☆『1枚のハガキ』☆
21日(水曜)の夜。
仕事終わりで、気になってた1作『1枚のハガキ』を商店街の中にあるミニシアター“ソレイユ”で観て来た。
世界広しと言えど“業界最高齢”と断じて差し支えなかろう(?)御大=新藤兼人の“最期の監督作”と言うべき円熟の1本である。
(正確には、ポルトガルに103歳の監督さんがおられるようだ)
たまたま(?)この日は“レディース・デー”にぶち当たってしまったんだが、折角のイイ作品にも関わらず・・場内は「男性:ワタシ1人」「女性:3人」ほどの・・かなりサビシい入場率となってしまってた(×_×)
※
昭和19年夏。奈良・天理教本部。
ここに集められたのは、中年男性のみで編成された“おっさん部隊”“掃除部隊”の100名であった。
不足する「兵舎」代わりに提供されたこの道場を1ヵ月かけて入念に清掃した彼らを前にして、上官(青年士官)は「次の任務は、クジを引く事で決める。貴様らに代わり“偉ぁい上官”がクジを引く事で、それぞれの任地が決まるのだ」と言い放つのだった。
100名のうち60名はフィリピン・マニラ方面に「陸戦隊」として派遣、残る40名のうち30名は「潜水艦」に乗せられ、遠い戦地へと送られる事になる。
残った10名は宝塚に送られ「兵舎」として提供される歌劇場を清掃する任務に就くのであった。
そして、更にその中から4名は「海防艦」に乗せられ、やはり戦地へと・・
・・
送別会で“武運長久”を祈るため、天皇陛下より賜った「酒1合、スルメ1枚」を黙々と齧(かじ)る2人の男の姿があった。
森川定造2等水兵(六平直政)と松山啓太2等水兵(豊川悦司)である。
宿舎で、同じ木製2段ベッド(上:森川、下:松山)に眠る縁(えにし)である2人は、ある夜に心を開いて語り合う。
森川は、妻の友子(大竹しのぶ)から届いた1枚のハガキを松山に見せ「16年連れ添った妻からのハガキだ。しかし、俺はまだ返事が書けずにいるし、書かずに出発する事になるだろう。もしお前が、この戦争を生き延びたら・・妻を訪ねて“森川は確かにハガキを受け取った”と伝えてくれないか?」と頼むのだった。
そして夜明けを待たず、森川は他の59名の兵士と共にマニラへと向かい・・そのまま“帰らぬ人”となった。
・・
8月。ヒロシマ。 ・・そして終戦。
奇跡的に宝塚の航空隊で生き延びた松山は、復員後に自身の家族の“崩壊”に直面する事となり、すっかり自堕落になってしまうが・・「とある決意」を胸に秘め、日本を発とうとしたその日、整理していた荷物の中から“1枚のハガキ”を見つける。
“今日はお祭りですが、貴方がいらっしゃらないので、何の風情もありません。”
ただそれだけの、森川の妻が愛する夫にしたためたハガキ。既に終戦からは4年が経過していた。
松山は、森川友子にハガキを届けるため、廣島県岩津郡熊石の村落へと向かうのだった・・
※
“99歳の境地”に達した新藤監督がメガホンを執ったと言う事で・・もっと「幻想的」「官能的」「支離滅裂」な“アタマで理解出来ぬ、感覚的な作品”を想像していたら・・意外に、と言おうかかなりしっかり造られてて驚かされた!
そして何より「小規模な(=ある意味、舞台劇的な)物語世界」なのに、シンプルかつ丁寧、分かり易く、破たんも見受けられないのである。
路線としては『キャタピラー(2010)』をまず想起し、比べてもしまうんだが・・あちらよりも「キワモノ狙いでない」「エロティック路線に逃げてない(?)」ってトコは、もの足りなさがありながらも(=^_^=)評価したい点である。
「年下の上等兵の若者に扱き使われ、宝塚海軍航空隊で終戦を迎えた(ウィキペディアより)」と言う監督自身の実体験が、エピソードとして随所に練り込まれているようで、そこに材をとった演出の数々には「絵空事でもあるまい」と観る者に実感させるだけの生き生きとしたパワーが確かに備わっていた。
惜しむべくは、友子を巡る(終戦前後の)エピソードのいずれもが吸引力を持っていたのに対し、松山のそれには「何処か少し粗っぽい」印象を受けた。奥さん役の方のご尊顔的なトコ(?)や、親父役のキャラクタの“徹底的に不在”なトコが、総じては気になってしまうのかも知れない。
でも観ておいて良かったし、観た上でちゃんと“時代背景の理解出来る世代”である自身に対し「昭和に生まれておいて良かった」とじんわり感じる事の出来た良作だった。
〜 こんなトコも 〜
・“おっさん部隊”に所属していた年代の人間が・・平成の世を迎え約100歳。ちょうど新藤監督の世代なのだ。
・“死出の行進”をしつつ、画面奥の闇に消えゆく兵隊ら。クロサワ作品『夢(1990)』の1エピソード「トンネル」に登場する“亡霊部隊”を連想し、思わずゾクッと背筋が震えた。
・久々に「実に人間らしい人物像」を演じ切った、大杉漣さんを拝見! こう言う「卑怯で、臆病者で、それでいて何処か自信過剰な小心者」が戦争を“したたかに”生き残り、どうしようもない遺伝子を残して行った結果が、現代なのかも知んない(×_×)
・土下座っぽい仕草をしつつ、チラッと上目遣いに相手の表情を確かめようとする柄本明氏の“したたか演技”は入神の域にすら達してる(=^_^=)
・友子の格好が「アロハシャツ+ジーンズ」にも見えてしまった。何だか『座頭市(2003)』みたいだ(=^_^=)
・後半にトヨエツvs大杉のバトルシーンがあるが、あそこだけはコミカルな味付けがされていた。あんなにスローに振りかぶったパンチなら、余裕で避けられるとも思うんだが、きっと「避ける」「防ぐ」ってのは(日本男児として)卑怯なのだろう。
・終盤に“龍”の登場するのがボーナス映像的な感じで楽しかった。大杉漣と龍のコラボは、ちょっと思い付かないアイデアだろう(=^_^=)
・大竹さんには、本作でも「吸え!」「下手糞!」と言って欲しかった(⌒〜⌒ι) 松山役が内野聖陽さんだったら「現場のアドリヴ」で実現し得たかも(=^_^=)
・熊石村にロケツアーしたくなって来たが・・どうやら架空の地名のようだ(・ω・)
・宇品港から自転車で片道約2時間の距離に、熊石村は位置するとの事。
・ラストシーンの「遠景、長回し、セリフなし」の何と心地良い事か!
・「道頓堀のキャバレー『キング』」とか「廣島銘酒・寳劔」にも興味津々(=^_^=)
・戦時中は「1道3府43県」だったと言う我が国。
・日本の夏には、日本の田園風景には、やはり茅葺き屋根が映える!
・ラストに表示される『おわり』には、何だかスタジオジ※リを連想させられた。
〜 こんなセリフも 〜
松山「俺らの運命はクジが決めるじゃけぇのぅ」
「ビールを飲みに来たんじゃない」
「ベちゃくちゃ喋んな!」
「親父には逢わん! 親父を棄てたら・・殺すぞ!」
「お前、運の悪い奴じゃのぅ」
「外へ出れん。村じゅうの者(もん)が俺を笑ぅとる」
「色々と身辺にありまして」
「隊の検閲が厳しくて、簡単な事しか書けない」
「暗い道は慣れてる」
「戦争は、まだ終わっちゃおらんぞ!」
「“五右衛門風呂”は懐かしいです」
「“馬の骨”とは何じゃあ!
帝國海軍2等水兵だぞ!」
「※※※※へ行こうと思っちょります」
「クジを、俺は認めたくない」
「野垂れ死になんかせんで、生きんさい!」
「広い天地に解放されたいんじゃ」
「生きるんじゃ! 生きるんじゃ!」
「俺の“最期のクジ”を引かせてくれ」
「此処を畑にして、1粒の麦を蒔こう」
妻「呑んでつかぁさい」
「何も言うて来んけん、逃げたんよ」
「戦死すれば良かったんじゃ!」
下士官「陛下より賜ったスルメを齧って、鬼畜米英をやっつけろ!」
「貴様、何かやれ!」
森川「『後は頼む』と妻宛の手紙に書いても、検閲は通らん」
「此の國の為に、一命を捧げて参ります!」
「多分、生命はないじゃろう」
「俺が戦争から帰って来たら・・今度こそ子供を作ろう」
友子「安心してつかぁさい」
「此処に居(お)らしてつかぁさい」
「もう何にも言ぅてつかぁさんな」
「待っとるよ」
「あんたぁ! わしを置いて何で死んだぁ!」
「さ、行きまひょう」
「此れからもずっと、兄さんの事は言ぅてつかぁさんな」
「そりゃ運命じゃけぇ・・仕様がない事でひょ?」
「其の事は、もう言わん事にしまひょ」
「放っといてつかぁさい」
「心配しんさんな」
「どぅにかしよるけん」
「戦争を呪ぅて生き・・野垂れ死にしますよ」
「馬鹿にするな!」
「水です・・清潔です」
「白木の箱に入って帰りました」
「骨も戻らないで・・あたしを置いて逝ったんだ」
「どうして生きとるんじゃ?!
何で死なないんじゃ?! あんたは!」
「食べ物を作りますから、食べてってつかぁさい」
「クジじゃけん・・わしは納得しましたよ」
「お別れですけん、私もご相伴させてつかぁさい」
「此の10万円で“クジ運の良さ”を帳消しにしたいんですか?」
「金で片付く問題じゃない・・金じゃないと言ぅとるじゃろ!」
「金をちらつかせる男は、わしは好かん」
「戦争が、皆殺しにしたんじゃ」
「わしも広い空の下に出てみたい」
「残念ついでに、何か祝ぅてつかぁさい」
「死んでしもぅた・・わしも死ぬんじゃ!」
「こがいなボロ布(きれ)の様な女に、
そがいな事を言うてくれんさんな」
吉五郎「大日本帝國、危うし!」
「手柄立てずに死なりょうか」
「撃ちてし止(や)まん!
※※君は大日本帝國の礎(いしずえ)となられました」
「がいな事を言うのぅ」
「儂の世話にならんかね?
心(しん)からあんたが好きじゃ」
「好敵手、現る」
「盗み聞きは、儂の“得意とする所”での」
父「此れも御國の為じゃ、我慢して呉れんさい」
「此の家に留(とど)まって呉れんさい」
「憲兵に(脱走したお前が)捕まれば、儂ら家族は全滅じゃ」
「堪えて呉れぇ!」
母「医者に払う銭(ぜに)はない」
「お経をあげたら、死んだ人が生き返りますか?」
「一寸(ちょっと)来てつかぁさい」
「堪えてつかぁさい」
“此の運の悪い家を棄てて、逃げてつかぁさい”
父「軍艦で沖縄に行くんか?」
三平「軍艦なんかありゃせん。瀬戸内巡航船で行くんじゃ」
友子「クジ運が良かったんじゃ」
松山「そうです・・クジ運です」
友子「白木の箱には何も入ってませんでした」
松山「海の底に沈んだんですから」
友子「・・クジでね」
松山「俺が担ぎましょう」
友子「やってみますか?」
松山「やってみましょう・・重いな」
友子「コツがあるんです・・毎日の仕事じゃけん」
友子「お強いのね」
松山「俺も“馬鹿な真似”をしました」
松山「表(おもて)、出るか?」
吉五郎「いやいや・・これ以上やられちゃ、背骨が折れちまう」
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コメント
こんばんは。
過去に「幻想的」「感覚的」な作品もありながら(私の氏の印象としてはそっちの方が強いです)、本作は直球での勝負?だったのでしょうか。
精神を病んだり人間が変わってしまったり、復員後の人生も想像を遥かに超える辛苦があったのだろうと思う当事の人々。
監督は色んな作品を撮ってこられながらも、これこそが積年の思いの集大成だったのでしょうか・・・。
御尊顔を拝しますにまだまだ「もう一作も?」という感じになりますが、それはやはり難しいことなのでしょうねぇ。
投稿: ぺろんぱ | 2011年12月30日 (金) 20時43分
ぺろんぱさん、ばんはです。
今年の劇場鑑賞をまとめなきゃならないんですが・・
なかなかバタバタしてまして(⌒〜⌒ι)
>本作は直球での勝負?だったのでしょうか。
どちらかと言えば直球でしたね。
狙ってないコメディ演出や、密室劇風なテイストも漂ってて
良かったですよ。
>精神を病んだり人間が変わってしまったり、復員後の人生も
>想像を遥かに超える辛苦があったのだろうと思う当事の人々。
「生き残ってしまった事」が恥であり恐怖でもあったんじゃない
でしょうかね。
>監督は色んな作品を撮ってこられながらも、これこそが積年の
>思いの集大成だったのでしょうか・・・。
「積年の呪縛」からの解放となれば良いのですが・・
>御尊顔を拝しますにまだまだ「もう一作も?」という感じに
>なりますが、それはやはり難しいことなのでしょうねぇ。
ドキュメンタリーでも構いませんし、
「俳優」としてでも何かもう1ツ、見せて頂きたいトコですね。
投稿: TiM3(管理人) | 2011年12月31日 (土) 21時07分