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2012年5月31日 (木)

☆『M:i:B(メン・イン・ブラック)3』☆

27日(日曜)の夜。

明朝(早く)からの(1泊)出張に備え、色々と準備をするために市内中心部(=^_^=)へと向かったワタシ。
思ったより手際良く、そちらが整ったため「ついでだし!」と考え“ワーナー・マイカル・シネマズ高松”に足を運ぶ事にした。

公開が始まったばかりの、人気(?)SFシリーズ最新作『M:i:B(メン・イン・ブラック)3』を観るためである。

ハナから「“3D版”を敢えて観る必要性など、全くナシ!」と見切ってたので(=^_^=) “2D+日本語字幕版”の上映開始時間にターゲットを絞ってたが、結果的に「それはそれで成功だった」と考えている(・ω・)

某所に存在する、凶悪犯の永年収容に特化(?)した“ルナマックス刑務所”から、ボグロダイト星人の囚人=アニマル・ボリスが脱走を遂げた。

強靭なボディと、冷酷なハートを併せ持ったボリスは、自身の左腕を1969年に奪った、MiB(メン・イン・ブラック=全宇宙の秩序を極悪異星人の脅威から護る、米政府の極秘機関)のベテラン捜査官=K(トミー・リー・ジョーンズ)に恨みを抱いていた。

1969年7月16日、ボリスをフロリダ州ケープ・カナベラルで逮捕したKだが、その時の事は、14年来の相棒=J(ウィル・スミス)がしつこく訊ねようと、決して口を開こうとはしないのだった。

Kと40年来の同僚だった部長=Zが亡くなり、その追悼式を執り行った数日後(?)のある夜、今度はKが忽然とJの前から姿を消す。

それに加え、不思議な事には“前日までのKの存在”を知る者は、MiBの中ではJ以外に誰もいないのだった。

Zの後任である新部長=O(エマ・トンプソン)のみは、何かを掴んでいるようだが・・

Jはそれまでに得た情報から「ボリスがKの過去に飛び、何らかの細工をした事」が総ての原因であると睨み、ボリスに関する事情に詳しい男=ジェフリー・オバダイアに会いに行くのだが・・

う〜ん・・本来の持ち味(?)である「K&Jによるバディ・ムーヴィー(=コンビもの)」を楽しみに行ったんだが、、ある意味「トミー・リーが“巧妙な(脚本上の)仕掛けによって”殆ど物語(の前面)に出て来ない」と言うしたたかなテクが用いられ、その点に驚かされた。

それに加え、前作(2002)、前々作(1997)、、と「Z役を好演してくれた、リップ・トーン氏」が出演しなかったり、意味深な印象ながら「まだまだキャラ造型の粗(あら)過ぎるO役のエマトンさん」など・・私的には、何とも残念なキャラ陣の扱いだったように(×_×)

中盤以降は“異星人との戦い”と言うよか“時間(=過去)との戦い”が軸になってハナシは転がって行く展開に。
まぁ良くある『バック・トゥ・ザ・フューチャー(1985)』とか『タイム・コップ(1994)』やらのノリだろう。

「現在の自分が過去の自分を眺める」って演出が終盤に控えてて、そこは「感動モノ」を狙ったフシがあるんだけど・・私的には「どうにも強引かつ乱暴なネタのくっ付け方(=オトし方)」に思えて、泣けもしなかったし、反対にちょっぴり不満すら残ってしまったぐらいだった。

って言うか・・過去の2作もそうだったんだが「敵エイリアンの実力」みたいなモノが、どいつもこいつもショボ過ぎて萎えてしまう。

既に記憶すら殆ど薄れてしまってるが・・かつて『ハワード・ザ・ダック(1986)』に出て来てた“暗黒魔王”ってヤツに似た感じで、、それまでのセリフで「さんざん高めて来る」割にはぜんぜん恐ろしくないのだ(・ω・)

今作でも「右掌に甲殻虫(?)を収納する(←『吸血鬼ハンターD』の主人公の左手にそっくりな設定)」「トゲを飛ばし人々を殺害する」ぐらいの特技(?)しかなく「大した事ないやんか!」と突っ込めたボリスは、ボスとしての貫禄自体が不充分過ぎた(×_×)

面白いのは、過去の世界で“若き日のK”を演じたジョシュ・ブローリンの起用。
トミー・リーとは『ノー・カントリー(2007)』で、既に何となく(?)共演を果してたりもする!

まぁ、確かに雰囲気は似通ってた2人だったけど・・(他にも「ジョシュ・ハートネットを起用する案」とかはなかったんやろか?)。

ウィルスミも、以前ほど「全力疾走シーン」とか「ヴォイス・パーカッション芸」とかを披露してくれるワケでなく“売れっ子ラッパー時代”からのファンとしては「そつなく演じてくれてんだけど、何処かモノ足りんなァ」と呟かざるを得なかった。
ギャグ(ブラック・ジョーク)関係も余り冴えてなかったし・・

KとOの関係や、JとAA(=^_^=)の関係なんかも、まだまだ(次作以降に残してるのか?)描き切れてないトコはあるんだけど・・正直「ボチボチ、このシリーズも“潮時”かなァ?」と感じた次第である。

〜 こんなトコも 〜

・字幕担当は戸田奈津子さんだったが・・いつもながら“和訳テク”はパッとしなかった。
・ケーキを載せた皿は「陶器:6%」「有機物:94%」とか分析されてた。もっとしっかりケーキの内部まで調べたら、別なモノもしっかり検出できたハズだが。。
・今回の「MiBカー」は“フォード・トーラス・SHO(Super High Output)”だった。以前はキャデラックだったっけか?
・同僚の報告(=報告書)次第で、捜査官には2〜4週間もの停職処分が下されるらしい(×_×)
・Kは『アクア・ヴェルヴァ』なるローションを愛用してるそうだ。
・時空破壊を経験すると頭痛が起こり、何故だかチョコミルクが飲みたくなるようだ。。
・ワタシの大好きな建造物=クライスラー・ビル(全高:320m)が登場! どうせなら、もっと上層階からタイムジャンプして欲しかったぞぅ。
・「バイアグラン星人の開発した新薬」ってのが気になる〜(=^_^=)
・「コード43」とは?
・ウィルスミが飛んだ過去の世界では、結局それほど「黒人である事」で苦労する事はなかった。(その点が不安だったので)少し安心した。
・ブローリンの実生活の妻はダイアン・レインらしい!
・劇中のセリフから推測するに・・1969年:Kは29歳、1994年:K(54歳)とJのコンビ誕生、2008年:Kは68歳、ボリス脱獄・・ってトコやろか? 何か辻褄の合わん気もするが。。
・芸術家のサロン(?)「ザ・ファクトリー」入口の合言葉は「ジャニス・ジョプリン」だった。
・アンディ・ウォーホルが逢おうとしてた「ヨーコ」と言うのは“あのしと”の事やろか?
・当時、ミック・ジャガーには「人間の女性との繁殖疑惑」が持たれてたようだ。。
・破壊されたMiBのエージェントカーから、あんな超未来的な(?)ファンキーマシンが! それも2台も!
・あの演出ってば『ダークナイト(2008)』の“弱パクリ”やろか?
・Kが(エージェントカーの)トランク内の荷物の重さを気にしてたが・・それより、常時搭載してるあのマシンこそがそうとう重かったんでは?
・主題歌にはウィルスミは関わってないんやろか? タイアップしたらエエのに。
・打上げ施設には、あんな“冗談のようなカゴ(野猿?)”がホンマに設置されてたんか?!

〜 こんなセリフも 〜

J「“奥の水槽”を見せてくれ」
 「地球人には、地球の魚を喰わせろ」
 「“衛生条例32条”違反だぞ。宇宙からの密輸食材だ」
 「何処が中国人だよ!」
 「こっそりトイレに流した金魚がああなる。
  子供に“金魚は逃げた”なんて嘘をつくな」
 「君たち“アカデミー賞もの”の演技だな!」
 「同じジョークを言うなら、せめて笑えるものを」
 「このビルから飛び降りろと?」
 「黒人が高級車に乗ってても、盗んだ車とは限らん。
  ・・確かに盗んだけど、肌の色は関係ない
 「ショック銃のパワーをもっと落としとけ!」
 「いつもメニューを10分眺めてから
  “スペシャルは?”と訊くのがKなんだ」
 「女は“O”で、男は“K”と呼ぶことにしてる。
  男と女なら“OK”だ」
 「嘘は1度つくと、連鎖的に・・」
 「29歳? にしちゃ“老け顔”だな」 ←ホンマは44歳。。
 「リボルバー銃じゃなく、スペースガンをくれ」
 「モデルには異星人が多いんだ」
 「“ノッポ”じゃなく“J”と呼べ。
  こう見えても、俺は繊細なんだ
 「バカでかい携帯だな! 電磁波がヤバいぜ、それ」
 「君にはこう見えるのか!」
 「やっぱ4輪がイイ! せめて2輪を!」
 「“真実を話せ”だと? もう懲りたよ」
 「たまには“職場恋愛”もイイじゃないか」

K「呼吸と一緒に、言葉を吐き散らかすな」
 「感情は出さん主義でね」
 「過去を引きずるな」
 「俺の幸せの秘訣を? “嫌な事は訊ねない”って事だ」
 「総てを知ろうとするな」

K「“嘘をつく時の顔”は分かった。
  今度は“正直な事を言う時の顔”を見せろ」
 「この様子じゃ、ゲロッたな」
 「俺の爺さん曰く“面倒が起きたら、
  パイを喰って、それを忘れろ”と」
 「何かを楽しむ時は、それ1ツに集中しろ
 「“仕事に関係ない事”なら何でも訊いてくれ」
 「今の“2発目”は、真実を伝えてくれた事に対する礼だ」
 「俺がお前を採用したのは正解だった」
 「覚えておけ。君のパパは“本当の英雄”だ」

O「“ケープ・カナベラルで起こった事”を詮索しないで」
 「“嫌な事”を訊ねないで」
 「彼(=K)は利口な人よ」
 「宇宙ダニが脳に?」

ボリス「俺はロマンチストでね」
   「止めとけ。それはお前の体に悪いぜ」
   「イイぞ、でかした」
   「何か臭うぜ(I smell something.)」
   「俺の意見は違うぜ」
   「此処はエラく暑い。“風通し”を良くしよう」
   「悪いなダーリン。ケーキをありがとよ」
   「歴史を書き換えてやるぜ、K」
   「この世に俺を閉じ込めるムショなどない!」
   「お前は過去で死ぬのだ、K」
   「俺は俺よりも強い!」

W「今は駄目だ。“ゾーン”に入ってる」
 「次のハプニングがハプンした後で来てくれ」
 「シタール音楽なんざウンザリだ」

グリフィン「ヤバい未来が近付いて来る」
     「1ツの死を救うと、別の死が生まれる」
     「未来が想像出来ない時、こう言うだろ?
      “運を天に任せろ”ってね」
     「・・この先は見たくない」
     「・・1ツの死に代わる死だ」
     「Kが※※※を置かないと・・!」
     「・・今のはヤバかった」

看手「こいつはまぁ、ケーキだろうな」
  「“そう言う(濃厚な)キス”が赦されるのは夫婦だけだ」

女の子「この人、オバマなの?」

大佐「君たちの任務の重要性が分かった」

船長「俺たちは何も見ていない。
   報告なんかしたら、即“打ち上げ中止”だぞ」

看手A「あのケーキは消毒済かな?」
看手B「彼女もかな?」

K「宇宙一の破壊力を持つものを?」
J「・・砂糖か?」
K「・・“悔い”だ」

J「成功は確かか?」
ジェフリー「じき分かる・・ハズだ」

K「この武器は?」
J「輪投げで貰った景品でね」

J「コレは“正直な顔”だぞ!」
K「見たくないね」

J「あんたに何が起きた?」
K「まだ何も起きてないさ」

K「“泥水みたいなコーヒー”だな」
O「きっと豆に泥が付いていたのね」

ヒッピー「“暴力より愛”よ」
ボリス「俺はどっちも好きだ」

グリフィン「お陰で助かったよ」
K「それが我々の仕事だ」

J「これをどうやって宇宙へ?」
グリフィン「“人類の小さな一歩”だよ」

J「未来を見せたのか?」
グリフィン「“必要最低限”のね」

ボリス「お前の負けだ」
J「俺の意見は違う」

K「あんた、極秘機関で働く気はないか?」
※※「残念だが」

J「何も知らない?」
K「分かるワケない」

追記:次作(=4作目)に関し、色々と想像(妄想)してみた。

1.とうとうメインキャストまでもが大幅に代わり“劇場未公開”扱いとなる(涙)
2.ご自慢の“仏頂面”が演技じゃなく“マジモン”に見えても来たトミー・リー(って言うか「フル出場」それ自体がキツそう)。今度は「異星人(←CG処理)に姿を変えられる」とかで、更に巧く(?)出演シーンを減らすつもりでは?
3.「Kの死」ってな“とっておきのネタ”を放つため(だけ)にも、したたかに企画の実現されそな気はする。。

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2012年5月27日 (日)

☆『幸せの教室(2011)』☆

またもや、多忙&体調不良を理由に、本日に至っての記事アップとなってしまいました(×_×)
更新を楽しみにされている訪問者の皆様(←やっぱり余りいないと思うが)には、色々とご心配をお掛けし、申し訳ありません。

・・

23日(水曜)の夜。
今日もそんなに体調が悪くなく、かつ残業にも突入しなかったモノで「行ける時に行っとこ!」と決め、少し離れた“ワーナー・マイカル・シネマズ高松”に、そこそこに期待してた『幸せの教室』を観に行った。

トム・ハンクスが『すべてをあなたに(1996)』以来、15年ぶりに放つ監督作(TVドラマの監督は幾つかこなしてはるようだが、劇場用作品としては2作目らしい)。

私生活でも“長年の友人”であると言うジュリア・ロバーツをヒロインに迎え、突然のリストラ(=強制解雇)を機に人生の岐路に立たされた主人公が“ひとりの大学生”とし“出逢い、学び、再生してゆく姿”を描いたラヴコメ仕立てのハートフル・ドラマ。

・・

大手スーパーマーケット『Uマート』に長年勤務するバツイチの中年男=ラリー・クラウン(トムハン)は“今月の人”に(これまで)8回も選ばれる程の有能な従業員だったが・・ある日、突然(本社の人事担当に)呼び出され解雇を言い渡される。

その理由は「大卒でない君に、これ以上の出世は望めない」と言う理不尽なモノだった。

流石にしばらく落ち込むラリーだったが・・『イーストバレー短期大学』に入学し、学び始める決心をする。

ビューシック学生部長(?)の勧めで『スピーチ217(=非公式の意見術)』や『経済1(=プライム経済)』を受講し、真面目に通学を開始した彼にとって、若い世代(の学生ら)との触れ合いは、刺激に溢れるモノだった。

・・

スピーチクラスを担当するベテラン女性講師=メルセデス・テイノー(ジュリア)は「オン(=教師生活)」に行き詰まりを感じ始め「オフ(=私生活)」でも「自称・作家」の夫との関係が長らく冷え切っていた。

無気力になり、酒に逃げる事も増えたマーシー(=メルセデスの愛称)もまた、ラリーをはじめとする「新学期の学生たち」に出逢う事で、刺激を受け始める。

『フィラデルフィア(1993)』『フォレスト・ガンプ/一期一会(not市毛良枝)(1994)』辺りがトムハンの“キャリアのピーク”と考えてしまうワタシは(←何せ、オスカー(主演男優賞)を2年連続で獲りましたからなァ)・・その後『ロード・トゥ・パーディション(2002)』『ターミナル(2004)』『ダヴィンチ・コード(2006)』・・と彼の主演作を辿るに「貫禄こそ備わって来たけど、どうにもインパクトに欠けるんだよなァ」と感じ続けて来た。

昨年の『ものすごくうるさくて、ありえないほど近い(2011)』に至っては“(既に)退場してしまっとる役”を演じ、その立ち位置が妙に「しっくり来てた」トコからも「もうこのしと、俳優業は引退して制作側にシフトして行く気なんかも」とまで直感してしまったぐらいで(・ω・)

一方のジュリアも『コンフェッション(2002)』『ヴァレンタインデー(2010)』での立ち位置やら『オーシャンズ13(2007)』への“不出演”やらがワタシの中で記憶に残ってしまい・・近作『食べて、祈って、恋をして(2010)』を観て「ようやく、存在感/立ち位置を掴み直して来はったかな・・んでも次作ぐらいが“(女優としての)峠”っぽいトコなのかも」とボンヤリ考えてしまってたモノである(・ω・)

そんな「傾き気味な2人(←ワタシの“勝手な解釈”です。ファンの方、笑って読み流して下さい)」がタッグを組むって事で、妙に緊張感を漲らせての鑑賞(⌒〜⌒ι)ともなったが・・トムハンに対しても、ジュリアに対しても「必死さが眼に見えて漂っとるワケでもなく、華こそ少ないが、楽しんで演じ、造り上げはったんやなァ」と微笑ましく、好感をもって観る事が叶った☆

以前に2人が共演した『チャーリー・ウィルソンズ・ウォー(2007)』は未見なので「互いの、互いを意識した演技の変化」ってのがどんなモノかは分かんないが「戸惑いながらもマーシーに好意を抱く“少年のような”ラリー」と「表面は平静を装いつつ、ラリーの事ばかりを考えている“少女のような”マーシー」の言動が、いちいち心地良く、微笑ましいのである(=^_^=)

展開にしても、オトシ所にしても、斬新さはちっとも感じられないんだが、総じて「心地良い物語」と評したい。

そしてワタシは、恋する「中年な2人」を眺めて、確かに“幸せな時間”を得た気がしたのだった(=^_^=)

〜 こんなトコも 〜

・「寛いで監督してる雰囲気」が伝わって来て良かった☆
・様々な人種(の俳優)をまんべんなく配してるのは「巧いな~」と感じた。一方で「元妻ネタ」「子供ネタ」「動物ネタ」には(敢えてなのか)手付かずだった(=^_^=)
・「若い世代との交流」も、積極的ながらも自然な演出で好感が持てる。
・トムハンは「スタートレック好き」と感じたが、如何に?
・観たい女性が(果たして)どんだけおるのか知らんが・・「パンイチ(←白ブリーフ)姿のトムハン」が拝める。。
・基本「悪人のいない世界」だった。
・一般的な評価はかなり低い(ようだ?)が悪くはない。
・「ショッピングカートを長〜く連結して押す姿」がサマになってたトムハン。空港勤務時代(2004)に鍛えたもんね(=^_^=)
・同僚(?)たちの自慢してた「SMU」ってのは「南メゾシスト大(ダラス州)」やろか? で「CSU」ってのは「カリフォルニア州立大」やろか?
・ラリーの抱える借金総額は、39万2千ドル・・と妙にリアルな響きだった(×_×)
・スピーチクラスの黒板に書かれた言葉の数々が面白い。『Care(気配り)』『Phones Off(携帯は禁止)』『Take Debate(模擬討論)』『Pop Topics(最新のネタ)』『The Final! Good luck(いよいよ終了試験、頑張って)』 マーシーの手描き文字のヘタクソさ(?)も「それらしくて」良い。
・「授業は週3回、1回が55分。出席者が10名に満たなければ中止」と規定されてた。
・プライム経済を担当する「エド・マツタニ」教授役のあのしとは・・スタートレックのあの東洋人クルーじゃないっスか!!
・ダンスステップの基本は5ツらしい。「ツーステップ」「バタフライ」・・他の3ツは何やろ?
・携帯のショートメール(SMS)でラリーとタリアがやり取りするシーンで、スクリーン下部に「吹き出しを“ハメコミ合成”する」みたいな画面演出が面白かった。
・トムハンの「喜びのパフォーマンス」が面白い。女性ファンからすれば「可愛い!」ってトコやろか。もし俺がやっても「通報」されるだけなんやろなァ(涙)
・マーシーさん・・警報を解除しながら「2、2、2、2、、♯」と口に出して言ったはりましたが。。
・「ドアスコープから一部始終を見られてる」トムハンの“狂喜ぶり”を観て『ケーブル・ガイ(1996)』のジムキャリを思い出してしまった(=^_^=)
・またもや「ワケの分かんないタトゥー」を入れてしまうしとが・・(×_×) リストラされたら、渡米して“タトゥーアドバイザー”にでも就こうかしらん(⌒〜⌒ι)
・中盤以降「スティーヴ・ディビアシがストーカー&シリアル・キラーに変貌する」ってな“サスペンステイスト”に持ち込んで行っても面白かったかも(=^_^=)
・(エリートぶってた)同僚=ジャックが、結局は「ピザ配達人」に・・(×_×)
・「ダサイバケツ」を冠っても・・ジュリアはジュリアだった!
・本編を観ると「(予告編に於ける)ジュリアのお下品な(?)“ガハハ笑い”の理由」が良く分かる。
・トムハンの駆るスクーターの「リアボックス」が“ベンツのリアっぽいデザイン”だった!
・エンドロールに於ける映像群の「デジタル加工で崩してる」感じが独特で面白かった。

〜 こんなセリフも 〜

ラリー「分かってるさ・・今が“不況”だって事は」
   「クビなんて、2度とごめんだ」
   「もちろん!(Sure! Why not?)」
   『それではCMをどうぞ』
   「凄い! 見事だ!(Spectacular!)」
   「動線と風水を考えて、家具は配置すべきだ」
   「個人的な恨みはないが・・“物事は変化する”のさ」
   「僕は不器用だが、約束は守るよ
   「それで・・お腹、空いてる?」
   「では“世界一狭いキッチン”を見せよう」

マーシー「“欺瞞だらけの人生”を振り返ってみた?」
    「今の、マジで?(really?)」
    「やっと“認めた”わね」
    「“ルネッサンス”を“7月のお祭り”と勘違いしてる
     学生には、流石に落ち込んだわ」
    「カーナビがうるさいんだけど、止められないの」
    「3人を見て、順に話しかけるつもりで。
     1人だけに焦点を当てない事」
    「何ておぞましいピンクドーナツだこと」
    「では、始めて(and..Go.)」
    「お酒は友達」
    「それは“投稿”じゃなく、ただの“カキコ”よ」
    「崖から落っこちちまえ!」
    「この負け犬!」
    「自由な男を見ると、何でイライラするんだろ?」
    「こんなに(速度が)遅いと、猫に引っかかれるわ
    「30秒で警報を解除しないと、30分で警官が来るわ」
    「勝手に推測すると・・失敗するわよ。
     今みたいにね」
    「私にキスしたい? もししたいなら、
     今夜のあなたは“ツイてる”わ」
    「もう1度・・今度は体に触ってもいいわ」
    「・・見えてるわよ」
    「昨夜は“不適切なやり取り”もあったわね」
    「以前も泥酔状態で、駐車場の係員と“過ち”を・・」
    「それ、ベッド(=寝物語)で聞いたの?」
    「性欲は13歳並みね」
    「マーシーと呼んで。もう“先生”じゃない」
    「あなたは優秀よ。私の評価は厳しいの」
    「私はテイノーよ。綴りは“T-A-I-N-O-T”
     言っとくけど“タエ・ボー(Tae Bo)”じゃないから」

テイノー「誰にだって“波”があるもんさ」
    「それだけだ(That's all.)」
    「危ないだろ、バカ!(Com'on! Jerk!)」

ラマー「1986年から、ガレージセールは俺んちの専売特許なんだ」
   「学歴が(解雇の)理由? ただの偏見だろ?」
   「“結婚したら離婚するな”って事さ」
   「知識は武器になる」
   「50万ドルの賞金を得ても、半分は税金で持ってかれるのさ
   「まずは、就職より学歴だ」
   「それは“ポストモダニズムのTVトレー”だ。
    100ドルで相談に乗るぜ?」
   「メソメソすんな。俺に言わせりゃ“羨ましい限り”だぜ。
    あんたは健康で、養う家族もなく、白人だし、白紙なんだから
   「見てな。“巻尺を持った女”は必ずカネを落としてくんだ」
   「あんたに“餞別の宝くじ”だ・・当たったら山分けだぜ」

タリア「あんたの名は“ランス・コロナ”がイイわ」
   “左を見て(Look 2 ur left.)”
   「優等生ぶっちゃってさ(Teacher's Pet)」

デル「ギャングを名乗るなら、指を鳴らせ」
  「男なら、皆タリアに惚れちまうのさ。
   あんたも、今はそうでなくてもな」
  「大事なのは平和だ」

ラウル「この厨房で何をしても構わんが、
    遅刻と盗みだけは厳禁だ」

フランク「文句あるか?(Kiss my ass.)」
    「腕立て伏せだけで筋肉がパンパンになったもんさ」

マツタニ「それは良い“経済指標”だ」
    「スマートフォンは優れた機械だが、
     ここではバカが使っとるようだな」
    「遅刻は構わんが、喫煙と携帯は禁止だ」
    「このテキストを制覇すれば、世界を支配出来る」
    「どうした? 私と一緒に笑いたまえ」
    「1番に(試験を)終えたようだな。別に驚かんが

人事担当「残念だが、Uマートと君との“訣別の時”が来たようだ」
    「君は解雇された。決まった事だ」
    「失業ってのは、辛いもんだな」

銀行員「これが3年前なら、サイン1ツでポンと
    50万ドル貸したんだけど」
   「あなたの家の価値は、ローンの残金より低いの」

マック「“スターウォーズ”と“スタートレック”の
    違いから説明を?」

スティーヴ「よう、ジョニー・キャッシュ。ギターはどうした?」

※「女が男を変えるのよ
 「何てこった(son of a cock)」
 「ペストリーなんざ誰が食うかよ」

ジョージ・バーナード・ショー(劇作家、1856-1950)の格言
 「愚か者の脳は、哲学を愚行と、科学を伝説と、
  そして芸術を衒術(てれん)と理解する。故に大学教育がある」

ラリー「何の呼び出しなのか、見当はついてる」
上司「だとすれば“大きな見当違い”だろうな」

ラリー「“今月の人”の話かと思った」
同僚「ある意味じゃ、そうだ」

ラリー「800ドル? 200にしろ」
ラマー「分かった。700だ」
ラリー「失業中なんだぞ。200にまけてくれ」
ラマー「625ドルで、オイル交換も付けよう」

タリア「あんた、元警官なの?」
ラリー「いや、何故?」
タリア「“シャツイン”だから」

タリア「この2文字は『勇気』と『精神』って意味よ」
ラリー「いや、中国語で『しょうゆ(Soy sauce)』
    って書いてある」

マーシー「これからバンビとデート?」
タリア「ちょっと! バンビはオスだけど」

マーシー「私の講義で人生が変わった?」
ラリー「ああ変わったとも。君に出逢ってね」

デル「あいつら、デキてんのか?」
タリア「殆どね」

追記1:何よりまず「短い」のが良かった!
追記2:もし(ワタシに才能があって)脚本を持って行くなら・・スピルバ※グじゃなくトムハンに読んで欲しくなった!
追記3:恋愛モノとしては『ターミナル』よか完成度の高い気がする(=^_^=)
追記4:「『エクスペンダブルズ(2010)』を放った、アクション界に於けるスタロ※ン」のように、トムハンなりの「“ラブコメ界の重鎮”としての抵抗」にも思える(・ω・) いずれ、トムハンが音頭を取って「ラブコメ版『エクスペンダブルズ』みたいな作品」を“オールスターキャスト”で撮る気やろか?
追記5:トムハン様。もしそのおつもりなら・・その時は、メグライさんを引っ張ったげて下さい。。

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2012年5月23日 (水)

☆『灼熱の魂(2010)』☆

22日(火曜)。
昨日は日帰りコースながら約170km走り、そこから残業も(数時間ほど)こなしたのでヘロヘロになってしまった(×_×)

んでも、今日は内勤スタイルで体調もやや持ち直したようで、仕事帰りに商店街の中にあるミニシアター“ソレイユ”に立ち寄り、公開中の『灼熱の魂』ってマイナー作(?)を観て来た。

にしても・・最近“ソレイユ”が何とも「元気がない」みたいで・・今回(の上映)はシアター内にワタシを含め「3人」しかいなかった(×_×) 明日はレディースデーなので、ゲンキン(=現金)な婦女子の方々で賑わう・・事を心より祈りたい(・ω・)

本作はカナダ・ケベック州で制作された、ジャンル分けするなら「ヒューマンミステリードラマ」って位置におさまろうか、な1本。

配給がかの悪名高き(=^_^=) “アルバトロス・フィルム”なもんで、何となく「ヤバいかな〜」「ヤバそうやな〜」と“違う意味”で恐れおののきつつの鑑賞となったが、、意外とマトモに造られてて、かつ観やすくて良かった。

2009年。
謎に包まれた、数奇な人生を生き抜いて来た女性=ナワル・マルワンが亡くなった。享年60。

残された、彼女の双子の子供たち(姉:ジャンヌ、弟:シモン)は公証人=ジャン・ルベルに呼ばれ、奇妙な内容の遺言を聞かされる。

ジャンヌには“何処かにいる、あなたの父を捜し、この手紙を渡しなさい”との
シモンには“何処かにいる、あなたの兄を捜し、この手紙を渡しなさい”との

亡き母からのそんなメッセージと共に、それぞれに1通ずつの手紙が託される。

余り乗り気でない弟を残し、姉は直ちに“母の過去”を辿るべく、ナワルの生まれた中東某国のデルオム村へと向かう。
「母の写った1葉の写真」だけを頼りに、35年前の(若き日の)母を知る人たちを訪ね歩き始めるジャンヌだったが・・

当初こそ「登場人物名がややこしいなァ」「地名がややこしいなァ」「ナワルとジャンヌの区別がつかないなァ」「現代のシーンと過去のシーンの区別がつかないなァ」「素直に感動すべきか、必死で抵抗すべきかどうしようかなァ(=^_^=)」などと、若干の戸惑いを感じたりもしたが・・観ていると何となく掴めて来た。

その一方、慣れて来ると「構成や演出(みせ方)が粗っぽくて勿体ないなァ」と思えて来たりも。

軸の部分に“宗教が理由の民族間の対立”ってのがあるんだが・・終盤に近付くに従い、次第に明らかとなってゆく“オチ”の点のみに絞って評せば「思いっ切りエンタテインメント性を際立たせてる」と言おうか「狙って来てる」感がバンバン漂ってて、驚かされると言う以上に「何となくの気恥ずかしさ」すらを覚えてしまったワタシである(=^_^=) 「ああ、そう来たのねぇ」的な。

劇中では、ときに「でっかくて赤い文字」がスクリーン全体に表示され、それが「章の分かれ目」である事が観客に伝えられる。

全部で10章あり、それぞれは『双子』『ナワル』『ダレシュ』『南部』『デレッサ』『クファリアット』『歌う女』『サルワン/ジャナーン』『ニハド』『シャムセディン』となっていた。

それらの「文字ヅラ」だけ辿ると、何の事やらサッパリ分かんないんだけど・・実のトコ「地名」か「人名」が殆どである。

本作の主人公=ナワルを巡っては、ワハブ(異教徒の恋人)やらアブ・タレク(伝説の拷問人)やらの異性の影がちらつくんだが・・どの相手にしても“存在感”や“キャラ造型”がイマイチ練り込んで描かれておらず、その辺は残念だった(×_×)

ワハブに至っては「あんた、エキストラかよっ?!」と突っ込めるほどの“退場の素早さ”だったし。

同様に、ナワルの兄=ニコラも、1シーンしか出て来なかったみたいで印象がボヤけている。

そして、某人物に関しては「3ツの黒子状のタトゥー」が右の踵(かかと)に、縦に並んで刻まれてるんだが・・あの偶然(=遭遇)って、モノ凄すぎて逆に笑えた(=^_^=)

ちょっと「感動のドラマとして造り上げました! さぁ、思う存分、涙して下さい!」的な制作陣の「ドヤ顔」が浮かんで来る気がして・・正直、私的には“涙腺を刺激される”までには(全然)至らなかったワケだが・・

それに「この手のオチってば、気持ち悪くて大嫌い!」と毛嫌いする観客も少なくないように思うが・・ それはそれとしても、もう少し「構成」や「演出」を丁寧に整えて、万人の心に迫るような完成度に仕上げて欲しかったと思う。

〜 こんなトコも 〜

・中東では「CR※V」「シビ※ク」と言った、ホ※ダ車の目立ってた気もした。
・監獄に15年間も服役! そこまで長いんなら「監獄での物語」にもっと時間を割いて描くべきと思うが。
・暗殺シーンが『ニキータ(1990)』みたいだった(=^_^=)
・バスの乗客が女子供に至るまで容赦なく虐殺されるシーンの衝撃度は、流石に半端ない(×_×)
・ラストに「祖母たちに捧ぐ」と表示されたが・・?
・あれほど“凶悪”な人物が、カナダで穏やかに暮らしてるのには(ほんの)少しの違和感が。。
・ニハドの兄貴は1970年5月の生まれって事で・・何だか(ほぼ)同世代な感じ(=^_^=)
・“純粋数学”“多重人生”と言った、独特な言い回しが印象に残った。
・異教徒の見知らぬ女に、いきなり愛娘を奪い取られてしまったあの母親こそが1番可哀想だった。
・数学者のレオンハルト・オイラーが盲目だった事を知る。
・「コラッツの予想」「ケーニヒスベルクの7本の橋の問題」なんてな“数学ネタ”もちょこっと登場。
・デルオム村にいた、通訳のお姉さんが可愛かった(=^_^=)
・「パリ第11大学」ってのがセリフに登場。「一体、パリに幾つあるねん!?」と思って調べたら、第13大学まであるみたい(・ω・) また、時々耳にする“ソルボンヌ大学”ってのは、パリ第1・3・4大学の総称らしい。 
・オープニングを飾るのはレディオヘッドの曲“You and Whose Army” 彼らには全く詳しくない(コールドプレイとの違いすら分かってない)が、ロックファンからしたら、豪華&意外な起用なんやろね。
・原題『Incendies』は仏語で「炎、業火」と言った意味らしい。元々は舞台劇だったようで。
・『第83回アカデミー賞・外国映画賞』にノミネートするも・・オスカーは逃す結果に。

〜 こんなセリフも 〜

ナワル“約束を護れぬ者に、墓碑銘など要らない”
   “その時、沈黙は破られ、約束は護られる”
   「息子よ・・いつか捜しに行く」
   「敵にも“同じ事”を思い知らせたいの」
   「私は※※※※教徒よ!」
   “真実を前に、人は沈黙する”
   “何処から、物語を語り始たらいい?
    恐ろしい、この物語を・・”
   “共にいる事が、何よりも大切”

ルベル「遺言に“作り話”は有り得ない」
   「確かに“変わった遺言”だが、彼女はまともだった」
   「死で物事は終わらない。常に“痕跡”は残るものだ」
   「公証人にとって、約束は神聖なものだ」
   「公証人の歴史は1000年」
   「遺言は神聖なものだ」

シモン「あなたの秘書としては有能だったかも知れないが、
    母親としてはまともじゃなかった」
   「1+1=2だろ? 1+1=1が有り得るか?」

※「直感は、優れた素質だ」
 「避けられぬものに、抵抗してはならない。
  でなければ・・心に平和は訪れない」
 「“未知変数”から考えるな」
 「護る者がいないと、思想は途絶える」
 「ここ南部じゃ、物事が急速に展開するのさ」
 「警戒するのは、君を護るためだ」

ハルサ「13年間も、誰かを監視した事があるかね?」
   「時として、知らない方が良い事もある」

タレク「さぁ、歌うがいい」

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2012年5月20日 (日)

☆『善き人(2007)』☆

多忙を理由に、本日に至っての記事アップとなってしまいました(×_×)
更新を楽しみにされている訪問者の皆様(←余りいないと思うが)には、色々とご心配をお掛けし、申し訳ありません。

・・

14日(月曜)から始まったこの週、久しぶりに商店街の中にあるミニシアター“ソレイユ”に行き、上映されてたドラマ系の作品『善き人』を観て来た。

作品自体は2007年の制作。主演=ヴィゴ・モーテンセンと言えば、その後『ザ・ロード(2009)』など数本の作品に出演しているが、本作に関しては「今年になってのようやくの日本公開」が決まったようだ。何か経緯(事情)があっての事だったんやろか?

1937年4月、ベルリンの総統官邸。

大学でプルースト論等を講義する文学教授=ジョン・ハルダー(ヴィゴ)は、突然「帝国委員会」に召喚され、戸惑いつつもそれに従う。
彼を迎えたのは「出版物の検閲」を一任された親衛隊将校=ボウラー(マーク・ストロング)だった。

彼はジョンに「我が総統が、君に関心を寄せている」と伝える。数年前に執筆・出版した小説が総統に感銘を与えたと言うのだ。

実はかねてから、義父=テオドールより“ナチスへの入党”を勧められていたジョン。
最初こそ、病身の母の介護などを理由に言葉を濁し続けて来た彼だが「入党か? さもなくば失業か?」を迫られる事態ともなり、遂にナチ党(=国家社会主義ドイツ労働者党)に身を置く決断をする。

たちまち「自作(小説)の映画化」「親衛隊大尉への昇格」などを目まぐるしく体験するジョンだが・・それと時を同じくして、築き上げて来た“家族との絆”や“親友との関係”には、大きな亀裂が入ってゆくのだった・・

久々に、シアター内に(ワタシを含め)観客が2名・・と言う嘆かわしき事態に遭遇した(×_×) まぁでも、この手のドラマ作品だから、静かに鑑賞出来て良かったんだけれども(・ω・)

原題『GOOD(善きもの)』を忠実(かつ巧妙)に和訳したタイトルには好感も持てたが・・観てて「『善き人』と言うより『弱き人』って感じやね」とも突っ込めた。まぁそう評してるワタシ自身も、間違いなく“弱き人”の1人なんだけど(×_×)

ナチスへの入党を余儀なくされ、将校にまつりあげられてゆく“善き教師”かつ“善き息子”かつ“善き夫”かつ“善き父親”かつ“善き市民”・・である主人公の姿に焦点を絞り、淡々と物語は描かれるんだが・・中でも“親友”であるユダヤ人の精神分析医=モーリス・グリュックシュタイン(ジェイソン・アイザックス)との関係の変化は、本作に於いて“最も訴えたかったであろう事”を巧妙に表現し得る演出であり、奏功もしていたと思う。

ワイルド&豪快なイメージ(その“割れ顎”故にか(=^_^=))のヴィゴも、ホンマに芸達者と言おうか・・「善き」かつ「弱き」ヒーロー像を等身大で易々と(?)演じてて感心させられた。

弱き一方で、若き恋人=アン・ハートマンと迎えた朝なんかには、妙な“多幸感”を全身から匂い立たせてて、その点もセクシィで良い!(=^_^=) 何処までもついて行きたくなる“兄貴ぶり”である(=^_^=)

基本=悪党顔(ファンのしと、スミマセン!)なジェイソンが、常に饒舌で、常に自国に対する不満を顔面狭しと溜め込んでるキャラを好演してくれるんだが・・その高め方ゆえに、後半〜終盤に至るモーリスの“憔悴ぶり”“寡黙ぶり”が際立って来るのだ。

全体の流れとしては断片的に過ぎ、病床の母の絡み方などにやや「仕上がりの甘さ」を感じたりもしたが、当時の収容所の“塀の中の実態(←無論、演出はあるワケだろうけど)”を知っておく上でも、観て損のない作品だと思う。

〜 こんなトコも 〜

・第1次世界大戦に於いて、後の総統閣下=アドルフ・ヒトラー(notヒンケル)は“一介の伝令兵(階級は伍長)”に過ぎなかった。
・ヒムラー長官は「見た目は銀行員」と評されてた。
・大きく張り出されたナチの党旗に書かれた文字「Deutschland Erwache」は「ドイツよ、目覚めよ」って意味らしい。
・1938年10月以降、法律により「45歳以下のアーリア人は雇えない」と決められる事態に。
・劇中に登場する“エプスタインの高級チーズケーキ”は、実在した商品なんやろか?
・「ドイツ出国時は、10マルクしか持ち出してはならない」って規則が制定されてたと言う(×_×)
・「タイミングを逃したり、介在する人間を間違えたりすれば、折角の“(命がけの)善行”も全くの徒労にしかならない」ってのが、本作の教訓やろか(・ω・)
・パリの(ドイツ)大使館に勤務する書記官=エルンスト・フォム・ラートが(ユダヤ系ポーランド人の青年に)銃撃されたのは1939年11月7日。その後、9日に死去。この暗殺事件を機に、ドイツ国内で「反ユダヤ主義暴動=『水晶の夜』事件」の起こる事態に。
・ウィキによると、フォム・ラートは“ナチ党員ながら反ナチの人物”だったと記載されており、その死が巧妙にナチスに利用されたとも言えそうだ(・ω・)
・「ユダヤ人の再移住計画」と言えばマシな聞こえだが、要は「収容所に送る」って事らしい(×_×)
・“あのしと”の裏切りに至る演出(描き方)はやや甘かった。
・3万人を収容する「シンジア収容所」では「10人中9人が到着時に処分され、残った者も2ヵ月といない」との事だ(×_×)
・収容所内で「壁にもたれ、沈黙する囚人」「バタバタと倒れ行く囚人」の演出は、これまでに観て来た(同種の)どの作品よりもインパクトがあった!
・「その場にいる人々が歌い出す」なる妄想(『ダンサー・イン・ザ・ダーク(2000)』の主人公=セルマ系)にたびたび翻弄されるジョン。
・それを何度も描写するが故に、終盤のシーンの衝撃が際立つワケである。
・その教訓は「妄想よりも現実こそが恐ろしい」って事やろか。
・収容所のシーンで半ば唐突に「幕」となる本作。その後の説明字幕が欲しかったようにも・・ いや、単なる蛇足やろか(・ω・)
・モーリスの上着の番号ぐらいには、視線を走らせとくべきだった・・

~ こんなセリフも ~

ジョン「プルーストは“記憶は音でよみがえる”と」
   「“窓の外”が気になるなら、観に行けばいい。
    今日の講義は終わりだよ」
   「僕は“古い人間”だ」
   「書物の山など、人生には不要なのかも・・」
   「人は悩みを抱えるものさ」
   「新作を出版して収入を得たら、メイドを雇うよ。
    そして、この部屋を片付けさせる」
   「パレード? あんなものは観るに堪えない」
   「彼女はアンだ。名前で呼んでくれ。
    それにもう“教え子”じゃない」
   「ゲシュタポに言った事は、総て“記録に残る”のさ」

モーリス「1月以降、この国は“変人”に乗っ取られたのさ」
    「医者だって、患者に手を出すぞ」
    「改宗したってマーラーはユダヤ人なのさ」
    「じきに失脚するさ・・“総統”は」
    「で、“信念”は見つかったのか?」
    「勃たなかったのか? 酒を呑んだからだな」
    「何故、急に“刹那主義”になったんだ?」
    「俺に(だけ)はちゃんと話せ」
    「“私腹を肥やす”ためなら、まだ納得も出来るが、
     まさか、連中に“なびいた”とはな」
    「おっと、お前も今や“ナチ野郎”だったな?」
    「お前にしか頼めないんだ」
    「お前の“理屈”には、もううんざりだ」
    「俺にもまだプライドは残っている。
     この金は受け取ってくれ」
    「自殺未遂? ・・どうせ本気じゃないさ」
    「もういい。俺はユダヤ人、お前は親衛隊。それだけだ」

ボウラー「総統が君に関心をみせている」
    「君の小説は、結末が革新的だ」
    「君の主張を受け容れよう」
    「総統は“この国の再建”を目指している」
    「道徳的な理由こそが“恩寵の死”を認める」
    「ゲッベルス大臣も、君の小説に関心を示している。
     “映画化には良い題材”だそうだ」

フレディ「党は“有能な人材”を欲している」
    「次世代の育成を君に任せたい」
    「君の精神は我々と共に!」
    「古臭い考えなど、無視し給え」
    「ヒムラー長官曰く“女遊びも義務だ”
     “沢山の子宝を作り、総統に尽くせ”との事だ」
    「“国外逃亡のジョーク”のつもりなら、止めておけ」

テオドール「もう(ナチ党に対し)無関心ではいられないぞ」
     「入党か・・さもなくば失業だ」
     「国家社会主義者としての責任を盾に、
      “夫としての責任”を放棄するな」

ゲッベルス「君の作品にはメッセージがある」
     「君の才能を世間に広めようではないか」

アン「好きな対象も“理論”になると冷めてしまうのです」
  「“国民を幸せにする”パレードの何処が悪いの?」
  「エネルギーを感じて」
  「古い総てを棄ててこそ、新たなスタートが切れるの」
  「今の自分を見て。鏡で」

ヘレン「父の言葉は、あなたに“反対の行動”をさせるためよ」
   「あなたはいつも正しいわ」

ヘレン「突然、あなたに対する愛が目覚めたの」
ジョン「愛とはそう言うものさ」

ジョン「僕は家族を裏切った」
ヘレン「いいえ、あなたは家族の“誇り”よ」

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2012年5月11日 (金)

☆『ジョン・カーター』☆

9日(水曜)の夜。
仕事帰りに某所で“ほろ酔い”程度に呑んでから、ぶらぶらと(ふらふらと?)“ワーナー・マイカル・シネマズ高松”へと向かった。

ホントは昨夜(8日)のレイト鑑賞を狙いつつ・・結局(その夜は)「お疲れ過ぎて」叶わなかった新作『ジョン・カーター』をいよいよ観るためである!

・・と言いつつ、世間的な評価もすこぶる低いが故(=^_^=) さほど期待もせず鑑賞に臨んだワタシだったが、、

(因みに、レイトショーの割に『3D追加料金』+『3D眼鏡購入』のフルコース(?)扱いとなったため、全く嬉しくもない(高い)入場料となった(×_×) ←まさに“デ※ズニー・マジック”や!)

『ウォルト・ディズニー生誕110周年記念作品』とし、満を持して放たれた、火星を舞台とした壮大なヒロイック・ファンタジー。
原作は『ターザン』で知られるエドガー・ライス・バロウズが1917年に刊行したSF小説『火星のプリンセス』。

・・

1881年、ニューヨーク。
「久しく会っていない叔父=ジョン・カーターが莫大な遺産を遺し、書斎で急死を遂げた」なる報せを受けたエドガー・ライス・バロウズ青年は、慌ててカーターの豪邸に馳せ参じる。

その相続を担当する弁護士=ダルトンから「生前“あなた以外の誰にも見せてはならない”と依頼人に強く言われていた」と言う、分厚い手記を手渡されるエドガー。

果たしてその中には、常人の想像をはるかに絶する、ジョン・カーターの驚くべき“冒険譚”が記されていたのだった・・

・・

1868年、アリゾナ州フォート・グラント駐屯地。

かつて南北戦争に於いて南軍に属し、第7騎兵隊を率い華々しき戦歴を飾った(「南軍名誉勲章」も受章)ジョン・カーター大尉(テイラー・キッチュ)は、妻子の喪失を経て、今や自堕落な日々を送っていた。

「金鉱捜し」に明け暮れる彼は、アパッチ族に襲われ、彼を軍にスカウトしようとするパウエル大佐と共に「とある洞窟」へと逃げ込む。

そこで見つけた“メダル”と共に、突然、何処か遠くの砂漠地帯に“転送”されたカーター・・やがて彼は、自らの送り込まれた世界こそが“バルスーム”と呼ばれる惑星=火星である事を知る。

ここ“バルスーム”では“科学国家=ヘリウム”“戦闘国家=ゾダンガ”“野生部族=サーク”を代表とする様々な部族が、独自の支配体制を築いていたが・・その均衡は今や崩れ、果てしなき戦争の日々に惑星全体が疲弊し切っていた。

重力の違いにより(?)超人的な「跳躍力」「回復力」を発揮するカーター。
サーク族の長(おさ)=タルス・タルカスの信頼を得た彼は“ドタール・ソジャット”なる異名を与えられ、サーク族の一員に迎え入れられる。

一方、ヘリウムの美しき王女=デジャー・ソリスは、謎の“魔力”を得たゾダンガ皇帝=サブ・サンの求婚に当惑するばかりだった。

ふとした成り行きで(サーク族の捕虜となった)デジャーを救い出したカーターは、3ツの部族の起こす戦乱の渦に巻き込まれ、その中心で“新たなる時代の指導者”としての自身の運命に戸惑いながらも、立ち上がるのだった・・

原作が“今や「古典」過ぎる”割に“映像化が遅過ぎる”のもあってか、、21世紀を迎えて久しい現代の(科学オンチな)1観客が観てさえも「設定&演出がムチャクチャ過ぎ」て、笑えると言うよりも呆れてしまった(=^_^=)

例えば「火星の表面にいきなり投げ出される主人公」にせよ、僕らは既に『トータル・リコール(1990)』の終盤を観て、覚えとるワケで・・「火星の表面に投げ出された人間(の顔面)がどんな状態になるか?」って件については、アーノルド・シュワルツェネッガー(前・加州知事)が眼球を飛び出させながら力演(?)したのを眼の当たりにもしたワケで・・「有り得へんやん!」と突っ込まざるを得ない。

全体的にも“既視感の嵐”って印象が強く、パッと思い付くだけでも『SWエピソード1/ファントム・メナス(1999)』『フラッシュ・ゴードン(1980)』『リディック(2004)』『アバター(2009)』などの“スペース・オペラ作”や“ヒロイック・ファンタジー作”が幾つも挙げられる。
無論、本作(の原作)の方が古い分“先人(パイオニア)”であるとは思うんだけど(・ω・)

また、制作費のガンガンつぎ込まれてる割に、全体的な“B級臭”が払拭し切れておらず・・何とも言えぬ「怪しさ」が各シーンで部分爆発してた。

それに加え、俳優陣もイマイチ「ピン」と来なかったか。

ウィレム・デフォー、サマンサ・モートン、トーマス・ヘイデン・チャーチの出演(←エンドクレジットで判明!)については、記憶のどこをどう掘り返しても(登場シーンが)思い出せず「俺・・もう記憶がアカンのかなぁ?」とションボリしてしまったモノだが・・どうやらCGクリーチャー系キャラの「声を当ててた」ってだけの事で・・“日本語吹替版”で観たワタシには、さっぱり分からなくて当然なのだった(=^_^=)

ってワケで、全体的にダラダラ眺めてたワタシだが・・ラスト辺りの『オーロラの彼方へ(2000)』を思わせる“再会”の場面にだけは「なかなかエエやんか〜」と感心させられてしまったのだった。

わざわざ“3D仕様”で観る必然性など、これっぽっちもなかったが(=^_^=) まぁ少なくとも“鑑賞時ウトウト率”はゼロパーだったので、決して好きにはなれんが、大嫌いにもなれん・・そんな1作だったと言えよう(=^_^=)

〜 こんなトコも 〜

・本シリーズは「3部作の第1作」って位置付けらしいが・・続編は作らんでもエエ気がする(=^_^=)
・序盤のカーターのすさみ具合が『ラストサムライ(2003)』の主人公=ネイサン・オールグレン大尉とはひと味違った感じだった。
・パウエル大佐のキャラ造型は、結果的に余り(ってか殆ど)意味がなかった、、
・主人公のヴィジュアルが、何処かレニー・クラヴィッツを彷彿とさせてくれた(=^_^=) ←鼻ピアスこそしてなかったが、、
・“重力の違い”から超人的な跳躍力・体力を発揮する辺り、後年の『ドラえもん/のび太の宇宙開拓史(1981)』っぽくも(=^_^=)
・劇中に“皇帝”と呼ばれる人物が4人ほど登場するが・・いずれも威厳がなさ過ぎた(×_×)
・“その後”の運命を双肩に託されつつあった青年の呟き「僕って・・ただの囮?」が“どストライク”過ぎて爆笑モノ。
・主人公のイニシャルが、ジョン・コンスタンティン(2005)同様「神、救世主(=JC)」をイメージさせてもくれる。
・マーク・ストロング演じるマタイ・シャンら“3賢者”の正体は、地球人(ジャスーム人)なのか?
・“バルスームの支配者”ってのは(流石に)難しそうだが“バスルームの支配者”になら、何とかなれそうだ(=^_^=)
・甥のエドガー役が瑛太(2006)だったら「俺、ネッドじゃないし」とか呟きそうである(=^_^=)
・カーターの墓所(霊廟?)の扉に刻印されてた「INTER MUNDOS」ってのは「内なる世界」って意味なんやろか? 英語とスペイン語が混ざってて、ワケ分かんないんですけどぉ・・
・超高速で移動する(主人公の乗る飛行体と同じぐらい速い!)番犬クリーチャー=ウーラが何だか笑わせる。『カンフーハッスル(2004)』の大家のおばはんや『ザ・フラッシュ(1990)』の主役と同等か、それ以上に素早い!
・サーク族(=緑肌の多腕族)を観てて、やっぱり“グリーヴァス将軍(2005)”を連想してしまった。ライトセーバーを4本握らせたら、或いは“無敵”なのかも知んない(・ω・)
・「ムダっぽい闘技場のシーン」など、どうにも“SWの亜流”に映ってしまう。
・肝心な場面で“詰め”の甘過ぎるマタイ・シャン。きっと不在時の彼は、惑星“ジャスーム”に移動して、色々と楽しんでたんだろうと(勝手に)解釈してるワタシ(=^_^=)
・フグの毒(テトロドトキシン?)ってそこまで都合良く、便利なモノなんやろか?
・サーク族なる部族は、やっぱし“ネイティヴ・アメリカンの存在”が下敷きとなって創造されたんやろかね?
・ドロドロした変な液体を飲むだけで・・異星人の言葉が(たちまち)アメリカ英語に聞こえて来る! 「スピ※ドラ※ニング」よりもスゲぇ!(=^_^=)
・カーターと“サーク族の新皇帝”タル・ハジュスの一騎討ち&決着が“一瞬”過ぎて笑えた。コルド大王よりも弱いやんか!
・エドガーに遺産が託されるのは「25年後」との事で・・長いね、、
・サーク語で「飛ぶ」は「サク」らしい。「サクる」とかって言うのか?(言わねぇよ!)
・「第8光線」「第9光線」とか言う超技術が“バルスーム”の未来を支えるらしい。
・“大白猿”ってな謎の生物の存在が“フリ”の1ツとなってたが・・単なる「デカくてブサイクなヤツ」に過ぎなかった。
・“ラスーム”が水星、“コスーム”が金星の事らしい。ここ、試験に出ます!(=^_^=)
・火星の女神は“イサス”と呼ばれる。実在するのかどうかは良く分からん、、
・またもや(皇帝=タルドス・モリス役の)キーラン・ハインズと、アルフレッド・モリーナを間違えてしまった(×_×) ←このお2人、やたらと似てません?
・“ジャンプする男”と呼ばれてたカーター。“空中で鳥を蹴る男”って呼び名はどやろ?
・メダルさえ手に入れば“オク・オヘム・オクテイ・ウィズ・バルスーム”の呪文1ツで、火星にひとっ飛びだ!(=^_^=)

〜 こんなセリフも 〜

カーター「あんたらの始めた事だ・・あんたらで終わらせな」
    「この国やあんたらに対して・・
     “果たすべき大義”なら、とうに果たしてる」
    「今度やったら・・」
    「俺があんたの後ろにいるべきかな?」
    「戦争は、醜いもんだ」
    「雇われるのはガラじゃないんでね」
    「皆“自分が正しい”と思うんだよ」
    「俺には、何の“トク”もない戦いだ」
    「これは“電報”だ・・俺は“電信”でここに送られたんだ」
    「前は間に合わなかった・・だが、今度こそ」
    「皇帝に決闘を申し込む!」
    「“その時”は・・イス川で会おう」 ←「靖国で会おう」的やね
    「“大義”を見つけろ。恋をして、本を書け

デジャー「こんな事で、私は(歴史に)名を残すの?」
    「船は光で飛ばないの?」
    「飛び方を教えて」
    「こんなものは観た事がないわ!」 ←あんたはナガタ艦長かい!
    「空中で受け止めてくれた時、分かったの。
     あなたと言う男が、分かったの」
    「“勇者は、立場が変わっても、心は変わらない”
     バルスームの“ことわざ”よ」
    「王女には、お辞儀をするものよ」
    「いいわ! ジョン・カーター、いいわ!」

タルス「心配するな。サークの男は簡単にはくたばらん」

カントス「お前は飛べるんだろ?」
    「降伏しても良いが・・お前は
     今までも、そうして来たのか?

タルドス「運命とは選べないものだ・・
     たとえ“バルスーム”の支配者でさえ」

マタイ「“災いの芽”は摘むべきだ・・
    素早く、簡潔に、正確にな」
   「理解出来ないなら“他の者”に変えるだけだ」
   「お前は・・アメリカ人か?」
   「どうやら“知性”は増幅していないようだな?」
   「お前には“戦う理由”も有るまい?」
   「我々は“不死身”なのだ」
   「ゲームは、この星が生まれる前から始まっていた。
    そして、お前が死んだ後も続くのだ」
   「どの星も“滅亡へ至る道筋”は同じだ」

ハジュス「団結とは“異端”を排除してこそ得られる」

サブ・サン「女神が認めて呉れますように」
     「私にも、心はあるのです」

サブ・サン「屍体も調べろ!」
手下「調べました!」

タルス「ここで何をしておる?!」
ソラ「“父譲りの気性”が、私にこうさせました」

デジャー「立場が変わったのね」
カーター「・・心も変わった」

カーター「ベッドに戻れ・・すぐに行くから」
デジャー「早く戻ってね」

追記1:エンドクレジットに『創造の先駆者、スティーヴ・ジョブズに捧ぐ』とあった(・ω・)
    ジョブズが存命だったら・・果たして本作を好評価したのか? そこだけは気になる(=^_^=)
追記2:又井(またい)って姓のしとがいたら、気さくに「またいしゃん」とか呼ばれる事もあるんやろか?

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2012年5月 1日 (火)

☆『アーティスト(2011)』☆

先の週末、狙ってた1作『アーティスト』を隣町のシネコン“ワーナー・マイカル・シネマズ綾川”で鑑賞して来た。

「第84回アカデミー賞」で10部門にノミネートし、結果的に5部門(監督、作品、主演男優、作曲、衣装デザイン)で“オスカー像”をもぎとった「快作」である。

1927年から1932年のロサンゼルス/ハリウッドを舞台に、サイレント(無声映画)からトーキー(発声映画)に移行しつつある“時代の波”の中、芸術家(アーティスト)である自身にこだわり、サイレントで生き残りをはかる売れっ子男優=ジョージ・ヴァレンティンの挑戦と挫折、そして再生を描いたロマンティックムーヴィー。

観終わってからウィキで調べ、本作が「おフランス製の作品」だと(初めて)知った(・ω・)
主演男優=ジャン・デュジャルダンの実年齢がワタシより“年下”である事を知って愕然ともした(⌒〜⌒ι)
ヒロイン=ペピー・ミラー役の女優さん(ベレニス・ベジョ)が監督=ミシェル・アザナヴィシウスの奥さんである事も知り、憤慨もした(←別にエエやんか)

まぁでも「(続編、リメイク尽くしの)この飽食の時代(?)に、こう言う切り口で狙って来たか!」ちぅ“企画側のしたたかさ”には、確かにアタマをぶん殴られた感じがした!

同様に“モノクロ路線”で狙って来てた(?)『バーバー(2001)』や『エド・ウッド(1994)』より間口も広く、好感が持てたし(=^_^=)
(『シンドラーのリスト(1993)』と『シン・シティ(2005)』は“えせモノクロ”なので赦さん!(←だから、別にエエやんか))
(でもって、そんなオレは『カラー・オヴ・ハート(1998)』が大好きだ!)

ストーリーも分かり易くて良い。
尤も、コメディをうたう(?)つもりなら、もっと「笑いのエッセンス」を詰め込んで欲しかったし、ラヴロマンスだったら、もっと魅力的なヒロインを配して欲しかったトコだが。。

ただ、やはりこの仕様・展開で「100分間」を引っ張り切るのは、多少キビシかった気もする。
自身、途中で何度か時間を確認したし、周囲には寝てる観客のしともおられたようだし・・
上映時間=75〜85分程度にエッセンスをまとめると、尚良かった気がするし、それをやる余地は(劇中に)幾らでもあったように思える。

また、本作を「(純粋な)サイレント」と評せるかと言うと、ちょっと違う気もした。
ラストでは、とうとう制作側が痺れを切らせたか(=^_^=) キャラ陣がガンガン喋り始めたし。ま、エエけど。

それに、主人公=ジョージの「芸術家としての孤軍奮闘」を描いた作品か? と言えば(決して)そうでもなく・・突き詰めて行けば「因果応報」的な展開(=「エエ事をやっとけば、後できっちり返って来るかも」系)ではあった。

そう考えると、魅力を放ってたのは主人公以上に「あの飼い犬」であり「お抱え運転手=クリフトン(演:ジェームズ・クロムウェル)」であったようにも思えた。

そう考えたら『アーティスト』なる本作のタイトルも「何か違うような・・」と気になり始める。

『ステキなオークション』『拳銃自殺はタップダンスのあとで』『ハリウッドの風に抱かれて』とかではどうでしょ?(どれもベタ過ぎや!)

〜 こんなトコも 〜

・「作風を上品に保つ意図があったのか」コメディ面が弱過ぎ、殆どが“ワンちゃん頼み”だった(⌒〜⌒ι)
・ワンちゃん(「The dog .. UGGY」とクレジットされてた)の可愛さは、かの『マスク(1994)』に決して負けては御座らん(=^_^=)
・「劇中で(敢えて)字幕表示されなかったセリフ群」こそがやたらと気になった! 例えば、街角でジョージに話しかけて来た(意地の悪そな)警官の言葉とか。「ネイティヴ+読唇術のバッチリなしと」に、ゼヒ和訳して欲しい!
・「蔵出しフィルム」「木箱入り拳銃」「自家用車」をオークションに出品したら、それはそれで案外高値で売れたんでは?
・クリフトンと主人公とが2人きりのシーンでは、いきなり心臓を狙って発砲して来そうでコワかった、、(←いわゆる『Lコン(1997)恐怖症』)
・ジョージの奥さん=ドリスは、あらゆる旦那のブロマイド(の顔)に落書きしまくってた。。
・でも流石に、あの“巨大肖像画”にだけは手を出さなかった(=^_^=)
・マルコム・マクダウェルは“カメオ出演”程度のチョイ役だった(×_×)
・冒頭のスパイ作品(?)で、主人公はどうやってあの牢屋から逃げ出せたんやろ?(そのシーンで観客が爆笑してたトコからするに、何か面白いトリックを用いたようだが)
・ジョージの家財品の1ツに「ブロンズ製の“見ざる聞かざる言わざる”な置物」があった。
・給料を断たれて約1年・・あの執事はどうやって生きて来たんやろ?
・ジョージの監督最新作『愛の涙』は、あのエンディング(=蟻地獄系バッドエンド)が興行失敗の大きな要因だったように思う。
・終盤の“長回しタップダンス”のシーンは、ホンマに圧巻だった!
・トーキーへの移行と共に凋落して行った女優(の1人)=コンスタンス・グレイを演じたミッシー・パイルは『ギャラクシー☆クエスト(1999)』での、あの“魅惑のサーミアン姐さん”だった!
・1923年に設置された頃の“ハリウッドサイン”は「ハリウッドランド不動産(HOLLYWOODLAND)」と13の文字が並んで建てられてたそうな。
・1度、ペピーが“付けぼくろ(Beauty Spot)”を付けずに楽屋から出て行こうとする(ような)シーンがあり、妙にハラハラさせられた(⌒〜⌒ι)
・ジャン・デュジャルダンvs阿部寛の「タップダンス・バトル」が見てみたい(=^_^=)

〜 こんなセリフも 〜

ジョージ「喋るものか!(I won't talk!)」
    「ジョージア、万歳!」
    「クリフトン、妻に宝石を買って来て呉れ」
    「女優には“目立つ特徴”がないと」
    「トーキーなんかに未来はないよ」
    「僕のファンは(僕の)声など求めないさ」
    「誰にでも悲しみはあるさ」
    「君に譲ったよ(I make way for you.)」
    「さらば、ノーマ!」
    「僕の新作を観たのか? で、入場料を返せと?」
    「“誇張した演技”だったかい?」
    「道は譲るべきだ」
    「お前はクビだ。しかし車はお前にやる」
    「“過去の男”の声なんか、誰も聞かないさ」

ペピー「やっとお逢い出来ましたわ」
   「また、ご一緒出来ますわね」
   「あれは“気晴らし”よ(Toys.)」
   「観客が私の“声”を求めてるの」
   「演技を誇張する“昔の役者”に観客は飽きたのよ」
   「独りになりたいの(I want to be alone.)」
   「悪かったわ(I feel so bad.)」

クリフトン「おそばに置いて下さい(I don't want another job.)」
     「今は、ミラー様の運転手に」
     「誇りをお棄て下さい」

※「覚えてなさい(I will get you for this.)」
 「ワン!(Woof!)」
 「今や時代はトーキーだ。大衆は(俳優の)声を聞きたがってる」
 「新鮮さを求める大衆は“常に正しい”のさ」
 「カット! パーフェクトだ! でももう1度、アタマから」
 「奇麗に売れましたね」
 「この犬に感謝しなくちゃ!」

医師「持ち堪えました(He's out of danger.)」

追記1:サイレント時代の俳優は「演技を誇張し過ぎる」と酷評されてもいたが、、それはそれで「大切な俳優の技量」だと思う。
追記2:今ではもう叶うまいが、かつて『妹の恋人(1993)』を観た頃に「ジョニー・デップがバスター・キートンを演じる、モノクロ+サイレント仕様なアクションコメディ作が観たい!!」としばらく渇望してた事を思い出した(⌒〜⌒ι)
追記3:奇しくも、本記事を書きながら自室で聴いてたのは“ジ・アーティスト”こと殿下(Prince)の楽曲群だった(=^_^=)

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