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2011年9月28日 (水)

☆『東京公園/TOKYO KOEN』☆

27日(火曜)の夜。
昨夜は、月曜にしてヘロヘロになるまで酔い潰れてしまったので・・「今日は、1滴も、呑まんぞ!」とココロに誓った次第(⌒〜⌒ι) ←へべれけになった一方、とても意義ある「場」でしたけど。

その一方、市内中心部(商店街)にあるミニシアター“ソレイユ”に立ち寄る時間の捻出が叶ったため、久しぶりに(?)1本、観て帰った。

現在上映されているのは、洋画『キッズ・オールライト』と邦画『東京公園/TOKYO KOEN』だったが、前者は「“平日+夜の部”の上映スケジュールが(期間中に設定されて)ない」って事実を知ったため、自ずと後者を観るしか選択肢は残されてないのだった・・(×_×)

『EUREKA(2000)』『レイクサイド・マーダーケース(2004)』の青山真治による最新作。4年ぶりの監督作品との事で。

親友の元カノ=富永美優(榮倉奈々)、血の繋がらない9歳年上の姉=美咲(小西真奈美)、そして“何処かで見た事のある”謎の人妻=百合香(井川遥)・・3人の女性に囲まれた、カメラマン志望の青年=志田光司(三浦春馬)が、公園で知り合った歯科医=初島隆史からの“初めての撮影依頼”をこなしつつ・・自身の“過去”を知り“現在”を見つめ直し、やがては“未来”に向かって歩み出す日々を描いた瑞々しい(?)佳作。

この監督の作品に余り触れた事がなく・・『EUREKA』は未見だし『レイクサイド〜』は(私的に)“不愉快な幕切れの作品”であったが故、彼(=監督)の名前から「観よう!」と決めたワケでは決してなかったが・・

・・

本作では、とにかく「小西真奈美さんの言動」にこそぶちのめされてしまった(×_×) 中盤〜後半に至っての、このしとの表情が・・眼差しが・・実に素晴らしいのだ!

渇き切った、こんなおっさんの胸の奥底が・・思わづ「きゅん!」となってしまいますた、一瞬ながら(⌒〜⌒ι)

ってワケで「彼女の演技を観るため」だけでも、本作には劇場鑑賞の価値があると思ったワタシ。

その一方、、蛇足で過剰で散漫な演出(←映像を含む)があちこちに挿入されてしまっとるが故、総じては“不協和音”の生じてしまっとる感があった。

例えば・・主人公が夜、働くカフェバー『Chum』の原木マスター(宇梶剛士)を巡るあれこれ、美優が好む“ゾンビ映画”を巡るあれこれ、彼女の元カレ=ヒロを巡るあれこれ・・など。

監督なりに「色々とやりたかった(練り込みたかった)」ってのは良ぅく分かるモノの、、それらが“未整理”“チャンプル〜”な状態のまま詰め込まれてるもんで「観てて疲れる」と言おうか「もっと、地に足の着いた展開でイイってば!」と言いたくもなってしまう。

作品全体を覆う“テーマ”の1ツが、恐らくは「死」なのだと思うが、それはもっと控え目に描いても、十分に観客には伝わったんじゃないかなぁ・・と私的には感じた次第。

「出演俳優の持つ魅力&能力を、極限まで引き出すのが監督の役割」と言えるのなら・・本作において女優=小西真奈美の有するパワーを完全に引き出し切った青山監督の手腕たるや、スゴいワケであるが・・彼女の頑張りばかりが突出してる半面、作品全体として「どうにもガタついてた」印象だったのがホンマに残念、としか(×_×)

も少し「上滑り」してない作品に仕上がってたら、本年観た邦画の中でベスト1にも輝き得た! ・・と思うに、とても勿体ないワケである(×_×)

でも、小西さんの演技&存在感は「恐らく本年ベスト1なんじゃないか?!」と薄ら(現時点で)確信してはいたりする!

〜 こんなトコも 〜

・主人公の“愛機”は『コンタックス(CONTAX)167MT』なる銀塩1眼レフカメラだった。1987年発売のモデルだそう。
・女流写真家=志田杏子の作品集『時間』がホントに(企画としてでも)刊行されたら、是非見てみたい!
・美優ちゃんの好きな監督はジョージ・A・ロメロで、好きな作品は『ゾンゲリア(1984)』らしい(×_×)
・美咲姐さんは「泡盛をロックで」と注文してた! しゅごぉ〜(×_×)
・『代々木公園』『潮風公園』『猿江恩賜公園』『上野公園』『石神井公園』『善福寺公園』・・と言った東京の公園が登場した。
・『吸血ゾンビの群れ』ってのはちょっとベタ過ぎるタイトルやと思う(⌒〜⌒ι) ←因みに邦画
・『コルグ(KORG)CX-3』って言う電子オルガンも、1シーンの登場ながら妙に目立ってた。
・伊豆大島のクルマは「品川ナンバー」となるそうだ。
・劇中のカレンダーには「2010年11月1日(月)」の日付が映っていた。
・イケア(IKEA)新三郷店(埼玉県)内でのデートシーンはエエ雰囲気だった。『(500)日のサマー(2009)』の影響をモロに受けとる感じもするけど、、(⌒〜⌒ι)
・1シーンながら、印象的な酔客を演じてはったのは、作家・島田雅彦氏。流石におっちゃん化したはったが、若い頃はさぞやイケメンだったんやろなぁ〜!
・終盤、美優ちゃんが主人公に短く放った2ツの言葉は、まんま『HANA-BI(1998)』のラストで岸本加世子さんがポツリと放ったセリフと「全く同じ」だった!

〜 こんなセリフも 〜

光司「これ、どう思う? ・・誰かに似てる」
  「デジタル(カメラ)はやらないんです。持ってないし」
  「“守秘義務”があるんで、これ以上は」
  「5万で“自尊心”を買い戻したんだぜ」
  「肉まんとケーキを一緒に? 有り得ないでしょ?」
  「ジッと見ていると・・向こうからも見返されてる
   気がしますね」
  「何で今日、それを言おうと?
  「本当は、もの凄く不安なんです」
  「“告白”したら・・フッと何故か軽くなったんです」
  「真っすぐに、見つめてあげて下さい」

ヒロ「泣くよ、今日こそ」
  「俺はいつまで、此処にいるんだ?
  「“決着をつける”って訳か」
  「成る程・・有り得るかも」

美咲「“そこにある幸せの匂い”に気付く本能、ってものが
   あるんじゃないかな?」
  「真っすぐ見る? ・・何か飲む?」

美優「『ゾンゲリア』は最高でしょ。
   ・・泣けます。今度、貸します」
  「あんた・・『リップスティック(1976)』って知ってる?!」
  「おでん、要らんかえ〜」
  「1枚位“自画撮り”するナルシシズムもないのか」
  「終電に乗らないと」
  「やっぱ、全然分かってなかったか」
  「愛に※の差なんて今どき」
  「真っすぐに見つめれば、分かるさ。
   いつからかは、分からないけど」
  「他人の意図なんて、分かんないけどさ」
  「君も、分かり易いね!」
  「“知りたい”って言え。 ・・“教えて下さい”は?」
  「2人で、真っすぐ見つめ合って来たまえ」
  「こんなの“誤摩化し”ですよ、所詮」

原木「“幸せになるチャンス”を逃したら・・
   とんでもなく困難な事になるのさ。間違いなく」
  「しかし神は・・平気で残酷な事をする」
  「僕も彼女も“神に川を引かれた身”だからね」
  「彼女の“素質”は素晴らしいが・・それが分かる
   人間はそうはいないだろう。
   その“素晴らしさ”は、ある意味“歪(いびつ)さ”だからね」

初島「他に策が浮かばなくてね」
  「報酬は幾ら欲しい? ・・断るのか?!」
  「それは“関係”じゃなくて“事情”だろう」
  「“恋愛”はイイが“結婚”はやめとけ」
  「今日は、休診にします!」
  「闇雲に※を疑ったり、酒を呑んで管を巻いたり、
   そうでもしないとマトモじゃいられない、
   そう言う年齢なんだよ

酔客「誰かと誰かが出会ったりする、巨大な公園。
   それが此処、東京なのさ」

※「君の写真は、被写体を温かく包んでいる・・まるで公園みたいだ」
 「良いものだな、公園も」

追記1:自身の「過去の恋」を思い出しそうになるシーンがあった。そちらはフラれて終わっちまいましたがね、ええ。
追記2:原作者=小路幸也氏がインスパイアされたと言う往年の作品『フォロー・ミー(1973)』に興味津々!
追記3:シアター内には、ワタシを含め3人ほどしか客がいなかった(×_×) 明日は“レディース・デー”だから、もそっとは混むんやろかね(・ω・)

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2011年9月25日 (日)

☆ココロに残った“エエ言葉”☆

【2011.9】

マイケル・ガントン(映画監督) ※新作は『ライフ/いのちをつなぐ物語』
 「カメラマンたちは狙撃手。
  (中略) (狙った瞬間を撮るには)この場所で必ず撮れる、
  と前向きになる信念の強さが必要」

柳沼 正秀(ファイナンシャルプランナー)
 「老後の計画で重要なのは、生き方を明確にすることです。
  つい、お金に関心が向きがちですが、基本は生活設計です。
  なぜなら、それによって必要なお金が異なるからです」

岩合 光昭(動物写真家)
 「免許皆伝の領域にはほど遠い気持ち。猫の気持ちがわかるまで
  という信念を持ちながら、まだまだ修業を積んでいきたい」

野崎 洋光(東京の和食店『分とく山』総料理長)
 「これまで見過ごしがちだった保存食ですが、その中身は
  <シーズンパック>と呼ばれるほど、野菜や魚の一番おいしい
  時期の新鮮な食材を加工したもの。
  缶や瓶の中には“旬”と“時間”が詰まっていますよ」

北川 哲士(備前刀の刀鍛冶)
 「形は同じでも、姿に格があるのが名刀」

マリア・シャラポワ(女子テニス選手)
 「うまくいかない日もあるのがテニス。それが不運にも今日だった」

河瀬 直美(映画監督) ※最新作『朱花(はねづ)の月』が公開中
 「奈良・飛鳥は本当に美しい土地。自然には魂が宿っていると
  思うから、単なる挿入映像として撮っていない」
 「万葉集だって解釈は色々。人生もそうだと思う。
  だから、あえて(作品に)解釈をつけなかった」

西岡 秀雄(慶応大名誉教授、1913-2011)
 「集めてみなければ、本当のことはわからない」
 「コレクションは全ての学問の基本」

富田 京一(肉食爬虫類研究所代表)
 「(発掘作業で)現地の人と情報を共有することは大事ですね。
  同じ食べ物を食べることで協力してくれたり打ち解けて
  くれたりします」
 「骨はウソをつきません。体をつくる芯で、飾りをそぎ落として
  本質がよく分かる場所だと思います」

まど・みちお(101歳の詩人) ※画集『絵をかいて いちんち』を出版
 「過去の自分のまねも、人のまねもしないように気をつけました」

勝海舟の談話集『氷川清話』より
 「人材は探す側の眼玉1つ」

藤原 智美(作家)
 「ゆっくりその価値を体感しなければ良さはわからないはずだ。
  『抽選』であてがわれるように買いたくはない」

大重 亨(『アクタス』ブランド戦略室長)
 「小さい頃に何を見て、何を感じたかが、大人になってからの感性に
  影響するなら、子どもたちが毎日使う家具を販売するインテリア
  ショップや、家具を選ぶ親の役割は大きいと考えている」

藤井 純一(近畿大教授、元セレッソ大阪・日本ハム球団社長)
 「地域に根付いたチームになれば、お客は来てくれる」
 「ファンサービスはプロの責務」
 「スポーツビジネスは目に見えない、気持ちを売るようなもの」

大社 啓二(日本ハム球団オーナー)
 「ドラフトは運だが、優勝は違う」

住田 功一(NHK大阪アナウンサー)
 「(孤立し、疲弊しきった)被災者が置かれた状況を想像するのが1番大切。
  そして、少しでも心の支えとなる言葉を、手探りで探している」

谷崎 潤一郎(作家、1886-1965) ※『瘋癲老人日記』より
 「生に執着する気は少しもないが、でも生きている限りは、
  異性に惹かれずにはいられない」

碓井 広義(上智大教授)
 「テレビ局が実体以上に“彼”をありがたがっていたということ。
  企画自体がきちんとした番組なら、司会者が代わっても成立する。
  テレビ局はこれを機に、1人の有名タレントに頼り切ることの
  リスクを学んでほしい」

マシュー・ヘンリー・マートン(阪神タイガース外野手)
 「日本では大学に行っても授業を受けず、野球ばかりをしているという
  話も聞きます。選手としての人生はいつか終わるわけで、選手自身が
  次の人生に向けて準備をしないといけない」

高橋 由伸(読売ジャイアンツ外野手)
 「先を見るより、その日に勝つことしか考えてない」
 「いい結果が出る時もあれば、そうでない時もある。
  でも、気持ちは変わらない」

高村 薫(作家)
 「中央から発信される流行や情報、いいものと駄目なものを見分ける
  “センス”に、関西人はずっと反逆してきました。
  (中略) 根本にあるのは反体制のエネルギーです」
 「作家デビューした頃、私の小説を『犯行の動機がない』と批判する
  人がいました。ミステリー小説は動機がないと成立しない、という
  規格に沿った考え方に過ぎません。
  現実には動機のない犯罪は、昔からいくらでも起きている。
  むしろ多くの場合、動機は後から付けた理由に過ぎないんです」
 「規格品を作る力は、今や中国や韓国の方が上になりました。
  私たちは、特異な進化を遂げた『ガラパゴス』でなければ
  生き延びられないのです」

宮脇 修(『海洋堂』創業者)
 「元々、モノを作るのはあまり好きじゃない。だから成功したのだと
  思います。
  (中略) 模型に思い入れがないからこそ、これで稼いでやろうと
  思えたわけです」
 「何気ないことに全知全能を注ぐのはまさに冒険です。
  (中略) 海洋堂は10分の1でも成功の可能性があれば、
  そこに全力を注いできました。今、日本中がゆとりをなくし、
  冒険をしなくなっています。これでは新しいモノはできません」
 「今の若者はパワーがなくて不満ですが、それを引き出すのは企業の
  仕事のはず。人を育てるには実は放っておくのが1番なのに、
  今の企業は『即戦力、即戦力』ばかりです」
 「企業が冒険をやめたらじり貧です」
 「今、83歳ですが、生きている間は冒険を続けます」

石黒 浩(大阪大教授)
 「同じように町工場が集積する東京・大田区と比べ、東大阪の中小企業が
  特に優れた技術を持っているかと言えば、どっこいどっこいでしょう。
  けれど、アイデアはあります」
 「(大阪は)マーケットが小さくて稼げる時間が短い。すぐに次が必要になる。
  あと、何をやっても許されるので挑戦しやすい。東京だったら
  『何の意味があるの?』って言われることが、大阪なら『おもろいやんけ』
  となります。
  大阪で作ったタネが花開くのは市場が大きい東京。でも、大阪は文化の
  発祥地だからそれでいいんです」
 「『ことの始まりは関西』でいい。関西は文化と歴史に誇りを持って
  生きるべき土地です」
 「しぶとい企業は必ず残りますから」

辛棄疾(しんきしつ:南宋の詩人、1140-1207) ※『醜奴児』より
 「若いときは愁いの味わいもわからず、ひたすら高楼に上ろうとした
  ものだ。ひたすら高楼に上ろうとし、新しい詞(ツー)をこしらえては、
  むりやり『愁い』を気取ってみせた。
  ところが今は愁いの味わいをいやというほど知り尽くし、
  語ろうとしてまたためらう」

高中 正義(ギタリスト)
 「僕の曲作りやアレンジって、設計図はないんだよね」
 「きっと僕は、指が速いギタリストじゃない。
  でも、スピードは必要ないと思うんだよね」

徳永 サノ(佐賀のがばいばあちゃん、1900-91)
 「挑戦しないことこそが人生の失敗や」

湯川 秀樹(理論物理学者、1907-81)の書
 「浅きにふかきことあり 心をとめてみきけば 面白きことのみなり」

コロッケ(ものまねタレント)
 「本物に何かを付け足すのが僕のものまね」
 「どんな人なんだろうと想像して、頭の中で勝手に処理するクセが
  付いている。それがプラスに影響したんじゃないかと思います」
 「想像は無限大」

ウォンビン(韓国の俳優)
 「1つの作品が終わると、自分を白紙の状態に戻すのに時間がかかる」

松浦 弥太郎(『暮しの手帖』編集長)
 「『食べている時だけがおいしい料理』は、時たま食べるには
  いいのだが、習慣にしてしまうと、『本当においしい料理』の味を
  忘れてしまうだろう」
 「何も考えずに用件だけを済ます働きであれば、一過性の印象で
  終わるだけだろうし、そんな働きは、本来の仕事とは決していえない」
 「心ここにあらずの仕事は、人の心を不感症にしてしまうだろう」
 「僕は、仕事の後に、いつまでもじんわりとよかったなあと
  人に思ってもらえるような働きをしたい」

柳下 毅一郎(翻訳家)
 「翻訳家にとっていちばん大事なのは
  実は外国語ではない。日本語の能力なのである」
 「翻訳は逐語訳ではない。原文の内容を理解し、それを日本語の
  同じような表現に変えて書く行為だと言える。
  (中略) そのとき、もっとも重要なのは日本語を使いこなす
  能力の方である」

桂 三枝(落語家)
 「人気は移ろいやすいから、(若手の頃は)毎日不安でいっぱいでした」
 「テレビと舞台の笑いは別。テレビの笑いはいわば演出のうちやけど、
  舞台はそう甘くない。他の芸達者たちとも渡り合わなあかん」
 「テレビは1夜にしてスターを生む。それ自体はありがたいですよ。
  でも、今の人たちは人気が出るとテレビに偏る。多少削ってでも
  舞台を大事にしてほしい。客層の広い舞台で笑わせるのは難しいが、
  辛抱して努力すれば息の長い芸人になれると思う。
  芸人なら芸で苦労せな」

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2011年9月24日 (土)

☆『閉ざされた森(2003)』☆

24日(土曜)の夜。

帰阪中のワタシは、夕食後に(20:00〜)BSジャパンで放送されるドラマスペシャル『フィレンツェ・ラビリンス』って言うのを観ようと考えてたんだが・・「どうやら受信出来ない事」が19:58になってようやく分かったので・・仕方なくチャンネルをガチャガチャ切り替え、既に物語も中盤に差し掛かってたと思しき『閉ざされた森』って軍事サスペンス作を途中から観始めたのだった。

数年ぶり(?)にちゃんと観た感じの“K都テレビ”だったが・・それ故にか(?) 妙にコマーシャル(CM)群にローカル色の漂ってるのを(敏感に)感じ取ってしまう。。
おまけに、CMカットされる前後の本編映像に“アイキャッチ”がかぶさるんだが、いちいち画面右下に『ブラス!』と表示されるのが気になった。。

「いや・・『ブラス!』は次週末の放送予定で、今夜は『閉ざされた森』だろうが!」とツッコミそうになったんだが、、きっと関係者からすれば「いんだよ、細けぇ事は」で済む範囲内なんだろう(=^_^=)

パナマの米軍基地で、嵐の夜に敢行された軍事演習中、隊を率いるウエスト軍曹(サミュ・L・“アクション”ジャクソン)が消息を絶ち、尚かつ隊員の半数が戻らない、と言う怪事件が勃発する。
女性士官=オズボーン大尉(コニー・ニールセン)は、レンジャー部隊員であるトム(ジョン・トラボルタ)の協力を得て、生き残った兵士ら数名から“事件の真相”を聞き出そうとするのだが・・

ただでさえ“ややこしくひねられてる”物語を、中盤以降から観始めたもんだから・・予想以上にワケが分かんなくて、脱力させられてしまった(=^_^=) いやでも、物語の進行自体は「なかなかイイ感じ」だったのす(・ω・)

『戦火の勇気(1996)』や『ユージュアル・サスペクツ(1995)』辺りを想起させるような「生き残った者の語る物語を、果たして“事実”とすんなり受け止めて良いんやろかね?」的な・・いわゆる、観客の「お人好しさを叩き直してくれる」類(たぐい)の1作である気すらしていた。

が・・ラストで「実は“真相”ってばこうでしたぁ〜」で終わってしまう「あの幕切れ」は、流石に頂けなかったなぁ。
ああ言う「ダラダラしたトークで幕となる作品」ってば、好かんのですよ。

サミュ・Lさんも、演説中に背後からサメにガブッとされちゃう・・ぐらいの漢(をのこ)らしさが、ここらで欲しかったモノだし(=^_^=) トラさん(トラボルタ)も『ソードフィッシュ(2001)』を思わせるような“怪演”に、結局は終わってしまってたような・・

もともと、シリーズモノか何かの第1弾として制作されたんやろか? ある種の「続編も造れますよ〜」ってな(制作陣の)サインを感じ取ってしまったりもしたんだが・・(⌒〜⌒ι)

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2011年9月23日 (金)

☆『ライフ/いのちをつなぐ物語』☆

21日(水曜)の夜。

2本を立て続けに鑑賞し、流石にアタマの中が一時的にパンパンに膨れ上がってしまったワタシ。クルマで帰宅した次第だが・・

記憶の整理がついて、落ち着きを取り戻すや「折角やし、観られる時に頑張って観ておこう!」って気持ちがムクムクと湧いて来たため、夕食後にクルマを出し、再び“ワーナー・マイカル・シネマズ高松”に『ライフ/いのちをつなぐ物語』を観に行ったのだった。

今回はレイトショーであり、かつ1番小さなシアターでの鑑賞となった。

イギリスの国営放送=BBCが制作し、6年にも及ぶ撮影・製作期間を経て放たれた、驚異のネイチャー・ドキュメンタリー。
ウィキペディアによると、世界18ヶ国(24ヶ所)で、70人以上のカメラマンを導入して撮影が行われたと言う。
松本幸四郎・松たか子の父娘が、日本語版のナレーションを手がけた事も話題に。

今日、昼間に観た2作よりも、作品として“究極にシンプル”なだけに、観易くて助かった(=^_^=) コレでナレーション(字幕)がウッディ・アレンとかだったら、ぶっ倒れてたかも知んないし(=^_^=)

“生きる”という言葉をテーマに、そこに込められた“生き抜く”“育む”“護る”と言った動物たちの行動が、効果的な映像によって次々に紹介されていく展開。

ざっと記憶してる限りでは・・

 1:南極・ロス海 ・・ 我が子を「初めての海中の世界」に誘うウェッデルアザラシの母親
 2:日本・地獄谷 ・・ 「選ばれた」ニホンザルの一族のみに赦された秘湯
 3:コスタリカ・リモン州 ・・ 10メートルもの高さの樹を「ひたすら往復する」イチゴヤドクガエルの母親
 4:コンゴ・モンディカ ・・ 相手を威嚇し「縄張り」を護るニシローランドゴリラの父親
 5:ケニア・アンボセリ ・・ 「水場」を求めひたすら歩くアフリカゾウの一族
 6:アルゼンチン・グランチャコ ・・ 「自給自足のシステム」を完成させたハキリアリの巣
 7:エチオピア・シミエン山地 ・・ 硬い骨を砕く「練習」を繰り返すヒゲワシ
 8:ブラジル・ボアビスタ ・・ 椰子の実を砕く「知恵」をつけたフサオマキザルたち
 9:イスラエル・エンゲディ ・・ アイベックスとキツネの「決死」の追跡劇
10:マダガスカル・アンダシベ ・・ バッタを狙うカマキリ、を狙うカメレオンの「秒速15メートル」の長い舌
11:ケニア・レワ高原 ・・ ダチョウを狙うチーター3兄弟の「連携プレイ」
12:アメリカ・フロリダ湾 ・・ 「泥煙の環」で獲物を追い込むバンドウイルカ
13:アメリカ・ノースカロライナ州 ・・ 20秒以内に2回触れると「瞬時」に閉じるハエジゴクの突起
14:インドネシア・コモド諸島 ・・ ひたすらに「獲物の衰弱」を待つコモドオオトカゲたち
15:ケニア・ルキンガ ・・ 「スピード&記憶力」を兼ね備えたハネジネズミの逃走劇
16:ベネズエラ・ロライマ山 ・・ 「転がって」天敵であるタランチュラから逃げるオリオフリネラ(コイシガエル)
17:ベリーズ・サイバーン川 ・・ 「水面を走って」逃げるバジリスク
18:?? ・・ 群れに紛れ込む魚たち&バショウカジキから逃げるトビウオ
19:?? ・・ 巣で待つ「雛たち」のため、グンカンチョウと戦うアカハシネッタイチョウ
20:カナダ・ブリティッシュコロンビア州 ・・ 「最後の力」を振り絞り産卵するミズダコの母親
21:アメリカ・オレゴン州 ・・ カイツブリの「求愛行動」と、つがいの水面ダッシュ
22:チリ・カシージャ ・・ 樹の上のメスを巡り、次々に繰り広げられるチリクワガタの戦い
23:南太平洋・トンガ ・・ ザトウクジラのメスを巡る、オスたちの戦い

って順番、テーマだったろうか。一部“ロケーション字幕”の出ない(もしくは単にワタシが見逃した?)シーンもあり「??」と表記している。

約85分の本編中、全く「人間の映し込まれない」点はとても良かった!
「妙にワザとらしい、人間の子供とかを用いたオープニング&エンディング演出」とか「撮影現場での、カメラマンによる“顔出し”コメント」とかが挿入されてたら、きっと月並で醜悪な出来となってた事だろうから。

一方で「カメラマンの“執念の待ち”が報われたワケやな〜」と感心させられるシーン(テーマ)のある一方「結構、ラクして撮ってますやんか」的にツッコミたくなるトコもあった。
こちとらシロウトなので「その方面に詳しい方」には叱責されるに違いなかろうが・・(⌒〜⌒ι)
“地※谷でのサ※の撮影”なんかは「望遠レンズを貸して貰えたら、俺にでも撮れるかも」って印象を受けた。

尤も“達人であるほど、誰でも撮れるような映像を何気なく叩き出す”って領域だからこそ成せる技、なんかも知れないが(・ω・)

ギャグの全く盛り込まれぬ(?)一方、軽妙なトークがたまに(?)光ってたりもして楽しかった(=^_^=)
チリクワガタ篇で、松本さんの放つ、

『さんざん苦労して登って来たのに、冷たい態度ですねぇ』

って言うのが、日本語版スタッフの意図した通りなのか(?)かなり面白かった!

この上は・・松さんも、親父さんに負けず、

『大切なものの消えちゃう音が聞こえましたね。
 “パチン”じゃなく“ドッカ~ン!”ってね』

とか、

『かくも生命は、尊く、美しい! ・・な〜んてね』

などと『告白(2010)』のノリでもって、ガンガン対抗して欲しかったかも(おい!)

でも本作って、撮影時の録音テープのあちこちには、ひょっとしたら「Oh Jesus!」だの「Damn..Fukkin' animals!」といったカメラマンの“ナマの声”が収録されてるんかも知れない。。

それはそれで、ソフト化の際“副音声モード”で聞いてみたい気もする(=^_^=)

或いは、撮影に失敗し・・思わず動物に近付いて行って、罵声を浴びせながら蹴り飛ばす“未公開映像”とかも(←どこまでアブナいカメラマンやねん!)

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2011年9月22日 (木)

☆『ラビット・ホラー:3D』☆

21日(水曜)の午後。

久々に“ワーナー・マイカル・シネマズ高松”にクルマで向かい“ハシゴ鑑賞”して来た2本目は『ラビット・ホラー:3D』だった。

監督&脚本(←共同脚本)が清水崇、主演が満島ひかり・・って事で、それなりに期待させてくれるスペックは揃ってた!
更には撮影監督:クリストファー・ドイル、音楽:川井憲次・・ってのも豪華過ぎる!!
助演で香川照之&大森南朋も出たはるし!

キリコ(満島)は、10年前に“とあるきっかけで”言葉を失ってしまった女性。弟=大悟と共に、立体絵本作家である父=公平(香川)の家で暮らしている。
母=キョウコを“とある事故”で亡くして以来、公平は寡黙になり、子供たちに関心を示さなくなってしまった。

そんなある午後、校庭の片隅で、大悟が可愛がっていたウサギを石で撲殺する。
死にかけていたウサギを“安楽死”させた、弟の“この選択”に、キリコは返り血を浴びつつ、呆然と立ち尽くすしかなかった・・

それを機に、大悟は“ウサギの着ぐるみ”に遭遇し、激しく怯えるようになる。どうやら、自宅の(1〜2階の)階段の途中にある「納戸の中」にその秘密が隠されているようだが・・

大悟の誕生日=6月23日(水曜)の迫る中、姉弟が劇場で某3Dホラー作品を観ていると・・大悟はスクリーンの中のウサギの縫いぐるみに引きずり込まれるように“現実の向こう側の世界”へと連れ去られてしまう・・

キリコは“母の死”を巡る秘密もまた、今回の弟の失踪に絡んでいると直感し「納戸の奥」を調べてみる事にするが・・

うーん・・何なんだろ? 全くコワくないんですけど・・
3D映像も、期待してたほど効果的じゃなかったし、まず最初に“映像がキレイ過ぎて”その点からして好かなかった。
折角起用したクリドイさん(=ドイル)のカメラワークも、大した“凄み”を放ってたワケでもなし(・ω・) 演出面で、制約が多過ぎたんやろかね。。

2ツだけ良かったのは、清水監督自身の前作『戦慄迷宮:3D(2009)』の映像が“再利用”されてたトコと、ウサギの着ぐるみが発する「ウィッ!」とか言う泣き声(?)がそれなりに不気味に響いてたトコぐらいかな(・ω・)

「(図書室の)カウンターの下に、膝を抱えた少年が座ってたり」「納戸の奥を、長い髪の女性が何気なく歩いたり」「納戸に釘を打って封印しようとしたり」「着ぐるみの腹部から人間の頭部がはみ出してたり」「(人間の)墜死の瞬間が“長回し”で描写されたり」・・とそれなりの“清水節”は展開されるんだけど「でも、そんだけ」って感じで『呪怨(2002)』の頃の「非常に不安&不愉快にさせる」テイストにまで高まってないンやなぁ・・と。

満島さんは、ヒロインとして頑張ってはったと思うワケで・・この“しょっぱさ”は、やはり監督さんのせいやと思います(=^_^=)

〜 こんなトコも 〜

・螺旋階段の映像を眼にすると、どうにも『めまい(1958)』を連想してしまう。
・『慈急総合病院』の外観を眼にすると・・流石にゾクッとする(⌒〜⌒ι)
・回転木馬(メリーゴーランド)のシーンの辺りから「ひょっとしたら?」と思い始めたら・・やっぱり“例のパターン”に突入して行った。最近のサスペンス/ホラーってこんな路線(とオチ)ばっかしかい!
・「そんな不気味な場所を“遊園施設”として運営すんなよ!」とツッコミたくなるのは、ワタシだけやろか。

〜 こんなセリフも 〜

キリコ“父はいつだって逃げてばかりだ。
    この家には、父親もいないのと同じだ”
   「私が我慢すればイイんだよね?」
   “妄想が独り歩きを始め、この世に生まれ出ようとしている”

公平「・・見たんだな?」
  「妄想が過ぎるんだよ! ・・どう信じろって言うんだよ」

大悟「いつも通り“タンポポの押し花”でイイよ」
  「映画館だよ、お姉ちゃん」

医師“緊急に対応します・・もうそこまでの状態であれば”
  「事実を受け容れる事が出来れば」
  「基本的に、人間は“臆病”なんです」
  「人間の“自己防衛本能”は、ネガティヴな記憶にフタをしようとする」
  「罪悪感を処理出来ないでいるその“葛藤”が、
   “幻覚”と言う形で現れるのです」
  「人の心には“過去”も“現在”も、そして“未来”もないんです」
  「分からないのは、貴方自身の心なのでは?」

追記1:もっとシナリオがしっかり鍛えられてたら『アリス・イン・ワンダーランド(2010)』や『パンズ・ラビリンス(2006)』に“真っ向から勝負を挑める”作品にも成り得たか、と考えると・・残念でならない(×_×) ハッキリ言って、全くおハナシになんなかった。。
追記2:三谷幸喜監督(と脚本)の最新作『ステキな金縛り/Once in a Blue Moon』の公開に併せリリースされた“酢的なポップコーン(ビネガー&ソルト味+バターフレーバーオイル)”は、意外に美味い(=^_^=) 結局、この日は2杯も喰ってしまった(⌒〜⌒ι)

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☆『世界侵略:ロサンゼルス決戦』☆

21日(水曜)。

有難い事に、夏期休暇を1日取得出来たので、久々に“ワーナー・マイカル・シネマズ高松”へとクルマで出かけ、新作を2本ほど“ハシゴ鑑賞”して来たのだった☆

朝もそこそこに“寝だめ”が叶ったし・・本来「休みを休む1日」とは、こうあるべきなのかも知んない(=^_^=)

昨夜は、少し残業 ⇒ 市内の某割烹さんで“独り飲み”したが・・雨宿りも兼ね、2時間ほど呑んだつもりがいっこうに雨勢は弱まらず、かえって激しさを増して来たようだった(×_×)

高松に来て初めて「クツの中まで浸水し、玄関で靴下を絞るほどだった」って状況を体感(・ω・) 自宅のすぐそばの川も、普段は見下ろせば1.5メートルほど下に川が流れてる程度なんだが・・昨夜に限っては、歩道の高さにあと20センチほどに迫るまでに、水位&水勢が上がってた。

もし、更に酷く酔っ払った状態で、路肩に“千鳥足”し過ぎて「川にボチャン」してしまったら・・今のワタシはいなかったろうなぁ(×_×)

本当は今春に公開の予定されてたのが、1本目の『世界侵略:ロサンゼルス決戦』だが・・3月11日に発生した大震災に配慮するカタチで、9月中旬からの公開時期に変更された。
私的には、それまでにさんざ予告編映像で期待値を高められてしまってたワケで「これだけは観とかんと!」と、半ば“宿題化”してた作品でもある(・ω・)

・・

2011年8月12日。東京湾に“未曾有の流星群”が飛来・墜落するのが目撃された。

そのわずか2時間後。世界12ヶ国の、主要都市にほど近い海岸線が正体不明の敵による奇襲を受ける。
テレビ画面では、リポーターが「明らかに全世界が戦時下にあります!」と興奮気味に報道していた。

午後13時過ぎには、サンフランシスコ、サンディエゴとの連絡が途絶える。
ボストンに防衛基地が設置され、ここロサンゼルス中心部でも「各自の配備区域を死守せよ!」なる至上命令のもと、海兵隊員らが“謎の侵略者”を相手に、劣勢な市街戦を繰り広げていた。

・・

交戦の24時間前に話はさかのぼる。

サンオノフレにあるペンドルトン米軍キャンプでは、ベテラン軍人=ナンツ2等軍曹(アーロン・エッカート)が今まさに「退役願」を上官に提出、20年に及ぶ“海兵隊人生”を終えようとしていた。

体力に限界を感じ始めた事実を“賞味期限切れ”と自嘲的に(?)口にする彼だが・・真相は“前回の作戦(アフガン)”で部下を死なせ、自身は勲章を得た事に対し、自責の念を覚え続けた末の決断だった。

そんな折、流星群落下を懸念した上層部より、キャンプの全兵に動員命令が下される。ナンツもまた、戦力とし、中隊に戻る事に。

任官して間もない青年士官=マルティネス少尉(←実戦童貞)を隊長に、ナンツ2曹(←退役間際)、スタヴロー伍長、ハリス伍長(←挙式間近)、ロケット伍長(←兄がナンツの部隊で戦死)、アドゥクゥ衛生下士官、ゲレロ1等兵、カーンズ1等兵(←PTSDの治療中)、レイハム2等兵(←童貞)、イムレイ伍長、デニハム1等兵、モトーラ、カーンズ、サイモンズ・・らによる中隊は、3時間後に開始される(市内全域をターゲットにした)徹底的な空爆を前に、残されたロス市民を救出するため、瓦礫と化した街の中心部に向かうのだったが・・

観終わってみると・・「良くある、徹底した単一視点によるミリタリー系のドキュメンタリーもどき」って印象だったか。

メインキャストにアーロン氏(←今回は、顔面に重度の熱傷は負いません)やミシェル・ロドリゲス(←今回はヘリパイロットじゃないし、ゾンビにも咬まれません)を据えてる辺り「ポイントはおさえてるネ☆」と好感は持てたが、一方でドラマとしての盛り上げ方や、サプライズっぽい要素が殆どなく、どの設定&どのシーンも「どっかで観た事があるぞ?」って印象に終わった。

手持ちカメラによる“ブレまくる映像”も、もはや手垢に塗(まみ)れとるワケで(・ω・)

特に、主人公となる部隊が交戦する“謎の侵略者”の正体、と言うかその造型が、総じて(メカ系も含め)妙にショボくて印象が薄い(×_×) おまけに「無防備に屋上に上がったり」「倒れた仲間を引きずって助けようとしたり」「銃撃のセンスに著しく欠けてたり」と、やる事なす事が“アホ過ぎ”て噴飯モノだった。

射撃のヘタさに至っては『SPACE BATTLESHiP ヤマト(2010)』に出て来た、ガミラス兵らにも負けてない(=^_^=) 大気の関係で、弾道が歪んでしまうんやろか?

主人公ら=兵士1人1人に関するドラマも、中途半端で感情移入しかねるトコがあった。もうちょっと絞って「その他の(=キャラ名のない)兵卒の比重」を多くしても良かった気がするな。

ときに、ウィキなどで調べると・・「69年前の事件」に端を発する設定があったようだが、本編では「いきなり」物語(=侵略)が始まってた。この辺の唐突ぶりは『ゾンビ(1978)』の序盤にも通じるトコがあったかも(・ω・)

観れないままだったけど・・是非(良く似た路線の?)『スカイライン/征服』との“出来の優劣”を付けてみたかったトコである。

ああでも・・本作がせめて『ID4(1996)』より以前に企画&制作されてたら、さぞやモノスゴかったやろなぁ・・残念(×_×)

って言うか、改めて『ID4』が観たくなって来た〜!(=^_^=) ←おいっ!

〜 こんなトコも 〜

・クリエイターの世代が好んでるのか、本作でも妙に3Dゲームっぽいアングルの「主観バトル映像」が目立ってた。「1人称視点シューティング:FPS(First Person Shooting game)」って言うんかな。
・敵陣が“バリア(=シールド)”を全くまとってない時点で、かなり萎えてしまった。
・妙に“海兵隊万歳!”ってな演出が目立ってた。監督は海兵隊フェチ?
・「軍医」と呼ばれるのは陸軍で、海兵隊では「衛生下士官」と呼ばれるらしい。
・「隕石が着水前に“減速”した」ってセリフにはゾクッとした。ただの無機物(?)じゃなかったワケで・・
・「良く見えませんが、何か人影のようなものが・・どうやら避難した方が良さそうです」ってのは、ベテランリポーターならではのベストな判断でしたね(⌒〜⌒ι) あ・・手遅れ?
・前線基地となった「サンタモニカ空港」の腑甲斐なさは、ハンパなかった(⌒〜⌒ι)
・敵を「ダース」単位で数えるのは、何処か新鮮だった。
・民間人の少女が、崩れたハイウェイ(?)からロープで降下(高さ=約9メートル)したシーンなんかで泣くんやけど、その泣きっぷりがかなりリアルだった。撮影って聞かされぬまま、ロケ地に連れて来られたンやろか?(⌒〜⌒ι)
・ナンツが単身(?)ヘリから降下する際「12メートルの高さで、20秒間だけホバリングしてくれ」と操縦士に具体的に命じたセリフもリアルだった。
・取り敢えず、続編に引っ張るワケでもなく(=^_^=) きっちり終わるんだけど、エンディングのテイストが何となく『ハート・ロッカー(2008)』を思わせた。ナンツも、再び“海兵隊魂”にすっかり火が点いたようで・・(⌒〜⌒ι)
・本作に影響されたシチュエーションで「2曹(にそう)プレイ」ってのはどやろ? ←どやねんな!

〜 こんなセリフもありました 〜

ナンツ「訓練を信じろ!」
   「戦闘に“絶対”はない」
   「少尉、あなたご自身の命令を」
   「嘆いている暇はありません。部下の死は指揮官の宿命です。
    どう命じても、ついて行きます。只、ご決断を」
   「軍は、誰も見棄てないよ」
   「君は“直感”を信じて決断した。指揮官と同じだ」
   「生き残れるかどうかなど・・“悪運”だけさ」
   「海兵隊員は不屈だ」
   「戦い続ける事が、死んだ者に対する供養だ」
   「“最終決戦”だ。奴らに思い知らせるぞ」

マルティネス「私が決める。私の責任で」

サントス「窓に近付かないで(Stay away from windows.)」
    「気持ち悪い粘液が口の中にいっぱい・・」 ←ファンサービス?

海兵隊員「退却No!」
    「敵は“カナダからのET”かも?」
    「我々は“未知の敵”と戦う事となる」
    「海兵隊は1番乗り!」
    “常に忠誠を!”
    「いきなりかよ!」
    「人間以外は、容赦なく撃ち殺せ」
    「敵は地上軍のみ」
    “ゆっくりこそ早道”
    「言ったろ? “童貞は死なない”のさ」
    「先住民など邪魔なだけさ。それが“植民地の常”ってもんだ」
    「空爆に気付くかって? ネバダにいたって分かるさ」
    「救出ポイントまでが地獄だな」
    「発砲準備完了!(Rock'n roll!)」
    「空軍? やられ過ぎて、いったん退却したのさ」

リポーター“彼らは、我々との「対話」を試みてはいません”

同僚「歳を認めたら、イッキに老け込むぞ」
ナンツ「心で認めたくなくても、身体は正直でな」

隊員A「女性陣のお出ましだぜ」
隊員B「童貞なのを悟られるなよ」

隊員A「今回の敵は隕石ってか?」
隊員B「脱力するぜ」

隊員A「“市民権”は遠いな」
隊員B「ああ、これならアフガンの方がマシだ」

隊員A「道に鹿がいたらどうする?」
隊員B「突進あるのみだ!」

ナンツ「何故、ヘリから降りた?」
隊員「ヘリに残した民間人より、2曹が心配でして」

ナンツ「銃器は扱えるか?」
サントス「この“美貌”だけを武器にして来たワケじゃないわ」

ナンツ「もうこれ以上、民間人は死なせない」
ロケット「では、我々兵士は?」

追記1:序盤の米軍キャンプシーンで、しょっぱなに流れる曲が、2PAC&Dr. Dre&Roger Troutmanの“California Love(1996)”だったが、このセンスはベタながら良かった!
追記2:ワタシが思い付いたのは、上空(=大気圏外)から“謎の敵”が攻めて来る・・と言う有りがちな設定をまず置きつつ・・一方で、太古から人類を狙ってた“別な謎の敵”もまた地底深くから侵略を開始し、両者が地球上で戦い始め、人類が迷惑を被(こうむ)る・・みたいなムチャクチャなストーリー展開である(=^_^=) んでも、ちゃんと脚本の体裁を整えさえすれば、スピルバ※グ監督に読んで貰えるかも知んない(=^_^=) ←ボツとなりながら、ちゃっかりアイデアだけ※※られたりして。。

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2011年9月19日 (月)

☆『孤高のメス(2010)』☆

18日(日曜)の夜。

昨日は、夜遅くの帰宅となり(←まぁ、ダラダラしてたせいで夕方出発となった、自分が悪いんだが)帰阪しても(殆ど)寝るだけに終わった。
本日は昼前から、ちょいと用事があり大阪(梅田界隈)に出かけたが・・特に劇場に行くでもなく、大人しく帰宅した次第(・ω・)

で、やっとくべき事(?)を適度に片付けた後、21時から台所へと移動し(←高松に持って行ったため、枚方の自室には、未だTVがないままなのだ)「日曜洋画劇場」で“地上波初放送”された『孤高のメス』を観た☆

詳しい解説は、こちらにある劇場公開当時の記事を読んで頂くとして・・やはり“あちこちTV用にカット(=切除)されまくり”なヴァージョンながら・・ブラウン管(=^_^=)にかぶり付き状態で観てしまったのだった。やっぱし、本作ってば素晴らしい!

・・

経歴やら医学界での立ち位置は、無論異なるワケだけれども、
登場する医師たちが「良い医師=不器用」「悪い医師=低スキル+怠慢+高慢」「普通の医師=善人だが及び腰」のほぼ3タイプにきっちりと区別されてて、その辺りは「やや落ち着いた眼」で観るに・・「分かり易っ!」と苦笑してしまった。

最も複雑な「キャラ造型」を確立してたキャラは・・総じては案外、さざなみ市長=大川(柄本明)その人だったのかも知んない(=^_^=)

横にいた(別の事をしてた)家人が、いちいち「暗い」「知ってる役者がいない」「オペ中に“※は※み(←女性演歌歌手)”はおかしい」とか、それなりに真っ当そうな事をたまに吐いてたが・・「そんな事はどうでもイイんだ!」と“五月蝿(うるさ)顔”をしてしまった。

「そんな態度してると、イザと言う時に臓器提供したらんからな!」と言い渡したくなった(⌒〜⌒ι) ←こっちが先に頂戴する事になるかも知んないけど。。

〜 こんなセリフも 〜

弘平「母さんって、いつも“貧乏くじ”ばかり引かされてた気がするなぁ」
  「そろそろ戻らないと・・“ぺーぺー”の新米ドクターは色々忙しくて」

浪子“看護婦と言う仕事が、嫌で堪らない”
  “(復帰して)半年経っても、少しも馴染めない”
  “ガーゼを詰めたまま、患者は慶応医大へ送られた”
  “オペ室での出来事を、患者の家族は知らない”
  “私の手渡したクーパー(剪刀)とペアン(鉗子)が患者を傷付ける。
   ・・私も共犯者だ”
  “それが、当麻先生に渡した最初のメスだ”
  “クーパーが、優しく正確に動いて行く”
  “かつて、こんなにも美しいオペを見たことがない”
  “日記から、愚痴が減って行く”
  “メッツェンバウム(剪刀)、ペアン、クーパー、モスキート(鉗子)。
   それらを渡す度に、先生の体温と情熱が伝わって来る”
  “先生は、嘘がヘタだ”
  “大川さんと誠君の生命が、とうとう1つに繋がった”
  “これを渡せば、オペが終わる・・最後のクーパーだ”

当麻「器械は、もっと優しく扱わなきゃダメです」
  「救急車だと相当、出血がかさみます。
   すぐ“開ける”しかないでしょう。スタッフを集めて下さい」
  「バイタル、どうですか?」
  「“慣例”だから諦めるの?」
  「外科医にとって大切なのは、眼の前で苦しんでいる
   患者を救う事だよ。大学の“慣例”じゃない」
  「朝はパンにしてますから」
  「お見合い・・ああ、で、どなたとどなたが?」
  「クラシックはダメだ、眠くなる」
  「ロックじゃ、メスが暴れてしまうよ」
  「彼女は“日本の宝”だぞ?」
  「地域医療のレベルアップが、これからの課題です」
  「僕には、そんな“野望”はありません」
  「きっといつか・・一緒に出来るよ」
  「医師であり続ける事は、医師になる事の何10倍も難しいんだ」
  「“自重”などしてる余裕はありません。
   (脳死肝移植は)残された“唯一の救済手段”なんです」
  「助かりたいと願う“患者”と、生命を繋ぎたいと望む
   “脳死患者の家族”が眼の前にいるんです」
  「いや、構わないよ。良く勉強してるね」
  「今ここで、刑事さんと“脳死論議”をしている時間はありません」
  「医師としての、自分の仕事をやるだけです」
  「無事に終わりました・・汚(けが)れのない美しい肝臓でした。
   お役に立てるよう、全力で当たらせて頂きます」
  「有難う。見事だったよ」
  「新しい先生を助けてやって下さい」
  「有難う。君は“素晴らしいナース”でした」

院長「息子さんの事は、一生忘れません」

実川「あなたの身辺には、色々な噂がある」
  「“でたらめ”かどうかは、倫理委員会が明らかにするでしょう」
  「彼のメスは純粋で・・孤高なんだよ」

当麻「いつかまた、一緒に働ける日が来たらいいね」
浪子「結構です。先生は人遣いが荒いから」

当麻「まだ怒ってる?」
浪子「・・笑ってます」

追記1:大川市長の弟役は、なんと(=^_^=)でんでん氏だった! ここでも「ボディを透明に・・」とか言い出しそうで、コワかった(×_×)
追記2:「ふるさと創生資金=1億円交付」を発案したのは、当時の※下首相だった(×_×)
追記3:「竹内基準」とは、1985年に発表された、厚労省による脳死判定基準の事だそうだ。で、今も通用してるんかな?
追記4:臓器移植法の成立・施行日は1997年10月16日であり、放送の最後に「本作は臓器移植法施行前のフィクションです」なるテロップが表示された。

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2011年9月14日 (水)

☆『利休(1989)』☆

11日(日曜)の夜。
BSP(プレミアム)で、22:00〜0:25に渡り放送された“山田洋次監督が選んだ日本の名作100本/家族編”のこの日の1本『利休』を・・1時間40分の遅れで(⌒〜⌒ι)「帰松後」に観た。

21時頃に大阪を出発したもんで、これでも頑張って観れた方だろう(=^_^=)
まぁ「物語を楽しむ」と言うよか「作品(世界)の雰囲気に触れてみる」ってのを念頭に置いてたので、後半だけながら、それはそれでしっかり叶ったように思う。

如何にも“ソリの合わなさそな(=^_^=)”千利休(三國連太郎)と太閤=豊臣秀吉(山崎努)の関係が、みるみる悪化してってて・・作品も後半ともなれば「重く、暗く、面白くなく」の3点がバッチリと“フルコンプ”されてるし(=^_^=)

どうやら、利休が(秀吉を思い遣るが故に)“唐(から)討ち=朝鮮出兵”を諌めようとしたのが、両者に決定的な「深い溝」をもたらしてしまったようだ(本作の解釈では)。

・・

BGMがやけに少なかったり、秀吉のメイクなんかが妙に“ドウラン過多”な感じで・・何だか『影武者(1980)』『乱(1985)』辺りの“神通力の著しく低下して来はったク※サワ監督”の作品群を眺めてるような「違和感」を覚え続けたりもした。

また、本作を紹介する予告番組(?)の中で、案内役=山本“カントク”晋也さんが「尾張弁のやり取りに、寛いだ雰囲気が巧く表れてて良い」と仰ってた(←確か)が・・確かに、

「どぉぞ、赦(ゆる)したって頂戴(ちょぉでぇ)あそばせ」
「関係にゃあ事はにゃあ」
「御苦労で御座(ぜ)ぇあました」

みたいな「ムキ出しな口調」が突然に出て来たりして“良いアクセント”にはなってたかな、と(=^_^=)

一方で“ワダエミが200着もの衣装を準備”“勅使河原(てしがはら)宏監督は『華道草月流』の3代目家元”“1000万円以上もする、敷物(=絨毯)の使用されるシーンがある”・・などと、スペック面で「欠けてる何か」を必死に(?)補完しようとしてるトコが、少しハナについたりもしたかなぁ・・(・ω・)

〜 こんなセリフも 〜

利休「何を(殿下に)詫びるのか?!」
  「誰も彼も、この儂(わし)を這いつくばらせる気だ」
  「殿下に頭を下げねばならぬ事など、何1ツしてはおらぬ」
  「儂とて死にとうはない・・さりとて唯、生きていようとも思わぬ」
  「儂は意地を張っているのではない・・だが、1度頭を下げれば、
   一生這いつくばって生きねばならなくなるのだ」
  「後は、お前たちに任すか」

光成「流石に、殿下なればこその御裁断と・・
   光成も、是にて安堵致しました」
秀吉「・・そちは、儂を舐めていたのだからな」

追伸1:「朝顔を1輪、(茶室の)床の間に生けて秀吉を迎える」ってエピソードは観ておきたかった(×_×) でも、その1輪がしおれてたら・・やっぱし切腹なんやろか(×_×)
追伸2:最期まで気高く生きた利休だったが・・ウィキによれば死後、獄門沙汰となってしまったようで・・(×_×)

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2011年9月12日 (月)

☆ちょこっと&ぼちぼち再開の“エエ言葉”☆

【2011.8】

林 正之助(吉本興業元会長、1899〜1991)
 「自分は泣いてもお客さんは笑わさなあかん」

けら えいこ(漫画家) ※『あたしンち』742話より
 「夏に何かあるためには、『夏前に』始まってないと遅いんだよね」

夏川 草介(医師、作家)
 「悲しむのが苦手だ。悲しみすぎたら心が持たない。
  悲しまなすぎると人として患者に向き合えない。
  そのバランスが難しいから」

吉村 和真(京都精華大学准教授、漫画学の権威)
 「情報を分かりやすく伝えられる漫画は便利ですが、
  その影響で消えてしまったものもある。
  昔の日本人はもっと多様な表現を持っていたようです」

森 信三(教育家、1896〜1992)
 「60歳からの人生がその人の真価を決める」

かづき れいこ(メイク専門家)
 「鏡を見て、今日はきれいだな、と思う回数が減っていくのが、
  年を取るということなんです」
 「化粧すると気持ちがしゃんとなる。人に会おうっていう
  気持ちになる。それが女性を若々しくするんです」

ジェイソン・スタンリッジ(プロ野球投手、阪神タイガース在籍)
 「悪いことはすぐ忘れる。良いことは未来に持っていく」

谷垣 禎一(自民党第24代総裁)
 「会者定離(えしゃじょうり)。出会うことは別れのはじまりだ、
  と思わないと仕方がない」

佐々木 則夫(サッカー日本女子代表監督) ※著書『なでしこ力』より
 「今年6~7月に行われる女子ワールドカップ・ドイツ大会で、
  なでしこジャパンは世界の頂点に立てるのではないかと、
  僕は今、本気で感じている」

荒川 静香(プロフィギュアスケーター)
 「興味を持ったことは、やらないで後悔せず、
  1歩を踏み出しましょう」

安保 博文(神戸市灘区の「六甲病院」医師)
 「がんになっても手術や抗がん剤などの治療をしなければ楽に死ねる
  と思っている人がいるようですが、そうではない。
  苦痛を取り除くために、ものすごく努力しているんですよ」

脇浜 紀子(読売テレビアナウンサー)
 「重要なのは、対立軸で捉えないことだ」

田中 恆清(石清水八幡宮宮司)
 「神道は読んで字のごとく神の道。教えではないんです。
  道というのは道徳であり、倫理であり、人間が人間として
  生きていくために必要な心構え。
  教義、教典はないから柔軟です」

平野 晃(岩手県陸前高田市気仙町の青年部代表)
 「今の惨状だけ見て、町内会解散なんて考えねえでけれ。
  青年部、あきらめてねえんだよ。
  皆、気仙町を離れたくねえんだよ」

斎藤 一郎(横浜市の「鶴見大学歯学部付属病院」病院長)
 「口と全身の老化度は一致しているんです」

SABU(映画監督)
 「本気で接したら、子供は必ず返してくれる」

【2011.9】

伊藤 唯眞(総本山知恩院門跡)
 「不条理なことですが、亡くなった人には
  祈るよりほかはありません」
 「死を境に(亡くなられた人との)絆を
  決して断ち切ってはなりません」
 「亡くなられた人のことを思わなくなれば、
  その人の生きた証しもなくなってしまいます」
 「忘れ去られるような、ごくささいなことで
  他人を助けていることは多々あります」

朝比奈 沙羅(14歳の女子柔道選手)
 「成長の要因は『気持ち』。強く『勝ちたい』と
  思っている方が勝つ。だから勝てなさそうな相手にも
  勝てることがある」

朽木 祥(作家)
 「人生が急転回する可能性は誰にでもある」

中川 人司(作家、教師) ※著書『宇宙授業』より
 「ロケットも潜水艦もコンピューターも、もともとは
  今から100年以上前にSF作家が空想したものでした。
  新しい技術が実現するのは、
  それを想像した人がいたからです」

釜 和明(IHI社長)
 「(会社が)嵐のまっただ中にいる場合、その難局を乗り切る
  ことが経営者の1番の責任の取り方」

白倉 伸一郎(東映の執行役員)
 「(『仮面ライダー』の)新作は前作の否定から始まり、
  『ライダーとは何か』を突き詰めていくが、答えがない。
  だからこそ40年も続いたのでは」

佐江 衆一(作家)
 「日本人は政治家に限らず大事なものをなくしてしまった
  のではないか。はて、それは何かと物忘れの激しくなった
  じいさんの頭で考えて、『正直な心』ではないか
  と思いあたるのだ」

平松 千佳(大阪府豊中市内のスポーツジムのトレーナー)
 「筋肉は寝ている間につくられるのです」

桂 吉弥(噺家)
 「僕らの世代の真価が問われるのはこれから」

阿保 順子(看護職の作家) ※著書『認知症の人々が創造する世界』より
 「認知症専門病棟では、知が侵されているのではなく、
  新しい知が創られている」

やなせ たかし(御年92の漫画家)
 「もうすぐ死ぬんでしょうけど、
  仕事がますます面白くなってきた」

松任谷 由実(シンガー・ソングライター)
 「特に震災以降、たとえポップスであろうとたくさんの人を集めて
  何かを行うというのは、ある種の神事のような姿勢で臨まなくては
  という思いを強くした」

安藤 忠雄(建築家)
 「これまで資源もエネルギーも食糧もない国で、
  日本人は創造力と勤勉さで乗り切ってきましたが、
  それがどんどん低下している」
 「自分の考えをしっかり言わない人が増え、物事の決まらない会議
  ばかりが開かれる国になっています」
 「独創力は感性です。本物を見て感性を磨くと、
  エネルギーとなって返ってきます」
 「好奇心の下地は勉強です。
  好奇心を持てなくなったら人間は終わりです」
 「自分を表現することをトレーニングしなさい」

岡田 邦夫(大阪ガス統括産業医)
 「今の人は将来の夢を選ぶのにエネルギーを
  使い果たして疲れてしまう」
 「急成長する社会に人間が追いつけず不安感が増している。
  新しいことをどんどん求めているつもりが、
  後ろから押されてしまっている」
 「自分の知識や技術が生かされない、裁量権が与えられない、
  上司のサポートが得られないという3条件がそろうと、
  最も(精神に)ダメージを受けやすい」

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2011年9月10日 (土)

☆『ハリー・ポッターと死の秘宝 PART2』☆

9日(金曜)。
この週末は、それなりに色々と忙しく“帰阪コース”となるのも確実なんだが、体力的にまだ若干の(=^_^=)余裕が残ってたため、仕事帰りにイオンにある“ワーナー・マイカル・シネマズ高松”に寄り、レイトショーで『ハリー・ポッターと死の秘宝 PART2』をとうとう(=^_^=)観て来たのだった。

来週明けに備え、用意しとく事があったので、少しばかり残業をこなしたが・・それにしてもレイトショーの上映開始時間(20:40)までは時間が流石に余り過ぎたので、仕事場に比較的近い場所にある某うどん屋に、(高松在住)3年目にして(恐らく)初めて行ってみたんだが・・ココが、注文を取りに来るのは遅いわ、愛想はないわで「O阪やったら潰れるぞ、こんな店!」と言葉には出さないモノの、瞬間的に憤ってしまった。

やっぱりワタシの中に「O阪人の血」が色濃く流れてるせいか、チンタラしてる相手に対し“背中を蹴りたい衝動”に駆られる時があったりもする。無論、実際には蹴ったりしないから、相手にはこのイライラが全く通じないワケだが「ちょいと通じて欲しい」と思う時もあったり。

ついでに言えば“ワーナー・マイカル・シネマズ高松”のチケット売り場も、チンタラしたお客が多くてイライラする。
「すんません、もう開場してますんで、先に買わせて貰ってエエですか」こんな“魔法の言葉”をスラスラと口から出せたら、さぞ日々のストレスも少なかろうに・・(・ω・)

レイトショーながら、3D仕様だったので+300円の料金となった。立体メガネをカバンにしのばせてたので、まだしも少し安くは済んだけど。
しかし、始まった途端“日本語吹替版”だった事を知り、少しガッカリ、、まあ、イイけど(・ω・)

・・

両親の仇でもある宿敵=ヴォルデモート卿(レイフ・ファインズ)との最期の戦いが迫る・・青年魔法使い=ハリー・ポッター(ダニエル・ラドクリフ)は、卿を倒すために必要となる“死の秘宝”が「ニワトコの杖」「透明マント」「黄泉がえりの石」の3ツである事を掴む。

一方で、卿と対峙するためには“分霊(ぶんりょう)箱”と呼ばれる「ヴォルデモート自身の魂の破片」の納められた謎の容器を見つけ、破壊しなければならない。それは何処に?

アルバス・ダンブルドア校長(マイケル・ガンボン)が姿を消し、ホグワーツ魔法魔術学校もまた、大きな混沌のさなかにあった。

生徒たちの表情からは、笑顔が消えて久しかったが・・「グリフィンドール寮」の同級生らは信じていた。

ハリーが、ロナルド・ウィーズリー(ルパート・グリント)、ハーマイオニー・グレンジャー(エマ・ワトソン)を連れ、この状況を打開しに戻って来る事を・・

シリーズの後半(?)となる『ハリー・ポッターと謎のプリンス(2009)』『ハリー・ポッターと死の秘宝 PART1(2010)』を全く観ておらず、それ以前のエピソードも忘れかけてるのもあり「きっと、ついて行けないやろうし、つまらんやろなぁ」と余りやる気もないままに観始めた次第だが、ハリポタ世界の急展開ぶりにだけ(?)は「意外とエキサイト」してしまってる自分がいた(=^_^=)

「ホグワーツの校長が変わって」たり「チョウ・チャンとハリーが別れてしまって」たり「クディッチの試合が全く実施されなくなって」たり(←まぁ、あの球技のシーンは大嫌いなので、なくてせいせいしたが)「ベラトリックス・レストレンジ(ヘレナ・ボナム・カーター)とかドラコ・マルフォイとかの立ち位置がやたらと下がってしまって」たり「飼ってるフクロウがどっかに行ってしまって」たり・・ この辺りは、流石に“ハナシが飛び過ぎててさっぱり分からん”って感じ。それに、ハリーと恋仲になってる娘も誰なのやらさっぱり・・

物語の(映像&演出の)トーンが、総じて「重く、暗く」貫かれてたのは、良くも悪くも印象的だった。前半では、ホビットみたいなずんぐり小っこいヤツ(←本作ではゴブリンらしい)が出て来るし、後半における、ホグワーツを舞台にした大乱戦(?)の場面では、でっかいトロルみたいなヤツが暴れ回ってて、何だか『ロード・オヴ・ザ・リング(2001)』シリーズのキャラ造型を巧妙にコピッてるようにも見えた。

最期まで観ると・・流石に「ホンマにこれで終わりなんやな〜」って事は理解出来たが、あれはあれで“続編シリーズ”を制作出来ない事はないように思えた。「19年後のホグワーツ校長って誰やねん?」ってのも多少は気になるし(=^_^=)

〜 こんなトコも 〜

・“自由なしもべ”はいなくなってしまったんやね、いつの間にか。
・“グリンゴッツ”なるゴブリン界の銀行が登場。“ぐりんごっつ”と表記すると、何だか松ちゃん(松本人志)絡みのバラエティ番組とかで実在しそうだ(⌒〜⌒ι)
・スネイプにせよ、ヴォルデモートにせよ、ナギニ(大蛇)にせよ・・ハリー(たち)が「すぐそばにいる事」に全く気付かなかったりして・・どっかおかしい。
・“ウクライナ・アイアンベリー”って名のドラゴンが登場したが、何だか果実みたいやね。
・金属器が分裂して増えたり、炎の精霊が襲いかかって来たり・・と「CG映像面の完成度」は、流石にハンパなかった!
・その一方で「3D作品」としては(演出面で)イマイチ過ぎた。
・ネヴィル・ロングボトムって生徒の「立ち位置」がやたらと真ん中になってたが・・誰?!
・“カロー兄妹”って何処にいた?!
・シェーマスって誰だっけ?!
・後半に『ピンポン(2002)』の(終盤の)ような“真っ白い空間”で、ハリーが『マトリックス(1999)』シリーズに出て来た“オラクル”“アーキテクチャー”みたいな某人物と語らうシーンが印象的だった。あれぞ「臨死体験」ってヤツか?
・とあるアイテム(の表面)に浮かぶ“私は終わる時に開く(I open at the close)”って言葉(=表現)が印象的。
・アレって“世界最強の杖”にしては、只の棒切れに見えてしまったり(・ω・) 崖下にさっさと拾いに行かなきゃ〜(=^_^=)
・“ホグワーツ特急”の蒸気機関車の先頭には「5972」と表示されてた。
・アルバス・シリウス・ポッターには、さほど「秘めたる力が覚醒しそうな」印象を受けなかったが? 『フォレスト・ガンプ/一期一会(1994)』における、主人公の息子(ハーレイ・ジョエル・オスメント)に対する「こいつ、更に凄そう!」的な“ワクワク感”をもっと高めて欲しかったけどぉ(⌒〜⌒ι)
・ベラトリックスの“退場”は主君=ヴォルデモートのそばでもなかった。可哀想・・(×_×)
・何処かに「下世話系の公共施設」がオープンした場合・・やはり『市の秘宝館』と呼ばれるんやろか(☉д☉) ←オープンするかい!

〜 こんなセリフも 〜

ハリー「話せば・・長い」
   「今までに“計画した事”で、巧く行った事ってある?」
   「僕は“僕の知っている先生”を信じる」
   「ここは、警備に穴があるようですね? 決定的な穴が!」
   「“死ぬ覚悟”なら、出来てる」

ヴォルデモート“ハリー・ポッターを差し出せば、報われよう”
       「この杖の“真の主(あるじ)”は誰だ?」
       「永遠に生きるべきは、この俺様だけだ!」
       「死にに来たか? ハリー・ポッター!」
       「今こそ、我が下(もと)に下るが良い」

ハーマイオニー「アイデアはあるけど・・無謀なの」

ロン「彼奴(あいつ)らの為に死んだりしたら、ぶっ殺すからな!」

マクゴナガル「生徒たちが廊下で騒ぎを?
       今は“そうすべき時”なのです!」
      「“為すべき事”をなさい」
      「彼の事は、はっきり“ヴォルデモート”と仰いなさい。
       どう言おうと、私たちを殺しに来るのですから」

オリバンダー「報酬は何を? カネに興味はありません」
      「杖の“忠誠心”が変わったようだ。
       ・・杖が魔法使いを選ぶのじゃ」
      「3ツの“死の秘宝”が揃えば・・“死を制する者”となれる」
      「わしは“噂を伝えた”だけじゃ」
      「もし正体がバレたら・・
       死んだ方がマシなぐらい、酷い眼に遭うのですぞ」
      「ここでは“その手の呪文”は効きません」
      「入るのは手伝うが、外に出るのも手伝う、とは言ってません」

アバーフォース「兄は総てを妹に与えたが・・時間だけは与えられなかった」
       「俺に嘘をつくのは構わぬ。
        だが、自らに嘘をつくのは、愚か者のする事だ」

ダンブルドア「求めぬ者は、知る事もない。知る者は・・只、求めれば良い」
      「それが肝心なのじゃ」
      「“元いた場所”に帰るかどうかは、君次第じゃ」
      「“助けを求める者”に、それは与えられる」
      「言葉は“尽きる事のない魔法の源”じゃ。
       それは・・相手を傷つける事も、癒す事も出来る」
      「憐れむべきは“生きている者”じゃ。
       とりわけ“愛をなくして生きている者”をな」
      「良く考えてみれば“奇妙な事”など何もない」
      「これが“現実でない”とは限らぬ」

※「勝利を決めるのは“数の多さ”に非(あら)ず。
  “1ツ1ツの決意の固さ”なり」
 「まさか、あの子に“情が移った”のではあるまいな?」
 「彼奴には見えないが・・みんなここにいる」

校長「この□△□を取れ・・頼む」
  「刻(とき)が来たら死なねばならぬと?
   つまりは“死ぬべき時に死なせる”ために、育てて来たのですか?」

ハリー「具合はどう?」
オリバンダー「・・生きてます」

ヴォルデモート「この杖は、余の言う事を聞かぬ」
スネイプ「この杖は、貴方だけに仕えています・・我が君」

ハリー「死ぬ時って、苦しいの?」
シリウス「眠りに落ちるより、素早いさ」

ハリー「汽車は、ここを出て何処へ?」
ダンブルドア「・・先へじゃ」

追記:何か思い付いたり、訂正事項があれば、記事を弄くってみます(=^_^=)

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2011年9月 7日 (水)

☆『ゲンスブールと女たち(2010)』☆

4日(日曜)の午後。

午前中から市内に繰り出し、商店街にあるミニシアター“ソレイユ”で、狙ってた1本『スコット・ピルグリムvs邪悪な元カレ軍団(2010)』を観終えたワタシは・・そのまま、それ程ではないけど気にはなってた1本『ゲンスブールと女たち』を「ハシゴ鑑賞」して来たのだった。

恐らくは初めての事(?)だと思うんだが、劇場係員のしとに「ハシゴですね?」と問われ、そうだと答えると“ハシゴ料金”を適用して貰えたので嬉しくなった。

ただし、これは別に「言うたもん勝ち」ではなく『スコピル』のチケットを買い求める際「次の上映のも観るから」と予(あらかじ)め言っておいたのが奏功したようである。

で、半額以下の料金になったので「こりゃ、意外と使えるゾ!」とも思ったが・・地下にもぐりっぱなしなワケで、健康には余り良くないのかも知んない(?)

セルジュ・ゲンスブール(1928-91)。音楽に愛され、そして音楽に呪われもした男。
幾多の“名だたる女性”と浮き名を流しながら、それでいて常に孤独を抱え続けた男。

謎に包まれた彼の人生が、私生活が、いま明らかにされる・・

ストレートで無味乾燥な、いわゆる“面白味に欠ける”自伝モノかと思いきや・・アニメーションタッチのオープニングで幕を開け、奇妙な“妄想キャラ(←主人公の分身らしい)”がスクリーン狭しと動き回り、殆ど「年月日を明示する字幕」は出ず、関わる人物は余りに断片的で・・と、ある意味“変化球タイプ”の1作とは言えた。

別な言い方をすれば「真っ当な(?)“ゲンスブール自伝”を楽しみにしてた観客」には、戸惑いを与えるんじゃないかな、と。

とんと詳しくはないんだが、ゲンスブールを演じた俳優さんの「激似ぶり」がなかなかにスゴかった!
当初こそ「ローワン・アトキンソンみたいな奴っちゃな〜」とやや見下してもいたが(←こら!)、全裸姿を披露しはったり、その際に股間の“ぽこ”が殆ど見えてたりもし、その熱演ぶりにはアタマが下がる(⌒〜⌒ι)

これまた詳しくないんだが、ジェーン・バーキンもブリジット・バルドー(BB:ベベ)もフランス・ギャルもジュリエット・グレコもみんな(ご本人に)似てるらしい。

「せめてもう少し“予習”してから、観に行ったら良かった」・・と後悔しつつ、それはそれで「何の予備知識がなくとも、退屈のない、メリハリある展開は楽しめた」と思うので、往年のゲンスブールをご存じの方は、足を運ばれては如何だろうか。

少なくとも、結果的に『スコピル』よりは「しょっぱかったな〜」感が少なかった・・とは言っておこう(=^_^=)

〜 こんなトコも 〜

・“ぽこ”が見えそうな故の「R-15」指定なんやろか?
・「醜い子はイヤ!」と浜辺でフラれた事で、少年期にして“強烈な反骨精神”が育まれたのかも知んない。
・ってか、、少年時代からモロに煙草吸ってますやん!
・たまに涙は見せても、殆ど笑顔を見せない印象だった。
・自伝としての造りは、やはり“シーン&イベントがピンポイント過ぎて不親切(=説明不足)”だと思う。
・決して美男子ではないが、キザで自尊心が高く、妙にモテモテな辺り・・ウッディ・アレン監督に通じるトコがあるか(・ω・)
・男性との交友関係も、それなりに描いて欲しかった。アラン・ドロン、シャルル・アズナヴールは「名前だけ」登場。
・“ベベ”との別離や、バーキンとの愛憎などは、もう少し踏み込んで描写して欲しかったかも。
・バーキンを熱演したルーシー・ゴードンさんは、本作が遺作となられたそうだ。余りに惜しい・・
・「サルバドール・ダリの愛人と、彼のアトリエで1夜を共にした」と言うエピソードは事実なんやろか?
・カール・フォン・メイヤー中尉と言うしと、高名な軍人だった?
・『ギター弾きの恋(1999)』で、ショーン・ペン演じる主人公=エメット・レイを圧倒した、ジャンゴ・ラインハルトが登場。
・パリ9区のシャピタル通りにリュシアン(=セルジュ)の自宅はあったらしい。
・ジェシー・ジェームズ、ボニー&クライドの名がセリフの中で挙がってた!
・晩年(?)のセルジュは、ジャマイカに渡りレゲエに傾倒したようだ。
・孤児院(?)を慰問するシーンでの、民族音楽にあわせてのダンスはなかなかスゴい!

〜 こんなセリフも 〜

リュシアン「ピアノは嫌いだ! 音楽はイヤだ!」
     「早く“ダビデの星”を下さい。出遅れると“一生の恥”なので」
     「モデルは大勢いるけど、描きたいのは君だけだ」
     「ブラを外してくれる? それを描くのが難しくて」
     「好きな歌は『ラ・ココ』です」
     
セルジュ「俺は“ジューク・ボックス”じゃないぜ」
    “君は20歳と若いから、快楽のリンゴの様に人生を齧(かじ)る”
    「“禁酒する事”を忘れる為に、呑むのさ」
    「ロシア民謡とジャズなら、出来ます」
    「即興は苦手でね」
    「この通り、犠牲が必要ってワケさ」
    「“Dメジャー”でゆっくりヤるのさ」
    「“魅惑のリンゴ”を禁じても、それは無駄だった」
    「これぞ、音楽だ」
    「若い娘を堕落させるのは面白い。
     “欲望と醜聞のイコン”にしてやるのさ」
    「僕の歌は好きかい?」
    「人生は、思う様にいかんもんさ」
    「『バーバレラ』は好きかい?」
    「泣いた時の君は美しい」
    「つまり俺は・・必死で戦ってるのさ。君にキスしたい欲望と」
    「セーヌ川に身投げしたい気分さ・・オフィーリアの様にね」
    「君がいないのは悲劇だ」
    「“新しい俺”もいい」
    「その担架は薄汚れてる。寝室のエルメスの毛布をかけてくれ」
    「ロールスロイスは売却した。残ったのはこのエンブレムだけさ」
    「レゲエは“神聖な音楽”だ」
    「先人のいなくなった今こそ、僕らは1歩を踏み出す」
    「俺は・・バカをやり過ぎた」
    「それが人生ってもんさ」
    「君は、俺の美意識に叶う女だ」
    「女から“セ※クスのクレーム”はまだ出てないんでね」
    「幸せは、滅多に輝きはしない」

父「もっと上手に弾け!」
 「今夜はやけに巧いな?」
 「シャンソンなどクソだ。だが、息子は誇りだ」
 「割り切って、浮気を楽しめ」

バーキン「こんな所に寝てたら、轢かれるわよ!」
セルジュ「タクシーを待ってるのさ」

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2011年9月 6日 (火)

☆『スコット・ピルグリムvs邪悪な元カレ軍団(2010)』☆

4日(日曜)。

この週末(=土日)は、予定としては“帰阪”するつもりだったが・・台風(12号)の通過に伴う「雨天通行止」がルートに著しい影響を及ぼしたため(=鳴門大橋、瀬戸大橋が渡れなくなった)結局、帰るのを止めて高松で過ごした。

急にスケジュールがぽっかり空いてしまった事、出かけるには戸外が騒々しかった事・・などから、3日(土曜)は終日家に引きこもっていた。
その割に、何をするでもなく寝たり、起きたり、ネットで買い物したり・・とカネ&時間ばかり消費してしまったワケだが。。(まぁ、深夜に夕食&買い物込みで、2時間40分ほどウォーキングしたので、それなりの気分転換&運動不足解消にはなったけど)

・・

2日目(=日曜)ともなると・・流石に「コレではアカン!!」と自発的に(=^_^=)思うようになり、午前中から市内へと繰り出し、商店街にあるミニシアター“ソレイユ”で狙ってた1本と、そうでもないけど気になる1本を「ハシゴ鑑賞」して来たのだった。

1本目は、前々から気になってたカルトムーヴィー(?)『スコット・ピルグリムvs邪悪な元カレ軍団』である。
邦題のネーミングセンスからして「すこぶる」イケておらず、私的にも「原題のまま『スコット・ピルグリムvsザ・ワールド』で良かったのに」と思わざるを得ないンだが、どうなんやろね。。

カナダのトロントに住む22歳の主人公=スコット・ピルグリム(マイケル・セラ)は、能天気で妄想過多な青年。
売れないバンド“セックス・ボブ・オム(Sex Bob-omb)”のベーシストでもある彼は、年下の東洋系の女の子(17歳の現役高校生!)=ナイブス・チャウとそれなりに楽しく付き合いながらも・・ある夜“夢の中に現れた”ミステリアスな女性に心をときめかせてしまう。

直後、その女性と実際に対面(=再会?)を果たしたスコットは、彼女・・ラモーナ・フラワーズに早速アタックを開始する。

つまりは“フタマタ”をかけながら、ラモーナとも“いい関係”に発展しつつあった時、スコット宛にマシュー・パテルと名乗る人物から「お前の息の根を止めてやる!」なる脅迫メールが届く。

そんな事は全く意に介さぬ彼だったが・・『TIBB(トロント国際バンドバトル)』での優勝を目指す中、相手バンドとの“ガチ演奏バトル”が加熱し始めたその時、ホールの天井を突き破り、ステージに降り立った人物が・・!

その男=マシュー・パテルは「ラモーナと付き合いたくば、彼女がこれ迄に付き合って来た“邪悪な元カレたち(The Evil Ex-Boyfriends)”を総て倒す事だ!」と言い放つ。

かくして、スコットが恋路を貫く為の、長く果てしない(←事もないが)死闘の幕が切って落とされたのだった!

う〜ん・・期待値が異常に高過ぎたためか、正直イマイチに感じ、その世界観にノリ切れないワタシがいた(×_×)

・劇中の効果音がほぼ総て、画面上に文字表示される
・必要な情報であれば(そうでなくても)画面上に文字表示される
・妄想描写が、徹底的に映像再現される

などの“こだわり”が全編を貫いてるので、それなりの「観ごたえ」こそはあるんだが・・如何せん「スコットとラモーナがどうなろうが、どうでもエエ感じ」だったのだ、私的には。

と言うか・・主要なキャラ陣に魅力を全く感じず「誰に感情移入せえっちぅねん!」なる戸惑いを超え、次第にハラの立って来たのもあったろうか(=^_^=)

それに加え「打ちのめされ、落ち込んだ後に立ち上がる(“自然な”流れの)主人公のドラマ」かと思いきや・・このスコットがメッチャクチャに強いのも違和感あるし(⌒〜⌒ι)

某“邪悪な元カレ”にジャイアント・スウィングですっ飛ばされ、はるか向こうの建物(の外壁に)全身を叩き付けられながら、何のダメージを受けてないトコなどは「お前はハンコック(2008)かい!」とツッコミそうになってしまう。

対する“邪悪な元カレたち”の特殊能力も凄まじく「火の玉を放つ(1)」「空中に浮遊する(1)」「スケボーで高速移動(時速300キロ超!)する(2)」「念力で相手を宙に浮かせる(3)」「瞬間移動する(4)」・・とか、意味も解説もされないまま、ムチャクチャにやりたい放題だ(×_×)

唯一、超念力を駆使出来るトッド(3人目)に関してのみは「ヴィーガン(Vegan:絶対菜食主義者)であるが故、この能力を手に入れる事が出来た」とかセリフ中で解説されてたが・・やっぱり、落ち着いて考えたら「意味不明」だってば!(=^_^=)

オタクっぽい主人公がキラキラした映像演出でバトルを繰り広げる展開に『ラスト・ドラゴン(1985)』を連想したり、ラスボス(?)と壮大なステージ(?)で対峙する辺りは『ファントム・オヴ・パラダイス(1974)』を連想したりもした。

「愛しいしと(←スメルゴア風)をゲットするために奔走する」ってテーマは青春してて(?)結構なンだけど・・オトナ(おっさん)が観るに、やはり「いや・・そっちはそれとして、ナイブスちゃんとはどうすんの?」ってトコがどうしてもアタマのどっかでクスぶり続けるワケで、その点でも総じてスッキリしないハナシなのだった(・ω・)

“勢いだけの作品”には、もう反応しなくなってしまったのかしらん、ワタシのこのカラダ・・(×_×)

〜 こんなトコも 〜

・「PSG音源」や「8ビットゲーム機っぽい絵造り」に拘った演出群は素晴らしかった!!
・序盤で主人公の友人や家族がとにかくゴチャっと登場するので、疲れる。文字情報も多い割に、総じて誰も(さほど)本筋に絡んで来なかったし。
・キーラン・カルキン君がすっかりおっさ・・いや「イイ歳したお兄ちゃん」に!
・前半で表示される日本語字幕「いずらいなぁ」の間違いが、ちょっとアホっぽくて残念(×_×)
・『マイレージ、マイライフ(2009)』のアナ・ケンドリック嬢が助演! 「こんな作品に?!」とちょっとビックリ(=^_^=) にしても、やっぱり80年代のトムクルにそっくりである! お母さんがレベ※カ・デモ※ネイとかミ※・ロジャ※スとかだったりするんやろか?(何でやねん!)
・ギデオン(7人目)役のジェイソン・シュワルツマンも「顔の長い(←おい)トムクル」って印象だった。でもウィキで調べると、タリア・シャイアのご子息だそうで、びっくり! 父親ってば、スタロ※ン?(だから何でやねん!)
・「1upアイテムを取っとけば、死んでも復活出来る」「人間は死んだらコインになる」みたいな誤解を、ちびっ子らに与えはしないか、すこぶる不安である(×_×)
・マイケル君は、どうにも美男子に見えなかった。将来的に“ブシェーミ路線顔”になって行かないか、その事だけが心配である。
・“邪悪な元カレ”の7人は、物語が進むにつれ、そのキャラ造型が「明らかに薄く」なって行ってて、ちょっと笑えた。カタヤナギ(片柳)・ツインズ(カイル:斉藤“タッちゃん”祥太、ケン:斉藤“カッちゃん”慶太)なんか、セリフもないし・・そもそも「ラモーナと付き合ってたイメージ」が全然、湧いて来なかったし(=^_^=)
・ギデオンの“取巻き軍団”をソードでバッサバッサと斬って棄てるシーンは『キル・ビルvol.1(2003)』を彷彿とさせてくれ、爽快! 斬られるザコのスコアも、マシュー・パテル(1人目)をはるかに超えてる感じだった(爆笑)
・ラモーナ役の女優さんの魅力のなさ(すんません!)は、ドリュ※・バ※モアさんをヒロインに迎えたラヴ・ロマンスを観てるようだった。。
・“ハリウッド級のアクションスター”や“大物音楽プロデューサー”が、いきなり“コイン化”しても、カナダの芸能界には影響ないんやろか?
・私的には「そばかすキム」が最も魅力的に映った(照)
・終盤で“邪悪な元カレ”の1人が、あきらかに“コイン化(7000点)”した筈なのに、ピンピンした状態で現れたのは・・“1upしてたから”に他ならないンやろか?
・ラストに出現した“ネガ”は、スコットと別れ、何処に消えたんやろ?
・いきなり抱きつく行為を「ハグ攻撃(attack hug)」と言うらしい(⌒〜⌒ι)
・「イェ〜イ!」とハイタッチしながら走り去って行く“ヴィーガン警察”の警官2人がメチャクチャ面白かった! ちょっと撮影速度を落とし、フォーカスを外してるトコが更に心憎い! このシーンを拝むだけでも、本作を鑑賞する意義はあると思う(=^_^=)
・で、本作の監督(エドガー・ライト)ってば“ヴィーガン”なんやろか?(=^_^=)
・トッド役のブランドン“スーパーマン”ラウス氏は、やっぱり魅力的だった! 本作では、ちょっとアホ役だったが、、

〜 こんなセリフも 〜

スコット「こいつ、寝ながらメールしてるよ」
    「“美人は待合せに遅れるもの”と思ってね」
    「2ドル40セント? これじゃ“帰りのバス代”にもならないや」
    「それって、ダブスタ(DOUBLE STANDARD)じゃん」
    「ガーリックブレッドなら、永遠に食べ続けられるさ」
    「ホントはヤッてないけど、君がヤるならヤるよ、ドラッグだって」
    「セットに戻れ!」
    「女の子は殴れないよ。だって・・柔らかいもん」
    「人前で下着を洗ったような、惨めな気分さ」
    「これは、自分のための戦いだ!」

スティーヴン「ボンヤリするな。まだ“音符1ヶぶん”しか弾いてねぇぞ」
      「音合せ中に“音声さん”に嫌われちまったぁ!」
      「ムカつく時は、ノリが良くなる」

ナイブス「このバンド・・マジで、ヤバイっすぅ!」
    「O.M.G..!(オーマイガー)」

ラモーナ「あんた、こないだの“パックマン・ガイ”?」
    「あたしって、付き合いづらいでしょ?」
    「刻(とき)が瑕疵(きず)を癒すわ」
    「彼に無視されて、独りでいるより孤独だった」
    「あたしには過去が付きまとう。もう迷惑をかけたくないの」

キム「魂を売ってでも、カネを稼ぐのさ」
  「これで、契約もパァ・・ギャラもパァ」

ウォレス「君は、彼には勿体ない」

マシュー「今、戦いが始まるのだ!」

ルーカス「俺の“スタントチーム”だ。
     つまりは、俺が“ハッパ吸ってる間”の代役さ」
    「お前ら、何か喰うか?」
    「俺たちが、ラモーナの未来を支配するのさ」
    「大スターに勝てると思ってんのか?」

トッド「ファンキーに勝負したいようだな」

ロキシー「あんたの巡礼(Pilgrim)も、ここで終わりさ」
    「あんたじゃ、ラモーナは感じないよォ!」

ギデオン「我が“最先端の大聖堂”へようこそ」
    「済まんね(forgive)」

コモオ「パーティーに最後まで残るのは大物じゃない。ゴマすりだけだ」

スコット「僕は消えるとするよ」
ラモーナ「そりゃどうも」

ラモーナ「その事は、話したくないわ」
スコット「ま、僕も興味ないけどね」

ラモーナ「これって“1夜の関係”かしらね?」
スコット「何もしてないけどね」

スコット「一緒に行ってイイかい?」
ラモーナ「・・来たいの?」

ナイブス「・・私達、続ける?」
スコット「そうだね・・でもそろそろ」

スコット「流石は俳優」
ルーカス「オスカーを狙ってるんでな」

ウォレス「あなたのファンなんです」
ルーカス「ここにいるのは、みんな俺のファンさ」

門番「パスワードは?」
スコット「知るか!」
門番「どうぞ」

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2011年9月 3日 (土)

☆『ジェシー・ジェームズの暗殺(2007)』☆

31日(水曜)の夜。
劇場公開時に鑑賞が叶わず・・前々から、その放送を心待ちに(?)してた1作『ジェシー・ジェームズの暗殺』がBSP(プレミアム)にいよいよ降臨しさる! ちぅ事で「160分と言う、長尺の上映時間」にビビりつつ・・録画はせず観たのだった。

西部開拓時代のミズーリ州。
兄のフランク(サム・シェパード)と共に“ジェームズ・ギャング団”を結成し、1867~81年の間に、25件もの銀行/列車強盗を繰り返した“アウトロー(ならず者)”の筆頭格=ジェシー・ジェームズ(ブラッド・ピット)を主人公に、その一味に新たに加わる19歳の若者=ロバート・フォード(ケイシー・アフレック)が、彼に対する“崇拝の気持ち”を次第に“恐怖心”へと変えて行き、最期には「丸腰状態のジェシーを、背後から射殺する」に至る心境を、静かに描いたドラマ。

・・

少年時代から“義賊”ジェシーに憧れ続けていたボブ(=ロバート)は、そんな彼が34歳の誕生日を迎えた2日後・・即ち、1881年9月7日に、ミズーリ州ブルーカットの野営地(?)でジェームズ兄弟に合流する。

まず、兄のフランクに近付き「僕は、自分が偉大になると信じてます」と自信たっぷりにアピールをするボブだが、フランクは「お前は、悪党を気取る“他のシロウト連中”と同じだ。素質はない」と冷たく言い放ち、仕舞いには拳銃を構え、追い払うのだった。

しかし、次に近付いたジェシーは「来る者は拒みはしない」と寛容な態度を示し、ボブを仲間に迎え入れる。

やがて、フランクが“袂を分かって”去り、ジェシーがギャング団を仕切る事に。

団の中心メンバーだった、ウッド・ハイト(=ジェシーの従兄弟:ジェレミー・レナー!)や、ディック・リディル、チャーリー・フォード(=ボブの実兄:サム・ロックウェル!)を押し退ける勢いで、ジェシーとの距離を急速に縮めるボブ。

しかし“賞金首”として、行く先々の州で追われ続けるジェシーは「仲間の裏切り」を恐れる余り、次々と“団員を粛清”し始めるのだった。

とある“事故”により「ジェシーに対する“墓場モノ”の秘密」を抱えてしまったフォード兄弟は、ミズーリ州知事=クリッテンデンに弱みを握られる(?)形で「ジェシーを売る」よう命じられてしまう。

刻一刻と過ぎて行く「知事と約束した、10日間の猶予」・・

ジェシーが「プラットシティー(ミズーリ州)に行き、ウェルズ銀行を襲う」なる“新たな強盗計画”を口にした時、兄弟はいよいよ「彼を暗殺するしかない」との考えに至るのだった。

その日=1882年4月3日。
思いもよらぬ場所で、状況で・・34歳のジェシー・ジェームズの背後から、彼自身に贈られた“まさにその拳銃で”その後頭部に狙いを定める“卑怯者”ボブの姿があった・・

ジェシー・ジェームズと言えば・・ビリー・ザ・キッド、ジョン・デリンジャーと並び(?)“全米3大ならず者”に挙げられる人物であるが「その最期」がどんなものなのかまでは詳しく知らず、その点を(脚色が入っているにせよ)忠実に再現した・・って事で言えば、かなり観る者の好奇心をかき立てる造りにはなっていたように思う。
長過ぎるのは賛否の分かれるトコだろうけど(・ω・)

一方で・・(尤もこれは『パブリック・エネミーズ(2009)』において、ジョン・デリンジャーを演じたジョニー・デップに対しても言えた事だが)「余りに伝説的な人物」であるが故、、有名過ぎるブラピ(=ブラッド・ピット)が「片手間に演じる」には、モデルが大き過ぎて“(ヴィジュアルイメージの与える)乖離感の溝”が終始埋められない・・ってトコが私的には気になった。

ファンの方は怒らはるかも知れんが「いっそ、ブラピが演じるにせよ「後頭部」「顎から下」と言った“ハッキリ顔面を映さない描き方”で徹底したら良かったのでは?」とまで思ってしまったワタシだ。 ←ちょうど『トゥルー・ロマンス(1993)』におけるヴァル・キルマー(エルヴィス役)を連想して頂けると、分かりやすいだろうか?

少なくとも、近年で言うトコの“アルド・レイン中尉(2009)”を超えるまでの存在感(や役者魂)は殆ど発揮出来てはらなかったように感じた。

一方で、(好きなタイプの顔ではないが)ケイシー・アフレックの“大物になれなかった小物”と言うキャラ造型は異様にハマっててスゴかった(=^_^=) 将来的に「ジョン・サクソンみたいな顔立ち」になって行きそうな気もするが、存在感は十分である。
“因果応報”“自業自得”を体現したような「情けない末路」も、巧くみせてくれたし。

知らなかったのは、レナー君とロックウェル氏の助演! レナー君は「退場時、おケツ剥き出し」でちょっとカッコ悪かったが、それはそれで鮮烈だったのでヨシとしよう。

ロックウェル氏も、注意して観ないと「マイク・マイヤーズ」と勘違いしてしまうが(=^_^=) 「シャガデリック・ベイベ〜、イェ〜!(Shagadelic baby yeah!)」とか叫ばないので、見分けるのにさほど苦労はしないだろう(=^_^=) 

〜 こんなトコも 〜

・仲間の事を「サイドキック(SideKick)」と言う・・のを耳にするのは『キックアス(2010)』以来だ(=^_^=)
・(南北戦争時代の)北軍の事を「ヤンキー・ネーション(Yankee Nation)」と言ってたようだ。
・当時、欧州で“最も有名なアメリカ人”と言えば・・作家=マーク・トウェインとジェシーの2人だった。
・撃たれる寸前、ジェシーは背後に立つ人物が銃を構えるのを「確かに見ていた」ようだ。
・死後1年が経ち“舞台化”されたジェシーの生涯。クライマックスの暗殺シーンで「あの絵、埃が・・」と呟きながら、銃声が響くまで、ひたすら所在なげに毛ばたき(?)を左右に動かしてるジェシー役の男優さんが、悲劇なのに何だか面白い。
・2組の兄弟が“軸”になってる点は、少しばかり興味深い。
・踊り子=ドロシー・エヴァンスを演じたのはズーイー・デシャネル。あの立ち位置からするに“友情出演”的なモノやろか?
・米国人の観客なら、(老いも若きも)もっと“ジェームズ・ギャング団”に詳しいンやろか? 我々日本人からすれば「メンバーが誰と誰」みたいなレベルになると、もはやサッパリついてけないワケだが。。
・静かに、心地良く響くスコア(楽曲)群は、ニック・ケイヴ氏の手によるもの。
・製作スタッフが豪華過ぎてスゴい! リドリー・スコット、トニー・スコット、そしてブラピご本人の名も!

〜こんなセリフも 〜

ジェシー「ひざまずいて祈れ。殺すから」
    「俺に指図するな」
    「憧れてるのか? この俺になりたいのか?」
    「汚い部屋だ。お前にゃ女房が必要だな」
    「(俺に関する)どんな噂だ? 具体的に言ってくれ」
    「“裏切り”は道義に反するよな?」
    「半端な事じゃ、この俺は騙せないぜ」
    「俺に関する噂なら、そこにいるボブが詳しい」
    「俺が“何をしにここへ来た”か、聞いてから2階に行け」
    「“(外へ)出ないか?”ってのは・・“罰を与える”って事だ」
    「数える度に、夜空の星の数は変わるのさ」
    「必要とあれば・・ジェシーは殺すんだ・・そして(今回も)殺した」
    「何か話す事はないか? もし何か“告白する事”があるなら、
     今ここで吐き出しちまうのが“最善”だと思うがな」
    「俺のそばじゃ安らげんか?」
    「この俺も哀れんでくれ」
    「現世なんて、薄汚いだけさ」
    「ボブは頼りになる。使える男だ」
    「お前からは“悲しみ”を感じる・・頭の中で考えが巡ってたろ?」
    「(新聞によれば)俺は1万人に2人しか信じず、
     その2名も疑うそうだ」
    「道を踏み外しちまったんだ。そして、自分が荷物になって来る」
    「あの絵、埃が・・」

ボブ「ジェシーは・・ただの人間だよ」
  「“喝采”は、なかったんだ」

フランク「ランタン(灯火)を消せ。互いのタマを撃ちたくなきゃな」

団員「女の望みを予想し、先手を打て・・恋文でな」
  「かように女の言葉は、流れる水か空気の如し」
  「隠れて何か企んだら、ジェシーはそいつを容赦しない」

ナレーター“無法者は常に放浪する”
     “彼はボブを「愁いに満ちた眼」で見つめた・・
      まるで「会話する」かのように”

ジェシー「秘密を護れるか?」
ボブ「・・その秘密による」

ジェシー「お前、音もなく背後に忍び寄るんだな?」
ボブ「不意をつくのは、これを最後にするよ」

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