« 2010年8月 | トップページ | 2010年10月 »

2010年9月27日 (月)

☆『13人の刺客/The Thirteen Assassins』☆

26日(日曜)。
何だか久しぶりに高松で過ごした感じのこの週末。

昨夜は「明日はナニしようかなぁ〜何処行こうかなぁ〜」とちょいとワクワクしながら床についたんだが・・

今朝は・・起きたら正午を回っててビックリ!

何にも出来んやん(×_×) ってか、やっぱり溜まってるんだ・・疲れ。

遅すぎる朝食を摂ったり、横になったり(←まだ寝るか、そこ!)してたら、どんどん時間が過ぎてしまったので、エイヤッと気合を入れ起き上がり、気分転換に“ワーナー・マイカル・シネマズ高松”へと出かけることにした。

期待してるのは、公開が始まったばかりの大作(?)時代劇『13人の刺客/The Thirteen Assassins』である。

監督が(かの)三池崇史氏ってことで、正直「かなり不安」なトコではあったが(何せ、未だに『スキヤキ・ウェスタン/ジャンゴ(2007)』を“期待値を高めつつ観に行った”自分を恥じとるぐらいだから(=^_^=)>)・・先に鑑賞した方のハナシを小耳に挟むに「面白かった!」とのことで「まぁ、ほたら(=それなら)観とこうかいな」と。

自宅出発時点で15時10分を過ぎており、同40分から始まる回だったので「遅れるかも知れんなぁ・・もし遅れたら、諦めて『バイオ4』でも観るかぁ」と考えて向かったら・・同35分過ぎに早くも到着が叶った。

「わずか25分」であそこまで行けるとは。。案外“ゆっくりクルマで行く”のと余り変わらん(所要)時間かも知れん。。
・・ってことで、またもや『バイオ4』鑑賞は見送られたのだった(⌒〜⌒ι)

弘化元年(1844)4月。
世は江戸の末期。広島・長崎に原子爆弾の投下される、およそ100年前の“泰平の世”の日本の物語。
極めて残忍な男が、今まさに“権力の座”に就こうとしていた。将軍の弟=松平斉韶(なりつぐ:稲垣吾郎)その人である。

ときの将軍(第12代)=徳川家慶の“腹違いの弟”である、明石藩(兵庫県)藩主(10万石)=斉韶の実体は「色を好み、気の向くまま刃傷沙汰を起こす」恐るべき狂人だった。
その“ご無体ぶり”を見るに見かねた同藩の江戸家老=間宮図書(ずしょ:内野聖陽)は、自らの命と引き換えに“藩主の暴挙”を直訴し、幕府老中=土井(平幹二朗)の屋敷・門前で切腹して果てる。

しかし、結果的に間宮の訴状は直ちに焼却され、斉韶に何らの“沙汰”が下ることはなかった。
その上、斉韶は遺された間宮の家族を「主君の後を追わせてくれる」と言い、庭先で皆殺しにする。

将軍の耳に“斉韶の暴挙”が伝わることはなく、年が変われば「斉韶が老中の座に就くこと」は約束されたようなものだった。

間宮の憤死を重んじ、また斉韶が老中となることに危機を覚えた土井は「泰平の世と民の為」腕の立つ何者かに刺客を率いらせ、斉韶を謀殺せんと画策する。
その白刃の矢が立てられたのは・・旗本(750石)=島田新左衛門(役所広司)その男だった。

一方、斉韶暗殺の動きをすぐに察知した、明石藩の家臣(1千石)=鬼頭半兵衛(市村正親)は、間宮切腹から3日以内に土井屋敷に呼ばれた人物を探り、そこに島田の名を見つけ愕然とする。

かつて鬼頭と島田は「道場における同門」であり、彼らの剣の腕は“ほぼ互角”だったのだ。

久々に島田邸を訪れた鬼頭は、旧友との対話の中で“彼の決意”を確信し「例え暴君とあれど、主君に仕え、主君に尽くすのが我ら侍である」と言い残し去るのだった。

こうして、腕の立つ武士(もののふ)らを集めた島田一派と、斉韶を警護する(鬼頭率いる)明石藩の大名行列が、参勤交代の途上「木曽・落合宿(中山道)」で激突することとなる・・!

13対200(300だったかも?)・・その戦いの行方は・・?

本作ってば、実は1963年に公開されたモノクロ時代劇の“リメイク”らしい。知らんかった(・ω・)
ってことで、三池カントクとしては“比較的やり易い企画”ではなかったかな? と勝手な邪推。

観てて思ったのは「やっぱりカントクって『七人の侍(1954)』が撮りたかったんやろなぁ」「その『七人』でも、侍らの生き死には“クロサワ流”とは違ってたんやろなぁ」ってことだろうか。

島田たちが「侍を集めて行く」⇒「宿場町で待ち伏せる」⇒「激闘となる」・・って流れはどうにも『七人』であり、そこに『あずみ(2003)』『300(2007)』『ラストサムライ(2003)』『グラディエーター(2000)』などのエッセンスを思うがままに練り込んで行ってた(?)印象だ。

私的には、後半のチャンバラバトル(開始〜終了迄で約50分!)が「確かに圧巻!」ではあるモノの、やや長尺に感じられたのはあったか。
それは一見して「斬り結ぶだけの場面(活劇)」と「刺客らが死んで行く場面(悲劇)」の「演出の質の違うこと」が分かってしまったからかも知れない。

何と言うか・・乱戦シーン1つとっても「前半〜中盤」では刺客たちが元気で「こりゃ優勢じゃん!」と分かるのである。それが「後半」になると・・急に刺客らが総じてスタミナ切れとなり、バテバテ状態に陥って来る。
で、そっから「悲壮なシーン」が続くんだが、この辺りの“予定調和的”な殺陣が私的には残念だった。

もっと更に「序盤であっさり退場する刺客」「種子島(火縄銃)で撃たれる刺客」とかの“変化のある演出”も欲しかった。
って言うか、明石藩の連中には「もっと種子島を活用しろよ」と言いたいし、刺客らには「もっと爆薬を活用しろよ」と言いたかった。

刺客らも、総勢13人もいるもんだから、8人ぐらいしか「ハッキリした区別(役割)」がつかんかった気もする(・ω・)

物語も終盤に差し掛かると・・「こりゃ、全滅かもなぁ」なる悲劇度が飛躍的に高まって来るんだが・・そんな中、13人の刺客の中の1人が「異常さ」を見せつけてくれ・・その衝撃度故に、ワタシは彼のことばかりに気が削がれてしまい・・そのまま本作は幕(劇終)となったのである(涙)

「精神的に異常なキャラ」は無論、斉韶その人だったが、、それ以上にクセのある「肉体的に異常なキャラ」が出しゃばった(?)こと、そして彼を出しゃばらせてしまってたことに対し「やっぱしこのカントク、、尋常じゃないのカモ」と恐怖してしまったワタシである(⌒〜⌒ι)

〜 こんなトコも 〜

・三池カントクが『七人の侍』演出したなら・・きっと勘兵衛は死に、菊千代は生き残ったのかも知んない(・ω・)
・主要キャラ陣の初登場時、画面端にデカく「肩書+氏名」の表示されるのがちと親切だった。読みにくかったが(⌒〜⌒ι)
・刺客の1人が明石藩の配下に囲まれ、襲撃されるロケーション。「ひとめ見ただけ」で京都・黒谷町の“金戒光明寺”境内と分かったワタシは、異常やろか(⌒〜⌒ι)
・ワタシが時代劇で好きな演出は「斬合い直後、斬られた方の持ってた提灯(←当然地面に落下してる)が燃える様の描写」だが、本作では・・燃え果て、周囲の暗くなるまで「引っ張って」映してくれてて感動した!
・あの「肉体的異常キャラ」ってば、実は“神の使い、もしくは神そのもの”ではなかったか? とも考えるワタシ。だとすると、岸部(一徳)さんは「神の生命の雫」を頂戴出来た訳だろう(=^_^=) ←痛そうだったけど、、
・「地獄ぢぁ・・」とか呟きながら、股間を抑えつつ次々と倒れ込む落合宿の娘っ子衆。皆さんももれなく「神の生命の雫」を?
・木曽山中には、あないにデカいヒルが多量に生息しとったんやろか、、
・内野さん、、本作では「上映開始後、真ッ先&最短で退場されるキャラ」を熱演したはった。。何とも言えん、あの“切腹音”が堪らんのよ(×_×)
・静かにご乱心めされた斉韶が、血刀を何度も振り下ろす・・最後のひと太刀に続く「ゴロゴロ音」もこれまた堪らん(×_×)
・山田孝之くん。あの“胸毛”はご自前のもんやろか?
・沢村一樹さん。戸口でカラタケ(唐竹)ってられました(涙) しかし、も少し目立って欲しかったなぁ。。
・伊原剛志さん。『硫黄島からの手紙(2006)』では、その戦いぶりがイマイチ弾けてなく、残念だったが・・本作では斬りまくってくれてた。終盤はバテバテ状態だったが、、
・死にかけたとある刺客が、別の刺客の奮闘ぶりを眺める映像(カメラワーク)が『レオン(1994)』の終盤みたいだった(・ω・)
・島田vs鬼頭の一騎討ちシーンは、決着がつくまでの展開がスゴい! あんなに“卑怯”かつ“真剣”に強敵に立ち向かわれた役所さんを拝めたのは久しぶり!
・ちょっとは、鬼頭の家族の描写も盛り込んで欲しかった。本編そのものに関係ないとしても、終盤の殺陣を多少、削ったとしてもだ。
・フツーはどんな組織、どんな集団にも「告げ口するヤツ」「寝返るヤツ」が存在するもんだが、本作はその辺りは「安心して」楽しめた。激闘前に“退場”する刺客もいなかったし(・ω・)
・落合宿。いよいよ高台から、明石藩の面々に名乗りを上げる刺客ら。島田が懐から取り出すのが「訴状」かと思いきや・・そうではなかった! でも、このシーンで“掲げ広げたアレ”には全身がゾクッとした。(前半の)アレがフリだったとは! このシーンだけでも、本作は見ものだと思う!
・200両をぶんどった佐原(古田新太)が、てっきりそのまま逐電すると思っちゃったワタシ(⌒〜⌒ι)
・白粉(おしろい)塗っちゃうと・・流石の吹石一恵さんも、ちょっと野暮ったく(顔も長く?)見えちゃったかも。。
・或いは本作の影響で「犬食い」が流行るかも☆(←んなアホな)
・(住民)75人にそれぞれ50両=3750両を渡せば、宿場町をまるまる買い取れるもんなんやね(・ω・)
・約1名、昆虫のおしりをかじっとるヤツがいたが・・あの虫の動きはどうにも「ギミック」ぽかった。。
・“ウパシ”はアイヌ語で「雪」の意らしいが? 木曽ではナニを意味する?
・尾張藩の牧野(父)。「介錯の刀」が(首を)通過したようにも見えたが・・?(「エア介錯」みたいな感じ?)
・鬼頭ほどの腕前の侍なれば・・島田邸の障子の向こう側に「幾つもの、恐ろしい迄の殺気」を感じ続けたことと推察するが、、
・最後まで斉韶のそばにいた2人の侍が、全く護衛になってなくて可哀想だった(×_×) ってか、もうちょっと個性的&腕の立つ侍は明石藩におらんかったんかいな・・
・「射かけられた矢を切り落とせる」までの腕前を持ってたのは、明石藩では鬼頭のみだったか?
・そんな鬼頭さんの、終盤のカッコいいアップ顔(鼻の脇)に・・蠅の止まってたのが面白悲しかった。。
・宿場入口(?)にいた「全裸の立ち小便小僧」は・・“児童ポ※ノ”にあたらんのやろか?
・宿場の人々の退去するタイミング&スピードが尋常じゃなかった!
・斉韶って、世が世なら「蹴鞠の名手」もしくは「伝説のサッカー選手」となれたような気もする(・ω・)
・実際には・・斉韶は刺客に狙われるでもなく「還暦をこえ」生きられたようだ(1803-68)。
・色んな「カッコいいセリフ」の飛び交ってた本作だが・・終盤の「お前、不死身か?」のせいで、みぃんな飛んじゃったい(爆笑)
・“ウパシ”がヴィジュアル的に登場する意味(必要性)はあったんやろか? 妙に「2役」やし。
・どのキャラも、総じて「死に場所、探してます」と顔に書いてるようにも思えた。これはカントクが“日本の現代に生きる観客”に突き付けた「何らかのメッセージ」みたいなもんやろか?
・本作における、茂手木桜子さんと言う女優さんの演技も体当たり過ぎてスゴかった! 瞬間風速的に、かの『キャタピラー』を圧倒してたかも知んない!!

〜 こんなセリフも 〜

島田「今まで、この泰平の世で“良き死に場所”を探し続けておりました。
   (中略) それがこうして・・この“手の震え”が止まりませぬ。
   なに・・“武者震い”で御座いますよ」
  「お望みの議・・見事、成し遂げてご覧に入れましょう」
  「そなたの気迫で、この道場が引き締まると言うものだ」
  「大事(だいじ)だ、と言えば“総てが大事”だ。物事に、大事も小事(しょうじ)もない。
   分かるか? ・・まだ、修業が足りぬな」
  「預かったお主たちの命、今より“使い捨て”に致す!」
  「今の泰平の世に、真剣を抜いて戦った侍がどれだけいる?
   ・・“命を惜しんだ者”の負けだ」
  「天晴な極道者だな」
  「儂(わし)も、若い頃から“侍”が嫌いでな」
  「戦(いくさ)に、武士道も卑怯もない
  「最期の最期は運を頼むしかない。
   我らに運あらば、賽の目は“落合(宿)”と出る」
  「儂は頭(かしら)などではない」
  「否(いや)、結論はまだ早い」
  「“魚釣りの極意”を? 糸を垂らし、針に魚がかかれば、引き上げる。
   我慢出来ずに糸を引き上げると、必ず魚を逃す。
   此処に息を潜め、針に魚のかかるのを待つ」
  「命を棄て、大事を成す時が来た。各々(おのおの)方、覚悟は良いな?」
  「小細工は、是(これ)迄だ」
  「斬って斬って、斬りまくれ!」
  「下僕が下僕なりに歯向かう事がある」
  「下が支え、はじめて上に座す事が出来る。これがお分かりになりませぬか?」
  「飾りは所詮、飾りで御座る。黙って飾られておれば良いものを」
  「これは意外・・“痛い”と仰せられるか?」
  「覚悟召されぃ!」
  「侍とは・・本当に面倒なものよ」

鬼頭「何があろうと殿を護る・・それが侍の務めだ」
  「島田は“恐ろしく強い男”ではない。“恐ろしく切れる男”でもな・・
   だが・・“決して負けぬ男”だ」
  「お主とは“悪い巡り合わせ”だな」
  「新左(しんざ)、どう出る?」
  「各々、命に代えても殿を護るのだ! “明石侍の意地”を見せよ!」
  「いかん! そっちは罠だ!」
  「侍に生まれた理由など、分からぬ! 否、要らぬ!
   痩せても枯れても侍よ」
  「懐かしいぞ、その太刀筋!」

倉永「あんたに、惚れちまったんだよ」
  「命とは長さではない。志(こころざし)を前に、若さも老いも御座いませぬ」
  「何処へ行っても“金子(カネ)の威力”は絶大で御座いまするな」

甥御「ツイてる奴と話すと、ツキが逃げる」
  「すぐ帰って来る。しかし、遅ければ・・お盆に帰って来る。
   迎え火たいて、待っててくれ」
  「本気の博打に張れるものは・・1ツしかありませぬ」

平山「剣がなければ棒、棒がなければ石、石がなければ拳(こぶし)で戦え」
  「山のくれる報償(むくい)は、恐ろしいものです」

三橋「“一世一代の買い物”ですな」

佐原「残りざっと130・・200両では安過ぎましたな」

斉韶「矢張り、木曽の女は山猿よのぅ・・引っ掻くばかりで面白ぅない」
  「お前も猿か? ・・下郎!」
  「山猿の骨は・・硬いのぅ」
  「たかが老中のくせに世迷い言を」
  「主(あるじ)をないがしろにする下郎を出してはなるまい?」
  「主の為に死ぬるは侍の道、亭主の為に死ぬるは女の道・・
   道筋は守らねばならぬな?」
  「この首・・1度刎ねられてみたいものよ」
  「親猿の骨も、硬いかな?」
  「戦の世とは、このようであったのかのぅ? なかなか良いものじゃ」
  「なかなか良いことを言う。褒美に余の小太刀を与えてやった」
  「“一騎討ち”とは風流じゃのぅ」
  「蹴りたければ、この首を蹴るが良い」
  「今まで生きてきて、今日と言う日が一番楽しかったぞ」

土井「3日3晩、考えに考えた末・・其の方(ほう)と思い定めた」
  「・・舌も抜かれておる」
  「これより、貴下の役職を解く!」

山民「あんたら、隠してるけど“狩り”をするんだろ?」
  「えっ? 何? 今の何? だから何?」 ←気絶しないヤツ、、
  「何が侍だ」
  「里の女はグニャグニャしてて、歯応えがない」
  「お前ら侍は、何でそんなにも偉そうなんだよ!」
  「侍だけが人かよ?!」
  「侍の喧嘩もつまんねぇな」
  「役立たずが大勢集まっても、役立たずだってよ」

庄屋「村の者が納得するだけの金子(きんす)を頂けるので?
   ・・えっ? あ〜っ!」 ←岸部さんは全般に渡り素晴らしい!
  「何の変哲もない宿場に御座います。
   打ち壊しても、燃やしても、良ぅ御座います」
  「田舎者のたわ言と思って、どうかお忘れを」
  「それにしてもご立派・・惚れ惚れしますなぁ・・」 ←次のシーンで・・(恐)

明石藩士「語るに落ちたな!」

※「水野様の改革(=天保の改革:1840-43)以来、
  (侍の)刀なんてなぁ“大根を切る”ぐらいしか、役に立たねぇよ」

斉韶「“徳川の世”も、そう長くはないな」
鬼頭「殿、滅多な事を・・!」

島田「艶(つや)は元気か?」
甥御「はい、なかなか“追い出して”くれませぬ」

甥御「して其の博打、勝ち目は?」
島田「・・“針の穴を通す”ような大博打だな」
甥御「・・では、張らぬがよろしい」
島田「だが・・同じ博打なら、お主の博打より
   儂の博打の方が、断然面白い」

刺客A「飯(めし)より風呂が恋しい」
刺客B「儂は女が欲しい」

艶「新さん、居るの?」
甥御「居るような、居ないような・・

島田「また逢おう」
鬼頭「確(しか)と!」

刺客「蛮族か? それとも狐狸妖怪の類(たぐい)か?」
山民「俺が狸に見えるか?」

| | コメント (4)

2010年9月25日 (土)

☆『食べて、祈って、恋をして』☆

24日(金曜)の夜。

ちょいとした流れで、帰宅のタイミングが狂ってしまい・・そのまま「週末やし」と“ワーナー・マイカル・シネマズ高松”にレイトショーを観に行くこととした。

狙ってたのは、ジュリア・ロバーツ主演最新作である『食べて、祈って、恋をして』である。

何となく“説教くさいんじゃなかろうか?”“軽過ぎるんじゃなかろうか?”ってな「自分とは作品カラーの合わなさそな感」も強かったんだが、、まぁ「食べてみなけりゃ分かんないモノ」もある訳で、そこは自らの好奇心(のアンテナ)を信じることに。

って言うか、劇場に向かい始めたのが21時5分過ぎで、最終上映開始が21時20分だったので・・
「さっすがにコレはムリやろな。ま、もし間に合わんかったら“バ※オ4”でも観るかなぁ〜」ぐらいに緩やかに考え向かったら・・しっかり21時20分にはチケットカウンター前に到着が叶った。

しかしまさか、15分で辿り着けるとはねぇ・・(驚)

女性ライター=エリザベス・ギルバート(ジュリア)は、長年連れ添った優しき夫=スティーヴン(ビリー・クラダップ)と離婚し“本当の自分自身を落ち着いて眺める時間を持つため”に、世界を旅し始める。

ニューヨーク ⇒ イタリア ⇒ インド ⇒ そして、バリ(インドネシア)。

ニューヨークでひたすらに働いた後、イタリアではひたすらに食べ、インドではひたすらに瞑想し、そして・・リズ(=エリザベス)がバリで出会った“運命の恋”とは・・?

近年のジュリア嬢を眺めるに「ちょいと“大女優オーラ”がかすんで来たはるのかも・・」などと、勝手に不安になってたワタシだが、まぁ本作を観る限り(まぁまぁ)ご健在な様子だ。

ご尊顔の「どアップ」にも耐え(?)、泣き顔、食べ顔も大いに披露して下さる。
笑顔もシーンによっては、かなりチャーミング(ライティング等にも左右されてそう)。

もちろん若手女優のような“アクティヴ&コミカルな恋愛の演出群”も、苦もなく(?)さらりとこなしたはる印象。

まぁ、その一方で「表面だけを描いてる感」は(作品全般に渡り)常につきまとってた。

撮影寸前までリムジンか何かで待機してて、パッとそっから飛び出してインドの雑踏の中での“等身大の生活シーン”を撮りました、みたいなネ(・ω・)

「ジュリア主演で、今、本作を制作する」ってな根本的な部分に、ちょっと「分かんなさ」も覚えたワタシだが、一方で「それをそつなく演じ切るジュリア」には、確かに女優魂を感じた、と言おうか圧倒されてしまったかも(・ω・)

また、ここまでのキャリアを誇るジュリアに対し「未だに、そのキャラ造型かい!」ってなツッコミも(放とうと思えば)放てるンだが・・逆に「今なお、そう言うキャラを演じられること」に感心させられたりもしたか。

また、セリフ群が全体的にイイ感じで、ワタシの手元のメモはまたもぐっちゃぐちゃになってしまったのだった(⌒〜⌒ι)

女性にとっては「笑えて、後味も良く楽しめる」ライトタッチな“人生ご指南ムーヴィー”とでも言えるんじゃなかろうか。

〜 こんなトコも 〜

・軽い気持ちで観始めたら・・どうやら2時間20分ほどの長編だった。。流石にしんどいス(×_×)
・字幕担当は戸田奈津子センセイ。主演のジュリアご同様に「そつなくこなしはった」感じか。
・エイミー・アダムス主演(ちょっと昔ならメグ・ライアン)で描いても、少し雰囲気が変わって、面白かったかも知れぬな(・ω・)
・若手俳優=デヴィッドを演じたのはジェームズ・フランコ。笑顔を見せると、ちょっと下品に崩れちゃう(?)このしとだが、まぁお元気そうで良かった。自宅に大量に備蓄してた「パンプキン爆弾」も、どうやら手放したようだし(=^_^=)
・ビリクラ(notブラクラ)のダンスは「ちょっとカッコいい」かも。曲はKool & the Gangの“Celebration(1980)”ッスね♪
・舞台劇(2人芝居)の『透過膜』・・ってどないな物語じゃ〜い。
・本作のプロデューサーはブラッド・ピット! どっかにカメオ出演したはるのやろか??(☉д☉)
・ジュリアは犬に例えると“コリー型”らしい。
・本作で最も重要なイタリア語は「アットゥラヴェルスィアーモ(Attraversiamo)」だった。「さぁ、渡りましょう(Let's cross over)」の意味だそうで。
・「ドルチェファールニエンテ(Dolce far niente)」・・「何もしない歓び」かぁ・・素晴らしい!
・ローマで1番静かな場所と言われる「アウグストゥス廟」・・今やホームレスの溜まり場になっとるようで(×_×)
・インドの高級な瞑想室は「エアコン完備」らしい(=^_^=)
・半象半人っぽい「ガネーシャ」は「障害を取り除く神」だそうだ。
・「恥づかしいハナシ」は、まんま「pretty story」で良いそうで。ジュリア主演やし、本作は『プリティ・ストーリー』なるネーミングでもキャッチーで面白かったかも。。
・瞑想のポイントは「3S」と知る。コレ即ち「Sit(着座)」「Silence(沈黙)」「Smile(微笑)」だ。
・例の大物男優の登場(notおかっぱ頭)はラスト35分ほど! 今回は“幸福のコイン”とか“空気ボンベ”とかは携行してませんですた(=^_^=) 部屋にはあるかも知れんが(←ないない)
・ずっとセ※クスしてない女性(だけ?)って、膝を診たら分かるそうだ(・ω・) 何でも「軟骨が乾いてる」んですって。
・逆に、急にセ※クス過剰になると「膀胱炎」が発症するらしい(☉д☉)
・リズがバリで飲んでたのは「テキーラのロック、ライムたっぷり」ってヤツ。すげ〜 姐ちゃんすげ〜
・フィル・コリンズやエア・サプライの好きな男(だけ?)は「結構ミーハー」らしい。
・劇中で「スティングそっくり」と評されてたイアンくん。どうだかね〜(・ω・)
・リズのパスポートには「49(ヶ国)」のスタンプが押されてるようだ。フェリペは「46」と。
・「アンテヴァシン」は梵語(サンスクリット語)で「境界に住み、行き来する者」って意味らしい。
・ドリアンは「足のクサい臭い」と表現されてた。果物の王様なのに、、(でもホンマにクサいそう)
・「You heal me.(あんたに救われた)」って言い回しは、シンプルだけどイイ感じだ。

〜 こんなセリフも 〜

リズ“カンボジアにカウンセリングに呼ばれたデボラは不安に包まれていた。
   収容所に、ボートピープル・・そんな国でどんなカウンセリングを?
   しかし・・彼女を待ち受けていたのは、カンボジア女性の「恋の悩み」だった”
  「水入らずで、どう?(you..me..)」
  “悲しいけど、予言はどうやら正しかった”
  “結局、私は祈ることに決めた・・神に対する「祈りの言葉」すら満足に知らず、
   「あなたのファンです」などと言いながら・・”
  「“クソ”は言い過ぎよ(shit is a strong word.)」
  「これ以上、惨めになるのはイヤなのよ」
  「全財産を折半? 全部持って行ってイイわ」
  「今の私にとっては“瞑想”が救いよ」
  「今の私は“危機”と言う表現を超えた状態なのよ」
  「逃げるんじゃない。自分を変えたいの。
   新しい場所で、新しい何かに驚きたいの」
  「これまでの人生に“自らを見つめる時間”が2時間もなかった」
  「“何かを待つ”のは止めにする」
  「それって、引き止めてるの?」
  “イタリアの笑い話だ。
   貧乏な男が毎日、聖人の像にひたすら祈っていた。
   「どうかどうか、この俺に宝クジを当ててくれ」と。
   この男の願いに、遂に聖人の像も口を開かざるを得なかった。
   聖人曰く・・
   「どうかどうか、その前に宝クジを買ってくれ」”
  「(イタリアワインの瓶を指し)コレは英語で言うと・・セラピスト(癒し)よ」
  「くたばれ!(Screw you!)」
  「NYを表す言葉? ・・“野望”もしくは“煤煙(すす)”かしら」
  「私、恋をしたわ・・新しい彼氏は“ピザ”よ」
  「太ったって“ビッグサイズのジーンズ”を買えばイイだけのことよ
  「送ってくれて有難う。狭いクルマだったけど」 ←イタリアを走るシトロエン2CV!
  “混乱してるのは自分? それとも周囲?”
  「ここでは“何の拠り所”も感じないの。
   集中(Focus)が出来ない」
  “愛と光を私に送って。そうすれば、あなたの悲しみは総て消えるわ”
  “神は、修行者個々人の行動になど関心を示さない”
  “今までに体験した出来事を「手がかり」に、出会った人たちを「教師」に”

クトゥ・リエ「あんたは、世界を旅するだろう。
       長く生き、多くの友人と経験を得る。
       半年か10ヵ月以内に“総てを失う”が・・また取り戻すだろう」
      「“4本の脚で立つ”イメージを保てば、決して揺らがない」
      「眼ではなく、心で見るのだ」
      「バイバイ(See you little-Arige-to.)」
      「わしの年齢? さぁて、101歳か64歳か・・
       ハッキリ覚えちゃいないね」
      「肝臓でも笑っているかね?」

デリア「“太めで気まぐれ”・・まるでライザ・ミネリみたいね」 ←名指しかよ!
   「子供を産むのは“顔にタトゥーを入れるようなもの”よ。
    ・・“相当の覚悟が必要”なの」

リチャード「やれやれ・・瞑想の世界で居眠りとはね」
     「城に行くには、まず堀を泳いで渡らなくては」 ←橋はないのね、、
     「考えも着る服も、自分で選べ」
     「努力より、もがくのを止せ。自然に身を任せることだ」
     「“瞑想室”は、君自身の心の中に造れ」
     「スゴいな(Check it out.)」
     「気が滅入る? それこそが君の“転機”だよ」
     「執着を心から追い出せば・・入口が見える。
      いつか“世界を愛せる”ようになる筈だ」
     「結局、人はまず“自分のこと”を考えるのさ
     「まず自らを赦せ。相手の赦しを待つのは大変だから
     「息子の成長を身損ねた・・それが俺って男なのさ」
     「約束してくれ。“自分を赦せるまでここにいる”と」
     「後は自然に任せろ」
     「また、恋をしろ」

フェリペ「送ろうか? 轢かないで済むから」
    「ペットと子供の区別が面倒でね。
     昔から“ダーリン”で統一してる」
    「子供は(3人じゃなく)2人だ。その(掌の)線は“傷跡”さ」
    「祖母はもっと速く、この山を登ったぞ。・・もう死んだがね」
    「“カワイイ娘”に近付くな。“カワイイ娘”はヤバい」
    「俺の“傷と恐れ”は総て見せただろ?」
    「この眼を見て、言ってくれ」
    「自らと、相手を愛するのが、君の言う“調和”なのさ」
    「そうやって、総ての“人生の可能性”から逃げるんだな?」

デヴィッド「少し距離を置こう」

ジョヴァンニ「イタリア語は“トリュフ探し”のように難しい」
      「学ぶ時は、自分に優しく

書店員「そのものズバリ“離婚”がテーマの書棚もあるけど?」

大家「揺るがずに根を張ってるのは、家族だけさ」
  「ここ(イタリア)にやって来たアメリカ女の求めてるのは・・
   “パスタ(=食)とソーセージ(=性)”だけさね」

ワヤン「離婚なんかしたら、ここでは“のけ者”よ」

※「乳飲み子にナチョスを? ドラッグの間違いでは?」 ←グッタリしてるし!
 「君たちアメリカ人は、娯楽を“罪悪”だと思っている。
  快楽に耽るのは“当然の行為”なのに」
 「イタリア語は“口と手”で話せ」 ←確かにジェスチャーだけで通じるかも。。
 「美術館にだって、スリはいるさ
 「人は変化を歓迎しない」
 「人は変化に備えるべきだ」
 「女は男よりも“選ぶこと”が難しい。勇気が必要となる」
 「“沈黙の行(ぎょう)”は思うより難しい行よ。覚悟して」
 「敬虔な気持ちから、愛が生まれる」
 「“自惚れた男”はイヤよ」
 「幸せが過ぎると、胸焼けを起こす」
 「2ヶ所を行き来しながら、暮してみないか?」

デリア「私には、いつも“あの箱”があった」
リズ「“あの箱”って?」
デリア「・・言ったら、あなたはきっと笑うわ」
リズ「笑うだろうけど、話してよ」

スティーヴン「カリブ行きはやめとく」
リズ「・・結婚もやめるわ」

リズ「すがるべきものって?」
デヴィッド「神だよ」

リズ「彼は、私の下着を畳んでくれるの」
女性客「それって“先が思いやられる”わね」

ソフィー「“あなたを表わす言葉”は?」
リズ「昔は“娘”だったわ。次に“妻”・・
   どちらも落第したけれど」
ソフィー「“あなたの言葉”を探して

リズ「男の前で服を脱いだことは?」
ソフィー「・・あるわ」
リズ「じゃ、脱いだ後、男が出てったことは?」
ソフィー「・・ないわ」
リズ「男はね・・女のハダカを拝めれば、それで満足なのよ」

リズ「ジェームズ・テイラーそっくりね」
リチャード「・・良く言われる」

リズ「なぜ(メールに)返事をくれなかったの?」
デヴィッド「“関係が続いてる”ように思えたから」

| | コメント (4)

2010年9月24日 (金)

☆『悪人』☆

22日(火曜)の午後。

“ソレイユ”での『パーマネント野ばら』の鑑賞に続き“ワーナー・マイカル・シネマズ高松”に移動し、観て来たのが・・『悪人』だった。 ・・って言うか3回目の劇場鑑賞ですなぁ・・(⌒〜⌒ι) ホンにあんたも好きねぇ〜

今回は、更に物語全体を一歩下がった、俯瞰した感じの視線で眺めることが叶い、幾つかの発見(?)もまたあったことが、収穫とは言えよう・・か?

・石橋理容店のある久留米から博多へは、十分に通勤可能な距離らしい。
・佳乃(満島ひかり)の「この偶然、スゴくない?!」ってセリフがやたらと重く感じられる。この偶然こそが“あらゆる崩壊”の序曲だったのだ。
・公園に“あること”をするためクルマでやって来た増尾(岡田将生)。どうやら・・物語の流れからして、彼は結局その場では“そのこと”を出来なかったらしい。
・朝、カーラジオから流れるニュースを気にする祐一(妻夫木聡)の目付きが「悪人」ぽくも。
・祐一の働く事業所「矢島解体建設」ってのがなかなかに深いネーミングやな、と。「壊して造る」って概念が、ある意味“本作そのものを暗示してる”ようにすら思われる(そこまで思いを巡らすか?)
・光代(深津絵里)の妹の恋人(ともや氏)の腰の低さが気になる(=^_^=) 「あっ、お邪魔してます。失礼します」と言ってる、その声のトーンが「隠れ悪人」ぽい(=^_^=)
・光代がケーキを食べ、メールを送信したのが12月24日の19時過ぎ。祐一が(それに)返信したのが同日の22時台。この3時間ほどの祐一の「逡巡」を想像してみるのも・・本作を深く味わうためには、決してムダなことではないと思う。
・博多から三瀬峠までの距離感が良く分かってないが・・アウディの車内でずっと『Aitai』が流れてた所からするに、かなりのロングヴァージョンと考えられる(=^_^=)
・増尾くんが「博多に戻ったルート」が気になる。別ルートか? それとも、数時間後だかに、三瀬峠を再度通過したんやろか?
・友人連中に「三瀬まで」と言ってるトコからすると、博多もんにはお馴染みのロケーションらしい?
・「携帯を開き、見つめたまま」祐一からの連絡を待ってる光代の姿がイイ!
・イカ料理店(?)の壁に貼ってた「呼子ビールあります」の一文が気になる(・ω・)
・佳乃の親戚に、ホンマに弁護士はいたんやろか?(⌒〜⌒ι)
・警察署には「青だって 油断大敵 みぎひだり」なる標語が掲げられてた。青信号すらも信じられん時代とね(⌒〜⌒ι)
・堤下センセイの会社は「株式会社万光」って名だった。ちょっとアブナい感じ(っておいおい)。

今回は、イメチェン(?)するまでの光代さんのあらゆる言動に、どうにもウルウルしっぱなしだった。。
逆に言えば、イメチェンされてからは「強くならはったなぁ」と何処か安心してしまったモノだ。

追記:本作において、ただ物語を主観的に鑑賞すると「見誤ってしまう」部分がある、ことに注意されたい。観客各位もまた、客観的な・・冷静な眼を持っていなければならない。

1)三瀬峠。降りしきる雨の中、父親が亡き娘に再会するシーン。あの時の娘の表情&佇まいは「あくまで父親1人の想像による創造」なのだ。必ずしもそれが本当の娘の姿ではないのである。
2)三瀬峠での「1件」を知るのは、物語でただ1人、祐一だけだ。彼が自らに都合良く「その時のこと」を光代に語り聞かせた可能性も否定は出来まい。
3)祐一の母親(余さん)の語ってたのが「真実」かどうか、劇中では明らかにされていない。本当じゃないかも知れない。むろん、本当かも知れないが。

| | コメント (4)

2010年9月23日 (木)

☆『パーマネント野ばら』☆

22日(火曜)。
半ば唐突ながら“最後の夏期休暇”を頂いた(あと数日残ってたが、潔く棄てることに)。

特に「休む目的」とか「行く場所」とか「付き合ってくれる彼女」とかはいなかったんだが(悲)・・ちと疲れも溜まってたし、ちょうど良いタイミングだったやも知れぬ。

・・って目覚めたら、すっかり「朝なる時間帯」を脱してた今朝。
コレって、、もし休んでなかったら“モロに遅刻”だったじゃん(×_×)

午前中はちょっとPC内のデータの整理&片付けなどをし、昼過ぎから出かけたワタシ。

向かったのは、商店街の中にあるミニシアター“ソレイユ”である。
しばらく「上映ラインナップ」と「ワタシ側の都合」が噛み合ず行けてなかったが、期待の1作『パーマネント野ばら』が上映中ってことで、そこそこに期待値を高めてもいた☆

って言うか、ホントは17日(金曜)の夜に行くつもりだったんだが、、“ワーナー・マイカル・シネマズ高松”に「上映最終日」だった『クレイジー・ハート』を観るために向かったんだよねぇ。

事前に、念のため電話確認したら「今週いっぱいの上映です」と言われ、急いで向かったら・・その日(17日)の「午前中の回が最終」だったのだ。折角『野ばら』に優先して行ったのに。

せめて問い合せの際「今週いっぱいの上映です」とただ説明するだけじゃなく「因みに、最終日である本日の上映は、午前の回をもって終了しております」ぐらいは言葉を添えて欲しかった。

男性係員の名前をその時聞いてたら、スパナ片手に怒鳴り込んでやりたかったトコだ(んな物騒な)

「そんなに可笑(おか)しかね? 上映時間ば間違え、トボトボと帰る中年客の姿が」とでも言ってやりたかったわい。

海に面した、昔ながらの佇まいの残る美容店『パーマネント野ばら』・・ここは、この港町にただ1ツの美容院でもあった。
店主はパンチ頭の日下部(くさかべ)まさ子(夏木マリ)。その手伝いをしてるのが、離婚後、娘を連れて出戻ってきたなお子(菅野美穂)である。

店は「ここで当てたパンチは持ちがイイ」と評判のため、ドギツイ(常連の)オバさま連中が集まり“オトコ談義(ってか、モロ「チ※コ談義」、、)”にいっつも華が咲いている。

なお子には、幼馴染みのともちゃん(池脇千鶴)、みっちゃん(小池栄子)がおり、彼女らもそれぞれ“男運”に恵まれぬまま、今日に至っている。。

たまに1人娘(=もも)に逢いにやって来る元ダンナを遠目に眺めつつ、なお子は互いに想いを寄せ合う、高校教師=鹿島(江口洋介)との“秘めたる恋”を生きがいにしていた。

母が農協の旅行に出発し、娘も元ダンナ(父親)と過ごす為に出かけてしまった夏のある日、なお子は鹿島のもとへと向かい「温泉旅行に行かない?」と誘うのであったが・・

菅野・小池・池脇の3女優を筆頭に(豪華!)、夏木、宇崎竜童、そして江口・・となかなかに華やかなキャストが集まってるので「所詮“役柄を演じてる俳優らによる、小手先ドラマ”にしか見えへんのやろかいなぁ〜」とナメてたら・・コレがみんな「なかなかに巧い」ので驚いた!
特に宇崎さんの“田舎のおっちゃん”ぶりがかなりハマっててよろし☆

基本は「ナニもなき田舎町での、ナニもなき物語」なんだが、そんな中にも幾つかの「事件」とか「謎」とかがちりばめられてて、観てて飽きることはなかった。

しかし一方で・・終盤に向かっての「オチ部分」が、ワタシにしたら「ああ、まぁたこのパターンかよ・・」と多少ウンザリしてしまったのはあったか。
いわゆる“ナッシュ教授系”と言おうか(・ω・) ←ワタシはなお子&鹿島が(校舎の)階段で女生徒とすれ違うシーンで、早くも「コレってば・・」と気付いてしまった。

一見「平和っぽい」世界観ながら・・暴走+傷害事故は起こるわ、山中でご遺体は見つかるわ、ひっきりなしに停電は起こるわ、別なご遺体も山中にきっと埋まってるわ・・と結構ヘビィなイベントが町民を弄んでいた(=^_^=)

願わくば、もう少し(なお子&ももの)母子のしっかりしたドラマが観たかった気もしたか。
どうにも鹿島の出て来た辺りから、子供の存在が急に軽んじられ始めたような・・そんな気もした。まるで『刑事ジョン・ブック/目撃者(1985)』のあの子供のように(・ω・)

菅野さんと言えば・・本作は「8年ぶりの主演作」に位置づけられるそうで、ワタシにしても『富江(1999)』『催眠(1999)』以来である。何となく“ホラー女優さん”って印象が抜け切らず・・(⌒〜⌒ι)

江口さんと言えば、前作(主演作)があの『GOEMON(2009)』ってことで、今回は「肩肘張らぬ」それでいて「優しさ&存在感溢れる」イイ役を演(や)らはったなぁ・・と感心した。
ワタシは決して“芸能通”じゃないので、ナニがどうなのかは知んないが、もっともっとブレイクして欲しいし、ブレイクして然るべき男優さんである。

〜 こんなトコも 〜

・ワタシがもし「レンタルビデオ店」を経営する立場となったら、恐らくは“ナッシュ系”とジャンル分けされた棚を設けることだろう。で、そこには結構な数の作品が収められる事だろう(・ω・) して(この手の)元祖って何やろ? やっぱしヒッチコック監督のアレ?
・ロケ地は高知県の西・・宿毛市・大月町・土佐清水市など。出張の折、通過した覚えのあるような風景もあり、素直に「エエなぁ〜」と感じた。
・南国市内(?)のホテルにやって来る、鹿島の「赤いワーゲンビートル」が個性的でイイ!
・「野ばら」店内には“お品書き”みたいな感じで“おしゃれのごあんない”と書かれてるが・・ホンマにおしゃれになれんの?!
・別れ際、鹿島の手指を「カプッ☆」と軽く噛む(口に入れる)なお子の(愛らしくも突然の)所作にドキッとした(照)
・近年まれにみる(?)劇中の「チ※コ」ワードの多さだった。。
・成人状態の「菅野・小池・池脇」3人の「そろい踏みシーン」はなかったか?? 別撮りやろか?
・看板にあった「大人の旅ホテル」って何じゃ〜い(=^_^=)
・みっちゃんのダンナ(寿史)が乗ってたのはレガシィワゴン(白色、BH型、ターボグレード)だったか?
・「けんど“警察沙汰”ならんで良かったなぁ」とか言うてはったけど・・アレで警察沙汰ちゃうんでっか?!?!
・みっちゃんの経営するPP(ピンパブ)の名は「ex-Lang」。どう言う意味やろ?
・浮気者&DV肌(DV肌、て)な“ダメ夫”の寿史。何だかでも、どっか“憎まれキャラを(敢えて)演じてる”って風もあった(・ω・) チャンネルが切り変わる瞬間、って言うかちょっと一瞬「自らを鬼畜キャラに変えてる」みたいな、ね。
・戸外。ブロック塀を背に座り、タオルを首にかけ、何するでもなく団扇でパタパタやっとるおっちゃんがリアル!
・殴られて、ラーメンを頭からかぶっとるちぃちゃん(池脇ちゃん)に驚愕! 何とまぁ・・
・PP店内の「祝!離婚 ボトル3本で女の子連れ出し放題!」ってパネルに大興奮!(←アホや(=^_^=)) 野郎客連中がヒートアップして来て「わしも6本じゃ!」とか騒ぐのが爆笑モノだった(=^_^=) オレなら、酔った勢いで9本、入れてみるかなぁ(←やめとき、て)
・正気を失い(?)チェーンソーで電柱を切断し始めるおジイ。「薪&銅線」にして「肉&米」に交換やき!(ってそれ、立派に犯罪やき!)
・山奥の廃屋に暮す「ゴミ溜め婆さん」・・後半で“何か”をコッソリ埋めたはりましたが・・それって・・(⌒〜⌒ι)
・ホテル「Sansui」、、休憩:3000円、宿泊:5000円って設定だったら、泊まった方がおトク?(知らんがな、と)
・作品の舞台は「高知県恵市」なる架空の港町だったき。
・「パーマネント所作指導」なるスタッフがおられたようだ(・ω・)

〜 こんなセリフも 〜

なお子「(前のダンナとは)“同じサヤ”に入ってなかったんやね」
   「ちゃんと、食べてます?」
   “どうして急に居なくなったの? ううん、怒ってないよ。
    ただ、びっくりした”
   “ウチ、もうあんたのこと、良ぅ分からん。
    そばにおってくれて、優しぅしてくれるやろ?
    けんどもう、良ぅ分からんき”
   “ウチのこと、好きでおってくれる?”
   “なんでウチ、こんなに寂しいき。
    寂しぅて、寂しぅて、堪らんき・・なんで?
   「ウチがおるき、エエやろ?」
   「どうしたが? お婆ちゃん、ナニ埋めた?」

みっちゃん「今回は(ダンナの)口説き方がスゴいがよ」
     「釣りは要らんき」
     「どんな恋でも、ないよりマシやき」
     「泣いたら、カネが逃げて行くき
     「電気、切れちぅ」
     「そんなんやったら、この町の女は、みんな狂っちぅ」

ともちゃん「どっかに“お父ちゃんの取り替え屋”がおらんかなぁ」
     「ポン太・・撫でたら、硬(かと)ぅなっちょった」
     「やっと“殴らん男”に当たった! ・・思(おも)たらまた“外れ”やき」
     「ねぇ・・出てった旦那が、
      フラッと帰って来るような気ぃする時、ない?」
     「ダンナ、おったけど・・野垂れてもぅた。
      “ビール瓶”みたいに干涸びちょったき」
     「人は2度、死ぬがやと。
      (中略) 人は・・忘れられて“ホンマに死ぬ”がや。
      人の心におらんようになった時・・今度こそ“ホンマに死ぬ”がや

寿史「お前、そこまでして俺が好きか? ・・俺は幸せもんや」
  「ほなネ」

まさ子「怖くないで。大丈夫やき」
   「ももの母親、誰でぇ?」
   「“野ばら”の出張で来ましたき!」
   「1人ぐらい・・殺して埋めちぅで、この婆さん」
   「顔のエエ男は、大抵アホや
   「(部屋は)狭(せも)てもエエき。くっついて、暮そ」
   「親に向(むこ)て、その眼はなんで?」

カズオ「久しぶりやにゃあ」
   「今年のナスはエエき」
   「エエか、なおちゃん。男の人生はな・・“真夜中のスナック”や。
    わしと言う男を、ここで終わりにする訳にはいかんがぜよ」
   「エエ男が捕まらんのはな、おまんら自身のせいじゃ」

鹿島「“他の男のハナシ”ばっかりすんなよな」
  「あんた、もう子供じゃないんだろ? 大人だったら、
   “誰とでも、何処へでも”行けるんだよ」
  「アレやろう。“帯でグルグル回る”ヤツ」 ←なりませぬ〜(=^_^=)
  「さっき、あんたの夢を見てた」

お客「最近(パーマ)液、薄めてるやろ? 前は3ヵ月は持ったで」
  「新しいチ※コ、何本くわえ込んでんねん」
  「あぁ、エエわぁ〜。さすが“野ばら”さんや」
  「あのチ※コ、ホンマ、エエチ※コやったわぁ〜」
  「どの顔が、どのチ※コやったか・・結びつかん」
  「やっぱしソレかい!」
  「“ヤったもん勝ち”やね」
  「エエ男、おらんねぇ」
  「おらへん、おらへん」

ともちゃん「なおちゃんは幸せ?」
なお子「・・大体、こんなもんや」

なお子「ウチはこの町がキライ。マトモな人間はみんな出てって、
    居るのは“残りかす”ばっかりや」
鹿島「・・なら、俺も“残りかす”か?」

鹿島「どっか、行くのか?」
なお子「どっか、行かない?」

なお子「ビールでも、飲む?」
鹿島「まずは風呂だろぉ?」

お客「電気毛布“9”にして寝た、あんな感じや」
まさ子「それは、恋じゃ恋」

まさ子「どやった?」
なお子「“叩(はた)き込み”」

もも「コレ、どしたの?」
なお子「・・分からん」
もも「ウソだぁ」
なお子「・・じゃあ、言いたくない」

※「呪ぅたき、始まらんで」
 「コレをカネに換えん(=る)よに、言ぅといて」

追記1:全体的に『女の子ものがたり(2009)』を更にもっとドギツクしたような設定だった。
追記2:(原作も含め)未見の方で、かつ興味のある方は「絶対にウ※キペデ※アで本作を調べてはいけない!」と断言したい。オチが完全に分かってしまうから。
追記3:「肉体的に死ぬ」ってことも無論「死」の概念だが・・本作では、そこをもう1歩掘り下げて語っていた。ワタシは、過去に関わった方々の心の中で、何度死んどるんやろ・・(・ω・)

| | コメント (4)

2010年9月22日 (水)

☆ちょこっと&ぼちぼち再開の“エエ言葉”☆

どないな更新頻度になりよるか、よぅ分かりまへんが・・
まぁ、眼ぇ通しておくんなっしゃ。

【2010.9】

塩田 丸男(作家、評論家)
 「内猫のことを「家族同様にかわいがっている」と他の人は言うが、
  本音を言えば、「同様」ではない。「家族そのもの」なのだ。
  私の中ではもはや「ペット」とか「猫」という域を超えてしまっている」

岡田 克也(民主党幹事長)
 「(自らの)短所は頑固。長所は一貫していること」

平 常(人形劇俳優)
 「お客さんの様子を見て演技の構成を変えることもあり、
  融通の利きやすいところが、1人で演じる良さです」
 「大人になったら、だれかの幸せを考えて仕事をしてほしい。
  自分の幸せを追求するばかりの人生ではつらいと思います」

植田 紳爾(宝塚歌劇団理事・特別顧問)
 「模倣や盗作だけで100年も(歴史が)続くだろうか?」
 「宝塚時代、スターであったことには関係なく
  年齢に応じて美しくなっている人がいる。「時分の花」を乗り越えて「誠の花」
  になった人だ。ぼくはそれを「誠の花」美人と呼んでいる。
  年輪を加えただけにその美しさには説得力がある。こうなれば本物だ。
  それには若さを保つことだけに汲々とはせず、常に心を豊かにすることなのだ」

佐長 彰一(日本弁護士連合会・民事介入暴力問題対策委員会初代委員長、1926-2010)
 「弁護士は絹のハンカチではダメだ。木綿じゃないと」

橋本 じゅん(俳優)
 「『お笑いってかっこいい』が僕の原点」

荻野 アンナ(作家)
 「その権限を持たない人間が(実現不可能な正論を)主張するのを、嘘とは呼ばない。
  権限のある側が実行せずに主張すれば嘘になる。
  嘘つきになりたくないから主張を変える正直者よりは、嘘を引きうけて
  少しずつ事実に近づけていく嘘つきが社会には必要だ」

有川 浩(作家)
 「まずはきちんと大人になることが大事。そのうえで、書くことを
  あきらめなければ扉は開くかもしれません。
  (作家にとって)最も大切なのは、客観性の維持だと思います」

武満 徹(作曲家、1930-1996)
 「何ほどのこともなく(自然体で)作曲していたい」

藤原 正彦(数学者)
 「野菜の好き嫌いはおおよそ母親で決まる」
 「実際は、海外で流暢な英語などいらない。問題は話す内容で、たとえ片言でも
  自らの考えを持ち、自国の文化や伝統について語ることができれば、
  国際人として尊敬される。そのためには、話す技術を磨くより
  読書して教養を身に着けることだ」

樋口 恵子(評論家)
 「口出しには反論するより無視ですね」

黒沢 明(映画監督、1910-1998)
 「脚本(ホン)は書きだしたら絶対に最後まで書け。どんな強引な方法を使ってもいい。
  苦しくなって投げ出す癖がつかないように、とにかくおしまいまで書け」

益川 敏英(京都産業大学教授、2008年ノーベル物理学賞受賞)
 「歩きながら研究のことを考えると、机に向かうより考えが進む。
  いつ車にひかれるかわからない危険があったけど」
 「携帯は相手の都合で呼び出される道具で、僕は連絡されたくない」

曽野 綾子(作家)
 「報われても、そうでなくても、やるべきことをやる。
  それが本当の信仰で、人間の美学なんです」

桐谷 健太(俳優)
 「役者は、“旅”と似ている。どちらも僕にとっては刺激的だから」

【2010.8】

高橋 善正(元プロ野球“東映フライヤーズ”投手) ※1971.8/21“史上12人目の完全試合”を達成
 「投手なら、自分のベストピッチで勝負して、
  それで打たれてもいいじゃないか」

鎌田 實(医師)
 「いのちって不思議ですよ。丁寧に生きていけば、奇跡だって起きる。
  (中略) 人間は1日1日、1時間1時間を、最後まで希望を持ってきちんと生きられる。
  亡くなる直前まで「健康」ということがありえるんだと、ぼくは教えられます」
 「医学や科学の急速な進歩は、「長生き幻想」をつくり出しました。
  医師にもその責任がある。生命の誕生だって、老化だって、死だって、
  人間本来のひと続きの流れです。
  だからこそ、ぼくは、在宅でみとった死も、病院の中で送る死も、
  できるだけ「病」にしてこなかった。
  病院という空間にこだわらず、
  死を暮らしの中でふつうに見届けるような医療を求めてきた」

| | コメント (2)

2010年9月16日 (木)

☆『悪人』☆

15日(水曜)の夜。
ホテルに戻り、昨夜の記憶&記録(ぐちゃぐちゃメモ)を辿ってたら・・またも急激に(=^_^=)観たくなり、再び“シネマサンシャイン衣山”へとレンタサイクルで繰り出してしまったワタシがいた(=^_^=) ←あんたもハマったとねぇ〜

流石に慣れて来たか、今夜は片道7分で到着☆ あと3回も通ったら・・しまいには片道2分ほどで行けそうな気もする(←ってどんなスピードやねんな)

今回は(昨夜から間を置かぬ(=^_^=))2度目の鑑賞でもあったことから(因みに2夜とも“レイトショー”料金である)、更に落ち着いてじっくり物語を辿ることが叶った。
尤も、たまたま“レディース・デー”にぶち当たったので、観客は多かったが。。

2回目なので、改めて「気付いた点」ばザラッとまとめときたい。

・新作の時代モノ『雷桜(らいおう)』でも“また違ったカタチ”でもって「岡田将生&柄本明」が共演してるし!
・(別作の)予告編の「R12」表示に添え“小学生には、助言・指導が必要”とか書かれてた。。
・『ピストルオペラ(2001)』の頃は“少女”だった韓英恵ちゃんがすっかり“オトナ”になってる!(現在19歳) 劇中では“欲求不満の典型”とか言われてますたが、、
・「マスオ」は“名”じゃなく“姓”なんですよね。ここ、要注意です(=^_^=)
・佳乃のご遺体の首筋は・・(うっ血とかもなく)妙に奇麗だった(?)
・老人たち(樹木希林&柄本明)のドラマも、全く手を抜かず描かれてた。ある意味“群像劇”とも言える。
・「紳士服のフタタ」で売られとる「シャワークリーンスーツ」に興味津々(・ω・) 高松からだと・・一番近い支店が、下関市内かぁ・・(×_×)
・インチキ漢方薬は「萬長壽湯」ってな名だった。
・赤いアウディの車内で流れてたあの曲は、加藤ミリヤの『Aitai』だそうだ。う〜ん・・さっぱり分からんたい。
・本作を観た直後「鉄鍋餃子」を食べに行くカップルっておるんやろか??(×_×)
・「今日は※※(例:血液)のハナシば、しましょうねぇ」「残ったとこ、後で※※(例:天ぷら)にしますけんね」「晴れて“※※(例:自由)の身”になりましたぁ」「車内で※※(例:取材)ば、せんでくれんね!」「なんで、選(よ)りに選って※※(例:殺人犯)なワケ?」などのセリフ群も(日常会話に)引用可能かも(・ω・) ←って誰が分かるとよ?!
・父のさす、白いカサごしに映る“亡き娘”の姿・・ここの映像演出が、実にハッとさせてくれる!
・警察署を前にしたシーンは、どうにも『運命の女(2002)』のラストを思い出す・・ううっ(思い出したい訳じゃないのに)。
・長崎県西彼杵(そのぎ)郡・・ちょっと読めん郡名ねぇ(×_×)
・いざハラを決めたら・・女性の方が強いんですねぇ・・(怖)
某人物が、某人物に対し「カネをせびってた」事実がちょっと“本作のポイント”ではないか、と。いや、事実とも言い切れないか?
・深津さんの(ハダシの)足先がめっちゃキレイやった!(或いは“足モデルさん起用”とか?)
・祖母が「報道陣に囲まれつつ」坂道を下るその先に・・バスがやって来る。もの凄いタイミングのカメラワークや!
・「光代」「父」「祖母」の3者の行動がカットバックで描かれる演出もスゴい!
・「おカネば、返してくれんですか?」を福島弁に言い換えると・・「おカネ、返してくんちぇ〜!」となるの、か?!(何で、そん作品をそこで連想するかなぁ)
・本作で最大の“とばっちりさん”は・・「(博多の)某喫茶のガラステーブルくん」だと思う(⌒〜⌒ι)
・そして・・やがて、父は気付くのだろう・・「スパナ、何処で落っことしたと?!」・・な〜んてね(←おい)
・バスを降りた直後、嗚咽してる「あのしとの背中」に要注目!!
・『1泊5万円、とやらの老舗旅館のバカ息子、1泊2400円のカプセルホテルで無様に捕まる、の巻』(・ω・)
・本作を3ツのキーワードを並べつつまとめたら・・「餃子・アウディ・峠道」「フタタ・漢方・出会い系」「スパナ・灯台・GT-R」・・う〜ん、いずれも余りに断片的っしょ(⌒〜⌒ι)
・「2人の逃避行」「崖っぷちの灯台」ってトコから・・つい『テルマ&ルイーズ(1991)』路線のオチをも連想してしまった(×_×)
・カースタント担当は佐藤裕氏。流石に(ブッキー)ご本人じゃなかったのネ。。
・車両関係で協力してる“ARTiS”と言うのは、スカイライン(GT-R)&(フェアレディ)Zに特化した、長崎の中古車販売店だそうだ。
・ラストのブッキーの表情(アップ)に、何故だか「お爺ちゃんになった頃の、ご尊顔のイメージ」を明確に感じ取ってしまった(×_×) なんであんなに「老け顔」に映ってしまってはったんやろ。。

今日はとにかく、
・本作の、物語としての皮肉さ
・本作における、演出的&カメラワーク的なスゴさ
・深津さんの可愛くも、少し「枯れて来たはる」感じのリアルなキャラ造型

に注目し観ていた。

2度も観たら「第34回モントリオール世界映画祭で、深津さんが女優賞を受賞した」って記事にもすんなり納得がいく。

ワタシに限って言わせて頂けたら・・本作の前には、あの『告白』すらもが“薄く、うわついて”さえ思い返されて来たものだ。
とにかく・・これは「スゴく重く、スゴく貴重で、スゴく素晴らしい作品だ」と実感する次第である。

追記1:観終わってシアターの外に出ると・・大した降雨だった。まるで“暗がりの三瀬峠”にポイと放り出された(=蹴り出された)気分(×_×)
追記2:セリフの確認作業に、件(くだん)の「シナリオ版の文庫本」を用いたが・・収録されてる脚本(決定稿)以後に、(恐らく)現場で「演出&セリフ回し」の変更された点の多いことに気付かされた! それらがいずれも「より洗練」されてて素晴らしいのだ!
追記3:それぞれの“演技の方向性の違い”とは思うも・・本作における深津さんの「女優パワー全開度」を100%としたら・・『女の子ものがたり(2009)』での同パワーが40%ぐらいにも思えて来る(⌒〜⌒ι)

| | コメント (6)

☆『悪人』☆

14日(火曜)。
今週もまた、高松を離れ・・愛媛県内に2泊コースで出張してゐる。

これまで、出張の夜と言えば・・大抵は「ホテル界隈を徒歩でウロウロし、適度に酔っ払う」って程度だったが、今回は自転車を借りることが叶ったもんで、少し足(車輪?)を伸ばし“シネマサンシャイン衣山(きぬやま)”なる市内で(恐らく)最大規模と言えるであろうシネコンに行ってみることとした。

ホテルのフロントで「徒歩で行けますかね?」と念のため訊ねたら「(とんでもない、的に)40〜50分はかかりますよ」と答えが返って来たが・・自転車で実際に走ると10分ちょいだったので、歩きでも25分程度と見込んだら、行けないことはなさそうだった。
(以前、同じホテルから何気なく徒歩で“石手寺”に向かったら、それこそ45分程度かかってしまい、ぶっ倒れそうになったモノだが、、)

・・

この時期は「抑えとかなきゃ!」って新作もさほどはなく(と、私的には思え)「パッとしたん、ないなァ」とつい表情も曇ってしまったが・・そこにピンとひらめいた1作が邦画『悪人』だった!

殺人を犯した青年と、出会い系サイトで知り合った貞淑で(?)幸薄き女性の逃避行・・ 題材とし、さほど光るモノでもないんだが、どうにも気になってしまう2人の主演俳優・・妻夫木聡&深津絵里がタッグを組んでるってことで「こいつぁ名作ではありますまいか?!」と勝手に期待値をグイッと引き上げたワタシだった(=^_^=)

孤独を抱えたまま生きて来た青年=清水祐一(妻夫木)は、長崎で生まれ育った27歳の金髪の解体処理作業員。
幼い頃に母と別れた彼を育て上げたのは、祖母(樹木希林)であり祖父(井川比佐志)であった。

彼には“(携帯の)出会い系サイト”を介し知り合った、福岡に暮らす“彼女”がいた。それは21歳の保険外交員=石橋佳乃(満島ひかり)である。
祐一は佳乃に会うため、頻繁に長崎から福岡にクルマを飛ばし、駆け付けるのだった。

しかし佳乃にとって祐一は“単なる遊び相手(いわゆるセ※レ)”でしかなく、ホンキで狙ってたのは湯布院温泉郷の老舗旅館の1人息子(ドラ息子)=増尾圭吾(岡田将生)なのだ。

その夜も「デートの約束を取付けてた」佳乃を“偶然現れた”増尾に“眼の前で”奪われてしまった祐一の心の中で、どす黒い感情がフツフツと沸き起こって来るのだった。

・・

そして翌朝(?)、郊外の三瀬(みつせ)峠にて“絞殺後、崖下(約7メートル)に投げ落とされた”佳乃の遺体が発見される。

福岡県警は、被害者と最後に接触したであろう大学生(=増尾のこと)を追うも、彼は既に何処かへ逃亡した後だった。

一方、佐賀に住む紳士服販売店勤務の中年女性=馬込光代(深津)もまた、出会いを求め“携帯サイト”に書き込む。
そこで出会ったのが、年下の祐一だった。

やがて、増尾が潜伏先(名古屋)のカプセルホテルで発見される。

捜査の結果、間もなく彼に対する嫌疑は晴れ、いよいよ警察の調べは本格的に祐一の身に迫ることに・・

祐一&光代の逃避行。
彼らの向かった先は海・・2人だけの“秘密の場所”だった。

2時間半ほどの「物語そのもののストレートさに比べ、やや長尺な上映時間」を持つ本作。丁寧でゆっくりとした構成&描写は、何処か『チョコレート(2001)』をほうふつとさせるシンプルさ&重さだったか。

・物語が途中から始まり、後に「そこに至る経緯」が語られる(描かれる)
・肝心なシーンの映像はカットされ、観客それぞれが(そこを)補わねばならない
・物語の総て終わった後で「なくても良いけど重要な、そして温かさを感じさせるシーン」が“わざわざ”描き加えられる

などの演出には「やるなぁ!」と唸らされた。ラストなど『タイタニック(1997)』『チェンジリング(2008)』に(静かながらも)肉薄する“確かな余韻”を残してくれたモノだ。

ワタシの中では「誰が“悪人”なのか?」なる問いかけ以上に「誰が“愚か”なのか?」「誰が“分かってない”のか?」などの“少し違った角度からの問い”がグルグルと巡り続けたりもした。

“愚かで悲しい”と言う点で言えば、増尾にも佳乃の父(柄本明)にも、さほど大きな違いはないのだろう。

「数多(あまた)の記事(報道)だけを鵜呑みにしている、更に多くの人々」こそが愚かで悲しく“真の悪人”なのでは? と言う(逆説的な)問いかけを含んだ「呟き」が、ラストで某人物により放たれ・・はからずもそこで唸らされるワタシがいた。

物語の表面だけをなぞれば、誰が“真の悪人”であるかなど「考えるまでもなく明らか」なのに、だ。

この作品は「祐一と光代」以上に「佳乃とその父」に対し何処まで&どのように感情移入出来るか、で物語の捉え方や評価が激変する、面白くも難しい“難作”だと解釈したワタシ。

そう言う意味では・・将来、評価がガラリと変わってしまう気もするが、、何はともあれ現時点では「もの凄い1作」であるとは断言しときたい! 「(今年の)年内最強最大の邦画」となるかも知れんぞコレは!!

〜 こんなトコも 〜

・光代の登場は、物語が始まって40分近く経過してから!
・祐一の乗るは「白の日産スカイライン・GT-R(R33)V-SPEC」。「峠を下りつつ、カーブで後輪滑らせたり」「テール振ってUターンかましたり」と言ったハデな演出も印象的。シーンによっては「走り屋モノ?」と感じちゃうかも(=^_^=)
・あ、でも・・“ス※ルファン”のワタシとしては「WRX STi」を駆って欲しかったカモ(・ω・) ←かつてブッキー(妻夫木)が(イ※プレ※サの)CMキャラだったしぃ。
・タイトルでは「左」に祐一の顔(無表情)、「右」に“悪人”の文字がシンプルに表示され「白⇒赤」と(文字がその)色を変えるのが、何かの“暗示”にも思えた。
・「死者は話せない」・・が故に、必要以上に美化されてしまうンやろか?
・九州女子にすれば、やはり「ユニバーサル・スタジオ(大阪)」ってば憧れのロケーションなんやろか? それと、決して「USJ」と言わないのがポイントなんやろか?
・「蹴られた人がアタマをぶつけしばらくうずくまる」って暴力描写が2〜3度登場し、ちとイヤな気分になった(×_×)
・「またお前か!」な“ウェルテルくん”登場。どんどん彼の評価が下がってく・・(因みに彼の携帯は“旧型iPhone”)
・「月給(手取):15万」「湯布院1泊:5万」「夕食のワリカン:(1人)2680円」「漢方代:263500円」・・全般的に価格設定がリアルな感じ。。
・長崎⇒博多間を(片道)1時間半で走れる祐一。通常は2時間半以上かかるそうで・・(ネット調べ)
・崖下に投げ捨てた際の「心情や映像」は描かれなかった(敢えてか?)
・娘の“真の姿”を知らず、掴めてもいなかったあの父親もまた“愚かで悲しき悪人”ではなかったかな、と。
・ブッキーに『ジョゼと虎と魚たち(2003)』の頃の姿を、深津に『ハル(1996)』の頃の姿を重ねてしまった(・ω・)
・崖を巡る「女1人+男2人」のドラマは何処か『ゆれる(2006)』を思わせるトコもあったか・・
・「容赦なき報道陣」「増尾の(ポンコツな)ご学友ども」など、作品世界のあちこちに“悪人”が点在気味。。
・祐一を棄てた母役に「あの大物女優」さんが! でも本作では「数歩下がった立ち位置」ですた・・まぁこんなモノか。
・松尾スズキ演じる漢方ドクター=堤下(つつみした)のキャラも、なかなかに“悪人道”を爆走してましたでぇ(⌒〜⌒ι)
・安置室で娘の裸足がはみ出てるのに気付き、シートを覆い直す・・「大学生1人、捕まえれんで・・なんが警察か!」と激昂した後、小さな声で「済んません、お願いします」とペコペコ頭を下げる・・いずれも、柄本さんの演技が、半ば神がかってる!(=^_^=)
・静かにスリリングな、久石譲によるピアノのスコア(楽曲)がシンプルながら効果的に響く。
・「自転車置き場で泣く女」に、、図らずもキュンとなってしまった(恥)
・皿に盛られたイカの眼(のアップ)から・・と言う映像演出に『サイコ(1960)』を何故か感じた(☉д☉)
・「峠で無灯火で停車する」ってのは・・かなりな自殺行為だと思うっちゃが・・(⌒〜⌒ι)
・意外と「雨シーン率」高し。邦画では『雨あがる(2000)』に次ぐ高さでは?(そんなにかい!)
・ブッキー&深津さんは「会話なし」でも「ロングショット」でも“絵になってる”2人だと思った。

〜 こんなセリフも 〜

祐一「でも、この前のカネ・・」
  「どっこも行っとらんよ・・」
  「あの、清水やけど・・」
  「俺も、似たようなもん・・」
  「眼の前に海の在ったら・・
   もうそん先、何処へも行かれんような気になるよ」
  「これしか無(な)かとけど・・」 ←“払いグセ”がついてるネ、、
  「・・謝りとぅて」
  「俺もホンキで、誰かと出会いたくて」
  「もっと早(はよ)ぅ、逢(お)うとけば良かった」
  「良かけん、乗れって!」
  「眠れんで・・誰かと話したくて」
  「ちょっと待てって!」
  「俺の言うことなんて、誰も信じらんかった」
  「今、光代とおると苦しか。一緒におればおる程、苦しぅなる
  「何でこんな人間なんやろ、俺」
  「俺は・・“あんたが思ぅとるような男”じゃなか」

光代「何かわたしも、分かる気のする・・“急になんかを変えとぅなる”こと」
  「どがんする?」
  「なんば、いきなり言いよっと? 吃驚(びっくり)したやん!」
  「女だってさ・・“そがん気持ち”になることあるよ
  「ねぇ? ホンキで言いよっと?」
  「別に、謝らんで良かよ」
  「わたしの人生って、あの国道から全然離れんやったとね。
   あの国道を、行ったり来たりしよっただけで」
  「わたしは・・ホンキでメール、送ったとよ。
   ・・ホンキで誰かと逢いたかったと・・ダサかやろ?
  「やっぱり、佐賀と長崎って遠かよねぇ」
  「着いたら、連絡頂戴。起きとくけん
  「祐一? どうしたと?」
  「何があったか知らんけど・・
   話しとぅなかったら、話さんで良かよ・・わたし、待つけん」
  「生まれて初めて“ズル休み”した・・思ぅとったより、簡単に出来っとね」
  「わたし・・“やっと幸せになれる”て思ったとよ」
  「ここで降りたら、もう迷惑かからんわけ? バカにせんで!」
  「わたし、待つけん・・何年でも。
   ・・良かよね?」
  「夢? どがん?」
  「うち、大丈夫やけん。全然、平気やけん」
  “あと1日だけ、一緒におりたかと”
  “ごめん。でも、わたし・・やっぱりあの人と離れとぅなか”
  「今のわたしたちには、ここしかなかやん!
   もう戻る場所なんて、どこにもなかやん!」

父「晩ご飯、なん喰うね?」
 「正月ぐらい、ちゃんと帰って来(こ)んね」
 「ちょっと漫画ば読んで、待っとってな」
 「お前・・なんしよっとか? こげん寒かとこで」
 「誰がお前ば、こげん眼に遭わせた?」
 「お前は悪ぅなかぞ・・悪ぅなか」
 「そんなに可笑(おか)しかね? 娘ば殺された父親の姿が」

母「“蹴り出した”て・・何で、そげんこと」

佳乃“顔は映さんでよ”
  “顔、映さんねって!”
  「聞こえたらどうすると?」
  「あの男とおったら、イライラするっちゃ。
   一緒におっても、全然楽しくないっちゃね」
  「運転とセ※クスだけは巧いっちゃが」
  「だって“そのため”に逢(お)うたんやけん」
  「ちょ・・寒いやん」
  「バカにせんでよ!」

祖母「しっかし世の中には、惨(むご)たらしかことする人が、おるもんやね」
  「悪かことして、そう逃げ切れるもんね

憲夫「何でんかんでん、祐一に頼っとったらダメばい」

刑事「ただ、結論から言いますと・・犯人は別におるようです」

祐一「・・もう、良かよ」
光代「なんが? “もう良か”て、どう言うこと?」

光代「祐一って、なんも話してくれんよね?」
祐一「俺には・・なんも言えんよ」
光代「・・そやなくて、何か言うてよ。ちゃんと話してよ」

父「なんね?」
母「あんたちょっと・・何や知らん・・警察から」

※「降りてくれんや」
 「あんた、何か安っぽか」
 「あんた、誰のクルマにでも乗るっちゃね?」
 「誰が、あんたのことなんか信じると? 誰も信じんよ」
 「今までは、生きとるのか死んどるのか、良ぅ分からんかった
 「全く“良か人間”に育ててくれたよ・・」
 「あんたが悪かワケじゃなか。しっかりせんと、いかんよ」
 「違うと。あの人は・・ホントは“悪か人”じゃなかとよ」
 「あんた・・“大切な人”はおるね? “その人の幸せな様子を思う”だけで、
  自分まで嬉しくなって来るような人は?
 「今の世の中・・“大切な人”のおらん人間が多過ぎる」
 「“自分には失うもんがない”と、強くなった気になっとぅ。
  失ったり、欲しがったりする人間を・・バカにした眼で眺めとぅ。
  ・・ホントはそうじゃないとよ。それじゃ、人間はダメとよ」
 「そうやって、ずっと人の事ば、笑ぅて生きていかんね」
 「おカネば、返してくれんですか?」
 「ごめんね・・何もしてやれんで」
 「世の中には、酷か男がいるもんやね。“人間の出来ること”じゃなかですよ」

追記1:久々に劇場で「関連グッズ」を購入しちゃいますた。「シナリオ版の文庫本」なんですけどね、ええ(・ω・)
追記2:博多弁(福岡弁)・長崎弁・佐賀弁が全般的に飛び交ってたもので、かなり聞取りがテキトーだった気がする。。

| | コメント (0)

2010年9月14日 (火)

☆“ハードボイルド・ナイトin愛媛”☆

8日(水曜)の夜。
この週は、7~8日と高松を離れ、9日(木曜)の午後に戻って来るスケジュールで愛媛県に出かけていた。

出張先での、些細な楽しみと言えば・・夜の居酒屋巡り、とかもあるにはあるんだが、
更にインドアで些細な楽しみなのが「ホテルでのTVチャンネル(番組)チェック」だったりする。

「自宅では決して映らぬチャンネル」が楽しめたり、その逆だったりして興味深い(・ω・)

で、今回は・・贔屓にしてる衛星第2(の『刑事コロンボ』)は全く受信出来ず、代わりにシネマチャンネルが見つかったので、そちらをダラダラと(酔った勢いもあり)観続けた。

いずれも「中盤ないしは後半から」だったが、以下の3作である。

※後で調べてみたら「ひかりTV」と言う光回線を介したチャンネルだった。

1)『バーバー(2001)』

2)『カリートの道(1993)』

3)『劇場版・機動戦士Z(ゼータ)ガンダム2/恋人たち(2005)』

  ※  ※  ※

♦『バーバー』

敢えてモノクロでストイックに(?)描かれた映像に、ビリー・ボブ・ソーントン演ずる“寡黙にして饒舌(=^_^=)”な主人公=エドのモノローグ(独白)が冴える!

殆ど後半以降の鑑賞だったので、ストーリーそのものの流れがイマイチ掴めぬまま・・とにかく感じたのは「主人公が、あんまし理髪業をやってねぇじゃん」ってことだった。
きっと、主人公の言動が展開の中で変わり、また、変わらざるを得ない演出があったんだろう。

嬉しい衝撃(=^_^=)としては・・ガールフレンド役(?)でスカーレット・ヨハンソンちゃんが出てたこと☆
スカヨハちゃん、この翌年『スパイダー・パニック!(2002)』出演とは・・いやはや(⌒〜⌒ι)

〜 こんなセリフも 〜

エド「“君が浪費されてく人生”を見たくはない」
  “自分が死ぬ日を知るのは・・妙な気分だ”
  “それはまるで・・迷路を離れた所から眺める気分だ”
  “霧が晴れるように・・何かが見つかることだろう”

※「音楽の魂は、教わって与えられるものではない」
 「音楽は指先からではなく、胸の中から生まれ、流れ出るものだ」

追記1:ハードボイルド系って「とかく主人公が饒舌なモノ」なんやなぁ、と再認識(・ω・)
追記2:ウィキによれば・・本作って“カラー版”も存在するらしい! 観たいなぁ・・
追記3:『ノーカントリー(2007)』『バーン・アフター・リーディング(2008)』と言った近作を拝見するに「コーエン兄弟、いよいよ“ご乱心”か?」と不安にかられるワタシだが、、本作の“どっしりとした物語世界”には問答無用で唸らされてしまった・・ううむ。

♦『カリートの道』

コレも中盤からの鑑賞。アル・パチーノが画面に登場したからには「チャンネルを切り替えたり」「電源をオフにしたり」と言ったリモコン操作など、出来ようハズもない(⌒〜⌒ι)
尚、もう1人“チリチリパーマ”の悪徳弁護士のおっさん=クラインフェルドが出て来て、妙に鬱陶しいながらも強烈なヴィジュアル・インパクトを受けてたら・・ ・・実はこれがショーン・ペンなのだった!
他にもルイス・ガスマン、ジョン・レグイザモなども助演してて、なかなかに豪華!

考えたら、ブライアン・デ・パルマ監督って・・本作の次が『ミッション:インポッシブル(1996)』だったンやなぁ。。

この『カリート』も元・麻薬王のカリート(アルパチ)を主人公にした、ハードボイルド系のハナシではあった。従って、主役のカリートが結構ペラペラとモノローグ(独白)を放ちまくったりする。

真っ当に生きようとするカリートが、周囲の暴走&妨害(大抵の原因はクラインフェルドだが、、)により、やっぱし“悪党の生き方”を脱し切れぬ哀しみが全編に漂うんだが・・そんな“静”っぽいドラマが展開されてるな〜 と思ってたら、終盤でいきなしグランド・セントラル駅(?)を舞台とした“追いかけっこ&銃撃戦”が派手におっ始まり、かなり吸引されてしまった!!

特に、敵マフィアに囲まれ&監視される中、アルパチが「長いエスカレータ」で降りて行く、その降り方&カメラワークがモノ凄い!!
あのシーンだけでも、拝めて眼福だったと思ってます、ふんとに。

〜 こんなセリフも 〜

カリート“ムショから出て、昔の知り合いを訪ねれば・・会う者の顔は、大抵変わっている”
    「ムショ暮らしがどうだったか? 腕立て伏せと、ムダになった歳月だけさ」
    「これから? 分からんさ。ただ、とにかくは出所した。とにかくは、な」
    「信じてた人間を、良く裏切れるもんだな」
    “抑えてるつもりでも、つい昔のクセが出ちまう”
    “街はいつも、俺を見ている”
    「お前の頼みにカネなんか・・」
    「人を殺すってのは・・ある日、突然決心して殺すもんじゃない」
    「ケツ(ass)とは何だ? 腰(hip)と言え」
    “ある線を超えたら、もう戻れない。行きつく所まで行くしかない”
    “この年になると、勘で危険ってヤツが分かる・・長年の勘を信じよう”
    「夢は向こうから近付いては来ない。追うんだよ
    “こいつらが「通りがかり」でここへ来るハズがない・・必ず何か魂胆が・・”

カリート「電話しても?」
ゲイル「私から電話するわ」

ゲイル「立ち入った質問をしても?」
カリート「いいとも」
ゲイル「人を殺したことが?」
カリート「そいつは・・問われて簡単に答えられる質問じゃない」

カリート「借りは返す。それが俺って男だ・・それだけは変えられない」
ゲイル「もうあなたの血は拭かないわよ!」

※「殺し屋、ハジキ、埋める穴まで掘ってるぜ。(貴様を殺すかどうか)後は、ボタンを押すだけだぜ」
 「久しぶりじゃねぇか(Look at you.)」
 「何故ヤツを嫌う? “昔のお前”だからか?」

追記1:本音(=“恋人との堅気の人生”を望む気持ち)と建前(親友への“仁義”と暴力から抜け出せない日々)の間で悩みさまようカリートの姿には「物語としての普遍性」が確かにあったと思う。
追記2:親友を思うが故の行動が、逆に親友を死に追いやってしまう悲しさ、なんかも描かれており。
追記3:エンディングで“レディ・マーマレード”ちぅ曲(オリジナル版)が聴けて嬉しかった。この曲は後年リメイクされ『ムーラン・ルージュ!(2001)』で印象的に使われとりますわ。
追記4:ある程度、人生を味わった上で考えるに・・本作のラストって「最高に幸せかも知れん!」って思えはしないやろか?

♦『劇場版・機動戦士Zガンダム2/恋人たち』

これも中盤からの鑑賞。
詳しい事情は分かんないが・・突然(?)全50話にも及んだTVアニメ版(1985)が「3分割」され、劇場用アニメーション版が制作⇒公開されたように記憶している。
ワタシは、TVアニメは再放送時に全話観たが、近年の劇場版には何故だか食指が動かず、3作とも結局、鑑賞を観送ってしまったのだった。。

で、今回(2のみを)観た限りだが・・まさに「ダイジェスト版」って感じで・・“かつて”を知るZガンダムファンには、記憶でもって補完すれば「手軽にストーリーを辿れる」ちぅ楽しみはあるも・・コレが“初Z”となるしとたちには正直・・

「物語の流れが速過ぎ、かつ緩急のメリハリがつけられてない」ため、きっと“置いてかれる観客”が決して少なくないように思う。

編集が悪かったのか、上映時間=98分と言う制限にこだわり過ぎてしまったのか、「どうせ繋ぎだし」と当初から軽薄に企画されてしまったのか、は分かんないが・・とにかく「残念でした」な仕上がりだった。

まぁ、私的には“えまちぅい(エマ・シーン中尉)”の話し、動く姿を拝めたら・・それだけでご満足なのだが(照)

| | コメント (0)

2010年9月12日 (日)

☆『バンテージ・ポイント(2008)』☆

10日(金曜)に地上波初放送されたのが、群像劇型クライム・サスペンス『バンテージ・ポイント』だったが・・この夜ばかりは、とある事情から高松道を夜間ドライヴしてたワタシ。

HDレコーダーに予約録画するでもなく「まぁ、携帯を持参して、走行中に“ワンセグ機能”で視聴すりゃエエか(←“ながら運転”は危険なので、絶対にシロウトは真似してはいけません)(←ってお前もな!)」と軽く考えてたワタシだったが・・

実際には、高松道走行時ってば「ワンセグ機能なんぞ、全く何の役にも立たない」ことを思い知らされた(×_×)
多少なりと映ったのは、高松中央インターから乗り、市内エリアを走ってた短い時間ぐらいだったろうか(それも“コマ切れの静止映像”が殆ど、、)。

ってことで「完全に観逃してしまった」結果をクヨクヨと悔いてた次第だが、本日(11日:土曜)の帰阪時、恐る恐る(=^_^=)家人に訊ねると・・「取り敢えず録画はしとる」とのことで、狂喜しつつその夜に観ることが叶ったのだった☆

そもそもは、公開当時(大阪勤務時代)、しっかり劇場の大スクリーンで鑑賞し「ムチャクチャ面白いやんか!」とブ〜ツ飛んでしまった(byティモシー・ダルトンin『007/リビング・デイライツ(1987)』)1作でもあったが・・その面白さは今回「頻繁に挿入されるCMカットのせいで、ズッタズタ状態ですがな」ちぅ地上波放送ならではの哀しみこそは(当然)付きまとってたモノの、作品そのものの脚本・演出の面白さは、公開から2年を経た今も、殆ど色褪せることはなかったナリ!(←ってお前はコロ助かい!)

スペイン・サラマンカ市のマヨール広場。
合衆国大統領=ヘンリー・アシュトン(ウィリアム・ハート)が演台で2発の凶弾に倒れる。

傍にいた、復職したばかりのシークレット・サービス=トーマス・バーンズ(デニス・クエイド)は、銃撃に続き起こった大規模な爆発による混乱の中、GNN(放送局)の報道カメラが捉えた“狙撃前後の映像”や、たまたま広場にいた観光客=ハワード・ルイス(フォレスト・ウィテカー)の携えたハンディカムの“狙撃〜爆発前後の映像”から、一連の事件の“流れの裏”に隠された「真相」を独自に追うのだった・・

詳しくもアツい(=^_^=)レビューは、鑑賞当時にここに記してるので、再読頂けると有難い。

で・・今回、実感したのは「シガニー・ウィーバー助演作に外れなし!!」ってことやろか(=^_^=)

『ワーキング・ガール(1988)』『ギャラクシー☆クエスト(1999)』そして、忘れちゃならない『アバター(2009)』・・パッと思いついただけでも、出過ぎず、目立ち過ぎず、かと言って、しっかりと「自分の存在感」を作品上に残してくれている女優さんだ。

その一方、本作におけるファム・ファタール(≒悪女)とも言うべきベロニカさんのキャラ造型を、もう少し「丁寧に&魅力的に」構築して欲しくもあったかもなぁ・・ってのは感じたな。

それと、アナって女の子とその母親が、マヨール広場から結構な距離を移動してたんじゃねぇか? ってふと思ったのはあった。

まぁこれは、他の主要キャラについても当てはまることで、、“決して少なくないしとたち”が広場から東方向に(7ブロックほど)移動してのラストには「劇中でロケーションが大幅に移動する」って点で、この上映時間から考えるに・・かなり強引っぽく思えたりもするかな(=^_^=)

んでも、エンタテインメント・ムービー史に「新たな一石を投じた」素晴らしい物語だったと、今回も素直に受け止めたワタシ。

〜 こんなトコも 〜

♦序盤、現地リポートしてた女性キャスター=アンジーを演じるはゾーイ・サルダナ! 『アバター』のヒロイン役ですがな!
♦大統領を意味する言葉が「ポータス(POTUS:President Of The United Statesの略!)」「イーグル(Eagle)」と2ツ登場。更に突き詰めると・・同じ大統領でも「大きな違い」があった。
♦司令部と連絡の取れなくなったトーマス。仕方なく(ワシントンの)統合参謀本部に携帯で連絡を取り続ける。・・ってスペイン〜ワシントン間ってスゴい距離やね、、
♦こと「サラマンカ市長の警護」と言う名目に関しては、何の仕事も出来てなかったエンリケ刑事(・ω・)
♦今日びのテロ活動に、あそこまで携帯電話がフル活用されるとは・・! ってことは、携帯の電波を遮断さえすれば、現代のテロ行為はかなり抑制が可能なんやろか?(例えば今回なら「広場内に限定」するなりして)
♦終盤、あの※※※が急ハンドルを切ったのが“意外”にも映った。※※※※にも「※※と同い年ぐらいの※※が実はいたんじゃなかろうか?」と“観客の想像”が広がる。

〜 こんなセリフも 〜

トーマス「何てことだ・・」
    「礼など、とんでもありません」

レックス「“犬の躾”をしてるんじゃないんだから」

ベロニカ「どう伝えたら、信じてくれるの?」

エンリケ「生きてて驚いたか?」

スワレス「子供はいないさ。“知る限り”ではね」
    「(人質である)弟を失望させるなよ」

アシュトン「私を殺すのが“報復”なのか?」
     「似てもいないぞ」
     「“修正第25条”は使うな」
     「報復はするな。心を強く持つのだ」
     「もう逃げないぞ」

※※※「この戦いは、永久に終わらんさ」

側近「レーガン以来、※※※を使っています」

トーマス「礼を言うよ。復帰させてくれて」
ケント「・・まだ礼は早いさ」

追記1:合衆国憲法の修正第25条(第1節)によれば・・「大統領の免職、死亡、辞職の場合には、副大統領が大統領となる。」とのことだ。なるほど! 調べて分かった。
追記2:ハワードが謝ってた際のスペイン語「ルシエント」は“Lo siento:ロ シエント”と表記するようだ。

| | コメント (4)

2010年9月10日 (金)

☆『刑事コロンボ/策謀の結末(1978)』☆

9日(木曜)の夜。

7日(火曜)の朝以来で、(出張を無事に終え)久々に高松に戻れホッとする。
自身は「ハンドル握ってるだけ」なので、さして肉体的な疲労もないハズが・・やっぱり総走行距離:570キロをこなしたので、流石に次の運転までは「24時間ぐらい」時間を置きたい気がする(=^_^=) ←また週末に帰阪で往復400キロ走るし。。

戻ってからは、恒例のジョギングイベントに出かけた。

・・が“うっかり”5分遅れで集合場所に着くと、皆さん既に出発した直後らしく(誰もいなくて)衝撃を受けた(×_×)

まぁ、向こうに「走り去る集団の姿」を辛うじて認めたので、必死に追いかけた次第だが。
(↑結局、追いつけなかったが)

そんなこんなで走り終え帰宅後、約40分遅れで中盤から『刑事コロンボ/策謀の結末』(エピソード45、旧シリーズ最終作!)を観た。

今回はIRA(アイルランド解放戦線、アイルランド共和軍)の活動家=デヴリンが犯人役。
裏切った武器商人を“処刑”と称し殺害、仕入れた大量の銃器をアメリカ国外へ運び出そうとする知能犯の前に、我らがコロンボ警部(ピーター・フォーク)が立ち塞がる。

殺人事件そのもののトリック面では余り面白くないし、テロリスト絡みの物語設定がいつものコロちゃんと何だか違ってて、ノリの良くない気はした。

が、相手のデヴリンが「酒を愛する詩人」って一面を併せ持ってもおり、彼とコロンボの静かなる“知恵比べ”が表面上で常に友好的に展開される点は楽しかった。

ダーツ対決したり、即興の詩を放ち合って“ボクシング”(=^_^=)したり・・

ただ・・いつも以上に、吹替え俳優さんの声が頻繁に切り替わってた印象があり、違和感を覚えたのはあったか(・ω・)

〜 こんなトコも 〜

♦「何気ない習慣」ってのは恐ろしい。例え指紋を拭っても、例えアリバイを完璧に仕上げても、総ての工作が覆されてしまうのだ。
♦殺人の解決以外に「銃器を如何に国外へ持ち出すか?」のトリックがあり、そこにもコロンボの推理の入るのが面白い。
♦実は「ダーツ」もムチャクチャに達者だったコロンボ! 2投までを大きく外しといて、3投目でド真ん中に! コロンボと言う人物の「ただ者でなさ」がハッキリと描かれる、貴重なシーンと言えよう。
♦ウィキに書いてる「趣味はリメリック(五行戯詩)」ってのが、十分過ぎる程に(=^_^=)紹介されてた。あれだけ“プロの詩人”を相手にスラスラと即興詩が飛び出して来たら、もうこれは趣味の域を超えてる気もするが・・(シロウトが耳にして、必ず面白いモノでもないが)(邦訳がイマイチだったんかな?)

〜 こんなセリフも 〜

コロンボ「刑事だって人の子ですよ。何てことはない」
    「ここまで来たんですから。 ・・ここまで、ここを過ぎず」

コロンボ「あなたのやったことには“偽り”があるんじゃないでしょうか?」
デヴリン「“政治が我々にウソを言わせる”のさ・・後悔はない」

デヴリン「それは“単なるツキ”ではないな?」
コロンボ「いんや・・“何事も気を付けて見ろ”と言われただけです」

| | コメント (0)

2010年9月 7日 (火)

☆1話だけいきなり『龍馬伝』を観てみた(・ω・)☆

世の男性は、きっとみんな気になっていたことだろう・・ ・・か?(⌒〜⌒ι)

放送中の大河ドラマ『龍馬伝』において、いよいよ5日(日曜)の回(第36回)で“寺田屋騒動”が忠実に(?)再現されるとのことなのだった。

簡単に10文字以内でこの事件をまとめるに・・「龍馬が京で襲われる。」ってことなんだが、その件自体は男性視聴者にとってはどうでも良く(=^_^=) まぁ、見所は「いち早く、只ならぬ雰囲気を察知したお龍さんが、湯船を飛び出し一糸まとわぬ姿で階上の龍馬に知らせに行く」ってな重要なシーン(『女王蜂(1978)』での仲代達矢さんとちょっとシチュエーションこそ似てるが、実は何の関係もない)(←分かっとるがな)があり、そこをどう「天下の某国営放送局」が描き切ってくれるんだろうか、的なトコだったワケで。

結果から言うと・・ムチャクチャ無難でした(=^_^=)

でも、ワタシは初めて『龍馬伝』をオープニングから(ラストまで)観たんだけれども、CG演出が満載のカラフルかつ躍動感に溢れるあの映像は、観たしとなら分かると思うが(=^_^=)ちょっこし『インスタント沼(2009)』の終盤が入ってて楽しかったな。

〜 その他、気付いたこととか 〜

♦梁越し、格子ごし、前ボケ・・などの凝ったアングルの映像が印象的だった!
♦シーンによっての、光&影のメリハリが凄い。
♦岩崎弥太郎(香川照之)の無様過ぎるキャラを眺めてると・・吉川英治の小説『宮本武蔵』に出て来る、本位田又八を連想してしまった。。
♦「足元から」「頭上から」のカメラワークも凝ってた!
♦走るお龍(真木よう子)を追う手持ち(?)カメラ映像に「泥ハネ」が付着してたりも! 何とも「イマドキ映像」やねぇ(=^_^=)
♦プロポーズの言葉に使おうかしらん。「わしら、夫婦(めおと)となるがじゃ」・・ ・・“来世”ででも(=^_^=)
♦イメージが異なるため、ちょっと「有り得ない感」があるも・・もし主役(坂本龍馬役)をオダギリジョーが演じたとしたら・・まさに香川、真木とのトリオが『ゆれる(2006)』の再現だったトコだなァ(・ω・)

追記1:これもウィキ情報で恐縮だが、、

・(前略)いち早く気付いたお龍は風呂から裸のまま裏階段を2階へ駆け上がり投宿していた龍馬らに危機を知らせた。

と言う記載もあれば、

・(前略)1階で入浴していた龍馬の恋人のお龍が窓外の異常を察知して袷(あわせ)1枚のまま2階に駆け上がり2人に知らせた。

と言う記述だったりもする。

肝心の「全裸であったか否か」ってば、どうやら確実ではなかったようだ。。

追記2:結局、この回の「瞬間視聴率」はどうだったんやろ? 「弩助平視聴者含有率」と言い換えても良いのかも知れんが・・(⌒〜⌒ι)

| | コメント (2)

☆『刑事コロンボ/魔術師の幻想(1976)』☆

6日(月曜)の夜。
仕事終わりに“ワーナー・マイカル・シネマズ高松”に向かうでぇ・・と考えたんだが・・「狙ってた、とある作品」の上映開始時間がどうにも都合付かず、結局はすごすごと帰宅するハメになった(×_×)

仕方ないので、21時から放送開始の『刑事コロンボ/魔術師の幻想』(エピソード36)を観ることに。今週も月〜木曜が“コロちゃん強化週間”となってるし!
自室の隅に半ば放置(?!)されてる「刑事コロンボ/完全版DVDボックス」の横長のデカいパッケージがワタシを寂しげに睨んでるような気がしなくもないが・・何だか、折角の放送が気になってねぇ(⌒〜⌒ι)

今回の犯人役も“常連さん(の1人)”とも言うべきジャック・キャシディ氏。
何やらロサンゼルスで石を投げたら、ジャック・キャシディか、パトリック・マクグーハンかロバート・カルプのいずれかに当たりそうな気すらして来る(って、どないなロサンゼルスやねん!)

※ウィキで調べて知った次第だが・・キャシディ氏はこの年(1976)の暮れにご自宅の火災で亡くなられたそうだ。何とまぁ・・

ロス市警のコロンボ警部(ピーター・フォーク)が激突するのは、大魔術王と絶賛されるベテランのマジシャン=サンティーニ(キャシディ)。
“ナチ親衛隊員”だった過去をバラす、とクラブのオーナー=ジェロームに脅されたサンティーニは、十八番(オハコ)である水中脱出マジック「水槽の幻想」の合間に、アリバイ工作をしつつジェロームを殺害する。

鉄壁のアリバイ、動機に直結する文書の抹消・・総てが完璧に思われたのだが・・?


小市民的な刑事(正確には警部)が、様々な職業に就くセレブらをギャフンと言わせるのが、本シリーズの「最大の醍醐味」でもあろうが・・本エピソードでは「攻撃型コロンボ」とでも言おうか、様々なタイミングで、色んな角度から犯人を攻めて行くのが見所とも言えた。

ラストでは、とうとう常日頃から抱えてた不満が爆発したか(?)
「完全犯罪? お言葉ですが、完全犯罪なんてモノはないんですよ・・それこそ、あなたの“幻想”なんです」とまで断言(だんげ)ったりする。
(感情的でもあり)ちょっと珍しいなぁと感じた。

〜 こんなセリフもありました 〜

コロンボ「前から(心臓を)撃たれたんだな?」
    「ドアを開けたのは(ガイ者じゃなく)犯人なんだ」
    「あたしのこの手じゃ何も隠せませんね。小(ちい)ちゃ過ぎて」
    「あたしはただ“やかまし屋の署長”をどう誤摩化そうかってね」
    「“どうしても説明のつかないことの説明”を探してるって訳で」
    「いやいや、あんたは容疑者じゃない」
    「お前、じっとしてないと、もう乗っけてやんないよ」←犬が登場
    「そう。殺しには必ず動機がある。それを探さなきゃ」

サンティーニ“君が「4」を選ぶことは分かっていたさ”
      「マジシャンには“大きくて滑らかな手”が必要だな」
      「トリックを明かすぐらいなら、いっそ殺人を自白した方がラクでしょうな」
      「人は誰しも、独特の才能を持っているものです」
      「君はどうしてこう、くどくどとまとわりつくのかね?」
      「私の場合は、外見が重要なんでね」
      「私を逮捕に来ても、君たちの眼の前で消えたりしないと約束するよ」

ウィルソン「警部は完全主義だからな」

サンティーニ「(私の手錠抜けは)如何?」
コロンボ「思った通りでした」

追記1:殺人現場に「確たる証拠」がそのまま残されてたのには驚かされる。確かに「方法とチャンスと動機」が成立すれば、これはもう逃れようがないだろう。
追記2:相手に1〜4から「任意の数」を言わせ、近くのアイテムの裏をめくらせると・・“君が「※」を選ぶことは分かっていたさ”と書いてある! 分かれば単純だが、この種明かしは(ワタシにとって)けっこう新鮮だった(⌒〜⌒ι)

| | コメント (2)

2010年9月 6日 (月)

☆『刑事コロンボ/仮面の男(1975)』☆

9月2日(木曜)の夜。
衛星第2で“強化週間”っぽく毎夜(月〜木曜)放送されてた「コロちゃん」こと刑事コロンボシリーズの1作(エピソード34)『刑事コロンボ/仮面の男』を“中盤から”ながら観た。

この曜日ってば、全身がズタボロとなってない限り(←いつもズタボロ気味だが)、基本「ジョギングの日」なので、どうやっても序盤の鑑賞は叶わないワケだ。

・・って言うか「DVDボックスセット」をしっかり買ってやがるくせに!(⌒〜⌒ι)

今回は「お前、ロサンゼルスに一体何人のクローンがおるねん!」と、ファンをして喜び身悶えさせる(=^_^=)例の“犯人役の常連さん”=パトリック・マクグーハン(愛称:パトマグ)が再びコロンボ(ピーター・フォーク)と対峙する。

何やら「CIAエージェント」なる正体を持つ経営コンサルタント=ネルソン・ブレナー(パトリック・マクグーハン)(←っておい! さっきの愛称を使ったれよ!)が「極秘任務」と言う大義名分をちらつかせつつ、殺人事件を捜査するコロンボを払いのけようとする訳で(・ω・)

当然ながら「被害者の顔」すらも分かんないままのワタシだが(=^_^=) 今回も色んなセリフから、コロンボと言う人物が“補完”されて行くようで、事件の解決よりも、そっちの方が面白かったカモ(=^_^=)

〜 こんなセリフがありました 〜

コロンボ「(この車は)アメリカには3台っきゃないんですよ」 ←1959年型のプジョー403コンバーチブル
    「(給油は)2、頼む。・・いや、2ガロンじゃなく、2ドル分」
    「窓なんか拭かなくていいよ。前さえ見えりゃそれで十分」
    「居心地が良くて、根が生えちまいそうだ」
    「収支はキッチリしときたくてね」
    「カミさんに知られたら、エラいこって」
    「あたしなんか、ウチの電話番号を忘れちまうことがあります」
    「この音はねぇ・・“ベネチアン・ブラインド”を閉める音なんですよ・・この音です」
    「いいや、夜の筈がないんです。夜じゃありません」
    「どうしてまた、※※を着せとかなかったんです?」

ブレナー「名前などただの符号だよ、君」

コロンボ「その写真をご覧になってどう思われます?」
ブレナー「・・今より若くてハンサムだな」

※「“スパイ”なんて言葉は古いよ。今は“オペレーター”と呼んでいる」
 「コロンボって“気味悪い刑事(デカ)”が来てさ」
 「ブドウはイタリア人の魂ですぞ」

追記:終盤で2人の語るアメリカン・ジョークが、全くもって意味不明だった(=^_^=)

コロンボ「笑い話がありましてね」
ブレナー「ほう?」
コロンボ「・・ある時、ポーカーと麻雀が勝負した」
ブレナー「で?」
コロンボ「前半はポーカーが優勢。だが・・」
ブレナー「後半は逆転、だろ?」

どうやら、アメリカ(ポーカー)と中国(麻雀)の関係を皮肉ってるようだけど・・(・ω・)
事件そのものより、よほど難しいっちぅねん。

| | コメント (0)

2010年9月 1日 (水)

☆今敏監督の訃報を知る☆

先週末。
帰阪し、溜まってるY新聞の記事に眼を通しており・・アニメーション監督=今敏(こんさとし)氏の死去(8月24日付)を初めて知った。

監督と言えば、ご尊顔すら知らなかったが(今回の記事で初めて知った)・・彼の手がけた作品は、意外にフォロー出来ていたように思う。

・・『パーフェクト・ブルー(1997)』『千年女優(2001)』『東京ゴッドファーザーズ(2003)』・・

しかしながら、初めて劇場で鑑賞した『パーフェクト・ブルー』に対し、監督ならではの“独自の解釈による改変”にワタシは良い印象を持てず「散漫で、原作小説(作:竹内義和氏)の持つドロドロしたコアな部分が薄まり、軸もどっかブレてしまったなぁ」と。

・・つまりは面白く感じなかったのだ。

同様の感(違和感とも言えようか)は『千年女優』でも『東京ゴッドファーザーズ』でも覚えた。

が、そんなワタシも「これは観なきゃ!」と劇場公開当時に心に決めてた1作『パプリカ(2006)』だけは完全に鑑賞を見送って(観逃して)しまったのだった。

そしてワタシは、件の『パプリカ』が結局、監督の遺作となってしまったことを知る。
(新作『夢みる機械』を制作中だった、とのことではあるが)

これまた初めて、監督の公式サイト「KON'S TONE」を訪れ、同25日付の日記「さようなら」を拝読するに・・

3ヵ月間の“秘め続けて来た想い”をイッキに、しかし淡々と、ときにユーモラスに(?)まとめておられることには、静かな衝撃を受けたモノだった。

監督のご冥福をお祈りすると共に、今度はしっかりと監督の“独自の解釈”に対峙しつつ、背筋を正して『パプリカ』を観なければな、と考えている。

| | コメント (1)

« 2010年8月 | トップページ | 2010年10月 »