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2010年11月30日 (火)

☆『REDLiNE』☆

29日(月曜)。
仕事の帰り、直感的に思い付いて、またまた商店街の中にあるミニシアター“ソレイユ”で『REDLiNE』を観て来た。

たまたま、と言おうか(=^_^=)本日は“メンズデー”だったので、少しばかりはおサイフに優しい料金での鑑賞が叶った(←後でお土産を買ったので、結局お優しくは済まなかったが、、)。

27日(土曜)の鑑賞は私服で、今回はスーツで行った訳だが、支配人さんはワタシの顔を覚えておられるようで「立て続けにご覧になられるんですね」みたいなことを言われ、少し驚かれた風もあった。

ワタシ自身は、こう言う「間髪いれぬ鑑賞スタイル」のことを“ミフネ鑑賞”とでも名付けようと思ってたりするんだが(=^_^=) ←連続で2回観る(斬る)ことから・・

今回、チケット購入時に「本作は如何でしたか?」みたいなことを問われたので、ワタシなりの感想「レースに絞っての物語が観たかったンですけどね」的なことを答えたように思う。
ワタシの言わんとするトコが正しく通じたかのかどうかは・・分かんないけど(・ω・)

この2回目は、展開&キャラ名が分かってたのもあり、より寛いだスタイルで観ることの叶った気がする。

因みに、今回はシアター内に8〜10人ほど入ってたようだ。

〜 こんなセリフも 〜

JP「だいぶかかったろ? あのトランザム」
  「レーサーとメカニックは一心同体だ」
  「3回、(加速を)行きたいんだよ」
  「プロのことは、プロに任せるよ」
  「“補欠”じゃなく“オブザーバー”って言ってよ」
  「俺は(レースをする)大した理由はないよ」
  「こんなとこで、1回目を使うとはな」

フリスビー「性格とウデをごっちゃにするなよ
     「キチンとチューンナップしなきゃ、そもそも※※※なんて出来ねぇ」

ソノシー「ナニそれ? もう帰れば?」
    「もう少し、鍛えなさいよ」

鐵仁「勝利者には“強烈な一発”が必要なのだ」
  「面白いじゃねぇか」

組長「JP君は“すごく優しい男”と聞いている。そう信じたいものだね」

店長「自慢じゃないが、ガラガラなんだよ!」

解説者「これは・・見るからに“見てはいけなそうな”兵器ですね」

オヤジ「身体、大丈夫か?」
JP「見た目はね」

追記1:出場ドライバーの1人“ゴリライダー”の声を担当されたのは故・郷里大輔氏。本作が遺作のようだ・・合掌。
追記2:“コスモチタン”“ニトロタンク”“超次元ワープ”“アポジモーター”“3点分解砲”“プラチナニトロ”・・などと言った「メカオタク」の心をエレクトさせる(!)ワードがぽつぽつと散見された。どれもがイマイチ「言葉のインパクトの割に、存在感に欠ける」んだけど。。
追記3:少し悩みつつ、ロビーでサントラCD(2500円)を即買いしてしまった(⌒〜⌒ι) チープな“ペーパースリーブ仕様”なんだが・・78分にも及ぶテクノ楽曲群が詰め込まれとるらしい!

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☆『REDLiNE』☆

27日(土曜)。

別記事で“ワーナー・マイカル・シネマズ高松”へと行き、レイトショー料金で『レオニー/Leonie』を観たことを先に書いたが・・実はその前に大急ぎで観に行ったのは、市内のミニシアター“ソレイユ”で上映の開始されたアニメーション作『REDLiNE』であった。

何の予備知識もなかったんだが、、前回『スープ・オペラ』を鑑賞した際、支配人さんに「次に上映予定の『REDLiNE(レッドライン)』は・・とにかくスゴいんで、おススメですよ」っぽいことを耳打ち(=^_^=)され、早速気になって観に行った次第だ。

ずっとずっと未来の話
車が4輪を棄て、エアカーへと移行する時代に
4輪の魂にこだわり続ける“愚か者”たちの物語

・・・

物語の舞台となるのは“M3星雲”にある地球に似た環境(?)の惑星。

草レース出身の青年ドライバーであるJP(ジェイピー)(声:木村拓哉)は、幼い頃からの相棒であるメカニック(整備士)=フリスビー(声:浅野忠信)と組んで“イエローライン”なるレースで優勝に迫るまでの実力&強運を発揮していた。

そんな彼が目指すのは、5年に1度行われる最高峰のレース“レッドライン”。

彼は結局、自らの駆るマシン=黄色い“トランザム20000”が、トップに立ちながらもゴール寸前のストレートで大破したため、失格となったのだが・・直後に発表された“レッドライン”の開催地が軍事機密国家(惑星)“ロボワールド”と(勝手に)決められたことで、エントリーをキャンセルする上級ドライバーが出たことにより、人気投票で特別エントリーが許されることとなる。

彼には、昔からの憧れである存在=天才女性ドライバーのソノシー・マクラーレン(声:蒼井優)がいたが、彼女もまた優勝候補の1人とし“レッドライン”へのエントリーが確定していた。

それぞれに個性もあり、クセも強いドライバーたち(8組)の駆るマシンが火花を散らすこととなる“レッドライン”・・

一方で“ロボワールド”の大統領府は、許可もなく開催地に選ばれたことを(当然ながら)快くは思わず、持てる総ての兵力をもってこのレースを中止に追い込もうと考えていたのだった。

マッドハウス(MadHouse)制作のアニメーションと言えば・・故・今敏監督の『PERFECT BLUE(1997)』『千年女優(2002)』『東京ゴッドファーザーズ(2003)』『パプリカ(2006)←う、DVDを購入しながら、未だ未開封、、(×_×)』・・などの思い浮かぶトコだが、本作の場合、もっとラフ&パワフルで“敢えて2次元表現を強調したような”作画が良い意味でクール(=カッコいい)であり、異彩を放ってもいた。

物語としては、かなり一直線&シンプルで分かり易かったが・・「レース」にネタを絞ったスピーディーな展開かな? と思いきや、意外と“戦乱(=ドンパチ)”や“ラヴストーリー”が大幅に本筋に絡んで来てたので、ちょっとワタシとしては集中力を削がれてしまった感があったか。

んでも、冒頭における“シンプル&乾いたタッチ”の映像世界や、爆音を立てて通過するマシンの“音響&動画演出”には、圧倒もされ、正直ちょいと鳥肌も立ってしまった!
何処となく“リッジシリーズ(←アーケードゲーム)”を連想させるような、ダンサボォなテクノミュージックも作品との相性がすこぶる良い!

多少、色んな意味で“粗っぽい”本作なのだが“ジャパニメーションの1ツの極点”に到達しつつあるトコもあり、観といてソンはないような気がする(・ω・)

〜 こんなトコも 〜

・シアター内の観客は、ワタシを含めわずか3人ほどだった(×_×)
・「世界観の構築」が甘く思えた。そして、特筆すべき“残念な点”は「ネーミング群の安直さ」である。“衛星エウロパス”“ロボワールド”“ゴリライダー”“スーパー・ボインズ”などは、耳にするたびに恥ずかしくなる程だった。。
・(観客の)本能的な破壊衝動&暴走衝動に訴えて来る! クルマの運転でイライラしたりするタイプのしとにとっては、ドラッグのように(?)ごキゲン&キケンな1作かも知んない。。
・『ピンポン(2002)』のように、個性派(ライバル)キャラがバシバシ登場するんだが・・各キャラがそんなに「立ってる」訳でもなかった(×_×)
・ドライバーを紹介するPV(プロモ)みたいな映像が中盤(?)でバシバシ挿入されるんだが・・コレが粗過ぎるし、それ以前にややサムかった(×_×)
・(制作側が)レース&マシンをさほど丁寧に扱ってないように思えた。ラストも、訴えたかったのが「勝利」なのか「愛」なのか、ハッキリ掴めなかった。
・“スチームライト”は“ゴールドニトロ”の100倍ものエネルギーを放出するらしい!
・「TRZエアマスター(4連式)エンジン」の出力は・・35000馬力!
・エンドロールで「支援:文化庁」とあって、ズッコケそうになった(⌒〜⌒ι)
・急激な“ニトロ加速”で・・ドライバーの両腕は伸び(←コレは映像表現)、涙が溢れ、眼は血走り、鼻血が吹き出す・・(×_×)
・やたらと頑丈であり、トークの軽妙な主人公=JPは「宇宙海賊コブラ」を思わせるキャラ造型でもある。
・ソノシーちゃんのバストが拝めるんだけど、そこで狂喜してちゃアカンのやろね。。
・轟木&三木の駆るマシン“セミマル”のメカデザイン&機能が“今週のビックリドッキリメカ”って風である。

〜こんな作品を連想した 〜

『スターシップ・トゥルーパーズ(1997)』・・時たま強引に(=^_^=)挿入されるニュース映像
『風の谷のナウシカ(1984)』・・生物兵器“ファンキーボーイ”全般
『天空の城ラピュタ(1986)』・・上空からのビーム兵器(インドラの矢?)
『フィフス・エレメント(1997)』・・終盤の“ラブラブ過多”な描写
『ピンポン』・・終盤で「静か&真っ白」になる演出
『スター・ウォーズ・エピソード1/ファントム・メナス(1999)』・・ポッドレース全般
『迷宮物語(1989)』・・エピソード2『走る男』全般
『ターミネーター2(1991)』・・ゴリライダーの“ショットガン(?)回し”
『デスレース(2008)』・・レース全般
『千と千尋の神隠し(2001)』・・“もぐらオヤジ”の造型

〜 こんなセリフも 〜

JP「こっちは“ケレン味たっぷり(のレース)”になるよう、気ぃ使ってんだよ」
  「ねぇ? こう言うの、ダメでしょお?」
  「みんな変わるさ・・時間が経てば
  「何かを変えなきゃ、ハナシになんないでしょ?」
  「お前のウデのことなんて、疑っちゃいねぇよ」
  「俺にバトンが渡るのは、こいつのシートに座ってからさ」
  「でも、覚えてないよなぁ・・」
  「もし間に合わなくても・・間に合わせるさ。オヤジはそう言うヤツだ」
  「トランザムのシートに座ってからは、俺が責任者だろ?」
  「俺たちは“運命共同体”だ。降り掛かる火の粉の数も同じなら、
   ポテトチップの粉の数もな」
  「走るねぇ! 走るじゃん!」
  「勝つよ! ソノシーも一緒に!」
  「俺には“女神”がついてるんだ」

フリスビー「俺のプライドにかけても、完成させるぜ」
     「俺は最後まで・・レースが見たいんです」

ソノシー「早く言いなさいよ。ナニ勿体ぶってんの?」
    “こんな所で、エンストしてる場合じゃないの!”
    「レースは、あくまでドライに行きたいのよ」
    「手伝う代わりに、私の夢も叶えてね」

オヤジ「“人でなし”に借りを造るなんて・・大惨事だぞ」
   「ついでに“あっちの店”も多いしな」
   「信用出来ねぇのは、手前ぇの根性だよ」
   「あの野郎・・仕込みやがったな」
   「メカニックには、最後までレースを見届ける義務がある」

大統領「この星のルールは私だ。正義こそが私なのだ」
   「正義のために血を流す覚悟はあるか?」
   「究極の正義のために、生命の炎を燃やし給え!」
   “くだらん草レースに、せめてもの華を添えよ”

大佐「私がここで(攻撃を)やめるとお思いですか?
   ザコ相手でも、ここで手を抜く訳にはいかんのだ」
  「実に気持ちがいい・・素晴らしい! 力がみなぎって来る!」

鐵仁「分かった。君がどかなければ、私が避けるまでだ」
  「“面白くない奴”に、勝つ資格などない!」

※「全部まとめて、あの世行きぃぃ!!」
 「アレが俺の連れ。・・“やられてる方”だけど」
 
ソノシー「何してんの?」
JP「・・いやいや」
ソノシー「“いやいや”じゃなくて」

大佐「お前に向けられた銃口は、全部で7ツあるぞ」
JP「そりゃイイね。イッキに風通しが良くなる」

オヤジ「JP、お前なら(加速に)耐えられる!」
フリスビー「本気で言ってんのか?」
オヤジ「・・知らん!」

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2010年11月28日 (日)

☆『レオニー/Leonie』☆

27日(土曜)。
まだまだ疲れが完全に抜け切らないのか・・午前中にもぞもぞと起き、ちょこちょこっとネットで世界と(浅く)繋がり、
またひと眠りしたら・・早くも夕方となってしまった(×_×)
「こんな無気力で、果たしてエエのやろか?」と我ながら少し心配にもなるが・・
きっとボディからの「休め、な?」ってなシグナル(警告)だったんだろう。

が、流石に「ナニもしない休日」ってのは抵抗があったので、夕方からもぞもぞと着替え、市内へと向かった。

“ワーナー・マイカル・シネマズ高松”に行き、レイトショーで鑑賞したのは、昨夜に続く2度目の『レオニー/Leonie』だった(=^_^=) ←気に入ったんやねぇ・・

今回は鑑賞メモの他に、ちゃんとインクの出るペン(=^_^=)を抜かりなく携えたので、特に「中盤に力を入れ」観ることとした。
お陰で、だいぶ物語の流れやらがすんなり自身の中に(整理され)入って来た気がする。

〜 こんなトコも 〜

・レオニーがイサムを出産したのは、ロスでだった(新聞記事より)。パサディナじゃなかったんやね。
・レオニーがヨネと出逢った時刻は、15時25分(街角の時計より)。
・レオニーのソルボンヌ大学での専攻は「仏ロマン主義文学」とのこと。
・チャールズ・スタッダードは「ロンドンの詩人」と紹介されてた。
・キャサリン宅からレオニーを乗せた馬車の車夫は女性だった。かつ、結構ベッピンさんだった(・ω・)
・東京(横浜?)に現存するのか分かんないが「榮光社印刷」「萬代堂」ってな看板もあった。
・3人の生徒の名をハッキリ掴んだ(=^_^=) 陸軍少尉の岩倉具張、茶人の仙田東舟、東京帝大生の川田道彦。
・月謝は1人あたり20円とのこと。因みに当時は、扇子1本の値段が3銭ぐらいだった。
・(現在の貨幣価値に換算すると)扇子1本が500円としても・・月謝が1人辺り約30万円、、(×_×) どひ〜っ!
・岩倉は「ミセス・ノグチ」、仙田は「ミセス野口」、川田は「ミセス・ギルモア」とレオニーを呼んだ。
・剣道場に「風春影電」なる言葉(額)が飾られてた。どうやらコレは「博物館・明治村」内にある「無声堂」らしい。 ←無断リンク、済みません。
・イサム少年が折ってたのは「スワン(白鳥)」じゃなく「クレイン(鶴)」だと思ったが、、
・改めて柏原崇くんの横顔を眺めて「鼻、でかっ!」と気付いた。さぞやご立派な・・(すぐそっちかい!)
・レオニーと道彦の別れ。悲しい場面なのに「鰻」と書かれた店先の提灯が(背後で)目立ってたりする(⌒〜⌒ι)
・レオニー&ハルのやり取りは、何となく『コールドマウンテン(2003)』でのニコール・キッドマン&レニー・ゼルウィガーを連想させる。
・折角、大工の棟梁に貰った工具箱だが・・きっと売っ払って、パン代か何かに消えたんやろかなぁ(涙)
・アイリスちゃんのご尊顔が・・成長して大幅に変わっちゃってた気がする。。
・イサム・ノグチの第1回個展は1929年4月27日に開催されたようだ。

〜 こんなセリフも 〜

レオニー「人間の歓びと悲しみを表現したくて、勉強しました」
    “ヨネの(手紙の)言葉が、私の躯(からだ)に染み込んだ。
     まるで耳の中に入った水が、なかなか出て来ないように”
    「私は、独立しているわ」
    「何が幸せだったかなんて・・それが分かるのは、死ぬ時よ
    「もう決めたことなの」
    「せめて、この子にだけはサヨナラを」
    “私は、母の赦しを得るために人生を送る気はありません。
     子供のために生きてゆきます”
    「ヨネの作品がウケた理由? 編集者が優秀だったから?」
    「ホイットマンにもポォにも“徹夜で仕事を手伝う妻”はいなかったでしょうけど」
    「声なんか下げないわ! あなたのために黙るのなんてまっぴら!」
    “菊ヤ、ドウモ、有難ウガザイマシタ” ←日本語で
    “風が、またも私の運命を翻弄する。
     旅を続けよう・・「さすらい人」として”
    「分かってるわよ! このデブの・・」
    「医者でもない女が・・!」
    「妻の“大きくなったお腹”に気付かない夫なんて・・ヘンよねぇ?」
    “この子の美しいものを見る眼は、学校で1番です”
    「狂おしいほどの恋の病は“素晴らしい出来事”でもあるの」
    「恋の歓喜は“シャンパンの泡”のようなもの」

ヨネ「もう我慢出来ない!(I can't stand it anymore!)」
  「イサムは“勇敢な子”と言う意味だ」
  「君の寝顔は、見飽きない」
  「“魔力のある言葉”とでも、申せましょうかな」
  「私は日本人で、君は日本にいる。
   君1人で、日本の文化を変えられる訳がない」
  「どこまで堕ちる気だ? ・・まさか君が、そこまで“ふしだら”とは・・」

イサム「兵隊さんにはなりたくない。
    だって、兵隊さんは“死ななきゃならない”から」

教授「誰を(時代の)主流にするのかは、慎重に考えねば」

キク「ああっ! 奥様・・お靴・・!」

岩倉「(日本語を)ひと言も・・?」

仙田「英語を話すことの出来る人間は、まだひと握りです」
  「詩作も茶道も、人間のドラマの一部と言えましょう。
   重要なのは“表現の方法”です」
  「美しい物は、常に儚い
  「岡倉覚三曰く・・“均斉の崩れたものにこそ、価値がある”と。
   調和とは、調和なきものの集まりから生まれるのです
  「これからは・・残念だが“手紙の中”でしかお会い出来ない」

※岡倉覚三=岡倉天心。

セツ「主人との仕事には“2人だけに通じる言葉”や“2人だけの世界”がありました」

ウメ「この国の女子教育の確立には、まだ時間がかかるの。
   ここで1歩間違えると・・総てが水の泡になるわ」

ハル「“いびつな土地”だねぇ」

大工「学校に行かないんじゃ、一生お前は馬鹿のままだな」
  「日本人なら、それらしくしろ」

ヨネ「教師など・・作家の妻には相応しくない」
レオニー「奥様にそう言ったら?」

イサム「ウチは貧乏なの?」
レオニー「貧乏かって? ・・そうよ、でもイイの。
     見かけはどうあれ、大切なのは心よ

セツ「主人のラフカディオは、妻を大切にしない男が嫌いでした」
レオニー「私は、彼の妻ではありません」
セツ「・・・」

追記:年代的に、エドワード・ラムリー校長が“謎”に関わってる可能性はズバリ「ゼロ」と思い知った(⌒〜⌒ι) 演出&描写からして、1番濃厚なのは、やっぱし「お師匠様」だろうかな。後は大工の棟梁か、スタッダードのおっちゃんぐらいか(←ないやろ!)

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2010年11月27日 (土)

☆『レオニー/Leonie』☆

26日(金曜)の夜。
仕事帰り、久々に“ワーナー・マイカル・シネマズ高松”へと向かい、前々から気になっていた1作『レオニー/Leonie』を観て来た。

ワタシは現在、高松に住んで2年目となるんだが(因みに、高松には未だ1人の友人もいないんだが(=^_^=)>)・・昨年の、落ち着いた頃になってようやく、芸術家=イサム・ノグチに縁(ゆかり)の深い地であることを知ったワケだ。

そんなことで、牟礼(むれ)と言う(高松)北東のエリアにある“イサム・ノグチ庭園美術館”を見学したり(←要事前予約)、“高松市立中央公園”の片隅(?)に配されてる“イサム・ノグチのデザインによる遊具(3種)”を眺めに行ったり、ドウス昌代著の文庫本『イサム・ノグチ/宿命の越境者(上)(下)』をとある方に頂き「いつ読もうか、さぁ読もうか」とスタンバってる(By ブライト艦長)(←ただしまだ1頁も読めてない(×_×))状態だったりする。

正直、ワタシはイサム・ノグチその人の“芸術観”“世界観”に興味があったワケで、彼の両親がどんな人物で、どんな波乱の人生を送ろうが、とんと興味はなかったんだが・・イサム・ノグチ本人の生い立ちも、当然ながら附随して描かれるだろうことに興味を持ち、最終的な「鑑賞決断」を下した次第である。

1892年。米・フィラデルフィア州のブリンマー大学。女学生らの中にあって異彩を放つ、1人の才女=レオニー・ギルモア(エミリー・モーティマー)の姿があった。
独特の“反骨精神”“芸術観”を既に確立している彼女は、周囲から「変わり者」と思われ、とかく無視される存在だった。

そんな彼女に声をかけたのは、凡庸な令嬢=キャサリン・バーネル。最初は「無理しないで。あなたも皆と同じように私を無視していいのよ」と軽く突き放すレオニーだったが、キャサリンの心の中には、レオニーが何気なく放った言葉、

「平凡な人間なんて、退屈よ」

が深く突き刺さるのだった。

1年後。親友となっていた2人は「キャンパスの壁に向かって、演説(日本語!)のリハーサルを続ける」とある日本人大学院生の姿をみとめる。
その女性は津田梅子(原田美枝子)と名乗り「私は間もなく日本へ帰国し“日本初の女子大”を創設するのよ」と誇らしげに語るのだった。レオニーの心中に「日本」と言う“まだ知らぬ国の名”の響きが尾を引いて残るのだった・・

・・

1901年。ニューヨーク、イーストヴィレッジ。“編集者求む”の新聞広告を手にやって来たレオニーは、日本の詩人=野口米次郎(中村獅童)と出逢う。既にアメリカで『谷の声』など2冊の詩集を地味に出版していたヨネ・ノグチ(米次郎)だが、洗練された詩の表現に苦心していること、小説を執筆しようと考えていることなどを彼女に語って聞かせる。

「日本語を解せない」レオニーと「英語が完璧ではない」ヨネにとって、筆談でやりとりする場面も多かったが・・そんな中でも、2人っきりの共同作業が連夜続くことで、彼らの中に“恋愛感情”の芽生えるのは、そう遅いことではなかった・・

レオニーに妊娠を聞かされ、激しく動揺するヨネ(←男なら誰でも動揺するが(⌒〜⌒ι))・・やがて、ニューヨークにおける“黄禍(おうか)問題”が深刻になっていったこともあり(←1904年2月の日露戦争の開戦による)、ヨネはアメリカからも、レオニーからも逃げるように、1人さっさと帰国してしまうのだった。

・・

1904年。米・カリフォルニア州パサディナ。母の住む故郷へ戻ったレオニーは、この地で色黒の男児を出産する。
これが後のイサム・ノグチである。
「この子の名は、父親がつけるべき」と考えた彼女は、ついにヨネに再会するため、遠き日本に向かうことを決意する・・

松井久子監督・・と言う名をこれまで全く知らなかったんだが・・彼女の(わずか)3作目と言う本作。

その完成された(?)映像表現&演出手腕に、心底圧倒された! 日本人監督である点が奏功してか、ニッポン国内の描写がほぼカンペキなデキである!(唐突にニンジャとか出て来ないし(=^_^=))
全体的な完成度も、もはやぬるま湯に浸かっとるような(=^_^=)“ハリウッド謹製”を圧倒すらしている!

後述する(予定)ような、幾つかの「弱点」こそあるモノの・・ワタシの中では「今年(って言うか、あと1ヵ月やけど、、)に限っては、もう本作を超える劇場作は(洋画・邦画を引っ括めても)出て来ないやろな!」と密かに確信するに至っている。

今年ってば、とにかく『悪人』にノックアウトされまくったワタシだったが、この『レオニー』もまた“2トップ”としてかなりなランキング上位に喰い込んで来る予感がある!

主演のエミリーさんと言えば・・『Dearフランキー(2004)』『ラースと、その彼女(2007)』がワタシの記憶の中で鮮烈だが(他にも『ノッティング・ヒルの恋人(1999)』『キッド(2000)』『シャッターアイランド(2010)』に出演したはるらしい)、本作ではデミ・ムーアに似た(?)雰囲気も巧く紛れてて(=^_^=)集中出来た。

※私生活では『ココ・アヴァン・シャネル(2009)』『フェイス/オフ(1997)』での好演の光る、アレッサンドロ・ニヴォラ(←オットコ前やんか、キミ!)がダンナ様らしい(悔)

中村獅童くんは・・「役作りナッシング」と言おうか(=^_^=)、ごくごく自然に“ロクデナシ詩人”を好演してくれた。
終盤で、成長した息子=イサム・ノグチと語り合うシーンが描かれるが・・その場面の映し方が「巧いよな〜」と。

ヴ※ンサン・カ※セル氏と同じように、同性であるワタシに言わせて頂ければ「キュウリみたいな顔やし、カッコ良くないじゃん!」って感じなんだが・・きっとメチャクチャに厳しく、一方で優しいしとなんやろなぁ(=^_^=)

どうせなら、レオニーを前にして、
「お前は・・私の下から、飛んで行ってしまうのだろうな(←ここまで静かに)・・飛ぶんだろうが〜!!(←突然激しく)」
とか激昂して欲しかった(=^_^=) ←そりゃ『ピンポン(2002)』のドラゴンだろうがよ!

日本人俳優陣の起用が、これまた効果的でスゴい!

吉行和子、竹下景子、原田美枝子・・の3女優がまず豪華! なんだが、確かにそのクラスを持って来ないと、物語全体のバランスが崩れてたことだろう。
男優陣では、中村雅俊、柏原崇。そして何と言っても大地康雄の存在が凄まじ過ぎる!
このしとなんて「名も無き大工の棟梁」の役でっせ!
せやのに、あの強烈なインパクト、何やねんなホンマに! ←あ〜、うるせぇ(=^_^=)

本作ってば、ドウス昌代著の『イサム・ノグチ/宿命の越境者』にインスパイア(触発)されつつ、そこに松井監督ならではの“創作”を練り込んで造り上げられたようだ。
確かに、終盤に至って「あ、この映し方ってば、アレやったんか!」と驚かされるトコもあり、そう言った点では、すこぶる自由に、それでいて鮮烈にレオニー母子の人生を描き切ってくれてたと思う。

何にせよ、ワタシの中では「何としても“モエレ沼公園(札幌)”に行かなければ、コレは死んでも死に切れんぞ!」と急な課題(=^_^=)が、突然に盛り上がって来たトコである。

「行くんだろうが〜!!」 ・・ってね。 ←だから、それは言わないっての(=^_^=)

〜 こんなトコもありました 〜

・私的には評価のかなり高い本作だが・・万人にはおススメしにくい。ヤマ場を欠くため「インパクト面で弱い」と言う評もあろう。
・ワタシが思うに「“感覚的に優れたしと”向けの秀作」であるかな、と。ヤマ場のなさすらも、ワタシには心地良いし(=^_^=)
・ヤマ場に欠けると前述したが・・色んなカタチでの“おんな同士のバトル”が、それに該当すると確信している。「レオニーとキャサリン」「レオニーと母」「レオニーとウメ(津田梅子)」「レオニーとハル(産婆)」「レオニーとアイリス」・・レオニーが真剣に向き合い、真剣に戦う相手は、常に「おんな」だったんではないかな、と。
・因みにワタシが一番好きなバトルは「vsウメ」である。お互いに「表面っぺら(?)な言葉を耳で聞く」だけじゃなく「相手の眼を見つめ、本心を掴もうとする」トコがスゴかった! あの訣別は、絶対に「敵対」ではなかった、と信じたい。
・ラストにドでかい“謎”の残されるのが気になった。「必要な時に支えてくれた人」と言ってはったので、ワタシはもう、イサム・ノグチ少年に声を掛ける、あのしとしかおらんかな? とも思うんだけど・・ ←キミ、エラい推理が浅いね〜(=^_^=)
・老いたレオニーが、時たま「ジーン・ハックマンの女装」に見えてしまった(爆笑)
・もうちと「深く描いて欲しかった」相関関係もあったけど・・想像の余地があって、それも良ろしかろうて。
・オラツィオ・ジェンティレスキ、アルテミジア・ジェンティレスキ、なる2画家(父と娘)の名を初めて知った。ブランドの名前かと思った(おい!)
・“Pull one's strings”で「助ける」って意味らしい。“Go on”は「どうぞ」やね。“Oh,my..”で「驚いたわ」ってさ。
・意識しては観なかったが、衣装デザインに黒澤和子さんの名が。
・日本語字幕は戸田奈津子さんが担当!
・ぶら下がった綱を握りしめたり、4つン這いになったり・・「産みの苦しみ」も大変なのですね、、(汗)
・セク〜ス突入直前の、レオニーの方からヨネに書いてみせた言葉が気になる・・(⌒〜⌒ι)
・“イサム”は父親の命名だった。それまでの名は・・“ヨー(Yosemite)”だってさ。
・ヨネの連れて来た、チャールズ・スタッダードなるおっつぁんは、一体何者だったんやろ? 字幕表現的にかなり“ゲイ気味”だったが、、 ←アレは戸田さんの一存か?(爆笑)
・ポート・アーサーとは「旅順港」のことらしい。行ったことないけど。。
・本作最大の“謎”の答えは・・キャサリンだけが知っていた、と邪推するワタシ。
・劇中のピアノ曲はショパンの「夜想曲第2番」だそうだ。
・1923年当時“世界一高いビル”は、マンハッタンの「シンガービル(160メートル)」だったそうだ(現存せず)。
・母レオニーの“呪縛”が良い方向に働いた(?)イサムだったが・・これで才能が曲がったら、ノーマン・ベイツになってたろうかな。。
・ネイティヴな女の子が“Look at me(見て!)”を「ルカミー」って発音してた☆
・大地康雄が更におネツを上げて指導したら・・イサム・ノグチは「歴史に名を残す宮大工」になってたかも知んない(=^_^=)
・日本にやって来たレオニーは、英語教師とし3人の生徒を受け持つこととなるが・・この3人がそれぞれにイイ感じだった。でも、市川崑監督作だったら、ここで連続殺人とかが起こりそうやな(=^_^=) ←『女王蜂(1978)』かよ!
・当初は医師になるため、勉学に勤しんでたイサム。しかし病理学の講義中に、彼がテキストに書いた(描いた)のは人物の素描。。考えたら、解剖学を極めたことが芸術家としての飛躍的なスキルアップになったんやろね。
・直感的に連想した作品は・・何故だか『ピアノ・レッスン(1993)』だった。って何でやねん!
・ラストに映される“モエレ沼公園”の淡々とした描写が『硫黄島からの手紙(2006)』における(現在の)硫黄島の風景演出を彷彿とさせる。

〜 こんなセリフもありました 〜

レオニー「“魂の奥底”にあるものを取り出し、紙の上に表現すること。
     それは、学校では習えないこと」
    “あなたが居なくとも、私たち母子は生きて行けます”
    「彼は“窓から飛び去って行く鳥”なの・・それっきり逢えないわ」
    「“物の見方が悲観的な人”ね」
    「あなたの芸術は“武器”であり“声”なの」
    「芸術家に国境は存在しない」
    “とても幸せな毎日です。それを声に出して言うのが怖いけど”
    “疲れるのって心地良いわ”
    「私ハ、アナタノ、犬デハナイ」 ←日本語!
    「郵便が届かないのは・・局員のあんたが無知で無能だからよ! さ、和訳して!」
    「今、謝るのは・・“これでもう2度と逢うことはない”と思ったから?」
    「私たちには詩があるわ・・それは永遠に残るでしょう」
    「ここに来たことがある・・ある男に会いに・・30年前」
    “今は物質の世界から遠く離れ、素朴な生活に満足しています”
    「その時は深刻でも、必ず回復するわ
    「彼は去り、あなたは愛した・・それが重要なのよ」
    “今は世俗的な一切を棄て、
     存在の中に美を見出しています。樹のように、石のように・・”

イサム“母さん・・あなたの物語を聞かせて”
   「アメリカに行きたい。僕はアメリカ人でもあるから」
   “ママの声は何処? 僕を忘れたの?”
   「僕の人生は、僕のものだ!」
   “私は・・「母さんの想像力の落とし子」なのですね”

母「ここはとてもイイ所よ。あなたの期待とは違うかも知れないけど」
 「まだ、あの男を待ってるの?」

ヨネ「詩の才能はあれど、家事の才能は皆無でして」
  「僕のこと、少しはお分かり頂けました?」
  「躊躇からは、何も生まれません
  「僕らはもう、仕事を始めているようですね?」
  「君は・・このアメリカでの“僕の声”だ」
  「君がいなければ・・僕は樹の如く、石の如く無言だ。囁くことすら出来ない」
  “レオニー・ギルモアは、私の妻です” ←書き慣れた言葉やろかねぇ、、
  「日本は、君のように美しい・・
   君は僕の“ハクジ(白磁)”だよ・・美しい、真っ白な肌・・ 
   君は僕の国そのものだ」
  「ここは僕の国じゃない。もうここにいる理由はない」
  「ウソだ! 僕を引き止めるためのウソだ!」
  「この国が僕に何を? こんな“差別の国”なんて・・」
  「僕らは運命で結ばれている」
  「私の横を歩くな。日本では、女性は男性の後ろを歩くものだ」
  「日本では、男が2軒の家庭を持つことは、決して珍しくない」 ←こちとら1軒もねぇよ(涙)

スタッダード「才能ある者は、誰もが独占したがる」

キャサリン「私を退屈させないで。私をガッカリさせないでよ」
     「レオニーは“瞳の奥に、計り知れない考えの渦巻いていた人”だったわ。
      あなたと同じように」

大工「ムダな力を入れるなよ。眼を信じちゃダメだ。
   木って奴は・・人間の眼も、耳も、頭も信用しない。
   木は“感じる”だけだ。 ・・女と同じだよ」
  「芸術家になりたいなら、まず“女を知ること”を覚えなきゃな」 ←まだまだで御座ります(焦)

レオニー「あなたは幸せ?」
キャサリン「もちろん。不足のない暮らしよ。
      毎朝9時にゆっくり起き、午後には2度のお茶の時間。
      主人の帰宅を待ち、7時にクラブに出かけるわ。
      10時にベッドで横になり・・こう思うの。
     “素晴らしい牢獄だわ”とね」

追記1:新しいジェルインキ(青色)ボールペンに持ち替え、鑑賞に臨んだ本作だが・・中盤でインクのかすれにより“メモが完全に判読不能となってること”に1夜明けてから気付かされた(×_×) 正直、メーカーを訴えたい気分だが・・確認したら「MADE IN CH*NA」となってた。やっぱりだ(I know it!)! お前ら、やっぱりだ!(=^_^=)
追記2:そんなワケで、ひょっとしたら中盤を確認するため、再鑑賞するかも知んない(・ω・)

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2010年11月26日 (金)

☆『笑の大學(2004)』☆

24日(水曜)の夜。
いよいよ、3夜連続の“三谷幸喜特集”も幕となり・・ラストを飾る1作『笑の大學』を楽しみつつ、観た。

本作と言えば・・5年ほど前、旅先に持参した(?)ノートPCにて、DVD版を観たことを思い出す。

それまでは、三谷さんと言えば“刑事コロ※ボをパクったようなドラマとかで、薄く軽く、テキトーに稼いだはる売れっ子脚本家”ぐらいの印象しかなかったんだが、、本作を観てハッキリと「認めたくはないけど・・スゴい人やんか!」と感服し、それ以来、舞台劇は観れる限り観ようと心に決めたものである。

『エキストラ(2006)』『コンフィダント/絆(2007)』『グッドナイト・スリイプタイト(2008)』『なにわバタフライN.V(2010)』・・と結構、近年の公演はおさえてるつもりである。

で、改めて三谷さんに対し感じるのは「どうやら、映画監督には向いてないンかも」「“過去を絡めた、少人数による恋愛劇”でこそ、恐ろしいまでの真価を発揮しはる」ってことだ。

「ムリして(?)群像劇映画の制作にチャレンヂし続けはる、その熱意&パワーを・・“密室シチュエーション”の舞台劇にこそ、注いで頂きたい」とアドバイス差し上げたいトコである。 ←ナニを偉そうに!(=^_^=)

昭和15年。“日独伊3国軍事同盟”の締結されたこの年、我が国は大戦に向かって静かに、しかし確実に転がり始めていた・・

浅草にある「劇団・笑の大學」の座付作家=椿一(つばきはじめ:稲垣吾郎)は新作喜劇『大悲劇/ジュリオとロミエット』の台本を抱え、警視庁保安課・検閲係にやって来る。

彼を迎えるのは“笑いと言うものを理解しない”凄腕の新任検閲官=向坂(さきさか:役所広司)。
“相応しくない表現”の含まれた、当世の演劇を規制し、問題ある台本には容赦なく「不許可」印を押しまくる向坂。

台本に次々と厳しく注文(難癖?)を付け、上演中止に追い込もうとする向坂に対し、何とか上演許可を得ようと自作を手直しして行く椿であったが・・

監督=星護(ほし・まもる)なる人物についての予備知識がなく「コレって三谷幸喜の偽名(=別名)なんやろか?(いわゆる“アラン・スミシー”系)」などと、とんちんかんなことを考えてもしまってたが・・むろんそうじゃなく、ちゃんと実在される監督さんなのだった(済みません)。

しかしアレだ・・安心して観てられると言おうか、構図や映像演出などに『ラヂオの時間(1997)』『みんなのいえ(2001)』とは格の違う(←こうまで書くと、ちと書き過ぎかも知れんけど(⌒〜⌒ι))質の高さ、完成度があった。

って言うか「たった1つの密室の中に、国家/個人、規制/自由・・などの相反する幾つもの要素が詰め込まれ、それでいて作品世界に恐ろしく広がりを持たせている」ってトコからして、脚本がサエまくってる!

こんな普遍的で、背筋の思わず伸びてしまう作品に比べたら・・ラジオドラマがハプニングでどう転がろうが、どんなチグハグな家が建とうが・・もうそんなことはどうでもイイ気すらして来る(=^_^=)

・・

気弱そうな中に、骨太で反骨な“お笑い精神”をたたえている稲垣くんの存在感もなかなかだが、やはり本作は「表情と内面に、ある種の2重人格性を宿す」さまを、微妙&絶妙に演じてみせてくれる役所さんのスゴさに注目すべきだろう。

役所さんと言えば・・後年の『パコと魔法の絵本(2008)』においても「不器用ながら、次第に変わって行く偏屈ものキャラ」を好演されたのが記憶に新しいトコだが・・本作に比べたら、まだまだ“手遊びレベル”にも見えてしまう。

そんなワケで・・稲垣vs役所の対決と言えば・・近年では『13人の刺客/The Thirteen Assassins』ちぅのもあったが・・その原点は、本作にこそあったのではないか!? と世界で恐らくただ1人(?)強引で勝手な決め打ちをしてしまうワタシである(・ω・)

〜 こんなトコも 〜

・戦前から既に「付箋(ふせん)」ってのは存在したんやろかね〜?
・検閲官を辞し、浅草で芝居小屋再建に燃える向坂を主人公に、続編を作って欲しくもある(=^_^=)
・役者を2人も揃え、脚本さえ面白ければ・・十分に傑作は完成し得る、と思い知らされる!
・『ターミナル(2004)』のビクター・ナボルスキー氏に言わせれば・・「許可」印を押す確率は1/2ってトコだろうか?(=^_^=)
・チョイ役過ぎるが、木村多江さんも出ておられます☆

〜 こんなセリフも 〜

向坂「私は一切、そう言うのは観ない主義なんです」
  「私は“そう言う類の男”ではありません」
  「検閲など要らない! (喜劇など)総て禁止してしまえばイイんだ!」
  「2度と“今川焼を差し出すような真似”はしないように」
  「どうやら・・あなたは“最もタチの悪い検閲官”に引っ掛かったようですね?」
  「(今川焼は)そこに置いといて下さい。気が向いたら・・持って帰るかも知れない
  「いや、自信ありと見たな・・私は」
  「(赤い紙を貼らないのは)問題が多過ぎるからだ!」
  「今迄の検閲官は、これで許可を出していたんですか? 私に言わせれば“職務怠慢”だ!」
  「日本人であるあなたに“チャーチルの握った寿司”が喰えますか?」
  「私は、この作品は“駄作”だと思う」
  「もしこれが“悲劇”だとしたら・・明らかに失敗だ」
  「笑わせて貰おうじゃないか・・さぁ!」
  「あなたは解説が多過ぎる」
  「ここで? ウケる? ・・分からない」
  「何故、これが面白い? どうして?」
  「これでは・・到底、上演許可は出せないな」
  「あなたは“人の話を聞かない人”だな」
  「私は“このままでは出せない”と言ったんです」
  「話にならん! これでは上演中止だな」
  「良く1晩でこれだけ直したものですね・・感心しました」
  「バレましたか、じゃない!」
  「昨日は敢えて黙っていたんです。これは“私なりの思い遣り”です」
  「笑うためだけの芝居なら、上演する必要はないんだ!」
  「台本の何処かに“お国のため”と言う台詞を3回繰り返して貰いましょうか」
  「ご出身は? ・・ただの世間話です。
   申し訳ないね・・“取って付けたような世間話”が出来なくて」
  「昔から、書くのがお好きだったんですか?
   ・・そんなに面白いものですか? 芝居と言うものが」
  「私は、笑いに対する感覚が鈍いと言われます。
   興味がないんです、人を笑わせると言うことに」
  「あんたね・・ここは“喜劇作家の養成所”じゃないんだ。 ←ここは爆笑!
   ハッキリ言って、どんどんつまらなくなっている」
  「クドさで笑えるのは、3回が限度だ」
  「まぁ、こんな感じで、まとめて来て頂けると、有難いです」
  「不思議な気持ちだ・・検閲すると言うより、
   あなたと一緒に“台本を面白くする手伝い”をしてるみたいだ」
  「かなり洗練されて来たね! まぁ・・別に私としては、面白くならなくても良いんだが」
  「君はそれでイイのか?」
  「“人を甘く見る”のもイイ加減にし給え!」 

椿「慣れないものですね・・こう言う雰囲気は」
 「あの・・ここはまだ“面白い所”ではありません」
 「元ネタが有名なほど“もじり”は面白くなるんです」
 「長年の勘で分かるんです・・ここで“ドッと笑いの起こること”が」
 「こんな検閲は聞いたことがない・・これはもはや“ホン(台本)直し”だ!
 「厳しい所をついて来ますね・・まぁ、それを言われると・・」
 「舞台と言うのは“ナマモノ”ですから、現場の“雰囲気造り”が大事なんです」
 「イイんです、言いたい奴には言わせておけば・・
  僕は面白い芝居が打てれば、それでイイんです」
 「これは戦いなんです、僕の」
 「どうして、人を笑わすことがいけないんですか?
  どうして、庶民の娯楽を国は奪おうとするんですか?」
 「喜劇作家には、喜劇作家なりの戦い方があるのではないかと思いました。
  検閲で言われた一切を書き直し、更に面白い本にしてみせる・・それが僕のやり方だと。
  それが、権力に対する“僕なりの戦い”だったんです」
 「その台本の中には、僕が浅草の中で学んだことの総てが入っています」
 「たとえ台本が在っても・・演出する人間がいなければ幕は開かないんです」

向坂「あなた今、そう思いましたね? ・・正直に答えなさい」
椿「・・ちょっとだけは思いましたけど」
向坂「それで良いんです。私は、そう言う男なんです」

向坂「詭弁だね」
椿「・・どっちが」

向坂「強引に(台本を)書き換えたことにより、内容に無理が出て来た」
椿「強引だからこそ、面白いんです」

椿「笑えるでしょ?」
向坂「いや、笑えはしなかった」

向坂「私は別に“笑いを増やせ”と言ってる訳ではないんだ
椿「この筆が、つい滑りました。
  性分なんですね・・つい“笑いの方向”に走ってしまうんです」

向坂「“人を笑わせる”と言うことが、そんなに大事なことだろうか?」
椿「・・大事だと思います」
向坂「私は、心の底から笑ったことなどないが・・どうにかここまで生きてます」

向坂「警官のくだりなんだが・・私はまだ納得していないんだ。
   登場に何の必然性もない
椿「それを言いますか・・元々(あなたに言われて登場させた)
  “必然性のない役”なんですから」

椿「出来るか出来ないか、やってみなくちゃ分からないだろう!」
向坂「あなたのその自信はどこから?」
椿「自信なんかない・・でも僕は自分を信じてる。今迄だってそうだったんだ!」

向坂「良く1晩でこれだけ直せましたねぇ」
椿「“死ぬ気”でやりました」

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2010年11月24日 (水)

☆『みんなのいえ(2001)』☆

23日(火曜)。

先週の水曜以降、公私に渡り、とにかく運転距離がハンパない感じになってる(ってか、毎日運転してるし)。
ざっと計算しただけでも、1000キロは軽く超えとるような、、(×_×)

そんな感じで、本日も「勤労(=仕事があること)に感謝」しつつ・・朝は西へと、夕は東へと、クルマを走らせた。

流石に、帰宅時に寄り道する気力まではなく・・大人しく家で『みんなのいえ』を観ることに。
衛星第2では、明晩まで“三谷幸喜特集”が組まれてるワケで。

(因みに本作。以前、DVDソフトを長々とお借りしてたが、全く観れぬまま・・結局その方に返却してしまった、ってな過去もある(×_×))

三谷幸喜による脚本&監督作品(通算2作目)。

30年ローンで、念願のマイホームを建てることを決意した若い飯島夫妻(田中直樹&八木亜希子)が、“設計”をアメリカかぶれの青年内装デザイナー=柳沢(唐沢寿明)に、“施工”を(妻の父でもある)昔気質の頑固な老大工=岩田長一郎(田中邦衛)に依頼することとなる。

だが・・「主義」も「感覚」も全く異なる柳沢と岩田とは、ことごとく反発し合うこととなり、どんどん工期は伸び、間取りは歪(いびつ)となって行くのだった・・

監督第1作『ラヂオの時間(1997)』に続き、またもや三谷さんお得意の“シチュエーションコメディ”である。
ま、それ故に安心して観られる「良作」ではあるモノの、、やはり私的には「上品過ぎ、パンチ不足」「1本の作品(映画)として描くに、演出群の薄味過ぎる(≒大作感の欠如)」印象があった。

ただ“家造りの実際(=夢物語だけで片せぬ、リアルかつシビアな部分)”を疑似体験(?)出来るってトコについては「絶対に観ておいてソンはない1作!」と推したい。

監督のお家芸とも言うべき“ユルいドタバタ”が連鎖的に展開されるんだが・・中盤(?)だかで「豪雨」の発生する演出が、ちょっと意外にも映った。
天災(?)に脚本の“転”を委ねる辺り、三谷さんとしては珍しいのかも? と思えたり。
決してそうでもないんかな?

主要な登場キャラについては「ふ〜ん」とか「なるへそ」とか・・笑うと言うより、感心させられながら観てたワタシだったが、唯一、メチャクチャ(静かに、ながら)笑わされたのは“こだわりのバーテンダー”を大真面目に演じてはった真田広之氏である。

発するセリフが「・・ダメだ」「・・自分の問題ですから」のたった2ツなんだが、とにかくメチャクチャに面白い!
この方の出演シーンだけでも、本作には“観るべき価値”が確かに宿ってると思う(=^_^=)

柳沢と反発し合う、大工の息子役に・・伊原“バロン”剛志がキャスティングされており、『ラヂオの時間』における渡辺謙と言い、彼と言い・・
“三谷幸喜は、クリント・イーストウッド監督に先んじ、世界に通じる日本の名優を見抜いてた、と言えよう!”と、ちょっと興奮してもしまったワタシだった(=^_^=)
ま、たまたまなんですけどぉ。 ←2人はその後『硫黄島からの手紙(2006)』で、共に重要な役を演じた。

〜 こんなトコも 〜

・中井貴一が『おとぼけマンション』なるバラエティドラマ(?)で主演(←劇中劇)したはったが、コレが微妙にユルかった(オープニングからですし)。。
・豪雨の中、それでも“大事な品”をクルマで運んでた柳沢だが・・ちょっと不自然だった気もする。「晴れた日にする」とか「“ついで”の運搬はしない」とかってやるのが、ホンマのプロじゃないやろか?
・飯島夫婦の、もそっと“お色気”を含んだ演出が観たかった(←所謂“合体!”系)。何だか静かに夫婦仲の冷め始めとる感じもあった(?)
・直感的な印象でしかないのだが、何処となく「故・伊丹十三監督の好みそうなコメディセンス」の含まれてる気がした。
・どうせなら、ローンを組む辺りからの奮闘ぶりも観てみたかった。銀行員とか、信用金庫職員とかのキャラを配して。
・「1階にトイレのない家は、3代で滅びる?」なんてな迷信が(・ω・)
・中盤以降、飯島夫婦の“共同作業としての家造り”って見せ方(=演出的要素)が大きく後退してた。ちと残念。
・「セピアっぽいフィルター」を映像に(全体的に)かけ過ぎな感も。
・飯島の奥さんは教職だったようだ。余り分かんなかった(×_×)
・“バロン西”と唐沢との、ガチなファイトシーンも観たかった。(劇中で、唐沢は絡んで来る(チンピラ役の)松重豊を(コント気味な描写ながら)秒殺!)

〜 こんなセリフも 〜

飯島「(アイデアは)無理矢理、捻り出してる感じかな」
  「建売りの方が良かったのかな?」
  「1軒の家にトイレが3つ・・これはちょっとした自慢になるね」
  「職人とアーティストは、相反するものじゃない。
   問題は何処で折り合いをつけるか・・じゃないかな?」
  「ダメだ・・煮詰まって来ちゃった」
  「(上棟式の場に)見たことない奴もいるよ〜?」
  「ええと・・家と言う字は・・」 ←ここでスピーチ中断、、
  「僕に言わせれば、似た者同士だな・・あの2人は」
  「“日本の大工”を信じよう」

妻「年寄り(に頼むの)は止めよ? どんな家になるか分かんないから」
 「何か、他人事だよね?
 「1階が全部畳? “海の家”じゃないんだから!」
 「何か、憂鬱・・」

岩田「分かんねぇよ。まだ、やるかどうかなんてよ」
  「家(ウチ)は頑丈なのが一番だ」
  「和室はどうなる? 俺はそれが気掛かりなんだ。
   ・・歳とってからのこと考えたら、畳の部屋は大事なんだ」
  「イイか手前ぇら、風は馬鹿に出来ねぇぞ」
  「労働者はこのぐらい、糖分摂らなきゃな」
  「見た目ばっかりこだわってよ」
  「下手なもんは造れんから」
  「玄関(の扉)が“内開き”? 笑っちゃうな。俺は聞いたことがねぇ」
  「こんな家、見たことねぇ」
  「やるからにはよ、もっと現場のこと知っといて貰いてぇもんだな」
  「現場の人間は・・汗かくんだよ」 ←それにしても塩、かけ過ぎ!
  「素人はコレだからな・・」
  「昔から“便所は北側”と決まってんだよ」
  「インチ? 俺はインチなんかで家、建てたことなんてねぇよ」
  「材木は全部“尺”で寸法とってんだよ」
  「随分、偉そうじゃねぇかよ」
  「あの大センセイはな・・建築に関しては“ドのつく素人”だ。
   この俺が言うんだから、間違いねぇ」
  「娘が初めて・・頼って来てるってのに・・」
  「ダメだ・・切る爪がもうねぇ」
  「期日迄に仕上げるのが、俺の仕事だよ」
  「分かんねぇよ。そんな表現じゃ」
  「大黒柱は、家の“生命”だ」
  「飯は3食、きちんと摂らないと・・長生き出来ねぇぞ」
  「だんだん飲み込めて来た」
  「(壁の色に)白は使わねぇ・・汚れが目立つから」
  「決まったからには、これでいくしかねぇんだよ。
   世の中“思い通りに行くこと”の方が少ねぇんだ
  「俺はニッポンの大工だ。51年、この道でやって来たんだ」
  「どっか、オモテから見えないのをこっち(=見える部分)に回すか・・」
  「へっ・・何処の(国の)大工もアレだな、考えることはみな同じ」
  「こんな雑な仕事、したことがねぇや」
  「そこだよ、大事なのは。・・それが俺たち大工の“心意気”だよ」
  「誰に何て言われようが・・扉は“外開き”だ」

柳沢「だけど、僕は内装しかやったことないから」
  「お客さんの前で(全裸で)仰向けになる奴があるか! 早くうつ伏せに!」
  「お喋りしたいなら、スターバ※クスに行けって!」
  「自分のやり方だけが正しい、とは限らない訳だし」
  「作者が自分の主義を曲げた瞬間に・・作品は作品でなくなるんですよ」
  「和室が広過ぎるような気がするんだ」
  「僕はイイけど・・あなたは平気なんですか?
  「分からなくてイイから、とにかく注文して下さい」
  「俺の仕事は“妥協すること”だから」
  「イイですよ。好きに決めて下さい」
  「俺は何のために此処にいるんだ? 何でこんな所に柱があるんだ!」
  「この家は妥協だらけだ・・何処もかしこも」
  「ま、デザインするってのは、こう言うことですから」
  「便利で安い物はすぐに手に入る。だから、全てが型にはまってしまう。
   (中略) 当たり前の物が、この国には少な過ぎる。
   (中略) 便利なことって、そんなにいいもんなんですかねぇ・・
  「お金で(トラブルが)解決出来れば、イイ方です」
  「“これ以上、酷くならない”って言ったよね? どんどん酷くなってるじゃないか?!」
  「古い家具は、古いから高いんじゃない・・機能的で使い易いから価値が下がらないんだ」

大工の倅「あいつの言いなりになってちゃ、いつまでも家なんか建たねぇや」
    「何かって言うと“横文字”ばっかり使いたがりやがって
    「俺はあんたを、好きじゃねぇけどさ・・この家は好きだ。・・お疲れ!」

大工「実は俺、心臓が停止しちゃったんだけどさ・・障害者手帳、見る?」

兄「俺達は賃貸で良かったな。なまじ家なんか建てると、心配ばかりだ」
 「眼に来るんだよね・・白い(色の)壁ってさ」

飯島「この街にずっと住むんだな・・って」
妻「そうよ・・(お互いに)お爺ちゃんとお婆ちゃんになる迄ね」

飯島「(この図面で)どうですか?」
須賀「いけませんね・・これでは“違法建築”になってしまいます。
   ・・このままでは、申請が下りません」
妻「無理して建てれば?」
須賀「・・取り壊しです」

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2010年11月23日 (火)

☆『ラヂオの時間(1997)』☆

22日(月曜)の夜。

帰宅時間の都合により、30分ほど遅れての鑑賞開始となったが、三谷幸喜脚本&監督による『ラヂオの時間』を観た。

今週の衛星第2は、月・火・水曜の3夜連続で“三谷幸喜特集”が組まれてるようで、本作に続いては『みんなのいえ(2001)』『笑の大学(2004)』が控えてて・・実に頼もしいラインナップだ(=^_^=)

この『ラヂオの時間』の鑑賞は(確か)2度目となるワタシだが・・前回観た時は、取り敢えず“女優:戸田恵子の凄まじさ”について、何の知識も持ち合わせてなかったため、実に惜しい(=満喫し切れてない)鑑賞に終わってたように思う。

逆に今夜は・・と言えば、(ワタシなりに経験を経て)戸田さんの女優としての力量をつくづく思い知った上での、ある意味“身構えての鑑賞”でもあり・・そう言う意味では、違った感触があった。

ラジオドラマ『運命の女』の生放送&収録に際し、局内のスタジオで次々に巻き起こるハプニングと、その解決に大真面目で取り組んで行くスタッフたちのスラップスティックな奮闘ぶりを描く。 ←こんなんでエエのか?

三谷幸喜の初メガホン(=初監督)でもある“記念すべき”本作。
基本的に「シチュエーションコメディ系の群像劇」と評せるのだろうが・・私的には“シチュエーションとしての小品さ(弱さ)”に“俳優陣の豪華さ”がアンバランスなカタチで相対しており、巧く合致してないように感じられ・・「俳優陣を(量的/質的に)ダウンさせる」か「シチュエーションを高める」か、のどちらかが必要じゃなかったんでは? と思った。

先に書いた戸田さんについても言えるんだが・・あのしとの力量からすれば、本作(程度)のキャラ造型&演技では「真価が殆ど発揮されてなかったんではないか?」とすら直感してしまう。

そもそもが、数々の“恐ろしきまでの完成度の舞台劇”を精力的に放ち続ける三谷さんが「この程度の監督仕事で満足しててエエの?」とも。

シチュエーションそれ自体に関しても・・まったりし過ぎてると言おうか、毒がなさ過ぎると言おうか・・我々関西人としては、消化不良感の強かった印象だ(←お前だけだよ!)。

“名脚本家が、必ずしも名監督と言う訳でもないんやろかね”とも思ってしまったワタシである。

少なくとも・・本作を観終わった限りに於いては(・ω・)

〜 こんなセリフもありました(役名が全く分からず、俳優名にしてます) 〜

※「ここにいる奴は、誰もイイものを造ろうなんて思っちゃいない!」
 「分かった! 何とかする!」
 「シカゴには・・海がない」
 「満足出来るものなんて、そう出来るものじゃない
  ・・妥協して、妥協して、自分を殺して造るんだ」
 「泣くなら廊下で泣いてくれ。マイクが(泣き声を)拾ってしまう」

唐沢寿明「どんなに下らない番組でもな・・俺にはそれを造り上げる義務があるんだ!」

西村雅彦「“アドリブ禁止条例”出しました」
    「やり過ぎなんだよ! ・・けど、クビにするほどのことじゃない」

藤村俊二「そんなに焦ったって・・イイものなんか出来ないよ」
    「余り、頼らない方がイイよ・・機械に」

追記:まずは舞台劇版(1993)があったと言う、この『ラヂオの時間』。そちらでは布施明、藤村俊二・・そして渡辺謙の演じる“重要キャスト”らがいずれも登場しなかったようだ(ウィキの記述より)。
少なくとも、彼らの起用&設定については、素晴らしい選択であった・・とは認めるワタシである(・ω・)

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2010年11月18日 (木)

☆『トワイライト/特別版(2009)』☆

12日(金曜)。

この日の夜から、高松を離れてたワタシだが・・宿泊した某県内で、TVを観ることが叶ったので『金曜ロードショー』で“地上波初放送”された『トワイライト』の特別編集版を途中からながらダラッと観ることにした。

人間の少女=ベラとヴァンパイアの青年=エドワードとの、禁断の恋を軸に描いたティーン向け(?)ファンタジー作って感じ。

要所要所でCGを駆使しまくった“クリーチャーバトル”が挿入されたりもするんだが、、何だろうかなぁ、、「全体的にメロドラマ的」「展開が間延びしててまどろっこしい」「強力な“吸引力”を持つキャラ(俳優)が不在」ってな点がまず目に付き、ワタシの中では、すこぶる評価が良くなかった。
って言うか、観ててちょっと苦痛だった。

まぁでも「おおっ!」とその演出に好感の持てたのが「若者らがピックアップトラックを乗り回す」ってシチュエーションだった。
実際のトコ、オートマ仕様だったんかも知れないが、やっぱりアメリカ人(なの?)だったら、老若男女問わず、ごっついアメ車に乗ってた方が自然だし、カッコいいんじゃないかな、と思う。

あ、そうだ。
終盤でだか、すっかり(?)成長したダコタ・ファニングが登場して、ビックリした。早いもんなんやねぇ・・

この調子だと・・この次に、いつか・・ジェイデン・スミスを観たときのワタシの驚きも、スゴいんかも知れんなァ(苦笑)

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2010年11月17日 (水)

☆『刑事コロンボ/だまされたコロンボ(1989)』☆

ハナシは遡って・・18日(木曜)。

ジョギングイベントに参加⇒その後、少しやることがあって・・帰宅し『刑事コロンボ/だまされたコロンボ』を観始めたのは(開始から)55分も遅れてからであった(×_×)

「こりゃ・・流石に(事件に)ついて行けんやろな」と半ば諦めてたら・・(中盤から観ても)事件の流れがすこぶる分かり易く、しっかりフォロー出来たことに、我ながら驚いてしまった(=^_^=)

“ダイアン・ハンター失踪事件”の捜査主任となる、ロス市警のコロンボ警部(ピーター・フォーク)。
彼女の長年のパートナーであり、共同経営者でもあった雑誌王(?)=ショーン・ブラントリーに眼を付けたコロンボは、彼の豪邸の何処かにダイアンの遺体が埋められていると睨むが・・

「どうだまされるのか?」がとにかく気になったワタシ(=^_^=) 「もし、だまされなかったら・・それって、だまされたのはコロンボじゃなく、我々(=視聴者)だった、ちぅことなんやろなァ」とまでアタマの中をグルグル巡るモノもあったり。。

本作の面白いトコは、通常のコロちゃんだと、殆ど有り得ない演出・・“被害者が再登場する!!”ってのに尽きると思う。

それも21:00〜22:35の放送枠の中で言えば、22:15辺りにフラリと姿を現すのだ! で、また22:20に姿を消してくれたりする(⌒〜⌒ι)

本作のラストは・・今回初めて気付いたんだが、以前にハッキリと観た事のあるシーンだった。

コロンボがとある遺留品を見つけ出し、そこに彼の送ったメッセージ“GOTCHA(捕まえた)”が表示されると言う、
それはそれで印象深い映像演出。

「そうかァ・・このエピソードだったんやなァ」と、長年の“ノドのつかえ”が取れた気もした(=^_^=)

しかし、、やはり“新シリーズ”ってば・・どうにも犯人らとの“世代格差”の大きい気がし、なかなか「目上/格上のセレブに迫る」と言うシチュエーションが実現してくれなくて残念。
私的には、もっと“大物”と対峙して欲しいトコなんだが。

また、コロちゃん自身も老境に差し掛かってて、ちとキャラ造型が湿っぽくなってしまってるようにも映った(×_×)

〜 こんなセリフも 〜

コロンボ「今は、なんにもお答え出来ませんので」
    「(あんたは)ツイてたと言うしかありません」
    「共犯者はいます・・アタリはついてます」
    「いえ、ご心配なく。捜査は進んでます」
    「愛のためなら、人は何でもやるもんです
    「あらゆる証拠が、(あんたの)有罪を示しているんです」
    「あたしは端っこでイイですから」
    「こんなこと、あたしもしたかないんですがねぇ」
    「ホント、あたしもイヤなんですが」
    「お気持ちは分かりますが、どうにもなりませんな」
    「“真相”を話すこってす」
    「あたしは(あんたにとっての)イイ“道化”でした」
    「カブトを脱ぎますよ」
    「あんたのお陰で、あたしは“オオカミ少年”になっちまったんです」
    「ああ、その前にちょっと・・お電話を拝借出来ますか? なに、市内通話ですから」
    「あたしの“メッセージ”を届けました」

ショーン「さぁ、ボクをハッピーにしてくれ」
    「これでアイツも退散するだろうさ」
    「だから言ったんだよ」

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2010年11月16日 (火)

☆『スープ・オペラ』☆

15日(月曜)。
金曜の夜から日曜の夜にかけ、すこぶるハードな移動をこなして来た。

とは言え、今回「自身の運転による移動」こそは皆無だった訳だが・・一方で“自身のペース”で移動出来なかったことに対する
「別な疲れ」ってのも、やはりあったようだ(×_×)

改めて思うに、やっぱりワタシは極めて少ない人数で・・極端に言えば独りだけで・・旅をするのが向いてるし、好きなんやろなァ
ってことも何となく再確認出来た。

そんなこんなで、また(体力が完全回復せぬままに)1週間が始まった次第だが・・

商店街の中にあるミニシアター“ソレイユ”で『スープ・オペラ』が上映されてるってことで観に行くことに。

面白いのかどうか、(そもそもどんな作品なのかすら)良く分かんなかったが・・先月上旬に、大阪で同作を鑑賞した方がいて、気に入って原作小説を購入される程だった、そうなので「どないなもんかいなァ?」と気になってたワケだ。

シアターに到着し、初めて気付いたことだが・・本日は“メンズデー(月曜)”ってことで、いつもの約半額の料金で観ることが叶ったのはラッキーだった。
ま、その分、スナックを2袋購入したのもあり、(差し引きしたら)さほどトクした気にもならんかったけど(・ω・)

阿川佐和子による5作目の小説にして、初めて映像化されたと言う本作。

ノン子36歳(家事手伝い)(2008)』でも印象的な“体当たり演技”をブチかましてくれた、坂井真紀さんが主演し、かの作品同様に“ダメダメ男ども”が(彼女の周囲に)華を添えてくれてる(=^_^=)

・・・

湘南/鎌倉/藤沢界隈(?)のとある洋裁店。

30歳代も半ばの主人公=島田ルイ(坂井)は、育ての親とも言うべき叔母=楢崎藤子(とうこ、加賀まり子)を“トバちゃん”と呼び、彼女の経営する店を手伝っている。

少女時代からの2人暮らし。ルイはこの生活がこの先もずっと続くものと思っていた。

そんな矢先、トバちゃんから「20歳年下の青年医師=水谷(萩原聖人)と結婚し、北海道の無医村で一緒に生きて行くこと」を告げられるルイ。

あれよあれよと言う間に去ってしまった叔母。

溜め息をつきつつ「これから独りぼっちの生活が始まるのかぁ」と呟く彼女だったが、そんなルイの前に2人の男性が姿を現す。

放浪を続ける初老の画家=“トニー”こと田中十二夫(とにお、藤竜也)と、いつもヘラヘラ笑った顔の編集社アルバイト=林康介(西島隆弘)。

何となく「同居人のいた方が、楽しいし寂しくないし、ま、イイか」と彼らが家に転がり込むのを許したルイだったが(条件は“毎月3万円(?)の家賃+幾らかの食費”“交代で食事を作る”の2ツ)・・またも色んな出来事が起こり、バランスを崩し始める彼ら3人の生活だった・・

全体的にファンタジックで、ちょっと現実離れしてて、案外薄く軽く、実際の人生の「表面のみ」をなぞってるような印象の強かった序盤~中盤だったが、、次第に“男女間の少しドロッとした感じ”も演出に練り込まれて来て、決して退屈させる作品ではなかった。

ただ「やっぱり女流作家、それもお嬢様(育ちの)作家の手による原作なんやろねぇ」ってことを漠然とながらも思わせる、ライトタッチかつ“泥沼演出を回避してる”ような「骨の細い(弱い)演出」がやや物足りなくもあったか(・ω・)

一方で、登場する4人の「主要な野郎連中」が、揃いも揃ってダメダメキャラなのには、同性として妙な気恥ずかしさや悔しさを感じてもしまった。「もうちょっと・・男ってのは“やる時にはやる”んでっせ!」と言いたくなってしまうが。。

終盤の某シーンも「明らかにファンタジー」過ぎて、如何にも“次に来るシーン”が予想出来てしまった。

何かが始まる・・ってことを描き出すラストではあったが、もっと“具体的な何か”を示して欲しかったような。

そしてまた、男性観客の溜飲を下げるような・・そんな“分かり易い演出”が欲しかったような、
そう言う意味では・・ストレスの残る1作ではあったろうか。

面白くて憎めない人物造型が少なからずあっただけに、妙なカタチで助演陣が次々と“退場”してしまうまとめ方には、ちょっと疑問も残ってしまった。
「ルイの再生」を最後に持って来たにしては、何処となく“投げっぱなし”な風もあったし(・ω・)

~ こんなトコも ~

・恋愛小説『何食わぬ愛』を執筆した売れっ子作家=井上豪(平泉成)。“エロ小説家”と酷評されてもいたあたりから・・何となく(実在の作家)WJセンセイを連想してしまったが・・?(⌒~⌒ι) Wセンセイにも、あんな“生みの苦しみ”があるんやろか??
・「肉の吾妻屋」店主と桂木夫人、倉木編集長(嶋田久作)と奈々子(鈴木砂羽)、図書館長(塩見三省)と石橋教授・・彼らの関係って、一体ホンマのトコはどうだったんやろ?
・ルイの、結婚相手に対する質問は3ツ・・「収入はあるか?」「浮気しないか?」「(配偶者を)幸せに出来るか?」
・劇中の8月のカレンダーから推測するに・・2009年のハナシらしい。
・大学の図書館で働くルイの月収は「13万円」とのこと。
・図書館長のキャラが、とうとう掴めないままだった(×_×)
・ルイの“アレ”に登場(乱入?)して来た、弁理士=笹島。ルイの潜在意識下で、どう言う扱いになってたんやろ?
・フランス・マルロット村に興味津々。
・連想した作品は『食堂かたつむり(2010)』『インスタント沼(2009)』『ハーフ・ア・チャンス(1998)』辺りだろうかな?
・自らの心の中で「別れたあの人の、その後は知らないけれど・・きっと幸せに暮らしてるに違いない」「ケンカ別れしたあの人だけど・・きっと時間が(お互いを)和解に導いたモノと考えて良いんだろう」などと考え直し“心のブレ”さえなくせれば・・それはそれで、色んなモノが吹っ切れて“人生がラクになる”んかも知れない?
・『ノン子〜』ほどは、艶(ツヤ)のほとばしり出たはらなかった坂井さん。でも、ワタシの好きなタイプの顔立ちをされている。かつて、高松に来て・・ここ“ソレイユ”で初めて観た作品が『ノン子〜』だったこともあり「彼女の主演作+ソレイユ上映」と言う2条件が揃うなら、それだけで(この先も)新作を鑑賞し続けて良いかな、と考えている。
・水谷医師を眺めてて、大阪在住の高校時代からの某友人を思い出してしまった。雰囲気がそっくりなのである。。元気なのかなァ・・
・劇中に登場する「小楽団」がイイアクセントとなってた。舞台劇の雰囲気(?)である。

~ こんなセリフも ~

ルイ「何もない・・心配事も問題もない、奇跡の1日だわ・・」
  「これが、トバちゃんの味です」
  「幸せになってね!」
  「イイことはね・・昔から信じないことにしてるのよ」
  「あの・・いつもそう言う顔? 会った時から、ずっと笑ってる・・」
  「どう言うこと?」
  「夕食には、必ず(鶏ガラ)スープを1点つけましょう」
  「長所は“誰とでも巧くやれるトコロ”だと思います」
  「回れっ!!」
  「“好き”って言われて、悪い気のする人は少ないよ
  「もう、逃げないで!」

トバ「発表します! 私、このウチを出ます。お嫁に行くわ!」
  「このスープさえあれば、生きて行けるの! 元気になれるの!」
  「命かけてんのよ、この恋」

トニー「猫を追いかけてたら、入っちゃってね。そしたら、イイ庭でしょ。
    だから、描かせて頂いてまして」
   「“高けりゃ美味い”ってもんじゃないからね
   「今晩、泊めて下さい。物置でイイから」
   「説明するのも、詮索されるのも面倒だし
   「君は悪くない。ロクな男が(君の周りに)いないだけさ」
   「人生ってのは・・運命ってのは、言わば“エジプトのバス”なんだ。
    停留所なんか何処にもない。いつ来るのかも分からない。
    たとえ来ても、止まってはくれない。せいぜい、ちょっと減速してくれるだけ。
    そこを“エイ”って飛び乗るしかないのさ
   「“ちゃんと握手する”って、イイもんでしょ?」
   「それでも笑顔か?」
   「“忘れてること”が気になる歳になりました」
   「男と女は・・一番難しいね
   「小説って、独りで書くものじゃないの?」
   「女の顔を眺めないと書けないの? 誰でもイイってワケじゃないんだ?」
   「そうだったらどうする? そうじゃなかったらどうする?

康介「美味いっす! カラダ中の細胞が“お祭り騒ぎ”っすよ!」
  「こうしてると夫婦みたい・・“会話のない夫婦”だけど」
  「“僕たち”って言っちゃダメなの?」
  “もっと大きくなったら、帰って来ます。
   もっと大人になったら、帰って来ます”

館長「“いつまで、ここにこうしているんだ?”・・そう思ったことない?」
  「何を告白してるんだ、私は・・ 顔が火照ってる・・ 更年期だ、私は」

妻「十二夫は、あたしを“すごく寂しい気持ち”にさせるのよ」

父「貴様なんかに、俺の娘をやれるかー!」

水谷「僕は、あなたの夫になりたいんです」

奈々子「“生存のための戦い”なんだから・・愛なんて“後回し”でイイのよ」
   「ルイの人生に“大変なこと”なんてあるワケ?」

井上「“僕の愛”を注入~」

井上の妻「サイテイ!」

ルイ「あっためる?」
トバ「♪私を熱くしないでぇ~」

トバ「ルイ、私(の結婚)を応援してよ」
ルイ「だって・・あたし“独りぼっち”になるんだもん」

石橋「誰か、訪ねて来なかった? “運命の人”が」
ルイ「・・まさか?」

ルイ「どうして、断ってくれなかったのよ?!」
トニー「断り切れなくて・・」

ルイ「1度、だけ?」
トニー「・・だと思う。でも“デキ易い”らしいんです」

倉木「今日も笑顔だね」
康介「それだけが取り柄っすから

トニー「良く覚えてません。ボケたのかも」
トバ「・・100から、7つずつ引いてみて下さい」

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2010年11月11日 (木)

☆『さらば愛しの大統領』☆

9日(火曜)の夜。
この日は宅配業者さんから「液晶保護シート」が改めて配達されるってことで(1回目は、帰阪中で不在のため受け取れず)、
「18時~18時半ごろに戻ります」と電話連絡しといたんだが・・18時20分前に帰宅したら・・ドアに不在票が挟まれてた(×_×)
どうやら、18時10分ごろに来られたようで。。

もはや(更に1枚買って、既にPCに装着済でもあり)「有ってもなくてもどっちでもエエし」的な扱いに成り下がってしまってたブツなので(=^_^=)、本日中の受取りはもうエエわ、と考え・・ちょいと気分転換したいのもあって、クルマに乗り“ワーナー・マイカル・シネマズ綾川”へと向かった。

我が香川県内では、恐らくココでしか上映されてないであろう新作『さらば愛しの大統領』を観るためにッ!!

自宅出発が18時半過ぎで、到着予想時刻(車載ナビによる)が当初・・19時25分と表示されたので「うわ、上映開始時刻(19:35)まで10分しかないやんか!」と焦ってしまったが・・ちょっと急ぎ気味に走ったら、25分もかからず到着してしまった(=^_^=)

ただ、ここのシネコンに(コッソリと)言いたい事なんだが・・「チケットカウンターの客さばきが遅過ぎ!」と思う。1組あたり3分ぐらいは時間がかかっとる(と言うか、時間をかけとる)んじゃなかろうか? ワタシら“大阪もん”からすれば、かなりイライラしてしまう。
ワタシがここの支配人だったら、1組あたり1分以内でズバズバやって行きたいトコだ。

もう1つ。。
今回初めて「ワーナーマイカル名物」と言われてる(の?)“フレーヴァー・ポップコーン”って奴を「中サイズ(R)」で注文してみたんだが・・これが量的にキツ過ぎた(×_×) バターたっぷりのフレーヴァーオイルは、確かに美味いんだけど・・そのうち、ポップコーンを口に運ぶ指の動きがピタッと止まってしまうワケで、、

結局今回は、鑑賞中に半分まで頑張って(=^_^=)食べ ⇒ 帰宅後(←持ち帰ったんか!)更に食べ ⇒ ついに今朝(10日)の朝食代わりに食べ、ようやく「完食」とあいなったのだった(⌒~⌒ι)
てなワケで、これから“フレーヴァー・ポップコーン”を試そう(=食べてみよう)と思われるアナタには・・ひとまず「小サイズ(S)」からでトライ頂くことをおススメしたい。

ホンマに、そうしとけ、て。

バラエティ番組『やっぱり変だよ! 大阪の常識』の途中で、お茶の間に「TNJ(TV News Japan)ニュース速報」が届けられる。

1つは、大阪市内の「大阪毎度銀行」に、猟銃を手にした強盗が押し入り、行員ら30人を人質に立て篭る事件について
もう1つは“世界のナベアツ(「日本オモロー党」党首)”が、現職の福永かつよし氏をやぶり、新しい大阪府知事に当選、その上で「公約」通り“大阪合衆国・初代大統領”に就任することについて

であった。

銀行強盗を説得すべく現場に駆け付けたのは、大阪府警捜査1課の2刑事=早川(宮川大輔)と番場(ケンドーコバヤシ)である。
覆面刑事=ガイルの捜査協力(?)もあり、鮮やかに(?)犯人を逮捕した2刑事に、中之島署長(前田吟)は「3ヵ月後に“独立宣言”を行う予定のナベアツ大統領のもとへ、暗殺予告状が次々と届けられている。大統領の身辺警護は我々が引き受けるから、お前らは暗殺者の正体を突き止めて来い」と命じる。

そして、署長の言葉通り、新・大阪府庁(=大阪城)での報道陣向けの“就任会見”においても、殺し屋が早速その姿を現したのだった・・

プロのヒットマンを次々と放つ、謎の黒幕の正体とは? そして、ナベアツ大統領は凶弾から逃れることが出来るのだろうか?!

いやぁ・・ナニがびっくりって、、シアター内に、結局ワタシ1人しか、観客がおらんかったこと(爆笑)
それ、アキませんやんか! と。まぁ、静かに鑑賞出来て良かったけどさ(=^_^=)

本作、本編上映時間がわずか87分ぽっちなんだが、そんでも本編中にかなりな“脱線”“枝葉”があったりする(=^_^=)
正味の物語をまとめたら、1時間以内で十分サクッとまとまった気もするな(=^_^=)

ナベアツ自身の立ち位置は、予想してたより「やや後退」気味であり、“よりアホ道を突っ走ってくれてた”のは2刑事を演じたお2人だった。

でも、それで正解だったと思う。

ナベアツ自身のキャラ設定では、どうしても「大統領」と言う立ち位置&言動が軸となるため、ムチャクチャな出来事に絡めることにはムリがあるし、そもそも単独行動ってシーンが描きにくいのだ。

その辺りを存分に楽しませてくれたのが、件(くだん)の2刑事。
なかでも宮川大輔のスゴさってのを、本作で改めて思い知らされた!
まさに“ひとりダウンタウン”って感で、絶妙なボケ&ツッコミのキャラを両立させ、確立させてもいるのだ。
さしものケンコバさんも、本作では1歩引き“世話女房キャラ”に徹してた感があった。それも無論、計算ずくであろうが。

大物俳優陣の客演も楽しい。
私的には2番手のヒットマン“ボム緒方”を好演してはった大杉“シルミド”漣さんが最高だった(=^_^=) ぎこちないけど楽しんだはる・・そんな複雑な役柄だったと思う(=^_^=) 迷彩服も似合ったはりました☆

ムダにストーリーを引っ張ってた1人(=^_^=)が宮迫博之さん(ミドリゴリラ役)だったが、ふと「遠藤憲一さんと似てるやん!」ってことに気付いてしまった(=^_^=) ひょっとしたら同一人物?!(んなアホな)

ってことで、大阪人にとっては「郷愁感をアオりまくってくれる、愛すべき1作だった」ワケだが、多分・・香川県人の肌には合わんのやろなぁ~と。

でも『大日本人(2007)』の終盤で見受けられた「作り手の、ある種の“燃え尽き感”“白け感”」ってのは殆ど感じられなかったので、その点だけでも一応、おススメしときたい。別に説教ぽくもないし(=^_^=)

~ こんなトコも ~

・冒頭で、赤地のスクロール字幕が登場。「お客様へお願い ・・ 上映中は100%アホになってご覧下さい。 ・・ それでは、100%アホになってお楽しみくらはい。」と案内して来るんだが、私的には「何だか“恐る恐る”な感じやなァ」と思った。もっと勢い良くブチかまして良かったんじゃ?
・「大阪人は(指鉄砲で「バキューン!」と言われると、思わず)撃たれたフリをする」って生態(=^_^=)が紹介されてて、ちょっと笑えた。街角で検証済みです(=^_^=)
・「暗殺だもの みづを」って予告状が印象的。
・終盤・・今なお『マトリックス(1999)』的な映像エフェクトの呪縛ってのがあるんやなァ・・としみじみ(⌒~⌒ι)
・大阪府警(建物自体は「旧・大阪市立博物館」らしい。部分的に「大阪府庁舎」が使われたり)に掛けられてる懸垂幕に「110番には電話しないで下さい」「犯罪を起こすなら東京で」ってあって、思わず爆笑してしまった(=^_^=)
・「ショーパブSpade」の延長料は6600円らしい。リアル?!
・笑力発電所の芸人(No.2)=すっぱいだーマン。演じてるのが“CG処理で大柄にした荒川良々”だと思いきや・・アンタでしたか(=^_^=)
・捜査本部での、白板(?)を用いたベタなギャグシーンがたまらん・・「ナベアツ大統領 ⇒ ブリ」の関係が“好き”とあり、「大統領 ⇒ 野口英世(千円札)」の関係が“似てる” 離れたトコに「チンギスハーン ⇒ 義経」とあり“同一人物?”とか書いてるし(=^_^=)
・米大統領の「独立国家は、軍隊を持つべきだ」なる発言がリアルだった。
・いきなり登場の神※明さん。。
・『プラトーン(1986)』『地獄の黙示録(1979)』『犬神家の一族(2006)』を意識したシチュエーションもありますた。。
・流石は“ナベアツ謹製”だけあって「3回引っ張るギャグ」ってのがあちこちで目に付いた気がする(・ω・)
・早川が「さっきそこで拾った」アレとは?!
・オ※マ大統領のそっくりさんを放つのであれば、橋※府知事のそっくりさんも取り揃えといて欲しかった(=^_^=)
・久々に拝見した感もあるが(ワタシは普段、殆ど民放バラエティとか観ないし)、秘書=原田さん役の釈由美子さんがかなりキレイに思えた。番場少年の“どストライク”だった美人婦警さんと共に、殺伐とした(=^_^=)物語に花を添えてくれてはったデス。
・終盤、大阪府警を飛び出し、独立宣言の会場へと向かう2刑事。大阪人からすれば「数分で行けますやんか」って思える位置関係&距離なんだけど、、

~ こんなセリフも ~

早川「2千円、あげといて」
  「おい、なに熱(アツ)なっとんねん」
  「棄てとけよ。終わってからにせぇ」
  「あ、“ピラフ”て言ぅてもた」
  「辛くても、悲しくても、アホでいろや~」
  「人間、アホなぐらいがちょうどエエんや」

番場「お母さん・・正直“どストライク”です」
  「さとし、新しいお父さんだよ」
  「“ピラフ”に引っ張られましたわ」
  「アタマおかしいんか、あんた?」

大統領「ずっと(演台の)下に、隠れてたよ〜」
   「芸人をやめるつもりは、一切ございません」
   「もう1度“笑いの絶えない世界”を取り戻したいのです」
   「“顔込み”で以上です」
   「はい、そこの“変な宗教にハマって、半年経ったみたい”なあなた」
   「オモローサプライズ!」
   「靴を取って〜 大きく振り上げて~ ・・素手で殴った! え? なんで?」
   「辛い時こそ、笑いましょう」

米大統領「良く分からんが、ユニークだね」

福永候補「・・こんな奴に・・」

ジョー「ラクな仕事だ・・」

ヤギシタ“因みに、あと何秒ぐらいですかぁ?”

照明係「ん~ ・・食べられへんて ・・“バウムクーヘンでご飯”はムリやて・・」
   「コレ、お前の乳首なん? マカロニやと思てた・・」
   「レビル将軍の正体は・・僕の父さん・・」

彦摩呂「お口の中が・・ベトナム戦争や・・」

大阪のオバちゃん「アメちゃんやで~!」 ←投げたら爆発してますやんか!

警官「見た所・・差し詰め、お前ら“IT関係”やな?」
早川「お前、アホやろ」

番場「おい犯人、お前のお母さんや」
強盗「100%他人やろが〜!」

早川「成る程な」
番場「そら、強盗もするわな」
早川「10億(円)言わんと、30億ぐらい要求したらどや?」
番場「そんで、この3人で10億ずつや」
強盗「それやと俺、10億やんけ〜!」

大統領「あの時の?!」
黒幕「違う!」

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2010年11月10日 (水)

☆“新型エア”が届いた!☆

待ちに待った“新型MacBook Air”が遂に届き、受け取ったのが・・5日(金曜)の夜のことである。

この日は早朝から夕暮れまで、高松にはおらず、ひたすらレンタカーで某県の東部を走り回ってた。
ざっと振り返るに、10時間近くも運転してたように思う。
総走行距離こそ、270キロほどだったが。

結局、この日ばかりは開封する元気も時間もなく・・本体を箱ごと帰阪するクルマに詰め込んだ。

少し悔しかったのは、1日ほどの遅れでネット注文した「液晶保護シート」のことである。
このわずか1日のズレにより、結局この日(5日)中には受け取ることが出来なかった。。
(って言うか、業者さんと巧く配達時間が噛み合ず、コレを書いてる(9日)時点で、まだ受け取れずにいたりする(×_×))

「いったん使い始めたら、すぐホコリやら汚れやらでボロボロになって行くやろうしなぁ」・・と、そう言った点が、妙に気になるワタシなモノで・・結局は帰阪直後、梅田のヨ※バシに行き「液晶保護シート」をもう1枚買うこととした(=^_^=)

7日(日曜)の午後。ようやくまとまった時間が取れたので、

パッケージ開封 ⇒ 液晶保護シート貼り ⇒ アダプタでフル充電 ⇒ 初起動! ⇒ 照度&音量下げ ⇒ ドックのサイズ縮小 ・・と言った手順で自分なりのプチカスタマイズ(?)をノロノロと進めて行った。

・・・

第1印象として・・ やはり「ホンマに薄過ぎる!」と驚愕せずにはいられない。

何だか「(筐体の)中身を“基盤1枚っぺらだけ”で済ませてる印象」すら漂っている。裏面も「バッテリー内蔵(=封入)」の利点(?)と言おうか、ブサイクなパーツ分割も、装飾もなくシンプルそのもの!

4年半ぶりのマックなので、その(ハード的な)進化に興味津々なのは言う(書く)までもないことだが、

・アダプタ接続部(マグセーフ端子)の磁力が意外と強力
・極薄な液晶画面の背面に配された“林檎マーク”がちゃんと光ってくれる(動作中)
・トラックパッドにクリックボタンのない(パッド自体がボタンとなる)のがデザイン的にイイ
・トラックパッド操作で“iPhone”のような「拡大/縮小表示」が可能なのはスゴい
・本体の内蔵スピーカーの出力がなかなかにパワフル

などの点は、すぐに気に入った。

総じて、シンプルデザインが極まっており、その“アピールし過ぎない佇まい”が良い。まさに“工芸品の域”と言える。
ニューヨークの「メトロポリタン美術館」に永久保存して良いぐらいのデキだと感じた。
ま、これは“里親バカ”気味な絶賛かも知れないが。。

・・・

8日(月曜)の夜。これまで使って来た“PowerBook G4”と無線で接続し「移行アシスタント」と言うアプリケーションを使ってデータの移行を行った。

約75ギガバイトの総データ量で・・約5時間半ほどかかった。。
結局は、明け方までかかりますた(×_×)

そんなこんなで、本日9日(火曜)に、ようやく作業環境の移行が完了し、新しいPCで本ブログ記事をアップしたり、買ったまま開封してなかったスピッツの新作アルバム『とげまる』を(ようやく)MP3化し、バックグランドで流し聴いたり・・そんな風にして、次第に慣れて行ってるトコである(=^_^=)

追記:購入当初、キーボードとディスプレイの間に(保護のための)薄紙が挟んであるが・・これは端部が折れ曲がり易く、また破れ易いので・・扱いには十分注意されたい。
ワタシの場合は、、まずクシャッと折れ曲がり、次に少し破いてしまった(×_×) ハッキリ言えば、どうでも良い紙なんやけど・・(性格的に)少しショックだった。。

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2010年11月 9日 (火)

☆ちょこっと&ぼちぼち再開の“エエ言葉”【特別篇】☆

(実家に)帰阪した際の「ちょいとした楽しみ」と言うべきモノがある。

それは、台所(の机の上)に置いてあったり、自室(の机の上)に置いてあったりする、地元の図書館で家人が借りて来てる本をパラパラとめくり読むことである。

一番面白いのは・・それが“ワタシが図書館に行った場合、恐らく借りないだろうし、そもそも気にも留めないやも知れぬなぁ”と思っちゃうような本であり・・尚かつ、意外に楽しめた時である。

今回は・・近年亡くなられた名作詞家・阿久悠氏の著書『華/君の唇に色あせぬ言葉を』が台所に無造作に置かれてた。

コレを何気なく読み始めたら・・刮目せざるを得ない言葉の洪水がどっと押し寄せ、取り憑かれたように(=^_^=)ページをめくり続けたワタシなのだった。

そんなワケで、心に残った幾つかを紹介させて頂きたい。

同氏と言えば・・「ヒットメーカー」の名に相応しい名作詞家ではあったモノの・・生前は(と言うか正直、本書を読むまでは)ワタシの中で「小手先でヒットソングを書く人」「ミーハーな歌詞でお気楽に稼いだはる人」ってな誤解が根強くあった。

無意識的にせよ、ご本人の「シャレのようなペンネーム」がまず、好かなかったのかも知れない。

しかし、本書に出逢え「スゴい方やったんやな〜」とかなり打ちのめされてしまったワタシだった。

・・・

阿久 悠(作詞家、作家、1937-2007)
 「風貌は表層のことであって、人間の本質はそうそう簡単に見抜けるものではない。
  ぼくらは、優しさや、愛でる心や、凛とした誇りや、
  こういったものを傷つけないように包み隠して生きているのだともいえる。
  (中略) 本質はそうそう見抜けるものではないといったが、
  見抜かれてしまうことが1つあって、それは作品である」
 「作詞家というのは因果といおうか、面白いといおうか、
  見えないところのものを見ようとする」
 「近頃では、窓は飾りのようになって、せいぜいは風の出入りぐらいで、
  人間がもの想う場所ではない」
 「遠いという感覚が、かつては距離であったものが、今は時間になっている」
 「夜ふけての音は風や雨が立て、花は音もなく散るのである。
  しかし、椿は違う。重さを感じさせて、地面に音立てて落ちる。
  椿の場合、散るとは言わないのかもしれない」
 「ぼくは作詞家であるから、ほぼ習慣的に、すべての事象を悲しみのかたりべと、
  喜びの伝令に分けて感じるところがある」
 「上手に生きるには、フワリと迷い子になることである」
 「文章にはユーモアが大切だと思っている。ユーモアを感じさせるということは、
  ことの本質をついているか、意外の切り口で驚かせているか、
  そのどちらかであると思うからである」
 「しつけという字は、躾と書く。身と美の組み合わせを
  しつけと読ませる国に育ったことを、
  もっと本気で感謝した方がいいかもしれない」
 「それにしても、『きれいなバラにはトゲがある』のトゲの存在が、
  なかなか意味ありげで、その意味深さを悟った時、
  ぼくは大人になったことを自覚したのです。
  (中略) 手の傷は小さく、胸の傷は大きく。
  何とも、大人の仕打ちじゃないですか」
 「音があふれている。音に慣れている。
  (中略) 音のない時間がなくなった。夜が更けて世間が寝静まっても、
  冷蔵庫などがそれぞれ小さい唸りの音を立てているのだ。
  現代人は静寂の刻を失ってしまったのである。
  心を失ったのと同じかもしれないと、ふと思う」
 「時代は少しばかり殺伐としてきて、すべてが荒事の感じがします。
  はっきりさせるべきことは、はっきりさせた方がいいのですが、
  そのことと身も蓋もない結果を出してしまうこととは違います」
 「生きている間には、自分が望む答えと真反対のことも、多く存在します。
  実は恋なんて真反対がほとんどで、ぼくは、
  『うまくいく恋なんて恋じゃない』・・と歌の詞に書きました。
  純粋な恋愛の成立の確率なんて、そういうことです」
 「写真はたしかに真実を写すものであるが、それは切り取った百分ノ一秒の真実であって、
  時の流れの中の真を伝えるかどうかわからない。
  早い話、道に倒れた人に手をさし出している写真を見て、
  救(たす)け起こそうとしているのか、
  つき飛ばした瞬間なのか、その判別はほぼ不可能である。
  (中略) 写真の真実とは、かように想像をかき立てるもので、
  凍結した瞬間などではない。あとさきがある」
 「話し言葉というのは、強引な伝達や強制ではなく、
  自分の思いをなるべく誤解なく相手に伝える、願いのようなものである」
 「蓮の花が咲く瞬間を見たことはないが、それはきっと、
  スローモーションの極致のように、動きを止めることなく、
  滑らかさを失うことなく、夢のように開くに違いない。
  (中略) 蓮の開花には音はない。
  ただ、それなのに空気には震動を伝え、水の上に微妙でやさしい波紋をつくるのだ」
 「若い頃、生意気にも、モネの睡蓮の絵の世界に恍惚となるようになっては
  おしまいだと思っていた。
  (中略) しかし、その時から既に五十年近く過ぎ、近頃では、
  おしまいだよとは思わなくなった。それどころか、絵から匂いも風も
  空気の濁り具合も感じるようになり、ゆったりとした時間の中を漂っているのである」
 「贈りたい気持が、贈った事実を超えることはまずなく、
  やはり実行しなければ届かないのが花であり、気持なのである」
 「無駄と無茶を怒られても、無関心を責められるよりはずっといい」
 「悲しみは温かさと明るさと、グラマラスな肉体と真赤な大輪の花にもある。
  ただ、悲しいと感じて貰い難い。
  作詞家としてのぼくの悲願・・大仰だが・・は、目にしみる青空とハイビスカスの
  自然の精気を描きながら、なお切なく悲しいと感じさせる詞である」
 「今、人に空想がない」
 「もしかしたら、名を拒む草や花があるかもしれないじゃないですか。
  拒むですよ」
 「今の時代、人工的なものがいろんなことを支配して、季節にさえ人工着色してしまう
  ようなところがあるから、透明は貴重である」

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2010年11月 4日 (木)

☆『刑事コロンボ/殺人講義(1990)』☆

4日(木曜)の夜。
ジョギングイベントをこなして帰宅し、衛星第2で放送されてた『刑事コロンボ/殺人講義』を約35分遅れで鑑賞した。

新シリーズも順調に“中盤から鑑賞”をこなして行ってるが(=^_^=)、やっぱり冒頭を見逃すと・・どうにも被害者像が浮かんで来ないし、感情移入もしにくい。。

このエピソードでは、たまたまコロンボ警部が招かれてた大学の地下(?)駐車場で、ラスクと言う名の犯罪学の教授が頭部を銃撃され殺害されるトコロから始まる、、ようである。

今回は犯人が複数名おり、巧妙にコロンボの捜査に“ミスリード”を仕掛けて来る。

ラストでは、コロちゃんが遂に牙を剥き、逆に“トリック”を犯人らに仕掛けるんだが・・学生vsベテラン刑事って図が『青の炎(2003)』をちょこっと連想させてもくれた。

とにかく、本作の特長は「犯人のアリバイがほぼ完全に成立してたこと」と「無邪気&生意気な犯人らが、徹底的にコロンボを蔑むこと」であろうか。

劇中の“コロンボ評”がとにかく酷くて(×_×)

「ダサいデカだな」「ヨレヨレのダメ刑事」「あの刑事、定年前にクビになるな」「ヤツをダマすのはセックスより面白いな」

とか、言われ放題なのである。「セックスより面白いかぁ?」とか私的には思うんだけど・・まぁそれは良いとして(・ω・)

※声優陣が大塚明夫&山寺宏一なのも豪華! 因みに、犯人はジョージ・クルーニー顔&ゲイリー・ビジー顔でしたかのぅ。

尚、終盤のコロちゃんの“引っかけ方”がグウの音も出ない程にスゴくて、その点では爽快だった。

ラストにおける、犯人の毒づきセリフ
「何故殺(や)ったかだって? “殺り方”を知ってたからさ」
「お前はツイてただけさ・・“只のまぐれ”だ」 
ってのも、後味の悪さに拍車をかけてくれたエピソードだった。

〜 こんなセリフも 〜

コロンボ「質問? はい、1つだけ」
    「参ったね。オジさんをからかうんじゃないよ」
    「2・3、うかがいたいんで」
    「済いません。もう1ツだけ」
    「実は今、報告待ちなもんでね」

追記:「殺人の再現」シーンで、45口径のオートマチック銃で撃たれた人形の頭部がコナゴナに吹っ飛んじゃってましたが・・マグナム弾が装填されてたの??

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☆『怪盗グルーの月泥棒:3D【日本語吹替版】』☆

3日(火曜)。
いつもより、ホンの少しだけ(?)「寝だめ」した。
どうにも先週末の600キロ走行(と言っても、大変なのはワタシのクルマの方だが)が響いてたと見え、こんだけ寝てようやく体調のじわり戻って来た感がある。

って言うか、コレが5年ほども前なら“車中泊コース・大阪⇒鳥取往復”だの“フル下道コース・大阪⇒軽井沢往復”だのと言った強行軍をこなしても、すぐにケロッと回復したように思うんだが・・流石に「トシ」なんでしょうかなァ・・悲しいのぉ。

昼過ぎからの出発で向かったのは、高松市の郊外にある“府中湖”と言うロケーションだった。仕事柄、頻繁に「高松道で通過するだけ」なこの湖なんだが、いっぺんぐらいは下道で走り、ゆっくり眺めてみたくて。

でも、思った程“見所ある”ロケーションでもなかったかなぁ(・ω・) も少し、周辺が紅葉づいてたら、まだしも良い印象だったかも知んないけど・・

次に向かったのは、丸亀市の郊外にある「三谷寺(みたにじ)」と言うお寺。
ここも、数年ぶりの拝観となる古刹だが、境内(の高台)に“多宝塔”の建ってることから「機あらば再訪を」と昨春以来(=^_^=)狙ってた場所だった。

今回のツアーのお伴は、久々な感もあるペンタックスの1眼くん(「K10D」グラパケ)だったが・・常時装着されてる唯一の(=^_^=)レンヅが“パンケーキ”と呼称される40ミリの標準レンヅだったこともあり「広角不足」のため、かなり消化不良な撮影となってしまった(×_×) ヒストグラム(≒輝度分布図)をいそいそと確認しても、明る過ぎたり、逆に暗過ぎたり。。

ニ※ンの1眼と比べ「柔軟じゃない/扱いにくい」印象を、改めて強く感じた。
こう言う状況に遭遇し、煩わしいと思うに・・やっぱり「自分にはスナップ感覚のコンデジがお似合いなんかもなァ」と感じてしまったりも(⌒〜⌒ι)

ペンタ君で入念に撮影(しようと)した写真より、余りやる気もなく(←おい)アイフォ〜ン4.0で撮った1枚の方が、露出がバッチリだったりもして(=^_^=) ←ま“HDR機能”を常にオンにしてますから、、

また「今日はETCも使わへんし、お安ぅドライヴ出来てサイコ〜やなァ♪」と鼻歌混じりな気持ちで走ってたら・・どっかでワタシの思考回路を読み取ったかのように(=^_^=)「給油ランプ」が突然に点灯したのだった(×_×)

満タン給油で7英世もが飛んで行っちまったよ〜

その後、高松へと戻るルートに“ワーナー・マイカル・シネマズ綾川”があったので、立ち寄ってみた。
で、1時間ほどの待ちで入場開始となる、新作アニメーション『怪盗グルーの月泥棒』を観て帰ることにした次第。

エジプト・ギザのピラミッドが鮮やかに盗難された!
その報道を眺め、面白くないのが・・怪盗グルー。
彼は鮮やかな手口でラスベガスを筆頭に、世界のあちこちから様々なモニュメントを盗んで来た男だったが・・

一方で、彼よりももっと若く、野心に溢れる盗賊たちが、次々とのさばって来ているのだった。

グルーには“真の世紀の犯罪者”“世界最高の悪党”であることを証明し、宣伝するために狙っているターゲットがあった。

それこそは「月」だった! だが、それをゲットするための2ツの必須アイテム「ロケット」「縮ませ銃」がなければ、壮大なプランは“机上の空論”に過ぎない。
ロケット建造資金の融資を頼みに行った「悪党銀行(Bank of Evil)」のパーキンス頭取は「縮ませ銃をまず手に入れ、見せて貰わないことには信用出来ない」と告げるのだった。

東アジアの某研究施設から、やすやすと「縮ませ銃」を盗み出したグルー(一味)だったが、突然に現れた若きライバル怪盗=ヴェクターにまんまと(銃を)奪い取られてしまう。

ヴェクターのアジトから「銃」を盗(と)り返す(?)ために、試行錯誤するグルーだが・・彼は「養護施設」で暮らすクッキー売りの3人の少女・・マーゴ(眼鏡っ娘)、イディス(ピンクのニット帽の子)、アグネス(ユニコーン好きの子)に目をつける・・

コレは、ちょっとやられた! もっとつまんない凡作と思いきや・・シンプルだけど面白く、何より妙に暖かいのである。
ポスターとタイトルで大きくソンをしてる! と言いたいぞ、ワタシは。

本編が始まってすぐ・・グルーの放つ“関西弁”に「コレって・・笑福亭鶴瓶(師匠)じゃん?」と気付いた次第。一瞬「違和感」があったんだが、すぐ慣れてしまった(=^_^=)
まぁ“関西弁”程度なら、あの『シュレック(2001)』シリーズでも、既に実験済み(?)だしね。

“怪盗モノ”と言いながら、国際警察や地元刑事は全く出て来ない。グルーがイタズラ気分(?)で市民を冷凍させたり、遊園地のショップを半壊させたり、交通ルールを著しく無視したり、許可なく屋敷からロケットを打ち上げたり、ムチャクチャなことをやっても、一切治安機関は動きを見せない。。・・何故?!(=^_^=)

劇中で最大のライバルは、黄色いジャージ(?)を常時着用してる、童貞っぽい(←おい)眼鏡の青年怪盗=ヴェクターなんだが・・こいつも抜け目がないんだか、マヌケなんだか、良く分かんない。
どんなヤツがこいつの親なんだ? と思いきや、その辺りはちょっと“ネタ”になってるのだった(だからどうよ? って感じだが)。

誰がどう観ても連想するのは・・やはり『アニー(1982)』だろう。「ハゲた謎の富豪(←アルバート・フィニー氏演じる)が、孤児院から少女を引き取る」と「男は実は大怪盗だった」と言う2ツの設定だけで、本作のプロットは大きく膨らんだんだと勝手に決め打ちたい。「あしながおじさん」や『ルパン3世/カリオストロの城(1979)』とかもネタに練り込まれてるカモ。

グルーの手下として“ミニオン”なる黄色くてちっこいキャラが沢山登場するんだが、こいつらも当初こそかなり鬱陶しかったが、次第に慣れて来た。
で、こいつらのトボケた言動や、何よりその愛くるしい(のか?)デザインを眺めてるウチに・・「どっかで、こんなキャラを観たぞ?」と気が付き、鑑賞しながらうんうんアタマを捻って考え続け・・ようやく出て来た答えが『親指タイタニック(1999)』だった(爆笑) いや、マジで似てますってば!

本作を観てて、図らずも「子供がいたら、こんな感じで人生観が変わって行くんやろなァ」と考えてしまった。実際には、こないにスウィートなハズもないんだろうけど(=^_^=)

〜 こんなトコも 〜

・劇中で最初の、エジプトのシーンでの“吹替え版ならでは”なセリフ群が衝撃的だった(=^_^=) 「待ちんしゃい」「止まりんしゃい」あと「オラに任せろ!」ってのも。。
・あのピラミッドって、基本は登頂禁止なんやろか? 観光客により発見されることって、(政府からすれば)後手過ぎて恥ずかしいと思ったが。
・グルーのクルマ(?)のメタルな質感、グルーの座る赤いソファーの質感、グルーの乗った(遊園地の)ジェット・コースター筐体の質感・・とにかく“登場するあらゆる物質”の質感の高さが凄まじ過ぎる!
・来客を確かめに、玄関に向かうグルーの手には“モーニングスター”が。。どないする気やねんな、キミ(⌒〜⌒ι)
・NYのタイムズ・スクエアにある巨大ディスプレイ“ジャンボ・トロン”はグルーによって盗まれてしまったらしい。
・「おしおきボックス(Box of Shame)」なるアイテム(?)が登場するが、アレは実在してそうで笑えませぇん。。
・東アジアに“極秘研究機関”があるそうだが・・その場所って『コンタクト(1997)』と同様の、ニッポンのあのエリアでは??
・ミニオンがでっち上げた、歯科医師グルー(GRU)の輝かしき履歴。“名誉勲章”“ナイトの称号”のみならず“料理番組の司会”まで。。
・何気なく“アイアン・メイデン(鐵の処女)”が登場! どないなセンスやねん!
・「おしっこ&大きい方」を“Pee Pee & Poo Poo”と言うそうだ。“子供言葉”やろね。
・あのクッキーロボットの造型は・・どう見ても『マイノリティ・リポート(2002)』じゃなかろうか。
・狂犬カイル、きゃつの犬種は一体何なんだ?!
・グルー曰く「バナナで造ったイトコや」・・ ←完全に意味不明や(=^_^=)
・「クッキーロボを動かす、専用OS」が存在し、起動画面に「v1.7」とか表示されてて笑えた。
・クッキーロボを知らずに齧ってたヴェクター・・気付けよ!
・3Dで楽しむ、ジェット・コースターの“主観映像”はなかなかだった!
・グルーが高らかに宣言する「銀行なんか必要な〜い!」のセリフをピークに、全般的に“銀行批判”な印象があった。制作過程でかなり銀行筋にこっぴどい眼に遭わされたんやろか?(・ω・)
・“ミニオンのケツコピー”は、オトナには戸惑いを(=^_^=)子供には爆笑を与えるに違いなかろう。
・あのロケットって・・打上げテストなし? バーニアだけでエエの?
・切り離したバーニアの推力で、公園の回転遊具がもの凄いことに!!
・飛んで来るミサイル群を、難なくかわして行くグルーの動態視力&身体能力って・・(×_×)
・「一張羅のスーツ&細い脚」はルパ〜ン3世を連想させる。
・終盤、グルーが娘たちに“お休みのキス”をするんだが・・この時の3人の反応が・・良いのだ!!(特にマーゴちゃん)
・ラスト、発表会でのネタ「Gru-Ray Disc」にはやられたなぁ・・(⌒〜⌒ι)
・吹替え版じゃ、全く分かんないが・・グルーのおかんの声はジュリー・アンドリュースさんが演(や)ったはったのね。。

〜 こんなセリフも 〜

グルー「俺は、ホンマに困っとんねん・・ほな殺すか?」
   「この声は・・“録音音声”です。・・良ぅ聞けよ。
    メッセージをお願いします」
   「集合や」
   「みんな、調子はどや?」
   「みんな、良ぅやってくれたけど・・賃上げはなしや。
    賃上げなんかあるかい」
   「次に襲おうと思てるのは・・ここで間を取って・・月や!」
   「まぁ、頑張りや」
   「サイズが合うかどうか、試してみ」
   「Como un burro.(まるでロバやで)」
   「床と空気は、触ってエエわ」
   「ブギーロボット? クッキーロボットって言うたやろ、俺は」
   「俺はそれで構へんで」
   「“トコジラミ(床虱)”に喰われんようにな」
   「人生は、失望の連続や。人によるけどな」
   「月を縮ませ、月をゲットし、トイレの便座に座って・・ナニ?!」
   「ピザの生地に練り込むぞ」
   「これが文学か?」
   「あれは“俺の人生最大の誤り”や・・分かってる」
   「どや、このツノ」
   「俺はエエから・・俺はエエって」

ヴェクター「“ピラニア銃”は(撃った後の)回収が大変なんだ」
     「今度、人のアタマを凍らせる時は、良く考えてからにしな!」
     「オゥ、イエ〜!」
     「こんなに小っこいトイレを使うヤツは・・さぞかしケツの小さいヤツだろうね」
     “Bring the moon.(月を寄越せ)”
     「・・ムカつく!」

パーキンス「銃を手に入れてから、カネを借りに来い」
     「例えば、この林檎をキミだとしよう。
      借りたカネを返さないと・・こうだ」 ←握力がスゴいのね、、
     「グルー、集中してハナシをしたまえ」
     「これからは、投資はもっと若い悪党に」

イディス「(里親が)ハゲのおじさんだから、
     てっきり“アニー”になれると思ったのに」 ←前もって言っとくんやね。

アグネス「眠れないよ〜。ビンビンだもん」 ←ビンビンて、キミ。。
    「お願い、連れて行かせないで。引き取りたいって言って」

ネファリオ「大きい物体ほど、(元の大きさへの)戻りも早い。
      これを“ネファリオの法則”と名付けよう」

ネファリオ「“お前のため”にしたことだ」
グルー「・・そやな」

追記:終盤で、グルーの“特徴”を使った創作絵本が登場するが・・本作にインスパイアされ、エッチなおっさんが“天狗ネタの創作絵本”なんぞを造ったりしないか、ちょっと気になる(=^_^=)

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2010年11月 2日 (火)

☆『インサイド・マン(2006)』☆

27日(水曜)の夜、衛星第2で放送されたクライムサスペンス(?)『インサイド・マン』を観た。

スパイク・リー監督が、デンゼル・ワシントン(キース・フレージャー役)を主演に据え「マンハッタン信託銀行」で勃発した強盗+籠城事件を巡る、知能強盗集団とNYPD(ニューヨーク市警)との息詰まる(?)駆け引きを描いた物語。

冒頭で、強盗団のリーダー格=ダルトン・ラッセル(クライヴ・オーウェン)がカメラ目線で“犯行に至った心情”などを語ったり、事件の合間に“解放された人質ら”の取調べシーンが挿入されたり、する辺りからして「何やら・・シンプルじゃなさそうやなァ」と不安を感じてたら、、実際にその通りで、演出や展開こそ“余り例を見ぬテイスト”ながら、私的には何となく「監督の“長尺かつ回りくどい戦争成金批判”をダラダラと見せ続けられただけって気がするなァ」と、ちょっと疲れてしまったモノだ。

以前、劇場で観たリー監督作が『セントアンナの奇跡(2008)』だったが、本作と言い『セントアンナ〜』と言い「どうしちゃったの、監督?」と訊ねたくもなるくらいに“第2次大戦ネタ”を大きく作品に絡ませて来てる。
近年、よっぽど私的に大きな「(かの大戦に関する)価値観の揺さぶり」でも受けはったんやろか?

“大戦ネタ”の置き方が、いわば『セントアンナ〜』と正反対な本作。
あちゃらは「大戦中のハナシ」にこそ物語(の大半)が割かれてたが、こっちは「大戦中のハナシ」が全くと言ってイイ程(映像的には)描かれず、こっちはこっちなりに“消化不良感”が拭い切れなかった。

一方で、出演陣がやたらと豪華なのは、確かに特筆モノだろう。

デンゼル&クライヴのタッグは(第一印象的な)インパクト面で十分だが、そこにクリストファー・プラマー(アーサー・ケイス役)、ジョディ・フォスター(マデリーン・ホワイト役)、ウィレム“緑鬼”デフォー(ダリウス警部役)までもが絡んで来る!!

プラマー氏に至っては『サウンド・オヴ・ミュージック(1965)』において「(本作と)正反対のキャラ(←トラップ大佐役)」を一貫して演じ切っておられたモノだから・・観比べると結構な衝撃を受けたりもする(・ω・)

観ててパッと連想したのは『交渉人(1998)』だろうか。
あの「余りにも鮮やかな手口(って言うか、籠城事件に伴う“流血量の少なさ”)」に「うん?」と感じ始め、後半だかの「銃による“初処刑シーン”」に対しても「うん?」と感じたワタシだ。

上記については“案の定”ってトコだったが(・ω・)

※銃処刑シーンを観て、真っ先に連想したのは『特攻野郎Aチーム/The Movie』だったケド(=^_^=)

ときに、ジョディさんは・・どうなんやろ? と。
正直「知的(でしたたか)な女流弁護士役」と言うキャラを“そつなく”は演じてはったが、彼女である必要性までは感じられなかったし、何より“オーラ”が出てなかったような。。
もっと“食べて、祈って、恋する”ような、ライトな作品(=^_^=)にでも主演して、大物女優としての貫禄を見せつけて欲しいトコである。

「強盗団を追い詰める」と言う展開に期待したワタシにすれば、ちょっとストーリーの逸れ始めた終盤は「あれれ?」って風だった。
叩く(裁く)べきは、やっぱりダルトンの一味なハズなのに・・(・ω・)

ストーリーの行きつく先から考えるに、あの幕切れ(と言うか時間配分)は中途半端だと感じたぞ?

それはそれで置いといて、リー監督に“天才性”を痛感したのは・・オープニング&エンディングに用いられた、半ば唐突にも響く“マサラ・ミュージック(=いわゆる、マサラ・ムービーに用いられるインド製のダンスミュージック)”を耳にした時!
コレには度肝を抜かれたし、正直ヤラれたと感じた(×_×)

因みに、その曲はA.R.ラフマーンの手による“Chaiyya Chaiyya”であり、シャー・ルク・カーン主演作『ディル・セ(Dil Se)/心から(1998)』で効果的に用いられたダンスナンバーでもあった。

ニューヨークの(硬質な)風景映像に、この“マサラ・ミュージック”をブチ込んで来たってだけで・・ワタシなんかは「作品自体は(正直)つまんなかったけど・・この点だけで赦せるわ」と、素直に敗北を認めそうになってしまうモノである(=^_^=)

〜 こんなセリフも 〜

ダルトン「(事件を起こした)理由は・・経済的な事情はさておき“自信があるから”だ」
    「手段は・・ハムレットの言葉を借りれば“それが問題”ってトコだ」
    「命令するな“セルピコ”・・貴様こそ俺のハナシを聞け」
    「俺なら・・“怖い程に冷静”さ」
    「時間なら、十分に与えたろ?」
    「ウソや悪事は、隠しても腐臭を放つんだよ
    「堂々と(銀行の)正面から出てやるさ。“その時”が来たらな」

キース「内務調査班を黙らせてやるさ」
   「行動を起こす前に、必ず知らせてくれよ」
   「(情報収集が)中途半端なうちは苛ついてるものだ。
    ひとまず席を外し、呼ばれるまで待つとしよう」
   「“警察への苦情”は、後で文書で出してくれ」
   「“生まれながらの人殺し”なんていない。追い詰められて、人は人を殺すんだ
   「総ては“時間稼ぎ”だ」
   「“本当の目的”は何だ?
    何なら“ヤンキースタジアムの特等席”だってくれてやるぞ?」
   「この銃を置いてから“私の銃”を出すとしよう」 ←おお、自信アリか?!

ホワイト「私は敵よりも、友人を作って成功した女よ」
    「私の弁護料は、あなたには払えないわよ」
    「あなたを罵(ののし)ってやりたい気分だけど
     ・・この後、ビン・ラディンの甥と会う約束が」

ダリウス「“人質を取るヤツ”はバカだ」

キース「私を昇進させてくれさえすれば、情報を共有出来るんだが」
ホワイト「どうやら、あなたのその口が昇進を妨げて来たようね?」

ケイス「この私を、裏切らないで貰いたい」
ホワイト「(私のことを)“口が堅く有能な弁護士”と聞かなかった?」

市長「そんなことをしたら、君に“借り”が出来てしまうだろ?」
ホワイト「ま、ソレも仕方ないわね」

キース「ペン型盗聴器? “007ばり”だな?」
婦警「こんなの、今時ネットで買えるわ」

デンゼル「タマ(股間)を掴まれた気分だ」
ダリウス「そいつは、痛いな」

ダルトン「“愛はカネじゃ買えない”ってことさ」
キース「そいつはためになる言葉だ。何なら近くのパブで、1杯おごろうか?」

※「あんなヤツ“ロクな犯罪者にもなれんチンピラ”さ」
 「人間の価値は“誇り”だ」
 「“最も信頼出来るヤツ”に託した」
 「犯した罪からは逃れられない。それは何処までも追って来る。逃げても疲れるだけだ」
 「クツの先を見せてくれよ。さっき、ヤツのケツに突っ込んでたろ?」
 「ロスチャイルド男爵曰く“街に血が流れた時を見計らって投資せよ”」

追記1:劇中で“最も惨たらしかった描写”と言えば・・人質の中にいた少年の遊んでた、携帯ゲーム機のソフト。アフリカンアメリカンなギャングスタが、抗争相手(?)をぶち殺して進んで行くストーリーらしいが、、倒れたポリゴン(?)キャラの頭部を滅多撃ちし、背後の壁面に血が飛び散ったりしてエグ過ぎ(×_×)
追記2:(本レビューとは離れるが)声優としてもお馴染みの俳優・野沢那智氏の訃報を知った。享年72。
ワタシの中では、ブルース・ウィリス、アル・パチーノの吹替えと言えば、この方しか思い浮かばない。ご冥福をお祈り致します。

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