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2010年5月20日 (木)

☆『フォッグ・オヴ・ウォー/マクナマラ元米国防長官の告白(2003)』☆

18日(火曜)・・「月曜の深夜」とも言える時間帯だったが・・衛星第2で放送された『フォッグ・オヴ・ウォー/マクナマラ元米国防長官の告白』を寛ぎつつ観た。

本作鑑賞の1時間半ほど(?)前まで『許されざる者(1992)』を(真剣に(=^_^=))観てたので、精神的には“ややぐったり”してたんだが「入眠までの時間で、ムリせずダラッと観よう」と部屋を薄暗くし、観始めたら・・意外にも物語に吸引されてしまい、とうとう全部観てから眠ることに(⌒〜⌒ι)

ジョン・F・ケネディ(任期:1961-63)、リンドン・ジョンソン(任期:1963-69)と言う、2人の大統領の下で国防長官とし手腕を振るったロバート・マクナマラ(1916-2009)が晩年、自身の半生や軍事論などを語ったドキュメンタリー&インタビューなテイストの作品。

劇場公開当時もそうだったが・・マクナマラ氏については、余り人物的に(直感的に)魅力を感じない(と言うより、ワタシに知識が欠け過ぎている)ため、敬遠してしてしまった本作。
それはこの夜の鑑賞に際しても同様で、(鑑賞を通じ)さほど同氏に対する好感度がアップした訳でもなかった。。

最も大きな印象は「インタビュアーの切り込み具合(?)が甘いため、マクナマラ氏のホンネ(謝罪っぽいコメント?)を引き出すまでには殆ど至ってなかった」ってことだろうか。

インタビュアー氏なりに頑張って“ベトナム戦争”に対する彼のホンネを絞り出そうと、粘ってるトコもあったが・・
マクナマラ氏は終盤、とうとう「ベトナム(戦争)に関しては、何を言っても後で“修正”が必要となる。だから私は“語らない道”を選ぶ」とプイッと横を向いてしまった感があった。

まるでそれは、マイケル・ムーア監督の追求(2002)にプイッと横を向く、チャールトン・ヘストン(当時「全米ライフル協会」会長職)を何処か彷彿とさせるモノでもあった(⌒〜⌒ι)

〜 こんなコメントもありました 〜

「核に関しては、1度の過ちが国を滅ぼす」
「あの時(1962:キューバ危機)、核戦争にならなかったのは・・運が良かっただけだ。
 今なお、その危険はあるのだから」
「“自滅”などとんでもない」
「冷戦? いや、実に“熱い戦い”だったよ」
「グアムにいた頃、B29爆撃機が1晩で東京の10万人を焼き殺した・・130平方キロの“木造都市”をね」
「神風、自決・・日米戦争は類(たぐい)まれな“悲惨な戦い”だった」
「事故の原因がクルマにあるのなら・・速やかな改良が必要だ」
「繊細な人間には耐えられない考え方だ・・戦争と言うものは」
「“訊かれたことには答えない。答えたいことにだけ答える”・・そう心がけて来た」
「ベトナム戦争の責任は・・(ジョンソン)大統領にある。むろん彼1人のみを責めるべきではないだろうが・・
 だが、少なくとも・・ケネディが生きていたら、あれほど大量の兵士は送り込まなかったろう」
「歴史家は“仮説”を好まぬものだ」
「私が心がけているのは・・“後知恵”で考えることだ」
「人は誰もが過ちを犯す。そして有能な司令官であれば、その過ちを認める」
「戦争において、総ての変化を読むことは不可能だ。そして、不必要な戦死者をなくすこともまた難しい」
人間には理性があるが、その理性には限界がある
「これ以上は、何も言えない。多くの人があの戦争(ベトナム)を理解せず、私を理解しないのだから」

大統領書簡「結び目が“戦争”と言うロープを両側から引くのはやめよう。それは引くほどに硬くなるだけだ」

ケネディ「私だって、決して“大統領の学校”を卒業した訳じゃない」

〜 マクナマラによる【11の教訓】 〜

教訓1「敵に感情移入せよ」
教訓2「理性は頼りにならない」
教訓3「自己を超える何かがある」
教訓4「効率を最大限に高めよ」
教訓5「戦争にもバランスが必要だ」
教訓6「データを集めよ」
教訓7「信条や見聞にはしばしば間違いがある」
教訓8「論拠を再検証せよ」
教訓9「善をなさんとして悪をなすこともある」
教訓10「“決して”などと決して言うな(Never say never)」
教訓11「人間の本質は変えられない」

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