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2011年11月27日 (日)

☆『スーパー!/SUPER(2010)』☆

24日(木曜)〜25日(金曜)にかけての長距離移動(香川⇒高知⇒徳島⇒香川)の出張から間髪置かず、26日(土曜)〜27日(日曜)の週末は京都に出かけた。

流石に今週は、月曜の夜以降で「長距離移動しっぱなし」だったのもあり、客観的にも疲れが表情に出てた(?)事だろうが・・個人レベルの旅行では決して泊まれないランクの宿泊先だったので、そこは嬉しかった。

久々の(?)新幹線移動も交え、枚方(=実家)に立ち寄る事なく帰松したワタシだったが・・お土産やらを置くためちょこっとオフィスに立ち寄り、ついでになんやかんやしてたら結構「エエ時間」になって来たので・・商店街の中にあるミニシアター“ソレイユ”に寄って、上映期間中の『スーパー!/SUPER』を観て帰る事にした☆

更に元気があれば、同じく上映中の「もう1本」も“ハシゴ鑑賞”するつもりだったが・・記憶の整理がつかずアタマがパンパン状態となってしまったので(⌒〜⌒ι)大人しくこの1本だけで帰った次第。

う〜ん・・これが「もう若くない」って事なんやろか。。

レストランの厨房で働くフランク・ダルボは、サエない毎日を過ごしていた。
彼にとって「これ迄の人生で“完璧”だった瞬間」はたった2ツしかなかったのだ。

「愛妻=サラ(リヴ・タイラー)との結婚の時」「街角で、警察官に強盗の逃げて行った方向を“あっちです!”と指し示した時」

この2ツを大事にすべく、絵に描いて壁に貼ったトコロ・・妻に「手が大き過ぎない?」とすかさず突っ込まれてしまうフランク。

・・

そんなある日、サラは衣類をまとめて出て行ってしまう。

彼女の去る、わずか5日前にやって来たのは“街でドラッグ商売に手を出してる男”ジョック(ケヴィン・ベーコン)だった。

しばらくは泣き続けるフランクだったが、寝室で“神に祈った”トコロ「神の指先が、自らの脳に直(じか)に触れる」と言う“啓示”を受ける事となる。

かくて、愛する妻=サラを悪漢=ジョックから奪還するため、彼はコミックショップ『コミック・スマッシュ』の女性店員=リビー(エレン・ペイジ)の協力を得ながら、即席なり切りヒーロー“クリムゾン・ボルト(=深紅の雷(いかずち))”として街角に降り立つのだったが・・

これは、かなりクレイジーだった!
主人公ら2人も狂ってるんだが・・それ以上に、こんな作品を制作した監督(&脚本家)に対し「大丈夫か?」と心配になってしまう(×_×)
コミカルな“お手製ヒーロームーヴィー”を期待して観に行くと、その妙にリアルでグロい演出群に戸惑ってしまう事は必至である。
それらの描写も「必ずしも盛り込まなくても良い」のが多かったし(⌒〜⌒ι)

舞台となる街の名は特定されてなかったが、ここまで「警察の機能してない街」も珍しかった。
市民自身の「犯罪に対する意識」も低過ぎるし・・

「こんな街には住みたくねぇ!」と素直に感じてしまったワタシである(=^_^=)

〜 こんなトコも 〜

・劇中の“FUKK”発言数は、近年稀にみる多さではなかったか?
・ジョックの店は『Bare Assets』と言う名だった。“剥き出しのアレ”みたいな意味やろか?
・劇中では、少なくとも2名が「密かに遺体を処分」されてた(×_×) 想像するに・・かなりキツいんですが。。
・「防弾チョッキ着用」で踏み込み「銃を抜いて構え」てたら、あのしとは(案外)死なずに済んだかも知んない(・ω・)
・「密かに遺体を処分」されたであろうあの2名の“劇中の立ち位置/置き方”がどうにも雑で納得出来なかった。
・ジョックの副官的(?)なおっちゃんに味わいがあって良かったのに・・(ちょっとハーヴェイ・カイテル系?)
・同僚のキャラ(黒人の料理人)も、ちと踏み込み不足だった。
・ホーリー・アベンジャー(HA)とデーモンズ・ウィルの「能力」って釣り合ってるんやろか?
・オープニングのアニメーションからして描写がグロい(×_×) でも「それぞれの死に方が(劇中と)何処まで共通してたのか?」・・の点だけは、もう1度(観て)確認したいトコだ。
・全く詳しくないが“グリーン・アロー”ってなコミックヒーローもいるらしい。
・「ユークリッド通り」って地名が登場。具体的に何処かの街をイメージしてたんやろか?
・主人公はデブで目付きのコワいおっさん(レイン・ウィルソン)だったが、身長195cmってトコには憧れてしまう。
・「ウソをつけないタイプの人間がウソをつく分かり易さ」を演じた点で言うと、主人公のキャスティングは「ピカイチ」だったと思う(=^_^=)
・やはり「銃創」を負って病院に行くと・・即座に通報されるらしい。
・フェルクナー刑事は、フランクの部屋に貼られた「SOME」「OF」「HiS」「CHiLDREN」「ARE」「CHOSEN」(神に選ばれし者)と言う、アブない一連の啓示(?)に気付いてたんやろか?
・ロビンは「ツグミ」の意味だと知った。
・クリーピング・バム(Creeping Bam)は「ストーカー野郎」みたいな意味やろか?
・「指紋」「目撃証言」「血痕」「車のナンバー」「弾丸」など、幾らでも証拠は転がっとるハズやのに。
・“Kid sidekick”で「相棒の女の子」って意味らしい。
・銃砲店では「半額セール」ってのもやるんやね(⌒〜⌒ι)
・お手製の爆弾でも・・人間が木っ端微塵に吹っ飛んでた(×_×)
・リビーが「中指を薬指に重ねた、パー状態の右手」を相手に見せつけてたが・・挑発ポーズなんやろか?
・「便器に吐いたゲロが人の顔に変わる」って演出だけは、常人には到底思い付かないんじゃなかろうか!!
・ボルティーの「今夜だけはマズいんじゃ?」「防弾ベストが重いわ」ってセリフが・・悲しい。
・『銃社会では、可能な限り「防弾ベスト」を着とけ!』ってのがワタシの持論だが(=^_^=) それだけじゃカバー出来ないケースもあるんやね。。
・終盤の舞台はジョックの邸宅内だが、ウィキによれば「ジェームズ・ガン監督の自宅」である可能性が高そうだ。

〜 こんなセリフも 〜

フランク“自分の泣き顔ってマヌケだ”
    「神よ、お導きを」
    「神よ、今はあんたがキライです・・取り消します
    「神よ、あなたは不公平です」
    「私は不幸です・・言う事を聞かないこの髪の毛。
     そして何より・・このサエない性格」
    「サラをもう1度、私のサラにして下さい」
    “きっと力を授かってるハズだ”
    「シャラップ・クライム!」
    “闇に潜む悪と戦うのだ”
    「何か物音がしたと思ったが、
     風で(段ボール)箱が動いただけだ。
     ・・無論、後で片付けるつもりだ
    「お前もだ!!」 ←おい
    「仕事がある。すごく忙しいんだ」
    「神よ、“悪と戦え”と命じたのは、あなたの勘違いですか?」
    「神よ、“悪に対する暴力”は悪いのですか?
     もしお望みとあれば自首だってします。
     ・・でも、そんな事は望まないで
    「“(コスチュームを)棄てろ”と聞こえましたが、
     きっと“空耳”ですよね?」
    「“クリムゾン・ボルトの怒り”を喰らえ!」
    「“法を破った相手”だけをやれ」
    「造り方に間違いがなければ・・
     こいつは“爆弾”だ」
    「準備なんて、いつまで経っても終わらない。
     “行動を起こす度胸”がなかっただけだ
    「“割り込み”は悪だ! 不変のルールだ!」
    “眼に映るものと真実の違う時がある”
    “運が良ければ・・子供たちが世界を変えるだろう”

ボルティー「“戦い方”を教えてよ」
     「いつもこう? ただ座って事件を待つの?」
     「こっちから“悪党の巣”に乗り込もうよ!」
     「悪党には“償い”をさせなきゃ!」
     「“殺しちゃいけない”とは知らなかったの」
     「ザマみろ! 両脚が粉々ね!」
     「“ボルトモービル”がボロボロに」
     「いつの間にか置物を手にしてた・・“無意識”にね」

サラ「やめてよ。“そんな気分”じゃないの」
  「ドア、閉めてよ(Close the Fukkin door.)」
  「あなたはいい人ね。私の知ってる男たちとは違う」

リビー「ハッキリ喋れば?」
   「マジでつまんないよ? ま、そこが笑えるんだけど」
   「アタマに来るわね(..piss me up.)」
   「あんたなんでしょ?(Are you him?)」
   「あんたがここに来てから、誰ともヤッてないわ。
    あんたも“ご無沙汰”なんでしょ?」

ジョック「良かったら、俺にもくれよ。あんたの卵料理」
    「あんた、卵料理の天才だな」
    「この前は、優しく接してやったろ?」
    「そろそろ潮時だな。
     ・・自分の女が、商売女と間違われるとは」
    「俺は悪くない。ヤツが約束を破ったんだ」
    「本気でヒーローになったつもりか?!
     この俺が誰だか、分かってんのか?!」
    「お前も俺も、同じなんだよ・・所詮は悪党さ」

同僚「バーガーを焦がすな。ガンの元だ」
  「さっき“初耳”って言ったにしては、やけに詳しいな?」

フェルクナー「心の寂しさを埋めたいなら、
       “愛情抜きの相手”が良いでしょうな」 ←どんな助言だよ

父「神がお前の部屋のクローゼットに“裸の女の写真”を
  隠したりすると思うか?」

HA「“戦わずに屈する”のは容易い」
  「ちっぽけな君たち人間の脳では、理解に苦しむ事だろう」
  “悪に立ち向かう心が、人をヒーローにする”

神「そうクヨクヨすんな。お前ら人間はすぐマジになる」

※「引っ込んでろ(Go fukk yourself.)」
 「童貞を誇りに思うべきでした。
  これからは“乳首ピアス”も止めます」
 「全くこぼすなよ」 ←何かおかしい(=^_^=)
 「フランクとか言う“キモい男”が来てるけど?」
 「銃で脅され、婆さんと屍体とどっちとヤるかだって?」
 “それは、コマとコマの間で起こっている出来事”

サラ「幸せで明るく、自由な人生に憧れるわ。
   私・・幸せを知らないの」
フランク「人は幸せに期待し過ぎなんだ。
     幸せな連中は傲慢なものさ

フランク「今のニュースで言ってたろ?」
同僚「いや、言ってない」

フェルクナー「あそこに何かいるんですか?」
フランク「何故?」
フェルクナー「ずっと見てた」
フランク「見てない」
フェルクナー「いや、見てた」
フランク「実は、クローゼットに犬がいる。
     “犬好き”に襲いかかって咬み付くんだ。
     だから閉じ込めてる」
フェルクナー「・・なるほど」

フランク「そのペンチで何する気だ?!」
リビー「弾を抜かないと」
フランク「弾は貫通してる! それは必要ない」
リビー「でも破片が残ってるかも」
フランク「残ってない!」

リビー「コミックに“退屈な時間”は存在しないわ」
フランク「するさ。“コマとコマの間”に」

ジョック「俺を殺せば、世界が変わるとでも?」
フランク「そんな事、分からないさ・・“試してみる”までは

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2011年11月24日 (木)

☆『マネーボール』☆

23日(水曜)。

昨夜は仕事関係で色々あって・・結局、帰宅したのは26時近くとなってしまった(×_×)
某駅の昇り階段で、躓いて両手をつくカタチで転倒⇒身体的(顔面的)には事なきを得たモノの、小銭入れの中の硬貨が複数枚だか飛び出してしまったようである、、ちゃんと総て回収出来たのかどうかは・・激しく酔ってたので殆ど覚えてない。。

・・

今日は比較的たっぷりと睡眠を摂ってから出かけ、某シネコンで新作『マネーボール』を観て来た。
「後回し的」なポジションに置いてたモノの、気にはなってた1本である(・ω・)

2001年10月。
カリフォルニア州に籍を置く“オークランド・アスレチックス”は、戦績が低迷気味だったトコロに加え、主力選手であるジアンビ、デイモン、イズリングハウゼンの3人を他球団に引き抜かれ、たちまち危機に瀕する事となる。

経営陣は「3人に代わる選手」の速やかな補強を、と会議で結論づけるも・・それだけの契約金を、今の球団が捻出出来るハズもなかった。

自身も元メジャーリーガーだったGM(ゼネラル・マネージャー)=ビリー・ビーン(ブラッド・ピット)は、選手のトレードの件で“クリーブランド・インディアンズ(オハイオ州)”に出かけた際“シロウト然としながらも”経営陣に耳打ちする青年=ピーター・ブランドの存在に注目する。

ピーターにすかさず接近したビリーは、イェール大(コネチカット州)で経済学を専攻した彼が「出塁率など、各選手のスキルを詳細にデータ化した統計に基づき、チームを補強する」と言う“マネーボール理論”を駆使している事を掴む。

早速ピーターを引き抜いた彼は、旧態依然とした“アスレチックス”経営陣の反発を押し切り、ピーターを補佐役に据え、球団の建て直しをはかるのだった・・

「めっぽう面白い! けど、娯楽作として評するには、何かが完全に欠けてる!」ってトコやろか。

ブラピ(ブラッド・ピット)主演作としては久々に「ちゃんとしてる!」印象だった(=^_^=)モノの、彼の演じる“瞬間湯沸かし器”的なビリーのキャラと、比較的“冷静”なピーターのキャラの接点、交流、信頼関係・・みたいなトコが明確に描かれてないし、描く気もなかったような。。 (←近年のブラピ主演作『ツリー・オヴ・ライフ』は結局、鑑賞出来ておらず、、)

「カネで引き抜いた以上、再びカネで引き抜かれる事もあろう」なる恐れもついて回る、ピーターと言う人物をやすやすと(?)手放した“インディアンズ”側のドラマにも手がつけられてなかったし・・つまりは「理論、データ・・を重視し、好む“理系型人間”にとっては最高傑作!」なんだろうけど「そんな小手先の演出よか、もっと人間をしっかり描いたドラマが観たい“文系型人間”」であるワタシにとって、本作は「何処か、血液が末端まで流れ切ってない“物足りぬ人物造型”の話」に思えてならなかったのだ。

ビリーに関しては「妻子のハナシ」「両親のハナシ」「現役時代のハナシ」のいずれもが中途半端な描かれ方だった。あんなんでビリーの抱える葛藤とか、反骨心とかを描き切った・・と制作陣に勘違いされては困る・・って感じ(・ω・)

また上映時間も130分強、とやや長かった(×_×) 私的には「※※連勝おめでとう!」ってトコでズバッと幕にして、その後の展開は「字幕説明」で良かった気すらしている。 (ま、ワタシは野球に関して、さほど詳しくないのだが)

〜 こんなトコも 〜

・元々「統計分析で野球戦略を立てる」って手法はビル・ジェームズと言う人物が70年代に提唱したモノらしい。
・出塁、進塁の障害となる「バント」「盗塁」が徹底的に否定されてた。
・出塁至上主義であれば「最小限のダメージで死球を敢えて受ける(避けない)」って戦略も有り得たんやろか?(⌒〜⌒ι)
・ウィキによるビリー評にはこうある。“将来を嘱望された選手であったが、短気な性格が災いしてプロの世界になじむことができず、メジャーになかなか定着することができなかった(原文のまま)”・・その辺りは、必ずしも正しく劇中で描写されてなかったかな、と。
・オスカー男優であるフィリップ・シーモア・ホフマンが寡黙な印象(?)のアート監督を演じる。その存在が(どうにも)地味過ぎ、逆に戸惑ってしまった。
・ビリーの12歳の愛娘の歌うギター・ソングが素晴らし過ぎる! 劇中で2度聴けるので、いずれもご傾聴頂きたく!
・ビリーの妻=シャロン役はロビン・ライト。以前は「ロビン・ライト・ペン」だったと記憶してるが・・つまりはショーン・ペンとの“区切り”がついたんやろね(×_×)
・ジョージ・クリントン(George Clinton)&パーラメント(Parliament)の“Give up the funk”が控室で流れてた! 確かに“敗者の曲”じゃねぇわな〜(=^_^=)
・「11もの先制点をあげながら、何故追い付かれたのか」が全く不明だった。その辺の分析がきっちり出来ない限り“マネーボール理論”など役立たずだと「も」思う。
・野球選手に必要な「5ツの要素」があるそうで。「投、打、守、走」は分かるが、あと1ツは何だったっけ?
・コメディ要素を徹底的に高めたら、まんま『メジャーリーグ(1989)』シリーズの新作(4作目?)にも仕上げられたと思う(=^_^=)
・ってワケで、本作に“コメディ要素”を求めても仕方がない(×_×)
・ピーターの私生活が一切描かれなかった!
・選手の“技術的なデータ”以外にも、趣味・宗教・人種・協調性とかの分析はなくて良かったの?
・一方、序盤の会議では選手の嫁さん/恋人の“器量”までもが取り沙汰されてた(=^_^=)
・イラチなGMと冷静な補佐役の「バディ系ムーヴィー」と観るのもアリかも。
・実在の選手陣とのヴィジュアルギャップはどないなんやろ?

〜 こんなセリフも 〜 ※今回“メモなし鑑賞”だったので曖昧ッす!

ミッキー・マントル“野球は実に奥が深い。常に驚きがある”

ビリー「精一杯やっただと? 精一杯やられたのさ」
   「俺をハメたな?(You played me?)」
   「餌を獲れなくなった仔猫の運命を? 死ぬだけさ」
   「“即死”と“じわじわ死んでく”のとどっちがいい?」
   「四球だろうがヒットだろうが関係ない。大事なのは“出塁”だ」
   「聴け、この静寂を。これこそが“敗者に相応しい音”だ」
   「(選手に)自信がない? だったら与えろ」
   「プロ相手の受け答えに“躊躇”などするな」
   「“答え”の出た時点で、電話を切れ」
   「お好きにどうぞ(No problem.)」
   “入ってもいいか? 実は(君の)家の前にいるんだ”
   「さっきからペラペラと・・お喋りが“仕事”だと勘違いしてないか?」
   「リーダーとして若手に手本を示せ」
   「済まないが、ベンチに26人は入れない」
   「お前ら、負けて何が嬉しい?」
   「“何が問題なのか”が分かってない」
   「奴に何を言った? 何故、奴がお前の意見を聞く?」
   「“金持ち球団”と“貧乏球団”がある。
    その下に沢山のクソがいて・・その次にいるのが我々だ」
   「俺とピーター以外の評価は疑え」
   「まだ実感はないだろうが、
    お前たちは必ずやリーグ優勝する。その心づもりでやれ」
   「我々のやって来たのは“臓器提供”だ。
    育て上げた選手を他球団に奪われる、と言う形のな」
   「かつて“金の為”に人生を決めてしまった。もう2度としたくない」 

ピーター「(現役時代の)あなたならドラフト9位指名だ。契約金なしで」
    「僕? 100%(彼に)同意したとも」

アート「舵を取るのはこの私だ。たとえそれが“私の持ち船”でないにせよ」
   「チームを殺す気なのか?」

※「怖いのは・・“俺に向かって飛んで来る打球”さ。本気で」
 「いつ迄も“野球少年”でいる事は出来ない。
  だがその“いつの日か”は人による。
  それは18歳かも知れないし40歳かも。
  言えるのは、それが“誰にも必ず訪れる”と言う事だ」
 「何なら、ファンに1塁を守らせたらどうだ?」 ←笑った!
 「“問題がある”・・あんたら経営陣の“常套句”だな」
 「控室のソーダ代を、俺たち選手からむしり取るとはな」
 「球界を追放されてどうする? スポーツ用品でも売り歩く気か?」

追記:ビリーの娘さんの歌ってたのは、Lenkaと言う女性シンガーの“The Show”って曲だった。何となくAppleのCM曲にも使えそうなメロディ(⌒〜⌒ι)

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2011年11月17日 (木)

☆『ブレードランナー/ファイナル・カット(2007)』☆

15日(火曜)の夜。
BSP(プレミアム)で放送されたのは『ブレードランナー(1982)』の決定版とも言うべき『ブレードランナー/ファイナル・カット(2007)』だった!

原作:フィリップ・K・ディック、監督:リドリー・スコット、主演:ハリソン・フォードによる“近未来SFの金字塔”とも言うべき作品である!
って言っても、観たのはずいぶん昔で・・きっと20年以上ぶり(!)ぐらいになるんやろか?

2019年11月。繁栄と退廃、光と闇とが綯い交ぜとなった、近未来のロサンゼルスの喧噪の中に、シャトルを奪い地上に降下した凶悪な人造人間“レプリカント”が4体、紛れ込んだ。

彼らを捜し出し、抹殺する命を受けたのは・・1度は引退した筈の特別捜査班“ブレードランナー”の一員=デッカード(ハリソン)である。

タイレル社の開発した精巧な“レプリカント”・・「ネクサス6型」は、ロイ・バッティ(ルトガー・ハウアー)をリーダーに、レオン・コワルスキー、ゾーラ、プリス(ダリル・ハンナ)の4人で、それぞれ街の何処かに潜伏していた。

タイレル社長の協力を得ながら“レプリカント”を追い詰めてゆくデッカードだが、ロイは「とある決意」を胸に秘め、次第にデッカードを逆に追い詰めてゆくのだった・・

久しぶりに観たら・・コレが面白いじゃないっすか! この日この時まで“近未来SF”と言えば、例えば『未来世紀ブラジル(1985)』とか『マイノリティ・リポート(2002)』とか『攻殻機動隊(1995)』とかの名が次々に思い浮かんだモノだが・・本作を観て、その映像を、その世界観をいったん“思い出してしまう”と・・特に「『マイノリティ〜』が好きや!」「『攻殻〜』って最高!」なんてな事を言ってしまう(言ってしまってた?)自分が情けなくなって来る(⌒〜⌒ι)

つまり、本作を先に観てから『攻殻〜』を鑑賞すると・・正直「はぁ? これって“ジャパニメーションと言う名の光学迷彩”で覆っただけの、パクリ作とちゃいますのん?」とすら思えて来るワケで(・ω・)

“原点を知る”“頂点を知る”って事の大切さを改めて思い知らされ、何だか落ち込んでしまったワタシである。

〜 こんなトコも 〜

・オープニングの、近未来のロスに“ダイブ”して行くような映像演出が素晴らし過ぎる!
・“ブレードランナー”が劇中に2人登場してた事を知った。デッカード曰く、ホールデンの方が「適任者」との事だが(・ω・)
・「ヴォイト・カンプフ検査」に興味津々。ドイツ語?
・2019年ともなると、富裕層は“チャンスと冒険に満ち溢れた夢の地”である「宇宙植民地」に住むのがフツーらしい。
・デッカードがストリートで銃をぶっ放そうが、デッカードが路地裏でボコられようが、特に騒ぎにはなってなかった。。道ゆく人は多けれど、彼らの個性が殆ど失われてたようにも思えた。
・レイチェルの問いに対し「人を殺した(=射殺した)事はない」と答えつつ、手慣れた所作で“レプリカント”を銃撃するデッカード。彼にとって「レプリカントは人に非ず」と言う事なのか? 意外と“深い”やり取りであり、演出だと思う。
・完璧に「人間」で、4年以上は生きられそうだけど“年老いて枯れた印象”のJ・F・セバスチャン。そんな彼に対峙する、若々しいが“4年と言う寿命”に怯える「レプリカント」のロイ。この2人の対話は、ある意味“かなり重要”なのかも知んない。
・ロスの街に巧妙に紛れ込んでる“レプリカント”のいる一方、如何にも“街に馴染めてなさそう”な連中もいた(⌒〜⌒ι)
・ハードボイルドのお約束(の1ツ)「主人公がミステリアスな女に翻弄される」「主人公はタフだが決してスマートじゃない」を見事に成立させてた本作(=^_^=)
・デッカード自身“アレ”ではないのか? と言う仮説(?)がファンの間で根強いそうだ。その真偽は分かりかねるが・・とにかくハリソン君の“アンブレイカブルさ”には驚かされた(=^_^=)
・終盤では、ハリソン君がダリル“エル・ドライヴァー”ハンナに「鼻フックby指」されてた!!
・以前に観たヴァージョンでは、終盤に「取って付けたような空撮」があったように記憶している。それって編集で“カット”しても、進行上で問題なかったんやろか?
・この時代の「1枚の写真に含まれる情報量」ってば、余りに凄まじ過ぎる!!!
・ネオン看板「ゴルフ月品(用品?)」「・・の烏口」「・・充実の上に」が印象的だった。まぁ、外国人から見た日本国内のネオン看板群なんかも、結構「ワケ分からん単語ばっかし」なんかも知れないが(=^_^=)
・ムチャクチャな事を言ってみるが・・必要以上に(?)長寿化を極めて行ってる、現代医学の進歩にストップがかかり、逆に人間の寿命がどんどん短くなって行ったら・・案外と“色んな問題”が解決し始めたり、国民の“何らかの意識”が高まり始めたり・・するんかも知れない?
・“レプリカント”があと2人登場するとしたら・・是非、イアン・ホルムとランス・ヘンリクセンを起用して欲しかった(=^_^=)

〜 こんなセリフも 〜

デッカード「俺は既に引退した身だが・・改めて辞めさせて貰う」
     「なるべく簡潔に答えてくれ」
     「“その気”だった俺をふったのは、君が初めてだ」
     「芸能人組合の者でして。
      職場での虐待について調査してます」
     「震えてるのか? ・・俺もだ。辛いよ・・仕事だが」
     「今度は君がしろ・・“キスして”と言うんだ。
      “あなたが欲しい”と」

ロイ“炎の様に、天使たちは舞い降りた”
  「“俺の見て来たもの”を見せてやりたいよ」
  「頭がいいな(Smart.)」
  「頼みを聞いてくれるな?」
  「君に会えて良かった」
  「“創造主”に会うのは大変でね」
  「修理だと? もっと根本的な問題さ・・死だよ」
  「無防備の相手を撃つのか?」
  「来いよ! 見せてくれ・・お前の実力の程を!」
  「この程度か?」
  「逃げてみろデッカード。お前が見えるぞ!」
  「死んだら遊べなくなる」
  「いいぞ、その意気だ!」
  「痛かったぞ・・酷い野郎だ。やり方も“紳士”らしくない」
  「怯えて生きる気分はどうだ?」
  「・・死ぬ時間だ」
  「お前たち人間には想像もつかないものを、俺は見て来た。
   オリオン座のそばで燃え上がる戦艦、
   タンホイザーゲートのCビーム」 ←ナニ?

レオン「テストはどうも緊張して」
   「母親についてだと? これが“答え”だ」
   「俺は何歳だ?」
   「お前が先に死ね」
   「死の恐怖が分かるか?
    “思うようにならない”のは辛いぞ」
   「覚悟しろ、死ぬ時だ」

レイチェル「私は“殺される側”よ」
     「私にピアノが弾けるなんて」

ブライアント「お前が始末しろ」
      「美女だが野獣だ」
      「どうした? 死んだような顔だぞ」

タイレル「やられたよ、セバスチャン。寝ずに考えたのか?」
    「遺伝子のコード配列は変えられない」
    「明るい炎は早く燃え尽きるものだ

ガフ「彼女も短い命・・でも誰もが死ぬ

セバスチャン「独りで住んでる。ここは人が少なくてね」

屋台の親父「2ツで十分ですよ。分かって下さいよ

ブライアント「テストで暴け」
デッカード「暴けなかったら?」

レイチェル「人を殺した事は?」
デッカード「ないよ」

デッカード「君の夫が、寝室の壁に“ヌードのポスター”を貼ったとする」
レイチェル「貼らせない」
デッカード「何故、貼らせない?」
レイチェル「私で十分だから」

レイチェル「逃げたら、追って来る? 殺す?」
デッカード「いや、借りがあるからね・・でも誰かが追う」

プリス「私たちも死ぬのね?」
ロイ「死ぬもんか」

ロイ「何故、ジロジロ見る?」
セバスチャン「君らが“完璧”だから」

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2011年11月16日 (水)

☆『グーグーだって猫である(2008)』☆

14日(月曜)の夜。
商店街にあるミニシアター“ソレイユ”で『デビル(2010)』を観て「なんか騙されたような気持ち」となった(=^_^=)ワタシは、帰宅後「クチ直し」の意味も込め、BSP(プレミアム)で放送された『グーグーだって猫である』の鑑賞に、寛ぎつつも精力的に取り組んだのだった。

監督:犬童一心、主演:小泉今日子&上野樹里による“ハートフル・キャットコメディ”ってトコやろか。

武蔵野市の東端=吉祥寺(きちじょうじ)を舞台に、売れっ子だが寡作な少女漫画家=小島麻子(小泉)とその女子アシスタントたち4人(上野&森三中)の「面白おかしくも何処か切羽詰まった」生活ぶりを、麻子が新たな“パートナー”に迎え入れる事となる子猫=グーグーとの触れ合いを絡めつつ描く。

犬童カントクと言えば・・作品毎の完成度が意外に定まっておらず(⌒〜⌒ι)『ジョゼと虎と魚たち(2003)』なんてな凄まじい傑作もあれば『タッチ(2005)』『ゼロの焦点(2009)』みたいなのも少なからずあったりする。。

ただ、起用する女優さんを選ぶ眼はなかなかに「したたかに確か」であり『ジョゼ〜』で初めて上野樹里の存在を知ったワタシなどは「おお!『マスク(1994)』におけるキャメロン・ディアスみたいに、当時とはなんか全然雰囲気が違うけど、ここまでブレイクしはったんやなァ〜!」と後年、思い出す度に感心してしまうのだ(・ω・)

本作は、監督が「ファン」を自認してる(←ウィキによる)少女漫画家=大島弓子の同名作品がベース。

途中で妙に“ダレてる”“スベッてる”印象を観客に(=ワタシに)与えつつ、終始“寛ぎ気味なペース”で物語は進行してゆく。

のんびりした展開が「基本」ながらも、意外に“死の悲しみ&恐怖”や“別離の予感”などが物語全体を覆っており、折角のコメディ要素も「その影の部分」の総てまではカバーし切れてなかったようにも思えた(・ω・) その辺りのミックス加減すらも、制作陣の狙い通りなのかも知れないが・・

散漫で、ムダなシーンも少なからずあったようだし、映像のトーンが「半ばTVドラマ調」なので「気合入ってんの? 監督?」と問い詰めたくなる気持ちにもなったが、総じては好感の持てる佳作に仕上がってたんじゃないかな、と。

〜 こんなトコも 〜

・かつての飼い猫が“人の姿になって現れる”って演出は、ヴィジュアル的に「猫好きの方」にとってはどう映るんやろ?
・絶妙に“健康娘”で印象の止まっちゃう上野ちゃん(⌒〜⌒ι) まぁ、ムリして妖艶になる必要もないか。。
・森三中の3人を配しながら、さほど彼女ら(のエピソード)に踏み込んでいかないトコは「流石やな!」と。立ち位置も言動も“控え目”な小泉さんとのバランスが、非常に巧くとれてた!
・終盤、意外なカタチ(?)で主人公の1人(=語り手役)が不在となる流れには、ちょっと驚かされた!
・「よしながイングリッシュスクール」の外国人講師=ポール・ワインバーグが、自らを「※※です」と名乗るシーンに違和感(⌒〜⌒ι) そこでブラッド・ピットの起用とは・・行きません、よねぇ・・??
・麻子先生の住むマンションが「サーパス吉祥寺」である事などから、穴※工務店が強力に協賛してる事がうかがえた。高松市民としては、ちょびっと嬉しいような。でも現在は経営再建中なので、是非とも頑張って欲しいトコである。
・本作のタイトルを、仮に『吉祥寺グラフィティ』としても、何ら違和感のない気がする(=^_^=)
・スコア(楽曲)担当は細野晴臣氏。何処となく『アメリ(2001)』のスコアを想起させるフレーズなんかもあったり。
・「あんたは俳優に転身したんか!」と突っ込めるほどに、漫画家=楳図かずお氏の存在が目立ってた(=^_^=) グワシ(GWASHI)! ←センセイも吉祥寺在住だそうで(←ウィキによる)

〜 こんなセリフも 〜

ナオミ“小島麻子の作品数は減っていた”
   「なぁ先生、独りで泣きおるんかなぁ?」
   “先生のあんな眼を見るのは初めてだった”
   “「21世紀の会」が動き出した”
   「やりたいだけじゃん!
    やりたかったら、あたしとやればいいじゃん!」

麻子「猫は人間の3倍のスピードで生きる」
  「名前は“グーグー”とします」
  「2度目の猫はトクですね、死んだ猫の分まで大事にされる」
  「まぁ、いいっちゃ」
  「(目指すのは)みんなが幸せになれる漫画、かな?」
  「(私の漫画は)それほど私を助けてはくれません
  「2つあります、話」
  “おにぎりなら片手が空いてる。それで(食べながら)原稿が描ける”
  「人って、とっても鈍感な生き物なの
  「グーグーの意味? それは・・ね・・」
  “(グーグーにとって)このうちの生活が楽しめますように”

楳図「でも、漫画家って忍耐ですね」

ポール「今晩は、ポール・ワインバーグと言います。※※です」

サバ「食事に誘われた電話を切った後(先生が)踊ったダンスは忘れない
  「(私は先生と)同じ時間を生きられない事に怒っていました」
  「死も苦しみも悲しみも、年を取ります」

沢村「あんたみたいな人が猫飼うの、大変だな」
  「言い訳すんな」
  「あんた、変わってんな」
  「あんたの描く漫画、悲しいな・・でも何でだか勇気を貰えた」
  「今日から立派な吉祥寺の猫になれよ。世界が待ってるぞ」
  「あんなに嫌いだったのに・・人って変われるんだな」

沢村「お、地面と空がひっくり返った」
麻子「空を見下ろしてる・・」

沢村「俺、先生といると楽しいよ」
麻子「ありがと」

看護師「漫画家の小島先生ですか? やっぱり! 私ファンなんですよ!」

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2011年11月15日 (火)

☆『デビル(2010)』☆

14日(月曜)の夜。
先週も、呑んで帰ったり、呑んで帰って扇風機を回しっ放しにしたり・・と劇場に行けないままに暮れて行ったので「ぼちぼち、商店街の活性化のために、ヒト肌脱がねばなるまい!」と妙な責任感が沸き起こって来て(ウソ)・・仕事帰りに久々の“ソレイユツアー”を敢行したのだった(←商店街の中にあるミニシアターです)。

今夜のお題は『デビル』である。

とは言え、ハリソン君とブラピが激突するヤツ(1997)のデジタルリマスター版とかでは全然なく(←分かっとるがな) 我らが“崖っぷち映像作家”“フィラデルフィアの暴れん坊”ことM・ナイト・シャマランが製作を手がけた最新ホラーの方である。

ペンシルベニア州の大都市=フィラデルフィア。
ローカスト333に位置する、とある高層ビルの35階の窓を突き破り、何者かが墜死を遂げる。
その手にはロザリオが握りしめられ、オフィスに残されたメモの最期には「悪魔の足音が聞こえる」なる意味不明の言葉が・・

同じ頃、そのビル内の「6号エレベータ」に乗り合わせた5人(男性3、女性2)は、原因不明のトラブルのため狭い空間に閉じ込められる。

携帯の電波は通じず、警備室との連絡も「スピーカーは通じるもののマイクが通じない」と言う奇妙な状況だった。

墜死事件を追うフィラデルフィア市警の刑事=ボーデンは、やがて現場である高層ビルに辿り着くも・・件(くだん)のエレベータ内では、停電が起こるたび、乗客が1人また1人と殺されて行く・・と言う異常な事態となっており・・

本作、シャマラン自らが「メガホンを執らなかった」ってトコが(まず)気になったり“メンズデー”のハズなのに、観客が場内に(ワタシを含め)4人しかいなかったり・・と妙な違和感が漂ってたんだが、、観終わって「あかん・・!」と呟いてしまったのが、今夜の鑑賞の「総て」だった(=^_^=)

ワタシとして「物語の軸に必ず“オカルトに逃げてないトコ”があり、その辺りの“真相の描き方”がきっとモノ凄いんやろ!」と期待してたワケだが・・そもそもの“デビル(悪魔)が存在するのか否か”って点が、案外サラッと「シャマラン先生の結論ありき」で片付けられてたため「おいおい」って感じでグダグダな鑑賞姿勢に突入してしまった(×_×)

ボーデン刑事の「5年前の出来事」って部分も『サイン(2002)』内の演出の“焼き直し”っぽいし、巨匠=ヒッチコック監督を気取ってるようでいて「凄惨さを描き過ぎ(←実際はそうでもないが)」「オチがショボ過ぎ」ってトコで全くレベルが低過ぎた!

唯一「流石や!」と認めたげたいのは「監督にクレジットしなかった」って事ぐらいだろう(=^_^=) この点だけは、絶妙にスピルバグってて“暴れん坊ぶり、したたかに健在かな!”ってな感じで驚かされた(=^_^=)

〜 こんなトコも 〜

・オープニングの“逆さ空撮”は映像的にインパクト十分! これが作品全体で最も(ってか唯一?)良かったかも!
・傷害事件のコードは「240」で、殺人事件のコードは「187」となるらしい。
・お喋りな奴からアレされる・・ってのはミステリー小説の金字塔(の1ツ)『そして誰もいなくなった』からの“お約束”かも知んないが・・物語の吸引力がグッと落ちる危険性もある。『インシテミル/7日間のデス・ゲーム(2010)』でもそうだったが。。
・シャーリー・マクレーンを数倍(?)不気味にしたようなオバちゃんが・・何だかその雰囲気だけでスゴかった(×_×)
・「1987年10月21日」ってな具体的な日付が登場した。
・劇中で「煽(あお)り虫」なる言葉が出て来た。後で考えたら「煽り虫」こそシャマランで、まんまと煽られたのが我々観客だったんだろう(=^_^=)
・流石に「エレベータ内」が舞台では、シチュエーション的に狭過ぎてか(?)意外と盛上がらない(×_×)
・エレベータ内の5人以外にも、周囲の関係者が死んだり、死にかけたりして可哀想だった。彼らもまた“罪人”だったと?
・「集められた罪人たち」ってシチュエーション(コレも『そして誰もいなくなった』からの“お約束”)の割に、詐欺・窃盗・・とかイマイチしょぼい罪状(?)が殆どだった(・ω・)
・見た目「バールのようなもの」にしか思えないような工具が“ハリガン・バー(Hallagan Bar)”と呼ばれてた。
・「悪魔の召集」って言葉が出て来たが、特に複数匹(?)がわさわさと集まって来るワケじゃなかったようで(・ω・)

〜 こんなセリフも 〜

“用心されよ。獲物を求め徘徊する悪魔に”(新約聖書ペテロの書簡5-8)

ボーデン“お袋の話など「迷信」だと思っていた”
    “自殺騒ぎは悪魔の訪れを告げる。
     そしてそれは・・罪人の死で幕を閉じる”
    「地面にガラス片がない・・車が移動したんだ」
    “助けようとすれば、罪なき者すら必ず死ぬ。
     何故なら、悪魔は邪魔を好まないから”
    「要点を言え(Get your point.)」
    「ここで“キャンプの幽霊話”は止めろ」
    「これが“心のこもってる”洗車クーポン券だ」
    “悪魔相手に、武器では勝てない”
    「屍体に触るな。そこは“殺人現場”だ」
    「3人も目撃者のいる前で、殺すか?」
    「“何か”を見逃してる」
    「悪魔の存在を持ち出さずとも、人間は“十分に邪悪”なのさ」
    「エレベータの壁を壊すぞ。保険はあるんだろ?」
    「奴は受付でサインしていない!」
    「これは“偽装連続殺人”だ!」
    「人は絶望すると、世の中のせいにする」
    「自らのせいだと認めろ! 他人のせいにするな!」
    「携帯を開け! 周囲を暗くするな!」
    “お袋は言った。もし悪魔がいるなら
     □□もいるから心配ない、と”

ビンス「このビル、ムカつく(Your Building ..sukk.)」
   「やれやれ、おカタイ奴ばかりかよ」
   「総てはG・カーソンのせいだ」

サラ「“咬まれた”ような感じ」
  「彼を近付けないで!」

トニー「アフガニスタンにいたから屍体には慣れてる。
    戦場ってのは、酷いもんさ」
   「簡単に治るんだな?
    あんたの言う“閉所恐怖症”ってのは」

ラミレス「奴が来ると・・こうなる」
    「その中の1人が、悪魔だ」
    「悪魔は魂を奪う前に、その罪人に責め苦を与える」
    「悪魔は存在する。あんたも信じてる筈だ」
    「彼らが“たまたま”居合わせたと?」
    「奴は総てを疑うように仕向ける」
    「自らを偽る嘘が悪魔を呼び寄せる」

エルザ「普通、遺書は支離滅裂か、整然としてるかよ」

同僚「2階から(の転落)でこんなに(車の屋根が)ヘコむか?」

※「断酒の出来ない大きな理由を? “怒り”さ」
 「この先は、信仰を持つ必要がありそうだな」
 「まずは信仰に対し心を開く事だ」
 「男が3人に女が2人・・“フルハウス”か」
 「殺される前に殺してやる!」
 “済まない(I'm so sorry.)”
 「今日は△△の姿なのさ」
 「どいつも同じだな」
 「私が誰なのか、分かったろう?」
 「赦されるとでも?」
 「残念だ・・奪いたかったのに」

A「今度お前のお袋を抱く時、ここで監視を頼むとしよう」
B「俺のお袋は78歳だ。きっと喜ぶだろうぜ」

ボーデン「奴を恨んでる者は?」
※「・・行列の出来るほどさ」

ボーデン「どう終わるんだ? お前の“悪魔話”は」
ラミレス「“全員死ぬ”が心配するな。総ては彼らの“自業自得”だ」

ボーデン「どう救うんだ?」
ラミレス「・・簡単じゃない」

追記1:毎週月曜が「メンズデー」な“ソレイユ”だが、該当の料金が1000円⇒1300円に値上がってた! 何やら総意もなしに、段階的に消費税を引き上げられたみたいで、納得出来ん!(←分かったれよ、その辺(=^_^=))
追記2:一瞬「お? 急展開か?!」と思わせてくれた“※※の夫”と言うキャラ。結局は無関係だったんかい!

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2011年11月11日 (金)

☆『サクリファイス(1986)』☆

10日(木曜)の夜。
この日の昼間、BSP(プレミアム)で放送されたアンドレイ・タルコフスキー監督の遺作『サクリファイス』を予約録画しておき、それを帰宅後、寛ぎつつ観た。

ただ、HDレコーダーの記録可能容量がもう殆ど残っておらず「ラストの28分間だけ」に絞って録っておいた次第(⌒〜⌒ι)

・・「核戦争により、世界が終末を迎える」事となったある日、主人公である男=アレクサンデルは、それを未然に防ぐため“とある犠牲(Sacrifice)を払う計画”を実行に移す・・

みたいな物語らしいが・・ワタシが観たのはラストだけなので、世界の終わりは既に回避された(?)後のようであり、まさに“凄まじい迄の長回し”と共に、主人公が“とある犠牲を払う”展開に突入し、作品は幕となったのだった。

「遠景・風景・長回し」の映像が延々と続くので「監督は何を撮りたかったんや?」と分かんなくも(加えて、眠たくも)なって来るんだが、きっとそれは世界全体を“神の視点”で撮りたかったからやろな? と勝手に自身の脳内で(補完し)解釈する事とした。

んでも「主人公すらにも、カメラの寄って行かないトコ」は徹底してて、ある意味すごい!

・「世界全体の状況が分かんない」って点はシャマラン監督の『サイン(2002)』にも影響を与えたか?
・主人公が“半ば狂信的に”何かを成し遂げようとする・・辺りは三島由紀夫の小説『金閣寺』やら、ケヴィン・コスナー主演の『フィールド・オヴ・ドリームス(1989)』或いはB級コメディ(?)『エヴァン・オールマイティ(2007)』はたまたハリソン君主演の『モスキート・コースト(1986)』辺りを想起させてもくれた。

「1本のとある木」が象徴的に何度も画面に登場したり、尺八音楽(?)みたいなのをバックに、和装っぽいコスチュームの主人公が動き回ったり、と一歩間違えば「トンデモ作品」に突入しちゃうトコなんだが、巨匠=タルコフスキーが手がけただけあって、妙に「しっくり来る」と言おうか、作品の「スベってない」完成度はスゴかった!

いつか豪邸に住める身分になれたら(現世では、どうやらムリそうだが)・・本作を「大画面の壁掛け液晶TV」でひたすらにダラダラと垂れ流し続けてみたい気がする。

って事で・・わずか28分程度の鑑賞ながら「普遍的やんか! 芸術的やんか!」と有無を言わせぬ映像美でもって、ワタシを唸らせてくれた本作だった。

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2011年11月 9日 (水)

☆『ステキな金縛り/Once In A Blue Moon』☆

7日(月曜)の夜。

毎週月曜には、恒例の“イングリッシュディスカッション”ってヤツが、市内某バーで行われとるワケだが、前回が余りにショボくて「タイム&マニーをドブポイしちゃった感」が強かったので、敢えて今回は「パス壱!」とし、自身の時間を楽しむ事とした。

先日観に行ったばかりだったが、やっぱり“もう1度、ちゃんとした座席で、ちゃんと観直したい”と考えてた『ステキな金縛り/Once In A Blue Moon』の再鑑賞である☆ “ワーナー・マイカル・シネマズ高松”にて。

今回は2回目なので「驚かされる」って点ではさほど盛上がらなかったが、とにかく「泣きポイント」で、又もやきっちり&しっかり泣かされてしまった。

六兵衛(西田敏行)が会う、矢部(KAN)、木戸(浅野忠信)・・。そしてやはり、ラヴちゃんを巡るあのレストランのシーン。

分かってても泣かされる(⌒〜⌒ι) 六兵衛を演じる西田さんの、あの何とも言えないクニュっとした、人懐ッこい笑顔が、コレまたエエんだわ!

ここまで表情豊かで、魅力に溢れた西田さんは、ここしばらく拝見してなかった気がする。札幌で撲殺されとる場合じゃありませんゾ!!(←それは別作品だってば!)

彼をキャスティングした三谷幸喜監督に、そしてその期待に応え切った西田さんの頑張りに、素直に拍手を送りたい。

〜 こんなトコも 〜

・冒頭の“事件”シーン。「揉み合ってどちらかが転落した」ってトコで描写を“寸止め”しといても良かった気「も」する。
・エミ(深津絵里)の住んでたマンションの名は『カーサ・デ・ジェリコ(Casa De Jericho)』だった。
・「静ノ滝」行きのバスが止まった停留所は「古戦場下」である。
・「しかばね荘」入口、ガラスドアの鹿のマーク(逆向き)は「奈※交通のバス車体のアレ」に酷似(=^_^=)
・ポスターの貼られてた“落ち武者祭り”に興味津々(=^_^=)
・エミの「あと1ツだけ」「こんな手を使って、済みませんでした」は、まさに小池朝雄(=刑コロ)口調である(=^_^=)
・六兵衛がファミレス『マジック・キッチン(Magic Kitchen)』で注文したのは「四川風麻婆定食」「とろけるチーズ入りハンバーグ(デミグラスソース仕立て)」「和風カルボナーラ・パスタ」「海老のクリーム・パスタ」だった。
・食べ切れずに余る料理があるなら、占部(生瀬勝久)にあげたら良かったのに?
・「幽霊がエレベータに乗って移動する」って演出が、どうにも引っ掛かる・・科学的に(⌒〜⌒ι)
・アイツ、至近距離の煙草の煙にもむせてたっけ。。
・六兵衛は、享禄3年(1530)卯月(4月)3日生まれ。481歳と言ってたので、本作の時代設定は2011年である。
・六兵衛の没年は天正18年(1590)。
・段田(小日向文世)の不気味さから連想したのは・・やはりケヴィン・スペイシーで「も」ある(=^_^=)

〜 こんなセリフも 〜

エミ「死んだらどうすんのよ!」
  「では、これが何に見えますか? 貴方にはバナナに見える!
   これが? なるほど・・以上です!」
  「同じウソをつくなら、もっとマシなウソをつくでしょう?」
  「・・最悪だ」
  「まだあんな事言ってる。“見えてる”くせに」
  「帰ろ。落ち込んでる暇なんかないわ」
  「今に見てなさいバーナード! あたし負けないから!」
  「下手に嫌がると、逆に疑われますよ?」
  「総ては! 総ては!! 総ては!!!」
  「座って!」

六兵衛「触るな、女!」
   「今、何と申された?
    “罪なくして裁かるる”と申されたか?」
   「此の怨み、晴らさでおくべきや!」
   「何言ってんのあんた・・無理っスよ。
    (瞬間移動なんか)出来る訳ないじゃん」
   「どうか! 何卒! 御頼み申す!」
   「“願いの儀”が御座る」
   「“武士は相身互い”・・ギブ&テイクで御座ろう?」
   「食べるのは、生きる為」
   「“あやかしの身”となっては、
    眼で(料理を)楽しみ、匂いを嗅いで楽しむのみ」
   「美味いんだ・・美味いんだ・・あ、2ヶ喰った」
   「心霊写真? ま、大体は“本物”であるな」
   「血が騒ぐのだ!」
   「強(し)いて申さば、斬られた者が、余りに早ぅ死に過ぎる。
    刀で斬られた人間は、半日は生きておるものだ」
   「武士の子たる者、人の前で涙を見せる
    ものではないわ!」
   「“穴空(あ)き座布団”? 痔ですか、お宅は?」
   「儂(わし)に任せておけ。案ずるな」
   「聞いて驚くな」
   「試してみるか?」
   「“ハチ公”と並んでおり申した」
   「御慈悲を御願いしたいんですけどぉ」
   「帰んのか? つくつく、帰んのか?」
   「何故って云(い)われても困っちゃう」
   「俺、悔しいです。本当に悔しいです」
   「あれ(=明智光秀)と一緒にすな!」
   「此の陣羽織を“証拠物件”として提出致す!」
   「戦(いくさ)の勝ち負けは、最期迄分からぬもの」
   「未だ負けた訳ではない」
   「儂らに出来る事なぞ何もない。
    儂らは“屁”の様なものじゃ」
   「自分を信ぜずして、誰(たれ)が信じるか」
   「何故、其れに早ぅ気付かなんだ!」
   「あいや分かった!」
   「ちゃんと行って来ましたよ。
    ・・“刻(とき)の過ぎ方”が違うんですよ」
   「おお。飛んどる、飛んどる」
   「勝負は是(これ)からぞ。御武運を御祈り申す」
   「何を小洒落て出て来ておるのだ・・来い!」

小佐野「存在が科学で証明出来ない場合、
    それは“存在していない”のと同じ事」
   「どんな奇跡にも、必ずトリックがある」
   「何かのトリックに決まってる」
   「裁判に“超常現象”の入る余地などない!」
   「裁判に“面白さ”を求めるべきではない」
   「卑怯者!」
   「たとえ幽霊であろうと、証人である以上、
    当然“反対尋問”はやらせて貰う」
   「これは“こちらの世界の裁判”だ」
   「我々の“本当の敵”は“真実を隠そうとする者達”です」
   「幽霊だって人間だ!」
   「(証人が)生きていようが死んでいようが、
    そんな事はどうだっていい!」
   「その証言に“信憑性”があるか否か?
    そしてこのケースにおいて・・答えは“否”だ!」
   「そろそろ“立証趣旨”を明確にして貰えませんか?」
   「異議なし!」

速水「“期待を裏切る名人”だな」
  「(弁護士に)向いてない? “それ以前の問題”だな」
  「お前、おかしいだろ! 絶対」
  「お前、マジでちょっと休め」
  「これ、どっちが正しいんだ?
   “見える”のと“見えない”のと」
  「こりゃ“前代未聞”の裁判になるぞ」
  「これ以上、引き延ばす事は不可能だ」
  「・・覚えられない」

矢部「なかなか死ねるもんじゃないですね、人間って」
  「これって、僕の裁判ですよね?」

主人「夜は熊が出るから」

女将「・・言わなかったっけ?」
  「ここは“落ち武者の里”ですからね。
   “そう言うの”がウリなんですよ」
  「だけど、本当に出たらマズいっしょ?」
  「何すか?」

占部「“落ち武者”じゃありませんから」
  「これでも毎朝、セットに1時間かけてるんです」

村田「何故じゃあ〜!?」

木戸「私は“これほど迄に悲しげな貌(かお)の武士”を
   他に見た事がありません」
  「歴史は変わるんだ!」

裁判長「どぉゆぅ事かな?」
   「えぇっ! そうなの?!」
   「誰か、意味分かる人?」
   「何の話をしてるのかね?」
   「今のはどぉゆぅ事?」
   「もう少し、聞いてみましょう」
   「だから何が言いたいの?」
   「もう少し、弁護人の話を聞いてみようじゃないか」

画家「少なくとも、外見に何1ツ共通点を見いだす事は出来ないね」
  「しかし世の中“仕事が巧く行ってる人間”の方が
   少ないんじゃないかね?」
  「“似顔絵”じゃないんでね」

段田「“上”はお怒りだ」
  「いいでしょう。お手並み拝見といきましょうか」
  「こう言うのが1番ハラ立つんだよ」
  「なかなかやるじゃないか」
  「なかなか“面(つら)の皮の厚い”お嬢さんだ」
  「なかなか良い所をついて来るね」

万亀夫「これ以上一緒におると、君の事が嫌いになりそうや」
   「もっと早く“その言葉”聞きたかった」

※「バナナをバナナと言って、何が悪い!」
 「こんなにあっけないとは思わなかったなぁ」
 「“天一の拉麺”喰いたかったな」
 「これ以上の証言はありません」
 「さぁ、逢って頂きましょう!」
 「どうするんですか?!」

エミ「待って! 話を聴くから!」
六兵衛「・・正座!」

六兵衛「高名な方なのか?」
エミ「知らない。ネットに出てた」
六兵衛「ネット?」
エミ「そ、ネット」

小佐野「こんなものはトリックだ!」
エミ「分っかんない人だなァ!」

エミ「素直に認めちゃえば良いのに」
小佐野「意味が分からない」

小佐野「そこまで言うからには“裏”は取ってるんだろうね?」
エミ「“裏”は今から取ります」

エミ「その頭は?」
六兵衛「一寸(ちょっと)“今風”にしてみたんですけどぉ」

六兵衛「エミ殿。今より“姫”と御呼びして宜しぅ御座るか?」
エミ「・・ダメ!」
六兵衛「え? 何で?」
エミ「姫じゃないもん!」

エミ「お元気で」
六兵衛「儂はもう既に死んでおるわ」

裁判長「検察官、ご意見は?」
小佐野「・・然るべく」

※「私は何をしているのでしょう?」
六兵衛「刀を持たされてるの」

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2011年11月 5日 (土)

☆『ステキな金縛り/Once In A Blue Moon』☆

3日(木曜)の夜。
昨夜は“比較的”短時間ながら、集中して呑んでしまい・・22時頃の帰宅直後からの記憶がストンと抜け落ちてしまった(×_×)

「んん・・?」と眼を開けば、早朝の5時過ぎだった。自室の天井灯は点けっ放しだし、何故だか窓は全開。

おまけに扇風機が回っていた(⌒〜⌒ι) ←暑かったんやろね、、近年とみにデブってるし。ぶぅ。。

・・

「折角の『文化の日』だし、何か文化的な事でもしよう!」と思い付き、遠距離ドライヴがてら、某県某市のシアターに行って鑑賞して来たのは、脚本と監督:三谷幸喜による新作コメディ『ステキな金縛り/Once In A Blue Moon』だった!

しかし本作・・ホンマに“ハンパなく人気がある”ようで、当初狙ってたシアターでは「次の回:満席」「その次の回:残席わずか」ってな表示が、わざわざチケット売場のトコに、デカデカとした紙でもって掲示されてた。

その場で、近くの別劇場に問い合わせたトコロ「約3時間後の次の回の残席が、まだ200〜300ほどある。でも今の回の上映が始まったから、それも埋まって行くでしょう」みたいな返事を得たため、そちらに決めた。

今日は、久々の“メモなし鑑賞”となったため、細かいセリフなどが、随分と短期記憶力の衰えによりポロポロこぼれ落ちてしまったが、、作品の出来としては予想以上に良く「時間が赦せば、もう1回、より完璧に観ときたいな!」とまで思ってしまったワタシ。

何と言うか・・作品自体は良かったんだけど「場内がやたらと暑い」「シートがイマイチでお尻が痛い(割れそう)」の2点のせいで、妙に疲れてしまったのだった(×_×)

そう言う意味でも、ちゃんとした(?)完成度の(イマドキのシネコン仕様の)シートに身を委ね、快適な空調の中、ゆったりと楽しみたいワケである(・ω・)

(東京)都内のマンション敷地内で、美術商の女性(竹内結子)の墜死体が発見さる。

彼女の殺害容疑で逮捕されたのは、気弱な夫=矢部(KAN)だった。だが、事件当夜(=2月24日)は奥多摩山中の某旅館にいた、とアリバイを主張する矢部。

それも「動きたくても動けなかったんです。就寝中に金縛りにあい、1晩じゅう“落ち武者の幽霊”に馬乗りになられてたんですから」と、にわかには信じ難い状況を大真面目に申述する始末。

“優秀な弁護士だった亡き父(草薙剛)に憧れつつ”も、担当した事件で“敗訴”を続ける3流弁護士=宝生エミ(深津絵里)は、所属する事務所のボス=速水(阿部寛)に「これがラストチャンスだぞ。しかし・・難しい案件だがな」言われた本件を担当、矢部の無実を証明するための行動を開始する。

彼が泊まったと言う“落ち武者の里(小多摩古戦場址)=鬼切村”にある「しかばね(鹿跳)荘」に向かったエミは、とある事情から1泊を余儀なくされ、空かずの(?)部屋「耳鳴の間」にて“落ち武者の幽霊”に遭遇する。全身を襲う金縛りと共に。

“切羽詰まった精神状態”によって難なく恐怖心を克服した(=^_^=)エミは“落ち武者の幽霊”こと更科(さらしな)六兵衛(西田敏行)に「事件当夜の矢部のアリバイを証明する、証人になって下さい!」と依頼するのだった。

自身「“裏切り者”の汚名を着せられ、最期は斬首された」と言う六兵衛は「無実の者が裁かれると云う事であらば、黙って見過ごす事は出来ん!」と妙な正義感(=^_^=)から、彼女の頼みを快諾する。

かくて“前代未聞”の「幽霊裁判」が開始されたのであるが・・

三谷作品ならではの“持ち味”とも言うべき「妙に細かい雑学ネタ」「独特な死生観」「大真面目な(であるべき)舞台に、極めて不真面目な設定を持ち込むしたたかさ(=^_^=)」などがある意味“爆発”してて凄まじかった!

これまで「監督は向いてないよ」とか「群像劇はあんたにゃ描けないよ」とか厳しい事を(“にわか”とは言えファンであるが故に)思ったり、言ったりして来たワタシなんだが・・今回はホンマに「ノリにノッテる」印象だ。

監督としての手腕も飛躍的に(?)向上してて、まるで『ザ・タウン(2010)』で見事に開眼(?)した、ベン・アフレック監督の力量を連想させられたり。

ただ“殺人事件”を巡る物語でありながら、その事件自体が(結果的に)妙に“お粗末な捜査”でもって“お粗末に処理”されてしまってたのが「総ての要因」と思うに、その辺りのチープさは少々残念な気はした。(“発生現場”が違うのは、観客にもすぐ分かるとは言え、更に重要な“※※※”が違ってたってのもあったし)

また“言動&置き方に力のこもってるキャラ”のいる一方“扱いのぞんざいなキャラ”もいて、その差が「ハッキリ」してたのも少々残念に映った。

全編に渡り「プックク・・」と笑わされるのは当然として、とあるワンちゃんが登場して来たシーンで、自分でも驚くぐらいにボロボロと泣かされてしまった。

これぞ、武田鉄矢曰くの「子供と動物には叶わないなァ」ってトコであろうか(×_×)

上映時間が142分って事で、もう少し削るトコは削っても良かったのかも知れない。
「登場キャラ」「編集」を極めたら・・監督:三谷幸喜は“更なる高みに到達⇒君臨”する事も出来得ると感じた。

〜 こんなトコも 〜

・「“被告人の不在”を証明するため、まず“証人の存在”を証明させなきゃならん」ってな物語の置き方がスゴ過ぎる! どうやったらこんな斬新&インパクトのあるネタを思い付けるんやろ! それも超多忙なハズなのに!
・竹内結子さんの“メイク顔”はどうにも好かない。
・「しかばね荘」のダジャレ(?)が巧いだけに、部屋の名前でも“巧妙にダジャレって”欲しかった。
・「父親がどんだけスゴい弁護士だったのか」って描き方が、ちょっと弱かったように。
・ポイントポイントで“物語にアクセントをつけてくれた”のは、常に中井貴一(検事・小佐野役)だった。流石は「大坂國大統領」や(=^_^=)
・ないがしろにされてるハズ(?)のタクシー運転手=占部(生瀬勝久)が、しつこく物語に絡んで来るのは笑えた。
・タクシー内のシーンは「乗客=2名ヴァージョン」でのセリフのやり取りを是非聞いてみたい(=^_^=)
・明るさいっぱいの深津絵里(弁護士・宝生エミ役)はやっぱりイイ! 後半で「知恵」「勇気」に加え「自信」を身に着け、立派に成長してく姿も良かった! 『悪人(2010)』での彼女が悲しかっただけに、本作での深っちゃんが愛おしくて仕方ない(照)
・阿部寛(弁護士・速水役)の迎える唐突な“アレ”には、後ろの座席の女性から「うそ!うそ!」みたいな半悲鳴が上がってた(⌒〜⌒ι)
・阿部寛のタップダンス、中井貴一のマジックなど「こだわりの小ネタ」が楽しい! 特に中井さんの方は結構(描写が)しつこくて(=^_^=)『ミッション:インポッシブル(1996)』に於いて“MOディスク隠し”の手品を披露するトム・クルーズをすら圧倒してたかも知んない(=^_^=)
・“裁判員裁判”関係の設定や、描き込みをバッサリ省いた事で「群像劇」としての面白さはかなり棄てられてしまったが、監督本来の“得意とするパターン”に物語を持ち込めてた気がする。
・KAN(被告人・矢部役)に対し「観客が思い始めてた事」を、KAN本人に言わせるのが良かった。
・市村正親(陰陽師・阿倍つくつく役)は、月に向かって吹っ飛ばされ、何処へ消えたんやろか?
・小日向文世(公安局員・段田役)の“ハナにつく感じ”が『コンスタンティン(2005)』における、ピーター・ストーメアを想起させてくれた。
・浅野和之(旅館の主人役)の「高速移動ぶり」ってば、常人を超えてると思う(×_×)
・六兵衛「たち」の姿が見える“裁判員”はいたんやろか?
・エンディングを(苦笑しつつ)眺めながら「結局“成仏する”ってなんやねん」と呟くように突っ込むワタシがいた(=^_^=)
・ってか、昼間にも化けて出てますやんか!(=^_^=)
・リアル殺人現場である「あの屋敷」ってば、何処にあったんやろ? 少なくとも(東京)都内ではないと思うんだけど・・
・そして少なくとも「本編」には大泉洋は出てなかったように思う(・ω・)
・オープニング。カラフル&チープなパーツの寄せ集めが・・タイトル文字になる演出はセンスが良い!
・あの小指テク(?)で、リモコンぐらい何とでも動かせましょうに(=^_^=)
・男女間のドラマの描き方は比較的チープだった。
・『スミス都に行く(1939)』の作品時間が2時間9分である事をしっかり覚えられる(=^_^=)
・“あちら側”では、ネアンデルタールがわさわさ歩いてるそうだ。
・幽霊は「瞬間移動」なんか出来ないそうだ(=^_^=)

〜 こんなセリフも 〜

エミ「名を名乗れ!」
  「大丈夫☆」
  「シナモンはお好き?」

速水「それは、とても俺の口からは言えないな」

小佐野「一体これは何なんですか?!
    ・・誰なんですか?!」
   「うるさい! 私が今、喋ってるんだ!」
   「・・集団催眠?」
   「でも言っておくが、
    裁判は“勝ち負け”じゃないからね」

木戸「武士じゃないもん!」

エミ「こっち来るな!」
六兵衛「行かねぇよ!」

主人「イイ色の服、来てるね。何処で買ったの?!」
エミ「・・伊勢丹です」
主人「は?!」

女将「チャレンジャーだねぇ」
主人「エンジョイ!」

エミ「ホントに死んでるの?」
六兵衛「脈を診てみるか?
    トクトク云(ゆ)ぅとるか? トクトク云ぅとるか?」

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2011年11月 2日 (水)

☆『ミッション:8ミニッツ』☆

1日(火曜)の夜。

先週末は、徳島県内を(帰阪も絡め)300キロほど走り、大塚国際美術館を中心に、鳴門界隈を満喫して来た☆ (帰松を含む総走行距離=約500キロ)

前回、9月半ばにも同館に行ったんだが・・その時は時間がぜんぜん足りず、全フロア(=5フロア)の半分ほどしか観て回れなかったモノだった(×_×)

今回「流石に“残り半分”にだけ集中したらエエんやから、ずっとラクやろな!」と思ってたら・・やっぱしそれでも時間が足りず、終了時間=17:00寸前には、1階&2階フロアをダッシュで駆け抜けるワタシがいたのだった(×_×)
パブロ・ピカソの大作『ゲルニカ』(の絵の)前の滞在時間=約3秒(×_×) ←勿体ねぇ〜!

(最大の“お楽しみ”たる)売店には、エリアに足を踏み入れる事すら叶わんかったし(⌒〜⌒ι)

あと1回ぐらい行っとかねば、スッキリせんぞこりゃ(=^_^=)

・・

30日(日曜)は、帰松が“午前様コース”となり・・昨夜は昨夜で、某バーで「ちっとも盛上がらぬ時間」をムダに過ごしてしまったワタシ、、(×_×)

そんなこんなで「自分のための、寛いだ時間をここらで持たねば・・死ぬ!」と思い付き、ナイトドライヴを兼ねて、20:45頃の自宅出発で“ワーナー・マイカル・シネマズ高松”にレイトショーを観に行ったのだった。

気になってた『ミッション:8ミニッツ』ってなSFアクション系(?)の新作を鑑賞したワケで(・ω・)

「貴男(あなた)の助言、役に立ったわ」

ふと目覚めると、男(ジェイク・ギレンホール)は疾走する列車の車窓に頭を預け、少し眠っていたようだった。
向かいの座席には、彼を親しげに見つめる女(ミシェル・モナハン)の笑顔が。

・そばの通路を通り過ぎる、女性乗客の手にした缶コーヒーがこぼれ、男のクツ先を汚した。
・列車は定刻より「10分」遅れており、苛立ちを隠せぬ男性乗客の姿も見られた。
・そこに車掌が乗車券を確認しにやって来る。男は慌てるも・・シャツの胸ポケットに「それ」はちゃんと入っていた。
・トイレに向かう男。しかし、鏡に映った自身は“覚えのない別人の顔”をしていた。「そんなバカな・・」男は思わず呟く。

列車はやがて「グレンブルック駅」に停車、複数の乗客が降りて行く。

そして・・終点である「シカゴユニオン駅」に到着する寸前=午前7時48分。
対向する貨物列車と高速ですれ違った瞬間、車内で大きな爆発が起こり、男は凄まじい衝撃に意識を失うのだった・・

・・

目覚めた男は、自身がコルター・スティーヴンス大尉と言う空軍将校であり“包囲された城”と名乗る軍事チームの行っている「とある作戦」に強制的に参加させられている事を次第に思い出すのだった。

カプセル内(?)の上部モニターにはグッドウィンと言う女性オペレータ/情報士官(ヴェラ・ファーミガ)が。
そしてその背後には、ラトリッジ博士(ジェフリー・ライト)と言う“謎の科学者”の姿もあった。

シカゴを襲った「連続爆破テロ」。

そのきっかけとなった「郊外での列車爆破事件」の犯人を突き止める為、コルターは“特殊なプログラム内”に転送され「8分間」と言う非常に限られたタイムリミットの中で「爆弾の所在」「犯人の正体」を突き止めなければならないのだ。

何度も作戦に失敗し、その度に“列車内に再転送”されるコルター。
彼は「命じられた作戦」を遂行すべく奮闘すると共に“本当の自分が一体何者なのか?”を突き止めんと「8分間」の中で記憶を辿ろうとするのだった・・

いわゆる「タイムマシン系」のベタな(?)作品かと思いきや、もっとフクザツな理論(概念)をベースにした設定が「まずありき」だった。

男性乗客=ショーン・フェントレス(職業:教師)の、亡くなって間もない脳神経内の記憶にプログラム的に侵入(?)し、記憶の保存(維持)される限界時間=「8分間」の中で、何度も運命を変えるべく足掻く感じなんだが・・「おお、斬新やんか!」と感心する半面「どっか、構想的に破たんしてね?」と思ったりもした(⌒〜⌒ι)

主人公が「観客にはジェイク・ギレンホールにしか見えないのに、ホントはもっとフツーな見た目のおっちゃん(民間人)」ってトコも「それでエエんか?」と軽く突っ込んだり。

この辺は『愛しのローズマリー(2001)』とか『アイデンティティー(2003)』やらにも通じるトコかも知んない。

しかしアレです!

主人公を取り巻く2人の女性=クリスティーナ・ウォーレン(ミシェル)&コリーン・グッドウィン(ヴェラ)のキャラが見た目にも、立ち位置的にも良く、そこがまず「大、大成功!」しとるんじゃないかな、と思った。

ブログ仲間のitukaさんなどは「ヴェラ姐さんのキャラ」をこそ絶賛しておられるが(=^_^=) 私的には「ビョークさんをもっとフレッシュに(?)したような」ミシェル姐さんのキュートさに、ドキドキしっぱなしだった!

少し前のサ※ドラ・ブロ※ク姐さんに対して覚えたような「妙なトキメキ具合」である。
これまで観た『M:i:3(2006)』とか『イーグル・アイ(2008)』やらでは、何とも感じなかったのに、、この進化(?)ってばどう言うこったろう?!(⌒〜⌒ι)

・・

やたら「非人道的」なラトリッジ博士(ある意味“狂人”とも言える)と意外に「熱血漢」なコルターの間に、良い具合にヴェラ姐さんを挟み込んでる、その脚本には「巧いな〜!」と唸らされる一方「犯人を突き止めてく筋立て=サスペンス性」と「コルターを中心に描かれる人間ドラマ=ヒューマニズム性」とのバランスがイマイチ良くなかったようにも。。

「反戦的な(?)演出パーツも、さり気なく配されてる」ように思うんだが、その辺りもググッとココロに迫る迄には至らなかった。

ただ「もし(いつか)死んだら、例えばスイッチを切るように、ただ世界が暗転するだけ」と思ってたワタシが、本作を観終わる事により「それはそれで、また“違う世界”が始まり、それは楽しく続いてくのかも☆」と言う“何となくの希望(安心感)”を与えられたような気がしたのは、ちょいとしたプレゼントにも思えた(=^_^=)

いや・・冷静に考えたら“死後の世界”なんて、有り得るハズがないんだろうけど・・その点(不安)を励ましてくれる物語でもあるのだ。

本作を観終えたら、何となく「故郷の(?)両親に電話したくなった」・・そんな観客も少なくないんじゃないだろうか?

〜 こんなトコも 〜

・主人公がジム・キャリーだったり、ジャン・クロード・ヴァン・ダムだったりするヴァージョンも観てみたい気がする(=^_^=)
・連想した作品は・・やっぱり、であるが(=^_^=)『恋はデジャ・ヴ(1993)』とか『ドニー・ダーコ(2001)』だろうか。
・DVDソフトを買っただけで、未だ開封すらしてない『デジャ・ヴ(2006)』『パプリカ(2006)』を観なきゃ、と改めて思った。。
・「93分」と言う上映時間の短さも良い。でも「更にダイエット出来た」気はするし、その方が脚本的にシンプル&クレバーに仕上がったんじゃなかろうか?
・「駅を出発し、走り出す列車から強引に飛び降りる」アクション(とカメラワーク)がスゴかった!ホーム上を激しくゴロゴロ転がるんだけど、何かスゴいリアルに痛そうで・・(CG処理でないと、死ぬように思う)
・爆発以外の死に方(?)をするパターンも幾つかあった。
・2回ほど、主人公の“失敗”するパターンが端折られてた。。
・本作が『マトリックス(1999)』シリーズより以前に製作されてたら、さぞスゴかったやろなぁ(⌒〜⌒ι)
・撃たれて死に行くヒロインの「涙」も印象的だったが・・テロリストの「涙」ってのも印象深かった。
・同じ施設のどっかにある(?)ショーンの遺体(って言うか脳?)を想像すると・・かなり気分が滅入ってしまった。。
・「“最期の8分間の記憶”が神経回路に保存されてる」って説をすんなり呑み込めるか否か、そこを観客は試されるワケで(=^_^=)
・ミシェルさんは「28歳」って設定だった。7歳ほど“アレ”してますな(⌒〜⌒ι)
・「あっちな世界」から、電話が出来る! メールも送れる! って事で、何だか励まされる!(=^_^=)
・本作に於いて、最も“問題”となろう点は「んで“あの※※の自我”は何処へ?」って事ではなかろうか、やっぱし。。
・あれで“バッドエンド”だったら『12モンキーズ(1995)』っぽかったかも知んない。 

〜 こんなセリフも 〜

コルター「“同じ列車”だが・・違う」
    「解除方法は? コードを抜くのか?
     ・・このままにしておくぞ。いいな?」
    「どうせ“架空の世界”さ。次はない」
    「俺の部隊は?(Where is my unit?)」
    「君は優しくて、寛大なんだな」
    「“不吉な予感”がする・・この列車を降りよう」
    「人違いか・・」
    「寒い・・凍えそうだ」
    「思い出は美しく見えるものさ
    「“あと1分間の命”だったとしたら、何を?」
    「“俺の死”なんかどうでもイイと?」
    「この次は、あんたにピザを届けてやるよ!」
    「わざと車内に忘れたな? ※※※と思わせる為に」
    「しっかり!(Stay with me!)」
    「巧く行くよ・・これで終わりじゃない」
    「せめて“挑戦”だけでも」
    「彼女に“死ぬ必要”なんかなかった」
    「すぐに戻る。世界を救わなきゃ
    「これで“瓦礫の山”は築けないぞ」
    「何故いつも“些細な事”で怒るんだ?
     楽しくやろうじゃないか
    「しばらくこうしていたい。
     ここがきっと“僕らの場所”だろうから」

クリス「“別れてからの方がマメ”だなんてね」
   「落ち着いて。何も心配ないわ」
   「乗客の全員がテロリストかもね?」
   「人種で犯人と決めつけないで」
   「凄く嬉しいわ。コーヒーのお誘いを待ってたの」

グッドウィン「記憶を復元するわ」
      「博士。彼に“情報”を」
      「理性を失わないで」
      「“残された時間”は少しだけ。長くはないわ」
      「※※※※装置を切ると、もう戻れないわ」

ラトリッジ「これは“タイムトラベル”ではない。
      いわば“時間の変換”であり、
      “平行世界”へのアクセスなのだ」
     「“現実の時間”が戻せる訳ではない」
     「緊急時に限り、拳銃の使用を認めよう」
     「過去は変えられん。君はいわば“時計の針”なのだ」
     「君が架けた電話にこの私が出たとしても、
      それは“別の私”なのだ」
     「引き続き、国に尽くし給え」

※「貴男は“軍の恥さらし”だわね」
 「国の為に死ぬのは、1度で充分です」
 「こいつを作れる奴は、そうはいないぜ」
 「今の世界を見ろよ。腐り切ってる。
  それを作り直す為に、まず“瓦礫の山”にするのさ」
 “帰って来たのは「灰」だけだった。
  あれが息子だとは・・”
 “「愛している」・・そう伝えたかった”

コルター「不審者を見かけたか?」
車掌「それは、あなたです」

コルター「乗客の1人を救ったぞ!」
グッドウィン「救出は“任務”とは無関係なの」

クリス「いつものショーンは?」
コルター「“新ヴァージョン”ってワケさ」

クリス「今日は別人みたいね」
コルター「“新ヴァージョン”なのさ」

コルター「“あと1分”の命だったら・・
     君ならどうする?」
クリス「“意味のある1分”にするわ」

クリス「賭けは“貴男の負け”ね」
コルター「お陰で、もう1銭もないよ」

コルター「“運命”って奴を信じるかい?」
クリス「いいえ。“まぐれ”なら信じるけれど」

追記:入場料が1000円だった。「あれ? レイトショー料金は1200円なのに? 安くなったんかな?」と思いきや、実は「毎月1日=サービスディ」だっただけの事を思い出した(・ω・)

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