« 2012年11月 | トップページ | 2013年1月 »

2012年12月30日 (日)

☆『007/スカイフォール』☆

記事のアップが(遅れに)遅れ気味で済みません~(×_×) 気長にお待ち下さい。

・・

9日(日曜)の夜。市内の“ワーナー・マイカル・シネマズ高松”で鑑賞したのは、待望のシリーズ最新作『007/スカイフォール』だった。

なるだけ・・と言おうか、結果的に(⌒~⌒ι)「事前情報を仕入れ過ぎず楽しもう!」と決めたので、これまでのダニエル“6代目ボンド”クレイグの出演作を観直したり、なんぞは全くしなかったワケだが・・本作は本作で、ちょっとこれまでの2作=『007/カジノ・ロワイヤル(2006)』『007/慰めの報酬(2008)』とは“毛色”の異なった感が強かったりもし、それはそれで正解だったのかも知んない。

シリーズの「第23作目」にして「50周年記念作品」を冠してもいる本作、さてその完成度は・・?

トルコ・イスタンブールに於ける極秘任務に就いていたMi-6(英国情報部)のトップエージェント=コードネーム:007ことジェームズ・ボンド(ダニエル・クレイグ)。今回の作戦は諜報員(世界中に暗躍するNATO工作員)リストの収録されたハードドライヴの回収である。

同僚のロンソン、現地女性エージェント=イヴと共に臨んだミッションだったが、結果的にハードドライヴは奪われ、ロンソンは銃撃され殉職、ボンドもまたドライヴを持ち去ろうとした傭兵のリーダー=パトリスとの列車上での格闘中、イヴの誤射により被弾し鉄橋上から谷底に転落、姿をくらましてしまう・・

3ヵ月後。

ボンド不在のMi-6では、女性部長=M(ジュディ・デンチ)が、情報安全委員会の新任委員長=ギャレス・マロリー(レイフ・ファインズ)から作戦の失敗に対する引責辞任を勧められていた。

引退(の提案)を拒絶するMのもとに、謎の人物から“自らの犯した罪を思い出せ”なるメールが届く。直後、本部がテロ攻撃(人為的なガス爆発)により半壊、職員8名が犠牲となるのだった。

実はトルコで一命を取り留めていたボンドは「Mi-6本部爆破」の報道を眼にしロンドンに戻る。

帰任報告に続き、Mの命令で「復帰テスト」を受けたボンドの成績は散々なものだったが「復帰させるには不適格では?」なるマロリーの意見を遮ったのは、他ならぬMその人だった。

パトリスの足跡を追って上海へと向かうボンド。遂に彼を倒す事には成功するも、その背後に潜む“黒幕”はなかなかにその正体を現さない。

マカオで謎の女=セヴリンに会ったボンドは、彼女の案内で孤島をアジトにする“黒幕”にようやく対面する事に。

そして、彼を待ち受けていたその人物は、ボンドにとって、またMi-6、Mにとっても因縁の浅からぬ男なのだった・・

上映時間=2時間22分と言う長さ、そして終始「守」「耐」の姿勢を貫徹するボンドの言動に、何とも言えぬフラストレーションの溜まりまくる1作ではあった(=^_^=) 観終わってから、誰しもが思うのは「本作のボンドガールって・・Mでは?」「って言うか、本作に限っては、Mが主人公だったんでは?」ってトコである。

同様に地味なドラマだった『カジノ・ロワイヤル』を経て、ようやく『慰めの報酬』で“アマチュアらしさ”の消えた“ダニエル”ボンドだったのに、またもやスパイとしてのスキルがすっかり低下してしまってた(×_×) 登場するスパイガジェットも地味だし、ボンドカーも「あんな程度の扱い」だし、もっと言えば「敵組織」にせよ「舞台」にせよ、実に“狭い&ちっこい”世界観だったのが何とも寂しい(×_×)

中盤以降(殆ど後半?)でその姿を現す、超重要人物=ラウル・シルヴァを演じたのがハビエル・バルデムさんなんだが、このしとも「“冷徹さ”や“残虐さ”が吹っ切れてない」と言おうか、同様に“ヤバ過ぎる人物”を見事に(不快な迄に)演じ切った『ノーカントリー(2007)』に於けるアントン“Mr.ボンベ”シガー役に比べると、インパクトに欠け過ぎだった。

「ボンドガールの不在」「Mi-6に関する重要キャラ:3名の登場」 「ボンドの出生の秘密」など、幾つかの特色を持つ作品である点は評価しなければならないんだが、観てて「何だか『ちっともスッキリしないヒーローもの=新生バットマンシリーズ』の影響が007シリーズにも“波及”して来たみたいでイヤやなぁ」と感じたのが素直なトコである。

長い割にメリハリに欠けると言おうか、ボンドに対する制作者側の“愛情”みたいなモノも余り伝わって来なかった。

この調子だと・・いずれはマロリー委員長が“真の悪玉”とかになったりする展開も有り得るんじゃないやろか??(⌒~⌒ι) 「決して名前を言ってはならないあのしと」みたいに(=^_^=)

~ こんなトコも ~

・ボンドに傷を与えた「劣化ウラン弾」は、誰がいつ放ったものだったんやろ? イヴが撃ったと思ってたので、それがパトリスに繋がる展開が(正直)良く分かんなかった(×_×)

・「あのしと」の死因は、手のケガによる失血死だったんやろか?

・“ボンドの出生”に対する(脚本的な)メスの入れられ方は余りに断片的で中途半端だった。

・シルヴァの「組織感」「君臨感」「支配感」が余り描けてなかった。突出した特徴、印象を持つ手下なんかも皆無だった。

・折角“端島(軍艦島)”が登場するのに、単なる「マカオ沖の小島」程度の扱いでしかなかった(×_×)

・議会(?)襲撃以降の展開はやや間延びしてたし、削れる部分は多かったのかも。

・後半に連続する爆発&炎上関係のシーンは、何となく(総じて)ミニチュアぽかった気がする。

・『慰めの報酬』の続きの物語ではなかった。敵組織「クアンタム」は既に壊滅したのか? またミスター・ホワイトは何処へ?

・前半、トルコで休暇中のボンドの“顔やせぶり”はスゴかった!

・終盤は“西部劇”となってた気もする。連想したのは『L.A.コンフィデンシャル(1997)』『ロード・トゥ・パーディション(2002)』辺りか?

・結局は、安直気味な“内輪ネタ”“ルーツネタ”の混在で、世界観のさほど広がってなかった感が(・ω・) 

・サム・メンデス監督が前の奥さんがケイト・ウィンスレットだったり、ダニエル・クレイグの今の奥さんがレイチェル・ワイズだったりして“案外、狭い世界なんかも”と思ったりする。。

・レイチェルに関して言えば、メンデス監督&ダニエル君って、ある種の“兄弟”みたいな感じになってると表現出来なくもない(⌒~⌒ι)

・『ドリームハウス(2011)』にも興味津々。

・バイク・チェイスの用いられるトコは、奇しくも『ボーン・レガシー』っぽくもあったか。

・本作に於けるボンドより、ロンドン5輪・開会式で披露された、ダニー・ボイル監督による短編『007/幸福と栄光(Happy & Glorious)』に於ける彼の方がよりスマートで、インパクトもあったような気がする(=^_^=)

・Mi-6所属のエージェントが殉職した場合、住居(アパート)は売却され、私物は倉庫に送られてしまう事が判明。。

・ボンドの連想した言葉は次の通り。「月⇒ダンス」「スパイ⇒囮」「女⇒罠に注意」「スカイフォール⇒テストはそこまで」

・サソリを手に載せて酒を呑む場合、どんな条件で「刺される/刺されない」が決まるんやろ?

・モディリアーニの絵を前にして狙撃されてたのって・・誰?

・他に連想した作品は次の通り。『セヴン(1995)←捕まえてからが厄介』『第3の男(1949)←地下道』『ザ・ロック(1996)←島』『ダーティ・ハリー3(1976)←島』『007/ゴールデン・アイ(1995)←黒幕』『追いつめられて(1987)←エスカレータ滑り降り』『007/消されたライセンス(1989)←全体的な規模の小ささ』『007/黄金銃を持つ男(1974)←黒幕』『スピード(1994)←地下鉄』『クリフハンガー(1993)←氷の下の戦い』

・シアン化水素のカプセル(劇薬)で死に損なうと、それはそれで悲しい事になるようだ。

・拘束室の地下が・・そのまま地下鉄に直結してて笑えた(=^_^=)

・Mのご主人は、いつの間にか亡くなっておられた(×_×)

・ボンドの父母の名が明らかに! 父親はアンドリュー、母親はモニカ(モニク)だった。

・字幕担当は戸田奈津子さんだったが・・(×_×)

・終盤ってば「結局、間に合わなかった」としても大した展開の違いはなかったんかも(⌒~⌒ι)

~ こんなセリフも ~

ボンド「ヘリを出す? 遅過ぎるさ」

   「“気晴らし”をされては? 生き返りますよ」

   「報告? 絵葉書なら出しましたよ」

   「今日・・無駄な1日」

   「コンピュータに“とっさに銃を撃つのを控える”

    決断が出来るか?」

   「・・世代交代か」

   「古風な物は棄て難い

   「幸運は必要だ」

   「何を恐れている?」

   「怯えてる女なら分かるさ。

    恐怖には“精通”してるからな」

   「僕になら彼を殺せる・・過去の経験で断言するよ」

   「食物連鎖だな」

   「銃のない君はいい」

   「問題は、奴の次の企みだ」

   「ツイてる・・列車が来る」

   「私は衛生安全委員です」

   「確かに、これは“誘拐”に見えますね」

   「何処へ? 過去へ」

   「他にも文句が?」

   「殺しに来る奴等を殺す」

   「追悼文を読みました・・最悪でした」

   「こんな家など!」

   「僕が最後のネズミだ」

M「撃つのよ!」

 「部下の働きは万全です」

 「もう充分(This is it.)」

 「此処には泊めないわよ」

 「“影の世界”は、今も消滅してないわ」

 「誰も巻き込まないで!」

 「銃はヘタなの」

 「私は1ツ・・正しかった」

マロリー「職務を全うしたなら、引き際も毅然とされては?」

    「現場は“若者の世界”だぞ」

    「引き際の悪いのは恥だ」

    「情に流されてますね」

    「しくじるなよ、007」

    「首相に知れたら? 地獄行きだろうな」

    「問題は“適正”だな」

Q「ペンシル爆弾なんて“アンティーク”です」

 「銃は壊さずに返して下さいよ」

 「たまにはラッシュアワーも良い経験でしょう?」

黒幕“自らの犯した罪を思い出せ(Think on your sins.)”

  “罪を思い出したか?(Have you been thinking?)”

  「どうした? 007はやはり死んだのか?

   何処かに消えちまったのか?」

  「そんなに小柄だったか」

  「“俺”で驚いたか?」

  「悔いはないか・・思った通りだな」

  「これで死ねると思ったが・・生にしがみつかれた。

   あんたにもう1度、逢うためさ」

  「あんたが・・俺をこうした」

  “トロいぞ、坊や”

  「ナマった身体でやるじゃないか」

  「女は俺のものだ」

  「イイね! ここ以外にない場所だ」

シルヴァ「生き残った2匹のネズミは“本性”を変えられたのさ」

    「薬と酒で何とか保(も)ってるな?」

    「70点だと? 40点の間違いだろ?」

    「互いを共喰いするか? 他を殺すか?」

    「どんな事にも“最初”はある

    「力での勝負は退屈だ」

    「自らのミッションを選べ」

    「見せよう(Let me show you something.)」

    「お前が抱いた男達だよ」

    「スコアを挽回してみせろ」

キンケイド「何の仕事だって?」

     「準備なら、お前の生まれる前から出来とるぞ、小僧」

     「ようこそスコットランドへ」

ボンド「(ミラーなんか無くたって)どうせ使わない」

イヴ「こっち側もね」

M「今のは?」

イヴ「ワーゲンのビートルです」

M「報告をなさい!」

イヴ「説明が難しいんです」

M「今まで何処へ?」

ボンド「“死の世界”へ」

ボンド「ケガは?」

M「プライドだけ」

M「遅いじゃないの」

ボンド「“深み”にハマってまして」

M「もう逃げるのは無理ね」

ボンド「僕がついてます」

イヴ「デスクワークをしろと?」

ボンド「その逆だろ」

ボンド「未だ顔にニキビがあるぞ」

Q「顔は別です」

ボンド「僕を狙ってないのか?」

黒幕「いいや、狙ってるさ」

| | コメント (8)

2012年12月19日 (水)

☆『100年の時計』☆

すっかり記事のアップが遅くなってしまい、スミマセン(×_×)

ヘタすると、月内に1回更新ペースも難しいかも知れんなこの調子では・・(⌒~⌒ι)

・・

11月27日(火曜)の夜、市内の“ワーナー・マイカル・シネマズ高松”にて鑑賞して来たのは、我が街=高松(←ここ数年、お世話になっとるだけやろが!)を縦横に走るローカル電鉄=ことでん(高松琴平電氣鐵道)の存在を“軸”に据えた、ロマンティックなSFラヴ・ファンタジー(?)『100年の時計(←正しい表記は『百年の時計』)』だった。

基本的に「ご当地(香川)を舞台とした作品ならば・・可能な限り観とこうではないか!」と決めてるので、迷いこそ余りなかったが、予備知識の殆どないまま劇場に向かったような感じだったので、若干の不安がないワケでもなかった(・ω・)

監督は『ばかもの(2010)』以来の劇場鑑賞となる金子修介氏。

2011年11月18日に「路線開通100周年」を迎えたことでんの記念事業の一環として制作された“オール香川県内ロケ作品”でもある。

高松市美術館(←実在)に勤務する女性学芸員=神高涼香(かみたかすずか:木南晴夏)は、地元・香川出身の世界的な前衛芸術家=安藤行人(あんどうこうじん:ミッキー・カーチス)の“四国初の大回顧展”開催にようやく漕ぎつけ、不安を覚えつつも心中では得意満面だった。

30年ぶりに高松空港に降り立った(ハズの)行人を迎えに行く美術館スタッフだが・・そこにやって来たのは、彼のマネージャーをつとめる娘=美咲(木内晶子)のみだった。

実は「1本早い便で、既に空港に到着していた」と言う行人。手分けして彼の行方を捜す事となった涼香たちは、片原町商店街でようやく扮装した姿の老芸術家を発見するに至る。

そして、この1件を皮切りに、行人は「新作を造るインスピレーションが湧かない」等とダダを捏ねては、美術館員らを呆れさせる。

無気力&人間不信に陥っているそんな行人に、涼香は「以前、先生にお会いした事があります」と告げる。

真剣な態度の涼香を前にし、ようやく彼女のハナシに耳を傾ける行人・・

そんな彼が涼香に提示した条件は「俺が芸術家を目指すきっかけとなった、この“懐中時計”の贈り主を捜して欲しい」と言うものだった。

行人が今も愛用する“懐中時計”の持ち主が見つかり、その人物に逢う事が出来たら、失われた創作意欲が復活するかも知れない・・と。

こうして、涼香とその父=邦男(井上順)、彼氏=溝渕建治・・らを巻き込んだ“100年の時計の所有者捜し”の旅が始まるのだった・・

作品ポスターのヴィジュアルイメージからして、何処となく筒井康隆、眉村卓、半村良、、と言った往年の(?)SF作家によるジュブナイル(児童文学)の文庫本表紙を思わせてもくれる本作。

総じて評するなら、結局のトコは小粒(=小品)で、製作費の潤沢な印象なんぞ微塵も感じられないのだが(おい)・・限られた資金&制作期間の中で極めて真面目に造られた“愛すべきマイナー作品”ってな表現がワタシのアタマに浮かんだ。

本来、主人公の立ち位置にあるべき(?)涼香&行人の両者(の言動)が何となく“ラディッシュ”っぽくも思われ、イマイチ物語に脚を踏み入れ辛いトコもあるにはあったワケだが・・劇中に登場する「氏部由紀乃&青年期の行人」の2人の“過去の恋愛模様”がとにかく素晴らしく、そちらの方にグイグイと引き込まれて行ったのだった(⌒~⌒ι)

由紀乃さんを演じた中村ゆり、そして若き日の行人を演じた近江陽一郎・・の2人の“悲しいドラマパート”の完成度が、ワタシのハートを完全に貫いてくれたのだった!(⌒~⌒ι) おまけに泣かされもしたり(照)

唐突に、ことでんの乗客各位が“モノローグ”を放ち始め、何だか「主人公って誰だったっけ?」的にちょいとアタマのクラクラして来る演出もあったが、そう言ったある種“ノイジー”な展開に走り始めた物語を元の軌道に戻し、再びロマンティックな幕引きへと観客をエスコートしてくれたのもまた「由紀乃&行人」なのだった。

って事で、も少し「青年期の行人」を巡るドラマをメインに据え、多少は尺が短くなろうとも、ブレない構成で突き詰めて仕上げたら、更に万人にウケる作品に仕上がったんじゃないかな~と思う。

~ こんなトコも ~

・序盤など、田園風景の映し出されるシーンにおける“緑”の色合いが印象的で素晴らしかった! 『萠の朱雀(1997)』や『リリィ・シュシュのすべて(2001)』を連想してしまったモノである(・ω・)

・セリフの中で「行人は“椅子”職人の息子」と語られてたが、正しくは「“石”職人の息子」だった・・“耳コピー”の限界やね。。

・『シグナル/月曜日のルカ』でも存在感の光ってた井上順さん。基本“スマイリー”な表情の中に、独特の哀愁の漂っているのがイイ。

・「コレが前衛芸術だ!」とか叫びながら、ミッキー・カーチスがロボットの着ぐるみ(潮風Mk2)に入って歩き回ってくれるんじゃないかと期待してしまった(=^_^=)

・神高家にあった飾り皿の文句“仲佳き事は美しき哉”はちょいと微笑ましい。

・松島町にある(設定の)古本屋=讃州堂書店に置かれてた『骨董屋往來記』を読んでみたい!

・当時19歳の行人が手がけた映画館の看板に『宇宙大戦争』『黒い画集』『電送人間』等の新作タイトルが併記されてた事から、時代設定は1960年らしい。

・現在と過去の映像を画面の左右に配するセンスは、一見ベタそうながら、なかなかイイ印象を受けた。

~ こんなセリフも ~

行人「彼らは役者・・アーティストだよ」

  「彼らにミューズの祝福を」

  「我が魔法、悉(ことごと)く破れたり」

  「やる気がなくなった」

  「気に喰わない事ばっかりだよ」

  「ペーペーな学芸員に会ってる暇はありません」

  「他の奴の意見なんてどうでもイイの

  「俺を使ってひと儲けしようってんだろ?」

  「俺も舐められたもんだ」

  「造れないんだよ・・俺はマネーゲームの

   サーキットから降りたんだ」

  「(時代の)流れについて行けなかった」

  「あれは魔法だった」

  「また違う魔法を(俺に)かけて呉れるかも知れない」

  「さぁ、過去への旅路を御一緒しましょう」

  「公共電波を使ったパブリックアートさ」

  「受け身で生きて、(人生に)何の意味がある?」

  「まるで“電車のアトリエ”だな」

  「あんたもただもんじゃないな」

  「コレ(音楽)もアートだからね」

  「そんな事は直感でイイんだよ

  「訊かれない事に答える義理はねぇよ」

  「俺が、彼女を破滅させた」

  「アートって何でしょう? 其れは単なる言葉に過ぎません」

  「実に美しいダイヤです・・余白が沢山あります」 ←場内で笑いが

  「私は此の創作に全財産を注(つ)ぎ込むつもりです」

  「諸君は、此の舞台では“鏡”となる」

  「此の旅を誰かに・・君に観て欲しい」

  「男やもめって、娘と何を喋ってイイのか、分かんないんだよね」

  「総ては赦される・・さぁ、顔を上げよう」

涼香「やっと・・先生に辿り着いたよ」

  「あの日、あの場に居た人は、自分の記憶と向き合ったんです」

  「先生は未だ“終わって”いません」

  「先生には未だ“伝えたい事”があるんじゃないんですか?」

  「何も出来ないなら、最初から言わないでよ」

  「一生の宝物にします」

  「この絵の女性の顔は・・体温も匂いも持った女の顔です。

   ・・そう言うの、女には分かるんです」

  「(あの人は)先生と出逢って、やっと“女”になれたんですよ」

  「どうして孤独にしちゃうんだろ」

邦男「こんな風に(亡き妻の)切絵が飾られてるのを観ると、未だに・・」

  「感じるんですよ・・(娘は)何処かで私を拒んでる」

建治「現代アートなんて屁理屈ばっかじゃん」

  「一緒にいる人を孤独にするんだよ・・お前は」

由紀乃「あげるんじゃないわよ・・貸すの」

   「(懐中時計の)掌に時間を掴んでる感覚が好き」

   「止(や)めて! ・・もう戻れなくなるよ

   「2人とも“人の道に外れる事”をしてるのよ。

    ・・絶対に幸せになんかなれない」

   「どうしてそんな事を言うの? 私を苦しめて楽しい?

    ・・何も分かってないよ」

   「これまでとこれからの時間を捧げます」

乗客“毎朝、浅い眠りから目覚める度に思う・・未だ生きとる”

  “みんな忘れたような顔をしている”

  “随分長い間、人の涙を見て見ぬ振りして来た”

※「お嬢ちゃん、この着物はどう?」

 「お互い、歳をとったわね」

ベルイマン“表現とは、闇の中に槍を投げ、

      其れを拾いに行くような行為である”

セネカ“人間は、常に時間が足りないとこぼしながら、

    まるで時間が無限にあるかの如く振舞う”

行人「其処へ座ってくれる?」

涼香「・・光栄です」

涼香「(娘さんじゃなく)私では不満ですか?」

行人「“うるせぇ事”に限っては、どっちもどっちだよ」

行人「コレ(企画書)がなければ、俺は此処に居ないよ」

涼香「あの作品がなければ、私も此処に居ません」

建治「俺は涼香の為なら何でもやるよ」

涼香「言ったな? 責任重大だぞ!」

建治「今日、すげぇキレイだったよ」

涼香「当ったり前だ」

※「大切な事は、何も言わないのよね・・男って」

涼香「・・女もです」

※「何処へ?」

行人「これまでとこれからの時間です・・連れて行きます」

行人「魔法だ・・人生は美しい」

※「知らなかったの?」

| | コメント (2)

2012年12月10日 (月)

☆『ミッドナイト・イン・パリ(2011)』☆

11月25日(日曜)の夜。商店街の中にあるミニシアター“ソレイユ”で観て来たのは、ウッディ・アレン監督による「近年稀にみる(=^_^=)傑作」との評判も高いファンタジック・ラヴロマンス『ミッドナイト・イン・パリ』だった。

後で考えたら、近所の「ツ※ヤ」にて、既に「新作レンタル」も可能だったりしたんだが・・「ここはやっぱ、大きなスクリーンで贅沢に観ときたいよね~」的な気持ちが高まり、敢えて劇場へと突進した次第である。

“売れっ子脚本家”とし、ハリウッドである程度の成功をおさめている中堅ライター=ギル・ベンダー(オーウェン・ウィルソン)は、処女小説の執筆に専念するため、婚約者=イネズ(レイチェル・マクアダムス)の両親と共に、しばらくパリに滞在する。

以前からパリに憧れていたギルは「この街に住んでみたい!」とさえ考えるようになるが、イネズは「あなたと住むのならマリブに」と全く耳を貸そうとしない。

そんなある日、2人は街でイネズの友人であるポール(マイケル・シーン)とその妻=キャロルに偶然にも再会する。

ポールの誘いでパリ近郊を観光するギルたちだが・・何処に出掛けても“やたらと知識人ぶる”ポールの言動に、ギルはやがてウンザリし始めるのだった。

正直、スランプ状態に陥り執筆の止まってしまっていたギルは、酔ってホテルに戻る途中だったある晩、見知らぬ坂道で真夜中を告げる12回の鐘の音を聞いた直後、謎のクラシックカー(旧型のプジョー)に便乗する事で、不思議なパーティに招かれ合流する。

何処か古臭い印象のある会場で、ギルが出逢ったのは、フィッツジェラルド夫妻(スコット&ゼルダ)、コール・ポーター、アーネスト・ヘミングウェイ、ガートルード・スタイン・・と言う往年の名士たちだった!

真夜中に、その坂道で待機してさえいたら“1920年代の「古き佳き時代」のパリにタイムスリップが出来る”事を知ったギルは、先達たる文豪らに触発されスランプからの脱却に成功するが、一方で「ロマンティックさ」を欠片(かけら)ほども持ち合せないイネズとの関係は、次第にぎくしゃくとし始めるのだった・・

アレン監督作としては作品全体では『ギター弾きの恋(1999)』以来、劇場鑑賞に至っては『それでも恋するバルセロナ(2008)』以来となるが・・ホンマに楽しんで撮ってはるなぁ~ と何故だか羨ましく思えてならなかった。

「スランプ状態の主人公が過去に飛び、そこで出逢った人物に影響され、ひいては現在置かれた状況からの脱却のヒントを得る」みたいに物語を煮詰めて1行で語ると(=^_^=) 実に、気恥ずかしくなる程のベタさに、書いてるこっちまでが恥ずかしくなって来るほどなんだが(おい!) そう言ったベタさを「飄々とした、気負いのない演出群」でサラリと描き、なおかつ観客に“幸福感”までも与えてしまう・・って芸当ってば、アレン監督ぐらいにしかやってのけられない事なんじゃなかろうか?

「さんざんニューヨーク(マンハッタン)を礼讃しといて、今になってパリ万歳かよ!」

「主人公を“自らの似姿”として配するにせよ、(美男でガッチリ系の)オーウェン・ウィルソンかよ!」

とか、ファンでなくても赦せない点も多々見受けられる(=^_^=) ワケではあるが・・本作の「形容出来ない心地良さ」って言うのは、心の何処かでロマンティックに生きてみたい男性諸氏にとっては「んもぅ! タマりませんでごぢゃいまするがな~!」の世界観をほぼ完璧に近い姿で構築してるんじゃないやろか。

って言うか“知識人ぶってる中年男性”のハートを見事に射抜いてくれる、そんな良作と評したい!

にしても、、近年『それでも恋するバルセロナ⇒スペイン』・・『恋のロンドン狂想曲(2010)⇒イギリス』・・本作⇒フランス・・『トゥ・ローマ・ウィズ・ラヴ(2012)⇒イタリア』・・と「敢えてニューヨークと訣別する」ぐらいの勢いで海外展開&海外礼讃しとるアレンのおっちゃんだが・・ ぼちぼち「スイスに永住(←それはチャップリンだろ!)」だの「日本に帰化(←それはドナルド・キーンだろ!)」だのと言った壮大なプランでもおっ立てて行ってはるのやろか??(⌒~⌒ι)

~ こんなトコも ~

・本作のサイトによると“問題の坂道”は「モンターニュ・サント・ジュヌヴィエーヴ通り」ってトコらしい。

・ギル以外にも「タイムスリップに成功した」人物が(2人は)いた! って事は、時間&場所さえ合致すれば、誰でも飛んで行けそうな気はする。

・「何処の時代へ飛ぶのか」「どうやって戻るのか」は、詳細には描かれなかった(⌒~⌒ι)

・ヒロイン役(?)のレイチェル・マクアダムスには、殆ど良い印象を受けなかった(×_×) 『シャーロック・ホームズ/シャドゥ・ゲーム(2011)』に於ける“あの扱い”と言い・・ ちゃんと脚本に納得した上で、お仕事を受けてはるんやろか(⌒~⌒ι)

・オーウェン&レイチェルは『ウェディング・クラッシャーズ(2005)』なるラヴコメ作で、既に共演済らしい。

・看板に「SAUF(ソフ)」と書かれてて、その時は意味が分かんなかった。。後で調べると「~を除く(=除き通行可)」って事らしく、重要なのは「文字」と共に「そこに描かれてるもの」なのだった(・ω・)

・「カフェ・ド・フロール(サン・ジェルマン・デ・プレ教会前の老舗カフェ)」「ブラッセリー・リップ(同教会近くの老舗レストラン)」「ブリストル・ホテル(フォーブル・サントノーレ通り)」「ポリドール(リュクサンブール公園近くの老舗大衆食堂)」「マキシム・ド・パリ(老舗高級レストラン)」「シェイクスピア&カンパニー書店(セーヌ川左岸の老舗書店)」と言った有名なスポットが登場してた。

・ダリはどうにもエイドリアン・ブロディにしか見えず、ガートルード・スタインはどうにもキャシー・ベイツにしか見えなかった(=^_^=)

・反対にポール役のマイケル・シーンは、どう眺めても『クイーン(2006)』に於けるトニー・ブレアと同一人物とは思えなかった。。

・美術館の美人案内係を演じてたのは、何とカーラ・ブルーニ。サルコジ(前)仏大統領の奥様なんですね・・(⌒~⌒ι)

・「ヴェルサイユ」は「耕作のため草を焼いた野」と言う意味の古いフランス語を語源にしてるそうだ。

・コール・ポーター作曲の“Let's do it(1928)”の歌詞がなかなかにキワどくてスゴい! “♪ロマンティックな海綿体も恋をするらしい”とか“♪オイスター湾の牡蛎も恋に堕ちる”とか唄ってはります。

・1920年代から、恐らくは1890年前後の時代(ロートレックの活動していた時期)に“再タイムスリップ”してるような後半だったが、詳細は殆ど解説されなかった(×_×)

~ こんなセリフも ~

ギル「脚本の方が(小説より)簡単なのさ」

  「あいつ・・何でも“通”なんだな」

  「君の振り撒くフェロモンに、ムラムラしてる」

  「偶然にしちゃ出来過ぎだ」

  「確かに少し酔ってた・・でも泥酔じゃなかった」

  「さぁ、教養を仕入れよう」

  「昼のパリと夜のパリを比べる事なんて出来ない」

  「総てはパリに叶わない。あらゆる通りや路地が芸術品なんだ」

  「此処は宇宙一、活気のある街だ」

  「たわ言さ・・多少は洒落てるけど」

  「そりゃ、悲し気な眼にもなりますよ」

  「状況が複雑でして」

  「僕はシュールな想像力に欠けるのかな?」

  「説明のつかない理由で(彼女に)惹かれている」

  「人生は不可解過ぎる」

  「瞬間に永遠を感じた」

  「僕にとっての“今”は2010年なんだ」

  「ミケランジェロに訊いたら、13世紀辺りに憧れてるのかも」

  「現在は不安なものなんだ・・それが人生だから」

  「パリは恋の街だ、此処じゃ浮気も仕方ないさ」

イネズ「あなたの“神たち”が夢に出て来たの?」

   「それって、脳腫瘍かも?」

   「敗北主義に陥らないで」

ポール「懐古主義なんてものは、現代に対する拒絶反応に過ぎない」

   「酒は欲情を煽りつつ・・性欲を奪う」

アドリアナ「もう引き込まれたわ(I have already hooked.)」

     「彼は毎日、離婚との間で揺れてる」

     「是非、パリに住むべきよ」

     「芸術家なんてみんな子供よ」

     「今こそ“黄金時代”よ」

     「私にとっては心が大事」

ゼルダ「私の才能は、やはり“呑む事”だけね」

ヘミングウェイ「戦場に於ける泥まみれの死は、高潔にほど遠い。

        しかし・・潔い死は高潔だ」

       「作家なら“観察”しろ」

       「上手であれ、下手であれ、俺にとって

        他人の小説は不快だ」

       「作家同士はライバルだ」

       「死を恐れていては何も書けん」

       「最高の女を抱いた事が?」

       「小心は愛のなさ故に生じる」

       「最高の女を抱いた瞬間のみ、

        死の想念を忘れる事が出来る」

       「女は勇敢な男に匹敵する」

義父「此処は、政治では好かん国だ」

義母「安物は安物」

ピカソ「女は“性と創作の対象”でしかない」

ダリ「どうやらフラれたな、君」

フォークナー“過去は死なない。それは過去ですらない”

ガブリエル「此処に住むの? 虜になるわよ」

     「パリは雨が1番素敵なの」

イネズ「夢に恋を?」

ギル「いや・・君に恋してる」

イネズ「それだけ?」

ギル「細部は大事さ」

ギル「大体に於いて、僕と婚約者は意見が一致する」

アドリアナ「重要な事でも?」

ギル「いや・・些細な事で」

ブニュエル「俺には、映画が見える」

マン・レイ「私には、写真が見える」

ダリ「我輩には、サイが見える」

追記1:あの探偵の「その後」が心配である。。

追記2:ロダン、ジャン・コクトー、カミーユ・クローデル・・は登場せず。

追記3:本作は“第84回アカデミー賞(2012)”に於いて「脚本賞」を授賞している。

| | コメント (2)

« 2012年11月 | トップページ | 2013年1月 »