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2012年12月10日 (月)

☆『ミッドナイト・イン・パリ(2011)』☆

11月25日(日曜)の夜。商店街の中にあるミニシアター“ソレイユ”で観て来たのは、ウッディ・アレン監督による「近年稀にみる(=^_^=)傑作」との評判も高いファンタジック・ラヴロマンス『ミッドナイト・イン・パリ』だった。

後で考えたら、近所の「ツ※ヤ」にて、既に「新作レンタル」も可能だったりしたんだが・・「ここはやっぱ、大きなスクリーンで贅沢に観ときたいよね~」的な気持ちが高まり、敢えて劇場へと突進した次第である。

“売れっ子脚本家”とし、ハリウッドである程度の成功をおさめている中堅ライター=ギル・ベンダー(オーウェン・ウィルソン)は、処女小説の執筆に専念するため、婚約者=イネズ(レイチェル・マクアダムス)の両親と共に、しばらくパリに滞在する。

以前からパリに憧れていたギルは「この街に住んでみたい!」とさえ考えるようになるが、イネズは「あなたと住むのならマリブに」と全く耳を貸そうとしない。

そんなある日、2人は街でイネズの友人であるポール(マイケル・シーン)とその妻=キャロルに偶然にも再会する。

ポールの誘いでパリ近郊を観光するギルたちだが・・何処に出掛けても“やたらと知識人ぶる”ポールの言動に、ギルはやがてウンザリし始めるのだった。

正直、スランプ状態に陥り執筆の止まってしまっていたギルは、酔ってホテルに戻る途中だったある晩、見知らぬ坂道で真夜中を告げる12回の鐘の音を聞いた直後、謎のクラシックカー(旧型のプジョー)に便乗する事で、不思議なパーティに招かれ合流する。

何処か古臭い印象のある会場で、ギルが出逢ったのは、フィッツジェラルド夫妻(スコット&ゼルダ)、コール・ポーター、アーネスト・ヘミングウェイ、ガートルード・スタイン・・と言う往年の名士たちだった!

真夜中に、その坂道で待機してさえいたら“1920年代の「古き佳き時代」のパリにタイムスリップが出来る”事を知ったギルは、先達たる文豪らに触発されスランプからの脱却に成功するが、一方で「ロマンティックさ」を欠片(かけら)ほども持ち合せないイネズとの関係は、次第にぎくしゃくとし始めるのだった・・

アレン監督作としては作品全体では『ギター弾きの恋(1999)』以来、劇場鑑賞に至っては『それでも恋するバルセロナ(2008)』以来となるが・・ホンマに楽しんで撮ってはるなぁ~ と何故だか羨ましく思えてならなかった。

「スランプ状態の主人公が過去に飛び、そこで出逢った人物に影響され、ひいては現在置かれた状況からの脱却のヒントを得る」みたいに物語を煮詰めて1行で語ると(=^_^=) 実に、気恥ずかしくなる程のベタさに、書いてるこっちまでが恥ずかしくなって来るほどなんだが(おい!) そう言ったベタさを「飄々とした、気負いのない演出群」でサラリと描き、なおかつ観客に“幸福感”までも与えてしまう・・って芸当ってば、アレン監督ぐらいにしかやってのけられない事なんじゃなかろうか?

「さんざんニューヨーク(マンハッタン)を礼讃しといて、今になってパリ万歳かよ!」

「主人公を“自らの似姿”として配するにせよ、(美男でガッチリ系の)オーウェン・ウィルソンかよ!」

とか、ファンでなくても赦せない点も多々見受けられる(=^_^=) ワケではあるが・・本作の「形容出来ない心地良さ」って言うのは、心の何処かでロマンティックに生きてみたい男性諸氏にとっては「んもぅ! タマりませんでごぢゃいまするがな~!」の世界観をほぼ完璧に近い姿で構築してるんじゃないやろか。

って言うか“知識人ぶってる中年男性”のハートを見事に射抜いてくれる、そんな良作と評したい!

にしても、、近年『それでも恋するバルセロナ⇒スペイン』・・『恋のロンドン狂想曲(2010)⇒イギリス』・・本作⇒フランス・・『トゥ・ローマ・ウィズ・ラヴ(2012)⇒イタリア』・・と「敢えてニューヨークと訣別する」ぐらいの勢いで海外展開&海外礼讃しとるアレンのおっちゃんだが・・ ぼちぼち「スイスに永住(←それはチャップリンだろ!)」だの「日本に帰化(←それはドナルド・キーンだろ!)」だのと言った壮大なプランでもおっ立てて行ってはるのやろか??(⌒~⌒ι)

~ こんなトコも ~

・本作のサイトによると“問題の坂道”は「モンターニュ・サント・ジュヌヴィエーヴ通り」ってトコらしい。

・ギル以外にも「タイムスリップに成功した」人物が(2人は)いた! って事は、時間&場所さえ合致すれば、誰でも飛んで行けそうな気はする。

・「何処の時代へ飛ぶのか」「どうやって戻るのか」は、詳細には描かれなかった(⌒~⌒ι)

・ヒロイン役(?)のレイチェル・マクアダムスには、殆ど良い印象を受けなかった(×_×) 『シャーロック・ホームズ/シャドゥ・ゲーム(2011)』に於ける“あの扱い”と言い・・ ちゃんと脚本に納得した上で、お仕事を受けてはるんやろか(⌒~⌒ι)

・オーウェン&レイチェルは『ウェディング・クラッシャーズ(2005)』なるラヴコメ作で、既に共演済らしい。

・看板に「SAUF(ソフ)」と書かれてて、その時は意味が分かんなかった。。後で調べると「~を除く(=除き通行可)」って事らしく、重要なのは「文字」と共に「そこに描かれてるもの」なのだった(・ω・)

・「カフェ・ド・フロール(サン・ジェルマン・デ・プレ教会前の老舗カフェ)」「ブラッセリー・リップ(同教会近くの老舗レストラン)」「ブリストル・ホテル(フォーブル・サントノーレ通り)」「ポリドール(リュクサンブール公園近くの老舗大衆食堂)」「マキシム・ド・パリ(老舗高級レストラン)」「シェイクスピア&カンパニー書店(セーヌ川左岸の老舗書店)」と言った有名なスポットが登場してた。

・ダリはどうにもエイドリアン・ブロディにしか見えず、ガートルード・スタインはどうにもキャシー・ベイツにしか見えなかった(=^_^=)

・反対にポール役のマイケル・シーンは、どう眺めても『クイーン(2006)』に於けるトニー・ブレアと同一人物とは思えなかった。。

・美術館の美人案内係を演じてたのは、何とカーラ・ブルーニ。サルコジ(前)仏大統領の奥様なんですね・・(⌒~⌒ι)

・「ヴェルサイユ」は「耕作のため草を焼いた野」と言う意味の古いフランス語を語源にしてるそうだ。

・コール・ポーター作曲の“Let's do it(1928)”の歌詞がなかなかにキワどくてスゴい! “♪ロマンティックな海綿体も恋をするらしい”とか“♪オイスター湾の牡蛎も恋に堕ちる”とか唄ってはります。

・1920年代から、恐らくは1890年前後の時代(ロートレックの活動していた時期)に“再タイムスリップ”してるような後半だったが、詳細は殆ど解説されなかった(×_×)

~ こんなセリフも ~

ギル「脚本の方が(小説より)簡単なのさ」

  「あいつ・・何でも“通”なんだな」

  「君の振り撒くフェロモンに、ムラムラしてる」

  「偶然にしちゃ出来過ぎだ」

  「確かに少し酔ってた・・でも泥酔じゃなかった」

  「さぁ、教養を仕入れよう」

  「昼のパリと夜のパリを比べる事なんて出来ない」

  「総てはパリに叶わない。あらゆる通りや路地が芸術品なんだ」

  「此処は宇宙一、活気のある街だ」

  「たわ言さ・・多少は洒落てるけど」

  「そりゃ、悲し気な眼にもなりますよ」

  「状況が複雑でして」

  「僕はシュールな想像力に欠けるのかな?」

  「説明のつかない理由で(彼女に)惹かれている」

  「人生は不可解過ぎる」

  「瞬間に永遠を感じた」

  「僕にとっての“今”は2010年なんだ」

  「ミケランジェロに訊いたら、13世紀辺りに憧れてるのかも」

  「現在は不安なものなんだ・・それが人生だから」

  「パリは恋の街だ、此処じゃ浮気も仕方ないさ」

イネズ「あなたの“神たち”が夢に出て来たの?」

   「それって、脳腫瘍かも?」

   「敗北主義に陥らないで」

ポール「懐古主義なんてものは、現代に対する拒絶反応に過ぎない」

   「酒は欲情を煽りつつ・・性欲を奪う」

アドリアナ「もう引き込まれたわ(I have already hooked.)」

     「彼は毎日、離婚との間で揺れてる」

     「是非、パリに住むべきよ」

     「芸術家なんてみんな子供よ」

     「今こそ“黄金時代”よ」

     「私にとっては心が大事」

ゼルダ「私の才能は、やはり“呑む事”だけね」

ヘミングウェイ「戦場に於ける泥まみれの死は、高潔にほど遠い。

        しかし・・潔い死は高潔だ」

       「作家なら“観察”しろ」

       「上手であれ、下手であれ、俺にとって

        他人の小説は不快だ」

       「作家同士はライバルだ」

       「死を恐れていては何も書けん」

       「最高の女を抱いた事が?」

       「小心は愛のなさ故に生じる」

       「最高の女を抱いた瞬間のみ、

        死の想念を忘れる事が出来る」

       「女は勇敢な男に匹敵する」

義父「此処は、政治では好かん国だ」

義母「安物は安物」

ピカソ「女は“性と創作の対象”でしかない」

ダリ「どうやらフラれたな、君」

フォークナー“過去は死なない。それは過去ですらない”

ガブリエル「此処に住むの? 虜になるわよ」

     「パリは雨が1番素敵なの」

イネズ「夢に恋を?」

ギル「いや・・君に恋してる」

イネズ「それだけ?」

ギル「細部は大事さ」

ギル「大体に於いて、僕と婚約者は意見が一致する」

アドリアナ「重要な事でも?」

ギル「いや・・些細な事で」

ブニュエル「俺には、映画が見える」

マン・レイ「私には、写真が見える」

ダリ「我輩には、サイが見える」

追記1:あの探偵の「その後」が心配である。。

追記2:ロダン、ジャン・コクトー、カミーユ・クローデル・・は登場せず。

追記3:本作は“第84回アカデミー賞(2012)”に於いて「脚本賞」を授賞している。

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コメント

こんばんは。

「中年男性のハートを射抜いてくれる」って、、、“アツイ映画”でもなく、“モノとモノとがぶつかり合うような映画”でもなく、TiM3さん仰るところの「飄々とした、気負いのない演出群」で「サラリと」描かれた作品でソレをやってのけてしまうというのが凄いですね。そのあたりがこの監督さんの不動の人気を誇る所以なのでしょうか。(*^_^*)


投稿: ぺろんぱ | 2012年12月11日 (火) 20時22分

ぺろんぱさん、ばんはです。

デジカメ1眼をフト買い替えたら、ついでにレンヅまで欲しくなって
来ちゃいました(⌒〜⌒ι) あらら・・

>「中年男性のハートを射抜いてくれる」って、、、
>“アツイ映画”でもなく、“モノとモノとがぶつかり合うような映画”
>でもなく、TiM3さん仰るところの「飄々とした、気負いのない
>演出群」で「サラリと」描かれた作品でソレをやってのけてしまう
>というのが凄いですね。そのあたりがこの監督さんの不動の人気
>を誇る所以なのでしょうか。(*^_^*)

あまり「どや!」って言う(監督の)したり顔の浮かんで来ないトコに
逆に好感を持ってしまいます。

何だか着眼点は「ベタ」だと思うんですけど・・ロマンティックで
イイんですよね〜。

芸術家同士が互いにリスペクトしつつ、一方で相手に懐中(フトコロ)の
総ては見せない・・みたいなスタンスをキープしてる辺りも
コミカルな心理劇を眺めてるようでした。

そうそう。何故だか、三谷幸喜氏が書いた芝居『コンフィダント/絆』
にも通じる味わいを覚えたのでした。
DVDが(未開封のまま)何処かに転がってるから、また観てみたいなぁ・・

投稿: TiM3(管理人) | 2012年12月12日 (水) 00時45分

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