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2011年2月28日 (月)

☆“第83回アカデミー賞”受賞作・・について☆

ネットで、その結果を確認したに過ぎないですが・・(・ω・)

主要な各賞を載せておきます。

・・

・作品賞   ・・ 『英国王のスピーチ』
・主演男優賞 ・・ コリン・ファース (『英国王のスピーチ』)
・監督賞   ・・ トム・フーパー ( 同    上 )
・脚本賞   ・・ テヴィッド・サイドラー ( 同    上 )

・主演女優賞 ・・ ナタリー・ポートマン (『ブラック・スワン』)

・助演男優賞 ・・ クリスチャン・ベール (『ザ・ファイター』)
・助演女優賞 ・・ メリッサ・レオ ( 同   上 )

・脚色賞   ・・ アーロン・ソーキン (『ソーシャル・ネットワーク』)
・編集賞   ・・ 『ソーシャル・ネットワーク』
・作曲賞   ・・    同      上

・撮影賞   ・・ 『インセプション』
・音響編集賞 ・・   同   上
・視覚効果賞 ・・   同   上
・音響録音賞 ・・   同   上

・・

ってことで『英国王のスピーチ』の圧勝って感じ。
私的にも『インセプション』『ソーシャル・ネットワーク』の評価はそれほど高くないモノで、この結果には、ちょっと安心したりもしている。

あとは、、近いうちに鑑賞するであろう『英国王のスピーチ』が「実際に自分の眼で観て、どうよ?」ってトコやろかね。

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2011年2月26日 (土)

☆ついつい、購入しちゃったい(・ω・)☆

26日(土曜)。
今回は早くも(?)昼過ぎには実家に戻った(帰阪)んだが・・どうにも「鼻水過多&眼のカユミ」に悩まされている・・コレって、やっぱし・・更年期?(いや、その前にもう1ツ、考えられるやんか!)

ってことで、外出するには“体調不良過ぎる”もんで・・自室にこもって、ネットをフラフラと徘徊しつつ・・久々に「iTunes Store」をのぞきに行ったりもし、新作ムーヴィーをダウンロード購入しようかなぁ・・と考え、幾つかピックアップしてみた。

『セヴン』
『ガタカ』
『ソウ1』
『ゾンビランド』

で、結果的には、他作を圧倒し『セヴン』をクリック(購入)することに決定!

たぶん、しばらく観ることはないと思うが・・ま、取り敢えず「持ってたら安心する」ってタイプですんで(=^_^=)>

追記:以前に購入した『第9地区』と共に、本作にも“チャプタ”が含まれてた! コレは嬉しい!

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2011年2月25日 (金)

☆ちょこっと&ぼちぼち再開の“エエ言葉”☆

【2011.2】

益本 康男(クボタ社長)
 「新しいことに挑戦する仕事は絶対に面白い」
 「会社で変わらないものは何もない」
 「人と違った方法で、人より上のことをやろうと
  絶えず探求すること、それが仕事だ」

桑田 真澄(元プロ野球投手)
 「目標は甲子園優勝ではなく、プロになることだったから、
  ケガでつぶれるわけにはいかなかった」
 「全国中学大会優勝監督? 甲子園常連監督?
  (指導者に)そんな肩書、必要ないですよね。
  大切なのは子供の将来。彼らから野球を奪わないでほしい」

小林 桂樹(俳優、1923-2010) ※サインに添えられたメッセージ
 “小さな灯りに、大きな幸せがいる”

浅野 和之(俳優)
 「腐らないよう、古くならないよう」

佐藤 俊介(ヴァイオリニスト)
 「音楽の本質に近づきたい。そして、聴衆に届けたい」

ジェフ・バーグランド(京都外国語大学教授)
 「緊張するからこそ、注意して集中できるのだと思います。
  (中略) 緊張は集中力を生み出し人を成長させる」

中村 メイコ(女優)
 「この国は、年寄りにちっとも優しくない。
  だから、自分で(人生の)ストーリーを考えなきゃならない」

常田 久仁子(テレビプロデューサー、1928-2010)
 「裏方には裏方の面白さがある」
 「私が企画書だ」

石井 幹子(照明デザイナー)
 「光があるからこそ、色や形、材質感がわかる」
 「照明は街を美しくするだけでなく、安全にもする」
 「苦労した仕事ほど印象に残っています。
  (中略) 困難を乗り越えるには、新しいアイデアが必要」
 「光のサイクルがあると、人は気持ち良く暮らせます」
 「色々なことに感動するために、
  若い人たちには五感を働かせてほしい」

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☆『刑事コロンボ/奪われた旋律(1999)』☆

24日(木曜)の夜。
きっちりと“ジョギングイベント”をこなした後・・約24分の遅れ(←結構、早い方)で、衛星第2で放送された『刑事コロンボ/奪われた旋律』を観た☆

全69エピソードのシリーズ(旧:45作+新:24作)も、いよいよ本作を含み、あと2エピソードを残すのみ!!

全然観れてない時期もあったけど、、結構頑張って観て来たものと自負している。

特に「新シリーズ」に突入してからは、大抵が殺人事件発生後の(鑑賞)スタートながら(←それってちょいと意味ないじゃん!)被害者像すら殆ど掴めぬままに、犯人を的中させる・・的な“超能力者”っぽい、ある意味“神の視点”をもって鑑賞に臨んだケースも少なくなかった(=^_^=)

「そんな鑑賞法に意味が有るのかよ、おい」的な議論はさておき・・まぁ今回も、コロちゃんことコロンボ警部の言動を楽しんだ次第である。

数々の映画音楽を手がける高名な作曲家=フィンドレー・クロフォードが楽団を指揮中の「スタジオ28」屋上から、彼の弟子であるガブリエル青年が謎の転落死を遂げる。

転落の瞬間には“完璧過ぎるアリバイ”のあったクロフォードだが・・事件の捜査主任となったロス市警のコロンボ(ピーター・フォーク)は、高所から転落したにも関わらず「一切、悲鳴すら発しなかった」ガブリエルの死に際に疑問を抱く。

一方で、現場の屋上にも、着地(?)地点にも、何故か見当たらぬ「ガブリエル愛用の指揮棒」・・それを探し求めるコロンボであったが・・

今回も、犯人役ってば、妙にイラち(怒りっぽい)なだけで、大した知能犯レベルも、殺人美学(?)も、持ち合わせてはいなかったように思えた。

アリバイ部分(の演出)が“やや強引で苦しい”のに加え、動機面が“ほぼ明らか”となってるので・・コロンボも心なしかいつも以上に、寛いだ感じで捜査に取り組んでた気すらする(⌒〜⌒ι)

何処か、コロンボ自身が「物足りぬ“挑戦状”しか突き付けて来ない犯人に対し、イラつきを隠せない」ようにさえ思えてしまった(=^_^=)

〜 こんなセリフも 〜

コロンボ「あたしゃ、ここだよ」
    「謝ることはないよ。今に始まったんじゃないし」
    「ホトケさん、運んで」
    「彼が落ちて来ると言う“警告”がありましたかね?」
    「こいつは何処に?」
    「かなり高いねぇ」
    「この高さを“悲鳴も上げずに、黙って”落ちて行った?」
    「そう言わずに、考えてご覧よ」
    「“屍体の下”はどうだい?」
    「“お喋りをする気”にはなれんでしょうな」
    「折角ですが(酒は)やめておきます。勤務中でして」
    「ホントに残念なこってす」
    「その後、どうされました?」
    「あと1つだけ」
    「今日はもう“運転されない方がイイ”と思いまして」
    「そこで、イイ考えがあるんですがね」
    「指揮棒が見つからんのです・・何処に行ったんでしょうかね?」
    「参ったな・・ガス欠です」
    「足を踏み外した瞬間のその恐怖、想像出来ますか?」
    「“終わりよければ総てよし”・・シェークスピアです」
    「他にカギはなかった?」
    「そうは言えないようだね・・今はまだ」
    「君の手に負えるかい?」
    「んん? どう言うこと?」
    「いや・・参った」
    「どうかなぁ・・分からん」
    「さぞかしショックでいらっしゃったんでしょうね」
    「コレをお借りして良ござんす?」
    「靴は(借りる)必要ないって? 彼が?」
    「済みません。悪気はなかったんです」
    「皆さんに1つ、訊きたいんですが」
    「“長い間の習慣”を何故変えたのか・・そこが気になりまして」
    「でも、それで説明出来ないのは・・」
    「音楽は楽しかったです」
    「“殺人”かも知れないんで」
    「こいつは“コロシ”です。事故じゃない」
    「そのボタンにだけは、ホコリが付いてない」
    「“マトを射た質問”ですな」
    「有難いんですが、コーヒーは眠れなくなるんで」
    「分からないことを質問するのも、警察の仕事なんで」
    「曲のコピーはとってあります?」
    「無くなったようだ・・無くなった」
    「何の違いもないさ・・証明出来なきゃね」
    「落下による“衝撃”で死んだそうだ」
    「この傷をご覧よ」
    「ここでの仕事はおしまい」
    「あたしの(時計)は“旧式の手巻式”でして」
    「指揮なんて、あたしのガラじゃない」
    「ホンの5分で終わります」
    「そこで疑問が生まれる・・疑問はまだ他にも一杯あります」
    「説明出来ないことが多過ぎます」
    「“意識不明”・・そうそう、その言葉を探してたんだ」
    「“共通の動機”があってのことだ」
    「“指1本で弾く”のを教えてくれないか?」
    「サン・クェンティン(の刑務所)にブラスバンドがあると聞いてます。
     判事に訊いてみたら?」

クロフォード「どうしてだ・・才能のある男が・・可哀想に」
      「これで“あなたの好み”は分かった」
      「チェロの小品は・・泣かせます」
      「ブラスとオーボエが弱いぞ」
      「観客の記憶に残るのは・・むしろ“悪い音楽”だよ」
      「音楽を聴くためだけに、君がここに来たとは思えないが?」

リッター「普段の君とはタッチが違う・・“屁”のような音楽だ」

部下「警部! ガソリンはたっぷり入ってましたよ?」
コロンボ「分かってる。(そのことは)誰にも言いなさんなよ」

クロフォード「(犯人は)すばしっこいヤツか?」
コロンボ「そして・・知恵も回ります」

クロフォード「あの“不快極まる音”は何処から出ている?」
コロンボ「エレベータですよ。地下のね」

追記1:被害者の血中から「セコバルビタール」が検出された時点で“アリバイ工作”は全く意味を持たなくなる訳で。
追記2:劇中で『サイコ』『ジョーズ』のテーマ曲がチョロっと演奏されたりして、遊び心もあった。
追記3:ガブリエル(=ゲイヴ:GABE)、レベッカ(=ベッカ:BECCA)のスペリング(綴り)をそのまま譜面に表現した曲が、終盤に登場した。C、D、E、F、G、A、Bだけで構成される英単語は、そのまま音階(ドレミファソラシ)に置き換えることが出来るので、色々と楽しめそうだ(・ω・)

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2011年2月24日 (木)

☆『ヒア アフター』☆

23日(水曜)の夜。
昨日に続き、またも“ワーナー・マイカル・シネマズ高松”に出向き、期待の新作『ヒア アフター』を観て来た。

上映開始時間の都合がつかず・・いったん帰宅の上、夕食やら何やらをキッチリ済ませてから、再び出かけた次第。
手間と言えば手間だったが、戸外で約2時間も時間を潰すのは流石に勿体なかったので、これはこれで良案ではなかったかな、と自分を納得させている。

そう言うと、それまで“サティ”と表記されてた看板関係が“イオン”に架け替えられてたのに気付いた。

ひょっとして、昨日の時点で既に変更されてたんかも知れないが・・(・ω・)

店内の「ちょっと活気のない印象」ばかりは、余り変わってなさそうだが(←放っといたれよ!)・・リニューアルってのは、たとえ看板だけにせよ、ちょいとワクワクさせてくれるモノである☆

本作、ワタシが“御大”と敬愛してやまぬ巨匠=クリント・イーストウッドが監督・製作・音楽を手がけ、スティーヴン・スピルバーグが製作総指揮なる“安全な位置”にちゃっかり納まっとる(=^_^=) まぁ“大作”と呼べよう1本。

マット・デイモンが主人公の1人となってる辺り、前作『インビクタス/負けざる者たち(2009)』を手がけた時点で、既に“御大”とデイモンの間で、何か“故意的な密約”が交わされてたのかも知れぬ(←ただの妄想)

それにしても・・“御大”が「傘寿(=80歳)」を迎え、いよいよ「そっち系」の路線(←どっち系?)に傾倒し始めたか?! 的な、作品そのものとは少し離れた部分での「ドキドキ感」があり、それはそれで楽しめた(⌒〜⌒ι)

“御大”自らは脚本部分にクレジットを連ねてないようだが、何処まで脚本に「自身の意地/ワガママ」を投影して行ったのか、そこんトコがどうにも気になる・・

【フランス・パリ】

人気TV討論番組『真相の窓』で知られる、売れっ子ジャーナリスト=マリー・ルレは、バカンスに出かけた香港(なの?)で、巨大な津波に遭遇してしまう。
その大きなうねりに呑み込まれ“臨死体験”を経たことで・・その後も事ある毎に“覗き見た世界”がフラッシュバックし、休業を余儀なくされることに。

彼女は第一線から退いたこの機に、自身の体験を1冊の書物にまとめ出版すべく、その道の専門家=クラウディア・ルソー博士に会いに行く・・

【イギリス・ロンドン】

薬物依存の女性=ジャッキーを母に持つ、一卵性双生児の兄弟=ジェイソン&マーカスを、とある大きな悲劇が襲う。

そのせいで心を閉ざしてしまった少年は“失った者の声”を聞きたい一心で、あちこちの霊能力者に救いを求め始める・・

【アメリカ・サンフランシスコ】

少年期の大病を経て、常人には備わるべくもなき能力=チャネリング(霊との交信)を体得した男=ジョージ・ロネガン(デイモン)は、兄=ビリーに“才能”と呼ばれるその力を“呪い”としてしか受け止められず、それをひたすらに封印し続けるのだった・・

そんな“死後の世界(=来世:HEREAFTER)”に取り憑かれた3人が、向かった先とは・・?

総括すれば・・ズバリ“薄味”で“無難”な作品に仕上がってたように感じた。逆に言えば・・“御大”は寛いだ気持ちで、気負いなく撮らはったんかも知れないなぁ・・と。

“パニックもの”“オカルトもの”“恋愛もの”の作品テイストを(それぞれ)絶妙に練り込み、軸部分に“喪失&再生”を据えた、オムニバス作品とは言えるんだが・・折角の“パニック演出”と“オカルト描写”が“恋愛テイスト”の介在により、ちょっとその印象を分散させてしまってたようにも。。

私的には中盤における“恋愛テイスト”の部分が、なかなかに切なくて良かったんやけど・・

ピンポイントに存在感の光ってたのは、やはり「主人公格」とまで瞬間風速的(?)に思われた、メラニー役のブライス・ダラス・ハワードさんだったろうか!
この人の“登場”と“退場”を巡るシーンがとてもとても良かった!

余りにそれが鮮烈で切なかったもんで・・後半以降で、半ば強引にも展開されてく(?)“新たな恋愛描写”が、何処か唐突で薄っぺらくも見えてしまったモノである。。

とある少年を巡る物語の転がし方は、当初『シックス・センス(1999)』を意識したもんやろか? と感じてたが、それ以上に『オリヴァー・ツイスト』辺りの「総じて狡猾な“大人たち”に翻弄される、不遇な少年」なるキャラ造型に、意外と影響を受けてたんじゃないかな? などと勝手に決め打たせて頂いている(=^_^=)

一方、描き込み不足なキャラもあちこちに見られたか。マリーの彼氏、ジョージの兄=ビリー、双子の母=ジャッキー、など。

作品のど真ん中に、件の『オリヴァー・ツイスト』で知られる、英国の文豪=チャールズ・ディケンズの影が色濃くちらついてもおり、見ようによっては「観客自身をスクルージ翁に見立てた、3人のキャラクター(=主人公ら)によって展開される『クリスマス・キャロル』なのかも」ってな、余りに強引かつ暴力的な(評価の)持って行き方も出来そうな気がする(=^_^=)

全体的なバランスとしては、序盤で“ドでかい見せ場”を早々に終わらせてしまうので、それ以降の展開が「萎み気味」にも見受けられるが・・私的には、メラニーとジョージの間で交わされる“とまどい気味な恋愛”のシーンがとても良かったので、余りスペクタクル面に大金をつぎ込まなくても良かったのかも・・とつい失礼なことを直感してしまったりもした。

ってことで、やはり“御大”のこれから(≒HEREAFTER)(=^_^=)を知るための「転機となる1作」となるのか・・そこんトコが、ワタシの評価/判断を大きく迷わせ続けており、その点に関しては“問題作”と言えるのだろう(・ω・)

〜 こんなトコも 〜

・例えば、鉄筋のホテル3階にいたら「ある程度」の津波は回避出来るようだ。。
・パリで売れっ子になれたら“BlackBerryの巨大街頭ポスター”ぐらいは飾れるようである。
・いったん沖に大きく引く、波の描写が恐ろしい(×_×)
・海中で、生死の境界を彷徨うマリーの視界に、上空を移動するヘリの影が・・アレも“来世”のヴィジョンなの?
・「ジェイソン」「マリー」ってキャラが登場し、マット・デイモンが主演してるトコから、つい“ボーン3部作”を連想させられてしまう。。
・マーカスがあの時「宿題」を課せられてなければ・・?
・本作では“ボディダブル技法”は用いられてないようだ(・ω・)
・終盤の交信で「待て・・戻って来た。何か言いたいそうだ」って言う時のジョージの表情をこそ、もう1度確認してみたい!
・メラニーの「コンテストで優勝を目指さなきゃね!」ってなセリフが、心に残ってしまう・・結局はアレが・・
・劇中でセリフにのみ登場の『愛と勇気の翼』って作品は・・あの“iMAXシアター”で公開されてたヤツだろうか?(監督:ジャン・ジャック・アノー 出演:ヴァル・キルマー、トム・ハルス 制作:1995年)
・チャリング・クロス駅で起こる、とある騒動(?)の描き方は、最低限の資金投入で、なかなかの効果(=衝撃)を演出してたと思う(=^_^=)
・「ブックフェア」と言うものに、俄然興味が湧いて来た!
・料理なんぞには興味ないが・・「料理教室」には興味が湧いて来た!!(=^_^=) ←あんた、下心丸出しやんか!
・ジョージ役をトム・ハンクス(の若い頃、、)とかヒュー・グラントが演じたら、全然テイストが変わりそうやなぁ(=^_^=)
・本作で一番の被害者は・・やはりジョージの兄=ビリーであろう。予約してた3人の顧客にマフィア関係とかが含まれてたら・・間違いなく“来世(HEREAFTER)”行きやろね(⌒〜⌒ι)
・映し出された街の不良共に、いきなり監督(=御大)ご自身が「フレーム・イン」し、次の瞬間「44マグナム」で次々と“処刑”しちゃって欲しかった(おいおい!)
・相手の掌を通じ“繋がる”ってのはまぁ分かるが・・一瞬握っただけで(手を離した)その後も、しばらく“交信が継続される”って「仕組み」が、正直良く分かんなかった(×_×)

〜 こんなセリフも 〜

ジョージ「コレで最後だぞ(This is it.)」
    「どう言うつもりだ? 僕はもうやめたんだ」
    「“あなたはもう若くないし、スリムでもない”
     ・・ユーモアのある奥さんですね」
    「やはりムリだ・・“感覚”も鈍った」
    「“死者と話す人生”の、何処に意味が?」
    「コンテストには、まだ10週間もあるさ。
     今のところ、指も切ってないし」
    「包丁(のチョイス)、間違ってる?」
    「僕にも“人生の転機”があった。
     “前の仕事”のことを忘れたくてね」
    「チャールズ・ディケンズのファンなんだ。
     イギリスじゃ、シェークスピアの方が有名だけど、
     僕はディケンズが好きだな」
    「誰かのことを総て知るのは、いい事のように思えるけど、
     ・・きっと“知り過ぎない”方がいいんだ
    「“助け”が必要なのは、僕の方だ」
    「負けたよ。入ってくれ」
    「最初に君の手を握る。急に変になったりしないから、安心して」 ←誤解を与えるし。。
    「待て・・戻って来た・・何か言いたいそうだ」

マリー「この私が・・スクープから逃げるなんて」
   「あの津波で・・私に“何か”が起きたの・・“何か”が見えたのよ」
   「何を恐れてるの? これは“真実”なのよ」
   「いつも“追求しろ”と言ったのは、あなたじゃなかったの?」

マーカス「お休み・・ジェイス」

ジャッキー「見て。何て、おバカな顔・・まるで天使ね」
     「あなたから逃げたりはしないわ。
      ママは弱いから・・あなたと一緒じゃダメなの。
      ・・理解してとは言わない」

メラニー「それで・・どうするの? と言うか・・何故ここに通ってるの?
     まさか“完璧なボンゴレを習いに来た”とか、言わないわよね?」
    「もう吹っ切れたわ・・そんなワケないか」
    「他にも“見えた”でしょ?」
    「やはり、扉は開けるべきじゃなかったわね。
     あなたの言った通り・・“知り過ぎない”方がいいのでしょうね」

彼氏「君は逆境もチャンスに変える女性だ。
   決して被害者(のまま)で終わらない・・それが君と言う女さ」
  「死んだら? “電気”が消えて、それで終わりだろ?
   再び電気は点かない。“永遠の暗闇”さ」

ルソー「このホスピスでは、驚く程に“似通った体験談”が多いの」
   「この資料に嘘はないわ。役立てて・・
    きっとあなたになら“何か”を変えられるわ」

カルロ「まずは、バルバレスコ(=イタリアワイン)で乾杯!」
   「いい料理人となるには、いい味覚が必要だ」
   「味を色や形で表現出来なくては、意味がない」
   「料理は、感覚が総てだ

編集長「この手の本は、英語で書いてアメリカで売れ」

ジョージ「また“交信”を頼まれたよ」
ビリー「“才能”は使うべきだろ?」
ジョージ「何が“才能”だよ・・僕にとっては、むしろ“呪い”だ」
ビリー「お前はお前だ。運命からは逃れられんぞ」

ビリー「そいつは“不当解雇”だ。弁護士を雇え」
ジョージ「そんな金なんかないよ」

メラニー「(写真では)あなたの方がハンサムね」
ジョージ「でも、兄の方が幸せだ

ジョージ「偏頭痛、そして悪夢・・それから突然“繋がる”ように。
     ・・笑わないの?」
メラニー「笑う? まさか」

マリー「大失敗だったわね」
彼氏「なぁに、編集で誤魔化すまでさ」

マーカス「待って! あなたを知ってる!」
ジョージ「違うよ。人違いだ」

ジョージ「何処に行くのかは・・分からないんだ」
マーカス「話せるのに?」

※※「ここは凄いぞ・・思い通り、何にでもなれる・・
   “浮いてる感じ”がイケてる」
  「僕に頼るのはやめろ。独り立ちするんだ」
  「その※※は今すぐ脱げ。そしてもう2度とかぶるな」
  「それは僕のだ。だから地下鉄で脱がせた。
   でも、助けるのはあれが最後だ」

専門家たち「死は始まりです。現世の行いにより、来世が決まります」
     「神さえ信じていたら、死後に恐れることなど何もない」
     「霊界の周波数は高い」

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2011年2月23日 (水)

☆『あしたのジョー』☆

22日(火曜)の夜。
“2.22”と2のズラリ並ぶ日でもあり「ナニかエエこと、あるンかも!?」とちょいと期待こそしたモノの・・やっぱし、特筆すべきことなど、ナニもなかった1日である(・ω・)

専ら「観たいよ~!」と狙っとる新作が1本ある訳だが・・その前に「ちょいとした酔狂だね、こりゃ」的なのを1本“ワーナー・マイカル・シネマズ高松”でこなしとくことに決めた。

“芦田野路男”改め(←全然、別キャラやんか!)『あしたのジョー』である。
「な~んかやってますよね~、ふんふん」と軽く視界の端に漂わせてた程度だったが(←どんな表現や)・・あの『ピンポン(2002)』『ICHI(2008)』を手がけた曽利文彦監督の最新作であるってことに改めて気付いたため、いきなし期待値が高まってしまった次第(⌒~⌒ι)

いわゆる“3種の神器(白黒TV、洗濯機、冷蔵庫)”が、一般家庭に普及しつつあった頃(昭和30年代後半辺りか?)・・舞台は東京のとある下町・・

「1本の木造の橋」を渡った先に“ドヤ街”と呼ばれる、日雇い労働者らの暮らす“スラム”が広がっていた。
「総てを失った者が、悲観の涙に暮れながらそこを渡る」・・そんなことから、その橋は“泪橋(なみだばし)”と名付けられた。

そこにフラリとやって来たのは、流れ者の青年=矢吹丈(山下智久)。彼は食堂でヤクザ絡みの揉め事(?)に巻き込まれてた元ボクサー=丹下段平(香川照之!!)を助けた(?)ことを機に、段平に“ボクサーとしての並外れた資質”を見いだされる。

件の(ヤクザとの)乱闘で逮捕された丈は少年院へと送られ、そこで“運命の男”である西(=^_^=)とか“最大の好敵手”力石徹(伊勢谷友介)に出会う。

物語は、丈と力石の2度に渡る激闘(←いざこざを含めると3度)を軸に、2人の天才ボクサーの“人間的成長”や“奇妙な友情”・・そして対照的とも言える“境遇”“運命”を描き出して行く。

しょっぱなから「段平、ちょっと“コント系”に仕上がっとんのとちゃうの?」とメチャメチャ不安な気持ちがあったんだが・・意外にも、段平、良かった!
見慣れて来ると、次第に「やっぱり、やり過ぎとちゃうの?」ちぅ軽いツッコミも(やっぱし)出て来るんだけど(=^_^=)、序盤の初登場シーンなど・・「おお!」と香川さんの“化けっぷり”に軽く圧倒すらされてしまったワタシ。

そこを“カメレオン俳優”“和製デ・ニーロ”と評するか“怪演”“コントすれすれ”と評するかの判断は、観客それぞれに委ねられとるンだろうけど、私的には「頑張らはったやんか!」と拍手を送り・・つつ、やっぱり小さくツッコミたい(←どやねんな)

タイトルにもある通り、主人公は無論「矢吹丈その人」なんだけど・・この矢吹が「何を考え、どんな言動を繰り出すのか」がイマイチ掴めず、かと言って、ミステリアスな魅力に爆発してたワケでもなく・・かなり感情移入し辛かった。。

一方、力石は、と言えば・・その存在感も、人間くささも巧く(抑えめに)表現されてて、極めて魅力的に映った。
つまりは「段平&力石」のキャラ造型(勿論キャスティング)により、大きく本作は救われてた気がする。

白木のおぜぅさん(香里奈)も「ちょっと違うかな~」みたいな危うさ(?)が漂ってたか。
このしとも「誰が好きなのか」「何を考えてるのか」が良く伝わって来なかった。
少女時代を演じてた女の子(子役)にも、あんまし魅力を感じなかったし(×_×)

「原作に何処まで忠実だったのか?」はハッキリ覚えてないが・・観客が不自然に思えてしまう程に「段平、西、力石」の3キャラがとにかく丈に心酔(←と呼べるレベルに達してた!)しまくっており・・そこが観てて1番“違和感”を覚えたトコである。
私的には「(あの丈が)そないに相手を酔わせるまでの“何かを持ってる”ようには、見えなかったぞ?」みたいな。

また、上映時間の都合なのか「ファンこそが観たい&聞きたい」あのシーン/このセリフ等がバシバシ割愛されてて、そこが悔しくてならなかった。

「ちょいとしたパズルだね、こりゃ」
「“捻りん棒”喰わしたれや」
「ここに、白湯(さゆ)があります」
「その※※が・・死んだ」

映像を眺めてりゃ(セリフなぞなくても)通じるようなシーンなれど・・そこを「敢えて、欲しい」のである!
矢吹くん、あなたが好きだから!(←そのセリフはもっと後になってからだけど)(ってか、正しくは「好きなのよ! 矢吹くん・・あなたが!」だし)

取り敢えず・・“ブタの大群”はCGでキッチリ再現して欲しかったぞぅ・・(=^_^=)

~ こんなトコも ~

・劇中で異彩を放ってたセ※チュリー(←三河自動車謹製の高級車)は“初代型”にせよ1967年以降のクルマらしい。ちと時代設定がザックリしてるンかも?(或いは「パラレル世界」とか?)
・ドヤ街のセットはなかなか良く出来てた! でもひょっとしたら『白夜行』と同一のセットだったりするンかも?
・香川、西田尚美、倍賞美津子の共演が、かの『OUT(2002)』を彷彿とさせてくれた。
・乳輪の大きさだけで言えば「ウルフ金串>力石>丈」だった(←だから、何やねん)
・『13人の刺客』を直前に観た人は「伊勢谷・・あれ? その程度で?」と肩すかしを喰らうかも知んない。。
・杉本哲太、津川雅彦の両氏は、もっと「ならでは!」な用い方が出来たと思うんだが・・ 例えば「毒酒を飲み、障子ごと後ろにぶっ倒れる」とか(←それ、作品が違うってば!)
・クロスカウンターが決まった瞬間の、相手ボクサーの“クシャな表情”が、どうにも“CG造型し過ぎてて”引いちゃう一瞬があった。
・序盤辺りで、パンチの「重さ&鋭さ」を巧く表現した映像演出のある半面・・どうにも“猫パンチ”に見えて仕方ないシーンがあった。。
・同じジムに所属する力石に、全く応援も心配もされてないウルフ金串って一体・・(×_×)
・食堂のおやっさん役のモロ師岡さん。「どっかで観たぞ!」と思ったら・・『悪人(2010)』のあのバス運転手だった!
・『ミリオンダラー・ベイビー(2004)』における“あの鼻血止めシーン”のような「“観客にも痛みの伝わる”演出」に(総じて)イマイチ欠けてたか(・ω・)
・『あしたのジョー』の(オープニング)曲の歌詞を故・寺山修司が手がけたことに、改めて気付かされた。
・原作:故・梶※一騎・・と耳にすると、何となく「不穏な気持ち」になったりもするが(←ただの先入観です、済みません)・・寺山修司と聞くと、何だか“ブンガク”っぽく響くってんだから不思議である(・ω・)
・劇中では「1泊:100円」「利息:8分(=8%)」「カレー:90円」などと(当時を再現した)看板/お品書にあった。
・エッチそうな看板「コールテン・ショウ」に興味津々(=^_^=)
・『ピンポン』同様に「橋を巡る描写」が印象的だった。“I can fly!”ってか?
・バンタム級の体重のリミットは118パウンド(53.5キロ)だそうだ。軽ぅ~(×_×)
・段平と丈の会話が、異常に少なかった。恐らくは“意図してのコト”だろうけど(・ω・)

~ こんなセリフも ~

丈「カネなんて、ねぇぞ」
 「パンチに“理屈”なんざ要らねぇんだよ」
 「まさかあそこで、※※※※とはな」
 「もう1度、教えてくれよ・・“あした”って奴をよ」

段平「いいバネ、してんだな」
  「出るとすれば・・今だ・・!」
  「ここで終わってたまるかよ・・なぁ、そうだろ?」

力石「俺たちは、こいつ(拳)が納得するまで、戦い続けるんだよ」
  「“変えられない宿命”がある」
  「あんなにいいパンチを持ってんだ。使い方、間違えんなよ」

おぜぅさん「ずっと逃げていた自分に、気付いたんです」

解説者「何か今・・“変な倒れ方”をしましたね」

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2011年2月20日 (日)

☆『第34回日本アカデミー賞』の各受賞作決まる!☆

と言う記事を、19日(土曜)の朝刊の記事で知った。

コレって、前日である18日(金曜)の夜、地上波で“授賞式”の模様が生放送されてたらしい。
、、全くスルーしてましたわい(⌒〜⌒ι)

主だった受賞内容を、新聞記事より転載しておきたい(無断です、済みません)(敬称略です、ごめんなさい)。

・・

作品賞・・『告白』
監督賞・・中島哲也(『告白』)
脚本賞・・中島哲也(『告白』)
主演男優賞・・妻夫木聡(『悪人』)
主演女優賞・・深津絵里(『悪人』)
助演男優賞・・柄本明(『悪人』)
助演女優賞・・樹木希林(『悪人』)
音楽賞・・久石譲(『悪人』)
撮影賞・・北信康(『13人の刺客』)
アニメーション作品賞・・『借りぐらしのアリエッティ』
外国作品賞・・『アバター』

・・

まぁ・・“妥当”と言おうか“出レ(=※※レース)っぽい”と言おうか・・。

私的には『悪人』のあの完成度&世界観を前にしては『告白』なんぞは「“どっか〜ん!”と爆散あるのみ、な〜んてね」・・みたいな程度のモノだったんだが(←いや、色々とセリフを引用してるし、キミ、結構気に入ってますやんか!(=^_^=)) 主演男女&音楽で、しっかり賞をもぎ取ってくれた点を「それやよし! 正当や!」と評価したげたい。

来月には、いよいよそんな『悪人』もDVDソフトとしてリリースされる!
一方で“iTunes Store”における、新作(=ダウンロード購入)のラインナップ充実にも期待を高めてるワタシなんだが・・まだまだパッケージ販売の方が特典(「メイキングディスク付属」や「副音声でのコメンタリー収録」など)が多いので「ホンマにこの作品が好きや!」と思って買う場合、やっぱしこの先も“パッケージ購入”を続けて行くんやろな〜と考えている。

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2011年2月18日 (金)

☆『刑事コロンボ/復讐を抱いて眠れ(1998)』☆

17日(木曜)の夜。
雨降りにより、早々に「某ジョギングイベントの中止連絡」が入ったため、いつもの木曜以上にダラけた感じとなりつつ・・自室で飲んだり喰ったり、静かに酔ったりしていた(×_×)

で、またも衛星第2で放送されてる『刑事コロンボ/復讐を抱いて眠れ』を“フルヴァージョン”で観ることが叶った☆

新シリーズも、本エピソードを除けば、いよいよ「あと2話を残すのみ」である。しみじみするよなぁ・・

“ハバランド・プリンス葬儀社”のカリスマ社長=エリック・プリンス(パトリック・マクグーハン)が今回の犯人役。

18年前“サイレントの大スター”である女優=ドロテア・ペイジの葬儀を手がけた際、彼女愛用の“ダイヤのネックレス(100万ドル相当)”の消失した事件があり・・その“真相”を知るエリックを(彼のかつての愛人である)芸能レポーター=ベリティ・チャンドラーが攻撃して来た。

自身の人気生放送番組“ハリウッド裏情報”でバラしてやる! と息巻くベリティを殺害せざるを得なくなったエリックだが・・彼には“遺体を扱う”と言うビジネスを長年行って来たが故の“勝算”があったのだ。

“遺体すり替え”のトリックを駆使し、ベリティが「コカイン絡みの事件」に巻き込まれ、姿を消したかのように偽装するエリックだが、そこにロス市警のベテラン=コロンボ警部(ピーター・フォーク)が捜査主任とし現れる・・

またもや登場のパトリック・マクグーハン氏(愛称:パトマグ)!!
「一体ロスには、あんたのクローンが何人おるんや!」と絶叫したくもなるほどに、何度も犯人役を好演されている(=^_^=)

んでも、今回はメイクを巧くやっておられるので、旧シリーズの名作『刑事コロンボ/祝砲の挽歌(1974)』の頃とはヴィジュアル的にも別人に見えるほどだった(むろん経年も影響してるが)。

トリックそのものは(アリバイと言うよりも)“遺体すり替え”がメインであり、そこが「解決に至るカギ」ともなってるんだが・・何処となく水上勉の小説『雁の寺』を想起させるっぽいトコもあったか。

にしても、劇中で描かれる葬儀スタイルが専ら“火葬⇒散灰コース”って言うのは、ちょっと意外にも思えた。未だに、アメリカと言えば“土葬”と思ってたモノで。

まぁ、本作は舞台が“ハリウッド界隈”なもんだから、あちゃらのセレブの主流が“火葬”ってだけなンかも知れないけど。

犯人の「完全犯罪ぶり」に着目し評するには、どうにも殺人そのものが“計画性なき、衝動系”だったため・・細かい部分では「ボロボロですやんか!」的なツッコミも出ようトコだが・・そこをパトマグ氏ならではの存在感&人物造型でもって、決して飽きさせない造りにしてるトコは流石だった。

ポイントポイントで、コロンボがエリックに「揺さぶり(?)」をかけるんだが、通常の犯人キャラ陣に比べ「優雅に構え“上から目線”で堂々と対峙する」ってトコには、知能犯(?)ならではの“余裕”すらも漂ってて印象的だった。

劇中では、老若男女に(?)モテモテなカリスマ社長って雰囲気だったが・・その点は確かに魅力的と言えたかも。
きっと、職業柄、沢山の“生と死”に触れて来たが故の「達観ぶり」がオーラのように全身からにじみ出てたのかも知んない(・ω・)

〜 こんなトコも 〜

・事件発生は1997年10月6日(木曜)のことだったそうだ。
・「S.B」なるイニシャルの人物(?)を推理するシーンで「スティーヴン・ボチコ」「ソニー・ボノ」と共に「サンドラ・ブロック」の名も挙がってた?!
・エリックの助手=リタを演じてはったのは・・パトマグさんの(ホンマの)娘さん=キャサリン・マクグーハン。
・ヒューストン夫人が、アルコール依存症っぽいキャラ造型ながら、なかなか魅力的に映った。
・“アフタヌーン・ディライト”なる口紅の色があるそうで。
・“ハリウッド・ブルバード”“サンセット・ブルバード”なる表現が出て来て「青い鳥(Blue bird)?」と思ってたら・・無論(=^_^=)そうじゃなく「大通り(Boulevard=Blvd)」のことだった(・ω・)
・「(心臓の)ペースメーカーのチタンパーツは、炉内で燃え残る」と解説されてたが・・そないに“長時間”猛火に耐えられるもんかなぁ?
・もっと「遺灰」を慎重に改修&処理すべきだったと思う(・ω・)
・エリックが見積もったトコ、コロンボが荼毘に付された場合・・彼の遺灰の量は「約2キログラム」となるそうだ。。

〜 こんなセリフも 〜

コロンボ「済まないが、まずこの犬を捕まえないとね」
    「今、何て言った?」
    「うちのかみさん、こう言う(=葬儀的な)ハナシは嫌がるんですが」
    「葬式は、こう言うとこでやりたいですなぁ」
    「さてと、何がここにある・・?」
    「いいぞ・・これでよし」
    「ここで何があったか、ハッキリしないもんで」
    「これも“捜査の一環”でしてね」
    「あたし“犬が好きな人”は、すぐ分かるんですよ」
    「神のみぞ知る、ですな」
    「今日はこの辺で」
    「あの・・もう1つだけ、済みません」
    「どうも、お世話様でした」
    「お行儀良くしてなよ」
    「ねぇ! ちょいと! あたしは警察だよ!」
    「ここでスッパリ喋るか、それとも警察に来て貰うか」
    「悪さをするなよ」
    「そいつはミステリーですなぁ」
    「何故、そう思うんです?」
    「ここに座ってていいですか?
     ちょいと“思い付いたこと”を、良く考えないと」
    「邪魔者が姿を消す前に、聴いて頂きたいものがあるんですが、宜しいですか?」
    「焼くのはイイですね。蛆もわかない」
    「2人一緒に(棺に)入れます?
     考えたんです。うちのかみさんとは、何でも一緒にするんで」
    「それこそ“火の出るような質問”と言うべきでしょうな」
    「ハリウッドヒル(=サイン)の下? あそこに灰をまくのは・・マズい」
    「私がこれまでに聞いた中でも“最高の自白”ですね」
    「いや、葬儀に来たんじゃないんで」
    「こんな立派な葬儀で送られたら、気分イイでしょうね」
    「うちのかみさんは、紅茶が好きで」
    「“あなたのような人物”を25年も追いかけて来た。
     全員、捕まえましたよ。あなた以外はね
    「ヘリが着陸するんですよ。ここの庭に」
    「こいつはイイ。何かと役に立つ」
    「それじゃ、行きますか」

エリック「ここは処置室・・“恐怖の小部屋”だ」
    「“生きてる人間が通るドア”から出たいだろうな?」
    「ベリティ・・腐れ縁もこれで終わりだな」
    「悲しみを紛らわせるお手伝いを」
    「誰でも、いつかは死ぬものだ
    「修理の終わった火葬炉が、あなたを待ってます」
    「申し訳ない・・窮屈でしょうが、我慢して下さい」
    「私は指揮者でなく、嘆きを癒す者でありたい」
    「(この仕事では)信用が失われては、総てを失います」
    「そうですか・・“何かの手がかりを掴んだのか”と思いましたよ
    「私たちの毎日は、仕事柄、暗くて陰気なもので」

ベリティ「あたしを泣かせたから、今度はあなたが泣く番よ」

ラービィ夫人「あの人が“生きてた時”よりも重いわね」

コロンボ「質問は・・“何処にいたか”と言うことです」
エリック「“親しい友達と語り明かした”と言っておきましょう」

エリック「炉の中の温度は870度・・総てが燃え尽き、灰になります」
コロンボ「何でも全部、燃えちまうんですか?」
エリック「燃え尽きてしまったら、残るのは灰だけです。コロンボ警部」

コロンボ「これをどう思います?」
エリック「このパーティーの主賓は私なんです・・(今は)楽しませて貰えませんか?」

コロンボ「私に分かるように、説明出来ますか?」
エリック「・・やられたな。見事にやられました」

ロジャー「あなた、刑事さん?」
コロンボ「ええまぁ、そんなトコでして」

コロンボ「テレビ、おキライで?」
※「あんなものは“異教徒のカラクリ箱”です」

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2011年2月16日 (水)

☆『太平洋の奇跡/フォックスと呼ばれた男』☆

15日(火曜)の夜。
いつもより(若干ながら)手荷物が多かったため、いったん帰宅した後、取り敢えず(?)お茶だけを1杯飲み(=^_^=)再度向かったのが“ワーナー・マイカル・シネマズ高松”であった。

正直、ちょっとここしばらく(特に今週いっぱい)は“小品ばっかし”って感があるんだけど・・そんな中にあって、少し気になってたのが、時期外れな印象もある(?)戦争系の公開作『太平洋の奇跡/フォックスと呼ばれた男』だった。

某新聞の記事でか、主演を務めた竹野内豊氏のインタビューを読み、その“演技に対する真摯な姿勢”に感心させられたが故、気になってしまったのであった。

共演陣もなかなか豪華であり、キャスティングにも魅力を感じてしまったワタシ(・ω・)

これは史実に基づいた物語。

大東亜戦争末期の1944年6月15日。
アメリカ軍は、北マリアナ諸島・サイパン島の南西から上陸作戦を敢行した。

当時のサイパンには、日本兵3万人、民間人2万人がいたが・・これに対し、米軍は7万の大軍で攻め込んだため、日本軍はたちまち“ほぼ壊滅”し、島の中央に位置する“タッポーチョ山”に潜伏したわずかな兵士&民間人を残すのみとなってしまった。

(大日本帝國の)大本営は早々にサイパン放棄を決定したが、見棄てられた事実をハッキリと認識することもなく、島に隠れた日本兵は、降伏の道を選ぶことなく戦い続けるのだった。

その中にあって・・わずか50数名の兵卒(最終的には47名)を率い、200名近くの民間人を野営地で庇いながらも、512日間も戦い続けた男がいた。

彼の名は、陸軍大尉=大場栄(竹野内)。敵である米軍兵をして、その知略・戦術・神出鬼没な行動力から“フォックス”と畏れ呼ばれた男の、密林での戦いの日々が、今日も続く・・

本作は・・(コレを言っても仕方ないんだけど)やはり“硫黄島2部作(2006)”の制作・公開される前に、ゼヒ観たかったモノである。
どうしても、ああ言う“凄まじい作品”が先達として存在するに、比較もしてしまえば、減点式の評価でもって鑑賞を進めてもしまうワケで(・ω・)

ただ、ウィキによれば撮影班を「日本側」「アメリカ側」に分けて造り上げて行ったようで、それが功を奏してか「かなり中立な立場」「邦画らしからぬ作風」で戦況が活写されてるように思えた。
日本兵は相手を“アメ公”と蔑み呼ぶし、アメリカ兵は“ジャップ”“山のサル共”と容赦なく蔑称を放って来る・・

特に、アメリカ側の主人公とも言える、ルイス大尉と言うキャラを(物語に)挟み込んだ点で、日本人観客から観れば「アメリカ側の印象」が総じて幾分か柔らかく仕上がり、さほどの抵抗&嫌悪感もなく、鑑賞を進めることが出来るように仕上がってた気がした。

多分、実際には・・双方共に、相手に対する残虐非道な行為を(間違いなく)行ったモノと思われるが・・(×_×) ←言うても戦争やし。。

物語も中盤を超えると・・“大場隊の迎える運命”ってのが、ほぼ見えて来るんだが・・それならそれで、もう少し「後半の見せ方・盛り上げ方」を工夫して欲しかった気がした。前半のスピーディーかつスリリングな展開がなかなかだっただけに、ややもすれば“予定調和”っぽく物語が萎み気味に幕となって行ったのが、残念ではある。

また、色んなキャラにスポットを当ててたんだが、どのキャラについても「踏み込み不足」があると言おうか、余りに「過去」「心境」が描かれなさ過ぎた。もっともっと“ホンネ”ってものを持ってたんじゃなかろうか、皆さん。

で、どのキャラも“断片的にしか自身を語らない”ので、そこから先へと感情移入のしようがないのだ(×_×)

立ち位置として美味しかったのが・・何と言っても唐沢寿明演じる“大阪もん”の堀内一等兵。スキンヘッド&上半身タトゥーなビジュアルイメージと言葉遣い(関西弁!)のインパクトが凄まじく「まさに和製マシュー“ヴァン・ザン”マコノヒーや!」と驚嘆させられた(=^_^=)

その言動から受けるイメージに「あんたこそ“フォックス”やんか!」とツッコミそうになったのが元木さん役の阿部サダヲ。

立ち位置の素晴らしかったのが、木谷曹長役の山田孝之。このしとはいつも、イイ助演ポイントに納まったはる!!

カメオ出演レベルにも思えたが(⌒〜⌒ι)金原少尉役の板尾創路さんも、エエ味を出しておられた。

井上真央さんに対しては「おでこが広いんやな〜」とか、中島朋子さんに対しては「サチ、薄そうやな〜」とか。。まぁ、恋愛的要素は殆どなかったですなァ・・作品が作品なだけに。

あと、期待してたほどには“大場大尉自身の心情”がオモテに出ておらず「このしと、ナニ考えてはるんやろ?」と不気味に感じる場面も少なくなかった。
確かに眼力(めぢから)もあれば、冷静さ、威圧感、気高さ・・そう言ったモノは総て兼ね備えておられるように見受けられたが、肝心な“部下たちを惹き付けるだけの何か”ってのが、巧く伝わって来なかった、と言おうか。

それ故に「竹野内・・唐沢」「竹野内・・山田」「竹野内・・井上」「竹野内・・中島」「山田・・井上」「唐沢・・井上」と言った相関関係が、いずれも“薄くて良く分からんまま”に終わって行ってしまったみたいで残念だった。

その中にあって「竹野内・・阿部」「竹野内・・ベンガル」の繋がりばかりは、やたらと太かったように見えたが(=^_^=)

〜 こんなトコも 〜

・あそこまで敵将に心酔(?)してしまっては、流石に上官に“イヤな顔”されると思うぞ、ルイス大尉(・ω・)
・サイパンの民間人にとって、アメリカ人は“人喰い人種で拷問者”と考えられてたようだ(×_×)
・サイパンの「ススペ収容所」って・・メチャメチャに警備が手薄なんですけどぉ・・(出入り自由?)
・最終的に降伏を決断したと言う、天羽馬八(あもううまはち)少将に関し、もう少し(セリフだけでなく)具体的な人物像を描いて欲しかった。
・ラストで、初めて笑顔を見せる竹野内氏が良かった。(撮影も終盤で)実際に“感無量”だったのかも知れない?
・『歩兵の本領』『軍隊小唄』なる軍歌が朗らかに(?)歌われてた。
・戦場と言えど、コーラの空き瓶をみだりに投棄しないようにしましょう!
・常夏っぽいサイパンの島にも“クリスマス”は訪れるワケで。
・狂う者もいれば、正気に戻る者もいるのが戦場なのだろう。
・終盤で、大場が日本刀(軍刀?)を引き抜くシーンがあるが、何だかナマクラに見えた(×_×)
・慣れないと“タッポーチョ”が“たっぽう町”と言う町名に聞こえたりする。。
・大場を筆頭に、一定レベル以上の“飢餓状態”は描かれなかった。顔も身なりも、想像してた程ヤバい感じ(?)じゃなかったようだ。

〜 こんなセリフも 〜

大場「独りで歩ける者のみが“最後の総攻撃”に参加出来る」
  「うちにも2人、小童(こわっぱ)がいる」
  「勝つことと、死にたがることは違う。
   死ぬ為に戦うのではない。勝つ為に戦うのだ」
  「生きろ・・!」
  「余計な事は考えるな」
  「収容所に行けば、生命の保証はない」
  「※※が死んだ・・※※も諦めた方がイイかも知れない」
  「皆さんが、必ずや日本の土を踏まれると信じています」
  「皆さんの記憶と共に、我々は日本に戻れます」
  「貴様の言っていた“私の勝利”は何時だ? 間もなくか?」
  「貴様は、何しに来た?」
  「・・降伏はしません。よって、山を下りるつもりはありません」
  「お前たちに“恥ずべき事”は何1ツない」
  「亡き戦友の御霊に哀悼の意味を込め、弔砲を捧げる」
  「この島で“褒められるような事”は、何1つしていません」
  「この子はまだ・・日本を知らないんだな」

堀内「そんなに、命が惜しいんかいな」
  「屍体が、喋りよった」
  「しょうもない“仏心”を起こしなさんな」
  「派手にやりよったな」
  「阿呆かお前! ホンマに撃つ奴があるか!」
  「手ェ出すな! 儂(ワシ)1人で全部やる!」
  「今になって泣き言、言うんやったら、
   何で、子供の手ェ、しっかり握ってやらんかった?」
  「何々? 何かエエことあんの? どう言うこっちゃ?」

青野「“自分たちが逃げ回る”のに、精一杯なのですね?」
  「青野は・・アメリカ兵を殺したいんです」

大城「正直言って・・(※※に)ちょっとホッとしています

元木「前を見て!(Watch the road!)」

ルイス「日本兵は屈強だ。決して侮るなよ」
   “日本人ハ、一期一会ヲ、大切ニシマス”
   「その内、君も何かを(彼らから)学ぶだろう」
   「彼らにとって、捕虜になると言うことは“天皇を裏切ること”なのです」
   「待て! ここに水場はない!」
   “山ノ民間人ハ何処デスカ?”
   “ふぉっくすニツイテ、オ訊キシタイ。
    アナタ方ノ指揮官ノ事デス”
   「彼らは降伏などしない。“誇り高き民族”なのです。
    彼らの自尊心を傷つけてはいけません」
   “歌舞伎ノ(市村)羽左衛門ガ、好キデス”
   “アナタガ、命令シタノデスカ?!”

大佐A「それは? お守り(Lucky Charms)か?」
   「何が言いたい?(Get the point.)」
   「ヤツらは天皇のために死にたがる・・それも我々を巻き添えにな」
   「何だと?(Say again?)」
   「あいつを片付けてやる(He'll gone.)」
   「島内の総てのジャップを、収容所か墓へ送り込め!」
   「“フォックス”とは何者だ? 魔術師か?」
   「ヘマをしたな(We did Shit.)」
   「出てけ!(Get off my fukkin' office!)」
   「全く・・ジャップは理解出来んよ」

大佐B「サイパン赴任が決まって、真っ先に釣竿を準備したよ。
    楽観的過ぎるかね?」
   「何故、彼らはそこまで降伏を拒否する?」

兵卒「敵に1発も撃てずに・・無念です」
  「(空腹だ、と)口にすると・・余計に腹が減る」
  「生(ナマ)で喰う奴があるか。蝸牛は1度、湯掻(ゆが)いてから喰うもんだ」
  「無念です。折角ここまで築き上げた野営地を、
   むざむざ手放してしまうとは」
  「こいつ、アメ公の手先です」
  「黙れ、非国民め!」
  「民間人を、敵の餌食にするんですか?」
  「大尉の命令と言えど、民間人の命を敵に差し出す事には
   賛同出来ません」
  「これは“敵の謀略”です」

戦陣訓“生きて虜囚の辱めを受けず”
   “帝國男児の眞骨頂有り”

米兵「Iの1-6-4に射撃要請!」
  「油断するな・・生きてる奴がいるかも知れん」
  「この役立たずめ!(You fukkin' useless!)」
  「この霧も、ヤツらが仕組んだか?」
  「・・ダメです(=死にました)(It's gone.)」
  「そう願いたいね(I hope so.)」
  「霧の動きを読み、水場の罠を仕掛け・・
   それでいて、我々にその姿さえ見せない・・
   あいつは・・“フォックス”だ」
  「探せ(Check a look.)」

看護婦「さぁ、抱いてみて・・(Go on.)」

兵卒A「徹底抗戦だ!」
兵卒B「降伏なんかせんぞ!」
兵卒C「大尉! 玉砕の御命令を!」

米兵A「ハワイの娘が懐かしいよ」
米兵B「可愛かったな」 ←直後に大変な事に、、

大佐「“武士道自決(Bushido Suicide)”と言う彼らの行動が、良く理解出来ん」
ルイス「それは、彼らの自尊心の問題です」

大佐「大場を、尊敬しているようだな?」
ルイス「はい、大佐」

大場「俺たちは命を拾っただけだ・・戦うしかない」
堀内「そら、ハンパでっせ」

兵卒「この霧も織込み済ですか?」
大場「・・偶然だ」

金原「天皇陛下は、戦争を止めるよう、決断され・・」
大場「日本は・・負けたのか?」

ルイス“貴方ノ計画ニハ、振リ回サレマシタ”
大場「私に“そんなもの”はありません。ただ・・無心で戦っただけです」

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2011年2月15日 (火)

☆『プロフェッショナル/仕事の流儀』を観た☆

14日(月曜)。世の中じゃ、今日は“何か特別な日”ってことらしいが・・特にピンと来ないワタシ(=^_^=)
いつものように、1人寂しく(=^_^=)帰宅し、1人寂しく夕食を済ませた(←別に苦痛でもなんでもないからイイけど)

・・

久々に観てみたのは、某国営放送でやってた『プロフェッショナル/仕事の流儀』って番組。各方面のプロフェッショナルに密着取材し、その流儀を学ぼう、みたいな主旨のプログラムである。
(んでも、世界が違い過ぎるため「ほげ〜」とか、アホ面をしつつ眺めるしかない場合が多いが(⌒〜⌒ι))

今回(第156回)は、ニューヨークを拠点に“独創的なデザインで、世界を驚かせ続ける”デザイナー=石岡瑛子さん。
昭和14年の生まれにして、今なお現役バリバリな方である!

うっすらと、ご尊名をうかがったことのある方だが・・コッポラ監督の『ドラキュラ(1992)』で衣装を手がけられた、と番組内で紹介されており「あ、何か覚えてる!」と少し記憶がよみがえった。
ゲイリー・オールドマンが“紅い甲冑”を身にまとってたアレである(←間違っても、トム・クルーズではない(=^_^=)←作品が全く違うし)。

※その後も『ザ・セル(2000)』や『落下の王国(2006)』の衣装デザインを手がけられたそうだ(ウィキによる)。ただ、前者は全く記憶に残っておらず、後者は未見であるため・・ワタシごときにゃ、何とも評価(コメント)出来ませぇん(×_×)

番組は・・とにかく“枯れてはらないし、枯れる兆しもない、パワフルなしとやなぁ”と言う第一印象のまま、終わってった感。

ものすごく「自身のデザインに納得(妥協)しない」と言おうか・・納期ギリギリまで細かい仕上げにこだわり、より良く(?)しようと言う姿勢を強く感じた。

以前に観た、ココ・シャネルの伝記作(?)で、ファッションショーの開幕寸前まで、細部に大胆にハサミを入れてた彼女(ココ)を観たように記憶してるので“良く似たタイプ”の方なのかも知れぬ(ある意味、常に“不安な気持ち”を抱えたはるのかも知れぬ?)。

ハリウッド関係では、脚本家=ポール・シュレーダーや、演出家&監督=ジュリー・ティモアとタッグを組んではったりして、それはそれで興味津々だった。(んでも、ティモア監督作『タイタス(1999)』の衣装デザインじゃなかったのね、、)

ヴィジュアル的に(=美貌を武器に、、)ガンガン行かはる感じの方・・ではなく、そこはやはり、世界に出て行って勝負を懸けた“魂”や“熱意”の部分が“才能”を爆発させ“運”を引き寄せはったのだろう。

ちょっと手垢のついたような(?)表現をすれば「(何かを)持っていた」ってコトなんだろう(=^_^=)

〜 こんなキーワードも 〜

“誰にも真似出来ない、革命的な、時代を超えるデザインを”
“(衣装の)1ミリ(の違い)が、世界(=全体の印象)を変える”
“総てのデザインには「意味」がある”
“自分の総てを、燃やし尽くすこと”

〜 こんなセリフも 〜

「過去を(自分の周囲に)飾りたくはない。過去の仕事は、終われば“ゼロ”に」
「たとえ“オスカー”がこの棚に5つ並ぼうと、
 私は(変わらず)必死で“何か”をやっているだろう」
「イメージを膨らませ、とんでもない世界を・・」
「コスチュームと言うより、キャラクター(そのもの)を造ってると思う」
「描いてる内に“情熱が固まって行く”と言うか・・」
「生き物の造型が、創作意欲をかき立てる」
“脳の引き金”を引かれる感じ
「“これと言う色”が、まだ出来ない」
「きちっとした仕事は、(現場)全体を緊張に導く」
「良いもの(衣装)を造り、あてがうと・・演者(パフォーマー)も劇的に変わる」
「様々な制約と向き合いつつ、目指す理想ににじり寄って行く」
「“毎日続けられるもの”をやる・・それが若さの秘訣」
「心の赴くままに、NYの色々を見て回った」
「黒澤監督の『七人の侍』をNYで観て、
 “本当に突き詰めたものだけが持つ、圧倒的な力”を感じた」
「自分にしか出来ない“圧倒的なデザイン”がある筈」
「いいの。それは“理屈”じゃないの
「この修正は、デザインの要(かなめ)なのよ」
巧く行かない日だったわね、昨日は
「もっと、全体の調和を・・」
「目指す理想に、一歩一歩詰め寄って行く感じ」
「まだこのデザインには“良くなる余地”があるわ」
「まだ“旅の途中”だから・・」
「“目隠しされた馬”みたいに、走り続けるようなもの。
 寝ていたい人には「物好き」だと思われるだけでしょうけど」
「与えられた条件をクリアしつつ、もっと高い答えを生み出すのが、
 本当のプロフェッショナル」

追記1:石岡さんは「問題ない」を“Don't worry. Be happy.”と英訳したはった(・ω・)
追記2:巨額の投じられとるミュージカル版「スパイダーマン」であるが・・肝心のスパイダーマンのコスチュームの頭部が、妙にむくんでて、カッコ悪く見えたんだけど・・そこはエエの?

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2011年2月14日 (月)

☆『沈まぬ太陽(2009)』☆

11日(金曜)の夜。

この日は、朝からジャティック(JARTiC:日本道路交通情報センター)のホームページばかりを気にしていた。と言うのも、未明から(?)“降雪による通行止”が我が(?)高松道のあちこちで継続していたため(×_×)

正直なトコ「朝から戻り始めよう」と予定こそしてたんだが・・結局は通行止の解除を確認し、しばらく様子を見、ようやく帰阪を決意したのは午後6時近くとなってからのことだった。

何せ、ノーマルタイヤしか持ち合わせがないので、かなり慎重になってた次第でして(・ω・)

・・

無事、3時間弱で帰阪が叶い(実家での)遅い夕食を摂りつつ気付いたのが、当夜の19時から“金曜(特別)ロードショー”で、地上波初の『沈まぬ太陽』が4時間ほどのプログラムでもって、放送されてたことだった(×_×)

「ぎぇぇ!」と言う気持ちながら、2時間半近くの遅れでぼちぼち観始めたワタシ。

“半官半民”の巨大航空企業『国民航空(NAL)』を舞台に、組織に翻弄されつつ、逞しく生きて行く男の姿を描いた巨編。

原作は山崎豊子。主人公に渡辺“ラーズ・アル・グール”謙。
(殆ど観れてないから、こんな無難な解説しか書けん・・)

大物俳優陣がドカッと出演されてて、そこは流石に圧倒された! 男たちのドラマを軸に据えつつ、女たちのドラマにも(それなりに)気を配ってるトコも「まぁまぁやね」と思えた。

一方で、群像劇として・・均等なキャラ/均等な演出の配分が「高いレベルで実現出来てたか?」と言えば・・決してそうでもない気がした。

各キャラに対する“踏み込み”もやや浅く思え、大物俳優それぞれの“彼ら自身の(実名としての)印象”を消すまでの物語世界への没入ぶり(?)は味わえなかったような・・

また、劇中に出て来る「123便の御巣鷹山への墜落事故」ってのが、フィクションとして描くには“生乾き過ぎる”と言おうか、未だにワタシ自身の記憶の中で(当時の緊迫した報道群が想起され)鮮明な部分もあり「エンタテインメント作として、楽しめないなぁ」とフクザツな気持ちとなってしまったのだった。

それに、国民航空の略称(NAL)やロゴマーク(“桜”を配したモノ)が、どうにもシリアスさを欠く、と言おうか・・ちょっと、実在の団体名称に近付け過ぎたが故に「パロディさ」も呈してしまってて、その点(“斬れ味”が鈍ってもしまう点)にもフクザツさを感じ続けたワタシだった。

〜 こんなトコも 〜

・「何卒宜しく!」「是非、翻意して頂きたい」「東京地検、特捜部です」など、短くて印象的(?)なセリフも光ってた。
・国見会長を演じてはったのはベテラン=石坂浩二さんだが、どうにも『日本沈没(2006)』における山本首相を連想してしまい、いけなかった(⌒〜⌒ι) これで、阿蘇上空なんかを会長機で飛んだりされたら・・危なかったかも。。
・某人物が、福井県にある“東尋坊”の断崖絶壁に立つシーンがあったが・・東京からだと(距離的に)某樹海とか、(栃木の)某滝とかのロケーションも思い付き得たのでは?

〜 こんなセリフも 〜

恩地「会長の、大きな収穫です」

りつ子「お母さんは、お父さんの決めた通りに」

行天「負けたのは、お前だ!」

国見「こっちにだって“意地”ってものがあるからね」
  「君のような人に、会社を背負って行って欲しいんだがね」
  「君のそんな強い思いが、会社を立ち直らせるんだ。
   忘れないで欲しいね」
  「厳しく険しい道ですが、御巣鷹山で亡くなられた520名の
   “声なき声”に報いることが、社員に課せられた、
   揺るがすことの出来ぬ使命だと、私は考えます」

総理「風が煽れば、大火事にもなる」

副総理「総理。弱気になられては、なりませんぞ」

総理の側近「難局を切り開くには、戦略・戦術が必要だ」
     「この件は決まったことですから、ご承知下さい」

美樹「私を、あのライオンの前に放り出して。
   そうすれば、あいつも野生を取り戻すでしょう」

八木「恩地さん、輝いてましたよ・・僕もちょっとだけ、輝いてた

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2011年2月12日 (土)

☆『刑事コロンボ/殺意の斬れ味(1997)』☆

10日(木曜)の夜。
毎週木曜の夜と言えば、近所で“某ジョギングイベント”に参加するのが常なんだが(←ただ継続的に参加してるってだけで、スピードやフォームや、走る距離を変えるつもりなどサラサラない(=^_^=))・・この日は、走り始めた途端に雨が降って来たモノで、すぐにショートカット(近回り)するカタチで中断されてしまったのだった(・ω・)

んなワケで、ひっさびさ(こんな流れは初めてかも?)に全編を通して鑑賞の叶ったのが、衛星第2で放送されてる『刑事コロンボ/殺意の斬れ味』である。

新シリーズも、本エピソードを含みあと4作。コロンボ警部を演じるピーター・フォークも、すっかりお爺ちゃんと化して行ってるが・・観てるワタシも(シリーズを初期作から観てるウチに)随分と老けてしまったような気がしている。

きっと、人生なんて、そう言うモノなんだろう・・(←いきなりハナシを大きくまとめるなよ(=^_^=))

金銭関係のトラブルで係争中だった、2人の富豪・・クリフォード・カルバートとハワード・セルツァー。
粗野な性格のクリフォードに比べ対照的だった、紳士的で温厚なハワードの射殺体が、警報装置が作動し、駆け付けた警官によって邸内で発見される。

ベテラン科学捜査官=パトリック・キンズレー(声:船越英一郎)の鋭い調査により、クリフォードの容疑を“濃厚”と思わせるだけの証拠が、現場等から次々と発見される。

その一方、パトリックとコンビを組み、独自の切り口で捜査を進めるコロンボは、クリフォードの若き妻=キャサリンに対し疑惑の眼を向ける・・

本エピソードに関しては、犯人の短絡さ(自信過剰さ?)が眼に付き、捜査の序盤から「ボロボロやんか、あんたら」的なツッコミがクチをついて出て来るほどだった。
クリフォードに嫌疑のかかることで、誰がトクをし(←ラテン語で“クイ・ボノ”と言う)、誰がそのための小細工を周到になし得るか・・ってトコで、かなり分かり易いエピソードだったと言える。

一方で、クリフォード(声:内海賢二さん!)の豪快過ぎる性格付けや、対するハワードの温厚さが目立ちまくっており「こんなに分かり易い犯人はおらんやろ!」だの「こんなエエ人をサツガイするなんざ、こいつらは加州法にのっとって極刑や!」だのと言った、それはそれで“感情移入気味な呟き”を誘発されてしまうワタシでもあった(⌒〜⌒ι)

仮に犯人を複数名とし、それぞれを“C”“P”と呼ぶとすると(←あんた、殆どネタバレしてますやんか!)・・この“C”と“P”のタッグが全然巧く行っておらず、尚かつそれぞれの言動が怪し過ぎるのだ(・ω・)

本編自体は1時間33分ほどあるんだが、残り10分間ぐらいは、犯人がさっさと捕まってしまった後、コロンボが「解決篇」を“事件と全く無関係な人々”を相手に披露する、と言うモノ凄い緊迫感のないことをして、妙な後味に仕上げておられた(⌒〜⌒ι) 

・証拠品過多になると、不自然さ故に余計(嫌疑そのものが)怪しくなる。
・思わぬ場所で、写真(映像)に姿を捉えられてるケースがある。
・普段のクセが、初対面なハズなのについ出てしまう。
・アタマの良い人間をこそ、共犯と選ぶべきである。

ってなことを、何となく(=^_^=)学ばせて頂いた本エピソードだった。

〜 こんなトコも 〜

・容疑者の不自然な言動を、刑事相手にどうこう理屈だて(助言?)しない方が無難だろう。
・クリフォードなりに、事件(解決)後には落ち込みもしたんだろうか?
・プロテイン・バーが1ドル29セントって価格設定は、高いんやろか?
・訪問先で、チョコをくすねるコロンボの行動(←クセ)だけは赦せない!(=^_^=)

〜 こんなセリフも 〜

コロンボ「いんや、早くもボケたのかと思ってびっくりしました」
    「何たって、このヤマ(事件)の“唯一の目撃者”かも知れないからね」
    「(証拠品が)イヤリングより小さいと、あたしはダメだな・・見つかんない」
    「(犯人を)逮捕しますとも、必ず」
    「これは“手順通りの質問”なんでして」
    「実は、あたしも“葉巻党”なんですよ」
    「これも職務でして」
    「捜査の初日ってのは、そりゃもう酷いもんでしてね
     ・・まさに“殺人的”
    「いやいや、ただの手順でしてね」
    「“灰色”が1人いましてね」
    「同じ型の銃(38口径)は・・市内に1000丁はある」
    「済みません。ご近所まで来たんで、お寄りしたんです」
    「殺した、とは言ってません
    「あたしは令状を執行してるだけなんで」
    「あたしゃ“手詰まり”。どう思う?」
    「なるほど・・でも“弱い”なぁ」
    「ホシ(犯人)がカルバートじゃないとすると・・他に誰だろうね?」
    「あたしだったら、まずかみさんを疑うね」
    「あんたも一緒に、見てくれないか? バッチリだよ。
     あんたと一緒なら“鬼に金棒”だ」
    「ご主人の容疑が揺らいで来ましてね・・無実かも知れない」
    「こりゃ多分・・彼女は後部(座席)に乗ると、クルマに酔うんだ」
    「こいつはエラいこってすよ」
    「いや、ちょっと閃いたんで!」
    「大陪審は延期だってさ。取りやめかも知れないよ」
    「考えてみたら、思い出すかも知れませんか?」
    「あんたは“深~い泥沼”にどっぷりだよ」
    「正直に言った方がいいよ・・何せ“クチの軽い人”だから」
    「さて・・この時に、だ」
    「あたしは、眼を疑ったね」
    「さて、ここで“運命のクエスチョン”です」
    「あたしゃ、お陰で解決出来たんだよ・・あれとこいつで」
    「“葉巻の切り方1つ”で世界は一変するんだよ」

犯人「あいつ、少し抜けてるンじゃないか?」
  「何でも明白すぎると・・警察は身構える」
  「ただ1つの危険な要素は、我々自身だ」 ←その通り!
  「さぁな。何せ“突飛な奴”だから」

キャサリン「何よ、バカ丁寧に」

追記:キャサリンを演じたのはジーラ・ダニーズ! つまりは“ピーター・フォークのホンマのかみさん”ってことで! 彼女に「よれよれ刑事」とセリフで言わせてる、ピーターの余裕こそがスゴい!(=^_^=)

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2011年2月10日 (木)

☆『ザ・タウン(2010)』☆

9日(水曜)。
昨日は、降雨に気持ちをくじかれ(?)大人しく帰宅したワタシだったが・・今日は雨の降る気配もないし!! ってことで、仕事を終えてから“ワーナー・マイカル・シネマズ高松”へと向かい「期待半分」な1作・・『ザ・タウン』を観て来た。

本作ってば、ベン・アフレックの監督2作目ってことで・・興味津々ではあった。
共演に『ハート・ロッカー(2009)』のジェレミー・レナー君が出てるし! 「彼の起用に成功した」ってだけで・・本作ってば、何ともワクワクさせてくれるのデス(・ω・)

ボストンの一角。「世界で最も、銀行強盗と現金輸送車強盗の多い街」と言われる“ザ・タウン”ことチャールズタウンが、物語の舞台。
あるFBI捜査官をして“父から息子へと、銀行強盗の受け継がれる街”と言わせしむるこの地で・・今日も、武装した4人組による銀行強盗が行われようとしていた・・

“ケンブリッジ銀行”の支店長を勤める才女=クレア・キージー(レベッカ・ホール)は「時限式金庫の開く時間」まで熟知していた4人組の覆面強盗に脅されるまま、金庫を開放してしまう。

その後、成り行きから“強盗団の人質”となってしまうクレア。

海岸で無事解放されるも・・その朝の恐怖体験が“フラッシュバック”してしまう・・そんな彼女を、街角のコインランドリーで“たまたま”近くにいた男が慰める。

彼の名は、生まれも育ちも“タウン”である肉体労働者=ダグ・マクレィ(ベン)。
だが、彼の正体こそ、4人組の強盗団のリーダー格であった!

彼は、弟分とも言える、血気盛んな親友=ジェム・コグリン(ジェレミー)の「あのアマ(女)は俺たちの近所に住んでやがる。勘付かれるんじゃねぇか? だとしたら、先手を打って“消す”しかねぇぜ?」なる疑念を晴らすため、敢えて彼女に近付いたのだった。

だが、彼女に近付き、その人柄に触れる内「本気でクレアを愛し始めてしまう」ダグ。

一方で、一連の事件の責任者となったFBI捜査官=アダム・フローリー(ジョン・ハム)の追及により、次第に捜査の鉾先は4人組の身辺に及び始めるのだった・・

まず、ひと言だけ、言わせて頂くと・・
「アフレックさん、確実に“何かに覚醒”しましたやんか!!」ってトコだろうか。

これまで、さんざ“アホづら”“アホレック”“便、溢れっ君”などと軽視した発言(?)を繰り返して来たこのワタシだが(=^_^=)・・本作を観終え、素直に「こんなワタシでよければ・・今夜、抱いたって下さい」と言いたい気持ちにもなってしまった(ウゲ〜!)

って言うか、いよいよ「何かの“スウィッチ”が入りましたね!」って感じで・・スゴすぎる!

かの“御大(=クリント・イーストウッド)”の場合・・『恐怖のメロディ(1971)』で監督デビューを飾り、鬼才=アルフレッド・ヒッチコック氏をして「君の作品って、スゴいね(←そんな言い回しじゃなかったと思うが(=^_^=))」と言わせしめた・・のが、御年41歳でのことだから・・それより3歳も若くして、こう言うのを撮っちゃうと・・困るんだよね〜(←ってお前は、誰やねん!)

結構、脚本の骨格(?)自体こそは、大して目新しいトコもないんだが・・こぢんまりと、ベタにまとめ上げられた物語の中に「光る演出」「光るキャラ造型」がゴロゴロしてるのである。
そして、そんな助演陣を“ベテラン勢”がしっかりピンポイントでフォローしてるのが素晴らしかった。

決して「前に出てる役」じゃなかったんだが・・ピート・ポスルスウェイト&クリス・クーパーの起用が素晴らしい!
無論、ジェレミー君の助演も実に良かった! ベンアフ様の“次なる1作”に、期待値をビンビンに高めたいトコだ(=^_^=)

〜 こんなトコも 〜

・ベンアフの「タッパ(身長)のデカさ」を改めて思い知らされた! ジェレミー君よりもはるかにデカい! 取っ組み合いのシーンですら「手加減してやってたんかな?」とふと思ったワタシ(・ω・) ←公称191センチだってさ!
・レベッカさんが・・だんだんとブサイクに見えて来た・・(すんません)
・さしもの悪童4人も・・あの「ボス」の前では大人しい(⌒〜⌒ι)
・案外、街角のしょぼくれた(?)花屋の爺さんこそが、めちゃくちゃにおっそろしい人物だったりするのかも知んない?
・警官隊に囲まれれば囲まれるほど『レオン(1994)』戦法で、逃げ出し易いンやろか?
・演出の幾つかで、も少し引っ張って(或いは、踏み込んで)頂きたいトコもあった。例えば「ジェムのタトゥー隠しネタ」とか「父子の対話系」とか「ダグとジェムの取っ組み合いシーン」とか・・
・1シーンだけの描写ながら、ベンアフのビルドアップぶりはなかなかスゴかった!
・ジェレミー君が童顔(?)な割に、結構おっちゃん年齢なことを改めて知った。単なる“ウザい暴れん坊”じゃなく、それなりに観客を惹き付けるキャラであるトコが美味しい。プライベートも謎だらけだし(・ω・)
・終盤で、強盗団の生き残りの1人が・・あちこちに寄り道をして“的確な後始末”して行くトコが良かった。
・主演がポール・ニューマンとか、メル・ギブソンとか、ロバート・デ・ニーロとかだったら・・やっぱし1時間後に“裏口”に行くんやろね。。
・ラストで「チャールズタウンは強盗の温床だが、今も昔も、そこに住む人々は善良である。そんな彼らに、本作を捧げる」って字幕の表示されるのが心憎かった。
・本作も、字幕担当は松浦美奈さん。あなたもきっと「何かのスウィッチ」が入ったはりますね!
・“タウン”では、きっと漂白剤が売れまくっとることだろう(⌒〜⌒ι)
・銀行を襲うより、あの花屋をどうこうする方が、よほどリスクの少ないような気もしたが(=^_^=)
・「証人恐喝罪」ってば“10年の刑”に相当するらしい(×_×)
・“タウン”の外から来たヤッピーを“トゥーニー”と言うそうで。
・“ボストン・レッドソックス”の本拠地=「フェンウェイ・パーク(球場)」がロケに使われてた。おまけに、売上金も奪われてしまってた(×_×)
・名前&住所&家族の名前・・を出せば、相手には十分“ハッタリ”が通じるね(⌒〜⌒ι)
・近くに転がってた(紙カップの)ドリンクをストローですするジェムの行動が印象的だった(彼にすれば“逃げ切る”“戦う”以外の選択肢は有り得なかったんだろう)。
・ねちっこい感じのフローリー捜査官も、もう1歩、観客の共感を呼べる言動があれば、と感じた。更に少しインパクトを出せたら、クライヴ・オーウェン(の立ち位置)に歩み寄れると思う。
・“トドメの一発”をアタマに撃ち込まれるのか、股間に撃ち込まれるのか、どっちが痛いんやろ?(正解:どっちも痛いわ!)
・全般的に、銃撃音がイイ感じだった。
・色んな“謎”を引っ張りつつ物語は進むんだが・・殆どの部分を“黒幕”があっさりと解説してしまったので、ちと感情的な揺さぶりに欠けた(×_×)
・“黒幕の存在”をフローリーはどう意識してたんやろ? そっちから攻めると言う手段(銃器や武装から辿ってけば、すぐに繋がったハズ)は思い付かなかったんやろか? 或いは「眼をつぶってた」んやろか?
・あの副支店長、死んじゃったようにも見受けられたが・・大丈夫やったんか?!

〜 こんなセリフも 〜

ダグ「現金輸送車を狙う時は、エンジンを撃て」
  「大丈夫だ。君を傷つけはしない」
  「おい、この州に“死刑制度”を復活させる気か?」
  「今はまだ、その刻(とき)じゃない。“切り札”は持っておくんだ」
  「“プリウス”は“トゥーニー”の車だろ?」
  「親父は・・“タウン”を出て“郊外”にいるんだ」
  「やがて“お袋が何処へ行こうが構わない”と思えるようになった。
   彼女がここを去った理由が分かったから」
  「ここまで君に話したが・・まだ、部屋に呼ぶ訳には行かない」
  「巧く立ち回るんだ」
  「この写真の俺は“人生を掴んだ”と思ってる20歳のガキの顔だ。
   “総てを失うことになる”とも知らずに」
  「なぁ・・急かすようだけど、ベッドルームに行こう。
   ここだと、向かいのオヤジにのぞかれるんだ」
  「クソ喰らえだ!(Fukk Yourself!)」
  「車の後部に黒いアンテナがありゃ、6歳のガキにだって、
   それが“FBIの車”だって分かるさ。
   今度からは、6歳のガキ以上にアタマを使うこった」
  「人は毎朝起きて“今日こそ、人生を変えたい”と思うが・・変えられないんだ。
   だが、俺は人生を変えてみせる」 ←『グッド・ウィル・ハンティング』みたい!
  「俺のこれまでして来たことは、決して誇れない」
  「もう君を、ウソで傷つけない」
  「よし、やれ!(OK,go ahead!)」
  「レッドソックスにとっちゃ“ジャック・クラーク以来の金泥棒”だな」
  「君の家へ? それは“いい考え”じゃないな」
  “クソ喰らえだ!(Go fukk yourself!)” ←そんなメモ、手渡されても。。
  “人生を変えようが、犯してしまった罪から逃れることは出来ない。
   俺の行く道は長く険しい。・・でも、いつかは君に逢える

ジェム「“AK-47を構えた人間の前じゃ、決して警報を鳴らすな”って教訓を
    叩き込んでやったまでさ」
   「脚をぶち抜いてやったぜ。これでサッカー出来ねぇな」
   「俺の顔を見ろ! そして良く覚えとけ! 俺もお前の顔を覚えたからな!」
   「こいつはとんでもない“仕事の虫”でね」
   「ナニ考えてんだ、ダギー? あの女にタレ込まれたら、終わりだぜ?」
   「俺は“たった9年”も塀の中にいた。“待つ”のは我慢ならねぇんだ」
   「成功を祈れ・・行くぜ!」
   「“街中のDNA”をくれてやるぜ」
   「自分が偉いと思ってやがるのか? お前だって“ここ”の人間だろうが!」
   「奴は俺に心臓をぶち抜かれたが・・それから100mも走ったんだ。
    陸上選手に向いてたぜ」
   「サツに囲まれりゃ・・命がけで戦うまでさ」
   「外ばかり気にするな。イラつく」
   「IDを見せろ!」
   「“2人のリンダ”のために、この扉を開けるんだ」

クレア「“リバウンド”だと言う友達もいるの。何の“リバウンド”かしら?
    もしかして、強盗事件の?」
   「こんな晴れた日には・・誰かの死ぬ気がするの
   「触らないで!(Don't fukkin' touch me!)」
   「離してよ!(Get fukk off me!)」
   「必ず来て。今日は“晴れた日”だから

フローリー「さしもの“頑丈な金庫”さえ・・人の手で開くって訳だ」
     「弁護士を呼ぶヤツは、大抵“有罪”と決まってる」
     「あんたの女は総てを吐いたぞ・・“愛のない”こったな」
     「ヤツら・・今頃は、隠れ家で“帯封”を燃やしてることだろう」
     「“指紋に見えるもの”があったら、直ちにしょっ引け。
      こっちも“プロの意地”を見せるんだ」
     「どうやら、全米の警官を敵に回したようだな?」
     「これだけは言っとくぞ。お前とお前の一味は、
      “連邦刑務所”で死ぬ運命なんだ」
     「ヤツらの携帯も、スカイプも傍受しろ」
     「やはり、弁護士が必要なようだな」
     「弁護士を呼ぶか? よし、そうしろ。
      自分の身は自分で護らなきゃな」
     「良く考えて欲しい。あの子の人生にとって、大事な瞬間だ」
     「早過ぎたか?! 遅過ぎたか?!

父「“ケリをつけるべきこと”があるんでな」
 「“生き方を変える”だと? サツ(の追及)から逃れるためだろ?」
 「母さんを“天使のような女”だと思ってるのか?
  22歳の女なんか・・何も考えちゃいないんだよ。
  お前も“現実”を認めろ。この俺のように」
 「俺は、5回は死ななけりゃ、ここからは出られん。
  だがいつか、お前とは再会出来るだろう。
  ・・ここか、あの世でな」

ファーギー「お前らは“4人で1つのチーム”だ」

クリスタ「気に入ったわ(You're alright.)」
    「あたしはいつも・・利用されてばかり」

強盗「(時限金庫の)解除時刻は8時15分だろ?
   あんたのカネじゃないんだ。ウソをつくな!」
  「見ろ! これが“運転”ってもんだ!」

※「仲間を売るぐらいなら・・“40年の刑”を選ぶさ。上等だ」
 「その時、俺を助けてくれたのは、エスキモーだ。神なんかじゃねぇ」

黒幕「俺は今も“裏社会”で勝ち続けてる」
  「しめて350万ドル・・ボストンの“大聖堂”をかっさらうんだ」

ダグ「止せ。彼女は、もう十分に怯えてる」
ジェム「もっと怯えさせてやるさ」

クレア「“最悪な1週間”だったの」
ダグ「分かるよ・・俺も“ネイルサロン”で泣くことがある」

クレア「もう1度・・“あの声”を聞けば分かるわ」
ダグ「きっと、難しいと思うよ」

クレア「もしかして、トラックを売ったの?」
ダグ「違う。引き取らせたのさ」

ダグ「理由は訊くな。今から、ある奴を痛め付けに行く」
ジェム「・・どっちの車で行く?」 ←何も訊かない!

ダグ「言っとくが、殺しはごめんだからな」
ジェム「・・なら、俺を誘うな」

ダグ「このヤマ(仕事)はクソ厄介だ」
ジェム「チョロけりゃ、誰だってやってる」

※年始の鑑賞ながら・・ある部分“今年のランク上位”に喰い込んで来そうな気がする(・ω・)

※間違えて「ジェイミー」と記載してましたが、正しくは「ジェレミー」レナーさんです。済みませんでした。

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2011年2月 8日 (火)

☆『デイブレイカー(2009)』☆

7日(月曜)。
久々に早朝の起床をこなし、それなりの「働きました感」を得たりもした(←おこがましい!)この日。

夕刻になれば、流石に疲れも出て来たが・・市内のミニシアター“ソレイユ”に寄り道し、公開の始まった『デイブレイカー』と言うSFアクション作を観て来た。

奇しくもこの日は「メンズデー」だったモノで、おサイフにも、ちょびっと優しくは済んだ(=^_^=)
その代わり、女性観客が全然おらず、それはそれで暑苦しかったけど(←あ、オレが1番暑苦しいのか(⌒〜⌒ι))

2019年4月・・近未来の地球では、ヴァンパイア(吸血鬼?)が人類の中心となり、高度で秩序ある文明社会を継承していた。

いわゆる“通常(旧来)の人間”はヴァンパイアによる「捕獲の対象」となったため・・生き残った人々は姿を消し、(都会の)地下や(人里離れた)山奥に隠れ住むことに。

大手製薬会社“ブロムリー・マークス”の主任研究員であるエドワード・ダルトン(イーサン・ホーク)は、助手のクリスと共に“代用血液”の開発に頭を悩ませていた。

わずか10年前、1羽のコウモリに端を発した“奇病”により、瞬く間に全世界へと伝播した“ヴァンパイア化”の反動で・・今や(ヴァンパイア)社会は深刻な“食糧危機=血液不足”にさらされていたのだ。

ブロムリー社長(サム・ニール)の試算によれば、旧人類の比率が5%を下回ってしまった現状では、早急な対策(=代用血液の開発⇒大量生産)を打たねば、全人類を賄うに必要な量の血液は「来月まで持たない」と言う。

血液の不足したヴァンパイアたちは“サブサイダー”と呼ばれる、血に飢えた(=^_^=)醜い化け物となり、暴徒に姿を変え市民を襲い始めるのだった(彼らには前頭葉に欠陥が見受けられ、耳が長くなり、感情を喪失する傾向が見られた)。

ある夜、帰宅途中に数少ない“生き残り”の男女(4人)と遭遇したエド(エドワード)は、自身の中に残る“人間に戻りたい”と言う想いを急速に募らせることに。

そんな彼の前に、自らを“エルヴィス”と名乗る、ライオネル・コーマック(ウィレム・デフォー)と言う男が現れる。

「かつてはヴァンパイアだったが・・“とある事故”に遭遇したことで、奇跡的に人間に戻ることが出来た」と語る“エルヴィス”の言葉に“ヴァンパイア化した人類の治療法”を探ろうとするエドであったが・・

「A級の域」には到達してない(←断言(だんげ)ってスンません)本作であるも、映像的な部分で「何とも言えぬ上質感」を感じ続け、好感を覚えてしまったワタシである。

“ヴァンパイアもの”をベースに“ゾンビもの”のテイストを絡め、そこにカーチェイスやガンアクションなどの“爽快な要素”を練り込んでる訳だから、面白く仕上がらないワケがない!

ある意味「行きつくトコまで行ってしまった」感のある“ゾンビもの(作品)”の閉塞感(?)に、新たな一石を投じる佳作やな! とは思う。
その一方で、必要以上に(?)“スプラッター描写”が展開されるもんで(ちょいと、意図的な、悪ふざけ的なのもあるし、、)気持ちを乱されると言おうか・・万人には勧めにくい“ゾンビファン向け作品”の域をなかなか脱せてない印象もあったように(・ω・)

も少し“静粛性を保ち、芸術性を高めつつ維持する”スタイルで全編を貫くことが出来たら・・ひょっとしたら、かの『ガタカ(1997)』を超え得る傑作になってたかも知れない! と思うと、少し残念ではある。

・・

主演のイーサン・ホークが、まずイイ! 一見、ヴァンパイアとしての生活に満足してるようでいて、それにすら退屈してるような雰囲気を漂わせてるんだが・・実弟=フランクとの会話の中で“迷い”を漏らす。
また、旧人類の女性=オードリーにも恋心を抱いたり(?)もする。

「優雅やけど、いつも悩んどる主人公像」を演じたらピカイチなのではないだろうか? タバコをくわえ、ただ佇んでるって姿が、、表情が、、いちいちサマになってンだよなぁ・・(憧)

デフォーおじさんは、久々に「主役を喰っちゃう勢い」の存在感(=^_^=)が爆発してて良かった。ライオネル・コーマック・・なる役名なんぞは、すぐに忘れっちまいそうだが・・(=^_^=) 本作における彼の存在感は『ストリート・オヴ・ファイヤー(1984)』『ルル・オン・ザ・ブリッジ(1998)』『シャドゥ・オヴ・ヴァンパイア(2000)』と並び、(彼の)助演作品群の中にあって、決して忘れ得ぬものとなって行きそうだ・・(=^_^=) ←他にも代表作があるだろ!

サム・ニールは・・予想してた程にはパワーがないと言おうか・・あんまし“悪のボス”には向いてない気もした。根本的な恐ろしさに欠けると言うか、愛娘=アリソンを巡る“一連の流れ”を通しても「悩める父親」と言うキャラ造型がイマイチ確立出来てなかったように。
これって脚本の問題やろか?

ヒロイン=オードリー役を演じたクローディア・カーヴァンさんのご尊顔には、何処となく“松雪泰子さんの雰囲気”が漂ってて、必要以上にドキドキさせられてしまった(⌒〜⌒ι) 終盤では「私も、罪を償います!」とか叫びはりそうな気もして、更にドキドキ(←だから、作品が違うだろ!)

・・

ヴァンパイアが「互いの血を吸う」「自分の血を吸う」ことで“サブサイダー”と言うゾンビ系に変貌する一方で「3度連続して※※を※※る」ことや「それによって※※※した者の※を※※する」ことで人間に戻る、と言う設定も斬新な気がした。

また、特筆すべきは中盤・・エドたちの乗るクライスラーと、装甲車数台によるカーチェイスシーンだろうか。
昼間に運転するため“UV防御モード”に切り替え、車外に備え付けたカメラ映像のみを頼りに逃げ回るしかないんだが・・カメラが被弾し、次第に視界の断たれてく状態(!!)で運転しなければならなくなる展開がスゴかった(☉д☉) ちょっとした見所ですわ!

〜 こんなトコも 〜

・“ヘマシリン”“CBC”“エピモン”なる薬剤名が登場したが、架空系なんやろか?
・「ウボァ〜!」と激しく嘔吐するのか、全身を爆発&四散させるのか、どっちかにしとくれ!(☉д☉)
・アリソンのニックネーム(?)が“アリー”なんやね。
・「新しい隠れ家に移動する」のか「古い隠れ家に残る」のか、どちらの選択が正しいのかは・・神(=脚本家)のみぞ知るってトコか。。
・南北戦争で活躍した、シャーマン将軍(北軍)の言葉が引用されてた・・「戦争など、ただ愚かなだけだ」と。
・隠れ家の車庫(?)に保管されてた“ポンティアック・ファイヤーバード(トランザム)”のボディに書かれた文句「灰から新たなる生命が・・」がカッコいい!
・サブサイダーの集団に対する“処刑シーン”は、もっと切なくも描けたと思う。『リベリオン(2002)』ほどの切なさは(微塵も)感じられなかった。
・かつて『ヒドゥン(1987)』において、異星人(アルテア星人)が“口腔を経由し、人体に乗り移る”際の描写が「善のエイリアン」と「悪のエイリアン」で全然違ってて、思わずツッコんでしまったワタシだが・・(⌒〜⌒ι)本作でも“人間に戻った2人のヴァンパイア”の迎える運命に関し、かなりの違いがあり、苦笑させられた(=^_^=)
・それにしても、ターナー上院議員って・・可哀想過ぎ(×_×)

〜 こんなセリフも 〜

エド「“10回目”の35歳の誕生日だ。もはや、意味なんてないさ」
  「この世は最悪だ。死ぬことすら出来ない」
  「殺しに来たのか?(Did you come to finish me off?)」
  「“人間の感覚”を・・思い出せない」
  「恐れないさ・・僕は“もう死んでる”から」
  「“腰抜け”はどっちだ?」

ブロムリー「不死となったことで、世界が変わった」
     「死に直面したことで、生命の価値を知ったのだ
     「人間に同情しているんだな? 私も同じだ。
      ・・だが、事態は深刻なのだ」
     「高いカネを払ってでも“本物の血”を欲する者がいる・・と言う訳だ」
     「我々がやらずとも・・誰かがやるのだ。政治的に考え給え」
     「なぁ、エド・・(You know Ed..)」
     「君の兄は“ヴァンパイアでいること”をとても嫌がっているようだが?」
     「君のいぬ間に、事態は非常に悪化した」

フランク「人間でいるより楽です。俺は、兄とは違います」
    「怯えて生きるのが、君の望みか?」
    「君に“永遠の生命”を与えよう」

エルヴィス「樹は“地球最古の生命体”だが・・いつかは死ぬ時が来る。
      お前もな・・いや、この樹より早いかも知れんぞ」
     「俺の望みか? お前たちと同じ・・“未来”だ」
     「昔から“車の改造”が俺の専門でな」
     「世界は・・たちまち変わる」
     「今や、人類は“絶滅危惧種”だ」
     「太陽に晒された気分? “フライドキチン”になった感じさ。
      雷が心臓をキックスタートさせたような・・
      真空の部屋に突然、空気が流れ込んだような・・そんな感じだ」
     「今は・・彼女を助けられん」
     「俺か? 俺は“クロスボゥを持つ男”だ」
     「酷く悪趣味な家だな」
     「プレスリーはこう言ってるぜ。
      “真実は太陽と同じ。たとえ少しの間、
       遮(さえぎ)られたとしても、
       決して消し去れはしない”と」
      (Truth is like the sun.
       You can shut it out for a time, but it ain't goin' away.)

オードリー「あなた、うわの空じゃない」
     「心配をやめれば、長生き出来るわよ」
     「戻って来れたわね(Welcome home.)」

アリソン「田舎は安全よ。太陽を遮るものが少ないから」
    「あんたのせいよ!(You take this!)」

※「治療法などない・・あってはならないのさ」
 「君は成功し損じたのだ・・何故なら、弱いからさ」

エド「ここは安全なのか?」
エルヴィス「“娼婦とゴムなしでやる”のと同じぐらい危険さ。
      隠れ家と言えど、安全とは言えんな」

追記:本作の字幕担当も松浦美奈さん! ホンマにすごい仕事っぷりや!

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2011年2月 7日 (月)

☆舞台劇“ろくでなし啄木”を観て来た☆

5日(土曜)の午後。
“三谷幸喜・生誕50周年スペシャル企画”の第1弾を華々しく飾る(?)新作舞台劇『ろくでなし啄木』の大阪公演を観て来た。
(期間:1/27(木曜)〜2/13(日曜))
・・

何でも、三谷氏は本年「舞台劇4本、小説1作、映画1本、TVドラマ1本」をイッキに手がけはるそうだ! 私的には、(今までの例から)TVドラマと映画には余り期待してないが(←すんません)・・“女優を中心に据えた、少人数による舞台劇”には「ハズレがないよなァ・・!」と、常々感服させられてるモノで、機があれば、あと何本かもおさえときたいと思っている。
(関西圏での公演があるのかどうか、その点すら分かってないが、、)

・・

会場は、京橋駅下車⇒大坂城ホール手前にある“イオン化粧品シアターBRAVA!”。開場開始時間より、ちょびっと早く到着したが、意外に列が伸びてて驚いた。

場内の客層は、総じて若かったように思う。
主演が藤原竜也+中村勘太郎+吹石一恵の3人だったので(←“Wキャスト”とかはナシ(=^_^=))・・直感的に思うにも、三谷ファンと言うよりはフジタツ(=藤原)ファンが多かったんじゃなかろうか?

開幕前には、毎度ライトタッチな(?)「場内禁止事項アナウンス」が流れるんだが・・今回は三谷&野田秀樹による掛け合いトーク系のんが仕込まれており、それが結構トボケててイイ感じだった(=^_^=)

歌人=石川啄木(1886〜1912)が夭折して12年後(=1922)。
函館にある(?)完成したばかりの啄木の歌碑を前に、テツ(中村)とトミ(吹石)が再会する。

在りし日の啄木(藤原)との思い出に、しばし花を咲かせる2人。
そんな中、トミは前々から気になっていた“あること”をテツに訊いてみるのだった。

彼ら3人が、東北地方のひなびた(?)温泉旅館に泊まった、かつてのあの一夜。
“とある事件”がそこで起こり、結果・・啄木は“突然に”2人の前からその姿を消した・・

その“とある事件”の背後には、啄木自身の「企み」が隠されていたのだが・・実際には、それを仕掛けた彼自身にも思い付かぬ“真相”が存在していたのだった・・

高名な歌人=石川啄木を中心に据え、テツ、トミ(notテツ&トモ)と言う“三谷の創作キャラ”がイキイキと「史上に残るべくもなき」(?)“とある1夜の出来事”を紡ぎ出す展開だが・・ロケーションを極限まで削ぎ減らし(殆どの場面は旅館の向かい合った2部屋のみ!)、登場キャラも3人にまで絞り込んだ、言わば“限定的な空間&設定”の中で「時間軸の置換」「カメラワーク(視点)の変化」「語り手の変換」など・・思い付くまま(?)の演出テクニックを惜しげもなく(?)披露し、三谷ならではの「軽いけれど重いワールド」を繰り広げてくれる。

三谷氏自身の強調してた(?)“エロティックさ”こそは、さほど(?)感じなかったが・・コミカルな表面を持つ(物語の)内側に、エンタテインメント性の高められた推理モノのタッチ、凡人と天才とが互いに価値観をぶッつけ合う(三谷作品特有の?)格闘系要素、背後のスクリーンにタイトル文字(毛書による題字)を表裏に(!)映し出した映像表現など・・“見せ方が極まって来てるなァ”・・と惚れ惚れさせられた。

以前、舞台劇『You Are The Top/今宵の君(2002)』の(DVD版の)鑑賞時に眼にし、結構驚かされた覚えのある“イリュージョン”って演出テクニックも久々に拝見出来たし、ある意味「これまでの劇作家人生の集大成」にも見える本作だった。

一方で、ちょいと練り込み方が複雑な割に、深い余韻を残す大傑作か?! と自問自答するに「必ずしも、そこまでの神域(?)には到達してなかった」ようには感じた。
まぁ、主役の3人(を演じた役者さんたち)が、ホンマに安定感のある、イイ仕事をしたはったので、ある意味「脚本そのもの」の放つ“少しばかりの粗っぽさ/至らなさ”を彼らがキッチリ補完してくれてた感はあった。

連想したのは、やはり芥川龍之介の小説『薮の中』や山本周五郎の小説『さぶ』だろうか。1人の語る「1夜の物語」が、別な人物が語ると・・こうも肉付けされ、違った側面を見せるもんなんやな〜と。

新作ムーヴィー鑑賞に(料金)換算すると・・5本以上にも相当する(!)ので、再びの(劇場)鑑賞は考えられないと思うが・・(⌒〜⌒ι)「DVDソフトがリリースされたら、やっぱ購入するんやろかな〜? 多分するんやないかな〜? ま、ちょと覚悟はしておこ」と直感しとるワタシである(=^_^=)

今回は、流石に「メモなし鑑賞」だったもんで・・“エエ言葉”を止(とど)めることが出来なかったのも残念だったし(×_×)

〜 こんなトコも 〜

・「天真爛漫&饒舌キャラ」の啄木が、雨中に静かに佇むタイトルイメージ。彼の沈黙&表情のうかがえ得ぬ所にこそ、鮮烈なインパクトがあった!
・啄木の本名「石川一(はじめ)」から、テツの名付けたあだ名が「ピンちゃん」。「ピンちゃん」「テツ」と呼び合う仲に、風間杜夫&平田満っぽさを何処か感じたりもし・・(=^_^=)
・“啄木のイメージ”が、どうにも演じるフジタツ自身と重ならず・・ワタシはイマイチその設定に入り切れなかった。ヴィジュアル的には中原中也を演じた方が「向いてる」感があったか・・?
・キャスト的には、加瀬亮氏辺りのフツーさ(?)の方が“啄木像に限っては”より近かったかも? 無論、セリフ回し等の調整が根本的に必要となるけど(⌒〜⌒ι)
・“狂言回し”でもある、中村勘太郎がある意味“才能&存在感”を爆発させてた! 名前ぐらいしか知らなかったが(お恥ずかしい、、)『ラストサムライ(2003)』で若き明治天皇役を演じてた、あの中村七之助の実兄である。
・AがBにのみ見せる(=Cには決して見せない)“言動”ってな演出を、各人に持たせており、その辺りの描き方がムチャクチャ巧いし、面白かった!
・何処かで柱時計の打ってる、時報の響き(回数)が“劇中における具体的な時間の経過”を示唆してくれており良かった。
・最前列のチケットが取れてたら、舞台前方で寝そべってくれたり、生脚を披露(!)してくれたりする3人を拝めることも出来(=^_^=)さぞ“眼福”だったことやろね。
・夏目漱石の小説『こころ』なんかに、本作のエッセンスをぶち込んで“再構築”してみたら・・もの凄いエンタテインメント作に仕上がるような気がする(☉д☉)
・(劇中で紹介されてた)啄木の記した『ローマ字日記』に興味津々。書く方も読む方もひと苦労やね(×_×)
・啄木の父=石川一禎の人生こそ、息子を凌ぐダイナミックなモノだったようだ!

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2011年2月 6日 (日)

☆ちょこっと&ぼちぼち再開の“エエ言葉”☆

【2011.1】

樋口 健夫(アイデアマラソン研究所々長)
 「勉強や仕事、趣味、発明などについて、毎日最低1個の
  アイデアを(ノートに)書いてみる。
  発想する力とスピードが向上し、自分に自信が持てるようになります」

ひこ・田中(児童文学家)
 「自分自身の考えが本当に自分のものかどうかは、
  案外、不確かです」
 「人には考える自由があります。とはいえ、その自由を確保するには、
  自分を客観的に見つめる余裕が必要です。
  それはどのようにすれば得られるのか?
  私は古い人間なので、古い言葉を使います。
  教養を身につけてください」

相川 昌也(江崎グリコ・営業企画担当) ※置き菓子事業を企画
 「消費者の不満こそ好機。目の前にとんでもない市場がある」

角 淳一(司会者、アナウンサー)
 「人生だって行き当たりばったりじゃないですか。
  結局、思い通りには行かないんですよ。あの時、あの人と
  出会ったから今がある。その積み重ねでしかないわけです。
  計画なんてできるもんじゃない」

村治 奏一(クラシックギター奏者)
 「自分から求めた仕事を大事にすることで、どこかでいろんな人脈に
  つながっていきます」
 「昔は、100%力を出し切ってと考えていたが、今はあえて80%に
  抑えるようにしています。これは『聞き手側の自分』を作るため。
  100%だと演奏している自分しか見えないんです。
  客観的に聴かないとわからないミスなどを何小節かかけて
  直していくための20%です」
 「ステージでは、むしろ緊張しないと怖い」

露の都(女性落語家)
 「勉強は身につかんけど、楽しんだことは身につく」

アンドッシュ・プローデル(仏の陶芸家)
 「ヨーロッパの焼き物はクラフトであって、アートではない。
  でも『楽焼』を初めて見た時、これはアートだ、と驚いた」

【2011.2】

西山 賢一(埼玉学園大学教授)
 「経済の動きは生き物の変化に似ています。
  生物が環境に適応しようとするように、
  経済も時代に合わせようとするのです」
 「好奇心さえあれば、学問の領域はどんどん広がっていきます」

水谷 修(作家)
 「本当に美しい日本語を読んだことがありますか。
  聞いたことがありますか。
  (中略) 私はいつも、ずっと座右に置き続けてきた
  亀井勝一郎の『大和古寺風物誌』と
  勝負してきました。これ以上の素晴らしい日本語を書きたいと。
  残念ながら、未だに負け続けています」

山下 敬二郎(ロカビリー歌手、1939〜2011)
 「(リハーサルで)何回も歌うと飽きてしまい、それが客にも伝わる」

諸田 玲子(作家)
 「『民意』ほどあてにならないものはない。
  (中略) 今もだれかがよいといえば、わっと飛びつく私たち。
  かくして大ベストセラーが生まれ、反対にマイナスの風評でも
  立とうものなら完膚無きまでに叩かれて、みんなが同じ思考と
  顔になっていく。
  民意とはそもそも付和雷同の集合体である」

松任谷 由実(シンガー・ソングライター)
 「物事の優先順位って、刻々と変わりますよね。
  その時に一番大事だと思うことをやって、
  つながっていくのが時間だから」
 「分析して出た数字が正解とは限らない」
 「痛みや苦しみは、言語化できると楽になりますよね」

岡田 武史(日本サッカー協会理事)
 「自分は変わっていないのに(試合に勝つと)周りの評価が変わる、
  恐ろしいなと思い『こびを売らない』と決めました。
  1997年のワールドカップ(W杯)アジア予選で1試合勝って
  出場を決めた時のことです」
 「僕は選手と酒を飲まないし、仲人もしない。
  じゃないと、メンバーを外す決断ができない」
 「今、カズ(三浦知良選手)と仲悪くないです」
 「いくらデータを取って分析しても、全体がどう動くかを読まないと
  意味がない。それを判断するのは、勘や直感。
  相手ディフェンスの背が高ければ、背の高いフォワードを入れるのが
  理屈なんですが、無心で考えると何か違うなと思う。
  そういう戦術が取れるには経験が必要なんですけどね」
 「宇宙の無重力状態では、筋肉も骨もダメになるじゃないですか。
  だから、プレッシャーという重力に反発して強くなっていく。
  今の豊かで安全な社会は、若い人たちにとって無重力状態に近い
  という気がします。だから、引きこもっても生きていける」
 「本気で向かい合った時の言葉は心を動かします」
 「監督には全権があり、すべてを自分で決める。
  たたかれたりはしますけど、これは1選手でやってる時にない、
  男としての快感です」

木村 若友(現役最長老の浪曲師、99歳)
 「長持ちのヒケツ? 特別なことは何もないよ。
  腹を立てない、酒やたばこをやらない。
  あとはよく眠ることぐらいかな?」
 「デイサービスは年寄りばっかりだからイヤだ」

前納 宏章(埼玉県川口市の医師)
 「私は、医療は患者と医師の共同作業と考えている」

黒井 千次(作家)
 「逆のものはそれが逆である故に意味がある」

藤原 智美(作家)
 「それにしても、今の若者にとって、豊かさを象徴できるモノって
  何だろう。そんなもの、とっくになくなったのかもしれない」

友川 カズキ(歌手、詩人、画家、俳優)
 「詩を作る動機の1つは『怒り』。
  自分も社会も想像以上にバカで、このままじゃ嫌だという怒りがある。
  日本は暗黙の了解が多すぎる。もっとしっかりコミュニケーションを
  とって、相手を理解しようとする気持ちが一番大事なのに」

古田 新太(俳優)
 「おじさんが子供に戻って『ごっこ遊び』してるんだから、
  体力使うけど楽しいよ」

金本 知憲(阪神選手、42歳のベテラン)
 「失うものも守るものもない。
  また、1から違う自分を作っていくというのも楽しみかな」

上村 敦之(画家、奈良市・松柏美術館長)
 「心を無にして自然に向き合うことで、自然と人間の普遍的な
  関係を見いだすことこそが『美育』なのです」

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2011年2月 3日 (木)

☆『白夜行(びゃくやこう)』☆

2日(水曜)。
何だかちょいと、自宅に真っすぐ帰るには・・「気寂しい感」があったもんで(=^_^=)、“ワーナー・マイカル・シネマズ高松”に寄って、多少は期待値を高めてた新作邦画『白夜行』を観て来た。

原作は「どぅおしてぇぇ?!」でお馴染みの(←意味不明!)東野圭吾氏。
その頃は、全く関心のなかった(←生涯、ワタシはそのことを悔やみ続けるだろう(=^_^=))綾瀬はるかちゃんを主演に、TVドラマ化もされてた(2006)と言う、東野作品の代表格とも言える(?)ヒット作。

ドラマ化から4年も時間をかけ(?)制作されたのもあり「きっともの凄い“リ・イマジネーション”がなされたんやろな〜」とワクワクしつつもあったワタシだが、、結論から言えば「何かしょっぱいですし」的な作品だった(・ω・)

昭和55年(1980)に幕を開け、平成10年(1998)に幕を下ろす・・“2人の無垢な外道たち”を巡る、幾多の事件に彩られた19年間の物語。

刑事人生の半分以上を費やし“姿の見えぬ犯人”をひたすらに追い続けた、笹垣(船越英一郎)が最後に辿り着いた真相とは・・?

犯人側(?)の心理面を殆ど描かず、ひたすら時間軸に沿って、数々の事件を半ば淡々と展開させる・・って構成には、賛否が分かれるんじゃないかな? と感じた。
その上、事件そのものに関しても“断片的にしか情報が(観客に)与えられない”ので、正直「よぉし、俺も探偵になり切って、事件を推理するぞ〜!」って気分は、たちまち萎えてしまうのだ(・ω・)

時間(=物語の中での時代)ばかりがどんどん進んで行く割に、登場人物たちの造型(ディテール)が、総じて不足してるので、誰にも感情移入出来ぬまま、事件は勝手に解決に導かれて行くのだった・・(×_×)

ってことで「食材や厨房(設備)が折角素晴らしいのに、調理法を大きく間違えたコース料理」って感じで、しょっぱさが強く出てしまってた。

第1の事件が、恐ろしく丁寧に描写されてたのに関わらず、中盤からの事件が「発見時の遺体描写だけ」やら「セリフの中だけ」と言った、余りにテキトーな演出となってたのも残念過ぎた。

ほか、登場する女優陣が「ちょっと・・どうよ?」と突っ込めるまでの“ブスっ子”揃いなのも萎えてしまった・・“リアルさ”を追求したかったのは、分かるんですけどね、ええ(・ω・) ←メイク技術によるトコも大きいようでした(恐縮、、)

〜 こんなトコも 〜

・序盤の舞台は、原作では大阪だったそうだが・・今回の映像版では埼玉県内となってた。
・『涙そうそう(2006)』における怪演(?)の印象が未だ強烈なため(=^_^=)、船越氏こそが“本作で、最も恐るべき鬼畜野郎”に違いない!(=^_^=)と踏んでたが・・そうでもなかったようだ・・すんませんでした。
・高良健吾くんの“幕引き”は、やっぱし排ガス系(?)で行っといて欲しかった(⌒〜⌒ι)
・堀北真希さんの所属事務所による(?)ガードが(流石に)高過ぎるようで・・“その手の期待”は「せぬがフラワー」である(・ω・)
・科特隊・ハヤタ隊員(演:黒部進)とZAT(Zareba of All Terrestrial)・東隊員(演:篠田三郎)の共演は、ちょっと特撮ファン(=円谷プロのファン)には嬉しい!
・劇中で最も可哀想だったのは「ワインに酷く酔わされた(?)薬剤師=典子さん」と「(生きながらにして)抜け殻になっちゃってた御曹司=篠塚さん」だったろうか。
・中盤まで、主人公らをしのぐ(?)立ち位置にいた川島さんの“退場ぶり”が不自然なほどだった。
・総じて“血のり”がウソっぽかった。
・第1の被害者が、しばらくご存命だったのが印象深い・・(×_×)
・第1の被害者が『キラー・ヴァージンロード(2009)』における寺脇(康文)さんだったら・・ひょっとしたら回復されてたかも知んない?
・連想したのは・・やはり『天城越え(1983)』と『砂の器(1974)』だった。
・シアン化カリウム(=青酸カリ)を「瓶ごと」持ち出してるのがスゴかった(⌒〜⌒ι) 「25グラム」ってラベルに記載されてたから・・成人で100人分ぐらいの致死量に相当しそう(☉д☉)
・前半の『天国と地獄(1963)』を思わせる、スラムっぽい情景(の再現度)がなかなかスゴかった! この辺までは期待値をかなり高めてくれたんだけど・・
・何とも言えぬ“枯れちゃってます”感を漂わせる戸田恵子さんは、やっぱり達者であられる!
・笹垣刑事の「私生活の描かれ方」が、不親切(?)極まりない。
・2刑事を巡る「出世具合の違い」が妙に悲しかった。
・(2刑事が)桐原邸の2階に上がる辺りの演出は『黒い家(1999)』なんかの、あの“イヤ〜な感じ”をもっと醸し出して欲しかった。
・『クイズダービー』で“はらたいらが竹下景子に負けること”って、当時のちびっ子にとっても“ちょいとした事件”だったんやろね(⌒〜⌒ι)
・「あんな牛乳」を飲まされるぐらいなら・・戦って負けた方がまだマシと思う・・
・“本田美奈子(1967-2005)のヴァージン・コンサートin武道館(1986)”ってのが、ネタとし用いられてた。
・「大江高校」「清華女子学園」「啓徳大学」「住吉町自治会館」ってのは埼玉県内を想定してのロケーションだったんやろか?
・“ちょっと昔の、川の向こう側の人”って言い回しは・・独特(⌒〜⌒ι)
・喫茶店では・・いったん席を外した場合“(例えば)カップの把手の位置などが変わってないか”しっかり観察することが・・引いては自身の生命を永らえさせることになることも、あるとも断言出来なくもない。。

〜 こんなセリフも 〜

雪穂「アレ、見せて貰えます? ・・(警察)手帳」
  「“あなたと友達になりたい”って、ずっと思ってたの」
  「私は“ニセモノ”だから」
  「“どうにもならないこと”って・・きっと、
   あなたにとっては“どうでもイイこと”なのね」
  「“赤ちゃんが出来た”って言ったら・・あなた、どうする?」
  「止(や)めて下さい。人を泥棒のように仰るのは」
  「・・嫌われてた」
  「大丈夫・・私たち、家族でしょ?」
  「眼を閉じるのが、怖いのね?」
  「私も、あなたと同じ経験がある・・“もっと酷い”経験」
  「悪魔は1人じゃなかったから・・人間の心は悪魔には勝てない」
  「誰の人生にも“昼と夜”がある。
   (中略) 私はいつも夜だった・・でも暗くはなかった。
   “太陽に代わるもの”があったから。
   明るくはないけれど、私には十分だった
  「あなた、聞こえたでしょう?」

亮司「何のハナシを訊きたいんですか?」
  「じゃあそろそろ“ショータイム”にしましょうか?」
  「質問攻めだな・・」
  「どうした? “子供の遊び”が怖いのか?」
  「“大人に使われる”なんてごめんだ。
   俺は“自分で売れるもの”を売ってる。
   それを買う奴がいるから、この商売は成り立ってる」
  「子供の頃の夢を見た・・真っ暗な迷路で、
   なかなか出口が見つからない」
  「“ありふれた事件”にはしたくないんだ
  「そうか、ムリか・・残念だな」

笹垣「俺はいつから、サラリーマンになったんだろう?」
  「誰が・・現場のドアを(内側から)塞いだんだ?」
  「どうしてだ? どうして※※が殺されたんだ?」
  「“左利き”じゃないんだよ! 俺は!」 ←危機一髪!
  「どっちが先に、相手を裏切ったんだ?」
  「あなたの奥さんは“人から心を奪う方法”を知っています」
  「これからお話しすることは・・あなたを深く
   傷つけることになると思います」
  「ちゃんと状況を理解していたのかさえ、怪しいものです」
  「※※は、今も“暗いダクトの中”で生きてる
  「今も、あなたを見守っている筈だ。
   このままにするおつもりですか?
   今度は、あなたが※を助けてやって欲しい」
  「お前のことだったら、何だって調べたぞ!」
  「イイ笑顔だ・・お前、そんな風に笑うんだな」

唐沢「次の日になり“あの子の言っていた意味”が分かりました」
  「“あなたは私を見殺しにするの?”・・そう訴える眼でした」

古賀「あの子から・・“とてもイイ匂い”がした

典子「相手を満足させる前に“出しちゃったり”するんじゃないの?」 ←うぅ・・
  「“自分を変えたくて”ここに来たの」
  「人を好きになっても・・遊ばれて終わるのがいつもの私のパターン」
  「最初は輝いてた人生だった・・今は“生ぬるい地獄”の繰り返し」
  「教えてくれて嬉しい・・あなたのこと、もっと知りたい」

松浦「坊ちゃん。おやつがあるから、取りにおいで。
   ・・また、逃げ出したな」
  「今、どんな気持ちで生きてんだ?」
  「少し、都合して貰えねぇかな?」

弥生子「来る度に、刑事さんが増えて・・“疑われてる”んですね?」
   「もうあたしは・・騙されないわ」
   「“この町の人間は、みんな狂ってる。まともな大人にはなれない”
    ってあの子は言ったわ。
    確かに・・あの頃のあたしは、狂ってたのかも知れない」
   「あんたぐらいのもんね。あたしを気にしてくれるのは」
   「あんたはまるで“壊れたレコード・プレーヤー”だね。
    同(おんな)じこと、何度も何度も・・」
   「うちの人はね・・※※の※がダメなの」
   「(それを)詰(なじ)った時から・・あの人はあたしを抱かなくなったの。
    ・・抱けなくなったのね

篠塚「それじゃ・・今、君たちは選ばれたんだ」
  「立派な家って言っても、古いだけさ。
   中に住むのは、ただの“ホモ・サピエンス”」
  「こないだ、面白い映画を観たんだ・・『ブリティ・ウーマン(1990)』」
  「今日は・・何だか“変な酔い方”なんだ」
  「僕は自分を“可哀想だ”なんて思ったことはないよ」
  「他人を“自分の物差し”に載せて測るのは止めなさい
  「止せ。自分が傷つくだけだ」
  「あなたは・・妻を訪ねてくれた“初めての人”です」

美佳「この家は・・“見えない病気”にかかってる」

篠塚「“将を射んとすれば、まずは馬を射よ”・・中国の諺だよ」
江利子「・・私は馬じゃありません!」

亮司「“アリバイ”ですか?」
笹垣「随分、難しい言葉を知ってるんだね?」

雪穂「どうしたの、それ?」
江利子「色々あって・・笑えるでしょ?」

笹垣「この“切り絵”・・どっかで見たような」
弥生子「“タラの大地”でしょ?

笹垣「(あなたの雇った)探偵は、何を突き止めたんですか?」
篠塚「探偵は・・殺されました」

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2011年2月 1日 (火)

☆『トイレット』☆

31日(月曜)の夜。
週末に帰阪してたのもあり、しばらく足を運べてない市内のミニシアター“ソレイユ”に立ち寄り『トイレット』と言うヘンテコ(?)なタイトルの作品を観て来た。

「荻上直子(おぎがみなおこ)監督の作品に、1ぺんは触れときたい」って気持ちもあったが・・これまで同監督による『かもめ食堂(2006)』『めがね(2007)』を全く観たことがないので「入門者として、果たしてついてけるかなァ?」と不安な気持ちの隠し切れないワタシでもあった(⌒〜⌒ι)

カナダ・トロント(明確に街の名は登場しない)。

母=コートニー夫人の死を経て、彼女の遺した屋敷に暮らす“パニック障がいにより、4年間も引きこもり続ける”長男=モーリーと“兄たちを小馬鹿にした視線で眺める”長女=リサ。

(それまでは)彼らと離れて生活してた“企業研究員で、ロボット系プラモデルオタク”な次男=レイだったが・・自身の住むアパートを火災により焼け出され、コートニー邸に転がり込まざるを得なくなる。

こうして、兄妹3人+亡き母の愛猫=センセーの共同生活が始まったが・・彼らにはもっと厄介な同居人がいた。
それこそは、母が日本から呼び寄せたと言う祖母=ばーちゃん(もたいまさこ)。

言葉も意思も通じないばーちゃんを不審がる3人だが・・次第に“心を通わせる”ことが出来るようになる。

そんな折、レイが密かに“DNA鑑定”に出していた「ばーちゃんの毛髪と、自らの毛髪を比較した」結果報告書が届くこととなり・・レイは予想だにしなかった“真相”を突き付けられることとなる・・

「海外が舞台」「セリフが全編英語」「唯一の“生粋の日本人キャラ”は一切英語を解さない(話さない)」・・ってトコ(制限性?)に面白味やスリルがあり「今夜はダラッと観とこう」と思ってたワタシは、物語の進む内に(自然と)襟を正すこととなるのだった(=^_^=)

登場人物のいずれもが、冒頭では揃って「鬱陶しくて仕方がない」のだが・・物語の進むウチに、魅力的に光を放ち始めるのが面白い!

そしてまた、兄妹3人それぞれにも「意外な一面の明らかとなる展開」が準備されてて良かった。

特にモーリーの“隠れてた才能”の爆発する瞬間には「やられたな〜」と。『トウキョウソナタ(2008)』と(ある種)似たようなカタチのサプライズ(?)なんだが・・こちらの方がよりキャラとしての“エキセントリックさ”がさんざ強調されてる分、インパクトも強かったかも、と。

ばーちゃんに関しては、、一切“無言”なキャラなンだが・・終盤でポツリと“2つの言葉によるセリフ”があり「きっと劇中の何処かで、何かを喋るんやろけど・・それを何処で聴けるんやろ? で、何て言わはるんやろ?」みたいな“妙な期待感”が自身の中で高まって来てもおり(⌒〜⌒ι)こちらも妙なスリルを感じ続けた。

そちらについては『HANA-BI(1998)』において岸本加世子さんの「ポツリと放つ、あのセリフ」を連想してもしまったが、もっと力の抜けた感じ(?)だったので、決してハナにつく風ではなかったかな、と。

兄妹それぞれが、特異な才能を秘めてそうなトコに、何故だか『ザ・ロイヤル・テネンバウムズ(2001)』って作品を連想してもしまった(=^_^=) もっと(そこら辺の)演出にメリハリをつけたなら、更にインパクトの強い作品にも仕上げ得たように思う。

・・が、そんなやり方を敢えて(?)外し「小品の域にとどめた」潔さも良いかな、と感じた。
ラストも、妙なコメディタッチであっさり&バッサリ幕としてるし。

ばーちゃんを巡る“終盤の事情”を含むあらゆる(=^_^=)が、全くもって描写不足だったんだけど・・それ故に観客自身で「何やったんやろ?」的に想像の翼を広げることが出来る。

“何がどうって展開”なんぞはさほどなくも「反発し合ってた家族が、1ツ屋根の下に集まるコトで、普遍的なドラマが生まれるんやろな」「各自が何かを契機とし、自身を見つめ直せば、それはそれで“家族の再生”とも成り得るんやろな」と思ったワタシである。

〜 こんなトコも 〜

・字幕担当は、かの松浦美奈さん!
・「エアギター云々」の演出群は、ちょっと作品感を「騒がしく損ねかけてた」のかも(?)
・『スシ一番』で買って帰ったスシは・・130ドルもしてた!
・同じシャツを7枚も持ってる主人公。そんな「何気ないセリフ」をちゃんと(聞き流さず)覚えてくれてるしともいて(・ω・)
・色んなシーンで「3000ドル」って価格設定が繰り返し登場した。「DNA鑑定料」「(ヴィンテージな)ロボットプラモデルの値段」「某クルマの修理代」「TOTOの高級ウォシュレット『Neorest550』の本体価格」「レイの契約してた火災保険金」・・これら総てが、奇しくも同じ3000ドル!
・猫のセンセーには、さほどの出番はなし(・ω・)
・アグニの描いた某イラストが“完全に、全く、文句なしに”ばーちゃんに通じたようだ(=^_^=)

〜 こんなセリフも 〜

レイ“今日、ママが死んだ”
  “最期の願いに「もう1度、センセーの匂いを嗅ぎたい」と”
  “最後に「レイ、あなただけが頼りなの」とママは言った”
  “人生とは、退屈の繰り返しに耐え忍ぶことだ”
  “明日も今日とほぼ同じ。今日と昨日にも大差はない”
  「思い出は、各自の心にとどめよう」
  「イヤなのか?(You don't want to?)」
  「ばーちゃんはトイレから出ると、必ず深い溜め息を・・
   あんな人だったっけ?」
  「完全に、全く、文句なしに構わないってば」
  「彼女、ブスだぜ(She is agry.)」
  「ふざけるな!(God damn it!)」
  「タバコなんて“洗練されてない人”の吸うものだよ?」
  「すごくクールだね」
  「オタクが一番望まないことを? “同情”さ
  「これは“臨時収入”ってトコさ」
  「スゴいや!(Oh my god!)」
  「これぞ“日本の偉大なるテクノロジー”だ」

モーリー「(ばーちゃんは)当分出て来ないよ。朝は長いんだ」
    「(僕ら)アメリカ人の食べるスシは、(ホントの)スシじゃないってことかな?」
    「直せる?(Can you fix it?)」
    「もういいよ(Forget it.)」
    「お願いがあるんだ(Can I ask you something?)」
    「餃子が出来たよ(Gyoza is ready.)」
    「(それを)したいからするだけだ。
     欲求に理由を求めるなんて・・無意味なのさ
    「眼を見て、誠実に頼めば・・必ず通じるよ。心を込めるんだ」

リサ「スシを4人分、お願い。イクラも忘れずに!」
  「ウンザリだわ(forget it.)」
  「私はフェイク(見せかけ)じゃないわ」
  「彼には妹がいて、孤独に死んだりしないわ」
  「自分がフェイクじゃないって証明したいの」
  「私の“魂の叫び”を聴いて」

アグニ「(鳴ってるのは)君の電話だぜ(You have call.)」
   「君の電話だ(Phone for you.)」
   「アメリカ人はいつも“自分が世界の中心だ”と思ってるんだな」
   「トイレには、それぞれの国の文化が反映されてるんだ」
   「今や日本のトイレの大半は“西洋式”なのさ」
   「マドンナが“日本の温かい便座が懐かしいわ”って言ったそうだ」
   「ウォシュレットは“日本の偉大なるテクノロジー”だ」
   「これは情報じゃない・・知識だ
   「今まで気付かない程、※※の※※だったんだ。それで十分だろ?

レイ「君って、イイ奴なのか?」
アグニ「どうかな?」

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☆『アイ・アム・サム(2001)』☆

31日(月曜)の夜。
市内のミニシアター“ソレイユ”でとある1本を観てから帰宅し、約7分後(⌒〜⌒ι)に衛星第2で放送開始された『アイ・アム・サム』を鑑賞した。

劇場で観たような気のする本作。
鑑賞後、すぐさまサントラ盤(CD)を購入したことをハッキリと覚えてるので、きっと(この)記憶に間違いはないのだろう。

7歳児相当の知能しかない中年男=サム・ドーソン(ショーン・ペン)。スターバックスで明るく騒がしく(?)働くこの男に、ルーシー・ダイヤモンドと言う娘が誕生する。
しかし、ホームレスだった母親=レベッカはルーシーを出産するや、何処かへ姿をくらませてしまう。

仲睦まじく暮すサムと、やがて7歳に育ったルーシー(ダコタ・ファニング)。

そんな折、児童福祉局は「知的障がい」の父親に娘は育てられない、との判断を下し・・父娘は引き離されてしまう。

途方に暮れるサムだが、敏腕弁護士=リタ・ハリソン(ミシェル・ファイファー)に協力を依頼し、法廷でルーシーを取り戻す決意を固める。

証人として、障がい者の友人らや隣家の女性=アニー・カッセル(ダイアン・ウィースト)が証言台に立つも・・やり手の検事の前にはなす術もない。

果たしてサムに、ルーシーと再び暮らせる日は訪れるのだろうか?

ヘビーかつ扱いにくい(?)テーマを、ショーン・ペン&ダコタ・ファニングと言う恐ろしいキャスティングと共に、ビートルズによる強力なスコア(楽曲)群で固め描いた本作(←いずれも他のアーティストによるカヴァーだが)。

ここまでホンキで制作されては、正直酷評のしようもないし(=^_^=) 実際に凄まじいドラマだったんだが・・一方で、ショーンの演技が何だかもう“突き抜けてて”ある意味、彼の言動を眺めてる(眺めさせられてる?)だけで、グッタリと疲れちゃうのはあった。

撮影中も、カメラが止まる毎に「リアルなショーン」にチャンネルが切り替わってたと想像するに、より疲れてしまう。
いや、ホンマに・・演技力で言えば凄まじいンですけどね(⌒〜⌒ι)

ダコタちゃんもまさに“神童の域”の貫禄(?)で、輝きまくってる。
異星人の攻撃にただ叫んでただけ(?)の後年を思い出すに「このコが、ウザく育っちゃうンだよなぁ」などと無関係なことにまで、つい連想を巡らせてもしまう(×_×)

ミシェル姐さんは、喜怒哀楽をダイナミックに(?)表現する役割を一手に引き受てはったような(=^_^=)
すご〜く好きな女優さんの1人ではあるも、演技にリキが入る程に、左のこめかみに青筋の浮かぶのが、頂けぬトコもあった。
いや、そこも大好きなんですけど(←どやねん!)

今回、久々に観て「疲れてしまった要因」は他にもあり・・それは「ハンディカムっぽく揺れまくるカメラワーク」だった。
ドキュメンタリー風な日常風景を強調したかったのだろうが「こんなに揺らしますか、あんた」的な。

他に「青いフィルターをかけた映像」の目立ち過ぎるトコもあり、どうせなら「サムのパート=青」「リタのパート=黄」みたいに『トラフィック(2000)』気取りで“色分け”して欲しかったかも(=^_^=)

また久々に、サントラ盤を聴いてみようかな・・(・ω・)

〜 こんなトコも 〜

・ルーシーの出産シーン。“this is it!”で「生まれるぞ!」と訳されてた。
・“The customer is always right”はまんま(?)「お客様は神様」で良いようだ。
・“Sunny-side up”は「目玉焼き」の意味らしい! ネイティヴっぽいね〜。
・面会時間に遅れ、駆け付けたサムが、プレゼントを抱えたまま転倒する中盤。「階段の滑りコケ方」がなかなかダイナミックでスゴい!

〜 こんなセリフも 〜

サム「いいチョイスだね」
  「僕、いいチョイスをした?」
  「雪が降るのは・・雪が降るからだよ」
  「ごめんね、卵さん」
  「ルーシーが選ぶなら、間違いない」
  「ジョン・レノンが“新しいこと”をしたのはヨーコのせいじゃない。
   ・・ジョンはただ“試したかった”んだ」
  「ルーシーが(難しいご本を)読めたら、パパは嬉しいんだ。すごくね」
  「何で(ルーシーと)一緒に帰れないの?」
  「その“考えておく”と言う言葉の意味なら知ってるよ」
  「耳と眼が大人になったね」
  「夢は大きく持たなきゃ」
  「君の弁護料は高いから“別の誰か”を頼まなきゃ」
  「黙った方がいいみたいだよ」
  「僕には大事なことだ」
  「パパはここだよ。真実を話して」
  「いい父親になるには・・まず変わらないこと。
   そして忍耐、それに愛すること」
  「君に、(僕の)傷つく痛みは分からない」
  「誰かのヘルプが要るけど・・誰でもイイってワケじゃない」

リタ「あなただけに構ってられないの。他に7件も抱えてるのよ」
  「見逃してあげて。たった1度でいいから」
  「これは“事実の操作”よ。ウソとは違うの」
  「そこで認めちゃダメ」
  「“かも”じゃなく、言い切るのよ」
  「私はまだ戦える。あと9ラウンドはね」
  「自分がちっぽけで醜い存在に思えるの・・
   私だけがちゃんと出来ない。どれだけ頑張っても」
  「私の方が、あなたに救われてる

アニー「“匂い”には(その人の)性格が出るわ」
   「神様がママをとるのは・・“特別な人”だから」
   「もし父親と引き離されたら、彼女の心に開いた“大きにな穴”を
    癒すのに・・一生かかるでしょう」
   「“ヒア・カムズ・ザ・サン”はジョージ・ハリソンが造ったの。
    アルバム『アビィ・ロード(1969)』で1番いい曲よ」

友人「君の心が傷ついたろ? これは立派な“傷害事件”だ」
  「ルーシーは賢くなる程に・・賢くなる」

ランディ「私には言えない・・(言えば)嘘になるもの」

サム「ごめんよ・・“普通のパパ”じゃなくて」
ルーシー「謝らないで。私は幸せなの

サム「これで(お金は)足りる?」
店員「神様がいるなら、きっと

サム「僕の弁護士は“負け知らず”だ」
リタ「私のことね?」

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