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2012年1月14日 (土)

☆『エンディングノート(2011)』☆

13日(金曜)。
何となく“響きの悪い”1日でもあり「今日だけはキャンプ場には近付かぬようにしよう!」と、考えたかどうなのかは自分でも良く分かんないが・・余りに娯楽性に乏しかったこの1週間の流れを「最後にちょっぴり変えてやろう」と思いつき、仕事帰りに商店街の中にあるミニシアター“ソレイユ”にて上映中の『エンディングノート』を観る事にした。

撮影・編集も兼任する、砂田麻美による初の監督作品。プロデューサーは『誰も知らない(2004)』『空気人形(2009)』を監督した是枝裕和。

監督自身の父親=砂田知昭氏(1940-2009)の“終末活動(略して「終活」)”にスポットを当て、突然に“進行性の末期胃がん(ステージIV)”を告知されたお父さんの「段取り」をこなして行く様子を、家族との触れ合いを交えながらユーモラスに(?)描いたドキュメンタリー。

オープニングで砂田氏の迎えた「結末」が映し出されるので、観客は早々に“オチ”を知ってしまう訳であるが・・それでも暗くなり過ぎず、過剰過ぎる(ワザとらしい)演出もなく、ある意味淡々と“そこ”に向かって歩いてゆく「お父さん」の姿は、凛々しくもあり・・そして、それが故にやはり悲しくもあった。

中盤や後半で、何ヶ所か「ボロボロと(涙腺に)来てしまった」シーンがあったのだが、今のワタシの心境からすれば(←この先、変わって行くのかも知れない)「この父っつぁんの人生、一体何やったんや?!」と言う、本人に成り代わって勝手に悔しがり涙する・・みたいな感情が湧いて来たのである。

無論、更に作品を観て行くうちに「家族に囲まれ、旅立つ事の素晴らしさ、幸せ」みたいなトコに、首を大きく縦に振るんだけど、やっぱり「働いて、働いて、67歳までひたすら働き続けて・・ようやく“楽しい余生”が待ってる・・と思いきや、リタイア直後にこの仕打ちかい!」ってな点に“不条理さ”や“神の不在”を感じ取ってしまうのは、ワタシだけやろか?

砂田氏の“お元気な頃”から、様々な映像群が撮り溜めされ、縦横無尽に繋ぎ合わされるのだが・・正直「撮ったけど、生々し過ぎて使えなかった映像」「故人の印象を悪くしてしまう映像」なども(きっと)数限りなくあり、それらは編集(=都合良くカット)されてしまったんやろな〜 ・・などと決め打ってしまうワタシがいたりもする。
つまりは、出来上がった作品が「奇麗過ぎる」「美談過ぎる」と言おうか。

「激昂」「号泣」「罵倒」・・更に言えば「自殺未遂」「失踪」「再燃する(過去の)女性問題」なども(裏側に)あったのかも知れないし「全くない」とは、誰も言い切れないだろう。

その点に関しては「ドキュメンタリーの体裁は整えつつ、巧妙に整えられた物語」とは思った。

しかし、以前『トウキョウソナタ(2008)』を劇場鑑賞した時にも感じた「絵空事じゃないし、他人事じゃない」って気持ちを再度味わってしまった1作である。

元気でいられる“現在”を喜ぶと共に、孤独に死んでゆくかも知れない自身の“未来”に思いを馳せ、何ともゲンナリしてしまったモノだ(×_×)

〜 こんなトコも 〜

・「本人」に成り代わるナレーションは“饒舌”な程だが、実際に「本人の語る言葉」は“案外、少ない”のだった。
・コレまで“世紀の発明”と言えば『ウォシュレット』のひらめくワタシだったが(=^_^=) 本作を観て『携帯電話』のスゴさを再認識した! コレほど『携帯』が的確に&効果的にアイテムとして用いられてる例って、さほど多くないんじゃないやろか。
・続編が制作されるとしたら・・やはりあの「94歳のしと」に白羽の矢が立つんやろか。。
・昨年までの「毎年の定期健診」で見つからず、、今年いきなり「末期がん」の見つかるのってどうなの?
・「青山通り246」「妙見岳(長崎県雲仙市)」などが登場。
・「無農薬の人参ジュース」ががんを消す? いや、それは「ガセ」らしい。
・公孫樹(いちょう)並木に彩られた、神宮外苑がロケーションされてた。
・お孫さんの『(人も歳を取ると)本のように古くなって行く・・そして死んでしまう』と言う論が、妙に分かり易かった!
・“虎の門病院・消化器外科”“聖イグナチオ教会”がほぼ(?)実名で登場していた。
・伊勢志摩に行ってみたくなった(・ω・)
・砂田氏は、実は「関東電化工業」の元専務さんなのだった! 医者の息子で、自身も当初は医学部を目指したそうだし!
・あのお婆さん、若い頃の(モノクロ)写真がなかなかに美人だったのでびっくり!

〜 こんなセリフも 〜

主人公“人生を締めくくる最期の場所・・教会を訪れた”
   “申し遅れましたが”
   “『会社命』の気質が抜けないので御座います”
   “エンディングノート作りは、死に至る段取り・・
    1大プロジェクトで御座います”
   “死ぬ前に(内容を)話すアホがいるか”
   “成功より、失敗を思い出す
   “だけど、そこからが波瀾万丈”
   “気持ちの安らかになる場所、は何処だろう?”
   “やはり気掛かりなのは、家族の事で御座います”
   “孫にアゴで使われる感じが
    堪らないので御座います”
   “妻とのケンカの質も量も、
    エスカレートしたので御座います”
   “家族での最期の旅立ちです”
   “何故、女と言うものは、何処に行っても
    買い物出来るのでしょうか?
    私の気持ちなんてお構いなしで御座います”
   “伊勢志摩で『あわびステーキ』をもう1度だけ
    食べておきたかったのです”
   “『接待ゴルフ』の目的が、ゴルフではないように”
   “今年は、寒い冬になりそうです”
   “私は、死ねるでしょうか?
    上手に、死ねるでしょうか?
   “そんな事は、知る由もない訳で”
   “この娘だけは、最期まで段取り不足でしたが
    教育し直す力は、もう残ってはおりません”
   “そろそろ失礼しなくては。
    営業マンは引き際が肝心です”

砂田氏「私事で恐縮で御座いますけれども」
   “この1年間、この笑顔がなかったのだ
   「(待ってても)パソコンからオーダーは来ない。
    街へ営業に繰り出さなければ」
   「乱暴な生活を送っていた“咎め”が」
   「早速、勉強しなきゃいけない」
   「やたら撮って、何に使うわけ?
    著作権侵害だよ」 ←肖像権かと。。
   「政治に言いたい事? “がん患者に優しく。
    怖いおばさんに強く”」
   「ちょっと、記録(=撮影)を止めて呉れますか?
    ・・撮ってるでしょ!?
   「セレモニーは、シンプルな方がいい」
   「段取っても、必ず“何か”起こるのが本番と言うもの。
    “完璧過ぎる”と言う事はない」
   「自分で推測したり、外野がうるさいと悩んでしまう」
   「元気な時に会いたかった・・急だったから
    大変だったでしょ? ごめんね」
   「でも、日本もいいでしょ?」
   「感激しちゃった。秀樹、感激〜!」
   「全部、覚えてます
   「大きな期待をしちゃいかん」
   「薬、飲まなきゃ」
   「いい子になるんだよ。じぃじ、頑張ったんだけどね。
    また会おうね。頑張ろうね。
    いつも想っててあげるからね」
   「長い事、有難うね」
   「葬儀は簡単に、静かにやるから」
   「“落ち”があるかも知れない」
   「死ってのは、考えてるだけで、
    ノートには書いてない」
   「何で・・(人は)死んじゃうんだろうね」
   「(向こうは)いいらしいよ。
    ちょっと教えられないけど」
   「もう・・痛くも痒くも
   「また、やり直します・・幸せです

妻「ちょっと“シミュレーション”と違ったね」
 「誰もいない・・ここには、家族だけ
 「ちょっといい? 2人で」
 「一緒に行きたい

司祭「宗教が変わっても、突き詰めたら最期は
   “同じ事”を信じているのです」

医師「ちょっと入院します?」
  「何れにしても・・トータルでは(がんに)負けてた」
  「何で、あのくらい元気でいられるのかが不思議です
  「年を越せるかは・・分からない」
  「方法は・・“待つ”しかない」
  「良い方向にも、悪い方向にも動き得る」
  「“きっちりした線の引ける話”じゃないので」
  「年内は厳しい・・1週間後も厳しい」
  「恐らく(最期は)意識がなくなる、と思います」
  「“生存徴候”がなくなれば“死亡宣告”となります」

追記:「長生きは出来るけど、孤独に死んで行く」のと「早死にするけど、家族に囲まれて逝ける」のと、どっちが幸せなんやろ? まぁ「孤独に早死にする」のに比べたら、どちらも文句は言えんトコやろけどね(⌒〜⌒ι)

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コメント

こんにちは。
コメントありがとうございました~。
楽しみに貴ブログに参りました。(^^)

>“不条理さ”や“神の不在”を

そうですか、私は砂田氏は“報われた”ほうの人だと感じたのですが。
勿論、MAXの「報われ」なんてないと思いますから、あくまで私も感じ方ですけれど。

>生々し過ぎて使えなかった映像」「故人の印象を悪くしてしまう映像」なども(きっと)

そうですね、仰る通り。
娘さんとしての感覚も勿論介在していたと思います。

「追記」について。
孤独かそうでないか、より、確たる自分として逝けるか否か、が自分にとっては怖い気もしますね。自分が自分でなくなってしまう病も増えてきていますから。
その意味でも、きちんと自らの意志100%でご自身の死後を家族に託すことの出来た(言い遺せた)砂田氏はお幸せな最期だったのかもなぁっ・・・て。

午後から映画に行ければ・・・と画策中です。TiM3さんもどうぞ佳き午後を。

投稿: ぺろんぱ | 2012年1月15日 (日) 11時19分

ぺろんぱさん、ばんはです。

善き1作との出会いは叶いましたでしょうか?
また貴ブログに訪問させて頂きますね。

>コメントありがとうございました~。
>楽しみに貴ブログに参りました。(^^)

今の公開となってしまったさぬきエリアです。。

>そうですか、私は砂田氏は“報われた”ほうの人だと感じたのですが。
>勿論、MAXの「報われ」なんてないと思いますから、
>あくまで私も感じ方ですけれど。

ご本人は「咎め」と表現しておられましたが、それだけでは割り切れ
ない、納得出来ない気持ちが残ってます。

ご本人が「咎め」と言うだけの「黒歴史」が劇中で表現されてたら、
感じ方もまた、変わった事と思いますが・・

>孤独かそうでないか、より、確たる自分として逝けるか否か、
>が自分にとっては怖い気もしますね。自分が自分でなくなって
>しまう病も増えてきていますから。
>その意味でも、きちんと自らの意志100%でご自身の死後を
>家族に託すことの出来た(言い遺せた)砂田氏はお幸せな
>最期だったのかもなぁっ・・・て。

「自分が自分でありつつも、孤独に逝く」
「自分が自分でなくなりつつも、家族に囲まれて逝く」

これらの選択肢も出て来るんですよね・・ああ、ややこし(=^_^=)

>午後から映画に行ければ・・・と画策中です。

昨日は行けずに終わりました。
今週は、行けるだろうかなぁ・・?

投稿: TiM3(管理人) | 2012年1月15日 (日) 16時53分

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