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2011年5月29日 (日)

☆ちょこっと&ぼちぼち再開の“エエ言葉”☆

【2011.5】

海原 純子(心療内科医)
 「つらい、という感情を素直に言えない男性は、
  しばしば嫌みでそれを表現するものですよ」

茨木 のり子(詩人、1926〜2006)
 「詩は『生(な)る』ものだ」
 「じぶんの2本足のみで立っていて、
  なに不都合のことやある」

※自著『椅(よ)りかからず(1999)』より

ひこ 田中(児童文学家)
 「友達ならリーダーなど生まれません。
  (そのグループは)あくまで一時的に身を寄せ合っている
  集団と割り切っておいた方がいい」

坂東 薪車(歌舞伎俳優)
 「稽古期間が短い歌舞伎では、自分で事前に役を作り込んで
  から稽古で合わせる。でも、現代劇は稽古場で相手と
  キャッチボールしながら役を作り、変えていくほうが面白い」

降矢 一朋(就活アドバイザー)
 「自分の雰囲気に合った方法で、自分なりの笑顔で、
  気持ちよく応対するよう心がけましょう。
  それが自分らしさです」
 「あいさつや態度といった非言語のコミュニケーションとは、
  思いをしっかりと態度で示すこと」

草野 仁(フリーキャスター)
 「人間の体力には個人差があって、自分の力だけで
  頑張り抜こうとしても限界があります。だからこそ、
  利用できる力は借りればいい」

本屋敷 俊介(オリックスのトレーニングコーチ)の座右の銘
 「限界はない」

谷崎 潤一郎(作家、1886〜1965)
 「美は物体にあるのではなく、物体と物体との作り出す
  陰翳(いんえい)のあや、明暗にあると考える。
  夜光の珠(たま)も暗中に置けば光彩を放つが、白日の下に
  曝(さら)せば宝石の魅力を失う如く、陰翳の作用を離れて
  美はないと思う」

※自著『陰翳礼讃(1933)』より

山口 恵梨子(将棋棋士)
 「将棋は知識欲と打たれ強さを高めるツールであり、
  勝った時に抜群の嬉しさを味わえます」

小西 真奈美(女優)
 「年齢と経験を重ねても、固まるのではなく、
  いつまでも柔軟でいたい」

畑村 洋太郎(東大名誉教授)
 「失敗から目を背け、隠そうとしたり、なかったことに
  しようとしているうちは、同じ失敗を繰り返す。
  新たに別の失敗も生む」

※自著『失敗学の法則』より

松浦 弥太郎(『暮しの手帖』編集長)
 「子どもの苦しみと、親の自己満足を交換しないこと。
  親の望みによって、子どもの自由を奪ってはいけない」
 「育児としつけにおいて最も大切なのは、夫婦仲である。
  よい母親のためには、よい夫であるべし。
  よい父親のためには、よい妻であるべし」

種田 恵(水泳選手、ミズノ所属)
 「まだ、可能性はある」
 「1歩ずつ、とも言えない。
  半歩ずつ、いい泳ぎに近づいている」

山田 昌弘(中央大学教授)
 「希望は生きるために欠かせないし、未来に向かって
  自己実現するための動機付けになるものです。
  希望がないと、人間としての力が出てこない」

谷川 浩司(将棋棋士)
 「ベテランになるにしたがって、最新形についてゆくのが
  大変になり、独自の戦い方に転換する棋士も多い。
  (中略) ただ、私自身は、このスタイルは力の衰えを
  認めることになるようで抵抗があるし、最後の手段という
  気もしている。
  もう少し粘って、若い人に交じっての研究も続け、
  「最新形の戦いを逃げない」という、高い志だけは
  持ち続けたいと考えている」

田部井 淳子(登山家)
 「残りの人生を今までよりも、もっと密度濃く生きたい、
  と思っています。
  (中略) やりたいことを悔いなくやって、豊かなものにして、
  いずれ死んでいく時に「やるだけやった、生まれてきてよかった」
  そう思って死んでいきたい、と思っています」

服部 匡志(眼科医) ※ベトナムでの無償医療活動に取り組む
 「回り道してもあきらめなければ、何とかなる」
 「言葉が通じないなら、ジェスチャーで」
 「みんな何かできる。自分で考えて動いて欲しい」

綾瀬 はるか(女優)
 「(コメディエンヌとしての)期待に応えるには、
  何かして鍛えていかなきゃ」

なべ おさみ(タレント)
 「とにかく、犬は十犬十色なのだ。
  (中略) 1匹1匹全て性質が異なるのだ。必死になって、
  自分らしさを失うまいと生きている。しかも、そうして
  かたくなに生きているのを、主人に悟られまいと
  頑張っているのだ」

中村 文則(作家)
 「『想定外』は要するに想定していなかったという
  重大なミス、判断の甘さを意味するはずだけど、
  (中略) 危機管理に携わる人間達が、この地震の多い国で
  震災を『想定外』と簡単に言ってしまう感覚は恐ろしい」
 「もう『想定外』という言葉は禁句にしたらどうか。そもそも
  災害時において、国などから『想定外』『想定外』と連呼
  されると不安になるのである。
  このままだと日本は何でも『想定外』の国になってしまわないか。
  (中略) そんな国は嫌だ」

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2011年5月27日 (金)

☆どうにも“手玉に取られちゃった”感の否めない気がしないでもない1夜(⌒〜⌒ι)☆

またもや“午前様帰宅”となったこの夜(26日)。。

大人しく帰宅するつもりが・・“とある流れ”を経て「結構お気に入りな某店」のドアを(まんまと)開ける羽目になってしまった。。

・・

入店が20:00過ぎ。

んで、同店を後にしたのが1:00過ぎ。

・・

って、そないに広いとも言えぬ店内で、5時間も粘って、何をしとんねん、オレ(×_×)

で・・その店が「とある特徴のある店」でもあり・・それなりに楽しかった半面、最終的に「そんなには楽しくもない料金」を請求されてしまい、どうにも凹んでしまった次第。

酔い&睡魔に打ちのめされた、トロンとした視界の左端で、
ママが、店の女の子2人に“険しい表情”でもって「1本指」を突き立てるのが見えた。
おまけに、ワタシの席の右横に立ててある空のビール瓶を「1本」「2本」と指し示すのも見えた。

で、これが赦せないトコ(=^_^=)なのだが「日本語じゃない言語」で彼女らがやり取りをなさったのだ!

心の中でこそ「日本語で言わんかァ! ゴラァ!」と思ったんだが・・ワタシの両眼は、やはりトロンとし続けたままだった(=^_^=)

彼女らが果たして何を言ってたのか・・“言葉”としては全く分かんないんだが・・“直感”で、こう言い交わしてたであろう事がハッキリと掴めたのだ!

「そいつの飲んでった2本分も、こいつにまとめてツケとけ!」
「え、マジっスか? マジ、そこ行くんスか?」

・・

そんなワケで、
改めて「“手玉に取られちゃった立場”の客」にしか過ぎぬワタシながら、こんな事を実感したワケである。

♦お会計時、お客を「イイ気分」にさせてくれなかった以上、その店は“プロ”としては失格である

そして、こうも思った。

♦スタッフ同士が“肝心な場面で”日本語以外で会話する店なんか、信用出来ようハズもない

・・

色んな意味で「コレじゃ、当分は行けそうにないよなァ」としみじみ感じつつの帰宅。

でも、こんな事をここにぶちぶち書いてる自分自身こそが、きっと1番赦せないのだろう。
分かってはいても。

じゃあ書くなよ!

とおぼえでしょうか、
いいえ、それでも。

追記1:きっと今度行った時には、ちょうどボトルが尽きるよう“残量調整”されとんやろなァ(×_×)
追記2:とっさにスマートフォンの某アプリを起動させ「日本語じゃない言語のやり取り」をしっかり録音したかったトコである(=^_^=) ←後で意味を知って、余計落ち込むだけだってば。

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2011年5月26日 (木)

☆『岳/ガク』☆

23日(月)、24日(火)、そして25日(水)と・・目まぐるしい感じで奮闘してみた、ワタシなりに。

で・・正直言えば、今日ばかりは「大人しく、さっさと帰宅⇒ダラダラしたかった」ワケだが、、だんだん“宿題”が溜まって来てもおり「ちょいとここいらで頑張るよ、おまいさん」と自らに言い聞かせつつ・・仕事を終えてから“ワーナー・マイカル・シネマズ高松”へと向かい“宿題”の1ツだった『岳/ガク』って新作邦画を鑑賞して来た。

コミックが原作らしい本作(←全く未読)。

作品に対しては何の予備知識も持ち合わせちゃいないし、主要キャスト陣にも、さほど食指を動かされたワケではなかったが・・ 相互リンク先である某ブログで、管理人さんの評価が妙に(=^_^=)高かったもんで「こりゃ、観とかニャ〜(←何でそこ、猫っぽいか!)」と再認識し、アタックをかけた次第である。

長野県、富山県、岐阜県にまたがる名峰・・北アルプス。
毎年、決して少なくない遭難犠牲者を出すこの山岳地帯には、長野県警北部署に属する「山岳遭難救助隊」が配備されている。

この日、望んで制服警官(=婦警)から転属して来たのは、父(石黒賢)をかつて冬山の事故で亡くした椎名久美(長澤まさみ)だった。

奇しくも、登山者がクレバスに滑落(転落)する事故の報告が入るが・・「遭難地点と経過時間」を聞かされた隊員たちの表情は、たちまち曇るのだった。

「気温は氷点下25度・・30分で救出しなければ、遭難者の凍死は免れない・・」

だがその時、野田隊長(佐々木蔵之介)は呟くのだった。
「・・いる! 三歩がいる・・!」と。

・・

山岳救助のベテランである野田をして「山バカ」或いは「山そのもの」と言わせしむる、その青年の名は島崎三歩(小栗旬)。

民間の山岳救助団体に協力する“一介の救助ボランティア”に過ぎない彼だが「(世界の名峰を踏破して来た)豊富な経験&天性の勘」により、北アルプスの総てを熟知した“もはや常人を超える存在”なのだった。

三歩の働きぶりを目の当たりにし、何処か“反発心”を抱えながらも、その存在に憧れ始める久美。

遭難を経験したりもしつつ、次第に「救助隊員としてのスキル」を高めて行く彼女だったが・・そんなある日、総勢12名の登山者の関わる“多重遭難事故”が発生し・・久美は無論、三歩ですらも“初体験”に近い、大きなピンチを迎えるのだった・・

序盤からの組立て&流れがなかなか良く、退屈する事が全くなかった!

比較的ノンビリした“予定調和的な、特殊な職業紹介+恋愛系ムーヴィー”かと思いきや、意外にも「重い演出」をバンバン放って来るので、正直少し驚かされたりも(・ω・)

一方で、三歩と言うキャラ(=ヒーロー)に脚光を浴びせ過ぎるが故に「山岳遭難救助隊」や「レスキューヘリ」の活写にまで手が回らず、まるで「ウ※トラマンの活躍に全依存しとる科※特捜隊」みたいな構図に仕上がっちゃってたのだった(⌒〜⌒ι)

その割に、主人公を必ずしも三歩に固定するでもなく、かと言って久美に軸を置く訳でもなく・・そしてその2人が必要以上にステディな関係(男女関係?)に変わって行くワケでもなかったので、ちょいと視点が不安定と言おうか、観てて良く分かんないトコがあったかな、と。

せめて「久美と母親との電話シーン」なり「三歩の家族のエピソード」なり、もう少し踏み込んだキャラ造型(とか演出)なぞをしてくれてたら、まだしも親近感が高まったように感じるのはワタシだけやろか。

“人間を超えてる!”と恐怖心をすらワタシに抱かせた(=^_^=)三歩だが、後半〜終盤にかけては、随分と等身大(=常人)レベルに、キャラが小さくなってもしまい、そこは「最後まで“神キャラ”で描き切ってくれよ!」とハラも立ってしまった(=^_^=)

野田隊長も、ヘリパイロットの牧(渡部篤郎)も、三歩になつくあの小僧(?)も、造型が全然足りない上に、終盤などは殆ど「放置されたまま」に終わってしまってたのも不満だった。

って事で、折角のイイ世界観を有しながら「キャラ陣に愛情が注がれなさ過ぎ!」と評したいワタシである。

〜 こんなトコも 〜

・牧さん役の渡部さん。何だか『ホワイトアウト(2000)』で佐藤浩市氏の演じてたテログループのリーダー役に、妙にヴィジュアルイメージが重なってもしまった(=^_^=)
・石黒賢meets雪山・・となれば、コレはもう“遭難死”ってな選択肢しかないんやろか?
・久美とイイ関係(男女関係?)を築くか、に思われたあの新米隊員も、メチャメチャ扱いが薄かった(×_×) それに加え“殴られ損”とも?
・佐々木蔵之介さん。隊長風(?)を巧く吹かせて演(や)っておられたが、何だか「全然登れなさそう」に感じた。さて?
・小栗旬&ベンガルの「演技対決」は、ちょいとした見所である(⌒〜⌒ι)
・最後まで“超人キャラ”を貫き通してた・・って点で評価すれば、誰の眼にも『ヴァーティカル・リミット(2000)』のクリス・オドネル君の方に軍配が上がる事だろう(=^_^=)
・クレバス内のシーンが、如何にも「セット風」って感じで残念だった。
・岩棚(?)をやや離れた位置から映しとる映像群が、何処かCGっぽくて冷めそうになってしまった。
・山岳救助隊本部の壁に掛かってた「山に祈る」って(額装の)筆文字がイイ感じだった☆
・何故だか、三歩はいつも「遭難現場から約40分」の位置に“たまたま”いたりする(・ω・)
・救助ヘリのボディ側面に「昴(スバル)エアレスキュー」って書かれてるんだが・・ドアが全開状態だと「昴スキュー」に見えてしまい、何ともワケ分かんなかった(=^_^=)
・三歩役がウィル・スミス(2008)だったら・・「良く頑張った!」ばかりを連発する余り、周りに「それはさっき聞いたよ」とか突っ込まれる事だろう(=^_^=)
・いくら「1.5リットルサイズの水筒代わりになる」って言われても、、コンド※ムに入ってる水は飲みたくねぇよなぁ(×_×)
・「花を摘んで来る」「雉を撃って来る」がそれぞれ「小さい方」「大きい方」に該当するそうだ。決して「カゴは?」「銃は?」とか訊いちゃなんねぇだよ(=^_^=)
・「谷村山荘」の「穂高ラーメン:750円」よりは「爆弾チャーハン:900円」の方が量的におトクな気がする。それと、市毛良枝さん演じる“おかみさん”がイイ感じだった☆
・職業柄もあろうが・・余りに主人公らの日常に「悲劇(=死)」が多過ぎると感じた。。
・三歩の食べる「特大盛のナポリタン」には『セヴン(1995)』のアレに通じる不快感を覚えた(=^_^=)
・殴り合った後のスタロ〜ンみたいに、左眼の腫れ上がった久美のメイクはナチュラルで印象的。。
・市街地(ふもと?)に降りて来た時の三歩の不器用な様子は『デルス・ウザーラ(1975)』に通じる感じだった(・ω・)
・三歩のかつての親友・・ってキャラ名もなしかい!
・長澤まさみを拝見するのは、(ドラマを観ない)私的には『涙そうそう(2006)』以来な気がする(・ω・) 『世界の中心で、愛をさけぶ(2004)』を観た直後こそは、メロメロになってしまったワタシだが・・なかなかあの時のインパクトを超えるまでの彼女には、出会えていない。。

〜 こんなセリフも 〜

三歩「ここからだと40分かかるけど・・行って来る!」
  「よし! 良く頑張った!」
  「不思議だよね。冬山にいる時は“土”が恋しいけど、
   クレバスに堕ちた時は“空”が恋しくなる
  「有難う! 生きてた君に感動した! 又、山においでよ」
  「爆弾・・つまり低気圧によるドカ雪で、山全体が
   “雪崩(なだれ)の巣”になってる状態さ」
  「クイズ。絶対に山に棄ててはいけないものは?」
  「滑落した時は、こうやってピッケルを立てて止めなきゃ」
  「生命を山に落とす時もある」
  「ガンバ! ガンバ! こっから、ガンガン生きよう!
  「アスファルトの道って、みんな同じに見える」
  「頑張れるよな? 父ちゃんに負けないように」
  「いつか、あの山のてっぺんで“男メシ”しような」
  「そっか・・初めてなんだ」
  「ごめんね・・(そんでもって)フォォォ〜ル!!」
  「生存者の救出が優先される」
  「謝んなよ。“みんなの山”なんだからさ」
  「何だ、久美ちゃんか! グリズリー(灰色熊)かと思ったよ」
  「久美ちゃんは、生きよう。お父さんに負けないように」
  “山も、そして人生も、悲しい事が半分、楽しい事も半分。
   そのどちらを大きくするのかは、自分で決めるんだ”
  「ちょっと、散歩して来るわ」
  「久しぶりに、(雪崩に)流されちゃった」
  「棄てちゃダメだ。これからだ。ここからだ
  「生きるんだろ? 生きろ〜! 生きろ〜!」
  「さぁ、帰ろう」
  「この雪が溶けたら・・又、山においでよ」
  「感動した! 又、山に来てくれた君に」

久美「“ミニスカートの制服”に訣別したかっただけです」
  「大丈夫です。素人じゃありませんから」
  「絶対にからかってますよね?」
  「大丈夫・・背負える」
  「みんな“人の死”に慣れ過ぎなんじゃないですか?」
  「救助隊はタクシーじゃないんですよ?」
  「残酷じゃないですか? “山の死”って・・
   それをあんなに“涼しい顔”で・・」
  「何か“似てる”んです。だから、ハラが立つのかなぁ」
  「私・・行けます!」
  「言われたいんです・・“良く、頑張った”って」
  「死にたくなければ・・立てぇ〜! 歩けぇ〜!」
  「この※を※※しましょう。※※でだって、歩けます」
  「登りたいんです。何万回でも」

野田「駄目だよ。そんな軽装で山に来ちゃ」
  「山に住んでる・・って言うより“山そのもの”だよ、あいつは」
  「リーチを伸ばして掴め。ホールドした先は見るな」
  「子供はな、公園で泥んこになって学ぶもんだ」
  「休暇中だろうが、休暇中でなかろうが、
   “プロとして無責任な行動”は慎め」
  「哀しみを背負って、あいつは笑うんだ。
   笑顔の後ろには、沢山の生命が詰まってる」
  「冬山救助で必要なのは、撤退する勇気だ」
  「冬山を超えなきゃ、ここ(=隊)を去るしかない。
   あいつも分かってるさ」
  「覚悟してかかれ!」
  「これ以上はムリだ。諦めろ」
  「無謀な救援は“2重遭難”を招くだけだ。
   これ以上、犠牲者は出せない。それが俺の決断だ」
  「何が何でも生き抜いてこそ“本当のプロ”だ」

牧「なら“フォール”しろ。そこはヘリでのピックアップはムリだ」
 「遺族が待ってるのは遭難者の遺体だ。お前の頑張りじゃない」
 「お前みたいなヤツを何て言うか知ってるか? “アマチュア”だ」
 「動けない人間が、ヘリに向かって手を振れるか?」

父親A「落としたの、誰だ? お前か?」

父親B“お父さんは、もう帰れないかも知れません”
   “全身の震えが止まりません”
   “呼吸(いき)が苦しくなって来ました”
   “入学式に行きたかった。
    20歳(はたち)になったお前に会いたかった。
    お前の花嫁衣装が見たかった”
   “頑張れよ、どんな時も。
    立ち止まらず、真っすぐ、上を見て歩き続けろ”

隊員「生命が惜しくて、何が救助隊ですか?!」

久美「山って、何なんだろ?」
三歩「何なんだろうねぇ・・ 歩いて登って、汗かいて笑って、
   握り飯を喰う・・それに、空気が美味い!」
久美「分かりません・・分かりたくもありません」

久美「私は、歩いてますか?」
三歩「勿論!」

三歩「温かいでしょ?」
久美「・・はい」

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2011年5月23日 (月)

☆ちょこっとおススメしてみたい1冊☆

23日(月曜)に日付の変わる寸前の深夜、無事に帰松が叶った。

今回は・・往路の某大橋上で、後ろから接近して来たパンダみたいな(?)カラーリングのセダンに、追い抜かれざま「ここ、80キロやでぇ!」とマイクで警告されてしまい、かなりビビらされたもんで(⌒〜⌒ι)
「復路こそ大人しく走ろう・・」と心に誓ったハズが・・またまた“ヘッポコ野郎ども”とアオりアオられしてしまい、、ここには書けないようなヒドい感じとなり下がってしまった・・(×_×)


それはさておき、久々に「おススメしときたい1冊」を挙げておきたい。

と言っても、ワタシ自身はまだ購入してないので・・装丁とか文章的な仕上がりとかに、至らなさがあるかも知れないが(・ω・)

・・

『世界にひとつだけの本』 著者:北阪 昌人 (ISBN-13 : 978-4569796161)

 出版社:PHP研究所 価格:1575円

【紹介】

女優=木村多江さんの朗読による、JFN系ラジオ番組「Sound Library~世界にひとつだけの本~」が待望の書籍化。
これまでにラジオ放送&ポッドキャスト配信された56エピソード(5月22日現在)の中から、25話ぶんを収録。
平成23年4月23日(水曜)発売。ソフトカバー単行本。182ページ。

・・

脚本の勉強にもなるような多彩な物語&人物設定や、人生を凝縮したような、軽いけれど深い台詞の数々。時として、幕切れのタイミング&放たれるひと言にガツンと打ちのめされたりもする・・

ワタシの聴いてる、数少ない(=^_^=)ポッドキャストの中でも、欠かす事の出来ない番組である。未だに。

また良かったら、店頭でチェックしてみて下さい。

因みに、ワタシは昨夜、あまずぅんで注文クリックしました(=^_^=)

追記:過去にこんな記事も書いてみたものでした。

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2011年5月22日 (日)

☆ちょこっと&ぼちぼち再開の“エエ言葉”☆

【2011.4】

朝永 振一郎(ノーベル物理学者、1906-79)
 「一般人は原子というものが科学者の観念の産物にすぎない
  などと敬遠してはいられない」
 「科学者と一般人をつなぐ役割がジャーナリストや評論家に
  求められる。その仕事は単なる職人的な教育や
  知識の切売りや概念的なおしゃべりであってはならない」

※自著『科学者の自由な楽園』より

浪川 知子(読売新聞大阪本社文化部記者)
 「何も起こらない日常は奇跡のような偶然の重なりによって
  かろうじて続いていくものなのだ」

笠松 はる(女優、劇団四季所属)
 「観客に心情を説明するような余計な演技はしない」

井村 雅代(井村シンクロナイズド・スイミングクラブ代表)
 「教え子の頑張りに報いるために、私は勝負で絶対に
  勝たせなくてはならない。そうでないと理屈が通らない」
 「努力は必ず報われる」
 「自分の言葉を証明するためにも
  指導者は勝たせなくてはいけない」
 「大きな目標の前には必ず障壁が立ちはだかる」

【2011.5】

色川 武大(作家、1929-89)
 「人生の要諦は“理想は9勝6敗”だ。
  15勝0敗の大勝ちを狙うものは、いつか大負けを招く。
  白星先行が続くように、小さな勝ちを目指すのが大切だ。
  (中略) 他人との関係も、すべて自分に都合良く
  「15勝0敗」では駄目。人間はしのぎを削りながら
  助け合うものであり、人生のバランスシートは
  帳尻が合うように出来ている」

※自著『うらおもて人生録』より

長谷部 誠(サッカー選手)
 「心は鍛えるものではなく、整えるもの」
 「大一番で力を発揮するためには、平穏に夜を過ごし、
  睡眠をしっかり取ることが大切。
  (中略) とにかく心に有害なことをしない生活を送ること」

※自著『心を整える。』より

川上 量生(スタジオジブリプロデューサー見習い)
 「戦争(第2次世界大戦)の現実を見た人が、最初のファンタジー
  (文学)を創りました。いまはファンタジーを見た人がファンタジー
  を創っている時代といえます。
  ジブリは戦争を知っている最後の現役世代がファンタジーを
  創っている会社なのです」

木村 栄文(テレビ番組ディレクター、1935-2011)
 「ローカル局にはすぐ政治的、社会的な題材に飛びつく人が多いが、
  僕はどこかに私語の部分を残していたい」

北岡 明佳(立命館大学教授)
 「人に言われたり、周りがやったりしているからやるのではなく、
  自分が面白いと思うことに取り組んでほしい」
 「学問を進歩させるには、基礎を身に着けたうえで
  「羽目を外す」ことも大事」
 「羽目を外して画期的な発見をしても、すぐに世に認められない
  ことの方が多いのですが、真の探究心があればめげずに
  続けられます。打たれてこそ「出る杭」ですよ」

なべ おさみ(タレント)
 「素直で純粋な犬は、全く人間の子と同じなのだ。
  甘やかすことなく厳しく接し、そして褒めてやることの
  繰り返しの努力で、犬はすくすく育つ。
  (中略) 善悪のおぼつかない時期に教え込む常識こそが、
  人間側に約された大切な責務なのだ」

レイチェル・カーソン(生物学者、1907-64)
 「私たちは、おそろしい武器を考え出してはその鋒先を昆虫に
  向けていたが、それは、ほかならぬ私たち人間の住む地球
  そのものに向けられていたのだ」

※自著『沈黙の春』より

前川 知大(劇作家)
 「思うに、人が散歩するのは“何らかの可能性”を期待しているから
  ではないでしょうか?
  (中略) でも、必ずしも出会える保証はないわけで、そのあたりの
  不安定な期待感がいいんです」
 「現代社会では、“迷子”になるのが難しい。
  インフラの整備が行き届いていますからね」

古橋 広之進(水泳選手、1928-2009)
 「泳心一路。魚になるまで泳げ」

朽木 ゆり子(ジャーナリスト)
 「国宝級名品を日本は手放してしまった。
  だが、海外で流通したことで日本の美術品の評価が高まった。
  フランスの印象派絵画も国外へ出たから世界中で愛され、
  値段も高くなったのだ」

有栖川 有栖(推理作家)
 「かつては人生経験がないと小説は書けないと言われた。
  けど、そういう作品だけじゃない。何かを不思議に思う精神や
  柔軟な発想は、むしろ重い人生経験によって失われることが多い」

谷川 浩司(将棋棋士)
 「事前の研究で差がついてしまう将棋もあれば、未知の世界での
  力くらべとなる将棋もある」

藤原 智美(作家)
 「今年の春、テレビでやたら見かけたのが防災服だ。そのなかで、
  政治家が身につける真新しい防災服が、私にはひどく鼻についた。
  (中略) 本来、作業着の1種なのだが、おろしたてのシミ1つない
  防災服にいつものネクタイ、足元は上等な革靴では、汗を流す
  泥まみれの作業など、できないぞ!
  と思わずつっこみを入れたくなる。あれもメディア向けの
  パフォーマンス、コスプレと思えば腹もたたないか。
  しかし、無自覚なコスプレほど、みっともないものはない」

西川 きよし(タレント)
 「漫才は、自分と相方、そして客との3角形をいかにバランス良く
  笑いの空気で包むかが大事」
 「(稽古を)やってやって峠を越えると、すごく面白くなるんですよ」
 「いいあしたが来ると思わないと、自分も楽しくないですからね」

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2011年5月19日 (木)

☆『おしゃれ泥棒(1966)』☆

18日(水曜)の夜。
とある方に“お気に入りの1本”と聞いてた『おしゃれ泥棒』がいよいよBSP(プレミアム)に登場するって事で、結構“心待ち”にしてたワタシ☆

この日、22時からの「BSシネマ」でしっかり観る事が叶い、嬉しかった☆
因みにワタシ、初めての鑑賞ですた(・ω・)

巨匠=ウィリアム・ワイラー監督が、オードリー・ヘップバーン&ピーター・オトゥールを主演に迎え、パリを舞台に描く“ロマンス&ドロボウ”の物語。

因みに、ネイティヴな発音は全然違うンかも知れないが・・「恋人(Lover)」と「泥棒(Robber)」を引っ掛けて、アイデアを構築して行ったンやろか? とか思ってみたりして(=^_^=) ←んなベタな

・・

高名な美術品収集家=シャルル・ボネは、自身の所有するチェリーニ作の(大理石の?)ビーナス像を「フランス大美術展」に出展するため、美術館長=グラモンに預ける。

実は、ボネの“正体”は贋作造りの達人であり、ゴッホ、ロートレック、セザンヌ・・など“印象派”を筆頭に、名だたる巨匠の作品すらも完璧に模写出来る才能を持つのだった。

悦に入る(?)父を眺めつつ、不安な気持ちを高めるのは・・彼の娘であるニコル(ヘップバーン)ただ1人。

そんなある晩、ボネの不在を狙って泥棒が邸内に侵入、ゴッホの名画を盗み出そうとする。

壁に飾ってあった美術品(鑑賞用?)の銃で彼を威嚇し、辛うじて盗難を阻止したニコル。

捕まえた「長身&碧眼&ハンサム」な青年泥棒による「軽妙なトーク」のせいで、彼女は警察に彼を突き出す事が出来なかった・・そもそも、盗まれんとしていた、そのゴッホの絵もまた“贋作”だったのだから。

・・

ビーナス像は、展示期間の早い内にもチューリヒから招かれたバウアー教授により“入念な科学鑑定”が行われる事となる。

専門家である教授にかかれば、自らが贋作家である事が容易くバレてしまう。
“ボネ・コレクションの崩壊”“逮捕、そして投獄”・・絶望の淵に立たされる父娘。

そんな中、ニコルは“とある考え”から父に「私に任せて。鑑定前に、あの像を何とか“回収”してみせるから」と言い放つ。

彼女に見込まれてしまったのは、あの頼りない青年泥棒=サイモン・デルモット(ピーター・オトゥール)なのだった・・

流石に・・初めてワイラー監督とタッグを組んだ『ローマの休日(1953)』からだと13年(も)が経過しており・・さしもの“妖精”ヘップバーンも「ちょっと“黒鳥(ブラック・スワン)”入って来てますな(⌒〜⌒ι)」的な“貫禄”を備えてはるワケだが・・それでも充分に魅力的だった。

それに、脚本が巧い!!

泥棒に入らざるを得ない(得なくなった)理由付けや、そこに持って行くための「流れ&設定」に全くムリ&ムダが見られないのだ!

見せ場である“赤外線による、厳重な防犯(=警報)装置”を巡る「お仕事シーン」は、流石に“演出の古くささ”を感じもするが、、そこがまた、絶妙にライトなロマンス&コメディタッチを高めてもくれとるし!

「泥棒ネタ」を前面に押し出しつつ「誰も死なない/傷付かない(←厳密には、約1名が劇中で撃たれるが、、)」ってな“クリーンな演出”にも好感が持てる☆

本作のエッセンスだけを抜き出せば、サスペンス調にもSF(すこしふしぎ?)調にもリメイク出来そうな・・そしてそんな作品を、つい観てみたくなるワタシなのだった(・ω・) ←難しいってば。

〜 こんなトコも 〜

・侵入時「手袋なし&覆面なし&武器なし」ってな、大胆なドロボウさん。思えば、のどかな時代でしたなァ。
・連想したのは『M:i−2(2000)』の前半だろうか? 「警備主任を自ら名乗る、コミカル&ハンサムな助っ人」「狭所で密着し(?)気持ち的にも急接近する男女」と言った演出を眺めるに、ジョン・ウー監督は恐らく本作を参考にしたんではないかな、と。ま、監督と言うか、脚本家だろうけど。
・アメリカの成金=デイヴィス・リーランドを演じてたのがイーライ・ウォラックだと後で知った! この時は上品ですた(=^_^=)
・赤いクルマを駆る、白い服をまとったヘップバーン・・そのコントラストが印象的。
・ニコルが夜半に読んでたのは、ヒッチコック関係の本(⌒〜⌒ι)
・赤外線警報装置は『EDAS(電子の眼)』と呼ばれていた。
・フェルメールの贋作を描き続けた、メーヘレンと言う贋作画家がいたそうだ。
・「エリゼー宮」とは「大統領官邸」の事らしい。フランス人なら誰でも知ってるんやろね。
・思わづ“十文字ブーメラン”が欲しくなった(=^_^=)
・『コレクター(1965)』と『ファニー・ガール(1968)』の間に本作を手がけてる辺り、やっぱりワイラー監督の才能はただもんじゃないと思う。
・私的には、ケイリー・グラントが“お気に入りのハリウッド男優”なんだけど・・オトゥールの蒼い眼も、同性が惚れる程(=^_^=)に素晴らしいと思う。美しい碧眼さえ備わってたら、たとえ“チビハゲデブアホプア”でも、全く(生きるに)問題ないんじゃなかろうか?(なの?)

〜 こんなセリフも 〜

ボネ「ヴィンセント(=ゴッホ)の場合、サイン(署名)に気を遣えば
   イイだけだからラクなもんさ」
  「当時のカンバスから“19世紀のホコリ”を集める・・
   ゴッホ自身もこんな苦労をしてはいまい?」
  「“ニセモノ”は禁句だぞ」
  「大事なのは“作品そのもの”だ。作者など関係ないさ」
  「お前はどうも正直でいかんな」
  「“ホンモノ”の何処に意味がある?」
  「アメリカ人はイカれとる・・札束の見過ぎだろうな」

ニコル「“カリウム・アルゴン”をひと吹きすれば、
    すぐに贋作だって事がバレるわ」
   「私たち・・“ある問題”を避けてませんこと?」

デルモット「やぁ。芸術が縁で良く会うね、僕ら」
     「君はどうしてこう、いつも気まぐれなんだ?」
     「“密会”がお望みなら、僕の部屋にボトルがある」
     「“おしゃれ”は忘れろ」
     「明日、美術館に午後5時半に集合だ。訳を訊いたら殴るぞ!」
     「精巧な装置ほど・・壊れると、より大混乱になり、
      より大きな隙が出来るのさ」
     「確かにボスは君だが、僕に従え」
     「彼らの“自然なリアクション”に賭けるよ」
     「挑戦しよう。面白くなって来たぞ!」
     「偶然にも、こんなモノを持ってるんだ」
     「拍手は、アンコールの時まで取っといてくれ」
     「警備員にとっては、(展示品なんて)興味のないガラクタなのさ」
     「そうだ、もっと鳴れ!」
     「込み入った話はいい。ただ、首を縦か横に振れ
     「君のお爺さんは大したもんだ・・無論、お婆さんも」
     「“自宅にも飾れない物”に大金を払う覚悟が?」
     「勿論ですとも(By all means.)」
     「君はまだ未熟だな・・冷酷にならないと」
     「嘘は初心者だったんじゃ? 才能あるんだな」 

リーランド「何と“無粋”な電話だ!」
     「男は“決断力”が勝負なのです」
     「アレが欲しいんだ。“盗品”だって構わんさ・・分かるか?」

ニコル「父の留守を狙ったのね?」
デルモット「ま、僕も一応は“プロ”だからね」

デルモット「上流階級の人間は、いきなり撃ったりしないぞ?」
ニコル「盗みに来たんなら“それ位の危険”は覚悟すべきよ」

デルモット「イイ車だろ? 240キロは出る。逃げる時、便利なんだ」
ニコル「泥棒稼業も、儲けてるモノなのね」
デルモット「それがあいにく・・盗んだ車でね」

ニコル「さっき撃たれた腕と、逆なんじゃ?」
デルモット「どうやら“伝染”したらしくてね

ボネ「その男に“妙な真似”をされたのか?」
ニコラ「いいえ・・少しよ」

館長「あなたも芸術にご興味が?」
デルモット「ありますとも。ついでに“防犯装置”にもね

デルモット「娘も(贋作の)共犯なのか?」
リーランド「何だって? さっき(作品は)“本物”だと言ったろ?」
デルモット「ああ、そうだったな」

デルモット「君のためなら、何処へだって忍び込むよ」
ニコラ「じゃ、あの美術館へ」 
デルモット「すまんが前言撤回するよ」

デルモット「何なら、今からパリを案内しようか?」
ニコラ「有難いけど・・パリ生まれなの」
デルモット「じゃ、君が案内を」

デルモット「この像・・君に瓜2つだ」
ニコラ「よしてよ。彼女は400歳よ」
デルモット「16世紀の初め、君は何処にいた?」
ニコラ「さぁね。少なくとも服は着てたわ

ニコラ「こうやって、ただ歩くのも仕事なの?」
デルモット「考えてるんだ。この額のシワを見ろよ」

ニコラ「隠すなんて卑怯よ」
デルモット「犯罪者なんてそんなもんさ」

ニコラ「こんなに接近するなんて聞いてないけど?」
デルモット「観光シーズンだから、他は何処も満室なのさ」

ニコラ「いつ知ったの?」
デルモット「君に“盗め”と頼まれた時さ」
ニコラ「知ってて何故・・
    ・・これが“理由”なのね?」

デルモット「見てろ。もうすぐ“誰か”の堪忍袋の緒が切れる」
ニコラ「それって“自然な反応”よね」

デルモット「驚いたな、本当に切った!」
ニコラ「計画通りなんでしょ?」
デルモット「・・いや、、うん、、」

リーランド「さっき出かけた? 表に車があったが?」
執事「タクシーで出られました」

ボネ「彼は、いつもあの調子なのか?」
ニコラ「物置以外ではね」

デルモット「僕たちの“どちらか”が引退を」
ボネ「では、コインを投げて決めよう」
デルモット「コインなら、ここに来る途中に投げました」
ボネ「結果は?」
デルモット「残念だが、あなたの負けだ。
      “花のある内”に足を洗われては?」

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2011年5月18日 (水)

☆『ブラック・スワン(2010)』☆

16日(月曜)の夜。
仕事帰りに“ワーナー・マイカル・シネマズ高松”に寄り、観て来た2本目は・・密かに期待値を(やたらと)高めてた『ブラック・スワン』だった☆

前作『レスラー(2008)』における、主演=ミッキー・ロークの“返り咲かせぶり”も記憶に新しいダーレン・アロノフスキー監督の新作。

これまで『レオン(1994)』での(余りにも!)鮮やかなブレイクを皮切りに『ヒート(1995)』『マーズ・アタック!(1996)』『スター・ウォーズ・エピソード1/ファントム・メナス(1999)』『コールド・マウンテン(2003)』『V フォー・ヴェンデッタ(2006)』(←コレのみ未見)・・と「立ち位置」としては少し引いた感じ(?)ながら、着実に女優としてのキャリアを積み重ねて来たナタリー・ポートマンをして「いよいよ“代表作”と呼べるモノを掴んだな!」と万人に思わせしむる1本。

(因みに、ナタリーはこの『ブラック・スワン』でオスカー(アカデミー主演女優賞)を見事、獲得している!)

色んな意味で、私的にも(彼女に対し)強烈なインパクトを受けまくった作品でもあった(×_×)

ニューヨーク、秋。

“ロイヤル・バレエ団”に所属するバレリーナ=ニナ・セイヤーズ(ナタリー)は、幼い頃から元バレリーナの母(バーバラ・ハーシー)による過剰な愛情&期待をその身に受け、人生の殆ど総てをバレエ(のレッスン)に捧げていた。

そんな折、団のフランス人監督(演出家)=トマ・ルロワ(ヴァンサン・カッセル)は、来たる“冬公演”の演目を『白鳥の湖』にする旨を発表。

プリマ(主演)をベテランのベス・マッキンタイア(ウィノナ・ライダー!)に任せず、次世代のバレリーナからオーディションを経てチョイスする事を宣言する。

彼の解釈&振付による『白鳥の湖』では、主人公の“白鳥の女王”を踊るプリマが、純真な“白鳥”と邪悪な“黒鳥(ブラック・スワン)”を両方演じなければならず、それは技術面&経験面が問われるだけでなく、精神面&感情面でもその演者を追い詰める、と言う過酷な役でもあった。

サンフランシスコから“背中にタトゥーを持つ”奔放な踊り手=リリー(ミラ・キュニス)が現れ、ルロワは彼女の踊りを“予測不可能で、観る者を興奮させる”と静かに絶賛する。

一方で、ニナは持ち前の生真面目&几帳面な性格がそのままバレエにも現れるため・・ルロワに「“白鳥”だけなら完璧だが“黒鳥”を踊るには“足りないモノ”がある」と冷たく(?)言い放たれてしまうのだった。

母の静止を聞かず、化粧を決めてルロワに“直談判”に行ったニナは“とある覚悟”を彼に示す(?)事で、見事にプリマの座を勝ち得る。

自身の“バレエ人生最大のキャリア”を迎える事に、興奮しつつも喜ぶ彼女だったが・・間もなく“黒鳥”としての表現に限界を感じ始め、精神的に次第に追い詰められてゆくのだった・・

先に観た1本目が『エンジェル・ウォーズ』だったので、、立て続けの“メンタルアタック系”の物語に、流石にゲンナリとしてしまった(×_×)

オープニングから映されるナタリーのバレエが素晴らしく、一方で、度々アップで映し出される彼女の「背中の筋肉」「逞しい肩口」「薄幸そうな胸元」・・にワタシの視線は釘付けとなってしまう事も少なくなかった。

体重を落とし、筋肉を付け・・とにかくもの凄い“女優魂”を発揮しまくっていた!

その一方、理由は何故だか分かんないんだけど、色んな姿の彼女を劇中で眺める事が叶うんだが・・正直、ちっとも性的興奮は(←おい)得られないのだった。

・・

ドラマ自体はある意味“ベタ”と言おうか・・大した斬新さも、丁寧さもなかった印象。

「母子のドラマ」なり「ライバル(リリー)とのドラマ」なり「師匠/恋人(ルロワ)とのドラマ」なり・・色んな“葛藤の物語”を掘り下げて描く事は可能だったハズだが、いずれのベクトルに関しても“踏み込み不足”の感は否めなかった。

いや、そもそも・・“総じてキャラの造型が浅い”って風にも思ったりする(・ω・)

序盤こそ、丁寧な描き方をそれなりにしてくれるんだが、その内に“サスペンス/ホラー”テイストが妙に突っ走り始め、色んな意味で「物語が崩れ始める」ってトコだったろうか?

問題の(?)ホラー面での描き方としては「わぁッ!」と(観客を)飛び上がらせる、的な演出より・・ジワッと「イヤやなぁ〜」と感じさせるタッチが多用されてたろうか?

「肉体を(自ら)傷つける」「肉体が(自ら)変化する」って言うのもあったが・・私的には「絵画が動く」ってヤツがどうにも生理的にキライ(苦手)なモノで・・「アレ? 今、動いた?」みたいなシーンもあり、そこがちょっとキツかった。
(同様なアイデアで「絵画が動く」にしても『アメリ(2001)』とは演出がずいぶん違う)

序盤から、ニナに関しては「何か奇妙な、ざらついた感触」を覚えるワケだが、それが次第にエスカレートして来るので「真面目なバレエ作品としての路線」の極まりを期待する観客には、多少「散漫で、突拍子もなく、妙にごってりCG演出に走り過ぎてる(=依存し過ぎてる)作品」と映るのもあるかも知んない。

「バレエ作品としては崩れ過ぎだし、ホラーとしてはぶっ飛び過ぎててついて行けない」って点では、私的には残念な完成度だった。

まぁでも、その崩壊をぎりぎりのトコ(?)で“身体を張って”喰い止めてくれてたのが、女優=ナタリーの有無を言わせぬ“存在感”“演技スキル”であった事は言う迄もなかろうけど(・ω・)

〜 こんなトコも 〜

・ニナの好物は「バニラ」と「イチゴ」である。太るから(摂取カロリーを)抑制してるようだが・・
・あちら(アメリカ)では「ハサミで爪を切る」習慣があるんやろか? 「爪切り」を使った方がラクに思えるが。
・地下鉄のシーンで、ニナの向かいの席に座ってた「エロジジイ」は、一体何だったんだ?
・字幕担当は、松浦美奈さん☆
・「サンフランシスコ産のクスリ」は“混ざり物なし”らしい(⌒〜⌒ι)
・バサバサッ・・と「羽音の響く」音響エフェクト(効果音)が独特だった。次第に耳障りになるが(=^_^=)
・本番(の舞台)で、男性ダンサーの股間をなで回したら・・「反応⇒変化(=怒って張る)」してアカンのでは?!
・ルロワの“接し方”を観てると・・新人演歌歌手の指導を任された際に「君の歌唱には、ツヤが足りないンだよねぇ・・ひょっとして、オトコを知らないの?」とか迫って来る“大物(エロ)プロデューサー”に通ずるモノを感じる(⌒〜⌒ι)
・エンドロールは「白い画面に突入する」ってタッチだった。ちと珍しい?
・崩れた世界観は、イザベル・ユペール主演の『ピアニスト(2001)』と似た感じだった。
・へちま顔(←すんません)のヴァンサンは“フランス版・中村獅童”ってトコか?
・深夜のバーで“ハメを外す”シーンは『マルホランド・ドライヴ(2001)』のように幻想的でもなく、下品でつまらなかった。
・ウィノナ・ライダーの出演には(観終わるまで)全く気付かなかった(×_×)
・前述の通り、主人公の妄想が爆発し過ぎてて「何が真実なのか」が次第にぼやけて来てた。
「ベスはどうなった?」「母親は客席にいた?」・・更に飛躍して「そもそもリリーは実在した?」と迄も(=^_^=)
・んでも「舞台脇でヴァンサンがパコッてた」のだけは、恐らく現実だった気がする(=^_^=)
・「自慰in自室」「乳頭スケ」「パン1姿」「ディープキス」「ク※ニ」など・・ナタリーちゃんは頑張り過ぎだったが・・何とも「痛々しい」だけでムラムラ来ないんだよねぇ。。
・「指先の皮を思いっきり引っ張って剥がすシーン」では、流石にシアター内の“凍り付いた空気感”を覚えた(×_×)
・「首」「脚」・・ナタリーちゃんの“トランスフォーム(メタモルフォーゼ?)”をもっと観たかった!
・アレが“黒鳥”じゃなく“青鳥”だったら・・“ミスティークさん”みたいな感じに描かれたと思われ。。
・きっと「全く踊れない」ハズなのに・・それなりの貫禄を放ってたヴァンサン氏はなかなかだった。
・ダーレン監督ってば、デヴィッド・クローネンバーグ監督を敬愛したはるんやろか?

〜 こんなセリフも 〜

ニナ「とても変な夢を見たわ」
  「“白鳥の湖”のプロローグ・・“ボリショイ風”の振付なの」
  「私はもう12歳じゃない! 放っといて!」
  「主役は私よ! あなたなんか、群舞の1人じゃない!」
  「(代役を)告知したの? 私にここで騒いで欲しいの?
   私は“来た”のよ。つまり“私が踊る”って事」
  「感じたの・・完璧よ・・完璧だったわ」

ルロワ「力を抜いて」
   「白鳥は、死して自由を得る
   「幕開けは、斬新で官能的な“白鳥の湖”だ」
   「新作には、より力強く、より新しい女王が必要だ」
   「“白鳥”と“黒鳥”の両方を踊れる者は?」
   「“白鳥”だけなら君を選ぶさ・・だが“黒鳥”も必要だ」
   「もっと挑発しろ! 誘惑しろ! 観客を、そして世界を」
   「技術の問題じゃないんだよ
   「それだけを言いに来たのか? 僕を説得しないのか?」
   「君は美しく、繊細で・・そして、臆病だ。激しさが出せない」
   「抑えるだけでは“完璧”の域に達しない。自らを超えろ」
   「嘘だろ? 噛んだのか? かなり痛いぞ」
   「君の課題は“黒鳥”への変身だ。昨日、その片鱗は見た。
    “噛み付く勢い”の激しさで踊れ」
   「求めるのは、予測不能で挑発的な踊りだ。演技じゃない」
   「巨星は去り、新星が現れます」
   「乾杯! ベスとニナと、美を祝して」
   「愛想を振りまいて来るよ。少し待ってて」
   「役についてじっくり話し合いたい・・君自身の事もね
   「“愛し合う”のは好き?」
   「君に宿題を課そう。家に帰り、自分で触れ。
    “愉しみ”を知るんだ」
   「ベスは、心の奥に“深い衝動”を抱えている。
    だから・・彼女の踊りは面白く、完璧で、
    そして・・破壊的なのさ」
   「君は眼の前のチャンスを掴め(This is your moment.)」
   「正確さは忘れるんだ! 情熱的に踊れ!」
   「そんなのは“不感症の踊り”だよ」
   「感情を込めるんだ(Let it go.)」
   「僕の指先を感じ、素直に反応を・・」
   「僕が君を誘惑してどうする? これじゃ逆さまだ」
   「泣き言を言うな」
   「すぐに謝るな! 臆病者の悪いクセだ
   「ウォームアップし給え」
   「10分、休憩だ(Let's take ten.)」
   「君は見事に“開花”した」
   「君の進む道を邪魔してるのは、君自身なんだ。
    邪魔者を除け。自らを解き放て」

団員「プリマを替えるべきよ。“更年期障害じゃない人”にね」

母「歳を取ると、辛い事が多くなるわ
 「“4羽の白鳥”には選ばれるわ。“大きな白鳥”にも」
 「まだ“続いてた”とは・・」

ベス「どうやって彼の気を? フ※ラでもしたの?」

リリー「彼は“超一流”でも・・“優しい男”じゃないわ」
   「あんたの事も、その内“我が姫君”と呼ぶようになるわ」
   「抑制する気持ちが消え、幸福感を味わえるわよ」
   「“愉しみ”を知りなさいよ」
   「バレエをしない男なら、少なくともゲイじゃないみたいね」
   「役に潰されるわよ

ニナ「もう1度?」
ルロワ「いや、もう充分だ」

ルロワ「彼はいる?」
ニナ「いいえ」
ルロワ「過去にいた?」
ニナ「・・ええ」
ルロワ「君は処女?」
ニナ「・・いいえ」
ルロワ「なら、恥ずかしがるな」

ニナ「彼女、私の役を狙ってる」
ルロワ「誰だってそうだろ?」

ニナ「ここ、禁煙なんだけど」
リリー「あんたが黙ってればバレないわ」

母「こんなに遅く迄、一体何処へ?」
ニナ「月よ」

※※「私の物を盗んだの?」
※※「貴女のように“完璧”になりたくて」

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2011年5月17日 (火)

☆『エンジェル・ウォーズ【吹替版】』☆

16日(月曜)の夜。

何やかんやあって・・弾丸の如く大阪〜高松を往復して終わってしまったかのような先週末。

中でも衝撃的だったのは、土曜の朝(=帰阪開始前)に行きつけのスタンドで“機械洗車”をかけたってのに・・それが(1夜明けた)日曜の夕刻にはすっかり黄砂を浴び、ドロドロと化してた事(×_×)

どんだけ汚れとんねんな、大阪の大気!

そんな感じで「週末、1本も観られなかったじゃな〜い!」と焦ってしまったワタシは、ちょいと気張る感じで、今日の仕事帰りに“ワーナー・マイカル・シネマズ高松”に寄り、2本ほどを「ハシゴ鑑賞」する事に決めた。

1本目は・・実は「別な作品」を予定してたんだが・・ダラダラと残業が長引いてしまい、上映開始時間に間に合わず断念(×_×)

ってな事で、再度『エンジェル・ウォーズ』を観る事に。
正直言うと・・次の2本目までの「繋ぎ」って感じでもあったんだが(⌒〜⌒ι)

詳しいレビューはこちらにあります。

・・

2度目なので、展開も充分に分かっており、画面(=映像)に集中して観る(楽しむ)事が叶った☆

で、改めて「物語はショボいけど、映像的にはやっぱり弾けまくってるな〜」と感嘆(=^_^=)

オープニングのモノローグ(独白)で、
“守護天使は、思いがけない刻(とき)に、思いがけない場所に現れる・・ある時は、少女の姿で”ってのが有るんだが「あ、コレも聞き流してたけど、結構大事なポイントだったんやね」と気付かされた(=^_^=)

しかしアレだ。

やっぱり“妄想の入れ子(=マトリョーシカ)構造”ってのがワケ分かんなくて、

【現実世界】
ベイビードール=本名不詳。妹がいる
義父=真犯人
賢者=普通の長距離バス運転手
ブルー=施設の問題患者
医師=執刀医

なのが、第1下層界(?)では

ベイビードール=孤児
義父=神父
ブルー=クラブのオーナー
医師=大富豪

に置き換わったりしてる(・ω・)
中でも笑えたのは・・第1下層では“如何にも大物そうな市長”が、現実世界では「ただの施設入口の詰所にいるおっさん」程度な扱いだったトコ。

そこから考えを広げるに・・ブルーも現実世界では「ヒゲ」も「スーツ着用」も赦されるハズがなく・・即ち「銃をぶっ放してたあの暴挙」は、現実世界でどう言う“事実”に置き換わってたのかが、さっぱり分かんない(×_×)

・・

尚、改めて、今回“全シーンの中で最も気に入った”のは、アンバーの搭乗する「特別なブツ」がバーニアを噴射し、はるか上空に飛び上がる演出だった。アレはスピード感もあり、実に爽快!

あの「特別なブツ」をステージ3(?)に持ち込めたなら・・それはそれで巨龍相手にすら善戦をなし得た気がする(=^_^=)

〜 こんなにトコも 〜

・飛行船(の側面)に書いてあった【Friedland(フリートラント)】はどうやらドイツの地名らしい。
・ロケットの言葉だけを鵜呑みにすれば「でぶのコックが一方的に暴行を働いた」って事になる・・
・市長の(エラそうに)吸ってた葉巻の箱に「EL JEFE」の文字が。直訳すれば“親分”らしい(=^_^=)
・皇帝に地図を運んでた密使。ジ※ン・レグ※ザモがちょっと入ってたかも?

〜 こんなセリフも 〜

ナレーション“世界を変える力は、自らの手の中にあるのだ”
      “私達をたき付け、鞭打ち、
       絶望の淵から助け出したのは、誰?”

ブルー「私が総てを管理しますから」
   「もし忘れたんなら・・思い出させてやろうか?」
   「俺の(お前らに対する)望みは“尊敬”と“誠実さ”だ」
   「何個かの腐った卵が、最も腐った卵に
    そそのかされたようだな」
   「どうした? 突然“ここがどんな所か”を忘れたのか?」

マダム「痛みも傷も忘れ、罪悪感を解放なさい」
   「貴女、踊れそうじゃない?」
   「何の意思も示さない者に、ここにいる必要はないわ」
   「恐れるのは、やめなさい」

スイートピー「こんなの、やってられない」
      「皆にウケる設定を・・
       私が“ショーの主役”なんだから

ロケット「聞かないの? それが“いい計画”だったとしても?」

賢者「敵を殺しても、気にする事はない」
  「2ツのクリスタルを打ち合わせれば、
   見た事もない程“見事な炎”を造り出せる」

医師「この手術は、拷問みたいなものですからね・・本当に」

追記:上映も後期だったとみえ、狭いシアターにワタシ1人ぼっちだった。どうせなら、もっと後ろの座席に移動したら良かったわい(=^_^=)

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2011年5月13日 (金)

☆『おとうと(2010)』☆

8日(日曜)の夜。「日曜洋画劇場」で“地上波初放送”された山田洋次監督の『おとうと』を観た。
“藤沢周平3部作”を経て、現代に舞台を戻して(?)の2本目。

山田監督が、市川崑監督の『おとうと(1960)』にオマージュを捧げた、とされる本作。

語り手である高野小春(蒼井優)の父母は、東京に小さな薬局を開設した。
父は早くに亡くなり、母=吟子(吉永小百合)はひとり娘を女手1ツで育て上げたのだった(厳密には、祖母も同居してるが)。

そんな小春がめでたく結婚披露宴を迎えた当日、それまで音信不通だった吟子の弟=丹野鉄郎(笑福亭鶴瓶)が会場に現れ“御法度”だったテーブルの酒に手を伸ばしたがために、宴席はメチャメチャになってしまう。

(吟子と鉄郎の)兄(小林稔侍)は激怒し「こいつとは、兄弟の縁を切る!」と言い放ってしまった。

・・

その後も何度か吟子母子の前に姿を現したり、現さなかったりしつつ厄介を起こし続けた鉄郎だが・・やがて彼が「重病に冒されている」との報せが、大阪から姉・吟子のもとへ届くのだった・・

当初「愚兄賢妹」なる初期タイトルで制作された、かの『男はつらいよ』シリーズ(1969-95)の“変形版”やろか? ぐらいの先入観でもって観始めたワタシだったが、とにかく放送時間の長い(2時間40分)割に、上記粗筋を超える迄の「演出」や「おトク感」が練り込まれてたワケでもなく、、正直、私的には“イマイチ”な出来だった。
ま、監督と主演がこの方たちである以上「悪く言える」ハズもないんだが・・(⌒〜⌒ι)

残念だったのは、豪華俳優陣を揃えてる割に、それぞれのキャラ造型が「表面的」に過ぎたトコであろうか。

吉永さんについては“国民的女優”って看板をこの先も背負って行かはる以上、これ迄に培われた“印象/人物像”をねじ曲げる程の“予想外の演技&言動”をしはるハズもなく、またそれを(観客の)誰も望んではいないんだが・・「姉=吟子に大きく絡む弟=鉄郎役の鶴瓶」「娘=小春に大きく絡んで来る大工=長田役の加瀬亮」の2大男優は、共に存在が「立ってた」事もあり、ゼヒ「鉄郎vs長田」のシーンぐらいは用意して貰いたかったモノだ。

それに加え、鶴瓶にも加瀬にも繋げ得る小春役=蒼井の立ち位置が「語り手」を超える迄には前面に出て来ず、彼女も正直、弱かった。

鶴瓶については、総じて3度ほど吟子らに接触した位だったので、ハッキリ言わせて頂くと「せいぜい特別出演レベル」の域を出てなかったのではあるまいか? とも。

あと、鉄郎がハチャメチャをするシーンが劇中で「3度」ほど展開されるが・・それらを眺めても「山田監督のハチャメチャぶりってば、この程度が限界なのン?」と眼をパチクリさせてしまったワタシである。

って事で“山田印”ってブランドを名乗るからには、も少し「観客を唸らせる何か」が欲しいように痛感した次第だ。

〜 こんなトコも 〜

・1シーン、あの“寅さん”がスクリーンに登場! 「大物アーティストが、自身の過去の名曲をサンプリングして新曲に用いてる」みたいなしたたかさ(?)があって面白い。
・「たこ焼き」造りを完全にマスターするには、5~10年もかかるそうだ。「フラリとやって来て、わずか1週間で体得して何処かへ去って行く」みたいなのはムリかなぁ?
・ベテランの大工は、あちこちで「嘘をつく」らしい。例えば「ドア自体の重さを計算に入れ、予め(真っすぐではなく)傾けて取付ける」のだとか。筒井康隆の短編小説(大工モノ)『横車の大八』を思い出した。
・民間ホスピス「緑の家」の代表者の妻役に石田ゆり子さん!! 『死にゆく妻との旅路』とは打って変わって“ピンピンしてる”石田さんに、違和感を感じまくった・・(⌒〜⌒ι)
・小日向文世&石田ゆり子の「夫婦キャスティング」って言えば・・三谷幸喜の舞台劇『国民の映画』とまんま同じなんですなァ(ゲッベルス夫妻役)。
・「緑の家」は大阪の新世界界隈にあるそうだが・・ホントにホスピス内のシーンが「大阪ロケ」だったのかどうかは、正直良く分かんなかった(⌒〜⌒ι)
・最後は喋れなくなってた鉄郎。淡々とした描写ながら“病気&死の辛さ悲しさ”が巧く表現されていた。
・山田監督ってば、大阪府豊中市のご出身だったんですねぇ・・知らんかった。

〜 こんなセリフも 〜

吟子「今日私がここに来たのは、薬局の経営の事じゃなく、
   あなたと小春の事なのよ」
  「真面目な事を、真面目に話し合うって事なのよ」
  「あなたが書いたんでしょ? その上手な字」
  「頭が悪いとかアホやとか、人間に対する侮辱です」
  「いいからちょっとお掛けなさい」

鉄郎「もうエエわ! 帰って寝ぇ、アホ!」
  「堪忍してぇな。他のハナシしよ」
  「ちょっと東京へ来たついでに、ご機嫌伺いに寄ったんや」
  「やっぱり麦茶が一番やな」
  「左様か。コレで終わりっちゅう事やな」
  「良ぅわいみたいな人間を、
   これまで世話してくれはりましたなァ」
  「お前らは正しくて健全な人間や」
  「3回目でも“初めて聞いた顔”してくれや、先生」
  「何、喰うても同じや。味、分からへん」
  「怒りないなァ」
  「姉ちゃん、食べぇ。一緒に食べたかった・・鍋焼き」
  「先生も愛想ないなァ」
  「お願いがあんねん。今晩ここに泊まってくれへんか?」
  「お姉ちゃん、おおきに。堪忍や」

兄「あいつ、ベロベロだぞ」
 「俺はこいつと縁を切るぞ。もうウンザリだ」

小宮山「“不幸の在り方”と言うのは、千差万別でして」
   「偶然、部屋が空いていて良かったです」

長田「春ちゃんが※※したって話を聞いた時、
   俺“やった〜ッ!”て思ったんだ」

母「はいはい。あたしはどうせ、のけ者なんですからね」
 「あの人、来るのかい? 大阪にいる、あんたの変わり者の弟」

鉄郎「わい、烏龍茶にしてくれるか」
吟子「乾杯ぐらいイイじゃないの」
鉄郎「その一杯が、命取り」

吟子「今、何してるの?」
鉄郎「水、飲んでるんやけど」
吟子「仕事よ」

吟子「そんな話、聞きたない」
鉄郎「聞いてや」

吟子「今は小春の話をしてるんじゃないでしょう?」
鉄郎「オウムの話やったかな?」
吟子「違います」

母「そんなにあたしが邪魔なの?」
吟子「うん」
母「・・うん、て」

小春「2度も貰っちゃって」
丸山「3度目はナシだよ」

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2011年5月11日 (水)

☆『新・平家物語/デジタル・リマスター版(1955)』☆

3日(火曜)の夜。

帰阪の折、GW渋滞にモロにぶつかりまくってしまい「睡魔&ガス欠&膀胱炎(=尿意)」なる3点セットに苦しみつつ(⌒〜⌒ι) 全行程の6割がたをひたすら下道で走って戻った。

そんな訳で、早い場合だと2時間半ちょいで戻れる片道に・・約6時間もかかってしまった(×_×)

遅い夕食を摂りつつ、BSPで放送されてた『新・平家物語/デジタル・リマスター版』を、約1時間遅れで観始めた。

「主演(=平清盛)のこのしと、誰だっけ? 誰だっけぇぇ?」と思い出せずにいたら・・そこへやって来た家人が、そこは流石に「お、(市川)雷蔵やんか」とピタリと。
ま、ワタシが満足に観て覚えのある“雷蔵主演作”って言えば・・『炎上(1958)』ぐらいしかないので・・(⌒〜⌒ι)

・・

何だかでも、青年期の平清盛ってば「荒々しい甲冑の武者姿」なもんで・・どうにもワタシの習って来た、教科書の挿絵ヴァージョン(?)の“出家後の清盛像”とイメージが繋がらず、戸惑ってもしまう。

コレって、エルヴィス・プレスリーや石原裕次郎のように「前期/後期のヴィジュアル・イメージ」をセットにして覚えておくべきなのかも知んない。
って、実際に写真や映像が残ってる訳でもないンだけど。。

ラストでは、以前にも観た覚えのある「清盛、矢をばつがひて、2たび、ひゃうど放つ」的な名シーンがあり、シビレてしまった。
2本の矢を見事“アレ”に命中させた事で、うじゃうじゃいた烏合の衆(僧兵ら)が蜘蛛の子を散らすかのように逃げて行くんだから、コレは痛快である!

しかし、当時にこだわっての「忠実なる再現」だったのかは分かんないが・・清盛の眉毛(の造型)が“ケ※シロウ気味”な感じで、どうにも「やり過ぎ」っぽくも感じた。コメディすれすれな気もしたゾ(⌒〜⌒ι)

まぁでも、映像をリマスタリング(作業)で徹底的にブラッシュアップしてるトコからも、衣装や大&小道具に対する再現性も含め「コレってもはや“映像遺産”と言えそやな!」と興奮してしまった。

あと、延暦寺(の僧兵ら)と言えば・・織田信長との確執なんかが記憶に新しいが(←なの?)・・清盛の時代から、既にごしゃごしゃやっとんたんやな〜と「日本史のおさらい」にもなった。今更ながら。。

〜 こんなセリフも 〜

清盛「私は、天地の間に生を受けた“1個の生命”です。
   頼むのは、この清盛ただ1人です」
  「貴様の賭けが当たるか外れるか、とくと観るが良い」
  「生命を断つか断たぬか、その眼で良く観ろ!」
  「私には、もっと大きな動乱の来るのが見えています。
   しかし、私の心は微動だにしません」
  「公家共め。踊りたいだけ踊っているが良い。
   お前たちには明日はないのだ」

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2011年5月 9日 (月)

☆『死にゆく妻との旅路』☆

8日(日曜)。この日もやっぱり疲れが出てしまい・・起きたら正午を過ぎてしまってた・・ぎゃふ〜ん(×_×)

起きてから片付けしたり、昨夜観た『冷たい熱帯魚(2010)』の事を吐きそになりながら(←余り引きずるなよ)思い返したりしてると・・それだけでずんずんダラダラした時間が進んでしまうのだった・・はァ(×_×)

“ワーナー・マイカル・シネマズ綾川”にまで出かけるパワーを、すっかり欠いてしまったモノで「今日は近場で済ましとこ」と思い立ち、商店街にあるミニシアター“ソレイユ”へと繰り出したのだった。

チョイスしたのは『死にゆく妻との旅路』って1本。

だったが・・勘違いから、上映開始時間(16:25〜)を10分も間違えてしまったモノで(×_×) シアターに着いた頃には開始してから5分ほどが経過してたのだった、、ぎゃふ〜ん(×_×)

これは真実の物語。

石川県七尾市在住の、縫製工場経営者=清水久典(三浦友和)は、11歳年下の妻=ひとみ(石田ゆり子)と暮らしていた。
しかし事業所は経営が悪化し、別件で連帯保証人(?)にもなっていた清水は、とうとう借金返済に窮してしまう。

そんな中、ひとみはガンに冒されてしまう。
入院し、手術は無事に終わるも・・「3ヵ月後、病は再発するかも知れない」と医師は告げるのだった。

清水は“病身の妻”をワゴン車に乗せ、死に場所を探し求めるかのように、海沿いの町々を転々と彷徨い走るのだった・・

期間:272日、距離:6000キロ。

9ヵ月の旅を終え、清水が最後に妻に与え、妻から得たものとは・・

前述の理由により、冒頭の約5分ほどを観逃してしまったワタシ(×_×) 「オープニングにラストシーンの置かれとるパターン」だったら最悪だが、、少なくとも着席してから(どうやらシアター内に1人ぼっちだったみたい)しばらくしてタイトルが表示された点からも、さほどの展開はなかった・・モノと信じたい(・ω・)

ロードムーヴィー仕立てでもあり、観易いし、大きな“事件(ハプニング)”ってのもそんなには置かれてないんだが・・田園地帯、砂丘、海岸、温泉街、花火大会、そして雪景色・・と、日本の「風景美」の次々と映し出される中で、主人公自身は「時間も体力も余るほど有る」のにも関わらず・・仕事は見つからず、親切な手も(決して)差し伸べられず、加えて最愛の人間がそばでひたすら死に突き進んで行く・・って展開は、ある意味「惨(むご)過ぎる」と思った。

少なくとも、本作の劇中に、神的なモノは存在してないように感じたワタシ。

・・

主演の三浦さん。拝見して来た近作の中では、未だに『Always/3丁目の夕日(2005)』シリーズにおける“ドクター宅間”役の印象が鮮烈ではあるが、、「こんなに静かながら、身を張った役も演(や)らはるんや!」と感心させられた。

石田さんも、最近観た舞台劇『国民の映画』でも準主役級だったし、ホンマに今が「静かに旬」って感じに思える。

そんな2人が、恐らくは“俳優としての限りある時間”を削って(きっとそれだけ、原作小説や脚本に惚れ込んだんだろう)、ほぼ1年近くに渡り、撮影に(断続的にせよ?)付き合われた事は、大きく評価したい! ホンマに四季に渡ってのシーンが展開されてました。

良く分かんなかったのは、清水が一瞬ながら(?)、地方の(富山県内?)のPP(ピーパブ)に転がり込んでたような流れ。逃亡を続ける中での(1ツの)勢い・・ってのは分かるにせよ「ヒモ人生」はアカンでしょ。。

東尋坊の高い断崖、富士山を見下ろす峠道のヘアピンカーブ、氷見の港湾に置かれてた(扼殺に適した)荒縄・・と清水を“死”に駆り立てるロケーション/アイテムが時折(?)バッチリのタイミングで登場するが、その度に“葛藤”みたいなモノが、セリフはないんだけど、それなりに画面(表情)から伝わって来るトコもあり、良かった☆

昨夜観た『冷たい〜』もそうだったが「妻の姿をいったん確かめた後、ひと呼吸置いてから近付き、声を掛ける」みたいな演出は、本作でも秀逸だった。

特に高岡駅前(?)の「大和(Daiwa)デパート」の(1階ロビーの)店内外で、1枚のガラスを隔て、清水が妻の背後に佇むシーンなどは、近年まれに観る「バツグンの名場面」である! と絶賛したい。

2人が劇中で「関係を営む」のがたった1回だし、それも淡白な描き方だったのが、何だか嘘っぽいが(それはエエやろ!)・・清水の行動の善悪に対し、敢えて主観的には踏み込まず、淡々と物語を進ませてる点も好感が持てた。

望むべくは、野宿のシーンで夫妻に火を焚いてもらい、奥さんに「その火を飛び越えて来い!」と言い放って欲しかったぐらいだろうか?
(またそこで『潮騒(1975)』ネタかよ!)

〜 こんなトコも 〜

・クルマは青の「マツダ・ボンゴ」だった。(タイヤの)空気圧がちょっとヤバい感じだった。。
・加賀市(山中温泉)、萬歳湯(名古屋市?)、姫路市(白鷺城)、鳥取砂丘、亀岡市、神戸市、美濃市、掛川市、明石大橋、三保の松原、甲府市、黒部渓谷(トロッコ列車)などがロケされてた。
・南沙織の『ひとかけらの純情』って曲が少しネタになってた。どんな曲だっけ・・?
・清水を“おっさん”呼ばわりする奥さんに、当初は違和感があった(⌒〜⌒ι)
・ブレーキパッド交換に1万5000円。工賃+部品代なら、そんなトコかな?
・荒れた畑での野菜掘り、海岸でのワカメ摂り、拾った釣竿で魚釣り・・と次第に“食糧確保”の手段がシンプルと化してく。。
・1300円のマスクメロン(1玉)を買おうか買うまいか、真剣に悩む主人公。。
・「金沢医科大学・氷見市民病院」に担ぎ込まれるも・・逃げ出す奥さん。で、治療費は・・??
・夫妻の様子(或いはワゴン車)を遠目に(客観的に)映し、それを取り巻く人々を幸せそうに描写する“対比的なるカメラワーク”は、悲しい。。
・加賀市のハローワークの女性事務員が、異常に冷酷に思えた(×_×)
・でんでんさんも出たはったらしい? 何処だっけ? ボディが透明になってはったとか?(おい)

〜 こんなセリフも 〜

清水「わしはまだまだ働ける、て」
  「“50(歳)過ぎてる”ってだけで何で・・」
  「わしら、運がエエんや」
  「身体だけ丈夫で、力だけが余って仕方ないんです」
  「何か良い事をすれば、妻にも何か良い事が
   起こるんじゃないかと思いまして」
  「もう眠って、イイんやで」

ひとみ「これな・・初めてのデートなんやよ」
   「こんな綺麗な海見て、死ぬ人の気がしれんね」
   「誰が見ても、関係ないって」
   「家の前でじっと待っとったけど、
    本当は“合鍵”欲しかったんよ、あの頃」
   「おっさんの怒った顔、見たくないだけや
   「奇麗やね・・只の雨やのに」
   「私は・・ガンやろ?」
   「心中・・一緒に死ねたんやから、
    幸せやったんや・・エエよ、私は」
   「おっさんは“女の事で崩れる人やない”
    って信じとったよ」
   「病院はイヤや! また離れ離れになるのはイヤや!」
   「おっさんに頼みがあるんや」
   「ずっと一緒におりたいの
   「おっさんが悪いんや!
    おっさんと結婚したから、こう言う事になったんや!」
   「トイレって言ったんは嘘や。
    おっさんにおんぶして貰いたかったんや」

老人「コンビニでその都度、棄ててしまうのを
   貰って来るんです」
  「縫製工場で働いてましたよ。ブラザーミシン。
   八代亜紀のドレスも縫いました。
   皇室の食事係も。九州では造船の仕事も」
  「“裏を見せ、表を見せて、散る紅葉”・・良寛ですよ」
  「また、逢いましょう」

家族「ウチから罪人が出るなんてな・・」

刑事「何で病院に連れて行かんかった?
   人間として当たり前の事やろ?」
  「あんなんなって、奥さん、可哀想やなかったんか?」

清水「逃げたらアカンやろな。卑怯と言われるやろな」
ひとみ「おっさんの好きにしたらエエ。私はあんたの
    そばにおられたら、それでエエんよ」

清水「もっとゆっくり(銭湯に)入ったらエエのに」
ひとみ「早よ、逢いたかったんよ」

清水「出荷出来んような野菜を頂くだけや」
ひとみ「そやね。1回ぐらい(盗みも)エエよね」

清水「この車が壊れたら、もうお終いや」
ひとみ「なら、歩けばエエ」

清水「わしの話、聴いとるんですか?」
事務員「聴いてないように見えました?」

追記1:終始、穏やかだった妻が・・終盤に「夫の手の甲や頬を傷つける程、痛みに苦しむ」トコロからは“ガンの恐ろしさと激痛”が静かに伝わって来た。
追記2:描き方こそは全く異なるんだが、主人公のとった(強引な)行動には『世界の中心で、愛をさけぶ(2004)』に通じるトコもあったか。

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2011年5月 8日 (日)

☆『冷たい熱帯魚(2010)』☆

7日(土曜)の夜。
昨夜は大変な“ぐにゃぐにゃ状態”でもって帰宅⇒BTQ(←バタンキュ〜でイイよ、そこは)となった次第(×_×)

翌朝は・・案の定、正午を過ぎての起床。トシとっても・・人は眠れるものですね(←ひばり調)

ネットをちょこちょこっと探索し、ひと段落ついた時点で“日頃の運動不足”をフト自覚し始めたワタシは・・南方に約11キロの距離にある某ため池へと向かう事とした。それも自転車で(=^_^=)

市の郊外(=西植田町)にある「神内池」のほとりに、シバザクラの見事な庭園がある、と新聞記事でチェックしており、その見頃がGW明けまで、と知っていたためである。

結局、片道で1時間ほどかかり、尚かつ帰路では“にわか雨”にも遭って大変な事となったが・・少なくとも現地までは「良いサイクリング日和」には恵まれたかな。

肝心のシバザクラ自体は・・ちょい「旬を過ぎてた」ようで、花の落ちてしまった茂みが目立ってたけんども(・ω・)

しっかし、改めて高松市の広さと共に「如何に自分が郊外を知らないか」を痛感もした。
って言うか、やっぱし少し中心部を離れると「地方やなァ」って実感する。良くも悪くも。

んでも、頭上を旅客機が高度を下げて近づいて来たり(高松空港がほど近いので)・・面白いアングルで何枚か撮影する事が出来た。
悲しくも、持参した1眼(デジカメ)が“パンケーキ(=標準レンズ)つけっぱ”だったので、全く“ズーム”で捉える事は叶わなかったが(×_×)

帰宅後は、着替えの後でクルマに乗換え、久しぶりに“ワーナー・マイカル・シネマズ綾川”へと向かった。

ここでは『津軽百年食堂』『阪急電車/片道15分の奇跡』『まほろ駅前多田便利軒』なる、非常にワタシの興をそそる新作が幾つも上映中なんだが・・それ以上に期待値を高めて来る1本『冷たい熱帯魚』が公開されてるのだ!

時間的に、最終上映の回(21:35〜)をチョイスするしかなかったんだが・・「スゴい作品に巡り会えたな!」と嬉しくなった。
購入したまま、パッケージも開封してない(おいおい)『愛のむきだし(2008)』も早く観なきゃ〜!!

・・

ワタシとし、結局は“初体験”となった(照)、園子温(その・しおん)による監督&脚本最新作。いわゆる“単館系”として首都圏より発信された話題作でもある。

平成5年(1993)に埼玉県で起こった「愛犬家連続殺人事件」に材を取った家族のドラマ。

元々は、購読してるポッドキャスト(PodCast)番組の1ツ『映画批評/シネマ4の字固め(第58回)』で、パーソナリティーの2人がヒートアップしつつ(?)紹介したはったので、ついこちらも興奮を高めてしまったワケで(・ω・)

2009年1月19日。静岡県富士見市佐伯町3-2の国道沿いにある「社本(しゃもと)熱帯魚店」では、店長である社本信行(吹越満)が、奥にある自宅で妻=妙子(神楽坂恵)、ひとり娘=美津子と共に、静かに食卓を囲んでいた。

3年前に先妻を亡くし、年下の妙子と再婚した社本だが、美津子が新妻に馴染む事はなく、グレてしまっていた。

妙子はタバコに鬱憤のはけ口を求め、気の弱い社本は“崩れかかった家族”に向き合う事も出来ず、夫としても父親としても窮地に立たされていた・・

男友達からの携帯の呼び出しで外泊に出てしまった美津子。
そしてその夜、彼女が“万引き事件”を起こした旨の連絡がスーパーから入り、社本は妻と共に雨の中、店へと急ぐ。

いよいよ社本家が崩壊するか、に思われたその時・・店長の友人である村田幸雄(でんでん)と言う男が事務所に現れ、座を執り成す。

お礼を述べる社本夫婦に、村田は「自身も熱帯魚店を経営している事」を伝え、店(熱帯魚センター『アマゾン・ゴールド(Amazon Gold)』)を見に来ないか? と誘う。
明るく、気の良さそうな彼に好感を覚えた夫婦は、こうして村田夫妻(幸雄&愛子)と交流を始める事となるが・・

次第に、村田らの手がける“裏家業”を知り、引き返せない状況へと突き進んで行く事となる・・

まずは「恐るべき監督がおったもんや!」と正直、驚かされた。このインパクトは『パルプ・フィクション(1994)』でクエンティン・タランティーノを知った時、『ブレーキ・ダウン(1997)』でジョナサン・モストゥに出会った時、『シックス・センス(1999)』でナイト・シャマランに触れた時・・を凌いでるかも知んない!

「家族の崩壊」を軸にしてるトコは黒澤清監督の『トウキョウソナタ(2008)』にも似てる感があるが、更にケレン味が極まってると言おうか、エンタテインメント性も高く「見せる、楽しませる、不愉快な中に何かを訴える」ってパワーこそは、本作の方が高かったかも知んない!

配役もモノ凄く、でんでん氏の怪演は、ある意味(あの)“ハンニバル・レクター博士”を超えるモノすら漂ってる気がした(=^_^=) この演技が“日本ア※デミー助演男優賞”に届かないとすれば・・同賞も「もはや終わってる」と言えるのかも知んない。
(←毛色が違うってば(=^_^=))

改めて吹越満と言う男優についても、強烈にその存在感を記憶に刻み込まれた。当初は「佐※史郎系?」と軽く眺めてたが、次第に「和製エドワ※ド・ノ※トン」も名乗れるやんか! と勝手に興奮(=^_^=)

監督の“お遊び”的な要素も感じたが(総じては「余り必要性がなかった」気がしなくもないので)・・主要な女優陣に課した(?)ヌード描写の洗礼は、何ともスゴかった。
殆どエロムーヴィーなシーンもあったし(⌒〜⌒ι) ←更にはお2人とも、バストが「脱ぎ女優さん」って感じだった(=^_^=)

ただ・・私的には、後半(明確な区切りこそないが、第1部&第2部に分割可である)に突入し、折角の“感情移入したかったキャラに裏切られる残念さ”は少なからずあったかなぁ、と。

中盤以降は、総じてキャラ描写が「雑になって行ってた」気もした。

それはそれでイイんだけど、ワタシだったら、ああ言う“切替え(覚醒的演出?)”には持って行かなかったと思う。

〜 こんなトコも 〜

・冒頭で「THIS IS BASED ON A TRUE STORY」って表示される白文字が印象的だった。
・店外での妻の喫煙に気付きつつ「ひと呼吸置いてから、改めて“何気なく”声を掛ける」って社本の言動が・・リアルでスゴい!
・「雨中を走る赤いフェラーリ」ってのは、かなり珍しい光景かな! オーナーさんにとっては、きっと“最も走らせたくない状況”と思うから。
・そのフェラーリは「序盤のみのネタ」に過ぎなかったようで(・ω・)
・劇中の吹越さんは“お粗末なセ※クス”ばかりで、可哀想だった。
・首を刺されても、頭部をどつかれてもケロリとしとるキャラが! 『ラストサムライ(2003)』の真田広之並みの“ゾンビさ”を誇る。。
・“人間の範疇”は超え切ってなかった村田。ホッとする半面、ちょいと物足りなさも(おいおい)
・本作においても、登場の2刑事(静岡県警)がボ※クラ過ぎた。容疑者に対するマークが中途半端過ぎるってば。
・ラストは「強引にドラマをまとめたかったか?」っぽくも映った。
・社本のトレードマークたる「眼鏡」。なくてもイケる(?)となると・・伊達(眼鏡)だったの?
・車内に“尖ったモノ”を置かない事!
・家族を象徴するかのような“食事シーン”が(大きく)2度挿入されたが・・さして重要でもなかった。
・謎のコスプレ(?)女子従業員ら6人のキャラ設定は皆無だった。ヴィジュアルインパクトだけはかなり大きいのにね。因みに、格好は「店ロゴ入り白タンクトップ(?)+迷彩柄短パン+ブーツ」
・「理知的過ぎる」っぽい女性が・・実は「完全にぶっ壊れてる」って意外性は凄まじかった(×_×)
・社本さん、飲酒運転はアカンで!
・「あの父親にしてこの娘だった」ってのが、一応のオチやろか?
・社本の店内に客のいるシーンが殆ど(?)なかった。繁盛してたの?
・中盤で「セリフがこもる」ってな音響トラブルが発生し、数分間ほど上映がストップ。。終了後、シアター側より「お詫び」を受けたが・・私的にはシーンを10分間ほど巻き戻して欲しかった(←後で訊くと「ムリ」との事)
・終盤のスプラッター(血みどろ)シーンは『ブレインデッド(1993)』に迫るモノがあった!
・「自身の欲望のみを突き詰め、それが極まったら“悪”と化す事」「少し身を引いて、冷静に“おかしい人間”と判断した相手には、決して近付いてはならない事」「いつでも何処でも、平然と“殺しにかかって来る”ヤツは存在する事」などが勉強出来る。
・あのドリンク剤、どんだけ美味いねんな?!(⌒〜⌒ι)
・村田自身は「58人のボディを透明にした」と言ってた(×_×) 川尻警部補の調べでは、せいぜい「30人の行方不明者」だった(×_×)
・チンピラ軍団が怒鳴り込んで来るが、結局「あの領収書」の確認は忘れたままだった。
・事件自体は1月31日の午後に解決(?)を見た。わずか12日間のハナシだったのね。。

〜 こんなセリフも 〜

社本「それ、本当ですか?」
  「お前のせいじゃないんだよ」
  「すごい。ここまで来たら“水族館”ですよ」
  「何から何まで有難う御座います」
  「でも“昨日今日会った”ような人だろ?」
  「先に降りて、家に戻ってなさい」
  「食事の用意を」
  「どうした? 座ればイイじゃないか?」
  「人生ってのはな! 痛いんだよ!」

妙子「ダメ・・! いつあの娘が帰るか、分からないから」
  「あの人は、すごい人よ」
  「楽しい方々ね」

店長「手慣れたもんだよな」
  「ここ、座って!」

村田「まぁ、そんなに怒りなさんなって」
  「もうやらないよな? 分かってるよな?」
  「商売は“エンターテインメント”」
  「スゴいでしょお!」
  「(商売は)何でも“アイデア”だよ」
  「これも、何かの縁でしょう」
  「楽しいぞォ、ここは」
  「イイですか?! ここ、大事です!」
  「乗ってくか? フェラーリ」
  「実に見事(な店)ですな。押さえるトコは押さえてる」
  「富士見にもありましたなァ、プラネタリウム」
  「ハキハキ挨拶! テキパキ仕事!」
  「今日やる事は、今日やる!」
  「仕事(そのもの)より、社会復帰が大切なんですよ」
  「奥さん、若いですなァ」
  「貴女は全部、1人で背負ってる。
   そんなに色々、背負っちゃダメだ」
  「ここは“自由区”です。安心して」
  「疲れたでしょ?」
  「イイなァ、仲のイイご夫婦は」
  「また1人“ちゃんとした方”が
   投資してくれる事になりまして」
  「こう言った事は、最初にやった者が勝ちなんですよ」
  「これ以上話したって、お互いの気分が悪くなるだけですな」
  「びっくりするのは分かる。後でゆっくり話すから」
  「遂にハラを決めましたか!」
  「いいから座れ。俺のハナシを聴け」
  「びっくりは最初だけだ」
  「俺の言う通りやってりゃ、間違いねぇんだ」
  「慎重に行けよ。分かってんのか?」
  「運転、良くやった!」
  「美味しいコーヒーを立ててくれ。2つな」
  「俺は常に勝新太郎!
  「お前の今迄の人生なんて分かってる」
  「女房と娘を愛してるなら、する事は1つ。
   自分が幸せになる事だ。家族を幸せにする事だ。
   ・・俺も幸せになりた〜い! おい、笑えよ。
   皆で幸せになるこった」
  「お前、俺の小さい頃にそっくりだな」
  「泣いてやがんの」
  「もう仲間なんだからよ」
  「お前の喋りはカタいんだよ。自信持って喋れ」
  「女に心配かけるなよ。社本、な?」
  「何ですか? そりゃあ、随分だなァ。
   参るな、そう言うのは」
  「私だってね、プロなんだよ」
  「あんた(の演技)も悪くなかったよ。
   100点満点とは言えねぇが・・60点いってた」
  「笑顔、笑顔! ハイテンショ〜ン!」
  「言ったろ? こう言うのは慣れなんだよ」
  「今日はお前が棄てるの。分かった? ならやれ!」
  「仕事すりゃ、何かイイ事あるんだよ」
  「綺麗だな、パッと開いてよ」
  「はい! 大変良く出来ました!」
  「おい、愛子、抱くか? イイ身体してんぞォ」
  「どうせ、お前も“悪人”だろ?
  「お前みたいな“善人ヅラ”したヤツが、
   1番、タチ悪いんだよ」
  「自分の力でスッキリさせた事あるか?」
  「この地面に、自分の足で立った事もないんだろ? 腰抜けめ」
  「俺を親父だと思え」
  「イイぞ! 段々(殴る拳に)力が入って来た」
  「この野郎。ヘンな泣き癖つけやがって」
  「本当に痛いよォ」

愛子「ウチは、全部“大雑把”なんですよ」
  「あのクルマ(フェラーリ)には、飽き飽きしてるんですよ」
  「イイ人? あの人が?」
  「色々大変だろうけど、我慢してね。
   心配しなくてイイから。しっかりしてよ」
  「私たちだって、困ってるんですよ」
  「そこで観てなさい・・観てるのよ」
  「・・愛してるんだから」

美津子「あんなクソみたいな家、さっさと出たかった」
   「お前ら、何やってんだよ!」
   「やっと※※やがったな! クソじじい!」

筒井「あいつ、大丈夫か? 大将。
   バレたら、死刑だぞ?」
  「正直、お前を透明にしたくはねぇが」
  「ヤツも、もう終わりだ」
  「手前ぇから消すぞ、コラ」
  「俺の眼を見て、言ってくれ。
   ・・確かなのか?」

川尻「あいつは、あなたも“行方不明にする”かも知れません」
  「まさかあなた、もう“共犯者”じゃないでしょうね?」
  「くれぐれも、ご注意を」

吉田「コレ、美味しいですね」
  「コレ、本当に美味しいですね」

村田「やるぞ!」
愛子「あいよ!」

村田「※※が事故で死んだら、泣くか?」
社本「・・泣きません」
村田「そう言うこった!」

愛子「このカツラ、どうする?」
村田「カブせてやんな」

村田「こいつが何で透明にされると思う?」
社本「・・カネのせいです」

愛子「半分、終わったよ」
※※「良く頑張ってるな」

※※「・・ラクにしてやれ」
  「さっきの要領で、こいつを透明にしとけ」
  「今日から、俺がこいつの代わりだ」
  「そう言えば、お前、寝ただろ? ▲▲と」

※※「あたしの時間、返してよ! (人生)やり直したいのよ!
   (こんな生活)やめたいよ!」

~ 鬼畜語録 ~

村田「・・服を脱げ。脱げってコラ!」
  「どうしても、捕まる訳にはいかねぇんだよ」
  「人間が“いつ、何処でくたばるのか”
   分かる人間もいる。それが俺だよ」
  「こいつはもうすぐ“落ち着く”から。
   どうにもなんねぇよ」
  「こいつは今日、死ぬってだけの事だ。
   おかしな事なんて何にもねぇだろうが?」
  「俺に言わせりゃ、地球なんて“岩の塊”だよ」
  「お前ぇも、こいつのようになりてぇか?」
  「お前に内面はあるか?
   俺は“内面のないヤツ”は嫌いだ」
  「俺に逆らうヤツは、皆こうなるんだよ」
  「お前は外に出てろ。逃げんなよ。
   女房とガキの事を思い出せ」
  「あったよ! 脱腸の手術の跡。
   ついでに包茎の手術もしてやるよ」
  「おい、入って来い。終わったぞ」
  「クサいか? すぐ慣れるよこんなの」
  「この腕時計は“ほとぼりが冷めてから”着けろよ。
   そうだな・・1年経ったら、着けろ」
  「じゃ、いっちょ続きやるか。
   骨、燃やすぞォ!」
  「イヨマンテ! 燃えよ篝火!」
  「又、会おうぜ!」
  「好きだったぞ!」
  「また会う日まで!」
  「後はお魚ちゃんが食べてくれる」
  「はい、おしまい。次は骨だ」
  「心配ねぇよ。あいつのボディは
   透明になっちゃったんだから」
  「安心しろ。屍体がなきゃバレっこねぇんだ」
  「いざとなりゃ、あいつらのボディも
   透明にしちまえばイイんだから」
  「出てな。観てられねぇだろ? 手伝えねぇよな?」
  「ちゃっちゃってやっちゃおうな」
  「見学してくか? 勉強だと思ってな」
  「お前に“ボディを透明にするやり方”を伝授したいんだ。
   これさえ覚えとけば、お前は最強になれるんだよ」
  「肉は細かくする事。なるべく刻むんだ。唐揚げ位の大きさに」
  「骨と肉は斬り分けろ。これ大事だぞ」
  「お魚ちゃんも喜んでるぞ、こりゃ」
  「お前の女房、背中のホクロが可愛いな」
  「もっと怒れよ」
  「俺は殺しもするが、ちゃんと(物事の)解決法を考える」

愛子「毛布にくるむんだよ!」
  「オラ! もっと声出して!」

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2011年5月 4日 (水)

☆『8日目の蝉』☆

2日(月曜)の夜。
“ワーナー・マイカル・シネマズ高松”に寄り、立て続けの「ハシゴ鑑賞」した2本目が、期待値を異常に(=^_^=)高めてた1作『8日目の蝉』だった(←正しい表記は『八日目の蝉』となります)。

“レイトショー時間帯(20:00〜)”もすっかり更けての上映開始(21:25〜)だったが、連休前と言うのも手伝ってか、シアター内は意外に混んでた。
メインの(?)ロケ地が「小豆島」って事で、香川県民としては、やっぱし気になる作品だったんかもね(・ω・)

・・

角田光代さんの原作小説を映像化した本作。確か、購読してたY新聞でかつて連載されてた事をうっすら覚えている。あんまり興をそそられず、全く読んでなかった事も覚えている(その折はすんませんですた)。

⇒ウィキで調べたら、2005年11月〜2006年7月の期間で、同新聞の夕刊に連載された、との事。

神奈川県平塚市。激しい雨の降ったとある日。

秋山夫妻の自宅(2階)から、生後4ヵ月となる娘=恵理菜が何者かに誘拐される。
連れ去ったのは、夫=丈博の愛人でもあった野々宮希和子(永作博美)だった。

彼女は、丈博との間に出来た赤子を堕胎した結果、子宮が癒着してしまったため、2度と出産(妊娠)出来ない身体となってしまったのだった。

誘拐した恵理菜に、自身の「堕ろした子」と同じ名=薫(かおる)を付けた希和子は、その後、瀬戸内海に浮かぶ小豆島で発見⇒逮捕されるまで、4年ものあいだ薫を連れ回し、西へ西へと逃亡生活を続けたのだった・・

法廷で希和子は裁かれ、懲役6年の刑に服する・・

・・

年月が経ち、大学生となった恵理菜(井上真央)は、妻子持ちのサラリーマン=岸田(劇団ひとり)と“深い交際”を続けていたが、そんなある日、安藤千草と名乗るフリーのライター(小池栄子)が突然バイト先に彼女を訪ねて来る。

かつての誘拐事件を取材し、出版したいのだ、と彼女は言う。

最初は取り合わなかった恵理菜だったが、自身の身体に起きた「とある変化」も1つのきっかけに、千草と共に、かつて自らの過ごした場所を辿る旅に出発する事を決意する。

恵理菜は“育ての母”である希和子を赦す事が出来るのだろうか? そして、長い旅の果てに恵理菜が出逢ったのは・・

俳優陣が思いっきり豪華! ロケーションも極上! 上映時間もヴォリューム満点(2時間半に肉薄)! と、申し分のないスペックを誇ってるこの作品だが・・私的には「心に刺さって来るモノ」が殆どなく、ポロッとも涙腺を刺激されなくて残念だった(×_×)

原作そのものが「重いトーン」できっと統一されてるからなんだろうけど・・正直、主要キャラが揃いも揃って「苦虫顔」を終始キープされてたもんで、観ててツラくなって来たのがあったか。

物語の流れも、ちょいとダラダラしてる感があり、メリハリに欠けてたように痛感した。

ハナシそのものには、あの『悪人(2010)』に迫る程の「観客それぞれに何かを突き付ける」って要素が確かに存在してるワケで、もう少し、総じての「インパクト」やら「老若男女を問わぬ総ての観客に、何かを(自発的に)感じさせる演出」やらが欲しかったモノである。

〜 こんなトコも 〜

・主要キャラの顔面をどアップで捉え、証言(や供述)を積み重ねて始まるオープニングは、芥川龍之介の小説『薮の中』を想起させる。
・ご主人をクルマで駅まで(?)送って行くだけにせよ・・“赤ちゃんを置いて行く”のも、更には“家に施錠しない”のも、部外者のワタシが言うのも何だが「ちょっと、どうでしょう?」と感じる。
・秋山の奥さん=恵津子の“事件に関しては、確かに被害者なんだけど、、何故だか全く共感出来ぬ不愉快さ”の醸し出し方が、異常にリアルである。事件によって壊れてしまったのか、元から壊れる要素を内包しておられたのか。
・丈博氏の“存在感の薄さ”もリアル。この人が、言うなれば“総ての元凶”って気もするワケで。
・「娘の気持ちを掴めない父親像」ってのも、痛切に伝わって来る・・
・『人のセックスを笑うな(2008)』では、思いっきり魅力の爆発してた永作さんだったが・・本作では(その作品性もあり)ちょっと「観てて辛くなって来るだけ」的なトコがあった。「授乳シーン」の描写も中途半端だったし(っておい!)
・屋島(高松市)を対岸に望む、小豆島南部の“ブランコのある公園”で・・永作さんが寝っ転がっとるシーンがあった☆ ロケツアーを敢行するとなれば、ここが中心となりそうだ!(=^_^=) 巧くすれば、永作さんの毛髪を採取出来るかも(やめィ!)
・すっかり「岡山タクシー」の運転手になり切っとる(=^_^=)徳井優。小豆島の手延べそうめん工場に自然体でおさまってる平田満&風吹ジュン(沢田夫妻役)、もはや“風景の一部”に溶け込んじゃってた(=^_^=)感じの田中泯・・など、ピンポイントで存在感の鈍く光る俳優さんたち!
・そして、何と言っても・・余貴美子(教祖=エンジェルさん役)の“怪演”が爆発してた!! ある意味、本作で言えば主要俳優陣を喰っちゃってた感が! きっと“スピンオフ”なんかも出て来るんじゃなかろうか(=^_^=) ←やんねぇよ、バカ
・待望の(?)「小豆島ロケ」は後半の1時間ほど。河瀬直美監督ばりに「祭事(=7月初旬の“虫送り”)の風景」なんかが自然体で映されたりも。
・丈博&岸田の2人には『そのウチ、全部ちゃんとする同盟』ってのを、ゼヒちゃんと結成して欲しい(=^_^=) ←ダメンズやなァ・・
・終盤のシーンのみはカッコ良かったが、全般的には殆ど役に立ってなかった刑事さんたち。
・“カルト(教団)系”にハナシの展開するのが、私的にはちょっと苦手だった。「まごころの家(1993)」的なのは苦手である。。
・エンジェルさんの背後で、ひたすら賛美歌を歌ってるしとが、ちょっと“電波レベル”高そうだった(×_×)
・真央ちゃんの「お背中ヌード」を拝見☆ 某国営局の朝ドラで主役を張ったはる身としては、目下ギリギリなトコでしょうなァ。因みに、彼女の左脇のトコにホクロを発見して、ちょっと嬉しくなった。いつか、ご本人かどうかを見極める際の参考にしようっと(←お前ごときの人生とは、全く交錯しねぇってばよ!)
・『理想と共生の家 エンジェル・ホーム』の食堂の壁に貼られてた“俗世の会話は禁止、魂が汚れます”とか言う教義(?)が気に入った(=^_^=)
・東京都内の「美しが丘ウィメンズクリニック」は、結構な宣伝になったんじゃなかろうか?
・「のぶえ〜!」とひと声叫んだ直後、高い塀から転落するおっさんは、悲し過ぎた・・
・エンジェル・ホームの廃墟の壁にスプレーで落書されてた“魔龍参上”ってのも印象深い。
・岡山名物は「倉敷」「後楽園」「ばら寿司」との事である。
・年月が過ぎようとも、変わらず“同じ場所”にいた、たった1人の人物が印象深い。
・ジョン・メイヤー(john Mayer)による挿入曲『ドーター(Daughter)』はなかなかイイ曲だった。

〜  こんなセリフも 〜

恵津子「必ず夜中に目が覚めました。4年間、毎晩です」
   「娘の助けを求める声に、本当に気が狂いそうでした」
   「娘は、誘拐した女を愛していたんです。
    それがどんなに苦しくて、どんなに悲しい事か、分かりますか?」
   「娘が戻って来ても、私たち家族の苦しみは続いているんです」
   「あの女は娘の身体だけでなく、心も奪いました。
    私たちの幸せな時間を返して欲しい」
   「あんたなんか、死んでしまえばいい・・死んでしまえ。死ね!」
   「あんた、赤ちゃんを引きずり出して殺して・・
    その罰で“空っぽのがらんどう”になったのよ」
   「何であの子も、クルマに乗せなかったんだろ?
    何であの子を、家に置いて行っちゃったんだろ?」
   「どうすればイイの? ちゃんと好かれたいのに」

希和子「“空っぽのがらんどう”だと言われました」
   「ひと目でも(あの子を)観たら、それで諦めがつくと思ってました」
   「あの笑顔に、慰められたような、
    赦されたような・・そんな気持ちでした」
   「逮捕される迄、毎日祈るような気持ちで暮らしてました」
   「秋山さん夫妻に、感謝します。お詫びの言葉もありません」
   「あんな人、とっくに別れたよ」
   「いい? ここにはもう戻らへん」
   「ママがいるから、怖い事なんかないよ」
   「薫と一緒におれますように」
   「これからは色んなものを観よう・・綺麗なものを沢山」
   「お引っ越し、しようか? 島、出よ?」
   「ママ・・もう追いつけないよ」
   「その子はまだ、ご飯を食べていません!
    ・・宜しくお願いします」
   「有難う・・薫と一緒で、ママは幸せだった」
   「ママはもう、何にも要らない。
    薫が全部、持って行って」

恵理菜「・・3日じゃないです。7日です。蝉の寿命」
   「ホントに覚えてないんです」
   「すごい、ずうずうしくないですか?」
   「母親になんか・・なれない」
   「ムリして父親ぶらなくてイイよ。
    そんなの、全然似合ってない」
   「好きなるってどう言う事?
    好きになるのをやめるってどう言う事?
   「好きなとこ? バレバレなのにウソをつこうとするとこ」
   「・・ストーカーじゃないです。岸田さんです」
   「あのね、今まで言わなかった事、言うね」
   「終わるなんて、絶対に出来ないと思ってた」
   「彼は力になってくれないよ。
    “面倒から逃げる人”だもん」
   「“あんたは悪くない”・・そんな事を言ってくれる人、
    今までいなかった
   「世界一悪い女が、ウチをめちゃくちゃにしたんだ」
   「あたし、産むよ。他人の子を誘拐したり
    しないで済むように、独りで産む」
   「あたし“空っぽ”になんかなりたくない」
   「面白がってんでしょ?」
   「ホントは堕ろそうと思ってたんだ。
    だけど、エコーで子供の姿を見たら・・お腹の中にいる
    誰かに、綺麗なものを沢山見せる義務が
    あるんじゃないかって思ったの」
   「ここ、おった事ある」
   「憎みたくなんかなかったんだよ、あなたの事も」
   「この島に戻りたかった・・ホントは戻りたかった」
   「私、色んなものを見せてやるんだ。
    “何も心配ないよ”って教えてあげるんだ」
   「私、もう※※※が好きだ。まだ※も見てないのに」

薫「“お星様の歌”を歌って・・それじゃなくて」
 「お母さんごめんなさい、お母さんごめんなさい」
 「薫、ママと結婚してイイ? そしたらママ、
  女手1つやなくなるやろ?」

千草「その“特殊なハナシ”を聞きたいんだってば」
  「取材? まぁ雑談って事でさ」
  「って何か、すごい冷静」
  「困るって? あんた、何も悪くないじゃん」
  「人間、働かないとね」
  「でも、8日目の蝉がいたら・・
   仲間、みんな死んじゃって、その方が悲しいよ」
  「“今いる所”から出て行きたいのよ。あんたと一緒に」
  「あたしは・・※の※が怖いんだよね」
  「瀬戸内の海って、すごい静かなんだね・・キラキラして奇麗」
  「8日目の蝉には、他の蝉には見られなかった
   “何か”が見られるんじゃない? もの凄く綺麗な何かが」

丈博「女房とは、ちゃんと話して別れるから」
  「子供は欲しいよ。だから全部、きちんとして・・
   分かってくれるよね?」

久美「お母さん似やね」
  「美味しいんで。無農薬やから」
  「施しをご苦労様です」
  「メムバー希望者です」
  「なかなか出来んわ。悲しみを棄てるなんて

岸田「(ぐちゃぐちゃになったって)腹ん中に入りゃ同じだって。
   (ケーキとしての)味は変わんないよ」
  「好きなとこ?
   俺だけに笑ってくれるとこ、別れ際に振り返らないとこ、かな」
  「そのウチ、全部ちゃんとするって言ったでしょ?」

エンジェル「良ぅ来てくれはりました。まぁラクにしぃや」
     「ここは“天使の家”やからな。アホな事する人間も、
      見棄てんと、助けてやらなアカンからな」
     「ほんで、あんた誰?」
     「私は“あんた何もんですか”と訊いてんねん」
     「そやろ? 何もんでもないやろ?」
     「私は、あんたにな、魂でハナシして欲しいんや。
      俗世のもんは、魂でハナシせぇへんねん」
     「こだわりをな、棄ててしもたらエエねん。
      何もかんも棄てたら、ラクになんねん」
     「良ぅ分かりました」
     「ここをな、見学したい、言う人、おるねんで」
     「俗世のもんは魂で喋ろうとせんやろ?」
     「ルツさんやったら、分かるな?」
     「天使の慈しみが降りて来ますように、祈ります」

運転手「ちらし寿司? いや・・“ばら寿司”言うたら“ばら寿司”や」

昌江「あんたも色々あったんやろな。他人には言えん事も」

滝「入っておいで」
 「顔を上げて」
 「顔を見せて」
 「なんも言わんと、ただ写真を観とった」
 「おいで」

岸田「仕事、戻りたくない」
恵理菜「じゃ、戻らなきゃ?」
岸田「言うなよ。ホントに戻りたくなくなるだろ」

千草「何でいつも独り?」
恵理菜「ラクだから」

千草「その人の事、好きなんだ」
恵理菜「好きかどうか、もう分かんないよ」

千草「産むの?」
恵理菜「産む!」

恵理菜「ここって一体何だったの?」
千草「“駆け込み寺”かな?」

恵理菜「何か聞こえる?」
千草「・・心臓の音」

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2011年5月 3日 (火)

☆『少年マイロの火星冒険記【3D吹替版】』☆

2日(月曜)の夜。
恐らく、この連休(の後半)に「殆ど劇場鑑賞の時間が取れないであろう事」を、持ち前の予知能力(あんの?)を発揮し、いち早く掴んだワタシは(=^_^=)「多少苦しくとも、観れる時に観ておこう!」と決めた。

で、仕事の帰りに“ワーナー・マイカル・シネマズ高松”へと向かい、新作2本を「ハシゴ鑑賞」して来たのだった。

1本目はデゼニィ謹製の立体アニメーション『少年マイロの火星冒険記【3D吹替版】』である。
『マーズ・アタック!(1996)』やレイ・ハリーハウゼンが特撮を手がけた『H.G.ウェルズのS.F.月世界探険(1964)』なんてな作品群の好きなワタシは、ついつい食指を動かしてしまうのだった・・

あ、まかり間違っても、タイトルは『少年マイロの仮性包茎期』ではないので、くれぐれもご注意願いたい!(誰も間違えねぇし!)

世界では「火星の表面で“有機化合物の化石”が発見された」なるニュースが盛り上がりを見せていた。つまりは「何らかの生命体」が火星上に生存する可能性が飛躍的に高まったワケである。

そして実際に、火星の地下深くには“何者か”が存在し、とある理由から地球を“望遠装置で眺め続けていた”のだった・・

・・

夕食に出された「キライなブロッコリ」を食べるかどうか、に端を発し、マイロ少年は母親と口論(?)してしまう。

ママの「こんなに朝晩、あなたにガミガミ言わずに済むなら、ママの人生はどれだけ楽でしょうね!」なる言葉に過剰反応したマイロが、思わず「ママなんか、いない方がずっとイイよ!」と叫んでしまった時、ママは悲しげな顔をし、涙をこぼしながら彼の部屋から出て行ってしまったのだった。

その夜、ママの部屋に謝りに向かったマイロは、眼を覆う程の眩しい光の洪水と共に、何者かがママを連れ去る現場に遭遇してしまう。

家を飛び出し、庭を後にし、雑木林を走り抜けた少年が見たモノは、原っぱに着陸した巨大なロケットの姿だった!

「ママを返せ!」とロケットの足元で叫び続けるマイロは、船体の一部が着てた衣服に引っ掛かってし
まったため、運良く(運悪く?)ロケットと共に外宇宙へと旅立ってしまうのだった・・

・・

辿り着いた先は、地球からはるか離れた惑星=火星。
マイロは、ピンチを救ってくれたファットな中年男=グリブルの協力を得ながら、火星の某所に囚われたママを救うための行動を開始する。残された時間は・・(地球時間で)約7時間。

マイロは無事にママを救い出す事が出来るのか? そして、グリブルの正体とは?

これまでのCGアニメーションでは「人物の描写について、コミカルっぽい方向に逃げてるし!」と若干の不満を感じ続けてたワタシだったが・・本作では、いよいよ(?)人間のディテールをも、限りなくリアルに近付けて来てて、その点にまず驚かされた!

SFとしての設定やら、細かい演出では、ホンマにツッコミが出まくりで(=^_^=)・・火星の表面で「手肌剥き出しOK」「しばらくヘルメット(=空気)なしOK」「通常会話OK」・・みたいなノリがガンガン展開されるので・・『トータル・リコール(1990)』で火星の表面に放り出された人間が“どのような状態”となるのか、を良く分かってる観客は、きっと戸惑い続けるんじゃなかろうか(=^_^=)

まぁ、物語の流れとしても“まさにお約束通り”ってトコがあり、出張中のマイロのパパが「終始、物語のカヤの外」って点も“男親が不在でも物語の成立する悲しみ(ってか、むしろ不在な方が、物語がスムーズに回る)”的な情けなさがあって、野郎観客としては“ちと寂しいトコ”もあったか。。
出来れば『モスキート・コースト(1986)』みたいに、出しゃばる(頑張る?)オヤジ像をこそ、この手のハナシで観てみたい気もするが(=^_^=)

それにしても・・終盤の某展開(あのキャラのアレが壊れちゃうトコ)では、分かり易い流れではありながら・・次のあの演出に、ホンマにボロボロ泣かされてしまった。あの映し方って・・卑怯だと思う(⌒〜⌒ι)

はるか遠い火星でも「ヒッピームーブメント」や「スラング」が流行ってたり、身分の差(男女の差)があったり、「サイケデリックアート」に心を奪われる住人がいたり・・とそれなりの斬新な解釈(?)が練り込まれてるのも楽しかった。

「発達し続ける最新CG技術」「ベタながら安心して楽しめる展開」「魅力的な(?)火星人キャラ」をそれぞれ満喫出来る! って各点から言えば、まぁおススメ出来る1作と言えよう。

〜 こんなトコも 〜

・シアター内は、どうやらワタシ1人だった(⌒〜⌒ι) なら、もっとエエ席に移動したら良かった。。
・2D版でも全く構わなかった気が(・ω・)
・出張先の空港で荒天により足止めを喰らうパパ。あの展開にも“ディザスター”な演出を感じたんだが(・ω・)
・パパはちょっと南原清隆が入ってた気もした。
・火星からあんなに超ズームで眺められてると思うと・・うかうか酔った帰りに、路傍で立ち小便も出来ませんなァ(←未だにしとんのかい!)
・パパとホラームーヴィー『ゾンビの夜明け3』を観る予定だったマイロ君。その延長で「深夜、パパがゾンビっぽい勢いでママに襲いかかったりする可能性」もあったんやろか?(またそっち系かよ!)
・台所の壁に“浮世絵”が6枚ほど(?)飾ってあった! なかなかイイセンス!
・猫にとって、ブロッコリ等の野菜は“毒”らしい・・
・あの飼い猫(?)の映し方が、終始に渡り「不気味」だった気がする・・
・地球から火星に向かうシーンは、ワープ航法を駆使したりするので、わずか1〜2分程度だった(⌒〜⌒ι)
・火星人は「4本指」「鼻がない」「2足歩行」「地面から生まれる、毛むくじゃらの小猿っぽい生き物」とし描かれてた。
・火星で「ガラスの製造・販売業」を始めたら、結構稼げる気がする(=^_^=)
・グリブルが最初に放って来る『トップガン(1986)』ネタにより、彼が火星にやって来た時期がほぼ特定可能かと!
・“レーガン極秘宇宙計画”ってのが実在したのかと思った(=^_^=) しかし「地球外の共産主義を調査」って・・(=^_^=)
・グリブルのキャラ(容貌&風体&性格)としては「ダン・エイクロイド+ブルース・ウィリス+ジャック・ブラック+バズ・ライトイヤー+シュレ※ク」って風に分析出来る(=^_^=)
・火星の最長老(?)たる“総統”のキャラは・・何となく『ドラゴンボール』に出て来たバビディとか言う、魔法使いに似てたような?
・火星での「2クォーター」って(地球時間で)どの位なんやろ?
・「ヤーター」って火星語(?)が「撃て」または「やれ」って事だけは、何となく理解出来た(=^_^=)
・キィが「地上まで315メートル」って言ってたのが唐突&的確(具体的)で笑えた。
・グリブルの造った蜘蛛型ロボット(?)みたいなヤツが、大量のネジを吐き出してる場面があったが、あんなに吐いて大丈夫だったんやろか?
・終盤で「ワルモノは、お前だ!」とイッキに“美味しいトコ”を持ってくキャラ(シスの隊長?)が気に入った(=^_^=)
・グリブルは、幾ら何でも「赤面し過ぎ」な気がする(=^_^=)
・終盤、目覚めたママが、自身の置かれた環境にパニックを起こし「プチ痴女」状態となるのが微笑ましかった(=^_^=) ←でも、俺より年下っぽい(×_×)
・ラスト、アレ(自宅界隈の異変)に全く気付かなかったとすれば・・パパは相当に鈍感か、出張疲れが激しいかのどちらかだ!
・ビーム兵器が「液体燃料」で動作してる設定は興味深い。
・貴重なビーム銃をあんな下らん事に使うなよ、マイロ君(ラスト)。どうせなら、いじめっ子の顔面に放つとか(おい!)
・火星の表面に隠されてた、あのヘルメットは・・?
・ママと“総統”を、同じモーション女優(?)さんが担当してはって、それはそれでショッキングだった(×_×)
・「フラワーパワー」って『ハンコック(2008)』に出て来た“オール・ハート・マーク”にも似た、漠然性&押し付けがましさ(=^_^=)があって、なかなかイイと思う。

〜 こんなセリフも 〜

マイロ「・・あんな事、言うんじゃなかった。
    “言っちゃいけない事”なんだ
   「ママは・・僕にご飯を造ってくれる人で、
    洋服を洗ってくれる人で、家をお掃除してくれる人で、
    夜になると、布団をかけてくれる人なんだ」
   「あれが総統? “しわ取り注射”しないとね!」
   「ママは・・デゼニィランドに連れてってくれる。
    それに・・僕を愛してくれるんだ」
   「全部、ちゃんと説明するよ・・後でね!」

グリブル「よう、兄弟!」
    「スピード上げないと、置いてくぞォ!」
    「“TVの観過ぎは良くない”なんてウソだし」
    「抹殺? 多分マッサージの事だよ」
    「この作戦は“ファンタスティック(≒イケてる)”と言うより・・
     “グリブルタスティック”なのさ!」
    「騙したのも、あいつのためを思っての事さ」
    「違うの(スイッチ)押しちゃった・・やべ〜ッ!」
    “私物 触るな 火星人お断り”
    「言っとくが、俺は“歩く爆弾”なんだぞ!」
    「俺は、はしかで歯肉炎も持ってる。
     サタデーナイトフィーバー症候群もな」 ←どんなだ!
    「何もかも“作戦通り”だ」
    「“いい子だから、ママを盗られる”なんてな・・
     もう“愛してる”って言う事も出来ない
    「そいつら、ムチャクチャ物分かりが悪いんだよ」
    「ヤツらが気付く頃には、俺たちゃシリアル食べながら
     アニメでも観てるだろうさ」
    「キィ(Key)は色々開けられる・・俺のハートとか」
    「俺はここ(火星)に来て、初めて“正しい事”をするんだ!
    「そうじゃない、お前だよ。お前が助けたんだ」
    「任せろよ、何とかする。
     “グリブルタスティックな方法”でな!」

キィ「ロープを使わないなら、翼が必要なんじゃない?」
  「クールに!」
  「今なら、時間ある?」
  「脚、バタバタさせなきゃ!」 ←走らなきゃ、の意
  「私たちには“愛って言うヘンなモノ”があったのよ!」
  「赤くなるの、上手なんだから」

総統「我々はオトコ共を棄てたのだ」 ←いや〜ん!
  「この星の秩序を保たねば」

ママ「ゴミをちゃんと始末しなきゃ、世界はどうなると思う?」
マイロ「何も変わんないよ」

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2011年5月 1日 (日)

☆『恋におちたシェイクスピア(1998)』☆

ハナシは少し(かなり?)戻って、先月18日(月曜)の夜。
BSP(ブレミアム)で放送された『恋におちたシェイクスピア』を観た。

公開当時、劇場で観た覚えのある本作☆

あの頃ってば、主演のカップル(グウィネス・パルトロゥ&ジョセフ・ファインズ)が「美男美女でエエじゃな〜い!」と妙に微笑ましく思えたものである。
って事で、今以上にノ〜テンキだったあの日・・(⌒〜⌒ι)

1593年のロンドン。巷では疫病(ペスト?)が蔓延し、庶民の数少ない娯楽の場である演劇場もまた、閉鎖が相次いでいた。

町の北には、裕福なリチャード・バーベッジの主宰する「カーテン座」があり、南にはそれに対峙するかのようにフィリップ・ヘンズロー(ジェフリー・ラッシュ)率いる「ローズ座」があったが・・ヘンズローは借金に喘いでいた。

「ローズ座」の座付き作家=ウィリアム・シェイクスピア(ファインズ)は、新作喜劇『ロミオと海賊の娘エセル』を書き上げる。
そんな中、妻帯者でありながら(←おい!)、恋愛パワーに欠けるや否や・・スランプに激しく堕ち込むウィル(=シェイクスピア)は「才能が尽きた」などと独りイジけ始める(×_×)

一方、芝居好きである資産家の娘=ヴァイオラ・デ・レセップス(グウィネス)は、性悪貴族(=^_^=)=ウェセックス卿(コリン・ファース)との婚礼を目前にしたある日、男装した青年=トマス・ケントを名乗り「ローズ座」でロミオ役のオーディションを受け、見事その役を勝ち取ってしまう!

当時は、まだ“女性が舞台に立つ事”の赦されなかった時代。

男装の麗人=トマスの総てにイッキに惚れ込んだウィルは、ストーカーまがいの行為(=尾行等)をエスカレートさせてゆき、遂に彼の正体が“正真正銘の女性”である事を知る・・!
が、その点については全く意に介する事もなく(=^_^=)、たちまち“深い逢瀬”に溺れ続ける事となる2人。

やがて、トマスが“男装した女性”である事実が、リハーサル中、衆目を前に明らかとなってしまう。
姿を消したトマス(=ヴァイオラ)に、激しく意気消沈してしまうウィル。

芝居好きの女王=エリザベス1世(ジュディ・デンチ)を迎えた本公演の日。
開幕直前、とあるトラブルが起こり、一座はヴァイオラを迎えねば収拾のつかぬ状況となる。

一方その日、ヴァイオラは遂にウェセックス卿との婚礼を執り行う事となっていた・・

全体的に、薄汚れた世界観&人物描写の目立つ物語にあって、デ・レセップス邸宅(の閨房)でお互いを貪り合う(=^_^=)ウィル&ヴァイオラの何と清潔で美しかった事だろう!
(実際の)ウィルの生活環境&状況からしたら、もっと全身がクサくてキタナかった筈だ! と思うんだが・・ま、そんな浪漫気のない事は、書くだけヤボでしょう(なら書くなよ!)

グウィネスさんの可憐さが炸裂してた1本! と断言出来るが・・ワタシ自身、トマス・ケントに扮した男装&短髪(←どう考えても、あの豊かな量の髪が、あの“短髪ヅラ”にはとてもおさまり切らないように見えるんだが、、)&口ヒゲのあのファッション(お姿)にこそ、ドキドキしてしまい・・「ああっ、大丈夫か、おれッ?!」と・・「カウンセリングを受けなきゃならんのやろか?」とか、一瞬ホンキで自身が心配になってしまったぜおい(=^_^=)

んでもその後、デ・レセップス邸の2階にまんまと忍び込み、ヴァイオラが胸に巻いとるサラシ(←なの?)を「あ〜れ〜!」「ご無体な〜!」「なりませぬ〜!」然と、クルクル回転させながらほどく、悪代官系な“萬國共通的セクシャル演出”には、何度観ても溜め息が・・(=^_^=)

それに加え、グウィネス様のバストの形状&トップの色合いも、申し分ないと思いますた(=^_^=)

豪華俳優陣を何気なく揃えてるのも強烈で、ジェフリー・ラッシュとコリン・ファースが共演してる事も、改めて知りぶっ飛んだ!
何たって、12年後に『英国王のスピーチ(2010)』で再度組まはるんですからねぇ!

当時は「場違い(=ミスキャス)では?」と感じたベン・アフレック(ネッド・アレン役)の起用も、意外とすんなり溶け込んでたと(今回は)思った。
こうした現場の仕事を積み重ねる事で、きっと彼の“監督としてのスキル”が高められていったんだろう。

とんでもない事件が起こる訳でも、弾丸を避けたりするようなアクションが展開されるワケでもないんだが(=^_^=)・・普遍的に素晴らしい作品の1ツであろう。

〜 こんなトコも 〜

・ウィキで“リアル肖像”を再確認するに・・止まらない衝撃を受けちゃったりもするシェイクスピアさん(=^_^=)。演じるジョセフ・ファインズが、やれ「平井堅に似てる」と言われたりもするが・・私的には「理想的にしたプリンス(殿下)」だと思った(=^_^=) より若く、より背が高く、、
・史実からすれば、クリストファー・マーロゥやジョン・ウェブスターとの交流(?)ってのもあったんやろか?
・舞台を「土俵」に置き換え、和製『恋シェー』的なのを造ってみても面白いかも・・(=^_^=)
・劇中、毒を飲んだ直後のウィルの「窒息したような苦しげな演技」がなかなかにスゴい!

〜 こんなセリフも 〜

金貸し「泣きたいのは、金を貸しとるわしの方だ」

ウィル「かつては、言葉から“帝国をも滅ぼす愛”が描けたのに」
   「我が“才能の塔”が、遂に崩れ去った」
   「あの青年は?!」
   「彼女の美しさを前にしては・・僕の詩など色褪せる」
   「今や僕は“無気力な人形”だ」
   「彼女を病にかかるほど愛している。
    ・・だがそれは、時に僕を癒しもする
   「この愛を否定すれば、魂すらも枯れてしまう」
   「この愚か者を愛せる?」
   「運命は、この僕を見棄てた」

ヴァイオラ「私は詩と冒険と恋を求めてるの。
      その先にあるのは・・歓喜か破滅」
     「“役者になれる夢”が見られるのなら、一生眠っていたいわ」
     「“お芝居よりも素敵なもの”があるのね・・初めてだった」
     「新しい日? いいえ、新しい世界よ!」
     「早く夜に・・」
     「愛してるわ、詩よりも」
     「最後は、分からない・・謎よ」
     「良く、書いてね」

ネッド「そこで静かに観てろ。これからこの天才が伝説を造る」
   「タイトルが良くない・・『ロミオとジュリエット』でどうだ?」

ウェブスター「物語は、血生臭くないとね」

女王「芝居で“真実の愛”は学べません」
  「娶(めと)るが良い、愚かな男よ。
   既に他の男に摘み取られている・・女には分かります」
  「私の名前を使い過ぎです」
  「シェイクスピアに“次は喜劇を”と伝えなさい」
  「遅過ぎます(too late..too late.)」

台本より“優しい眼差しこそが、最強の盾となる”
    “大河が恋人たちを隔てる・・どうにもならないのだ”
    “ナイチンゲールはザクロの樹で啼くの”

ウィル「欲望のままに生きられたら・・」
ヴァイオラ「夜は“あなたの欲望のまま”よ」 ←うひょ!?

トマス「何てヒドい店・・!」
ウィル「だが評判はいい。出される酒に毒も入ってないしな」

ヴァイオラ「前は彼を悪く言ってたのに」
ウィル「それは・・彼が生きてたからだ

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☆『クイーン(2006)』☆

27日(水曜)の夜。
この週のBSP(プレミアム)はどうやら“英国女王特集”が組まれてたようで。

その前夜に放送された『Queen Victoria/至上の恋(1997)』は、結局鑑賞をパスしてしまったんだが、コレはキチンと観た☆
考えたら、公開時に劇場でも観たんだけど(・ω・)

冒頭に、(シェイクスピアによる)戯曲「ヘンリー4世」のセリフ「王冠を載せた頭には、常に不安が付きまとう」が惹句とし表示される・・

1997年5月の総選挙で労働党が勝利し、党を率いるトニー・ブレア(マイケル・シーン)が第73代英国首相に任命された。

ブレア政権の誕生直前、女王=エリザベス2世(ヘレン・ミレン)は「ブレア首相? 私が承認するまでは、彼はまだ“首相候補”のハズでしょ?」と側近に“皮肉”とも受け取れる言葉を投げかけるのだった。

同年8月31日。フランスのパリでダイアナ元妃(=ウェールズ大公妃)が不慮の事故死を遂げる。

1国の首相とし、ブレアは「速やかに、国民に向け“元妃に対する弔意”を明らかにすべきでは?」と女王に“ご注進”するも、王室はなかなかバッキンガム宮殿に半旗を掲揚しようとせず、国民を刺激するかの如く・・宮殿を離れ、鹿狩りに出かけたり(興じたり)する有り様だった。

そのため、次第に「この機に王室を廃止すれば良いのでは?」と言う意見が、世論の大多数を占め始める。

引き続き、女王に連絡を試み続けるブレア。
対し“国民感情とかけ離れた空気”の王室の中心にありながらも、自国の行く末を案じる女王。

1週間の限定された期間の中、彼らの“思惑”が静かに呼応し始めるのだった・・

おおまかなレビューは鑑賞当時の(新鮮な)モノがここにあるので(だし、そっちの方がデキが良さそうなので(=^_^=))それをご覧頂くとしよう。

今回は「報道画面」を軸に据えた『事実(=客観)』の部分と、制作側の「想像」で形成される『創作(=主観)』の部分の相性が、思いのほか良かった事に気付かされ、そこに感心させられた。

ビル・クリントン、ネルソン・マンデラ(←たぶん)、そして無論、ダイアナ元妃・・。
また、エルトン・ジョン、スティーヴン・スピルバーグ、トム・クルーズ(←たぶん)・・などなどの人々が実際に画面に登場するんだが、それは即ち劇中では“虚構の一部”でもあるワケで・・その辺りの「入れ子構造」的な不思議な物語世界に、妙にクラクラしそうになってしまった(⌒〜⌒ι)

乗ったクルマの故障に伴い「劇中で1シーンだけ」誰も側近のそばにいない状況下にさらされた(?)女王の“バリアの解けた”言動を拝める事の出来るのは興味深い。

「そこにもういない何者か」に想いを馳せ、思わず落涙したり・・
「そこにやって来た何者か」を遠くへ逃がそうと気を遣ったり・・

そう言ったシーンが「ちょっぴり」にせよ挿入されてるお陰で、どれだけ「劇中の女王(の言動)に対する不愉快さ」が緩和された事だろう(・ω・)

また、本作で最大の“憎まれ役”を快く(?)引き受けた、ジェームズ・クロムウェル翁(役:エディンバラ公)の“俳優根性”には、恐れ入ってもしまった(=^_^=)

いつか、ロス郊外の廃屋で彼の後ろ姿を見かけた日には、無防備な背中に向け、ライフルを発砲して差し上げたい、と思う。(←その役割はお前じゃなく、エド・エクスリー警部補だってばよ!)

〜 こんなセリフも 〜

女王「1度は投票してみたいわ。と言うか、
   たった1度でいいから、自分の意見を言いたいものね」
  「ところで、核戦争の始め方は習ったの?」
  「(首相は)あなたで10人目だから。最初はチャーチルだったわ」
  「他に話がなければ、私は戻ります」
  「まだ他にも何か?」
  「では、献花の撤去を許可しましょう」
  「運転ぐらい自分で出来るわ」
  「国民は必ず王室を理解している、と信じています」
  「前輪のプロップシャフトを壊したわ、四輪駆動の」
  「行きなさい! 逃げて・・早く!」
  「我々王室が、国民感情を理解出来なくなるなんて・・」
  「動いてる時の方が、いい考えが浮かぶわ
  「あんなに嫌われるなんてね」
  「これまでだって、感情は抑えて来たわ」

ブレア「まさか、王室は半旗を揚げてないのか?」
   「“平時”なら、この私も同意見でしょう
   「声明を出すには、もう遅過ぎます」
   「ここで神を持ち出すのはよせ。何の解決にもならない
   「行動そのものに、意味があるのさ

チャールズ皇太子「お分かりのように、母は変化に慣れていない。
         王室には“近代的観点”が必要なのだ」
        「彼女(ダイアナ元妃)は国民に好かれ、
         我々(王室)は嫌われている」
        「“ダイアナ人気”に苦しんだ私の気持ちを、
         ようやく両親も理解したようだ」

ダイアナ元妃“私は「国の王妃」でなく「国民の王妃」でありたい”

エディンバラ公「狩りで、孫たちの怒りを発散させてやろう」
       「エルトン・ジョンが歌うんだとさ。前代未聞だ」
       「砦を護る者は、銃を手にして待つのみだ」

王太后「カメラマンを狩場で見つけたら、それを獲物にすればいいわ」
   「威厳を示しなさい」
   「あのニヤケ顔の首相ったら!」

エディンバラ公「あの鹿は撃たれたそうだ」
女王「・・そう。苦しんでいないといいわね」

アラスター「“意地悪女”が遂に降参か」
ブレア「違う! 彼女は国民に総てを捧げたんだ!」

追記1:鹿(14ポンド)の「遺体」を巡る描写から、何となく『もののけ姫(1997)』を連想させられた。
追記2:「英語耳」の全く形成されてないワタシには・・宮殿の名が「ファ※キンガム」に聞こえたりもして、、(×_×)

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