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2010年12月30日 (木)

☆『相棒〜劇場版2〜/警視庁占拠! 特命係の1番長い夜』☆

29日(水曜)。
世間のサラリーマンさんよりひとあし早く、年末年始の休暇に突入させて頂いている。
申し訳なく思いつつ・・やっぱりじわっと嬉しい。短いにせよ。

この時節「仕事のあること」「(取り敢えず)健康であること」の満たされてる以上に、何を高望みする必要があろう?

そんな感動を噛みしめてたら・・初日からして、12時間ほど“寝だめ”してしまい、
「明日は、早朝から、色々やるぞ〜!!」
と(昨夜に)漠然と考えてたことが、何も出来ないままに正午が過ぎて行くのだった・・(×_×)

「これではアカン!」と思い、予定してたことを2ツこなすべく、クルマで出かけた。

1ツは、しばらく忘れたままとなってた「エンジンオイルの交換作業(SAB行)」であり、もう1ツが、少しだけ期待値を高めちゃってた新作邦画、
『相棒~劇場版2~/警視庁占拠! 特命係の1番長い夜』を観ることだった。

公開が始まって間もない故か? クチコミで好評価が広がってるのか? みんな行くトコなくてヒマなのか?
ハッキリとした理由は分かんないが・・“ワーナー・マイカル・シネマズ高松”の1番大きなシアター(1番)でもって、なかなかの入場っぷりだった☆

夜の埠頭。武器密輸組織(?)の摘発のため、貨物船“バントン・パール号”に乗り込んだ捜査チームだったが、中国系マフィアの「策」に引っ掛かり、船は仕掛けられた起爆装置により爆発してしまう・・

・・

7月のある日。警視庁・本部ビル11階。時刻は20:00。
定例会議を行っていた田丸警視総監、長谷川副総監(國村隼)、各部長ら総勢12人の前に、1人の武装した青年が乱入、会議室は容易くも占拠されてしまう。
しかし・・青年による身代金や要求もないまま、事件はこう着状態を迎える。

21:40。特命係・杉下右京警部(水谷豊)の制止も空しく、建物外に横付けされた警視庁ヘリからの投光を合図に、SIT(Special Investigation Team:特殊班)と機動隊が会議室に突入すると・・容疑者は幹部らに取り押さえられた状態で、既に絶命していた。

もみ合った中で青年の心臓を撃ち抜いたのは誰なのか? そもそも彼が籠城事件を起こした理由は何だったのか?

杉下が命がけで(=^_^=)撮影したデジカメ画像により、青年は6年前に依願退職した元警官=八重樫哲也(小澤征悦)であると判明。
彼に銃で脅されるままに、本部ビル内へ導き入れた刑事=朝比奈圭子(小西真奈美)と八重樫との“接点”に気付いた杉下とその相棒=神戸尊(及川光博)は、八重樫の“動機”を探るうち、7年前に起こった“中国系反米テロ事件”に辿り着くのだが・・

劇場版・第2作ってことで・・制作スタッフの「シリーズ最大の1作をブチかましたりたいんや!」的な気概(或いは気合)こそはヒシヒシ感じたが・・基本的なパターンは前作(『相棒〜劇場版〜』)同様に「硬派なれど、難解かつ重い」って鑑後感が残った(×_×)

私的には、もっと「庶民的でベタなハナシ」で良かったんやけど・・“特命係”ちぅ特異なチームを軸(主役)にしてる以上、余り「市井のお巡りさん」的なエピソードをわざわざ持って来ることも出来ないんやろかね?

とにかく、良くも悪くも前作以上に「ダイナミックさ&アクションに欠ける」印象が強かったかな。

本シリーズには、今もって全く詳しくないワタシだが・・前作だと「冷静な頭脳担当(司令)=杉下、情熱的な手足担当(遊撃)=亀山(寺脇康文)」みたいな“役割”のキッチリ区分されてたのが・・今回は2人(杉下&神戸)とも、どっちかと言えば「頭脳型」だったので“キャラかぶり”してる感も強かった。

更に、私的には杉下にはもっと「安楽椅子型探偵」して欲しかったのに、今回は何と言おうか「自ら動き回り過ぎ」にも映った。

一方の神戸にしても「剣道が強い!」みたいな設定を(序盤で)折角置いたんだから「木剣(←真剣でも可)でもって酒場で暴れまくる」的なボーナス的アクション演出(=^_^=)があっても、決してやり過ぎではなかったんじゃ、と(・ω・)

重過ぎてカタルシスに欠く、こう言うドラマ進行だけは、出来たら観たくないんだけどなァ・・と正直、そう実感したワタシである。

って言うか、もはや「身内暴露系の内輪的エピソード」にしか、刑事ドラマの醍醐味を描くことは出来んのやろか?(・ω・)

〜 こんなトコも 〜

・狭い船内にも関わらず、敵味方が躊躇なくドンパチやってたが・・“跳弾”って言葉を誰も知らないんやろか?(⌒〜⌒ι)
・杉下による、前半の“いきなりなレンジャー部隊的アクション”に爆笑しそうになってしまった。「お前が行くんかい!」的な。直後に「危険ではないと判断した2つの理由」を自ら語ってくれるんだが、、そもそも、あの3人に“いきなり生命を預ける”こと自体、かなりリスキーだったんでは?
・劇中で、1人のご遺体が忽然と消失してしまったが・・あの1件が、総じてそれほど捜査されておらず「おいおいおい、、」と怖くなってしまった。屍体だったら何処へ消えてもエエのん?
・拳銃を巡る描写が、全体的にどうも軽かった。
・前作(劇場版)程度しか知らないワタシにも、ラストの衝撃はなかなかだった! ああ持って行く展開には、制作スタッフのかなりの「苦渋の決断ぶり」を感じたが・・どうなんやろ?(※※さんご自身の希望だったりして(⌒〜⌒ι))
・「メチルエチルケトン」「酢酸エチル」の2物質がとある遺留品から検出されたが、染色業界の方々なら、耳にしただけでピンと来るんやろか?
・「T大セーリング部」ってのが、ちょいと脚光浴びるかも知んない(=^_^=)
・杉下&神戸の私生活が(全くと言ってイイ程)描かれなかった。その点にも、制作側の「余裕のなさ」を感じる(・ω・)
・上海のしとと福建省のしとは、余り仲が良くないらしい(?)
・神戸の乗ってたクルマ(練馬ナンバー)はGTR!! ライオ※ズクラブ寄贈の覆面パトカー仕様か?
・小澤征悦さん・・死ぬ役、多くね?

〜 こんなセリフも 〜

杉下「(神戸くんなら、剣道の)お稽古に呼ばれて、行きました」
  「強行突入は“最後の手段”です」
  「その挨拶、今じゃないと駄目ですか?」
  「端的にお伺いします」
  「待ち伏せして、正解でした」
  「独りになりたかったら・・始めからここには来ませんよ
  「“些細なこと”が気になりましてね。僕の悪い癖です」
  「成る程。明快なお答えですね」
  「僕たちは、ずっとつけられていたのでしょう」
  「肝心な事は、闇に葬られたままです」
  「“今日あなたがしたこと”の責任の取り方は、
   あなたご自身にお任せします」
  「だからと言って、僕には“僕の進む道”を変えることは出来ません」

神戸「刑事部へ連絡を!」

米沢「敢えて言葉にするなら“警視庁史上、最大最悪の籠城事件”と言えましょう」

八重樫「君には、済まないと思っている」
   「もう時間だ」
   「今のは警告だ! 今度は総監を撃つ!」
   「“この中にいる”のは、分かってるんだ」
   「要求? 俺が欲しいのは時間だけだ・・このまま放っておいてくれ」
   “いい加減、自分から名乗り出たらどうだ?”

長谷川「・・終わったよ」
   「正直、分からないんだよ・・誰が撃ったのかは」
   「この私に話があるのなら、アポを取りなさい」
   「やはり君は面白い男だな・・杉下」
   「君だってキャリアである以上、それなりの責任を背負う必要はあるぞ」

李華来「もうこりごりなんだよ。この街に血が流れるのを見るのは」

小野田「本当に君は“過去のこと”を色々ほじくり返すのが好きだねぇ」
   「それ聞いて、どうなるの?」
   「もう事件は解決したんでしょ? 無意味なことはやめにした方が、賢くない?」
   「お前と戦うのは、避けたいんだよ
   「“神輿は軽いに限る”・・それが私の持論ですから」
   「何事も、やり過ぎは良くないから」
   「ホラ、そんな眼で見る」
   「“全面的に正しい人間”なんて、この世にはいないさ」
   「随分と、青くなっちゃったねぇ」
   「“絶対的な正義”がこの世にある、なんて思ってる?」
   「もう(行って)イイよね? 車、待たせてるから」

※「最悪でも、今夜中には事態の収拾を」
 「“瓢箪から駒”とでも申しましょうか」
 「キャリアとは・・何とも面倒な生き物だな」
 「私には“悪魔の取引”に思えてなりません」
 「私が“ノンキャリア”だからですか?」
 「微罪じゃねぇかよ」
 「おかしいねぇ・・殺されるなら、お前にだと思ってたよ」

黒幕“始末シヨウ ※※ガ気ヲ引ケ ※※飛ビカカレ 俺ガ撃ツ”
  「想像でものを言われても、困るな」

小野田「僕だって成長するさ。今日は(回転寿司の)皿を戻してないし」
杉下「それは“成長”じゃなく“常識”です」

巨悪A「“神輿を担ぐ人間”がいなくなったんだからな」
巨悪B「分かるが、こっちにも“メンツ”ってものがある」
巨悪A「分かってるさ」
巨悪B「連中は当面、何処かに沈ませておくとしよう」
巨悪A「・・“痛み分け”か」

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2010年12月29日 (水)

☆『バウンティフルへの旅(1985)』☆

少しハナシは戻る。
23日(木曜)の午後、大阪の実家に戻ってたワタシだったが・・衛星第2で放送されてた『バウンティフルへの旅』と言う作品(ロード・ムーヴィー)を観た。

以前から、そのタイトルは気になっており「観とかなきゃな〜」と思いつつ、いつか何処かで放送されるのをただ待ってた作品の(ウチの)1本である(・ω・)

トルーマン大統領時代(1945-53)のヒューストン。
息子ルディの夫婦と暮らす老婆=ワッツ夫人(ジェラルディン・ペイジ)は、自分がかつて住んでいた町=バウンティフルへ戻りたい想いを募らせていた。

ジェシー(息子の嫁)と“いつもの諍い”を起こした翌朝、夫人は決意し、1人故郷のバウンティフルへと旅立つ・・

「お婆ちゃんの小さな冒険」って感じの佳作。
主人公であるワッツ夫人が旅の途中で出逢い、交流するキャラは“わずか3人”なんだが、この3人がそれぞれに“ポイントを押さえた造型”で描かれており「3人で十分ですよ!(not『ブレードランナー』)」と言いたくなるほど。

些細な物語(すんません)の割に、登場するクルマ、建物、服装などをちゃんと時代設定に合わせており、当然と言えば当然のこだわりなのだろうが、丁寧に造られてる印象で好感が持てる。

特筆すべきは、夫人が劇中で交流する最初のキャラ=テルマ役を演じたレベッカ・デ・モーネイさん!
時期的には『卒業白書(1983)』と『ゆりかごを揺らす手(1992)』の間に位置する、ハッキリ言えば“地味〜な出演作”なんだけど・・「ひっそりと劇中に咲く可憐な1輪の花」って感じで、実に素晴らしい存在感を放っておられる!

夫人とは、ヒューストン駅で知り合い、ハリソンと言うバス停までの旅を共にする程度なんだけど、そんな限定的な客演だからこそ、切なくもあり、心に残るのだろう。

きっとワタシが主人公だったら、バウンティフルへの旅なんか中断して(=^_^=) そのまま同棲生活に突入しちゃう気がする(←そりゃ私生活でレベッカさんと同棲してた(とされる)ト※・クル※ズのハナシでしょ!(=^_^=))

とにかく素晴らしいレベッカ姐さんだったが・・それもこれもジェシー役を演じた女優さんが“憎まれ役”を一手に引き受けて下さったお陰でもあろう(=^_^=)

あ、オープニングで、若い頃のワッツ夫人とルディ(少年期)をイメージしたと思しき(ザラつかせた感じの)映像が映し出されるんだが、振り返ればコレも良かった。ちょっと『レオニー』を連想してしまったモノである(・ω・)

・老いたにせよ、母には孝行せよ
・旅の連れは、女に限れ(←ナニが「限れ」だよ)

ってのが、本作から得た教訓であろうか(そんな程度か?)

〜 こんなセリフも 〜

夫人「満月だから起きてるの、昔からね」
  「子供は“死”なんて心配しないで
  「お前には、世界だって買う気でいたわ
  「(故郷の親友)キャリーに手紙をね・・“まだ生きてる”って」
  「私の幸運を祈ってね」
  「詩篇の91番を唱えなさい」
  「涙を恥じることはないわ」
  「ルディは、私の“帰りたがる理由”を理解してるわ」
  「この手が土を恋しがってるわ。私は土さえあれば100歳まで生きられる」
  「この苦労は“天罰”じゃないかって思うの」
  「愛する人と結婚出来るのは、幸運なのよ
  「今日は運がいいみたい」
  「毎日運がいいと・・きっと“感謝の気持ち”も薄れるわね。
   或いは“守られてること”に気づけない」
  「心の中で、強い力が“行け”と命じるの」
  「同じ様に育てても・・1人は酒呑みに育ち、もう1人は1滴も飲まない。そんなものね」
  「保安官にも大統領にも、私は止められないわ」
  「故郷に住めないなら、死ぬ気だったの」
  「またあの狭い家に閉じ込められて、ただ死を待つのね」
  「・・本当に誰もいないのね」
  「家や家族より長生き出来たら、もう十分よね
  「この気持ちは、お前には想像も出来ないでしょうね」
  「こんな綺麗な空を見たことが?」
  「古い家は、朽ちるだけなのかもね」
  「元気をくれたのは、家じゃなかったわ・・人間でもね」
  「手放しても、与えられたものは消えたりしないわ
  「死んでもここへ来たかったの」
  「心配しないで・・旅は終わったの」

テルマ「主人なら、たとえどんな名でも構わないわ」

ルディ「僕は全部覚えてるけど、忘れたいんだ。・・無意味だから」

追記1:バウンティフルは“豊作”を意味する。
追記2:バウンティフルはハリソン(運賃3ドル50セント)とコットン(運賃4ドル20セント)の間に位置すると言う。テルマの向かう先はガルフ。全く地理が分かんなくて悔しい(×_×)
追記3:本作で、ジェラルディン・ペイジは「アカデミー主演女優賞」に輝いた。

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2010年12月28日 (火)

☆『小さな村の小さなダンサー(2009)』☆

27日(月曜)の夜。
恐らく、今年最後の(そこでの)鑑賞となることだろうが・・商店街の中に位置するミニシアター“ソレイユ”で、上映中のドラマ作『小さな村の小さなダンサー』を観て来た。

毛沢東主導による“文化大革命”時代(1966-78)、山東省のとある寒村で生まれ育った少年=リー・ツンシンが、アメリカを代表するバレエダンサー(←ヒューストン・バレエ団の“プリンシパル(最高位)”)となってゆく輝かしき道のりを歩みつつ・・その一方で祖国に翻弄される半生を描いた自伝的作品。

ポスターの“絵ヅラ”から(どうにも)連想したのは・・『リトル・ダンサー(2000)』の“中華版”的な作品やろか? ってコトだったが・・本作ってばバランス的には少年期が比較的あっさり描かれ、青年期となってからのドラマに、その重きが置かれてた。

ってことで、私的にはもっとツンシン君の少年時代の物語を観たかったモノだった・・何だか、あっという間にトシとっちゃうんだもんなぁ(・ω・)

改めて「幼少期から共産主義思想でアタマを固められちゃうと、資本主義社会ではマトモに生きて行かれへんかもな〜」と怖くも感じた。
北京から来たお役人さんが「我々の生活水準は、世界最高レベルなのだ!」みたいなことを学童らに言い聞かせるんだが・・「その論の何処に説得力があるんだよ!」とツッコミたくもなる。

きっと、徹底した言論統制により“良く考えたら分かる筈のことでさえ、良く考えるだけの時間も空間も与えられて来なかった”ってことだろうなぁ・・(×_×)

一方で、ツンシン青年を巡る女性関係が、余りハッピーにも見えず、彼を軸にした「3人の女」のキャラ造型がハッキリ言うと“雑”に感じた。
本作のテーマの1ツが「愛」だと言うなら・・もっとしっかり「女性たちとの愛(と性?)」も描写して欲しかったなァ。

にしても、ツンシン青年がソロダンスを披露してくれるシーンの“跳躍力”“回転速度”には流石に圧倒された!
ワタシの好む表現(?)を使わせて頂ければ、まさに「周囲の空間を刈り込むような」シャープ&高速な回転なのだ! 例えば、あの回転テクニックに「蹴り」アクションを加えたら・・もはや“ちょいとした截拳道(ジークンドー)だね、こりゃ”って風でもある(・ω・)

かつて、作家の竹内義和氏が「バレエダンサーがマジギレして戦うと、強い」的な“決め打ち発言”(?)をしておられたことがあったが・・これこそは“そう言うこと”なのだろう(←って、どう言うこと?)

総じては・・「描く/描かない」のバランスこそイマイチに思えたが、まぁそれなりに期待を大きく外れるコトもなかった1作だったろうか。

〜 こんなトコも 〜

・字幕担当は松浦美奈さん。英語の日本語訳のみならず、中国語の日本語訳までこなしておられた! スゴいしとや!
・久々に拝見出来た感のあるカイル・マクラクラン氏(弁護士=チャールズ・フォスター役)。『ヒドゥン(1987)』の時は「抱かれてもエエ!」とまで思った(←ホンマかよ)ハンサムさんだったが・・流石にダンディなおじさんと化して来たはりました。でも、カッコいい。
・後半、ツンシン青年が※※と遂に再会を果たすシーン。折角の感動的なステージなのに・・何であんな“半裸スタイルの創作舞踊”なんだろ? 『リトル・ダンサー』もそうだったけど、あの手の“キワモノ系ダンス”はちょっと、観客を戸惑わせるだけな気がする。。(パンイチな)股間もクッキリ&モッコリしてるし(←まぁ、それはエエけど)
・「北京舞踊学院」で知り合った、バレリーナさんとの関係もエエ感じやったのに。あの娘、急に退場しちゃいまして(×_×)
・ブルース・グリーンウッドが、バレエ・カンパニーの指導者=ベン・スティーヴンソン役を演(や)ってはったが、それなりに雰囲気が出てた。バレエの経験者なんやろか?
・レーガン政権時代(1981-89)、ジョージ・ブッシュ副大統領(当時)の妻=バーバラ夫人は、ヒューストン・バレエ団の理事を務めたはった。
・「ファンタスティック(素敵だ! の意)」なる表現は「ワンダフル」「ベリー・グッド」「グレイト」と置き換えても良い(・ω・)
・毛首席を称える『東方紅(とうほうこう)』なる歌があるそう。
・当時の中国では「金持ち=階級の敵」と決めつけてた。
・ベンに衣類をプレゼントされたツンシン青年が「僕の父の稼ぎは1年で50ドルなのに、あなたはわずか1日で500ドルを浪費している」と批判するセリフも印象的だった。
・故郷から送り出す際、おかんたちがツンシン少年に持たせたのは「布団」「餃子」「万年筆」だった。
・「ワガノワ・メソッド」なる指導法があるとか。
・バリシニコフはバレエ・ダンサーで、カラシニコフは自動小銃です(⌒〜⌒ι)
・「マーロン・ブランドだって、日本人の農夫を演じたろ?」なるセリフがあったが『8月15夜の茶屋(1956)』のことやろか? ←未見。。
・男性の踊り手を“ダンスール・ノーブル”とか“ビッグ・バレリーノ”と言う。
・山東省の学校のオモテ(門の辺り)には「面向未来」と書かれてた。

〜 こんなセリフも 〜

ツンシン「大統領が嫌いだって? 大きな声でそんなこと言って、怖くないのか?」
    「僕にはバレエが分からない。・・何故、選ばれたのかも」
    「英語は動詞が変化し過ぎる」
    「・・僕には出来る」
    「セックス? 1、2、3、、のシックス(6)のこと?」
    「中国は“簡単な国”じゃない
    「この国の方が良く踊れる・・“自由の国”だから」
    「舞台では、家族のために踊ります」

ベン「動きを真似してみて(Copy them.)」
  「彼らは無感情だ。笑わない・・ダンサーと言うより、アスリートだ」
  「踊ってくれ(Come on..)」
  「(1人だけ)目立とうとするな」

リズ「チャンスを逃さないで」
  「結婚したのは、私への愛? それともアメリカに残るため?」

フォスター「結婚生活のトラブルは、移民問題よりよほど深刻だ」
     「大統領にだって、(オモテの)記者たちを立ち去らせることは出来んさ」

総領事「アメリカ人からの贈り物は、決して受け取るな」
   「アメリカでは、誰も信じるな。特に“女は堕落への道”だ。
    迷った時こそ、共産主義の原則を思い出すのだ」
   「資本主義の誘惑に勝つ、強さと勇気がお前にはあるか?」
   「今も、共産主義の大義に忠実か?」
   「実力行使に出ますよ?」
   「中国は(お前と言う)息子を1人失った。
    2度と戻ることは許されぬだろう」

教師「クラシック・バレエは“世界で最も美しい芸術”の1ツだ」
  「泣くな。泣くのは弱さの徴(しるし)だぞ」
  「お前は力がないな」
  「共産主義の最終段階では、強欲も飢えもなくなるのだ」
  「形式に当てはめるのは、バレエではない」
  「鍛えれば・・身体は軽くなり、飛べるようになる
  「ツンシンは、政治意識が未熟だ」

学友「鼻の大きな外人の顔は、みな同じに見えるぜ」

ツンシン「楽しい夜を(Nice night.)」
ベン「それを言うなら“お休み(Good night.)”だ」

※※「何故、服を着ないで踊るのだ?」
ツンシン「そう言う演出なんだよ」

追記1:たまたま(=^_^=)“シネマ・サービス・ディ”だったモノで、お安い入場料での鑑賞こそ叶ったが・・ロビーで販売されてた『RED Line』のリミックス・アルバム(価格2000円。1000枚限定プレスCDらしい!)を購入してしまったので、意外とおサイフにズンと響いた感じ(・ω・)>
追記2:この“ソレイユ”では、来年早々にジャン・ピエール・ジュネ監督の『ミックマック(2009)』の上映が控えてもおるようで、ちょっと今から期待値を高めている(=^_^=)

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2010年12月27日 (月)

☆『相棒〜劇場版〜/鑑識・米沢守の事件簿(2009)』☆

26日(日曜)の夜。
高松の天気予報が「夜にかけて雪」となってたのもあり、大抵は20時過ぎにノロノロと帰松開始するんだが、今日ばかりは17時過ぎに繰り上げ、さっさと大阪を後にした。

正直なトコ、早くこっち(高松)に戻ろうが、特にナニをするって訳でもないんだが・・まぁ珍しく20時前に到着出来たので、部屋の片付けなんかを少しこなした後「日曜洋画劇場」で“地上波初放送”された『相棒〜劇場版〜/鑑識・米沢守の事件簿』を観ることが叶った。

相棒〜劇場版〜/絶体絶命! 42.195km 東京ビッグシティマラソン(2008)』で描かれた“爆弾テロ事件”にハナシは戻る。
警視庁・特命係の2刑事=杉下右京(水谷豊)&亀山薫(寺脇康文)が、テロ実行犯とその背後の“黒幕”を追う中、鑑識課・米沢守は、マラソン参加者の映像を“顔認証システム”で分析する作業中、離婚した妻=知子の姿を発見し愕然とする!

大会事務局で「ゼッケン番号:11852」の申込者データを調べた米沢は、その女性=真鍋知子の住所を突き止めるも・・数日後、知子は青酸化合物をあおった“自殺体”とし、自宅アパートで発見されてしまう。

遺体を調べた結果、被害者は“別れた妻と瓜2つの別人”であることが判明したが・・米沢は、被害者の元亭主であると言う千束署の相原刑事(萩原聖人)とコンビを組み、事件の裏に隠された謎に迫って行く・・

『相棒〜劇場版〜』の“スピンオフ企画”である本作。主役を演じる六角精児氏の(ドラマ版『相棒』内における)人気により実現した物語のようだが、私的にはちょっと「主役を張らはるには、弱いかなぁ」と感じた。
雰囲気やインパクトはあるし、思ったよりイイ声をしたはるんだが・・如何せん、ご尊顔やボディ全体から立ち上(のぼ)るアレが(←アレって何だよ)「主役向き」ではないのだ。
どちらかと言えば「舞台劇の、それも群像劇の中で、主役じゃないけど・・“確かに”欠かさざるべき人物を演じる」って方が似合っているし、向いている感がある。

しかし、、「米沢の別れた女房が何でここに?!」ってトコに観客を注目させ、それを如何に引っ張ってくか・・って脚本を期待してたので、前半でハッキリ“別人”と判明してしまった時点で「物語を牽引し続けるために本来、必要である何か」があっさり失われてしまったようでもあり、そこが残念だし、どうにも納得出来なかった。

“瓜2つ”“ヤクザ者”・・などと言った(「ベタ&逃げ」な)ネタが、どうにもキライなワタシである。これらに逃げるタイプの脚本家は、それだけで何処か軽蔑してしまいたく「も」なる(・ω・)

何とも地味で、どうにもサモ・ハン・キンポーに見えてしまう米沢には、余り感情移入も出来なかったが・・彼の“相棒”となる相原役の萩原さんは「必死なのか冷静なのか、正常なのか異常なのか、大人しいのか粗暴なのか」がいつもながら、ハッキリ掴めぬ“面白いキャラ”を自然体で(=^_^=)演じたはる風だった。

因みに、刑事モノを観ると・・どうにも、昔ファミコンで遊んだアドベンチャーゲーム=『ポートピア連続殺人事件(1985)』の(あの)犯人像を連想してしまい、まずは“そっち方面”から疑ってしまうクセのついたワタシなんだが(=^_^=)

本家『相棒〜劇場版〜』自体もそうだったが・・ツカミこそなかなか良いんだが、何処か観終わってから振り返るに「消化不良&爽快さがない」って印象が拭えない。
ドラマ版も、こう言う展開(脚本)が主だったんやろか? その辺りが、少しだけ気になる(・ω・)

〜 こんなトコも 〜

・劇中で、何の脈絡もなく(?)街頭でギター演奏してた米沢。でも、ギターは「ホントに巧い」らしい六角さん。
・青少年防犯協会(=青防協)なる、警察の外郭団体を巡る「天下り団体批判」が、本作に於いて大きなポイントとなってた。こう言うネタに眉をしかめる視聴者の方もおられることやろネ。
・市川染五郎、片桐はいり、伊武雅刀らの助演が、なかなかに豪華だった。誰がどう観ても、この3人の中に「犯人の目星」をつけそな気はしますなぁ(=^_^=)
・長谷部安春監督(1932-2009)は、本作が“遺作”となってしまわれたそうだ。合掌。
・携帯の着信音が落語の出囃子、と言うのは面白い。
・署長室の壁に『古轍』の2文字の書かれた額が掛けられてる。つい「刀剣の銘かな?」と勘違いしそうになった(=^_^=)
・なかなか杉下&亀山に合流出来ない米沢。一方で、相原とは、署が異なるにも関わらず合流しまくってた。。
・古典落語の演目『4段目』がネタの1ツになってた。

〜 こんなセリフも 〜

米沢「“遺書は具体的でなければならない”と言う決まりはありません」
  「私にとっては“物証が総て”ですから」
  「あの2人(杉下&亀山)が関わると、いつも事件が大きくなりますなぁ」
  「こんなカネのかかったパンフレット、タダで配ってるんですね。勿体ないなぁ・・」
  「変わるんですかねぇ・・女は男と別れると」
  「ささやかながら、私にだって“思い出”はあります」
  「大事なことは“手遅れになってから”分かるんですなぁ」
  「これは私にとっても“事件”ですから」
  「得意な作業は“パソコンデータの復旧”です」
  「今、サラッと失礼なこと言いました?」
  「あなたは、無意識に失礼なことを言う」
  「まるで、真っ当な商取引のようですなぁ」
  「その可能性が出て来たようです」
  「殺人だとすれば、かなりの執念ですなぁ」
  「私は無意識の内に、特命係の2人を頼ろうとしていました。
   ・・でも、それじゃいけません」
  「感傷に浸っている場合ではありません」
  「これで結構、本格的なんです」
  「この指紋は・・生きてない」
  「問題は、それをどうやって証明するかです」
  「“あなたの正義感”を見込んでのお願いです」
  「“犯人しか知らない事実”を、犯人自身に語って貰うんです」
  「語るに落ちましたね・・」
  「それこそ、あなたに相談したいことだったんですなぁ」

相原「自他殺不明なら、捜査する必要があります」
  「刑事の勘と言うか・・スッキリしません」
  「この事件が解決するまで、まだ弔えない」
  「“刑事事件じゃないから構わない”と仰るんですか?!」
  「行き詰まったら原点に戻る・・捜査の基本です」

設楽理事長「良かった・・(あなた方は)マトモに相手をしなくても良さそうな方々のようだ」

相原「(離婚について)話し合わなかったんですか?」
米沢「別れるなんてハナシ、なかったんで」

相原「これ以上、聞きたくありません」
米沢「私もこれ以上、言いたくない・・残念です」

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2010年12月22日 (水)

☆『トロン:レガシィ【3D字幕版】』☆

21日(火曜)の夜。
雨が降ってて少々ダルい気分ではあったが・・“ワーナー・マイカル・シネマズ高松”に行き、そこはかとなく気になってた1作『トロン:レガシィ』ちぅのを観て来た。
これまた久々の“3D字幕ヴァージョン”ってヤツである。

観に行こうか行くまいか、迷ってた割に・・(朝に)出勤の際は、ちゃっかりカバンに“3Dメガネ”を忍ばせてたりもしたワタシだったけど(=^_^=)>

ぼちぼちと、師走も終わりに近付いとるワケで・・果たして「この年末を飾る、輝ける1作」となりますことやら・・(・ω・)

1989年。
ゲーム会社『エンコム社』を立ち上げた天才プログラマー=ケヴィン・フリン(ジェフ・ブリッジス)は、1人息子のサム(7歳)に“明日、パパとゲームセンターに行こうな”と声をかけ、愛用のバイクで走り去ったまま、行方をくらませてしまう。

時は流れ2009年。
かつてケヴィンの共同経営者だったアラン・ブラッドリーのポケットベルに、失踪したケヴィンからの着信が!
アランはそのことを逞しく成長したサム・フリン(27歳)に伝え、サムは父の建てた“フリンのゲームセンター”の地下に隠されたコンピュータ室にこそ「父の失踪の謎を解くカギがある」と直感し、20年ぶりに半ば廃墟と化した“ゲームセンター”へと父の遺したバイク(ブガッティ)を走らせるのだった・・

3D作品としては、余り“飛び出す演出”に特化してない、と言おうか、、もしコレが2D版で1800円の料金設定だったら、それはそれで全然構わないレベルだった本作(・ω・)
コレで2100円も取られた(盗られた?)となると、正直「ちょっと、どうよ?」って気持ちがムクムクと沸き起こらなくもない(⌒〜⌒ι)

サムが父の創造したヴァーチャル世界“グリッド(←「デジタルの最前線」と評されてた)”へ旅立ち、そこで“異端者(←「ユーザー」と呼ばれてた)”とし翻弄される辺りまではテンポもそこそこ良いんだが・・次第に展開が「ダレた風」になって行き、中盤からは時計(時間)ばかりを気にしてたような気がする(⌒〜⌒ι)

“グリッド”に向かうまでに描かれる「色調&動きを抑えた、何処か陰鬱な(現実)世界」によってこそ、異界に突入してからの(対照的な)モノ凄いカラフルっぷりにワクワクさせられる・・ってな、いわば『オズの魔法使(1939)』的な“サプライズ”を期待しまくったワタシだったが・・あの作品とか『オペラ座の怪人(2004)』ほどの「おおおお!!」感は殆どなく、どっちかと言えば淡々と観てたような。。

中盤では『グラディエーター(2000)』みたいな“サバイバル闘技ワールド”でのアクションが楽しめるが・・そこで「(仲間たちと)友情でも育むんやろか?」などとドラマの広がりを期待してたら・・またもやガラッとハナシが変わり、正直ワタシは「制作陣ってば、一体観客にナニを見せたいんや?!」と良く分かんなくなって来た。

その後は『トータル・リコール(1990)』的な情報屋探し(?)の展開や『フィフス・エレメント(1997)』的な妙に長いイビザ(←ここではダンスフロア、の意)のシーンが描かれ、終盤では『スター・ウォーズ』っぽさげな空中戦が展開されたりするが、どれをとっても中途半端で、イマイチのめり込めない感じだった(×_×)
それと言うのも、やっぱり主人公=サムに対する感情移入が殆ど出来なかったから、じゃないかなぁ?

この彼ってば「ガッチガチの理系人間」にも見えないし「モノ凄く身体能力が高い」ようにも見えないのに、、何の説得力もなく“天才”で“アスリート”なことに対し、違和感が(最後まで)拭えなかったんだろう、きっと。

ジェフ・ブリッジスも「この俳優がいたからこそ、作品をラストまでグイグイ引っ張って行けた」ってな“いぶし銀的スゴさ”はあるんだけど・・(これまでの作品で)いつも漂わせてはった筈の「コミカルさ」「憎み切れない憎らしさ(=^_^=)」ってのが余り演技全体からにじみ出ておらず、眺めてて疲れてしまったなァ。
“オスカー”を獲って以来、シリアスな演技派なんぞを目指してるつもりなんやろか?(←それはそれでエエやんか(=^_^=))

私的に良かったのは、オリヴィア・ワイルド演じる本作のヒロイン“クオラ”ちゃんと、ミステリアスな案内役の女の子(?)“ジェム”を演じたボー・ギャレットのクールさ、辺りやろか。

彼女たちヒロインの“仮想世界”における存在感がとてもイイ!
クオラちゃん(ご尊顔は、何処となくキャサリン・ゼタ・ジョーンズ系)の髪型を眺めてて、ついつい『攻殻機動隊(1995)』の草薙少佐を連想してしまった(・ω・) ジェムの方は何故だか『ギャラクシー☆クエスト(1999)』の異星人(サーミアン)を思い出したろうか(=^_^=)

なまじストーリーを把握しようと気張ったりしても、妙に疲れるだけなので・・映像とか雰囲気とか楽曲群を楽しむ、ぐらいに割り切るのが良いんではなかろうか?
ぶっちゃけ、突き詰めて行くと・・あちらこちらに“突っ込み放題のおバカ演出”がゴロゴロしてそうやし(=^_^=)

〜 こんなトコも 〜

・もうちょい「サムの20年間の物語」を描いといて欲しかったかなぁ。
・イビザにいた2人組のDJ。まさにダフト・パンクのお2人じゃ、あ〜りませんか!!
・字幕担当は“とだなっちゃん”こと戸田奈津子女史。しかし流石に“理系分野”はお手上げらしく、監修された方が(別に)いた。
・レガシーは“遺したもの”と訳されてた。ワタシは個人的に“レガシィ”と表記する方が好きやな(=^_^=)
・「独創的」だったり「システム名称が“OS12”」だったり「2人の若者により設立」されたり・・と、何処となく『エンコム社』ってばAppleを意識してる気「も」する。
・「遺伝アルゴリズム」と「量子テレポート」の仕組みを解明したら・・ケヴィンに1歩、近づけるようだ(=^_^=)
・“グリッド”で、運悪くとっ捕まると・・「修正」「ゲームへ」「消去」のいずれかの処分が下されるようで(×_×)
・“ツルツル床”のヴァーチャル空間で“ケムリ”の巻き起こるのは、何とも違和感があるんだが、、
・「カリフォルニア工科大学」のことを「カルテック」と言うようで。
・劇中では「サイクル」なる時間の単位が用いられてた。1ミリサイクル=8時間に相当するそう。
・ヴァーチャル世界で「開ける前に(部屋の)ドアをノックする」「坐禅を組む」「検問所がある」ってのは妙な気も。。
・ヴァーチャル世界にも「雨傘」「囲碁」などがあるようで。
・流石に“メタボ野郎”は登場しなかった(=^_^=)
・ケガした時には「ダメージコードを調べてみる」だの「再起動させてみる」だのと言ってみよう(=^_^=)
・椅子の背中部分に「▲」のマークの入ってるのが印象的だった。何だか「ガ※プラ」的なセンスだけど。。
・ヴァーチャル世界にも「東西南北」の概念があったようだ(・ω・)
・マイケル・シーン演じる“キャスター”のキャラが、微妙にウザかった。。
・ジェムちゃん、アレで“退場”ってことで?(×_×)

〜 こんなセリフも 〜

サム「やけに分厚いドアだな」
  「“タダのモノ”を頂くのが“盗み”かよ?」
  「会長より偉いのが株主だろ?」
  「今の俺は大人なんだ。だからもう、キャッチボールの相手なんか要らない」
  「まだポケベルを使ってるなんて、驚きだな」
  「俺も“父さんの世界”に入れたぞ!」
  「ここは?(Where am I?)」
  「トルストイ、ドストエフスキーに易経か・・どれも“容易い本”だな」
  「結婚はしてない。犬のマーヴィンだけさ」
  「会社には行ってない。取締役会に出席するだけでね」
  「間違いなら、誰にだってあるさ」
  「やったぜ!(I made it!)」
  「もう、なくさないでくれる?」
  「溺れるなよ!(Have a nice swim!)」

ケヴィン「何と私は・・その世界(グリッド)に入ったのだ」
    「“グリッド”は、想像以上に美しく、そして危険な世界だ」
    「ダブルスを組む? お前とはいつも“同じチーム”だろ?」
    「想像を超える出来事が・・ある日、起こった」
    「ここでの時間は、外よりも長い」
    「ヤツにとって“外の世界”は不完全なのだ」
    「何もしないのが正解の場合もある」
    「人には・・自身の望みより大切なものがある」
    「“混乱に乗じる”って手もある」
    「これ以上、何もするな!」
    「お前は、私の“禅の境地”を乱した」
    「何もせず、待つのだ」
    「列車に飛び乗れるか?」
    「これが“価値ある戦い”だからだ」
    「Wi−Fiとは何だ? 無線接続のことか?
     それなら、私は85年に考えたぞ」
    「ヤツに創造は出来ない。壊すか、修正するかだけだ
    「お前との時間を、取り戻したい」
    「操縦のコツは“手首の動き”だ」
    「光を目指せ」

クオラ「ヤツらのバイクは、グリッド外では機能しないわ」
   「疑問なら、すぐに解けるわ」
   「トロンの夢? それはきっと“お告げ”よ」
   「私の愛読書は“ジュール・ヴェルヌ”なの。知ってる?」
   「私も“救われた犬”だったの

アラン「君の度重なる“悪ふざけ”は、まだ会社に関心のある証拠では?」

クルー「昔と同じ? いや、色々あったさ」
   「戻るだと? 諦めることだ」
   「お前も覚悟しておけ・・ユーザーめ」
   「人の耳に届かない所で話そう」
   「“生き残る”のは悲劇だぞ?」
   「“神のニセモノ”も追放した」
   「私に忠誠を誓えば、諸君を決して裏切りはしない」
   「勝利こそ、我らの“運命(さだめ)”なのだ!」

キャスター「あそこは、たとえ開いても、すぐ閉じる」 ←どこのハナシだ!
     「今は過去でなく、未来を考えよう」

※「お前、ディスクは? ・・“迷いプログラム”か」
 「ゲームはイヤだ!」
 「彼・・異形ね」
 「何処へ消えた?(Where are you now?)」

副官「“完璧な演説原稿”を読ませて頂きました」
  「ヒントをやる・・これは“棍棒”ではない」
  「果敢な働きを致します」
  「閣下のお考えは、我々の理解を超えています」

サム「俺にどうしろと?」
ジェム「生き残るの

ジェム「誰かをお探し?」
サム「何故、分かる?」
ジェム「直感よ」

クオラ「あの“光の柱”って・・外の世界の“日の出”に似てる?」
サム「日の出は、もっと素晴らしい。
   でも、太陽をどう表現するか・・それは難しい」

クルー「あんたも、すっかり歳を取ったな」
ケヴィン「そう言うお前は、変わってないな」

追記1:何だかふてぶてしく映った(=^_^=)『エンコム社』のシステム担当(?)=エドワード・デリンジャー氏。演じてたのって、何とキリアン・マーフィー君だったらしい!!
追記2:序盤で効果的に使われてるナンバー、Journeyの“Separate Ways(1983)”が、かなり良い!!

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2010年12月21日 (火)

☆『秘密(1999)』☆

20日(月曜)の夜。
地上波で放送(←“お初”ではなさそう)された『秘密』を観た。
(全9話の)連続ドラマ版も(ついこの前まで)やってたそうだが、そっちは全く観てない・・ってか、放送してるのすら知らんかったぐらいでして(×_×)

原作:東野圭吾、主演:広末涼子(若い!)、監督:滝田洋二郎による佳作ドラマ。

雪景色の長野県白馬村。乗車していた「東鉄呉波観光バス」の転落事故に巻き込まれた妻=直子(岸本加世子)と娘=藻奈美(広末)は、共に重篤に陥ってしまう・・
救急搬送先である「信濃姫川病院」に駆け付けた夫=杉田平介(小林薫)の眼の前で、直子は間もなく息を引き取るが、代わりに意識を回復した藻奈美のクチから・・とてつもない“秘密”が杉田に囁かれるのだった・・

原作小説の粗筋を(未読ながら)ある程度は知っており、ツカミのトコにはさほどの意外性も感じなかったが・・後半の展開、そして終盤の“あの演出”には「おお!」と感心させられた。
(余計にツラいだけなんスけどぉ・・杉田にしても、観客にしても)

そもそも“入れ替わり系”ってのが、どうにも「現実的に考えて、有り得んし」としか思えないモノで(演出面でも説得力に欠いてたし)のめり込むでもなく、半ば淡々と観てたワタシだったろうか(・ω・)

中でも(杉田一家(の3人)を除く)助演キャラ陣の“描き込み”が全然足りず、その点に対し不満を感じまくった(×_×)

藻奈美の担任=橋本多恵子先生(石田ゆり子)、藻奈美の親友=邦子(篠原ともえ)、関東医科大学・ヨット部の先輩=相馬(伊藤英明)、悲劇のバス運転手=梶川(大杉漣)、息子をそのバス事故で失った男(國村隼)・・これらの人々の登場〜退場が、まるで走馬灯(?)のようである。
コレが、、最初から出番さえ少なければ、さしてこの点も気に留まらなかったハズだが・・押し並べて「後々にせよ、妙に本筋にも絡んで来そうな立ち位置」だったもんでややこしい(×_×)

まぁこの辺りは、監督自身と言うよか、脚本家の責と言えるんやろか?

父親役の小林薫が、コミカルで小心者っぽい、凡庸かつ孤独なオヤジ像を巧く演じてくれてた。それでいて、最後の最後に“鉄拳制裁”に踏み出すトコなど、醸し出す雰囲気が「(それまでとは)別な俳優」にも見え「怖いよなァ〜」「巧いよなァ〜」と唸らされた。

岸本さんが奥さん役ってことで、北野武をキャスティングしてみる(=^_^=)とか、広末が娘さん役ってことで、ジャン・レノをキャスティングしてみる(=^_^=)とか・・色々な“妄想パターン”を展開してみたが、やはり杉田役には「小林薫氏の起用」こそが相応しかったと言えよう。

観終わってから振り返れば「結構ムチャクチャな物語設定」についても、何となく許せるような・・「あ、こう言うフィクション設定を置いといた上で、こう言う展開に持って行くんであれば、総じては気にならないンかも」と思えたモノだ(・ω・)

その辺り、恐らく東野氏の筆力による「説得力を持ち、ディテールを満たした原作」を下敷きにしたが故、致命的な綻び(破たん)が生じなかったんやろな、と納得させられたワタシだった。

〜 こんなトコも 〜

・バスが転落してああなったんだから、今度は石段から転げ落として(←おい)・・などと考えるのが“全国の真っ当な大林宣彦ファン”であろうか(=^_^=)
・医学や科学を学び“元に戻れる道”を探ってく・・と言う展開は、結局どうなってしまったんや?
・今回は同じ“ふた言”でも「有難う・・ごめんね」じゃなく「有難う・・忘れないでね」だった(・ω・)
・心電図モニター(?)を見た看護師が「先生! お母さんがVFです!」って言うシーンがあるが、コレは「心室粗動(Ventricular Flutter)」の意味らしい。
・劇中で唯一“実在の人物”とし、その名の登場したのが(当時)中日ドラゴンズの久慈(くじ)選手。同チームには1998-2003の期間で在籍してはったようだ。 ←TVに映された野球中継で。
・ラスト。「何かを言いたそうで・・結局は何も言わない」広末が良かった!
・最後の“ご成婚”が唐突過ぎる気も。。そこに相馬センパイが式場に乱入して来て、花嫁を“お姫様だっこ”なりで奪うんじゃないやろか、とヒヤヒヤしてしまった(=^_^=) ←何でやねん!

〜 こんなセリフも 〜

杉田「40のおばさんが、高校生になれるのか?」
  「何か俺、置いてかれそうだな・・応援するよ」
  「盗み聴きが悪いか? 俺はお前の夫だぞ」
  「若い男ってのはな・・“野獣と同じ”なんだよ」
  「お前は俺のかみさんだ。それを忘れんなよ」
  「私達ハ、宇宙カラ来タンダァ!」 ←左様で御座居ましたか、、
  「お前の方にも“逢いたい気持ち”があったんじゃないのか? みろ、図星だろ?」
  「俺には“明るく楽しい未来”なんか、1つもないじゃないか?」
  「お前こそ、本当に俺でイイのか?」
  「これ以上、俺を苦しめないでくれ・・“俺の直子”は何処へ行ったんだよ?」
  「お前には“自分の生きたいように生きる権利”があるんだ。今まで、苦しめて悪かった」
  「これで良かったんだよな・・」
  「・・殴らせろ」

直子「私・・死んだの? 待って、平ちゃん・・直子よ、私」
  「指環、出来なくなっちゃうね」
  「やっぱ、疲れるわ学校。周り子供ばっかりだし」
  「例え分からなくても・・科学を勉強して探ってみたい」
  「私がうからなきゃ、うかる人なんていないわよ」
  「医者は“体力勝負”よ」
  「私にプライバシーはないの? “人生を楽しむ権利”はないの?」
  「そうよね・・私が“ちゃんと死ねば良かった”のよね?」
  「本当は、私は消えなきゃいけないんだね・・きっと」

藻奈美「お父さん・・何か、すごく眠っちゃったみたい」
   「お父さん・・私、戻って来て良かったのかなぁ?」

梶川「“家族の幸せが俺の幸せ”・・なんちゃってね」

相馬「“勉強で精一杯のヤツ”なんて、医者になれないよ」

杉田「お前・・まだ生きてるのか?」
直子「藻奈美の身体、盗っちゃった」
杉田「今は、誰にも話さない方がいい」

直子「私が顔、隠せば“出来る”んじゃない? 声も出さないから」
杉田「藻奈美の身体で、そう言うことするのはマズいだろ」
直子「じゃあ、クチでしてあげようか?」
杉田「藻奈美の顔で、そう言うこと言うなよ」

直子「分かってると思うけど・・“初めて”だから優しくして」
杉田「本当に、これでイイのかな?」
直子「顔、隠そうか・・?」
杉田「・・やっぱり、やめとこう」

直子「最後に、ここに連れて来てくれて有難う」
杉田「やっぱり・・最後なのか?」
直子「自分のことだから、分かるの

追記1:同じ“直子”でも『ノルウェイの森』のヒロインとでは、全く違うキャラだった(=^_^=) ←そりゃそうだ。
追記2:バスの事故シーンの映像演出は、イマイチだった。
追記3:運転手役の大杉“シルミド”漣さんは、登場がどうにも想定外で・・シリアスな役だってのに、何故か笑えてしまった。『さらば愛しの大統領』における殺し屋(ボム緒方)役を直感的に思い出したから、かも知んない(=^_^=)>

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2010年12月20日 (月)

☆ただ“新作”を待つ☆

久々に、あまずぅんでクリック(購入)したのは・・“ポップの帝王(King of Pop)”こと故・マイケル・ジャクソンの未発表曲(10作品)で固められた新作(?)アルバム『マイケル(Michael)』である。

ジャケットからして「ご本人サイドの許可とかは知らないけんど、様々なポートレイトを景気良くコラージュってみましたヨ」的な、何とも言えぬ“やっつけ感”“テキトー感”が漂ってるんだが(まぁ、コレまでのアルバム群についても、あまし秀逸なジャケットデザインはなかったように「も」私的には思っている、、)・・要するには「曲」であり「声」がキモなので、余りとやかくは書くまい(←書いとるやんか)

聴きたいのは、やっぱりダンスチューンであり、バラード系(の収録)はそんなに多くなくて良いんだが・・

一方で、マイケルのご遺族からは「本人の声ではない」ちぅ疑惑が出てたそうで・・その辺り、自身の耳で聴き込んでみて「どやろ?」と見極める(聴き極める?)のが多少の楽しみでもあり、不安でもあったりする。
(専門家による鑑定を経て“本人の声”との結論が出たようだが(・ω・))

メールによれば、週始めの発送となるようで・・コレを聴いてから、今週末(24日(金曜))に地上波初放送(予定)となるリハーサルムーヴィー『This is it』の鑑賞に備えたい、と考えている。

あ、でもこの夜の『金曜ロードショー』ってば、全4時間のプログラム(19:00〜23:00)で、マイケルネタを固めて来るンやね。。
そう言うのんこそ、マイケルご本人が泉下で嫌がってはりそうな気「も」する(⌒〜⌒ι)

いや、、そりゃあ、有難く拝見しましょうけどね。(←だったら、とやかく書くなよ)

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2010年12月17日 (金)

☆『めまい(1958)』☆

ハナシは戻り、8日(水曜)の夜。
衛星第2で放送された『めまい』を観た。本作って、確かDVDソフトをバッチリ購入済と記憶してるンだけど・・開封すらせず、それ以前にどっかに転がったままな気がする(×_×) ←観ないなら買うなよな〜(⌒〜⌒ι)

巨匠アルフレッド・ヒッチコック監督が、ジェームズ・スチュワートを主演に迎え製作した“第4弾”たる本作(←最期のタッグ)。

現役時代の“とあるアクシデント”が原因で「高所恐怖症」となってしまい退職した元刑事=ジョン“スコッティ”ファーガソン(スチュワート)が、旧友=ギャビン・エルスターの依頼を受け、彼の妻=マデリン(キム・ノヴァク)の身辺調査を進めることとなる。

次第に、彼女の先祖=カルロッタ・バルデスを巡る不可思議な出来事に迫って行くスコッティであるも・・そんな中、マデリンに“大きな不幸”が起こり、そのことに翻弄されてしまうスコッティだった・・

改めて“コレ、ヒッチ監督作で1番好きな作品やな!!”と確信するに至った。ミステリアスでロマンスに彩られた、現実と虚構の綯(な)い交ぜとなったその世界観が、とにかく素晴らしい。
こればっかしは「子供には決して理解出来ぬ感覚」だろうて(・ω・)

私的に、冒頭の“屋根の上での追いかけっこ”シーンが、後年『マトリックス(1999)』の序盤に影響を与えてる、と思うんだがどやろ?
ひょっとしたら『ヤマカシ(2001)』に始まり(?)『ボーン・アルティメイタム(2007)』『007/カジノ・ロワイヤル(2006)』・・と続いてく“パルクール系(アクション)演出”の元祖とすら言えるのかも知んない?(そこまで言う)

それに、タイトルバックや、後半戦突入の辺りで展開されるスタイリッシュなアニメーション映像(=悪夢の演出)もスゴい! 当時の観客は、かなりドギモを抜かれたんじゃなかろうか?
「唐突な(=^_^=)アニメパート挿入」と言えば、近年では『キル・ビルvol.1(2003)』『鈍獣(2009)』などが思い浮かぶが・・その手の“柔軟なミックス・センス(notシックス・センス)”も、ひょっとしたら、、まず本作あってこその追随、と言えるのかも知んない。(ホンマか?)

観客や主人公にとって、疑問を差し挟む余地もない“完璧な悲劇のストーリー”が、たった1ツのアイテムによって、大きく瓦解し・・その裏側(=真実)をあからさまにする・・後半の展開(いわゆる“ちゃぶ台返し”演出)がモノ凄い!
もし、本作を中盤(1時間25分辺り)までしか観てない・・と言う方がおられたら、それってかなり勿体ないことだと思う。

あと、本作のヒロインってば、言うまでもなくキム・ノヴァクさんなんだが、その影にいた元婚約者(!)のマージョリー“ミッジ”ウッド嬢(演:バーバラ・ベル・ゲデス)の印象もワタシにとっては鮮烈だった。
後半で、何故だか急に作品世界から“退場”してしまう彼女が、どうにも不憫でならなかった。
ひょっとしたら、スコッティとミッジの絡みをもう少し丁寧に描いた『めまい/完全版』って言うのも、どこかに封印されてるのかも知んない(=^_^=)

〜 こんなトコも 〜

・ヒッチコックって“鐘楼”のロケーションが好きなんやろか?
・劇中で、ブラジャーは「ブレズィーア」みたいに発音されてた(・ω・)
・ミッジの事務所の窓には「すだれ(簾)」が垂らされてたような。。
・「ゴールデンゲート公園」「アーゴシー書店」「コイトタワー」「ゴフ通り」「パレス美術館」「プレシディオ」「エンパイア・ホテル」「アーニーズ(レストラン)」など・・サンフランシスコのロケツアーも楽しめそうな固有名詞がバンバン登場☆
・少し冷静になって(=^_^=) スコッティを“本心から気遣う”ミッジの姿を眺めると・・「案外近くに“本当の愛”があるのかも知ンない」ってことに想い至るのである・・
・本作はラヴストーリーであり、音楽も切なげなんだが・・主人公のやってること(殊に後半)は、明らかに狂ってる! まるっきり狂っちゃってる『マイ・フェア・レディ(1964)』『プリティ・ウーマン(1990)』系って感じやろか?(⌒〜⌒ι) ←簡単に決め打つなよ!
・本作に『氷の微笑(1992)』辺りの“容赦なくサスペンスな演出”をも、更に練り込んでリメイクさせたら・・もの凄いのんが出来るんじゃなかろうか?!
・結局のトコ、良く考えたら・・観客に「本当のマデリン・エルスターがどのような人物だったのか」を知る術は、一切与えられていないのではなかろうか?

〜 こんなセリフも 〜

スコッティ「悪いが、専門外でね(This is my line.)」
     「1度(誰かの)人生を救ったら、(その者に対する)一生の責任を負う・・中国の諺だよ」
     「総ての事象に答えはあるさ」
     「最後にやるべきことが・・過去から解放されるために」
     「もう1回だけ、過去に戻る必要があるんだ」
     「迂闊だったな・・僕はそれを覚えていた」
     「なぜ僕を選んだ? 何故だ?」
     「君は“それ”を持っていてはダメだったんだ」

マデリン「この木の樹齢にしたら・・私の人生なんて一瞬のことね」
    「私を失ったら・・この愛が本物だったと分かる筈」

ギャビン「誰かが(会社組織の中で)責任を負わなければ」
    「警察みたいな仕事を、君に頼みたい・・妻を尾行して欲しい」
    「過去から故人が来る、と信じるか?」
    「ヤツらには分かるまい・・誰が妻を殺したのかを」

ジュディ“私はあなたを愛してしまったの・・それは計画にはなかったこと”
    「似てるから? だとしたら、余り嬉しくないわね」
    「今のままの私を愛して欲しいの・・ただ私を愛して」
    「あなたの言う通りに変わったら・・愛してくれる?」 ←これは強烈!

ミッジ「やめてよ(Please.)」
   「“モーツァルトの旋律”が頭のクモの巣を払ってくれるわ」

オーナー「手前共は“必要以上の詮索”は致しません」

店主「当時は、力も自由も“男だけのもの”だったのさ」

店員「やはり、(ご婦人に対する)イメージがおありなのですね?」

マデリン「コイトタワー(Coit Tower)が目印になったわ」
スコッティ「なら、タワーに感謝しなくては」

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2010年12月16日 (木)

☆『刑事コロンボ/犯罪警報(1990)』☆

16日(木曜)の夜。久々に、恒例のジョギングイベントに参加したワタシ。
しっかしアレだ・・ここ2回ほど中止だったり、忘年会と重なったりし・・3週間ぶりの“運動らしい運動”ともなったワケで、流石に疲れた。
カラダもすっかりナマっとるンやろねぇ(×_×)

走り終えてから帰宅し、約25分遅れで『刑事コロンボ/犯罪警報』を観た。衛星第2では、まだ当分、木曜の夜はコロンボ(新シリーズ)で楽しめそうである(・ω・)

人気番組『犯罪警報』のキャスター=ウェイド・アンダースが今回の犯人。
過去に彼の出演したポルノムーヴィーをネタに、恐喝して来たライバルのキャスターをウェイドは巧妙なアリバイをこしらえた上で(高濃度のニコチンサルフェートを用い)毒殺する。
そこにやって来たのは、我らがコロンボ警部・・

犯人役のおっちゃん(ダンディ系?)の眼が、かなり据わってる感じで、何となく「あんたが犯人やろ!」と決めつけたくもなるんだが(←おい)、もっとしっかりした証拠がないとアリバイ工作は崩せないワケで・・(=^_^=)

まぁちょっと今回は、さほどの見所はなかった気がする。

後半のパーティー会場にコロンボ夫妻が正装の上でやって来てたみたいだけど、結局夫人(かみさん)は出て来なかったし・・

ここまで徹底して劇中に登場しないと「実は“エアかみさん”では?」ってな素朴な疑問がむくむくと沸き上がって来るのも、仕方のないトコだろう(=^_^=)

〜 こんなセリフもありました 〜

コロンボ「あたしもタバコやめなきゃ・・怖いな」
    「お前が引っ掻いたの? やってくれるねぇ。外車なんだよ、コレ」 ←この犬が、、!
    「あたしは2本指でしか(キーボードを)打てなくてねぇ」
    「大変、手間がかかるんでしょうねぇ・・番組制作ってモノは」
    「かみさんが、あなたの番組の大ファンでしてねぇ」
    「説明出来ないから・・問題なんですよ
    「どう考えたらイイんでしょうねぇ?」
    「それが答えかも知れませんねぇ」
    「“死への脱走”・・確かに皮肉(なタイトル)ですねぇ」
    「今朝見つけた、こいつはかなりのもんです」
    「これは“れっきとした殺人”でしょうなぁ」
    「“初めて切手になった俳優”をご存じで? グレース・ケリーですよ」
    「うちの(かみさん)に逢ってやって頂けますか?
     ・・あれ? さっきまでここにいたのに」
    「何か変なんだが・・それがどぉしても掴めないんだ」
    「コレだ! やっとこさ、捕まえたよ」
    「まずご覧になって、ご意見をどうぞ」
    「(被害者宅に)行ったことはない? 確かなんですね?」

犯人「“視聴者への義務”がありますからね」
  「昨日や今日のキズじゃないな、君のクルマのは」
  「犬か・・“人類最良の友”がね」

部下「(被害者は)司会の方じゃなく、事件のネタになっちまったな」

コロンボ「床屋さんとヘア・ドレッサーはどう違うんでしょうかね?」
※「50ドルかな?」

追記1:コロンボのシャツは1枚=29ドル95セントらしい(当時)。因みに、犯人のシャツは1枚=300ドル!
追記2:自らの愛車(プジョー)を「52年型の外車」と紹介してたコロちゃん。旧シリーズでは59年型だったらしく(ウィキより)、少なくとも数台の同型プジョーを所有してることが分かる(←そうなの?)

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☆『ノルウェイの森』☆

15日(水曜)の夜。

「昨夜のクチ直し」と言うワケでもないが(=^_^=)・・再び“ワーナー・マイカル・シネマズ高松”へと向かい、正直『SPACE BATTLESHiP ヤマト』以上に期待値を高めてた1作『ノルウェイの森』を観て来た。

「最初から、コレ選んどきゃ〜良かったんや」などと呟きながら・・(←おい、そこまで言うか)(=^_^=)

しっかしアレです・・またもや“レディース・デー”とモロにぶつかってしまったもんで、周囲が女性客だらけであり、騒がしくて鬱陶し・・いや、閉口させられてしまった(×_×) 男性観客にとっては、まさに「受難な曜日」と言えましょう(×_×)

“現代の日本人作家で、最もノーベル文学賞に近い男”とも噂される村上春樹の同名小説(1987年刊行)を、23年を経ての映像化に取り組んだのは、ベトナム出身&フランス在住の映像作家=トラン・アン・ユン監督。

主演に『人のセックスを笑うな(2008)』『D.M.C(2008)』『ウルトラミラクルラヴストーリー(2009)』の松山ケンイチと『バベル(2006)』『スカイ・クロラ(2008)』の菊地凛子を迎え、133分の長尺の映像世界で魅せる。かつPG-12指定作。

1967年、神戸。巷では、加山雄三主演による“若大将シリーズ”が劇場を賑わせてもいた頃。
17歳の高校生である僕=ワタナベ(松山)は、親友のキズキ(高良健吾)、その幼馴染み&恋人である直子(菊地)と3人で遊ぶ仲だった。

そんなある日・・理由は分からない(描かれない)が、キズキが自らの生命を突然に断ってしまう。

キズキの喪失に伴う“ぼんやりと残された空気の塊”をまとったまま上京し、東京の私立大学に通い始めた僕は、19歳となったある時、都内で直子に再会する。
互いに言葉少なながらも・・静かに距離感を縮めて行く僕ら。

しかし“とある事件”を境に、直子は僕の前から姿を消してしまうのだった。

やがて遠く、京都の北部にある療養所に身を置くこととなった直子。
一方で、僕の前には活発で小悪魔的なミドリ(水原希子)と言う女の子が現れて・・

本作は、大学の頃だかに原作(文庫版)を読了した覚えがある。何ともツカミどころのないような、ガチガチに構築された作品世界を読み進ませる、と言うよりもむしろ、行間に漂う世界観を自由に想像させてくれる、みたいな「輪郭の薄い感触」だった・・と記憶している。

面白いのは、タイトルにもなってる『ノルウェイの森』と言う(ビートルズの)ナンバーのことをワタシは全く知らず、読了後もしばらく耳にすることのなかった点(=^_^=)>

結局、初めて「どんな曲なのか」を知ったのは“PMドーン”と言うラップ/ヒップホップアーティストがカヴァーしている、メロディアス&ダンサブルなアレンジヴァージョンを耳にした時が初めてだった(恐らく1994年辺り)。

私的には、村上春樹作品で印象的だった小説は・・本作以上に『国境の南、太陽の西(1992)』だったように思う。よりエロティックだったモノで(=^_^=)>

さて、本作・・ 正直、トラン・アン・ユンが監督に起用された点が最も疑問だった。
私的には(同様に村上原作である)『トニー滝谷(2005)』が特に素晴らしかったが故、市川準にこそ監督をやって欲しかった、と観賞後、強く感じた次第。
(まぁ、ワタシはトラン・アン・ユン監督作を未見なので、それ以上は何とも言えないが・・)

何やら「長回し」「空撮&俯瞰アングル」「蒼系フィルター」などの印象的な映像群はバシバシ放ってくれるんだが、「コレ!」と言う“そのままポストカードに使える”までの映像には欠いてた感。
おまけに「引き伸ばしてでも(更に)描いて欲しいトコ」「省略しても良いトコ」のチョイス&バランスがイマイチ良くなく、世界観を楽しめるでも、物語世界に対する憧れを惹起させてくれるでもなかった。

演出群をこの数&バランスで劇中に挿入するんだったら、もっともっと全体を編集し、上映時間を短くすべきだったと思うワタシ。

登場キャラ群の魅力も押し並べて乏しく、
「キズキ:存在が薄過ぎ」「直子:“20歳〜21歳”なる設定にムリあり過ぎ」「ミドリ:(歯をのぞかせ)笑った顔がイマイチ&バスト薄過ぎ(←コレは個人的な好みやね・・スンマセン)」「永澤さん(玉山鉄二):存在を分厚くし過ぎ(=人物を描き過ぎ、魅力が薄れてしまった)」・・といずれも良くなかった。
つまり、描くべきキャラはもっと登場時間を増やして欲しかったし、もっと立ち位置を下げ“ミステリアスさ”をキープし続けて欲しいキャラもいた・・って感じ。

“エロティック至上主義”を密かに唱えて止まぬ(=^_^=)ワタシとしては、全体的に「映像が上品過ぎる」点には不満も戸惑いも感じ続けたか。菊地凛子さんがヒロインってことで、トンでもない「体当たりアクト」を期待してたら・・全くもってフツーでした。セリフ群では、結構なエロさが爆発してましたが・・

劇中で、ズバリ「ノルウェイの森」をギター演奏でご披露してくれるレイコさん(霧島れいか)。
このしとも、終盤の「体当たり」を必要以上にドキドキしつつ、硬くさせつつ(←おい!)観てたら・・全然“フル・モンティ”じゃなくガックシ(×_×)

原作では「お仏壇を前にし、大胆なコトをしちゃう」ミドリちゃんについても・・「そんなシーン」が映像的に再現されようハズもなく(×_×)ワタシはすっかり軟化しちゃうのだった(←やめんかい、その表現)

ってことで、恋愛モノとして観ると、正直「ナニを描きたかったのか」曖昧な観後感が残るんだが・・感受性の強い方(或いは、何処かで自身の記憶とリンクさせられるような方)には、きっと鮮烈な余韻を残す1作なんだろうなァ・・とは思いますわ。

〜 こんなトコも 〜

・主人公が飛行機に搭乗してる(原作の)冒頭シーンも、観てみたかった気がする(・ω・)
・主人公の、永澤に対する「高貴な精神を持った俗物」って表現(評価)は、インパクト十分!
・タクシー料金が「2キロ:100円」の時代だった! 学食のランチは「A:120円」「B:100円」「C:80円」の3種だってさ。
・ミドリの飲んでたカクテルは「トム・コリンズ」で、僕の注文は「ウィスキー・ソーダ」だった。
・風に揺れる両足・・連想したのは、やっぱり『グラディエーター(2000)』だったですかなァ(⌒〜⌒ι)
・主人公の、直子に対する恋愛感情の中には、(たとえそれが無意識的であるにせよ)死んだキズキに対する対抗心/反発心(友情をも伴う)みたいなものも色濃く存在してたように思う。
・主人公が『50回目のファースト・キス(2004)』の主人公(演:アダム・サンドラー)みたいな性格だったら・・或いは直子も、その心を回復させたことやろか?
・「涎の糸を引いて泣く」のは、やっぱしみっともないス(・ω・)
・生きている相手の表情をアップで映しながら“それから2年後、この人も死んだ”なんてな主人公の独白の入る演出は、なかなかスゴい!
・未見だが『69/Sixty Nine(2004)』もこんな感じの世界やろか?(高校時代のシーン)
・主人公の連発する「もちろん」は『大日本人(2007)』における「是非!」のように耳にこびり残る(=^_^=)
・主人公が2人の女性の間を絶妙にシフトして行く辺り、何となく『ジョゼと虎と魚たち(2003)』を連想してしまった。
・主人公のフルネームは? ワタナベ・ヂュンイチだったりして(⌒〜⌒ι) それって、阿寒に果てそ〜。

〜 こんなセリフも 〜

僕「黙ってたって構わないさ。僕も“お喋りな方”じゃないし」
 「そうだよ」
 「もちろん」
 「どう致しまして」
 「ごめん。訊くべきじゃなかった」
 “返事が欲しい。僕は君を傷つけてしまったのか? それだけでも知りたい”
 「肘は身体の中で、1番感覚の鈍いトコロらしいよ」
 「“孤独が好きな人間”なんていないさ」
 「時間だけは余ってるんだ。その時間の中で、
  君を眠らせてあげたいぐらいだよ」
 「人と人がそんなに愛し合うって、素敵なことだな」
 「君にとって、愛って何?
 「今“うまいよね”って言ったのは、その食べ方が“上手い”って
  言ったんだけど」
 「・・なかなか巧いね」
 「何か、僕に出来ること、ある?」
 「僕が何を言っても・・始まらないですよ」
 「頼むよ・・場所、わきまえてくれよ」
 「ここは“長くいる場所”じゃないと思うし」
 「僕は本質的に“楽天的な人間”なんだよ」
 “お前と違って、俺はきちんと生きようと思ったんだ。
  俺は今よりももっと強くなる・・大人になるんだ”
 「“人としての責任”みたいなものを、簡単に放り出すことは出来ない」
 “哀しみの中で学び取った何かも、
  次にやって来る哀しみを前にしては、何の役にも立たないのだ”
 「あなたは誰かと恋をすべきです
 「君以外に求めるものは、何もないよ」
 「僕は今・・何処にいるんだろう?」

直子「少し歩かない?」
  「思うんだけど・・人って“18歳と19歳の間”を行ったり来たりするべきなのよ。
   (中略) そうしたら・・色んなことがもっと楽になるのに」
  “頑張って下さい。またいつか、逢いましょう”
  “今はまだ、あなたに逢う準備が整っていません”
  “あなたが私を傷つけた訳ではありません。
   私を傷つけたのは・・この私自身です”
  “私には、あなたの顔しか思い浮かばないのです”
  「どうしても逢っておきたかったの。
   あなたの顔を見て、慣れておきたかったの」
  「全然濡れなかったし・・開かなかったの」
  「話さない訳にはいかないの」
  「彼のこと、愛していたのに・・
   “愛するってことがどう言うことなのか”も、分からなくなっちゃうの!」
  「もう少し、自分のことをキチンとしたいから」
  「出してあげよっか?」
  「東京で誰かに逢っているの? その時は、私に話してね」
  “雪が降り始めた頃、私に逢いに来てくれますか?”
  「どうして、私にかまうの?」
  「あなた・・“自分に嘘ついてる”とは思わないの?
  「どうして分からないの? “あなたの存在”が私を苦しめるのよ!」
  「どうして濡れないのかしら? どうしてダメなのかしら?」
  「いつまでも忘れないでいて欲しい。約束してくれる?」

教授「“ギリシア悲劇より深刻な問題”が存在するとは思えないが」

永澤「俺が100人の女とヤッたかって? 大袈裟だよ。せいぜい70人だ」
  「“刻(とき)の洗礼を受けていない文学”など読む必要はないさ」
  「それはハツミの問題であって、俺の問題じゃない」
  「俺のこと、酷いと思うか?」
  「自分に同情するのはな・・下劣な人間のすることだ」

ミドリ「そうしたら・・愛してあげるの」
   「来ないでね。お葬式って大ッ嫌い。
    ああ言う場所で、あなたに逢いたくないの」
   「今度、ポルノ映画に連れてってくれる? すごくイヤらしいヤツよ」
   「どうしてって・・どう言うことなのよ、これ?」
   「私を抱く時は、私のことだけを考えてね。
    ・・言ってる意味、分かる?」
   「私に何をしても構わないけど・・私を傷つけることだけはやめて。
    ・・幸せになりたいの

ハツミ「私は傷ついてる。どうして、私だけじゃ足りないの?」
   「そう言うのって“自分でもどうしようもないこと”なのよ」

レイコ「“7年前に失ったもの”を取り戻すことが出来たわ」
   「幸せになりなさい

僕「疲れてるの?」
ミドリ「久しぶりに、身体から力を抜いただけ」

レイコ「忘れないでね。私たち“普通”じゃないの」
僕「・・みたいですね」

直子「私と、寝たい?」
僕「もちろん」

ハツミ「楽しかった?」
僕「・・別に、楽しくはなかったです」
ハツミ「なら、どうしてそんなことをするの?
    (中略) そう言う種類のことは、あなたには向いていないし、
    相応しくない、と思うんだけど」

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2010年12月15日 (水)

☆『SPACE BATTLESHiP ヤマト』☆

14日(火曜)の夜。

前々から「どうやろかなァ?」と鑑賞を躊躇いつつ(=^_^=)も気にはなってた新作『SPACE BATTLESHiP ヤマト』をようやく観る決心がつき(=^_^=)“ワーナー・マイカル・シネマズ高松”にて観て来た☆

今回は“メモなし”で鑑賞に臨んだワタシだが・・結果的にはしっかり映像(=物語世界)に集中することが叶い、それはそれで良かったかな、と。

しっかしアレです。ホンマにシアター内がシケシケでしたねぇ。コレでイイのか! ニッポンジン!(=^_^=)

西暦2199年。
地球は、太陽系外(?)からやって来た“ガミラス”と言う謎の異星人(?)の攻撃により、今や滅亡の危機にさらされていた。

わずか5年前まで“水と緑の惑星”だった地球は“ガミラス”の投下した「遊星爆弾(レールガン兵器?)」の影響で高濃度の放射能に覆われてしまい、今や地表では如何なる生命体もその活動を維持することは出来ないのだった。
そんな人類に残された時間は・・あと1年。

無論、地球防衛軍(?)もただ手をこまねいていた訳ではなく“ガミラス”を迎撃すべく宇宙艦隊を火星周辺に遠征させたものの・・「ユキカゼ」「フユヅキ」などの艦船は、戦闘の中で“進化”を繰り返す“ガミラス”の船団になす術もなく次々と撃沈されて行った。

地球では生き残った人々が隠れるように地下で暮し、地表に出るのは防護服に身を包んだレアメタル回収(発掘)業者ぐらいなものだった。

そんなある日、レアメタル回収作業をしていた古代進(木村拓哉)は、地上に落下して来た謎のカプセルに吹っ飛ばされ瀕死の重傷を負った・・かに見えたが、奇跡的に回復する。

カプセルには「“マゼラン星雲域のとある惑星”を示した座標図」と「波動装置の設計図」がおさめられていた。また“放射能除去装置(コスモクリーナー)”に関する記述も見つかったため、防衛軍は最後の希望を1隻の巨大宇宙戦艦“ヤマト”に託し、その惑星“イスカンダル”へと向かわせることを決議する。

乗組員が急きょ募集され、その志願者の中には兄=古代守(堤真一)を先の戦闘で亡くした進の姿もあった・・

部分的に『ID4(1996)』やら『スターシップ・トゥルーパーズ(1997)』やら『アルマゲドン(1998)』やらの映像エッセンスを忠実にトレース(再現)したようなCG演出があからさまに挿入され、苦笑にもならない“奇妙なしょっぱさ”を感じ続けた。

映像ネタ自体が「古い」トコに加え、肝心の“宇宙戦艦ヤマト”の造型が、如何にも「外観:CGモデリング」「内装:セット」とバレバレなので、全然「実物的」な重み&臨場感が感じられないのだ。

ドックのシーンなど、どっかのフェリー内だか何だかで撮影したモノに、強引に戦闘機をCG合成してるようなもんだから・・明らかに違和感があった。壁面に「頭上注意」とか貼られてるし。。

特技(特撮技術)的にも「ハリウッド謹製に迫るモノ」を期待してたら、とにかく全体的にデザイン関係が腐ってて「ほぼ最低ライン」だった(×_×)
ま、後半で“アナライザー”の大暴れする強引なシーンのみ、ちょっと「ぷぷっ!」と吹き出しそうになってしまったが、それ以外は殆どワクワク感もなく、淡々と観てた感じ(・ω・)

あ、でも後半は尿意との戦いが激しかったなァ・・股間の“波動砲”が暴発しそうですた(×_×)

〜 こんなトコも 〜

・「レベル2で熊が失神する」ちぅ触れ込みのパルスガンを、監督サンの頭部にレベル6ぐらいにして撃ち込んだげたい気もする(=^_^=)
・艦底部分に位置する「第3艦橋」の存在意義が結局のトコ不明だった。でっかくて重そうな錨(いかり)も「なくても問題ない装備」だったような。
・「AED」の完備されてるのが、ネタなのか何なのか、ちょっとワザとらしくも、、(・ω・)
・田中要次、何処に出たはったの?! と思いきや、あの殴られてた地底人でしたか、、
・一切、外国人が登場しなかった! 外国語も! 日本以外はみんな沈没したんか?
・イスカンダル星を真横から眺めてみたい。いわゆる“あしゅら男爵”状態やろか?
・結局、ヤマト最大の武器ってば・・立て続けに使用可能な“ワープ航法装置”だったようで。
・ラストのあの子って・・? いわゆる『ターミネーター(1984)』におけるカイル(演:マイケル・ビーン)のような「1発懐妊」ってヤツやろか?
・ラストでは是非、島大介(緒形直人)にこそ寄り添ってて欲しかった・・ 「お前なんかい!」的な(=^_^=)
・初めて、黒木メイサ(森雪役)のご尊顔をちゃんと拝見した(⌒〜⌒ι) 「りょう」さんにも何処となく似てますかねぇ。終盤では・・中途半端に着衣の弾け飛ぶ(?)のが不満だった(=^_^=)
・終盤で、悩む古代が“とある決断”を下すまで・・静かに大人しく待機してくれてる“ガミラス”母艦が可愛かった(=^_^=)
・終盤では「大した武装もない某脱出ポッド」が登場したが・・何で狙い撃ちされんかったんやろ?
・ヤマトクルーの敬礼ポーズ(?)を眺めるたび『ギャラクシー☆クエスト(1999)』を連想してしまった(=^_^=) 「ネヴァーゲバップ! ネヴァーサレンダー!」ってヤツね。
・艦長室の扉などに見られる「イカリマーク」に違和感が残った。
・佐渡先生(高島礼子)の抱いてた「大吟醸・荒海」のお味が気になる。きっとアレを口に含んで、傷口にプパ〜ッ! とやるんだろうな(やんねぇよ!) にしても「高島さんならでは!」って魅力に乏しかった(×_×)
・柳葉敏郎さん(真田技師長役)は、少なくとも酸の海(?)で両足を焼かれたりしなくて良かった。西田敏行局長(徳川機関長役)も、胃ガンで吐血したりしなくて良かった。(お2人とも、状況が違うだけで、運命的には一緒なんだけど、、)
・“なまってた”クルーの若者。結局、なまって、殴られて、撃墜されただけ?
・池内博之の「仰向け状態から起き上がる動き」「立った状態から仰向けに倒れる動き」の双方が拝める(だからどうしたよ)
・戦艦大和と比較するに、全体的にサイズアップされてるようだ。「全長263m⇒534m」「全幅39m⇒94m」
・ドック内で異星人の暴れる(?)シーン。クルーが逃げ回る異星人に対し、周囲(の仲間)を気にすることなく撃ちまくるんだが・・(被弾しまくってるハズの)天井灯が全く割れたり損傷しなかったりして笑えた。あんたら、CG合成に依存し過ぎ!

〜 こんなセリフもありました(かなりうろ覚え) 〜

古代「考えろ・・考えろ」

島「(操舵を)渡すぞ」

真田「慌てず、急いで、正確に」

沖田「“生きて還る”と言う仕事もある」

司令「どんな物語を紡ごうと言うのだ・・沖田?」

徳川「出力低下すれど・・航行に支障なし」

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2010年12月12日 (日)

☆遂に実家が“無線LAN”環境に!☆

11日(土曜)。
今日も、折角の休みなのに・・(と、ここは「休みだから」と書くべきか)午前中はダラダラと長く寝過ごしてしまった(×_×)
部屋もだんだん汚くなって来たし、考えたらしばらく掃除機かけてないよなァ・・と布団をかぶったまま、部屋を見回したり、天井を見上げたりしつつボンヤリを続ける。

・・

昼前にようやく起き上がることとし「懸案の荷物」の出荷準備をした。

実は、これまで4年半ほど愛用(と、ここは「駆使」と書くべきか)して来たノートPCをとある方に譲ることとしたんだが・・「1:内蔵HDDの初期化」⇒「2:OSの再インストール」⇒「3:ボディ外装の清掃」⇒「4:発送」の4段階のウチ、2:を完了させた状態から早や3週間ほどが経過しており・・かなり先方をヤキモキさせてる(ハズの)現状をハッキリと再認識したモノで(⌒〜⌒ι)
いよいよ清掃⇒梱包⇒発送作業をイッキに片付けた。

3週間も経てば、流石に以前“満タン充電”しといたバッテリーもスッカスカに減ってしまっており慌てた。まぁ起動出来る程度には再充電出来たから、問題はなかろうて。

着払伝票を段ボール箱(1番かさばったのは、やはりPC本体のパッケージだった)に貼っ付け、近所のヤ※トから発送する。
考えてみれば(ワタシはそんなことは思いもしないけど)悪いヤツがいて、虚偽の差出人住所を記載し、不要品を着払で相手に一方的に送りつけたら、どうなるんやろ? とか。。

いや・・でも「天下のヤ※ト」さんだから、きっと集配センターの事務所内+駐車スペースの監視カメラ映像を徹底的に解析⇒特定し、世界の果てまで犯人を追っかけて行くんやろなぁ・・

ってことで、悪いコトはやめときましょう!(だったら最初から書くなよ、と)

・・

3号神戸線では三宮界隈での“ルミナリエ渋滞”や、中之島界隈での“光のルネサンス渋滞(?)”にそれぞれ悩まされ、帰阪に結局4時間近くも要してしまった(×_×)

でも喜ばしいことに、兄の粋な計らいにより実家の“無線LAN”環境が完全に実現してたのは嬉しい限りだった! これまで何年も、深夜の台所で寒さや寂しさに震えつつ(=^_^=)チマチマとネットしてた、そしてそれを“当然”と受け止めてた自分が恥ずかしくもなるような快適さだ!

また、少し前に、兄が家人にiPadをプレゼントした、と言うことを風の便りに(=^_^=)聞いてたので、早速触らせて貰ったが(ついでに、ツバもつけさせて貰おうとしたが、流石にそうは行かなかったようで(=^_^=))・・
やっぱりこいつも“無線LAN”環境が「最強の飛び道具を得た」って感じで、素晴らしい。

私的には「青空文庫から書籍(名作群)をダウンロードしまくる」「ストリーミングラジオを聴きまくれるアプリをダウンロードする」「パズルゲームのアプリなんかをインストールしまくる」ぐらいを考えてるのだが・・家人のITスキルを超えちゃわないか、そこんトコが、少し心配ではある・・(・ω・)

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2010年12月11日 (土)

☆『知りすぎていた男(1956)』☆

7日(火曜)の夜。
“ヒッチコック・ナイト第2弾”ってことで、衛星第2で放送された『知りすぎていた男』を観た。
ヒッチ監督にしては珍しく(もないんかな?)、序盤から「家族モノ」「中東モノ」の色合いが強い。

まぁ、観てる内に・・物語はレールの上に乗って加速し始め、たちまち“いつものヒッチ色”に染められて行くンだが・・

パリでの学会を終えた医師=ベンジャミン(ベン)・マッケンナ(ジェームズ・スチュワート)は、妻=ジョー・コンウェイ(ドリス・ディ)と息子ハンクを連れ「カサブランカ発⇒マラケシュ行バス」の後部座席で揺られていた。

仏領モロッコへと観光目的で足を伸ばした一家は、道中のバス内で知り合ったフランス人=ルイ・ベルナールと再会する。
ルイに気を許し、色々と語り続けるベンに対し、ジョーは「彼はあなたを知り尽くしたわ。あなたは、彼の名前以外の何を知ったの?」とたしなめるのだった。

翌朝、モロッコの市場で、一家はルイと“意外な形”での「最後の再会」を果たす・・そして、それこそが「知りすぎてしまった男(とその妻)」の迎える“運命”の歯車が、軋(きし)み回り始めた瞬間でもあった・・

モロッコでのシーンが、どうにも「スタッフの懇親旅行」をもワタシに想起させ(=^_^=)、ちとノリが合わなかったモノだが・・中盤以降で舞台がロンドンに移って(戻って?)からは、作品のペースも次第にリズミカルになって行った感がある。

ウィキによれば、本作ってヒッチ監督自身の旧作『暗殺者の家(1934)』のセルフリメイクらしい! 監督自身に未練があったのか? 最高のキャスティング(と製作費)で撮り直してみたかったのか? 、、は良く分かんないが、楽しんで撮ったはるような雰囲気はあった。

今回は、ルイがベンの耳元で囁いて聞かせた“アンブローズ・チャペル”なる言葉が、いわゆる“マクガフィン(演出上の小道具、或いはキーワード)”ともなってるんだが、それを突き止めるのに「夫(ベン)側」「妻(ジョー)側」の2人の言動をほぼ同時進行で描いてて、それがちょっと小気味良かった。

途中から「とある礼拝堂」が重要なロケーションとなって来るが「そこを突き止めたジョーが、ベンの到着を待つまで」の間の緊張感には、何ともドキドキさせられる(⌒〜⌒ι)

ラストのラスト・・“忘れられてた人々”に脚光が当てられ「すかさず幕」って演出には、ニヤリとさせられもする。
こんなにも“1ツのネタ”を引っ張りに引っ張ったヒッチ監督ってば、なかなか(作品的に)ないんじゃなかろうか? と思ったりもする(=^_^=)

まぁでも・・「ピンポイントな見せ場」的には弱かった気が。「絵になる、インパクトある映像」に欠いてた、ちぅか。

さしもの巨人=ヒッチコック監督にしても「引っ張ること」と「引っ張り過ぎて(間延びしちゃい)ダレること」の塩梅に、ちょっと“残念でしたっぽさ”が漂ってた、ちぅか。 ←そんなことを言ってるお前ってば、一体ナニサマのつもりなのか、ちぅか(=^_^=)

〜 こんなセリフもありました 〜

ベン「異国の良いのは、周りを気にせず愚痴の言えるところだな」
  「言わせてくれ(Let me finished.)」
  「済まないね。息子を迎えに行っててね」

ジョー「“恒例”のケンカをここで始めるつもり?」

ルイ「奥様の歌声は絶品ですな。まさに・・美声だ」
  「私の仕事は・・“利益を生むもの”を買ったり、売ったりしてます」

チャペル「休養だったら“死んでから”たっぷりとるさ」
    「言ってやったよ。いっそ新聞の批評記事欄なんか破り捨てろ、とね」

主犯「チャンスは1度きりだ。2発目はリスクを伴う」
  「行け。演奏会に遅れるのは失態だ」

※「彼は“諜報第2局の工作員”でした。
  ・・FBIと同じようなものですよ」
 「優秀で果敢な諜報員は・・実に短命だ」
 「仕事は大事よ(business is everything.)」

黒幕「浅知恵などイイ迷惑だぞ」

主犯「まだ、希望は十分にある」
黒幕「この期に及んで弁明とは、能天気なことだな」

追記1:観ながら思ったのは・・タイトルを『知りすぎたくなかった男』とした方が(より)正しかったんじゃないか? ってこと(=^_^=)
追記2:“アルバート・ホール”における演奏会の曲。「シンバルを打ち鳴らすタイミング」が重要になってるトコは、シチュエーション的に後年の『交渉人/真下正義(2005)』に大きな影響を与えたっぽい??
追記3:ドリス・ディの歌う『ケ・セラ・セラ(Que sera sera)』のアカペラがメチャクチャに巧く、聴かせてくれる!
追記4:色んなロケーションがあるが・・“剥製工房”ってのは、結構珍しいように思う(・ω・)

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2010年12月10日 (金)

☆『裏窓(1954)』☆

6日(月曜)の夜。今週は“ヒッチコック特集”が組まれとるようで・・連夜、何ともワクワクしっぱなしで仕方がない(・ω・)

尤も、第1弾たる『裏窓』は・・“ワーナー・マイカル・シネマズ高松”で『KiSS&KiLL/キス&キル』を鑑賞後、駆け戻ってから観た訳で「20分」ほど遅れてTVを点けるハメとはなった次第だが・・

まぁ、劇中で“事件”の起こる寸前だったので、あんまし「置いてけぼり的な悲愴感」はワタシの中で漂わなかった、か(⌒〜⌒ι)

巨匠=アルフレッド・ヒッチコック監督が、お気に入りの男優=ジェームズ・スチュワートを主演に迎え、制作した4本(『ロープ(1948)』『裏窓』『知りすぎていた男(1956)』『めまい(1958)』)のウチの2作目。
スチュワートと言えば、同年(1954)『グレン・ミラー物語』にも主演しており、きっと大忙しな1年だったんだろうな、と思う。

・・

右足を骨折したカメラマン=ジェフ(スチュワート)は、車椅子で自宅療養中。
時間を持て余した彼は、仕事道具である“望遠レンズ付カメラ”を手に、向かい(?)のアパートの住人を観察する楽しみを発見する。

そんなある日、裏窓(?)から覗き続けてたソーワルド夫妻の部屋から、妻が忽然とその姿を消したことに気付いたジェフは「夫が妻を殺害したのではないか?」
との疑念を覚える。

やがて、幾つもの“目撃した光景”から、彼はこれを“殺人”と確信するに至り・・恋人であるリザ・フリーモント(グレース・ケリー)と共に、事件の真相を探り始めるのだったが・・

主人公が「部屋から1歩たりと戸外に出られない」(終盤のみ、一部例外があるが)と言う閉鎖的なシチュエーションを維持させつつ、後半には意外なサスペンス&アクションシーンも用意されてて面白い。
最初に本作を観た時は「結局、大したヒネリもなんもないじゃん」「こんなんだったら、舞台劇で見せたらイイじゃん」と直球的な(?)感想を持ってもしまったモノだが・・今回はワタシなりに、少しは分別もついたとみえ(=^_^=)

「上質な密室劇で、イイじゃない」と素直に感心させられた。

特に、悪趣味な主人公の言動(=^_^=)を紛らわせる、ヒロイン役を演じるグレース・ケリーの美しさがハンパじゃない! まるで王女様のようやで〜! と思ってたら、ホントにモナコ公国の王妃様にならはったんやね・・(・ω・)

ラストはジワジワと“魔手”が主人公に迫って来る感の高め方が秀逸だった。本作がなければ『ボーン・コレクター(1999)』も『黒い家(1999)』も存在し得なかったかも知んない(=^_^=)

ジェフが車椅子で「うたた寝してる」のをわざわざ観客に見せつつ・・そのシーンで、向かいのアパートの様子を映す・・その映像演出には「すごいなぁ〜」と唸らされた。「主人公のあずかり知らぬ展開」ってことだから!

〜 こんなセリフもありました 〜

ジェフ「逃げ出した方がイイ時もあるさ」
   「毎日こんな料理なら、夫の愛情も続くだろうね」
   「裏窓の論理を? つまり“隣人からも僕らが見える”ってことさ」

リザ「大変なことよ、男をあしらうのは」
  「“選ばれた人にしか出来ない”なんて言わないで」
  「“適切な着こなし”ぐらい知ってるわ」
  「わざとイヤなことばかり言うのね」
  「私にも、動かせないものがあるのよ」
  「見たことを全部話して! そして、それに対するあなたの考えも」
  「(女性が)無造作に、宝石をバッグに放り込むものかしら?」
  「(女性が)愛用のバッグを置いて旅行に?」
  「(女性は)病院以外に、化粧品や宝石、香水を置いては行かないわ」
  「焦らないで・・夜は長いわ」
  「取引しない? 女の直感と1夜のベッド」
  「奇襲こそ攻撃成功のカギよ」
  「事件はそれで終わりなの?」

ドイル「殺人にしては無謀過ぎる。殺人ってものは、冷静には出来ないことだ。
    見ろ、あの男は寛いでる」

奥さん「互いの生死を気にかけるのが・・隣人って言う関係じゃないの?!」

ステラ「トラブルの匂いがするわ。さっさと看護を終えたいわね」

リザ「強情なのね」
ジェフ「違う。正直なだけさ。
    巧く行きっこないよ、僕ら」
リザ「変われないの? 私たち」
ジェフ「今は、無理だね」

リザ「どうすれば、あなたの気を引けるの?」
ジェフ「君ほどの美人なら、何もしなくていいさ」

リザ「この服、どうかしら?」
ジェフ「・・どうって」
リザ「、、質問を変えるわね」
ジェフ「それは助かる」
リザ「この服、似合うかしら?」

ステラ「夜通し“車椅子でのぞき”とは・・呆れた」
ジェフ「何故、分かる?」
ステラ「眼が真っ赤ですもの」

リザ「彼の顔はどう?」
ステラ「あの顔じゃ、融資は組めそうにないわね」

リザ「結婚指環を外して旅行に? ステラ、あなたなら?」
ステラ「指を切り落とされでもしない限り、有り得ないわね」

ジェフ「君は一体、事件を解決したいのか?
    それとも僕をコケにしたいのか?」
ドイル「出来れば両方」

追記1:「携帯」「ネット」「監視カメラ」などのアイテムを駆使した、本作の現代版(リメイク版)を観てみたい! 「最新の演出」で固めてるんだけど・・軸の部分は“普遍的”ってヤツをね。
追記2:群像劇としては、更に高められる余地があると思う。
追記3:(覗くのが)遠くの窓なモノだから・・相手の「顔」や「会話内容」のハッキリ分からないシーンの多いのが、面白い!
追記4:『スクリーム(1996)』の劇中で、監視カメラでとある部屋を撮影しており、30秒程度の“時間差”のある演出が組まれてて「メチャクチャ巧いな〜!」と感動しまくったのを思い出した。同作の監督=ウェス・クレイヴンも、本作を愛してやまぬ1人なのかも知んない。

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2010年12月 8日 (水)

☆“細かいトコをばポツポツと(←きよし師匠?)”☆

TVで鑑賞したモノを短く(?)まとめときます。

♦『龍馬伝』最終回を“ながら観”した

11月28日(日曜)の夜。結局「全48話を通し、たったの2話目」となるフル鑑賞となったのが、大河ドラマ『龍馬伝』の最終回『龍の魂』だった。
冒頭から「夢ネタ」が炸裂(?)し、独特な印象があったり。
そういや、ワタシがこの作品で大森南朋さん(武市半平太役)のご尊顔を拝めたのは、このシーンだけだった気がするなぁ(・ω・)

終盤の“暗殺シーン”では、別な用事がありハッキリと画面を注視すら出来なかった(×_×)

〜 こんなセリフもありました 〜

坂本龍馬「わしにやるべきことがあったように、おまんにも必ずやるべきことがあるがじゃ」
    「色んな考えがあってええがじゃき」

岩崎弥太郎「眩し過ぎる陽の光は、無性にハラが立つ」

追記:ラスト、弥太郎(香川照之)の“ご臨終”シーンも唐突気味に描かれてた。。何やら「大家族(執事らも含む)に囲まれ、厳かに大往生」って図を予想してたので・・ある意味びっくりさせられた。あんなに無様な最期だったんやろか? って言うか、毒殺疑惑??

どうにも暗殺だよ、コレじゃ。。

※(画像の)無断リンク、済みません。

♦『ライラの冒険/黄金の羅針盤(2007)』

28日(日曜)の夜・・ってか『龍馬伝』を観終わった後からだが・・“地上波初”で「日曜洋画劇場」に降臨した『ライラの冒険/黄金の羅針盤』をダラダラ観始めた。

んでも、、世界観こそ決して悪くなかったんだが・・久々に途中で寝てしまい、いつの間にか(放送は)終わってた(×_×)

ってことで、作品自体については「な~んも言えん」ワタシだが、ニコール・キッドマン演じるミステリアスな美女“コールター夫人”の蒼い瞳がかなり魅力的に映った☆

なお、ダニエル・クレイグ&エヴァ・グリーンの『007/カジノ・ロワイヤル(2006)』コンビが再度タッグを組んで(たの?)出演したはったらしいが・・全然記憶に残ってないワタシ(⌒~⌒ι)

♦『刑事コロンボ/影なき殺人者(1991)』

12月2日(木曜)の夜。この夜は雨の中の帰路となり、なかなかに酔っ払ってたワタシだったが・・とある地下道の下りスロープにて“尻餅スタイル”で派手にスッ転んでしまい、スーツの左背部がドロドロに汚れてしまったのだった(×_×)

自身では「酔ってたせいじゃなく、濡れたスロープのせいである」と断言しときたいが(・ω・)

帰宅後、1時間20分ほどの遅れで(←もう事件解決寸前じゃん!)衛星第2で放送されてた『刑事コロンボ/影なき殺人者』の終盤のみ観ることとした。

どんな事件なのか? 被害者は無論のこと、犯人がどんな人物なのか? すらさっぱり掴めなかったが(=^_^=) 嬉しいことに“オチ”の部分のみは記憶しており(以前に観たことがあったンだろう)「あ、スピード違反の証拠写真のアレやったんか!!」と。

何だか「トリックがキモ」である本シリーズにしたら、かなりお粗末感(≒ポンコツ感)のある本作だが、、まぁワタシなりに、衝撃を受けたんだろう。。

そんでも、ラストまで頑張って(=^_^=)観て“オチ”を知ればこそ・・邦題『影なき殺人者』の意味も分かるってもんでしてね、ええ。

~ こんなセリフもありました ~

コロンボ「ずっとこのクルマに乗ってるんだけど・・
     この屋根下ろすのは、実はこれが初めてなんでね」
    「あなたを逮捕します。容疑は殺人・・後は頼むよ」

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☆『刑事コロンボ/かみさんよ、安らかに(1990)』☆

ハナシは少し戻り、1日(水曜)の夜。
衛星第2で放送された『刑事コロンボ/かみさんよ、安らかに』を観た。

“新・刑事コロンボ”シリーズの中でも、かなりな異色作と思われる(←同シリーズの総てを観た訳じゃないが、たぶん)本作。

冒頭から、我々に「コロンボ警部(ピーター・フォーク)の愛妻(=かみさん)が亡くなったこと」が唐突に知らされ、その葬儀シーンが映し出される。何とも“いよいよ制作側も、禁じ手を大きく打ち破って来たな〜”とさえ思わしむる、強烈なインパクトだ!

物語には3ツほどの構成があり、

1)犯人でもあるヒロイン=ヴィヴィアン・ドミートリーの夫=ピートを巡る過去の事件(コロンボがピートを逮捕)
2)ヴィヴィアンによるチャーリー・チェンバース殺害事件(コロンボが捜査主任)
3)コロンボのかみさんの死去〜葬儀

この3ツを 3) ⇒ 2) の流れで、時間軸をすげ替え、或いは弄びながら(=^_^=)物語は展開する。
ヴィヴィアン自身の独白&回想で 1) については触れられるんだが、犯人が明らかである“いつもの倒叙モノ”だってのに、複数の登場人物が葬儀の場でコロちゃんに対し「(好き勝手に)独白を放つ」トコが実に奇妙だったりする。
コレって「犯人当ての要素」なんかを練り込もうとした“脚本の初期稿の残骸”なんやろか?

総じて観ると「ロス市警ぐるみで仕掛けた、“たった1人をダマすための”壮大なドッキリ」って風でもあるんだが・・終盤でマトモにビンタされるコロちゃんが、悲しいような、情けないような、それはそれで情け深いような、独特な雰囲気を放っていた(・ω・)

〜 こんなセリフもありました 〜

コロンボ「後でゆっくり検討してみるよ」
    「いえ、大した事じゃ・・ちょいとした質問だけです」
    「かみさんは、何を植えても枯らしちまうんです」
    「かみさんこそ“命”ですから
    「1つ、頭痛の種がありましてね」
    「いやいや、コレはお決まりの手続きでして」
    「書類上、筋を通せばイイだけです」
    「ここのチリは“究極のチリ”って奴でね」
    「君は有能(な刑事)だが、間違った方向に進もうとしてるね」
    「この店じゃ・・“ハインリッヒ”なんて名の奴がチリを作ってるのか?」
    「犯人は“斧でもぶち破れないようなアリバイ”を作ろうとしてるワケだ」
    「今あるのは、推理と状況証拠だけだね」
    「残念ながら・・子供には恵まれませんでしたが」
    「かみさんは、ただ滅多矢鱈と忙しい女性でして」
    「何しろ、捜査は時間が勝負なので」
    「あたしはまるっきりダメで」
    「あいつ(部下)の乱暴運転と来たら・・」
    「自宅の電話は公表出来ないんですよ。“イカれた連中”が多いもんでしてね」
    「今日の収穫がこのコイン1枚じゃ、とてもツイてるとは言えないねぇ」
    「いんや、あたしは確信してるんだ」
    「問題は、それが証拠にはならないってこと。れっきとした証拠は1ツもないんだよ」
    「あたしも癇癪を起こしたくはないんですがね」
    「これ、ホントにいけますねぇ」
    「こと謀殺に関して、斟酌の余地は全くありませんねぇ」
    「何の話だか・・分からんが・・何にも言わない方がイイですよ」
    「こいつは“自白”と見てイイんですか?」
    「お気の毒だ、とは思ってます」
    「連ドラなんて、1回見落としたってすぐに追いつくさ。そう言う造りになってるんだから」

ヴィヴィアン“あんた、何故泣かないのよ?”
      “あんた、まだ気付かないの?”
      “あんたはバカよ、コロンボ・・チャーリーと同じようにね」
      「彼は“刑務所に殺された”のよ」
      「あんたに明日はないわ」
      「まずあんた・・次があの刑事」
      “これは報復よ・・コロンボ”

チャーリー「ああ言う手合いは騒ぐだけで、結局は“知りすぼみ”さ」
     「昔のことだ。“悪い夢を見た”と思って忘れろよ」

部下「この写真は、グレース・ケリーじゃなくキム・ノヴァクですよ」

医師「勧められないと言うのは、つまり・・勧められないと言うことです」

追記1:コロちゃんの母親は当時、82歳だったそう。
追記2:コロちゃんの好きな人物は「ゲイリー・クーパー」「マーク・トゥエイン」「ルイ・アームストロング」の3人。
追記3:犯人の殺意が刑事その人じゃなく、その家族に向かうトコが・・ホンマに恐ろしい。描き方が全然違うンだけど・・やはり『セヴン(1995)』を連想してしまったワタシ。犯人が「逃げ切ろう」と必ずしも思ってなかった(?)トコも不気味だし。

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2010年12月 7日 (火)

☆『KiSS&KiLL/キス&キル』☆

8日(月曜)の夜。
先週末と言えば、旅行に行ってたりもし・・5日(金曜)〜7日(日曜)にかけては、PCにも、TVにも殆ど向き合えないような、珍しい(?)数日となった。

今日は・・夕方から鼻水が止まらなくなり(左鼻腔のみ)、全身が発熱し始めてるような“ヤバい体調”に傾きつつあったんだが・・「そろそろ、何か観とかないと、まず落ち着かんし」と思い、仕事帰りに“ワーナー・マイカル・シネマズ高松”へと向かい、新作ラヴコメ(?)『KiSS&KiLL/キス&キル』を観ることとした。

しかしアレだ・・平日の夜とは言え・・シアター内に観客が(ワタシを含め)たったの4人。。
やっぱり、アカンのかなァ・・(・ω・)

んでも、観終わったら「何故か」体調が回復してたようで。
多少はムリしてでも、直感&意欲の赴くままに突っ切った方が、良い場合もあるようである・・尤も、コレは「巧く行った場合の結果論」でしかないが。。

南フランス・ニース。父母と共に“傷心の家族旅行”でこの地にやって来たお嬢様=ジェン・コーンフェルド(キャサリン・ハイグル)は、ホテルのエレベータで偶然に乗り合わせたマッチョな青年=スペンサー・エイムス(アシュトン“カッちゃん”カッチャー)とお互いに惹かれ合う。
「経営コンサルタントをやってるんだ。企業に雇われ、社員に“クビを宣告する”のが僕の仕事でね」と屈託なく話すスペンサーが、ジェンの父母と「家族ぐるみの交際」を始めるのに、それ程の時間はかからなかった。

しかし実は・・スペンサーの正体は、CIAに所属する「プロの殺し屋」だった。

普通の生活&普通の家族に憧れ続けていた彼は、ジェンとの出会いをきっかけに“ニースでの暗殺指令”を最期に、この業界から足を洗うつもりでいたが・・彼のボス=ホルブルックが、それを許す筈はなかった・・

スペンサーの暗殺にかけられた賞金は2000万ドル。
その大金を狙い、次々と彼に襲いかかる殺し屋たち・・当然ながら、ジェンとその父母にも刺客の魔の手は迫るのだったが・・

ワタシとしては「世界を股にかける青年エージェント(ヒットマン)の恋&冒険」がたっぷり拝めるモノ、と期待値を(勝手に)高めてたワケだが・・実のトコ、残念なことには「ロケーション的」にも「ストーリー的」にも、本作ってば前半(?)で“(ステージの変更により)かなり物語世界がその自由度を失う(ってか、ショボくなる)”次第となり、そこがメチャメチャに悲しくなったモノだ(×_×)

作品のコンセプト的に「世界的な凄腕の暗殺者がフツーの家庭に入ったら」みたいなシチュエーションこそが、本作の(コメディ面での)面白味なんだろうけど、そっち系(どっち系?)に全然期待してない、ワタシのような観客からしたら「実に辛いな〜」と。

無論、一般の家庭人となったスペンサーには、色んなカタチで殺し屋がバンバン襲いかかって来るんだけど「そう言うアクションが観たかったンじゃないンだよ」ってね・・

“カッちゃん”は、ビルドアップした大胸筋&腹筋を見せつけてくれるし、彼のアゴ(←ワタシの注目ポイント(=^_^=))もイイ具合に割れてて良いんだが・・何となく「トム・クルーズの後継者を狙ってるようでいて、まだまだオーラが弱いカモ」と思うし、ヒロインさんに至っては「どうにも魅力がないぞ?」と、全然観ててドキドキ感がなかった(×_×)

ご尊顔は、何処となくミシェル・ウィリアムズさん系なような・・年を経たらダイアン・ウィーストさん系になって行かはりそうな(・ω・) あ、でもこの女優さんって『暴走特急(1995)』でスティーヴン・セガール(ケイシー・ライバック役)の姪=サラ役を演ったはったんやね、、全く気付かんかった(⌒〜⌒ι) 15年の経つのは早い、、

原題は『KiLLERS』と言うそうで、、確かにそっちの方こそ「内容的にしっくり来ますやんか」って感がある。
にしても、何故に途中でこんなに内容がショボくなっちゃったんやろ? 残念。。(何しろ、いきなし“3年”も経つからなァ)

〜 こんなトコも 〜

・日本語字幕担当のしとが、伊原奈津子さんと仰ると! “奈津子さん”と言うその響きだけでインパクト十分!(=^_^=)
・次々と襲いかかる殺し屋たち! しかし「そのタイミング」で、良いのか? そして良かったんか? キミら?
・普段は“人畜無害そうな”サエないキャラたちも、いったん“殺し屋の正体”を現せば・・少しはサエ・・る? のか?!
・「殺し屋同士の誤解」ってば、あんなことでホンマに解けるの?
・劇中に、警官が1人も登場しなかった! せいぜいスーパーの警備員どまり(=^_^=)
・『キル・ビルvol.1(2003)』における“台所で死闘を繰り広げる、非日常的なシチュエーション(ネタ)”の拡大版って感じやろか?
・着地点は・・結局“さして笑えぬコメディ”って感じだった、、
・“カッちゃん”ご自身がプロデューサーも務めてる本作。“あの奥様”も制作に立ち会われたんやろか?
・“カッちゃん”の“口ひげ”は・・余り似合わない気がする(・ω・)
・父親役のトム・セレックの存在感は十分! “カッちゃん”を妙に圧倒する“貫禄”が漂ってた(=^_^=)

〜 こんなセリフも 〜

スペンサー「今宵、ステラ・マリスで逢うのはどう?
      他に“ロクな予定がないなら”だけど」
     「女性って触られるのがキライなのか?
      だったら、これからは“手口”を変えなきゃ」
     「どんな願いでも叶うなら・・僕は“普通の生活に落ち着きたい”な。
      昔から“ご近所付き合い”ってヤツに憧れてるんだ」
     「君は“服抜き”でステキだ」
     「平凡な毎日が、1番イイんだよ」
     「僕にも“告白すべきこと”が・・」
     「僕は仕事で人を殺してる。無論、標的は悪人で、善人は殺さないけど」
     「これが始まりだとイイんだが」
     「つまり、要点は・・(My point is..)」
     「彼女を頼っています。その逆じゃなく」
     「分かった。負けたよ(You killed me.)」
     「すぐ? かなり急いでくれ!」
     「銃、持ってて・・お疲れ!」
     「大丈夫さ。震えはすぐ止まる」
     「他にも撃って来たヤツがいる」
     「さ、乗ってくれ。怒るのはクルマの中でだ」
     「僕は、とある“許可証”を持っているんだ」
     「過去は確かに変えられない。でも、今は(未来を)考える」
     「おいおい! 味方は1人もいないのか?!」

ジェン「筋肉は、使わなきゃ落ちるものね」
   「飲むペースを落とさなきゃ(Slow down.)」
   「彼の“神々しいボディ”に全然慣れなくて」
   「言わないで(No judging.)」
   「あなたが殺し屋なら、私のお婆ちゃんのあの車椅子も“偽装”かもね?」
   「まだ更に銃があるの? ステキなことね」
   「どうするの? コレはつまり“今、どうするか”って話だけど」
   「これからは、クルマを盗んだらまず満タンにするわね」

父「安全って言葉は、セクシーに響くぞ」
 「私の靴は“エドワード・グリーン”だ。上質な物を良く手入れすれば、
  その価値は半永久的に失われないだろう」
 「親以上に、誰が信用出来ると?」

母「正直で優しい男を見つけなさい。そして秘密のない男をね」
 「“あなたの欲しい物”を、私が持っているかも?」
 「覚えてない? いいわ、なら忘れて」

ボス「“恋の熱病”にでも冒されたか?
   銃を撃ちまくって、モデルを抱けばすぐに治るさ」
  「我々がいるから、世間は平穏でいられるんだ」
  「この仕事に、自由などないぞ」
  「“生まれ変われる”などと思ったら大間違いだ」
  「“郊外のゾンビ生活”はどうだ?」

殺し屋1「どうした? 2階に銃でもあるのか?」
    「椅子を壊して済まない。新品だったろ?」
    「刺客が俺1人だと思ったか?」

殺し屋4「仕留めたわ・・それにしてもあなた、どんな悪さを?」

※「“3年目の居眠り”って言葉を? つまり、幸せな日常に慣れて来るのよ」
 「泥棒猫は、セ※クス話が堪能なモノよ」
 「どうした?(What's with you?)」
 「殺(や)らなきゃ、こっちが殺られる」

スペンサー「問題があるなら、そっちで勝手に片付けてくれ」
ボス「片付けなければ“お前の問題”になるぞ」

友人「彼とのセ※クスは?」
ジェン「しょっちゅうよ」
友人「なら、大丈夫ね」

ジェン「昨夜は楽しかったわ」
母「ええ。こっちはそのツケを今朝、払ってるんだけどね」

ジェン「それってサバ読み?」
スペンサー「本当に15人さ」

スペンサー「今からクルマを盗むけど、文句言うなよ」
ジェン「殺しに比べたらずっとマシよ。早いトコやっちゃって」

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2010年12月 2日 (木)

☆『刑事コロンボ/完全犯罪の誤算(1990)』☆

30日(火曜)の夜。
衛星第2での“コロンボ・ウィーク第2夜”ってことで観たのが『刑事コロンボ/完全犯罪の誤算』だった。

タイトル(邦題)がまず大げさな感じで、それだけで「ちょっとなァ」って思ったワタシだったが・・犯人役があの(どの?)“パトマグ”ことパトリック・マクグーハン氏ってことで、俄然興味が高まって来た(=^_^=)

今回は、将来有望な下院議員=ポール・マッキーの“懐刀”とも言うべき敏腕弁護士=オスカー・フィンチを演じるパトマグ氏。
21年ほど前の“汚点”をネタにゆすって来た男=フランク・ステイブリンの頭部を撃ち抜き殺害する。

完璧な“現場づくり”でもって、被害者の「ピストル自殺」に見せかけることに成功した筈のフィンチだったが・・

今回は、高慢で短気な弁護士役を、実に憎たらしく好演したはったパトマグ氏。とりわけインパクトのあったのは、コロンボ警部(ピーター・フォーク)の愛車=プジョー403(1959年式)に対し、フィンチがぼろくそに言ってたトコ(×_×)

「私の駐車スペースに放置されてる、あの“ガタガタのクズ鉄”をレッカー移動してくれ」
「あの“腐りかけのクルマ”は君のか?」

にしても・・本作におけるパトマグ氏の“化けっぷり”はなかなかだった!
『刑事コロンボ/祝砲の挽歌(1974)』と『刑事コロンボ/仮面の男(1975)』における、それぞれの犯人キャラの造型はまだしも同一俳優と特定可能だが、今回は髪型やヒゲの具合でちょっと気付きにくい。

流石は名優って感じで、身のこなしや性格付けも意識的に変えておられる! 悲しくも、毎回、最期には捕まってしまうンだけど。。(←そりゃそうやろ)

このエピソードでは、2人の人物が口裏を合わせ“偽証”するんだが、それぞれが細かい部分でチグハグなことを証言するもんだから、、そこからかなり“鉄壁なハズのアリバイ(現場不在証明)”にヒビの走った風はあった。

だが、敵もさるもの。
コロンボの執拗な追求に対し、弁護士ならではの即興的な(?)弁論で、トボケたり開き直ったりと激しく抵抗する。

そんな中、違う部分から“王手”を放ったコロンボの手口が鮮やかだった。
まさに「現場が犯人を指し示した」って具合である。

〜こんなセリフもありました 〜

コロンボ「実は、1つだけ引っ掛かることがあるんだよ・・
     “銃の下側”に血が1滴も付着してない」
    「メモっとかないと、すぐ忘れるなぁ」
    「あたしとしても、こんな時に不本意なんですが・・」
    「あたしは、こう言う“ハイテク機械”って奴が苦手でね」
    「法廷では、絶対にあなたを敵に回せませんな」
    「“辻褄が合わないんで悩んでいたこと”が解決しました」
    「あの時は全く・・いやいや、その話はやめときましょう」
    「そんなこと、思い付きもしませんでしたよ」
    「これは、言うなれば“職業上の訪問”でして」
    「思うようにはいかないもんです」

フィンチ「大成するに、妻は“不可欠な要素”だな」
    「君は開けっ広げの様で・・なかなか抜け目のない男だな」
    「あのクルマ、良く動くねぇ・・驚きだ」
    「私にとって、時間はまさに“生命そのもの”なのだ」
    「面白いな・・だが“説明不可能”ではないだろう」
    「すると、君の“水晶玉”はどう推理したんだ?」
    「君には、何とも失望したよ」
    「君の言う“状況証拠”など、単なるたわ言だよ」
    「早く“茶番の幕”を開けてくれ」
    「また“憶測尽くめのたわ言”かね?」

フィンチ「ほう? どんなホワットだね?」
コロンボ「いえ、ホワット(What)じゃなくてファックス(Fax)です」

コロンボ「雨に打たれた? ジーン・ケリーのように?」
店主「そう。雨の中を歩くとこうなります」

※「何でも訊きな。俺の頭は“女房のお墨付き”だ」
 「生まれ付き持っているか、持っていないか。“カリスマ性”は仕込めませんよ」
 「その時はよろしく。1票で勝つこともありますから」
 「立証出来るのか? 君の推理など総て“空中楼閣”だ」

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2010年12月 1日 (水)

☆『刑事コロンボ/殺意のキャンバス(1989)』☆

29日(月曜)の夜。
衛星第2で「刑事コロンボ」と言えば・・「毎週木曜の夜」と相場が決まってる訳だが(そうか?)、今週は月〜木曜の4夜連続でイッキに4エピソードもが放送されるってんで、実に忙しない(⌒〜⌒ι)

今回は、浜辺の豪邸に3人の女性(元妻+妻+恋人)と暮す、大物画家=マックス・バーシーニが鉄壁っぽいアリバイを携えて、我らがコロンボ警部(ピーター・フォーク)に挑戦する。 ←正しくはコロンボが犯人に挑戦するワケだが、、

「新シリーズともなれば、色々と演出面で工夫しとるんやねぇ〜」と感心することもあるが・・本エピソードでは、

・開始後わずか3分でコロちゃん登場! ・・ってか殺人事件まだ起こってないし!
・事件発生後、被害者が生前に訴えた“悪夢”をネタに推理を進めるコロちゃん!(被害者が再現映像の中で復活!)
・犯人ってば、過去にも(別な)殺人を犯してる!
・序盤から「裸婦デッサン」のシーンが演出され、お子ちゃまの鑑賞に配慮を要する(=^_^=)

と言った特徴があり、それはそれでインパクトがあって面白かった。

後半では、犯人とは別なトコで2人の女が本音で語り合う(?)シーンが用意されてて、「あってもなくても、まぁ通じるような場面(演出)なのに、わざわざ丁寧に描いてるトコが面白いなァ」と感じた。

犯人がセレブであり、財力&社会的地位面で一介の刑事(コロちゃん)を圧倒する存在ってトコは、まさにオーソドックスな「コロンボシリーズ」なんだけど・・頭脳的に彼を圧倒しまくる・・ってまでのキャラ造型ではなく、その点では「犯人としては、どうにも格下やなァ」と決め打ってしまったモノだ(・ω・)

〜 こんなセリフも 〜

コロンボ「もし(犬のコンテストに)愛情って部門があったら、
     こいつは間違いなくチャンピオンですよ」
    「こんな折でなく、お会い出来たら良かったのですが」
    「今のトコロはこれで。もう退散します」
    「あたしを描いてくださる? ・・こりゃすごいや」
    「ああ、質問を思い出しましたよ」
    「最初に頭に浮かんだことが、案外“重要なこと”を引き出す
     きっかけになることがあるんです
    「いいえ、あなたを疑うなんてトンでもない」
    「お前、ダメだってさ・・“犬は描かない”ってさ・・
     ここに置いて(=繋いで)よござんすか?」
    「夢の中に、何かの意味があるのは確かなんですが」
    「繰り返し見る夢には、その中に“他の謎”が含まれるものです」
    「失礼ですが、“そう言うタイプ”にはお見受けしませんが・・」
    「この犬とあたしは、お互いにフィーリングが分かるんです」
    「実は、問題が1つあるんです」
    「忘れると言うことは、無くすのと同じことです」
    「恐らく、そこがポイントなんです」
    「“殺人課”は好きだよ。キレイな仕事だから」
    「あたしのオジ貴が医者やってたけど・・
     聞くのは患者の泣き言ばかりで。
     でも、良くなるとハガキ1枚、てんで寄越さないって」
    「良ければポーズしたいんですが」
    「これで解決かも知れませんよ?」
    「まぁ、それはどうでもよござんす」
    「仰ったように、仕事はやり通さねば」

マックス「退屈は永遠のことだ」
    「俺に力を与えられるのは、君だけだ」
    「総ては、あるべきところにあるさ」
    「さぁ、俺の人生を満たしてくれ」
    「今か? 満足ってものについて考えてる所だ」
    「チョッピーナは沈黙のうちに食べるものじゃない」
    「俺になれる奴なんかいないんだ! 俺でさえも!」
    「友人として言っておく・・もし仕事の邪魔をしたら・・
     お前の腸(はらわた)も骨も、このキャンバスの中に塗り込めてやる」
    「君はこれでもう、俺を傷つけない」
    「愛が必要な時に、お前らはケンカばっかりだ!」
    「私も、君のコートの袖に作品を残そうとは考えてないさ」
    「言っておくが、俺が描きたいのは“警官の魂”だ」
    「男には、思いやりを求める資格があるんだ」
    「何しろ夢だからな。総ては見えない所にある。
     意味を探ろうとしても見つからんだろう
    「痛みを伴う関係は、早く終わらせるべきだ」
    「夢までが私のせいにされるとはな」
    「ついに正体を現したな?」
    「結局、“眼で見た通り”に描くことになる」

ヴァネッサ「人生には、幸福よりも大事なものがあるの」
     「愛とは・・つまり幸福」

コロンボ「このアトリエで、何か恐ろしい体験を?」
マックス「貧困を“恐怖の体験”と言えるならな」

マックス「居心地は?」
コロンボ「余り良くないです」
マックス「では、慣れることだ」

マックス「鑑識係がそれを言ったのか?」
コロンボ「いいえ。クリーナーの缶に書いてあったんです」

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