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2010年7月29日 (木)

☆『借りぐらしのアリエッティ』☆

27日(火曜)。
明晩ぐらいから、きっとバタバタと忙しくなって来る(であろう)今週なので「思い付いた時に行っとこう!」と考え、仕事帰りに“ワーナー・マイカル・シネマズ高松”へと向かい、新作の“ジブリアニメ”『借りぐらしのアリエッティ』を観て来た。

正直、余り期待値も高まらぬままに・・シアターののれんをくぐったんだが(←居酒屋かい!)・・結論から言うと、近年のジブリ作品の中では一番のお気に入りとなりそうな・・気のする1作だった。

『ハウルの動く城(2004)』『崖の上のポニョ(2008)』と、宮崎駿カントク作品に関しては「妙に散漫で、不親切で、小難しく、押し付けがましくもあり、爽快感やダイナミックさに乏しく、わがまま老人が意地だけで完成させたようなアニメーション」と直感的に受け取ったワタシだが、本作は宮崎色が少し後退してると言おうか(←監督じゃないので当然だが)・・とにかく「こぢんまりとして分かり易い」のが良かったかなと。

「小人が出て来る」ってこと自体、それだけでムチャクチャにファンタジーで有り得にくい(←有り得ない、とは言うまい)世界観なんだが、そこに「少年期」「ひと夏」「郊外の町」なんてな“限定的要素”が土台として組まれてるので「登場人物の妄想かも」と考えても、それなりに納得出来そうな感があるのだ。
「広いエリアを架空っぽい設定が暴れ回る」ってタイプじゃないので、その点に好感を覚えたのやも知れない。

あの年の夏の1週間、僕(語り手の少年=翔)は、とある事情から郊外にある古い屋敷へとやって来ていた。

到着したその日、僕が庭で見かけたのは、僕の母=ナツミもまた幼き日に目撃したと言う“小人”であった。

一方、屋敷の床下に両親と暮らす、14歳の小人の少女=アリエッティは“初めての借り(≒狩り)の旅”をその夜に控え、胸の高鳴りを抑えられないでいた。

むろん、僕はまだその時、このアリエッティとの間もなくの出会いを想像すらしていなかった・・

予告編のモノローグ(独白)から、ストーリーが「翔の立場で語られる」と予想してたので、、決してそうじゃない構成には・・結構な驚きがあったな、ワタシは(・ω・)

おハナシそのものは、こぢんまりと分かり易くまとまってるので、ここで余り触れる必要もないかな、と思うが・・やはり「観客にとって、翔の性格&行動が予測出来ない」って点は、ドキドキさせられつつ「お前が語り手とちゃうんかい!」的な、若干のストレスを感じさせられてしまったかも知んない(そんな観客ってマイノリティやろか?)

また(登場する動物&昆虫に関し)「擬人化」される/されないの規準がハッキリ分からず、そこにもモヤモヤ感の残ったワタシだった。

まぁ色んな点で、観客各位の“柔軟さ”“寛容さ”の試される1作であり、ジブリ側は本作で観客の反応・感想を探りながら、今後の“宮崎カラーの薄めて行き方”を方向付けて行くのかも知んない??

〜 こんなトコもありました 〜

♦舞台となる町は、クルマのナンバーから「多摩界隈」ってことらしい。ジモティはさぞ興奮するんやろか?
♦アリエッティが何シーンかで頬を赤らめるのが、なかなかキュートだった! もっと多用して欲しかった!(=^_^=)
♦“腰にさしたまち針”“小川を流れる船(?)”“巨人(的な人間)”などから・・某「にっぽん昔ばなし」を連想してしまった。←製作側も意識はしてるハズ!
♦「多摩ナンバー車」「ネズミ捕獲業者」「宅配便」などの“時代&場所を特定し過ぎる存在(要素)”は、私的にややウザく感じた。『魔女の宅急便(1989)』のような“いつの時代かの何処かの街”でも別に良かったような(・ω・)
♦“悪役キャラ”とでも言うべき某人物。如何にも「まずあの(声をあてた)女優さんありき」でキャラ造型を進めてった気がする。ハマり過ぎだから。。
♦「まち針」「弓矢」などはもっと“ネタ”として活用すべきだったのでは?
♦全体的に、小人族の人々って「見つかり過ぎ」な気がした。
♦翔を眺めてて、何故だか『キャプテン翼』ってサッカー漫画に登場した“三杉くん”と言うキャラを連想した。
♦第4の小人キャラが登場した瞬間、観客の中には「ジムシィ!」と心の中で叫んだしとも決して少なくなかったんではありますまいか?(⌒〜⌒ι)
♦小人族の放った“渾身の一矢”が人体に刺さった場合、何処までのケガを負うんやろ?
♦「カラス突進」のシーンがやや長かったんだが、あそこはコミカルに描いてたんやろか?
♦小人の“声”ってば、そばの人間にとって「聞こえる/聞こえない」「聞き取れる/聞き取れない」って差があったんやろか?
♦ラスト、いきなり何の脈絡もなく(=^_^=)トレンチコート&四角い顔の警部が現れ・・「いや、きゃつらはとんでもないものを借りて行ってしまいました・・あなたの心です」などと言いのけて欲しかった(=^_^=) ←それ、好きやねぇ(=^_^=)
♦翔の読んでた本は、バーネットの『秘密の花園』っぽかった(・ω・)
♦エンディングとなるタイミングが、私的には「エエやんか~!」と感じた。ラストの「おわり」って表示も、いつものジブリらしくて良い。

〜 こんなセリフもありえってぃ(おい) 〜

翔「・・怖がらなくていい」
 「・・今日、庭で君を見かけたよ」
 「家族が・・いるんだね?」
 「姿を見せてくれないかな? 少しでイイから」
 「やっと来てくれたね」
 「君たちは・・“滅び行く種族”なんだよ」
 「美しい種族たちは、この地球の環境の変化に対応出来なくて・・滅んだのさ」
 「ホントは・・死ぬのは僕の方なんだ」
 「今度は、受け取ってくれると嬉しいんだけど」
 「君のお陰で・・生きる勇気がわいて来た」
 「君は僕の※※の一部だ」

アリエッティ「あたしたちは、そう簡単に滅んだりはしないわ!」

父「ネズミと出くわすと厄介なんだ」
 「“挑まなくていい危険”と言うのもある
 「これは人間が人形のために造った家だよ」
 「ここにあるものはダメだ。借りて行くとすぐ人間に知られてしまう」
 「人間の子供が増えたそうだ」
 「子供は病気のようだから、心配ないだろう」
 「私の調べが足りなかったな」
 「人間がこの先どう出るか・・注意深く見極めてからでも遅くはないだろう」
 「決して、手を出してはいけないよ」
 「我々は、生き延びなければならない」
 「そんなに沢山は持って行けない」
 「もう少し、様子を見てみよう」
 「お前は家族を危険にさらしているんだぞ? 2度と関わり合うな」
 「・・済んだことだ」

母「あら? これはローリエ?」
 「これだけあれば・・1年はもつわね」
 「外には危険な生き物がいっぱいいるのよ」
 「子供の方が凶暴なことが多いわ」
 「3人でまた、新しくてステキなお家を造りましょう」
 「ここを棄てなきゃならないのね・・でもこんな良い家が、他にあるかしら?」
 「いつか“本物の海”を見るのが、私の夢なの」

※「“ドロボウの小人”が出たんです」

翔「今までずっと気付かれずに?」
アリエッティ「・・多分」

アリエッティ「・・何て大きいの」
父「人間の暮らす世界だ」

アリエッティ「お父さん、借りって楽しいね」
父「・・・」

追記:アリエッティのご両親が「母:美人」「父:コミカル」ってなパターンのも観てみたかった(=^_^=)

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2010年7月28日 (水)

☆“リー先生、はや今年があなたの生誕70年にあたるのですネ”☆

26日(月曜)。
流石にしんどく・・仕事が終わると、さっさと帰宅させて頂いたこの日。

「久々に部屋の片付けにでも取りかかろっかな~」と漠然と考えてたワタシだったが、
何気なくネットで(衛星の)番組スケジュールをチェックしてたら・・今夜から、衛星第2では“リー先生”ことブルース“怒裸権榎道”リー(伝説の肉体派アクション俳優、故人)の特集が組まれるようで・・

その第1弾たるドキュメンタリー番組『それはブルース・リーから始まった/最強アクションを巡る旅』ってのを観てしまい、結局「他のことをやるハズの手」はピタリと止まってしまったのだった(×_×)

案内人は“リー先生”と深き親交のあった、倉田“爺面七重吾”保昭氏。64歳、とまだまだお若い! 彼が(現在の)香港の街をメインに、当時の「ブルース・リー主演作」に関わった人物をぶらり訪ね歩く、みたいな展開だった。

私的には、レイモンド・チョウ、ダニー・イノサント、シー・キェン、ノラ・ミャオ、ベティ・ティンペイ(←う・・)など・・“リーファン”にはお馴染み(?)の関係者各位を倉田氏に“アポなし突撃インタビュー”して欲しかったトコだけど(←マ※ケル・ム※ア監督かい!)・・コアな感じのしとたちは、思ったほど出演されなかったかな。既に物故者も少なくないンかも知れないが・・

途中、ちょっと他の用事があり、画面から注意のそれてしまう一幕もあったが・・改めて下記の各点を知り感心もさせられた。

♦“リー先生”が(アクション俳優とし)活躍した期間はわずか3年ほど。
♦『燃えよドラゴン(1973)』封切りの3週間前には、この世を去ってしまってた(×_×)
♦それまでの“功夫(クンフー)”アクションに「蹴り技」を意欲的に取り入れた。
♦「武術に“型”を結び付けて考えること」を好まなかった。
♦『燃えよ〜』の当初のタイトル(企画段階)は『血と鋼』或いは『ハンの島』なる“無難な路線”だったが・・“リー先生”の要望で『ドラゴン登場(Enter the Dragon)』に変えられた。
♦『燃えよ~』の冒頭で“リー先生”に指導を受けてたあの少年は・・その後アクション監督となった。「当時17歳だった」と語るトン・ワイ氏。
♦「脚だけでなく、腰全体で蹴るからこそ(蹴られた)相手は吹っ飛ぶ」と、その蹴りの威力が解説されてた。
♦「ザコ相手なら(倒すのは)1撃で十分。強い敵が相手なら“もう少し”長く闘えば良い」と格闘シーンに対する「演出持論」を語ってた。
♦ジョギングしながらでもシャドーキック(?)をしてはったらしい。
♦自由自在な回し蹴りは“刈り取るような”“巻き取るような”動きと表現されてた。確かに!
♦果し状を受け闘った相手を、わずか3分ほどで倒したそうだが「30秒以内に倒せなかった」とすこぶる不服だったらしい(⌒〜⌒ι)
♦「ブルース・リー財団日本支部」と言う組織が実在することを知った。。因みに財団本部の会長&代表は、と言えば・・ううむ。。

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2010年7月26日 (月)

☆『インセプション』☆

25日(日曜)。この週末は帰阪せず、四国圏内で過ごした。

予期してたことではあるも、目まぐるしいこの土日だった。
仮にコレを、清水義範氏の代表作(=^_^=)『国語入試問題必勝法』にならって6文字以内でまとめると・・「色々あった。」って感じやろか(=^_^=)

本来なら、この日曜は(高松の)家に戻り、グタ~ッと過ごしたトコであるが・・どうしても気になる1作があり、それを夕方から“ワーナー・マイカル・シネマズ高松”で観て来た(=^_^=)

・・むろん『インセプション』である。

監督:クリストファー・ノーラン+主演:レオナルド・ディカプリオ(&助演:渡辺謙)で描く“夢と潜在意識下の世界”の物語である。
ってことで、思いっきし期待値を高めてシアター内に突進(=^_^=)したワタシであったが・・

“とある過去の事情”から、祖国(アメリカ?)を離れ、今や2人の子供とも疎遠となったままである主人公=コブ(ディカプリオ)は、パートナーのアーサーと組み“ある専門的な仕事”に取り組んでいた最中、“標的(ターゲット)”であったサイトウ(渡辺)に計画を見破られてしまう。
だが何故か、彼に逆襲するでもなく「君の過去をクリーンにし、君が大手を振って(?)帰国出来るよう手筈を整えるから、私に力を貸して貰いたい」と持ちかけるサイトウ。

彼を狙った“仕事”の失敗した以上、雇い主も黙っていようハズはなく・・コブにとっても、これは「足を洗う」1つの契機でもあった。

サイトウの狙いは、フィッシャー父子の経営する巨大企業。
この帝国を“内部から崩壊”させるため、現社長=ロバート・フィッシャー(キリアン・マーフィー)の“潜在意識”に潜り込み、彼の訪れる(夢の)世界そのものを構築し、彼の意識に“あるアイデア”を植え付ける(=インセプション)と言う難解な“仕事”に着手することとなったコブ。

彼は相棒のアーサーを筆頭に、“設計士”のアリアドネ、“偽装士”のイームス、“調合師”のユスフの各精鋭を集め・・そして依頼主であるサイトウ自身を加えた6人のチームでロバートの“夢”に潜入するのだったが・・

企画そのものは確かに素晴らしい!
誰もが考えそうで、一歩実現にまで着手しなかったアイデア(おお!)を映像化し、1ツの物語にまとめ上げたノーラン監督の才能には素直に感心する。

が、一方で「監督のわがまま&押し付け世界観」に延々付き合わされる、と言う“疲労感”に襲われ続けたのも、、正直なトコ事実だった。
何と言おうか・・「ケレン味に欠く」+「爽快感に欠く」+「上映時間が冗長」=「しんどくてつまんない」ってことなのだ。
も少し「観客に爽快感を与える(映像)演出をピンポイントで盛り込む」か、それがムリなら「上映時間を2時間以内にまとめる」かをやって欲しかった。

ノーラン監督の作品としては『メメント(2000)』の衝撃がやはりワタシの中で(今なお)大きく『インソムニア(2002)』『バットマン・ビギンズ(2005)』はイマイチと評している。
『フォロウイング(1998)』と『プレステージ(2006)』は未見なので何とも言えないが・・ちょっとワタシの中で「ノーラン監督って・・エンタテインメント作を撮る、ちぅ才能に(根本的に)欠けとるのとちゃうやろか?」と感じてしまった。

思い返せば『ダークナイト(2008)』も「ヒース・レジャーをあのタイミング、あのキャスティングで配してなければ」さっぱり面白くも印象的でもなかったようにすら「捉え直してる」ワタシである(・ω・) (かの“バットポッド”の登場シーンなどは、確かにすこぶるカッコ良かったけど!)

そもそもが“潜在意識下”をネタにするなら、筒井康隆氏の小説『パプリカ』(←アニメ版は未見どす、、)や『マトリックス(1999)』シリーズ、『トータル・リコール(1990)』『攻殻機動隊(1995)』『ダークシティ(1998)』『イグジステンズ(1999)』など、なんぼでも参考にし、研究し、パクリ(=^_^=)、より「面白く」仕上げるやり方は幾らでもあったハズで・・

そんなワケで、世間的には「2度、3度と観直さないと!」みたいな(鼻息荒い系の)ブロガー評価も一部にあるんだろうけど・・ワタシはキッパリ「こんな忍耐を強要される、爽快感のない作品は2度も劇場で観たくないわ!」と言わせて頂きたいっ。

~ こんなトコもありました ~

♦“夢の世界”と言えば、ワタシなどは真っ先に「空を飛べる」「銃弾を避けられる」ぐらいの(飛躍的な)演出を連想(かつ期待)するんだが・・妙にその辺りまでは踏み出せてなかった。重力は存在するし(妙なカタチでだが)、痛みを感じても目覚められないし(その割に、生身(?)に転倒&着水などの変化(=キック)を与えたら、すぐ起きるらしい?)。
♦オープニング。いきなり本編の後半(?)から物語が始まり、かつニホンゴがばんばん飛び交っててびっくり。間違えて“吹替え版”を選んじゃったかと思った。。
♦効果的に用いられてた楽曲はエディット・ピアフの歌う“Non Je Ne Regrette Rien(水に流して)”って1960年の1曲らしい。
♦カメオ的(?)な助演だったが、ピート・ポスルスウェイトおじさんもお元気そうに出たはった(って言いつつ。劇中でくたばってはったけど)。。
♦こここ、このおっちゃんが、トム・ベレンジャーの現在のお姿ですか・・(×_×) バーンズ軍曹よ、今いずこ、、
♦渡辺謙、マイケル・ケイン、キリアン・マーフィーの共演から“バットマン同窓会”の印象もあった?
♦市街地が眼の前で「垂直」に折れ曲がっとる場所があったが、あそこにクルマで突進したらどうなるんやろ? ワタシの想像では、壁にぶつかった瞬間、先の道路に対し(ボンネット部を下に)突っ立ったような「倒立状態」となり、そのまま「前転状態」でグシャ~ッ! と倒れ潰れるんじゃないか? と思うんだが?
♦ラストシーン。エンドロールが始まるや、周囲で次々と席を立つ観客が多く、逆にビックリした。君ら「エンドロールの後にもう1シーン(1カット)あるのかも」ってな“想像力”が全くないんかい?
♦「橋上から転落したクルマ」が着水するまでに1時間ぐらいかかってた(=^_^=) こんな長ったらしい展開ってば“映画史上初”かも知んない!
♦冒頭で、とある人物がムチャクチャな「老けメイク」で登場するも・・「夢に潜入出来る」ぐらい進化した未来(?)なら、もうちょっと「老化を防ぐ、遅らせる、誤摩化す」ってなテクニックが発達してると思うんだが。
♦旅客機(ボーイング747)を1機、まるごと「舞台」に仕上げるために・・航空会社ごと買収しちゃってた太っ腹なサイトウさん。いや、だからその資金で「抗加齢の研究施設」でも造れよ、と(=^_^=)
♦“虚無”って表現を耳にしたのは『ネヴァーエンディング・ストーリー(1984)』以来な気もします(・ω・) え? 『猟奇的な彼女(2001)』の主人公? そりゃ「キョヌ」だっての!(=^_^=)
♦「抜き取る(エクストラクト)」の反対が「植え付ける(インセプション)」と言うことらしい。
♦金庫の中に入ってたのが・・ボロボロの麻袋(かぶれるヤツ)だったら面白かったのに(=^_^=)
♦夢の世界に登場する通行人は「当人の潜在意識の投影」とセリフの中で解説されてた。とすれば“どっちかと言えば人嫌い”なワタシの場合、通行人はぐっと少ないか、全く存在しないか、そんなトコやろか(=^_^=)
♦夢と現実を見分けるアイテムをさして“トーテム”と言うそうだ。それが例えば独楽(こま)なら動き(=回り続ける)がその参考となるけど・・チェス駒やダイスの場合、どう役に立つんだ?
♦も少し“チームプレイ”演出をメリハリつけて描いたら『ミッション:インポッシブル(1996)』シリーズっぽい“スパイアクション”風にも仕上がったのに(・ω・)
♦「一緒に齢を重ねよう」・・グッと来るプロポーズの言葉なんやろね・・お互い若い時には(⌒〜⌒ι)
♦「乗った列車の行き先なんて何処でも構わない・・2人一緒だから」・・お互い若い時には、そう思うんやろね(⌒〜⌒ι)
♦ディカプリオが追っ手を振り切るべく「思いっきり狭い通路(って言うか隙間)」を強引に通り抜けるシーン。如何にもディカ様の“撮影現場アイデア(=^_^=)”による「わし、太ってまへんで〜」的なアピール演出を感じた(=^_^=)
♦本作最大の見所(の1ツ)でありつつ、見せ方に大失敗してる感じの「THE無重力ホテル」(←三※幸喜?!)でのアクション。勝手なワタシの想像では「大型(?)飛行機内にホテルの廊下セットを原寸大で製作(再現)し、何度も急降下させて撮影した」ってな『アポロ13(1995)』方式(の撮り方)なンだが・・さて??(=^_^=)
♦死を目前にし、爆弾リモコン(?)を手に待ち受けるあのしと。どうにも『ターミネーター2(1991)』のダイソン博士の「ご退場シーン」と印象がかぶってしまいましたなァ。
♦でっかい2枚の鏡が登場するシーン。当然のことながら「撮影してるカメラ自身」などを映し込むハズもないんだが・・「おお、映ってない!」と妙に感心してしまった(=^_^=)

〜 こんなセリフもありました 〜

コブ「この世で最も強い寄生物を? 強い感染力を誇る・・その名も“アイデア”だ」
  「“愛の巣”を隠し通すのも大変だ・・何せ人妻は口が軽い」
  「シンプルに行くか?」
  「まずは君の実力を試したい・・この仕事が“合法”じゃないが故に」
  「難解な迷路を1分間で書け」
  「覚醒中は、脳の一部しか使われない。だが夢の中では“無限”だ」
  「夢では、思ったことがそのまま起こる。それが自然過ぎる故、夢だと気付かない。
   つまり・・夢を見ている間、当人にとってはそれが“現実”だ」
  「知らぬ間に、人は夢の中にいる。
   例えば、君はどうやってここへ? そもそも、ここは何処だ?」
  「現実の5分間が夢の中では1時間。その5分間で何が設計出来る?」
  「夢では“感情の影響”が大きい」
  「記憶を再現するな。現実が混乱する。新しいものだけを設計するんだ」
  「夢の設計を知ってしまった以上、現実だけでは満足できなくなるさ」
  「植え付けた種は“アイデア”として芽生え・・その相手の人生を変えることだってある」
  「俺は“ウワサ話”なんかじゃ動かない」
  「感情は潜在意識に左右され易い」
  「層が深くなれば・・少しの刺激で夢は崩れる」
  「俺には“夢の世界”しかないんだ・・そこでは君と一緒にいられるから」
  「俺には“償うべき過去”がある」
  「待ち伏せされてたんだぞ! 潜在意識の武装化だと?!」
  「夢の中で現実を思い出すのは難しい」
  「警備兵を殺そうが構わないさ。ただのカゲだ」
  「君は(本物の)カゲでしかない」

サイトウ「この絨毯が大嫌いだった。しかしウール製でね。
     ところがこいつはポリエステル製・・つまりここは“私の家の中”ではない」

ロバート「ここに500ドルある。財布自体はもっと高い。全部やるから降ろしてくれ」
    「僕が誘拐されれば、保険金が1000万ドル支払われる。満足だろ?」

老人「わしを殺しに来たのか?」
  「これを・・遠い昔に見たことがある」
  「お前は、夢で会った男かも知れん」
  「今や・・わしは孤独に死を待っておるだけだ」

アーサー「遊ばれてるぞ!」
    「夢が崩れるぞ!」

イームス「どうせここは夢の中だ。派手にブチかませ!」

アリアドネ「夢は“視覚的なもの”とばかり思ってたわ」

モル「私を見つけに来て・・あなたのすべきことをして」 ←ちと『サイン(2002)』ぽいひと言(=^_^=)
  「どう理解を? あなたに愛の何が分かるの?」
  「※※して現実に戻らなきゃ」
  「私を信じて、そこから飛んで」 ←いやいやいや・・(⌒〜⌒ι)

※「夢を護りたいなら、私を受け入れろ」
 「“夢の中の夢”か・・」
 「教えてもイイが・・まずは尾行をまけ」
 「彼らはここに“目覚め”に来てるのさ。夢が現実な人間だっている」
 「失望したぞ・・お前がこのわしを真似ることにはな」

モル「この高さから落ちたら、死ぬかしら?」
コブ「・・落ち方による」

モル「窓から何処へ?」
コブ「外の空気を吸いたくてね」

コブ「脅しなど“夢の中”では無意味だ」
※「“脅し方”によるんじゃ?」

アーサー「たった今から、決して“ゾウのこと”を考えるな。
     ・・さぁ、あんたのアタマに何が思い浮かんだ?」
サイトウ「さあな・・ゾウかな?」

コブ「“教授室”はお嫌いですか?」
教授「“物置”じゃ、とても思索など出来んよ」

コブ「あなたに“父親らしい振る舞い方”は教わってません」
教授「“盗み”もな」

アリアドネ「何故(飛んで来た破片を)避けるの?!」
コブ「感覚はリアルだからだ。尖った破片が刺されば、痛みだってある」

アリアドネ「私たち、周囲に見られてるわ」
アーサー「それは、(僕らが)キスしたからさ」

追記1:最近、とみに感じるのが“ワ※ナー・マ※カル・シネマ※高松”(←伏せ字になってないよ!)のチケット売場の対応の遅さ。上映開始時間が迫ってるのに窓口を増やす訳でもなく、たらたらと(ディスプレイ画面の)空き座席をご丁寧にお客様に案内したりしてる。親切なのは、確かに素ン晴らしいことなんだけど・・後ろがつかえてるってことをも少し気にして欲しい・・あ、ここでぼやいたって何の意味もねぇか(・ω・)
追記2:予想以上にシアターが「空き座席いっぱい」で喜んでたら・・購入したチケットに『プレデターズ』と印字してあった。いや、ソレはもう観ねぇってば! ちゃんと言われた作品のチケットを打ち出せよ! ・・だからこんなトコでぼやいても何の改善にも繋がらないってば(=^_^=)

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2010年7月23日 (金)

☆『嫌われ松子の一生(2006)』☆

21日(水曜)の夜。

最近は、帰宅後に“あらゆるヤル気”が激減してってる感じで・・ゴロンと横になったり、横になったまま寝てしまい、気付いたら朝だったり、とちょっと自身の“ダメダメぶり”に拍車すらかかっとる気がする(・ω・)

まぁ「きっと身体が悲鳴を上げてるンやろ」とプラスに解釈し・・ゴロンと横になったり、横になったまま寝てしまい、気付いたら朝だったり、とお脳の命じるままに過ごしてるんだけど(・ω・)

そんな昨夜。

「何か面白ぇ番組、やってねぇかなァ〜」とTVのチャンネルをガチャガチャやってたら(←ダイヤル式かい!)・・BS-TBSで『嫌われ松子の一生』が放送されてたのを発見し・・ついつい前半からながら観てしまったのだった。

思えばこの作品ってば・・2008年9月1日(月曜)の夜、期待の“地上波初放送”を(奇しくもTBSで!)観始めたら・・放送開始約20分後にいきなし(番組が)打ち切られ、頼んでもない(=^_^=)福田首相(当時)の“あなたとは違うンです辞任会見”が強引に始まってしまったのだった。
「あの夜以来の鑑賞なんだよなぁ」と、ふと懐かしくなってしまった。
当時は大阪におったんやもんなぁ・・

何だか全身がダルかったもんで・・敢えて(=^_^=)「メモなし」で鑑賞に専念することに決めたら・・妙にセリフを追いかけることもなく、寛いで楽しめたが故か・・期待以上に、ムチャクチャ面白く観ることが出来た! 

女教師=川尻松子(中谷美紀)が“不幸”とか“ダメ男”に翻弄されつつ・・(一見)「思いっきり悲惨な生涯」をカラフル&ポジティヴな(=^_^=)ミュージカル的妄想で突っ走る一代記。

人生の最期、川べりの原っぱで惨殺遺体(?)として見つかった松子。彼の甥である笙(しょう)(瑛太)が、亡き伯母が晩年を過ごしたおんぼろアパートを訪れるトコロから、この物語は始まる・・

終盤(←つまり、冒頭に繋がるんだが)でこそ、やや物語が失速し、もっさり感が目立ってしまったようだが・・後半に至るまでのスピード感・ハイテンションさ・悪ノリぶりってばもの凄い!
シーンによって、あからさま(?)に『シカゴ(2002)』『ダンサー・イン・ザ・ダーク(2000)』『チャーリーとチョコレート工場(2005)』『ムーラン・ルージュ!(2001)』などの“印象的なミュージカルパート”を巧くアレンジしてるような、中島哲也カントクのしたたかな(?)演出手腕には、正直恐れ入る。

このカントクさんと言えば、本作に続く『パコと魔法の絵本(2008)』と『告白(2010)』しか観てないんだが(『下妻物語(2004)』は“地上波初放送”分をHDレコーダーに録画したままなのだ・・たぶん)・・改めて「本作こそが突き抜けて凄まじい!」と実感した次第。

ご本人は(この手のを)もうやりたくないのかも知んないが・・こう言う路線で「容赦なくやりまくった」方が、結局は“中島カラー”を明確に打ち出せるし、世界に向けてアピールもし易いように思うな、ワタシは(・ω・)

どうやら、本作のDVDソフトって、副音声で「オーディオ・コメンタリー」が収録されてるらしく、ソレが何やらメチャメチャ面白そうに思う。
気が向いたら“あまずぅん”でクリック(=購入)しようかなァ・・ ←購入そのものは何の苦もないンだが・・きっとしばらくは(パッケージの)開封もすまい、と思うとちょっと躊躇ってしまうのだ(⌒〜⌒ι)

なお、公開当時、劇場で観た際は、とにかく荒川良々氏の出演に「この人は、エエなぁ〜」と思ったもんだが、今回は“1シーンのみの出演”ながら、思いっきりインパクトのあった嶋田久作氏が良かった!

ソレにしても本作って・・自然な(まともな)色合いのシーンなんて、1カットすらなかったような気もするネ(=^_^=)

〜 こんなセリフもありました 〜

松子「でもいい・・殴られても、たとえ殺されても・・“独りぼっち”よりはまし」
  「あたしはね・・この男と一緒だったら地獄へだってついて行く・・それがあたしの幸せなの!」

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2010年7月21日 (水)

☆『トイ・ストーリー3:3D【吹替え版】』☆

20日(火曜)。
連休明けでもあり、この3日間の「体力消耗」「財力消耗」「時間消耗」の各反動がタッグを組んで襲って来た感じで、ちょっと休み前の感覚の戻り切らぬ部分があった・・かも知れぬ1日だった。

昼食をゼリー系の栄養食(?)でちゃっちゃと済ませ、その時間を割いてまで「ROOTS RECORDS」と言う(ご近所の)CDショップ店内で、昼休みの殆どを費やしてしまったのもアカンかったのかも知んない。。
案の定、また1枚買っちゃったし(⌒~⌒ι)

仕事後に“ワーナー・マイカル・シネマズ高松”へと向かい・・「精神的な疲れを、手っ取り早く回復させよう」ってことで、狙ってた(一応)1作『トイ・ストーリー3:3D【吹替え版】』を観てから帰宅した。
出来れば【字幕版】が観たかったトコだが、どうやら(ここ高松じゃ)そんな選択肢など、なかったようで、、(・ω・)

刻は流れ・・シリーズ(1995)(1999)において長らく“子供”だったアンディ君も、今や17歳の「性も知れば、銃も撃つ(←おいこら!)」青年に逞しく成長を遂げていた。

彼は実家を離れ、遠くの街の大学に進学することに。

母の言いつけで、少年時代を常に身近に置いて過ごした“おもちゃたち”の片付けに取りかかるアンディ。
「大学(に持って行く)」と書かれた段ボール箱、「屋根裏(に片付ける)」と書かれた段ボール箱、「黒いビニール袋【大】(に入れゴミに出す)」の3ツに“仕分け”される“おもちゃたち”・・

だが、とある手違いから「屋根裏」行きだったハズの“おもちゃたち”は、まとめてゴミに出されることとなってしまう。

唯一「大学」行きの箱に入れて貰えた(主人公である)カウボーイ人形=ウッディは(自ら)箱を飛び出し、仲間たちを救おうと奮闘する。

辛うじて彼らをゴミ置き場から解放したウッディだが・・仲間たちの「アンディに見捨てられた」と言う疑念を払拭することは叶わず、彼らは“新天地”であると耳にした「サニーサイド保育園」で“第2の人生”を送ることを選択する。

「サニーサイド」に辿り着き“元気な子供たちと一生、遊んで貰える!”と興奮気味な仲間たちを眺めつつ、、1人「何処か釈然としない」思いを抱えるウッディであったが・・

取り敢えずの“シリーズ完結編”ってことで、冒頭から「何やら悲しそうな展開が予想されるなァ」と直感したワタシであるが・・まぁ流石は“デ※ズニー印”って感じで、そつなくまとまってた感じ(・ω・)

1作目&2作目を殆ど忘れてしまったワタシでも、すんなり“その作品世界”に入って行けたのは「前作からの繋がりにとらわれることなく、ノビノビと(物語世界を独立させ)描かれた脚本」故の強みだったのかも知んない。

“絶対悪”の存在を配さなかったのも、制作陣のこだわりだったろうか?
振り返るに、最も残酷だったのは「年少組(=イモムシ組)の、無邪気で暴れ盛りな子供たち」とも言えた(⌒〜⌒ι)

私的には「ウッディ&ブルズアイ(愛馬)」「ウッディ&ジェシー(カウガール)」の“ツーショット”をもっと観たい気もしたか。

(前述の通り)過去の(シリーズの)流れをすっかり忘れてしまったワタシだが・・ウッディにはウッディなりの“愚直なまでに思いやりのあるキャラ造型”が極められ、バズ(=宇宙飛行士人形)にはバズなりの“マンネリでない、新たな(=^_^=)性格付け”を持たせてるのも「エエ仕事したはりますなァ」と感心させられることしきり。

「CGアニメーションとして」「3D作品として」のそれぞれの“(映像的な)斬新さ”こそ余り感じなかったが・・それ(斬新さ探し)に気を逸らせぬ程に“スムーズで自然な映像表現”が功を奏したとも言えるのだろう。

ってことで「小手先の映像でなく、物語性で(ベタながらも)魅せる」と言う点では、大いに成功してたし、現時点で最高レベルの“ピクサー作品”ではあるんだろうな、とすんなり(そこは)認めちゃうワタシだった(=^_^=)

〜 こんなトコも 〜

♦私的には「大したメガネでもないかなァ」と思ってる“リアルD”型の3Dメガネ。「軽い&清潔」が最大の(?)ウリらしい。
♦冒頭の短編作『デイ&ナイト』。主要キャラ(2人)のチープなヴィジュアルイメージに対し「つい、ナメて観てしまう」が、映像処理的にはなかなか独創的(?)で鮮烈な描き方をしてる! あ、トムクルの最新主演作『ナイト&デイ』とは何の関係もないんやネ(=^_^=)
♦(今回は)登場して来ない(シリーズの)おもちゃキャラもチラホラ・・
♦冒頭の“妄想シーン”に登場する“おさるの爆弾”・・ちょいとあの炸裂表現(≒キノコ雲)が生々しいと感じたが、、(×_×)
♦アンディのやんちゃな妹=モリー。要注意キャラかと思いきや、そうでもなかった。。
♦本作も「デイヴィス一家のパパ」が一切登場しないことで、母&子のドラマが「イイ絵」に仕上がってた。やっぱし「オヤジは登場させない」方がエエんやろね(⌒〜⌒ι)
♦ゴミ袋(←3層構造の高密度ポリエチレン)に入れられたおもちゃたちが「息が出来ない!」と騒いでるシーンに・・グッと来るモノがあった。コレをおもちゃに言わせる脚本家の感性ってばスゴい!
♦「神サマ〜!」とか叫んでるあいつら(3人衆)が後半で「即死した」と考えてると・・その後の展開には(まんまと)驚かされるハズ(・ω・)
♦「セリフなし」ながら、ス※ジオジ※リを代表する“あのキャラ”が元気に動き回ってた☆
♦映像のあちこちで「日本語表記」してる“芸の細かさ”に感心した! 上映国ごとに、映像&セリフ面の“味付け”を微妙に変えてるのかも知んない!!
♦中盤以降の“脱獄モノ”っぽい展開が面白い。過去の脱獄者の(失敗の)顛末が描かれる映像演出なんかは『オーシャンズ11(2001)』みたいで、印象的だった。
♦アンディ少年の“妄想世界”では、少なくともクルマは擬人化されてなかったようだ(・ω・) ←容赦なく“真っ2つ”になってますた(×_×)
♦※※の「※※※※※モード」ってアイデアは、きっとスタッフの誰かの嫁はんがアレを習ってるか教えてるかしてて、そっちから持って来たモノじゃないか、と妄想するワタシ(=^_^=) あ、そう言や・・ハビエル・バルデム&ペネロペ・クルスのご両人、おめでとうございます! 2人と“それぞれ共演したことのある人物”があのトムクルってのも面白い(⌒〜⌒ι)
♦劇中、最もリアルで人間くさかった“ケン”(=^_^=) どうにも、彼を眺めるたび“絶頂期だった頃のデヴィッド・ハッセルホフ氏”を連想しちゃうンですけれども・・(⌒〜⌒ι)

〜 こんなセリフも 〜

ウッディ“裁判所で、検事とデートしな”
    “誰かが泉に毒を入れたな?”
    「おい、落ち着けよ。“こう言う日の来ること”は分かってたろ?」
    「自信なんてないさ・・でも他に何て言う?」
    「違う! それはゴミじゃないんだ!」
    「舞い上がるな。真実をしっかり見とくんだ」
    「“アンディの連れて行くトコ”にいるのが、俺たちの仕事だろ?」
    「“足の裏”を見ろ! そこに誰の名前が書いてある?」
    「あれは・・※※の光じゃない・・!」
    「放っときゃイイさ。仕返しする価値もない」
    「“さよなら”じゃないぞ」

バズ“無限の彼方へ、さぁ行くぞ!”
  「カッカする気持ちも分かるが・・それは今ではない」
  「“任務”は終わった」
  「俺がどんな眼に遭ったか・・言っても信じて貰えないだろうな」

仲間たち「俺たち、ネットで幾らで売れるのか見てみよう」
    「良くもあんなことが・・」
    「大事なことは“みんなにとって何が一番イイか”だ」

レックス「何でこう言う時って、時間の経つのが遅いの?」

ポテトヘッド「“屋根裏の件”じゃ色々と文句を言ったが・・アレは全部取り消す」

ジェニー「権力は、どんな時も“統治される者の同意”から生まれるのよ」

ロッツォ「それを今、言おうと思っていたのだ」
    「彼らには“我々に耐えられぬ苦難”を引き受けて貰っているのだ」
    「持ち主さえいなければ、棄てられる哀しみもない」

※「“最も理解し難いことこそが、最も美しい”と思うのです」
 「良く聞け。ここにはここのやり方ってモノがあるのだ」
 「逃げたいなら、まずドアを開けなけりゃ始まらない」 ←ちょいと名言気味(=^_^=)
 「じっと隠れてたら、生きられる」
 「(ここから)外に出られるのは“壊れた時”だけさ」
 「どうせ新入りなんざ使い棄てさ。もって1週間ってトコだ」
 “愛されず、求められず・・俺たちは彷徨った”
 「ここから出たいか? なら、まず※※を始末するんだ」
 「アンディは、助けに来るかな?」

追記:バラエティ番組とかを全く観ないので、通常の所ジョージ氏(バズ・ライトイヤーの声)の活躍ぶりがさっぱり分かんないが、結構彼の“声優っぷり”には付き合って来た気もする(・ω・) 『崖の上のポニョ(2008)』とか、古いトコで『ハワード・ザ・ダック/暗黒魔王の陰謀(1988)』とか。。

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2010年7月19日 (月)

☆『ディープ・ブルー(2003)』☆

19日(月曜)。
“泣いても泣いても(←笑いはないンかい)”連休の最終日となってしまったが・・やはり(溜まっとる)疲れが取れぬのか、ホームタウンに戻った安心感(?)で心身共にたるみ切ってしまっとるのか、とにかく“寝だめ”し放題な朝が2日も続いている(×_×)

9時前にようやく起き、新聞のTV欄をツラツラとチェックしてたら・・衛星第2で午前8時15分から『【映】ディープ・ブルー(字幕)』とあって、当初こそ「・・んん〜?」と視線が通り過ぎたもんだが・・すぐに「ひぇおぉ〜!!」と気が付き、慌ててTVを点けたのだった。

ってことで、およそ50分ほど遅れての鑑賞。
公開当時から(?)「恐ろしく資金&時間をかけて製作されてる」「ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団の奏でる交響曲の数々が作品に彩りを添える」とか耳にする一方「海洋の生態の“暗黒面”に特化し過ぎでは」みたいな“如何なものか評”も聞いてたため、ちょっと不安なのもあったんだが・・

マイケル“アルバス校長”ガンボンのナレーションで綴られる。英国BBC(公共の放送協会)製作の海洋ドキュメンタリー。

カメラは海上、海面下、そして深海までも自在に動き回り、我々人間の活動はもとより、想像力すら及ばぬ“はるか海の果て”で繰り広げられる、様々な“生命のドラマ”を映し出す・・

観始めた途端に“泳ぎ疲れ、母クジラからはぐれてしまった子クジラが、シャチに襲われ「海面を朱に染めまっせ」的な映像”が容赦なく展開されたので「うへぇ!」と口に含んだ朝ご飯を吐き出しそうになってしまった(×_×)

鮮明な映像で躊躇なく&淡々と「死のドラマ」を映し出す辺り、制作側の半ば狂信的な(?)「使命感」のような気合すら感じる。

ワタシとしては「もそっと描写は甘めでもエエですよ」と言いたいんだが、きっと「アホか! インパクトで勝負せな、伝わらんやないかぇ!」とカントクに怒鳴られるンやろね(って、カントクが関西弁を話すンかは不明だが(=^_^=))。

後半で、海鳥(?)が魚を捕食するため、海中に潜って来て、自在に泳ぎ(動き?)回る様は圧巻でもあり、不思議な光景だった。
何だか『ピッチブラック(2000)』を連想してしまったが、まぁ、ああ言う感じである(そうなの?)

ただ、当然ながら(=^_^=)「魚類を中心とした生態のドラマを、ひたすら客観的に撮り続ける」ってな製作方針なので、私的には“ガイド役”としてサミュ・L・ジャクソンおじさんを実写的に配し、終盤において「海中では日々、極めてサバイバルな状況が未来永劫、続いてもいる訳だが・・我々人間は“万物の長”としての自覚を持ち、皆で力を合わせ生き延びるのだ!」などと熱のこもった演説をカメラ目線でぶちかましてる最中、突然飛び出した巨大人喰いザメに背後から「ガバ〜ッ!」と殺られちゃったりしても、印象的で良かったかも知んない。 ←それ、作品が違いますってば!(1999)

この手の(?)シリーズの中では『WATARIDORI/ワタリドリ(2001)』が大好きなワタシだが、どの作品にしても何処か“お説教っぽい”のが、ちょっとワタシの反発心を刺激して来るのだ。
「“エンタテインメント”なら“エンタテインメント”に徹し描くべし」とも思うんだけどねぇ(・ω・)

あ、そもそも“エンタテインメント”なんかじゃねぇのかも、、?(⌒〜⌒ι)

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2010年7月18日 (日)

☆『センター・オヴ・ジ・アース:2D(2008)』☆

ハナシは戻り10日(土曜)の夜。
先週末に帰阪した折、家人に頼んで録画しておいて貰った『センター・オヴ・ジ・アース』を観た。
その前週に「日曜洋画劇場」で“地上波初放送”されたモノ。
劇場公開当時から、ちょっと気にはなってた1作なので、そこそこにワクワクしながら観たワタシだった(=^_^=)

原作はジュール・ヴェルヌのSF冒険小説『地底旅行』。行ったことないので(この先もきっと行かないだろうので)知らないが「東京デ※ズニ※シー」のアトラクションにもなっとるらしい。

2007年の初夏。

大学で地殻物理学(←地質学どどう違うのか、良く分かんない、、)を教えるトレヴァー・アンダーソン教授(ブレンダン・フレイザー)は、10年前“自説:大陸移動説”の実証のため旅立った兄=マックスが行方を断って以来、その遺志を引き継いで研究を続けて来たが、思わしい成果も得られず、研究室は閉鎖の危機を迎えていた。

そんな中、カナダに引っ越すこととなった義姉(兄の妻)の頼みで、きっかり10日間、甥(兄の1人息子)のショーンを預かることとなる。

どうにもぎこちない関係の2人(トレヴァー&ショーン)だったが、義姉の持参した“マックスの遺留品”の段ボール箱の中に、重要なメモ書きの残されたヴェルヌの『地底旅行』を見つけたこと、そして兄弟で世界中にセッティングした29ヶの(地震活動)センサーの内、4ツ目(モンゴル、ボリヴィア、ハワイ・・に続くアイスランド)の作動を“初めて”確認したことから、アイスランドの地殻活動を確認しに行くことを決意する。ショーンを伴って。

レイキャビク郊外(?)にある「先進火山学研究所」で山岳ガイドを務める若き女性=ハンナ・アスゲリソンを加え、一行はその北方30キロ先にそびえるスネフェルス山の頂(いただき)を目指す。

センサーを首尾良く発見⇒回収したトレヴァーだったが、センサーの先端を狙い再三襲って来る落雷に阻まれ、とうとう山腹の洞窟に閉じ込められてしまう3人だった・・

劇場公開当時「フル3D映像」ってのが“最大のウリ”だったのもあり、物語そのものについては余り取り沙汰されてない印象もあったが・・細かく観れば色々と「ご無体」のあった脚本なるも、私的には結構気に入ってしまった(=^_^=)

その理由は、何と言ってもそれまで漠然としか“風景”の浮かんで来なかった「アイスランド」と言う国の雰囲気が少しなりと掴めた嬉しさ、によるモノかも知れない。

実際のトコ、ホンマに“アイスランドロケ”を敢行したのか、その辺りを良く分かってないワタシだが(⌒〜⌒ι)「空港で調達したピカピカのレンタカーが、走ってるウチに火山灰や砂、泥で汚れる」「案内看板や、対向車両が極端に少ない」「荒野にポツンと一軒家が建ち、その窓に灯りがともっている」と言った演出には、(本編である)地底探検以上に(=^_^=)ワクワクしてしまったモノだ。

考えたら「火山の噴火口の下に広大な地底世界が広がってる」ってのも、確かに“モノ凄い奇跡”なんやろうけど・・「アイスランドの辺境の一軒家に、美人でうら若き女性山岳ガイドが1人で暮してて、どうやら旦那も彼氏もいない感じ!」ってのも十分に“それ以上の奇跡”だと思えたりする(=^_^=)

きっとワタシがトレヴァーだったら「地底探検なんか、もうどうでもエエや!」と思ってしまったかも知んない(=^_^=) ←おい!

そう言う(どう言う?)ダーティな方向に物語が曲がって行くのを防ぐため(?)ショーン君(13歳)のキャラ設定が、男女(トレヴァー&ハンナ)の関係を“無味乾燥な距離感”に仕立て上げようと(=^_^=)するんだが・・流石、主人公に“好感派男優の筆頭格”ブレンダン氏を配したトコが心憎い。

『チェンジリング(2008)』を観た限り「たとえ“ブレンダン顔”であろうと、サイコキラーは確実に存在し得る!」ってことが客観的に証明された訳だが(←『チェンジリング』のあのしとはブレンダン氏じゃないってば!)、少なくとも美人山岳ガイドに対し「自らの股間から“白濁したマグマ”を噴出させまっせ!」的な、ゲッスくもリアルな“絵”には、最もほど遠い好青年には映った(=^_^=)

しかしアレだ。
男女混成の3人パーティーでワーキャーワーキャー言いながら地底を進んで行ったトレヴァー組に比べ、たった1人で希望すら薄いまま、手探りで進んで行ったであろう兄=マックスの絶望感&孤独感を想像するに、ホンマに地獄のような調査行だったろうな・・と同情と共に寒気がして来る。

あと、アイスランドから“地球の中心”へと潜り・・終盤ではイタリア・ベスビオ火山から“生還”を果たす一行だが、彼らがボート代わりに乗ってた「ソレ」の資料的価値もかなりあるように思った。

ってことで、私的には本編とはやや離れた部分でもある「アイスランドの一軒家」「兄の辿った運命」こそが印象深く、魅力をも感じてしまったのだった(・ω・)

〜 こんなトコも 〜

♦下から見上げるカメラアングルの「ポトリ系」映像演出は、2Dで観るに“寂しい限り”だ(=^_^=)
♦トレヴァーの手にしたセンサーを狙い、まるで対人兵器の如く(=^_^=)上空から襲いかかる落雷。これはコワい!
♦まともな食料ってば、ハンナの持参した「プロテイン・バー」のみ・・まぁ、後半では「三葉虫」の肉で飢えをしのいでたが・・ウゲ〜(×_×)
♦「60年前に死者81人の事故が発生し、閉山された」と言う、ブラウギルス(?)鉱山の坑道。あんな広大な空間を隅々まで整備し、トロッコの線路まで敷いた鉱夫らのガッツには、ただただ頭が下がる・・
♦ルビー、エメラルド、ダイヤモンド・・壁に“宝石の結晶”なんかの見つかる場所は・・マグマの通り道だそうだ(×_×)
♦中盤のスポンサー紹介時、画面両端に「現在どこまでも落下中!」「地球の中心に向けて・・まだまだ落下中!」とか言うテロップの表示されてたのが面白かった。
♦地底数100kmの深さの“地中海”(←まさに!(=^_^=))で、携帯電話が鳴ってたけど・・アレはギャグ的演出?
♦メチャクチャ容易く“巨大人喰い植物”を撃退してたトレヴァー氏。(脚本の)当初からあんな荒唐無稽な演出だったんやろか?
♦サイアミス・ロソプテリクス(?)(光る鳥)にしても、(2足歩行する)肉食系恐竜にしても・・「つがい」って設定ではなかった・・ってことは、アレで「絶滅」ってことですかい?
♦「ダメダメ」で「鬱陶しく」て「許せない」造型の主人公であろうと、フレイザー氏をキャスティングしとけば、何とかなるってモノだ!(=^_^=)

〜 こんなセリフもありました 〜

トレヴァー「ヨーヨーは“物理学の集大成”なんだぞ。遠心力に、引力、そして位置エネルギー」
     「君のパパと俺にとって、ジュール・ヴェルヌの本は“発想の源”だったのさ」
     「君のパパは、いつも“地殻物理学は時間との勝負だ”って言ってた。
      地震活動に待ったはないからね」
     「安心しろ。方向感覚には自信がある」
     「何かが見えた? “太陽の光”って言葉以外、ここじゃ言わないでくれ」
     「貸しを数えてるワケ?」
     「カネが総てじゃないんだぞ! “大事なのは生き方”って・・思わない?」
     「まだ落ち続けてる!」
     「これで貸し借りはどうなるのかな?」
     「皆さんご覧下さい。ここがまさに“地球の中心”です」 ←観客に言ってる?
     「兄さんは、正しかった」
     「ここは“世界の中にある別世界”だ」
     「これ見て、舞い上がらない人なんていないよね?」
     「修羅場を脱出だ!」
     「なかなかやるだろ? なのに、何故学会は認めないんだ!」
     「今1つ思い出した・・野外調査はキライだってこと!」
     「この上げ潮に乗っとかないと、絶対ソンだぞ!」

ハンナ「先進火山学は行き詰まったの。ベルリンの壁やベータマックスと同じようにね」
   「探せば必ず“他の手”は見つかるわ」
   「研究室で石を調べてるのと訳が違うの! 生きるか死ぬかよ」
   「“私の勘違いだ”って言ってね」
   「あれぐらいで追い払える訳ないでしょ? この私を甘く見ないで!」

ショーン「やっぱ大事なのは・・クルマでしょ」 ←彼のご所望は“マセラッティ”とサ、、
    「まだ子供だけど、ちゃんと(パパの死には)向き合えるから」
    「あの本、読んどけば良かった」

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☆最近のお気に入りショップin高松☆

・・さて。

ワタシには、この7月初旬から、空き時間を見つけては(?)通ってるショップがある。

・・と言っても「うどん系」やら「ファッション系」とか、そう言うのにはとんと関心のわかぬワタシであり、それは高松の商店街にある“ROOTS RECORDS(ルーツ・レコーズ)”と言うレコード店・・と言うか(=^_^=)中古CDショップである。

(高松生活2年目にして)初めて行ったのは・・確か今年5月下旬ごろで、その時は「何だかちょっと入りにくい店だなァ(←すんません、、)」「どうせ大した品揃えじゃないンだろうなァ(←すんません、、)」てな第一印象であり「んでも、入ったからには何か買わないとあかんのかなァ」とか考えつつ(←いや、いつもそこまで弱腰でもないけど(=^_^=))店内をウロウロし、実はそれ程「大好き!」ってワケでもないアーティストの、

・R Kelly「R.(1998)」

ちぅ1枚(R&B系)を購入したのだった。と言っても「輸入盤+新品未開封」だったから、ソンはしなかったが(んでも、まだ聴いてもないが・・)。

その後、しばらく行ってなかったが・・7月に入った初旬のある日、昼休みに「もそっと詳しく、店内を巡っといてみるかなァ」と思い付き行ってみたら、

・The Boys「The SAGA Continues...(1992)」

なる1枚が棚に何気なくあって「輸入盤+程度良好:500円」と言う、その凄まじい価格設定に「うぉ!」と心臓がいきなしバクバクし始めた(=^_^=)
因みにこのThe Boysは、所謂“キッズ・ソウル・グループ”であり、かのEWF(Earth, Wind & Fire)の「Heritage(1990):アルバムタイトルでもある1曲」にもフィーチャーされてるんだが、ソロアルバムが全然見つからず、何年も何年も漠然と探し続けてたグループの1ツだった。
レジで頼んで中身(CD盤面&ブックレット)を確認するも、全然文句などなく当然「即買い」してしまった。にしても安過ぎ!

その日から、5回も足を運んでしまうこととなったワタシ。うち3日など“毎日のペース”で通い、バンバン買ってしまった(=^_^=)
で、購入したのは以下の各アルバム。

・Basic Black「Basic Black(1990)」 ・・ 「(盤面に)音に影響のない、細かい傷あり」と書かれてたが、レジで検盤しても、殆ど気にならぬレベル。1000円ちょっと、と“やや値は張った”が、この1枚をこの高松で発見出来た“奇跡”に感謝しつつ「即買い」を断行。
本作は、Guyの1枚目(アルバム)に大きく関わった人物=Gene Griffinプロデュースによる名盤。因みに、このアルバムって「輸入盤+新品」のコンディションなら10000円ぐらいするようだ。。(なお、初日は購入を見送り、1晩考えた末の購入だったが「次の日に行って、売れてたらどうしよう?」と妙に不安に襲われたモノだったなァ(=^_^=))
やっぱし「後で迷うぐらいなら、あるウチに買っとけ!」ってのが鉄則ですなァ。

・Morris Day「Guaranteed(1992)」 ・・ “殿下(Prince)”の盟友(?)でもある(The Timeの)リードヴォーカリストの放ったソロアルバム。「輸入盤+程度良好:500円」ってことで、ちと迷いつつ「即買い」。

・Gene Rice「Gene Rice(1992)」 ・・ Keith Sweat「Keep It Comin'(1991)」を何処となく連想させる、ジャケットデザイン(特に裏面)。「輸入盤+程度良好:500円」で、コレまた心臓がバクバク(=^_^=)
ちょいと「もう持ってるかも知んない感」に襲われたが、レジで検盤した際「(記憶にない)グリーンの盤面」を目の当たりにしたことで、不安をようやく払拭⇒「即買い」と。

・Nona Gaye「Love for the future(1992)」 ・・ “殿下”とのデュエット歴もある、かのMarvin Gayeの娘さんのソロアルバム。「輸入盤+程度良好:800円」。
シンガーとしてよか、女優さんとしての方がイメージ強いかも? 『ALI(2001)』『マトリックス/リローデッド(2003)』『マトリックス/レヴォリューションズ(2003)』などに出演。コレもちと「もう買ってたかも知んない感」に襲われたり(=^_^=)

・Whitsle「Get The Love(1991)」 ・・ 1枚だけ持ってたアーティスト。“ワタシの求めて止まぬタイプ”のR&B曲群が果たして収録されとるのか? ちぅ不安はややあるも「ジャケット写真+製作年」で直感的に判断(=^_^=)し「即買い」。「輸入盤+程度良好:850円」。

そうやって、高松でバシバシCDを買い揃えつつ・・ ホームタウン(大阪府枚方市)の樟葉にある某ショップでは、

・R.Kelly「the very best of(2010)」
・John Legend「GET LIFTED(2004)」

なんぞを購入。
特に後者(前者は開封すらしてない、、)は“今になっての購入”だったが、予想以上に素晴らしかった。もっと前に買っときたかったアルバムだ(×_×)
ワタシの愛聴して止まぬ、所謂「ガンガンいってるアップ系」とは異なるも、例えばD'Angelo「Brown Sugar(1995)」を聴いた時のような「コレはイイ!」と理屈抜きで実感出来る、あの感覚がよみがえったモノだ。

他にあまずぅんで、最近ハマってる(=^_^=)ファンク・グループ、

・Gigital Underground「This is an E.P.release(1990)」

を買ったり、

久々に兄宅に出かけた際、

・B.B.O.T.I.「Badd Boyz of The Industry(1993)」
・Jodeci「The Show,the After Party,the Hotel(1995)」

などを、半ば強引に(?)借りて来たりしたのだった(=^_^=)

ってことで、またもや「NJS(New Jack Swing)収集を極めたい病」が再発しとります、ハイ(=^_^=)

追記:なんてこと言いつつ、今もっとも期待値を高めとるのは、やっぱし“殿下(Prince)”の新作アルバム「20Ten」であるが・・(8月初旬発売予定)

参考サイト:「ROOTS RECORDS」 ※無断リンク失礼します。

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2010年7月16日 (金)

☆『評決(1982)』☆

7日の夜。即ち(日付は既に)8日に切り替わってたが、衛星第2で放送された『評決』をこれまた“入眠時のお伴”に観た。
(軽く流して観るつもりが、やっぱしラストまで観てしまったが・・)

シドニー・ルメット監督+ポール・ニューマン主演による法廷ドラマ。

とある事件(1969年の“リリブリッジ事件”と劇中で言われてた)で「一敗地に塗(まみ)れ」、以降すっかりクスぶったままアルコールに逃げ道を求め続ける中年弁護士=フランク・ギャルビン(ポール)。

彼の日課と言えば・・昼日中から酒精(さけ)をあおり、ピンボールゲームに興じ、たまに新聞の死亡記事を切り抜いては“故人の知人”を名乗りつつ葬儀場へと出かけ、悲しみに暮れる遺族に「何か私でお役に立てることがありましたら」と言いながら名刺を渡す・・と言う地味で惨めなものであった。

そんな彼に先輩弁護士が「とある扱い易い事件」を紹介する。

それはカトリック系の医療機関“聖キャサリン病院”で起こった、医療ミスと見られる一件。
出産のため入院中だった主婦=デボラ・アン・ケイが分娩中の麻酔事故により“自らは昏睡、胎児は死去”に至ってしまったもの。

先輩弁護士の予期した通り、病院側は「高額の示談金(21万ドル)」をフランクに提示して来たが・・事前、病室にデボラを訪ねた彼の心には“忘れかけてた正義の炎”が静かに燃え上がり始めたのだった。

「これは示談金で片付けるべき問題じゃない。我々(依頼人&弁護士)は正義のために闘う!」

こうして、フランク一世一代の“再起の闘い”がその始まりを告げたのだった・・

前々から「名作」と聞いてたので、楽しみに観始めたワタシだったが・・意外とゆったりしたペースの物語だった。

前半で、徹底的に「フランクが如何にクスぶってるか」を映し続けるので「ありゃ? 法廷から始まるんじゃないのン?」とそれだけでまず“意表をつかれた”感がある。ラストから描き始めた(同監督作の)『セルピコ(1973)』とは、全く構成もリズムも異なるハナシではあった(・ω・)

まぁ、共通する“主人公の、堪らない孤独さ”ってキャラ造型については、流石にポール・ニューマンならではの、観る者を納得させる演技が光ってたが。

中盤までは「真相を知ってるハズ」のデヴィッド・グルーバー医師を証人とし法廷に連れ出せば「勝てる!」と経験から読んでたフランクだが・・開廷寸前にこの医師が姿をくらましちまったモノだから大変(⌒〜⌒ι)

フランクは急ぎ「新証拠(の提出)」か「新証人(の出廷)」を準備する必要にかられるのだが・・

(ラクしたければ)ハナシは幾らでも簡単に片付こうモノを・・主人公が“不器用さ”を貫き通すトコは『セルピコ』にも通じる。

デボラの姉妹にあたる夫婦が「なぜ提案を断った?! こっちは示談金を受け取り、さっさと済ませたいのに!」と憤るシーンなどは、彼らの心情と共に、フランクの心情にも想いを至らせることなしには“全く内容の理解出来ない”または“全く面白くない”シーンにしか観る者の眼には映らないことだろう。

なワケで、落ち着くトコにストンと、物語は着地するんだが・・一方でフランク&ローラ(シャーロット・ランプリング)の恋愛模様が、巧く行かなさそうな余韻を残したままエンドとなるのがちょっこし消化不良だった(×_×) あの辺り、もう少し“オマケ”的に分かり易く展開してくれると良かったんだけど。
その点に限っては、ベタでも良かったし(・ω・)

〜 こんなセリフもありました 〜

フランク「勝算は十分ありますよ」
    「私も含め、関係者は金の為に現実を見て見ぬふりをしていた」
    「この金を受け取れば“負け”になる。金回りは良くなるが、
     クズ弁護士のままだ。だから受け取れない」
    「金じゃ片付かん。示談じゃだめなんだ」
    「あんたは(俺に)“本気を出せ”と言ったろ? それに、今回は“勝ち目”がある」
    「今日、俺は“人生を変えた”ぞ」
    「誰かが弱者の為に戦わねば」
    「正義のチャンスを与えるため、法廷は存在するんだ」
    「こっちはこっちのやり方で闘うまでさ」
    「医師の過失を立証します」
    「・・負けそうだ」
    「“努力ではなく、勝つことで金が入るのだ”と教えられた」
    「“他の案件”なんかない。今が正念場なんだ」
    「今日はあなた方(=陪審員)が法なのです」
    「“信者とし行動すれば、やがて信仰を得られる”と教えられた」
    「“正義を信じ、正義を行うこと”こそが大切。皆さんの心の中にも正義がある筈です」

ケイトリン「あんたたちは金で魂を売ってる、誠意のかけらもないゲスばかりよ!」

ローラ「“負け犬を慰める役”なんてまっぴらごめんだわ!」

トンプソン医師「陪審員の良識を信じなさい。彼らはきっと真相を見抜いてくれる」

※「みんな口だけは親切だ。ヘマしたら、ツケを払わされるのはこっちなのにな」
 「正義のためさ(Do the right thing.)」
 「親族の証言では信用されん」
 「そんなに難しい事件を、陪審がすんなり理解すると?」
 「除名処分にはなってません」
 「証人が消える? 良くあることだ。同情など出来んな」
 「だが、あなたは被告側の証人でもない」

ローラ「評決が出るまでは、おしまいかどうか分からないわ」
フランク「それは誰の言葉だ?」
ローラ「あなたよ」

フランク「異議あり!」
裁判長「却下する。コピーは原本に優先しない」
フランク「その却下に異議あり!」
裁判長「既に記録した」
フランク「・・・」

追記1:劇中では「弁護料は成功報酬であり、決着額の1/3、がその相場」と語られていた。
追記2:本作の舞台はボストン。そして、主人公もまた“ボストン大卒”って設定だった。

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2010年7月14日 (水)

☆『プレデターズ』☆

13日(火曜)の夜。

細くて長い雨が静かに降り続いてたが・・ジメジメした気分をとにかく切り替えたく、仕事の帰りに“ワーナー・マイカル・シネマズ高松”へと向かい、公開開始となったばかりのSFアクション大作(?)『プレデターズ』を観て来た☆

こいつと『玩具物語・其ノ参』とで、どっちにしようかな〜と迷ったんだが・・何となく「上映期間、短いやろなぁ」と直感的に見抜いた(=^_^=)本作を優先した次第。

シリーズ第1弾『プレデター(1987)』から約23年(・ω・) 物語はどのような“進化”を遂げたのやろ?

目覚めた時、その男(エイドリアン・ブロディ)は猛烈な速度で地表に向かって降下し続けていた。
「一体、何故?!」と考えるよりまず、反射的に装着したパラシュートのボタンを叩き続ける・・

眼下に巨大な密林の広がる中、辛うじてパラシュートが開く。
スピードを殺し切れぬまま、地面に叩き付けられたその男は、やがて身を起こし、周囲を見回す・・

彼に続き、上空から降下して来たのは2人。1人はメキシコ人(ダニー・トレホ)、次の1人はパラシュートが開かず、そのまま大地に叩き付けられ即死する。

その男&メキシコ人の周りに、次々と姿を現す面々。

ガトリング銃で狙い撃ちして来るロシア人=ニコライ、取っ組み合いのケンカを続けてた2人(黒人&死刑囚の白人)、スナイパーの女(アリシー・ブラガ)、一行に静かについて来たスーツ姿の日本人ヤクザ(ルイス・オザワ・チャンチェン)、パラシュートが樹に引っ掛かりもがいてた青年医師(トファー・グレイス)・・

やがて彼らは「ここが“地球ではない惑星”であること」「彼らを選び、ここに連れて来た“何者か”の目的が“彼らを獲物とした人間狩り”であること」を掴んで行く。

集められた8人が、1人また1人・・と“狩られて”行く中「勝算はある」とチームに言い聞かせる、リーダー格となったその男だったが・・

第1作から20余年、第2作からもきっかり20年、と何だか“みんな忘れかけてた頃”に(ようやく)リメイクされた本作だが、期待半分&恐ろしさ(=^_^=)半分で観てみたら・・恐れてた以上の「バカ映画」にキッチリ仕上がってて、ホッとしつつ「やっぱりバカやなぁ〜」と苦笑の漏れっぱなしなワタシだった(=^_^=)

20年と言う歳月を経て、何処まで設定を“クレバーに”練り直してるんか?! と制作側の緻密&知的な手腕を(ちょっこしながら)期待してたら・・これが救いようもなくバカなのだ(=^_^=)

世界観も断片的でワケ分かんないし、登場人物も押し並べて薄っぺらでワケ分かんない。かくなる上は「何かとんでもない演出に走るんやろかな?!」とちょっこしワクワクしてたら・・コレが、ポイントごとにオリジナル版『プレデター』の脚色を再利用し、かつ“ことごとく失敗しました”的な噴飯ぶりなのだ。

本作の脚本家連中に対し「どっか狂ってるのでは?!」と半ばホンキで心配してしまう一方、
「あ、そうか。まんまと“狩られた”のは我々、観客の方だったんやな〜」と気付きもし、そう言う意味ではあっさりと“狩られた(ダマされた)”自身に照れてもしまう「迷作」とは評せる。

って言うか、(監督は他人に任せ)まんまと製作に逃げた(=^_^=)ロバート・ロドリゲスさん。そこで猛省なさい!(爆笑)

〜 こんなトコも 〜

♦「坊主&マッチョ」ってな新境地(?)にチャレンヂしたブロディさん。「落とし穴(トラップ)に落っこち、串刺しになって死んじゃうんやろか?」とか(2004)、「かつてのワルシャワ時代のように、瓦礫の中でタフに生き抜くんやろか?」とか(2002)・・色々と妄想してしまった。終盤では、如何にもシュワルツェネッガー然とした言動で「わしが主人公なんやで〜!」とアピールしまくるんだが・・どっか作品と「カラーが違う」気がするんだなぁ(・ω・)
♦本作で一番気に入ったのは、ヤクザのアニキ(ハンゾウと言う役名らしい!)を好演したオザワ氏。彼がチャカ(短銃)を撃つシーンでは、(正面から見て)発砲光(?)が「X」状に拡散するのがカッコいい! “最後の選択”こそ第1作におけるビリー(ネイティヴ・アメリカンの巨漢)とまんま同じだったが、、あんだけ戦えたら、もう次の“クミチョウ”は間違いないでしょう! ←地球に戻れたら、な。
♦「口は災いの元だ」と言いつつ、左手に残された3指を示すハンゾウ。ってことは「口が災い」して、少なくとも2回は「ヘタこかはった」んやろかネ(⌒〜⌒ι)
♦私的に“評価の急落して来とる”のがローレンス・フィッシュバーンのおっつぁん(ロナルド・ノーランド役)。7シーズンだかを生き延びたにしては、あのぶくぶくと太っただらしないボディはどうなんよ?
♦ノーランドのおっつぁんの“退場っぷり”を眺めるに、到底7〜10シーズンを生き延びたとは信じられなかった。良くて0.5シーズンだろう、あんなんじゃ。。
♦登場して間もなく、靴を脱ぎ捨て裸足となったハンゾウ。アレって後々、ツラかったんじゃ?
♦終盤で「正体を現す」アイツ。金属音(鉄パイプとか)を聞かせたら、きっと苦しみ出す(2007)と思うんだが(=^_^=)
♦飛行機内(?)で“獲物”の1人1人に丁寧にパラシュートを装着させてやり、順番に降下させたと思しきプレデターのきめ細やかさを想像するに・・笑えて仕方がない(=^_^=) ひょっとしたら、パラシュートが開くまで“獲物”の降下を心配そうに見守ってたりして(=^_^=)
♦プレデターvsプレデターの図。どっちにヴァン・ダムが入ってたんだ?(だから入ってないってば)
♦吊り下げた丸太をぶつけるタイプのワナの場合“獲物の5倍の重さの丸太を使う”ってのが鉄則らしい(・ω・) 4倍ではあかんのかい!
♦全世界のダニー・トレホファンは、彼の「役回り」や「退場順」にきっと落涙が止まらないだろう・・
♦劇中で1987年のグアテマラの1件(=第1作)が語られてた。「生き残った1人は全身に泥を塗り、逃げ切った」とのこと。ってか、ちゃんと倒しはったんだけど・・「その1人はその後、州知事となった」とまでは語られなかった(=^_^=) 別な1件・・ロサンゼルスでとあるおっつぁんが倒したハナシなんぞは、触れられもしなかった(=^_^=)
♦「“人間狩り”に勝る狩りはない。武装した人間を狩る楽しみを覚えた者は、他の狩りに興味すら示さなくなる」・・ってのは、かの文豪=ヘミングウェイの言葉らしい。ホンマかいな?
♦隠れ家で「ヤツらを2〜3体は倒した」と吹聴するノーランド。「大阪では」ってことやろか?(2005)(=^_^=)
♦プレデターにゃ2ツのタイプがあり、デカさで区別出来るそうだ。また、いつも3体セットで行動するらしい(ホンマか?)。
♦後半の“連続退場演出群”がスゴい。レーザーで爆死⇒抱きつき自爆⇒極め付けは(背後からの)脊椎+頭蓋骨の引っ張り出し(×_×) ←死刑の方がまだマシ・・
♦ハンゾウのチャンバラバトル時の雄たけび(?)「ウイナイ!」って何処の言葉なのだ?
♦「敵を殺すには、敵の武器で」ってのは本作でも“お約束”だった。
♦ラストでも「脱出する気マンマン」なあのお2人だが・・どうやるんだ?
♦フィッシュバーンおじさん。これからしばらくは「焚火のおっつぁん」と呼ぶことにしよう(爆笑)
♦エイリアンが1体も出て来なくて残念・・期待してたのに〜(=^_^=)

〜 こんなセリフもありました 〜

ロイス「俺たちは敵じゃない。もし敵だったら、話す前に撃ち殺してる。だろ?」
   「誰の仕業にせよ、こいつは“戦利品”だ」
   「幾ら考えても仕方ない。俺たちは現にここにいる。
    問題はどうやって脱出するか、だ」
   「ついて来るなら、来い。だが、俺に構うな。俺は1人が好きなんだ」
   「こいつは俺たちに向けたワナじゃない。もっとデカいものだ」
   「ここが地球じゃない、となれば・・作戦の練り直しだな」
   「連れて来られたなら、きっと帰る方法があるハズだ」
   「残った弾を数えろ。この先はムダに使うな。装填しとけ」
   「俺たちは“犬”を使って追い立てられたんだ。この巨大な“猟場”でな」
   「ヤツらは狩るために俺たちを走らせるつもりだが・・走れば死ぬ」
   「さっきのあんたの眼と反応・・ヤツらが何者なのか、知ってるな?」
   「勝算はあるが、俺1人じゃムリだ」
   「それは殺すためじゃなく、動けなくするためのワナだ」
   「次は何だ? “肩を貸してくれ”とでも言う気か? 悪いが、荷物は要らない」

イサベル「あんた、相当ゆがんでるわね」

ニコライ「俺はチェチェンにいた。戦場で“光”が見え・・気付いたら降下してた」 ←えらい急やね

クチロ「ここは、地獄だ」
   「ティファナじゃ、拉致した人質はドラム缶に入れる。
    身代金が手に入らなきゃ、そのまま焼き殺すまでだ」

エドウィン「ひどいじゃないか!(fuck all of you!)」

ノーランド「ともかく、俺はこうして生き延びた」
     「どんな時も、どんなものも利用した」
     「俺の私物に勝手に触るな。ヤツらの“熱画像”に変化をきたすからな」
     「ヤツらを殺す方法? あるが、多くはない」
     「何処まで歩こうとも、それに意味はない。何故なら“猟場”に境界などないからだ」

ハンゾウ「・・これは、素晴らしい」 ←劇中恐らく唯一(?)の日本語!

※「“数は力なり”ってか?」
 「俺は覚悟出来てるぞ。貴様は?」
 「俺たちの“戦闘能力”を、何処かから監視してやがるんだ」
 「ワルの貴様も、そいつには叶わんだろうな」
 「ヤツはこのまま置いて行こう。残念だがどうにも出来ない」
 「ここは・・俺には居心地がいい」

ロイス「何か問題あるか?」
イサベル「ないわ。少なくとも今はね」

追記:何度見ても、鼻の大き過ぎるブロディさん。きっと“陽物”もムチャクチャ大きいんやろなぁ(憧)

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2010年7月13日 (火)

☆『セルピコ(1973)』☆

6日の深夜、即ち(日付は既に)7日に切り替わってたが、衛星第2で放送された『セルピコ』を“入眠時のお伴”に観た。
(軽く流して観るつもりが、結局ラストまで観てしまったが・・)

シドニー・ルメット監督+アル・パチーノ主演による“実話”を基にした刑事ドラマ。

「警官が撃たれた! 病院に連絡を・・!」

雨の降る夜、ニューヨークの第8分署に連絡が入る。
撃たれたのはフランク・セルピコ巡査(アルパチ)。捜査中に同僚警官の「誤射」を受け、彼は瀕死の重傷を負っていた。

連絡を受けた彼の“数少ない理解者”である上司=グリーン局長は「セルピコが撃たれたそうだ・・憎まれてるからな」と呟く。

セルピコの敵は、果たして“彼の背後”にいたのだろうか? だとすれば、警察組織において彼が「撃たれる程」憎まれていた理由とは?

物語はセルピコが警察官になった若き日にさかのぼる・・

奇しくも、本作を観る少し前に『バッド・ルーテナント』と言う“悪徳刑事モノ”を劇場鑑賞したトコだったので、主人公の言動を「対比」するかのように(つい)眺めてしまうシーンもあり、それはそれで面白い観方(みかた)が出来た。

しかし『バッド〜』の「能動的に悪に手を染めつつ、心の底では何処か迷ってた主人公(ニコラス・ケイジ演じる)」と比べ、アルパチ演じるセルピコ刑事の「迷うことなく正義を貫徹する姿」には・・感心や敬服と言った気持ち以上に「不器用過ぎる!」とツッコミたくなってしまったモノだ。

そこまで頑固に「自身の信条を貫き通す」理由が、イマイチ掴めなかったワタシだが・・ひょっとしたら警官になりたての頃のシーンなどにその辺りの“理由”がちょろっとなり(フリとして)描かれてたのかも知んない。

だとしたら、そこを観逃したワタシは・・もうそれだけで刑事失格なのだろう(←いや、あんたそもそも刑事とちゃうし)

私服警官として活躍し始める頃から、セルピコは「ヒゲ面」+「ロン毛」+「ヒッピー風ファッション」に身を包む(?)訳だが、苦難を求めるかのように、不器用な生き方を選ぶ辺り、何だかちょっと“ジーザス”にも見えてしまったりした。
(いっそセルピコの助手として“12人の部下”を登場させ、彼らと共に“最後の晩餐”をする、みたいなメタファーし過ぎな演出とかを盛り込んでも面白かったかも(=^_^=))

当初は「ラストから描く」と言う構成に「もの凄いどんでん返しがあるんやろな〜」とおぼろげながら感じ取ってたワタシだが、そう言う物語ではなかった。

銃がモノを言う作品世界でも、猟奇犯罪者の出没しまくる作品世界でもなかったが・・「不器用に生きると言うこと」を客観的に眺め、その時々で共感や批判が出来得る辺り、本作は“観る度に、観る者を試す作品”とも言えるのかも知んない(・ω・)

〜 こんなトコもありました 〜

♦ブルックリンにある「82分署」の署長は“マクレーン”と言う名だった。不意にブルース・ウィリスの顔が思い浮かんだ(=^_^=)
♦劇中に語られる逸話(?)が印象的だった。こんな感じの流れである。
 とある王国で、魔女が井戸に毒を入れた。王を除く総ての国民がこの井戸水を飲み、具合を悪くした。
 飲んだ国民は“飲まない国王”に対する不信感を募らせ、やがて「王の追放を!」と騒ぎ立てた。
 ついに、王が仕方なく井戸水を飲むと、国民は「王が正気に戻った!」と喜び、讃えたと言う。

〜 こんなセリフもありました 〜

セルピコ「俺は殴らん。主義が違うからな」
    「なぜ逮捕しない?! 犯人は眼の前にいるんだぞ?!」
    「なぜ銃を持ってるかって? サーカス団でライオンを調教してるんでね」
    「食う為の仕事だよ」
    「みんな何故“他の何か”になりたがるんだ?」
    「時間をかけて知れば、日本の文化や絵画の良さは分かるさ」
    「警告もせず、いきなり撃って来やがって! 2度と信用しないぞ」
    「それでも警官か?」
    「知ってるか? 庭を気に入れば、その持ち主も気に入るもんだ」
    「このニューヨークに“不正のない地区”があるなら、そこに転属したい」
    「昔から警官になりたかった・・だが、今は辛い」
    「組織が腐敗してる・・腰抜けめ」
    「あの情熱を“警察としての仕事”に傾けたら、街から一気に犯罪がなくなるのにな」
    「内部じゃ解決出来ない。となれば、外部に話すしかないでしょう?」
    「何故、同僚の前で俺を(別室に)呼んだんですか?」
    「捜査なんか、どうせ茶番なんだろ?」
    「(俺の)知ってることは総て話した。ここから先はあんたたちの仕事だろ?」
    「俺は気難しいんじゃない。自分を護りたいだけだ」
    「上層部が何もしないから不正がはびこるんだ」
    「転属の手配? 中国にでも送ってくれるのか?」
    「何か起こる前に記録しときたいだけさ」

同僚「担当地区が違う。お前は捜査しなくていいんだ」
  「事件の担当は休暇中だ。今日の逮捕はよせ」
  「容疑者の逮捕より、大きな問題がある。
   お前が許可なしに学校の敷地に入ったことと、記録もしてないことだ」
  「まだ分かってないようだな?」
  「(ワイロを)受け取らんと信用もされんぞ? お前は裏切らないよな?」
  「いいか、邪魔するなよ(you don't fuck around.)」

上司「君の選択肢は2ツしかない。不正を証言するか、目をつぶるかだ」

ブレア「警官が“善人の集まり”とでも思ったか? 市長だって人間だぞ」
   「勝手にしろ(fuck yourself.)」

母「母さんはあなたのお金なんか要らないの。そのお金で家具でも買いなさい。そして母さんを思い出して」

ローリー「あなたが将来の話なんて珍しいわね」
    「あなたはこれから先も、大義のために闘い続けるのね」
    「(私たち)終わったのよ!」

同僚「助かるよ」
セルピコ「・・だろうな」

同僚「何を証言する気だ?」
セルピコ「質問による」

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2010年7月10日 (土)

☆『パレード』☆

9日(金曜)の夜。
明日の午前から「ぼちぼち帰阪開始しよう」と予定してるので・・色々と帰宅してからもやるべきこと(≒実はやらんでもエエこと(=^_^=))はあったんだが・・どうにも気になって仕方なかった邦画が1本あり、それを観るため商店街の中にあるミニシアター“ソレイユ”へと(いったん帰宅後に)向かい、レイトショーで『パレード』を鑑賞して来た。

行定勳監督の号令のもと、藤原竜也・小出恵介・貫地谷しほり・香里奈、そして林遣都の5人の若手が集まり、密室劇風な、オムニバス風な展開を繰り広げるミステリー(なの?)。

東京都世田谷区。
とあるマンション6階の1室(601号)で共同生活を営む4人の男女がいた。

・面倒見の良い、健康志向のサラリーマン=伊原直輝(藤原)
・いつも不満げな自称・イラストレーター=相馬未来(香里奈)
・TVドラマの男優(丸山友彦)に想いを寄せる無職娘=大河内琴美(貫地谷)
・童貞疑惑もある大学生=杉本良介(小出)

互いが過剰に干渉し合う訳でもなく、大きなことも特に何も起こらぬまま過ぎて行く夏・・
そんなある日、彼らの周りで3ツの大きな“事件”が起こる。

・世田谷界隈で、深夜1人歩きする女性ばかりを狙った3件の連続暴行事件が発生 ⇒ その犯人とは?
・隣の602号室から、公民党所属の大物政治家=野口良夫(石橋蓮司)の出て来る姿が目撃される ⇒ 隣家の住人は何者?
・ある朝、いきなり小窪サトルと名乗る青年(林)が現れ、5人目の住人となる ⇒ 誰が彼を連れて来た?

サトルとそれぞれに向き合う4人。

次第に、4人の中に「そろそろこの部屋を抜け出さなくては」と“転機”を求める気持ちが沸き上がってゆく。

そんなとある雨の夜。ついに4件目の暴行事件が発生する・・

たまたま(?)現場に居合わせた“彼らのうちの2人”が次に取った行動とは??

そこそこに期待しつつ『きょうのできごと(2003)』のパワーアップ版みたいなもんかな? とうっすら予想してたワタシだったが、そこはある部分では当たってたが、一方で(監督が)意図的に「より地味」「よりストイック」「より内省的」に描こうとしてた印象を強く受けた。

その点で言えば「エンタテインメント作として期待すると、消化不良感が残る」作品ではなかったか、と。

行定監督と言えば、どうにも『北の零年(2004)』『世界の中心で、愛をさけぶ(2004)』辺りのメジャー作品を手がけることを、虎視眈々と狙ってるしとって風にワタシには思え(←ま、名誉なことだろうけど)・・それ故、本作もまた「豪華俳優陣を配しつつ、一方で地味で重いドラマを貫徹して描かねばならぬ」みたいな、もの凄くハードルの高い(?)脚本でもあり、かなりの“難産”だったろうなぁ、と実感した。

そのためか「主要キャラのメジャーさ」と「物語の地味さ」或いは「映像&音楽の明るさ」と「物語の暗さ」などが反発し合ってもおり、そこに何とも言えぬ違和感を感じ、集中力の削がれることが何度かあった。

ただ、ふと連想したのは「もう1段、監督としての何かを脱皮したら・・このしとは日本のガス・ヴァン・サントになれるかも知れぬ!」ってことだった。
ご本人があのしとを意識してはるのか、なりたいと願ったはるのかは知んないが「色合い・構図・演出」の各面で巧く才能が爆発すれば、更にもの凄い監督さんとなって行きそうだ!

〜 こんなトコも 〜

♦『GO(2001)』『きょうのできごと』にも感じたが、行定監督の描く「静かな夜の街」の描写が大好きなワタシである。
♦バスキア、ウォーホル、クリムト・・は系統的に同じなんやろか?
♦10月8日は「そばの日」だそうだ(・ω・)
♦6月1日が「月曜」と言う設定だったので、本作は2009年の物語と思われる。
♦「新宿三丁目駅」「浅草花やしき」「明大前駅」などがロケ地となってた。
♦ウッディ・アレンがミュンヘンに出向くこともあるらしい(・ω・) ←てっきりNYから一歩も出ないと思ってた(=^_^=)
♦『愛を読むひと』『イン・ディス・ワールド』『フォロウィング』のポスター等が登場。
♦終盤、あの部屋の空気の中に“モヤモヤ感”“不快感”を覚えるか“スッキリ感”“安らぎ”を覚えるか・・観客それぞれに受け取るモノが違うと思う(・ω・)
♦私的にはあと1歩・・俯いてた“あのしと”が顔をゆっくりと上げ「笑って欲しかった」トコだったけど(・ω・)

〜 こんなセリフも 〜

杉本「退屈してる時って、過ぎて行く時間の端っこと端っこが繋がってるような感覚にならないか?
   真実味のない状態、と言うか・・」
  「“〜みたい”って言い回しは・・照れだよ」
  「親父にこう言われた。“男親が息子にしてやれるのは、外にほっぽり出してやること位だ”と」
  「都会の人間関係は“デリケート”なんだよ」
  「・・知ってるんですよ。管理会社にバレるとマズいんじゃないですか?」
  「“真実”って言葉はキライなんだ。どうもその言葉に“真実味”を感じなくて」

琴美「だいたい何なのよ! “五色そば”の“五色”って!」
  「ここってネットで言う“チャットルーム”のようなものだから」
  「もう行くと? 誰と会うと?」 ←九州女でしたか!

サトル「でもさ、みんなで暮してるのってウザくないの?」
   「うわべだけの付き合いじゃないと、壊れちゃうもんね」
   「子供の頃の話? してもイイけど、どうせ全部“作り話”だよ」
   「もうみんな、知ってるんじゃないの?」
   「みんなって? “みんな”は“みんな”だよ」
   「みんな何も言わないから、大丈夫だよ」

未来「朝方の新鮮な空気を、自らの手で汚してると思うと・・何か快感」
  「泣き叫んでる※を観てると・・自分の中の臆病さがだんだんと麻痺して来るの」

オカマ「あんた、山村美紗の読み過ぎ!」

直輝「お前の知ってるサトルは、お前しか知らないサトルなんだよ。
   “皆が知ってる”サトルなんて、この世に存在しない」
  「“マルチバース”って知ってるか? じゃ“ユニバース”は?
   そう・・“ユニバース”は“1つの宇宙”・・“マルチバース”は“幾つもの宇宙”」
  「No.1(の映画)は・・考えるたびに違うんだけど・・」 ←さて、直輝の選んだ1作とは?!
  「エイリアンよりもっと恐ろしいモノが出て来る物語なんだぜ」
  「家出の理由? “15の冬”だったからさ」
  「何でもかんでも、俺に頼んで来るんだよ・・どいつもこいつも」

美咲「“相変わらず”は“相変わらず”よ」

追記1:松園貴和子さん役を好演してはった中村ゆりさん。なかなか可愛くて、ワタシのタイプだったりした! あんなしとがお姉さんで、同居出来たら最高やろなぁ・・
追記2:我々オトコとしちゃ・・缶ビールを勧められ「俺、クルマだから」と応えたトコ「酔いを覚ましてから帰ればイイじゃない?」といたずらっぽく眼を見つめながら言われたら・・これはもう、あきまへん!(ナニがだ!) ←でも、酔うとイマイチなんだよねぇ(だからナニがだ!)

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2010年7月 9日 (金)

☆『アデル/ファラオと復活の秘薬』☆

8日(木曜)の夜。
本来なら、木曜の夜ってばご近所で「毎週恒例のランニング会」みたいなのんに参加してるワタシなのだが、どうやら今週は中止らしいので(←尤もそれは「伝え聞いた」に過ぎず、ホントはあったのかも知んないけど)「そうとなれば!」とダッシュ気味に“ワーナー・マイカル・シネマズ高松”へと向かい、ちょっこし気になってた1作『アデル/ファラオと復活の秘薬』を観てから帰ることとした☆

劇場鑑賞は(確か)『ジャンヌ・ダルク(1999)』以来となる、リュック“御大”ベッソンじきじきの(=^_^=)監督作。
ちょっと「時代遅れ気味」っぽくも見える“古代エジプトをネタにした女性探検家(?)の冒険譚”の幕が上がる!

20世紀初頭・・具体的には、1911年11月4日の深夜1時。
ほろ酔い状態でパリ市街を歩いていたシュパール氏は、考古学者=エスペランデュー教授の続けていた“とある研究”の実証の場に、思いがけない形で立ち会うこととなる。

教授の用いた「秘術」により、自然史博物館の展示ケース内に眠っていた卵が孵化し・・蘇った翼竜(?)「プテロダクティルス」の暴走によって、前知事=レイモン・ポワントルノが踊り子=ジャンヌと共にスキャンダラスな死を遂げてしまう。

パリ警視庁のカポニ警部率いるチームの捜査で、エスペランデュー教授が逮捕されたその頃・・はるかかなたのエジプト“王家の谷”では、世界を飛び回るアクティヴな女性ジャーナリスト=アデル・ブラン・セックが“ファラオ(=ラムセス2世)の侍医のミイラ”を求め、ピラミッド内部の探索を続けていた・・

双子の妹=アガットを5年前、思いがけぬ不幸な事故で“人事不省の状態”にしてしまったアデルは、現代(近代)医学ではなく、古代の医術&秘薬にこそ、アガットを回復させるカギがあると考えていたのだ。

しかし、ミイラ復活に至る道のりは、彼女が思った以上に回りくどく(=^_^=)険しいものであった・・

『最後の戦い(1983)』『サブウェイ(1984)』『ニキータ(1990)』『レオン(1994)』辺りを全くリアルタイムに知らぬであろう、最近の若い衆(?)にとっては、ダラダラとジェットコースター的に流れる、単なるアトラクションムービーの類(たぐい)と映ったやも知れないが、、ワタシのような“多少なりと、ベッソン監督作を観て育って(=^_^=)来た人間”としては、総じての「(作品の)薄さ・浅さ・甘さ」にまず、戸惑いを隠すことが出来なかった(・ω・)

ま、ある程度は予想してたことでもあったが(どないやねんな(=^_^=))

何だか物語の組立てが「おバカにも分かる、おバカ作品」って感じで、その下らなさにこそ“笑いのツボ”を刺激されてもしまったが、まぁ一方で「おっさん、楽しんで撮らはったんやろなぁ〜」と多少の羨望を感じたりもしたな(=^_^=)

ナニやら「撮りたい作品がまずあって、撮った」と言うよか「撮りたい女優がいて、彼女をひたすら束縛し、撮りたいがためにへっぽこな脚本を引っ張って来た」って感すら漂う(妄想かも知れません! 御大、すんません!)。

それ故のことか、描写的に過剰気味なアデルの入浴シーン(何故必要だったのか知んないが、ここでは彼女のおっぱいをしっかり鑑賞することが出来る!)を挿入したり、アンドレイ・ズボロフスキなる“草食系な青年キャラ”を配しつつ・・殆ど(彼らを)恋愛物語にまで踏み込ませなかったりする。

あまつさえ「しつこい程の扮装(コスプレ?)シーン」や「ファラオを前にタンカを切らせるシーン」や「翼竜にまたがらせ、空中散歩させるシーン」やら、もう御大のやりたい放題だ!
「誰かこのおっさんを止めろ!」と言いたくもなるって(放っといたれよ!)。

登場する男性キャラが、揃いも揃って“ダメダメ野郎”ばかりだったのも、監督の“意図的なキャラ造型”によるトコが大きいのでは、とかね(=^_^=)

冒険活劇としては、予想以上にくっだらないンだが、少なくとも“御大”がゲッスく稚拙な作風ながらも「堂々と、自らメガホンを執る気になった」ってトコだけに、本作の造られた意義はあるのかも知んない。
案外“御大”ご自身の股間の“メガホン”もクランクイン以降、きっと連日お元気だったんやろね〜(知らんがな)。

〜 こんなトコもありました 〜

♦本作に登場する「教授」と呼ばれる面々は・・揃いも揃って何処か発狂してたように思えた。
♦時代的に、フランス国内での(当時の)処刑方法は「ギロチン」だったようで(×_×) 中盤だかで、そんなに悪いヤツでもなかった(?)しとが、アクシデントからうっかり「首ポロ」になった(と思しき描写があった)のは、ちょっと衝撃的、と言うか不快だった。。アレってばギャグシーンだったんやろか?
♦(またがってる)ラクダを走らせたい場合は「ヤラー!(行け!)」と叫べば良いらしい。
♦『17歳の肖像』のヒロイン=ジェニーもタバコをスパスパ吸ってたが・・アデルも結構吸ってた(・ω・)
♦ワタシの期待してたのは「エジプトロケ」「ピラミッド探索」などの展開&演出だったんだが・・実際には、中盤以降「舞台=パリ圏内限定」ってことになってて結構びっくりさせられた。本作に「砂漠の冒険」などを過剰に期待すると、確実に失望します。。
♦髪留めの長いピンを挿したままテニスをすることが、こんなにも危険だとは知らなんだ。。
♦刑務所からエスペランデュー教授を救い出そうと奮闘するアデル。毎回、絶妙にバレるんだが(=^_^=) そのたび「つまみ出されるだけ」で、決して捕まらなかったのがメチャメチャ不自然だった(=^_^=)
♦本作に登場のフランス大統領。「1906年の就任」とセリフで言ってたことから、アルマン・ファリエール(在任期間:1906〜13)」だったようだ。
♦“ブラン・セック”とは、ワインにおける「辛口の白」って意味だそうだ。
♦“半径2キロ以内の死者が生き返る”とか言ってたけど、あちこちでどえりゃ〜騒ぎになる、とは考えられませんか?(⌒〜⌒ι)
♦ラストにアデルの乗り込んだあの船は・・(×_×) ビリー・ゼインやキャシー・ベイツにカメオ出演しといて欲しかった(=^_^=)
♦とあるシーンを観た瞬間「プテロダクティルス・マクター!」と叫んだアナタは、確実に“重傷”でしょう(爆笑)。

〜 こんなセリフもありました 〜

アデル“死こそ唯一の道なり・・その先に誕生が”
   「感謝の言葉は、後にするわ」
   「何故、仕掛けが分かったか? 言葉を学んで研究したの」
   「富は不幸を招くわ」
   「私も“思い出”をあげるわ」
   「パパならきっとこう言うわ。
    “負けの続く時こそ燃える。頑張るぞ!”と」
   「お墓の中にいたら、女も眺められないでしょ?」
   「驚くのはまだ早いわ。次は“不可能に挑戦”よ」
   「あたしは“治せ”って言ったのよ! このボロ雑巾!」 ←ひいぃッ!

エスペランデュー「人が死ねば・・その肉体は縮み、魂に籠る。だから魂に死はない。
         そして特定の周波数がカギとなり、魂はよみがえる」

※「ファラオの棺を開ける行為は絞首刑に値する。
  墓所の黄金を盗むのは罪に問われんがな」

パトモシス「古代エジプトでは。優しさを高く評価する」
     「怒らずに。何事もユーモアが大切だ」

ファラオ「生や死は、去ったり訪れたりするものだ」
    「この広場にピラミッドを建てるべきだ」

カポニ「ところで・・あの巨大な卵の殻は・・でかいオムレツ用ですかな?」

ユペール「狩りの鉄則は“警戒と忍耐”なのだ」

ファラオ「お前のそのバカげた格好は何だ?」
パトモシス「これがこの国の平服です、陛下」

アデル「キスは必要だったの?」
パトモシス「いや、伝統のようなものだ」

追記:終盤でアガットが回復する訳だが・・元気になった彼女を観てると「このしとの方が可愛いかも☆」とふと思ってしまった(⌒〜⌒ι) こと「恋愛物語」に関しては、アガットの方にシフトして行きそうな気もしたし・・

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2010年7月 8日 (木)

☆『17歳の肖像(2009)』☆

7日(水曜)の夜。
ちょっこし仕事も早めに切り上げられたため「1本、行っとこか!」と直感的に決断し“ワーナー・マイカル・シネマズ高松”に向かった。で、観たのは『17歳の肖像』と言う、まぁいわゆる1ツの“女の子ムービー”であった(・ω・)

1961年、ロンドン郊外のトゥイッケナム。
おカタい両親に育て上げられた16歳の少女=ジェニー・メラーは「オックスフォード大に進学しなさい」と言う父=ジャック(アルフレッド・モリーナ)の期待に逆らわず、しかし心の何処かでは息詰まるような日常にモヤモヤを抱え続けていた。

そんなある驟雨の午後・・ジェニーが出会ったのは、親切な年上の男性=ディヴィッド・ゴールドマン(ピーター・サースガード)。
彼の紳士的な言動に好感を抱いたジェニーが、学業そっちのけで“大人の恋愛”に没頭してゆくのもムリはなかった。

密かに心に描いていた「17歳の誕生日を迎えたら、ヴァージンを棄てる」と言う気持ちも後押しし、やがて2人が“深い仲”となるのも分かり切っていたこと・・

そんなある日、ディヴィッドの隠し続けていた“秘密”を知ってしまったジェニーは「大きな決断」を迫られることとなる・・

「少女が大人の女になるんやで〜(←別に、急いでならんでもエエんやで〜(=^_^=))」的な物語の果てに「これは!!」と言う“もの凄い展開”を期待したワタシだったが・・そこまでにでっかい“オチ”のある訳でもなかったかな、みたいな観賞後のモヤモヤ感(・ω・)

観てて連想したのは『俺たちに明日はない(1967)』の冒頭だったろうか・・フェイ・ダナウェイ演じるボニー・パーカーが「家を飛び出す」あのイメージである。あとはスティングの主演(?)してた『ブリムストン&トリークル(1982)』とか。。
(上記の引用が“ネタバレ”っぽくなってしまってたら済みません、、)

「ディヴィッドの抱える秘密」に関しては「大きく2ツ」あったんだが、ワタシとしては1ツ目のをもっと膨らませて描いて欲しかったなぁ、と。中盤以降の展開次第では、スリリングかつ『レオン(1994)』のマチルダ(演:ナタリー・ポートマン)みたいな“インパクト溢れる、背伸びし過ぎな体験”が観客にも驚きをもたらしてくれたように思う。

口うるさいけど、格上の相手にはヘナヘナの骨抜きになってしまう“俗物オヤジ”を憎たらしいまでに好演してたアルフレッド・モリーナは、鬱陶しいけど、流石に巧い!
後半で(ドア越しに)グッと来ることを言うんだよねぇ・・ 流石は“ドック・オク(2004)”ですなぁ(=^_^=)

ピーター・サースガードは「ちょっと出演作のパッと思い浮かばない」微妙な紳士風だったか。確かに魅力的ではあったが(にしては“胸毛過多”だったが)。
ちょっと観てみたかったのは・・ユアン・マクレガー版のディヴィッドだったかな? 終盤のヘナヘナさが「予想外」で、それはそれで面白く仕上がった気もする(=^_^=)

ほか、ジェニーのクラスの担任教師役のしとが絶妙なハイミスぶり&枯れっぷりで・・そこが何とも言えず・・魅力的だった(←どないやねん!)
良く観たら全然違うと思うんだが、、キーラ・ナイトレイがそのまま水分を失って行って(←おい!)、そこにシガニー・ウィーバーとかイザベル・ユペールと言った“おばさまテイスト”が加わって行ったら、そんな感じ(どんな感じ?)にならはりそうな・・そんな方だった。

このしともまた“凡人代表”とし、本作に欠かさざるべきキャラだったように思う(実はムチャクチャな才媛だったが!)。

オープニングの「ここは、お嬢様学校なんでっせ〜」的な映像演出がすごく良かった! それ故、段々とストーリーがトーンダウンしてく印象が否めなかったなぁ。

あと、ワタシだけの感想かも知れんが「映像が総じて奇麗過ぎ、イマイチ1961年と言う時代設定の物語世界」に入って行けなかったような(・ω・)

「17歳の女の子の抱える、内面の機微を描く」ってトコでは、確かに意欲的&普遍的であり佳作なんだろうけど・・「こう言う作品が観たいんじゃなかった」と正直、思ったワタシである。
加えて、ヒロイン役の女の子(キャリー・マリガン)も「そんなに美少女でもなかった」しぃ・・

〜 こんなトコも 〜

♦冒頭で「リン・バーバーの思い出に基づいて」と表示されてた。自伝があるんやろかな?
♦ちょっと知性面で「崩れた」ようなサブ・ヒロイン=ヘレンが登場・・ってロザムンド・パイクさんでしたか(・ω・) ←38度線(?)上空の軍用機内で「孫子の兵法」を胸に刺して死んじゃったしとです。。
♦ディヴィッドの愛用してたクルマは「ブリストル」。現在も生産・販売は続いてるメーカーらしい!(ウィキより)
♦ジュリエット・グレコの歌うシャンソン。印象的でした。
♦エドワード・バーン・ジョーンズの名を耳にし“ラファエル前派”と即答出来ないと、社交界ではやってけないらしい。。
♦大学進学を“娘への投資”と言ってのけたジャック。たといそうだとしても、黙っとくべきでは、、(・ω・)
♦C.S.ルイスは1963年に没してるそうだ(ウィキより)。(61年に)著書にサインくれるお元気が果たしてあったのやら・・
♦ディヴィッド愛用のカメラは“ペンタックス製”だった。
♦「34番地の家」から出て来たあの住人・・何ともまぁ“フツー”でした(・ω・)

〜 こんなセリフも 〜

ジェニー「夕食を外で? “未知の世界”ね」
    「大学は“男探しの場”なの?」
    「・・私を見たいの?」
    「何もしないなら、何者にもなれはしないわ」
    「このバナナにヴァージンを捧げろと?」
    「子供相手の話し方はやめて。大人の女として扱って。いい?」
    「読んだり聞いたりしてたのと違って(喪失なんて)あっけないものね」
    「名門大学を出ても、死んだような人生ね」
    「大学を出ても、女は何も出来ません」
    「味わいも楽しみもなしに、死ぬまで退屈な人生を過ごせと?」
    「教育する意義を教えて。
     教育者なら、こんな質問に対する答えも用意しておくべきよ。
     私のような生徒は、また現れるわ」
    「私の口から(それを)説明させないで」
    「おかしな人たちね」

ディヴィッド「エルガーの作品には、音楽に“バーミンガムの訛り”が混じってる」
      「進学の役に立たないようなものだからこそ、音楽は素晴らしいんだ」
      「“人生大学”に落第してね」
      「いい奥様ですね(You are a lucky man.)」
      「ステキだ(This is lovely.)」
      「パリは君に似合う街だ」
      「女2人の化粧に、何故こんなに時間がかかる? 3人分してるのか?」
      「それより、君は奇麗だ・・」
      「急がないと、置いていくぞ!」
      「あなたのことは“頭の硬いパパ”と聞いていたが・・僕はそうじゃないと思う」

ヘレン「彼ら“ワル”なのよ」
   「ラテン語なんて“50年後には滅ぶ言葉”と聞いたわ。今やラテン人も使わないって」
   「進学しなければ、その美しさも保てるわよ」

※「ラテン語批判セリフ」は『アイアンマン2』でもグウィネスさんが言ったはりましたっけ(⌒〜⌒ι)

ダニー「いい物は、その良さを直感的に感じ取らねば。それは理屈じゃない。
    それを感じ取れた者が“勝ち組”なのさ」
   「君だってあの時“止めなかった”だろ?」

ジャック「玄関の花束を片付けろ。金持ちと思われたら泥棒が入る」
    「娘を嫁にやるのは“厄介払い”とは違う」
    「私のような“卑屈な生き方”をさせたくはなかった・・」

ジェニー「クラシックを聴くと、お葬式の気分になるわ」
ディヴィッド「夜を楽しもう。“死を思う”のは又の機会でいい」

ジェニー「外泊なんて、父が許さないわ」
ディヴィッド「僕が話すよ」 ←この会話も終盤への“フリ”かも。。

※「価値を護るため“解放”してやったまでさ」
 「人生を楽しむために、学問以外の才能を磨くんだ」
 「あなた、知らなかったのね・・毎回そうよ」
 「人生に“近道”はありませんでした」
 「愚かなまま、歳だけをとった気分です」
 “私は心からの演技で、彼に応えた”

校長「今ので“要点”は通じたかしら?」

担任「このプレゼントは(私にとって)励みにならない。
   これを受け取れば、私たち自身を裏切ることになるわ」
  「あなたの彼は、あなたの知性を尊重してる?」
  「・・“その言葉”を待っていたのよ」

追記:ディヴィッド役にユアン君。ついでにダニー役にヒュー・ジャックマン、ヘレン役にミシェル・ウィリアムズを配したら、全然別な作品(2008)を連想させてもくれ、それはそれで新鮮だったかも知んないネ(=^_^=)

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2010年7月 7日 (水)

☆『プロジェクトA(1983)』☆

5日(月曜)の夜、衛星第2で放送されたものを鑑賞☆

どうやら今週ってば“ジャッキー・チェン強化週間”となっとるようで、、衛星さん(・ω・)

考えたら、日本語吹替え版じゃない、つまりは「石丸博也さんの声じゃない」ジャッキー主演作を観るのって・・ひょっとしたらコレが初めてだったのかも?(=^_^=)

本作の劇場公開当時と言えば・・ワタシってまだ小学生だったので、1人で劇場鑑賞(それも海外系)なんて、思いも付かなかったような気がする。
記憶に残ってるトコで、初めて劇場で観た外国モノってば『ゴールデン・チャイルド(1986)』だったし(・ω・)

ワタシ自身、カンフー系と言えば「ダラダラと組み手(?)みたいなシーンが続き、かったるい」って先入観があり、やっぱり好きなのは(ジャッキー作品じゃなく)“瞬殺型”のブルース・リー主演作だった。

ま、尤もリーの駆使してた武術が(カンフーじゃなく)ジークンドー(截拳道)だったってことを知るのは、更に先のことなんだが・・

香港の誇る、世界的アクションスター=ジャッキーの代表作とも呼べる、豪華アクション大作。

海賊の蔓延(はびこ)る、20世紀初頭の“イギリス植民地時代”の香港を舞台に、海賊掃討計画“プロジェクトA(=A計劃)”を遂に発動させる、水上警察+陸上警察の活躍を描く。

改めて「矢継ぎ早すぎて勿体ない」(=^_^=)アクションの数々に酔わされた。
制作側が意図的にアクションシーンをひたすら積み重ねて行くスタイルってば・・恐らくは(当時の)“007シリーズ(ロジャー・ムーア時代)”を見習ったモノだったんやろか? などと勝手に妄想してしまうワタシ。

訓練シーンなど、コメディチックな部分が「今にして観れば、多少おサムい」って感はあるが、自身を追い込んで行くようなジャッキーの「撮影現場で死にたがってるようにも見える」アクション演出はスゴい。

劇中では“ジャッキー自身が死を覚悟した”とも言われる(?)時計台からの落下シーンがやはり最も有名だが、私的には映画史上最高レベル(?)の“自転車アクション”こそを推したい(・ω・)

改めて今回の鑑賞で知った最大の驚きは・・敵ボスである海賊の頭領=ロウ・サンポウが劇中設定で「わずか35歳だった」ってトコ。もうちっとおっさんやと思ってたので。

なお水上警察の隊長を演じるジャッキーの役名がマー・ユーロン、そのライバルたる陸上警察の隊長(演じるはユン・ピョウ)の役名がホン・ティンチーと言うことも初めて知った☆

まぁ、知ったから人生がどう変わるってもんでもないンだけど・・(⌒〜⌒ι)

〜 こんなトコも 〜

♦ジャッキーが「あのシーン」で亡くなってたら、我々の決して聞くことの出来なかった(彼の)セリフはコレだったろう!
「ひとつ証明出来た・・やはり地球には、引力がある」
♦英国海軍の提督(?)が愛用してた銃は、どうやら「ルガーP08」だったようだ。
♦海賊の巣窟での“合言葉”は、今まで「殴れ!」だと信じて疑わなかった(=^_^=)が、ホンマは「月光大王」だったことも知った。
余りに地味なネタではあるも「ジャッキー検定」には案外、毎年出題されてそうな気がする(=^_^=)
♦ディック・ウェイ(狄威)氏演じる海賊の頭領。何処かの“族長”“大王”のルーツとなったのが間違いない感じ(=^_^=)のご尊顔のインパクトもスゴいが、ジャッキー&ユン&サモ・ハンの3人を相手に、特に劣勢な感じでもなく(?)戦ってた格闘スキルも凄まじい!
♦時計台の機械室を抜け出したジャッキー。結局文字盤のトコに回り込んで、ナニがしたかったんやろ?

追記:翌日(6日:火曜)に同じく衛星で『プロジェクトA2/史上最大の標的(1987)』が放送されたんだが・・コレが何ともお粗末でしょっぱくて最悪な続編だった(×_×) ただし、ヒロイン=サンサン役を演じたマギー・チャンさんはやたらと可愛かった! そんだけっ!

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2010年7月 6日 (火)

☆『バッド・ルーテナント(2009)』☆

5日(月曜)。
ここ1週間ほど、全く劇場に足を運べておらず「これではアカン!」と痛感し始めてるこの頃。
とは言え「天候が崩れる」「衛星第2で観逃せぬ作品が放送される」などの諸事情によっては、劇場に寄って帰る(帰れる)かどうかが大きく左右されもする。

今夜の場合「天候が崩れるやも知れぬ」「衛星第2で『プロジェクトA(1983)』が放送されるので、観終わってすぐ帰れる作品&ロケーションが望ましい」ってトコから、久々に帰路にある“ソレイユ”(と言う商店街の中にあるミニシアター)へと向かい『バッド・ルーテナント』を観た。

鬼才ヴェルナー・ヘルツォーク監督が、主演にニコラス・ケイジを迎えた刑事モノ。
ハリケーン・カトリーナ襲来直後の、微妙に治安の揺らいでいるニュー・オーリンズの街を舞台に、悪の道を突っ走る腕利き警部補(ルーテナント)=テレンス・マクドナーの直面する数々の「厄介な事件」が同時進行で描かれる。

ヘルツォークと言えば、星の数ほど存在する映画作家の中でも、私的に最もインパクトを与え、ミステリアスさを感じさせてくれる1人である(・ω・)

世間的に知られる作品ってば決して多くないんだが、何年も前に、京都は中京区麩屋町にあった某ビデオレンタル店に(仕事帰りに)出かけ、同監督の『アギーレ/神の怒り(1972)』や『ザ・クライマー/彼方へ(1991)』をわざわざ借りて観たモノだった。

特に前者は難解と言えば難解だったが・・何とも言えぬ斬新さ(?)に「物語性を削りまくってさえ、こないに雄弁でインパクト溢れるモノが造れるんやなぁ」と感心させられたモノだ。

ハリケーン・カトリーナ直撃後のニュー・オーリンズ。留置所での“とある英雄的行為”により、テレンス(ニコラス)は警部補に昇進。授賞式で静かに喜びを噛みしめる彼だったが・・その際、腰に負ったキズの痛みを紛らわせるために処方されたバイコディン(鎮痛剤)の量は次第に増し、やがてはコカイン吸引に手を染めるようになる。

私生活では、高級娼婦フランキー(エヴァ・メンデス)と心を通わせるテレンスだが、そんな中、複数の事件が同時に起こるのだった。

・ンデーレ家(セネガルからの不法移民)の惨殺事件
・アメフト賭博における多額の借金発生
・花形アメフト選手=レナウド・ヘイズとの出会い
・恋人=フランキーを巡る恐喝事件
・ンデーレ事件の“唯一の目撃者”である少年=ダリルの失踪
・その少年を巡る恐喝事件
・急きょ父親の飼い犬を預かることに

今日もズボン(の前部分)に「44マグナム」を無造作に突っ込み(=^_^=)、幻覚に襲われながらテレンスの向かう先は・・

「悪徳刑事の言動を客観的に描く」と言う切り口こそ面白かったが、テレンスの“本心”“本音”とも言うべき部分がハッキリと描かれず、それを想像するには証拠(?)が曖昧&散らばり過ぎてた印象があった。

特にキッツイのは、テレンスがコカインで慢性的に(?)ヘロヘロ状態となってるが故、彼にしか見えぬ「張り込み現場を這い回るイグアナ」「殺人現場の床でブレイクダンスを続ける男」の描写なんかがまことに奇異に映った。
何と言うか、その辺りだけが「意図的にアマチュアっぽいカメラワークで撮影」されてたりもして・・まさに奇妙なのだ(・ω・)

ほか、折角の共演を果たしたヴァル・キルマー(スティーヴィ刑事役)も、妙に「部分的なタッグ」って感があり、もっとテレンスのプライベートにまで絡んで来て欲しかったように思った。

主人公の言動を眺めるに・・どうにも「こりゃ死にたがってるな」「恐ろしいバッドエンドが待ってるんやろな」と、どんどん観客の想像力が悪い方へ悪い方へ転がって行くんだが・・そう言う点では「想定外」ぽいエンディングではあったか。

“ワル”を楽しみ演じてるニコラスに『フェイス/オフ(1998)』を、娼婦に静かな愛情(?)を注ぐニコラスに『リーヴィング・ラスベガス(1996)』を連想させられ、それはそれで楽しんだワタシではあったが・・ ま、今日は「メンズデー」だったし、文句はこの辺りにしとこうか、と(=^_^=)

〜 こんなトコも 〜

♦原題の“Bad Lieutenant : Port of Call New Orleans”は差し当たり「悪徳警部補/我が心のニューオーリンズ」って感じやろか?
♦テレンス式のノックは「1、1、3」だった。
♦水面を泳ぐヘビ、ハイウェイ脇の叢(くさむら)を這うワニ、そしてイグアナ、と“爬虫類”の出演が目立ってた。
♦アメフト選手の身体能力の目安は「40ヤード(約37m)を4秒3で走る」ってことらしい。
♦テレンスに倣って「ダーティに突っ走ろう」とするスティーヴィの「いちいち制される」のが、面白かった。そんなシーンにおけるテレンス(の言動)こそ「真実の姿」だったのかも知れぬ。見た感じ、やってることはメチャクチャなんだけど(⌒〜⌒ι)
♦ダリルを演じた(少年)俳優の名はデンゼル・ウィテカー。名前からすると・・ひょっとして??
♦撮影監督を良く(?)し、ちりばめられたエピソード群の演出方法をもっと鍛え上げたら、更にスゴい作品に仕上がってたと思うと残念だ。まぁそんな不器用さ&頑固さもヘルツォーク監督ならでは、と言えるのかも知んないが(=^_^=)
♦ヴァルキルさん、微妙にジェフブリ(ッジス)っぽさがご尊顔に入って来てはった感も。。
♦本作ってハーヴェイ・カイテル主演の『バッド・ルーテナント/刑事とドラッグとキリスト(1992)』のリメイク作らしい(・ω・) 全く知らんなぁ・・

〜 こんなセリフも 〜

テレンス「調書がここ(ロッカー)に残ってる。つまり、まだ移送されてない容疑者がいる訳だ」
    「お前なんか助けたら、こっちまで溺れちまうだろ?」
    「55ドルの高級パンツを濡らしてまで、お前を助けると思うか?」
    「あった、これだ(This is it.)」
    「監視カメラがあるんなら、そいつに映らないよう注意しろ」
    「コカインをくれ。間違ってヘロインを吸っちまった」
    「俺か? お前にとっての“悪夢”さ」
    「処方薬なんかじゃ効かない。だからヤクを使う」
    「何でイグアナがここに?」
    「人生に目的が出来ると、何でも出来るよな?」
    「ここ3日、(日に)1時間半の睡眠で捜査を続けてる」
    「これまで礼儀には気を付けて来たが・・礼儀を忘れた方が、スムーズに進みそうだな」
    「子供に遺すべきカネを、総て自分の医療費に使いやがって!」
    「クソ検事補め! 有罪率ばかり気にしやがって」
    「こっちは捜査に生命をかけてるんだ」
    「銃がなけりゃ、男じゃない」
    「素直に従えば礼儀正しく扱ってやる。だが、逆らえば体裁を気にせずしょっ引くぞ」
    「この俺に指図すんな! 手前ぇら全員ぶっ殺す。夜明けまでにな」
    「持ってないのか? “幸運のパイプ”を」
    「もう1発撃て。魂がまだ踊ってやがるから」
    「“自然の結果”って訳か」
    「スプーンを見つけた。銀じゃなかったし、サビてたけど」
    「巧くいかない日もあるさ」
    「魚は夢を見ると思うか?」
    「言っとくが・・高級下着を濡らしたことは、まだ納得してねぇからな」

フランキー「ふざけないで(This is bullshit.)」
     「電話を架けて来るのは“頼みのある時”だけね」

スティーヴィ「こっちの屍体は“処刑”されてる。見ない方がイイぞ」
      「この部屋(取調室)じゃ、俺が神だ」

上司「結果を出せ。必要なら残業しても構わん」
  「ここでは“カウボーイのような真似”は赦されんのだ」

父「そろそろ辞め時だ。これ以上続けたら、更に堕ちるぞ」

デイヴ「(貸しを)回収する時に一番面倒なことはな、言い訳を聞くことなんだ」

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2010年7月 5日 (月)

☆『ラッシュアワー3(2007)』☆

ハナシは先月25日(金曜)にまで戻り、、

“金曜ロードショー”で地上波初放送された『ラッシュアワー3』を満を持して鑑賞しようとしたら・・
疲れのせいか、仮眠が長引いてしまい、結局「30分遅れ」でTVを点けるハメになった(×_×)

ま、当初こそ「序盤を観逃したこと」を悔しがりまくってしまったワタシだったが、結局のトコ、予想してた以上に“しょっぱく”て「終盤から(観る)だけで良かったかも」とまで思うに至った(・ω・)

シリーズ第3弾である(←そりゃそうだ)本作の見所は、何と言っても亜細亜圏のアクションスターを代表(?)する2人、ジャッキー・チェン&真田広之が共演(競演)するトコロ。

何だか最近ちっとも“グリーン!(≒ゴキゲン)”じゃない(=^_^=)クリス・タッカーとのタッグぶりも無論、本シリーズの“軸”なんだが・・興味本位でジャッキー、真田、クリスの年齢を(ウィキ)で確認してみると「クリス+12歳=真田」「真田+7歳=ジャッキー」と言う事実を知った!

また、知らなかったけど“謎の美女(謎か? それに美女か?)”ジャスミン役を演(や)ってはったのが工藤夕貴さんだったが・・真田演じる「ケンジ」との関係も良く分かんないままに“退場”されてしまった(⌒〜⌒ι) ←観てる限り“絡み”は一切なかったような?

キーキャラとなる“ジャンビエーヴ”なるヒロインに関しては「とある秘密」がその身体(?)に隠されてたが、特筆すべきヴィジュアル的な魅力に欠いてたが故、さほどのインパクトは与えられてなかった気がした。

ラストでは、エッフェル塔(展望室)を舞台にジャッキーvs真田のチャンバラバトルが展開されるんだが「格闘戦」を期待してたワタシには、何処か寂しかった。
おまけに、彼らの振り回す刀もまた「ナマクラそう」に映ったし、、

これこそまさに「キャスティングの揃った時点で“制作側の誰かが、確実にちゃっかり得した系”の作品だったんでは?」って風にも、妄想しちゃうワタシだった。

〜 こんなセリフもありました 〜

ケンジ「兄弟の縁は切れないぞ。この世でも・・あの世でもな」
   「この剣には歴史がある。俺たち同様、多くの流血を観て来た」
   「あの孤児院で、俺たちの人生は決まったのさ」

カーター「神はあなたたち女性に与えたもうた・・“素晴らしい肉体”をね」
    「どうして“ツール・ド・フランス”で頑張れるのか、今分かった」
    「そのパンツの中に“3番アイアンより太いの”が入ってたら、ぶっ飛ばすかんな!」
    「(転落しないよう)引っ張って! 俺たち黒人は飛べない!」
    「助かっても、殺すからな」

レイナール「(彼女と関係することが)どれだけ危険なのか分かっているのかね?」
カーター「ちゃんとゴムは使います」

追記1:エッフェル塔の展望台の真下には、それなりの転落防止用ネット(?)が張られてるらしい。
追記2:もういい加減「(事件解決とは言え)さんざムチャクチャなことをやっときながら、(遅れて)駆け付けた警官隊を尻目に、さっさと現場を立ち去ろうとする主人公の刑事ら」って言う“お約束的エンディングシーン”はやめにして貰いたい(・ω・)

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