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2011年8月 7日 (日)

☆『小川の辺/おがわのほとり』☆

4日(木曜)の夜。

四国圏内の某県某市に1泊出張したワタシだったが、割合にテンポ良く(1日目の)仕事をこなせた事もあり、それをささやかに祝う意味も込め(=^_^=) 某イオン内にある“TOHOシネマズ”に立ち寄り、夕食と共に上映中の新作を2本ほど“ハシゴ鑑賞”して来たのだった。

しかし・・久しぶりの劇場鑑賞だったもんで、チケットを買う時とか、妙に緊張してしまったなァ〜(=^_^=)

んで、1本目は藤沢周平の時代小説を原作にした『小川の辺/おがわのほとり』。

以前、浜村淳さんが朝にオンエアしてる某“感謝系”ラジオ番組で紹介され、彼の流暢な語り口(=^_^=)に「思わづ観たくなっちまった」のだった(⌒〜⌒ι)

現在の山形県鶴岡市にかつて存在した海坂(うなさか)藩では、脱藩した藩士=佐久間(片岡愛之助)を討つべく差し向けられた中丸徳十郎が病気により帰藩し、藩主以下、焦りと苛立ちを日々募らせていた。

家老(笹野高史)の命により“次なる討手”に指名された戌井朔之助(いぬいさくのすけ:東山紀之)は静かな表情ながら、心中では動揺を抑えられないでいた。

と言うのも、佐久間は同じ道場で“直心(じきしん)流(剣術)”を学んだ親友であり、共に出奔した彼の妻=田鶴(たづ:菊地凛子)こそは戌井の“実の妹”であったのだ。

そしてまた、藩の農政を“上申書”でもって痛烈に批判した佐久間の“不器用さ”“生真面目さ”も、戌井にしてみれば「民を思うが故の、彼の正義・正論」であるかに思われたのだ。

しかしながら・・上意(藩命)は絶対。

戌井は同行を強く望んだ、(彼ら兄妹にとって)幼馴染みでもある奉公人=新蔵(勝地涼)を連れ、佐久間夫妻が潜伏していると見られる、下総(しもうさ)の行徳(ぎょうとく)宿(=現在の千葉県市川市)に向かうのだった・・

藩命に従い、親友を斬るのか? そしてまた“武士の妻”である以上、佐久間と共に手向かって来る、自らの妹を斬るのか? ・・ってな“かなり重いテーマ”を常に引きずりつつ、物語は進行して行くのだが・・演出がヘタなのか、ミスキャストだったのか・・観てて「全く、切なくも、悲しくも感じない」ってトコが、まず“ダメダメ”だった(×_×)

観客みんなが“その点”にのみ期待感(?)を募らせとる以上、もうちょいと何らかの“描き方”“高め方”があったハズなのに・・余りに淡々と、ハナシが進むのだ。

そこに加え、笹野さん、尾野真千子(戌井の妻=幾久(きく)役)、藤竜也(戌井の父役)・・なんてな豪華俳優が、本筋に殆ど絡めておらず「(必ずしも)生きてなかった」点も辛かった!

「主要キャラの1人が、なかなか画面に登場しない」ってトコも・・「巧いなァ〜」と言うより「引っ張んなよ、そこで!」的なツッコミが先に口をついて出てしまったり(・ω・)

そんな事で「勝手に自身の中で切なさを高め過ぎてしまうタイプ(?)の観客」にとっては、総じて「しょっぱい1作」でしかなかった気がする。

〜 こんなトコも 〜

・中丸徳十郎に一体ナニがあったんやろ? 詳しい事情が(劇中で)全く明かされないが故、妙に消化不良感が残る(×_×)
・鹿澤堯伯(しかざわぎょうはく:西岡徳馬)やら、ボケ藩主(=^_^=)やらの“巨悪”の置き位置もイマイチだった。私的には、あんな藩主なら、とっとと“隠し剣・鬼の爪”を(心の臓に)放っとくが吉(きち)と思うんだが・・
・海坂から江戸を経由し行徳宿へと向かう戌井&新蔵。それなりに「ロードムーヴィーな味わひ」はあるモノの・・どうにもすれ違う通行人が「時にわざとらしく」も映ってしまう(・ω・)
・1シーン、上半身裸体となり井戸水を浴びるヒガシの、何と(ボディの)引き締まっとる事か!!
・凛子ちゃんのオッパイは観たくねぇ〜(⌒〜⌒ι) ・・ほっ。
・「十王峠」って山形県内にあるんやろか?
・“さや侍”ならぬ“たけみつ侍”が登場。その名、秋山又十郎と云ふ。

〜 こんなセリフも 〜

戌井「其の御命・・請け兼ねまする」
  「田鶴は、手向かって来るであろうな」
  「これからは、良い季節になろうなぁ」
  「佐久間は・・“真っ直ぐ過ぎる男”なのだ」
  「ゆっくり、参ろう」
  「田鶴は、ああして草鞋(わらじ)を結んでやれたであろうか?」
  「武士と言うものは、誠に難しいものだな
  「お前・・其の為について来たのか?」
  「“もしもの事”があったら・・後を頼む」
  「上意で御座る。赦されよ」
  「其れは何の真似だ? “抜くつもり”だったのか?」

新蔵「このまま、参りましょう!」

佐久間「やはり、お主か」
   「この身なりだ。少し時間を貰えぬか?」

田鶴「お兄様は、嫌!」
  「私と居るのは嫌?」
  「・・“淋しい”と言って」
  「佐久間の妻として、このまま見逃す事は出来ません。
   立ち合って頂きます」
  「それは“卑怯な言い方”です」

幾久「いつもなら、とうに咲いておりますのに」

父「お上の措置を、とやこう言ぅてはならぬ」
 「お上の寛大さにも限りがあろう」
 「“その時”は・・田鶴を斬れ」

母「あれは・・何処まで不幸せな娘であろ」
 「あの娘は今、幸せなのであろうか?」

家老「“修羅場”になるやも知れん」
戌井「其れも、止むを得ぬかと」

藩主「無礼が過ぎはせぬか?」
佐久間「御無礼は承知の上で御座居ます」

佐久間「ようやく“3本目”だな」
戌井「ああ、そうだな」

追記:「海坂藩」そのものは架空の藩である。実在したのは「庄内藩」との事。

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