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2011年5月11日 (水)

☆『新・平家物語/デジタル・リマスター版(1955)』☆

3日(火曜)の夜。

帰阪の折、GW渋滞にモロにぶつかりまくってしまい「睡魔&ガス欠&膀胱炎(=尿意)」なる3点セットに苦しみつつ(⌒〜⌒ι) 全行程の6割がたをひたすら下道で走って戻った。

そんな訳で、早い場合だと2時間半ちょいで戻れる片道に・・約6時間もかかってしまった(×_×)

遅い夕食を摂りつつ、BSPで放送されてた『新・平家物語/デジタル・リマスター版』を、約1時間遅れで観始めた。

「主演(=平清盛)のこのしと、誰だっけ? 誰だっけぇぇ?」と思い出せずにいたら・・そこへやって来た家人が、そこは流石に「お、(市川)雷蔵やんか」とピタリと。
ま、ワタシが満足に観て覚えのある“雷蔵主演作”って言えば・・『炎上(1958)』ぐらいしかないので・・(⌒〜⌒ι)

・・

何だかでも、青年期の平清盛ってば「荒々しい甲冑の武者姿」なもんで・・どうにもワタシの習って来た、教科書の挿絵ヴァージョン(?)の“出家後の清盛像”とイメージが繋がらず、戸惑ってもしまう。

コレって、エルヴィス・プレスリーや石原裕次郎のように「前期/後期のヴィジュアル・イメージ」をセットにして覚えておくべきなのかも知んない。
って、実際に写真や映像が残ってる訳でもないンだけど。。

ラストでは、以前にも観た覚えのある「清盛、矢をばつがひて、2たび、ひゃうど放つ」的な名シーンがあり、シビレてしまった。
2本の矢を見事“アレ”に命中させた事で、うじゃうじゃいた烏合の衆(僧兵ら)が蜘蛛の子を散らすかのように逃げて行くんだから、コレは痛快である!

しかし、当時にこだわっての「忠実なる再現」だったのかは分かんないが・・清盛の眉毛(の造型)が“ケ※シロウ気味”な感じで、どうにも「やり過ぎ」っぽくも感じた。コメディすれすれな気もしたゾ(⌒〜⌒ι)

まぁでも、映像をリマスタリング(作業)で徹底的にブラッシュアップしてるトコからも、衣装や大&小道具に対する再現性も含め「コレってもはや“映像遺産”と言えそやな!」と興奮してしまった。

あと、延暦寺(の僧兵ら)と言えば・・織田信長との確執なんかが記憶に新しいが(←なの?)・・清盛の時代から、既にごしゃごしゃやっとんたんやな〜と「日本史のおさらい」にもなった。今更ながら。。

〜 こんなセリフも 〜

清盛「私は、天地の間に生を受けた“1個の生命”です。
   頼むのは、この清盛ただ1人です」
  「貴様の賭けが当たるか外れるか、とくと観るが良い」
  「生命を断つか断たぬか、その眼で良く観ろ!」
  「私には、もっと大きな動乱の来るのが見えています。
   しかし、私の心は微動だにしません」
  「公家共め。踊りたいだけ踊っているが良い。
   お前たちには明日はないのだ」

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コメント

渋滞で6時間ですか~。大変でしたね、お疲れ様です。
清盛のイメージはわたしもなんか違和感を感じました。もともと歴史は疎いんですけど、あまり威厳が感じられないし、あの眉毛に目が行ってしまうし(笑)
でも、矢を放つシーンはほんと格好良かったです!

それにしても、僧兵ってあんなごついのばっかりだったんですね~。あんなの(見た目&行動)が仏の道とか語っても、白々しい感じがします・・・。

投稿: 宵乃 | 2011年5月12日 (木) 10時30分

宵乃さん、ばんはです。

某県への2泊出張を終え、無事に戻りました。

往復で800キロほど走りましたが、
「大して疲れなかったし〜」とフフン気分でいたら、
その後、突然に何をする気力もなくなり「バタァ!!」と前のめりに
ぶっ倒れ、1時間半ほど泥のように眠ってしまいました(=^_^=)
(何だ、疲れてんじゃん)

>渋滞で6時間ですか~。大変でしたね、お疲れ様です。

ここまで渋滞に苦しめられると「高速が慢性的に空くんなら、
料金が高くなってもエエかも」と思ったりします。

ガソリン単価さえもっともっと安くなれば、ワタシは文句を
言うつもりないんですけど(・ω・)

あと、任意保険に加入してないドライバーは、免許更新不可
にする、と(=^_^=)

>清盛のイメージはわたしもなんか違和感を感じました。
>もともと歴史は疎いんですけど、あまり威厳が感じられないし、
>あの眉毛に目が行ってしまうし(笑)

まぁでも「麿眉」よりは、まだしも好きです(=^_^=)

>でも、矢を放つシーンはほんと格好良かったです!

アレは良かったですねー。
信長もアレやっとけば、無用な殺戮をせずに済んだのに・・(なの?)

>それにしても、僧兵ってあんなごついのばっかりだったんですね~。
>あんなの(見た目&行動)が仏の道とか語っても、
>白々しい感じがします・・・。

武蔵坊弁慶もゴツかったですしね。
それに宮本武蔵と戦った、宝蔵院(奈良・興福寺)の胤舜(いんしゅん)も槍術の達人だったそうですし。
(この2人、全く時代は異なりますが)

そうやって自己研鑽し、自らの腕を鍛え極めなければ、山修業にせよ、
寺の運営にせよ、
とてもなし得なかったのかも知れませんね。

投稿: TiM3(管理人) | 2011年5月12日 (木) 22時25分

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