺りだろうか。

・『悪の教典(2012)』よりもある意味深くて恐かった本作・・

・友情の皮を1枚めくると・・案外、冷酷無比な感情がそこに流れてるのかも知んない。

・劇中に表示される「独白」みたいなメッセージが印象的だった。

 “その日から、俺の頭の中はあんずの事でいっぱいになった”

 “こんな気持ちのいいセックスの果てに子供が産まれるとしたら、

  それは何て幸せな事なんだろう”

 “どうか今夜、あの人が寒い想いをしていませんように。

  僕は意地悪な神様に1度だけ祈った”

 “神様、どうかこの子を救って下さい”

 “僕たちは、僕たちの人生を本当に自分で選んだか?”

・ソフト化の折には劇中アニメ『魔法少女マジカル☆リリカ』関連の映像特典なんかも封入しといて欲すい(=^_^=)

・人生で1度ぐらい「あの人、超ムラマサじゃない?」だの「ムラマサ、入ってますよね」だのと言われてみた・・かっ・・た・・(ガクッ)

~ こんなセリフも ~

卓巳「俺も・・松永とおんなじだから」

  「好きってだけでつとまる仕事じゃないよ、助産師」

  「あんずさんって分かんなかった、コスプレしてないから」

  「だって・・あんずが笑うと“中が響く”し」

  「お前・・“厄介なもん”くっ付けて産まれて来たなぁ」

里美「早く冬休み来ないかな・・そしたら、朝から会えるでしょ?」

  「出来たら絶対産むよ・・なんて言わないから」

  「そろそろ旦那、帰って来るから」

  「私だけが悪いの?

  「あんたは絶対、此処に戻って来るんだから!」

  「・・呪ってやる」

  「もっと舌、尖らせて」

  「・・美味しくない」

  「人生で一番巧く描けた“ムラマサ”・・私の理想の人」

  「あんまり強くしないで・・生理前だから」

  「・・脱いで」

  「いいよ、出して・・大丈夫だから」

  「また逢ってくれない? 逢ってくれる?」

  「ごめんなさい・・1人にして」

  「あんず、いい子にして待ってました」

  「アメリカに行くの、私・・ウェストヴァージニア」

福田「バカだなぁ・・あいつ」

  「いつも弁当、済みません」

  「何だかエラい事になってるぞ・・

   誰かがお前の“何かヘンな写真”バラまいてて

   ・・あの女、誰?」

  「自分だけ不幸なフリしてんじゃねぇよ!

  「ねぇ・・何で俺、産んだの?」

  「堕ろせば良かったのに。

   ・・“自分の都合”だけで俺を産まないでよ」

寿美子「仙骨だからね」

   「一番大切な事は、夫婦の仲が良い事」

   「赤ちゃんってね、全部見てるのよ、お腹の中で」

   「時間のかかるのは“お産の証”だからいいの」

   「思ってる以上に子供は死ぬの・・どんなに手を尽くしてもね」

   「卓巳、生きててね。あんたも生命の1ツなんだから。

    生きて、そこにいて

光代「ホントの事、言いたくなる時ってないスか?」

  「やっぱり先生、腹黒いスよ」

  「オトコ、知ってんの? この事」

  「“中絶出来る時期”なんてとっくに過ぎてんだよ、バカ野郎!」

  「この世にいるんスかね? “バカな恋愛”した事ない奴なんて」

マチコ「今から朝ご飯? 遅いのねぇ」

   「出来る事は全部やってみない?」

   「“3年子なしは去れ”と昔は言われたものよ」

   「ねぇ・・何で出来ないの?」

   「結婚させるんじゃなかった」

   「あんたなんて“外れクジ”よ」

   「子供がいないから“こんな事”になるのよ」

   「女は暇を持て余してるとロクな事しないもんよ」

   「アメリカにいい病院があるのよ」

田岡「これじゃ“アナザー(another)”じゃなく

   “アナター(anater)”だよ」

  「お前さ、今のままじゃ、まるっきり“丸腰”じゃん」

  「大卒のステータスぐらい装備しろよ」

  「(お前に)教えてる奴が無能なんだよ」

  「じゃあさ、勉強しようか?」

  「入院させた方がいいな・・もうお前の手には負えねぇよ」

  「こんな暇なもんより“最短であの団地から抜け出る事”を考えろ」

阿久津「どうでもいいけど、ウチらどう足掻いたって

    こっから抜け出す事なんて出来ないかんね」

有坂店長「ルンペンに喰わせる弁当はねぇ」

    「バカしかいねぇな、この街は」

福田の母「父さんの母親だもん、私が面倒見る義務ないじゃん」

    「ほっとけばそのうち・・死・・」

卓巳「いい娘で待ってたかい? あんず」

里美「はい、ムラマサ様」

卓巳「ダメだ・・ヤバい」

里美「いっぱい出していいよ」

卓巳「ねぇいいの? いつもコンドームつけなくて」

里美「大丈夫、計算してるから」

卓巳「もう来ないから・・じゃあ」

里美「ヤだ! ダメだから!」

卓巳「こんなの、何が面白いの?」

里美「・・現実、見なくていいから

卓巳「冷やしちゃダメだよ、此処は」

里美「どうしてそんな事、知ってるの?」

里美「今までありがとね」

卓巳「・・置いてかないでよ」

里美「もう“お家”へ帰らないとね」

阿久津「ヤバいのは動画の方でさ・・何つうの・・」

松永「そのサイトのアドレスも頂戴」

阿久津「観たいんだ・・そっか」

松永「だって、まだ好きだから」

福田「何で俺を助けるんですか? “施し”みたいなもんですか?」

田岡「俺は、本当はとんでもない奴だから、

   それ以外のトコではとんでもなくイイ奴になんないとダメなんだ」

寿美子「お祈りしてたら、息子に会っちゃった」

卓巳「何、祈ってんの?」

寿美子「子供の事。あんたの事も。

    世界中の子供、これから産まれて来る子に、

    産まれて来られなかった子に。

    生きている子も、死んだ子も、全部」

母親「そんなに気になるなら、自分で確かめれば?」

父親「今の俺は父親としてダメ過ぎる」

母親「だったらそんな事、訊かないで!」

追記:世界中から「カエル顔」と言われても、田畑さんの1ファンでありたい!(←なら「取って付けた」ように追記扱いで書くなよ!)

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☆『アイアン・スカイ(2012)』☆

ハナシを遡ること、約1ヵ月・・(⌒~⌒ι)

2月13日(水曜)。

平成22年(2010)2月19日から“休館状態”の続いていた、商店街の中にあるミニシアター“ソレイユ”の上層階シアターが、1月26日(土曜)に“再オープン”を遂げたワケである!

これにより“ソレイユ”は地下階の「ソレイユ2」(=従来の劇場)と、地上4階にある「ホール・ソレイユ」の2館体制での上映が3年ぶりに叶う事となった! 因みにワタシは「雰囲気面ではソレ2」が好きなんだが、携帯の電波が入らない点から、やはり「ホルソレ」の方が、どちらかと言えば嬉しい気がするのである。

“再オープン”を果した「ホール・ソレイユ」で観たのは、(当地で)公開が始ったばかりの『アイアン・スカイ』である!

しかし、、作品そのものにはかなり期待値を高めてたものの、肝心の集客面では(正直)余りシアター内が賑わっておらず残念だった(×_×)

2018年、月面。

再選を目指す合衆国初の女性大統領は、キャンペーンの一環とし、2名の宇宙飛行士を「リバティ号」に乗せ、月面に送り込んだ。

同僚サンダースと共に「月の夜側」に降り立ったファッションモデル=ジェームズ・ワシントン(←50年ぶりの黒人飛行士)は、巨大なクレーターの中に“あるハズのない建造物”を発見する。

それこそは、ドイツ(=第3帝国)崩壊時(1945)に地球を脱出した残党らによる“ナチス第4帝国”の造り上げた「月面基地」だった!

サンダースは射殺され、捕虜となったワシントンは「初めて眼にする黒人」とし、ナチス高官らに非常な驚きを与える事に。

ナチスは帝国総統=ウォルフガング・コーツフライシュ(ウド・キア)の指令のもと、親衛隊准将=クラウス・アドラーを地球に送り込む。

クラウスの狙いは、月面ナチスの誇る“人類史上最大の兵器=神々の黄昏(GotterDammerung:ゲッターデンメルング)号”の動力源となるスマートフォン(のバッテリー)の大量調達だった。

クラウスのガイド役とし連れて来られたのは“帝国随一の狂気の科学者”リヒター博士により「白人化術」を施されてしまったワシントン。

そして、彼らの乗るUFO型の宇宙船には、クラウスの婚約者である女性教育士官=レナーテ(ユリア・ディーツェ)が密かに潜り込んでいたのだ。

ニューヨークに降り立った彼らは、それぞれの眼にする「現実」に戸惑いを覚える。

一方で、コーツフライシュ総統は、クラウスの帰還を待つ事なく、独自に「地球侵略計画」を開始するのだった・・

上映時間=わずか94分って事で「どのようにハナシを展開させ、まとめる気なんやろ?」とそこが最も気になってたワタシだが、良くも悪くも「断片的」に描かれた世界であり、人間ドラマでもあった。

「地球侵略」と言うよか、単にニューヨーク(中心部)のみが集中的に(?)攻撃を受けてた気もしたが、他の国ではどう言う状況だったんやろ?

徹底的に「主観カメラワーク中心」「全篇ディザスター映像」で固めて来るかな、とも思ってたが(上映時間も短いし)・・意外にも群像劇テイストの客観的な描写や、テンポの悪いダラダラしたシーンなんかも少なくなかった。

魅力的なキャラが(総じて)余りおらず、観てるウチに「地球がどうなろうと、こんな世界なら別にイイや」とまで思えて来たワタシだったが(おい!)やっぱり特筆すべきは、ヒロイン=レナーテ・リヒター役を演じたユリアさんの魅力だったろうか!

特にこのしと、序盤のヘアスタイル&軍服と、その「男性慣れしてなさそうな言動」にキュンとさせられてしまった(=^_^=)

前半の「エアロック解除」シーンで、軍服の(半分ほど)脱げてしまう「お色気ハプニング演出」が(意図的に)盛り込まれるんだが・・私的にはもっともっと大胆にやって欲しかった!

理想としては『バーバレラ(1968)』のオープニングに於ける「ジェーン・フォンダが(無重力空間で)宇宙服を脱ぎ棄ててくシーン」みたいな・・ (尚、ワタシは往年のファミコンゲーム『メトロイド(1986)』の主人公=サムス・アランのキャラ造型は、この『バーバレラ』なくしては有り得なかった、と勝手に決め打ってたりする(=^_^=))

そんなレナーテも、中盤以降は髪型も服装も何だか「街のフツーのお姉さん」に落ち着いてしまい、折角の魅力がすっかりしぼんでしまってたのだった(×_×)

総じては「確かに頑張ってくれてるんだけど、観客の誰もがノレる作品に仕上がっているかどうか・・は微妙な感じ」ってトコやろか。もう少しスラップスティック(ドタバタ)要素を抑え、真面目に感心させてくれる物語&映像を楽しみたかったワタシである。

~ こんなトコも ~

・華やかな(?)黒人ファッションモデルから、白人ホームレスへと突き落とされるワシントンの運命もまた、数奇である(×_×)

・サラ・ペ※リンを激しく連想させる(ヴィジュアルの)女性大統領のキャッチフレーズは“YES SHE CAN”だった(=^_^=)

・リヒター博士は、どうにも「アインシュタイン系」のキャラ造型だった。

・プレゼンテーションを始めるに当たって「ノートパソコン+パワーポイント」と言うのはもはや月並み過ぎるので、本作のように「タイプライター+蓄音機」を用いると随分とインパクトが出て来るんじゃなかろうか(=^_^=)

・クラウスを演じたゲッツ・オットーは『007/トゥモロー・ネヴァー・ダイ(1997)』で敵組織のリーダー格=スタンパーを演じた男優さんだった。ちょっと伊原剛志さん入ってる気も・・

・敗戦後73年・・“第3帝国”時代を知る幹部って、果たして何人生き残ってたんやろ?

・純血委員会の承認がなければ、アーリア人同士のアレは出来ない仕組みになってる(面倒な)月面国家(⌒~⌒ι)

・アメリカは、月面に「ヘリウム3」を発見し、複数の採掘施設を建設してたようである。なら、その時にナチス基地を見つけられてたハズでは?

・物語の組立てが『H.G.ウェルズのSF月世界探検(1964)』『少年マイロの火星冒険記(2011)』に似てた気もしなくもない。

・ドタバタ群像劇(?)としてのノリは『博士の異常な愛情(1964)』『マーズ・アタック!(1996)』を彷彿とさせてくれる。

・月面を走るナチスのサイドカーが印象的だった。重力の概念はどうなっとるの?

・編集され、わずか10分ヴァージョンに短縮された『チャップリンの独裁者(1940)』が効果的に使われてた(元々の上映時間:124分)。

・ヴィヴィアンが部下に対し怒りをあらわにするシーンは、演出&カメラワークがまんま『ヒトラー/最期の12日間(2004)』だった! 「震える手で眼鏡を外し机上に置く」⇒「側近以外を部屋から追い出す」⇒「激怒する」⇒「その声が部屋の外の人々にも漏れ聞こえる」

・「レナーテがいつ宇宙船に飛び乗ったのか?」「総統がいつ地球に降下して来たのか?」は、ハッキリ描写されないままだった。

・ニューヨーク北部の郊外には、マリファナが普通に大量栽培されてるらしい(×_×)

・飛行船(ツェッペリン)型のナチ戦艦のネーミングは「ジークフリート号(旗艦)」「ハインリヒ号」「ビテロルフ号」となっており、まさに“ワーグナー系”だった。因みに、戦艦1隻には200基のUFOが搭載されてるそう。

・コーツフライシュ総統から“後継者”に託されたのは・・「1本のバトン」だった! “ゲーリング・バトン(≒元帥杖)”を思い出した(=^_^=)

・「あのUFO(兵器)は我々北※鮮のものだ」と言い張った某K国は、世界各国の笑い者になってた。

・アメリカの切り札である宇宙戦艦の名称は「USS・ジョージ・W・ブッシュ」だった。

・何処の国も、宇宙平和条約を無視しまくってた!(日本も然り!) 宇宙基地に兵器を積んでないのはフィンランドのみだった。

・ドイツ語で「くそっ!」「畜生!」は“シャイッセ!(Scheisse!)”と言うんやね。

・つい右手を挙げ、敬礼してしまうクラウス。ナチスの悲しい性(さが)やね。。

・ヒールが額に刺さっちゃったあのしと。『ルームメイト(1992)』では、ヒールが眼窩に刺さって死んじゃうしとがいたが、どちらにしても痛そう・・

・終盤の、各国首脳による乱闘シーン(スローモーション映像)には余り意味がなかった(・ω・)

・核爆発が地表(世界各地)で広がる(「ピアノの単音」と共に)映像演出は『猿の惑星:創世記(2011)』のラスト、ウィルスの広がる様に似てる。

~ こんなセリフも ~

ワシントン「ザワークラウトもフォルクスワーゲンも好きだ」

     「此処で俺を殺したら“超困った事”になるぞ」

     「それがコンピュータ? アンティークだろ?」

     「助かった・・(大音量の)国歌で耳がもげるかと」

     「結婚? それはお気の毒・・いや、おめでとう」

     「ア※プルストアに行くんじゃ?」

     「そのケツ蹴り上げて、喉まで貫通させてやろうか?」

     「お前らのせいで、俺は肌の色も、

      アイデンティティーも、職も失った」

     「あの・・俺の事、好きかなって・・好きなんだろ?」

     「人を白人にしやがって!」

レナーテ「この無気力な世界にはビタミンが必要なの」

    「本当はあんなに長い映画だったのね・・」

    「“元の自分”に戻ったのね!」

    「やるべき事が沢山あるわね」

総統「ヴァルハラ(神の国)で逢おう!」

  「地上に蔓延(はびこ)る劣等人種を一掃してくれる」

  「惑星征服の時間だ」

クラウス「君と“法的に結合”したい」

    「必ず凱旋してみせる」

    「・・刻(とき)は来た」

    「刻とは罪なもの」

    「ヴァルハラで逢おうではないか」

    「3ヵ月かかるだと? 3分でやれ!」

    「父なる国家に今こそ恩返しを!」

    「満月など過去のものだ・・地平線を書き換えてしまえ」

    「その美貌をオーディーンのテーブルに飾れ」

大統領「“1期目で戦争を始める”と必ず再選される」

   「アメリカがまともに倒したのはナチだけ」

   「じゃあ、誰の国のでもないじゃん」

   「合衆国はテロリストとは交渉しない」

   「ハイタッチ・・じゃないか」

   「勝ったのはアメリカなワケ」

ヴィヴィアン「“キャラ造り”は完璧ね」

      「意味なくデカいわね」

      「“短小コンプレックス”の裏返しね」

レナーテ「先に言っておけば良かった」

ワシントン「何をだ? “あんた真っ白よ”ってか?」

レナーテ「操縦のやり方は分かる?」

ワシントン「TVゲームと同じだろ?」

国民「地球は?」

レナーテ「此処とは違う」

国民「いつ地球へ?」

レナーテ「じきに行ける」

ヴィヴィアン「戦争を起こさないと」

クラウス「なら、力になれない事もないぞ」

大統領「で、こいつら誰?」

ヴィヴィアン「月からのナチです」

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2013年3月 7日 (木)

☆『アウトロー(2012)』☆

先月2月10日(日曜)にハナシは遡る・・(×_×)

市内のシネコン“ワーナー・マイカル・シネマズ高松”にて「レイトショー」で観て来たのは“トムクル”ことトム・クルーズ主演の上映最新作『アウトロー』だった。

トムクル主演作としては・・『ロック・オヴ・エイジズ(2012)』こそ今もって未見状態だが(×_×) 『ナイト&ディ(2010)』『M:i/ゴースト・プロトコル(2011)』以来の劇場鑑賞となる。でもって、戸田奈津子女史が字幕を担当。

今年公開(予定)の、彼の次なる主演作『オブリヴィオン』でも実現するのかどうか・・は分かんないが、とにかく久々のタッグ(トムクル&戸田さん)に思えた。

ペンシルベニア州ピッツバーグ。

アレジェニー川に面した、地元球団=ピッツバーグ・パイレーツの本拠地=PNCパーク前の公園で、白昼に無差別狙撃事件が発生、罪もなき5名の通行人が凶弾に倒れた。

狙撃犯の潜んでいた地点は、対岸にあるビルの(見晴らしの良い)立体駐車場である事が間もなく判明、狙撃兵としアフガンに従軍歴のある青年=ジェームズ・バーが間もなく逮捕された。

ロディン検事(リチャード・ジェンキンス)とエマーソン警部は16時間に及ぶ尋問を経て、ようやくバーの“自白書への署名”にこぎ着けるが・・彼が書いたのはたったひと言“ジャック・リーチャーを呼べ”と言うメモのみ。

そのリーチャーとは・・イラク、アフガン、ヴァルカン半島で従軍後、最終的に「少佐」の階級で2年前に除隊した男であり、現在は「型破りな捜査」を極秘裏に行う“ゴースト”のような存在の人物だった。

しかし、バーはリーチャーの所在を告げず、直後に留置署内で受けた激しい暴行のため、昏睡状態に陥ってしまう。

「彼をどう捜す?」と途方に暮れるのはロディン、エマーソンだけでなく、ロディンの実の娘でもある若き担当弁護士=ヘレン・ロディン(ロザムンド・パイク)も同様だった。

そんな彼らの前に姿を現したのは・・自らを“ジャック・リーチャー”と名乗る、凄腕の男(トムクル)。

独自の観点で現場を調査、捜査状況を把握したリーチャーは「この事件には証拠品が多過ぎる」と彼らに指摘すると共に、ヘレンに対しては「事件の犠牲者を見直せ」と謎の助言を与えるのだった・・

おおっ! 『コラテラル(2004)』以来、久々に存在感のある“ワル”を演じてくれたトムだった。総じては、主人公=リーチャー役がトムクルである必然性は「薄い」ような気もしたが、何となく本作で描かれる世界全体に漂う雰囲気&テイストが、ほぼ間違いなく「70~80年代」辺りの「クライム&サスペンス作」を濃厚に狙っとる感じで、そこには妙にワクワクさせられたり。

コレが数昔(?)も前だったら、チャールズ・ブロンソンやスティーヴ・マックィーン辺りが主役を張った印象だろうか(・ω・)

冒頭の狙撃シーンを皮切りに、劇中に於いて“かなり残虐な殺戮シーン”が次々に展開されるワケだが・・巧い具合に「焦点を外した描写」がなされており、観客の想像力に(見えないトコの補完を)委ねてる点にも、案外好感を持ったワタシである。

「シリーズもので、自らがインパクトある主人公キャラを演じたい!」なる想いを高めつつ、トムクルが主役に名乗りを上げたのか? ・・その辺りも良く分からないが、シリーズとして展開するには、ちょいと吸引力(←主人公の魅力とか)に乏しいかな~と思われた。

続編に「引っ張る」までの要素に欠けてたり、敵対する相手との「年齢差」がモロに出て来てた感も・・ 例えばトムクルと年齢の近い「“光を放つ”個性派男優」を敵キャラに配してくれたりしたら、更に(?)もう少しは話題性も高まった気もするが・・

~ こんなトコも ~

・敵組織の隊長格=チャーリー役を演じたのはジェイ・コートニー。本作の直後に公開された『ダイ・ハード/ラスト・ディ』に於いて、ブルース・ウィリスの息子=ジャック役を演じてたあの青年なんですねぇ! 雰囲気が随分と違うので、全く気付んなかった(⌒~⌒ι)

・某重要人物を演じたのは、ヴェルナー・ヘルツォーク監督。『アギーレ/神の怒り(1972)』『ザ・クライマー/彼方へ(1991)』『10ミニッツ・オールダー:人生のメビウス(2002)』『バッド・ルーテナント(2009)』しか作品を拝見した事はないが、こんなご尊顔だったんやね。しっかし、極悪な御顔、したはりましたなぁ・・(×_×) ←ちと「ステラン・スカルスガルド」入ったはる?

・原題は、まんま「ジャック・リーチャー」なんやね。“御大”クリントさん主演の『アウトロー(1976)』とは特に関連性なし。

・ジェームズ・バー役の青年は、何となくケイト・ブランシェットの弟さんみたいなご尊顔だった(=^_^=)

・相手を「踏み殺す」演出は『ドライヴ(2011)』の影響が大きいと思われ!?

・カーチェイスは『ブリット(1968)』辺りを意識?

・昏睡状態の続いたバーとリーチャーの接触は・・意外にも皆無だった!

・“ハメた側”の狙撃手の方が、やり方こそアマチュアだが、テクニックはよりプロだった!

・後頭部をバットでぶん殴られようが、大してダメージ受けてなかったトム!

・で、あの追手3人組はただの“まぬけキャラ”だったんか?

・ポイと渡されたナイフ1本(←「ノイジー・クリケット(ちび銃)」を渡された時の『M.i.B(1997)』のウィル・スミスみたいで笑える)や、そこらに落ちてる石で戦うトムの姿が、観客の涙を誘った(×_×)

・「肘打撃系」の攻撃スタイルは、陸軍仕込みの格闘術なんやろか?

・相手の脚を「蹴り折る」トムは、まさに『コラテラル』のヴィンセントを彷彿とさせた!

・黒人警部=エマーソンのキャラは、もっと分厚く描いて欲しかった(彼にも「悲しみ」や「迷い」があったろうに・・)

・ロザムンド・パイクさんの何とも言えぬ「生真面&初々しいキャラ」が好感度高かった!

・「別なロケーションで、大規模な戦いが展開される」後半は、西部劇的でもあり『L.A.コンフィデンシャル(1997)』を思わせてもくれた。

・中盤以降の登場なのに、ロバート・デュバルの役どころは美味し過ぎる!

・後半のロケ移動や、強力な助っ人の登場やらは『007/スカイフォール(2012)』そっくりだったかも!

・『スターリングラード(2001)』みたいな“狙撃戦”はナイスな演出だった!

・(娘を失った)遺族の父親の醸し出す、悲しみ&狂気性の描写が独特だった(・ω・)

・ジャックとヘレンって・・キスシーンもなかったんでは!?

・「ラリッてる」ようなバルコニーの婆さんが、意外にも(最も)しっかりしてた!

・小屋に飛び込み、その勢いで「人質を盾にし、その背後に隠れてる相手」を1発で仕留める・・って銃撃センスはスゴ過ぎる!

・ベンツによる「“後方モニター頼み”の高速バック走行」はカッコイイが・・タンクに銃弾が命中したら、即座に爆発炎上でっせ?!

・「刃物もなしに、左親指を噛みちぎる」・・なんて出来ませんって(×_×)

・連続狙撃事件の真相は・・アガサ・クリスティの小説『ABC殺人事件』をちょっとイメージさせた。

・酒場(?)で流れてたのがHOUSE OF PAINの“JUMP AROUND(1992)”って曲(HipHop/Rap)だったので、やたらと懐かしかった~

・「P」のロゴのついた野球帽をかぶりバス停に佇むトムクルは『宇宙戦争(2005)』の頃を思わせてくれた(=^_^=)

・劇中で、1度たりと「安易な」爆発&炎上シーンのなかったのが、逆に新鮮だった!! 

~ こんなセリフも ~

ジャック「奴は昏睡状態(コーマ)で、俺はバスに乗ってこの街を出る」

    「俺は奴の友人じゃない。奴を葬るために此処へ来た」

    「訓練のつもりが、身に沁みついてね」

    「軍隊に入る理由は4ツある。軍人の家系で。愛国心から。

     職がないから。そして・・合法的に人を殺せるから」

    「俺からも1ツ・・先入観を棄て、犠牲者を見直せ」

    「“自信を持ち過ぎる”とヤバいぞ

    「メモ? 必要ないね」

    「俺もあんたらも“やる事”は同じさ。だが相手が違う。

     そして・・俺は“殺しの訓練”を受けてる」

    「大きな眼で見ろ。眼を見開け、警部」

    「後で支払う? そりゃムリだ」

    「・・後悔するぞ」

    「女で良かったな」

    「逃げるなら今だぞ?」

    「5対1? 3対1さ。まずリーダーのお前を倒し、

     もう1人を倒せば、あとの2人は逃げる

    「立て! まだ何もしてない」

    「・・続けるか?」

    「やけにパトカーが早いな・・雇った奴は?」

    「“ヤンキースの2塁手”を名乗る事にしてる」

    「“調べる気”さえあれば分かる事だ

    「“運の悪い犠牲者”じゃない」

    「救急車の中を観たいか?」

    「これは“法の問題”だ」

    「俺は“自由を大切にする男”さ」

    「イイか、俺が動いたら撃て」

    「銃で遊ぶからそうなる」

    「この俺の顔を観ろ。俺にまた逢いたいか?」

    「“出来過ぎ”の現場だ」

    「バーは無実だ(Barr is Innocent.)」

    「君は利口か? なら安心だ」

    「奴らの“脅し”だろうが、俺は最期まで逃げない」

    「“連れ”がいたろ?」

    「言い直す・・お前を殺す」

    「この俺に失うものはない」

    「ペンなんか必要ない」

    「(コレって)ヤバい作戦かな?」

    「※※※を仕掛けたのは、それを回収した奴だよ」

    「“何をしても生きたい”って顔だな

    「どっちも監獄には行かないさ」

    「“裁き”なら今、下した」

ヘレン「父は“負け戦”を避けるの」

   「メモるわ(Give it to me.)」

   「降りるわ(I can't do this anymore.)」

   「信じるか、立証出来るかなんてどうでもいいの。

    大切なのは、それが事実かどうかなの」

ロディン「生か死か・・どの道、お前は刑務所行きだ」

    「検事の耳は鋭いのさ」

    「奴の言葉に“信憑性”があると?」

    「今度ばかりは勝訴出来んぞ(You can't win this case.)」

キャッシュ「スゴい客なんて、ほんの1握りに過ぎんさ。

      他は揃ってヘナチョコだ

     「お前は、とても海兵には見えんさ」

     「1925年のヤンキースの2塁手は、

      少なくともあんたじゃなかった」

     「今のお前じゃ生きるか死ぬか分からん。だから銃は渡せん」

     「陸軍が頼るのは、いつも海兵だ」

黒幕「こうなった以上、お前に“償い”はムリだ」

  「生き残れる稀な人間には“価値”がある。

   お前にはそれがあるか?」

  「シベリアにナイフなどなかったぞ」

  「銃でなきゃ駄目か・・困った奴だ」

ジャック「・・君か」

ヘレン「何故、分かったの?」

ジャック「入る前、深呼吸をしていた」

ヘレン「帰りは?」

ジャック「何とかなる」

ヘレン「説得力はあるけど、あくまで仮説よ」

ジャック「事実だよ」

ジャック「奴らの思惑通りにはならない。俺を信じろ」

ヘレン「・・信じるわ」

キャッシュ「断われば?」

ジャック「此処で喰えなくなる」

ジャック「監視カメラか・・バレたら殺されるぞ」

キャッシュ「だからつけてるのさ」

ジャック「(あんたが撃つ)きっかけは?」

キャッシュ「お前が走って飛び込んで行きゃ、撃って来るさ。

      相手が撃ったら、撃ち返す」

サンディ「あんた、新顔ね?」

ジャック「ああ、何処でもね」

ジャック「男に利用されるな」

サンディ「あたしにはそれしか・・」

ヘレン「あなたは何故?」

手先「俺に“断わる余地”はなかった・・今に分かるさ」

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