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2011年9月14日 (水)

☆『利休(1989)』☆

11日(日曜)の夜。
BSP(プレミアム)で、22:00〜0:25に渡り放送された“山田洋次監督が選んだ日本の名作100本/家族編”のこの日の1本『利休』を・・1時間40分の遅れで(⌒〜⌒ι)「帰松後」に観た。

21時頃に大阪を出発したもんで、これでも頑張って観れた方だろう(=^_^=)
まぁ「物語を楽しむ」と言うよか「作品(世界)の雰囲気に触れてみる」ってのを念頭に置いてたので、後半だけながら、それはそれでしっかり叶ったように思う。

如何にも“ソリの合わなさそな(=^_^=)”千利休(三國連太郎)と太閤=豊臣秀吉(山崎努)の関係が、みるみる悪化してってて・・作品も後半ともなれば「重く、暗く、面白くなく」の3点がバッチリと“フルコンプ”されてるし(=^_^=)

どうやら、利休が(秀吉を思い遣るが故に)“唐(から)討ち=朝鮮出兵”を諌めようとしたのが、両者に決定的な「深い溝」をもたらしてしまったようだ(本作の解釈では)。

・・

BGMがやけに少なかったり、秀吉のメイクなんかが妙に“ドウラン過多”な感じで・・何だか『影武者(1980)』『乱(1985)』辺りの“神通力の著しく低下して来はったク※サワ監督”の作品群を眺めてるような「違和感」を覚え続けたりもした。

また、本作を紹介する予告番組(?)の中で、案内役=山本“カントク”晋也さんが「尾張弁のやり取りに、寛いだ雰囲気が巧く表れてて良い」と仰ってた(←確か)が・・確かに、

「どぉぞ、赦(ゆる)したって頂戴(ちょぉでぇ)あそばせ」
「関係にゃあ事はにゃあ」
「御苦労で御座(ぜ)ぇあました」

みたいな「ムキ出しな口調」が突然に出て来たりして“良いアクセント”にはなってたかな、と(=^_^=)

一方で“ワダエミが200着もの衣装を準備”“勅使河原(てしがはら)宏監督は『華道草月流』の3代目家元”“1000万円以上もする、敷物(=絨毯)の使用されるシーンがある”・・などと、スペック面で「欠けてる何か」を必死に(?)補完しようとしてるトコが、少しハナについたりもしたかなぁ・・(・ω・)

〜 こんなセリフも 〜

利休「何を(殿下に)詫びるのか?!」
  「誰も彼も、この儂(わし)を這いつくばらせる気だ」
  「殿下に頭を下げねばならぬ事など、何1ツしてはおらぬ」
  「儂とて死にとうはない・・さりとて唯、生きていようとも思わぬ」
  「儂は意地を張っているのではない・・だが、1度頭を下げれば、
   一生這いつくばって生きねばならなくなるのだ」
  「後は、お前たちに任すか」

光成「流石に、殿下なればこその御裁断と・・
   光成も、是にて安堵致しました」
秀吉「・・そちは、儂を舐めていたのだからな」

追伸1:「朝顔を1輪、(茶室の)床の間に生けて秀吉を迎える」ってエピソードは観ておきたかった(×_×) でも、その1輪がしおれてたら・・やっぱし切腹なんやろか(×_×)
追伸2:最期まで気高く生きた利休だったが・・ウィキによれば死後、獄門沙汰となってしまったようで・・(×_×)

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コメント

昨日、録画しておいたのを観ました。
利休の雰囲気がとても落ち着いていて、ぴったりでしたね。前半は利休より秀吉のほうが目立っていたかも(笑)
あんなにタイプの違うふたりが一時でも友情で結ばれていたのに・・・立場が違っていればあんなことにはならなかったかもしれませんね。

投稿: 宵乃 | 2011年9月15日 (木) 07時05分

宵乃さん、お早うございます。

昨夜も、激しく酔っ払ってました(×_×)
木曜の夜は、本来、ジョギングの日と決めてるのに〜

>昨日、録画しておいたのを観ました。

それはお疲れ様でした(=^_^=) 長かったでしょう。

>利休の雰囲気がとても落ち着いていて、ぴったりでしたね。
>前半は利休より秀吉のほうが目立っていたかも(笑)

前半など、特に「静と動」のキャラの対比が際立ってたのかも知れませんね。

>あんなにタイプの違うふたりが一時でも友情で結ばれていたのに・・・
>立場が違っていればあんなことにはならなかったかもしれませんね。

終盤、秀吉が2度、同じセリフ
「そちは、儂を舐めていたのだからな」
を言う(呟く)トコが印象的でした。

秀吉なりに面目を立てないと家臣が納得しなかったでしょうし、
2度目は自身に言い聞かせてたのかも知れませんね。

投稿: TiM3(管理人) | 2011年9月16日 (金) 05時58分

こんにちは。

今年のNHK大河でも、秀吉と利休の「蜜月」から「スリリング」、やがて「最悪」なる関係になっていく様が興味深く描かれていました。

>利休が(秀吉を思い遣るが故に)

大河では、秀吉が利休の中に“決して自分には持ち得ない”才能と気高さを感じ、感じるが故の執着が仇となったという描き方でした。概ね、同じだと感じますが。

>秀吉のメイクなんかが妙に“ドウラン過多”な感じで・

これは過去の他の大河作品での秀吉にも言えるケースが多かった気がします。実際、秀吉本人が老醜を隠すために何らかのコトをしていたのでしょうか?? いえ、晩年の狂気に駆られたような秀吉を演出するためのものだったのでしょうね、やはり。

映画を観ずに大河ドラマを引き合いに出してのコメント、すみません。

投稿: ぺろんぱ | 2011年9月19日 (月) 10時26分

こんばんはです、ぺろんぱさん。

高松市中心部(特に市役所界隈、、)に向け、ウォーキングに出発
しようと考えてる一方「雨が降ったり止んだりで面倒やな〜」って気持ち
も芽生えて来、せめぎあっておりまする。 ←戦国武将かよ!

>今年のNHK大河でも、秀吉と利休の「蜜月」から「スリリング」、
>やがて「最悪」なる関係になっていく様が興味深く描かれていました。

秀吉役が「リターナー溝口」で、利休役が阿蘇上空で火山攻撃を受けた「山本総理」なんですね〜。

何て個性的なキャスティングなんだっ!(=^_^=)

>大河では、秀吉が利休の中に“決して自分には持ち得ない”才能と
>気高さを感じ、感じるが故の執着が仇となったという描き方でした。
>概ね、同じだと感じますが。

どうなんでしょうね。大河の内容については、ウィキを読んでみましたが・・

本作では「三成ら(家臣)に対し、しめしをつけるためのお沙汰」って
印象もありました。

ところで、大河の方は「本能寺の変」直後の、明智光秀が改心(?)するような
演出もあって興味深いですね。

どこかで読んだのは、明智の「信長が原因で、母親を殺された」「献立を巡り、信長に恥をかかされた」などの恨みの積み重ねが、とうとう
爆発した・・みたいな理由でしたが(・ω・)

>実際、秀吉本人が老醜を隠すために何らかのコトをしていた
>のでしょうか?? いえ、晩年の狂気に駆られたような秀吉を演出
>するためのものだったのでしょうね、やはり。

どうなのでしょう、、
御簾(みす)の向こうに座し、素顔をさらさない、とか代替案(?)は
幾つもあったようにも思いますが・・(・ω・)

>映画を観ずに大河ドラマを引き合いに出してのコメント、すみません。

ワタシこそ逆に、大河を観ずにコメントしてしまい、すみません(=^_^=)

投稿: TiM3(管理人) | 2011年9月19日 (月) 20時09分

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