« 2011年2月 | トップページ | 2011年4月 »

2011年3月27日 (日)

☆『(500)日のサマー(2009)』☆

22日(火曜)の夜。
借りたまま随分と経っていたDVDを、ようやく鑑賞した。それが『(500)日のサマー』である。

作品自体は90分ちょい、ぐらいの短さ(?)だったんだが、セリフ群がとにかく多く(と言うか、いちいち気になり)「止めては巻き戻し」の繰り返しで鑑賞したため、結局観終わるまでに4時間近くもかかってしまった(⌒~⌒ι) ←そんな鑑賞スタイルはやめろよ!

人生における“運命的な恋との出会い”に期待し、それを至上のモノと考える青年=トーマス・ハンセン(ジョゼフ・ゴードン・レヴィット)。彼はある日、カードの(コピー)ライターとして働く勤務先「ニューハンプシャー・グリーティング(New Hampshier Greetings)」で、新しくアシスタントとし採用されたサマー・フィン(ズーイー・デシャネル)にひとめ惚れしてしまう。

 4日目で初めてエレベータ内で“意識的に”言葉を交わした2人。
28日目のカラオケパーティーで、サマーの“恋愛観”を知るトム(トーマス)。
31日目でキス。
34日目で初めて一夜を共にしたトム&サマー。

デートを重ねる度に「恋人でありたい」との想いを募らせるトムだったが・・そんな彼にサマーは「友達でいましょう」と“すげない言葉”を返すのだった。

愛の始まった1日目。
やがて500日を経て、愛は1ツの終わりを告げる。そして・・

サマーとの500日間を通じ、それなりの成長を遂げるトムの姿が独特の演出で描かれる。

・全編に渡り、映像にかぶせられる“客観的”なナレーション ←コメディに多い
・時間軸の置換による、恋愛(像)の変化
・「2つのパターンの進行」を並行して描くカメラワーク

などの手法に「斬新さ」を感じるか否かが、観客の評価を大きく左右させるんじゃ? と感じた。

私的には、主人公の“ややひねくれた言動”をしばらく眺める内に「こりゃ、舞台こそLAながら、殆ど“ウッディ・アレンの世界”じゃんか!」と連想してしまった次第。

必ずしもハッピーエンドじゃない物語っぷりをそこここに漂わせつつ、ライトに貫かれたタッチは『アニー・ホール(1977)』だし、主人公カップルのコミカルさは『恋人たちの予感(1989)』を思わせる。
画面2分割でストーリーの同時進行する様は『スライディング・ドア(1998)』だし、時間軸の自在に変化するテイストは(コレは三谷幸喜による舞台劇であるが)『グッドナイト・スリイプタイト(2008)』を想起させたモノである。

ってことで、正直「現代におけるラブコメ系の“1つの集大成”であり“到達点”とは言えようが・・コレを“最高傑作”と決め打つ人間がいたとすれば・・余りに恋愛モノを知らな過ぎる」と評したくなったワタシである。

んでも、制作側の放つ「どや? スゴいことやっとるやろ?」的な上から目線の、エネルギッシュなモノは受け取る事が出来し、感心もさせられた。

私的には、も少しヒロイン役に“冒頭の紹介コメントを裏切らないだけの、圧倒的な魅力&エキセントリックさ&凄まじさ”を持たせ、そして観客を引っ張り続けて欲しかったと思うワケである(・ω・)

~ こんなトコも ~

・主人公のイメージはエドワード・ノートン君にも通じてた。
・ヒロインは、導入部での強烈なインパクトの割に、尻すぼみで光ってなかった。オドレイ・トトゥなら(まだしも)良かった??
・レイチェル(クロエ・グレース・モレッツ)は“妄想キャラ”だったのか? どう言う設定の人物かが良く分かんなかった。。
・要所要所でハリソン・フォードを登場させたり『卒業(1967)』のラストシーンを拝借したりして、ニクい!
・ラストでモロに「カメラ目線」となるトムが印象的!
・ネイティヴなしとは「カラオケ」を「キャラオキ」と発音してた!
・街に佇み、脳内で街を“構築”するトムの姿は・・まさに『インセプション(2010)』だった。

~ こんなセリフも ~

トム「サマーは“特別”なんだ(290)」
  「もういいさ。恋人なんかいなくても平気だ。
   ・・孤独だけど、快適さ(22)」
  「流しが総て壊れた(282)」
  「この街には立派な建物がひしめいてる。
   住民が(その事に)気付けばいいのに(95)」
  「ボーイフレンドとかガールフレンドなんてな
   “レッテル”を貼る必要なんかないさ(109)」
  「“愛してる”と言えば、それが命取りになる(118)」
  「ってか、この歌も嫌いだ!(322)」
  「この僕を幸せに出来るのは、全世界で彼女だけなんだ(345)」
  「考えられる失敗の可能性は2ツ。
   彼女が薄情な悪女なのか、それとも彼女がロボットかだ(345)」
  「ビルを建てても使い捨てられるが、
   グリーティングカードなら永遠に残る(402)」
  「こんなコピーはクソだ。嘘を並べてるだけさ(442)」
  「人々がカードを買い求めるのは・・自分の気持ちが言えないか、
   口に出すのが怖いからだ(442)」
  「僕らは、小細工なんかするより正直になるべきだ(442)」
  「カードも映画もポップスも嘘ばかりだ(442)」
  「本音を言うべきだ。本音の言葉をカードにすべきなんだ。
   “お仕着せの言葉”なんて使うべきじゃない(442)」
  「愛なんて、意味が無い(442)」
  「この世はデタラメだ(442)」

サマー「(あなたと)逢うのはやめるわ(290)」
   「誰かの“所有物”になるなんて最悪。私は自分自身でいたいの(28)」
   「人生は楽しまなきゃ。面倒な事は後回しでね(28)」
   「あなたは面白い人ね。友達にならない?(28)」
   「人気がないからこそ、リンゴ・スターが好きなの(87)」
   「このプレイなら出来そう(87)」
   「私たちの関係? さあね、幸せなんだからいいじゃないの(118)」
   「これってまるで・・何かを雄弁に語ってるみたいね。
    少ない言葉で(191)」
   「その通りよ(damn right.)」
   「ここでなら逢えると思った。
    一緒に来て、好きになった場所だから(488)」
   「つまり、今の※とは逢うべくして出会ったのよ。そう思ってるわ。
    私たちは“運命”じゃなかった(488)」

レイチェル「キュートな女は“変なヤツ”が好きなのよ(11)」
     「“期待外れの答え”で、
      この数ヵ月の幸せが消えるのが怖い?(118)」
     「乗り切れるわ。弱気にならないで(118)」
     「振り返って、思い出をもう1度見直すの(450)」

ポール「言うだろ? “海は色んな魚で溢れてる”って(290)」
   「ホンネは・・“夢の彼女”より今の彼女がいい。生身だから」

マッケンジー「イヤミな美女ののさばってるのが、この世の常だ(3)」
      「愛? どうかな?
       キュートでセックス好きならいい・・キュートでなくても」

社長「君にピッタリだ(This is perfect for you.)(321)」
  「君のは後に回そう(I come back to you.)(442)」

ナレーション“これはボーイ・ミーツ・ガールの物語”
      “前もって断っておくが・・(これは)恋物語ではない”
      “人口380万人のこの街で、
       トムがサマーに出会った理由はただ1つ・・「運命」だ”
      “その夜、トムにとって総てが変わった(109)”
      “彼女に招かれ、その部屋を見た者は少ない。
       トムはサマーに選ばれ、今ここにいるのだ(109)”
      “彼はいつもと違う、聞くに値する本当の物語を聞いた。
       壁が低くなった、と彼は実感した(109)”
      “トムは期待していた・・期待と現実が一致するだろう事を”
      “5月23日は水曜日だった(500)”
      “壮大な宇宙の意味は、日常レベルでは判断出来ない。
       偶然、それが総てだ。 ・・偶然だけだ(500)”

レイチェル「あなたを助けたいの」
トム「どうやって?」
レイチェル「まず、そのお皿を置いて(290)」

レイチェル「彼女、生理前かな?」
トム「分かるのかい?」
レイチェル「少なくとも、あなたよりはね(290)」

サマー「ここ数ヵ月、私たちって“シド&ナンシー”状態よね」
トム「待てよ。シドは包丁で7回もナンシーを刺したんだぜ。
   僕は、ケンカしてもシドにはなれないさ」
サマー「違うわ。シドは私よ」
トム「・・じゃ、僕がナンシーかい?(290)」

トム「サマーがいると、まるで・・不可能が可能になる。
   生き甲斐を感じるんだ」
ポール「・・それってヤバいな(154)」

トム「あの店は出入り禁止だ。前に吐いてバーテンを殴ったろ?」
マッケンジー「放火はしてないから、まだ大丈夫さ(27)」

トム「愛を感じれば、分かるさ」
サマー「そこが、私たちの意見の相違ね(28)」

サマー「ねぇ、言っとくけど私、
    真剣に貴方と付き合う気は全くないの。それでもいい?」
トム「いいとも。軽い気持ちでのんびりやろう(34)」

マッケンジー「ヘンリー・ミラー曰く“小説を書いて吹っ切れ”」
トム「彼は“絶倫”だったんだけど(303)」

サマー「こんな話をしたのは初めて」
トム「つまり、僕は“特別”なんだね(109)」

男「この店で初めて見る顔だな」
サマー「だとしたら、あなたの眼は節穴ね(259)」

サマー「答えは変わらないわ。私たちの関係は・・」
トム「僕に言わせりゃ“立派なカップル”だろ、僕ら!(259)」

トム「或る朝起きたら、君は感じるのかも・・“他人”だと」
サマー「だからこそ、約束出来ないのよ。傷つけたなら赦して(259)」

トム「何故別れた?」
サマー「続かないのが、人生よ(259)」

レイチェル「魚なら、海にいっぱいいるわ」
トム「有難う。でも小魚ばかりだな(450)」

トム「“スペアミント”を聴かない世界は地獄だ」
サマー「私は、聴かないわ」
トム「前に渡したろ? 1曲目だよ」

サマー「大丈夫?」
トム「その内、立ち直るさ(488)」

トム「彼と婚約してて、何故、僕と踊った?」
サマー「踊りたくて」
トム「君は、欲張りなんだな(488)」

| | コメント (6)

2011年3月24日 (木)

☆“國寳”・・薬師寺・東塔の初層に入る☆

21日(月曜)。3連休の、最終日である。

(19日より)帰阪してたワタシだったが、雨のそぼ降る中を「薬師寺に行こう!」と決めたのだった。

むろん、薬師寺(奈良)の伽藍(=境内)そのものには、これまで何度も足を運んだことがあったが、実は期間限定(3/1-21)で「東塔の初層(=1階)内陣(=内部)」が一般公開されているのだ。それもこの日まで。

東塔の建立(天平2年=730年)以来、内陣が一般人に開放される(=入堂を許される)のは初めての事であり「この機会を逃せば、恐らく一生、入ることは叶わんぞ!」と焦ったワタシは、行列のことやら、特別拝観料のことやらは後回しに考える事にし、取り敢えずクルマを出し奈良方面へと向かったのだった。

駐車に手こずると思い、近鉄沿線の手前の駅前のパーキングに止め、そこからは電車で現地へと向かった。結果、それが奏功した。

東塔入堂については、薬師寺伽藍への入場料800円に加え、塔の特別拝観料500円を徴収される。が、安いモノであろう。

・・

拝観者であるが、回廊から東塔に繋がる“仮説通路(テント屋根付)”を歩き、東側から入塔(=入堂)する。東から入り、グルッと“半時計回り”に1周した後、再び東側から退出するカタチとなる。
東塔の床は石畳であるが、そこにも“仮設通路”が組まれ、少し高くなっていた。

中央に心柱(しんばしら)が1本そびえ、その周囲に4本(四天柱)、更に周囲に計12本の柱が立っている。予想していたほど狭くはなかったが、むろん決して広い訳ではない。

上層に昇るための梯子と、天井に開いた穴を、塔の南側に確認した。
きっと暗くて狭くて怖いだけなのだろうが(⌒〜⌒ι)気になる。
“法観寺・三重塔(京都市東山区)”や“清水寺・三重塔(島根県安来市)”の2塔のように、いつか上層部へも立ち入ることが出来たらイイなぁ・・(←昇るための構造ではなかろうから、実現はほぼ不可能だろうけど)

天井一面に「宝相華(ほうそうげ)」と呼ばれる蓮の花の絵(装飾文様の類)が描かれてるが、その色はくすみ、像自体も薄くなってて、余りワクワクさせられるモノではなかった。
美麗に再現されたモノが眺めたければ、西塔で(開扉されていたら)拝観可能である。

須弥壇(通常、佛像の安置されている台座)のウチ、3方(北、西、南)には金属(銅製?)の小さな装飾プレートがそれぞれ設置されており、そこに“天保二年(1831)卯月”とか“天保三年(1832)八月”と言った年月が彫られている。或いは“郡山奈良町”在住の、当時の寄進者の名前なども。

・・

塔内部は、当然のことながら「撮影不可」であったが、有意義な時間だった。

1300年近くもの間、ひたすら“ここ”にそびえたって来た東塔にすれば・・ワタシなど“一瞬の存在”にしか過ぎないのであろうが・・何だか「東塔に認められた」ような心地もして、妙に嬉しくなったワタシである。

雨も、いつの間にか止んでいた。

追記:東塔は一辺7.09m、全高33.63m、とされる。

| | コメント (2)

2011年3月22日 (火)

☆ちょこっと&ぼちぼち再開の“エエ言葉”☆

【2011.3】

杭迫 柏樹(日本書芸院理事長)
 「書は『老の芸術』で、人と共に深まるもの。
  50歳代、60歳代は“はな垂れ小僧”の世界であり、
  僕はまだ鼻が乾き始めた程度」
 「訓練とセンスの両方がないと本格派にはなれない」

末木 文美士(仏教学者)
 「時代にあまりに先駆けた仕事は孤独だが、しかし、
  本物であれば、埋もれたまま消えてしまうことはない。
  必ずどこかに共感する人が出てくる」

糸井 利則(大阪市立小学校教員)
 「殴る蹴るだけが虐待ではない。言葉の暴力もある」

米倉 涼子(女優)
 「私の場合、(将来の)目標を持たずにいるほうが
  良い方向に物事が進むような気がします。
  (中略) あんまり先のことばかりを
  考えないようにしています」

和田 弘毅(和田精密技研会長) ※義歯の製造を手がける
 「知識がなくて、いいものができる道理がない」
 「臨床家や大学の先生は従来の考えを切り替えません」
 「景気が悪くなった時はいそがしいんです」
 「自分より優れている人の力を借りることができなかったら、
  成功しなかったと思います」
 「経営のコツは『自分に無い、(出会った)相手の価値を見つけて、
  ほめること』かもしれません」

谷川 浩司(将棋棋士)
 「人間は、気力だけでいつまでもがんばることはできない。
  肩の力を抜くこと、がんばりすぎないことも大切なのだ」

貴志 祐介(作家)
 「大怪我をして血を流しているときに、前から予定していた
  からといって、美容整形手術をする馬鹿はいない。
  今は、他の(政策の)すべてを棚上げにして、
  被災地の支援のために全力を傾注すべきである」

よみうり寸評(2011.3/15)より
 「プロ(の電力会社)が(原子力発電所の不安を)<想定外>
  と言うなら恥ずかしい」

谷沢 永一(近代文学研究者、1929-2011)
 「埋もれた本の中におもしろさがある」
 「すぐに手に入る知恵はたいしたことないんです」
 「心に残った本は頭の中の勉強部屋に入ってますなあ」

茂 幸雄(福井県坂井市のNPO法人代表) ※東尋坊を巡回
 「おせっかいしたり、欠点を許し合ったりするような、
  人同士のつながりが必要なんやと思う」
 「死んだらあかん。人は完璧でなくっていい。
  金がなくなっても、傷つくようなことがあっても、
  今生きてるだけでいいんや」

寺田 学(首相補佐官)
 「転がりながら考えることも1つの方法」

岡本 太郎(芸術家、1911-96) ※『自分の中に毒を持て』より
 「人生に挑み、本当に生きるには、瞬間瞬間に新しく
  生まれかわって運命をひらくのだ。
  それには心身とも無一物、無条件でなければならない」

半藤 一利(作家)
 「歴史には転換点がある」
 「日本人は肝心なところで具体的、理性的に考えられねえんだな」
 「戦争を語り継ぐというけれど、話すうち英雄的な気分になる
  ことがある。あれは、よくないと思ってねえ」
 「歴史を感情で読んではいけません」

上田 成之助(京阪電気鉄道社長)
 「最悪の場合を考えて悲観的に準備し、
  事が起きれば楽観的に対処する」
 「大学で勉強したことを直接生かせる仕事は多くない。
  会社で身に着けることばかりだ。その意味で最初から100%
  自分に合った仕事はほとんどない。
  少しでも興味があったり、面白いと感じられれば飛び込んで
  いくべきだ。失敗しても必ず身に着くことはある」

貝谷 久宣(東京の「赤坂クリニック」理事長、精神科医)
 「現代社会は物が過剰になり、知らずに依存していることも多い」

高田 純次(タレント)
 「セカンドライフは、やっぱり趣味というか、心のよりどころが
  ないと生きていけないように思う。
  (中略) 今は『仕事が趣味』と公言しているが、趣味がある
  人は羨ましいなって思うようになりましたね」

西江 雅之(文化人類学者)
 「怒りは思わぬ隙を作り、時には危険を招くことさえある」
 「怒りの多くは、他者への期待から生まれる」

向井 昭吾(ラグビー「コカ・コーラウエスト」監督)
 「基本を繰り返すことで平凡が非凡になる」

曽根 麻矢子(チェンバロ奏者、上野学園大教授)
 「まず動いてみようと。
  動くエネルギーがない時もあるけれど、
  何とかそのエネルギーを見つければ、
  あとは何とかなるかもしれないですよね」

| | コメント (2)

2011年3月20日 (日)

☆【覚え書き】「SeeThru for MacBook Air」を外すにあたって☆

今回は「単なる覚え書き」である。

「実は困ってます」って方(で「ネットで探してるけど見つからなくて」って方)のみの参考となれば幸いかと思いまして(・ω・)

・・

計画的に衝動買い(=^_^=)した“MacBook Air(13インチ)”であるが、ちょうど良い筐体ケースがないモノか、色々探してたトコロ、あまずぅんにて「SeeThru for MacBook Air」なる“ジャストフィットかつシースルー(=スケルトン)仕様な樹脂カバー”を見つけ、早速購入した次第☆

で、このケース。
装着し易く、見映えもかなり良いンだが・・「気軽に脱着する」って使い方にはそぐわない・・って言うか、手短に書くと「装着し易いが、すこぶる外しにくい」と言うそれなりの弱点(?)があるのだ。
(ま、コレは「個体差によるモノ」かも知れないが)

ワタシなんかも、軽い気持ち(?)でパチッとはめ込んだら(装着したら)、ガッチリ固定されてしまい、外すに外せなくなってしまった(×_×)
そもそもが「試し装着」のつもりだったから、ケースと本体のスキマにホコリとかゴミが入ってしまい「カッコよろしくない」のである。。

で、帰阪した今朝から、脱脂用のアルコールを傍に置きつつ「外しましょうわい!」と作業を始めたが・・

天板側(パーツ)の手前の固定爪×2 が、ガッチリはまってて、ビクともしないワケだ(×_×)

1)爪楊枝を差し込み、持ち上げんと試みる ⇒ 楊枝の先端があえなく折損
2)耳かき(竹製)の先端を差し込む ⇒ 先端が割れ、ささら状態となる(☉д☉)
3)爪で強引に持ち上げようとする ⇒ こっちの爪が剥がれそうになる(×_×)
4)強引に外さんと力を込める ⇒ ケースが割れそうで怖い(ってか、きっと割れるだろう)

と、色々やってみたがどれも巧く行かず「トホホ状態」に陥ってしまった。。

・・

で、結論。

「爪を強引に外すんじゃなく、要するに、固定部分が外れたら(パス出来たら)それで良い」ってことで、
ケースをずらし(本体からスライドさせ)外せばイイ」と言う簡単な結論(⌒〜⌒ι)に到達したのだった!

“真上に動かそうとしてどうにもならなかったモノを、
 左右に動かしたトコロ、すんなり解決出来た”

ってことで「ちょいとした教訓だね、こりゃ」と気づいたワタシである。

本記事を参考に、1人でも多くの方が「SeeThru for MacBook Air」を破損しないことを願うばかりである(・ω・)

※記事中の無断リンク、失礼します。

| | コメント (0)

☆レンタル掲示板が消滅・・(×_×)☆

「90日はもう来ていたんだな」とこの時始めて気がついた。 (←『夢十夜』ふう)

・・

かなり以前「無料で掲示板が開設出来る!」って点に(のみ)魅力を感じ、何となく立ち上げた「@niftyレンタル掲示板」における拙板『級々(しなしな)日記』であったが・・

久々に「『スパム書込み』とかで汚されてないやろか?」と思い立ち、覗きに行ったトコロ、

404 Not Found
指定されたページが見つかりません。

と表示された(×_×) ウボア〜!!

・・

改めてヘルプ画面で、掲示板について確認を行い、

@niftyレンタル掲示板では、90日間掲示板への書込みがないもの、
または90日間管理画面へのログインのない掲示板につきましては、
自動的に掲示板のご利用を解除(アカウントを削除)させていただきます。

(書き込まれた内容などの復旧は一切いたしませんので、予めご了承ください)

この制約は、掲示板を開設(作成)したまま放置されることを防ぐ目的があります。
1ヶ月に一度程度は管理画面にログインしていただき、
スパム書込みなどの書込みがないかチェックを行ってください。

・・と、冷たく事務的に(=^_^=)記載されとるのを見つけたワタシだった。

まぁ、所詮「タダだから」文句もつけられないのは分かるけど・・突然かつ一方的に「消滅&復旧不可」って処分は、
流石にちょっとモヤモヤ感が残ってしまうなァ。

何か「面白くて、タメになること」を書き残してたような気もするんだが・・もはや、その総ては永遠に失われてしまったのであった。。

| | コメント (0)

2011年3月19日 (土)

☆ちょこっと&ぼちぼち再開の“エエ言葉”☆

【2011.3】

大植 英次(指揮者) ※現・大阪フィルハーモニー交響楽団音楽監督
 「守るには攻撃も必要」

有栖川 有栖(作家)
 「見ず知らずの誰かに自分の言葉が通じるのは喜びです」

よみうり寸評(2011.3/4夕刊)より
 「知らず知らず利便は自分で考える地道な努力を忘れさせる」

水谷 修(作家)
 「私にとって、読書は人生そのものでした」
 「無限に続く相談メールに、書き続けてきた返事は、ただ1つ、
  『人のために何かしてごらん。明日はきます』でした」
 「子どもたちからたくさん届く『人は、なぜ生きなくてはならないの』
  というメールに、私は、いつもこう答えます。
  『だれかを幸せにするために』と」
 「人はいったん生を受ければ、ただひたすら死に向かって
  歩みはじめます。死を逃れることは、だれにもできません。
  私たちの宿命です。
  どうせ何をしても自分は死ぬんだとぐれる人もいます。
  まずは今が楽しければ、幸せならと、死を見ないように、
  考えないようにして、日々を生きる人もいます」
 「『塩狩峠』は、まさに私の人生を変えた1冊です。
  私は、(塩狩峠の)主人公の生き方を理想として、
  今まで生きてきました。これからも、いのちをかけても、
  そう生きていきます」

貝塚 健(ブリヂストン美術館・学芸員) ※東京都中央区
 「傑作だといわれている絵画の魅力は、
  見る度に新たな発見があること」

横山 泰行(富山大学名誉教授) ※「ドラえもん学」の権威
 「最初の(研究の)構想がしっかりしていたので、
  不安や批判にも打ち勝つことができました」
 「絶えず新しい発見をして、いつまでも『ドラえもん』が
  読んで語り継がれるような状況を作り出すことが大切です」

立松 和平(作家、1947-2010)
 「文学くらいは効率を求めなくてもいい」

和田 寿郎(札幌医科大学名誉教授、1922-2011) ※心臓移植術の権威
 「患者さんに学べ」
 「患者にとって命は1つだけ。1分1秒でも無駄にするな」

古川 恵三(市立枚方市民病院・副院長)
 「予防医学の主人公は医師ではなく、
  健康で充実した人生を求める皆さん自身です」

林家 染二(落語家)
 「噺家の真価が問われるのは(50歳を目前にした)これから」

佐々木 孝之(「キューブエッグ」社長) ※生活雑貨の企画開発会社
 「同じものを、どこででも安く買える時代。だからこそ逆に、
  大切に作り上げた個性的なものを、それに見合った値段で
  提供すれば、作り手の心が消費者に届く」

天野 純希(作家)
 「独りでモノを食べるという行為は、静かで豊かで・・
  大いなる救済なのです」

松村 仁史(「WHDジャパン」代表) ※DVDメーカー
 「友だちとお酒を飲んでツッコミながら見る映画があっても、
  いいのではないか。それが私なりのDVD(販売)の流儀
  なのかも知れません」
 「意思を持って行ったことに『無駄はない』。
  必ず誰かに伝わるのです」

津村 記久子(作家)
 「この世で見るのがいやなものの1つに、行列がある。
  (中略) いやなのは、食べ物屋の行列である。
  (中略) どうして嫌いなのか、改めて考えると、
  (中略) 要するに『主体性を感じないから』である」
 「『行列ができているから』その店がいいものを売っていると
  考えるのは、やっぱりあまりにも考えていないと思う。
  その行列に並ぶ時間で、自分の好みがなんなのかを追求
  した方が、よほど生産的だと思うのだけど、
  どうにもめんどくさいのか、もしかしたら自分がおいしい
  と思うものにそれほど執着がないからこそ行列基準になるのか」

クロード・レヴィ・ストロース(仏の文化人類学者、1908-2009)
 「世界は人間なしに始まったし、人間なしに終わるだろう」
 「限られた資源を食い荒らしながら、人類だけが異常繁殖し、
  他の生物を絶滅に追い込んでいる。地球中心主義が地動説に
  葬り去られたのと同様、
  人間中心主義もそろそろ終わりにしなければ」

今井 登茂子(コミュニケーション塾主宰)
 「言葉は適切なしぐさを伴ってこそ相手の心に響きます」

| | コメント (2)

2011年3月15日 (火)

☆『キック・アス(2010)』☆

15日(火曜)の夜。
「体力&時間のあるウチに観とこう!」ってことで、仕事帰りに商店街のミニシアター“ソレイユ”に立ち寄り、昨夜に続いて『キック・アス』の“高松で2度目”の鑑賞をこなして来た(=^_^=)

世間的に言えば、間もなく(=18日)DVD版ソフトも、BD(ブルーレイ)版ソフトも発売されるだろうし・・それ以前に、ネット上にはごろごろ(当然違法な)映像データがアップロードされまくっとるワケだろうけど・・

私的には、本作ってば「(ソフトとして)持ってりゃ安心するにせよ、そないに自宅で何度も見返すタイプの作品ではないんじゃないか?」と勝手に解釈している。何と言うか・・劇場の「そこそこ大きな」スクリーンで、他の観客と時間を共有しながら観る、そんな感じのムーヴィーなんじゃないか、とね。

ちょっと違うかも知れないが・・ひと昔前(?)に流行&加熱した“マサラムーヴィー”にも通じる「いつでも観られる状態で保管しとくんじゃなく、公開時にしっかり劇場で観といて、後は記憶の薄れるに任せつつ、思い出を反芻する」って感じ(・ω・) 分かりにくいかなぁ・・?

今回は、完全に「監督のミスリード」にハマってた自身に気付き、恥ずかしい気持ちとなってしまったワタシ(×_×)

つまりは・・
冒頭の「6ヶ月後」のシーン。あそこで登場する“鳥人”が・・全くの“アレ”ってことにやっと気づいたのだった。。
ん〜 ・・でも、ちょっとアレって分かりにくいと思うなァ。

また「ダントツに面白いアクションムーヴィー」の共通点とし「ハイテクビルに対しての、1階からのスタイリッシュな攻略演出」って要素があるんじゃないかいな!? と思い付いた。
『レオン(1994)』『マトリックス(1999)』『M:i−2(2000)』・・ノリだけで言えば『死亡遊戯(1978)』『ダイ・ハード(1988)』も含まれるかも知んない。

それと、HG(ヒット・ガール)の最初の大暴れシーンで、いちいち“どや顔”を主人公に向けて来るのが、ムチャクチャ楽しかった!

素顔をさらしたHG(ミンディ)はあんまし可愛いと思わないんだが、中途半端にマスクをつけると、こんなに魅力的になるもんなんやなぁ・・ と、彼女より30歳近くも年上(!)のおっさんは、妙にホレボレしてしまったのだった。 ←お、いよいよハマリよった(=^_^=)

〜 こんなトコも 〜

・アジトビルの1階にいたドアボーイ(←ホッペタに穴の開く運命を辿る!)。演じてたのは、ジェイソン・フレミングじゃないですか!
・ドラッグの売人然とした兄ちゃん=ラズール。実は若かったようだが・・そうなの?
・本作で“何となく”気になったのは・・報いを受けぬ小悪党が散見されたトコ。車上荒らしのチンピラ2人、ひき逃げするおっちゃん、不当にダディを裁いた裁判長(?)とか・・反対に、命乞いしてるにも関わらずプレスされちゃったりするギャングは“何となく”可哀想だった。
・「高周波加熱装置」に放り込まれ、わずか30秒で・・(×_×)
・125mもの狙撃距離なのに、1発で仕留めるBD!

〜 こんなセリフも 〜

デイヴ“これは僕じゃない。何処かのイカれたヤツだ”
   “母が死んで1年半・・僕は人生が続く事を思い知った”
   “困ってる人を見かけたとしても、何も出来ない”
   “救急隊員は、(僕の頼みを)承知してくれた”
   “人生の望みや目的は、不変だ”
   「お前らの暴力を、みんなが黙って眺めてる。
    それが僕には許せないんだ。
    僕は死んでも構わない。さ、かかって来いよ」
   「今や(僕は)有名だぜ(Look me up.)」

ダミーコ「俺を誰だと思ってる? 材木などに関心はない」
    「そうとも。ズルいのが人生だ」

RM「あんたに憧れて、ヒーローになった(You inspired me.)」

| | コメント (2)

☆『キック・アス(2010)』☆

14日(月曜)の夜。
長らく(約3ヵ月間)待ち焦がれてた『キック・アス』が、先週末より「いよいよ高松に上陸」したので・・観に行ってみた!

本作が“キラーコンテンツ”足らねば・・市内中心部に位置するミニシアター“ソレイユ”も、ちょいと苦しいトコじゃないかと思う。

まずは、自身の住む(=お世話になってる)高松が活気づくための、なにがしかの手伝いが「出来れば」と思うし「したい」ので、都合がつくなら、上映期間中に“『キック・アス』を3回観るぞ公約”ってのを実現させたいと考えている。
(“公約違反”になったら、ゴメンナサイ)

・・って言うか、この四国エリア広しと言えど・・現時点で『キック・アス』が鑑賞出来るのは、ここ香川県高松市の“ソレイユ”だけなのだ!
(今後、4月末から愛媛県松山市の“シネマルナティック”ってシアターで公開予定)

ヒーローに憧れ続ける高校生=デイヴ・リズースキー(アーロン・ジョンソン)の孤独な戦いが、今その幕を開ける!

彼を軸にした、ニューヨークのボス=フランク・ダミーコ(マーク・ストロング)と、その一味により罠にはめられたマクレイディ父娘(ニコラス・ケイジ&クロエ・グレース・モレッツ)を巡る運命の行方は?!

詳しくはこちらの記事をご覧頂きたく・・(・ω・)

今回は、流石に地方都市のミニシアターってことで、大阪の“テアトル梅田”で(昨年末に)観た時のような、息苦しいまでの“すし詰め空間”ではなく、それなりに寛いで観られたのが良かった!
半面“テアトル”のような「場内で沸き起こる爆笑」的なテイスト(観客同士の共有感?)が殆ど生じず「あり?」「さびし・・」等とふと感じるシーンもあったり。。

まぁでも、やっぱり(作品そのものには)勢いがあり楽しかった!

ときに、今回観てて、ダミーコのキャラが良く掴めず「格闘技の訓練に余念なく、率先して暴力(腕力)を振るったりする一方、直接的なリンチ(への立ち会い)を極端に嫌う」「コミカルなのかシリアスなのか、シーンにより性格が激変気味となる」ってのを感じた。

ことダミーコvsマクレイディの“因縁の対決”に関しては、折角の見せ場(?)でもあるのに、双方の激突(直接対決)っぽい演出が、何とも「すれ違いっぱなし」だったように思えたりも。

まぁでも、本作のテンポの良さってば、ある種の“爽快感”を確実に伴ってたように実感した。

荒削りなんだけど、決して眼を離せない・・そんな佳作と言うワタシの当初の評価は、今夜の2度目の鑑賞を経ても、全く揺らぐモノではなかったワケだ。

〜 こんなトコも 〜

・冒頭のタクシー(イエローキャブ)の車両認識番号(?)は「2T69」だった。
・冒頭の設定が“総ての片付いた、6ヵ月後”ってことで、さほどの“逆襲”もなかったようだ(・ω・)
・冒頭のようなムチャ(蛮行)をせずとも「例の装備」を使い、安全に“飛ぶ”ことも出来たろうに・・??
・デイヴの母の名はアリス。一瞬しかその表情は拝めない!(それも横顔のみ&セリフなし)
・「一方で(Meanwhile)」「しばらくして(Some time later)」「本物(Real deal)」って表現を覚えた☆
・没案とし「バッドナイト(Bad-Knight)」「バッドアス(Bad-Ass)」ってネーミングもあった。
・材木乾燥用の「高周波加熱装置」って名称だった。“万力”の方がまだマシ・・かな??
・アジトに「Lumber Supplies」のネオン看板があったので、ダミーコのオモテの顔は「製材関係」のようだ。
・デイヴの親父の職業は何? どうやら夜勤らしいが・・
・劇中で、デカい看板が出て来るが、そのモデルになってるクラウディア・シファーは、何とマシュー・ヴォーン監督の奥さんらしい!

〜 こんなセリフも 〜

デイヴ“何故、誰もやらなかった?”
   “変装して戦うのは、孤独な変人だけだと?”
   “これが、大騒動の起きる前の僕だ”
   “僕は、簡単にムラムラするタチだ”
   “悪党は、実在する”
   “ヒーローを生み出すのは、事故や放射線なんかじゃない。
    楽天性と純真さの、完璧な配合なんだ”
   “ヒーローをやめることは、出来ない”
   “ダメ男の僕が、牙を剥く時が来たのだ”
   「今後、彼女に近づくな(Leave her alone.)」
   “憧れだったハズのヒーローが、こんなにも孤独だったなんて”
   “僕は「みんなが夢見てた世界」のドアを開けただけさ”

友人「ヒーローってのは、強くて空を飛べないと」
  「尻を蹴られて、1日で死ぬぞ」

ダミーコ「何か問題なのか、教えてやろう」
    「黙れ(Enough.)」
    「ヤツは、近いうちに死ぬことになる」
    「たった1人で、8人を倒した?」
    「俺が“ハイタッチ”してやるよ」
    「“ヒーローは健康に悪い”と、世間に知らせる必要がある」
    「手伝う根性がないのなら、大人しくそこで観てろ」
    「変な音のバズーカだな?」

悪党「ありゃ、何だ?(What a fukk?)」
  「そのバカのために、死ぬ気か? 知らねぇヤツだろ?」
  「仕上げは、人類の最大の発明・・“火”だ」

BD「開けてご覧(Chekk it out.)」
  「アスキック(ボコボコ)にされてたぞ?」
  「君を気に入ったが、信用は出来ない」
  「もう宿題はしなくていい。ダミーコにバイバイする時が来た」
  「パパの絵には“ガトリング砲”がなかったな」
  「“ロビンの復讐”だ!」
  「パパは優しいんじゃない。お前を愛してるだけだ」

HG「マヌケね。そのドアから出ちゃダメだってば」
  「あたしたちは、誰も信用してないの」
  「どうぞ、お好きに(You should go.)」
  「※※の望みは“最後までやり遂げる”こと。その望みを叶えなきゃ」
  「※※の死は、絶対ムダにしたくない」
  「“借りを返したい”と思うなら、黙って武器を取って」
  「遊びなんかじゃないわ(I never play.)」

| | コメント (0)

2011年3月13日 (日)

☆“東北地方太平洋沖地震(命名:気象庁)”のこと☆

被災された地域の皆様に、お見舞い申し上げます。

・・

日に日に、被害の実態(死者と行方不明者数の増加)が報道されるのを観るにつけ・・辛い気持ちが募ってしまう。

自分なりに何か“手伝えること”があるハズ、と思い・・安直な結論ながら、明日以降にでも幾らかの義援金を送ろうかなと考えている。

それにしても・・専門家でも、被災者でもないワタシが勝手なことを言うのも何だが・・

水道、ガス、電気、物流、交通・・そして原発事情に至るまで、我が国の“危機に対する、あらゆる想定の甘さ”の露呈するカタチで、
「数々の深刻な問題が表出してる感」が否めないのではないだろうか?

ネットに関しても、肝心な通信網がぜい弱となっているばかりか、悪意ありげなチェーンメールが多数出回ったりもしている。ワタシの携帯にも届いた。

ワタシは、前述の通り“自分なりに出来ること”をしようと決意したが・・国は「何を、どのように、どれだけの速さで」やってくれるのだろう?

| | コメント (2)

2011年3月 9日 (水)

☆『ゼロの焦点(2009)』☆

6日(日曜)の夜。地上波初とし放送された『ゼロの焦点』を、帰松しつつチラホラと鑑賞した。

無論、ワタシは運転中であったため、画面を注視していたワケではもちろん、ない(・ω・)

公開当時、劇場で観たことを思い出しつつ、その記憶を辿り、世界観に少しばかりココロを泳がせていた程度である。

にしても・・やはりナビ内蔵のワンセグ視聴機能(←むろんアナログ放送)ってば・・こと淡路島内〜四国圏内に関し「全く何の役にも立たない」ってことを再認識させられた(×_×)

中盤以降「映像が死んぢまい、音声のみ」⇒「その音声すら、やがてご臨終」・・と腹立たしさを超え、悲しくなってしまった(×_×)

どっちにしても、今年の7月24日でアナログ放送は終了となるんだし、地デジチューナーを搭載するなり、対策を高じねばなるまい。

結局、今回は「本多君スタブ事件」以降は映像が乱れ続け、全くと言って良いほど観られなかった(×_×)

〜 こんなトコが気になった 〜

・西島秀俊氏が『オンリー・ユー』を歌う(=歌わされる)シーンってあったの?
・本多君がスタブられるシーンは、ぜひ『サイコ(1960)』を見習って(?)天井からのカメラワークでやって欲しかった(・ω・)
・「大隈ハウス」のしとたちが、皆殺しにされずに済み、ホッとした(⌒〜⌒ι) ←あの犯人なら、やりかねない。。
・転落ご遺体の「肩口(背中?)の古傷(の有無)」って、どうだったんやろ?

〜 こんなセリフを聞きました 〜

佐知子「あのタコ親父。必ずこっちが勝って、真っ赤な顔にして見せるわ」

青木「おかしいやろ。奥さん」

室田「でも、あんたなら大丈夫。戻って来る」
  「“ちゃんと、人が死ぬ所を見て来た”眼の奴は、信用出来る」
  「本当は、どんな女なんだ?」

遺書“僕はこの煩悶を抱いて、永遠に消える事にする”

追記1:「自らの過去を知る、元巡査に対し、牙を剥く犯人」って図は、かの『砂の器』にも通じるモノがあった。
追記2:原作は無論(=^_^=)松本清張の同名小説であるが、いざ物語をヴィジュアルで辿ってみると・・何となく堀井雄二のシナリオによる往年のアドベンチャーゲーム『北海道連鎖殺人/オホーツクに消ゆ(1984)』っぽい印象も漂ってた(・ω・)

| | コメント (4)

☆『刑事コロンボ/虚飾のオープニング・ナイト(2001)』☆

3日(木曜)の夜。
長らく観て来た衛星第2の“刑事コロンボ”シリーズも、いよいよこの夜が“最終話”となった。

“始まり在るものに必定終わり在り、終わり在るものこそ愛おしい”・・って感じで、放送終了のつい寸前になって初めて、(数少ない)関連書籍である『刑事コロンボ/完全捜査記録』なる、文庫版サイズの鑑賞ガイド本を購入したワタシ(=^_^=)

で、コレが・・「細かいネタ(演出)」までもイラスト入りでピックアップしてくれてて、なかなかにすんごい(=^_^=)
このシリーズに限っては(?)、ワタシも気づいた範囲で細かいトコを取り上げて書いたりしてるんだが、この書籍の執筆陣を前にしては、自身が塵芥のような存在にしか過ぎぬ気すらしてしまう(⌒~⌒ι)

ときに今回のエピソード、タイトルが『刑事コロンボ/殺意のナイトクラブ』とも表記されとるんだが、、一体どっちが正しいんやろ?

青年実業家=ジャスティン・プライスは、投資家=トニー・ガルパーの協力を得て、いよいよ“構想8年”のナイトクラブ『ベイト(Bait:餌、の意)』のオープンを数日後に控えていた。

そんな折、トニーの元妻でもある恋人の女優=ヴァネッサ・ファローから「救いを求める連絡」が入る。

「突き飛ばしたら、トニーが死んでしまったの!」

32時間後に振り込まれる予定の、トニーの巨額の融資がないと『ベイト』をオープン出来ないジャスティンは、焦りつつも遺体を処理し、トニーの足取りを消し、彼が突然(ホテルから)失踪したかのように装う。

そこに脅しをかけて来たのが、ジャスティンの元パートナーでもある、タブロイド紙のフリー記者=リンウッド・コーベンだった。
ヴァネッサ邸の庭越しにトニー殺害(←正しくは事故)の瞬間を“パパラッツィ(激写)”していたコーベンは、ネガとの交換を条件に25万ドルもの大金を要求して来る。

そんなコーベンをも殺害、その死を“自殺”に見せかけたジャスティンだが・・そこへ、ヨレヨレのレインコートをまとった、ロス市警のベテラン警部=コロンボ(ピーター・フォーク)が現れて・・

2人の遺体の造り出される(?)こととなる、衝動的な物語ではあるも・・コロンボに言わせれば「数日で解決に導けた、大したことないヤマ(殺人事件)」と言えたんじゃなかろうか?

犯人にしてみれば「目先(のクラブオープン)にしか視線が行ってない」と言おうか・・「証拠隠滅もお粗末」だし「アリバイ工作も適当」って印象だった(×_×)

“男女ペアである犯人が、コロンボを欺きにかかる”って点こそは、シリーズ1作目の『刑事コロンボ/殺人処方箋(1968)』のレイ・フレミング医師(ジーン・バリー)を彷彿とさせてくれるが・・あちらに比べると、優雅でもなければ・・言うなれば「防戦一方」なのだ。

なのに、観客としてはジャスティン&ヴァネッサを応援したくもならなければ、切ない気持ちを感じてしまうワケでもなかった。。

映像面といい、音楽面といい、限りなく“新世代感”があり“スタイリッシュ”なんだけど・・何処か「“旧シリーズ”からのコロンボファンを、振り払うかのような」そんな非情さをも感じてしまった。

また、中盤辺りから、事件全体にその影を落とし始める、トニーの父親であり“ニューヨーク5大ファミリー”にその名を連ねるマフィアのボス=ジョー・ジェネッリ(の一味)の存在が、どうにもザラついて感じられた。

ボスの使い=フレディとコロンボの間に、妙な“共闘感”“親近感”が出来上がってたんだが・・ああ言うテイストは、私的にちょっと「好かない」のである。

ってことで「“現代の設定”にコロンボのキャラを巧く当てはめた」制作陣のチャレンジ精神にこそは、惜しみなき拍手を送りたいが・・「本作が最終エピソード」って点について言わせて頂くと、ちょいと納得しかねる、残念な作品だった(・ω・)

〜 こんなトコも 〜

・コロンボの登場シーン。走るプジョーの背後(少し高い位置)にカメラを据え、レースゲームのようなアングルで映すのが面白かった。
・トニー君、何にしてもひ弱過ぎ。。
・殺害した「ハズ」のコーベンが、息を吹き返す展開は、なかなか! 「実は完全に死んでませんでした」って部分での、観客に与える(それなりの)サプライズ感も、かの『殺人処方箋』を思い起こさせてくれる。
・殺人現場にやって来たコロンボが「まず、コーヒーを渡される」トコは『セヴン(1995)』に何処か通じるテイストだった!
・「コロンボの捜査時BGMが“デジタル系”」「事件現場の廊下に婦警が待機」って辺りの演出も“これまでの旧作群と一線を画してた”って言えそう。
・今回のピーター・フォークの声は、銀河万丈氏が吹き替えておられた。「立てよ、国民!」ってトコ?
・フレディの差し出した名刺には「Copo Tutti de copo」とだけ書かれてた。どんな意味やろ? 「ココロのスキマ、お埋めします」やろか?(←違うでしょお)
・魚を水槽に入れる場合「(魚の)体長1センチにつき、水1.5リットルが必要になる」と解説されてた。そんな定義があるんやね。

〜 こんなセリフも 〜

コロンボ「コーヒー余ってない? 砂糖2つ」
    「これは、自殺じゃない」
    「殺した“誰か”を見つけて、とっちめてやんないと」
    「みんな“こう言う音楽”で踊るワケ?
     あたしゃ、うるさ過ぎてガンガンする」
    「“裏付け”がないと、上司がうるさくて」
    「あたしとしちゃ・・早いトコ、これを片付けて、
     さっさと別の事件に移りたいんですけどね」
    「でその、夕べの“レイヴ”ですが・・」
    「うちのかみさんは詳しいんですけどね。
     そう言うセレブとかゴシップとか」
    「2分だけ。すぐ済みますから」
    「済みませんね。あたし、気になる事があると、
     いても立ってもいられなくて。
     ほんのちょっとでもなんか引っ掛かると、夜も眠れない」
    「確かにそうですよね。あなたが容疑者のワケがない。
     理屈に合いませんもんね」
    「そこが引っかかってたんだ。何で眠れなかったか思い出しましたよ」
    「ああ・・じゃ、ちゃんと理由があるワケですね?」
    「ついでと言っちゃなんですが、
     あと1つだけ訊いても良御座(よござ)んすか?」
    「仰る通りです。では、良い夜を」
    「高いとこは苦手なんだけど」
    「“模様替え”しました? してない? そりゃ変だな」
    「いやね。あたしは“つまらない事に眼が行く”たちでしてね」
    「1つだけ、うかがいたくて来たんです」
    「調べてると・・色んな名前が挙がって来るんで、
     どうにも道筋が見えなくて」
    「悪いけど、調べたいことが出来てね。そっちは後にしてくれる?」
    「いつもうちのかみさんに、
     もっと明るい(色の)服を着ろって言われてるから」
    「ああ、最後にもう1つだけ」
    「じゃ、誰とも会わずにホテルを出られるワケだ。
     便利なもんですなぁ」
    「奇麗ですね。今夜が楽しみだ」
    「こちらも後回しには出来ないんです。ほんの1分だけ」
    「あたし今、2件の捜査をしてましてね。
     この2件は“何処かで繋がってる”筈なんです。
     でなきゃ辻褄が合わない」
    「ああ、後もう1つだけ」
    「待って下さいよ。この通り“令状”もあるんです」
    「まだ終わってません。ここからが肝心だ」
    「いや、これはあくまであたしの“仮説”ですがね」
    「マフィアは消されたヤツのことを“魚と寝る”と言いますが」
    「いいお店になったでしょうに・・残念です」
    「じゃ、あたしはこれで。失礼しますよ」
    「どうもご親切に。ではまぁ、お気持ちだけ」

トニー「『いい相手に投資しろ』ってのが、親父の教えでね」

ジャスティン「今、そいつからメールが来た」
      「それで済む訳がない・・払ったからって、
       その男が奇麗さっぱり忘れてくれると思うか? ムリだ」
      「ここまで来てしまったんだ。分かるだろ?
       もう後戻りは出来ない。僕たちのやった事を知ってる人間を、
       このまま放っておけるかい?」
      「コロンボ警部。また来ると思ってました」
      「警部さん! 毎日1回は
       あなたの顔を見なくちゃいけないんですかね? 全く」
      「何してんだあんた! 大事なオープニング・ナイトなんだぞ!」

ヴァネッサ「(彼を)突き飛ばしたの。そしたら倒れてそれっきり・・」
     「ジャスティン。今すぐと言ったら・・今よ!」

コーベン“あんたさぁ、バレずに済むとでも思ったのか?
     知ってるんだぜ。死体は何処へやった?”
    「たまたまあんたが、悪いトコに居合わせるからさ・・
     こっちも商売でね。悪く思わないでくれよ」
    「“こう言う写真”にしちゃ、安いもんだと思うけど。だろ?」

フレディ「私はボスの使いっ走りですよ。意見なんか言いません」

ヴァネッサ「写真見た?」
ジャスティン「ああ」
ヴァネッサ「それで?」
ジャスティン「・・殺るしかないよ」

ジャスティン「僕が彼を“消す”理由なんて何処にあるんです?」
コロンボ「さぁ、どうでしょう」

ヴァネッサ「こんなの意味ないわ」
コロンボ「でも(捜査の)助けにはなります」

追記1:本編終了直後の映像に『「刑事コロンボ」は今回で終了です ご覧いただき ありがとうございました』なるメッセージが表示された!! うーん、しみじみ。
追記2:本文で紹介させて頂いた『刑事コロンボ/完全捜査記録』は宝島社文庫。2008年9月19日初版発行。本体543円+税。(ISBN 978-4-7966-6597-1)

| | コメント (2)

2011年3月 8日 (火)

☆『ツーリスト(2010)』☆

7日(月曜)。
昨日は大阪で“色々とくたびれる流れ”があり、その勢いのまま帰松開始したもんだから・・しんどさがピークっぽかった(←言うてもプライベートなんだけど)。
おまけに、いつもながらの“阪神高速3号神戸線名物=事故渋滞”に巻き込まれ、かれこれ3時間半近くも時間を費やしてしまった(×_×) ←通常は、大体2時間40分。

・・で、そんなこんなの週始め。
やっぱり疲れは、到底回復し切らなかったが・・「気分転換にはなろうかいナ?」と思い立ち、仕事の帰りに“ワーナー・マイカル・シネマズ高松”へと向かい、(先週末から)公開の始まったばかりの新作『ツーリスト』を観て来た。

観る前から「どうやら、イマイチらしい」ってことは“風たちのウワサ話”に(=^_^=)聞いてたんだが・・その“期待値の低さ”故か(=^_^=)思ってたよりは「退屈も、怒りも」こみ上げては来なかったように思う(=^_^=)

ま、たまにはこう言うグダグダしたのんも、エエでしょう。

フランス・パリ。
市警に“ターゲット”としマークされ続けている婦人=エリーズ・クリフトン・ワード(アンジェリーナ・ジョリー)は、2年前に音信を絶った元恋人=アレクサンダー・ピアースからの“久々のメッセージ”を受取り、彼の指定するままに・・街角のカフェ⇒リヨン駅・・へと移動を開始する。

リヨン発ヴェニス(サンタ・ルチア)行の特急列車に乗ったエリーズは“A.P.(ピアース)”からの手紙に書かれていた『僕の体つきに似た男を選べ』なる指示通り、1人旅を続ける傷心のアメリカ人=フランク・トゥーペロ(ジョニー・デップ)の向かいの席に腰を下ろすのだった。

3年前に愛妻を交通事故で亡くしたフランクは、ウィスコンシン州アディソンで教鞭を執る、ごくフツーの数学教師。
そんな彼は、謎の美女=エリーズに導かれるまま“ヴェニスの1夜”を共に過ごす。

朝。最高級ホテル“ダニエリ”のスイート(・・のソファー)で目覚めたフランクは、エリーズが先に発ったことを知る。
直後、途方に暮れるフランクの前に現れたのは、銃を手にした屈強なロシアの男達だった。

パジャマ姿のまま、ホテルから屋根伝いに逃走を試みるフランク。そんな彼を追うロシア人達。

眼下には・・その様を遠くから眺めるエリーズの姿が。そしてまた、ロンドン警視庁&イタリア国際警察も“A.P.”の尻尾を捕まえるべく、共同の捜査網を張っていたのだった!

ロシア人達を操る“黒幕”の正体は? “A.P.”とは一体何者なのか? そして、エリーズ&フランクの迎える運命は?

本作ってば、おフランスの作品『アントニー・ジマー(2005)』のハリウッド・リメイクってことらしいが、、俳優陣が妙に豪華な割に、脚本が如何にもこぢんまりとしてて、実に消化不良だった(×_×)
“ツーリスト”って言うタイトルを冠してるにしては“等身大な、身の丈に合った、旅らしい旅”ってモノの、殆ど描かれてなかった違和感が、ワタシの中に残り続けたんかも知れない(・ω・)

んでも“意外な俳優同士の、意外な再共演”とか“今の姿を知った、あの俳優”なんかの点では、なかなか興味深いモノがあった。

“007シリーズ(1987〜89)”で共演していたか、のような(←実はしてない、、)ティモシー・ダルトン(ジョーンズ役)とスティーヴン・バーコフ(レジナルド・ショー役)、『ロック・ユー!(2001)』の頃が懐かしい、ポール・ベタニー(アチソン役)とルーファス・シーウェル(メイソン・ローレンス役)。

バーコフのお父っつぁんは・・今もそれなりの威厳&不気味さを漂わせてて「おお、お元気ですやんか〜」と微笑ましく感じたり。

作品として連想したのは『北北西に進路を取れ(1959)』を筆頭とした“ヒッチコック謹製の間諜(スパイ)モノ(及び人違い+巻き込まれ系)”や『華麗なる賭け(1968)』『セイント(1997)』など“美女と怪盗のロマンスモノ”や、極め付けは何と言っても・・“カイザー・ソゼ”な、あの作品(1995)だったろうか。。

物語とし、もっと「観客を仰天させるような作品」に、演出次第で(充分)近づけられたハズなんだが・・何と言うか、総じて「生ぬるい」のが致命的だった。

「殺伐さ&不条理さ&不気味さを演出にもっと取り入れ、サスペンス性を高める」なり「アクションをバンバン入れ、コメディ性&エンターテインメント性を極める」なりの、工夫が必要だったように思った。

大物俳優陣がガンガン出演し、それなりのロケーションも組んどる・・にしては、余りにしょっぱかったワケである(・ω・)

〜 こんなトコも 〜

・字幕担当は戸田奈津子さん。う〜ん・・近年は、その“選択眼”もアレですねぃ。。
・“A.P.”の過去を巡るエピソードを具体的に映像化し、もっと見せて欲しかった! まさに“カイザー・ソゼ”なあのケレンミを携えて・・(=^_^=)
・完全に焼け「粉々の灰」と化した手紙も・・意外にあっさり解読出来るもんなんやね。。
・ヴェニスの“3大最高級ホテル”は「グリッチ」「レジーナ」「ダニエリ」らしい。
・監督さんって『善き人のためのソナタ(2006)』の、フローリアン・ヘンケル・フォン・ドナースマルクなのか!! ・・ってか、大丈夫か、あんた!?(⌒〜⌒ι)
・やっぱし、本作でも色んな国家における“シュタージ系”がネタ(の1ツ)になってた。。
・「煙草の吸い方」の変わるシーンは・・もっと強烈に描いて欲しかったトコだ。いっそ“利き手”が変わってもすら、赦せるぐらい(=^_^=) そぜ〜・・

〜 こんなセリフも 〜

エリーズ「また質問?」
    「あなたは“妄想癖の数学教師”なの?」
    「“言うなりに呼び出される”のってイヤなの」
    「良い面と悪い面。過去と未来。母は言ったわ。
     “恋人の、両方の面を愛しなさい”と」
    「ソファの寝心地はどうかしら?」
    「次の世で、逢いましょう」 
    「こうしないと、誰かが殺されるから」
    「消えて(Leave.)」
    「悪いけど、彼も愛してるわ」

フランク「“至れり尽くせり”のホテルだね」
    「参った・・グッと来たよ」
    「僕は“地に足の着いた、普通の人”って表現が大嫌いだった」
    「今度は僕が、美味い飲み物を作る番だ」
    「ボン・ジョビ! 違った、ボン・ジョルノ!」
    「ドス・オンブル・ピストーラ!(銃、持った、男、2人!)」
    「ロ・シエント(これは失敬)」
    「これが“ローカルな事件”だとは、到底思えない」
    「全くだよ(I know.)」
    「この船の持ち主は? 殺して“運河の底”か?」

ショー「“眼をパチパチさせてる時”はハッタリだ。全額賭けろ」
   「機長、目的地の変更だ。ヴェニスへ向かえ」
   「ヴェニスは“投資先”の1つだ」
   「“このわしから23億ドルを盗んだ男”の話をしておるのだ」
   「この歳になってまで、こう言う汚い仕事はしたくないんだ。
    ・・だが、お前は別だ」
   「わしには“男と女の愛し合う理由”が理解出来ん。
    カネやモノを愛するならともかく・・人間など当てにならん。
    老いや病に冒され、やがては死んで行くだけだからな」
   「このわしを駆り立てる激情は・・“物欲”と“所有欲”だ」
   「カネこそ、わしの“魂そのもの”だ。それを盗むヤツは、
    家族だって殺すし、かかりつけの医者までも殺してやる」
   「吐くのだ、カネの、在処を(Where is the safe?)」
   「お前は美しい。ついでにその頭を働かせ、在処を言うのだ」
   「在処を言わないと・・このナイフで顔の細工を変えるぞ。
    醜い女に、世間の風当たりは冷たいぞ」
   「やれ!(Just try!)」
   「もう1度、チャンスをやる(You may try one more time.)」
   「大人しく金庫を開けさえすれば、
    “生涯、眼に焼き付く光景”を見ないで済むぞ」

アチソン「君の“最近の名”は知らないな」
    「悪いけど・・“君の居場所”はここだけさ」
    「介入は待て!(Native!)」

ジョーンズ「介入せよ!」
     「これで(税金は)完納だよ。アチソン君」

メイソン「僕は“ツーリスト”だ」
    「最高だろ? だって、ここはヴェニスなんだぜ?」

警官「何だって?(Come again?)」
  「急げ!(Faster!)」
  「デ・ナーダ(どう致しまして)」

部下「骨格と基本的な特徴だけは、似ています」
  「介入しても?」
  「“介入許可”を!」

フランク「これは(煙草の)火ではありません。LEDなんです」
エリーズ「がっかりするわね」
フランク「・・本物を吸えと?」
エリーズ「あなたが“周囲を気にする男”だってことが

フランク「フランクです」
エリーズ「・・平凡な名ね」

フランク「食事に誘っても?」
エリーズ「女はね、質問を嫌うものよ

エリーズ「“恋人たちの都(ヴェニス)”に1人で行くなんてね」
フランク「恋人は1人いた・・けど失った」

エリーズ「一緒にどう?」
フランク「乗っていいのかい?」

フランク「それは、僕のバッグだ」
エリーズ「(一緒に)来ないの?」

エリーズ「エビとシャンパン・リゾットを」
給仕「“素晴らしいチョイス”です」
フランク「・・僕には言わなかったな」
エリーズ「あなたのチョイスも素晴らしいわ」

エリーズ「あの人は“今までに出逢った”誰とも違う人よ」
フランク「その方がいい」

フランク「“誉め言葉”を言っても?」
エリーズ「それってまた“質問”だわね」
フランク「君のように“普通じゃない人”に出逢うのは初めてだ」

刑事「何だ。殺人事件じゃなく“未遂”だったのか」
フランク「軽く言うなよ」

刑事「組織は、君の首に“アレ”を懸けたそうだぞ」
フランク「アレ?」
刑事「何と言ったか・・そう“懸賞金”だ」

刑事「ピンピンの新札だな!」
ロシア人「数えなくても、ちゃんと揃えてるさ」
刑事「カネを数えるのが好きでね」

ショー「どうだ?」
手下「お似合いです!」
ショー「“お似合い”だと?」
手下「いえ、最高です!」
ショー「そうだな・・“最高”だ」

フランク「何故、僕が狙われるんだ?」
エリーズ「それは“私とキスしたから”よ」

エリーズ「“妻と寝た男たちを全員殺した”ってのが、ショーの自慢話なの。
     キリがなくなって、最後には妻も殺したんだけど」
フランク「・・そんな男からカネを盗んだのか?」
エリーズ「それが、アレクサンダーと言う男なの

エリーズ「何故ここに?」
フランク「“僕の居場所”はここだけだ」
エリーズ「・・良く入れたわね」
フランク「“中にいる、僕の妻を見守りたい”と言ったら、入れて貰えた。
     ここイタリアでは“通じる理由”らしい

エリーズ「2000万ドルかけて、それなの?」
ピアース「気に入らない?」
エリーズ「・・我慢するわ」

| | コメント (2)

2011年3月 6日 (日)

☆ちょこっと&ぼちぼち再開の“エエ言葉”☆

【2011.2】

丁 宗鉄(日本薬科大学教授)
 「大切なのは養生の知恵です。未病のうちに気づく、
  節制し、保養すること。年齢と共に臓器や組織に
  トラブルが起こるのは人の当たり前の姿です。
  不具合を全部取り除くのではなく、不自由でもその範囲で
  快適さ、生活の質を維持できればよい。西洋医学も含めて、
  医療の考え方をこうした方向に組み替えていくべきです」

中山 竹通(マラソン指導者)
 「スピードがつけば、速く走れるわけではなく、
  スピード練習は必要ありません。そもそも市民ランナーに、
  スピードはいりません。必要なのは持久力です。
  (中略) 持久力をつければ、ほとんどの市民ランナーが
  5時間台で走れるのです」
 「(40キロの長丁場の)後半に腕が振れなくなると、
  足も止まります。転がっている石を握って走るだけでも、
  腕の筋力アップにつながります。
  ちょっとした工夫が大きな効果を生みます」

山本 一力(作家)
 「まだ育つ途中の若者は、おとなに言われて
  わきまえを身につける。
  おとなは口をつぐんではならない。わきまえを次代に
  つなぐのは、おとなに課せられた責務だ」

いしい しんじ(作家)
 「ぼくたちの生は、なにかを失っていくプロセスでもあります」

渡部 陽一(戦場カメラマン)
 「子どもたちは、戦争を止めてくれる存在だと思っています」
 「お金や武器ではなく、教育で戦争をやめさせる手助けを
  すること。これが世界を変えることにつながる」
 「(現地の人の)自然な表情を撮るために大切なのは、
  驚かせないで、リラックスしてもらうこと」

熊倉 一雄(俳優)
 「面白がるということは、意外と大事なことじゃないかな」

大津 秀一(緩和医療医)
 「穏やかに生きてきた人もいれば、浮き沈みの激しい人生の
  人もいて、客観的に見た幸不幸にはあまり関係がないようです」
 「死をタブー視して逃げたくなっても、逃げれば逃げるほど
  (死は)追いかけて来ます」
 「『人生、不幸ばかりだった』と言って亡くなる高齢者がいる
  一方で、10代、20代でも、とても安らかな顔で
  『先生、幸せでした。ありがとう』と言って逝かれる方がいます。
  人間の底知れない強さを感じます」

テッド・V・マイクルズ(ホラー映画監督)
 「落ち込んではいけない! 自分の好きな仕事をしているのは、
  とても幸福な事なのです」

町田 康(作家)
 「実るから謙虚にするのではなく、謙虚にするから実るのである」
 「世の中というところは気づきに満ちており、いくらでも感謝できる」

山田 英生(山田養蜂場社長)
 「何事も自分の問題として取り組むことで、
  無理だと思ったことでも可能になる」

高村 薫(作家)
 「『健康』とはいったいどんな身体の、どんな状態のことを
  言うのだろうか。
  空気のいい田舎で粗食で暮らし、腰が曲がりながらも死ぬまで
  細々と畑仕事を続ける高齢者は、健康なのだろうか。
  美食とダイエットを繰り返しながら、運動とフィットネスで
  身体を鍛え上げる都会の中高年たちは、健康なのだろうか」

よみうり寸評(2011.2/28夕刊)より
 「カンニングによる100点は
  それをしなかった0点より劣ると知るべし」

| | コメント (4)

2011年3月 4日 (金)

☆『英国王のスピーチ』☆

2日(水曜)の夜。

第83回アカデミー賞も、私的には何ら盛り上がらぬままに(=^_^=)幕となったんだが・・その中で“最多ノミネート:12部門”⇒“最多受賞:4部門”の快挙を成し遂げた『英国王のスピーチ』の存在が気になって仕方なかったため、早速、お疲れ気味の身体にムチ打って、仕事帰りに“ワーナー・マイカル・シネマズ高松”へと観に行ったのだった。

監督のトム・フーパーを、当初トビー・フーパーと勘違い(=^_^=)してしまい「むむっ!『スペース・ヴァンパイア(1985)』『悪魔のいけにえ(1974)』なんかで知られる“ホラー/スプラッター畑のおっつぁん”が、良くぞこんな真っ当な(?)“ロイヤル系”を手がけられたもんや!!」と感心してしまったんだが・・みっごと別人でしたわいな(⌒〜⌒ι)

トム・フーパー監督は、まだ長編ではさほど有名な作品を放ってるワケでもないようで・・ちょっと「次作」の気になるしととなった次第(・ω・)

4〜5歳の頃から“吃音症”に悩まされ続けて来た、ヨーク侯爵公ことアルバート・フレデリック・アーサー・ジョージ(コリン・ファース)は、父王ジョージ5世(マイケル・ガンボン)の代理とし「大英帝国博覧会・閉会式(1925年)」のスピーチに臨むも・・残念な結果に終わってしまう。

妻であるエリザベス妃(ヘレナ・ボナム・カーター)は、嫌がる夫を連れ、あちこちの「専門家」を行脚する・・中には「ビー玉7ヶを頬張らせたまま、音読させる」ような“珍療法”を王子に勧める「専門家」がいたりもした・・

王子もこれには、流石に「呑み込みかけたではないか!!」と癇癪を起こしてしまうのだった(⌒〜⌒ι)

1934年。
夫妻は下町=ハーレー街で開業しているオーストラリア人の「言語聴覚士」=ライオネル・ローグ(ジェフリー・ラッシュ)を訪ねる。
「如何なる患者とも、対等に接する」事を身上とする彼は、王子の反感を買いながらも、次第に彼の「胸中の想い」を引き出し、吃音克服のための道筋を指し示すのだった。

1936年。
父王=ジョージ5世が崩御し、その長男であり、アルバートの兄でもあるディヴィッド王子(ガイ・ピアース)が新王=エドワード8世とし即位するも・・彼は「自身の価値観=恋に生きる事」を優先し、わずか1年足らずで退位してしまう。

急きょジョージ6世を名乗り、即位する事となったアルバート王子だが、継承評議会での宣誓は・・やはり残念な結果となってしまった。

ローグと袂を分かっては、また指導を仰ぎに赴く・・と言った繰り返しを経て、遂に彼に全幅の信頼を寄せるようになったジョージ6世だが・・折しも、ポーランドから撤退しないドイツに対し“最後通告”を行った事で、英国vsドイツの開戦を迎えてしまう。

1939年9月3日。
英国王=ジョージ6世は、大英帝国全土、そして全世界に向け“国民を鼓舞するためのラジオによる生放送演説”を行う必要に迫られるのだが・・

まさに「予定調和」って感じで“ベタ”かつ“どストレート(直球)”な物語の展開する本作。
シ※マ坊主(松っちゃん)なら、差詰め「ポスター見たら、それだけで済むハナシやがな!」的なツッコミをしそうなトコは『リトル・ダンサー(2000)』や『恋におちたシェイクスピア(1998)』を連想させる。

その粗筋が、誰かに語り易いって点では『チョコレート(2001)』を思い出したし「ロイヤルの内幕が覗ける」ってな“下世話な好奇心を満たしてくれる”辺りは『クイーン(2006)』に共通するトコがあった気もする。

“吃音症の克服”って言う、ある種「ネガティヴ」っぽい部分が軸になってるトコに関し、万人には勧めにくいようにも感じるワタシだが・・それ故に観客の共感を得たり、琴線を揺さぶったり、ある種の緊迫感を(シーンによって)与えてくれてたようだ。

その点から評すれば「真面目に制作されつつ、実は結構“したたかな作品”ですやんか」的な印象を感じ取ってしまったワタシ(=^_^=) 結局のトコ「このインパクトに勝るだけの作品が、(今回の)アカデミーのノミネート作品群に見当たらなかっただけ」なンかも知んない。

キャスト陣が「素直に」結構良く、どちらかと言えば“ケレンミ溢れる役柄”ってな印象の強いジェフリー・ラッシュ、ヘレナ・ボナム・カーターが「ちゃんとフツーに」演技してくれてたのが、却って新鮮で良かった☆

ガイ・ピアースも、すっかり“あの頃(1997)の狡猾さ”こそ影を潜めてたが、印象に残る感じ。
そこに『ライムライト(1952)』でかの喜劇王=チャップリンと共演を果たした(!)あのクレア・ブルームさんが御年80にして、出演しておられスゴかった!

私的には「コミカルなトレーニングシーン」をもっともっと観てみたかったんだが・・物語の性質上、総じて余りコメディタッチには力が入れられてなかったようにも感じた。

尚、ワタシ自身はラスト以上に、前半の“録音機を用いたシーン”がとても良く・・「何だか理由は分かんないが」ポロッと行きそうになってしまった。
きっとラストに繋がる“光明”がボンヤリと見えたからなんだ、と思う。

振り返れば「何てコトない作品」なんだけど・・やっぱり「観とくべきやし、観られて良かったな」と素直に感じた佳作である。

〜 こんなトコも 〜

・夫婦だけで「平民街」にノコノコやって来る演出には驚愕! 暗殺とか誘拐とか、そう言うのの想定されない(のどかな)時代やったんか?
・チャーチルが終盤にジョージ6世に“とある告白”をするが・・あのタイミング、あの内容が・・如何に英国王を安堵させた事だろう?
・字幕担当は・・やっぱし松浦美奈さん!
・1930年代にして「レコード盤に録音出来る装置」があったとは!!(←シルヴァートン録音機)
・バーティ(=ジョージ6世の愛称)とローグの“友情”については、もっと具体的に、前面に持って来ても良かったかも。「黙って相手を見つめる」って描写だけだと・・2人とも何だか“悪人”に見えたりするのだ(⌒〜⌒ι)
・「身廊(しんろう)」って言葉を知った。日常生活で使う事は、ほぼ皆無と言えようが。。
・ローグに関し“とある事”が後に発覚するが・・大したトラブルには拡大しなかった。もう少し(スリルさを)盛り上げることも出来た?
・吃音のしとがいきなり“美味しい場面を持ってく”って脚色に限っては『恋におちた〜』の方が1枚上手だった気がする(=^_^=)
・“People”の前に“a”を付け“a people”とスピーチしても、特におかしくはないそうだ(?)

〜 こんなセリフも 〜

ジョージ「最初は“殿下”と。慣れて来たら“サー”と呼んで構わぬ」
    「最悪だ!(Helpless!)」
    「兄上、今の“醜態”は?」
    「毎日1時間は練習を(して来た)」
    「私のいない所で、父上は
     “バーティは、兄弟の中で一番、根性がある”と
     言っておられたそうだが・・
     私には(面と向かって)そう言わなかった」
    「兄の紹介で、召使いのポーレットに“手ほどき”を・・
     無論“同時に”ではないぞ」 ←すごい告白やん!
    「君は、私が初めて話す平民だ」
    「“人前で決して見せてはならん有り様”になっている」
    「僕は王なんかじゃない。海軍士官でしかない」
    「王の謝罪を待つ者は・・長く待たされる事になる
    「何を言ってるのかは分からないが、演説は巧いな」 ←ヒトラーに対し

ローグ「受付係はなし。物事は単純に」
   「“貧しくとも、満足なら豊か”・・シェークスピアです」
   「私が治します・・本人がその気ならば」
   「“信頼”と“対等な足場”が必要です。例外なしに」
   「いい子だ・・あの子は最初、何も喋れなかった」
   「生まれ付き吃音の子はいません」
   「考える時は吃音? では、独り言は?」
   「1シリング賭けましょう。私が勝ったら、あなたにもっと質問する。
    私が負けたら・・何も喋らなくていい」
   「“敵前逃亡”は、負けですぞ」
   「まだ終わりじゃない」
   「さ、コレを。金を賭けた“真剣勝負”ですぞ」
   「録音は無料・・記念にどうぞ」
   「表面的なやり方では、意味がないのです」
   「アゴをほぐし、舌と横隔膜を鍛えるのです」
   「次は来週? 毎日やらねば」
   「演説には“熱意”が必要」
   「“開いた窓から叫べる”なら、スピーチも出来ましょう」
   「私は“ゲイシャ”ではない」
   「罵倒する言葉は吃りませんな」
   「彼は“自らの影”に怯えている・・“偉大な王”となれる男なのに」
   「イヤな思い出はポケットから出すんだ。持ち歩くな
   「心の治療こそ大切だ」
   「わずか4回、質問に答えるだけ。簡単ですぞ」
   「間が長くてもよろしい。“厳粛さ”が出ます」
   「頭をカラに。私だけに向かって言うのです

エリザベス「シンプソン夫人には“特殊な技”があるとか。
      何でも・・“上海のとある館”で身に付けたものだそうよ」
     「何故あなたのプロポーズを3度目で受けたと?
      “素敵な吃音だわ・・幸せになれそう”って思ったからよ」
     「あなたはもう“自分の道”を歩いておいでです」

父王「コツを知れば、スピーチなど簡単だ」
  「臆さず、堂々とマイクに向かえ」
  「恐れに負けてはいかん。誰を恐れる?」
  「話さねば“国民との絆”が途切れてしまうぞ」
  「お前がヒトラーやスターリンに立ち向かうんだろ?
   この先、演説の機会は増えるぞ」

兄王「父上が時計を30分、進めてるんだ」
  「父上のような“善き王”を目指します」
  「哀れなウォリス・・一緒に暮らせない」
  「言うじゃないかバーティ。憲法を学んだか?」

大主教「(平民が寺院の)チョーサー、ヘンデル、ディケンズ
    の上を歩くとは・・」

側近「殿下、どうぞマイクにお任せを」
  「巧くいきますよ。焦らずお話し下さい」
  「王は落ち着かれております(Majesty's quiet now.)」
  「言葉も御座居ません(I'm speechless.)」

専門家「煙草は神経を鎮め、自信を与えてくれますぞ」

審査員「『リチャード3世』が、オーストラリア訛りとは」
   「この舞台には・・“もっと若く、王に見える者”が求められてます」

専門家「これはデモステネスを治した方法です」
エリザベス「“古代ギリシア”とは、古過ぎませんこと?」

マートル「誰が来るの? 秘密なら、何故話したの?」
ローグ「言わば“アマチュアだが、一流の連中”だよ」

ローグ「王族と話す時は、相手が話すまで待つべきかと」
ジョージ「だとすれば・・長く待たされる事になるぞ」

ローグ「ジョークはお好きで?」
ジョージ「どうにも“間の取り方”が下手でね」

ローグ「煙草の煙は、やがて生命を奪いますぞ」
ジョージ「医師が“神経を鎮める”と。爵位を持つ医師がな」
ローグ「そやつは“爵位級のバカ”です」

ローグ「この前、お貸しした1シリングは?」
ジョージ「持ってない」
ローグ「・・やっぱり」

ジョージ「何ともおかしな人だ」
ローグ「それは“褒め言葉”と受け取りましょう」

ローグ「今は、吃ってませんでしたな?」
ジョージ「当然だ。“歌った”んだから」

ローグ「生まれつき右利き?」
ジョージ「いや、右利きに矯正されたのだ」
ローグ「やはり」
ジョージ「他に“X脚”の矯正も」

ローグ「“友人の意義”とは?」
ジョージ「・・分からない」

ジョージ「君には、心から感謝している」
ローグ「では、私をナイト爵に?」 ←ちゃっかり、、

側近「空襲警報に(生放送演説を)邪魔されぬ事をお祈りします、陛下」
ジョージ「或いは、そこの犬にな

チャーチル「私も、実はマイクが怖いのです
ジョージ「それは“初耳”だ」
チャーチル「幼い頃、舌癒着症でして」

エリザベス「夫の名が“ヨーク公”なら?」
ローグ「確か・・お名前は“ジョンソン”と」
エリザベス「海軍で“敵を欺くため”に使った名です」
ローグ「では、この私のことも“敵”と?」
エリザベス「恐らく・・診療を拒めばね

ローグ「始めますか?(now?)」
審査員「どうぞ!(now!)」

| | コメント (2)

2011年3月 2日 (水)

☆『武士の家計簿(2010)』☆

1日(火曜)。
夕刻の高松市内は、若干の雨がパラついてたが・・久々にミニシアター“ソレイユ”に向かい、少しだけ興味のあった『武士の家計簿』なる邦画を観てから帰宅した。 ←たまたま“ファースト・デー”で、サービス料金ですた(=^_^=)

監督は『ハル(1996)』『失楽園(1997)』『39/刑法第39条(1999)』『黒い家(1999)』『模倣犯(2002)』『阿修羅のごとく(2003)』『海猫(2004)』『間宮兄弟(2006)』『(平成版)椿三十郎(2007)』などで知られる、作品の完成度に差が大き過ぎる(=^_^=)森田芳光氏。

森田監督の名前を聞いただけで「大丈夫か・・?」と正直、不安の募るワタシだったが、、まぁ作品自体も無難なテイストの路線だし、大失敗ってことはなかろう、と読んだ次第。

幕末の時代、天保年間(1830-43)。
「100万石」と目される加賀藩・前田家(石川県)において、刀ではなく算盤(そろばん)を手に、日々「巨藩の帳簿」を相手に格闘を繰り広げた“算盤役人”を“御算用者(ごさんようもの)”と言った。今で言う、会計係である。

藩の抱える150人もの“御算用者”の内、当代で7代目を数えるのが、下級武士の一族=猪山(いのやま)家だった。
父=信之(中村雅俊)、息子=直之(堺雅人)、そしてその息子=成之・・

3代にも渡る“算盤侍(そろばんざむらい)”の人生を、彼らの直面する様々な“困難”を交えつつ描く・・

予想では、もっと「メリハリの利いた物語回し」だったんだが・・意外と「武士」なる言葉から連想される「無骨で、ストイックで、常に(生の中で)死を覚悟してます」的なピリピリした世界観では殆どなく、どちらかと言えば“庶民的”と言おうか「腰に帯びとるのは、実はタケミツなんですよ。だって物騒ですやん」的な、ちょっと肩の力の抜けたような物語世界だったか。

「茶器を愛で、体裁を気にする」信之。「家計(と猪山家の将来)を冷静に見つめ、自身なりの誇りを失わぬ」直之。
そんな父に厳しく育てられたが故「愚直な“算盤侍としての生き方”に激しく抵抗を示す」成之。

3者のキャラ造型に大きく“違い=メリハリ”を持たせてるので、その辺りの組立て方ばかりは面白いんだが・・正直、3代目に移ってからの描き方がググッと「それまでの味わい深さ&重み」をぶち壊しちゃっとる印象があり、残念だった。

私的には、3代目は冒頭&ラストでチョロっとなぞるぐらいでイイから、もっと「信之〜直之の代」の生活風景をこそたっぷり見せて欲しかったものだ(・ω・)

また、藩の“隠し米(=御救ひ米)”の存在を暴く顛末(快挙?!)を皮切りに、直之が“公私に渡り”算盤を弾(はじ)いてく展開は、眼のつけドコロこそ面白いんだが・・徹底的な猪山家の家計の見直し(=借金返済)を進め行く中で“下級武士”“庶民的な暮らし”を前面に押し出して節制に励むにしては・・まだまだ工夫の足りぬ気がしたのはワタシだけやろか?

これは恐らく、ワタシがそれまでに観て来た『たそがれ清兵衛(2002)』『武士の一分(2006)』などの“下級武士故の悲しみ”を妙に記憶してしまってるからに相違ないンだろうが・・例えば「使用人に暇を出す」「傘張りなどの内職をする」「月代を剃るのをやめる」「継ぎ当てた服を着る」など・・更に「取り組んでますやんか!」っぽい“説得力溢れる演出”をやってくれたなら、もっと唸らされたことだろう。

その一方で、奥さんを連鎖的(?)に孕ませはったりするトコ、やっぱり「“お世継ぎ”などと称し、結局は“そっち方面の享楽”に耽ってしまうんやろかなァ」とフクザツな気持ちになってしまったりもした。。

どうにも、生活の苦しそうな人に対してこそ“家族計画性のなさ”を感じてしまったりもするんだが・・それってワタシの「勝手なヒガミ」なんやろかネ・・(⌒〜⌒ι) ←私見です。済みません。

序盤〜中盤にかけての“大家族ドラマぶり”の反動って感じで、後半では次々に主要キャラが「天寿を全うしてく」流れとなってくんだが・・もう少し“盛り下がらない”“しんみりさせない”展開をお願いしたかったようにも。

特に直之&成之(の父子)に至っては「観てて和むようなシーン」が殆ど見受けられなかったように記憶している。

それと、直之の老けメイクがどうにも“『インセプション(2010)』なケン・ワタナベ状態”とでも言おうか・・殊更“老い”を強調し過ぎてるが故に「コントすれすれですやんか!」っぽい危うさをも醸し出してた。。

ってことで、作品としての着眼点にはそれなりの魅力を感じたモノの「ベテラン監督=森田芳光作品として、どうよ?」と正直感じた。

まだしも「家計の苦しさに追い詰められた直之夫婦が、毒入り酒を飲み“交合した状態”のまま果てる(で、同心に発見される)」とか「奉行に呼びつけられた直之が、いきなり“自爆”して果てる(で、ごっつい腕時計(え?)が床に転がる)」とか言った、ファンサービス(?)とも言える演出をこそ、盛り込んで頂きたかったトコである・・と言ったら、如何なさいます?(=^_^=)

〜 こんなトコも 〜

・幕末ともなれば(?)城内の朝の挨拶は、まんま(?)「御早う御座居ます!」でエエんやね。
・信之の禄高は70石だったようだ。
・お駒(仲間由紀恵)が直之に渡した“麦湯”に興味津々。それってつまり、麦茶?
・直之&お駒の婚礼シーン・・流石に「ピアノ伴奏の曲」を(バックに延々)流されては、戸惑っちまうンですけど。。
・“よさんぱち”と呼ばれてた直之の剣術の師(演:西村雅彦)。あだ名と思いきや、本名(西永与三八)だったんやね。。
・豆腐のことを“十富”と表記したりするらしい。
・『塵劫記(じんこうき)』なる、当時のパズル集(?)みたいな書が面白そう。
・高級な櫛の値段が「2分」だった。
・当時の利息(年利)は1割8分だとか。
・「若杉窯(九谷焼)の名品」「五十嵐一門の茶器」「地黒(?)の小袖」「玉翠(?)の櫛」「加賀兼若の刀剣(快刀?)」と言った逸品が登場。
・「鶴と亀が合わせて100匹。足の総数が272本なら、鶴と亀はそれぞれ何匹ずつ?」って問題が・・(×_×)
・加賀藩の出兵に加わった成之の軍装(?)の左腕に「加州」と書かれた布が下げられてたが・・加賀のこと? 或いはカリフォルニア?(←何でやねん!)
・「印象的な題字」は村田清雪と言う方の筆によるもの。左から右に書いてたようだが、それはそれで良いんかな?
・老いた直之が成之に背負われる終盤。“老けメイク”の極まっとるご尊顔とは対照的に、手指に殆どメイクが施されておらず「え?」と感じた。忘れてたん?
・堺雅人の“キョーレツな老けっぷり”に比べ、仲間由紀恵&西村雅彦の経年変化が緩やか過ぎるのが衝撃的だった! それって“バイオリレーション”?! 或いは“MISOPETHA-MENOS”?!
・あの櫛については、更にもう1度、終盤なりで“ネタ”に使えると思ったが(・ω・)

〜 こんなセリフも 〜

直之「父上は“帳尻だけ合っておれば良い”と?」
  「算盤は“猪山家の命”なのだ。
   これしか、生きる術(すべ)がない」
  「質素な宴も“物入り”である」
  「こんな時になんだが・・“能登の輪島勤め”と相成った」
  「金澤は、美しい」
  「大切なのは、体面か?」
  「書き出してみますと・・6260匁(もんめ)の借金・・
   つまり、猪山家は“風前の灯”で御座居ます」
  「(借金を)取り繕う方が、恥と思いまして」
  「まずは此処から“決意の程”を示すのです」
  「本祖の御苦労を思えば・・」
  「砂糖は、舐めると力が出る故」
  「“生まれ来る子の顔を、真っすぐ見ていられる親”で居たいのだ
  「皿の数は、変わっておりません」
  「落ち着いて来ました故、そろそろ始めましょうか」
  「“お家芸”を身につけねば、家は継げぬぞ」
  「この不足を如何する?」
  「借金は、放っておいても消えないぞ・・何か手を打たねば」
  「“借りる”手は、何度も使えない」
  「借金はどんどん増えて来るぞ。さぁどうする?」
  「自分で何とかしなさい」
  「では是を“拾った4文銭”とする・・落ちていた場所に戻して参れ」
  「“武士としての誇り”を失うな」
  「今度は・・壊れなんだぞ」
  「・・城へ行きたい」

お駒「“貧乏”と思えば暗くなりますが、
   “工夫”だと思えば、面白う御座居ます」

信之「何しろ、江戸屋敷は年々“不如意”・・」
  「算盤も剣術も“粉骨砕身”か・・ま、当たって砕けぬと良いがな」
  「帳簿と言うのは、奇麗にし過ぎても・・軋(きし)む」
  「間違って弾(はじ)くと・・戻せぬぞ?」
  「(泣く女は)泣かせておけ・・いつものことだ」
  「我が猪山家の“命”は刀ではない・・こちら(算盤)だ」
  「あの月は、日々欠けてゆく・・そして新月と・・」 ←突然に!

成之「私は、この加賀の地で算盤だけに埋もれたくはありません!」
  「“もし私が死んだら、それが定めだ”とあなたは言われました」
  「私には、父上におぶって頂いた覚えがありません」
  “幾つもの命を踏み台に、新しい時代が来た”

お常「ならぬ。武士の嫁が1歩前に出れば、1歩その身分が下がる」
  「着物は“女の命”よの」
  「我が子か、鬼か?」

与三八「剣は“からっきし”だなぁ」

上司「分かった・・昼飯の後に致そう」
  「帳簿と言うのは・・“仕舞の数字”が合ってれば良い」
  「拙者は、恙無(つつがな)く勤めたいのだ」

役人「“狸米(たぬきまい)”じゃの」
  「彼奴(あやつ)・・能登辺りに飛ばされるかも」

大村「これからの戦は“タークティクス”だ。
   つまりは、的確な補給が勝敗を左右する」
  「“しっかりと算盤を使える存在”こそが必要だ」

農民ら「ひもじいわいや〜! 米くれわいや〜!」

直之「粉骨砕身、相勤めます」
信之「この父を見習って、ほどほどで良いぞ」

直之「それに不器用だ。出世出来そうにない・・それでも良いか?」
お駒「イヤです」
直之「・・・」
お駒「・・と言ったら、如何なさいます?」
直之「・・困る」
お駒「その“生きる術”の中に、私も加えて下さい」

同僚「いつもながら、美味そう(な弁当)で御座るな」
直之「奥(=妻)の手造りで御座る故」

成之「何をしているのですか?」
直之「・・葬式の費用だ」
成之「何処の家でも、そうするのですか・・こんな夜に?」
直之「・・家によって違う」
成之「“算盤侍”だから?」
直之「・・そうだ」

| | コメント (0)

« 2011年2月 | トップページ | 2011年4月 »