« ☆『刑事コロンボ/殺人講義(1990)』☆ | トップページ | ☆“新型エア”が届いた!☆ »

2010年11月 9日 (火)

☆ちょこっと&ぼちぼち再開の“エエ言葉”【特別篇】☆

(実家に)帰阪した際の「ちょいとした楽しみ」と言うべきモノがある。

それは、台所(の机の上)に置いてあったり、自室(の机の上)に置いてあったりする、地元の図書館で家人が借りて来てる本をパラパラとめくり読むことである。

一番面白いのは・・それが“ワタシが図書館に行った場合、恐らく借りないだろうし、そもそも気にも留めないやも知れぬなぁ”と思っちゃうような本であり・・尚かつ、意外に楽しめた時である。

今回は・・近年亡くなられた名作詞家・阿久悠氏の著書『華/君の唇に色あせぬ言葉を』が台所に無造作に置かれてた。

コレを何気なく読み始めたら・・刮目せざるを得ない言葉の洪水がどっと押し寄せ、取り憑かれたように(=^_^=)ページをめくり続けたワタシなのだった。

そんなワケで、心に残った幾つかを紹介させて頂きたい。

同氏と言えば・・「ヒットメーカー」の名に相応しい名作詞家ではあったモノの・・生前は(と言うか正直、本書を読むまでは)ワタシの中で「小手先でヒットソングを書く人」「ミーハーな歌詞でお気楽に稼いだはる人」ってな誤解が根強くあった。

無意識的にせよ、ご本人の「シャレのようなペンネーム」がまず、好かなかったのかも知れない。

しかし、本書に出逢え「スゴい方やったんやな〜」とかなり打ちのめされてしまったワタシだった。

・・・

阿久 悠(作詞家、作家、1937-2007)
 「風貌は表層のことであって、人間の本質はそうそう簡単に見抜けるものではない。
  ぼくらは、優しさや、愛でる心や、凛とした誇りや、
  こういったものを傷つけないように包み隠して生きているのだともいえる。
  (中略) 本質はそうそう見抜けるものではないといったが、
  見抜かれてしまうことが1つあって、それは作品である」
 「作詞家というのは因果といおうか、面白いといおうか、
  見えないところのものを見ようとする」
 「近頃では、窓は飾りのようになって、せいぜいは風の出入りぐらいで、
  人間がもの想う場所ではない」
 「遠いという感覚が、かつては距離であったものが、今は時間になっている」
 「夜ふけての音は風や雨が立て、花は音もなく散るのである。
  しかし、椿は違う。重さを感じさせて、地面に音立てて落ちる。
  椿の場合、散るとは言わないのかもしれない」
 「ぼくは作詞家であるから、ほぼ習慣的に、すべての事象を悲しみのかたりべと、
  喜びの伝令に分けて感じるところがある」
 「上手に生きるには、フワリと迷い子になることである」
 「文章にはユーモアが大切だと思っている。ユーモアを感じさせるということは、
  ことの本質をついているか、意外の切り口で驚かせているか、
  そのどちらかであると思うからである」
 「しつけという字は、躾と書く。身と美の組み合わせを
  しつけと読ませる国に育ったことを、
  もっと本気で感謝した方がいいかもしれない」
 「それにしても、『きれいなバラにはトゲがある』のトゲの存在が、
  なかなか意味ありげで、その意味深さを悟った時、
  ぼくは大人になったことを自覚したのです。
  (中略) 手の傷は小さく、胸の傷は大きく。
  何とも、大人の仕打ちじゃないですか」
 「音があふれている。音に慣れている。
  (中略) 音のない時間がなくなった。夜が更けて世間が寝静まっても、
  冷蔵庫などがそれぞれ小さい唸りの音を立てているのだ。
  現代人は静寂の刻を失ってしまったのである。
  心を失ったのと同じかもしれないと、ふと思う」
 「時代は少しばかり殺伐としてきて、すべてが荒事の感じがします。
  はっきりさせるべきことは、はっきりさせた方がいいのですが、
  そのことと身も蓋もない結果を出してしまうこととは違います」
 「生きている間には、自分が望む答えと真反対のことも、多く存在します。
  実は恋なんて真反対がほとんどで、ぼくは、
  『うまくいく恋なんて恋じゃない』・・と歌の詞に書きました。
  純粋な恋愛の成立の確率なんて、そういうことです」
 「写真はたしかに真実を写すものであるが、それは切り取った百分ノ一秒の真実であって、
  時の流れの中の真を伝えるかどうかわからない。
  早い話、道に倒れた人に手をさし出している写真を見て、
  救(たす)け起こそうとしているのか、
  つき飛ばした瞬間なのか、その判別はほぼ不可能である。
  (中略) 写真の真実とは、かように想像をかき立てるもので、
  凍結した瞬間などではない。あとさきがある」
 「話し言葉というのは、強引な伝達や強制ではなく、
  自分の思いをなるべく誤解なく相手に伝える、願いのようなものである」
 「蓮の花が咲く瞬間を見たことはないが、それはきっと、
  スローモーションの極致のように、動きを止めることなく、
  滑らかさを失うことなく、夢のように開くに違いない。
  (中略) 蓮の開花には音はない。
  ただ、それなのに空気には震動を伝え、水の上に微妙でやさしい波紋をつくるのだ」
 「若い頃、生意気にも、モネの睡蓮の絵の世界に恍惚となるようになっては
  おしまいだと思っていた。
  (中略) しかし、その時から既に五十年近く過ぎ、近頃では、
  おしまいだよとは思わなくなった。それどころか、絵から匂いも風も
  空気の濁り具合も感じるようになり、ゆったりとした時間の中を漂っているのである」
 「贈りたい気持が、贈った事実を超えることはまずなく、
  やはり実行しなければ届かないのが花であり、気持なのである」
 「無駄と無茶を怒られても、無関心を責められるよりはずっといい」
 「悲しみは温かさと明るさと、グラマラスな肉体と真赤な大輪の花にもある。
  ただ、悲しいと感じて貰い難い。
  作詞家としてのぼくの悲願・・大仰だが・・は、目にしみる青空とハイビスカスの
  自然の精気を描きながら、なお切なく悲しいと感じさせる詞である」
 「今、人に空想がない」
 「もしかしたら、名を拒む草や花があるかもしれないじゃないですか。
  拒むですよ」
 「今の時代、人工的なものがいろんなことを支配して、季節にさえ人工着色してしまう
  ようなところがあるから、透明は貴重である」

|

« ☆『刑事コロンボ/殺人講義(1990)』☆ | トップページ | ☆“新型エア”が届いた!☆ »

コメント

こんばんは。
このシリーズ、いいですね。(*^_^*)

>台所に無造作に
>ページをめくり続けたワタシ

意外にも、もしかしたら御家人はTiM3さんに手にとってもらいたくて(或いはTiM3さんがふと目にとめてその本を手に取られることを確信的に予測されて)のことだったのかもしれませんよ(*^_^*)。
やはり家族ってそういうところ、相通じるものってあると思いますから。

>「上手に生きるには、フワリと・・・・」

噛み締めて噛み締めて、味の変化を楽しみたいような奥の深い言葉ですね。

>「悲しみは温かさと明るさと・・・・・なお切なく悲しいと感じさせる詞である」

この一文自体に私は切ない悲しみみたいなものを感じました。
なるほど阿久悠さんて凄いお方やったんですね。


投稿: ぺろんぱ | 2010年11月10日 (水) 19時53分

ぺろんぱさん、ばんはです。

明晩は・・コロちゃん! でしょうか?(知らんがな)

>このシリーズ、いいですね。(*^_^*)

有難うございます。
ワタシ自身、何の知恵も捻ってはいないのですが、、(⌒〜⌒ι)

>手にとってもらいたくて
>のことだったのかもしれませんよ(*^_^*)。

言うてくれたら、読みますやんか〜(=^_^=) ←誰に言うとんねんな

>奥の深い言葉ですね。

ワタシが一番好きなのは「蓮の開花」を綴った言葉でしたね。

>この一文自体に私は切ない悲しみみたいなものを感じました。

もし、悲しくなったら・・涙がこぼれないように、鼻をつまむのですよ・・

>なるほど阿久悠さんて凄いお方やったんですね。

亡くなられてから気付くとは、、
と、そここそが悲しかったのです。

投稿: TiM3(管理人) | 2010年11月11日 (木) 00時45分

家においてある人の借りた本、なんか秘密っぽくていいですね。
私も時々家人の本を発見しますが、なんかドキドキ。

> 一番面白いのは・・それが“ワタシが図書館に行った場合、恐らく借りないだろうし、そもそも気にも留めないやも知れぬなぁ
そうですね、こんな時に読んだらなんか惹かれることも。一方、以前自分が借りた本があったら、思わず「これ!おもろかったで~♪」と言ってしまいます。

こんな楽しみ方もあるんですね。

投稿: west32 | 2010年11月12日 (金) 23時29分

westさん、ばんはです。

金曜夜〜日曜夜と高松に不在でして、返信が遅くなり失礼しました。

>家においてある人の借りた本、なんか秘密っぽくていいですね。
>私も時々家人の本を発見しますが、なんかドキドキ。

栞(しおり)の挟んである頁、とか走り書きされたメモとか
入ってたら、なおドキドキしますでしょうね(=^_^=)

奥様が例えば、渡辺淳一作品を読んでたら、
旦那様としては如何なのでしょう・・?

>そうですね、こんな時に読んだらなんか惹かれることも。

手に取るってことそれ自体も体調やら、気分やら、時間やらの
問題(?)をクリアしてのことでしょうから、それはそれで
大した縁(えにし)だと思うのです。

>一方、以前自分が借りた本があったら、思わず
>「これ!おもろかったで~♪」と言ってしまいます。

知った方に本を薦めるのも、ちょっと難しいですよね。

私的には、この土日で、夢野久作の『あやかしの鼓』を読み、
かなりその緻密な構成に驚かされたのですが、
ちょっとおススメする方は選ばないとあかんな〜と思ってしまいます(=^_^=) ←因みに青空文庫からダウンロードしたテキストデータを
iPhoneのアプリで読んだものです。

>こんな楽しみ方もあるんですね。

何気なく読んだ本が、一生モノとなるかも知れませんし、ね。

投稿: TiM3(管理人) | 2010年11月15日 (月) 00時50分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« ☆『刑事コロンボ/殺人講義(1990)』☆ | トップページ | ☆“新型エア”が届いた!☆ »