☆『それでも恋するバルセロナ』☆
1日(水曜)の夜。
仕事の帰りに「そや、今日は“シネマサービスデー”やったんですなぁ〜」ってことを改めて意識⇒会社の界隈にあるミニシアター“ソレイユ”で新作『それでも恋するバルセロナ』を観て来た☆
作品自体が「モロに女性をターゲットにしてる」だけあり、この日ばかりは(?)狭苦しいシアター内における女性比率の高いこと! その中にあって、最もくたびれてた第一印象のおっさんこそが・・このワタシだったやも知れぬ(⌒〜⌒ι)
監督&脚本=巨匠ウッディ・アレンによる最新作。
彼が近年、ミューズ(女神)と崇め続けて止まない(?)スカーレット・ヨハンソンを中心に、酸素ボンベも絵筆も似合う(=^_^=)ハビエル・バルデム、ちと最近「掠れ具合」の著しいペネロペ・クルス、実は(密かな)ファンを自認してるパトリシア・クラークソンなど、そこそこの顔ぶれが一同に会する☆
アレン監督と言やぁ・・「ニューヨーク圏から外に出たら、忽ちおっ死んぢまうのでは?」ってぐらい、NYにずっぽしと根を下ろした“御大”と思ってたが・・本作は舞台の殆どが(当然ながら)スペイン・バルセロナであり、私的にはびっくり!
“何かの兆し”を感じ取って(←おい!)ワールドワイドなロケハンを敢行しはったのやろか?
ってことで、彼の狙い以上に、本作ってば“近年稀にみるバカ映画(←バカンス映画の略(=^_^=))”に仕上がってやがったのだった!
※
夏のはじまり。バルセロナの空港に降り立ったオンナが2人・・
1人は短編映画監督&女優であり、情熱的な恋に憧れるクリスティーナ(スカーレット)。1人は婚約者のいる、冷静で堅実なカタルーニャ地方研究家(?)のヴィッキー(レベッカ・ホール)。
親友同士である2人は、ヴィッキーの親戚=ジュディ(パトリシア)&その夫マークの暮らすスペインにバカンスにやって来た次第。
恋に破れたばかりのクリスティーナを慰めんと、ジュディは“お見合いクルージング”なんてな機を設けるも、彼女は“お膳立てされた恋”になぞ手を伸ばすタイプではなかった。。彼女のことを気にしつつ、携帯電話で婚約相手=ダグと「愛してる」を囁き合うヴィッキー。
彼女らは“親友なれど、愛については価値観の違う”2人だったのである。
そんなある日、2人は画廊で“別れた元妻に殺されかけた(もしくは殺しかけた)”と噂される画家=ファン・アントニオ・ゴンサーロ(バルデム)に出会い「運命的なモノ」を3人が互いに感じ取ってしまう。
未熟&無防備なロマンチストであるクリスティーナは、たちまちファンに心を奪われる。一方で「あなたは私のタイプじゃない」と強がってたヴィッキーもまた、とある成り行きで彼と1日を過ごし、次第にファンに心を許し始める・・
親友2人がそんな状況下でギクシャクし始めた矢先、ファンのもとに“睡眠薬を多量に服用し、自殺を図ったが・・一命を取り留めた”と言う、その過激な元妻=マリア・エレーナ(ペネロペ)が現れて・・
※
アレン映画の持ち味(?)と言えば、彼の青年期の(=^_^=)分身のような若僧が主人公となり、ボヤいたり、女難に遭ったり、やがては現実をそれなりに受け入れたりするような展開が少なくない、、と思うんだが・・本作は主人公を誰に定めて良いのか、正直良く分からず、また(私的に)描いて欲しい&観たいシーン(まぁ、つまりは“官能系”ですな)がナレーション1つ挟むだけで(←そのナレーションすらない場合も)バッサリとカットされたりもし、観てて意外にストレスが溜まってしまった(×_×)
中途半端な恋愛談義を結論も曖昧なままダラダラ続けてる感じで、どうにも軽く、締まりのない印象だ。
予告編から察するに「終盤で拳銃が登場し、大変な方向にストーリーが転がる」って展開を期待していたが、、コレが『アメリカン・ビューティー(1999)』のような“濃ゅ〜い転がり方”では全然なく、これまた薄味だった(×_×)
ストーリーにときめかぬ以上に、キャラクターそれぞれに魅力を感じなかったり。
特にヴィッキー&ダグのキャラに微笑ましさも醜さも何も感じなかったのはワタシだけやろか? パトリシアさんも、本作に限ってはすこぶる良くなかった。。
(ご尊顔を写す距離&角度の問題やろか?)
ってことで、本作は「“バカ映画”にどっぷり浸りた〜い!」「フニャフニャした、スパイラルな恋模様が好き〜!」「難しい映画って、分かんな〜い? みたいな〜?」って感じの薄味好きな観客には、是非おススメしたいし、きっと満足されるであろう
・・ぐらいにしか語れぬ1作であった(⌒〜⌒ι)
〜 こんなセリフもありました 〜
※「堅実さは重要ね」
「人類は数千年を経ても、未だ愛を知らないでいる」
「愛にだってバランスが必要」
「私だって考えるわ・・“今の状況から救い出してくれる人は何処かにいないの?”ってね」
ジュディ「仕事のことなんか、妊娠すれば吹っ切れるわよ」
ファン「・・君の瞳の色は?」
「人生は短く、退屈で、苦痛に満ちている」
「愉しみに理由が必要か?」
「愉しみの種を握り潰すと?」
「人生は無意味だから、貪欲に楽しむべきだ」
「婚約してる身だって? それこそ“自由を楽しむ最後のチャンス”だろ?」
「部屋に来て1杯飲むだけなら、そんなにモジモジはしないハズだろ?」
「情熱は沸き上がれど、表現の方法が分からない」
「何があろうと、僕は人生を肯定するね」
「彼女(マリア)は才能があり、ゴージャスで、官能的なオンナだ」
「この選択で良かったと? ・・信じないね」
「絵画の解説は、難しい」
「一度、身体を重ねれば“自分の本当の気持ち”が分かる筈だ」
クリスティーナ「下着が無様なだけで、折角のチャンスをフイにするわよ」
「自分の求めるものが分からない。まさに“さすらう人生”よ」
「自らの望むものが分からないの・・望まないものは分かるけど」
「“正しい愛”や“間違った愛”なんて、社会通念の押し付けに過ぎないわ」
「私は何を期待していたの?」
ヴィッキー「確かに“翻訳”によって失われるものは多いわね」
「一夜を共にしたのに、逢わずじまいなんて」
「“罪深い週末”を過ごしたわ」
マリア「ファンは私から総てを盗んだのよ! “世界の見方”すらもね!」
「成就しない愛だけがロマンティックなのよ」
ベン「僕の印象じゃ、君は※※を急いたことを後悔している」
追記1:遠距離恋愛で、電話の最後に「愛してる」と囁いてみて・・相手からの返事がなかったら「危ない」ってことでよろしいでしょうか?(⌒〜⌒ι)
追記2:ファンからヴィッキーにプレゼントされた絵画に対するマークのコメントが笑えた!
「何だこりゃ? ロールシャッハ・テストか?」
追記3:「何故スペイン語の教師が銃を?」のセリフには、場内が沸いてた感じ(=^_^=)
追記4:ウィキペディア引用で恐縮だが・・『世界中がアイ・ラヴ・ユー(1996)』『マッチ・ポイント(2005)』など、NYを飛び出して撮影してる作品も「少ないながら存在する」ようで・・(×_×)
追記5:ペネロペとパトリシアは『エレジー』でも共演してましたネ。直接の“絡み”は共になかったように思うけど(・ω・)
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コメント
私はバカ(ンス)映画に徹して観ていました。
あとペネロペの情熱的な(あまりにも強烈な)スペイン語です。
投稿: west32 | 2009年7月 2日 (木) 23時49分
westさん、ばんはです。
夜中に6キロほどジョギングして、ヘロヘロです(×_×)
>私はバカ(ンス)映画に徹して観ていました。
>あとペネロペの情熱的な(あまりにも強烈な)スペイン語です。
確かに「スパニッシュ・ギター好き」なんかには、堪えられん作品かも、ですね(=^_^=)
ペネロペさん、中盤越え(?)辺りで、ようやく登場! って感じでしたが、確かに「場」をかっさらってましたね(=^_^=)
予備知識(=彼女の出演すること)なしに観に行ったら、もっとびっくり度は高かったことでしょう・・(×_×)
まぁ、ああ言う薄さもアレン監督ならではの「熟練職人の境地」なのかも知れませんね☆
投稿: TiM3(管理人) | 2009年7月 3日 (金) 00時48分