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2010年3月31日 (水)

☆『ロボッツ(2005)』☆

31日(水曜)の夜。今夜も寄り道もせず帰宅⇒午後8時前には夕食なども済ませ、TVの前にちょこんとスタンバってたワタシ(・ω・)
衛星第2では、今夜(吹替え版ながら)CGアニメ作『ロボッツ』が放送されたのだ。

劇場公開当時、何の興味もわかず“スルー”しちゃった1作だが・・映像(=CG)技術的には、もはや(?)そないに現在の作品群と遜色があるとも思えなかったので「見せて貰おうではないか。そのかつてない映像演出とやらを!」などと期待値を高めてもしまった次第☆

リベット・タウンに生まれたブリキ製ロボット=ロドニー・コッパーボトムは、発明家のビッグ・ウェルド博士に憧れ、やがて両親と別れて1人(博士の住む)“ロボット・シティ”へと旅立つ。

しかしかの街では、ビッグ・ウェルドは何処かへ姿をくらませ久しかった。
彼の代わりに巨大企業=ビッグウェルド社を牛耳るラチェット社長は、シティの住人たちの声に耳を傾けることもなく、独自の“ワンマン経営”を大っぴらに展開させてゆく。

街を、人々を、救おうと立ち上がったロドニーは、知り合ったフェンダー、パイパーらと共にラチェットに反旗を翻そうとするのだが・・

うーん・・何だかキャラデザインが全くワタシの好みじゃなく、それだけで集中力が随分と削がれてしまった。物語も、もっと「軸部分」がシンプルなハズなのに、妙に回り道したり、リズム感を崩す演出を差し挟んだりしてて、あんまり頂けない。。

が、一方で・・何ヶ所か挿入される“ミュージックパート”がなかなか良かった☆ 終盤(≒大団円)でJB(ジェームズ・ブラウン)路線のファンクが流れるのが、かなり良かった☆
ロボットが、そのリズムに合わせ“ロボットダンス”を披露したりする辺り、狙い通りの面白さがにじみ出てて良い!
思わず本作のサントラCDを(あまずぅんで)クリック(=購入)しちゃいたくなったモノである(⌒〜⌒ι)

吹替え版の声優陣で、すぐに(声で)分かったのは古川登志夫氏や三ツ矢雄二氏だったが、メインキャストに草彅剛氏や西田敏行氏の起用されてたのには(その場では)気付かず、後で知って軽い驚きを覚えた。

世界観と言い、展開と言い、正直あんまし誰彼にお勧め出来るもんじゃなかったが、、時として「スピード感溢れる映像群」が楽しめたりもしたのは事実で、コレを大スクリーンで(当時)鑑賞してたら、きっと評価は変わってたかも、、って気はする。

〜 こんなトコも 〜

♦ロボットが「フィルム式カメラ」を使ってるのが“笑撃的”だった。
♦何かと言えば、すぐ“ピ※ゴラスイ※チな仕掛け”の出て来るのが笑えた。
♦ロボットが全編に渡り活躍する作品なのに、彼らの形成する社会が、徹底的に「非効率的」「アナログ的」なのが、珍妙だった!
(ひょっとすると・・“神の視点”で今の人間界を眺め下ろしたら、コレと良く似た感じなんかも知れない)
♦中盤辺りの「ピタ※ラス※ッチなドミノのシーン」は本作最大の“見所”かも知れない。
♦「ヴァーチャルな空間」に於いて“磁力の存在”を完璧に表現してたのはスゴかった!

〜 こんなセリフもありました 〜

父「もし人生をやり直せるなら・・何処までも夢を追う」
 「パパはお前にガッカリしたりはしない」
 「“実現したい”と本気で頑張らねば、その夢は一生お前を苦しめるぞ」

フェンダー「ここで巧く行くなら、何処ででもやってける。ここで巧く行かなきゃ・・俺たちの仲間だ」
     「お前さえ無事なら、俺はそれでいい」

※「陰謀の成功を祈る」
 “外で錆び付くよりはマシ”
 「落ち込む日があっても、必ず明日はある」
 「何もしなけりゃ・・失敗もしないのさ」
 「やめさせる? そうじゃなく“破壊”するんだよ!」
 「君にいいアイデアをあげよう・・断念しろ!」
 「“(自分が)負けたと悟らなければならない時”もある」
 「私が負けた相手に、君などが敵うもんか」
 「諦めたら、何も生まれない・・そうじゃないか?」
 「ヤツの根性を“昔のやり方”で叩き直してやる!」
 「私を信じてくれて有難う・・ここに帰って来て良かった」

追記:こんなヤツに似てるキャラが出て来て、結構気に入ってしまった。セリフらしいセリフもないんだが、イイ立ち位置だったと思う。 (無断リンクで済みません)

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☆『ティム・バートンのコープスブライド(2005)』☆

30日(火曜)。
今週は衛星第2がそこそこにアツいので、むしろ(?)積極的に会社から真っすぐ帰宅⇒さっさと夕食を済ませたりしている。
今夜は衛星第2で『ティム・バートンのコープスブライド』が放送されるってんで、劇場公開当時、見送って(≒見逃して)しまったワタシとしては、ちょいと外せないトコがあった。

『ナイトメア・ビフォア・クリスマス(1993)』や『ジャイアント・ピーチ(1996)』のようなテイストのパペット・アニメーション(≒ストップモーション・アニメ)作品。

タイトルの“コープスブライド(死者の花嫁、の意)”って言葉が耳慣れないワタシは「ティム・バートンの」と付けなくても支障ないやんか? と思ったんだが、どうやらウィキ情報では「ロシアの民話」がベースとなってるそうで、その辺りに配慮したのかも知んない。

てっきりワタシは『ソフィー・マルソーのコープスブライド』とかもあって、ソレと区別するためかと思った(=^_^=)

結婚式のリハーサルに失敗し、逃げ出した青年=ヴィクター・ヴァン・ドート。深夜の森(墓地?)で“結婚の誓い”をようやくスラスラと唱えたところ、足元(の土の下)に眠っていた“コープスブライド”エミリーが眼を覚まし、彼を“地底の国”へと連れ去ってしまう。

残された花嫁=ヴィクトリア・エヴァーグロットは、消息を絶ったヴィクターを探すため、密かに屋敷を抜け出し、教会のゴールズウェルズ牧師を訪ねるのだが・・

薄暗いシーンばかりで、アニメーションにしてはちっとも子供向きじゃない、と言おうか、観ててちっとも晴れ晴れして来ない1作。そのあたり、流石にティム・バートン作品である(=^_^=)

前半から「2方向」にヴィクターの想いが進む辺り、どんどん主人公の首が絞まってゆくような感じであり、そう言う意味では「そこそこにスリリングで先の読めないトコ」はあったかな?

ヴィクターのライバルとなる(?)キャラが、バーキス卿と言うヒトクセあり気なおとっつぁん。
こいつとヴィクターの一騎討ちが終盤に展開されるであろうことは想像に難くないが・・このバーキスの存在が、終盤で巧い具合にオチに絡んで来るので、そこの“ネタの置き方”ってばスゴいなぁ〜と感心させられた。

地上の(生者の)世界がゴシップや閉塞感にまみれてて、どっちかと言えば“魑魅魍魎の住まう空間”となってるのに対し、地下の(死者の)世界の方が、屈託なく“新入り”を迎えてくれたり、中傷や先入観がなかったり(?)もして、よっぽど過ごし易そうなのが、魅力的に映った(=^_^=)
男のキャラが押し並べてガイコツ姿で醜く、女のキャラが比較的まともな外見なのは、男としては何処か納得出来なかったが(=^_^=)

そもそも、地下の方が“照明”や“音楽”に溢れてたようだ。そう言ったトコこそが監督の狙う「極上の皮肉さ」なんだろうけど。

作品時間も75分程度であり、ちょうど良かった。コレがもっと長かったら、流石に疲れてしまったと思うので(・ω・)

〜 こんなセリフもありました 〜

※「結婚とは・・言わば“共同事業”なのだ」
 「人間はいつか死ぬ。だが(死は)そんなに悪くない」 
 「生きてるだけだよ。(そのことに)意味なんかない。大したことない」
 「生きてる、なんて“ひと時のこと”でしょ?」
 「(死んだばかりで)まだ柔らか~い」

ヴィクトリア「“この結婚に失望した”と言う点では、意見が一致したわね」
      「あの方を助けなきゃ・・!」

牧師「新郎は、この結婚を望んではおらん!」

エミリー「何てステキな眺め。息が止まりそう・・ってもう止まってたんだったわ」
    「ご両親に会いに行く? どこに“埋まってる”の?」
    「死んでいるのに・・流す涙も残ってる」

ヒルデガート「ゆっくりと波に身を任せればイイのです。“楽園”に辿り着けるかも知れませんよ」

長老「何故(上の世界へ)行くのじゃ? みな“死ぬほど”下へ来たがっとるのに」
  「地上では“地上のやり方”に従え」

バーキス「独り身には、財産など何の価値もない」

メイヒュー「あ、いや、(死後の)気分はすごくイイんでさぁ」
     「坊ちゃん。思い出の欠片(かけら)は1つにまとめて忘れなせぇ」

妻「あなた、15年も前に死んだじゃないの?」
夫「正直言って・・そんなこと、どうでもいいんじゃ」

追記1:随意で自らの身体を“真っ2つに分離”出来る紳士が登場し、彼がシュール過ぎた! このしと、一体どんな死に方しはったんや?
追記2:ガイコツが集団でダンスするシーンがスゴかった! 背後の壁に(彼らの)影もくっきり映ってたし。きっと『アルゴ探検隊の大冒険(1963)』を意識しながら演出を進めたんやろな・・(・ω・)
追記3:ノリノリでピアノ弾いてる、サングラスかけたガイコツなピアニストってば・・あの“レイ”がモデルなんやろか?

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2010年3月30日 (火)

☆『パコと魔法の絵本(2008)』☆

29日(月曜)の夜。帰宅してから“春の感動シネマSP(←セキュリティポリス?)”なる特番を組んで“地上波初”放送されたファンタジー邦画『パコと魔法の絵本』を観た☆

劇場公開当時、かの『ウォンテッド(2008)』と“ハシゴ鑑賞”した記憶のある本作(←思えば濃ゅいね〜)

元々は舞台劇だったのを「豪華キャスト&キラキラCG」でゴテゴテとデラックスに仕上げた感もあるが・・取り敢えず、邦画にしてはムチャクチャにカネ&手間のかかってる気がした(⌒〜⌒ι)

が、悲しいかな・・本来「ノンストップ」で楽しむべきトコが“CMカット”でズッタズタに切り刻まれてたのんがツライし悲しかった。世界観に没入したままイッキに観ないと、この手の作品はワヤなんですワ。

劇場鑑賞時は、その圧倒的な映像群に気圧(けお)されたか(=^_^=) やや、評価の甘くなってしまったワタシだが・・今回落ち着いて観ると、まず「死・記憶喪失・ヤクザ」なる“無難に当たる(=ヒットする)脚色の3要件”が総て物語に盛り込まれており「ベタやな〜」ってツッコミがどうしても出てしまった。

そう言や、役所広司&妻夫木聡って『ローレライ(2005)』でも共演してたんやなぁ、と。よもや、こげな怪作(←すんません、、)で再び顔合わせしようとは、お互い予想だにしなかったんではなかろうか(=^_^=)

中盤までは(今回も)映像にかじり付いてしまったワタシだったが、後半からは集中力も削がれてしまいダラダラ観てしまってたように思う。ちょっとテンションが変な方向に高くって、疲れてしまった今回の鑑賞ですた(×_×)

劇作家の後藤ひろひと氏は、熱烈なファンから「陛下」「お上(かみ)」と呼ばれてるそうだが(←ホンマかい)、今後も手がけた作品が映画化されてくのか、少し楽しみなご仁ではある。

〜 こんなセリフもありました 〜

看護婦「あんたって、まるで湯豆腐だね・・歯応えがない」
   「ビビってねぇで、芝居やれよ! 俳優だろ?」
   「あんたは・・“その子の夢”だった」

パコ「昨日、あたしに触った・・大貫の、この手が」

大貫「けど、強くなきゃ、会社も興せなかったし、財産だって・・」
  「私は、この子の心に居たいんだよ!」

医師「何かしてあげたいんですね? あの子に」

堀米「悲しいですね。人間なんて」
  「訊く前に(反対と)決めておいた方が、面白いじゃないですか」

浩一「お気に召さなくても、真実は真実でしょ?」

大貫「あんた、猿に撃たれてここに運び込まれて来たのか?」
ヤクザ「あかんのかぇ! ・・面(おも)ろかったら、笑(わろ)たらよろしいやん」

追記1:「記憶をなくすが故、何度も同じ1日を新鮮に(?)過ごすことの出来る幸せ(←かは微妙だが)」「記憶を保持出来るが故、そんな人を前に、何度も同じ1日を共有させられる哀しみ」もあるんやな・・とフト思った。

追記2:ここに白湯(さゆ)があります・・じゃない。ここに過去のレビューがあります。

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2010年3月29日 (月)

☆『m:i:III(2006)』☆

27日(土曜)の夜。
阪神高速経由で帰阪したら・・またもや月見山を超え、神戸市内に向かって下って行く辺りから渋滞が発生した。この時も電光掲示では「20キロメートル」とか出ててゲンナリさせられた。

何だか「通行料を(逆に)値上げして、それで通行量が減るんなら、そっちの方が有難い」とさえ思えて来る時もある。「任意保険を契約してないクルマを通行不可にする」とか色々と締め付けてはどうなんやろ?(こら)

今回ばかりは(自宅到着に)3時間以上を要してしまい、すっかり疲れてしまったが・・遅い夕飯を摂りつつTVを点けると、土曜プレミアムで『m:i:III』が放送されてたので、中盤以降(の約45分ほど)に過ぎなかったが、ダラダラと観ていた。

観始めた時点で、既に主人公=イーサン・マシュー・ハント(トム・クルーズ)がとっ捕まり「ヴァージニア交通局」或いは「IMF本部」に連れ込まれた辺りだったので、橋で戦闘機と戦うシーンこそを観たかったワタシは酷くガッカリさせられた(×_×) ヴァチカンにおいて、既にランボルギーニ・ガヤルドは吹っ飛んじまった後だったし。

断片的には面白いアクションもあるんだけど・・全体的には「何ともしょぼいなぁ」と言うのが、ワタシの本作評である。
これならばまだしも「やり過ぎ」「バカ映画」と評判の(=^_^=)、ジョン・ウーの手がけた前作(2000)の方が、ムチャクチャ過ぎ、逆に屈託なく笑えて楽しかったな。

まぁ確かに、第1作(1996)の頃のような「突き抜け過ぎないサスペンス&アクション」の良さってのんはあったかも知れないが・・正直、ワタシが思うのんは「トム・クルーズって、ヘラヘラ笑ってナンボの俳優」ってことなのだ。
『宇宙戦争(2005)』でも、前半までの「ヘラヘラ笑って“その質問は兄貴が答える”みたいなスベリ気味なオヤジトークを放ってる」トムクルの方が、よほど親しみが持てた(=^_^=) ティム・ロビンスと地下室でシリアスに(?)ガチンコバトルしてても、何もこの心には響いて来ないのだ!(←お前だけだよ(=^_^=))

『マグノリア(1999)』以来の、フィリップ・シーモア・ホフマンとの戦いも全然“宿敵”って感じが漂って来なくて「ちゃちな武器商人のおっさんやんか」ぐらいにしか映らなかった。ま、そう言や、このシリーズって、悪役がちゃちなケースが多い印象が強いけどさ(=^_^=)
また、途中でイーサンが単独行動気味(←いつもだよ)に上海に向かう展開となるが、あの辺りの“サイバーパンクな世界観”で“追われる者状態の主人公”の映像は、ちょいと編集したら、まんま『マイノリティ・リポート(2002)』に繋げられそうだった(・ω・)

「ラビットフット」なる極秘細菌兵器(?)が道路上を転がるのを追いかけるシーンも『マイリポ』での“※ン※を追っかけて”な展開に妙にそっくりで笑いそうになってしまった。

終盤で長回し気味(?)に猛然と走り続けるトムクルを眺めてて「あぁ、クリントさんもお元気な頃は、妙に“走り”にこだわってたよなぁ・・」としみじみした。ミドフォーの頃(←そんなん言うんか?)って「オレ、まだまだ走れますねん」的なアピールをしたくなるお年頃なんやろかねぇ。。

ほか、鼻腔から脳内に爆弾を挿入させる「うげ〜」な装置が登場するが、、あれを取り出す専用の装置も準備しといて欲しかった。
そう、例の、アノ・・『トータル・リコール(1990)』なアレである・・

追記:過去のレビューがありました。ご参考までに、、

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2010年3月27日 (土)

☆『しあわせの隠れ場所』☆

26日(金曜)の夜。ようやく雨模様な天候も回復して来たので、仕事の帰りに“ワーナー・マイカル・シネマズ高松”へと繰り出し、狙ってた1作『しあわせの隠れ場所』を鑑賞して来た☆

“実話(を基にした小説)”を基にしたと言う本作。作品そのものについては、ワタシは正直どうでも良く(←おいっ)・・観たかった理由は、ただただ「サンドラ・ブロック姐さんが主演したはるから」の1点のみだった! 今回の演技でオスカー(主演女優賞)獲ったはるし!

ドラッグ依存の母&家庭を顧みなかった父のもと、生年月日も不詳なままに生まれ、生きて来た大柄な優しき黒人少年=マイケル・オアー。
ついに帰るべき家を失い、体育館で暖をとる毎夜となった彼を、降りそぼる雨のなか呼び止め、クルマに乗せ連れ帰ったのはリッチなテューイさん一家の奥様=リー・アン(サンドラ)の“ある種の気まぐれ”でもあった。

「低学力&大食漢&社交性欠如」な彼(←あ、オレもそうだ(=^_^=))の行く末は一家の不安をあおりもしたが、やがて彼は類まれなる運動能力を見いだされ、花形フットボール選手としての才能を開花させてゆくのだった・・

「可もなく不可もなく」な感動ドラマが淡々と綴られてゆく本作。私的には「佳作ではあるも、面白味に乏しいなぁ」と、正直少し退屈ではあった。大きな波乱も、大きなインパクトを持つ人間も欠いたままに、ただストーリーがレールの上を走り続けてた印象。

サンドラの起用には確かに十分なインパクトがあり、集客力も備えてたろうが・・「ワタシの観たいサンドラ姐さんの姿」はすっかりナリを潜めてしまってた感じだった。。
彼女お得意(?)の“タンカを切る”シーンはファンサービスでもあり(←そうか?)見所なのだが・・如何せん陽気にカラカラ笑ったり、オメメがクルクル回ったり、トラブルに巻込まれてコミカルに慌てたり、婦警さんの格好で掌をクルクル回して挨拶したり(←それは違う作品(1993)ですし!)・・そんな彼女ならではの「魅力」「武器」がほぼ完全に封印されてたような、、考えたらブロンドも“あんまし似合ってない”気がして来たぞ。

ってことで、粗筋を知った上で「物語そのものを楽しむ」ために観るってんなら意義もあろうが、サンドラ・ブロック主演に期待するファンには「微妙〜」な作品ではないかと思う。
もちろんコレは、キャシー・ベイツファンにとっても(=^_^=)

〜 こんなトコもありました 〜

♦2度ほど登場するスラム(?)のシーンこそ、もっともっとスリリングに描写して欲しかった。ワタシなら「あのシーンだけ」ハンディカムによる粗い手ぶれ映像にし、チンピラ共の顔面にも(徹底して)モザイク施しとくな(=^_^=)
♦1度のみ、もの凄いクラッシュシーンが・・! ってか、アレは(展開から)予想出来ましたなァ。
♦スラム(?)に単身やって来たリー・アン。あのちっこいバッグの中に、果たしてホンマに※※が入ってたのか? そこは「解釈が深い」と思う。私的には、アレは“ハッタリ”だなと直感したが(・ω・)
♦「全米ライフル協会々員」・・この響きには流石のチンピラ共も心なしか怯んでたようだ(=^_^=)
♦全編を通じ、殆ど成長しないSJ(ショーン・ジュニア)の姿にだけは「ホントは仮想キャラ?」などと感じてしまった。
♦(確か)後半ぐらいから、やっとこさ登場するキャシーはん(スー先生役)。もうちと存在感にインパクトが備わってたら「助演女優賞」をも狙えたものを(←って、ノミネートしてねぇってば)。
♦櫻の樹の下には・・屍体が在ると云ふ(梶井基次郎説)。テネシー大学のフットボール練習場の下にも・・屍体は在ると云ふ(スー先生説)(×_×)
♦スラム(?)にマイケルが戻るシーンでは、一瞬ながら『グラン・トリノ(2008)』のノリになるんか? と期待(←おい!)してしまった。
♦サンドラ姐さんの“鉄火(≒男勝り)ぶり”が凄まじい。。
♦ガス・ヴァン・サントが監督してたら、もっと落ち着いたテイストの『小説家を見つけたら(2000)』っぽい仕上がりとなったんやろか?
♦冒頭&後半で登場する、高圧的な感じの黒人お姉さん(・ω・) 後にして考えたら「ものは言いよう」ってだけだった(=^_^=)
♦フットボールで花形とされるポジションはQB(クォーターバック)だが、彼を守る存在=レフト・タックルも重要だそうだ。
♦マイケル少年のIQは80。フ※レスト・ガ※プ少年より10ほど上みたいね。。でも心優しくてイイ奴です。
♦テューイ邸のソファは・・1万ドル相当!
♦劇中で「かいじゅうたちのいるところ」や「はなのすきなうし」と言った絵本が取り上げられてた☆
♦お役所(?)で対応の遅さに怒るリー・アン。彼女の「責任者は誰?」の問いに、事務員の指差した壁には・・ブ※シュ大統領の写真が。。

〜 こんなセリフもありました 〜

リー・アン「今夜寝るところはあるの? 嘘はやめて」
     「何かあれば、私たちは2階にいるわ。ぐっすり眠ってね」
     「私をそこまで歩かせる気?」
     「階下で私が叫んだら、保険会社に電話してね」
     「今日の糧を与えて下さった喜びと・・そして新たな友に・・アーメン」
     「話さないなら、強引に訊き出すまでよ」
     「惚れ込んだ服じゃなきゃ、買っても着ないものよ。覚えておきなさい
     「それが好きなのね? じゃ、決まりね」
     「学校では、何か学んで来るのよ」
     「この幸せな気持ちは、総てマイケルに関係してるわ」
     「賛同してとは言わない。でも、とやかく言うのはやめて」
     「違うわ。彼が私の人生を変えているのよ
     「たまには“強硬手段”も必要よ」
     「Figure out.(何とかするわ)」
     「※※は起きる。あなたのせいじゃない」
     「チームは“家族”よ。彼らを護って」
     「コーチ。ここは“パスプレー”じゃなく“ランプレー”を」
     「息子を脅すってことは、この私を脅すってことよ
     「やりたくてやってる? そもそも楽しい?」
     「女の子を孕ませたりしたら、そのペ※スを斬り落とすわよ」

ショーン「見ろよ。アレは“何かを心に決めた時”の(ママの)顔だ」
    「(彼を泊めるのは)1晩だけだろ?」
    「僕は“一点集中”に実力を発揮するタイプでね」

マイケル「Can I leave now?(もう行ってイイですか?)」
    “壁も、床も、生徒たちも・・見渡す限り「白」ばかりだ”
    「決して、このクルマから出ないで」
    「Stay.(そこで寝てな)」
    「疑問を持つかどうか、は自分次第」
    「誇りが人を決める」

SJ「笑顔だよ! 友達になりたいならね
  「Sounds Good.(良さそう)」

コリンズ「何よ? 家でも(こうやって)一緒に勉強してるでしょ?」

コーチ「あれは只の風船だ。見るな! お前らもつられるな!」 ←(=^_^=)

ミス・スー「分からない? “まだ”分からないだけよ。“まだ”ね
     「サカジャウィアのようにあなたを導いてあげる」

ニック「優れた者は、見れば分かります」
リー・アン「・・ハンサムなコーチね」
ショーン「おい、亭主に聞こえてるぞ」 ←(=^_^=)

ショーン「何処へ向かえばいい?」
リー・アン「ウチよ」

リー・アン「彼、何も盗(と)らないわよね?」
ショーン「さあね。朝になれば分かるさ」

ショーン「僕に相談もなくかい?」
リー・アン「だから、今してる」

リー・アン「今のあなたの“分かった”は“そうしよう”ってこと?」
ショーン「もう決めたんだろ?」

リー・アン「この辺りに来るのは初めて。何かあったら、助けてね」
マイケル「護ります」

リー・アン「ここに居たい?」
マイケル「・・出て行きたくない」

マイケル「・・こんなの初めてです」
リー・アン「ベッドルームが?」
マイケル「・・ベッドが」
リー・アン「・・・」

リー・アン「(私たちと)家族になりたい?」
マイケル「もう、なってると思ってた」
リー・アン「では、そう言うことで」

リー・アン「正直に教えて。私は“イイ人間”かしら?」
ショーン「君はいつも、他人のためを思ってる」

※「あんたは慈悲深い人なんだねぇ」
リー・アン「努力中です」

リー・アン「彼に会いたいですか?」
※「こんな状態じゃイヤ」

コーチ「彼に何を教えたんだ?」
リー・アン「・・あなたはコーチなんだから、選手を見極めなさい」

コーチ「(あいつを)何処まで(運ぼうと)?」
マイケル「バス停まで。ヤツを家に帰してやろうと思いまして」

※「SJは手強そうだね」
リー・アン「父親に似たの。さ、準備はイイ?」

※「どうせ、ショボい※だろ?」
リー・アン「使い心地は問題ないわ」

追記:「No More映画泥棒」の啓発ショートフィルム(?)が新ヴァージョンとなってた! 今回は「カメラをかぶったおっさん」の他に「赤色回転灯をかぶったおっさん」も出演してはった!

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2010年3月26日 (金)

☆『刑事コロンボ/死者の身代金(1971)』☆

メモが残ってたもんで、記事をアップしときまっさ。

16日(火曜)の夜。購入したままに久しい(⌒〜⌒ι)『刑事コロンボ/完全版DVDボックス』の1枚目のディスクがレコーダー内にセットされたままになってるのを思い出した。。
つまりは『刑事コロンボ/殺人処方箋(1967)』を4日(木曜)に鑑賞し、その勢いでC/W(カップリングウィズ)な『刑事コロンボ/死者の身代金』を観るつもりが・・ホッタラケになってた訳だ。

本作は「シリーズ2作目」と言う位置付けではあるモノの、実は正式な作品ではなく“パイロット版”であったそうだ。
そのため、探偵役である「コロンボ」のキャラクターは、まだ完全に定まってない感もあった。とは言え、ぼちぼちと「ペンを無くしたり」「容疑者にネチっこく絡んで来たり」と言う“特徴”は開花しつつあるんだが、、(=^_^=)

やり手の女流弁護士=レスリー・ウィリアムス(リー・グラント)は誘拐事件を装い、夫を拳銃で殺害、崖下に遺体を投棄する。一方で脅迫文&脅迫電話を用いたトリックにより、まんまと身代金=30万ドルをせしめる彼女。

「架空の犯人グループ」は姿をくらまし、やがて夫の変わり果てた姿が発見される・・

完璧に思われたこの“狂言誘拐事件”に、FBIチームすらも翻弄される中、地元警察を代表してやって来たコロンボ警部(ピーター・フォーク)が「違った角度」から事件の真相に切り込んでゆく・・

コロンボはまだ、犯人役にその「存在感」が及んでない感。
って言うかリー・グラント演じる弁護士の美しさ&したたかさが、より光っていた。

本シリーズの犯人役は男性陣が目立つ気もするが、(今回は)犯人がコロンボとのロマンスを匂わせる演出なんかも盛り込まれてて、これはこれでイイ緩急がついたと思う。

犯人がセレブなもんで、セスナ機を用いた空撮がふんだんに(?)展開されたりもし「豪華やんか!」と感心させられる。

コロンボファンにしても、彼が「セスナを操縦する」「ビリヤードする」「チリを食べる」「ビンタされそうになる」など色々と暴れて(?)くれるので、検定に備える意味でも“勉強になる”1作と言えよう(検定なんぞあるんか?)。

終盤では“とある人物”の協力を得て、かなり危険な(=そのしとを危険にさらす)賭けに打って出るコロンボ。

しかしアレです。『殺人処方箋』でもそうだったけど、後半で「この事件の担当を外れることになりましてね」みたいに挨拶にやって来るのが、ホンマにズルい(=^_^=) 犯人もそりゃ油断しますって。
何だか・・試合前の記者会見で体調不良を装った、あの輪島さん(ボクサー)みたいですなァ。

ラストの(空港の)シーンでは、手元に2万5千ドルもの大金を持ちながら、喫茶店の勘定(=3ドル50セント)の持ち合わせすらない彼がスゴい! 案の定ペンも持ってないし! あのオチには“制作者の才能”を感じてしまった。
某古畑ではあんな演出はちょっと出来ないんじゃないかな?(やったとしても明らかなパクリだけど)

〜 こんなセリフもありました 〜

コロンボ「今ここで、ボールペン落としちゃいましてね」 ←ホンマかな・・
    「でも、フッと考えてみたんですよ」
    「コロンボって言います。この街の警察の」
    「あたしはどぅもせっかちなんですかねぇ」
    「近頃は何でも電話で間に合うようですなぁ」
    「あたしちょっとばかり、しつっこいたちでしてねぇ・・良くイヤがられるんです。
     ごくつまらないことが気になるたち、つまりちょぴりでも腑に落ちないと眠れないクチなんですなぁ」
    「女房に言わせると、あたしは“すっぽん”だそうです」
    「あなた今“どっち”って言いました?」
    「1人で悩んでるもんじゃありませんなぁ」
    「1つ1つはそれこそ絵空事だけれども、それを全部組み合わせて、全体として見ればヒントが出るんです」
    「長いこと刑事やってると、誰でもハナが利くようになるもんでしてねぇ」
    「“やりたいこと”と“やれるってこと”は別ですからね」
    「今の私は、それこそワラでも掴みたい気分なもんで」
    「出鱈目な証拠であなたを起訴したら、笑われるだけですからね」
    「そんなに噛み付かないで下さいよ。あたしだってこれで一生懸命やってるんだから」
    「実は担当替えになりましてね・・」
    「“人間には、幾らカネを積まれても売り渡せないものがある”って言うことをあんたは知らなかった」

レスリー「恐ろしい人ね・・そのしょぼくれたなりも態度もみんな見せかけ」
    「とにかく大した役者だわ。うわべはモタモタしてるけど、オツムの中身は目まぐるしく回ってる」
    「あなたといると、いつも肩すかしを食わされる気分だわ」

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2010年3月25日 (木)

☆『アンヴィル!/夢を諦めきれない男たち(2009)』☆

24日(水曜)。
今週は何やらずうっと雨続きである。。まぁマイカーを洗車せずに済むからラクだし、“四国の水瓶”とも呼ばれる「早明浦(さめうら)ダム」の貯水量も100%をキープ出来そうなので、そう言った点では特にどうと言うことはないが・・一方で仕事帰りに“ワーナー・マイカル・シネマズ高松”にまで立ち寄る気分になれないのは厄介だ(←いっぺん帰ってからクルマで行けよ)。

しかし「何か1本、観ときたいよな〜」と言う想いには抗えず、久々に商店街の中にあるミニシアター“ソレイユ”に寄って「期待半分+不安半分」でドキュメンタリー作『アンヴィル!/夢を諦めきれない男たち』ってのを観て来た。

“ヘヴィ・メタル(略してヘヴィメタ)の先駆者的存在”であるバンド「アンヴィル(Anvil)」の中心的メンバー2人=リップス(ヴォーカル/リードギター)&ロブ(ドラムス)を主人公に「活動期間30年余」「ブレイク後25年余」を経てなお、音楽に夢を託し続けるオヤジロッカーたちの奮闘と失意、そして再生の道を描き出す。

1984年の夏。“スーパーロック”ジャパンツアーのステージでは、世界から集まったバンドが火花を散らし競演していた。
ボン・ジョヴィを筆頭に、この公演の出演アーチストらがビッグになって行く中、落ちぶれてしまったバンドもいた。

その名は、アンヴィル。

しかし、それから20年余を経た現在においても・・彼らは死に絶えてはいなかった!(←どっかで耳にした言い回しやなぁ)

カナダ・トロントに実在する(←そらそや!)ヘヴィメタバンド「アンヴィル」の“過去の栄光”から“近年のクスブリっぷり”を淡々と見せつけられる展開。主人公2人のうち、ドラムス=ロブ・ライナー(←映画監督? ・・とは別人らしい)は物静かだし、まだしも常識人ぽいのだが、ヴォーカル=リップスが、とにかく“フロントマン”であるくせに、気分屋でワンマンでマネージメント能力を著しく欠いてるのだ。。

この2人ってば・・「親友」とか「義兄弟」だの「同志」などと言うよか「腐れ縁」って表現が最も相応しい気がする(=^_^=)

給食配送センター(?)勤務のリップス、建築作業員(?)のロブに、職業的な繋がりなどは何もないんだが、彼らにとって「仕事」は“クソのような日常”であり「全く稼ぎにならずとも、好きな音楽を続けてる方が幸せだし、音楽をやるためにこそ生きてるんだ」と豪語する。

そこそこのカネが溜まり次第、バンドを結成し、ヨーロッパツアーを40日ほどこなす彼らだが・・1000人以上は収容可な(ハズの)ホールで20人足らずの集客数に終わったり、道に迷って(ライヴ)会場到着が2時間(!)遅れたため、主宰者からギャラが全く貰えず訴訟沙汰に発展したり、と散々な日々・・

最初こそ、飛行機で颯爽とヨーロッパに降り立つも・・やがて宿代がなくなり、列車を待つため駅構内で1泊したり、その列車に乗りそこない寝袋持参でクルマ移動したりする中、流石に落ち込んで行く2人。

そんな「アンヴィル」に手を差し伸べたのは、かつてタッグを組んでたプロデューサー=クリス・タンガリーズ。彼の言うには「自主制作で新作アルバムをリリースし、ブレイクを狙え! しかしアルバム1枚の制作には200万円(←円換算)はかかるぞ!」とのこと。そんな大金のない彼らは、突き付けられた金銭的ハードルに戸惑い、しまいには2人の間に亀裂が入ってしまう。。

カメラが2人にのみ張り付くでもなく、その家族にも(積極的に)マイクを向けてるのが面白い。リップスとその“聡明そうな”息子との「庭先バドミントン」のシーンなどは、彼の「父親としての愛情」が静かに感じられてイイ。息子も「アンヴィルをどう思う?」と問われ「イイ線いってるよ!」みたいに即答したりして微笑ましい。

姉や妻など、最も彼らのそばにいる女性陣が、インタビューの中で不意に涙をこぼすのがナチュラルで良かった。

ただ本作って、全体的に出演者のヴィジュアルがイマイチなのである(←そら、ドキュメンタリーやし)・・大画面TVで本作を観直したいか? と問われたら「ちょっと遠慮さして貰いますわ」的な答えを即座に返してしまう気もする(=^_^=)

まぁでも、真面目に(?)作られた感はあるし、2度「ジャパンツアー映像」の登場するのんが、ニッポン向けな感じがあり気に入った。何だかまんまと「彼らの“プロモーション活動”に巻込まれちゃってる」ような気もして来たが(=^_^=) 帰宅後、ついつい“あまずぅん”でCDの価格帯をチェックしてしまったワタシではある(⌒〜⌒ι)>

〜 こんなトコも 〜

♦序盤だかでリップスの“ピ〜ニス”がモロにスクリーンに映されてびっくり。コレが「PG−12」たるゆえんか!? でも、負けてない気もした(←どうでもエエがな!)
♦バイ※レーターでギターを弾いてる、若かりし日のリップス。どないな音がしますのやろか?
♦メタルの3大要素は「フィーリング」「リフ」「グルーヴ」らしい。
♦「日本のアンヴィルファン」を代表し、菰池某(なにがし)くんが出演してくれてた。
♦ツアースタッフ(と言うか世話役)の女性が場所(地名)を説明する際「ホテルの“H”、ケツの“A”、ソドムの“S”・・」などと言ってた例示がスゴかった(=^_^=)
♦収録直後、インタビュアーによるひと言「(録音の)スイッチが入ってませんでした」の入るタイミングが絶妙だった!(=^_^=)
♦馴れ馴れしく大物ミュージシャンに話しかけに行くリップス。相手が“笑顔ながらも迷惑そう”に「覚えてないな」と放つのも何だか悲しくて、やがて可笑しかった。
♦アンヴィルとは「金床」の意味らしい。あ、読み方は「きんどこ」じゃないよ!
♦ドーバー海峡、ストーンヘンジ、渋谷、幕張メッセ・・結構、豪華なロケーション展開だった。
♦ファンが副社長を務める、電話セールス(?)会社でバイトするリップス。何とも悲しかったなぁ。
♦大手レコード会社(E※I)に拒絶され、結果的に別な大手(S※N※)に採用された(!)新作アルバム(通算13枚目)。 ・・ってことは、絶対に「iTunes Store」では買われへん訳やね(=^_^=)

〜 こんなセリフも 〜

※「彼らはもっとリスペクトされるべきだ」
 「彼らの何かが、巧く伝わらなかったんだろう
 「みんな彼らから盗み、そして彼らを見棄てた
 「ヘヴィメタはヨーロッパの文化だ」
 「ビジネスの基盤は、ファンとバンドを愛してくれる人たちだ。彼らなくしては存在出来ない」
 「シーンに合わせられないと、成功しません」

リップス「これまでで“やりたいこと”をやり尽くしたから、愚痴なんか言わないさ」
    「言っとくが、俺たちは“再結成”じゃないぜ」
    「このグーラーシュ(=シチュー)がギャラの代わりか? ふざけんな!」
    「こんな生活でブロと言えるか? マジで悲しい」
    「見ろ、アンプがすごく小さいぞ」 ← (=^_^=)
    「99.9%のバンドが、ギャラなんか貰ってないんだ」
    「レコード会社は嫌いだ。カネを払わないから」
    「過ぎた時間は決して戻らないし、止まりもしない。
     だから、出来る時にやるんだ。やらなきゃならない。生きてる内に
    「どんなにツラい時も、希望はあるし、道は開ける」
    「中途半端はお前もだろ!」
    「お前以外に愚痴なんか言えるかよ!」
    「俺たちを適切に扱ってくれ!
    「変わらないし良くもならない音楽業界なんて大嫌いだ」
    「99.9%の連中は、デモテープを聴いてさえ貰えない。
     高く積まれたこのテープの山は・・“ロックの宝くじ”さ」
    「知り合った人、場所、そして体験にこそ“人生の意味”がある
    「音楽は永遠に残る・・借金もそうかも知れないが」 ← (=^_^=)

ロブ「クソみたいな人生だが、今よりも酷くなることはないだろう」
  「上を向かないのも、人生さ」
  「こんな労働も“セラピーの一環”なのさ」
  「寝袋を持参してて良かった」
  「巧くいかない時もあるさ。失敗だとしても、ツアーには出られた」
  「平凡にクソなことをするより、貧困で好きなことをする方を選ぶ」
  「“俺が笑ってる写真”は珍しいな」
  「見ろ。マスターテープがゴミに埋もれてる」 ← (=^_^=)
  「今やるべきか、待つべきか、迷う」
  「ヤツはこの俺を傷つけるのが“生き甲斐”なのさ」
  「名声はすぐに失ったが、1度でもそれを味わえたことに満足している。
   何も恥じることなんかないさ」

ファン「ロックし続けろ!」
   「天国の召使いより、地獄の王たれ!
   「年月が経とうとも、彼らは“メタルの王道”だ!
    いや、メタルとも違うのかも・・」 ← どないやねんな

弁護士「少人数の前で演奏なんて、随分と舐められてますね。
    あなた方は毎晩、少なくとも1000人の前で演奏すべきです」 ←真っ当だけど、ズレてる、、

妻「自分でも“辛抱強い”とは思うけど・・あとどのくらい待てばイイの?」
 「私も“夢を追ってる”のかも」
 「私の愛してるのは、バンドじゃなく彼よ」

クリス「聴く者に気に入られなければ、売れない」
   「マネージメントが出来ていないと、売れない」
   「発言が誇張されてる。聞く側も感情的に解釈している」
   「お互い、反応が大げさ過ぎる」

※「マネージャーは?」
リップス「そんなのはいない」

リップス「崖から飛び降りるのは簡単だ」
ロブ「マジに飛び降りる前に、この俺が止めるがな」
リップス「それこそが“献身”だ」 ← 何なんだ、この会話は(=^_^=)

追記:ヘヴィメタにはとんと関心のないワタシだが、日本を代表する(?)ハードロックバンド「人間椅子」は20年近くファンをやっている。この「人間椅子」と「スピッツ」に関しては、この先もフォローしてゆくバンドと言えそうである(・ω・)

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2010年3月24日 (水)

☆“なにわバタフライN.V”☆

22日(月曜)の午後。
何とかDVD版で「オリジナル版(2004)」の鑑賞も済ますことが出来たので、ひと安心しつつ、西梅田・ブリーゼタワーの上層階にある「サンケイホールブリーゼ」に『なにわバタフライN.V』を観に行った。

因みに「N.V」とは・・「ニューヴァージョン」の意味、だそうで(・ω・)

オリジナル版から6年を経て「どんだけ劇的に変わるんやろか?!」ってのが誰しもの一番の興味津々なトコロだろうけど・・私的には「よりブラッシュアップ(≒洗練)されてた」半面「失われてしまった部分もあった」ように感じた。

素晴らしかったのは、オリジナル版で「相手の男」を表現してた“スポットライト”と言う効果を取りやめ、小道具の“額縁”を用いて表現する「擬人演出」に変えてたトコロ。
これはインパクトも、存在感もあり良かった。その中にも「畳むと更にサイズの小さくなるヤツ」「ずらすと2ツに分離するヤツ」とか、色んな変わり種もあったり(=^_^=)

一方で、オリジナル版のような「1人のインタビュアーを相手に(楽屋で)話す」のではなく「集まった観客(←これは我々そのものなのか?)を相手に話す」ってな、よりオープンな空間を意識させての上演ともなっており、ワタシとしてはここはちょっと「意図的過ぎる感」「間口の広過ぎる感」があって「どちらかと言えば」気に入らなかった。

途中途中で「主人公の女優」が「それを演じる戸田さん」に戻り“小休止みたいな雰囲気”となるのも・・緩急はつくんだけど、何やら集中力を変に削がれてしまうようで「どちらかと言えば」好かなかった。

ただ、1ヶ所だけ劇中で「強い女」を自負し続けてた女優が「顔を覆って嗚咽するシーン」があり、ここはかなりウルッと来てしまった。オリジナル版では「激昂すれど嗚咽はせず」ってな、一貫した言動(=キャラ造型)でもあったので、これは「大きな変化」と言えよう。

ってことで「余韻」の少なく「緩急」の大きくなってたのが良くもあり、ちょいと残念でもあった。
オリジナル版で「エエなぁ」と(素直に)思ったセリフも幾つかカットされてたし・・ ←脚本上から消えたのか、戸田さんが流して(?)しまわれたのかは分かんないが、、

ある意味、三谷氏の手(≒束縛)を少し離れ「戸田カラーを強めた」ような、そんな仕上がりに感じたワタシ。でも、それはそれで「確かなるN.V」だとは思う。

特に、某人物による「いんや。あんたみたいに弱い女、私は他に知らん」ってセリフは、本作を「N.V」足らしめる、最大の“衝撃的な進化”であり“演出の強化”となっていたと確信したワタシである。

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2010年3月23日 (火)

☆“なにわバタフライ(2004)”☆

かっなり久々に、この週末は(大阪に)演劇を観に行く予定となっていた。
脚本・演出:三谷幸喜、主演:戸田恵子の“独り芝居”『なにわバタフライN.V』である。

映画監督としての三谷さんについては、まだまだ「心酔するまでの境地」には達せぬワタシだが、こと舞台劇・・それも“少人数による回想テイストの物語”を書かせたら(←エラそやね・・「書いて頂いたら」・・としとこ(=^_^=))まさに天下一品なのである!

コレまで観て来たのは(DVD版の)『You Are The Top/今宵の君(2002)』、ナマ舞台での『コンフィダント/絆(2007)』『グッドナイト・スリイプタイト(2008)』なのだが(←わずか3作じゃん!)・・『コンフィダント』を(ワタシの中での)(現時点における)頂点とし、ホンマにその才能にはホレボレさせられてしまう。

この『なにわバタフライ』は6年前に初演された、同作のDVD版であり、劇作家=三谷のスゴさをワタシに教えて下すったとあるお方に「予習しとくように!」とお借りしてた・・のをパッケージに手も触れぬまま、月日ばかりが過ぎてしまってたモノだった(×_×)

かつては“アニメ声優”としてしかイメージのわかなかった戸田恵子さんの、女優としての素晴らしさを『You Are The Top』『グッドナイト・スリイプタイト』でガツンと思い知らされてたのはあるも・・上演時間=120分以上の“独り芝居”ってことで「キツいんちゃうんかなぁ?」と先入観でモノを観てしまってたのだ、、反省。

実際のトコ、緊張するでも退屈するでもなく、楽しく鑑賞することの叶った本作。
2日に分けて観たので、ちょこっとまとめときます。

♦18日(木曜)

後半までの約1時間半を観る。物語は「楽屋を模したセット」を中心に展開される。

大阪の大物喜劇女優(実名こそ登場しないが、モデルは明らかに“ミヤコ蝶々”さん)が舞台の終演後、やって来たインタビュアーを相手に語る自身の半生。相手は全く登場せず、どんな人物であるのかは彼女の「表情」「視線」「言葉遣い」などから観客それぞれが想像力でもってヴィジュアルイメージを膨らませるしかない。
当然ながら、相手のセリフもないわけで、戸田さんの“天性の「間(ま)」の感覚”が問われまくるのだ。それは長過ぎてもアカンし、短過ぎるのは無論もってのほかだ。ホンマにスゴいなぁ(・ω・)

彼女を全面的にバックアップしたのが「照明」と「音響」だった。効果音やBGM(マリンバ&パーカッションのナマ演奏)、床面を照らすスポットライトが、ロケーションや相手役の立ち位置なんかを絶妙に表現してくれる。
また小道具が使い回されたり、意外な「別の道具」に変形したりするのはクスッとおかしかった。例えば・・楽屋の壁に掛けられた書軸(?)みたいなのがベリッと剥がされ、帯として巻かれる辺りのナンセンスさはなかなかである☆

以下のようなセリフが印象的だった。

「あんた、優しいなぁ」
「済みません。中間(ちゅうかん)ちぅもんがありませんでした」
「思(おも)たらあん時、総てが決まってしもたような気がするなぁ」
「大きな声で笑ぅとったなぁ・・分かるよ、舞台の上からも」
「離れてると、相手を想う気持ちは余計燃え上がるもんや」
「恋をしてる時の女は強いで」
「けど、巧いこと行くかどうかは、やってみぃひんことには分からへんと思うんです」
「もちろん、ええ話やと思いますよ」
「まさか、そないなことになってるとはなぁ」
「人間、3時間泣いたら頬っぺたがヒリヒリするて初めて知ったわ」
「とうひ(逃避)てアタマの皮のことやなかったんや」
「自分は生まれながらの芸人や。人並みの幸せなんか要らん。芸の道に生きるだけや」
「先輩の皆さんには、良ぅしてもろてますよ。
 別にそんな、イジめとかそんなんはありません。ホンマですって! ・・(間)・・ イジめられてます」
「一生懸命が見えたら、客は笑わんのですか?」
「あんなことしてたらな、いずれバレますって! ・・(間)・・ 嬉しかったけど」
「因みに、何故(なにゆえ)こちらがお分かりに? あぁ、お尾(つ)けになられたんですか」
「お客さんに手ぇ出したらアカンのとちゃいますか?」
「せやけど、人の性格がそう簡単に変わるもんやない、と言うことをその時の私はまだ知らなんだ」
「今のひと言は余計やで。自分の師匠をそないに言うもんやない」
「“この世の中、盗(と)ったもんは必ず盗られる”・・その通りになってもうた」
「や〜めた。考えるのや〜めた」
「新しいもんやらんと、お客さん入らへんねん」
「それはアカンのとちゃいますか!」
「何で、ちゃんと向かい合って話そうとせんのですか!」
「しかし何や、立て膝にタバコふかして・・あんた一晩で態度でかなったなぁ」
「世の中には、今さら水に流せと言われても流せるもんと流せんもんがあるんです」
「ああ言うことなって、あたしみたいな色気ムンムンにぞっこんになるんはしゃあない。そら人間として当然の心理です」
「せやから、そう言う仔犬のような眼で私を見るなぁ!」

♦21日(日曜)

後半の約50分ほどを観る。中盤までの“恋模様”の中では「ひなびた温泉宿での過ち」「略奪愛」など“波乱の半生の片鱗”が女優自身の口から語られたが、後半も「ヒロポン中毒」「旦那の浮気」「浮気相手の女との対峙」など、なかなかの勢いで転がった(⌒〜⌒ι)

ラストではインタビュアーが次第に喰い下がって来るようになり、女優の態度が変わる辺りが見所でもあった。
「・・あんた、誰や?」のひと言がとうとう彼女の口をついて出て来る辺りの緊張感もまた、なかなかだった。

以下のようなセリフが印象的だった。

「(ヒロポン打つと)あらゆる世の中の境目が無ぅなって、楽しいもんの塊みたいに思えて来る。
 (けど切れたら)薬を打つ前よりも気持ちが落ち込んで・・せやから又打つ」
「私にしたら、あんたが頼りや」
「いつかきっと、売れる日が来る」
「芸人に遊びは付きもんや。ムコはんはオモテでモテるぐらいがちょうどええ。私も鼻が高い。
 けど、本気はアカンのとちゃうか? 本気は」
「私には分かる。女のカン、バカにしたらアカンで」
「聞かせて。私の何処がアカンの? 鬱陶しいか? 私とおると。
 こうるさいんか? しんどいんか? 私があんたなしでは生きて行けへんことぐらい、良ぅ分かってるやろ?」
「何か言うてぇな。あんたのクチから聞きたいんや」
「どんな人やろか? 私よりも奇麗な人やろか? 出来たらぶさいくがええなぁ。
 でも、あんまりぶさいくもややなぁ・・そのぶさいくに負けたことになる。ま、適度にぶさいくがええ」 
「言いたいことは言いました。もう悔いはない」
「私の何処がアカンの? “男、甘やかし過ぎる”て、好きになったら誰でもそやないんか?
 ほな“あんた私を棄てないで~”って泣いてしもたら良かったんか? そう言う女が可愛いんか? アホ、出来るか」
「せやから、その顔やめなはれて」
「眼ですがるな!」
「私はなぁ、あんたの笑(わろ)た顔が好きなんや」
「あんたもな、漫才師やったら、別れる時ぐらい明るせぇ。本気でこれで最後と思とんのやったら、
 それこそ最高の笑顔で私を見送らなアカンやろ? ほたら私も最高の笑顔返したるわ」
「しんみりはキライやねん」
「おおきに。ま、こんなところ、エエ感じでまとめてちょうだい。変に持ち上げんでええで。
 ちゅたかて、悪ぅ書いてもろても困る。ありのままでええねや」
「女はな、何をするにも理由(わけ)が要る。成功するにしろ失敗するにしろ、喜ぶにしろ悲しむにしろ、
 何をする時もまず理由を探す。それがな、傷付いた時に痛みを和らげるたった1つの方法やからや。
 そやから、どんな時もまず言い訳を探す」
「男運はない。けど、それを総て“芸の肥やし”にして此処までやって来た。私には仕事が総てや。女である前に」
「芸人やめよ、思たことなんて今の今までいっぺんもない。当たり前や、他に何が出来る言うんや。
 この世界でやってくしかないやろ?」
「ほな訊くけど、みんな“ホンマは何がやりたかったか”なんか分かってんのか? 分かって皆さん生きてはるんか?」

♦特典ディスクのこと

・三谷氏曰く「“独り芝居”と言うのは、書くのは楽だが、観る方は面白くない」「(淡々と進行する芝居に対し)観客の集中の続くのは10分が限界」「これまでの“独り芝居”は、重く終わる場合が多い。僕は“楽しく晴れやかに終わる”ものをやりたい」「(ミヤコ蝶々さんの自伝を読み)その“見事な人情コメディの人生”をドラマに、と考えた」
・戸田さん曰く「“見えない登場人物”が見えて来るのを期待している」
・スタイルとしては、まず「標準語」で脚本を書き、それを生瀬勝久氏の監修で大阪弁(?)に“変換”していったそうである。
・戸田さんのリハーサル風景では、相手役を生瀬さんが務め“実際のセリフのやりとり”をしていた。これにより彼女はアタマの中のイメージをより具体化させたり、間(ま)を掴んだりしたのだろう。ワタシとしては、セリフのみの出演でイイから“生瀬参加ヴァージョン”もゼヒ観たかった!
・戸田さんに対する配慮もあってか、三谷氏の「(リハ中でも)“煮詰まった感”ってのは絶えずありますので、なるべく稽古場には多く人を集めるようにしてます。出来るだけ(僕と彼女の)2人きりにならないように」なるコメントが印象深かった。

追記1:大阪府箕面市には「ミヤコ蝶々記念館」があるそうだ。知らんかった(×_×)
追記2:大阪市天王寺区の「大善寺」には蝶々さんのお墓があるそうだ。

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☆『ジェリー(2002)』☆

22日(月曜)。
この週末は・・ 帰阪開始:土曜の夕刻 ⇒ 帰松開始:月曜の夜 ・・と言うコースで「行って、また戻って」来た。こんな感じで帰阪してる限り、この先もずうっと「休日(土日)の劇場鑑賞」は有り得ない気もするなぁ(⌒〜⌒ι)

今夜は、日付が23日(火曜)に変わる少し前に戻った次第だが・・何気なく点けたTVが「BSフジ」の『シネマ☆パラダイス!』って番組で、そこで放送されてた『ジェリー』と言う作品(のほぼ終盤のみ)がとにかくスゴい強烈な印象をワタシの中に残したのだった。

砂漠地帯に残された2人の男(マット・デイモン&ケイシー・アフレック)が、とにかくセリフも殆どないまま、延々と長回しで映される展開・・正直、わずか20分足らずの鑑賞ながら「なんか、モノ凄いもん観たな!」って感じ。

ノンストップで大阪から2時間半ほど運転し続けたので、到着時にちょうど自然欲求(?)がピークに達しており、我慢出来ず手洗いに行ったもんだが「行って、戻っても、シーンが全く変わってない」のにはドギモを抜かれた!
2人の横たわってる、終盤の重要なシーンだったんだが・・それにしても、、(・ω・)

全体的に、遠くからのショット、砂漠の時間経過を表現するショット、などとにかく贅沢に“長回してた”印象が強い。

本作はガス・ヴァン・サント監督がかの『エレファント(2003)』の直前にメガホンを執った作品ってことで、彼にとって1ツの“転機”とも言えそうな作品だ。

この次に放送を知ったら、何としてもフルで観てみたいモノである! 衛※第2さん、お願い!

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2010年3月22日 (月)

☆“第82回アカデミー賞授賞式【総集編】”を観た☆

20日(土曜)の夜、衛星第2で21:00〜23:30にかけ放送された“第82回アカデミー賞授賞式【総集編】”を観た。

・・のだが、21時前にちょうど帰阪して観るつもりが、、例によってまた阪神高速(3号神戸線)で事故渋滞が発生したため、結局何やかんやですっかり遅い大阪到着となり、落ち着いてTVを点けたのは22時を過ぎた頃であった(×_×)

すっかり「観るで!」って気分が萎えてしまったので、ダラダラと眺めた感じだったが・・紹介されてた作品群の中では『第9地区(2009)』ってなSF作品が面白そうに映った☆
『プレシャス(2009)』はインパクトこそありそうなんだけど、、ちょっとヴィジュアル的に吸引力が少なめと言おうか・・(・ω・)
『マイレージ、マイライフ(2009)』はちょっと興味あるかな? “大人のラヴストーリー”って感じだろうか? え? 違う?

司会をやってたうちの1人=スティーヴ・マーティン(因みにもう1人は、かつてチベットで悪事の限りを尽くした(1994)あのしと)の終盤で言ってた「この授賞式の時間が『アバター(2009)』を超えました」ってのが妙におかしくて笑えた。流石は“シャボテン兄弟(1986)”の長兄だ!

ポイントとなる(?)招待客の座る会場(=コダック・シアター)内の座席位置が良く掴めないままだったが、キャスリン・ビグロゥ監督のすぐ後ろにジェームズ・キャメロン監督の座ってるのが驚きだった!

、、って驚くことでもないんやろか(・ω・)

最後に受賞者のインタビューから、書き留めたコメントを少し載せておきたい。

【監督賞】 ※女性としては史上初
キャスリン・ビグロゥ「この仕事に“男女の区別”のなくなることを願うわ」
          「(キャメロン監督は)刺激を与えてくれる存在。だから感謝したい」

【主演男優賞】 ※5度目のノミネートにして受賞
ジェフ・ブリッジス「これまでに4度、結婚に破れているが・・今は円満な家庭に恵まれてるよ」

【主演女優賞】
サンドラ・ブロック「思いがけない賞よ。素晴らしい候補者の皆さんとこの賞を分かち合いたい」

【助演男優賞】
クリストフ・ヴァルツ「賞は意識しなかった。忙し過ぎたからね」

なお、受賞数で言えば、以下の通りだった。

『ハート・ロッカー(2009)』・・6
『アバター』・・3
『クレイジー・ハート(2009)』『プレシャス』『カールじいさんの空飛ぶ家(2009)』・・2
『イングロリアス・バスターズ(2009)』『しあわせの隠れ場所(2009)』・・1

追記1:キャスリン監督の栄冠を讃える、キャメロン監督の“余裕”こそが逆にスゴかった。
追記2:ショーン・ペンが“アカデミー会員”じゃないことを(本人の告白で)知った。
追記3:サンドラさんの(式での)印象がイマイチ良くなかった。ちょっとお鼻のグングン伸びたはるような気がする、、メリル・ストリープさんを妙に意識したはる感はあったけど(・ω・)

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2010年3月20日 (土)

☆『ハート・ロッカー(2009)』☆

19日(金曜)。
今週は・・2日ほど午前様に迫るレベルの“危ない型の飲み”があり、その影響でかなり疲れた。ま、所詮プライベートタイムなので、自分以外のしとのせいに出来ようハズもないんだが、、

ってことで、花金(←死語)を迎える頃になりようやく1本の劇場鑑賞が叶った次第☆ 前々から気になってたキャスリン・ビグロゥ監督の『ハート・ロッカー』である。

元ダンナであるジェームズ・キャメロン監督の『アバター(2009)』をしたたかに(=^_^=)抑え込み「第82回アカデミー賞」で6本(6体?)のオスカーを獲得した本作(←作品賞・監督賞・脚本賞・編集賞・録音賞・音響効果賞)。

(因みに『アバター』は3冠:撮影賞・美術賞・視覚効果賞 止まりとなった、、)

今なお『アバター』体験を“やはり強力に推し続けたい”ワタシとしては「正直、どやろねぇ?」と眉に唾する気持ちでもあったのだが・・(・ω・)

2004年、イラク・バグダッド郊外。ここで狙撃手や自爆テロの恐怖と戦いながら、仕掛けられたトリッキーな爆弾を毎日、黙々と解体/解除し続ける最前線処理班がいた。

「遠隔操作ロボット」や「防爆スーツ」など・・“それなり”のハイテク(なの?)を武器に爆弾処理に取り組むチーム。
だが、そんなある日、処理作業中にベテラン班長=トンプソン軍曹が落命してしまう。

次にやって来たジェームズ軍曹(ジェレミー・レナー)は、独自の感性&判断で直感的・野性的(?)に次々と爆弾を処理してゆく・・

サンボーン軍曹、エルドリッジ兵卒、そしてジェームズ軍曹らの配属された“ブラボー中隊”の任務明けまで、残すところあと38日。炎天下、テロの脅威、顔の周りをブンブン飛び交うハエ、粗悪なDVD露天商(=^_^=) などの様々な困難に直面しつつも、彼らはやはり黙々と処理を続けるのだった・・

ほぼ全編に渡り、手持ちカメラがブレまくり続けるような映像世界に、何だか妙に疲れさせられたワタシ。
ホンマにキャスリン・ビグロゥ監督って、全く色気がないと言おうか・・マトモな女性キャラが1名しか登場しない辺りからも「このしと、漢(をとこ)なんや!」と驚かされる。

が、一方で、妙に「女性キャラをか弱気に描く」「男同士のスキンシップ過多な友情描写」「某兵士の、現地少年に対するスキンシップ過多な感情表現」などは、何だか「マッチョでゲイなしとがメガホンを執ったんでは?」と勘違いさせられてしまいそうな、、そんな“どっか不自然な演出”にも映った。

ワタシに言わせて貰うと、こと男同士に流れる感情についてのみは「ちょっと違う気がした」のである。

何にしてもすんごいのは、ガイ・ピアース、レイフ・ファインズ、デヴィッド・モースと言うベテラン俳優陣の惜しみなき起用と、彼らが演じる役柄の行く末である。

ガイピアは「えっ?」って感じだし、レイフに至っては「なに?なに?」って思った。ホンマに予測不能なテイストがありますた。『コラテラル・ダメージ(2002)』でジョン・レグイザモを予想せず(=^_^=)観かけた、あの日のことを思い出す(ってどの日だよ!)

本作の「描くべき、世界に伝えるべき題材」って部分には、確かにしたたかかつ素晴らしいモノがあったが、全体的な流れはちょっとダラダラもしてたし、やや分かりにくいトコもあったし、意外にベタな展開もあったように正直感じたかな。

ただ、ジェレミー・レナーと言う男優(←おお、殆どワタシと同世代ですやんか!)の魅力がなかなかに炸裂してたのは特筆モノで、まるで『L.A.コンフィデンシャル(1997)』でラッセル・クロゥと言う人物の魅力に気付かされ、ノックダウンされちゃった、あの頃を思い出してしまった(・ω・)
次の主演作が実に楽しみな男優さんではある。

〜 こんなトコも 〜

♦「防爆スーツ」着用してりゃ大丈夫! と思いきや、ヘルメットの内側から血潮を大量に吹き出してお亡くなりになったりと、、(×_×) 特に「スーツ」の手先部分では、指先が剥き出しになっとるのが気になってしゃあなかった(×_×) ←細かい作業のためかな、、
♦中盤の“スナイパー対決”が、ちょっと違和感もあるんだけどスゴい。少し『フルメタル・ジャケット(1987)』なんぞを思い出したモノです。
♦ラストの辺では「爆弾の解除」と言うより「南京錠の切断」にこそ時間を取られてた気がした。液体窒素を吹き付けけたり・・そんなんではアカンでっしゃろか?
♦某人物にとって「スーパーの棚一面がシリアル商品で固められてる眺め」は、バグダッドで見て来たどの光景よりも異様に映ったのかも知んない。
♦『大日本人(2007)』の“ガラスばぁぁん!”じゃないが(=^_^=)、もっと観客を「わぁ!」と飛び上がらせる演出が欲しかったし、実現出来たように思う。
♦荷車の車輪ぐらい事前にしっかり確認しとけ! と思いますた。あれは人災です。あいつまんまと逃げてったし(・ω・)
♦イラクでは、米兵って容赦なくバンバン“疑わしき者”を射殺してたと思いきや・・すごい“撃つかどうかの判断”に迷ってる描写があった。ここは世界へアピールすべきトコと思う。
♦「誤爆」云々、を語って聞かせながら・・彼はどうするつもりだったんだろう? あのスイッチを。
♦距離:850メートルの“熱砂の狙撃戦”はスゴいなぁ。銃声から着弾まで“ほんの少し”時間差があるが、とっさに身体を動かしてもアカンのやろか?(=^_^=)
♦“兵は老いず。ただ鐵帽(ヘルム)を遺し去り逝くのみ”って感じか。(それ、吹っ飛んでますやんか!)
♦「軍医大佐」って肩書はちょっと違和感もあるんだが(・ω・)
♦結局、あの大佐はどうしてああなったんだろう? 遠過ぎて余り(状況が)観れてなかった。。
♦「まだ死にたくない」「ここで死ぬもんか」だの「まだ時間はあるさ」「もうない」だの、友情(?)が掘り下げられて行くかと思ってた2人なのに、、終盤はスパッと終わってた(×_×) あの辺は実に「消化不良」だ。
♦終盤にちょこっと登場する“デルタ中隊”は“ブラボー中隊”の約9倍も過酷な気がした(×_×) 配属兵はみんな大尉とか少佐ぐらいに昇格してあげたらエエのに。
♦戦場以外に居場所のなさそうな主人公が『戦争のはらわた(1977)』のジェームズ・コバーンのように見えた。

〜 こんなセリフもありました 〜

クリス・ヘッジス“戦場に於ける高揚感は、ときに激しい中毒症状を引き起こす。
         即ち・・戦争は麻薬である”

サンボーン「どうやら“タッチダウン”だな」
     「そこから先は“死の領域”だ」
     「共同作業ってのは、声をかけたら返事をするものだ」
     「ここじゃ、誤爆は良くある。だろ?」
     「ヤツは吹っ飛ぶ。だが、ヘルメットぐらいは残るだろうさ。
      焦げた髪が内側にへばり付いて、な」
     「お前に“私物”があったとはな」
     「・・ここは大嫌いだ」
     「ここで死のうが、誰も気にはしない」
     「生きるか死ぬか、サイコロを振り・・後は分からない」

ジェームズ「彼の代わりにはなれないが・・ベストを尽くすさ」
     「死ぬなら、気持ちよく死にたい」
     「1度でも爆弾の前に立ってみろ。それから言え」
     「撃つべきかどうか、自分で決めろ」
     「皆、何かが怖いのさ」
     「お前らは誠実か?」
     「こいつは・・結婚指輪だ。これも“死にかけた思い出”さ」
     「利口な悪党は、暗闇に隠れてるもんだ」
     「歳を取ると・・好きだったものも特別じゃなくなるんだ。
      例えば、それが“ただの縫いぐるみ”だと気付く。
      大好きだったものも、忘れて行く。最後に残るのは1ツか2ツさ」

エルドリッジ「ここ(イラク)に来たってことは、死ぬってことだ」
      「死ぬしか可能性がなければどうする?」

クリス「おっと、忘れてた。ヤツらを“殺しても”賞金は出るんだった」

サンボーン「昨日のはやり過ぎだ」
ジェームズ「すぐ(俺のやり方に)慣れるさ」

サンボーン「お前はデタラメなヤツだ」
ジェームズ「そう言うお前は正しいのか?」

サンボーン「血反吐で弾がくっ付いてジャムってる」
ジェームズ「唾をかけて弾を拭け! 早く」

サンボーン「これはどう考えても自殺行為だぞ?」
ジェームズ「だから“自爆”と言う」

サンボーン「お前は良くやれるな・・危険な賭けを」
ジェームズ「俺は、何も考えてないだけだ。そんなの知るかよ」

国連兵「私に爆弾を見に行けと?」
ジェームズ「・・冗談だよ」

大佐「どれだけ爆弾を処理した?」
ジェームズ「873ヶです」

大佐「爆弾処理の中で一番大切なことは?」
ジェームズ「死なないことです」

エルドリッジ「今、ここを歩いてた。探さなきゃ!」
ジェームズ「彼は死んだんだ。いいか!」

軍医大佐「ここ(イラク)は良い国だが・・安全じゃない。だから君たちは行った方が良い」

追記:本作のタイトルから、何故だか演歌『心凍らせて』を連想しちゃったワタシ(=^_^=)
   でも正しくは“The Hurt Locker”なので「苦痛の入れ場所」⇒「棺桶」みたいな意味らしい。

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2010年3月13日 (土)

☆『シャーロック・ホームズ(2009)』☆

12日(金曜)。
今週は、月〜火曜の1泊、そして水曜の日帰り・・と連続しての出張(総走行距離:約900km)をこなし、その反動もあってか木〜金曜はどうにも調子が戻らなかった。とは言え、元々からあんまり調子の出る方でもないんだが、、

「まぁ1週間、自分なりには頑張ったし、ご褒美でもやるか!」と考え、仕事が終わってから“ワーナー・マイカル・シネマズ高松”へと向かい、新作『シャーロック・ホームズ』の最終回上映を観て来た☆

「レイトショー」なので料金こそ1200円とお安かったが・・“サティ”到着から上映開始まで“2時間半”近くもあり、ホンマに「待ち時間の勿体ない」のはあったやも知れない(⌒〜⌒ι) ←1回、家に帰れよ(=^_^=)

仕方がなく“サティ”内のCDショップやら書店やらに行って時間を潰し、1階の「幕怒鳴度(ナニ?)」でLサイズポテトを食べながら・・久しぶりにiPhone版の『逆転裁判』(の第2章)を遊び始めたら・・30分ぐらいがアッと言う間に過ぎてしまい、今度はイッキに上映開始時間が迫って来てしまい焦った(=^_^=)

ちょっと期待してた本作☆
今をときめく(?)ロバート・ダウニーJr(←以下“ロバダウ”)を主人公=シャーロック・ホームズ役に、相棒=ワトソン役にジュード・ロゥ、彼らに絡む重要キャラにマーク・ストロング、レイチェル・マクアダムスを迎えた豪華作。

監督はガイ・リッチー(←後で知った(=^_^=))、スコア(楽曲)はハンス・ジマー。

1890年代初頭、薄暗いロンドンの街並み。見渡す限りの石畳が濡れているのは、夜露か小雨によるものか?
そこをひた走る男は・・そしてそれに続く「寡黙な男ら」を乗せた馬車は、とある事件現場へと急いでいた。

5人の女性が立て続けに惨たらしく殺される事件。6人目の生命を救うため男たちが追ったのは、
“生まれながらの殺人狂”ヘンリー・ブラックウッド卿(ストロング)だった。

謎の儀式に突入し、女性の死を未然に救ったのは、名探偵ホームズ(ロバダウ)、ワトソン医師(ロゥ)、そしてロンドン警視庁のレストレード警部である。

卿は逮捕され、3ヵ月後・・絞首刑に処される。

しかし検死医(ワトソン)により「間違いなく死亡の確認された」ハズのブラックウッド卿は蘇り、何処かへ姿を消す。

彼の復活による“ロンドン市民の混乱”を恐れた内務省は、レストレードを通じホームズにブラックウッドを追うよう要請するが、
その一方では、ホームズのかつての恋人=アイリーン・アドラー(レイチェル)が何者かの差し金でホームズらに接触して来るのだった・・

ホームズと言えば・・ワタシの中で真っ先に浮かぶのは、ジェレミー・ブレット主演によるドラマ版のホームズシリーズ(1984〜94)である(英:グラナダTV制作)。今も吹替えをされた露口茂氏の「いいかねー、ワトソンくんー」ってな(あの)シブい口調が蘇って来る。ジブリファンには『耳をすませば(1995)』での“初代バロン役”なども印象に強いことだろう。

今回は、あちゃら(など従来の映像化作品群)に比べ、徹底的な差別化(←何処まで意識したのか分かんないが)、ヴィジュアルノベル化を図ったようにも思えた。

その一方で、どうにも「派手で観客は呼び込めるだろうけど、総じてミスキャストでは?」とも直感したワタシ。
って言うか、シャーロキアン(←ホームズ愛好家)が期待し、観たいのがこう言うテイストなのか? と言うとちょっと違う気もする。

気持ちとしては『ミッション:インポッシブル(1996)』を観終わった時の感情に似てたか(・ω・) 「コレはコレでエエねんけど・・ある意味、世界観を台無しにしてくれましたよね」的な。作風とか演出に関しては『フロム・ヘル(2001)』とか『ワイルド・ワイルド・ウエスト(1999)』を連想させられたか。テイストが何処となく似てるように。

監督がガイリチだけあって、とにかく演出面でワルノリしてる感もあったように。妙に「時間軸が巻き戻されたり」して、眼で追ってて疲れてしまったり(・ω・) スタイリッシュに魅せる半面、安っぽくも仕上がってしまう「危険な映像演出」だと思うよなぁ。

基本路線が「オカルト系」なのも、私的にはどうにもスッキリせず。ブラックウッド卿の放つ、様々な“魔術”を解き明かしてみせるホームズだが・・僕らの想像し、構築して来たホームズは「もっと静かに動き、静かに語る、ストイックな人物(強いて仕分けるとすれば“草食系”)」だったような気がする・・こんなに元気で好戦的な人物やったんやろかねぇ。。

観てる内に「ブラックウッド程度では“好敵手”にしては器が小さいやろ!」と思えて来たり。
やっぱりファンとして“最大のライバル”はあのしとだと思う訳で・・(あ、言っとくけどアルセーヌ・ルパンじゃないよ(=^_^=)) レッツ・ライヘンバッハ!

・・と思ってたら“そのしと”の影が劇中でちらつき始めたり(=^_^=) ラストなどは、まさに「続編? むろん考えてますとも!」的な制作陣の過剰なやる気が漂いまくってた(=^_^=)
こうなると(どうなると?)『アイアンマン(2008)』シリーズと共に、ロバダウの俳優人生を代表し、双璧をなす作品ともなってゆきそやね。

〜 こんなトコも 〜

♦ロバダウ=ポスト“アル・パチーノ”、マーク・ストロング=ポスト“アンディ・ガルシア”として、タッグを組ませて何かリメイクを制作して欲しかったり(=^_^=)
♦血気盛ん過ぎるジョン・ワトソン。
♦あの規模の大爆発では・・みんな死んでるんでは?
♦脈を止めたいなら、脇の下にピンポン球を挟めば良いのだ!
♦何だか急に橋の上(・ω・)
♦ホームズの兄=マイクロフト(notマ※クロソフト)は登場せず。「チェチェスターに別荘を所有してる」なるセリフのみ。
♦レイチェルさんの“小さなタトゥー”は、本作では拝めず(×_×)
♦狙った通り相手の急所群に「的確に」ダメージを与え、倒すホームズの“格闘理論”はスゴい(=^_^=)
♦流石に名探偵らしく、常に3ツぐらいの依頼が届いてたホームズ。しかし食指が動かなければ一切受けないようで。。
♦10〜12時間で、ご遺体にたかった蛆が17ミリの大きさに成長するらしい(×_×)
♦ハエにヴァイオリンの“特定の音域”を聴かせると・・
♦ハエをビンに保管してたホームズ。6時間でやっと1匹入れられるそうだ。『ベストキッド(1984)』のようにはいかないネ、、
♦ワトソンの婚約者=メアリー・モースタンは、今後どう絡んで来る?
♦ベイカーストリートの表示板に併記されてた「N.W.」は何の略やろ?
♦2週間も部屋に籠ってたホームズ。「銃声を消す装置」の開発に熱を上げてたみたい。
♦レストレード警部がホームズの腹部を殴るシーン、やたら痛そうに見えた(×_×)
♦本作のホームズはヴァイオリンをバンジョーみたく(?)つま弾いてた感じ。
♦“賭けボクシング”に身を投じるホームズ。何か印象が違うなぁ、、
♦占い師による「血ではなく、絆で繋がった関係」と言う表現が印象的だった。
♦ホスホン酸、フィチン酸など化学成分が登場・・さっぱり分からん(×_×)
♦ドック(造船作業所)での戦いは、何だかバスター・キートンのコメディ作品を観てるみたいだった(=^_^=)
♦「1858年産マルゴーワイン」ってのが登場。
♦ヨハネ書1章18節・・「1度死んだが、よみがえった」ってのが引用されてた。
♦「テンプル第4修道会」がワルモノに描かれてた。
♦銅と水に反応するとある薬品で、全身にマヒが起こるらしい。
♦吊るされたブタさんをサジタル(いわゆる“縦方向”)に分断する装置が登場。。スリリングなのはエエけど、悪趣味やねぇ(×_×)
♦「ジョン・ワトソン」ってなフルネームだったんや、、知らんかった(×_×)

〜 こんなセリフもありました 〜

ホームズ「こちらが被害者。そしてこちらが犯人だ」
    「警官隊の到着を待ってたら、死者が出て、犯人にまんまと逃げられたろうさ」
    「君の言う通りだ。探偵には事件が必要だな」
    「指環がなければ、婚約とは言えんぞ」
    「些細なことこそが重要なのだ」
    「沈黙は才能だな」
    「作業中? 見た限り“瞑想中”だな」
    「不可解な出来事なら、戦争中にもあったさ」
    「仮説を優先すると、事実を歪めてしまう」
    「相手は分かってる。知りたいのはその目的さ」
    「Let me guess.(なるほど)」
    「信仰が厚いと、寛大さが失われる」
    「死人よりも論理だ。事件解決こそが“死者に対する最大の礼儀”では?」
    「粘土なくしてレンガは出来ない」
    「思った以上に深い“ウサギの穴”に落ちたせいで、
     白い尻尾を汚してしまったよ」
    「時として、高級な靴は“目立つ足跡”を残すものだ」
    「まさか、この状況で“弾切れ”とか?」
    「魔法などない。只の手品だ」

ワトソン「ヴァイオリンの弓を私に向けるな」
    「手伝えるのは10分だけだぞ」
    「担当医が“ヤブ医者”だったもんでね」
    「安心し給え。私は医者だ」

ブラックウッド「ホームズか? “忠犬”も一緒のようだな?」
       「これを“只の事件”と思ったら大間違いだぞ」
       「“鉄の心”を持つことだ」
       「あと3人が死ぬ。自らの無力さを知るがいい」
       「死は始まりに過ぎぬ」
       「壮大にして簡明な目的・・それは“未来を作る”ことだ」
       「疲弊したアメリカを、我々が支配するのだ」
       「何も恐れるな。我々は護られている」

ホームズ「このティーは毒入りかね?」
ハドソン夫人「毒はあなたよ」

ワトソン「いい帽子だな」
ホームズ「ついさっき、新調してね」

ホームズ「(処刑前の)ブラックウッドに、君も面会を?」
ワトソン「生きてる囚人は関係ないさ。私は検死医だから」

タナー「あんたは海軍じゃ1日と持たんじゃろうな」

※「恐怖心は感染し易い」
 「子羊を死に導いたな?」
 「これは殺人ではなく“慈悲”なのだよ」
 「君が我々の敵で、本当に残念だ」

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☆最近までのこと(覚え書き風)☆

♦自室に「BOSE」と言うメーカーによる“iPodの接続に特化した”スピーカーを購入して久しい。これまでは、気が向いたらiPod(touch)を接続し音楽を“気ままに”流してた程度だったが、ここ数週間ほどは、マイケル・ジャクソン(=MJ)ばかりを流している。
コレはどうしたことかと言うと、ネットラジオをさながら「有※放送」のようにBGM代わりに流してるって訳。

AppStoreから無料でダウンロード⇒インストール可能な「Clock Free」なるアプリケーションがあるんだが、これで放送局(?)を検索すると・・24時間ずぅ〜っとMJの曲ばかりを延々流してくれてる、スゴい局が見つかったのだ!

今までは専らiPhoneの「3G回線」で聴いてたんだが・・ある日「そや、PowerBookで「インターネット共有設定」して、Wi-FiでiPodに(無線)接続すればエエんやんか!」とふと気付いた(=^_^=) で、コレが大成功した☆ ←もっと早く気付けよ!

今では、寝とる時も(←“も”かい!)ずっとMJがワタシの部屋で流れている(=^_^=) 聴き続けてると、流石にスゴいもので「イントロだけで曲名が分かる」ようになって来る。この調子であと半年も聴き続けたら・・ひょっとしたら英語の歌詞の意味が「考えずに理解出来る」ようになって来るんじゃないか? とワクワクしてもいる ←ムリだっての。

或いは発狂か?

この局のおかげで“Shout”“This Place Hotel”と言った、レアなMJ曲の存在を知ったり、“The Lady in My Life”がLL Cool Jのラップナンバー“Hey Lover”の元ネタであったこと、アルバム『BAD』収録の“Speed Demon”と“Liberian Girl”がトラックこそ区切られてるモノの、曲自体は繋がっていること(=シームレス)、なども知った。

♦「あまずぅん」では決して手に入らぬ、特定の販売サイトでしかゲット出来ないCD/DVDが存在することを少し前に知ったワタシ(=^_^=) そりゃそうなんだけど・・すっかり「あまずぅん」情報に頼り切っておりましてね、ええ。
そんな訳で購入したCDアルバムの1ツが、昔に所有してた(今も大阪の自室のどっかに転がってるハズだが)16ビットゲーム機「メガドライヴ」でリリースされた『ソーサリアン』と言う(移植版)ゲームのオリジナル版サウンドトラックである。ソフトの発売が1990年だったので・・約19年を経て初のCD化! ってことで「こりゃ目出たい!」と即座に購入クリックしてしまった☆

収録された曲群の懐かしさもさることながら、当時「JIMITAさん」「Boさん」としか分からなかったサウンドスタッフの実名が判明したことも、親近感のわいた感じ(?)で嬉しかった。何でもブックレット(?)に寄せられたJIMITAさんのコメントによれば、彼は(当時)入社間もなき新人で、Boさんは上司(係長)だったらしい(=^_^=)

「約30曲の制作が必要」「オリジナル版(=PC版)と似たような感じの曲で、との開発チームからの要請」など厳しい条件をクリアせねばならぬサウンドプロジェクトだったそうで「オリジナル版の曲調&音色との統一感を意識しつつ、2人で15~20曲ずつ作曲した」と書いておられた。

当然ながら、JIMITAさんは『ソーサリアン』と言うゲームを「好きかキライか、と言う見方」以前に「眼の前に積まれた仕事」として捉えておられるので、そこに“思い入れ”はさほど少なかったろうと思うんだが・・引き替え『ソーサリアン』がめちゃくちゃに好きなワタシには、それにも関わらず(恐らく)1曲も作曲なんぞ出来ない訳で・・そこは悔しいんだけど「音楽的センスの有無」を痛感させられてしまうのだった。

まるで『ピンポン(2002)』に登場するアクマ(演:大倉孝二)のような気分となってしまった。。
ま、要するには・・「才能があるか否か」・・そこなのだ(・ω・)

♦たまたま、第1話と第6話(=最終話)だけを観たドラマが、某国営局で放送されてた『君たちに明日はない』と言うヤツ。“リストラ”がネタとなっとるので、観てて「決して楽しい」作品ではなかったんだけど・・準主役的な立ち位置で出たはった田中美佐子さんが、久しぶりに拝見すると・・何だか妙に魅力的に見えた☆
いわゆる(?)“アラフィフ”なのだが、そこいらの(どこいらの?)“アラフォー”な女性よりもよほど気になってしまうぞ。
久しぶりに『ダイアモンドは傷つかない(1982)』が観たくなってしまった。
・・ってヌードが観たいだけやろ!(すんませぇん(×_×))

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2010年3月 7日 (日)

☆『ゴールデンスランバー(2009)』☆

7日(日曜)。起きたら雨降りで、どうやらその後もずっと雨降りっぽい1日である(×_×) 帰阪せず、高松で過ごすこととしたので「この機に行っとこ!」と考え、前々から“宿題”としていた1本『ゴールデンスランバー』を“ワーナー・マイカル・シネマズ高松”で観て来た☆

9時40分から上映開始の“初回”を狙い、クルマで25分前に出発したが・・「休日+朝イチのロビー」がこんなに混雑しとるとは思わなかった!
高松でのチケット購入でこんなに待たされたのは初めてな気がする(×_×) 

『重力ピエロ(2009)』『フィッシュストーリー(2009)』の筆者(原作者)=伊坂幸太郎の小説を映画化。

平成21年5月11日の12時15分、仙台市内の目抜き通りで“ご当地凱旋パレード”を行っていた金田貞義首相が、頭上に舞い降りたラジコンヘリ爆弾によるオープンカーへの一撃で、大音響と共に暗殺される・・

パレードの人垣が背後に見える、少し離れた路地。そこには、学生時代からの親友同士である、青柳(あおやぎ)雅春(堺雅人)と森田森吾(吉岡秀隆)の乗った白のワーゲンゴルフが止められ、車内では森田が「驚くべき計画」を青柳に語るのだった。

“オズワルド(=首相暗殺犯)に仕立て上げられる”・・そんな巨大な陰謀から、とにかくは逃走を試みる青柳。しかし、彼を追う“警視庁・総合情報課”の追跡の手は青柳のみならず、彼の親友、職場、果ては元恋人にまで及ぶのだった・・

“予告編”を観て「こりゃ、面白そうや!」と直感した通り「逃走サスペンス劇」としての演出・展開・完成度は“邦画としてはトップレベルの出来”だと素直に感じた。
物語世界が、何故だか(=^_^=)仙台市内にこぢんまりとまとまってしまってることや、巨大な陰謀の全貌が良く分かんないままに終始してたことなど「詰めの甘さ」は正直あるんだが、キャスト陣の「余りそれまでに観られなかった表情&演技」を巧く引き出してるトコが、最高に新鮮でもあり素晴らしいと感じた!

それと「銃撃音」に臨場感があってスゴい。実際の発砲を耳にしたことはないので(ホンモノ以上に)オーバーに仕上げてるんかも知れないが・・主人公=青柳が狙い撃ちされるたびに観てるこっちの全身にもビリッと緊張感の走ったモノである(・ω・)

「首相暗殺事件」を中心に据えつつ、その周囲に「2年前のアイドル“凛香(りんか:貫地谷しほり)”襲撃事件」「連続通り魔“キルオ”事件」「運送会社」「仙台七夕花火大会」「原っぱに放置されたポンコツカローラ(70年代の「E20型」)」などが散漫気味に配されるんだが、それらがちゃんと後で重要な繋がりを持っていることが明かされ「巧いなぁ〜」と少し唸らされた。

サスペンスとしての展開、特にキャラ陣の「登場」と「退場」のタイミングの意外さが光っている。
ただ・・その一方で、青柳1人を追いかける“組織”のまとまりのなさ、主体的な(追っかけ)キャラの弱さが残念だった。正直、私的には佐々木警視正(香川照之)の肩書をもっと降格(?)させてでも、追跡チームの(陣頭)主任とし、主人公を徹底的に追っかけ続けて欲しかった(・ω・)

女優陣の立ち位置と言うか、個性がイマイチ際立ってなかったようにも感じた一方、男優陣は光りまくってた!
特に以下の皆さん。

■柄本明:いつもながら、このおっちゃんは美味し過ぎる(=^_^=) 「結局、歩けるんかい!」と突っ込める後半。きっとヤバい業界の方で、あそこに(仮病で)潜伏してただけなんだろう。(そうなん?)
■永島敏行:終始“セリフなし”だったような。。しかしこのしとのインパクトは凄まじい! ラストでは、ひとり『ザ・ロック(1996)』『ブロークン・アロー(1996)』『ドーベルマン(1997)』をやったはった。。しかし本作ではかなりの巨漢に見えたなぁ・・? それと、赤いヘッドフォンが似合ったはりました(=^_^=)
■濱田岳:何と言っても光ってたのは彼! 『フィッシュストーリー』の時より、よほど「若く」見える(≒見せる)演技がスゴい! 『シン・シティ(2005)』でのイライジャ・ウッドくんを思わせる不気味さ&身体能力も兼ね備えてますた(=^_^=)
■伊東四朗:立ち位置は後方だったけど、良い役をなさってました。
■ベンガル:このしとなりに、終盤では「1つの物語」が完結する。あだ名“ロッキー”の由来が知りたかった。
■石丸謙二郎:今回も「イヤ〜な役回り」ですた。このしとにこそ「びっくりした?」攻撃を仕掛けて欲しかった(⌒〜⌒ι)
■竜雷太:宮城県警本部長・大杉役。ラストのセリフは「佐々木警視正との立場の逆転」を示唆してたんやろか?

2時間20分ほどの上映時間にせよ、やっぱり物語の総てを描き切るには足りな過ぎたようで、、「大森南朋は?」「相武紗季は?」と良く掴めないままのキャラもチラホラおられたりした。
原作小説を読めば、もっとスッキリ出来るんやろかねぇ(・ω・)

まぁでも、観てて退屈することはなかった。なかなかの良作です。

にしても「コントかよ!」ってぐらいに「吉岡&劇団ひとり」が汗をかいてたな。。

〜 こんなトコも 〜

♦劇中で効果的に(?)使われるカローラのCMソングは、阿久悠作詞&小林亜星作曲の『ちょっとうれしいカローラ(1973)』らしい! 2009年現在で、若い(?)オートバックス店員ですら知ってるのはどう言うこったい?(・ω・)
♦「藤崎・仙台本店(百貨店)」「ロッテリア」「オートバックス」「ヨドバシカメラ」「勾当(こうとう)台公園」「国分町」「泉区の加茂団地」「卸町西交番」「大町西公園前・バス停」「広瀬川」・・などがロケで登場。仙台市民はさぞ楽しいやろなぁ〜。
♦大型の段ボールに隠れて移動する青柳。リアル『メタルギア』の世界やね(・ω・)
♦ファーストレディー(首相夫人)の安否も報道したれよ!
♦“キルオ事件”は結局、未解決のままか?
♦若い捜査官が「びっくりさせられて」いたが、彼はあのまま放ったらかしなんやろか?
♦わざわざポンコツに手を焼かずとも、あの若い捜査官の乗ってた「黒い高級セダン」を使う手はなかったか?
♦バッテリー1ツで何とかなるの? あれで復活するんなら、世に“リストア業者”は要らんと思う。。
♦白いワーゲンはどんなタイミングでアレしたんやろか?(彼がスイッチを押した?)
♦ワーゲンに近付いてた2警官が倒れたが、うちお1人は、帽子が脱げて、サビシい頭部がアカラサマになってはった(×_×)
♦奇しくも(ってか狙ってたろうけど)“ゴールデンスランバー”を口ずさんだのは「あの4人」だけだった。
♦コレがもし、大藪※彦原作なら『微睡める金狼』などとタイトルされたのやろか?(=^_^=)
♦ボタンを押すときは親指で! ナイス! グー! チッチキチー!(おや?)
♦女性の方、この機に護身術の一環とし「大外刈り」を学びましょう!
♦「ケネディ暗殺事件」と全く同じ名称の建物「教科書倉庫ビル」が登場した。
♦最初に「びっくりさせられた」永島さんは「防刃チョッキ」を着用したはったってことやろか? ちと痛そうだったけど。
♦「青少年食文化研究会」とやらに興味津々(・ω・)
♦『リミッツ・オヴ・コントロール(2009)』で主人公が幾度も問われたのは「スペイン語は話せるか?」だったが、本作では幾度も「ヤッたのか?」と訊かれた青柳さん。。
♦仙台市には腕の立つ(美容)整形外科医がいるらしい!
♦引っ捕まえた児島巡査長の、猿ぐつわはイイとして・・両手を自由にしたげるかどうかは、微妙でしょうね(⌒〜⌒ι)
♦子供の書き初めに「△△は死ね」はちょっと・・
♦マンホールのフタ1枚=60キログラムだそうだ(×_×)
♦凛香ちゃんのマネージャーさんの「気苦労」が良く伝わって来た(=^_^=)

〜 こんなセリフもありました 〜

青柳「ザッツ“監視社会”」
  「今の俺にとって、最大の武器は“人を信頼すること”だけだから」
  「自動車のエンジンがかかっただけで、人って泣くのかよ・・」

森田「人間の最大の武器は、習慣と信頼だ」
  「お前、オズワルドにされるぞ」
  「少しは考えて・・疑えよ」
  「無様な姿を晒してもいいから、お前はとにかく逃げて、生きろ」
  「人間、生きてなんぼだ」 ←あんたにも言いたい

佐々木「異常事態には、多少の乱暴もやむを得まい」
   「イメージだよ」
   「君は今、溺れている。暴れると、沈む速度は早まる」
   「その取手は、ダミーだよ」

晴子「私たち、ただの“良く出来ました”止まりの2人だよね」

岩崎「どうせ、お前じゃねェんだろ?」
  「無事に逃げ切って、チクリに来いよ」
  「ロックだな・・青柳」 ←直後、奥さんにボコられる羽目に、、

※※※「誰からって? “整形したヤツ情報”ですよ」
   「僕に道徳とか、説かないで下さいよ」
   「一番利口なのは・・逃げることかな?」
   「僕、時間なさそうなんで」
   「あぁ・・びっくりした」

轟「思い出ってもんはさ、大体“似たようなきっかけ”で思い出すもんなんだよ」

※※※※「小さくまとまんなよ」

保土ヶ谷「兄(あん)ちゃん、詰んでんだろ?」
    「死んだら、逃げたことになんねぇぞ」

キャスター「時折“人を見下したような表情”をしていたのが印象的でしたね」

父「信じたいんじゃねぇ。(あいつを)知ってるんだ」
 「ま、何だ・・ちゃっちゃっと逃げろ」
 「あんたらの報道が、人の人生を台無しにするかも知れないんだ。
  それぐらいの自覚を持てよ」

児島「電話を使うなら、30秒以内にした方が良いぞ。
   これは“独り言”だけど」

父「差出人不明の手紙? どうせ嫌がらせだろ。あれから随分図太くなったよ」
母「あなたは昔からです」

晴子「誰のクルマ?」
青柳「いや、分からないんだけど」
晴子「誰のタオル?」
青柳「それも、分からないんだけど」

青柳「バッテリー買って来たら、動く気もするんだけど」
晴子「そう言う問題?」
青柳「そう言う問題さ」

岩崎「北か? それとも南へ向かうか?」
青柳「北へ」
岩崎「じゃ、ロックだな」

小野「ホントにヤッたんすか?」
青柳「やってない。・・やる訳ないだろ!」
小野「何だ・・ヤッてないんすか・・」

※※※「眠そうじゃないですか?」
青柳「“黄金の微睡み”だよ」

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☆『わが谷は緑なりき(1941)』☆

2日(火曜)の夜。衛星第2でジョン・フォード監督の『わが谷は緑なりき』が放送されると言うので(←誰が言ったんだか)この日ばかりは、大人しくさっさと帰宅したワタシ。

イギリス・ウェールズ地方の炭鉱町を舞台に、炭鉱夫のモーガン一家の辿る運命を描いたドラマ。

現代に置き換えたら『リトル・ダンサー(2000)』っぽいタッチにも繋がる演出があり、それは「ヒュー少年(末弟=6男)が“軸”となる」「家族のドラマである」点など。尤も、ヒュー少年にはダンスの才など備わってないので(・ω・)、一家で一番の“インテリ”に育ちつつも・・結局は、炭鉱夫となる進路を選ぶ訳であるが・・

ヒュー少年に強烈な影響を与える人物が2人登場し、1人は彼の父=グウィリムであり、もう1人は町一番の“識者”たるグリュフィド牧師(ウォルター・ピジョン)であるが、、特に牧師の言動の数々がとにかく光ってて、中盤など「このしとの言葉を、総て刻まねば・・!」とバタバタと慌ててメモしまくろうとしたぐらいだ(⌒〜⌒ι)

後半辺りから、彼はちょっと物語の流れから身を引くカタチとなってしまい、残念だった。演じるウォルターさんも、グレゴリー・ペック路線の「がっしりハンサム系」で好感度大だった。

しかし・・「制作されたのが太平洋戦争開戦の頃」「モノクロ作品」「他国が舞台」なのに、ここまでの完成度の高さ、そして(家族の)ドラマに見られる“約70年を経てなお、鑑賞に十分耐え得る”普遍性ってば凄まじい!

また私的には、ヒュー少年が“想いを寄せる”義姉=ブロンと(やがて)同居することとなった際の「嬉しくて思わず声の弾んじゃうのを、慌てて低い発声に言い直す」トコなど、何だか観てて微笑ましい・・ちぅか未だにドキドキしてしまった(←未だにドキドキするなよ!)
やっぱり、武※鉄矢も言う通り(=^_^=)子役にはベテラン俳優も敵いまっしぇん(・ω・)

本作でヒュー・モーガン少年を好演した可愛い顔のロディ・マクドウォールは、その後も俳優として活躍し、何と『刑事コロンボ/死の方程式(1972)』ではピーター・フォークと対決する知能犯を演じたと言う! これも(DVDソフトは押さえてるので(=^_^=))再会が楽しみである☆

〜 こんなトコも 〜

♦食卓で気まずくなり、兄たちはテーブルを立ち出て行く。ポツンと残された父を気遣い、わざとガチャガチャと食器で音を立てるヒューに「お前がいるのは分かっている、息子よ」と言葉をかける父にちょっとウルッと来た。
♦劇中で2度も落盤事故の起こる、ロンダ渓谷の炭鉱・・事故調査委員会は開設しなくていいんかい?(当時はないだろ)
♦いじめっ子を「学んだボクシング」で圧倒するヒューくん。昔ながらの(両手の甲を相手に向ける)ファイティングポーズが『タイムコップ(1994)』に出て来たボディガードのおじさんを連想させてくれた。
♦聖書の「イザヤ書55章」が効果的に引用されてた。かいつまむと、こんな感じらしい(?)

 渇きを覚えている者は皆、水のところに来るがよい。銀を持たない者も来るがよい。
 穀物を求めて、食べよ。来て、銀を払うことなく穀物を求め価を払うことなく、ぶどう酒と乳を得よ。

 (激しく中略)

 あなたたちは喜び祝いながら出で立ち
 平和のうちに導かれて行く。山と丘はあなたたちを迎え歓声をあげて喜び歌い
 野の木々も、手をたたく。

ま、簡単に言えば「あんた、行きなはれ。行くからには、希望を持ちなはれ」って感じか? ←「浪花恋し※れ」かい!

〜 こんなセリフもありました 〜

ヒュー“なにが現実でなにが幻なのか”
   “父の素朴な教えは、総て正しかった”
   “兄たちの体の「落ちない石炭の汚れ」が勲章であるかのように誇らしく思えた”
   “皆、食卓では黙っていた。だが、美味い料理に勝る話があろうか?”
   “父は家の頭脳、母は家の心臓だった”
   “町に石炭カスが増えるにつれ、人々の心も黒ずんで行った”

父「金は使うためにある。稼ぐ時と同じくらい必死で使え。楽しく、ただし目的を持て」
 「いい働き手なら(どんな状況だろうと)稼げるさ」
 「神は1人を与え、1人を奪った」

母「主人に何かしたら、あたしがそいつらをこの手でぶち殺してやるからね」
 「何故あなたたちを産んだのかしらね。苦労するためだったのかも」
 「良い人間に育ってくれたら、あたしはそれで幸せよ

兄「行儀(=沈黙)と真実(=発言)なら、真実を取る」

牧師「谷から“何か”が消えたのさ」
  「医師じゃなく、神を信じなさい」
  「神の命令で、自然は“考えを変える”ことがあるのさ」
  「出来たら私が代わりにそこ(ベッド)で寝ていたいね・・『宝島』をゆっくり読み返したいんだ」
  「君はいい子だし、ここはいい家族だ」
  「感謝? 私の務めさ」
  「不正を倒すのは、別な不正じゃない」 ←コレはイイ!
  「君は幸運だ。退屈な(冬の)時期をベッドで過ごすことが出来た」
  「お父さんがランプを磨くように、君は魂を磨きなさい。祈ること、そして“その言葉の意味”を考えなさい」
  「この職は・・犠牲と献身以外は求めてはならぬ仕事だ」
  「これまでの時間を無駄にした人々に対し問いたい。ここで面と向かって私を非難する者は?」
  「私の教えは、とうとうあなたたちに届かなかった」
  「若い頃“真実で世界を征服出来る”と本気で思った」
  「枯れた心に神の愛は決して届かない」
  「毎日曜日、あなた方を眺めて気付いた。・・あなた方は怖くてここに来るのだ、主の復讐が」
  「あなたたちは・・偽善者の上に卑怯な人たちだ」
  「君の姉さんに再び逢えば、別れられなくなる」

兄「その顔はどうした?」
ヒュー「山で転んだ」
兄「・・勝ったのか?」
ヒュー「・・いや」

ダイ「先生を痛い目に遭わせたいか?」
ヒュー「・・何もしなくていいよ」

ダイ「ボクシングはな、芸術だ」
  「先生にボクサーの才能はないようだな」
  「人前で話すのは苦手でね・・パブは別だが」

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2010年3月 5日 (金)

☆『刑事コロンボ/殺人処方箋(1967)』☆

4日(木曜)の夜、以前から鑑賞の中断されたままとなってた『刑事コロンボ/殺人処方箋』を観た!
いよいよ、購入したのみで満足し“未開封状態”の続いてた「完全版DVDボックス」のビニール梱包にカッターナイフが入れられた次第である(・ω・) ←大げさな!

前々から「まさにシリーズの原点」「さしものコロンボもギブアップ寸前」とか、高い評判を得てる本編。元々は舞台劇だったそうで、それをTVドラマ化したと聞く。

高名な精神分析医=レイ・フレミング(ジーン・バリー)の夫人=キャロルが自宅のペントハウスで暴漢に襲われ瀕死の重傷を負う。事件を担当するロス市警のコロンボ警部(ピーター・フォーク)は、夫人の死(←結局亡くなった)により莫大な資産を独り占め出来る立場の夫=フレミングを疑うが・・事件当時の彼には「アカプルコの沖合で釣りを満喫していた」なる“完璧なアリバイ”があった!

コロンボの総ての「口撃」はことごとく跳ね返される。更には親友であるバート地方検事を通じ、コロンボを事件の担当から外すよう、手を回させるフレミング。「万策尽きたか?」と思われる局面だが、コロンボは「別な角度」からフレミングに揺さぶりをかけようと“罠”を仕掛ける・・

99分の作品時間中、32分目にして我らがコロンボは初めて「我々の前」にその姿を現す! ・・が、ヴィジュアルイメージが完全には定まっていなかったと見え、定番の「ヨレヨレコート」「モジャモジャ頭」ではなかった! おまけに性格も「結構ヤなヤツ」だったのである(×_×)

しっかし・・1作目にして“強敵過ぎる相手”だった。・・って言うか、誰がどう見ても、主人公はフレミング医師と言えよう。
後半なども、コロンボの“とある人物に対する揺さぶり方”がどうにも「ダーティ」で、納得出来ないトコもあったかな、と。

ピーター・フォークは、まぁこざっぱりしてるにせよ、、やはりピーター・フォークな訳で・・終盤でこそ「冷徹な殺人者の正体」を露(あらわ)にしたフレミング医師役のジーン・バリーだが、当時はきっと多かったと思しき(?) “ジェームズ・ボンド系男優”に堂々と名を連ねられる、ダンディ&ハンサムぶりだった。
ある意味、ショーン・コネリーよりも繊細で知的な印象も感じたワタシ(・ω・)

犯人役としての出演は(コロンボ)シリーズでこの1作だけだったようだが、もっともっと変装なりをして(=^_^=)ピーター・フォークとの再戦を何度も見届けたかった人物である、ジーン・バリーさん。

〜 こんなセリフもありました 〜

フレミング「人は固定観念によってものを見る。これが“連想の基本”さ」
     「あいつを気にしてない? 当然じゃないか。何処から攻められても“答え”は用意してある」
     「かき乱されては駄目だ・・後はじっと待つだけだ」
     「君のようにしつこい人物は初めてだよ・・だが愛嬌がある。驚くべきはその愛嬌だな」
     「癇に障ることではあるが、君のその厚かましさには敬意を払うよ」
     「また君の“ほのめかし”が始まったな?」
     「道徳は絶対ではないからね。現代においては相対的なものだ」
     「仮にだよ、仮に僕が殺したとしても・・いいかね? 君には立証出来ないだろうな」


コロンボ「よござんす。じゃ、あたしがお送りしましょう」
    「まだ捜査に“小さな穴”があるんで」
    「あたしゃ、どうも疫病神でしたねぇ」
    「いや、実を言いますと・・あたしその、目下釣りに凝(こ)ってましてね」
    「ねぇ、こう言うのどうでしょう?」
    「あたしの問題って言うのはですねぇ・・疑り深いってことです。人を信じない・・これが問題なんです」
    「いや、こうやられちゃ手も脚も出ません」
    「ここで“サングラスをかける”理由はないかも知れませんが、
     “かけちゃいけない”って言う理由もないでしょう? ありますか?」
    「これからが“本番”だと、ハラくくっとくことですよ」
    「あんたの勝ちですよ」

フレミング「どんな時も患者は容赦なしだ」
コロンボ「警察もおんなじです」

フレミング「人間、常に理性的とは限らないさ」
コロンボ「そう、そうですよね・・刑事なんかしてると良ぉく分かります」

フレミング「ひょっとして・・“この僕を疑っているんじゃないか”とさえ思うことがあるんだがね」
コロンボ「先生を? とんでもありません」

追記:中盤で、明らかに声優さん(←日本語吹替え版で観た)の変わってるシーンがあった。きっと後年に付け加えられたかで、新たに収録した場面なんやろね(・ω・)

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2010年3月 4日 (木)

☆『インビクタス/負けざる者たち』☆

3日(水曜)。世間では“ひなまつり”などと言われるとか言われないとか(←言うんだよ!)。
特に「桃の節句」に何の縁(ゆかり)も、感慨もわかぬ(サビしい)ワタシは、、だんだん忙しくなって来とる仕事状況ながら・・時間を何とか捻出してでも観ときたい、いわば“宿題”とも言うべき内の2本目『インビクタス/負けざる者たち』を仕事の帰りに「やっとこさ」観て来た。

今回は上映開始前に、結構な時間的余裕をもって到着出来たんだが・・欲張って“ワーナー・マイカル・シネマズ高松”の下階にある某ヨクドナルゾ(←ナニ?)で久々にフライドポテト(Lサイズ)を2ツも(欲張って)注文してしまったら、焼き上がりを待ってるうちに開始時間が迫って来て・・2カップ目などは、殆ど味わう間もなく「ただ流し込んで早喰った」だけ・・って感じだった(×_×)
コレじゃカラダに悪かろうなぁ・・でも「Lサイズ:150円セール」ちぅのは、なかなかに魅力的です☆(きっとその価格設定ですら、原価からすれば儲けがあるンだろうが(⌒〜⌒ι))

“御大”クリント・イーストウッド監督による、実話を基(もと)にしたヒューマニズム巨編。

27年もの長きに渡り、ロベン監獄島に収監され・・出所後、やがて「第9代・南アフリカ共和国大統領」の座に就いたネルソン・マンデラ(モーガン・フリーマン)を中心に、彼と“祖国の希望の星”を宿命づけられた(弱小)ラグビーチーム“スプリング・ボクス”の面々との交流が綴られる。
そして1年後、ボクスが「1995年ワールドカップ大会」において優勝するまでの勝利の軌跡(と奇跡)を描く。

御大にしては「サラッと爽やかでライトタッチな味わい」に感じた。めちゃくちゃ感動を押し付ける訳でも、興奮をかき立てる訳でもないんだが、ピンポイント的に「熱く」させてくれる・・そんな佳作と言えよう(・ω・)

視点が幾つかに分かれており、
・大統領と彼を取り巻く面々:執務室メンバー、警護スタッフ(SP)など
・ボクスの主将=フランソワ・ピナール(マット・デイモン)とその家族
・新しい大統領に対し、それぞれに期待や不安、不満を抱く市井の人々
が交互に、或いは並行して描かれる。

残念なことに、ワタシはラグビーのこと(=ルール)を殆ど知らないので、、キックされたボールがバーを超えた時点で“いきなり3得点”されるだけですら「え? ほか2得点のシーン、観逃したっけ?」と慌ててしまったりもした(アホ) その昔は「モール」って概念すらも分からず「モグラ大作戦?」とか解釈してたもんで(×_×) ←どんな作戦だか

演出次第で「マンデラの回想」とか「ピナールの回想」とか幾らでもストーリーを“濃く&太く”味付け出来たものを、そう言うのをバッサリ排した“御大”の決断&手腕にこそ感心させられる。
だんだん「ムダな演出を削ぎ落として来たはる」ようで、ホンマに恐ろしい監督さんである。。

デイモン君も、ビルドアップして『リプリー(1999)』などとは全く別人のような体型&演技をみせてくれた。このしとって『オーシャンズ』シリーズを観るたび「結局“脇役との境界線”を往復するタイプなんかな〜?」と不安を感じさせてくれたり、同情心をあおり立ててくれたりもするんだが、作品によってはしっかり「軸」に位置し、物語を引っ張って行く実力(存在感)を兼ね備えており、とてもイイ立ち位置を維持したはると思う。

モーガンさんとデイモンくんの「直接的交流」が思ったほどは多くなく、私的には「また違った形で(この2人に)タッグを組んで欲しいもんやなぁ〜」と素直に期待してしまった次第。

マンデラが国家スポーツ協議会(NSC)の集会場所に単身(?)乗り込み、聴衆を説得(?)する行動力には驚かされる。きっと彼の中では「釈放後の総ての言動を“自由”“解放”に(プラス的に)結び付けて考えることの出来る思考法」が完成しているのだろう。

ラストでボクスが優勝することは、まぁ分かってる訳で(・ω・)・・そこに至る「モノ凄い理由付け(カラクリ?)」があるんかと思いきや・・その辺もあっさり淡々と描かれてた。
まぁ要するに「トライさせない」「きっちりキックを決める」「モールで時間を稼ぐ」辺りがキモなんやろか?(←素人がナニをエラそうに!)

決勝戦&優勝直後では、正直「それまでさんざ緊張感&使命感と戦いながら日々大統領を警護して来た」SPの面々の緊張の糸が、眼に見えて“緩んでる”のが伝わって来て、どうにも笑えて仕方なかった。
「キミら、観客と一緒になって、試合を楽しんでますやん」みたいな(=^_^=) その点では、かつてクリントさんの主演された『ザ・シークレット・サービス(1993)』とは“根っこに漂う緊迫感”が全く違うと思う(=^_^=)

〜 こんなトコも 〜

♦劇中でチームメートが誰も死なないのは素晴らしい! この手の作品って、大抵は誰かが中盤でアレしますから・・
♦字幕担当は松浦美奈さん。エエ仕事をされましたね☆
♦冒頭の「A Malpaso Productions」の表示だけで、高まって来るもんがある!
♦前述の『ザ・シークレット・サービス』を連想させるような「緊迫感狙い」の(意図的な)演出が2度あった(冒頭&後半)。あの辺は“御大”ならではの遊び心なんだろう(=^_^=)
♦「ロベン監獄島」と言えば、かのゴ※ゴ13が脱獄したことでも有名(=^_^=) ついでに所長を殺害しちゃってたように思うぞ?
♦モーガンさんが大統領を演じるのは、本作で2度目のハズだが・・だいぶ政策が違うよね、、
♦「パンガ刀」ってどんな武器? 山刀(マチェテ)みたいなもんか?
♦チームの勝利には、まず「規律」「作戦」「勇気」そして「情報」「展望」が欠けてはならぬそうだ。
♦紳士の戦う“暴れ者の球技”がラグビーで、暴れ者の戦う“紳士の球技”がサッカーらしい(・ω・) どう違うの?
♦マンデラが公邸に来たピナールに、最初にかけた言葉「こちらに座りなさい。(そちらだと)窓からの逆光が眼を傷める」にグッと来るモノがあった!
♦マンデラの独房の扉には「46664」の番号が。
♦妙な日本語(?)表記を発見。。「くさかんむりに“二”+花室」の3文字だった。何て読むんや?
♦ニュージーランドの“オールブラックス”に145vs17で大敗を喫したらしき日本チーム・・(×_×) 弱過ぎ!
♦“オールブラックス”の見せるハカ(=マオリ族の戦いの舞踊)・・ニホン語で「頑張って〜、頑張って〜、ゴ〜」とも聞こえた(・ω・)
♦ボクスのチームメイト役にスコット・イーストウッド。スコア(楽曲)担当にカイル・イーストウッド。
♦審判のしとが結構イケメンぽかった(・ω・) ビリー・ボブ・ソーントン系?

〜 こんなセリフもありました 〜

マンデラ「人が人を抑圧することを、繰り返してはならない」
    「就任初日の(朝刊)見出しで、はや批判されるとは」
    「諸君は(席を)外してくれ。銃に護られながら話したくはない」
    「“過去は過去”だ。我々は未来を目指さなければならない」
    「この国は、世界を導く光となろう」
    「気が立っているようだな?」
    「まず君が、和解のあり方を示すのだ」
    「赦しこそが第一歩・・それは(相手の)恐れを取り除く“最強の武器”なのだ」
    「過密過ぎるスケジュール? 休息なら刑務所で十分とった」
    「試合を見ながら、仕事をするとしよう」
    「君たちの助言には感謝するよ」
    「危険を恐れるようでは、指導者の資格はない」
    「敵を知らずして、勝利は不可能だ」
    「もっとおおらかに」
    「寛大さこそが、相手を驚かせるのだ」
    「使えるレンガがあるなら、総て使え」
    「私に、君たちを導かせてくれ」
    「結果が反対票より1票でも多かったなら、僅差だって構わんさ」
    「政治的打算? “人間的な打算”だよ、これは」
    「人々に希望を与えられぬ国は・・崩れ去るのみだ」
    「私には4200万人の家族がいる」
    「アフタヌーン・ティーは何よりも素晴らしい」 ←って仰りつつ午後4時ですた、、
    「勝利には“ひらめき”も必要だ」
    「我々は士気を必要としている」
    「専門家? 彼らは何も分かっておらんのだ」
    「人々に変化を求める前に・・変わるべき時に、まず私が変わらなければ」
    「医者には分からんのだ」
    “どんな神であれ感謝する 我が負けざる魂に
     門が如何に狭かろうと 決して頭(こうべ)は垂れまい
     我が運命の支配者は私自身であり 我が魂の指揮官は私自身なのだ”
    「まだラグビー(政策)をムダと思うかね?」
    「この国は“誇れるもの”を求めているのだ」

ピナール「敗北の味に乾杯」
    「クソまずいビールだ」
    「詩は“ひらめき”だ」
    「明日の結果がどうであれ、運命の御手(みて)に委ねるだけさ」
    「考えていたんだ・・30年間投獄されて尚“人を赦せる”彼の心を・・」
    「祖国の声を聞け! 必ず勝つ! それが俺たちの“天命”だ!」

ネリーン「浮気したら殺すわよ」
    「主将の特典を? “相部屋じゃない”ことよ」

SP「規則正しい生活は、狙われ易い」
  「警護中も笑顔でいろ」
  「このスタジアムの観客総てが、彼に投票したとは限らない」

※「ヤツ(=マンデラ)はテロリストだが、釈放されたのさ。
  今日がこの国の崩壊の始まりだ」

SP(A)「紙コップが投げ込まれたぞ」
SP(B)「幸い、彼は見ていない」
SP(A)「いや、総てを見ているさ」

SP(A)「この騒ぎは?」
SP(B)「得点だよ!」

SP(A)「何事だ?」
SP(B)「勝ったぞ!」
SP(A)「・・俺たちが?」

ピナール「完璧なコンディションで戦える日などありません」
マンデラ「そうか・・人生もスポーツも、そこは同じだな」

マンデラ「君はチームに対し何を?」
ピナール「(彼らに)手本を示し、導きます」

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2010年3月 3日 (水)

☆『萌の朱雀(1997)』☆

1日(月曜)の深夜(=日付は2日)、衛星第2でひっそり(?)と、女流監督:河瀬直美のブレイクのきっかけとなった1作『萌の朱雀(もえのすざく)』が放送されたので、部屋を暗くし“入眠時”に楽しむつもりで観てみた。

この作品は制作の同年“第50回カンヌ国際映画祭”において“カメラ・ドール(新人監督賞)”を受賞。
凱旋直後(?)に開催された河瀬監督のトークショーに足を運んだ思い出と共に、今も「佳き記憶」として残っている。劇場(ミニシアターだったか何処だったのか、ちょっとそこが思い出せない、、)観賞後、以前乗っていたクルマで(当時の)西吉野村に“ロケツアー”を敢行したモノである☆
めちゃくちゃ狭い村道を進んだ先が行き止まりになってて、何度も前進&後退を繰り返し、強引に“その場Uターン”をしたのも懐かしい(・ω・)

本作の魅力は何と言っても「寡黙だが雄弁」「無骨なれど洗練」「喪失かつ再生」「絶望であり希望」と言った幾つもの“相反する要素”が、さり気なくも絶妙なバランスの上で成立しているトコロだと感じる。

これまでに2度ほど観た本作だが、今回は初めて「短かったんやなぁ」と気付き、また「カメラワークが巧いな!」と感心させられた。“軸”となる人物は、唯一のベテラン俳優とし起用された國村隼さんだが、今回は彼の奥さん役の女優さん(神村泰代さん、と言う方)の映像&演出的な捉え方がスゴいな! とも。

意図的なモノなのか、彼女の演技/動きの殆どが平坦に、と言おうか静かに展開され、彼女が「疲労で倒れるシーン」は効果音のみで済まされるし、雨中を駆け出すシーンは(屋外の)柱の向こうに配して「映らないように、映している」のだ。この女優さんはセリフも殆どないし、喜怒哀楽も判然としなかったりする。実に、不思議な存在感の方だった。

監督らスタッフ自身が長期間“西吉野エリア”に住み込んで撮影を続けただけあって、カメラが「そこに住む人々」「そこに存在する風景」に半ば溶け込んでるようにさえ思えた。

「骨」となるストーリーはちゃんとあるんだが、そこに即興的(?)にも見える映像をドキュメンタリー的に差し込み、妙な「違和感と統一感」を成り立たせている技量は・・改めて思うに、スゴい。

たまに観たら・・またロケツアーがしたくなって来たワタシである(=^_^=) ・・ここからじゃ遠いやろな、、

〜 こんなトコも 〜

♦本作を「3語まとめ」するならば・・「縁側、風鈴、西吉野」「バス停、隧道、杉木立」或いは「新緑、吊り橋、國村隼」あたりだろうか(=^_^=)
♦全員が揃いも揃って“笠智衆”状態! でもしっかり「吸引力」はあるんですねぇ・・
♦村民として溶け込み過ぎとる國村さん・・流石です。
♦「ピアノの旋律」は「セリフ」に勝る要素、なのやも知れぬ(・ω・)
♦ラストシーンの「長回し+クレーンカメラワーク」は本作最大の見所かも知れない!
♦「恋尾」と言うバス停が映されるが・・これは架空の地名らしい。

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☆『ブレイヴハート(1995)』☆

1日(月曜)の夜。『ラヴリーボーン』を観終え、雨のそぼ降る中を帰宅⇒TVを点けると「メル・ギブソンの、メル・ギブソンによる、メル・ギブソンのための」巨編『ブレイヴハート』が放送されてたので、後半辺りからだったが、ダラッと寛ぎつつ観てみた。

って言うか、点けて意識的に観始めて間もなく、捕らえられてしまった我らが主人公=ウィリアム・ウォレス(メルギブ)(×_×)
また、このしとの主演作ってば『リーサル・ウェポン2/炎の約束(1989)』にせよ『ペイバック(1999)』にせよ、主人公の暴行を受けるシーンが凄惨で生々しいんだ、コレが・・(×_×)

本作もラストの20分間(?)ぐらいで、たっぷり処刑シーンが描かれるんだが、、コレがもう「首吊り」やら「四肢引っ張り」やらで、感情移入すればするほど、観ててクラクラして来る。。

後年の『グラディエーター(2000)』同様、(ある種)悲し過ぎるエンディングではあるんだが・・本作について言えば「足跡を残した」「意志は継承された」ってな部分では“太く、短く、そして熱く”生きることの叶った、幸せな漢(をのこ)ではなかったか、と思う。

特に、イザベラ王妃(ソフィー・マルソー)との“真っ当なロマンス”は実に男らしく、そして(彼女との“契り”を通じ)残すべき生命をしっかり残した・・って言う演出(←尤も、この辺は完全にフィクションらしいが)もある意味“爽快”に感じた。

ラストでは、速やかで安らかな死と引き替えに「民衆の前で慈悲を乞え!」と迫られるウォレス。彼は激痛に耐えながら・・とある有名な叫びを放つのだが・・ここで「アレに変わる別な絶叫ってなかったもんやろか?」と、つい関係ないことを連想してしまったワタシ。

以下に、幾つか挙げてみたり。
「ネット検索なし」に総て分かったしと・・あなたは、ちょっと異常です(=^_^=) ←おい

・「叫んでるのは、お前だー!」
・「レッドライト! グリーンライト!」
・「ロロ・トマシ!」
・「ローズバッド!」
・「これがスポァルトゥアだー!」

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2010年3月 2日 (火)

☆『ラヴリーボーン(2009)』☆

詳しい説明は省くが・・要するに1日(月曜)、鑑賞して来たのは、狙ってた3本(だっけ?)のうちの1本『ラヴリーボーン』だった。何でも、5日(金曜)までの上映期間と決まっとるようで、もう余り残された時間もなかった感じである。ひとまずセーフ(・ω・)

コレまでに予告編映像しか観たことがなく、殆ど“白紙状態”で鑑賞に臨んだ次第だが・・シアター入口のポスター(って言うか、チラシを貼ってるみたいなヤツ)に眼をやり、、監督:ピーター・ジャクソン、出演:マーク・ウォールバーグ、レイチェル・ワイズ、スーザン・サランドン(not皿うどん)、スタンリー・トゥッチ、、と言うモノすごいメンツの集ってる作品であることを初めて知った!

コレは、スゴいんじゃなかろうかいな?!

1973年12月6日。ペンシルヴァニア州在住の14歳の少女=スーザン・サーモンは、下校中に忽然とその姿をくらました。
4時間を過ぎても帰って来ない愛娘に、父=ジャック(マーク)&母=アビゲイル(レイチェル)はようやく警察に届け出る。

やがて、通学路である(?)トウモロコシ畑から、スージー(=スーザン)の持ち物である“毛糸の帽子”が発見される、そしてそれには大量の血液が付着していた。
レイ・フェナマン刑事率いる、地元警察チームの捜索も空しく、事件はそれ以上の確証も得られぬまま、時間ばかりが過ぎて行く・・

犯人は、意外な“近い場所”にのうのうと暮らしていたのだが・・

一方スージーは、この世には既におらず、天国に近い不思議な場所で“自身の巻込まれた事件”を半ば俯瞰するように眺めていた。

事件は解決を見るのか? そしてスージーの失踪をきっかけに、絆のほぐれ始めたサーモン一家の運命は? また、犯人に報いは訪れるのか?

字幕担当:戸田奈津子さん! と日本側のスタッフもやる気まんまん(?)な手応えを感じた本作だが・・ワタシとしては正直「描き方」「踏み込み方(≒展開の仕方)」にどうも消化不良な印象が(最後まで)付きまとい続けた。
(安直に?)宗教系に逃げない演出こそは評価出来る訳だが、スージーにせよ、ジャックにせよ、アビゲイルにせよ「踏み出す一歩」ってヤツがどうにも回りくどいし、結果的に踏み込み不足なのである。

最も勿体ないのは、やはりスーザンさんの用い方。ヴィジュアル的なインパクトこそ十分なんだが・・正直、あんまし出演されてる意味合いがなかったような。ラストで「オープンカーもろとも崖下にダイブする」ぐらいの勢いが欲すかった←それ、作品違いますし、、
地元警察の連中も嗅覚がニブ過ぎるし・・(×_×)

天国(?)の描写も、とんでもなく美しくはあるんだが・・寂しいと言おうか、如何にも“ヴァーチャル空間なんですよ”的な雰囲気がプンプン漂ってて、イマイチ(素直に)感動出来なかった。
これならまだしも『奇蹟の輝き(1998)』のヴィジュアルの方が(当時は)衝撃的だったと思う。

主要キャラ3人はどうにもクスんでるし、スタンリーおじさんは、妙に生々しくて不気味だった(×_×) きっと、役にハマり過ぎてるんやろうけど、こんな役をいったん演(や)っちゃうと、しばらくは“キャラを引きずる”気がしたり(・ω・) エエんかなぁ?

スージーが天国(?)で出会う最初の“味方キャラ”の女の子がいるが、この子が自ら“ホリー・ゴライトリー”を名乗ってて「おお!」と思った。キャラ名を耳にして一発でピンと来るワタシもどうかと思うが(=^_^=) これって、いわゆるトルーマン・カポーティの有名な小説のヒロインの名前なんスねぇ。

〜 こんなトコも 〜

♦カミュ『追放と王国』、トールキン『指環物語』、『スポック博士の育児書』『アベラールとエロイーズの往復書簡』などの著書が小道具に使われてた。特に『指環物語』を(わざわざ)登場させる辺りは、単なる(=^_^=)ピーター・ジャクソン監督の“お遊び”やろね。
♦容疑者の写真を用いて聞き込みすれば、あんな無能警察でも“コナース農場の陥没穴”までは辿り着けたように思うが。。
♦スージーの通う学校でローレンス・オリヴィエの『オセロー』が公演されたようだ。贅沢やね。
♦本作での「死」は・・「去る」「失われる」「凍結する」モノと表現されていた。
♦「天国には記憶も墓標もない」ってセリフが印象的だった。
♦スーザンさんは劇中で“35歳”と言うてはった! ムリあります! 流石に!
♦“ラヴリーボーン”はまんま「美しい骨」と訳されてた。死の概念の1ツなのか分かんないが「人は死して“美しい骨”を残す」そうである。
♦終盤でちと『ゴースト/ニューヨークの幻(1990)』入ってますた(・ω・)
♦崖っぷちでは、普段以上に「頭上注意」なのである。
♦母親の名は、劇中で1度しか出て来なかった気がする。聞き逃すな?!
♦ホリーちゃん、ブサイク過ぎ!(すんません)

〜 こんなセリフもありました 〜

スージー“幼い頃の私には、テーブルの向こうの世界すら見えなかった”
    “写真機は、一瞬を切り取る・・その一瞬が消え去る前に”
    “うちに限って、理由もなく不幸が襲って来ることはない・・そう思っていた”
    「うちって“子供の才能を潰す家庭”なのね!」
    「我慢するのも勉強だわ」
    “遠くへ離れてゆく感じがする・・生命が私から離れて行く。
     だけど、怖くはない”
    “私には行く所がある・・やるべきことがある”
    “私を殺した男は、安堵していた”
    “殺人は、総てを変える”
    “死者が(この世から)離れて行こうとする時・・それに気付く人は少ない”
    “私はほんの一瞬生き・・永遠にこの世から消えた”

祖母「私の初キスの相手は、うんと大人だったわよ」
  「ああ言うキスは“一生に1度だった”と、ずっと後になって気付くの」
  「若さを楽しみなさい」

ジャック「趣味は、色々なことを教えてくれるのさ」
    “Stay by the phone.(電話のそばにいて)”
    「犯人は恐らく・・意外なヤツだ。違う角度から捜査を。視点を変えるんだ」

アビゲイル「家出? そうじゃなく、帰って来ないんです」

ホリー「もう戻れないわ。“地上の世界”は忘れて」
   「“あの男”から解き放たれなきゃ」
   「美しいわよ・・ここは“天国”ですもの」

ホリー「ここは、あなたの思ってる“あちら”でもないし“こちら”でもないの」
スージー「その両方なのね?」

レイ「共通点が増えたね、僕たち」
スージー「他に共通点が?」
レイ「分かるだろ?」

教師“Move around,people.(さぁ、帰った帰った)”

スージー「・・帰らせて」
※※※※「・・帰さない」

とある恋文“愛に割(さ)ける刻(とき)は1時間・・その時間を君と分かち合いたい”

追記1:小さな娘さんのおられる父親は、ある意味「必見」かも知れぬ? 「他人事」とか「絵空事」とかじゃないかも?
追記2:殺人や遺体の描写は(敢えてか?)詳しくなされてなかったが・・かなり凄惨だったと思われる。

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