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2013年1月31日 (木)

☆『めがね(2007)』☆

21日(月曜)の夜。

BSP(プレミアム)の番組“BSプレミアムシネマ”で放送された、荻上(おぎがみ)直子が脚本と監督を手がける『めがね』を観た。

この監督さんって言えば、代表作『かもめ食堂(2006)』と本作のみ未見のままに、その後の作品群・・つまり『トイレット(2010)』『レンタネコ(2012)』については、きっちりスクリーンで鑑賞しとるワタシだった(と言っても、共にミニシアター“ソレイユ”の、比較的小さな面積のスクリーンで、だが)。

てなワケで「ゆったりした気分に浸れるんかな?」と期待しつつ観てみたんだが、物語の背景に本来あるべき「設定」みたいなモノが殆どなく、それはそれでかなり驚かされたモノだった(⌒~⌒ι) こんな脚本造りでも成り立つし、アリなンですねぇ。

南方の何処かにある小さな島、そして季節は春。

大きな銀色のスーツケースを転がしながら、はるばるこの島にやって来たタエコ(小林聡美)は、何もない浜辺の宿「ハマダ」に辿り着く。

彼女を迎えるのは、一足先に島に降り立ったかき氷販売店の女主人=サクラ(もたいまさこ)、「ハマダ」の経営者=ユウジ(光石研)、遅刻ばかりの高校教諭=ハルナ(市川実日子)・・携帯の電波は入らず、観光名所も何ら持たぬこの島だが、タエコはその内に“自分なりのペース”で1日を過ごす術(すべ)を体得してゆく。

そんなある日、タエコを追いかけ島にやって来た青年=ヨモギ(加瀬亮)が住民たちに合流する事となり・・

「島の外」については、一切「映像」でも「セリフ」でも触れられない。

そんな潔さや「想像する余白」を敢えて配してる辺りに「心憎さ」を覚えた(=^_^=) 同様に、限られた登場人物たちは「過去」も「未来」も殆ど語ろうとはしない。

つまりは「今」と言う時間に「そのしと」と「此処」に存在する事こそが大事なんやろな・・ってワケなのだ。

「何もない事」「マイペース&奇妙な(島民の)ライフスタイルを目の当たりにする事」に違和感を覚えたタエコは、間もなく「ハマダ」を去ろうとするが・・結果的に「ハマダ」ほど自分に“似合う場所”のなかった事に気付かされるのだ。

ハイライトシーンも特にない“ある種、濃ゅ〜い造り”なんだが(=^_^=) ヨモギが浜辺で島民らを横にして(?)ドイツ語の詩を淡々と語るシーンが極めて印象的だった。

・・

Mir ist bewusst was Freiheit bedeutet

Folge dem Wege geradeaus

meide die Tiefen des Meeres

doch hab ich sol'ch Wort hinter mir gelassen

Der Mond scheinet auf jedem Wege

wie die, in der Dunkelheit, wie Diamanten schwimmenden Fische

heiss wie durch Zufall Mensch - und hier bin ich

Was hatt'ch zu befuechten

mit was zu kaepfen

bald ist es Zeit die Lasten zu legen

Erteile mir noch mehr kraft

Kraft zur Liebe

Mir ist bewusst was Freiheit bedeutet

mir ist bewusst was Freiheit bedeutet

何が自由か知っている

道は真っ直ぐ歩きなさい 深い海には近付かないで

そんなあなたの言葉を置いてきた

月はどんな道にも光を注ぐ

暗闇に泳ぐ魚たちは宝石のよう

偶然“ニンゲン”と呼ばれて 此処に居る私

何を恐れていたのか 何と戦って来たのか

そろそろ持ち切れなくなった荷物を下ろす頃

もっとチカラを 優しくなる為のチカラを

何が自由か知っている

何が自由か知っている

・・

島にはもう1軒「マリン・パレス」なる宿があるんだが・・「確かに、寂しくはないし、やるべき事もちゃんと用意されてるンだけど」って感じで・・絶妙に「で、どっちを選ぶのよ?」と観るもの総てに「問い」を突き付けて来る展開もなかなかだった。そのシーンにのみ、薬師丸ひろ子さんが出演されてるのもピンポイント(?)なだけに、より鮮烈だった(=^_^=)

加瀬君が開始から55分後ぐらい経ってようやく登場するので、彼のファンはやきもきする事必至だったり(=^_^=) 観終わると「主人公ってば・・タエコからサクラにシフトしてません?」と思えて来たり、色々と細かい「想定外」が点在してて、実に小気味良かったワケである。

~ こんなトコも ~

・犬のコウジは大して目立つ存在でもなかった。

・光石研と加瀬亮が口論でも始めやしないかと、妙にヒヤヒヤさせられた。『アウトレイジ ビヨンド(2012)』な、お2人ですからして。。

・「焼き肉」「かき氷」「梅干し」「伊勢エビ(?)」・・と“食べるシーン”が丁寧に盛り込まれてた。

・道のど真ん中に置き去りにされてたタエコのスーツケースは、その後どうなったんやろ?

・ヨモギの引用してた『春の海 終日(ひねもす) のたりのたりかな』は与謝蕪村の句だった!

・かき氷のお礼、みんなそれぞれに頑張ってたが・・ヨモギは何を対価に? あのドイツの詩?

・コンゴルグルス(って聞こえた?)は朝顔に、ブルーデイジーはガーベラに似てて間違え易いそうだ。

・あのメガネが風で吹っ飛んで、海ポチャしたんやろか?

・『梅はその日の難逃れ』ってのは、何となくもっともらしい(=^_^=)

・コウジは・・雌犬だった!!

・考案と監修:伊藤千枝による「メルシー体操」の真面目な解説動画が観てみたい(=^_^=)

・「何となく不安になって来て、2分ぐらい走ったら、そこを右」「何となく不安になって来て、そこから80mぐらい走ったら、そこを右」と言う手描きの地図に添えられたメモは、何とも人間くさくて面白い(=^_^=)

~ こんなセリフも ~

タエコ「黄昏れる? ・・黄昏ですか」

   「・・無理!」

   「かき氷は苦手なんで」

   「此処では、毎朝起こされなくてはいけないんでしょうか?」

   「“黄昏れる”と言うのは、この辺りの習慣か何かですか?」 

   「今日迄のお会計をお願いします」

   「“毎年来る”と言う事は・・“毎年来る”って事ですよね?」

   「・・朝ご飯、食べて来れば良かった」

   「私は・・“携帯電話が通じなさそうな場所”

    に行きたかったんです」

   「“黄昏れる”のに、何かコツとかあるんでしょうか?」

   「地球なんか無くなってしまえばイイのに・・

    そう思ってました。此処に来る迄は」

   「何もないからイイのかなぁ」

ユウジ「大きな看板出すと、お客さんいっぱい来ちゃうでしょ?

    これぐらいでちょうどイイんです」

   「あっちが海で、こっちが街・・

    それだけ覚えとけば大体、大丈夫」

   「これ以上、お客さん増えたら困るから、

    ちょうどイイんですけどね」

   「才能ありますよ・・此処にいる才能

   「お早うございます。きっと来ると思ってました」

   「『梅干しと友達は古いほど良い』と言うけど」

   「“観光する所”って・・ありませんよ」

   「夕べは大変でしたね」

   「それは・・出来る事なら、私も乗ってみたいな」

   「イイですよ・・とてもイイです」

   「私はただ、此処で待つだけですから・・過ぎて行くのを

   「“大切にしまった何か”を忘れてしまうのがコウジなんです。

    そこが彼奴(あいつ)のイイところで」

   「食べてみるとイイですよ。サクラさんのかき氷」

ハルナ「此処には、かき氷以外のものはありませんよ」

   「夕焼けを観て黄昏れるなんて、意外と・・単純」

   「此処じゃ本、読めないでしょ?」

   「まぁ大丈夫だと思います・・“気分を変える”と言う意味では」

   「黄昏が得意なワケでもないのに」

   「幾ら真面目にやってても、休憩は必要です

   「編み物って“空気も一緒に編む”と言いますよね」

   「分かったからってどうなんでしょう

ヨモギ「先生・・捜しました」

   「僕は何よりもかによりも先生を想ってますから・・ウソです」

   「直ぐには帰りませんよ・・“飽きる”迄は」

   「“此処で黄昏れる”のも最高です」

   「“人生で一番のかき氷”でした」

   「凄いかなぁ? でも僕はいいや」

   「旅は“思い付き”で始まりますが、

    永遠には続かないものですよ。

    ・・僕はそろそろ帰ります」

サクラ「氷、ありますよ」

   「大切なのは、焦らない事・・焦らなければその内きっと」

サクラ「氷、ありますよ」

タエコ「いえ、結構です」

サクラ「済みません・・黄昏中にお邪魔して」

タエコ「いえ、黄昏れてなんていませんから」

ハルナ「タエコさんは、一体何ものですか?」

タエコ「・・何者でもありませんけど?」

ハルナ「いつ迄?」

タエコ「飽きる迄」

タエコ「キレイに揃ってるけど、つまらないんだよなぁ」

ハルナ「つまらなくなんか、ないです」

ハルナ「釣れますか?」

ヨモギ「・・いえ」

ハルナ「人は死んだらどうなるんですか?」

サクラ「このお魚と一緒です・・1度死んだら2度は死なない」

タエコ「慣れると結構分かるものですね、この地図」

ハルナ「“才能ある”って言われませんでした?」

タエコ「喜ぶべきなんですかねぇ?」

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2013年1月27日 (日)

☆ココロに残った“エエ言葉”☆

【2013.1】

出久根達郎(作家)

 「ケンカを恐れない。やりあってこそ夫婦です」

セリーナ・ウィリアムズ(米国のテニス選手)

 「ロッカールームでは誰でもこのくらいの

  (けがの)悩みは抱えている」

内野 聖陽(俳優)

 「(休みがあったら)見たこともない大自然に触れてみたいですね。

  東京があまり好きじゃないんです」

秋元 康(作詞家)

 「プロデューサーの僕は作詞家の僕に注文をつけた。

  『歌詞で予定調和を壊して欲しい』」

大久保 房男(作家)

 「作者が血を流しながら書いたものこそ

  読み手に感動を与えるものなんです」

 「書き出しを言える小説なんて今はないでしょう」

 「文章は、消して消して削るんです」

桑田 真澄(プロ野球・元巨人投手)

 「『絶対に仕返しをされない』という

  上下関係の構図で起きるのが体罰です」

 「本来、スポーツにおいて乗り越えなくてはならないのは

  自分自身。他人から何か強制されて

  強くなれるほど甘くはありません」

 「ミスは、どうして失敗したのかを考えるチャンスです。

  そしてミスを減らすための練習を工夫するのです」

 「我慢することよりも、まず自分の身体と精神を

  守ることの方がずっと大切です」

益本 康男(クボタ会長兼社長)

 「景気や為替動向などの事業環境を業績不振の

  理由にしてはいけない。努力が足りないだけだ」

海原 純子(心療内科医)

 「みんなそれぞれ自分の基準があって生活しています。

  信念が異なる人が許せないから争いが起こります」

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2013年1月23日 (水)

☆『悪の教典』☆

何をどう書いたら良いのか分からず(=^_^=) しばらく「放置」したままになってたけど・・ここらで意を決して書いてみます(=^_^=)

8日(火曜)の夜、市内のシネコン“ワーナー・マイカル・シネマズ高松”で鑑賞して来たのは、公開期間も終了に近付きつつあった、三池崇史監督によるバイオレンス・エデュケーション・ホラー作『悪の教典』だった。

観る前から「きっと、激しく面白くないやろな~」と薄々感じてはいたんだが「学園群像劇としての仕上がり」や「挑発的なまでの過激スプラッター描写」なんかに少しばかり期待値の高まってたのは事実だったワケで・・

東京都町田市にある進学校=晨光(しんこう)学院高校では、定期考査(テスト)を前に“携帯電話を使っての集団チーティング(カンニング)”の問題が教諭陣を悩ませていた。

軽く明るく人気のあるチャラ教師=蓮実聖司(はすみせいじ:伊藤英明)は、物理教諭である釣井(つりい:吹越満)に協力を仰ぐべく「考査時間中に妨害電波を発信させてはどうか?」と提案するも「電波法違反では?」との指摘を(周囲から)受け、そこは爽やかに引き下がる。

そしてまた、同校では“集団チーティング”以外にも“柴原教諭(山田孝之)による女子生徒淫行”“久米教諭(平岳大)による男子生徒淫行(=同性愛)”“モンスターペアレント=清田氏による度重なる怒鳴り込み”“イジメ”“万引き”“裏サイトの存在”など、数々の「暗部」が増殖してもいたのだ。

“ハスミン”のニックネームを持つ蓮実は、自身の人気を利用して生徒たちを動かし「対柴原」「対久米」「対清田」・・と独自のやり方で揉め事を鮮やかに解決へと導いて行くのだが、そんな彼の言動に疑いを抱き始めたのは、他ならぬ釣井であった。

実は、生まれながらにして「他者に共感する能力」を徹底的に欠いている蓮実は、自らの正体を暴露される事を恐れ、遂に釣井に対して“とある行動”を起こすのだった・・

“ハスミン”を松田優作系キャラに置き換えての『指導遊戯(not殺人)(not死亡)』みたいな作品として楽しめる「娯楽作品」かと思いきや・・キャラ造型が良くないのか、伊藤英明の言動にイマイチ入り込めないのか・・「ヒーロー」としての“ハスミン”のカリスマ性を感じ取る事が、最後まで出来なかった。

教師陣をざっと眺めれば・・それはそれは“かなりなクセモノ連中”が揃ってるワケだが、彼らも巧く物語の中で機能(?)してるとは言い難かった。

脚本が悪いのか、原作からそんなものなのかは分かんないが、総じて「人物造型も演出も、勿体な過ぎる!」と感じてしまった。

特に俳優陣は“特筆モノ”で、山田孝之&平岳大(←この2人は『のぼうの城』でも共演してる!)を筆頭に、林遣都、染谷将太・・この辺りの競演は何とも贅沢! なハズなのに、彼ら同士が「殆ど絡んでくれない」のには「ナニやってくれてんの!」としか言いようがない。ここまでの「俳優の使い方のヘタさ加減」って何なんやろ(×_×)

(中盤の)拷問シーンも中途半端なら、群像劇として眺めた完成度も残念な具合だった。

それに「ハンディカム撮影」「アーチェリー」「刺又(さすまた)」「軽トラ(=ダイハツ・ハイゼット)」・・など「後々“フリ”に繋がって来るんやろな~」と直感して止まなかった数々のアイテムも、、結局は「大した意味」を持ってなかったりした(・ω・)

後半からスイッチの入る「散弾銃で大暴れモード」なノンストップバイオレンスシーンも、殺戮の単純な繰り返しで、観てて“疲れる”以上に“飽きて来た”のが正直なトコである。

同じ三池監督の『13人の刺客(2010)』だと、もっともっと終盤が「面白く仕上がってた」ハズなのに、何でこうなっちゃったんやろ。。

~ こんなトコも ~

・“ハスミン”が生徒らの反撃に遭って、次第にサイボーグとしての本性をアラワにして行く・・みたいな『クラス・オヴ・1999(1990)』路線を狙ってはどうだったか? ラストで「唐突に荒唐無稽さが極まる」ってのは『デッド・オア・アライヴ/犯罪者(1999)』の三池カントクにだけ(?)は赦された“特権”のハズだろうし(=^_^=)

・山田さんってば、中盤、明らかに物語に参加してなかったでしょ? ドラムソロを披露して誤摩化してもアカン!(=^_^=)

・家の周囲に“猫避けのペットボトル”を置きっ放しにしてる場合、たまに中身を確認しとくべきかも! いつの間にか「水」じゃなくなってるかも!

・学園祭前夜のシーン以降は、中途半端な『エレファント(2003)』に過ぎなかった。

・「ハンディカム映像」は見辛いだけの自己満足だったし「アーチェリーvs散弾銃」は映像表現(CG)が露骨過ぎて「お茶を濁した」だけだった(×_×)

・“ロミオ”を気取るかと思ってた男子生徒は『マーズ・アタック!(1996)』のマイケル・J・フォックスみたいな「悲しい運命」を迎えてた、、

・「AEDの“隠された機能”」には驚かされた! 知っとくべき!

・転落死した(ハズの)女生徒が※※するノリは・・ただのホラー系やろ(⌒~⌒ι)

・で、ホンマに「続編に続ける」つもりなの?

・自問自答したり、幻覚に翻弄されたりする“ハスミン”のキャラは、まんま『モンスターズクラブ』の主人公(演:瑛太)だった。

・ヘタレでゲイな男子生徒が・・意外にも「一番タフな抵抗」を見せてくれた!

・吹石満の「常に(喉に)痰の絡んでる感じ」がとにかく不愉快だった(⌒~⌒ι)

・手にした「コンビニ系のビニール袋」に、決して油断するな!(で、中身は何だったの?)

・電車内でも、決して油断するな!(で、頭部の殴り傷はどう解釈するの?)

・「軽トラ」と「ポルシェ」の使い分けが分かんなかった・・

・『告白(2010)』とは保護者の絡み方が全く違ってた。

・あの状況下で「身代わりの遺体を(それも2体も!)“投下”させる」って機転も・・恐ろしいっちゃあ恐ろしい(×_×)

・清田の勤務するスーパーの名前が『フレッシュフーズ西湖(さいこ)屋』ってのが、ちょっと笑えた。

・クレイの退場シーンは、やや『ファーゴ(1996)』のブシェーミってた。

・「あの」破壊されたカメラ内から「迫真のメイキング映像」は果たして「取り出せる」んやろか?

・“追いつめられて”左手首を切り自殺してる女生徒がいたりした(×_×)

・筒井康隆の短編小説『死にかた』にも通じるテイストを痛感した。

・ブレヒトの戯曲『三文オペラ(1928)』やら北欧神話やらが“ハスミン”の深層心理に練り込まれてるみたいだが、どちらにも詳しくないので(残念ながら)ピンと来なかった。

・オーディンに従う2羽のカラス・・フギン&ムニンは、それぞれ「思考」「記憶」を意味してるそうだ。

・京大法学部中退⇒ハーバード大経営学部卒(MBA:経営学修士取得)⇒モルゲンシュテルン銀行入社・・の凄まじい経歴にしては、英語能力が「ちょっとアレ」だと思うんだけど。。

・射殺寸前にパ※テ※の匂いを嗅げたら・・それはそれで満足だったか??

・伊藤英明のヌード姿にときめかぬ自分に、少しホッとした(⌒〜⌒ι)

~ こんなセリフも ~

蓮実「そこ(屋上)で寝てた? 床が濡れてるだろ?」

  「分かりますか?! 分かりますね!?」

  「一緒に浴びるか、シャワー? 別々の方がいいか?」

  「別に“話す程の事”じゃないよ」

  「どうせお前ら、普通に呑んでるだろが」

  「エクセレント! 流石は※※※※だ。

   仲間を売らなかった・・いや、いなかったのかな?」

  「罪と共に燃え尽きろ」

  「誰だと思う?」

  「団結すれば助かる、分裂すれば倒れる

   ・・未だ教えてなかったっけ?」

  「1発で2人を殺(や)るってのは、やっぱ難しいな」

  「これは“※※先生の仕業”なんだよ」

  「生徒との恋愛は赦されない・・それがどんなに美しいものでもね」

  「この状況に“分かり易い説明”をつけるのは、

   自分じゃなく警察の仕事さ」

  「・・ごめんよ、本当に済まなかった」

  「アタマの中に“命令”が響いて来た」

  「オーディンに宜しく伝えて呉れ」

清田「俺は“やる男”なんだよ、オラ!」

  「“教師の眼の行き届かない世界”があるんだよ!」

釣井「それに懲りとけ」

  「性格悪いだろ・・俺」

生徒たち「いつもより、いっぱい出ちゃいました」

    「もう止めて、この事件を調べるの。

     巧く言えないけど・・心配」

    「何で※※の携帯、持ってんの?」

    「あいつ、信用出来ねぇかも知んねぇぞ」

    「あんたが殺ったって事ですね」

    「連れて行かなきゃ・・外に」

    「こいつはもう“次のゲーム”を始めたんだ」

蓮実「最悪だな・・」

美彌「でしょ?」

蓮実「・・お前もだ」

健吾「俺・・東大に行かないと!」

蓮実「んっ? To Die?

追記:公開初日の、初回上映の、開場(=シアターの扉の開く)時間ってば・・やっぱし「10時(=テン)」だったんやろか(⌒〜⌒ι)

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2013年1月22日 (火)

☆『ビフォア・ザ・レイン(1994)』☆

13日(日曜)の夜、久々にご近所のショップでレンタルして来たばかり(?)の『ビフォア・ザ・レイン』と言う作品を観た。

以前、仕事関係でクルマを走らせてた時、カーラジオから流れる関西系の某番組 ・・うどんを食して「あぁ、お※ちかった」等と言っておられた“決してその名を言ってはいけないあのしと(←別にエエやんか!)”が長らくパーソナリティを務めてる、感謝の言葉に彩られたタイトルの、例の朝の番組である・・ に於いて“強力におススメ”されてたのがこの作品だった!

どうやら本作ってば『TSUTAYA発掘良品』なる企画にてピックアップされてる内の1本と言う事だ。

それまでに、そのタイトルを耳にした事もなかったワタシだが、さて・・?

マケドニア共和国とイギリス・ロンドン。

2ツの異なるロケーションに於いて、時間軸を巧妙に交錯させつつ紡がれる人間ドラマを3部構成で描いた佳作。

「民族間の対立」そして「戦争の悲劇」がテーマとなったこの物語は、次の3ツのパートで成り立っている。

第1部『言葉』

マケドニアの海に面した、切り立った崖の上に建つ修道院。“沈黙の誓い”を立てて2年になる青年僧=キリルの部屋に逃げ込んで来たのは、兄を殺害した廉(かど)で同胞に追われる羽目となった、アルバニア人の少女だった。

遂に修道院にやって来たアルバニア人の集団に対し、キリルたち僧侶の取った行動とは・・?

第2部『顔』

ロンドンの街。夫との関係が巧くいかぬままの女性編集者=アンは、マケドニア出身の写真家=アレキサンダー・キルコフと惹かれ合っていた。

その日、タクシー内での“束の間の逢瀬”を最後に、結局はアンを振り切り単身発ってしまったアレキサンダーだが、残された彼女を待ち受けていたのは、余りにも過酷な運命だった・・

第3部『写真』

マケドニアに降り立ったアレキサンダー。帰郷した彼の村は、500年もの間に広がった溝を埋める術(すべ)もなく、マケドニア人とアルバニア人の対立が高まり続ける“危険な地”と化していた・・

「アルバニア人」と言う民族を取り巻く歴史や状況を「ある程度」は知っておかないと、充分に楽しんだり、理解する事の叶わないような気もしたが・・組立てとしては「ワタシの好きなタイプの物語」だった。

互いの相関関係って部分では、3ツのエピソードの繋がり方に「あれ? コレってパラレルになってね?」と感じてしまうトコがあったが、その点は2度、3度と(今後)鑑賞を重ねる事で、パズルのピースが(実は)凄まじくハマって行くモノなのかも知んない。

展開とし、どのエピソードも終盤に“流血”の待ち受けてた印象があり、そこは「結局のトコは銃撃沙汰による“力押しの悲劇”頼みかよっ!」と正直感じてしまうワタシだったりもした。

それが「ある種のワンパターン」にもなってたので、1エピソードぐらいは「全く異なる(予想外の)展開」を見せて貰いたかったトコだ。

また、第2部の「何でもなさ」「ラストの唐突さ」が全体の仕上がりにまでダメージを与えてる感もあった。

本作のテイストに対しては「後年の作品・・例えば『バベル(2006)』なんかにかなりな影響を与えたんとちゃう?」と邪推も走ってしまうワケだが、マイナーな俳優陣や、詰めの甘い展開などに「もう少しばかりの、洗練されたスパイスを!」と願ってしまうのは、欲張りな事やろか?

~ こんなトコも ~

・アン役の女優さん(カトリン・カートリッジ)は、ホリー・ハンターの入ってる気もした。んでも、若くして亡くならはったそうで、残念である(×_×)

・キリル役の青年(グレゴワール・コラン)は、エイドリアン・ブロディっぽい顔立ちだった。

・「丸腰の相手を背中から撃つ」と言う卑怯な民族の理念なんか、理解したくもないやい。

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2013年1月21日 (月)

☆ええ言葉 忘れた頃に 新たにす☆

年明け以降、かなり溜まって来てるのを思い出したので、思い出したように更新してみます(=^_^=)

橋本 絵莉子(女子バンド『チャットモンチー』ギター)

 「(メンバーが)2人になった危機感がいい方に働いた」

 「(バンドは)思いついたらやること」

増田 明美(スポーツ解説者)

 「友達同士なら1対2という関係が成り立っても、

  恋は1対1でしか完成しないもの」

朝井 リョウ(小説『何者』で第148回直木賞を受賞)

 「僕は、見たこと全部を小説に書くつもりで生きている」

中曽根 康弘(第71~73代内閣総理大臣)

 「演説は東大出の難しい話では駄目だ。

  (中略) 誰でもわかるような短い言葉で伝える能力が必要だ」

伊藤 左千夫(歌人、小説家、1864-1913)

 「恋の悲しみを知らぬ人に恋の味は話せない」

吉本 隆明(詩人、評論家、1924-2012)

 「恋愛は論じるものではなく、するものだ」

山田 昌弘(大学教授)

 「悩むより動けですね」

海原 純子(心療内科医)

 「自分で変わろうと思い立った人は必ず変わることができます」

 「『迷っていることは必要ではないこと』と捉えてはいかがでしょう。

  本当に必要なことに関しては、人は迷わず進むはずですから」

鷲田 清一(哲学者)

 「判断力を磨くには、自分の言葉を持たなければなりません」

久田 恵(作家)

 「恋愛は排他的なもの。他者と共有はできません」

香山 リカ(精神科医)

 「批判にもっと鈍感になってもいいのでは」

荒川 静香(プロフィギュアスケーター)

 「私自身の経験から言うと、無駄な失敗はひとつもない。

  失敗と向き合い、何かを拾って立ち上がれば、

  必ず失敗の数だけ成長できる。

  そう考えると、失敗することも怖くなくなる」

 「優勝の日があったのは、ただ、

  自分と向き合うことをやめなかったからだと思う」

 「私がスポーツから学んだことは、人を最後に支えるものは

  自分が培ってきた積み重ねだけだ、ということ」

加山 雄三(俳優、歌手)

 「4月で76歳になるけれど、夢は実現するために

  あると思っている。楽しいこと、面白いこともたくさんある。

  だから、人生の残り時間なんてことはあまり考えていない」

 「苦しみから逃げたり、ウソでごまかしたり、人のせいにしたり

  していたら、今度は自分がそういう目にあう」

 「人間はどうしても頭の中で考えすぎる。結果も読んでしまう。

  でも、どうせこうだから、というのはだめだね。

  とにかく行動しよう。

  趣味もやってみないと面白さは分からない」

なかにし 礼(作家、作詞家)

 「(食道がんを患い)周りに頼りになる人はいなかった。

  医者も含めて」

 「一般的な治療を1度は疑ってみるということを知ってほしい」

大鵬 幸喜(第48代横綱、1940-2013)

 「物事が10あるとすれば8は厳しいものなんだ。

  1ツか2ツ、『良かったな』と思えるからこそ、

  人生には張り合いがあるんだ」

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2013年1月17日 (木)

☆『源氏九郎颯爽記/白狐弐刀流(1958)』☆

久々にBSP(プレミアム)で邦画なんぞを1本観てみたので、少しだけ書いておきたい。

いや・・折角だし書かせて(=^_^=)

最近は、全くと断言(だんげ)って良いほどフォローしてなかったBSPだったが、久しぶりにワタシの食指を動かすに足りそうな作品が放送されるってんで、結構な期待感をもって観てみる事にした。

毎週火曜日の放送プログラム『山田洋次監督が選んだ日本の名作100本』で7日(月曜)に取り上げられた、中村錦之助主演の時代活劇『源氏九郎颯爽記/白狐弐刀流』である。

・・

2部作の後篇に位置づけられる本作。モノクロ作品(だそうだ)『源氏九郎颯爽記/濡れ髪弐刀流(1957)』の続きであり、今回は「カラー作品」とし制作された。柴田錬三郎の原作小説を、のちの萬屋錦之介=中村錦之助(つまりは中村獅童の叔父さん)を主演に描いた剣豪ものである。

幕末(弘化~嘉永年間)。2振りの寳刀「火焔劔(かえんけん)」「水煙劔(すいえんけん)」を手に入れた、白装束姿の青年剣士=源氏九郎(錦之助)は、活気溢れる兵庫のとある港町に辿り着く。

そこは、貧乏公家や異(国)人の船員、尊王攘夷思想に傾倒した素浪人たち、はたまた元海賊の廻船問屋(密貿易商)らの思惑が渦巻く地でもあった。

実は「源義経の子孫」である九郎は、兵庫沖に浮かぶ無人島の洞窟=揚羽院址に隠された“義経の財寳”を探しにやって来たワケでもあったが、それを付け狙う悪党共が、虎視眈々と彼の動きに眼を光らせるのだった・・(白装束だから目立つしネ)

和洋の入り乱れる世界観に『カムイの剣(1985)』『スキヤキ・ウェスタン/ジャンゴ(2007)』にも繋がるそれを連想し、勝手にワクワクしてしまったモノだが・・さほど荒唐無稽な展開でもなかった。むしろアクション(殺陣)にせよ、キャラ陣の言動にせよ、保守的な殻を破れていない印象さえあったかも。

特に、チャンバラ系シーンの全体に於いて「ホンマに斬れそうな真剣っぽさ」の殆ど伝わって来なかったのは残念だった。

ただ、廻船問屋の策略にはまった九郎が、宴席で「眠り薬」を盛られる後半の展開にはちょっと緊迫感を味わった。

だのに・・盛られてからの九郎の強さがハンパじゃなかった(=^_^=) そのまま悪党どもを斬りまくって、自ら窮地を脱してましたし。そこで「納得ゆく説明」なんぞ、劇中ではまったく為されてないのが、逆に潔くて気に入った(=^_^=)

終盤では2本の宝剣を手に「秘剣・揚羽(あげは)蝶!」なる“弐刀流殺法”を披露してくれる九郎だが・・彼を好演する錦之助の、ふと見せる横顔が何処となく「中村獅童の風貌」を彷彿とさせてもくれて面白かった。

~ こんなトコも ~

・「フラメンコ風の踊り」「飾られた赤いヒヤシンス」「リボルヴァー銃を手にした素浪人衆」などなど、それなりに面白い演出が見受けられた。

・しかしながら当時、鉄砲の所持は「御禁制」との事だった。

・後半に登場する深〜い井戸に、次々と助演キャラが転落して行った(×_×) こんな“処理装置”もアリなんやね。。

・神道無念流の遣い手である最強のライバルとの対決は・・すれ違った一瞬で決まった!

・ムードメーカー的な“面白い町人”が2人ほど出て来たが、途中で何処かに消えてしまった。少し残念。

~ こんなセリフも ~

九郎「覚えていて呉れとは頼まん」

  「此処は貴女の来る処ではない、お帰りなさい」

  「分かっています、だが私は後へは退(ひ)かぬ」

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2013年1月13日 (日)

☆『レ・ミゼラブル』☆

1月6日(日曜)の午後に“ワーナー・マイカル・シネマズ高松”で鑑賞したのは、年末年始の“目玉作品”とも言うべきミュージカル大作『レ・ミゼラブル』だった。

何となく“銀の燭台を盗んだおっさんの波瀾万丈の生涯”みたいな感じの「(原作を)読んだつもりスタンス」でこれまでの人生を(何とか)切り抜けて来たワタシだが(=^_^=) 「そろそろちゃんと理解しとこ!」と思い直したのも鑑賞に至った動機(の1ツ)ではある。

で、、観終わったトコでは、大体“銀の燭台を盗んだおっさんの波瀾万丈の生涯”って解釈でも正しいっちゃ正しかったワケだが。。

時は1815年。フランス革命から26年を経て、王制の復活した時代でもあった。

たった1ツのパンを盗んだ罪に端を発し、19年間も徒刑(ずけい)の身となっている男=囚人24601号は、波の荒れ狂う港で巨船をドックに引っ張り上げる重労働に日夜服していた。

やがて、30日間限定の「仮釈放」となった男だが、行く先々で冷遇されてしまう。

街外れ(?)の修道院に辿り着いた男=ジャン・ヴァルジャン(ヒュー・ジャックマン)は、司教に手厚くもてなされるも、彼の厚意を踏みにじる形で、銀の食器を盗み出し、深夜の修道院を飛び出す。

ほどなく警官に捕まり、修道院に連れ戻されたヴァルジャンだが、そんな彼を前にして司教は「これらの銀食器は彼に差し上げたもの。この銀の燭台も渡すつもりだったが、うっかり忘れて行ったようですな。さぁ持って行きなさい」とその罪を赦す。

司教の優しさに打ちのめされたヴァルジャンは「これからは真面目に生きよう!」と心に誓いつつ、やはり“仮出獄許可証”ばかりは破り捨て、何処かへと姿を消すのだった・・

8年後の1823年。モントルイユの街には、マドレーヌとその名を変え市長の立場にまで昇りつめたヴァルジャンの姿があった。要職のかたわら、大工場を経営する彼は、薄幸の元女工=ファンティーヌ(アン・ハサウェイ)に出逢う。

直後、マドレーヌの工場を解雇されてしまったファンテーヌは、娼婦に身を窶(やつ)し、間もなく絶望に打ちひしがれながら息を引き取る。

彼女の臨終に立ち会い、他所に預けられたその娘=コゼットを引き取る次第となったヴァルジャンだが、その背後には「マドレーヌ市長の正体は、逃亡囚24601号なのではないか?」と疑い、執拗に追跡を続けるジャベール警部(ラッセル・クロゥ)の影が静かに、しかし確実に忍び寄るのだった・・

「ちょいと長い!(158分)」のと「スタジオ撮影感アリアリ!」な点ばかりは少し残念だったが、総じては“見応えある1本”だった!

物語を断片的に眺めると、さほど壮大なロケーション感もなく、ドラマの起伏にやや欠けるトコもあるんだが、主要キャラそれぞれに対する歌唱パートが、実に丁寧に盛り込まれていた。

アンハサ(=ハサウェイ)にせよ、マリウス役のエディ・レッドメインにせよ、かなりな“ミュージカル俳優”としてのスキルの高さを全世界にアピールしまくれた事だろう。

無論、歌えるヒロイン=コゼット役のアマンダ・セイフライドの“巧さ”などは「言わずもがな」である。

私的には「ジャベール警部&ヴァルジャンの“パルクール仕立て”なんかの逃走劇(アクション・パート)をもっと露骨な(?)テイストで盛り込んで欲しかった」「(劇中で描かれなかった)空白の年月にこそ、スポットを当てて欲しかった」ってのはあったろうか。

原作(小説)に於いても、その辺りは描かれず、これまでの映像化にあたっても「敢えて“アンタッチャブル(触れない)”だった演出」なのかも知れないが・・ ワタシに限らず「どうやって警察の手配&追及をかわしながら、わずか8年で市長にまでなれたのか?(←『ハンニバル(2001)』のフェル博士のように、ご本人をアレしてすり替わったんじゃないか? との疑問も湧くし・・)」「更に9年間も、どうやって(無事に)逃げおおせたのか?」ってトコは、割愛なんかせず「しっかり描き出して欲しい!」と観客の望むトコなんじゃないやろか?

パンやら銀の燭台やらを盗む程度の罪では到底済まされぬ・・それはそれは恐ろしい重罪を幾つも塗り重ねて来たハズやろうし・・(←妄想です)

CGに見慣れた、肥えた(?)鑑賞眼で眺めると、オープニングの巨船の引き上げシーンですら「言うても、合成やろ?」と疑ってしまう自分がいた。

劇中で、重量物を2度ほど持ち上げるヴァルジャンの姿を眺めても「ホンマは、そないに重くないんやろ?」と冷ややかな視点で(つい)眺めてしまう自分もいた。

って事で、映像化された「フランス文学史に燦然と輝く“聖典”」の鑑賞に際し、色々ウダウダと邪念を差し挟む、ワタシのような人間には・・ひょっとしたら、本作を観る資格なんてなかったのかも知んない(⌒~⌒ι)

んでも、料金を払って観た以上は・・その辺りの事はしっかり言わせて頂きたいワケで(=^_^=)

~ こんなトコも ~

・ヴァルジャンの破り捨てた許可証が風に舞い飛ぶ辺りは『フォレスト・ガンプ/一期一会(1994)』を連想させる俯瞰映像に仕上がってた(カメラアングルがそっくり)。

・ジャベール警部の勤務地や通常業務ってどうだったんやろ? 上司も部下もいないみたいだったし・・ 自身の過去にも「謎」があったようだが、殆ど語られなかった。

・馬車(?)の下敷きとなってた男=フォーシュルヴァンが、名指しで「市長」に助けを求める展開にびっくり! まずは地元警察とか、青年団とかを呼ぶもんじゃないのか?

・港のシーンで、水夫たちが「♪波止場に碇(いかり)をぶち込もう」と歌い上げてたが、アレは「陸(をか)に上がって、娼婦を相手に肉体的な満足を得よう」ってな野獣的行為を示唆してたんやろか?(知らんがな!)

・ファンテーヌの「お客」の男性の、射精に至る時間が短(みじか)過ぎて笑えた(⌒~⌒ι)

・エポニーヌ、ジャベールのキャラは、もっと造型を膨らませ、物語の軸に更に絡ませるべきだと思ったが・・(何だか勿体ない)

・出演時間こそ短めだったアンハサだが、バッサリ短髪にいっちゃう潔さや、数分にも及ぶ“長回しで歌い上げるシーン”で見せてくれる力量には唸らされてしまった!

・フランスを舞台にしてるのに、オーストラリア人俳優さんなんかが全篇英語で歌い上げる作品世界には、妙な違和感を覚え続けた(⌒~⌒ι)

・(セリフ内のみで)本編には1度も登場しない「ラマルク将軍」だが、実在の人物だったそうだ。エスペランザ将軍とかラデク将軍とは違うのね(そらそや!)

・終盤で、某重要人物が橋から飛び降りるが・・上半身は無事(?)着水するも、下半身が地面部分に当たり「バキッ!」とか音を立ててたのが痛々しかった(×_×)

・演出としての「革命の絡ませ方」は、やや甘くなかったか?

・大団円の場面で、画面に出て来なかった某重要人物が・・?? 自殺したからか? もしくは(実は)生きてた(?)からか?

・ワタシは、序盤の「司教の言動」にこそ最も泣かされた1人である・・

・少年であっても「容赦なく」射殺される展開は、ある意味「衝撃的」だった!

・マドレーヌ市長の“独断の決意”により、数多くの「工員」や「市職員」が見棄てられ、路頭に迷ったんやろか?

・マドレーヌ市長も側近が皆無だった。。

・『ロミオ+ジュリエット(1996)』ばりのロマンティックなテイストを(恋人たちに)期待したが、決してそうでもなかった(・ω・)

・ヴァルジャンとファンテーヌの肉体関係はなかったように見受けられた。

・総じては「大河テイスト」であり“主人公不在”とも言える作品だった。

・歌いながら“落涙”するタイミングが皆、絶妙だった!

・テナルディエ夫妻の「したたかな小悪党ぶり」が何ら報いを受けず、終始“放置”されてる点も「見所の1ツ」と言えるのかも。「罪悪感」とは無縁でしたなぁ・・

~ こんなセリフも ~

ヴァルジャン「♪下向け、下向け、眼を合わせるな」

      「♪見届けよう、新しい世界が、俺をどう待つのか」

      「♪俺に変われと言うのか・・

       “別の人生”があると言うのか」

      「♪不意に今、眼には見えぬ“何か”が始まったのだろう」

      「♪私は“報い”を受けねば」

      「♪やがて刻が来れば“真実”は神が伝える」

      「この1500フランは、これまでの“献身”に」

      「♪若者の現れる“この日”を恐れていた」

ジャベール「旗を取って来い」

     「盗みは5年の刑、残りは脱獄の刑だ」

     「以前に、何処かでお会いしたような?」

     「♪悪党は死ぬまで悪党、変わるものか」

     「♪逃がしておくさ、逃げるその脚の萎えるまで」

     「♪奴に“借り”を作るとは・・ 奴は赦されるのか?」

     「♪奴は俺に生命を与え・・そして殺した」

ファンテーヌ「♪誓えるの? 何も“秘密”はないと」

      「♪夢が屈辱に変わった」

      「♪誰かを“愛する”事は、神のそばにいる事」

コゼット「♪パパがこの私を悲しませるなんて」

司教「♪この銀の燭台を使って、正しい人におなりなさい」

テナルディエ「♪人生は楽しまなきゃ」

      「♪刻んで、混ぜて、牛肉もどき」 ←で、何の肉?

      「ぶっちゃけイ※ポなウチの旦那」

ガブローシュ「♪物々交換だ、施しなんか要らない」

恋人たち「♪あなたと生きるために生まれた」

    「♪いつも雨は、美しい花を育てる

若者たち「♪死ななきゃ平等は与えられない」

    「♪戦旗はためく限り、そこに味方はいる」

    「♪友の杯に酒を涸らすな」

市民たち「♪1日が終わり、命が縮む」

    「♪怠けりゃパンも買えやしない」

    「♪寝りゃ稼げるさ、ラヴリィ・レイディ(愛しいお嬢さん)」

    「♪抱いてる女は既に死んでる」

追記:本作でこんな英語表現を覚えた(=^_^=)

「眼には眼を(Take an eye for an eye.)」

「死んだのか?(Gone to rest?)」

「ご覧なさい(Don't you see?)」

「代償を払う(Pay a Price)」

「ただの夢物語(Only in my mind)」

「お止め!(No more words!)」

「これでいいさ(Let it be.)」

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2013年1月 7日 (月)

☆『人生の特等席』☆

既に鑑賞から半月以上が経ってしまってますが、、(×_×) 宜しければお楽しみ下さい~

・・

12月18日(火)の夜。

仕事で出掛けた東方面の某県内にある“シネマサンシャイン”で観たのは、密かに期待値を高めていた“御大=クリント・イーストウッド”主演の最新作『人生の特等席』だった。

“御大”と言えば・・『グラン・トリノ(2008)』に於ける「らしくない退場ぶり(或いは、最も彼らしい退場ぶり??)」には、困惑もさせられ、衝撃も与えられたワタシだったワケだが、、その後4年を経て、再びスクリーンで(お元気&頑固そうな)その姿を拝む事が出来、ホッとした気持ちは正直あった(・ω・)

『ヒア アフター(2010)』は“とある事情”から、劇場公開が早々に終了してしまったし『J・エドガー(2011)』は、都合がつかず観る事が叶わなかったため、何とも久しぶりに“御大”と触れ合えた気がする。向こうにすれば「知ったこっちゃないね」と苦みばしった表情でもって、嗄れた声で吐き棄てる程度の事だろうけど・・(=^_^=)

アトランタ・ブレーブスに属する“伝説級”のメジャーリーグ・スカウトマン=ガス・ロベル(クリント)は、今や排尿行為にも勢いのない(おい)、頑固な老人であるが「長年培った経験&勘は、今もって錆び付いていない」と言い切る程の自尊心はまだまだ健在だった。

そんな彼に託されたのは、リトルリーグで華々しい打率を誇る高校生スラッガー=ボー・ジェントリーに関する調査だった。ドラフトで(彼に対し)1位指名を目指すチームの“分析マネージャー”フィリップ(マシュー・リラード)は「コンピュータ時代に全く対応出来ていない」古いスカウトスタイルに固執するガスを煙たがっており、3ヵ月後に迫った(ガスの)契約更新は、望みの極めて薄いものでもあった。

そんな中、ガスの所へ(ほぼ時を同じくして)やって来た人物が2人。

1人は、父親の視力低下(原因:黄斑変性か緑内障)を心配し駆け付けた、中堅弁護士となった33歳になる娘=ミッキー(エイミー・アダムス)。

もう1人は、かつてガスが見出した元リーガーで、現在はライバルチーム(レッドソックス)に属する駆け出しのスカウトマン=ジョニー・フラナガン(ジャスティン・ティンバーレイク)。

6歳で母=ジョアンナと死別後、父に見棄てられ、親戚に預けられ育ったミッキーは、久しぶりに父と再会を果すもどうにもギクシャクとしたやり取りしか出来ない。そしてそれはガスにとっても同様だった。

やがて“野球ネタ”が縁で親しくなったミッキーとジョニーだったが・・ガスがジェントリーに対して下した“結論”が、彼ら2人の運命にも波乱を引き起こす事となるのだった・・

冒頭に表示される「ア・マルパソ・プロダクション(A Malpaso Productions)」の文字に何となく“名作保証”にも似た安心感を覚え、同時に高揚感も高まるワタシ(=^_^=) 実際には、さほど打率の高いモノじゃないのかも知れないが、今のトコ、激しく裏切られた記憶はない(・ω・)

題材が「野球」なので、何処まで劇中のネタ(セリフやウンチク)について行けるんやろ? と思ったが、それ以上に「父と娘のドラマ」ちぅ比重が高かったので、そこは心配無用だった。

観終わると「主人公は、実はミッキーだった」って事に気付かされたりもするんだが、彼女が“本格的に”物語に関わるまでは、確かにガスが画面の多くを占めていた。そう言う意味では、本作に於ける“御大”の立ち位置ってば、なかなか面白かった。

様々な男優が劇中に登場するが、いずれも「総じて言えばヘタレ」ってトコがあり、ミッキー姐さんの“鉄火肌(な言動)”を楽しんでスカッとするのが正しい見方とも言えるんかも(=^_^=)

“御大”は、物語の最後で「さて・・俺はバスで帰るとしよう」と飄々と言い放ち(画面奥へと)歩き去ってゆくんだが「まだまだ頑張って欲しいな~」と感じたのは、恐らくワタシだけではないように思う(=^_^=) 両腕で支えても良いから、マグナム銃を再びぶっ放して欲しい(=^_^=) ←どんな役柄だよ!

~ こんなトコも ~

・“灰色リス・モーテル”に於ける、某母子の“余りに長いフリ”には、すっかり翻弄されてしまった(⌒~⌒ι)

・スランプ選手を「家族に引き合わせる事」だけで打率が上がるってんなら、どんどんやったげましょうよ(=^_^=)

・向こうの医療機関では、視力検査用の台紙(?)に「C」代わりに「E、I、P、Z・・」などとアルファベットが列記されてる。

・水着も持たぬ2人が、いきなし服を脱いで泳ぎ出すシーンで、女性客はジャスティンに浮かれ、我々男性客は「一線を踏み越えない」エイミーにガッカリさせられるワケで(⌒~⌒ι)

・球団オーナー=ヴィンス役に、ロバート・パトリック。善人だか悪人だか(パッと見)分かんない“不気味さ”はこのしとならでは(=^_^=)

・『ファミリー・ツリー(2011)』に続き、マシュー“スクービィ・ドゥ”リラードに与えられた役柄は、極めて姑息な造型のキャラだった。。

・劇中で“You are my sunshine”なる曲が効果的に引用されてた。レイ・チャールズもカヴァーしたそうだ。歌そのものも良いが、それを“御大”が亡き妻の墓前で“君は俺を照らす太陽だ 曇っていても幸せにしてくれる 君は知るまいが こんなに愛している どうかこの陽差しを消さないで欲しい”と口ずさむのが素晴らしい。

・ブラックベリー(BlackBerry)携帯は、観客の予想通り、そばにあった「アレ」にポイされてしまった。

・劇中、セリフに登場するアルバート・プホルスはドミニカ出身の実在のメジャーリーガーだそうだ。

・クロッギング(clogging)と呼ばれるダンスが登場。躍動感に溢れてて楽しそうだが、実際にやってみるとすぐにバテるやろな(×_×)

・「お爺ちゃんが自動車事故を引き起こす事例」が意図的に描かれてた。対物の自損とか、相手車ありの人身とか。。

・挿入される“過去映像”中で、若き日の“御大”がパンチを放ってた! 過去主演作からの引用やろか? それとも再現CG?

・劇中での、俳優としてのアイス・キューブに対する評価がやたらと高くて笑えた。

・ボー・ジェントリー君のメジャー選手になりたい理由が「女祭りがしたいから」と言うのが、余りに性欲に溢れ過ぎてて苦笑させられた。

・「長嶋茂雄がかつて、電話越しに(素振り時のスイングの音の違いで)松井秀喜をコーチした」と言う逸話があるが、その信憑性を裏付ける脚本でもあった(?)

・ジョン・グッドマンの雰囲気がちょっと変わってて(?)、終盤まで気付かなかった。

・中継ぎ投手は「肩を壊す」までひたすらに酷使される世界でもあるらしい(×_×)

~ こんなセリフも ~

ガス「頑張れ、そうだしっかりしろ」

  「ショボショボしやがって」

  「笑うな、この役立たずめ」

  「ウチの娘の球の方が速い」

  「ヨガだと? カルトにでもハマったか?」

  「お前は野球の心配だけしてろ」

  「コンピュータなんぞ“野球を知らん奴”が使うもんだ」

  「大事なのは“良いスカウト”さ。

   コンピュータに“選手の勘”など分からん」

  「リタイア後? ラクなんかしたくないね。

   ギャラを上げ、すぐに再契約してみせるさ」

  「誰だ? 泥棒なら何でも呉れてやるが、

   TVだけは・・盗(と)ったら殺す」

  「医者なんて、右と左の違いも分からん。

   毎年、何件も臓器(の左右)を間違えて摘出してるだろ?」

  「優れたシェフの言葉だ・・“喰い物は温かい内に喰え”」

  「アイスキューブは多彩な男だ」

  「腰の回転を観ろ。スムーズにバットを振れているかをな」

  「行くか?(Ready?)」

  「球を見て、球を打て

  「たかが28歳で、何故“生きてて良かった”なんて分かる?」

  「悪酔いか?(Moonshine?)」

  「ニュージャージーの州鳥だと?

   引っ掛け問題だな? あの島に鳥なんかいない」

  「勘定だ!(Give me a goddamn Check.)」

  「奴は※※※が打てない?」

  「手が泳いだ。“純粋な音”なら、聴けば分かる」

  「“棄てる勇気”も必要だ

  「金属バットを使えば、女の子にだって本塁打は打てるさ」

  「その眼でいつ試合を見た? 総て“パソコンを通じて”だろ?」

  「こんな別れは、良くない」

  「そろそろ引退の時期が来たようだ」

  「こっちの方が大事だった」

  「こんな事で、将来を棄てるな」

  「ラクなど求めちゃいないさ」

  「良く観ろ。あれが“打てない奴”だ」

  「娘は、此処にいる誰よりも野球を知ってる」

  「俺もこれから変われるかも知れん」

  「だから“考えとく”と言ったろ?

  「さて・・俺はバスで帰るとしよう」

ジョニー「悔いは残るもんさ」

    「1杯おごるから、元気出せよ」

    「心に壁があるから・・君は独りなんだ」

    「驚異の3割バッターも“7割は凡退”って事だ

    「踊ろう(Move on me.)」

    「君はまるで隙がないんだな・・それで満足か?」

    「シングルモルト(ウィスキー)をラッパ呑み?」

    「考え過ぎだ(Too mach thinking.)」

    「いいさ。待つよ、何時までも」

    「“仕事を忘れて楽しむ”のが恐いか?」

ミッキー「アタマに来たわ(You piss me off.)」

    「私と勝負する? 負けるのが好き?」

    「何であなたが(私の)隣にいるワケ?」

    「パパと過ごす人生は3等席(チープ・シート)なんかじゃない。

     (人生の)特等席だったわ」

    「話してよ(Talk to me.)」

    「出来るわ、大丈夫(I can do that. It's all good.)」

    「“純粋な音”を聴いたの」

ボー「メジャー(選手)になれたら、毎日が“女祭り”なのさ」

  「今日はドジるなよ(Don't suck today.)」

  「俺のサインはすぐネットで売らないで呉れよ」

ガス「来るなら来るで電話ぐらいしろ」

ミッキー「したら断わられるから」

ガス「・・当然だ」

ミッキー「ここ、ぶつけたの?(What happens here?)」

ガス「ガレージが縮んでな」

ガス「こんな店に来るな」

ミッキー「“もっと酷い店”を覚えてるけど?」

ガス「いざとなりゃ、死んでやるまでさ」

ミッキー「それを聞いて安心したわ」

ガス「俺は変われない・・もうこんな俺に構うな」

ミッキー「努力もしないで言わないでよ」

ミッキー「すぐに賛否(の結論)を出せる問題じゃないわ」

グレッグ「・・それが“答え”って事だな?」

ジョニー「何処へ行く?」

ミッキー「あなたとの“安全な距離”を保ってるだけよ」

ミッキー「緊張してる?」

リゴ「いえ、楽しみです

追記:“とある音”に気付いたミッキーが、モーテルの外に出てみると・・椅子に縛り付けられた加瀬亮が、顔面で・・ って展開だったらイヤだな(⌒〜⌒ι)

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2013年1月 5日 (土)

☆明けましておめでとうございます☆

・・

Sunrise2013tim3

・・

遅くなりましたが、
本年も宜しくお願い申し上げます。

3が日を過ぎながらも・・まだ「2012年ベストムーヴィー」もまとまっておらず、他に1本(昨年末に観た)記事のアップも出来てないままになっとりますが、もうしばらくお時間を頂けたらと思います(×_×)

さて。

この画像は、元日の朝に香川県は屋島の山頂近く(の駐車場)で初日の出を撮影したものです。

昨年末に(急きょ)購入した、Nikonのデジタル1眼『D7000』を3脚にセットしつつ、サブ機のコンパクトデジカメ『Leica C-Lux1』を構え(←保険その1)、ついでに携帯『iPhone5』をポケットに忍ばせつつ(←保険その2)、日の出を待ったワケですが・・

結果的には、コンデジで撮ったのが1番“マシな出来”だったのでした(⌒〜⌒ι)

どうやら、デジイチの方は「ISO設定:低過ぎ」「3脚の固定:甘過ぎ」でブレたり、暗かったりと、、まだまだ使いこなせてません〜(×_×)

追記:ネット版の年賀状画像をそのまま“転用”しております。手抜きで申し訳ない(⌒〜⌒ι)

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