« 2011年7月 | トップページ | 2011年9月 »

2011年8月31日 (水)

☆『神様のカルテ』☆

30日(火曜)の夜。仕事終わりに(巧く)時間が取れたため“ワーナー・マイカル・シネマズ高松”に向かい、期待値をやたらと(=^_^=)高めてた新作邦画『神様のカルテ』を観て来た。

現役の医師=夏川草介氏(←ペンネームらしい)による、同名小説の映像化。

“地域医療”と“ヒューマニズム”をテーマに(なの?)、若手内科医である主人公が大きな“選択”を迫られ、1人のとある末期がん患者に与えられたヒントを得る事で、それを乗り越え成長してゆく物語。

長野県松本市。“24時間365日対応”をうたう本庄病院は「何処にこんな数の住民が?」と当直医が驚く程の救急患者が、毎夜ロビーを賑わせる地元医療機関。

そこには、夜勤+常勤の「狂った」勤務シフトを“若さ”のみを武器に乗り切っている、青年(消化器)内科医がいた。彼の名は栗原一止(いちと:櫻井翔)。
『草枕』『こゝろ』などの夏目漱石の小説をこよなく愛する彼は、(それ故の?)古風な言葉遣いや、妙な形状のパーマ頭も災いしてか(?)・・院内で“変人扱い”されてもいた。

だが、その丁寧な診療スタイルによるモノか・・彼が“当直”となる夜は、急患がいつもの1.5倍(?)も詰めかける事から「引きの栗原」と呼ばれてもいる。

・・

時に35時間にも及ぶ重労働をこなし、クタクタになって帰宅する彼を優しく迎えるのは・・プロの山岳フォトグラファーでもある、結婚1年目の若妻=榛名(はるな:宮崎あおい)だった。

互いを“イチさん”“ハル”と呼び合う2人は、高台に建つ『御嶽旅館』と言う和風な民宿に“男爵”と呼ばれる中年画家(原田泰造)や“学士殿”と呼ばれる大学院生(?)と共同生活している。

ある日、一止の所に、安曇雪乃(あずみゆきの)と言う老婦人(加賀まりこ)がやって来る。大学病院に見放された彼女は、一止を慕い「最期まで見棄てず、ここで看て欲しい」と静かに訴える。
雪乃を診療するや、すぐに彼は「(胆のうがんで)手の施しようのない事」を知るが・・他の病院に押し付ける事はせず「責任を持って引き取る」と応える。

そんな中、古参の内科部長=貫田(ぬきた:柄本明)の密かな手回し(?)により、信濃医大の医局から「研修参加の誘い」を受ける一止。

同医大の“内視鏡外科の権威”高山教授(西岡徳馬)に気に入られた彼は「10月に、ドイツからオルドリン教授を招いての“内視鏡セミナー”を開催するから、必ず参加してくれ給え」と誘われる。

しかし、その日・・10月20日は、奇しくも雪乃の“恐らくは最期の”誕生日と重なるのだった。

「近くの患者に寄り添うか」「遠くの夢に向かって助走するか」・・バッティングしてしまった2ツの予定の間で揺れる一止。

貫田や、榛名の暖かい気遣いを感じながら、彼が自ら下した“決断”とは・・

“僻地医療”“ヒューマニズム”を軸にした作品と言えば『ディア・ドクター(2009)』と言う作品が先に存在したが・・あちらより「泥臭さ」のはるかに(?)薄い分、すんなりと作品世界に入ってける感はあったか。ま、あちらはあちらで、もの凄い「吸引力」を有してはいたんだけど(・ω・)

物語はある意味「既に始まってたハナシが、そのまま終わってった」って風でもあり、さほど大きな事件もなく、淡々と暮れて行ったようにも見受けられたし、世界全体としては「予定調和な、単調なドラマ」にも見えるワケだが・・そこをベテラン勢(柄本、加賀)+中堅ドコ(宮崎、池脇)がガッチリとサポートしてるので、決して退屈するって事はなかった!

一方で『御嶽旅館』を巡る“一止のオフのドラマ”や“イチ&ハルのエピソード(馴れ初めとか)”が断片的にしか描かれず(セリフの中ですら殆ど語られず)・・即ち「オン」と「オフ」のドラマの切り替えが「唐突過ぎる!」と言おうか、有機的に繋がってなくて失敗しとる気がした(×_×)

それに、折角“夏目漱石”をネタ(=下敷き)の1ツにしてるんだし・・もっと登場人物らのキャラを“際立たせて”も貰いたかったモノだ。

“古狸(=貫田)”“ドクトル(=一止)”“男爵”“学士殿”“姫(=榛名)”と言ったニックネーム群が、総じては放ったらかしにされ、次第に萎んで行ったようにも思えた(×_×)

また、総じて「どの場面でも、画面が何処か締まらない」印象もあった。上質&感動的な作風を貫いてたが故、残念なトコだ。

即ち、1シーン1シーンの吸引力は『悪人(2010)』に劣ってたし、(ロケーションの)映像美の挿入具合のヘタさは『おくりびと(2008)』に劣ってたかな、と。

〜 こんなトコも 〜

・主人公の進む(=選んだ)道に関し「観客にその解釈を委ねる」トコや「敢えて正解を示さぬ」トコは、印象深く、好感が持てた。
・本庄病院の院長やら『御嶽旅館』の経営者は不在なんやろか?
・外村看護師長(吉瀬美智子)や砂山医師(要潤)、水無看護師・・と言ったキャラ陣のインパクトが「瞬間風速的」に過ぎた。彼らの言動をもっと巧く劇中に配せたら、更に物語は面白くなったろうに。
・とある居酒屋での「バッタリ演出」が異常に(?)多くて笑えた。本庄病院の界隈には、あそこ1軒しかないんやろか?
・“ST上昇”“ダイセクション(解離性大動脈瘤)の疑い”“カプノグラフ”“ステッドマン医学大辞典”“識別救命”“内視鏡による粘膜下層の剥離術”“肝門部に浸潤”“シスプラチン&ゲムシタピン(抗がん剤)”“AOSC(急性閉塞性化膿性胆管炎)発症”“ラインとって採血”“ヘモグロビンが6を切っている!”“アミグランド”“30分前のバイタルは?”“ASYSTOLE”と言った医学ネタの名称&セリフが、解説もないまま“容赦なく”飛び交ってた。。一般人も「知って、慣れとくべき」レベルなんやろか?
・骨にがんが転移すると、激痛と化すそうだ(×_×)
・“抗がん剤は身体を蝕む”ってな主人公の独白も印象的だった。
・患者さんの「大量下血の現場」に遭遇してしまい、固まってしまってる研修医のしとの演技がリアル過ぎ!(⌒〜⌒ι) ベテラン看護師に叱られてたし・・
・本庄病院では、日立製のPHS『D6-II』が使われてた。
・医療監修は今井寛と言う方。きっと“臨床の鬼”みたいなドクトルなんだろう(⌒〜⌒ι)
・アルコール依存症な患者の役で、でんでん氏が登場! 今回は「ボディを透明にする」とか言い出さなくてホッとした(=^_^=)
・「あおいちゃんファン」は言うに及ばず・・(=^_^=) 恐らくは、総ての男性観客の欲した“とあるシーン”は・・当然ながら、すっかり「カット」されてたのだった(×_×) “ディレクターズ・カット完全版”に期待☆ ←絶対ないってば!

〜 こんなセリフも 〜

一止“此処へ来ると、いつも思う。
   『この町の何処に、これだけの人間がいるんだ?』と。
   昼間は、地下にでも隠れているのだろうか?”
  「信濃大にお願いします。ウチじゃ受けられません」
  「痛いね・・でも、私を睨んで貰ったって、困るね」
  「“受け入れ拒否”した患者も、いましたよ」
  「・・そのビールも(アルコールだから)棄てて下さい」
  「モルヒネで痛みが止んでも、呼吸まで止めてしまっては意味がない」
  「1人の患者だけに拘(こだわ)ってると、危険だ」
  「しかし、前にも言った通り、私は“妻のある身”で・・」
  「何たる失態・・」
  “家族が到着するまでの30分間の「心マ(=心臓マッサージ)」によって、
   患者の肋骨は総て折れた”
  “一体、お前は何をしている?”
  “悲しいのは、苦手だ”
  「案ずるな。これが私の仕事だ」
  「面目ない」
  「私は、遊んでいた訳ではないのです」
  「社会と言うのは・・普通に社会です」
  「次の外来、何時(いつ)にしましょう?」
  「要するに、君は“大したもの”だった」
  「“結局”とか“結果的に”とか、そんな事は重要じゃないよ」
  「だから“この窓”なんだ・・」
  “痛みの訴えはないが・・痛みはきっと強い
  「確かに・・夢を叶え、医者になった。けど、何を頑張ればいい?」
  「すくっても、考えないようにしても、生命がこぼれ落ちてく・・
   こんな筈じゃなかったのに・・。
   毎日、迷ってるよ。“これでいいのか?”と。
   “自分のなりたかった医者はこうだったのか?”と」
  「学問に必要なものは、気概であって、学歴ではない。
   熱意であって、建前ではない」
  「どっちに行ったら、いいですか?」
  「私はつくづく・・私が分からなくなりました。
   自分が何をしているのか・・どうしたらいいのか」
  「死亡を確認・・お疲れ様でした」

榛名「イチさんが背負い込んだ荷物を、軽くして頂くようお願いしました」
  「泣いてますよ・・イチさんは今も。
   ただ、涙を流さなくなっただけです」
  「万歳をします!」
  「大丈夫ですよ。イチさんは、大丈夫」
  「もう少し、隣にいて下さい・・座って」
  「いいんです・・“神様は神様”ですから。
   ちゃんと“届いた”でしょう?」

雪乃「“あと半年”って言われちゃった」
  「迷惑ですよね? こちらでも看て頂けないですよね?」
  「約束ね、先生」
  「“一”が“止まる”・・繋げると“正しい”って字になるのね」
  「本当に大切な事は、最初にあるのかも知れない
  “「病む」と言うのは、とても孤独な事です
  “私にとって、それは『神様のカルテ』でした”

外村「ユンケルなら、買ってあるわ」

東西「傍(そば)で背中を擦(さす)ってあげるしか、出来ない時もあるの」
  「“無力である事”を認めないと、続けられないよ、この仕事」
  「今の時間を、少しでも楽しく過ごして下さい」
  「私たちの方こそ、励まされてますから」
  「ドーパミン、準備出来てます」

貫田「智に働けば、角(かど)が立つ。情に棹させば、流される。
   意地を通せば、窮屈だ。・・兎角に、人の世は住みにくい」
  「35時間労働、行って来い!」
  「アタマを使って考えちゃダメだ。ロクな事にならないよ」
  「いいよ。行っといで。後、みとくから」
  「こっちの方が楽しいし、結局・・向いてなかったんだね」
  「なぁんだ・・“あいつ”の言う通りだな」
  「言っとくけど・・後悔するよ」

砂山「医局による(医師の)派遣で、地域医療は成立している」
  「大学では、噂が速いからな」
  「気を付けろ。1人の患者に入り込み過ぎるな」
  「何がしたい? 何をやろうとしてる? いい加減に分かれよ!」
  「お前は“多くを救える、選ばれた人間”なんだよ!」
  「人を余り、ガッカリさせんなよ」

高山「熱意と技術のある方なら、いつでも歓迎ですよ」
  「君を買っている」

男爵「描きたいのに、描けんのです」
  「今だからこそ“特別な1枚”を描かねばならんのです」
  「昔の“追出し会”は、いつも盛り上がったなぁ」
  「でも、こうして良かった。こう出来て、良かった。
   貴方の為に、此処を“台無し”に出来て良かった

ニーチェ“苦しみを共にするのではなく、
     喜びを共にする事こそが、友人をつくる”

患者「まだまだ6合は行けますよ!」
  「酒を止めろと言われて、止められますか?」

一止「当直・・今日は眠れると思ってたのに」
外村「それは、私のセリフです」

砂村「考えたって“治療法”なんかないぞ」
一止「治療法を考えるんじゃありません。
   “本人にどう話すか”を考えるんです」

雪乃「それじゃ、此処に置いて貰えるの?」
一止「勿論です」

一止「ハルは、私が死んだらどうする?」
榛名「私より先に死んだら・・悪口を言いまくりますよ。
   だから・・1分1秒でも、私より長生きして下さい」

貫田「“在野の道”は厳しい。この激務が一生続くと・・
   必ず気が滅入る・・バカだなぁ」
一止「挫(くじ)けそうになったら、助けて下さい」

追記:ワタシの大好きな(=^_^=) 漱石の小説『夢十夜』の、第6夜がネタとして登場したのが、嬉しかった! ところで、現役の医師さんってば、どんな夢を見るんやろ・・?(・ω・)
「崖っぷちで、数千・数万もの患者が迫って来る」とか?!(⌒〜⌒ι) ←それってば第10夜!

| | コメント (6)

2011年8月28日 (日)

☆『オールド・ボーイ(2003)』☆

25日(木曜)の夜、仕事からの帰宅後。

一応は恒例の・・しかし、今春以降(⌒〜⌒ι)すっかりサボり気味になっとる“ジョギングイベント”は、降雨により中止となった。
さほど、劇場にクルマで繰り出してまで“レイトショーを観に行きたい新作”のあるワケでもなく「ハテ、どうしよう?」と少し考えた結果「そや、ぼちぼちHDDレコーダーに録(と)り溜めとる、ごまんとあるヤツを鑑賞し、片付けていかないと!」と突然に“断捨離意欲”が高まりを見せたため、久々にレコーダー内を覗いてみる事にした。

一番最初に録った番組が、どうやら2007年の秋頃らしく「どんだけ放置しとんねん!」と我ながら驚いた(=^_^=) 必然的&付随的に録画されてしまってるCMの中では、小島よ※おが妙に目立ってる印象で、それはそれで強烈(=^_^=)

夏目漱石の小説『夢十夜』風に言えば「4年はもう来ていたんだな」ってトコやろか(・ω・)

んで、手帳にメモしてる「観たい/観なきゃなんない作品群」の筆頭格に挙げられてる(=^_^=)韓流サスペンス『オールド・ボーイ』を、25日(木曜)&26日(金曜)の2夜に分けて観た。

(『オールド・ボーイ』を観始める前に、同様に“録画後、長年放置状態”にあり、後年の放送時に鑑賞済な『ガス灯(1944)』『スター・ウォーズ・エピソード3/シスの復讐(2005)』をそれぞれダイジェスト的(?)に再鑑賞⇒削除する作業を行ったため、時間がかかってしまい、2日に分割せざるを得なくなった次第)

ネットで調べると、2007年12月27日(深夜)に『MBSシネマスペシャル』でオンエアされたもの。
“2004年カンヌ国際映画祭”でグランプリを受賞。

・・

とある雨の夜。そして、独り娘=ヨニの4歳の誕生日。
プレゼントを抱えた、27歳の酔ったサラリーマン=オ・デスは、理由も分からぬままに何者かに拉致されてしまう。

「何故、自分がこんな眼に遭わなければならないのか? そして誰が?」
「此処がどう言う場所で、いつまでいなければならなのか?」

も掴めぬまま、何処かのマンションの1室でテレビのみを“情報源”に与えられ、監禁し続けられるオ・デス。

やがて・・月日は経ち、15年後。

“催眠術”を施された後、某マンションの屋上に放置された「スーツケースの中」で突然目覚めた彼は「人生の15年を奪った犯人に復讐する」ため、行動を開始するのだが・・

パク・チャヌク監督による“復讐3部作(←どんな呼び名だよ!)”の2本目を飾ると言う本作。
(因みに、残る2作は『復讐者に憐れみを(2002)』と『親切なクムジャさん(2005)』)

良く考えたら(?)荒唐無稽で、製作側の「どや?!」的な“独りよがり”感がプンプンと漂って来るんだが、とにかく作品の放つインパクトってばモノ凄い!

・中盤までの展開の面白さ
・中盤で“黒幕”が姿を現してからこそ、より物語が“濃く”“暗く”なる演出
・物語終了後に残る、妙な“後味”の悪さ
・総じて、防戦一方(=してやられっ放し)だった主人公

などの要素は、どうしても『セヴン(1995)』を連想させられてしまう。

前半で、すぐ“監禁場所”を突き止めるオ・デスの推理力&行動力は爽快だった(=^_^=) 「早っ!」って突っ込める。

続く、15〜20人ぐらいを相手にガチでケンカするシーンは「長回し撮影」の効果もあり、なかなかスゴい! 背中に刃物(?)がぶっすり刺さってんのに、戦闘力の殆ど低下しない主人公には・・“神的なモノ”すら感じてしまったり(⌒〜⌒ι)

そして、韓国人の「狂気」と言おうか「猟奇さ」と言おうか・・徹底した“暴力性”“復讐完遂意欲”にアタマが下がった(×_×)

決して高評価はしたくないモノの「物語の持つ吸引力」に関しては「観ておかなければならぬ1本」であると、そこは痛感したワタシである。

〜 こんなトコも 〜

・監禁から1年後に、奥さんが「受難」する演出の真相は、どうだったんやろ? 何とも描写不足で、良く分かんなかった。
・「それが“事実”だった」なら、※※※が噂を流した内容も、少しは大目に見てやって良くはないのか?
・「主人公が記憶を奪われてた」ってトコは、物語の“軸”でもある以上、余りに不親切だと思うんだが・・
・ジュファンがいきなり「受難」する場面のみは、主人公がジュファンになってて、奇妙だった(・ω・)
・韓国には「この手の商売」が実在してそうでコワい。
・韓国人の「狂乱した時に取る行動」が衝動的過ぎて、そっちがコワかった。いきなり※※をハサミで斬り落とすなんて(×_×)
・あのラスト・・少しは「ハッピーエンド」なんやろか。でも、今後はちゃんと“対策”してよね(⌒〜⌒ι)
・本作、原作はニッポンの同名コミック(1996)である。そう言えば、どっかで1話目だけ、コミック版を読んだ気がする。
・ハプチョン(合泉)ダムは実在するようだ。
・警護室長役のしと(白髪+短髪+ガッシリ系)が、やたらと自信満々な感じで存在感あった。スピンオフ作品が観てみたい(=^_^=)
・今回は日本語吹替版だった。チェ・ミンシク(オ・デス役)を磯部勉氏、ユ・ジテ(イ・ウジン役)を関俊彦氏が演ってはったそう。とんと声優さんに疎くなったので「津※山正種氏vs池※秀一氏」かな、と勘違いしてもた(×_×)
・チェ・ミンシクさんは後年の『悪魔を見た(2010)』でもヒドイ役だった! 他愛ないコメディ作とかには主演されとらんのやろか?
・先に「墓参」してたら・・展開も「大きく」変わったんやろね。。
・中華料理店『青龍』や、日本料理店『地中海』、美容室『水車』ってのは、実在するの?
・「リスパダール」「バルビツール」「後催眠暗示」など、精神医療分野にも踏み込んでる。
・本作に『逃亡者(1993)』や『メメント(2000)』なんかのエッセンスを巧く練り込めば・・まだまだ「面白い物語」は造り得る気がする(=^_^=) もし、書くしとがおられたら「後味良く」「難解にならぬよう」お願いしますネ(=^_^=)

〜 こんなセリフも 〜

オ・デス「“俺の事を、話したい”と、言ったんだ・・俺の、名前は・・」
    「何で、俺が此処に閉じ込められたのか、それだけ教えてくれ!
     ・・理由ぐらい分かんなきゃ、やってらんねぇよ!」
    “あの時「あいつら」に、15年だと聞かされていたら、
     少しは気が楽になったかも・・ならなかったかも”
    “メロディはガスの合図だ”
    “もしあなたが、雨の降る日に公衆電話の前で、
     紫の傘をさした男に会ったら、
     ・・是非、TVと親しくなる事をお勧めしたい。
     TVは時計であり暦であり、学校であり家であり、
     教会であり友達であり、恋人だ。
     ・・だが、俺の恋人の歌は、余りにも短い”
    “それなりに無難な人生だと思っていたが・・
     (獄中で)書く事は山ほどあった”
    “誰でもいい、待ってろ。あと少しだけ待ってろ”
    “とにかく、時間は刻々と過ぎて行く”
    「聞いてくれ・・俺は確かに、獣にも劣る人間だが、
     生きる権利はあるんじゃないか?」
    「俺の事を話したい。死ぬのはその後にしろ」
    “10年間のイメージトレーニング・・果たして実戦で役に立つか?”
    “初めて来た・・だが見覚えがある
    「あの部屋で、俺に催眠術をかけただろ? 何の催眠術だ?」
    “妻の墓を見舞うのは、あいつを殺してからだ
    “忘れるものか・・15年も喰い続けた味を”
    「お前が信じられない」
    “何故、あんな遠くから出前を取る?”
    「店長に言っとけ。餃子のニラを少し減らせ、と」
    “俺は、モンスターになってしまった・・
     この復讐が終わったら、元の俺に戻れるだろうか?”
    「俺の15年を、そっくり返してやる」
    「俺は・・そんなに口数が多かったか?」
    “監禁中に決心した・・「外に出たら誰も信じまい」と”
    「11年過ぎたら、馴染んだ」
    「まだ終われない・・復讐は今や“俺の一部”になってる」
    “これが、私の体験した冒険の総てです”

黒幕“その服は、気に入ったかな?”
  “誰だと思う?”
  “俺か? 俺は1種の学者・・「オ・デス学の権威」さ”
  “でも「俺が誰か?」より、大事なのは「何故か?」だ・・”
  “良く考えろ、今までの人生を復習するんだ”
  “授業が終わったから、次は宿題・・だろ?”
  “覚えておけ・・砂粒であれ岩の塊であれ、水に沈むのは同じだ”
  “逢いたいな・・早く来て下さい”
  “巌窟王はいるか? 元気かい? 俺を忘れるな”
  “あばよ、オ・デス”
  “オ・デスは・・口数が多過ぎるんです”
  “だが、覚えておくがいい・・鹿が猟師の手から抜け出すように、
   鳥が罠から抜け出すように、自らを救え”
  「そう訊く気か? ダメだな・・答えは自分で見つけなきゃ。
   これは“ゲーム”なんだから」
  「まず“誰か?”そして次に“何故か?”
   ・・問題が解けたらいつでも来い。採点してやる」
  「傷付いた者にとって、復讐は何よりの薬だ・・やってみるといい」
  「喪失感、苦痛・・総て忘れさせてくれる。
   言い換えれば・・復讐は健康にいい」
  「知ってるか? 人ってのは、想像力があるから卑怯になるそうだ・・
   だから、想像しない事だ。そうすりゃ勇敢になれる」
  「やっぱり“さっきの話”に戻そう。いいだろ? 絶対に面白いから」
  「“何故、監禁したのか?”ではなく“何故、解放したのか?”って事だ」
  「そんな頭で、どうやって自分の女を護るんだ?」
  「これから、何を“生き甲斐”にすればいいんだ?」
  「“俺たち”は承知の上で愛し合った・・お前たちに(それが)出来るか?」

ミド「分かるよ・・此処まで連れて来て、拒否するなんて、
   “ふざけるな!”だよね? ゴメンね」
  「いつか必ず、心の準備が出来たら・・思いっ切りヤろう・・イヤって程」
  「確かに、孤独には“アリの幻覚”がつきものだよね」
  「復讐するためじゃなく、理由を知るために戦って来たんでしょ?」
  「“それ”がそんなに大きな罪?」
  「愛してるよ、オジさん」

劇中の箴言“笑う時は世界と一緒、泣く時はお前1人”
     “総ては正しい道理に帰する”

※「俺に何か訊こうなんて思うなよ。俺は何も知らん」
 「憎いけど、殺せない奴。殺すだけじゃ足りないほど憎い女。
  ・・私共にお任せを」

オ・デス「記憶を消しといて“思い出せ”だと?」
黒幕「あの日の記憶のない理由? 何故、忘れたか?
   それは、お前にとって“他人事”だからだ」

| | コメント (0)

2011年8月27日 (土)

☆ちょこっと&ぼちぼち再開の“エエ言葉”☆

【2011.8】

新谷 弘実(アルバート・アインシュタイン医科大学外科教授)
 「水分は『水』でとることが大切です。
  なぜなら『水』でない飲料(お茶、コーヒー、ビール)は多飲しても
  これらの飲料に含まれる糖分やカフェイン、アルコールなど
  によって体内の水分が逆に奪われてしまうからです」

三浦 しをん(作家)
 「昨今では運動会などでも順位をつけない、と聞いたことがあるが、
  それは負けん気や向上心の芽を摘むような、おおげさに言えば
  人間の本能と矛盾するシステムである気もする」
 「いっそのこと『最弱』を競えばいいのではないかと思いついた。
  (中略) 『最強』を目指すほどの実力も精神力もないものにとって、
  『最弱王の座だけは何とか回避したい』というのは、さほど
  プレッシャーがかからず、さりとて自堕落になりすぎることもない、
  ちょうどいい目標値である」

北村 西望(彫刻家、1884-1987)
 「自分は天才ではないので、人が5年でやることを10年かけて
  でもやらねばならない」

森山 大道(写真家)
 「量のない質はあり得ない」
 「カメラを手に、欲望のまま、街を歩き続けられたら」

マシュー・マートン(プロ野球外野手、阪神タイガース所属)
 「感謝の気持ちを形にして還元することは人の助けになるばかりか、
  自分自身の人生を正しい方向に導いてくれる視点を与えてくれます」

あさの ますみ(作家、声優)
 「どんな言葉で修飾しようと、戦争とは、人と人との殺し合いです。
  しかも、殺した方にも殺された方にも、幸せはおとずれません」

大熊 由紀子(国際医療福祉大教授)
 「生活感のない病院の環境は認知症の症状を悪化させることを、
  日本の精神科医は認識すべきだ」

芳野 真砂基(岩手県陸前高田市の被災者)
 「頭で考えても事は進まないけど、行動すれば、
  1歩1歩前に行くんだな」

久保田 利伸(歌手)
 「大きいのは、あこがれの音楽が遠くにあったこと。
  いつも『ここじゃない、ここじゃない』という思いだった」
 「好奇心と探求心があると、休んでもいられなかった」

高橋 浩一(東京都港区の山王病院・脳神経外科副部長)
 「足をケガしたら、上半身を鍛える機会ととらえる。
  そんな発想の転換が出来るスポーツ選手が大成する」

大塚 ひかり(エッセイスト)
 「そもそも女子サッカーが強いからって日本の女全員が強くて
  偉いわけじゃない。『女は偉い』の『女は』と十把一絡げに
  している時点で、すでに差別的というか・・」

辻原 登(作家)
 「サラリーマン生活と違って、作家は感情が心の内にこもる」
 「文学は大学で学ぶものではない」
 「人間ってのは、本当は愚かで悲しいものなんです。
  心の中では嫉妬が渦巻いていて、自分でもコントロールできない
  感情が常にある」
 「人間が幸福な人生を展開するには、60年、70年
  といった時間が必要です」

蜂谷 徹(岩手県一関市の京屋染物店の3代目、故人)
 「袢纏(はんてん)には、絆(きずな)を纏(まと)うという意味がある。
  祭りで地域や仲間の絆を確かめ合うから、また1年頑張れる」

井上 陽水(歌手)
 「なんとなく面白いからやっている事がある時、
  形になったりならなかったりするんですけどね」
 「僕は平気で長期間休んだり、『信じらんない』みたいな
  ヒドイ作品もたくさんありますから」
 「もう、誰も音楽にお金なんか払わないですよ。
  (中略) 著作権なんて、西洋のある種の文化ですよね。
  絶対というわけでもない」
 「今や『発展ってどうなの?』っていう時代に来てますから」

アレックス・ターナー(英国のバンド『アークティック・モンキーズ』)
 「新作アルバムでは、用意した曲をふくらませるのではなく、
  そぎ落とすようにしていった」

佐々木 マキ(絵本作家)
 「『人は5歳にして既にその人である』という言葉があるそう。
  僕の中には今も5歳の自分がいる」

眉村 卓(作家)
 「生きている限り、悲しみのために立ち止まったままでは
  いられない。悲しみに耐える中で、少しずつでも楽しみを見つける。
  そこから、前に進む力が戻って来るのではないかと思います」

渡辺 保(演劇評論家)
 「批評の機能とは価値を創り出すこと。役者が作る舞台の創造的価値
  とは異なる価値を、批評の言葉で創り出さなければならない」
 「つまらない舞台を見ると人生を無駄にしたと思いますが、
  いい作品にぶつかった時は本当にうれしい。いい芝居を見ると、
  生きていて良かった、芝居好きで良かったと思う」

山本 浩之(関西テレビアナウンサー)
 「正しいことを正しいと言い続けることができる人間でありたい」

向井 理(俳優)
 「これまでの出演作品において、
  1つ1つ懸命に積み重ねてきた結果、今がある」

大野 忍(女子サッカー日本代表)
 「アメリカに力で対抗しても勝てないことは十分、
  分かっていました。粘り強い守備と、全員でボールを
  ゴールまで運ぶという『なでしこ』本来のプレーを心掛けようと
  全員が理解していたことが大きかった」

小林 弘幸(順天堂大学医学部教授)
 「自律神経のバランスを意識的に整えると人生は必ず好転します」
 「寝る前に次の3つについて日記を書くことをお勧めします。
  1.その日1番失敗したこと
  2.その日1番感動したこと
  3.明日の目標
  これを1年間続けると、365日の失敗や感動が見えます」

| | コメント (4)

2011年8月24日 (水)

☆『うさぎドロップ』☆

23日(火曜)の夜。

毎年、夏の終わり頃になると・・激しい疲労感に襲われ、ぶっ倒れたまま動けぬ程のダルさ&しんどさが2〜3日ほど続くんだが・・今年は「その時期」が、どうやら先週末の土日だったようである(←期間的に「前倒し」過ぎ?)。

金曜の午前〜土曜の午前にかけ、某県某市に“1泊コース出張”があったんだが・・無事(?)それを終え帰松⇒帰宅してからは、前述の疲労感にノックアウトされたか、殆どずっと断続的に自室で寝てた感じ(・ω・)

(明くる)月曜を迎え「やや持ち直したか」と思いきや・・その夜(=昨夜)も“午前様突入気味”のヨッパ帰宅となり、今朝まで引きずってしまった(×_×)

今日は、終日内勤のお陰もあり、夕刻迄には体力的に持ち直す(?)事が叶ったため、仕事帰りに商店街の中にあるミニシアター“ソレイユ”に寄り、狙ってた「某作品」を観るつもりだったが・・どうやら上映時間の都合がつかず、観られる作品は『あなたの初恋 探します(2010)』しか選びようがなかったので、流石に再度観るのはやめにし(←支配人さん、ホンマにスンマセン)・・久々に、高松の西方にある「イオン綾川」内のシネコン“ワーナー・マイカル・シネマズ綾川”にドライヴがてら出かけ、新作邦画『うさぎドロップ』ってのを観て来た☆

コミックが原作らしい本作。当然ながらそっちは読んだ事もなく、何の予備知識もなかったが・・「NAVER MOVIE」なる“My iPhone常駐系アプリ”(=^_^=)における評価ポイントがやけに高かったが故、興味を激しくそそられた次第。

21:45〜の開始時間(=最終上映)だったので“レイトショー料金”でコト足りたが・・やっぱり当然ながら、観終われば(昨夜同様)“午前様帰宅”となるのが必至でもあり「これはこれで、深夜の運転もリスキーだし、しんどいよなァ」と再認識させられたワケでもあった(⌒〜⌒ι)

和歌山出身の監督=SABU(さぶ)による「ハートフルな育メン(=積極的に育児を行う男性)」系ドラマ。

主演に松山“松ケン”ケンイチ&芦田愛菜(あしだまな)を迎え、その周囲を風吹ジュン、香里奈、中村梅雀、池脇“ちぃちゃん”千鶴、高畑淳子ら豪華俳優陣が固める(ゲストに過ぎないしともいるが)。

・・

祖父=鹿賀宗一の訃報で駆け付けた(故人にそっくりな)主人公=河地大吉(かわちだいきち:松山)は、リンドウの咲く祖父宅の庭先に佇む、寡黙な少女=鹿賀りん(芦田)に出会う。

聞けば、りんはどうやら祖父の娘(=隠し子)であり、その母親である女性は「吉井正子」と言う名前以外、何も分からず、遺族の誰も“その正体”“その消息”を知らないのだった。

親族会議(?)の中、親戚の誰もが“ちょっと変わってる”“可愛げのない”りんの引き取りを拒む中、大吉は“とある直感”から彼女を預かり、育てる事を決意し、その旨を電撃的に宣言する。

こうして、不器用な中年男と、6歳の早熟な少女との共同生活が始まるのだった・・

良くも悪くも「イマドキ」って印象の強かった本作。「“育メン”しますよ!」ちぅテーマ部分こそには、それなりの(ある種の普遍性をも感じさせる)インパクトがあるんだが・・ 物語として、そのテーマ(と観客の期待感)を「大きく超えるまでのモノ」はなく、つまりは「俳優陣(=スペック)に依存した、予定調和なおハナシ」の域を脱してはいなかったか。

私的には「大吉と言う人間の、ある種の(暴走気味な)危うさ」「“吉井正子”と言う女性の、正体とその心情」とか言った部分に“サスペンス性”を望んだりもしたんだが・・その辺の演出やディテールも余りに薄く、そこはガッカリさせられた。

巷では「可愛い!」と評判の(?)愛菜ちゃんだが、、私的には「育つほどに、可愛くなくなって行きそう」とか「ウチの姪っ子の方がよほど可愛いんじゃ?」とか思ってしまった。つまりは「好きずき」「叔父バカ」なんだろうけど(・ω・)

まぁ、少々キツい事を言わせて(書かせて)頂ければ・・例えば“和製『クレイマー、クレイマー(1973)』なんかとして、永年に渡り語り継がれて行くような佳作たり得るか?”と言えば・・「全然アカンやろなァ」と思ったワタシである。

〜 こんなトコも 〜

♦『うさぎドロップ』って言うタイトルの由来そのものが良く分かんなかった(×_×) 「観客が(当然)原作を知ってる」って前提で製作されたんやろか? だとしたら、不親切だ。
♦「うさぎな髪型(?)の女の子により、それまでの平坦な(?)人生に“ドロップキック”を浴びせられた男の物語」・・って事?
♦ファッション雑誌(のグラビア)をぼんやり眺めつつ・・いきなり“妄想の世界”に突入する主人公の「ちょびっとイタさ」が良かった(=^_^=) 中盤以降も、その調子でどんどんやって欲しかったのに。。
♦改めて「松ケンのタッパ(=身長)の高さ」を再認識させられた! 公称180cmだそうで。。
♦「緊急一時保育」と言う制度を知ってないと、ちょっと「置いて行かれそうになる」展開がある(・ω・)
♦大吉vs杉山由美子(高畑)の演技対決(?)は、まさに本作のハイライト! 別な作品で、別な形ででも「再演」して欲しい。
♦その杉山さん。余りにも唐突に“登場”するので「え? ナニナニ? どんな経緯で?」と混乱しそうになった(=^_^=)
♦「スカイウォーカー」に興味津々。結構、痩身効果の高い気がする(=^_^=)
♦漫画家・西園寺まろんって・・「何てフツーな本名」なのでしょう。。
♦爺さまと(肉体)関係を持つなら持つで・・“対策”しろってば!
♦正子の“レスポンスの速さ”には笑ってしまった(=^_^=)
♦「お遊戯会」の劇中で、子供の放ったセリフ「確かに、崩れる危険性が有りますなァ」が結構笑えた(=^_^=)
♦後半にいきなり登場する「チャラ男」が、意外にも主人公(の今後)に絡んで行きそうだ。
♦『クレイマー、クレイマー』のような「大ケガが起こります」的なベタな演出(?)が盛り込まれず、ホッとした。
♦「SABU監督」と耳にすると・・ヘタすれば「助監督?」と勘違いしそうにもなってしまう。。
♦主人公の住む家ってば、妙に“豪邸”に見えてしまうが?
♦主人公の上司役のキャラは、もう少し物語全般に絡んで欲しかったトコ。
♦出荷部(?)の面々の“初登場シーン”における雰囲気ってば、かなりコワそうだった(×_×)
♦香※奈さんの「良さ」が未だにイマイチ分からない。『パレード(2010)』でも『あしたのジョー』でもそう感じた(・ω・)
♦こうき少年のフルネームは「二谷こうき」と言うらしい(⌒〜⌒ι) ベタなパロディかよっ!
♦風吹ジュンさん、根岸季衣さんには「本当は優しい」って言う部分までもを演出⇒表現させてあげて欲しかった。ちょっと「描く」って部分での“手抜きさ”を感じた。ワタシの期待値が高過ぎるンかも知れないが・・
♦物語の舞台は横浜市、お台場などだが「行きたくなる」ってほどのロケーションではなかった。いっそ「関西圏」を舞台にしたらどうだったんやろ? 折角(?)“ちぃちゃん”も出たはる事やし・・(=^_^=)
♦愛菜ちゃんの「汗(←本人申告による)の染み込んだタオルケット」が実在するなら・・「私財を投げ打ってでもゲットしたい!」ってな“サイコ野郎”が、きっと全国に3ケタ単位で確実に生息してそうな気がする(×_×)
♦(終盤の)風吹ジュンさんの屋外ダンス(?)には、ちょっとキュンと感じてしまった(⌒〜⌒ι) 隣で踊る梅雀師匠は余計だった(スンマセン、師匠!)

〜 こんなセリフも 〜

大吉「こんな“ロクでもねぇ”トコ、子供がいるトコじゃねぇぞ。
   ・・俺ン家、来るか?」
  「1番大変なのは、あの子でしょ?」
  「何が違うんだ? 幼稚園と保育園」
  “2人で乗り越えれば、イイじゃないか”
  “俺は、放っとけなかったんだ”
  “安定は愛を殺し、不安は愛をかき立てる”
  「遠いよ〜! ゆりかご保育園!」
  “俺なんかが看(み)てイイのか、正直分からない。
   けど、初めて出会った日の「孤独で悲しげ」だったりんは、
   今、俺と手を繋ぎ、無邪気に笑ってる。
   ・・それでイイじゃないか
  「俺の事、起こしたってイイんだぜ。
   ・・汗だろうと何だろうと、俺の事、起こしてイイって」
  「ホントに、女は“嘘つき”だな」
  「こんなトコにいやがったのか、正子め〜!」
  「貴女は一体、今、どう考えてるんですか?」
  「どう考えたって“保護者”として、俺の方が絶対マシだ」
  「りんが寂しがってる・・笑顔、笑顔!
  「意外なトコで鋭いな、父ちゃんは」
  「まぁ、りんの気持ちが“最優先”なんだけど」
  「“また来てイイ?”ってさ」
  「・・俺、めちゃくちゃ恐かった」
  「親になると“強くなるもんだ”と思ってたけど、
   違うんですね。・・“臆病”になるんですね」
  「1人じゃムリなんだって思った。
   (中略) ビビって当然。イライラも当然」
  “俺は確実に、りんに癒されてる
  “こうして見渡してみると、何処もみんな愛で溢れてるじゃないか。
   お父さんとお母さんばかりじゃないか”
  “「親バカ」も悪くないな、と思う”

りん「・・もう、起きないの?」
  「手、繋がないと、危ないんだよ」
  「これは・・汗!」
  「大吉も死ぬの? 死んじゃうの?」
  「りんがお婆さんになったら、死んじゃうの?」
  「リンドウにお水、あげてイイ?」
  「・・有難う

ゆかり「あんたが狼狽(うろた)えて、どうすんのよ。
    こう言う時は、親が落ち着いてあげないと」
   「子供ってさ・・“誰が助けてくれるのか”が
    分かってるんじゃないのかな?」

かずみ「ったく、子供って言うのは・・」
   「看護師がさ、家に帰ってまで“白衣の天使”だと思う?

こうき「男は、だらしなくてイイんだ」
   「男は、料理出来なくてイイんだぞ」
   「もう起きない・・もう会えない」
   「勇気は自分のためじゃなく、誰かのために使うべきなんだ!」
   「お助けに参りました!」

杉山「“簡単じゃない”って言ってンのよ!」

※「こりゃそっくりだわ! 爺ちゃんそっくり!」
 「マズい・・これは非常にマズいなァ」
 「子供って、結構“難しい事”分かるんだよな」
 「説明する言葉を持ってないだけで、
  子供って結構“複雑な事”考えてるんだよな」
 
正子「何より“物理的に不可能”と言うか・・」

父「お前は、偉いよ」

大吉「“(育児で)自分の人生が犠牲になってる”と思った事、あります?」
後藤「・・どうなんだろうね。
   でも“子供との時間も、自分の時間”だから」

大吉「ぐっすりですね」
ゆかり「大きくなっちゃって」
大吉「そうですね」
ゆかり「身体も気持ちもどんどん大きくなっちゃって・・ついてけないよ」

追記:吉井正子が大吉に初めて会った時の反応がフツー過ぎて、逆に奇妙だった(⌒〜⌒ι) 親族でもあんなに驚愕してたのに〜?!

| | コメント (0)

2011年8月21日 (日)

☆『サヨナライツカ(2010)』☆

16日(火曜)の夜。
宿泊してたビジホの、TVのチャンネルをガチャガチャやってたら(←今時ダイヤル式かよ!)“ムーヴィー専門チャンネル”みたいなのが映ったので「何か“面白いのん”を放送しとったら、観よう」と決めたワタシ。

間もなく始まったのは『サヨナライツカ』と言う恋愛ドラマだった。

総じて「古くさい印象の映像群&諸設定&演出群」(⌒〜⌒ι)だったんだが・・後で「2010年の作品」と知った。なるへそ。

それはそれで、古びた印象を「絶妙に」醸し出してて、少しはこのココロに残りそうではある。

作家=辻仁成の恋愛小説を映像化。『私の頭の中の消しゴム(2004)』を手がけた韓国人監督=イ・ジェハンがメガホンを執り、ヒロイン=沓子(とうこ)役を“原作者の奥方”である(!)中山美穂が“12年ぶりの主演”とし演じる。

・・

1975年。
航空企業「イースタンエアライン」に勤務する、周りに“好青年”と呼ばれる若手エリート社員=東垣内(ひがしがいと)豊(西島秀俊)は、上司(加藤雅也)に命じられタイ・バンコクに赴任する。

豊には、婚約者=尋末(たずすえ)光子(石田ひかり)の存在が既にあったが、現地で出逢った謎の女性=真中(まなか)沓子に魅了されてしまう。
同様の気持ちは沓子も抱えており、間もなく2人は“激しい男女の関係”に溺れてゆく・・

当地の名門である「オリエンタルホテル」の極上の1室“サマセットモームスイート”に暮し、何不自由ない暮らしを満喫しつつ「充たされぬ気持ち」を抱え続けていた沓子にとって、豊の存在はかけがえのないものとなって行く。

しかし、やがて豊には「帰国」「光子との結婚」の日が近付いて来る。

沓子と光子、2人の“全く異なるタイプの女性”の間で揺れ動く豊が、最期に下した“決断”とは・・?

そして25年後。
「イースタンエアライン」の副社長の地位にまで昇りつめた豊の姿が、再びタイ・バンコクにあった。

“オーサーズスイート”とその名を変えた「あの部屋」で彼が再会したのは・・

所詮は「ナルシストなお洒落(され)作家野郎(←済みません、単なるやっかみです)が、庶民観客(読者)層を置いてきぼりにした高みから、懐古主義と刹那的美学を、エロティシズムを交え軽く描きはったようです」的なペラペラさに包まれた作品なんやろな〜と予想してたが・・ある意味では「その通り」ながら(=^_^=) 一方で、妙なファンタジー性が貫かれたりもし、そこには好感が持てた。

良くも悪くも“ミポリン”こと中山美穂(←このニックネームって平成世代なんかには通じるンやろか?)の存在感が作品世界全体を覆ってる訳だが、私的にはあんまり「タイプじゃないしと」なので、そないにはドキドキしなかった。

総じては美人なんだろうけど・・「角度」とか「見よう」によっては、必要以上に老けた感じに思え、何処か「オドレィ・トトゥっぽく」も映ってしまった(・ω・)

終盤では、加藤雅也と共に「過剰過ぎる老けメイク」がコントっぽくも仕上がってしまってた西島氏。いつもながら「淡々とした存在感&演技」だったが・・本作では「やけに“陰気化”したユースケ・サンタマリア」にも見えてしまい、困った(=^_^=) ←酔っ払って観たせいかもしんない。。

にしても、西島氏の「筋肉美」には唸らされた! 同年代(?)のワタシからすれば、羨ましい限りである(⌒〜⌒ι)

〜 こんなトコも 〜

・「1934年型ベンツ・ロードスター500K」ってクルマが登場。西島氏が、車両スペックをダラダラ言って(=言わされて)ました(=^_^=)
・旅客機(?)の操縦席の2人。天井のスイッチ類に、思わず手を伸ばす沓子に、豊は珍しく「ああっ、それはダメだ!」と慌ててた。逆噴射のスイッチだったんか?(おいおい)
・“DreamHolics”ってのは、何となく素敵な言葉に思える(・ω・)

〜 こんなセリフも 〜

沓子「私、貴方の夢に惹かれたの。
   でも、その夢に向かう道は1ツじゃない」
  「何から話せば良いのか・・」

豊「おかしくなりそうだ・・あの女に会うと、もっと会いたくなる」
 「この俺を誰だと思ってるんだ? “君の夫になる男”だぞ」
 「僕を待っていたのか?」
 「俺は、ここの所、何もかもが分からない。
  ・・俺は何をやって来たのだろう?」
 「今度は、俺が“犠牲バント”を打つよ。
  つまり俺が死んで、お前が“前に出る”って事だ」
 「マイペンライ!(大丈夫!)」

木下「“好青年”もこれでお終いだな」
  「時間? ねぇよ。明日もねぇよ」

光子「(貴女の)存在は認めても、(私の)記憶には残しません」
  「時間が経つのは、早いものね」
  「考え事が多いのね・・もう休みましょう」

※「今、手に入れないと後悔しそうな、そんな感じ」
 「皺と図々しさだけさ・・女が歳を取ると増えるのは」
 「人生ってのは・・待つ事の連続だ」
 「怠惰は伝染する」
 「賢い男は、道には迷わないものだ」
 「ずっと1番で居続けるのは、大変だろう?」
 「茶道は“真実を探す道”で御座居ます。知識では御座居ません」
 「お前は何故、この椅子に座りたい?」
 「“去る者は、静かに去るべきだ”と仰られました」
 「“愛してる” そのひと言を言うのが、そんなに難しかったの?」
 “人間は死ぬ時、愛された事を思い出す人と、
  愛した事を思い出す人に分かれる”
 “自由な魂は、永遠では居られません”
 “私には、成し遂げたものなど何も有りません”
 “いつも人は、サヨナラを用意して生きなければならない。
  どんなに愛されても、信じ過ぎてはならない。
  愛なんて・・口にした瞬間、消えてしまう氷の欠片”

豊「どっちが多いんだ? お前の沓(くつ)と、お前を通って行った男の沓と」
沓子「難しい質問ね」

豊「君は、死ぬ間際にどちらを思い出す?」
沓子「あたし? 愛された事を思い出すわ」

沓子「私の事、愛してる?」
豊「お前は何でもない、俺にとって。“身体を重ねる”だけの関係さ」

沓子「どうして来たの?」
豊「“終止符”を打ちに」

豊「君はもう“濡れない”し、僕はもう“勃たない”」
沓子「そうね。高尚に生きて行けば?」

豊「俺たち、明日何しようか?」
沓子「それは、明日考えましょう」

光子「“愛してる”と言って下さい」
豊「2日後に言うよ」

メキシコの諺“若者は夢を見て、老人は回想する”

追記:ウィキには「韓国製作」と記載されてる本作である。

| | コメント (4)

2011年8月18日 (木)

☆『あなたの初恋 探します(2010)』☆

16日(火曜)〜17日(水曜)にかけ“1泊コース”で(香川)県の西部に位置する某市に出張した。
いわゆる“デンデケデケデケ市”ってトコやろか(・ω・)

何となく“妖怪アンテナ”が半立ち状態・・って感じで、終始イヤ〜な予感が続いてたんだが・・さして大きな障害もなく、無事に終わった。

ささやかに“頑張ったで賞”を自身に贈呈しようと思い立ち(=^_^=)仕事帰りに商店街の中にあるミニシアター“ソレイユ”に立ち寄り、公開中の韓流ラヴコメディ『あなたの初恋 探します』と言うのを観て来た。

やっぱし今宵も“レディースデー(=毎週水曜)”にマトモにかち合ってしまい、場内は女性客が大半だった。

「この作品が観たくて来てはる」のか「ただ単に、半額だから暇つぶし感覚で来てはる」のかは分かんないが・・いつもながら「倍額払って入場してんのに、俺のこの“肩身の狭さ”ってどうよ?」的なモヤモヤ感は終始消えないのだった(=^_^=)

新作ミュージカル『ラスト・ショウ(Last Show)』の上演を控え、舞台監督とし多忙な日々を送るヒロイン=ソ・ジゥ。

紳士的で理想的な見合い相手=チェ・テヨン(職業:パイロット)についに婚約指環を渡されるジゥであるが、、“土壇場の臆病さ”に負けてしまい、彼のプロポーズを断ってしまう。

実は、ジゥは“10年前、旅行先のインドで出逢った青年=キム・ジョンウクとの初恋”が未だに忘れられないでいたのだ。

一方、旅行会社に勤める堅物男=ハン・ギジュンは、上司=ハン支店長に叱責される毎日に嫌気がさし、突然に「脱サラ」した上『初恋探し株式会社』なるムチャクチャな(?)新事業を立ち上げたのだった。

・・

“初恋相手の呪縛”から逃れられないジゥを、そんなギジュンの下(もと)へと連れて来たのは、娘想いの(ジゥの)厳格な父親。

だが・・彼女自身は“初恋探しに乗り気でない”ばかりか、提供したのは「キム・ジョンウク」の名前と「インドの“ブルーシティー”に滞在していた」と言う「限られた情報」のみ。

初めての“ちゃんとした顧客”を前に、やる気を高め“調査開始”したギジュンだが・・“キム・ジョンウク”と言う名前の人物は国内(?)だけでも1100人以上存在するのだった・・

舞台の仕事が休みとなる毎週月曜。
ジゥと共にシラミつぶし気味な“ジョンウク探し”を展開するギジュンだったが・・やがて、2人の間に「(単なる)仕事を超えた、とある感情」が芽生え始める事となり・・

ヒロイン=ジゥ、そしてギジュンの2人共に、当初は「パッとせぇへん人らやなァ」と感じてしまったが、、物語が進むにつれ、それなりの“親近感”のわいて来るのが実感出来た。

これが、妙に美男美女だったら「現実味、乏しいじゃんよ!」とハラも立って来たトコであろうが(=^_^=) 彼ら2人の言動や、(たまに見せる)憂いを秘めた表情などから、ジワジワと(観客に)感情移入させて行くトコは、流石に「韓流、恐るべし!」と思った次第(・ω・)

名前などの「限られた、断片的な情報」を頼りに、途方もない人数を相手にローラー作戦(?)で片付けてく展開は・・何となく『ジュリエットからの手紙(2010)』に通じるモノもあったか。

ラストの展開も含め、正直「予定調和やし、ベタやね〜」ってトコはあったんだけど、そんなベタさすらも心地良い(=^_^=) 今宵の鑑賞だった。

愛だの恋だのがあれば・・ 人は意外にも「頑張れる」のだろう、きっと。

〜 こんなトコも 〜

・ジゥ役のしとが時々「永作博美」ぽく見えたりもした。ギジュン役のしとは「イケてないキャラ造型時の大沢たかお」を連想させてくれたりもした。
・韓流作につきもの(?)の「リバース(=口花火)」シーンがちょっとあって「うわ!」と感じた(×_×)
・ミュージカルに初挑戦(?)するアイドルのチェリって娘がいたが、彼女も「ジゥ役のオーディション」は受けてたんやろか?
・韓国(ソウルのみ?)では「バックパック旅行は大学生の必修科目」だそうで。
・未だに「ヨン様ツアー」にお熱を上げまくる日本人女性らの姿がコミカルに描かれてた。。
・ギジュン愛用のデジカメは「キヤノ※のイ※ス」だった。
・トボン山、カリワン山って山があるようだ。
・ソウルからデリーへは、大阪で(飛行機を)乗り継ぎ、約7時間半もかかるそうだ。
・インドでは、カレーを「ケララ」と言うんだとか。
・ジゥ愛用の携帯「ホワイトボディのブラックベリー(BlackBerry)」がカッコ良かった☆
・「山芋ジュース」って美味いんか?
・本作にも「国家情報院」なる諜報機関(の名前)が登場、、
・「食薬庁」ってのも存在するらしい。
・ソウルのチョンニャンニ(清凉里)駅が“0泊2日ツアー”の出発点だった(×_×)
・「交換留学生で大阪に行き、和菓子を作ってた」と言うギジュン。どないな和菓子やったのか、気になる(=^_^=)
・ジョンウクとジョンムクは(発音こそ)似てるけど、全然違う。。
・キンポ(金浦)空港は、ソウルにある国際空港。
・『初恋は山の人』と『雪だるま』では、どっちが小説のタイトルに相応しいんやろ?
・ジゥが「かつて“ちびっ子歌手”だった」って演出は、更にヴィジュアル表現を交えても良かったかも。
・電話応対が次第にテキトーと化してくギジュンが笑えた。「初恋なんかを探してます」から「初恋のハン・ギジュンです」とまで。。
・ジゥが「大きくイメチェンする後半」はちょいとした“アクセント”になってて良かった(=^_^=) あれはあれで、次なる物語(続編?)への“フリ”になってるんやろか?
・観客のみが「神の視点」でもって「当事者ら自身も忘れてしまってる、2人の運命的な出会い」を眺め下ろす事の出来るエピローグは、なかなか良かった! ああ言う演出は「脚本家、才能がある!」と思うワケで。

〜 こんなセリフもありました 〜

ジゥ「“順調過ぎる”のが、今の悩みよ」
  「“殺される覚悟”しといてよ!」
  「インドで撮影された風景写真を見て“運命的なもの”を感じたの」
  「わざと時間に遅れたでしょ? オトコはみんなヒドイ!」
  「ハッピーエンドとは限らないわ」
  「あんた、見た目通り“疑り深い男”ね」
  「恋愛小説の結末は読まない事にしてるの。
   予想と違うのが恐くて」
  「ダイエットコーラ? 水っぽくて飲めたもんじゃないわ」
  「(お菓子の)最後の1ツは食べないの。
   終わりさえなければ、イイ印象が残るから」
  「山で道に迷わぬ為には、恐怖心をなくす事よ」
  「大好物なのに・・何故か美味しくない
  「運命は運命のまま残したい・・そう言う事なの」

ギジュン「人を利用してまで商売したくない」
    「初恋なんかどうでもイイ事だろ? 大事じゃない」
    「お言葉ですが“違法営業”ではありません」
    「100%確実とまでは・・それに近いですが」
    「今まで黙ってたけど・・ジゥさんが“初めて”なんです!」
    「提供して頂ける情報も少なければ、
     “見つけたい”と言う意志も弱いんですか?」
    「貴女は酷く酔っ払い、僕は1番大事な服をダメにした。
     それだけの事です」
    「キム・ジョンウク・・見つけたらタダじゃおかない・・」
    「僕は“誰かの心に残る人間”にはなれないだろうな・・
    「告白するほどには、必死になれなかったんです」
    「最後まで、彼女を愛せなかったんです」
    「貴女らしくない・・今にも飛びそうなのに。
     でも、今のままのジゥさんがイイです
    「彼が眼の前に現れたら、また逃げる気でしょう?
     初恋を壊したくなくて、貴女はエンディングを作らなかった」
    「貴女に会いたかったです・・いえ、会いたかったそうです
    「“ある人”がきっかけでインドに関心を」
    「“10年間も忘れられない理由”は何なのでしょう?」

ヒョジョン「人相学的にみて、信頼出来そうね」

スギョン「それってダンス? それとも国民体操?」
    「大した事ないわよ、人生なんて」
    「今日だけ? いつも感謝してよね」

支店長「旅先の治安だったら、現地の市長に任せときゃイイだろ!」

父「忠誠!」
 「体系的かつ戦略的に動け!」
 「師団に公文でも出すか?」
 「お前、それがいつもの手か? 女性と見れば酔わせるのか?」
 「お前1人だけが“苦労人”とでも? 俺だって大変なんだぞ

※「初恋の人の“後ろ姿”だけでも見たい」
 「大金を払ってでも、初恋の人を見たい」
 「主人の初恋のクソ女を見つけたら、その場で殺して下さい」
 「この僕と結婚・・ ・・ってどなた?!」
 “最初の恋だけが初恋じゃない!

支店長「パリならエッフェル塔、ブラジルならサンバに決まっとる。
    インドネシアだったら何だ? 言ってみろ」
ギジュン「・・津波?」
支店長「バカ! バリだろ!」

ガイド「ここで、記念写真を撮りました〜」 ←ニホンゴで
ギジュン「そこは“撮ります”か“撮りましょう”でお願いします」

ジヘ「この服、どう?」
ジゥ「その“大き過ぎるブラのパッド”を外したら?」

ジゥ「彼は言ったの・・“僕らは今、インドにいる”と」
ギジュン「“着いた”と言えばイイのに」

ギジュン「携帯の電源が切れてましたね?」
ジゥ「だからって、劇場まで押しかけて来ないでよ」

ジゥ「その格好、ヒマラヤにでもお出かけ?」
ギジュン「そう言う君は、近所に散歩にでも?」

ギジュン「(列車の床にぶちまけた)米を拾ったせいで疲れました」
ジゥ「だから、何でそんなの持って来るのよ!」

ギジュン「今夜、打ち上げしないんですか?」
ジゥ「合宿じゃあるまいし」

ジゥ「恋の終わりに何があると? 何もないでしょ?」
ギジュン「でもまた、始められます

ジゥ「それが“縁のある人”かどうかが分からないわ。
   それで縁がなければ・・傷付くだけでしょ?」
父「縁を掴んでこそ、運命になるのだ!

| | コメント (2)

2011年8月14日 (日)

☆こんなこともありました☆

単なる近況ほおこく(チャーリー・ゴードン風)です。

♦ロックバンド『人間椅子』の20枚目(ベスト盤を含む)のフルアルバム『此岸礼讃(しがんらいさん)』を入手! あまずぅんでクリック(=購入)したものだが、後で“iTunes Store”でも購入可だった事に気づいた(=^_^=) ジャケットが“アバター風”とでも言おうか、妙にCGしてて面白い。また、ブックレットに「2011年・人間椅子『此岸礼讃』ツアー」の案内が挟み込まれてて「8月13日(土) 大阪阿倍野ROCK TOWN」とあり、ずっこけそうになった。もっと早く、それを知ってたら・・(×_×)
♦朝の某ラヂヲ番組で耳にして以来「買うぞ!」と決意してた(=^_^=) 「浜村淳です! 幸せひと筋 感動カレー」なるタイアップ系商品をついにセヴン・イレヴンの店頭で発見⇒購入した! コレってば四国圏内では買えないのよ(×_×) 電波は問題なく入るってのに(=^_^=) きっと、ワタシの性格からするに「如何に奇麗に紙パッケージを開封するか」ってトコにばかり意識が行ってしまい、結局お味の方はあんましピンと響かないような予感もする。。 にしても「感動カレー」をうたいながら・・お値段ばかりは「憤慨カレー」って印象だ(おい!)
♦事情あって、車内に1.5日間ほど放置してたiPodタッチだったが・・炎天下の駐車場から出す際、ディスプレイ表示が「温度」+黄色い警告ロゴ(三角の中に「!」)となって動かなくなり慌てた。電源を切り、本体を冷ましてから再起動すると治ったが・・精密デバイスの車内放置は、やっぱりアカンね!
♦新聞広告を眺めてて、いきなり『ハリー・ポッターと死の秘宝PART2』に行きたくなって来たワタシ(=^_^=) と言うのも「7月15日に全国5大都市の試写会場で集められた」と思しき観客コメントの中に「1作目しか観てないけど内容が分かったし、とても面白かった。」との40代女性のコメントを発見したから! しかしこの女性って、PART1も観てないんやろね(・ω・)
♦【神戸淡路鳴門自動車道】追越車線を全く譲って頂けないばかりか、急ブレーキで追突事故を誘発したり、運転席から“野球で用いる某用具(木製?)”を握った片腕を突き出し、後方を威嚇するアホな名※屋ナンバーの水色ステ※プワ※ン。
 【大阪の地元市内】脇道から(左折で)本道に入り、前についたワタシがよっぽど赦せなかったのか、強引に(1車線なのに!)左側から抜き、前に出て行ったアホな※重ナンバーの黒色フィ※ト(或いはストリ※ム)。しょうもないクルマの、しょうもないドライバー連中に苛められ続けてます(×_×) こう言うアホに遭遇すると、ベ※ツが欲しくなって来ますねぇ。

| | コメント (2)

2011年8月13日 (土)

☆ちょこっと&ぼちぼち再開の“エエ言葉”☆

【2011.3】

海原 純子(心療内科医)
 「体を緩めれば、心も緩みます」
 「(相手の)心のフタをいつ開けるか、タイミングが大切で、
  本人が開けたいと思った時に、話ができる場と、
  聞くことができる人材が必要です」
 「競争社会で抜け駆けするように成功しても、
  幸せになれません」

【2011.5】

小牧 規子(読売新聞編集委員)
 「家があり、ぜいたくでなくても温かな食事を食べ、
  お気に入りの服を身にまとう。
  そんな“小さな日常”がどんなにかけがえのないことか」

アグネス・チャン(歌手)
 「明日があると思うと悩むし怠ける。命がある1日を
  一生懸命まっとうしないといけない」

垣添 忠生(国立がんセンター名誉総長)
 「患者さんや家族と話をする時も、ピタッと考えが合う
  相手がいます。ちょっと説明しただけでススッと
  分かってくれたと感じ、先方の質問に的確な言葉で
  返すことができて、豊かな会話が成立します」

【2011.6】

安倍 なつみ(歌手)
 「肉類は月に1回だけと決めています。
  時々、月に2回になったりしますが」

中西 進(古典文学研究者、奈良県立万葉文化館々長)
 「文化財とは単に『美しいもの』ではない。
  我々が分かりきったようにそう考えてしまっていることを
  強く反省したい」
 「文化財に崇高な力がなければ保存、修復する意味はない」

萩原 昌好(埼玉大学名誉教授)
 「私たちは、悲喜こもごもの感情を捨てさることはできません。
  どうしようもないときには、自分で自分に問うより
  ほかはないのです」

竹西 寛子(作家)
 「年を重ねてみると、その折々には耐え難かった痛みも
  滋養になったかと気づく」

茨木 のり子(詩人、1926-2006)
 「いい詩には、ひとの心を解き放ってくれる力があります」
 「照れくさかったり、むずがゆくなるのはダメな詩で、
  特に恋唄のばあい、それがはっきり出ます」
 「迷うことが好きっていいなあと思います」

※著書『詩のこころを読む(1979)』より

北岡 明佳(立命館大学教授)
 「人に言われたり、周りがやったりしているからやる
  のではなく、自分が面白いと思うことに取り組んでほしい」
 「学問を進歩させるには、基礎を身に着けたうえで
  『羽目を外す』ことも大事」
 「真の探求心があれば(すぐに世に認められなくても)
  めげずに続けられます。打たれてこそ『出る杭』ですよ」

高村 薫(作家)
 「私たちはたんに、怒りを忘れた国民なのだ」
 「よく考えてみると、怒らないということは、
  承認したということなのだ」

【2011.7】

綾小路 翔(ロックバンド『氣志團』團長)
 「チャリティーは柄じゃないけど、人ごとじゃない」

ARATA(俳優)
 「自分が何者かはわかっていない。でも、
  信じることを続けていれば、周りが決めると思う」

観月 ありさ(女優)
 「(今は)女性が率先して前に出て行くドラマが
  増えてきた。女性が活気づくのは、すごくいい」

江角 マキコ(女優)
 「本気でしかってあげられるのは親しかいない」

椎名 林檎(バンド『東京事変』ボーカル)
 「現場に自我を持ち込まない。それができていると、
  目的に向かうのが早いんですよ。
  それで、集中し続けることができる」
 「作詞ですら演奏」
 「私は表現をしているという自覚はないんです」

ももせ いずみ(生活コラムニスト)
 「エコはなるべく笑顔でできるほうが、いい」

松浦 弥太郎(『暮しの手帖』編集長)
 「運というものはあると思うが、なんだかんだ言って、
  プラスマイナスゼロになるというのが本当だと思う」
 「勝負において、圧勝というのは一時は心躍るものである。
  しかし、圧勝の恐さを忘れてはいけない。というのは、
  その後に必ず大きな負けも作用するということだ。
  作用には常に反作用が働くのも自然の摂理」

福岡 伸一(生物学者)
 「つまり“寄生”にせよ、生物の作用は、
  つねに相対的なもので、そのあり方も動的である。
  (中略) つまり寄生も、ある意味で
  共生の1形態ということです」

中島 誠之助(古美術鑑定家)
 「勢いがある時にはいい物ができます」

養老 孟司(解剖学者、東大名誉教授)
 「日本は石油が出ませんので一番の資源は人です。
  (中略) 人のやったことを評価するという
  価値観を作るべきです」
 「変わり身の早さは日本人のいいところですが、
  行き過ぎもあります」
 「悪いことをいつまでも悪いと思い、不幸なことを
  いつまでも不幸と思っていると、何の教訓にもなりません」
 「昭和20年8月15日も世の中がひっくり返った
  のですから。赤紙で戦争に行かなければならなかった
  厳しい手続きも、戦後ゼロになった。
  今、決めている手続きなども、どれほどのものなのか」

山田 法胤(薬師寺管主)
 「誰かが何かをしてくれると思う人より、
  自分のことは自分でしないと生きられない、と思った
  人が元気になりますよ」

【2011.8】

郷 ひろみ(歌手)
 「『いつか絶対にこうなる』と自分に言い聞かせて
  5年、10年・・と頑張ってきたことが
  今日につながっているんです」
 「『考え』て『行動』に移し、そして『継続』させる。
  最後の『続ける』ってことがものすごく大変なんです」
 「耐えるってことは人生で一番大切なことです」
 「何かをやろうと思った時は3日目くらいでしんどくなる。
  でも3日で出来たことは3日で忘れていくんです」
 「僕は昔から人生で自分が成功するのは60代だと
  思っていました。人間は年をとると『経験』で仕事を
  するようになるでしょ。でも、僕は年をとるほど自分に
  負荷をかけていくほうが好きなんです」
 「若く見せようというのはダメ。
  (中略) 外面ではなく内面を磨くこと。
  体を鍛えることで心も鍛えられました」

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2011年8月11日 (木)

☆『トランスフォーマー/ダークサイド・ムーン』☆

9日(火曜)の夜。

サクサクッと(?)仕事を終え、その勢いのままイオン高松(の上層階)にある“ワーナー・マイカル・シネマズ高松”に寄り「取り敢えず、観とけるなら観とこっか!」的に考えてた新作『トランスフォーマー/ダークサイド・ムーン』を楽しもうと思いきや・・

意外な“足止め”を喰らい、18:40〜上映開始の回の「シアター入り」が叶わなくなってしまった(×_×)

「今回は、もうアカンのかなァ」・・と、くじけそうにもなったが、今週の予定を考えてみると・・11日(木曜)&12日(金曜)がダメで、明晩10日(水曜)も行ける見込みがハッキリ言って薄いので(⌒〜⌒ι) 「うむ、やっぱ行ける時に行っとこ!」と思い直し、一旦帰宅⇒夕食後に、クルマを出してレイトショー(21:00〜上映開始の回)で頑張って観る事に決めた。

最新技術のCG映像でごってり固められた、ハリウッド製SF大作のシリーズ第3弾。
正義&平和を守るロボット軍団=オートボットと、地球征服を目論む悪のロボット軍団=ディセプティコンの、最終決戦(?)を壮大なスケールで描く。

・・

1961年。ニューメキシコ州にある電波天文台では「月面に何かが衝突(墜落)したと思しき“衝撃波”」が観測された。折しも、世界では2ツの大国=アメリカ合衆国とソビエト連邦が「宇宙開発」でしのぎを削っており、時の大統領=ジョン・F・ケネディは関係者各位にハッパをかけるのだった。

8年後の1969年7月20日。有人探査船(アポロ11号)による“人類初の月面着陸”を成し遂げたのはアメリカだった。
ニール・アームストロング船長&バズ・オルドリン飛行士らクルーは無事、月面に降り立ったが・・“非公式な記録”ながら、彼らには「通信が不能となる、21分間の極秘活動時間」が設定されていたのだ。

果たして、彼らが“月の裏側(ダークサイド・ムーン)”で見つけたのは、巨大な宇宙船“アーク”と、機能を停止させたロボット“センチネル・プライム”の姿だった・・

・・

ワシントンDCに暮らすサム・ウィトウィッキー(シャイア・ラブーフ)は、これまでにオートボットらと共闘しつつ、2度も世界を“ディセプティコンによる脅威”から護ったのだが・・そんな事を口外するワケにも行かず、ひたすら職探しに追われる日々だった。

(シリーズ系に有りがちなように)長年の恋人=ミカエラにフラれてしまったサムだが、新しい彼女=カーリー・スペンサーとは“相思相愛のラブラブ関係”が続いていた。

親友であるオートボット=バンブルビー(=ビー)も多忙なため、距離を置いて久しいサムだったが、いよいよ採用されたシカゴの大企業“アキュレッタ・システムズ”で、OA機器が・・と言うか“OA機器に化けていたディセプティコン”が突然に攻撃を開始したため、サム&カーリーはまたまた“人類存亡の危機”に大きく関わる事となって行く・・

シリーズ初の“3D作品”だったんだが、正直「飛び出す映像演出群」についてはそれほど感動も興奮も得る事はなかった。
「(料金を)その分、安くしてくれ!」程度の感想だ(レイトショーでも“+300円”で1500円)。

また、改めて痛感したのが「キャラ造型」と「メカ・デザイン」のダメダメさ。

そのため、モノ凄いヴィジュアル表現やストーリー演出に取り組んでるハズなんだろうけど「心にちっとも響いて来ない」・・って事だった。

前々から、不快感をおさえ切れなかったメカ・デザインは、シリーズを重ねる毎にヒドさを倍増(?)させており「もっとマシなデザイナーはおらかったんかい!」なるツッコミすら出てしまう(×_×)

特に“4足歩行系”“コミカルなコンビ系(ミニロボット)”“トレマーズ系(←ありがち系)”“サイボーグ(CYBORG)爺ちゃん系”の4者が「ホンマに、ぶっ壊したくなる」程に不愉快で、たまんなかった(⌒〜⌒ι)

同様に、大物俳優陣を起用しながらも「狂ってる」ようなキャラも増え・・ジョン・タトゥーロ(シーモア・シモンズ役)、ジョン・マルコヴィッチ(ブルース・ブラゾス役)、フランシス・マクドーマンド(シャーロット・メアリング役)、メガネのウザいおっさん=ジェリー・ワンらは揃いも揃って鬱陶しかった!

そこに加え、ウザイ割には「コーエン監督作品」に見られるような“演技の中の光るモノ”がマルコにせよ、フラマクにせよ、感じられなかったのが、、マイケル・ベイの“監督力の限界”なんかも知れない(=^_^=)

また、かつてなく“一般人の殺害されるシーン”が目立ってて、そこも妙な不快感を覚えた。

逃げ惑う通行人に、背後から“殺人光線”が直撃すると「バフッ!」と瞬時に塵芥と化し、頭蓋骨が路面に転がったりするんだが・・「これ“R指定”要らんの?」「敢えて描写せなアカンかったの?」と疑問がわいて来る。

総じて「笑えないし、泣けもしない」「シリアスを気取ってる割に、訴えるモノがない」「そもそも、物語にメリハリがない」とイマイチ過ぎる評価しか与えようのない“しょっぱい大作”でしか(ワタシにとっては)ないのだった。

〜 こんなトコも 〜

・サムが乗ってるのは“黄色のダットサン”だった! ポンコツだけど味がある!
・ケネディ、ニクソン、オバマ・・と、歴代の合衆国大統領が登場! まぁでも「今や手垢の着いた演出」ですわな(=^_^=)
・『スタートレック』には「ミスター・スポックがイカれてしまうエピソード」も存在するらしい。
・「前の娘にはフラれた」みたいなセリフだけで済まされちゃってるミーガン・フォックス(ミカエラ役)って・・(×_×)
・ロボットが近くに存在する場合“エネルゴン反応”ってのが検出されるらしいが・・「ハッキリ出る場合」「出ない場合」があって(どうやら)テキトーっぽい。。
・アメリカ人には、日本の“マツモト”と言う姓が“マツヒツ”とかに聞こえるらしい(・ω・)
・「チェルノブイリ」は「チャアノボォ」みたく(?)発音されてた。
・フランスのレトロカー『ドライエ・タイプ165カブリオレ(1939年型)』ってのはなかなかカッコいい!
・20万ドル相当の『メルセデスSLS・AMG』に対し、サムが「僕の年収の53年分だ」とボヤくセリフがあった(×_×)
・「家族会議」はまんま“Family meeting”で良いらしい(・ω・)
・後半の1時間近く(?)はひたすらに“シカゴ中心部での市街戦”が活写されてた。ワタシは余り好かなかったが、こと“市街戦の描写”に関しては、ある意味「作品として極まってた」感は確かにあった!
・とあるキャラ。「石塊のついた鉄パイプ」でアタマをぶん殴られた割に元気そう(?)でびっくりした。直後、感電死したが。。
・「こいつは死んでヨシ!」と思ったキャラも、突然、ホンマに死んでしまうと・・観ててツラいモノがあった(×_×)
・搭乗中のクルマが“オートボットに変形”した場合・・ドライバーは“車外に放り出される”らしい(☉д☉)
・「保健福祉局」って・・あんなに物々しい警備が必要なのね(⌒〜⌒ι)
・センチネル・プライムの声を担当したのは、何とレナード・ニモイらしい!

〜 こんなセリフも 〜

サム「地球を2度も救いながら“職探し”とはね」
  「車(ビー)でさえ、仕事があるってのに」
  「僕はあんたを2度救ったんだ。
   今ここじゃ、詳しく言えないけどね」
  「乗ってる車で、この僕を判断してない?」
  「納税者として、あんたらに苦情を言いたい」
  「“ツイッター中毒”なもので、すぐ情報を流す“クセ”が」
  「君を“何処までも追いかける”よ」
  「1発しかない? その1発で充分さ!
  「やり遂げないと、みんな死ぬぞ!」

カーリー「起きて。私のヒーローさん」
    「“お守り”があれば、人は前向きになれるわ」
    「今夜は、私が貴方に“仕事”をあげるわ」
    「私が戦争の話を持ち出すのは、それが“昔の話”だからよ」
    「地球にしか存在しない資源? ・・“人類”?!」
    「約束して。“私を決して離さない”と」

オプティマス“我々は平和的で、知性のある金属生命体である”
      “運命を変える事の出来る「秘密の物体」を載せ、
       戦火を脱した我々のアークは「絶望の中の最後の希望」だった。
       ・・だが、その希望は消えた”
      「“自らを信じる心”を失ってはならない
      「これから先は、人間達だけで戦うのだ」
      「勝つには“奇襲”しかない」
      「“自由は誰もが持つ権利だ”と私に教えたのは貴方だ」
      “嵐の合間の静けさが訪れた”
      “我々が地球や人類を見棄てる事はないだろう”

センチネル「その“高慢な態度”は赦そう・・この私の話を聴くのなら」
     「“見知らぬ世界”では、教師は私ではなくお前だ」
     「かつて我々は“神”だった。だが、ここではどうだ?
      人々は我々を“機械”と呼ぶ」
     「“多数の望みは、少数の望みに優先する”のだ」
     「お前は常に勇敢だが・・“重大な決断”が出来ない」

ブラゾス「この私を感心させてみろ」
    「君に野心と強烈な個性はあるか?」
    「ここは“黄色のフロア”だ。従って“赤いアイテム”は
     視覚的、生理的に不快感を催させる」
    「その娘は君の姉か? それともツイッター仲間なのか?」
    「下をのぞき見ても、(転落した)彼は生き返らんぞ。
     あちこちに散らばっただけだ」

ジェリー「この俺と“睨み合い”する気か?」

シモンズ「私は“手榴弾を握っている”と安心する性格でね」
    「巨人に石を投げる田舎者め!」
    「タンゴを踊ろうじゃないか」
    「“戦士の道”には孤独がつきものだ」
    「ロシア人を従わせるには“国際語(=銃器)”が必要だ」
    「ロシア語で何か“タフな言葉”を頼む」
    「後年、人々に“侵略された時、彼らは何をしていた?”
     と問われたら・・我々は“(彼らは)ただ眺めていた”と言うぞ」

メアリング「どのバッグか、ですって?
      “エルメスの、グリーンのオーストリッチ”よ!」
     「銃を持ち出すなら、力にはなれないわ」
     「“クアンティコの夜”の事を誰かに話したら・・
      その心臓を切り裂いてやるわ」

ディラン「“未来への投資”こそが“成功の近道”なのさ」
    「若い頃、父にこう言われた。
     “自分の関係しない戦いであれば、勝つ側につけ”とね」
    「彼は若い・・きっと“何かを学ぶ”だろうさ」
    「直接“手を下す”ワケじゃないさ。
     私は“連絡係”に過ぎないからな」
    「待望の“仕事”を貰えるんだ。喜び給え」
    「痛いだろ? コレが“超ハイテク”ってヤツだ」
    「歴史を知りたくば“進化する側”につけ」
    「不本意だが、あと40年は生きたいんでね」

ニクソン「これは人類の歴史上、最も重要な会話だ」
    「この瞬間、天は“人類の世界の一部”となった」

ロボット「雨の戸外じゃショートしちまう。余りに“非人道的”だぜ」
    「このメガトロン様を称えよ!」
    「お前を“自殺させろ”とのご命令だ」

サムの母「もし今度フラれたら“3人目”はもうムリよ。
     よほどアレが・・」
    「パパはケンカして私が飛び出すたびに、
     何処までも見つけに来てくれたのよ」

※「オバマ本人から勲章を? それは結構な事だが、
  我が社には“共和党派”が多くてね」
 「今後2年間は“カート運び”だ。喜んで働け」
 「このコピー機は日本製か? 操作が複雑過ぎる」
 「知らない人の命令は聞けない」
 「何かを“捜してる”んじゃない。何かを“隠してる”んだ」
 「何で奴らばかりが“イイ武器”を・・!」

メアリング「私を“マダム”と呼ばないで」
カーリー「貴女は“女性”じゃないの?」
メアリング「・・・」

メガトロン「俺なしで、お前に何が出来る?」
オプティマス「それを今から教えよう!」

メアリング「この男を、今すぐに逮捕して!」
シモンズ「イイだろう。(この行動に)その価値はあったさ」

| | コメント (2)

2011年8月 7日 (日)

☆『コクリコ坂から』☆

4日(木曜)の夜。
1泊出張の折、その市内にある“TOHOシネマズ”で鑑賞して来た2本目(←レイトショー)は、スタジオジブリ制作の最新アニメーション作『コクリコ坂から』だった。

ジブリ作品と言えば・・前作『借りぐらしのアリエッティ(2010)』以来の劇場鑑賞となったワケだが・・正直、近年のラインナップの中では『千と千尋の神隠し(2001)』が“映像演出面では”素晴らしかった程度で・・ワタシの中では「残念な作品」がここ20年(!)近くも続いてたりする。

「“映像技術面(=表現力)の進化”ってば著しいハズなのに?」とは“シロウトなりに”思うンだが・・それこそ宮さん(宮崎駿:本作では企画&脚本を担当)の「老いに伴う神通力の低下」って事なんやろか?(・ω・) 何とか盛り返さないと、ぼつぼつヤバい気がするケド。。

1963年5月。
翌年に「東京オリムピック」開催を控え、ますます高度成長を遂げようとするニッポン。
神奈川県横浜市の、海に面した高台に建つ木造洋館“コクリコ荘”では、毎朝の決まった時間に“2枚の信号旗(U旗&W旗)”を掲揚する少女の姿が見られた。

その少女=松崎海(うみ)(声:長澤まさみ)は男女共学校である「港南学園高校」に通っている。

ある日、男子生徒を中心に編集&刊行される学生新聞「週刊カルチェラタン(Quartier Latin:ラテン街区、の意)」に掲載された“毎朝、旗を掲揚する少女/少女よ、君は旗を揚げる/何故?”なる詩により、海は一躍“男子学生のアイドル的な存在”となってしまい戸惑う。

そんな中“とある騒動(イベント?)”をきっかけに、海はイケメン編集長=風間俊(声:岡田准一)と急接近する事に。

風間や、生徒会長=水沼(眼鏡ルックの涼しげな秀才)の手伝いをするカタチで、次第に「週刊カルチェラタン」発刊に関わってゆく海。

一方、3階に編集部を擁するクラブハウス(←木造洋館)“清涼荘”はその老朽化が著しいため・・学生らの抵抗も空しく“解体”が遂に学園側により取り決められてしまう・・

学生代表とし、学園を運営する「徳丸財団」の理事長(声:香川照之)に直談判すべく、風間&海を伴って東京へ向かう水沼。

果たしてクラブハウス存続は実現するのか?

そしてまた、距離を縮めていた風間と海の間には“とある因縁”が隠されてもおり・・

“御曹司”宮崎吾朗の監督作第2弾って事で、前作『ゲド戦記(2006)』には激しく失望させられてしまったワタシだったが・・まぁ「監督としては正常進化。しかしジブリ作品としては残念」ってな、ほぼ予想通りの評となった(ワタシの中で)。

「朝鮮戦争に翻弄される、親友同士(とその家族)のドラマ」だの「クラブハウスの取壊しに反対する、学生らの団結と抗議と青春のドラマ」みたいな要素を“軸”に持って来とるワケだが・・それが時代錯誤と言おうか、ノスタルジィ(懐古)に過ぎると言おうか・・ちょっと自身の中で「違和感・不協和音」が終始してたように。

(宮崎)監督がそれを体験してるワケでもないので「“監督自らの意見&価値観”が作品の何処にも漂っておらず、説得力(=パンチ)に欠ける」ようにも思え「こんな作品なら、敢えてジブリで制作せずとも、よそ(のスタジオ)に委託すりゃイイじゃん!」とまで思ってしまった(・ω・)

ワタシだけなのかも知れないが・・どうにも、近年のジブリ作品が「敢えてファンタジー色を薄めようと苦心している」みたいにも感じられ、それに対しては「これまでみたく、どんどんファンタジーやったらよろしいですやん!」とアドバイスしたげたく思うのだ(ナニをエラそうに!)。

近代劇(現代劇)を絡め“オズオズと進行する弱ファンタジー”を観せられるぐらいなら、まだしも“ある意味、弾け切ってる”『猫の恩返し(2002)』なんかを観てる方が楽しいし、屈託もない(あ、アレも現代劇でしたか)。

誰に、何処に、何故、どのように配慮してるのかは知らないが「やっぱり元気がないよ、スタジオジブリ」と、観終わって改めて痛感してしまった次第である。

〜 こんなトコも 〜

・オープニング。白い文字で表記された『コクリコ坂から』のタイトルの中で「リ」のみが赤い文字だった。そのアクセントに『悪人(2010)』の「あのオープニング」を連想してしまった(・ω・)
・“コクリコ荘”の下宿人たちのキャラ造型が中途半端で、アクセントに欠けていた。いっそ数を減らしても良かったか?
・キャラが泣く際の“落涙の描写”がどうにも好きになれなかった。もっと自然で違和感のない表現があったと思う。
・「実写でも映像可能じゃん!」と思う半面、あの“清涼荘”の内部描写だけは、流石に難しかったかも知んない(CGなら出来るか)。
・大昔のジブリアニメを連想させる「群衆系(=肩を組んでワイワイ言っとる系)」の描写・演出があり、そこは割と楽しめた。
・登場人物がいきなり討論を始めたり、歌い始めたりする演出は、私的には「何だかサムくて」苦手である(×_×)
・ちょっと“ゼニガタ警部”入っとる「老け顔&意外に純情系キャラ」がいた。彼なら「カリオストロ城の地下」とかでも立派に暮らしてけそう(=^_^=)
・海は劇中で「メル」と呼ばれてたが、その由来が良く分かんなかった(・ω・) ←フランス語の「海(LA MER)」から来てるらしい。。
・当時から、舟木一夫さんは現役歌手だったのね!(当時19歳!)
・劇中で、ごくごく自然に口にされてる“LST”なる言葉は「戦車揚陸艦」の事らしい。
・「我思故我在」とか「美善眞(←恐らく右から読む)」とか「志、雲より高く」なんてな印象的な“壁語録”があった。
・「樽に住んだ哲人」ディオゲネスのハナシが出て来た。ウィキで彼の「逸話」に眼を走らせると、なかなかに面白い!
・「梶野丸」「三鷹丸」「氷川丸」「航洋丸」などの船舶が登場。
・ラストで「この物語は全てフィクションです。」と表示されるが・・地名なんかはちゃんと実在するワケだし、も少し暖かい表現にしといて欲しかったなァ(・ω・)
・「ライスカレー 30円」ってな表記が食堂に。
・「パンの田村屋」って実在したっけ?
・徳丸財団の理事長室(?)から出て来るおっちゃん連中が「食べ物のハナシ」しかしてなくて笑えた。

〜 こんなセリフも 〜

海「嫌いになったんなら、ハッキリそう言って」

風間「本当に、ここを大切にしてるんだね」
  「俺達は・・※※って事だ」
  「今まで通り・・“只の友達”さ」

水沼「時間だ。行き給え」
  「君らは、保守党の親父連中の様だ!」
  “残すか棄てるか悩む時は・・燃やせ!”
  「ボランティーアの皆さん!」
  「しっかりやろうぜ」
  「閣下!」

学友「良いのよ。好きなんだから
  「“素敵な魔窟”だわ」

幸子「駄目だ・・夜、描いたから・・色、出てない」

学生「戦術には、知恵が要る」

徳丸「潔くて、良いな」
  「エスケイプか・・青春だなぁ」

水沼「“良い大人”っているんだな」
風間「まだ、分からないさ」

追記:“コクリコ(Coquelicot)”とは、フランス語で「虞美人草」の事らしい。ついでに、杏(あんず)の事を“アプリコ”って言っちゃアカンのかな?

| | コメント (4)

☆『小川の辺/おがわのほとり』☆

4日(木曜)の夜。

四国圏内の某県某市に1泊出張したワタシだったが、割合にテンポ良く(1日目の)仕事をこなせた事もあり、それをささやかに祝う意味も込め(=^_^=) 某イオン内にある“TOHOシネマズ”に立ち寄り、夕食と共に上映中の新作を2本ほど“ハシゴ鑑賞”して来たのだった。

しかし・・久しぶりの劇場鑑賞だったもんで、チケットを買う時とか、妙に緊張してしまったなァ〜(=^_^=)

んで、1本目は藤沢周平の時代小説を原作にした『小川の辺/おがわのほとり』。

以前、浜村淳さんが朝にオンエアしてる某“感謝系”ラジオ番組で紹介され、彼の流暢な語り口(=^_^=)に「思わづ観たくなっちまった」のだった(⌒〜⌒ι)

現在の山形県鶴岡市にかつて存在した海坂(うなさか)藩では、脱藩した藩士=佐久間(片岡愛之助)を討つべく差し向けられた中丸徳十郎が病気により帰藩し、藩主以下、焦りと苛立ちを日々募らせていた。

家老(笹野高史)の命により“次なる討手”に指名された戌井朔之助(いぬいさくのすけ:東山紀之)は静かな表情ながら、心中では動揺を抑えられないでいた。

と言うのも、佐久間は同じ道場で“直心(じきしん)流(剣術)”を学んだ親友であり、共に出奔した彼の妻=田鶴(たづ:菊地凛子)こそは戌井の“実の妹”であったのだ。

そしてまた、藩の農政を“上申書”でもって痛烈に批判した佐久間の“不器用さ”“生真面目さ”も、戌井にしてみれば「民を思うが故の、彼の正義・正論」であるかに思われたのだ。

しかしながら・・上意(藩命)は絶対。

戌井は同行を強く望んだ、(彼ら兄妹にとって)幼馴染みでもある奉公人=新蔵(勝地涼)を連れ、佐久間夫妻が潜伏していると見られる、下総(しもうさ)の行徳(ぎょうとく)宿(=現在の千葉県市川市)に向かうのだった・・

藩命に従い、親友を斬るのか? そしてまた“武士の妻”である以上、佐久間と共に手向かって来る、自らの妹を斬るのか? ・・ってな“かなり重いテーマ”を常に引きずりつつ、物語は進行して行くのだが・・演出がヘタなのか、ミスキャストだったのか・・観てて「全く、切なくも、悲しくも感じない」ってトコが、まず“ダメダメ”だった(×_×)

観客みんなが“その点”にのみ期待感(?)を募らせとる以上、もうちょいと何らかの“描き方”“高め方”があったハズなのに・・余りに淡々と、ハナシが進むのだ。

そこに加え、笹野さん、尾野真千子(戌井の妻=幾久(きく)役)、藤竜也(戌井の父役)・・なんてな豪華俳優が、本筋に殆ど絡めておらず「(必ずしも)生きてなかった」点も辛かった!

「主要キャラの1人が、なかなか画面に登場しない」ってトコも・・「巧いなァ〜」と言うより「引っ張んなよ、そこで!」的なツッコミが先に口をついて出てしまったり(・ω・)

そんな事で「勝手に自身の中で切なさを高め過ぎてしまうタイプ(?)の観客」にとっては、総じて「しょっぱい1作」でしかなかった気がする。

〜 こんなトコも 〜

・中丸徳十郎に一体ナニがあったんやろ? 詳しい事情が(劇中で)全く明かされないが故、妙に消化不良感が残る(×_×)
・鹿澤堯伯(しかざわぎょうはく:西岡徳馬)やら、ボケ藩主(=^_^=)やらの“巨悪”の置き位置もイマイチだった。私的には、あんな藩主なら、とっとと“隠し剣・鬼の爪”を(心の臓に)放っとくが吉(きち)と思うんだが・・
・海坂から江戸を経由し行徳宿へと向かう戌井&新蔵。それなりに「ロードムーヴィーな味わひ」はあるモノの・・どうにもすれ違う通行人が「時にわざとらしく」も映ってしまう(・ω・)
・1シーン、上半身裸体となり井戸水を浴びるヒガシの、何と(ボディの)引き締まっとる事か!!
・凛子ちゃんのオッパイは観たくねぇ〜(⌒〜⌒ι) ・・ほっ。
・「十王峠」って山形県内にあるんやろか?
・“さや侍”ならぬ“たけみつ侍”が登場。その名、秋山又十郎と云ふ。

〜 こんなセリフも 〜

戌井「其の御命・・請け兼ねまする」
  「田鶴は、手向かって来るであろうな」
  「これからは、良い季節になろうなぁ」
  「佐久間は・・“真っ直ぐ過ぎる男”なのだ」
  「ゆっくり、参ろう」
  「田鶴は、ああして草鞋(わらじ)を結んでやれたであろうか?」
  「武士と言うものは、誠に難しいものだな
  「お前・・其の為について来たのか?」
  「“もしもの事”があったら・・後を頼む」
  「上意で御座る。赦されよ」
  「其れは何の真似だ? “抜くつもり”だったのか?」

新蔵「このまま、参りましょう!」

佐久間「やはり、お主か」
   「この身なりだ。少し時間を貰えぬか?」

田鶴「お兄様は、嫌!」
  「私と居るのは嫌?」
  「・・“淋しい”と言って」
  「佐久間の妻として、このまま見逃す事は出来ません。
   立ち合って頂きます」
  「それは“卑怯な言い方”です」

幾久「いつもなら、とうに咲いておりますのに」

父「お上の措置を、とやこう言ぅてはならぬ」
 「お上の寛大さにも限りがあろう」
 「“その時”は・・田鶴を斬れ」

母「あれは・・何処まで不幸せな娘であろ」
 「あの娘は今、幸せなのであろうか?」

家老「“修羅場”になるやも知れん」
戌井「其れも、止むを得ぬかと」

藩主「無礼が過ぎはせぬか?」
佐久間「御無礼は承知の上で御座居ます」

佐久間「ようやく“3本目”だな」
戌井「ああ、そうだな」

追記:「海坂藩」そのものは架空の藩である。実在したのは「庄内藩」との事。

| | コメント (0)

2011年8月 6日 (土)

☆『死亡遊戯(1978)』☆

3日(水曜)の夜。
明朝より“1泊コース”で高松を離れる予定となっており、その準備をスマートに仕上げるつもりが・・結構色々と割込み的な作業が入り、、結局はやりたかった自身の仕事がかなり後回しとなってしまった(×_×)

ヘロヘロ状態で帰宅し「せめてもの楽しみを!」って感じで観たのが、BSP(プレミアム)で放送された『死亡遊戯』だった。

ブルース・リー亡き後「彼が生前、温めてた企画」を引き継ぎ・・製作:レイモンド・チョウ、監督:ロバート・クローズにより「ついに」「強引に」(=^_^=)映像化された“本来あってはならないカタチ”での、リー先生の“遺作”。

・・

香港に本拠を置き、世界各地の芸能界&スポーツ業界に対し猛威を振るう組織(シンジケート)の手を焼く存在こそが・・人気のアクション俳優=ビリー・ロゥ(リー)であった。

組織との“契約”を拒み続けるビリーに、遂にボス=ランド博士(ディーン・ジャガー)とその副官=スタイナー(ヒュー・オブライエン)は“暗殺命令”を下す。

撮影現場での“事故”に見せかけ、首尾良くビリーを殺害するランドの配下=スティック。

ビリーの恋人=アン・モリス(コリーン・キャンプ)の憔悴ぶりは、彼らの友人でもある記者=ジム・マーシャル(ギグ・ヤング)の眼にも辛く映るモノだった。

しかし・・実は“辛うじて一命を取り留めていた”ビリー。

盛大な“国葬”を経て、世間が落ち着きを取り戻し始めた頃・・ようやく傷も癒え、退院したビリーは、組織に対する“たった1人の復讐劇”を開始するのだった・・

ホンマのホンマにリー先生の出演するシーンってば、、1時間40分ほどの上映時間の中で「たったの11分」ほどにしか過ぎなかった! その場面を終盤に組み込み、後はテキトーにでっち上げた(=^_^=) ゴールデン・ハーベスト社の“厚顔無恥にすら思われて来る、途方もない企画実現スキル”はとにかく、色んな意味でモノ凄い(⌒〜⌒ι)

既に何度も(これまでの人生で)観て来た本作なので、今更ナニをどう言うつもりもないが、、“リー先生のリアルな葬儀までもを作品に利用するのはやめんさい!”って事は、やっぱり今回の鑑賞でも感じてしまった。。

後、もっと巧く「映像的な演出」をやんなさい! とかね。

吹替え俳優による格闘シーンなどは“そっくりさん(タン・ロン、ユン・ピョウ等)なのがバレバレ”で、ひたすらに当惑させられてしまうのだ。。

ジョーン・バリーの手がけたメインテーマ曲の、妙に完成度の高いが故に・・総じての“ムチャクチャさ”が悲しくて仕方ない(×_×)

〜 こんなトコも 〜

・20年以上も前に観た、地上波(←当時)TV放送におけるヴァージョンの本作が恋しい! 声優陣が豪華で、津嘉山正種(リー先生)、大木民夫(ランド博士)、森山周一郎(スタイナー)・・とそうそうたる面々に加え、再編集された“怪鳥音”の数々が素晴らしかったのれす!
・『ドラゴン危機一発(1971)』では、それなりに“準主役の立ち位置”だったジェームズ・ティエンが、更にあっけなく殺害される役でチョイ出演(×_×)
・巨躯の殺し屋=ハキーム(カリーム・アブドゥール・ジャバール)との戦いでは、どうやら窓の外が「昼間」のようだった(・ω・)
・(前述の)ジェームズ・ティエンがハキームに殺されるシーンでは、以前から「4階まで上がって来られただけでも、格闘スキル的にスゴいじゃん!」と感心してたが、、ひょっとしたら、5階でランド博士らとの話し合いが決裂し、階段を下りて帰って行く時に殺された・・ってだけのハナシだったんかも知んない。。
・劇中で“最も生命を付け狙われていた”のは、実はランド博士だったりする(=^_^=)
・中盤が『ドラゴンへの道(1972)』で、ラストが『ドラゴン怒りの鉄拳(1972)』って・・一体、どないな脚本やねん!
・本作におけるダニー・イノサント師匠ってば、かなりカッコいい! あそこまで“ヌンチャクさばき”がヘタなワケはないンだが、、
・ギグ・ヤングは本作公開の同年、奥さんと共に亡くなられたそうだ。
・マカオの空手大会で、カール・ミラー(ボブ・ウォール)に惨殺される(?)サモ・ハンの役名はロゥ・チェン。
・後半、九龍の倉庫内でバトルシーンが展開されるが「散乱した汽車等の玩具類を手前に、奥をバイクが走って行く」カメラワークってば、やたらと印象的に仕上がっててスゴい!
・ラスト。一応は手を伸ばし(滑り落ちてく)ランド博士を助けようとしたビリーの“反射的な行動”が涙を誘う。
・「繁華街での追いかけっこシーン」は、押井守監督の“サイバー系アニメーション”とかを連想させてくれる。

〜 こんなセリフも 〜

ビリー「全くだ(I know,I know.)」
   「止めておけ。罰は下される」

ジム「君の“死亡記事”は書きたくないからな」
  「騙され易いのが、私の欠点でね」

ランド「・・何と美しいけだものだ」
   「ヤツは、このわしに罰を与えようと・・!」

スタイナー「人間、何が欠けても不自由だ。違うか?」
     「後悔するぞ。今のはマズかったな」

伯父「“方法”はあるが、自分で決めろ」
  「頂上に登れば、落差が恐ろしくなる
  「高潔さは高くつく。それを守る為には犠牲を払え
  「年齢と共に、問題は増えるものだ

| | コメント (0)

2011年8月 3日 (水)

☆『ドラゴンへの道(1972)』☆

2日(火曜)の夜。
昨夜は(も?)色々あって、帰宅が0:30過ぎとなってしまったし〜(×_×)

今月中に「1泊コース出張」が(取り敢えず)2本ほど予定されており、それらに関する“先立つモノ”のお陰で、異常に「フトコロ事情」こそは良くなっとるんだが・・反対に腰痛やら、歯磨き時の嘔吐反射やらがなかなか改善せず「劇場突進欲」もまた(すっかり)引っ込んじまってるワタシ(×_×)

昨夜は観逃してしまったが、、今週は1日(月曜)〜3日(水曜)の3日間で、BSP(プレミアム)にて“リー先生・主演作特集”が組まれてるので、2夜目に当たる今夜に放送された『ドラゴンへの道』を約5分の遅れながら、観る事とした☆
(因みに、1夜目は『ドラゴン危機一発(1971)』、3夜目は『G.O.D(死亡遊戯)(1978)』である)

夭逝の功夫(=截拳道)スター=ブルース・リー(李小龍)が唯一「監督・脚本・製作・武術指導・主演」の5役をこなし、尚かつ香港映画として初の(?)ローマロケを敢行したと言う本作。

地元のマフィアに脅されてる、ローマ市内にある中華料理店『上海』の若き女性経営者=チェン(ノラ・ミャオ:苗可秀)が、故郷=香港に住む叔父に救済を求める手紙を送った所・・弁護士の代わりにやって来たのは・・野暮ったい青年=タン・ロン(唐龍)(リー先生)その人だった。

「店の事なら心配ない。この俺に任せて!」と言い放つタン・ロンだが、彼の登場により、マフィアとの関係はある意味「取り返しのつかぬ方向」へと転がり始めるのだった・・

落ち着いて(=^_^=)作品全体を眺めるに・・屋外のロケーション(つまりは観光スポット)をリー先生&ノラ姐さんがそぞろ歩くシーンとか、終盤のコロッセオ(敷地内)のシーン・・とか言った以外の殆どは「セット撮影」で(お安く)済ませとる印象が強い(=^_^=)
後半のバトルフィールドの1ツとなっとる「ワケの分からん、だだっ広い空き地」なんぞは、オトナの眼で眺めるに「何処やねん、そこ!」と突っ込める事、請け合いだろう(=^_^=) ←案外、ローマっ子なら誰でも知っとる郊外の(?)観光名所だったりして(⌒〜⌒ι)

上映時間=約1時間40分なんだが・・久々に観ると、この“進行のテンポの良さ”が素晴らしい! コミカルで、ダラダラしとる印象だったのは最初の30分ぐらい! 無意味に子供を脅かし泣かせたり、行きずりの(?)お姉ちゃんのオッパイを何気に(?)拝めたりする“珍シーン(ボーナスシーン?)”など、のどかな展開は最初だけなので・・振り返れば、それはそれで貴重な感もあったり(・ω・)

コロッセオ内部を映した作品では『ダブルチーム(1997)』とか『ジャンパー(2008)』なんてのもあるが、本作でもその崩れかけたような、迷宮のような造型にウットリさせられる。
いつか、行けたら行ってみたい場所である。

JR大阪環状線・K橋駅のそばにも“コロッセオを模したような建造物(コンセプトマンション)”があるが・・今となっては結構、傷んどるんやろなぁ(⌒〜⌒ι)

〜 こんなトコも 〜

・「睨み顔で食事」させたら・・リー先生に叶う者は、今も昔もおりませヌ!
・マフィア側を主役にし「恐喝相手側に、弁護士が来ると思いきや、間違ってオッソロしい拳法の達人がやって来た・・」みたいなシチュエーションで、コーエン兄弟にブラック・コメディ風な(本作の)リメイク版を制作して欲しい(=^_^=)
・「喜怒哀楽の表現」が抜群な点も、リー先生の素晴らしいトコだ! 『燃えよドラゴン(1973)』の10倍ぐらい、本作におけるリー先生ってば“チャーミング”に見える(=^_^=)
・「伸したザコ悪党に座る」って演出は、どっから思い付いたアイデアなんやろ?! スゴ過ぎる!
・本作のリメイク版が実現するとしたら・・ボス役は、ジ※ン・レノに演じて欲しい(=^_^=)
・チェンの放つ質問調セリフ「貴方、結婚してるの?」が妙に“深く”感じられた。タン・ロンは(無論?)黙ってたが・・(・ω・)
・「新界(←香港の郊外)に住んでいる」とタン・ロンは言ってた。ごちゃっとしたエリアなんかな?
・劇中で1シーンだけ! トニー(タイの製氷所オーナーの息子役?)が“主人公視点”となるトコがあった。あの演出も、なかなかに「自由自在な感じ」で良い!
・チャック・ノリス演じる“アメリカ最強の格闘家”は「コルト」って役名だった。「ゴート」とか「ゴードン」とか、色々と名前の変わる場合のあるような気がする(・ω・)
・名案は“wonderful way”と言うようだ。

〜 こんなセリフも 〜

タン・ロン「(武術に)流派は関係ないさ。
      究極まで鍛えたら“己の真の力”を表わす事が出来る」
     「ここで拳法を見せる? ケガするよ?」
     「“これから見せるのが、中国拳法だ”・・訳せ!」
     「この街じゃ、誰でも銃が買えるのか?」
     「遺跡を見ると、九龍城を思い出す」
     「この庭園は広過ぎる。実に勿体ない」
     「これ以上、面倒を起こせば、痛い眼を見るぞ!」

チェン「貴方、頼りになるの? 何から(店を)救うのか分かってるの?」
   「てっきり弁護士が来るのかと・・」
   「世間にいるのは、泥棒ばかりじゃないわ」
   「ボスはあそこに隠れてるわ」 ←笑えた(=^_^=)

クェン「今や、社会は銃やナイフで溢れかえってる。
    彼が行く先々で幸運に恵まれる事を祈るよ」

ワン「ここは“敵陣”だぞ! 今は辛抱するんだ」
  「奴らに歩み寄るのも、1ツの方法だろ?」

日本人空手家「おまィ(=お前)はタン・ロンがぁ?」 ←その発音、、

悪党「分かったか?(That's why.)」
  「“ご注文は?”だと?(May you help me?)」
  「何てこったい!(Mamma Mia!)」

チェン「(所持金を)預けたらどう?」
タン・ロン「自分で持ってた方が、安全だし便利さ」

追記:ウィキで「チャック・ノリス」を調べて頂くと、項目の1ツで“チャック・ノリス・ジョーク”ってのが紹介されてるのに気付く。コレがかなり笑える!(←「悪ノリ」もあるが) 是非、ご覧下さい(=^_^=) “スターリン・ジョーク”よりも、ひょっとしたら面白いかも!

| | コメント (0)

« 2011年7月 | トップページ | 2011年9月 »