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2009年10月31日 (土)

☆『ボーン・アルティメイタム(2007)』☆

31日(土曜)の夜、“土曜プレミアム”で地上波初放送された『ボーン・アルティメイタム』を観た☆

この水曜〜金曜には2泊3日の(愛媛県への)出張を経て、今日は早朝から和歌山・加太界隈で釣り活動をこなして来たもんで・・とにかく“運転過多”な感があった。高松⇒和歌山⇒枚方だけでもゆうに400キロ超えてるし。。

明日はなるべくクルマのことを考えずに過ごしたい(=^_^=)
・・って言っても、夜にゃまた帰松しなくちゃならないんだが・・(×_×)

CIA特殊工作員=ジェイソン・ボーン(マット・デイモン)の、失われた記憶&総ての秘密が明らかになるシリーズ第3弾。今年の始めにDVD版で鑑賞した本作だが、心理戦に軸を据えつつ、アクション面も絶妙なバランスで配されており、ちびっ子を拒む(?)ようなシブい作品世界が展開している。

ダニエル・クレイグ版の“007シリーズ”にも影響を与えてそうな(?)「前作の直後から物語が始まる」「短時間ながら容赦ないカーチェイス」「ダイナミックなパルクール&格闘戦」などのエッセンスは素晴らしい。

今回は改めて「ボーンのバイクアクション」も挿入されてたことを思い出した☆
(しかし、デイモンくんがこんなに欧州の路地裏走行に精通してるとはね(=^_^=))

また、精神的な面のみでしか描かれないが、ボーンを巡ってパメラ・ランディ調査局長(ジョアン・アレン)と工作員ニッキー・パーソンズ(ジュリア・スタイルズ)のそれぞれが恋愛感情に準ずるような気持ちを漂わせてるトコも良かった☆

特に今回はパメラが後半の接触時、ボーンに「デヴィッド」と本名で呼びかけるシーンに「エエなぁ」と感じた。女性から名前で呼びかけられると何となく男ってもんは嬉しいものなのである(=^_^=)

それと、ボーンからの直電に「ノア・ボーゼンだ」と対応した、対テロ調査局長ノア(デヴィッド・ストラザーン)の(名乗り)行為が“モノ凄い失態”に直通する訳だが(=^_^=)・・あそこで「はい」とか「もしもし」とか返答されたら、どうする気だったんだろ、ボーンくんってば(⌒〜⌒ι)

〜 こんなセリフもありました 〜

ボーン「待て、何かおかしい」

ノア「おかしなもので、物事はどの角度から見るかで違って来る」
  「部外者がとやかく言うのは簡単だ」
  「発砲を許可する・・近付いて射殺しろ」

ハーシュ「自分がやったことからは逃げられん。結局は自分に向き合わなければならんのだよ」
    「このプロジェクトに、自分の総てを捧げろ」
    「この計画に専念出来るか?」

パメラ「いい弁護士を探すことね」

ニッキー「何も覚えてないのね?」
ボーン「ああ」

ボーン「殺し屋はまたやって来る。逃げるなら今だ」
ニッキー「・・・」

パメラ「あなた、何処迄突っ走る気?」
ノア「それは無論、勝つ迄だ」

追記1:劇中でひと言もセリフを発しなかった。モロッコ・タンジールの現地工作員(?)=デッシュ。ボーンとの格闘戦では2人がそれぞれ「分厚い書籍」「真鍮の燭台」を手に殴り合うのが印象的だった。
追記2:すれ違いざま、一瞬で相手のバイクのキーをすり盗るボーンの動き・・到底人間業とは思えない(=^_^=)
追記3:10階建てのビル屋上からイーストリヴァーに転落するボーン。流石にちょっと、無傷では済まないと思うんだけど(・ω・)

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2009年10月30日 (金)

☆『長い散歩(2006)』☆

28日(水曜)の夜。
出張先(愛媛県新居浜市)の某ビジネスホテルに戻り、TVを点けると・・何気なく“フィルム撮りっぽい画面に故・緒方拳さんが映ってる”のが放送されており・・何となしにその世界観に惹かれるトコがあり、中盤からながら、そのままラストまでイッキに観てしまったのだった(・ω・)

何と言うタイトルなんかも分からなかったが、本編終了時に至り、奥田瑛二監督の『長い散歩』って作品であることをようやく知った。

アパート暮らしの老人(緒方)が隣家(?)で虐待されている少女(5歳ぐらい?)を連れ去り、逃避行を繰り広げるロードムービー。彼ら2人のドラマは何となくノンビリとも描かれるんだが、当然それは客観的に見れば「誘拐事件」だったりもし、監督である奥田氏自身が2人を追う刑事役でも助演してる辺りは『パーフェクト・ワールド(1993)』におけるクリント・イーストウッド監督の立ち位置を何処となく連想してしまったものだ(・ω・)

セリフが意図的に(?)削られ、鉄道系やら寺社系やらの情景がええ感じに広がる。時には雨がそぼ降ったりもする。
「何かこの風景、知ってるぞ?!」と思い、後で調べたら・・果たしてロケ地(の1つ)が岐阜県・郡上市(郡上八幡)なのだった☆
『僕の彼女はサイボーグ(2008)』でもロケ地に使われていた(←ってことでロケツアーにも繰り出した(=^_^=))この町は“消失しつつある、昭和時代の日本の面影が辛うじて残されてる”ようでもあり、素晴らしいトコロだったなぁ。

中盤辺りで(?)松田翔太演じるバックパッカー青年=ワタルが2人に絡むんだが、突然の展開で“退場”してしまうのには驚かされた。
正直、空きっ腹に缶チューハイを流し込んでフラフラしながら観てたもんで・・いきなりの※※(←アイテム)の登場にはぶったまげた。まるで北野武監督作品を観てるようだ(×_×)

作品のテーマに「老人の再生」「愛ゆえに少女を救い出した老人の、誘拐犯として追われる身の皮肉さと悲しみ」なんかがあるんだが、期待してた“裁判劇”は結局後半で展開されず、ちょっと「物足りない」と言うか「みなまで語ってくれんかったなぁ」と言うか「観客を置いてかないで〜」と言うか、不思議な余韻が残されたのだった。

日本人監督らしい“物語の紡ぎ方の奥ゆかしさ”みたいなモノはバンバン作品世界に漂っていたんだが、一方では「徹底的に虐待母(←を、ワタシの“青春時代のディーヴァ”であった高岡早紀さんが演じたはった、トホホ・・)を叩いて欲しい」ちぅ観客の願い(ワタシだけのか?)はぼかされたままに幕となってしまったのだ。

本作、ロケ地は多治見市、各務原市・・と岐阜県下で多くが撮影されたようだ。ラスト近くで“上尾張駅”と言う駅舎が登場するが、ネットで調べた限りは架空の駅らしい。

それにしても緒方拳さん、最後の出演作が『ゲゲゲの鬼太郎/千年呪い歌(2008)』とは、、(・ω・)
個性派名優=ラウル・ジュリアの(メジャー系)遺作が『ストリートファイター(1994)』であることに匹敵する“おちゃめ度”ではある。。

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2009年10月29日 (木)

☆『マイケル・ジャクソン/This is IT』☆

28日(水曜)。愛媛県は東予エリアに出張している。
(出発前の)朝食こそは、テキトーに冷蔵庫の「残りモノ」を食べたが(←大抵は“野菜ジュース”“ごま豆腐”“シリアル”程度)、結局は「昼抜き(=まさに飲まず喰わず)」で社用車を運転しまくった1日目(×_×)

午後5時半ごろ、ようやく(それなりの)ノルマが達成出来たので「何か食べに行くかぁ」と考えたが・・某巨大商業施設内にある“新居浜TOHOプレックス”を覗いてみたら・・『マイケル・ジャクソン/This is IT』が上映されてたので、早速観ることとした☆
「何か女性が多いな〜?」と思ったら、今日は“レディースデー”だったんやね(×_×) 良くかぶるなぁ(×_×)

2009年春。50歳となった“キング・オヴ・ポップ”マイケル・ジャクソン(=MJ)は10年ぶりのコンサートを発表。本作は3〜6月にかけて行われたリハーサル風景であり、MJが個人的に撮影させていた記録映像群を編集したものである。

それはまさに“彼の魂のこもった贈り物”と言える。

4月中旬のダンスパフォーマーのオーディション風景や、6月末のロンドン入り以後のリハーサル映像などで構成された本作は「良くも悪くもドキュメンタリー」であり、プロモーションビデオやライブビデオ並みの完成度を期待すると、流石に(映像面・演出面で)やや物足りないトコがあるかも知れない。
しかし一方で、MJと言う人物の「それまでは(限られた)関係者しか知り得なかった“生(き)の言動”が垣間みられる!」って意味では、確かにモノ凄い“お宝映像”であると言えよう。

私的に驚かされたのは、まずは彼の“動き”である。到底50歳の人間とは思えない!

また、最高のダンサー&最高のミュージシャン(ヴォーカリストも)に囲まれながらも、本人はその両方(ダンス&歌唱)をこなしつつ、双方を率い、圧倒してるのもスゴい。普通はどちらかで「取り巻きに負けてますやん」的なほころびが出るものなのに。

それと、劇中で「フルボイスで歌わせないで」「必要ない時に歌わせないで・・僕はウォーミングアップ中なんだ」とスタッフに真剣に言い放つトコも印象深かった。
ハードなダンスに関し、そんな弱音(?)を吐くシーンは皆無だったので、極めて行けば、ダンスパフォーマンスよりボイスパフォーマンスの方が、よりMJをすり減らしてたのかも知れない。

あと、久々のコンサートなのに誰1人(大物)ゲストミュージシャンを招いたりはせず、1人できっちり向き合い、取り組んだのもスゴい。
ただそれにより、私的には(起用された)ラッパーに関しては(オリジナル曲より)ガクッと質の落ちてしまってる気がした(×_×)

他に、マイケルのお気に入りらしき(?)ギタリストには、オリアンティ・パナガリスっちぅ金髪のお姉ちゃんが起用されてた。この娘っ子が“速弾き”を披露してくれるんだが、コレがメチャクチャに巧く見えた!
一方でもう1人、アフリカンアメリカンなマッチョのおっちゃんもギタリストに起用されてるんだが、この(特徴の全く異なる)2人の演奏が「果たしてどう違うのか?」「耳で聴いて分かるのか?」
そこはギターに詳しいしとの見解をゼヒ伺ってみたいトコである。

久々に上映終了時、客席のあちこちからパチパチと拍手の響いたのは、新鮮な感があり良かった。

観終わってふと「長生き出来たにせよ、年老いて段々弱って行くんだったら・・50歳なら50歳で、最後の瞬間まで若々しく生き、コロリと死んでく方が案外(自分も周囲も)幸せなのかも知れんなぁ」と感じたりもするのだった。

まぁ悲しくも、ワタシごときがあと10年生きようと、あと100年生きようと、大きな還元を(地球に対し)出来る訳でもないのだろうけど(×_×)

〜 こんなトコも 〜

♦モノクロのギャング作『ギルダ(1946)』の映像世界にMJが合成で入り込むスゴさ! リタ・ヘイワースやハンフリー・ボガートとかなり自然な感じで“共演”してました!
♦「4年で環境破壊を止め、この地球を救おう」と言うMJのメッセージ。“4年”と言う具体的な期限が気になったり。そうなると「2012年」ってことなのか、、(×_×) 恐いよ〜エメリッヒ〜(×_×)

〜 こんなセリフもありました 〜

MJ「ベース(ギター)をもっとファンキーに」
  「もう一歩で良くなる・・絶対にね」
  「最期のカーテンコールだ。7月に会おう」
  「曲は僕のキュー(合図)で始めてくれ」
  「例えるなら・・“ベッドから這い出すような感じ”のテンポだ」
  「イイ感じになって来た」
  「観客のイメージ通りに、忠実にやりたい」
  「ここは余韻が必要なんだ・・今のじゃ急過ぎる」
  「しっかり。リハだからね」
  「怒ってるんじゃないよ・・これは愛だ」
  「何でそう言うことを言うの? 僕をからかってるね?」
  「もう1回やろう。そのためのリハだ」
  「君の(ギター)ソロだ。君が一番輝く時だ。僕も一緒にいるから」
  「地球を救う、今こそその時なんだ(This is it.)」
  「感じは掴めたね?」
  「信じて突き進もう。これは“素晴らしい冒険”だ」
  「ファンを“未知の領域”に連れて行こう」
  「さぁ、変わろう」
  「歌に戻るまで、観客の皆をじらすんだ・・周囲を見回したり、指を鳴らしたりしてね」

ダンサー「あなたが俺を動かした」
    「人生の中で本当に意味のあること・・それがこれ(←MJとの共演)だ(This is it.)」

スタッフ「世界中の才能を集めたいんだ」
    「CGを操作すれば、11人のダンサーを1100人にだって増やせる」
    「彼との共演が、恐らくは俺のキャリアの頂点だろう」
    「まさに彼は“キング”だ。にも関わらずフレンドリーで謙虚なんだ」

〜 分かった範囲の曲目 〜

Wanna Be startin' Somethin'
Jam
They don't care about us(中盤にHistory、終盤にShe Drives Me Wildネタが入ってる!)
Human Nature
Smooth Criminal
The Way You Make Me Feel
I Want You Back
The Love You Save
I'll Be There
I Just Can't Stop Loving You
Thriller
Beat It
Black or White
Earth Song
Billie Jean
Man in the mirror
This is it
Heal the World

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2009年10月28日 (水)

☆『きみがぼくを見つけた日』☆

27日(火曜)。
決めてた通り、休暇を頂いた。
目覚まし時計ばかりは思いっきり早朝に仕掛けてたんだが・・ガバッと本格的に起き出した時には、午前11時を過ぎていた・・ウボアー!(×_×)

久々に掃除機をかけたり、洗い物をしたり、と家庭的なことをやってたが・・『ワイルド・スピード』関係のネタをネットで調べてたら、いきなりクルマに乗りたくなり、既に時刻は夕方に迫りつつあったが出かけたのだった。

手頃なドライヴ先と言えば・・真っ先に思い付く(=^_^=)“ワーナー・マイカル・シネマズ綾川”へと。
ここで、期待値の高まってた1作『きみがぼくを見つけた日』を観て来た☆

6歳のクリスマスの夜に起こった悲しい出来事を皮切りに、ヘンリー・デタンブル(エリック・バナ)は“望むと望まざるに関わらず”時間移動を頻繁に体験するようになる。
しかし彼の場合、時代や場所を特定して“飛ぶ”ことは出来ず、それ故に“未来に起こることの分かっている悲劇”を事前に救おうと試みても、間に合わないのだった。

そんなある日、シカゴの公立図書館(←ニューベリー図書館らしい)の書庫に“飛び戻った”彼は、直後「ヘンリー、あなたなのね?」と美しい女性に声をかけられる。
彼女のことを知らず戸惑うヘンリーに、その女性=クレア・アブシャー(レイチェル・マクアダムス)は「6歳の時に初めてあなたに会ったの、あの野原で・・」と語り始めるのだった。

ヘンリーがクレアに出会ったのは“運命”なのか?
次第に惹かれ合って行く2人だが、彼らの前には幾つもの試練が横たわっていたのだ・・

原題が“The Time Traveler's Wife”となってるように、本作の「軸」となる存在はやはりクレアなのだろう。基本は彼女の「待ち続ける姿」を様々なシーンの中で我々は見せられることとなる。

ヘンリーにとっては“試練と葛藤の連続”なのだが、クレアが“生来のロマンス体質”で彼をいつも&いつまでも待ち続けるので、さほど物語に悲壮感は漂ってなかったりする(・ω・)

どうも、ヘンリーばかりが「過去&未来を飛び回る凄まじい能力を持つのに、たった1人の女性に翻弄されまくる」のに対し、クレアは“確信的な何か”を心中にキープし続け、しっかりと生きてたように見えた。
ひょっとしたら「ヘンリーを愛してた」のではなく「ヘンリーを愛する自分を愛してた」のかも知んない(⌒〜⌒ι)

時間移動って言うと、物語的に「モノ凄い風呂敷の広げ方も可能」な訳だが・・本作の場合、移動エリアのかなり狭い感があった。かつ「目撃者が多い」「研究者まで現れる」「別な時代の自分に触れたりする←コレが『タイムコップ(1994)』の世界観だとエラいことになる!」と言った“独自の解釈”が弾けてたな。

私的には・・ヘンリー&クレアの物語ばかりを楽しみたかった訳だが、後半からはちと“重要キャラ”が乱入してしまい、2人のドラマが何処か薄れてしまい、クレアの立ち位置が数歩ほど後退してしまった印象もあった。

もうちと何とかならんかったモノだろうか、脚本(・ω・)

レイチェルさんに関しては、初登場の瞬間こそ「ほぇぇぇ!」とその可愛さにブーツ飛んでしまったが、、慣れて来るとあんまり可愛くもないかな? と自分勝手に評価を落ち着かせてしまうのだった(すんません)。
確かに美人は美人なんだけど、表情が変化する際に「バランスが崩れる」みたいな感じ(どんな感じ?)があるのだ。アン・ハサウェイちゃんにも(ちょいとばかし)そう言うトコがあるんだけど。

一方のエリック氏はどやろ? もう少しキャラ的にインパクトがあっても良かったかも、コレも難しい配役だけど。

〜 こんなトコも 〜

♦製作スタッフの1人にブラッド・ピットの名が! スゴいなぁ、チャドくん(=^_^=)
♦本作、原題から『ノイズ(1999)』を連想してしまった。あちゃらは“The Astronaut's Wife”でしたな(=^_^=)
♦『タイムマシン(2002)』でもそうだったが、どうやら悲劇は「雪の夜に起こるケース」が多いらしい(・ω・)
♦子供が(能力的に)父を超えてる辺りは『フォレスト・ガンプ/一期一会(1994)』を何処となく彷彿とさせる。
♦「基本的に悪人のいない世界やん」と安心して観てたら・・銃を持ったしとが出て来てびっくり。。
♦クレアたちの新居の台所に貼ってたポスター・・でっかく“クリスマス商戦”と日本語で書いてあって笑えた。
♦『指環物語』や“ケルムスコット・プレス”なんかの、読書家がピクッと反応しそうなネタがセリフにあった。
♦「飲酒がタイムトラベルの引き金となる」「タイムトラベルの瞬間、脳が電磁エネルギー(≒オーラ)を放つ」「タイムトラベルは“遺伝子異常”による」「トラベラーは“時間障害”と診断される」などの独自解釈が楽しい☆
♦「目隠しして1000数えて」と言われたクレア。数え方が「1、2、3、、400、600、800、1000」・・ってそれやと7秒やん!
♦クレアの生年月日は「1972年5月24日」とのこと(確か)。
♦ヘンリーとクレアの親父さんは・・いわゆる“体格一致”らしい(=^_^=)
♦クレアちゃんの左ヒップに小さなタトゥー! 一瞬なので、見逃すな!(いや、見逃してエエって)
♦ゴモリンスキーの愛称が“ゴメス”らしい。
♦地下鉄でとある乗客の読んでた新聞の見出しに「ベトナム戦争、泥沼化」と。1969〜70年辺りか?
♦ヘンリーの父は寡黙であるが故に涙を誘うキャラだ。「未だに恋しい・・毎日想ってる」にはウルッと来ました(⌒〜⌒ι)
♦ヘンリーの肌に触りつつ「何て若いのかしら・・」と呟くクレア。『ベンジャミン・バトン/数奇な人生(2008)』後半のケイト・ブランシェット(デイジー役)を想起させる、感慨深いセリフだった。
♦ケンドリック博士のキャラは、もっとインパクトがあっても良かった。
♦監督:ポール・バーホーベン&主演:ケヴィン・ベーコンで「時間移動をする主人公が、やがてその副作用(?)で心を邪悪に染めて行く」みたいなサスペンス作が観たい(=^_^=)
♦意外なトコから“女性のタイムトラベラー”が登場するんだが・・“全裸問題”にはどう対処しとるんだろ?
♦“パイプカット”なる表現を耳にしたのは『ダーティーハリー4(1983)』の序盤以来である(・ω・)

〜 こんなセリフもありました 〜

ヘンリー「まただ・・」
    「旅をする時、服は持って来れないんだ・・この次は服を持って来てくれると嬉しいな」
    「また来るよ、何度もね」
    「過去の人に会っても、その死を防ぐことは出来ない・・試みたがダメだった」
    「何してるかって? 見ての通り“不法侵入”さ」
    「未来は知らない方がいい」
    「“失ったら耐えられない存在”は作るまいと思った・・しかしもう遅い」
    「決め手は美や知性じゃない・・君のくれる“安心感”だ」
    「流れが速まり“飛行”が頻繁に起こっている」
    「“待つ人生”は送らないで」

ヘンリー「僕って、何て歌がヘタクソ」
アネット「自分の歌い方でいいのよ、ヘンリー」

利用客「(本を探すにしては)遅かったな」
ヘンリー「“大冒険”でね」

クレア「“見つけても普通にしてろ”ってあなたに言われたのに・・ダメよね」
   「“一気に話すな”とあなたに言われたのに・・つい」
   「ずっと恋していたの、あなたに」
   「あなた“替え玉”ね」
   「あら、、“新顔”ね?」
   「私の人生は止まってはいないのよ」
   「何を話せと? あなたをただ待ち続ける辛さ?」
   「人は生まれ、生きて、年老いて、死ぬの。それは仕方のないことよ」
   「何も変えずにいるわ。たとえ束の間でも、会いに来てくれるのを待ってる」

クレア「(彼を想う)この気持ちはもう巻き戻せないわ」
ゴメス「こりゃ相当、重症だな」

ゴメス「俺たちが“正常”だと仮定してだな・・」

ヘンリー「君は僕の事情を?」
クレア「知ってるわ、6歳の時からね」

クレア「あなたが未来のことを言ったの、初めてね」
ヘンリー「君に心配して欲しくない」

クレア「こんなの不正だわ」
ヘンリー「じゃ(当たりクジを)破って棄てよう」
クレア「・・ダメよ!」

クレア「彼とは別々の部屋で寝たわ・ケンカしたの」
ヘンリー「分かるよ。何たって嫌なヤツだからな」

チャリス「恋は熱病のようなものよ・・誰にとってもね」

ヘンリー「あなたは息子さんに愛されてますよ」
※※※※「分かってる」

※※※※「彼女に、想いを伝えてね」

ヘンリー「心の傷は酒じゃ癒えない」
父「・・癒えるさ」

ヘンリー「この力も役には立つ」
父「では、あの事故を防いだらどうだ?」

ヘンリー「クレアの父親は“共和党支持者”で“ハンター”だ」
父「それは参ったな」

クレアの父「良く言うだろ? “人生は狩り”だと」
     「どう言うことだ? (新郎が)白髪になっとる」

ヘンリー「明日は結婚式だ。バッサリやってくれ(Cut it off.)」
床屋「お2人ともが満足するよう、仕上げましょう」 ←美味しいセリフやな〜(=^_^=)

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2009年10月27日 (火)

☆『ワイルド・スピードMAX』☆

26日(月曜)。
何だか分かんないが、疲れが溜まってるのか、妙にクラクラ来てた1日だった。
栄養が足りてないんやろかね(・ω・)

明日(火曜)に(以前の出張ぶんの)振替休暇を頂いてることと、明後日(水曜)から2泊3日の出張行が控えてるもんで、妙に“残業モード”の過熱してしまった1日となった(って言ってもせいぜい、出張の準備ぐらいなんだが)。

そうこうしてる間に、18時・・19時・・と時間が過ぎて行き「ああ、今夜は流石に寄り道して、シアターに行く訳にもいかんかったなぁ、、」とガックリしたんだが・・
次の瞬間「待てよ? 確か“ワーナー・マイカル・シネマズ高松”のレイトショーが21時以降にあったぞ?」と思い付き、そのまま残業後にシネコンに向かうこととした次第(⌒〜⌒ι) ま、明日休みだし☆

あんまし“深いの”“難しいの”は観たくない精神状態だったので「徹底的なバカ系を観よう!」と心に決め、実は少しばかり楽しみにしてた“ワイルドスピード”シリーズの最新作『ワイルド・スピードMAX』を観に行った訳だ。

かつてはロサンゼルス(=ロス)で暴走行為、車両盗難など“やりほ〜だい”だった伝説のドライバー=ドミニク・トレット(ヴィン・ディーゼル)。
しかし流石の彼も今やロス市警&FBIに追われる身となり、肩身の狭さを感じたドム(=ドミニク)は今、仲間たちとドミニカ共和国で“走行中のタンクローリーからガソリンを強奪する”と言う新手の犯罪活動に精を出していた。

彼にはレティ・オルティス(ミシェル・ロドリゲス)と言う恋人もいたが「俺と一緒にいては幸せになれない」と考えたドムは、大金を残し、ある夜に彼女の前から姿を消すのだった。

真面目に働き始めた(?)ドムだが、ある日、妹のミア(ジョーダナ・ブリュースター)から“とある知らせ”が届く。
すぐロスに舞い戻ったドムはミアに再会。“ある事件”の謎を解き“ある人物”に接触するため動き始める。

一方、ドムの旧友であるFBI捜査官=ブライアン・オコナー(ポール・ウォーカー)もまた、巨大麻薬密売組織(←密売するに決まってるが、、)の謎のボスを追い、ロスの街を駆け回るのだった。

FBIでは、これまでに潜入捜査官が3名も組織に殺されていたのだ・・そしてその中には・・

いやぁ、分かり易い(=^_^=) エッセンスを縮めたら1時間以内に収まりそうだ(=^_^=) シリーズ1作目(2001)の面々=ディーゼル&ウォーカー&ミシェル&ジョーダナがいよいよ再集結する訳だが、、“脚本上の流れ”からか、誰の表情にも笑顔の殆ど見受けられないのが印象的だった(・ω・) 

“007シリーズ”ばりのオープニング・シークエンス(←劇中最大の見所かも、、)や、ブライアン初登場時の“パルクール”(いわゆる建物の屋根や路地などの“高低差”を使ったダイナミックな追いかけっこ)、『インディ・ジョーンズ/魔宮の伝説(1984)』入ってるような「メキシコの砂漠にある謎の坑道(←誰が掘った?!)での高速チェイス(=ライド系)」など、映像演出に凝ってる印象があった。

にしても・・やはり“作品全体を覆う影”みたいなもんは強く(脚本上仕方ないトコだが)、出演者らの言動は何処か「はっちゃけてない」し、レースシーンそのものも「夜間が多かったり」「ストリートを走らなかったり」と、ちと残念な気はしたか。

まぁ「昼間にロスのストリートを走る」って設定は、ムリがあり過ぎるんかも知れないが。。

また、FBIが如何に捜査官を使い捨てるか、ってのも良く分かった(⌒〜⌒ι) (殉職時の)葬儀だけは盛大に執り行って貰えるが、指紋照合作業にやたら時間がかかるし、何か「指令室に雁首揃え、無線で指示送ってるだけ」みたいな。
ただ、一方で「押収した改造車両を勝手に捜査に使える」ってのはある種の“特権”みたいで、思わず憧れてしまった(=^_^=)

ってか「FBIに車両を押収された時点で“もう戻って来ない”と考えた方が良い」んかも知れない(×_×)
「どうせ自分のクルマちゃうし」ってことで、ぶつけるわ横転するわ“やりほ〜だい”だったな。。

俳優面ではヴィン・ディーゼルもそうだが、ボスの副官役(?)=カンポスを演じたジョン・オーティス(John Ortiz)ってしとが妙に人懐っこくみえて好感を持った。ディーゼルもこのオーティスもだが、黙ってる時の表情なんかを眺めるに「撮影現場では、ムチャクチャええ人なんじゃないか?」と思えてしまう。逆にポール君の方が、現場では“暴君”だったりして(←勝手な妄想です、すんません)

序盤に登場する、ハンと言うキャラの「東京でレースをするんだ」って台詞から察するに、
本作は『ワイルドスピードX2(2003)』と『ワイルドスピードX3/TOKYO DRIFT(2006)』の中間に位置する物語なんだろうな。

そうかそうか、ミアがポールに「5年ぶり」とか言ってたから、きっと2005年ぐらいの設定なんだろう。

あれ? そうなると劇中の「スバル・インプレッサWRX STI(3代目:GR型)」ってば“試作型”だったんやろか?(=^_^=) ←リリースは2007年ですから。。

〜 ほか、こんなトコも 〜

♦ドムの好みは「コロナ・ビール」らしい。
♦ポール・ウォーカーの顔つきが、精悍になってて良かった。同僚(スタジアック捜査官)をいきなり殴るのはどうかと思うが(・ω・)
♦ブライアン君がカンポスを尾行、ボスの正体を探るシーン・・妙に観てて緊張してしまった(←罠と思った)。緊張してソンした(=^_^=)
♦冷徹で極悪なボス・・と思いきや「教会で神に祈る一面」もあったりし、妙に憎めなかった。まぁ『アンタッチャブル(1987)』のアル・カポネ(ロバート・デ・ニーロ)もオペラか何かを観て泣いてはりましたけど(・ω・)
♦「インプレッサWRX STI」が砂漠地帯を爆走! アメ車の中に混じるとコンパクトで大人し過ぎる印象もあったが、やっぱし(スバル乗りとしては)嬉しい!
♦砂漠地帯をごっつい排気量のアメ車で疾走したら・・たちまちガス欠になると思うんだが。。
♦高速で坑道内を並走する2台。右の1台はドムが運転。しかしドム車の前方には壁が・・ここでの彼の行動がスゴい!(=^_^=)
♦「気のいいタンクローリー運転手」と思いきや・・しまいにゃバンバン発砲して来ました(☉д☉)
♦ドムに気のある組織のおねぃちゃん=ジゼル。語りかける言葉の一部にいちいちスペイン語(?)を織り交ぜるのにドキドキした(=^_^=) アレは愛の囁きか? ってかドムはそれを理解してたのか?
♦ラストで「ホンダNSX」を“不敵な笑みを浮かべながら”運転してたドライバーに驚愕! あんたの活躍こそが観たかった!
♦液体窒素ボンベのホースの先が曲がり、自分の顔面に勢い良く噴射されたら・・さぞ大変やろな(×_×)
♦緑の「フォード・グラントリノ」が登場。(あの初老でシブい方の)ブラガさんにこそ乗って欲しかった。で、ドムやブライアンに向かって“指でピストルの形”を作り、発砲するマネをしたり・・ ←で、狙撃班に撃たれたり(×_×)
♦ボス=ブラガの正体がいよいよ判明するシーンは、どうしても『ユージュアル・サスペクツ(1995)』を連想してしまう。
♦7キロほど距離のあったゴールが“ショートカット”でいきなり1.6キロぐらいに短縮されるのは面白い。

〜 こんなセリフもありました 〜

ドム「Go. have fun.(飲んで来い)」
  “恐れずに飛ばせ”
  「Come on. Look at you.(何だ、その顔)」
  「忘れる? 無理な相談だ」
  「※※※を殺す。それを邪魔するヤツもな」
  「“本物の運び屋”は、積み荷を知っときたい」
  「捕まると“本物のムショ暮らし”だ。だから赤い回転灯を見たら・・ブッちぎる」
  「ニトロ(≒NOS)なんか使うのはクサレ野郎だ」
  「じき“面白いこと”が起こる」
  「FBI(の取引)を信じてるのか? “サンタを信じるガキ”と同じだな」

ミア「あなたは“悪人を演じてる嘘つき”なの? それとも“善人を演じてる悪人”かしら?」

ブライアン「彼から“信念を持つこと”を学んだ。あの時、逃したのは“彼を尊敬していた”からさ」

レティ「Come on!(よしてよ)」

上司「捜査官と犯罪者の違いは“判断力の差”だ。」

カンポス「ブラガが望むのは、最高のテクを持った“本物”だ。“車のために家族を売るような男”なのさ。」
    「愛する女と、別れた女たちに、乾杯」
    「ドライバーは“消耗品”さ」

ドム「マジか?」
ブライアン「至ってな」
ドム「やっぱり」

ブライアン「反則で勝って満足か?」
ドム「ルールはない」

ジゼル「免許証は?」
ドム「免許証って?」
ジゼル「では親指の指紋を」

ドワイト「日本車はV8には勝てねぇのさ、絶対にな!」 ←何か偏見入ってるなぁ、、

ジゼル「あんた・・“女より車の方がいい”ってタイプの男なの?」
ドム「“最高のボディ”には惚れ込んじまうのさ」

ミア「傷口を消毒して縫うわ。痛むわよ」
ドム「楽しんでるな?」
ミア「少しね」

ブライアン「俺のGT-Rを吹っ飛ばしたろ?」
ドム「(このインプで)満足だろ?」

ブライアン「皆がお前を追いかけるぞ」
ドム「逃げないさ」

ブライアン「ここからは“管轄外”だ」
ドム「ここから、復讐が始まる」

ブライアン「あのレース、本当は俺の勝ちだよな?」
ドム「どうした? アタマでも打ったか?」

エンド時幕“本作は危険なアクションです 撮影は閉鎖された道路で
      プロが行っています 絶対にマネをしないで下さい” ←しねぇよ!

つぶやき:さぁ記事も完成したし、今日はクルマで出かけよっかな!
     ・・ってか、もう午後なんですけどね(×_×)

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2009年10月26日 (月)

☆『セントアンナの奇跡』☆

25日(日曜)。
昨日の石鎚山・天狗岳(1982m:愛媛県)登拝行の疲れが出たか、、今朝はグゥグゥと寝だめしてしまい、起きたら午前10時を過ぎていた(×_×) 立て続けに剣山(徳島県)を登る勢いもあったが、、今日はやめにしといて正解だったと思う、たぶん(・ω・)

起きて間もなく(もしくはそれで起こされたか?)インターホンが鳴り、宅急便が届いた。
先週後半にネットで購入した「サニ〜製のヘッドホン一体型MP3プレイヤー」である。正直、サニ〜製品はあんまし使いたくないんだが、こう言う“ジョギングに適したプレイヤー”がアップルからなかなかリリースされないので、仕方なく購入したって感じ。
そう言や、先週半ばに突然「サニ〜製のヘッドホン」が壊れてしまった時は、つい「“サニ〜タイマー”がとうとう尽きてしまったんやろか、、」ってのがアタマをよぎった。

これを書いてる現在、ノートPCのUSB端子に差されたくだんのプレイヤーが充電中なんだが「パッケージを開封し、外気に触れた時点でタイマーが起動するんやろか? 充電のためPCに繋いだ時点やろか?」などと“余り意味のないことながら、単なる都市伝説(?)の類とし片付ける訳にも行かない妄想”を脳内に自由に漂わせている(・ω・)
さて・・果たしてこいつは頑丈なンだろうか?

午後からであるが、市内へと出かけ、かなり期待してた1作『セントアンナの奇跡』を観て来た☆
夏にも、帰阪した際に「是非観よう!」と決めてはいたんだが、予定がつかず観れぬままだった。ようやく鑑賞が叶い嬉しい。

1983年のクリスマス前。ニューヨーク・ハーレムに住む初老の郵便局職員=ヘクター・ネグロンは「20セント切手を」と注文したとある客の胸部を(切手売場の)窓口越しにいきなり銃撃、撃たれた男は即死する。
その場にいた人々は“突然の凶行”に叫び逃げ惑うが・・ネグロンが銃を(事務机の引き出しから)取り出す寸前に発した「あの時の・・」と言う呟きを耳にした者はいなかった。

デイリー・ニュース紙の若手記者=ティム・ボイルが他社に大きく出遅れ、現場に駆け付けた時には、リッチ刑事(ジョン・タトゥーロ)が後片付けをしてるばかりだった。「初仕事がこのザマか? 向いてないんじゃないか? 知事みたいに就任直後に辞職することになるぞ」
チクリと苦言を吐くリッチだが、ネグロンの家宅捜査にボイルが同行することを認める。

ネグロンの自宅アパートには、果たして“古い彫像の頭部”が隠されていた。市警の依頼を受けた専門家のブルックス教授は、
「これは450年前の作品で、イタリア・フィレンツェの“サンタ・トリニータ橋(世界最古のアーチ橋。1944年、ナチスに爆破解体された)”を飾る4体の彫像の1つ“春(プリマヴェーラ)”の一部だ。アンマナーティの手によるこの像は少なくとも500万ドルの価値のある大変な宝だ!」とひと目で鑑定する。

“マーブルヘッド・マーダー(彫像の頭部殺人)”と名付けられたこの事件。取調室で2日間「黙して食さず」を貫くネグロンだったが、ボイルが会見を挑んだ際に、眼に涙を溜めポツリと「私は・・知っている・・“眠れる男”が誰なのかを・・」そう震える声で漏らすのだった・・

事件は新聞の見出しを大きく飾り、世界へと。
画商=エンリコ(ジョン・レグイザモ)がローマで購入したデイリー・ニュース紙は、とある流れでカフェにいた男の眼に触れることとなる。左に彫像、右にネグロンの写真を載せたこの記事に驚愕する、この男は?

そして物語はネグロンの回想の中、1944年のイタリア北部・トスカーナ地方へと飛び、セルチオ川のほとりを進軍するアメリカ陸軍・第92歩兵師団、通称“バッファロー・ソルジャー(黒人による連隊)”の4兵士=スタンプス(リーダー格)、ビショップ(皮肉屋)、ネグロン(クリスチャン)、トレイン(純情派)の体験する、絶望と希望の戦局へと遡って行く・・

久々のスパイク・リー監督作品だ。
前に劇場で観た『ガール6(1996)』がヌルい、と言おうか“余りに観応えなき”作品だったため、今回もその辺りを心配してしまったが・・いや、なかなかに勉強となりました!

「黒人兵団が激戦地に放り込まれる」って展開は、かつてエドワード・ズウィック監督の『グローリー(1989)』でもたっぷり(?)凝視させられてしまったが、、本作では「戦争」や「戦場での団結心」と言った要素に焦点を当てるのみならず“国籍を超えた人間ドラマ”をも丁寧に描いてるのが素晴らしかった。

クリント・イーストウッド監督の『硫黄島からの手紙(2006)』を観た時も「こんな切り口で、こんな監督が戦争を描いた例は、今までになかったんでは?」と驚かされたモノだが、あの時の気持ちに通じるものがあったな、と。

特に、全篇を通じもっともインパクトのあったのが、どちらも“女性キャラの絡む”シーンだった。きっとワタシが男だからなんだろうが、、

1)川沿いの戦闘エリア“ゴシック線”を進軍するジョージ中隊&フォックス中隊に向け、車両の屋根に取付けられたスピーカーから大音量で「ナチス短波放送」が流され、官能的な(官能的過ぎ!)女性アナウンサー=アクシス・サリーがアメリカ黒人兵の戦意を揺さぶる! これが単なる「プロパガンダ」とし一笑出来ない「ある意味ホンマちゃうん?」と思わせてしまう“深み”を持つのだ。

2)清楚で聡明な村娘=レナータ(実は夫帯者!)を巡る2兵士の言動とその結末の対比。
「踏み出せなかった男」と「堂々と踏み込んだ男」・・そして黙して語らぬレナータ自身の、実は“解放”を望んでいたかのようなあのけだるい扮装(?)

正直、映像的なエロティック度では「物足りなさ」があったんだが「映さないけど、スんゴいエッチなことしてたんですよ、このしとたちってば」と言いふらしたくなるような(=^_^=) そんな見せ方&台詞回しが光ってた。カットされてた(2つの)セク〜スシーンも拝みたかったモノだが、想像する楽しみ(余地)を残してくれたスパイク・リー兄貴には、一方で感謝したくもなる(=^_^=)

難を言えば「多角的な描写」や「時間軸置換」などを駆使してくれてた割に、やや各キャラの描き方が簡素過ぎたかな? ってことか。特に現代(?)のシーンで「濃厚に描かれる」と期待してたリッチ刑事&ボイル記者の人物像が予想以上に薄っぺらく、かつニューヨークの事件そのものも薄っぺらい感じに終わってしまった点に「“ドラマを盛り上げる美味しい要素”をみすみす棄てたんかなぁ?」なんてなことも感じたワタシである。

サプライズとしては、ジョン・レグイザモ氏を久々に拝めたのは良かった☆ 前作(?)『ハプニング(2008)』ではガラスで※※を切ってただけの、悲し過ぎる役柄だったんだが、今回はエッチ過ぎる画商役を嬉々として演じてはった(=^_^=)
(って、、メチャメチャ出演時間、短いんですけどー!?)

ときに、トレイン役の巨漢の黒人男優。最後の最後までフォレスト・ウィテカーのクローンかなんか(=^_^=) と思ってたら・・オマー・ベンソン・ミラーと言う、全く別なしとだった! 6回タップでブン!ブン!(←意味不明)

何処か『パンズ・ラビリンス(2006)』を連想させるような、一方で(これもズウィック監督作の)『ディファイアンス(2008)』に通じるような、不気味で不穏で裏切りの見え隠れする物語世界は強烈だった。きっとこのジャンルに限っては、本作を超えるスパイク・リー作品にはもう出会えない気すらする。

それにしても、、ワタシは仕事柄、(訪問先の)受付窓口で挨拶をしたりするんだが・・対応頂いた係員さんが、手元の引き出しに“いつでも実射可能な拳銃”を忍ばせてる・・と思うと、恐怖心で思わず発狂しそうになってしまう(=^_^=)

〜 こんなトコロも 〜

♦本作は「R15」だが、戦場における残酷描写以上に、男女の生々しいやり取りの方にこそ「その指定やよし!」と感じてもしまったワタシ(=^_^=)
♦レナータさんの“あのコスプレ”は『愛の嵐(1973)』におけるシャーロット・ランプリングさんの“あのコスプレ”にも通じる「インパクトあるんだけど、何処か軍人を茶化してるテイスト」がかなりあった。また、あの前後で一切セリフを発しないのもイイ。
♦くだんの拳銃は“ルガーP08”だが、1938年をもって“ワルサーP38”がドイツ軍に正式採用されたそうで、当時既に「旧式」とはなっていたらしい(・ω・) ←ウィキ情報だから、何処まで鵜呑みにして良いのやら(=^_^=) 恐らく「08」「38」は採用年から来てるんやろね。
♦ナチス将校の鉄十字バッヂには「1939」の年号が。
♦米軍の放つ砲弾の胴(?)部分に“ハーレムスペシャル”だの“不言実行”だのと書かれてるのが可笑しかった。アメリカ人の、戦場でのあのユーモアセンス(?)はスゴいと思う。
♦「ハミルトン製の腕時計」が兵士に支給されていた。
♦別々の場所での「3つの祈り」のシーンがカットバックで同時に描かれる。演出として印象深い。
♦終盤で登場のナチス将校。「これで身を守れ!」とは、余りに“美味しい”役回りである(・ω・)
♦1人、ムカつく上官がいて「こいつは死んだ方が良い」と思ってたら・・結局は爆発&炎上でバラバラになってました。。
♦「ネット越しに撫で回してた」から、ちと霊験が薄かったんやろか、、(×_×)
♦『アレックス(2002)』を観た時も思ったことだが「人違い」ってのは考えないのやろか?
♦タイトルこそ“セントアンナの奇跡”であるが、、セントアンナの“まさにあの場所での奇跡”は意外にさらっと描かれてた感じ(・ω・)
♦タップの回数だが、4回・5回辺りはもっと後回しで良い気もした(・ω・)
♦「泣く子も黙る」って風な歴戦のパルチザンのリーダーの男がいたが、名前が“ペッピ”と、何やら可愛かった。。
♦「踏切の手前」で軍用ジープが・・ あのシーンは「遠くからの長回し&セリフなし」で描いたからこそ、強烈なのだと思う。何となくワタシ自身も「やったれ!」と心中で思ったし(⌒〜⌒ι)

〜 こんなセリフもありました 〜

中佐「この町を死守する。今日も明日も明後日も・・永遠にな」 ←『史上最大の作戦(1962)』よりジョン・ウェインの台詞

リッチ刑事「(取材に)遅れた? 転職を考えるんだな」
     「あの刑事たちは無能だが・・君には収穫があるかもな」

ネグロン“俺たちも、この国のために戦った”

刑事「信心深いのはイイことだろ?」

エンリコ「世界の動きを知りたい。何しろ君と2日もベッドにいたからな」
ピーノ「世界は無事よ」
エンリコ「おい、よせよ・・俺を殺す気か?」
ピーノ「あんたが死ぬ程、愛しちゃうわ」

米兵士「今はこの銃がお前のママだ」
   「後ろでふんぞり返って“見えない”だと? 先頭に立てってんだ!」
   「ヤツにはツキがある」
   「軍服着てたって、これは白人の戦争だ。俺たちにゃ関係ない」
   「ナチスは客で、俺らはブタ扱いで裏に回れってか?」
   「ヤツは88ミリ砲に自分のペ※スを突っ込みかねないぜ」
   「外国の方がよほど自由だ。ここイタリアじゃ、俺たちは“黒人”じゃなく“俺”だからな」

トレイン「白人には触ったことがない。死人にも」
    「この子には力がある。神の影の中に立ってる」
    「1回は“イエス” 2回は“ノー” 3回は“やれ”
     4回は“眠る” 5回は“薬を飲む” 6回は“危ない”だ」

ビショップ「お前らが“生粋のイタリアン”なら、俺たちは“雑種”ってか?」
     「仲良くなるな。このガキはどうせすぐに死ぬ」
     「そのクソアタマ(←彫像)、まだ持ってたのか?」

ルドヴィーコ「ムッソリーニはイタリアを大国に導いたが、我ら国民を裏切った」

レナータ「どうしたの? 女の胸を初めて見たの?」
スタンプス「・・君は、美しい」
レナータ「・・有難う」

米将校「俺は新任だが、黒人士官と話し合う気はない」
   「無線はウソだろう」 ←おい!

トレイン「何故、川を渡る?」
ビショップ「向こうにビールがあるからさ」

ネグロン「お前は説教師だろ? 説教してる時だけは神を信じるのか?」
ビショップ「信じたいが・・どうにも長続きしねぇ」

ネグロン「神は醜いものが嫌いだ」
ビショップ「美しいもの、じゃねぇのか?」

アクシス・サリー「アメリカがあなたたちを気にかけると? あなたたちを“奴隷扱い”する国なのよ」
        「戦うのを止め、私の“白い2つのマフィン”を食べにいらっしゃい」
        「ここで死んでも、故郷じゃ“2流市民”扱いよ」
        「“勝者の側”にいらっしゃいな」

ナチ将校「あのたわ言は(電波に乗って)届くのに、何故ポテトスープが届かん!」
    「ロシアでは氷柱を舐め、飢えをしのいでおる。自分だけが空腹と思うな!」
    「テロリストは“ジュネーヴ条約”では保護されとらん」
    「何をしたにせよ、戦争程の悪行ではあるまい」
    “もはや私は、妹の前で優しく揺れるランプではない”

ファシスト党員「神の前でも党員証の有無を問われるのかな?」

ペッピ「泥棒を捕まえる側が、泥棒になるな!」

浜辺の男「奇跡こそ、人生で一番大事なものです」

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2009年10月24日 (土)

☆『私の中のあなた』☆

23日(金曜)。
明日からは、土日の連チャンで「発狂したか」のような“山登り”をこなす予定となっている。

土曜には“石鎚山”に登る。
そう、かつての連ドラ『永遠の仔(2000)』で、何度も何度も、故・古尾谷雅人さんの滑落死するシーンが映し出された、例のアノ山だ(=^_^=)
日曜には“剣山”に登る・・吉川英治の時代小説『鳴門秘帖』で、主人公である剣豪の父親が幽閉されてた洞窟を擁する、例のアノ山だ(=^_^=)

ってことで、本来ならとっとと帰宅の上「ゆっくりする」のが最善なんだろうが、正直そんなに気合を込める気にもなれず(←おい)「一方でもっと大事なこともある!」って訳で、仕事帰りに“ワーナー・マイカル・シネマズ高松”へと向かい、ちと気になってた1作『私の中のあなた』を観て来た(・ω・)

如何にも“きっちり泣かせまっせ〜”ってな姿勢で物語の組み上げられた(であろう)ヒューマン・ドラマであるが、さて・・?

勝訴率91%が宣伝文句である、らつ腕弁護士=アレグザンダー・キャンベル(アレック・ボールドウィン)の事務所を、11歳の少女=アナ・フィッツジェラルド(アビゲイル・ブレスリン)が訪ねる。
有り金の700ドルを差し出した彼女は「両親を訴えるから、この弁護料で引き受けて」と言い放つ。

長女ケイト(ソフィア・ヴァジリーヴァ)の幼少の頃、突如発症した白血病。ブライアン(ジェイソン・パトリック)&サラ(キャメロン・ディアス)は主治医の「ここからの話はオフレコですが・・」「法的には公に勧められないのですが・・」なる“ある提案”に踏み切ってしまう。
それはつまり“ドナー役の子”を意図的にもうけると言うこと・・

こうして生まれたアナは、見事に4歳年上の姉ケイトと“適合した遺伝子”を持っていたため、生後間もなくからの11年間に8度もの入院手術を受け、臍帯血や骨髄液を姉に提供し続けるのだった。

「今までずっと強いられて来たの! “スペアパーツの提供者”としての人生をね!」と訴えるアナとその弁護人となったキャンベルに戸惑いつつも、自身も元弁護士である母サラは、遂に受けて立つ決意を固める。

かくて、ロス家裁で係争を展開することとなったフィッツジェラルド家だったが、その背後には母サラですら気付くことのない、ケイト&アナのとある思惑が隠されていたのだった・・

あれれ? と不思議な気持ちに(・ω・) ちっとも劇中で泣けなかったのである。。

一般には「ハンケチをぐじょぐじょに濡らして下さいましね、ハイ」的な“お涙ちょうだい系”なのだろうが・・ワタシは泣くよりも何よりも、真面目に冷静に、作品世界に浸ってしまったのである(・ω・)

まずは「決して主人公的ポジションではない」ながらも、ケイト役を熱演してくれたソフィアちゃんの女優魂にドギモを抜かれた!
ヴィジュアル的にも、心象演技(?)をとっても「完璧」なのである。決して美人じゃないんだが、次第に弱って行くトコロや、「ホンマに大丈夫?」と心配になるほどの(強烈な)嘔吐シーンなど、そこいらの“子役”のレベルを突き破ってた!

またコレも、主役級では全くなかったんだが・・そんなケイトのボーイフレンドとなるテイラー・アンブロウズ君を好演してくれた青年男優さんもスゴかった。
この2人のラヴシーンなどは「今を生き、この瞬間を愛し抜くんや!」って感じで“激しさ&切なさ”が爆発してたなぁ。

この2人の(劇中における)インパクトが余りに凄まじ過ぎるため、(彼らを固める)大物俳優陣がそれぞれにインパクト対決をしてくれるンだけど・・ちょっと「足りないよなぁ」と思ってしまう。
とは言え、髪に躊躇なくバリカン入れるキャメロンさん、廊下でぶっ倒れ全身を震わせるアレック氏もそれなりに頑張ってはくれてたんだけど。。

そう考えると、本来は主人公であるアナちゃんでさえ「インパクトの薄い感」があったかも(・ω・)

なお、前半であるが、複数の人物が入れ替わり、それぞれの視点でモノローグ(独白)を放つ演出がとても良かった! もう一歩、確信犯的にソレを貫けば、それはそれで立派な“オムニバス作”となり得た気もする☆

それと「ケイトが病室からガラス越しに外のやり取り&会話(←勿論セリフは聞こえない)を眺めてる」みたいな映像演出が効果的に挿入され、なかなか良かった。

ガンガンと、医学的情報やら、判例やら、人生談義やらを放って来るんやろなぁ・・ってトコロを、意外にどのキャラも「黙るトコロは黙る」って描き方をしてる辺りも好感が持てた。

語り過ぎることは、やはりダメなんだろうな、と改めて感じる。・・それは、実人生においても(×_×)

〜 こんなセリフもありました 〜

アナ“誕生なんて偶然なのだ。大抵はお酒の勢いとか、避妊の失敗で人は生まれる。
   つまりは、アクシデントなのだ”
  “親戚は、私たち一家との間に距離を置いた”
  “父の家族はリッチだが冷淡、母の家族は口ばかりうるさい”
  「Let me go!(もうイヤ!)」
  “いつか、また会える”

ブライアン“いつの間にか、家族に亀裂が”
     “あんなに小さかった子が、いつ物事を考え始めたのか? 子供は成長する”

キャンベル「本気なんだね? いい度胸だ」
     「当時5歳の子が“理解”ですと?」
     「“悪かった、行き過ぎた”と思ったことは?」

ケイト「“美しい”なんてウソを言うのはやめて」
   “私は病気に負け、もうじき死ぬ。そして、家族も病気に負けてる”
   “私は家族みんなの関心を奪ってしまった”
   “ママは総てを犠牲にした。結局は「負け戦」だと言うのに”
   「私とテイラー・・“適合カップル”よ」
   「痛むのよ、生まれた時からね」
   「あなたに1つ、頼みがあるの」
   「信じるわ・・何故って? それが真実だから
   「みんな愛してるけど、今日は帰って」
   「ママは言ったわ・・“バスに乗ったら、左側の窓の席に座りなさい。
    振り向けばママが見えるから”と。・・今夜もその席に座るわ」

テイラー「100ドル賭けるよ。君は3時までに吐く」
ケイト「ヒドいわ」
テイラー「・・そして明日は僕だ」

テイラー「癌になったから君に出会えた・・癌になって良かった」

サラ「あなたは一体どちらの味方なの?」
ブライアン「これは敵とか味方とかの問題か?」

ジョアン・デ・サルヴォ判事「原告側弁護士は、概して意欲的ですから」
             「死は恥じゃない」

アナ「泣いたりして、私・・バカみたい」
デ・サルヴォ「あなたはバカじゃない。“本当のバカ”を毎日見ているわ・・あなたは違う

医師「今日の痛みは“1〜10”のどれぐらい?」
ケイト「6かな?」

ケイト「手だてはないの?」
医師「・・ない」

ケイト「最期は苦しむの?」
医師「いや、苦しまないようにする」

ケリー「いつか戦うのをやめなくては。そして受け入れるのよ」
サラ「・・出来ないわ」

医師「保険会社にバレるとマズいから、急患入口へ」 ←恋愛モノで言う“親切な(ホテルの)フロント係”的キャラ(=^_^=)

キャンベル「同意を得ましたか?」
サラ「説明はしましたが、同意までは・・」

追記1:戸田奈津子さんが字幕担当! でもちっとも弾けてない! ホンマにアノ戸田さんかい?!
追記2:監督はニック・カサベテス。『ブラインド・フューリー(1989)』『フェイス/オフ(1997)』では、チンピラ的俳優に見えてしまったモノだが、、

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2009年10月22日 (木)

☆『あなたは私の婿(ムコ)になる』☆

21日(水曜)の夜。満を持し(=^_^=)、仕事後に“ワーナー・マイカル・シネマズ高松”へと向かい、期待値の高まりっぱなしだった(=^_^=)1作『あなたは私の婿(ムコ)になる』を観て来た☆

当初は「完全にスルーしちゃう予定」だったんだが・・ヒロイン=サンドラ・ブロック(notソンドラ・ロック)の“全裸が拝める!”ってことをitukaさんのブログで知り(=^_^=)

「これは・・『完全犯罪クラブ(2002)』のアルティメット・エディションのブルーレイ・ディスクを買うのんに優先してでも、劇場で観とかなきゃならんぞ!(←どんなヤツだ)」と直感し、早急に動いた次第である☆

しかし何だ・・流石に水曜(=レディース・デー)だけあって、女性客の多いこと多いこと。。
「どうせ、通常料金だったら来ないんやろ、キミら!」と彼女らを個別に罵倒したい気持ちも沸いて来たが(←ひがむなよ、おっさんよ(=^_^=))・・そこはグッとこらえ、男性客の1人とし、肩身も狭く、コソコソ鑑賞したのである(・ω・)

ニューヨークの中堅出版社“Colden Books(←確か)”で編集長を務めるアラフォー(40歳前後)のマーガレット・テイト(サンドラ)は“デキる女性”ではあるも、冷酷で容赦ない一面が目立ち、職場では“魔女”などと恐れられていた。
そんな彼女が突然に迎えたピンチ・・それは「出国禁止命令の違反」による「労働ビザの更新の却下」を役員に告げられたことだ(←うっかり(取材で)国外出張してしまったのだ)。

このままだと、解雇は無論のこと、週明けにも故郷=カナダへの強制退去あるのみ! パニックになりそうな状況の中、部屋に入って来たのは、日頃彼女がこき使っている「上級アシスタント」のアンドリュー・パクストン(ライアン・レイノルズ)だった。

(実際のトコロは、役員とのやり取りが長引くことを嫌うマーガレット自身が「10分したら“急用”と言って呼びに来て」と彼に命じたのである)

年下(20代後半)のアンドリューと眼を合わせた彼女は“とっさの判断”で
「実は、大事なお知らせがあります・・私たち、結婚します!」と宣言してしまう。

当初は思い付きの“偽装結婚”で、差し迫った国外退去の危機を乗り切ろうと考えたマーガレットだったが、移民局の審査担当者=ギルバートソンの眼光は鋭く「偽装結婚は重罪。25万ドルの罰金&5年の懲役が科せられる」などと脅して来る。

取り敢えず「3日後(月曜の午前11時)に個別面接をする」「その場で辻褄の合わぬ点が明らかとなれば・・お分かりでしょうな?」と言われた2人は、週末をアンドリューの故郷であるアラスカ州シトカ(Sitka)で過ごし「パクストン一家への婚約報告」をしつつ「面接に備えての勉強」もすることに。

ニューヨークから遠く離れ、マーガレットはアンドリューのプライベートを(3年の上下関係の中で)初めて知ることとなる。
その一方、アンドリューもまた、仕事を離れたマーガレットの言動に、今まで知らなかった彼女の一面を垣間みることとなる。

3日後に迫る面接の日。果たして2人の“偽装結婚”は巧く審査官の神眼(?)をかいくぐることが出来るのだろうか?

う〜ん・・ハリウッド的な“王道系ラヴコメ”の域は脱せてないンだが、それはそれで破たんもドンデン返しもなく、安心して観れるってな「強み」はあるんかなぁ、と(・ω・)

ただ、本作の場合「アラスカ州シトカの人々」のキャラ造型次第で、完成度がハッキリ変わって来もし、個性的な面々だったか? と強く問われると「まだ弱かったかも・・」と思えてしまう。

尚かつ、キーキャラとなるべきアンドリュー役のライアン君に「突出した個性」が余り感じられなかった(・ω・)

ってことで、本作は「ヒロインにサンドラ姐さんを迎えてなかった」としたら・・「眼もあてられぬ駄作」となり果ててしまってたように思ったワタシ(・ω・)

齢(よわい)90を迎える(←設定による)アニー婆さんのパワフルさはなかなかにスゴかった! その一方で「アンドリューとの間に“溝”のある父ジョー」や「アンドリューの元カノ=ガートルード」のキャラ造型などに「もう一歩、深みが欲しかった」と感じた。

ひょっとしたら、カットされたシーンがあるんやろか?

中盤〜後半にかけ、マーガレットが「騙してる」ことを強く意識し始め、迷って行く姿が良かった。
とある人物と「面と向かい合って」語る場面で「私は・・」「私ね・・」と真実がなかなか言い出せず、瞳に薄らと涙をためるサンドラ姐さんの演技に・・こちらも思わずウルウルさせられた(⌒〜⌒ι)

このしとは“良い脚本”に恵まれさえすれば、きっとモノ凄い大女優にも成り得たろうし、今後成り得る可能性も多いにあると思う。これからも注目を続けたい姐さんである。

〜 ほかにこんなことも 〜

♦序盤におけるマーガレットのキャラ造型もまた「やや描写不足」に思えた。ま、描けば描く程「イヤな女」にしか仕上がらないンだろうけど。。
♦ルイ・ヴィトン&エルメス。バッキバキに固めてるね、姐さん!
♦“水に溶けるゴルフボール”って実在すんの?
♦ラモーン氏(ダンサー)を主人公にしたスピンオフ作品『フル・モンティ/2バッド』が観たい(=^_^=)
♦“子宝毛布”って、通販で宣伝してみたら、結構売れるような気がする(=^_^=)
♦毎年、クリスマスに『嵐が丘』を読む。むむ、、“文学少女”を引っ張ってはる感じやろか?
♦ロブ・ベイス&DJ-EZロックのヒップホップナンバー“It Takes Two”・・古い音やけど、カッコええなぁ〜!
♦美人キャリア・ウーマンも“18ヵ月”ものご無沙汰。。何とまぁ・・(×_×)
♦サンドラ姐さんのオールヌード、健康的で良かったッス! 眼福でしたッ! シチュエーション的に即座に連想したのは『恋愛適齢期(2003)』のダイアン・キートンさん辺りか、、あのしとの場合、ちとご年齢的に「体当たり過ぎた」が、、
♦ヌードシーン以上に良かったのは、焚火(?)を囲んでの姐さんのダンスシーン・・モロに“ファンサービス”っぽい演出だが(=^_^=)素晴らしい。
♦シトカ唯一(?)のインターネットカフェ(?)には、電話線の接続された初代iMac(1998製?)のお姿が・・! 「ピー、ガー」のモニター音を耳にしたマーガレットが「何? この音?」と戸惑ってたのが可笑しかった。
♦空港の管制塔にいたアンドリューの旧友(?)ってば(物語の進行上)何の役にも立っておらず、逆に良かった(=^_^=)
♦同僚の(外野からの)ひと言「どっちがボスなのか、見せてやれ!」が痛快だった(=^_^=)
♦ラストの某人物によるセリフ「Let's do it!(さぁ、始めよう)」が何とも印象的でカッコいい! 続く「質問」の内容は訳が分かんなかったけど(=^_^=)
♦問われた人物の「クイズ番組か? 一体何なんだ?」のツッコミが笑えた。

〜 こんなセリフもありました 〜

マーガレット「お世辞は要らない」
      「あなたはクビ。次の職を探すことね」
      「どうしても、愛の力には勝てなかったの」
      「特別な女(ひと)でも待ってるの?」
      「私たち、離婚までは“運命共同体”なんだから」
      「あなたたち、何者なの?」
      「犬をあげるから、携帯を返して!」
      「もう一度(お尻に)触ったら・・“大事なモノ”を切るわよ!」
      「・・覚悟を決めたわ」
      「ガタガタ道だけど、私なら走れる
      「冷静になりたかったのよ」
      「出来るわ・・私は優秀よ」
      「アラスカの寒さに、(バストも)縮んだみたい」
      「思い出したのよ! 家族ってものを・・!」
      「これ以上、騙し続けられるの? あなたには?!」
      「総てを忘れるのが、最も簡単なことよ」

アンドリュー「ヤバそうな気がする」
      「I'm listening.(何だい?)」
      「“5秒ルール”さ。荷物を海に落としても、5秒以内に引き上げればすぐ乾く」
      「君は“魔女”だってバレるなよ」
      「実は、、そのハナシは彼女が得意なんだ」 ←ハナシを振ったねぇ(=^_^=)
      「気掛かりは“あの箱”だった」
      「見られてるぞ・・僕に抱きつけ」
      「I'm processing.(ちょっと待て。データ解析中だ)」
      「その曲は知ってたが、君の歌が聴きたくて」
      「真実がバレたら・・あの2人は立ち直れない」

役員「残念だが、もう君を雇えない。解決策があるなら、とっくに手を打っているよ」
  「婚約の報告は結構だが、早く“合法的”にしろよ」 ←左手薬指を指差しながら、、

アンドリュー「一体、どうなってんだ?」
マーガレット「これもあなたのためよ」

マーガレット「泳げないんだけど」
アンドリュー「だから船に乗るんだ」

マーガレット「何故、貧乏と?」
アンドリュー「そんなことは(1度も)言ってない」

マーガレット「なんでハダカなのよ?!」
アンドリュー「そっちこそ、何で濡れてるんだよ?!」 ←このシーンのメイキング映像が観たい!

マーガレット「何なのよ?!」
アンドリュー「朝だから!」 ←このやり取りに、女性客から笑い声の上がってたのが良かった(=^_^=)

マーガレット「私・・恐いの」
アンドリュー「僕もだ」

アニー「“女の子”とは呼べない(年齢の)フィアンセね」
   「(ラモーンの)あの動き、初めてね」
   「大地に感謝して、子宮の豊かな実りを願うのよ」
   「あなたの思うようにしなさい
   「まだハナシの途中よ」
   「祖母は“孫への贈り物”が大好きなのよ
   「“家族の一員”になる努力をすると、約束して」

アニー「私が死ぬ前に、孫の挙式を見せて」
2人「・・了解です!」 ←そう言われたら、、ねぇ(=^_^=)

ジョー「編集者? 作家におごって酔わせる他に、どんな仕事を?」
   「あの女は“金づる”か? お前はカネのために“寝る”のか?」

ネス「返答の期限は、20秒だ」 ←短っ!

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2009年10月21日 (水)

☆『エアフォース・ワン(1997)』☆

たまってるレビュー(その2)

18日(日曜)の夜、中盤から鑑賞。地上波の『日曜洋画劇場』で放送されてたモノである。

改めて気付いたのが、ウィリアム・H・メイシー(ナントカ少佐役)の助演。あんなに終盤まで頑張ってくれてる存在なのに、出演すら知らなかったとは・・(×_×)

一方で、ラデク(羅木人形?)将軍を演じたユルゲン・プロホノフ氏ってば“セリフなし”だったんやろか?
『Uボート(1981)』『キリング・カー(1986)』『ヒバリーヒルズ・コップ2(1987)』辺りからのご活躍の印象がちと薄いンだが・・そうか、本作の少し前に『マウス・オヴ・マッドネス(1994)』があったんやなーと(=^_^=)

因みに、あの作品では、ヘイデン・クリステンセン君が、まだ子役やったんやなぁ・・(・ω・)

〜 こんなことも 〜

♦大統領の一家を「ファーストファミリー」と呼ぶことを改めて知った。まぁ、確かに・・。
♦終盤の「コールサインを変更する。リバティ24はこれよりエアフォース・ワンとなる!」のセリフは素晴らしい。公開当時、劇場で観ていたら、きっとウルウルしたことだろうな。
♦後半、機体後部のデッキからパラシュートなしで多数が転落してた・・(×_×)
♦「逃すな!撃て!」 何とか、門は走り出たんだけどねぇ・・(×_×)

〜 こんなセリフもありました 〜

イワン「(妻と娘の)どっちを殺す? さぁ決めろ! ホワイトハウスでいつもやってることだろ? 神様気取りでな」
   「すまんね。解放すると言ったのはウソだ」

大臣(?)「歴史は今の君の決断を評価する」

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☆『007/ダイ・アナザー・デイ(2002)』☆

たまってるレビュー(その1)

14日(水曜)の夜、中盤からの鑑賞。TV東京系の『水曜シアター9』と言う番組だった。
「途中からでもついつい観てしまう」・・コレはそんな作品(の1ツ)である(=^_^=) DVDソフトも持ってるってのに。。

今回は、観始めて間もなくMI6(英情報局秘密情報部)の発明主任=Q(ジョン・クリーズ)が登場したので「ええタイミングやんか!」と嬉しくなった。
旧・地下鉄駅構内、空のリフトが線路上を滑って来る・・そしてQがリフトに足をかけ「歩く瞬間」の映像エフェクト(一瞬)がスゴい!

この映像を眼にした当初は「やられた!」と本気で思った。
これって“前代未聞のスパイガジェット”な訳であるが、このぐらいの荒唐無稽さ&有り得なさは十分にあってもイイし、そこまでやってこその“007シリーズ”とも思う次第だ。

もう1点は「ボンドカー=アストンマーチンV12/ヴァンキッシュ」の特殊装備の1ツである“ナビシート・イジェクト機構”を用いたモノ凄い演出! アレも着想した人間を思わず尊敬してしまう!

この2シーンの与えてくれた衝撃だけでも、ワタシの中で本作は“シリーズ最高傑作”であり続けるんじゃないかな、と。6代目ボンド=クレイグ君も頑張ってはくれてるんだけどネ・・

〜 こんなトコも 〜

♦リック・ユーン演じた敵ボスの副官=ザオ。声を当ててた声優・池田秀一氏が、自らの上司を「大佐」と呼ぶことに「激しい違和感」を感じた(=^_^=) 「大佐」はあなたご自身だったのでは?
♦ジンクス(ハル・ベリー)を“水攻め”から救い出す時のボンドの機転・優しさ・必死さが良い。最初にこのシーンを観た時、ウルウルしてしまいますた(⌒〜⌒ι)
♦ムーン大佐の放つ「日本など踏み潰される運命を待つ虫けら同然」ってなセリフが強烈。。原語でもそんなことを言ってはるんやろか?
♦どう解釈しても「38度線」ではないかと思える非武装地帯は「休戦ライン」と表現されてた。
♦敵ボスの要塞でもあった巨大軍用機。機内キャビンに「甲冑セット」のさり気なく飾られてたのが笑えた。案外、中にJJサニー千葉(千葉真一)が隠れてたりして・・? ←『直撃地獄拳/大逆転(1974)』かよ!
♦田園地帯に垂直に突き刺さってるスーパーカー群。意外に、パラシュートなんかなくても、運転席にただ座ってたら助かってたかも??

追記:ダイヤモンド王=グスタフ・グレーヴスを演じたトビー・スティーブンスって、マギー・スミスのご子息なんやねー!

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2009年10月20日 (火)

☆『ファイナル・デッドサーキット:3D』☆

17日(土曜)。
翌週明けに会社(大阪市内にある本部)で研修の控えてることもあり、金曜の夜から慌ただしく帰阪した。

「帰阪前には掃除機をかける」ってのがそれまでのルールであったが(←誰に対してのだ?)、初めてそれを破ることに。
ま、今週はあんまり汚れてなかったし、エエか(・ω・)

この日は「(大阪)市内方面へ出かける」、翌日(日曜)は「遠出ドライヴをする」・・と漠然と考えてたが、その一環で“帰阪記念”と勝手に銘打ち、市内で1本「オオサカならではの作品」を観よう! ちぅことで、白羽の矢を立てた(?)のが『ファイナル・デッドサーキット:3D』であった! ・・って何でコレやねん。。

久々に“なんばパークス”へと。地下鉄の駅から遠過ぎるのは相変わらずだが、不思議とミナミを歩くのんが楽しかったり。
こんな商業施設ってば、高松ではちょっと見当たらないし。。

邦画で1作、そして本作と・・“3Dモノ”がそこそこ賑わって来てるここ最近(?) アニメーション作品では珍しくもないンだろうが、こと“ホラー/スプラッタ系”に関しては、ちょっと眼の付けどころが新鮮な気もする(・ω・)

特徴とし「入口で借りられる3Dゴーグルが(意外に)しっかり造られてる(使い捨ての紙製ではない)」「料金が2000円、と少しお高い」ってのはあったか。
あと“日本語吹替え版”だったので「字幕が飛んで来る!」みたいな映像エフェクトは楽しむべくもなかった(=^_^=) 巨大なテロップが飛び出したりなんかしたら、それはそれでバカっぽくて面白いンだけど・・

「映画に行く」と言う当初の(ダブルデートの)予定をねじ曲げ(?)、“マッキンリー・サーキット”での周回レースイベントを楽しむこととした4人の男女=ニック&ローリ、ハント&ジャネット。
人数分のドリンクを運んで来たニックが腰を下ろした瞬間、ベンチに亀裂が入る・・3人はそんなコメディ的な展開に笑うが、ニックはどうにも気になり、サーキットを見回す。

すると・・壁から天井にかけても亀裂が走り、コンクリートは今にも崩壊寸前。また、コースと客席を隔てるフェンス(金網)を固定するボルトは、数本が揺るんで今にも外れそうになっている。

次の瞬間、ニックは「フェンスを超え、レーシングカーが猛スピードでこちらへ突っ込んで来る」「客席自体もコンクリートの倒壊&猛烈な火災に襲われ多数が死ぬ」「そんなオッソロしい惨状の中、自らも含め、(自分たち)4人もその場で即死する」と言うリアルな悪夢(予知夢?)を見ることに!

不安を覚えたニックは3人を連れ、客席から避難する。その際のトラブルで、彼らを追いかけ客席を離れたのがナディア、カーター(偏見野郎)、サマンサ(2児の母)、アンディ(整備工)、ジョージ(警備員)・・の面々だった。

直後、果たして“ニックの予言通り”大事故が発生! 52名の死者を出す悲劇は現実のモノとなった。

死を免れ、安堵する彼らだが・・“死の運命”は意外な不可抗力をもって、彼らの生命を確実に奪わんと、静かに動き出すのだった・・

う〜ん・・良くも悪くも「シリーズ1作目『ファイナル・デスティネーション(2000)』のエッセンスをちょこっといじくり、3D映像を前面に出して安直にリメイクしただけ」って印象が強かった。

確かに、1作目の時は、粗筋だけを知ったワタシは「かなりワクワクしたモノ」だった。
と言うのも「どう知恵を絞って生き延びるか?」って部分が見所だと思ってたから。

ところが、実際に作品を鑑賞してみると・・「どう惨たらしく死んで行くか」って部分を観る(楽しむ?)怪作に成り下がっていたのだ。

まだそれでも、1作目には“ミステリアスさ”が多少はあったが、コレが2作目『デッドコースター(2003)』になると、死に方に“悪ノリ”“お笑い”が見受けられるようになった(×_×)

そのせいもあり3作目『ファイナル・デッドコースター(2006)』はアホらしくなり、結局は未見なのである(・ω・)

さて、本作。まず笑えたのが本編開始前の「みなさま 3-Dメガネをかけてください」と言った親切なテロップ。
「おお、そうかそうか」と装着すると・・いつものように“カメラをかぶった映画泥棒のおっさん”がクネクネ踊りながら登場した・・ってお前、全然3D映像とちゃうやんか!(=^_^=)

“トンガリ系アイテム”を積極的に見せてくれる、そんな3D映像演出こそは「らしくて」面白いが、一旦それらに見慣れてしまうと、他はあんまり面白くも目新しくも映らない。
正直、こんな出来だと知ってたら「2D仕様で1500円」であっても「高い!」と感じたかも(=^_^=)

「ホンマにマンネリやな〜」ってのは贔屓目に観ても感じるトコロ。
マンネリなのは仕方ないとしても「死に繋がるまでの“ピタゴラ装置”が余りに単調で、ヒネりがなさ過ぎる」のは致命的だった。。
とあるケースでは“杖に絡まったヘビが鎌首をもたげる”みたいな強烈なヴィジュアルが(ニックの見る“予知夢”の中で)映し出されるんだが・・実際に起こった事件の中では「どうでもいい要素」「推測しようのないヒント」にしか過ぎなかった(×_×)

いや、そもそも“本来死ぬべきだった人間が、その順番のまま次々と「より惨たらしい死」を迎える”って(コンセプト的な)部分に限って言っても「“本来の死”の方が悲惨やし、苦しそうやったやんか!」ってのがあったりもして「この監督は何をどう描きたかったんや?」と分かんなくなるシーンもあった。

劇中で「既に3人が死んだ」みたいなセリフがあり「え? 2人とちゃうん?」と思ってたら“タイヤミンチ”が1人目だったことに思い至った。いや、あんなん、ほぼ同時やんか・・(・ω・)

万人ウケを狙ったのか? 「子供キャラ」には一切“死の危険が迫らない”ってのがスピルバ※グ主義(?)な感じで奇妙に感じられたりも。

『ゴルゴ13(1983)←アニメ版』か『ロミオ・マスト・ダイ(2000)』か(=^_^=)って感じの“Xレイ・ヴァイオレンス”がオープニングで炸裂してたが、流石に・・エンディングではあんな風に「テキトーに」終わらせて欲しくはなかった。
ああ「CG丸出し」でまとめて決着(ケリ)をつけられては、何の余韻も衝撃も走らないってば。

ってことで、本作は“ゼロ災運動”“労働災害(=労災)防止”推進の一環で「中災防(中央労働災害防止協会)の推奨作品」とし、全国各地で上映するのが最も相応しいような気がする。

考えたら労災だって「危険要素により構成された“ピタゴラ装置”」みたいなモノかも知れないんだし・・(・ω・)

〜 こんなことも 〜

♦観終わり、劇場外に出てからは、とにかく頭上や左右をキョロキョロと(注意深く)見回してしまった(=^_^=)>
♦欲しいぞ! 双眼鏡型ボトル!(バーボンを注ぐのが通らしい)
♦耳栓代わりに、子供らの両耳に「ちぎったタンポ※!(←タンポポではない)」 これぞ“とっさの母の知恵!”←おい!
♦「夢ネタの新鮮味」が段々薄れて来た後半(×_×) ←(夢を含み)3回も「死」の描かれちゃうしともいて可哀想だった。。
♦「死んでからのニュース」でやっと名前の判明するキャラがいたりして苦笑。
♦リハビリ室のお爺さんの“戸惑った感じ”が何かトボケてて良かった。
♦案外沢山の人々が(一方で)救われた気もするが、そこは次作に繋がるンだろうか?(そこまで製作陣は考えてなさそな気がする(=^_^=))
♦劇中シネマ『愛の終わり(Love lays dying):3D』・・スクリーンを突き破る(=^_^=)大爆発の描写がスゴい!(アクション・ラヴロマンス?)
♦続編『死が分かつまで』ってのもあるらしい・・もうエエけど!
♦ニックの吹替えを担当してたのはココリコ田中氏(←後で知った)。『チーム・バチスタの栄光(2008)』みたく「まるでカーニバルですよね・・!」とか嬉々として言って欲しかった(=^_^=)
♦レーサー側からの視点も描き方も、全くされてはいなかった(=^_^=)

〜 こんなセリフもありました 〜

ニック「感じなかったか? 今ここで、何かを?」
   「何て言うか・・ただ“見えた”んだ」
   「ずっと何かがそばにいる・・そんな気がする」
   「“死の連鎖”を止めなきゃ」
   「安全が一番だ」
   「ここにいるのも“筋書き”通り?」

ハント「一瞬でも気を抜けば、ドライバーなんてバラバラだ・・みんな、そんなクラッシュを心待ちにしてるのさ」

ジャネット「優しい男は絶滅してなかったのね」

街角のホームレス「1セントなんぞ、クソの役にも立たん」
        「その場にいるのが、大事な時もある」

ジョージ「デジャヴでも見てるみたいだ。亡くなった妻が言ってたが、デジャヴってのは・・」

追記:ジョージ役を好演してたミケルティ・ウィリアムソンってば・・『フォレスト・ガンプ/一期一会(1994)』の“ババ・ブルー”役のしとなんやねー! お元気そうで何より。現在は断酒に苦しんでそうだったけど(←役柄だっての)

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2009年10月13日 (火)

☆『戦慄迷宮3D/THE SHOCK LABYRINTH(フッテージ版)』☆

12日(月曜)の夜。
「連休の最終日やし、ささやかに外食でもしよう」と考え、またまたクルマを走らせて“イオン綾川”へと向かった。
ここは飲食店群も活気があり、同じ食べるにしても楽しい気がする。

“高松サティ”の方が圧倒的に近いし、決して悪くはないんだが、、どうにも飲食店街の活気に欠ける気がしたりする。そんなのはワタシの勝手な私見に過ぎないが(・ω・)

んで「食べること」はさておき(←さておくなよ)、気になってた1本『戦慄迷宮3D』を観るべく“ワーナー・マイカル・シネマズ綾川”へと向かったワタシ(=^_^=)

当初は「チケット購入⇒食事⇒開場⇒入場」・・の流れで行動を予定してたが、チケット売り場で「戦慄迷宮、次の上映、大人1枚」と元気良く伝えたトコロ、明らかに係員さんに動揺の走った感があった。

「・・そんなに怖いんかな?」と少しゾクッとしたが、どうやら“そっち系(←どっち系?)の理由”ではなく(=^_^=) 上映形態についてのモノだった。

ワタシはな〜んも知らずに観に来たんだが、この“フッテージ上映”ってのは
「編集版の無料体験上映」ってことだそうだ。あ、まだ一般公開されてなかったのネ・・(×_×)

上映時間=約7分ってことで、コレを観てから食事に行くこととした。

今や崩れかけた“廃病院”の中で、1人の少女が行方をくらませた。
そして10年後、帰って来た彼女。

かつての事件を知る男女が、再び“廃病院”に集まることとなるが・・

舞台となるのが“廃病院”なのか“廃病院の形をしたアトラクション施設(=お化け屋敷)”なのかが、イマイチ良く分かってなかったりするが(・ω・) 監督が『呪怨』シリーズの清水崇氏だけあって、独特の“ドヨンとした不愉快さ”が感じられて良い。

今回の上映の特徴は「配布された3D眼鏡を掛けて観る(観賞後に回収)」「セリフが一切ない(効果音はあり)」「解説字幕は英語表記」など。

効果的に3Dを表現するため「止まる雨粒」「こちらに向かって指差すキャラ」「通路&廊下を映すアングル」「回転しつつ宙を飛んで来る縫いぐるみ」などの映像演出&テクニックを積極的に用いている。

私的に「イヤやな・・」と感じたのは、道具としあちこちに配置されてるマネキンが動き出し、迫って来る脚色。

更に、近年の(高度な)CG&メイク技術などを駆使し「隣にいる仲間がいきなりマネキンになる」みたいなのもやってくれてる!
両眼や関節が“有り得ない動き”をするのんがホンマに“イヤ〜な感じ”だった。

俳優陣がラディッシュではないか? 結局はストーリー的にパラレル&破たんしてるっぽいのではないか? 奇妙なだけで怖くないのではないか? ・・と色々な不安はあるも、都合がつけばきっと観に行くような気がする(=^_^=)

なんせ、実は(案外と)怖いもの好きですから・・

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2009年10月12日 (月)

☆『女の子ものがたり』☆

12日(月曜)。
昨日は夕方まで、香川県観音寺市で出張仕事があった。あんまし活躍らしい活躍も出来なかったが(←いつものことだが)、とにかく移動時以外の殆どが“立ち仕事”だったもので、足が疲れて仕方なかった。

帰宅後「元気だったら何か食べに行こうかな?」と考えてたんだが・・缶チューハイわずか1本で敢えなくダウン(←情けなぃ)。。
20時半ぐらいに(起きてるのが)しんどくなり「仮眠」のつもりで横になったら・・次に起きたのは深夜0時半過ぎ。ちょこちょこっとネットをし、
午前4時半頃に寝て・・完全に目覚めたのは朝の9時半過ぎだった。う〜ん、生活ヘタれてるなぁ(・ω・)

今日は午後から市内へ繰り出し、ミニシアター“ソレイユ”で『女の子ものがたり』と言う女の子向けの(?)作品を観て来た。

食指を動かされた大きな理由は、メインとなる舞台が愛媛県の大洲市&伊予市であるってこと。
こちら高松に来て以来、極力“四国圏内を舞台にした作品”は押さえて(観て)おきたいと考えてるワタシだ。
(と言いつつ、某国営放送の朝ドラ(=連続テレビ小説)『ウェル亀(ロケ地:徳島県)』は全く観たこともないが(×_×))

愛媛県出身で、今は上京し、マンガ家として活躍(?)している高原菜都美(たかはらなつみ:深津絵里)のもとへ、新米編集者=財前(福士誠治)が訪れる。
ネーム(原稿)のなかなか完成しない彼女に業を煮やした「あおい出版」の編集長が、彼を寄越したのだ。

高原家に上がり込んだ財前は、部屋の散らかり具合にまず閉口する(・ω・)
机上に放置されたままのネームは(案の定)手が付けられておらず、菜都美本人も酒浸りで昼間からグウタラしている。

何とか仕事に取りかからせようとする財前の言葉は耳に届いてかおらずか。

横になり天井を見上げる菜都美の脳裏に、故郷=愛媛で過ごした少女時代の思い出がよみがえる・・

・   ・   ・   ・   ・

愛媛県内に“新しい”父(板尾創路)、母(奥貫薫)と共に軽トラでやって来た少女時代の菜都美。川沿いにある“仏恥義理”“To Yong To Die”などとスプレーで殴り書かれたプレハブの小屋が気になり行ってみると・・そこには2人の少女がいた。
そうして出会った同い年のきぃちゃん(きみこ)、みさちゃん(みさ)と仲良しになったなっちゃん(菜都美)。

将来の不安を語り合ったり、自転車で走り回ったりしてる内、3人はやがて元気に育ち女子高生となり、それぞれに恋愛体験をしたりもする。

“いつまでも一緒でいられるかな?”とお互いに望んでいた3人だが、ある夏の日、突然に別れがやって来る・・

・   ・   ・   ・   ・

“あの日の友だち”にもう1度再会するため、そして“言えなかった言葉”を今こそ伝えるため、
東京から飛行機で愛媛(松山空港)へと向かった菜都美であるが・・

他愛ない・・と言っちゃうと身も蓋もないが、まぁ少女時代の女性同士の友情や不安、夢などを綴った群像劇とでも言えようか。

私的には「女の子らが主人公」ってことで、主要キャラ3人が2段階(少女期/女学生期)にキャスト変更されるのが、やっぱり(区別が)ややこしく、感情の移入を阻害されてしまった感があったか(×_×) ←(成長するんだから)仕方ないんだけど。

にしても・・登場する男性キャラ陣が揃いも揃って“ヘタレばっかり”だったのは、男性観客とし嘆かわしい限りだ(×_×)

まぁでも、CG系の妄想に逃げたり、何の脈絡もなくミュージカルシーンが始まったり、いけちゃんが出て来たり(=^_^=)・・と言う“今や有りがち過ぎる演出”に一切逃げなかったのは良かった。

代わりに“脇役キャラの退場”が意外にも多く「そう言うのんなしに、何とか描けんかったんかなぁ」とは思った。
原作者=西原理恵子さんの自伝がベースであるなら、そこは仕方ないんだろうけど。

途中途中の「我々観客の知りたかったこと」が幾つもカットされており、そこを残念に感じたのはワタシだけだろうか?

・主人公の知り得ぬ“きみこ&みさの関係”が続いてたハズだが、そこが明かされぬままに幕となったのは疑問。
・かつては「必要以上に生きることに敏感」だった主人公の変化(グウタラ化)は、同じ人間とは思えず余りに不自然。
・「父のこと」「彼氏のこと」など、分からないことが多過ぎ、消化不良。
・断片的に浮上していた「貧困」「いじめ」問題の描写が中途半端。

こう言ったトコをギチッと固めて映像化してくれたら(原作にないなら「削る」「補う」等をして)、更に万人の鑑賞に堪える傑作として完成したんではないだろうか?

〜 こんなトコロも 〜

♦「肱川町」「長浜町」などもロケ地だそうだ。
♦伊予鉄南予バスの「晴海」バス停がイイ雰囲気だった。 ←実在しないバス停かな?
♦セリフすら(殆ど)なかったが、上島竜兵の客演がそこそこに(=^_^=)光ってた。
♦「お母ちゃんの財布からガメて来る」 ←“ガメる”は「盗む」ってことですな(×_×) 
♦ワコ※ルのブラ、5900イェンもしますのか!
♦“全身これアルマーニ”のタカさん!(ボンボンのチンピラその1) ブリーフも“アルマーニ製”らしい!
♦成人したみさちゃんは“シャネルの財布”を使ってた!
♦ゴムホースで(隣車の)ガソリンを“ガメてた”駐車場。端の方にチラリと見えたのは“ハコスカ”?
♦とっても親切な軽トラの運転手(中盤に登場)。が、余りに映らなさ過ぎ! とっても可哀想!
♦みさが誇らし気に、興奮気味に語る“喪失体験”・・それって犯罪じゃん?
♦友だちは2人とも「DV被害者」のようですた(×_×)
♦注ぐ面の底に“寿”と書かれた金のどんぶり、、名付けて“スケベどんぶり”か?(おいっ!)
♦浅草の“花やしき”が登場☆ 浅草寺・五重塔も高所からパノラマ的に撮影されてて素晴らしい!
♦主人公の加齢的変化(=^_^=)にも関わらず、劇中で全く歳をとってない風吹ジュンさん(きみこの母役)のステキさが光る☆

〜 こんなセリフもありました 〜

菜都美「盗られるもの、ないから」
   “何処か遠くへ行かなくてはいけない・・ここじゃない場所に。
    自分の居てもいい場所がきっとある筈・・そう思ってた”
   「私は幸せ・・私は可愛がられてる」 ←“呪文”だそうで。
   「毎日、色んなものを描くことにしてるの。上手く描けば“好き”がやって来るかも」
   「親友って、どんなんやと思う?」
   “私たちは「大人になったら本気で幸せになれない」と思ってた”
   “失敗した「こけし」みたいな顔で、心の中は(将来に対する)不安でいっぱいだった”
   「何か違うよ・・あいつらカッコ悪いよ」
   「いつか・・ウチらもバラバラになるんやろね」
   「このまま3人で、何処か遠くに行けたらエエのに」
   「ここからだと、何にも見えないなぁ」
   「私、何も知らんかった。何も聞いてない。・・何も知ろうとしなかった。
    何も見ないで、聞かないで、知ろうとしないことは・・とても恥ずかしいことでしょ?」
   「何で(あんたが)殴られんとあかんの?」
   「きぃちゃんは幸せ・・みさちゃんも幸せ・・。何度“呪文”を唱えればイイの?」
   「(あんたが)大好きやから、幸せになって欲しい」
   「私・・ウソついてた」
   “想像してたより、人生が重くて辛いこと・・に気付いたことを覚えてる”
   「何処までも、道の向こうまで追いかけるの」
   「友だちのハナシ、描いてもイイかな?」
   “いつだって思い出せる・・色んな匂いのする、あの原っぱのことを”
   “もうこんな友だちは、一生出来ないと思う”

父「お前は何か違うぞ・・他人(ひと)と違う人生を送れるかも知れへん」
 「そんなもん、潰れたんやから仕方ないやろ・・嫌やったら、出て行け!」 ←何のハナシや(×_×)

母「お友達は、選ばんとあかんよ」
 「何で、こんなことになってしもたんやろ」

財前「イイもの作れば、売れますよ」
  「ダメ作家・・ダメ犬・・ダメ編集者」
  「どうしてそんなにやる気ないんですか?」
  「先生の“後釜”ぐらい、すぐ用意出来るんですよ?」
  「逃げたって、何にも変わりませんよ」
  「彼氏もいないでしょう? 友だちもいないでしょう?
   そんな人に、人生の機微とか友情とか、描けるんですか?
   読む人の心を揺さぶるモノとか、描けるんですか?」
  「ホントは描かないんじゃなくて、描けないんですよ!」

きみこ「男って、後はエッチすることしか、考えてへんよ」
   「なっちゃんの絵、変やけど・・エエなぁ」
   「結婚なんか、保険みたいなもんよ」
   「いつ見ても、変な絵やな」

みさ「お元気ですか〜! 元気があれば、何でも出来る〜!」

タカ「何してくさってケツかいとんねん!」 ←わ〜、アホや!

きみこの母「いらんとこばっかりウチに似て」

みさ「ウチは男の前で、良ぅハダカになれんわ」
タカ「みんなやってることやがな」 ←そうやがな(=^_^=)

※「大人になったら、みんな(この町から)居なくなるやん」
※「女の子はホンコンに売られるみたいやで!」
※「ホンコンて?」
※「エッチなお店のことかな?」 ←香※サイドのクレームがこはい、、

みさ「足首が・・」
菜都美「くじいたん?」
みさ「・・太い」

みさ「チグハグな家や、ホンマ」
菜都美「それでも、きぃちゃんの家や」

菜都美「何でウチらは幸せになられへんの?」
きみこ「ウチは、不幸や思てへんよ。
    不幸って何? 夢がなかったら不幸か? エエやん、そんなんどうでも」
菜都美「何処が幸せなんよ? 殴られて」

財前「全然、描けてないじゃないですか!」
菜都美「バレたか〜。ま、その内やります」

菜都美「恋愛モノは売れるのよ」
財前「これ、思いっきり辻褄合ってないし・・」
菜都美「何なら、交通事故(の設定)を難病に変えていいよ」

財前「(昨夜は)遅くまで飲んでたんですか?」
菜都美「ううん。さっきまで」
財前「さっきまでって・・

菜都美「私がなったげようか? 恋人」
財前「・・要りません」

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☆『インスタント沼』☆

10日(土曜)の夜、綾川から一度帰宅後、改めて“ソレイユ”へと向かい(=^_^=)鑑賞したのが『インスタント沼』である。
その「奇天烈ナリ!」なタイトルからして、まず気に掛かってしまい「高松で観られること」を知った瞬間から、何事も手につかぬ程だった(←おいおい)

月刊誌『HATENA』編集長を勤めるOL=沈丁花ハナメ(麻生久美子)。「ナマクラでモノクロな人生」を過ごし「人生ジリ貧」「ジリジリと悪くなってる」などと自覚してる内に、雑誌は返品の山⇒間もなく長期休刊となってしまう。

そんな矢先、同居する母(松坂慶子)は何故か近所の池で溺れ、意識不明の重体に。
毎朝の習慣である“腕ずもう”の相手を(突然に)失ったことも大きいが(=^_^=) 母が若い頃、投函しようとした手紙が「意外な場所」から見つかったため、ハナメは8歳の頃に家を出て行った父・・ではない、ホントの父親を探すことになる。

切羽詰まった彼女の前に、骨董品店「電球商会」を経営する“電球”ことノブロウ(風間杜夫)、電気工でもあるパンク青年“ガス”こと賀須(加瀬亮)が現れ、物語は更にネジれた方向に・・

果たしてハナメは自身の出生の秘密を掴むことが出来るのか? そして“インスタント沼”とは一体何なのか?

関東っぽいノリと言おうか・・表面を滑って行く感じのギャグが次々と、矢継ぎ早に、咀嚼する間すら与えてくれず、延々と展開される作風であり、観てて疲れるのはあったか。
総じて“荒唐無稽”てか“荒唐無稽文化財”とでも評したい(=^_^=) ←コレもベタだなぁ、、

オープニングからして「ハナメの語るチープ&コラージュなホームビデオ風(?)の映像」がしばらく続くんだが、その瞬間に「ああ、しんどい作品に当たってもぅた、、」とゲンナリしてしまった気持ちは・・ハッキリ言って事実である(=^_^=)

また、強烈なインパクトを兼ね備えた人物が次々と主人公に絡んで(挑んで?)来るんだが、そのピーク的存在とも言える“電球”の出て来た瞬間「うわ、イヤだ!」と感じてしまった(=^_^=)
ヴィジュアル的に“余りに、やり過ぎ”だったもんで。。

が・・「慣れ」とは恐ろしいモノで(=^_^=)、主人公vs“電球”のやり取りを眺めてる内に、それはそれで心地良くなって来るのだった。
ふと「“電球”を探偵役、ハナメを助手役とした“骨董品ネタの連続ドラマ作品”が観たいな」なんてなことまで妄想してしまったり(⌒〜⌒ι) ←スピンオフかよ!

ゆる〜い感じに「半ロードムービー」でもある本作だが「やや説教くさい」「終盤の“トンでもないCG”が、少し興醒めで、滑ってる」のは(私的に)残念な気がしたか。
アレをやるならやるで、もう少し「描写的」にも「演出的」にも、リアルさを追求して欲しかったぞぅ、と。

とは言え、小ネタの幾つかにはホンマに笑わせて貰った。
“関東系の笑い”の「消費的過ぎる部分」がキライなワタシではあるが・・「そうかそうか、時には勢いも大事なんやな」と少し見直した次第である。

〜 ほか、こんなことも 〜

・中華料理店(?)の壁にあったメニュー“サモ飯金宝”ってのがメチャ気になる(=^_^=)
・猛臭ラーメン店「スカンク」には、やはり休日に行くべきであろう。。
・「もったいないオバケ社(リサイクル業者)」「BAR魔の素」「サディスティック・ミキ・バンド」など、ネーミングの“遊び心”が良い感じ☆
・リウマチ薬「イルガピリン」って実際にあるんやね(・ω・)
・“ゲーム機の墓場”ってホンマに何処かにありそうな響きだ。
・「叫び過ぎ」な麻生さん。「日本映画の“叫びの女王”」に名乗りを上げたつもりか?
・本作を観終わった帰り・・即座に「ミロ(=粉末ココア)」を購入したのは、言うまでもあるまい(=^_^=)
・“うん”の付いた女が2人(・ω・) その効能は?
・某機械の動作シーンを眺めた瞬間、、『ビッグ(1988)』に出て来る“ゾルターマシン”を思い出してしまったな(=^_^=)
・中華人形(?)が回転し、窓部分に「品目」の表示される“謎の機械”・・
 あのシーンはかなり笑えた! センス的には松本人志監督に通じる気もする! “はんぺん”“しらたき”“ちくわぶ”・・
・電気コンロにかけたヤカンを用いての鍋料理・・このセンスはスゴい(=^_^=)
・「錆びた折れ釘」よりは「中華マスク」の方が、私的には欲しい気がする(=^_^=)
・(建設現場の)赤いコーンをかぶれば・・雨もしのげるし、気分も晴れる?
・「サルの遺骸+カメの甲羅」で、河童のミイラは作成(=でっち上げ)可能らしい(=^_^=)
・「決して物音を立ててはならない場所」で、息苦しさから“遂に”叫びまくる市ノ瀬さん。何だか分かるなぁ(=^_^=)
・自転車で延々走りながら会話するハナメ&市ノ瀬。丁寧な“長回し”が楽しめる☆
・あの温水洋一さんのように“決まったビルの窓を見上げる余裕”ぐらいのあるサラリーマンではいたい(=^_^=)
・“ウルトラスーパースペシャルアルティメイテッド勝手”があるんなら『ウルトラスーパースペシャルアルティメイテッドラヴストーリー』ってな作品があっても良いと思う(=^_^=)
・結局、あの「黒い招き猫」の中身は何だったのだ?
・「手がかりは足の裏」・・あ、その“ネタ”・・既に忘れてましたわ(=^_^=)

〜 こんなセリフもありました 〜

ハナメ「まき散らせ! 片付けろ!」
   「うんざり! これはう※こ座り」
   「有り得ないことなんか、認めない!」
   「断言(だんげ)ったわよ!」
   「なんらもな〜」 ←「何だろうなぁ」の“ゆるヴァージョン”?
   「君はアレだ。少し理屈っぽいぞ!」
   「死んだフリするの、やめなさいよ!」
   「お母さん、(ホントは)意識、あるでしょ?」
   「あたしだって、揺れることもあるわよ」
   「この“折れ釘”の良さが分かる人は、信用出来る」
   “ある人にとってはゴミでも、ある人にとっては宝物”
   “黒くて可愛いモノで揃えてみた”
   「何かもう、すごいガッカリした!」
   “意地の重さで、私はジリジリと沼に沈んでいるのだ”
   「そんな可能性もなくなくな〜い?」
   「これは“インスタント沼”よ!」
   「パンクのくせに、常識的なこと言ってんじゃないわよ!」
   「人生“泣いてる時間”よりも“笑ってる時間”の方が圧倒的に長いし」
   「嘘、意地、見栄を笑い飛ばせ!」

電球「インチキであって、インチキではない」
  「(つまりは)自分の運命を、飲み込んだんだな」
  「大丈夫。世の中、大抵の事は何とかなる
  「これは“みんなの理想の折れ釘”だ」
  「人間には、どんなに他人に迷惑をかけても、知らなきゃならないことがあるのさ」

電球「塗ると何でも古くなる“秘密の塗料”だ」
ハナメ「インチキですか?」
電球「“エイジング”と言う」

電球「そう言う時は“水道の蛇口”を捻る」
ハナメ「水道の蛇口ってスゴいね!」

業者「今日の昼飯は“5/8チップ”だ」
部下「有難うございます!」

編集部長「(バンザイのトーンで)ざんね~ん!」

医師「(モニターが)“ピーッ”て言わないように気を付けなさい」

神主「お嬢さん、こう言うの好きそうですよね?」

刑事「何故、1周回ったんです?」

食堂のおばさん「喰ったらカラダが裏返るよ」

和歌子「よろしくお願い島津藩」

ファラオ「ソナタノ将来、伴侶ト成ル者ハ、コノ男デアル」
女生徒ら「何これ、イケてね〜!」

和歌子「私、見たんです!」
ハナメ「私は見てないもん

ハナメ「ホントですか?」
社長「何でここでウソ言うんだよ」

ハナメ「もう1人の人は?」
リサイクル業者「死んじゃったよ」
ハナメ「えぇ〜!?」

ハナメ「ナニ? どした?」
市ノ瀬「ちょっと、引きました」

賀須「そんなことしてどうなるんだよ?」
ハナメ「私の気が済む〜!

賀須「何でそう言うことすんだよ!?」
ハナメ「油断してるからよ!」

ハナメ「“何か特別なことでもある”って思ったんだけどねぇ」
賀須「コレを作ったこと(自体)が“特別”なんじゃねぇか?」

和歌子「※なんて食べられないでしょ?」
電球「※は、食べたらダメだよ」

追記1:コメディエンヌとし、本領を発揮しまくってる麻生さんだが・・私的に「どっかキャラを高め過ぎてる」「演技過剰」な感も拭えなかった(・ω・) かと言って、他に思い当たる女優さんも少ないんだけど。
追記2:順番的には『ウルトラミラクルラヴストーリー』を観てから、本作を観た方が「後味は良い」と思う(=^_^=)
追記3:伊吹吾郎! 海原はるか! 宮藤官九郎! 皆さん光ってました!
追記4:最近、どんな邦画を観ても笹野高史さんの出たはる気がする(・ω・)
追記5:『鈍獣』における南野陽子さん同様、本作における相田翔子さんの“さばけっぷり”に、モノ凄い“何かの決意”をば感じた気がする(⌒〜⌒ι)

追記6:麻生さんの「ヌンチャクアクション」も女優としては珍しいかも?
追記7:パンクロッカー役の加瀬氏。如何にも楽器が弾けなさそうだった(⌒〜⌒ι) ←弾けるんかな?

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2009年10月11日 (日)

☆『ヴィヨンの妻/桜桃とタンポポ』☆

10日(土曜)。
昨日までの出張(愛媛県宇和島市)の疲れからか、結構酔って帰宅したからか・・すっかり“寝だめ”してしまった今朝。
「朝早くから、遠出ドライヴするど〜!」と言う(当初の)計画も気持ちも、何だかくじかれてしまい(⌒〜⌒ι) ただノロノロと家事をこなした午前中(←自業自得、、)。

正午も過ぎ、ようやく「出かけとかないと休みが勿体ないし!」と思い付き、月並であるが“ワーナー・マイカル・シネマズ綾川”に、観たいと思ってた新作邦画『ヴィヨンの妻/桜桃とタンポポ』を鑑賞しに向かった☆

“太宰治・生誕100周年記念作(?)”でもある本作。太宰原作の小説『ヴィヨンの妻』を下敷きに、彼自身をそのまま投影したような“ダメ男+死にたがってる”小説家と、その献身的な妻の物語が、静かに紡がれる。

昭和21年12月、東京。

スランプ気味でスキャンダルにまみれた30歳の作家=大谷穣治(おおたにじょうじ:浅野忠信)と、そんな夫に振り回されながらも“夫婦なる、運命共同体な関係”に懸命に向き合おうとする26歳の妻=佐知(さち:松たか子)。

彼ら2人に、大谷の愛人=秋子(広末涼子)、かつて佐知の慕った銀座の弁護士=辻(堤真一)、佐知を慕う三鷹の青年旋盤工=岡田(妻夫木聡)らの人々が絡み、運命はいびつな方向に転がり、回り始める。
さながら鉄の滑車のように、時に軋みながら・・

ザラッと辿るだけなら、実にあっさりとした「観易い作品」と言える。が、組立がシンプルなだけに、小説で言う“行間”に対し色々と思考を巡らさないと、表面をなぞるだけの鑑賞となってしまうので、油断出来ない1作とは言えようか。

「ヴィヨンって誰じゃ〜い?」と思ったら、中世フランスの詩人=フランソワ・ヴィヨンのことらしい。ウィキでザラッと辿ると「優れた詩人ではあるも、放浪癖があり、ならず者でもあった」なる人物で、大谷と言う作家をこの詩人になぞらえてるのかも知れない。

主演であり、ストーリーを牽引するのは佐知役の松さん。だが、ヒロインとし光彩を放っていたのは、秋子役の広末さんこそだった!
『おくりびと(2008)』はまぁまぁだったが、それ以降『GOEMON』、本作、そして公開の迫る『ゼロの焦点』・・となかなかの活躍ぶりだ!
私的には『おくりびと』以降の彼女を“新生・広末涼子”と呼んだげたい(=^_^=)

広末さんが珍しいヘアスタイル&賢そうな眼鏡ルック&体当たりっぽい“濡れ場”に(果敢に)チャレンジしてるものだから、それなりに頑張っている松たか子さんの立ち位置がどうにも後退しちゃってた感は否めない。
それっぽいシーン(演出)を(劇中に)少なくとも2ヶ所は描き得たハズなので、そこは「演出が下手」と言おうか、松さんの“体当たりのなさ”をやや残念に思う、男性観客としては・・(⌒〜⌒ι)

ちょっとびっくりしたのは“老けメイク”の際立ってた室井滋さん、、浅野氏とのベッドシーンを想像すると・・どうもイケません(×_×)

「とある夫婦の、とある期間のできごと」を描いたハナシでもあり、正直ワタシはラストシーンを観て「で、これからどうなって行くのよ?」とそこが気になってもしまった。
太宰自身の人生を考えるに・・大谷はこの先も「心中行為」に魅入られ続けて行くように直感するんだが、、

映像的には、オープニング&ラストにモノクロ描写の展開されるのが、結構な味わいがあって良かった☆

ワタシなどは「夫婦」と言う関係が(未だ)客観的にしか分からないンだが、ちょっとただれた風な(←こらこら)ご夫婦がご覧になれば、それはそれで何かの(再構築の)ヒントを得られるのではなかろうか。

〜 こんなことも感じたり 〜

・「ダメな男ほどエロい」ってのは間違いなさそうな気がする(=^_^=)
・岡田くんの歩いた国分寺⇒三鷹間は約10キロの距離らしい(×_×)
・大谷夫婦には子供が1人いるんだが、殆ど「かすがい」になってなかったような。。
・大谷&秋子。旅行もし、食事もし、性の契りも交わしている。ちと大谷&佐知のシーン群に比べ、描写の過ぎてた気も。
・「銀座日貿ビルヂング」に入る寸前に唇に紅を引き、出て来るや紅を乱暴に拭っていた佐知。それはつまり・・そう言うことだったんだろう。
・戦後っぽい看板類がリアルだった。「栄養食配給所」「民間金属類特別回収」など。
・今で言うJR中央線だろうか? 「吉祥寺」「三鷹」「武蔵小金井」「国分寺」などの駅が登場していた。
・群馬県の「谷川温泉」「水上警察署」が劇中に登場。
・“小料理・椿屋”のある中野区打越町。活気ある町並みですた。
・実は結構弱ってたかも知れない大谷。“フリ”はあるんだが、その後“オチ”には繋がってなかった(・ω・)
・劇中で義太夫(?)を歌う(=語る)浅野さん。結構流暢なのでびっくりした!

〜 こんなセリフもありました 〜

母「(卒塔婆に取付けられた)鉄の輪をぐるぐる回し、それが止まってから少しでも逆に回ったら・・その人は地獄に堕ちる」

大谷「坊やはどうです?」
  「何故、僕にカネがあると思うんです?」
  「まぁ、そう言うことになるかな」
  「家では仕事が出来ないんです・・ヒモだからね」
  「ほらほら、そうやって泣いてみせる所が、女郎みたいだ」
  「女には幸福も不幸もないものです。男には不幸だけがある・・いつも恐怖と戦ってばかりいる」
  「あの人たちは・・バカなんですよ」
  「死にたくてしょうがないんです」
  「恐ろしいのは・・この世の何処かに神がいるってことなんです」
  「男女の道は、遠くて近い」
  「こんなに弱ってるとは・・僕はもう終わりだな」
  「グラグラするほど酔わないと、恥ずかしくて他人(ひと)と話が出来ないんだ」
  「梅雨はイヤだね・・誰かに“死ね”と言われてるようで」
  「僕は、どうしても死ねないんだ」
  「何だか、生きられるような気がする」

椿屋「先生・・すっかり一人前の悪党だな!」
  「魔物が初めて現れる時は・・あんなにもひっそりとした、初々しい姿をしているものなのか」
  「見込まれてしまった」
  「お金ってのは、自分の手で握ってみないうちはアテにならないものなんですよ」
  「色も出来、借金も出来ちまった」

佐知「名馬も、牝馬は半値だそうです」
  「大谷の小説なんか・・何処がいいのかしらね」
  「“タンポポの花一輪の誠実さ”を、あの人、持っているのかしら」
  「死ぬってどう言うことなんだろう?」
  「人非人でもいいじゃないですか。私たちは生きていさえすればいいのよ」

秋子「あたしは“冷や(酒)”に決まってるのさ。覚えときな」
  「また死にたくなった?」
  「楽しいわ・・こうやって死んで行くのも美しいものね」
  「これで死ねるなら、随分簡単ね」
  「大谷さん・・逃げるの?」

岡田「僕が間違ってました」

大谷「信じたいんだよ、君を」
佐知「何処まで疑うんですか・・」

佐知「私の知らないことがいっぱいあるのね」
大谷「あなたの知らない僕の部分なんて・・つまらない、どうでもいいことです」
佐知「私、自惚れてました・・あなたに愛されてるって。
   ・・何処に愛があるんでしょうか?」

大谷「何をして来た?」
佐知「・・人に言えないことを」
大谷「そうですか・・やっぱり“コキュ”に成り下がった」

椿屋「出版社の方は“他人に書けないものを書く作家”だと」
大谷「それは、けなしているんです」

大谷「誰か“いい人”がないものかねぇ」
秋子「あたし、いいよ」
大谷「付き合って呉れますか?」
秋子「いいわよ」

追記1:事件現場に残されたままの“証拠品A”・・ちゃんと回収しとかないと!
追記2:大谷の言ってた“コキュ”はフランス語の“COCU=寝取られ男”の意だそうだ。
追記3:ブッキー(妻夫木)が椿屋で注文したのは「すじこ」だった。

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2009年10月 9日 (金)

☆『刑事コロンボ/構想の死角(1971)』☆

8日(木曜)の夜。
出張で、愛媛県宇和島市に来ている。1泊2日の旅の空であるが、仕事のことはまぁ置いといて・・(=^_^=)

夕食を摂った市内の某居酒屋で、面白い発見があった(←ワタシは出張時の“独り居酒屋”が割と好きである)。

その店の壁には、ロータス社のライトウェイト・スポーツカー“ヨーロッパ”の写真が何枚も見受けられ「レース関係の方が集まる店なんですか?」とオーナーさんに訊ねたトコロ、何とオーナーさんご自身が“ヨーロッパ”を所有し、レース等にも参加されているとのこと!

あんまり詳しくはないモノの、知ってる限りの雑学知識を総動員し(=^_^=)
「やっぱり“フロント・スタビライザー”が弱点なんですか?」
「シートポジションが低過ぎ、運転中は“車窓からガードレールしか見えない”ってホントですか?」
などなど、質問してみた。

このオーナーさんは、前車も“トヨタ800”だったと仰られ、筋金入りの“スポーツカー好き”なんやなぁ・・と羨ましく思えた次第。

それに引き替え・・ワタシなんぞは正直、クルマの使用状況(シチュエーション)から考えるに「2シーターの軽量スポーツカー」で十分だし、それが一番似合ってる筈なのに、、何となくとても非効率な(?)「4ドアの重量級セダン」に乗り続けてる訳で(・ω・)

でもその一方で「もっとワタシも自分のクルマに愛着を持たなきゃ!」と励まされもした今夜。
出張から戻ったら、この週末は久々に中距離ドライヴを楽しもうかな〜と考え始めている☆


夕食後“ほろ酔い状態”でホテルの部屋へと戻り、衛星第2で放送された『刑事コロンボ/構想の死角』を観た☆
考えると、家人が“コロンボファン”でもあり、子供の頃から(お茶の間で)シリーズの何作品かの鑑賞に付き合わされた(=^_^=)こともあり、幾つかのエピソードには“断片的ながらも強烈な印象”を持ってもいる。
だが、特に『刑事コロンボ/殺人処方箋(1968)』と本作は「全くその内容やシーンが(記憶の中に)思い浮かばず」日々苦しい想いをつのらせて来た作品だけに、今夜の放送はとても嬉しい訳だ!

余りに嬉しくて、自宅でも録画予約しちゃったりしている(=^_^=)
⇒結論的に、DVDには焼かない(=保存しない)つもりであるが・・(・ω・)

“メルビル夫人シリーズ”で有名な、ベストセラー推理作家コンビ=ジム・フェリス&ケン・フランクリンは、最新の15作目を最後に、長年のコンビを解消することとなる。

だが、実際には(全作の)プロット&執筆はジムが1人で行っており、ケンには推理作家としての才能は皆無であった。。

コンビが解消されたら「たちまち喰いっぱぐれてしまう」ケン(ジャック・キャシディ)は巧妙なトリックでジムを亡き者にし、別な第3者の仕業に仕立て上げようとする・・

だがそんなケンの前に、ロス市警からやって来たよれよれコートのコロンボ警部(ピーター・フォーク)が立ちはだかるのだった。

冒頭の“PETER FOLK AS COLUMBO”の表示にまずワクワクする!
演出&監督が若き日のスティーヴン・スピルバーグだと言うことにも!

しかし、、作品自体は「タイトル負けしてる」と言おうか、トリックが実にお粗末だし(←細かい部分で「ロス市警の鑑識チーム」を舐めてるとしか思えない)犯人のキャラにも感情移入出来るトコロがなく、総じてイマイチな出来だった。

中でも一番「スゴい」のは、中盤以降で重要な絡み方をして来る雑貨店の未亡人=ラサンカさん。
この方のビジュアル・インパクトがスゴ過ぎて(⌒〜⌒ι) 途中からはストーリーどころじゃなかった(←ラサンカ役の女優さん、済みません)

アラン・ドロン主演の『太陽がいっぱい(1960)』同様に、犯人が予想外の展開から“余りにお粗末な第2幕”を演じることとなるが・・これがまた短絡的過ぎてムチャクチャ。捜査する警察側の見解もそれに負けじとムチャクチャだった。。

ラストが何やら唐突で「もう1手、欲しかったぞ?」とも感じてしまったが・・寸前のコロンボの攻め方が完全に「相手を怒らせる作戦」だったので「ああ、そこをくすぐったから、すぐに“落ち”てしまったんやなぁ」と納得した次第。

それにしても、犯人が饒舌過ぎて、みるみる“自滅の道”を辿ってしまってたように感じたのはワタシだけだろうか?
勝手なプロットをコロンボに吹き込むんだが、そんなことをするから、すぐに怪しまれてしまうのだ(・ω・)

それは仕事についても言えることで、時に反省もしなきゃならないトコだが「やっぱり会話とは“キャッチボール”であり、50:50のバランスの崩れるような会話は、結局(相手の)共感や理解を得られないのかもな」と感じたワタシである。

〜 こんなセリフもありました 〜

コロンボ「そいつはスト中ですよ」 ←故障に対するユーモア表現
    「女房曰くですがね」
    「あたしも才能さえあれば作家になりたいなぁ」
    「皆目、雲を掴むような顛末でしたから」
    「日頃、不勉強なものでして」
    「あの、もう1つだけ教えて貰えませんでしょうか?」
    「コートが薄くて、何だか寒くなって来ちまいました」
    「ウイスキーでもやりますか?」
    「大したもんですなぁ」
    「作家ってのは、そんなに儲かるもんですかね」
    「それが事でしてね」
    「もう1つだけ、お聞きしたいことがあるんですがね」
    「いやいや、そいつはいけませんよ」
    「困ったな・・お互いに厄介なことになるよ」
    「そいつはまずい所に来ちゃったな」
    「もう1つだけ」
    「“犬も歩けば”式に、色々とやってみるだけです」
    「まずいなそいつは・・女房ががっかりするだろうな」
    「所轄違いだけどね」
    「これと言った決め手に欠けるんです・・これじゃ逮捕出来ない」
    「あなたを待ってたんですよ」

ケン「“離婚もまた楽し”だ」

ラサンカ「人間って気まぐれでしょう?」

追記1:“メルビル夫人”シリーズの作品のタイトルの1つが(ズバリ)『殺人処方箋』だった(=^_^=)
追記2:タイトルこそ“刑事コロンボ”だが、劇中の役職は「警部」だったコロンボ(・ω・)
追記3:唯一「イイな!」と感じたのは「手前にジムの遺体、奥にそれを眺めるケンの立ち姿」のアングルだろうか。ジムがシルエットで表現されてるのが『シン・シティ(2005)』のイライジャ“ケヴィン”ウッド君みたいでスゴい(=^_^=)

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2009年10月 7日 (水)

☆“スピルバーグ三昧”☆

衛星第2で放送されてる“スティーヴン・スピルバーグ監督作”を幾つか観て来た。
折角だし、それらをまとめておきたい。


♦『ジュラシック・パーク(1993)』

9月28日(月曜)の夜、後半から観たのが『ジュラシック・パーク』である。
ストーリーは既に知ってるので、特に「感動」と言ったものはなかったが・・確か、中盤辺りまでティラノサウルス(=T-レックス)がその全容を現さぬ、いわゆる“焦らし演出”が強烈だったように記憶している(=^_^=)

興味深かったのは、
「突出した“カリスマ俳優”が起用されてない」「子役に対する“強烈な受難演出(←高圧電流)”が見受けられる」「サミュ・L・ジャクソン(アーノルド役)が、シリアスかつあっけなく退場する」と言った点か。

有名ドコロ(=ステレオタイプなヒーロー俳優)が出演しないが故に“誰が生き残るか分かんない”と言うアトラクション的(?)なドキドキ感の確立に成功している(=^_^=)

メイン舞台となる恐竜施設(?)“ジュラシック・パーク”の詳細な設定や、造り込まれた小道具類、センス溢れるロゴ&デザイン系など、小憎らしい程に(=^_^=)手の込んだ作品世界ではあるも・・多くのスピルバーグ作品同様(=^_^=)に「“面白い”んだが“メチャクチャ面白い”の域には至ってない」と言う、何処か「デジタル映像エキスポ(←例)への出展作品」的な“優等生的な完成度”に落ち着いてしまってる感があった。

〜 こんなセリフもありました 〜

ハモンド会長「創造は、意志の力が生み出すのだ」

ハモンド会長「何処の遊園地にも最初はトラブルがあるモノさ」
部下「しかし“カリブの海賊”は人間を喰いませんよ?」


♦『ロスト・ワールド/ジュラシック・パーク(1997)』

9月29日(火曜)の夜、中盤から観たのが『ジュラパー』(=^_^=)の続編、『ロスト・ワールド/ジュラシック・パーク』である。
続編である本作の方が“エンタテインメント性”こそは、飛躍的に高められてた気がする☆

俳優陣を眺めても、ジュリアン・ムーア、ピート・ポスルスウェイト、ピーター・ストーメア、と言うなかなかの“クセモノ”が集まってて楽しめた(=^_^=) この時期のピート氏って、ホンマに勢い良かったよなぁ〜! まさに、背中に“でっかい十字架のタトゥー”を背負わんばかりの勢いですた!(←それ、役柄ですし! 作品も違いますし!)

ときに「映像が暗い!」「それぞれの恐竜キャラの個性が薄まり、区別も付けにくい」ってのがワタシの(本作に対する)印象かな。

終盤において「取って付けたような」T-レックスの“本土上陸演出”が描かれるも、、人間サイドの(武力的な)反撃らしい反撃がなく、奇妙な想いが渦巻いた(・ω・)

ただ「窓越しに少年が恐竜と向かい合う」ってなシチュエーションは、(SF作家)レイ・ブラッドベリの短編小説で“似た情景を見た”気がする(・ω・) 『霧笛』と言うタイトルだったか?(←違ってるかも、、)

この続編作『ロスト・ワールド』に関しては・・或いはジェームズ・キャメロン監督の手で映像化されたなら、もっと完成度も高く、ヒットしてたんじゃないかなぁ・・と勝手な妄想を(今更ながら)抱いたり。

ついでに、作品のキャッチコピーも「今度は戦争だ!」とかね(←おいおい)


♦『マイノリティ・リポート(2002)』

9月30日(水曜)の夜、しっかり全部観た(=^_^=)のがトム・クルーズを主演に迎えた『マイノリティ・リポート』である。
公開当時劇場で観たし、ちゃっかりDVDソフトも持ってるんだけどね(=^_^=) ←例によって「未開封」のまんま。。

亡くなってからこそ、映像化の相次いでる(=^_^=)、SF作家=フィリップ・K・ディックの原作(短編小説)を長編映画にしたもの。

「犯罪を事前に予知⇒予防出来る社会」の実現した、西暦2054年のワシントンを舞台に、犯罪予防局の主任捜査官=ジョン・アンダートン(トム)が“自身にかけられた未来殺人容疑”を晴らすため奔走する展開。

全篇に渡り“青系統(?)のフィルターのかかったような”印象的な映像世界が広がる☆

ストーリー的に「どっかムリがあるのと違うか?」と正直、感じてもしまう怪作(?)なんだが、小道具設定やアクション描写については、これまでのスピルバーグ作品からは想像も出来ぬ程、研ぎ澄まされてる感があった!

ライバル的立場のハズが、どうにもチグハグしちゃってるままに終わった司法省査察官=ダニー・ウィットワー(コリン・ファレル)のキャラってどうよ? とは、総てのファレルファンが思ったことじゃないかな〜と(・ω・)

「殺人事件の(現場)状況を捏造すれば、予知能力者(3人のプリコグ)のヴィジョンを欺ける」・・みたいな部分がポイントとなる本作だが、ワタシは単純に「いや、毎回“木の球”はゴロゴロ転がるのとちゃうん?」と思ってしまった、、どうなの?

我らが(=^_^=)トムクルが、後半で“ツルッぱ”となっちゃうんだが・・その辺りから主人公キャラが「シフト」するのが面白かった! 予想もつかぬしとが、奔走してくれるんです!

後半〜終盤にかけての脚色を眺め『L.A.コンフィデンシャル(1997)』や『逃亡者(1993)』をいちいち連想してしまったのは、ワタシだけやろか?

〜 こんなセリフもありました 〜

ライコン「眼の見えない者たちの国じゃ、片方でも見えれば王だ」

ウィット「欠陥はシステムにではなく、常に人の側にある。だろ?」
    「これは“証拠の乱発”だ」

ギデオン「過去をほじくり返しても、その身が汚れるだけさ」

ラマー・バージェス長官「人は信念を選べない。信念が人を選ぶのだ」

アイリス・ハイネマン博士「光を見い出すには、ときに“闇に堕ちる勇気”も必要よ」

アガサ「去るのよ・・! 運命は選択出来る」
   「死者は、生者に寄り添い続ける」

追記1:劇場公開当時、戸田奈津子さんによる“超訳”の弾けてた(=^_^=)登場アイテム“嘔吐棒”は、今回無難にも(=^_^=)“電撃スティック”と訳されてた(×_×) ←つまんな〜い!
追記2:本作の3大キーワードは「目玉」「雨傘」「ヤカモト氏」ではなかろうか(=^_^=)
追記3:その(どの?)ヤカモトさんには「タンクトップの購入履歴」があるらしい!
追記4:主人公=ジョンの息子の名はショーン。何とまぁ・・(⌒〜⌒ι)
追記5:未来のショッピングモールにも“ムーン・リヴァー(のBGM)”はマッチしてる☆ 流石は巨匠ヘンリー・マンシーニ!


♦『キャッチ・ミー・イフ・ユー・キャン(2002)』

1日(木曜)の夜、終盤のみ鑑賞したのは、レオナルド・ディカプリオ+トム・ハンクスの共演が豪華だった『キャッチ・ミー・イフ・ユー・キャン』である。

私的には「捕まえてみな」と和訳しちゃうトコだが、プロの手に掛かると「鬼さんこちら」となるそうだ! むうう、流石!
公開当時、劇場にわざわざ観に行った本作(=^_^=) 異様にぶとったトムハン(=トム・ハンクス)の醜悪さだけが、やけに目に付いた気がする(⌒〜⌒ι) ・・って言ってるオレも、すっかりぶとってしまってる今日この頃だけど、、

本作の見所は「ソウル・バス風のオープニング映像」「主人公の父を演じるクリストファー・ウォーケンの存在感」だと思うんだが、、共に“完全に”見逃してしまったのが悔やまれる(×_×) 

「薄く、軽く、笑えず、微妙」な出来だろうか。「御大(スピルバーグ)ご自身が監督することないのに?」とは正直感じる。


♦『激突!(1971)』

5日(火曜)の夜、30分ほどの遅れで中盤から観たのが・・前々から「結局“原点”であるコレが最高傑作やんか、今でも!」と絶賛してやまぬ『激突!』であった。

一番最初(小学生の頃か?)は家人の勧めで観たように記憶してる本作。
実にシンプルな物語なんだが、普遍的にリアルで怖い。

もし監督の遊び心で、冒頭に“Based on a true story”なるテロップを表示したとしても、誰も疑わないんじゃなかろうか(×_×)

今回、何度目か分かんない鑑賞をしたが「幾つかのエピソードの描かれる順番」が、自身の(記憶の)中で(勝手に)入れ替わってたりしたのに気付いたのが発見でもあり、面白くもあった。

「ガソリンスタンドその1」「レストラン」「踏切待ち」「トンネル&スクールバス」「ガソリンスタンドその2(ヘビ小屋&電話ボックス)」・・と幾つかの印象的なエピソードがあるんだが・・作品の冒頭&ラストはそのままに、途中に描かれるこれらのシーンの順番を入れ替えても面白いな〜と勝手なことを考えたりも(=^_^=)

DVDソフトを所有しておられる方は「チャプターを入れ替えて鑑賞」してみたら・・意外に“新鮮な味わい”で楽しめるんじゃなかろうか?(=^_^=)

なかなか正体のハッキリしない(=^_^=)「トレーラー運転手」であるが、私的には足元(ブーツ)でなく、左前腕の雰囲気(?)で推理を進めたら良かったのかも、と思ったり。

どちらにしても、スクールバスのクソガ・・いや、子供たちは「あの運転手の顔」をハッキリ見てるんだろうな(⌒〜⌒ι)

ほか、ラストでは『ユニバーサル・ソルジャー(1992)』を何故だか連想してしまった。。ん? 何か前にも書いた気がするな(・ω・)

終盤のみ、やや展開のダラッとしてる感じだけど・・やっぱり本作はイイ!
「実際に自分でハンドルを握るしと」ならば、本作と酷似した体験を1度や2度はしてるハズだろう(そうなのか?)

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2009年10月 6日 (火)

☆『憑神(2007)』☆

4日(日曜)。
今日も折角の良い天気ながら・・やっぱし正午前まで「寝だめ」てしまった(×_×)

ちょっと運動不足が顕著なので「久々にウォーキングしよう!」と考え、少し前にハナシを聞いた“峰山”と言う市内の山(景勝地?)に出かけてみることに。
「片道1時間ぐらいかな?」と舐めてたら・・これが「遠いわ」「回り道ばかりだわ」「登りばかりだわ」と大変で、自宅から山頂(展望台)までで約2時間、そこからの下りもやっぱり約2時間かかってしまった(×_×)

歩数計によると、往復で約15キロ・・とそんなに時間のかからない気はするんだが・・(・ω・) きっと歩調が(疲れで)すこぶる遅くなってたんだろう。

何にせよ、、「今度来る時は、迷わずクルマで来よう!」と、そこだけはしっかり学習したのだった。

帰宅してから洗濯⇒入浴⇒夕食と済ませ“秋の映画スペシャル”で地上波初放送された『憑神(つきがみ)』を観た☆
本作ってば、因縁の作品でもある。
かつて大阪にいた頃、枚方の某(=^_^=)市民会館で上映会があったのを、都合が付かず見送ってしまった記憶がある(←ネットで調べると、2007年11月15日(木曜)のことだった)。

今回こそは観なければ! と握る拳にも力がこもるし(=^_^=)

時は幕末、将軍=徳川慶喜の時代。
世は「尊王攘夷」「公武合体」に揺れていた。その激動の中にあって、下級武士の青年=別所彦四郎(妻夫木聡)は婿養子先(井上家)に離縁され、今は職もなく兄夫婦の家に居候する、肩身の狭き日々だった。
旧友=榎本武揚は今や“軍艦頭”の身分に大出世。

そんな中、彦四郎は行きつけの蕎麦屋の主人=甚平(香川照之)に「向島の“三囲(みめぐり)稲荷”にお参りしては?」と勧められる。「ツキが回って来る」と言うのだ。

その場では取り合わなかった彦四郎だが・・後日酔って帰宅の折、堤防から川べりに転げ落ちた彼の眼の前に“三巡稲荷”の祠があった。

「向島にまで行かずとも、こんな所に分社があったとは・・」

柏手を打ち「何卒宜しぅ」と祈願する彦四郎。
だが、彼が参拝したのは“貧乏神”“疫病神”そして“死神”を呼び寄せる、とんでもない“憑神の稲荷”だったのだ・・

原作:浅田次郎+監督:降旗康男+主演:妻夫木ってことで「コレはスゴいでしょう!」と思ってたら、何だか「3話構成のオムニバスの崩れたみたいなのん」を観せられたような、、妙なザラツキ感が残ってしまった。

クスぶる若侍=彦四郎が“とある覚悟”に目覚め、それによって“太く短く、漢(をとこ)を生き抜く”的な展開にシフト(?)して行くんだが・・私的には「そうゆう流れになる」とはつゆ知らず、、やっぱり直感的に(←また直感かい!)「言うても、結局は悲劇やんか!」と小ツッコミしてしまった。

連想したのは“とある疑惑”を払拭(?)すべく、主人公の奔走する『イン&アウト(1997)』だったり(=^_^=) アレも、後半の展開に「何や、そうなんかよ!」とツッコンでしまった記憶がある。

にしても、、終盤で“いきなりな時代”にハナシがすっ飛び“いきなりな人物”の登場する凄まじさ!
あの衝撃はなかなか、である! ・・ってかカントク、やる気なくなったの?(=^_^=)

3人の憑神(伊勢屋(西田敏行)、関取=九頭龍(くずりゅう)為(ため)五郎(赤井英和)、少女=おつや)が登場するんだが、しょっぱなに現れる西田さんが、とにかく(一番出演時間の短い割に)インパクト十分で、ホンマに感心させられた!

また、彦四郎の従者(?)のような小文吾(佐藤隆太)が好演してくれるが・・終盤の展開を眺めつつ『ローレライ(2005)』における2人みたいやな、、と感じたり(・ω・)

なお、折角の名優が、中途半端な使われ方をしてたように見受けられたのは、石橋蓮司(井上軍兵衛役)、佐々木蔵之介(別所左兵衛役)の両名か。
特に蔵之介さんは“主人公の兄貴”なる立場上、もそっとラストまで物語の“軸”に絡んで欲しかった。折角、月代(さかやき)のメチャメチャ似合う方だったんですし(=^_^=)

〜 こんなセリフもありました 〜

彦四郎「腹がくちくなったら眠れるだろう」
   「限りある命であればこそ、死によって輝きを放つことが出来るのだ」
   「侍の世が終わり、新しい世が始まる」

伊勢屋「手前、福の神などでは御座居ません」
   「2度も手を合わせたお前様が悪い」
   「ほほほ。本日は冴えてらっしゃる」
   「貧乏神としての誇りを全うしたってトコロですかな」
   「その“よもや”で御座居ます」

彦四郎「仮住まいにも良い所がある、と言う訳か」
八重「“棄てる神あれば、拾う神あり”で御座居ます」

甚平「スパッと正体を見抜いたのも何かの縁」

九頭龍「人間の形をしていると、人間の無責任さに染まってしまう」

刀鍛冶「言葉は形には叶いません」
彦四郎「言葉に込めた想いを、形にはして頂けぬものでしょうか?」

おつや「思い遣りなんて感情は“神失格”なの」

追記1:三囲(みめぐり)稲荷は「東京都墨田区向島」に現存するらしい!
追記2:彦四郎と八重のキスシーン・・幕末当時、そんな習慣あったの?(・ω・) ←室町時代からあったらしい?
追記3:後半に登場した五重塔! 石川県羽咋市の「妙成寺」の塔だそうで! 素晴らしい!

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2009年10月 4日 (日)

☆『いけちゃんとぼく』☆

3日(土曜)。
何もなければ(いつもの如く)きっと帰阪開始してるトコだが・・週明けに大事な出張が控えてもおり、今週末は(体力&精神力温存のため?)実家に戻らないこととした。
・・と言うか、起床した時点で既に正午を過ぎてしまってたし、直感的に「帰阪意欲」を奪われてしまったような感がなくもない(・ω・)

高松市の中心部、アーケードの南端へと出かけ、某床屋にてさっぱりとする。店長(?)のおっちゃんも大阪にいはったことがあるらしく、数秒間の(=^_^=)大阪談義に蕾が揺れる(←花までは咲かない、、)。

何とか明るい話題を振ってみようとは思ったが、おっちゃん曰く
「市民の移動&生活がクルマ中心である以上、郊外の大型施設に客足の向くのは当然の流れ。この先もアーケードが発展することはないだろう」と、かなり沈んだ形でトークは終了してしまった(×_×)

その後、久々にミニシアター“ソレイユ”へと行き、こそっと期待してた1作『いけちゃんとぼく』を(夕方からの)最終回で観て来た。こうして「寝だめ」「散髪」「ソレイユ」で1日が殆ど終わってしまったワタシなんだが、、まぁ、こう言うのんびりした週末もたまにはエエか、と。
(実家に電話すると、ワタシの帰阪を見込み、食材を大量に購入してたそうだが・・(×_×))

高知県の海にほど近い西ノ原町。
この物語の主人公=ヨシオは口うるさい母=美津子(ともさかりえ)、ヘタレな父=茂幸(萩原聖人)と共に暮らす少年。
そして、彼にはもう1人(?)「随分と前からそばにいるが、他人には決して見えない」“いけちゃん(声:蒼井優)”と言う不思議な友達がいた。

いじめっ子のたけし&ヤスに小突かれ、それでも“いけちゃん”を相手に語り、想像力を広げ、迷いつつ、不満&不安を感じつつもそれなりに日々を生きるヨシオ。
しかしそんなある日、唐突に父が事故に遭ってしまい・・

基本的に物語世界は子供向けであろう本作。CGや映像演出も、ある意味チープなので“大人が観て、満足出来るモノ”とも言えないんだが・・その中で妙に「大人向けの演出」「大人向けの格言(?)」がポロッと飛び出したりもして面白い。
逆に言えば「本作がターゲットとしてる年齢層って、どの辺やねん?」と不思議に思えても来る。

徹底的なワルは出て来ないが、徹底的なヘタレがあちこちにいるのは、実にリアルな感(⌒〜⌒ι)
劇中に登場する、特に女性キャラが全体的に“不満げ”“けだるい”のも面白い。

脇役陣には妙に力が入っており(=^_^=) “ひまわり牛乳・西ノ原販売所”の主(あるじ)=清じいを演じたモト冬樹の存在感はハンパじゃなかった!
子供相手に(容赦なく)飛び蹴りはかまして来るわ、子供同士のケンカ(とは言え乱闘気味だったが)に嬉々として(?)飛び入り参加するわ、、“和製ニコラス・ケイジ”の名をまさに欲しいままにしてた感だ(←流石にちょっと違って来とるやろ!)

萩原聖人も実際の人物像をそのまんま演じたはるようなヘタレぶり&退場ぶりが涙を誘う(←勝手に決め打つなよ!)。まるで『フォレスト・ガンプ/一期一会(1994)』に出て来たベンジャミン・ブルー(愛称:ババ)のように“とある1つのこと”に対し、異常な興味&執着を持っとる訳だが、そこに至ってしまった理由ちぅか経緯が全く劇中では語られず、不気味さだけが観客の心に残りもした(=^_^=)

あと『妖怪大戦争(2005)』でも、魔人・加藤を葬る大きなきっかけをもたらした「アイツ」が、全く同じ俳優による、全く同じ役名で登場しており、苦笑を誘った。
数ある(数いる)「アレ」の中で、何でアイツだけが大抜擢されたのか、そこは良く分かんないけど。。
(因みに両作とも、カドカワ作品ではある)

まず連想したのは『いま、会いにゆきます(2004)』だったろうか。
とある人物の強烈な思念(?)により起こる“超常現象”が1つの「軸ネタ」となってるんだが・・その人物の“ヨシオとの関わり”が客観的に眺めれば「意外に短期間だし、薄かろうハズなのに」と言うのが面白くも切ない。

“京ちゃん”なる、いつも笑ってる不思議な少年が出て来るが、太宰小説『人間失格』に出て来た「ワザ、ワザ君」のように、実は無垢であるが故に、主人公をときに畏怖させる一面があったりしてスゴい。

劇中で唯一、某人物が「呟き」にも似たセリフの直後「どう思う?」とカメラ目線で言葉を投げかけたシーンが(私的に)強烈だった。その人物にだけは“いけちゃん”の存在がどうやら分かっていたようである。

『となりのトトロ(1988)』じゃないけど“故郷と言う圏内で、幼少期と言うホンの短い間”にしか交流出来ない、そんな摩訶不思議な友達とその正体・・ワタシのアンテナはすっかり錆び付いてしまったようだが、、“今はまだ逢えない、運命の人物との交流”って言うのはイイもんやなぁ・・と素直に感じた次第である。

・・それにしても、イジメのシーン。観る子供さんによっては“フラッシュバック”“トラウマ”を呼び起こす、そんなリアルさがあり過ぎたようにも思いますたが(×_×)

〜 ほか、こんなことも 〜

♦「タマゴ+ちりめんじゃこ+ネギ+醤油」で・・実に美味しそうな一品になるんやね(=^_^=)
♦後半で『ネバーエンディング・ストーリー(1984)』なシーンが拝めます。
♦「殴られる瞬間、一歩前に入り拳を突き出すと、たまに相打ちに持ち込める」なる“ヨシオ理論”(=^_^=)
 更に発展させ「拳を“捻りながら”突き出す」ってのはどうやろ?(=^_^=)
♦ロケ地は「高知市浦戸町」「須崎市」など。何となく(今夏に)クルマで走った覚えのある海沿いの風景(恐らく高知市〜土佐市間)も登場した。
♦「怪獣カード」「よさこいビールの王冠」などのアイテムも。
♦トンボの首をむしって万華鏡に・・うげ(×_×)
♦『京うどん』の(手書き)看板「朝※時から夜そこそこまで営業してます」がちょっとトボケてて楽しい。
♦“軍艦長門”が大きく取り上げられてた! 艦橋の高さは何と“大和”以上らしい! 大戦中は(存在の)極秘扱いだった“大和”“武蔵”に比べ、より国民に親しみのあった日本海軍(連合艦隊)旗艦(?)こそが“長門”だったんかも知れない(・ω・)
♦飲んでみたい“土佐のかあちゃん”なる地酒。
♦ともさかさん、まさに“しゃくれ女王”ですな(・ω・)
♦漁港のいじめっ子は「櫂」を肌身離さないんやね。。

〜 こんなセリフもありました 〜

ヨシオ“海に沈むまでは「世界を掴める、世界を自由に出来る」と思っていた”
   “僕が生死の境をさまよったと言うのに、世界は何1つ変わらない。
    ・・何と言うことだ”
   “世界は、僕の生き死にとは関係ないんだ”
   「(腕)力で心を変えられると思うな
   「愚かな愚民共め!」 ←いきもの虐待!
   「なくもんか!」
   “上には上がいる”
   「早く大人になりたい」
   「それも、逃げて済ますのかよ!」
   「動き出したんだ」
   「考えるんだ」
   「いけちゃんって・・女?」
   「(今朝は)起きて、世界と戦う気力がない」
   「冒険は1人で行くべきなんだ・・でなきゃ“リアル”にならない」
   「この(負けの)連鎖を、終わらせなきゃ」

いけちゃん“あなたと過ごした時間が、とても短かったから”
     「いつまでも、一緒にはいられないから」
     「やり過ぎたね」
     「走ろうよ。楽しくなるよ」
     「こんなもんだよ」
     「夏が終わるよ」
     「夏を過ぎた男の子は“日向(ひなた)の匂い”がする」
     “私は、キミから見えなくなって行く”
     “私、あなたを待ってるのは得意なの”
     “遠い遠い未来・・いつか私を探してね・・待ってるから”

ヨシオ「僕は世界を変えられる?」
いけちゃん「大人になったら、分かるさ」

父「傷が前にあるのはな・・“勇気の印”だ」

母「どうなん? 息子に励まされるって」

清じい「“地球に優しい”牛乳瓶を割るとは“地球に優しくない”子やな」
   「(拳を)1日、千回握れ!」
   「すぐ(物事の)結論に行くヤツは、途中もヘボや」
   「大きい器には、水を溜めるのに時間がかかるんや

清じい「飲め。カルシウムたっぷりや」
みき「フルーツ牛乳がいい」
清じい「・・女の子やのぅ」

みき「この町に残ってるのは“ダメな側の女”なんや」

みさこ「私はやっと、翼を手に入れたんや」

△△△△「人は大人になると、我々のことを忘れてしまうんや」
    「そろそろ、別れの頃合いやで」

※※「昨日は言えんかった。“お前が友達や”言うこと、自慢に思うよ」

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2009年10月 1日 (木)

☆『火天の城』☆

29日(火曜)。
“実に中途半端な平日”ではあるも、夏期休暇を頂いた。
「さぁ、何処へ出かけよう?」と考えてたんだが、いつもの時刻に起床すると・・戸外が雨降りだったモノで、そのまままた寝てしまった(・ω・)
約1時間毎に寝ては目覚め、また寝ては起き・・ってのを数回繰り返し・・本格的に起床を決意したのは正午寸前だった(×_×) やっぱし疲れてたんだわ、うん。

目覚めのきっかけとなったのは某“宅急便”の呼び鈴である。
ついに『ひかりone』ちぅ光ファイバー通信のスターターキット(VDSLモデム+ホームゲートウェイ)が届いた次第☆

これにて、約半年も耐えに耐えて来た“遅過ぎるイ※モバ※ル”と(やっとこさ)おさらば出来るのである☆
(と言っても、2年間のシバリ(契約)があるので、とっとと解約する訳にも行かんのだが(×_×))

「すぐ接続しよう!」と思ったが、何だかパッケージが仰々しく、開封が“直感的に面倒”に思えたため、後回しとし、家事やら片付けやらをトボトボやっていた。

「雨降りだし家でゴロゴロしとこう」とも考えたが「そう言や、観たい1作があったんや!」と思い出し、夕刻迫る時間帯をクルマで向かったのは“ワーナー・マイカル・シネマズ綾川”である。取り敢えず、界隈ではここでしか観ることの出来ない1本『火天の城』ってのを鑑賞して来た。

ひと言で言えば“築城ロマン大作”ってトコだろうか。

切り口こそ、一見「荒唐無稽ぽく」も思えるが、内容は史実を下敷きとしたものだ(ろう)し、何と言っても演出面を抑えめにしてるのに好感を持った。2時間半に迫る(やや)長尺な上映時間のため、尻込みしちゃいそうになってしまったが、結構作品世界に没頭させてくれたかな。
傑作とまでは言えないんだが、静かなる佳作と好評したい。

今より500年の昔。
尾張の国を治める織田信長は、安土の地に、それまでに例のない巨大な城郭の建造を命じた。
5層7階の天守を構えた豪華絢爛な「安土城」である。
しかしかの城は、完成からわずか3年の後に失われてしまう。そのため後年「安土城」はこう呼ばれることとなった。
“幻の城”と・・

鉋(かんな)、鑿(のみ)、墨壺・・これらの道具を用い、幾多の功績をして“棟梁の手は神の手”と門人に言わせしめる熱田の宮番匠(宮大工)=岡部又右衛門(西田敏行)。
天正4年、彼のもとへ信長(椎名桔平)が直々にやって来る。
「安土の山をまるごと1つ、我が巨城に仕立てよ。そして、天守には5層の櫓を構えよ。工期は3年でな」

施主(=信長)の注文の中に「4層までを“吹き抜け”とせよ! 南蛮の大聖堂のように」なるムチャクチャな必須(?)条件の含まれることを知った又右衛門は、その点には流石に難色を示すが・・結果、信長は機嫌を損ねてしまい、
「“指図(=設計図)争い”を行い、その勝者に築城の総指揮を任せる!」と言い放つ。

又右衛門以外に(指図提出を)命じられた匠(たくみ)は2名。

「金閣寺」を手がけた“京の池上家”の宮大工=池上五郎右衛門(石橋蓮司)。
「東大寺大仏殿」を手がけた“奈良の中井家”の現棟梁=中井孫太夫。

圧倒的な2ツの名家を相手に、又右衛門は果たして“総棟梁”の座を勝ち取れるのか?
そして、、たとい勝ち取ったとして、その先、実際に3年の内に5層の天守を擁する巨城を完成させることが出来るのか?

妻=田鶴(大竹しのぶ)、ひとり娘=凛(福田沙紀)の見守る中、又右衛門は黙々と指図、雛型(=縮小模型)の作成に取り組むのだが・・

おお! なかなかに“ロマン”をかき立ててくれる快作である! 城作りを命じられた男が「vs施主」「vs家族」「vs同業者」「vs門人(大工衆)」「vs運命」など、あらゆる相手との対峙を余儀なくされつつ、持ち前の“知識”“経験”“人情”“直感”などでこれらを退け、或いは和合していく・・何だか某国営放送で(莫大な受信料を注いで←おい)スペシャルドラマ化すれば、結構な(視聴)率が取れそな、そんな展開である(=^_^=)

「流石にコレ(=この状況)はあかんやろ!」と思わせながら、毎回ギリギリの所で難関を突破していく演出はかなり面白い! その陰で、幾人もが命の花を散らして行くのだが・・まぁ西田さんが主人公だから、その人物像に突っ込む訳にも行くまい(⌒〜⌒ι)

惜しむらくは、豪華俳優を結集させてるが故、彼らの「役者としての存在」が「役柄(そのもの)を超えちゃってた」トコだろうかな。。
又右衛門が時に涙し、時に激するんだが、、その度に「あ、局長泣いてる」「また局長泣いてる」「局長怒ってる」「局長が黒幕?(←作品違うし)」と思えてならなかった(・ω・)
石工棟梁の清兵衛も「あ、夏八木勲さんだ」とか、「京の池上? まんま石橋蓮司さんやん」とか「木曾義昌? いつもの笹野高史さんじゃん」とか、そう言う風にしか思考を切り替えられなかった(×_×)
逆に余り「邦画を観ない」「男優を知らない」観客の方が純粋に楽しめるんかも知れない。

信長役の椎名さん。イマイチ「人間的な懐の深さ」までは迫れてない感もあったが(←私見だけど)、それなりに「ロマンに生きる、当時の日本で最も熱かったであろう漢(をとこ)」を好演してはくれてた。
武芸の稽古にも余念がないし、フリル付きのシルクのシャツ(?)の上に武将羽織(?)をまとった出で立ちは「この人じゃないとマズかった(サムかった)やろな〜」と思わせしめる。

意外と周囲の男衆の中に埋没してたみたいだが、福田沙紀演じる(又右衛門の娘)凛の容姿には「ほぇぇぇ!」と魅了されてしまった。これまでの演技は『ヤッターマン/劇場実写版』しか知らないんだが、あちらでは“ドロンジョ様”にすっかり意識を奪われてしまい(=^_^=)全然この子の存在が映ってなかったような・・

まだイマイチご尊顔と名前がマッチング(まいっちんぐ?)して来ない沙紀ちゃんだが、ちょいと注目して行きたいと思う。

〜 こんなことも 〜

♦後半(?)の“襲撃事件(騒動)”は「中途半端」で「取って付けた」ような演出に感じた。どうしても、忍者っぽいしとたちを登場させたかったんやろか?(海外上映対策?)
♦劇中で唯一“首コロ”されちゃったあのしと。どうして逃げなかったんやろ? 生き延びさえすれば「安土城」が拝めたであろうに(・ω・)
♦ムチャクチャ重そうな巨木が、本作の“重要アイテム”となるんだが、主君に現場を押さえられることもなく、良くぞ(秘密裏に)切り出しが出来たものだ! 人員的にもかなり必要と思ったが。
♦“本能寺”“明智光秀”なども「ネタ」として登場させ、絡めて欲しかった。
♦流石は信長公! あの世紀末覇者(←誰?)のように、飛びかかる刺客に“マント攻撃”を決めてくれてた!
♦終盤、とある人物が実はアレしてた辺り、、『宇宙戦争(2005)』を思い出してしまった(⌒〜⌒ι) 当初の仲間の涙は何だった?
♦石垣を巡る、石工の“現場のドラマ”も、並行してちょろっと描いて欲しかった。
♦あの巨石は結局どう運んだんやろ?
♦石を“畏れ敬う”と言うなら、その上に座るのもどうかと思うが(・ω・)
♦「1度裏返った板が、また表を向くこともある」と。
♦又右衛門の“忘れ物”・・特になくても(その日は)困らなかったようにも思った。
♦ボカボカ殴られながら「かたじけない」を繰り返す西田局長(=^_^=)は・・「傍目に見ると危ないおとっつぁん」でしかない。。
♦何処となく、吉村昭の実録小説『戦艦武蔵』を連想してしまった。
♦池上家の提示した天守閣(の指図)。頂の2層に「金閣寺」がまんま乗っかってるようで、コレはコレで素晴らしい意匠だった!

〜 こんなセリフもありました 〜 ※他にも“ええセリフ”が満載だが、メモが判読不能で(×_×)

又右衛門「力ずくでは、木は言うことを聞いてくれぬぞ。優しく扱ぅてやれ。女子(をなご)のようにな」
    「お前は何でも、簡単に言う」
    「化け物のような城じゃ」
    「“人”“物”“事”・・どれ1つ欠けても、それは成し遂げられぬ」
    「ご容赦!」
    「木には1本1本、癖がある」
    「“お願いの儀”が御座いまする!」
    「わしらは、1つのものを皆で分け合って来た」
    「あった・・出逢ぅた・・!」
    「陣兵衛殿、かたじけない」

信長「(ここから)何が見える?」
  「ここは、大和(やまと)66州の“ど真ん中”じゃ」
  「戦乱の世から、1000万の民を守る。大和の民を(このわし以外の)誰が思う?」
  「(この“抱え大砲”の活用こそが)これからの戦(いくさ)じゃ」
  「よくぞの願いじゃ!」
  「誰が(この器を)高価と決めた?」
  「強く願い、命をかけて突き進まねば、ことは成らぬ」
  「どちらにせよ、最後はこのわしが決着(けり)をつける」

田鶴「女は、笑みを絶やさんのよ」
  「お父さんを貶(おとし)めるのは、私が許しません」
  「女子は家内の日輪(にちりん)」

信長「出来るか? 出来ぬと言うのか?」
又右衛門「・・建てまする!」
信長「良ぅ言うた!」

又右衛門「その丸い物は? もしや“爆発玉”では?」
信長「図星じゃ! ・・マパ・ムンド(mapa mundo)。マパは“地図”、ムンドは“世界”
   即ちこれは“地球儀”じゃ。この世はかくも丸くある」

役人「身の程知らずの田舎大工が」

秀吉「無理を通してしまわれるのが、御館(おやかた)様じゃ」

市造「この世は、この瓜のように丸い」
熊蔵「たわけ! この世は何処まで行っても真っ平らじゃ」

清兵衛「どうじゃ? 自信は?」
又右衛門「“まな板の上の鯉”じゃ」

棟梁「木を粗末にするな! 拾え!」

平次「不器用は宝だ。(それを自覚するが故に)工夫し、努力する」

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