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2009年7月31日 (金)

☆『アンティーク/西洋骨董洋菓子店(2008)』☆

30日(木曜)の夜、仕事帰りに思い付き、商店街の中にあるミニシアター“ソレイユ”にて日本の人気コミックを原作とする韓流作『アンティーク/西洋骨董洋菓子店』を観て来た。
正直、余り期待はしてなかったんだが・・これまでに(同シアターで)何度も観た予告編の中に“ミステリアス&サスペンスフルな要素”を感じもしたので、そこにちょっと興味を抱いた次第(・ω・)

1997年。とある高校の屋上で1つの恋が終わりを告げる。美貌の男子生徒=ソヌが意を決し、意中の同級生(←同性)=ジニョクに告白するも・・ジニョクはソヌの差し出したケーキを(罵倒しながら)彼の顔面に押し付けたのだった。

2008年。ジニョクは『アンティーク』と言う名の小さなケーキ店を開くことに。
しかし実は、彼は“甘いもの”が大の苦手なのであった・・では何故、敢えてケーキ店のオーナーに?

そんな謎を漂わせ(=引っ張り)つつ、お洒落な『アンティーク』に個性的な3人の男が集まって来る。

・11年ぶりの“因縁の再会”を果たすこととなる、今や“伝説のパティシエ”と呼ばれるソヌ。
・ケーキ好きが高じ、ソヌに弟子入りを果たすギボン。
・ジニョクの過去を知り、彼を“若(わか)”と呼ぶ怪し気なグラサン男=スヨン。

こぢんまりとした店ながら、常連客を増やし、順調な経営を展開する『アンティーク』

しかしそんな中、パリからジャンと言う名の“天才パティシエ”がソヌを迎えにやって来る・・

「中途半端なミュージカルテイスト」「何となく“勧善懲悪度”の低い終盤」「ノーマルな(?)恋愛描写なきストーリー」「ブライアン・デ・パルマ監督(←1例)を思わせる“画面分割テクニック”の多用」など、、観ようによっては粗く、観客を選ぶ作品ではないか、と。
折角の『アンティーク』も、店内(内装)より“厨房の模様ばかり”が映され「もっと丁寧に店内を映して欲しいなぁ」と感じた(×_×)

作品の性格上(?)、女性キャラが総じて少ないのは「観ててツライ」トコが「男性観客として」確かにあった(×_×)

幾つかのミュージカルシーンのみ“女性パティシエ(女性メイド?)”がわんさと登場するも、彼女らがあんまり可愛くなかったのも残念、、って言うか、私的にはメインのボーイズ(?)キャラ4人も押し並べて「フツーですけど・・?」って印象だった。
(確かにシーンによって、ソヌのみにはゾクッとさせる魅力を感じなくもなかったが・・)

中盤以降、ジニョクの幼少期(9歳ごろ)を巡る“謎”が次第に明らかとなって行くが、後半に描かれる「犯人追跡」の場面で『羊たちの沈黙(1991)』を思わせる(過去と現在の2シーンの)映像がカットバックっぽく展開されたのには「やるね!」と感心させられた。

笑えず、泣けず、引き込まれず、、とワタシとしては「ピンと来なさ過ぎ」な1作だったが、ワタシ以外の観客が全員女性だったことからも、ワタシが単に(作品の)ターゲットから外れてただけかも知んないネ(⌒〜⌒ι)

〜  こんなセリフもありました 〜

ジニョク“幸せな時にケーキを食べたくなるのは・・人間の本能”
    “ケーキを食べて不幸な人が? いるさ、ここに”
    「達人の有難い言葉? ・・いや、赦せない!」
    「お前の給料より、お前の腹に収まったケーキの方が高い」
    「ケンカなら、店の外で解決して来い」
    「謝罪なら、手短にしろ」
    “出会ってすぐにセックス、後はケンカばかり。まるでフランス映画だ”
    「お前もツキに見放されたみたいだな」
    「俺の事情を理解しないお前の無神経さには ・・ 随分と助けられた気がする」
    「“自分のして来たこと”全てに責任を取れる人が、いるでしょうか?」

ソヌ「僕を好きになるかどうかは、誰にも分かりません」
  「お前にフラれたから、今まで自由に生きられた」
  「プラダのパンツを一括払いで買う。それが夢さ」
  「女と同じ空間にいると、怖くて仕方がない・・女はダメなんだ」
  「パンを知るには、パンになれ」
  「素質はある。それに、お前ほど熱心な奴は見たことないよ」
  “成功しても、店を大きくするな”
  「無理するな」
  「材料より、配合の仕方をみろ」
  「“寝た”直後に出た言葉だから・・“ノー”と言えなくてね」
  「ケーキ作りは、言葉より腕だ」

ギボム「あいつは所詮、1分45秒で敗北する奴だったのさ」
   「昔はあいつの言動がいちいちハナについたが・・今は哀れに思える」
   「金でも身体でも使って、引き止めろよ!」

ジャン「客扱いの酷い店だな」
ジニョク「・・何だあいつは? “国家代表のゲイ”か?」

ジャン「権力を使って引き止めたとしても、ソヌはきっと逃げ出すだろう」

彼女「そんな言葉で女が口説けると?」

刑事「ボス! ケーキじゃなく、お客を見なきゃ!」
  「食べるの? 糖尿病は?!」

追記1:ジニョクの愛車とし登場する“初代フィアット500(=チンクエチェント)”が魅力的☆ 雨の中を“チンク”の走る場面では「雨漏り、サビ、大丈夫かよ〜?!」と(別な部分に)不安を覚えてしまった(⌒〜⌒ι)
追記2:世界には「3大パティシエ」と言うしとたちもおるらしい(・ω・)
追記3:店内の全ケーキを買い占めると32万ウォンとなる。また、店で惜しげもなく客に出されるケーキ皿(ババリア製)は、1枚100万ウォンするとか・・(×_×)
追記4:韓国で有名なケーキ店は「ウィーン」「クッキー・モリ」「ガル」の3軒だそうだ。

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2009年7月29日 (水)

☆“鑑賞メモ”などをまとめてみたり(その1)☆

古いのや、もっと古いのや、色々と溜まって来ている(・ω・) 埋もらせとくのも何だか勿体ないので、簡単にまとめておきたい。

♦『BS熱中夜話スペシャル〜追悼マイケル・ジャクソン』

20日(月曜)の深夜、衛星第2にて約90分に渡り放送された“MJの追悼番組”を観た。知ってることや知らんかったことや、色々とためになった。

・マイケルの加入していた“ジャクソン5”は、移籍(モータウン⇒CBS)に伴い“ジャクソンズ”にグループ名を変えた。
・マイケル自身が手がけたとされる“ジャクソンズ”のヒットナンバーは「Enjoy Yourself(1976)」と「Can you feel(1980)」。
・ファンによる、ダンスパフォーマンスのランキング上位は「Smooth Criminal(1987)」「Billie Jean(1982)」「Dangerous(1991)」。
・評論家曰く、優雅なダンスは『バンド・ワゴン(1953)』でのフレッド・アステアに影響を受けたもの(?)。
・ファン曰く「“股間に手を当てるポーズ”も、彼ならではのセクシーなアピール。イヤらしくない」と(⌒〜⌒ι)
・評論家曰く「They don't care about us(1995)」はクイーンの代表曲「we'll rock you(1977)」を下敷きとしている(?)。
・評論家曰く「Another Part of me(1987)」はYMOの代表曲「Behind the mask(1979)」にインスパイアされたもの(?)。
・なお「Beat it(1982)」は「ずらかっちまぇ」と和訳されてた。

追記:1995年(この年、2枚組アルバム『History』をリリース)当時のMJも、ご尊顔的には「悪くはない」と思った。


♦『U−571(2000)』

22日(水曜)の夜、衛星第2で放送されたものを“ながら鑑賞”す。

第2次大戦中の1942年。「なかなか艦長になれぬ」連合軍のアンディ・タイラー大尉(マシュー・マコノヒー)が、極秘作戦遂行の中で(皮肉にも)敵潜水艦=U−571(Uボート)の艦長に就任し(←せざるを得なかった)、次第に追い詰められてく展開。

彼を推挙しないダルグレン艦長(ビル・パクストン)のキャラが、そのいきなりの“退場ぶり”も含め、見所の1つである。
数々の修羅場をくぐり抜けて来たであろう彼が「至って穏やかな紳士キャラ」を維持し続けてたのは興味深い。
タイラーの方こそが、初の艦長職の中でかなり“狂気”に両足を踏み入れてしまってたように見えた。
彼の言動を「表面的にのみ」辿ると「部下の生命など何とも思ってないボス」にさえ見えてしまう。。

ラストではUボートを放棄し、生き残った数人のメンバーで海上を漂う・・みたいな展開となるんだが「イカサマくじ引き」で選んだ部下に“食人祭の生贄を志願すること”すら強要しかねない、そんな不気味さも感じてしまう(⌒〜⌒ι)

〜 こんなセリフもあった 〜

チーフ「海の方が気楽です」
   「デマを信じるな! 貴様の上官に敬意を払え!」
   「素直に言うお赦しを」
   「艦長たる者、決して“分からん”などとは口走らぬことです」

青年兵「僕は今日結婚し、まだ初夜も迎えず・・」

ダルグレン「艦長に迷いはない、決断あるのみだ。瞬時の、そして的確な」

※「失敗した時に問題となるのは、死ぬことではない・・生き残り、捕虜となることだ」

追記:にしても、発射された敵魚雷が“船体を擦って行く”演出には驚かされた! 鉄板の表面を独特な“コスリ音”を立てながら(奥から手前に向かって)突き進むんだが、、あのシーンだけは大画面+サラウンドで拝見&拝聴してみたいモノである(・ω・)


♦『ザ・ダイバー(2000)』

23日(木曜)の夜、衛星第2で放送された『ザ・ダイバー』を序盤&終盤のみであるが観た。

この日は会社の帰りに『鈍獣』を鑑賞して帰り、(自室で)この『ザ・ダイバー』が始まって間もなく外出⇒夜間のジョギングに繰り出したように記憶している。

公開当時、劇場で観た本作であり、大体の内容は分かっていたが「ちょっと地味なロバート・デ・ニーロ(ビリー・サンディ教官役)」と「ちょっと地味なキューバ・グッディング・Jr(カール・ブラシア役)」の“W地味”ぶりに、少なくとも「観ててワクワクなどはしなかった」ことを思い出す(・ω・) 決して悪くはないんだが、も少し“ダイナミックな味付け”の欲しかった気のする佳作だ(←ま、実話ベースなので、過剰な演出はやりにくかろうが・・)。

〜 こんなセリフもあった 〜

上官「君は40歳前で脚にハンディもある、若いダイバーについて行けるか?」
ブラシア「問題は(私ではなく)彼らが(私に)ついて来られるかです」

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2009年7月27日 (月)

☆『フィッシュストーリー』☆

26日(日曜)の夕方、雨の中をアーケード内のミニシアター“ソレイユ”に向かったワタシ。
今日は久々に“寝だめ”もし、起きてからも雨がちだったんで、当初は「何処にも行かずゴロゴロしよう」と決めてたんだが・・来週も忙しくなること必至なので「余裕ある内に1本こなしとこう!」と決めた訳で(・ω・)

本作こそ『鈍獣』以上に、予告編で心を鷲掴みにされた作品である。
時代を超えた複数の物語が、どう最後に繋がって来るのか・・この手の構成の物語に、弱いワタシでして(=^_^=)>

2012年の東京。とある無人の商店街をカメラが映し出す。見渡す限り人っ子1人おらず、路上にはゴミが散乱・・
その中を電動車椅子でやって来た男(石丸謙二郎)。
「誰もいるまい?」と思っていた彼は、街角でただ1軒、通常通り営業しているレコード店「ココナッツディスク」に驚く。

店内に入り「何で店、開けてんの? 客なんか、来ないでしょ?」と憮然と問う男に、店長(大森南朋)は「レコード屋ですから」と平然と答える。
そんな彼らの頭上・・東京上空には、迫り来る“直径5キロメートル”の巨大彗星が・・!
地球に残されたリミットは、残すトコロ5時間。ある者は(政府指定の)防災対策地区に避難し、またある者は富士山頂に登り“やがて押し寄せる大津波”をやり過ごそうと考えたり。
店長はそんな騒ぎをよそに、曰くありげな1枚のレコード「フィッシュストーリー」を店内に流し、その歌詞に静かに耳を傾ける・・

1975年。パンクの先駆者=“セックス・ピストルズ”結成の1年前。
“逆鱗(げきりん)”と言う売れない4人組のバンドが長年のアマチュア活動を脱し、プロデビューしていた。
彼らをスカウトした“レモン・レコード”の岡崎(大森南朋)は、その前衛的で攻撃的(パンキッシュ)なパフォーマンスを“買う”んだが、世間にはフォークサウンドを歓迎する風潮が大きく広がっており、デビューから2年経った今も“逆鱗”はクスぶり続けてるのだった。

メンバー間にも諦念と自嘲の空気が流れ始める中、リーダー&ベースの繁樹(伊藤淳史)は岡崎に渡された1冊の文庫「フィッシュストーリー」にインスパイアされ、新曲「フィッシュストーリー」の制作、録音(レコーディング)を始める・・

1982年。気弱な大学生・雅史(濱田岳)は、合コン(?)の場で知り合った津田塾大学生=晴子(はるこ:高橋真唯)に“驚くべき予言”を聞かされる。結局はその夜も、悪友に「帰っちまぇ!」と一喝され、いつものようにすごすごと帰路につく彼だったが、そこに予想外のトラブルが起こり・・

2009年。修学旅行で神戸⇒東京間の船旅を楽しんでいた山葉女子校の麻美(多部未華子)は、東京で寝過ごしてしまったため、(引き続き)苫小牧への船旅を余儀なくされる。船内で泣きじゃくる麻美の前に「私は“正義の味方”になりたかったんです」と語るコックの青年(森山未來)が現れる。
彼のハナシを聞き、少し気持ちの和んだ彼女であるが、次の瞬間、フェリーはシージャックに制圧されてしまう・・

いやー、良かった! 「壮大におっ始まったは良いが、終始駆け足で散漫なテイストのまま、何となく終わって行っちゃう駄作では?」なる不安も少なからずあったんだが、丁寧に描くべきトコロは、しっかりと時間を割いて描かれており、好感を持った。
(「レコード店内」「“逆鱗”のレコーディング場面」「深夜のトンネル脇のシーン」など)

誰かが(誰が?)何らかの手段で(どうやって?)「地球を救う」と言うクライマックスに向け、細々したまどろっこしい(=^_^=)運命の“フリ”が時代をまたいで描かれる。

「正義の味方って誰?」「コックの父親って誰?」「(曲間の)無音部分の意味って何?」辺りの“フリ”が、観客によっては(物語の背後で)常に気になって仕方ないトコロだろうが(=^_^=)、それらも終盤でイッキに“パズルのピースがはまり”解決するのが気持ちいい。
特にコック青年が誕生する辺りの映像群には、何故だかウルウルさせられてしまった(⌒〜⌒ι)

もっとショートカットな“世界の救い方”もあったハズ、と突っ込みたくなる一方(=^_^=) 「いや、それぞれのキャラが(自らも)予想し得ないカタチで“世界を救う仕事”(の一端)を担っているんやな〜」と妙な感心もしてしまう。

(ある意味ナンセンスで)不思議な味わいながら、爽快な気分にもなれる、今までにない(?)群像劇の誕生に拍手を送りたい! そして、ワタシは本作をとても気に入ってしまった(・ω・)

〜 こんなトコにも注目 〜

♦「秘密戦隊ゴレンジャー」のTV映像がちらっと登場。
♦米国による“アルマゲドン作戦”と言うのが行われたようだ。
♦セリフの中では“逆鱗”のメンバーの1人が死に、1人が発狂したと言われてた(×_×)
♦「地球滅亡まであと※※年」のテロップが幾度も挿入される一方、「シージャックまであと3分33秒」「正義の味方が出来るまで」ってな“変わり種”もあった(=^_^=)
♦中島敦の短編『弟子』がセリフの中で紹介されてた。
♦劇中に登場の「レストラン栗の里」は、実在するらしい。
♦“正義の味方”となるべく、父に育てられた少年。道着で「腕を上下に動かし(塀の)ペンキ塗り」「腕で円を描きつつ窓拭き」をこなす映像は面白かった! とってもラルフ・マッチォ!(=^_^=)
♦2、3シーンほど、真上からテーブル(食卓)を映す映像演出があり、印象的だった。アレはイイ!
♦レコード店で“イヤごと”をさんざんかますおっちゃんだが、4時間ほどは店内にいたようだ。何だ、結構気に入ってんじゃん(=^_^=)
♦“弾丸3発避け”だけは、製作費があったら「マシンガン撮影」で描いて欲しかったかも〜(=^_^=)
♦麻美さんの“あの習性”ってば『マイ・プライベート・アイダホ(1991)』なアレなんだろうか?
♦“逆鱗”を「ぎゃくりん」と読むしとは、きっと“鈍獣”も「どん、けもの」と読むんだろう(=^_^=)
♦「アルン」と言うのはタイ語では「曉」「曙」の意味だそうだ。
♦ジョン・G・ファーニホウ、富樫哲郎をネットで検索したしと〜。は〜い(⌒〜⌒ι)
♦『ビッグ・フィッシュ(2003)』ちぅ作品も、そう言えばありましたなぁ、、

〜 こんなセリフもありました 〜

男「終わりですよね。何処にも希望なんかないよね」
 「知っていたからね。こう言う日が来ることを、10年も前から」
 「もし明日、世界が終わるとしても・・私は林檎の樹を植えるだろう」

“僕の孤独が 魚だったら その巨大さ、獰猛さに 鯨さえ逃げ出すだろう”(歌詞より)
“音の積み木だけが 世界を救う”(歌詞より)

晴子「今日、私と会う男は・・いつか“世界を救う”男」
  「あなたは今日“運命の女性”に出会う」
  「あなた、1度でも何かに立ち向かったことがある?」

客「もし今日、世界が終わるとしても・・僕は自分の好きなレコードを聴き続けたい」

コック「“正義の味方”にとって大事なのは、職業や肩書でなく“準備”だ、と父に教わりました」
   「“禅”の修行が目指すのは、澱みも暴れもしない“川の流れのような精神”です」
   「悪は本当に報いを受けているのか? 今日まで悪が栄え、正義が虐げられて来たとすれば、
    それはバカバカしいし、悔しいですよね」
   「“正義の味方”になる時なんて、そうそう訪れはしない」
   「礼なら父に」

シージャック犯「抵抗しなくても、撃つかも知れないけど」

岡崎「お前たちの(進む)道は間違っていない。しかし、理解されるには時間がかかる」
  「あってもいいんじゃないかな、そのぐらいのことが」

亮二「俺たちの曲は理解されねぇ。そして何より厄介なのは・・俺たちは“自分の音楽が正しい”と信じてる」
  「俺は、魂でギター鳴らしてんだよ」
  「バラード調? しみじみしてどうすんだよ」
  「この曲だけは、お前に触らせねぇ」

五郎「俺たちの曲、誰かの心に届くのかよ?」

繁樹「盗作じゃねぇよ、引用だ」
  「うるせぇぞ、坊ちゃんプロデューサー」
  「またアマチュアに戻るかぁ」

谷「曲間に意図的な無音部分? ・・ビートルズがやるならともかく」

追記1:私的に“5人”は「岡崎」「繁樹」「雅史」「コック」「麻美」だと解釈した(・ω・)
追記2:多部ちゃんが、石川遼くんと姉弟っぽく見えてしまうのはワタシだけやろか、、
追記3:“和製イライジャ・ウッド”にも見えて来る(=^_^=)濱田岳くん。妙に気になる俳優さんだ(ちとジャッキーも入ってるかも、、)。

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2009年7月25日 (土)

☆『鈍獣』☆

23日(木曜)の夜。仕事帰りに商店街の中にあるミニシアター“ソレイユ”で新作(?)邦画『鈍獣(どんじう)』を観て来た。
コレ、予告編を観て以来「かなり観たくなってしまってた」1作である☆

もう1本、これまたかなり興味の高まって来てる邦画があるが・・(・ω・)

福島県常盤郡ときわ町。相撲で有名な(?)この町に生まれ育ち、今や80万部を売り上げる雑誌“週刊大亜”に小説『鈍獣』を好評連載する作家=凸川隆二(でこがわりゅうじ:浅野忠信)。処女長編にして“明田川(あけたがわ)賞ノミネート”の快挙を成し遂げた彼が、突然に消息を絶ってしまう。

編集長(本田博太郎)の至上命令により、彼を探しにやって来た編集者=静(しずか:真木よう子)は、凸川失踪の手がかりが町一番(?)のホストクラブ“スーパーヘビー”にあることを掴む。そこを溜まり場としているのが“スーパーヘビー”唯一のホスト=江田弥太郎(江田っち:北村一輝)、ヘタレ巡査=岡本(ユースケ・サンタマリア)、江田の愛人=順子ママ(南野陽子)、小悪魔的ホステス=ノラ(佐津川愛美)の怪し気な面々。

彼らに聞取りを続ける内、静は凸川が江田&岡本と同級生であり、つい最近にも彼らが会っていた(らしき)事実を掴む。
果たして凸川は何処に消えたのか? そして同級生である彼ら3人のみ(?)が知る“25年前の封印されし事件”とは・・?

元々が2004年の伝説の舞台『鈍獣』を演出家=宮藤官九郎自身が(脚本を)練り直した、と言う本作。意外にロケーションは少なく、登場人物も絞り込まれ、コンパクトなトコロは「舞台劇の面影が残ってるな」と思わせる。

作家・凸川の抱える“とある秘密”の正体を推理してみる、なる楽しみ方もあるにはあるんだろうけど・・私的には「この作品は会話劇を楽しむモノ」と捉えた次第。
正直、物語としては薄いし、ラストなんかも失速気味のまま、投げっぱなしとなってた感がある。

が、それを差し引いても“絶妙な間”の光る、対話の数々が面白過ぎるのだ!
ハナシの軸は「凸川の正体って?」「凸川の秘密って?」「で、凸川は何処に?」って辺りになるんだが、中盤にもなると「そんなのはもうどうでもイイから、トボけた会話劇を脱線気味のままいつまでも見せておくれよ〜」と願ってしまったりする(=^_^=)

北村ファン・ユースケファン・南野(ナンノ)ファンは、彼らのヴィジュアルや言動に(少なからず)ショックを受けるかも知れないが、、彼ら自身がきっと楽しみまくって演じたであろうことが想像に難くないので、そこにトコトン付き合い、共に楽しむべき1作だろう、と思う訳だ。

〜 連想した作品 〜

『マウス・オヴ・マッドネス(1994)』『嫌われ松子の一生(2006)』『アンブレイカブル(2000)』『007/黄金銃を持つ男(1974)』 ・・江戸川乱歩の小説『陰獣』(・ω・)

〜 こんなことも 〜

♦本来なら回想シーンで“子役”を沢山起用しなければならないトコを・・巧く処理している。『キル・ビルvol.1(2003)』以来、こう言う映像演出の増えてる気がするが、結構印象は良い。
♦たまに本編に絡んで来る“無言の巨人”な芝田山親方(元・第62代横綱「大乃国」)が印象的。終始無言だけど、、
♦その一方で“ウルフ”なるニックネームが出て来たりもし、それ自体がちょっとした横綱ネタになってる(・ω・) ←“ウルフ”は第58代横綱「千代の富士」の現役時代のあだ名である(現・九重親方)。
♦終始、何か言いた気な明(ジェロ)の表情が何とも言えない(=^_^=)
♦あんなタクシー(横綱タクシー)を使ってる町って、ホンマに国内にあるんやろか?
♦“さん付け”の刺青・・確かに変だが、分かる気もする(=^_^=)
♦「ホテル国技館」って・・(=^_^=)
♦エレベータが4階に上がって来るたび固唾を飲むぐらいなら、、監視カメラを仕掛けときゃエエのに(・ω・)
♦「中華丼パンケーキ」、、実際のトコ、どうなんだろ?
♦劇中に登場するローカルな列車(2両編成)は、どうやら真岡鐵道(栃木県)らしい☆
♦「女優が鼻血を出すシチュエーション」の好きな方には、本作は堪えられんでしょう(=^_^=)
♦ズボンの膝にマヨネーズ! 確かにアレはショックだ!(=^_^=)

〜 こんなセリフもありました 〜

凸川「地元でずっと、クスぶってるんだね・・分かるよ」
  「今日は“濃いめ”でお願いします」 ←もはや“粉っぽく”なってません?(⌒〜⌒ι)

岡本「知ってます・・ ・・知りません!」
  「あったから触ったんだよ!」
  「『鈍獣』・・どん・・けもの?」
  「知りません! ・・知ってました」
  「相撲とるのに、理由が要ります?」
  「パンダの箱?」 ←ソレを言うなら“パンドラの函”です(=^_^=)
  「そうですねー 言った筈ですねー」
  「放火は検挙率が高いんだよ」
  「穴の深さは5メートル。あれで脱出したら、モグラかプリンセス天功だよ」
  「水が弱点だったのか!」 ←このセリフはイイですね〜(=^_^=)
  「鈍(にっぶ)いなぁ〜! 痛いんなら、もっと痛そうにしなきゃ」

江田「まぁまぁ、そんなにおっぱい突き出さないで」
  「“東京に負けた”んだよ、俺」
  「好評につき2ページ増えてんじゃねぇかよ、連載!」
  「“殺す”んじゃねぇ! “ポロす”んだ。ポロシャツ着て、ポロす」
  「毒殺が一番、合理的なんだよ」
  「何かもう、5〜6人殺した気分だよ」

順子「“週に2、3日”は少ねぇよ!」
  「・・女同士で話そうか?」
  「江田しか・・男、知らないんです」
  「江田の真剣な眼差しが・・私1人に注がれてる・・」

ノラ「怒るとブスになるよ」
  「って言うか、謝れば?!」

岡本「昨日、俺の母ちゃんが見かけたって!」
江田「・・どっちの?」
岡本「どっちの、、って」

ノラ「ぷぷっ。“ど〜ん!”って」
静「(さっきの)それは忘れて下さい」

順子「(注文は)ビール?」
凸川「・・ ・・あ? ビールのこと?」

岡本「タバコ、吸うんだ?」
凸川「・・ ・・いや、吸わない」 ←吸ってるじゃん(=^_^=)

凸川「ブスだなぁー!」
順子「はぁ?!」

凸川「江田君・・だよね?」
江田「だと思うけど・・自信なくなって来ちゃった」

岡本「凸やん、今何やってんの?」
凸川「今? 枝豆食べてる」
岡本「いや・・“まさに今”じゃなくて」

※“もう小説は書かないでちょんまげ!ピース” ←岡本が凸川に送信した携帯メール(=^_^=)
 “人間とは、鈍い生き物である”
 「“腐っても友達”だよ」

岡本「これ、実印だよ?」
順子「あんた、何に使ったの!?」
凸川「・・内緒」

追記:『劔岳/点の記』と立て続けに観ると、消化不良を起こすような気がする(⌒〜⌒ι)

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2009年7月23日 (木)

☆『劔岳/点の記』☆

20日(月曜)。
昨日の(マラソンの)ダメージが相当に大きく、ボテ〜ッと(倒れ込むように)12時間近く寝てしまったこの日。

一方で「このままじゃ、連休が“ただ走っただけ”で終わってしまうではないか!」との想いがムクムクと育ち始めたため、午後からクルマを走らせ、隣町(?)にある“ワーナー・マイカル・シネマズ綾川”に出かけ、以前から気になってた1作『劔岳/点の記』を観て来た。

ここの劇場は2度目であり、第1印象は「とにかく妙に遠い!」って感じ。クルマを使ってすら40〜50分もかかるもんで、実家(大阪府枚方市)にいた頃で言うと「奈良に行ける距離じゃん!」って突っ込みたくもなる。

「雨降り+駐車場渋滞+(シアターの)ロビー混雑」と言う“死の3重奏(←ちょっと違う)”を経て、ようやく劇場内に。流れているのが予告編とは言え、場内が暗くなってんのに「背を屈めもせず通路を横切ったり」と“アタマ悪そな観客”もいなくはなかったが、まぁ賑わいがあってよろしかろう。

越中劔岳(つるぎだけ)。その頂(いただき)に“真夏ですら溶けぬ雪”を永年たたえ、かの弘法大師(=空海)が“草鞋(わらじ)3000足を費やしてなお登れなかった”と伝えられる神峰。
ここはまた、明治39年と言う近代となってすら“前人未踏の死の山”と畏れ讃えられて来た霊峰でもあった。

そして、その山頂を目指そうとする2つのパーティ(一団)があった。

1つは陸軍・陸地測量部(←国土地理院の前身!)のベテラン測量士=柴崎芳太郎(浅野忠信)率いる測量班。
1つは(明治38年結成の)日本山岳会・初代会長=小島(仲村トオル)率いる“舶来の最新装備”にモノを言わせた登山家集団。

当初は自身の中で「測量に優先し、劔岳を制覇したい」と言う想いと「周辺の山々から着実に測量を進めたい」と言う気持ちがせめぎあっていた柴崎であるが・・軍部上官(笹野高史、國村隼)からの、山岳会からの、部下である測量士=生田信(いくたのぶ:松田龍平)からの、富山日報の若手記者(新井浩文)からの、プレッシャーなどを経て、自らの進む道を決めるのであった・・!

ラストで、劔岳の登頂に向かう流れとなろうことは誰でも分かる(=^_^=)んだが、そこに至るまでの試行錯誤やら、人々との交流やらが、真面目過ぎるほど丁寧に綴られていた。
ここが“ダレ場”と化す危険性はあるんだが・・役所広司(先輩測量士・古田役)、石橋蓮司(立山温泉・旅館主役)、井川比佐志(芦峅寺(あしくらじ)村・村長役)、夏八木勲(山岳行者役)・・と言ったモノ凄い俳優陣が次々にひょっこり登場するので、飽きることはなかった☆

他にも香川照之(案内人・宇治長次郎役)、宮崎あおい(柴崎の妻・葉津よ役)、小澤征悦(柴崎の上官役)、そして・・我らが(=^_^=)田中要次(測量士役)、とホンマにモノ凄い集結ぶりにびっくり!

まぁ、観てると「(片手間的参加の)スタジオ撮り俳優」「フルロケ参戦してる俳優」の違いがハッキリと分かるんだが。。

ストーリー回しは意外にまどろっこしい気もしたが(しかしそれは新田次郎による原作小説を忠実に描いたからこそだろう)、それを補って余りある映像群の素晴らしさ(と言うか凄まじさ)は一見の価値がある! 特に隊列全体を遠距離から捉えたショットの数々は大判ポスターにして自室に飾りたいほど! 近距離から隊員らを捉えたカットでも、全員の立ち位置や表情なんかが『七人の侍(1954)』のスチール写真を連想させる“見事なアングル”で描かれており、すっかり唸らされた。

落石、雪崩、滑落、転落、吹雪・・と想定される限りのトラブルがてんこ盛りで襲って来るが(いや、流石に噴火はなかったな、、)長回しでしっかり撮影されてる演出のあった半面、ちょっと「映像を繋いだだけ」ってな茶を濁す描き方で済まされてたのがあったのは、私的に「ちょっぴり」残念だった。

キャラ的には、松田龍平の頑張りに感心させられ、そして香川照之の表情に(情けなくも)ウルウルさせられてしまった。
香川演じる案内人がとある人物を殴り付け、叱責するシーンがあるんだが、ここで香川がめちゃくちゃに怒りながらも「その眼には涙が光っていた」のである。この辺りの(例えば、弁慶が“安宅の関”で主君=義経を殴った時のような)「本心はちゃうんでっせ」的な描き方にすっかり弱いワタシ(⌒〜⌒ι) 後半の、香川がとある人物からの手紙を受け取って読むシーンでもまたウルウルさせられました。。

後半から終盤にかけての展開の幾つかを観てて連想したのが『ザ・クライマー/彼方へ(1991)』と言うマイナーな山岳映画(?)だった。
「生意気な若造がぶら〜んと(宙吊りに)なったり」「登頂成功の直後“衝撃の新事実”が明らかとなったり」ってな辺りが(たまたまながら)似てると思ったんだけどどうでしょう?

〜 こんなことも感じたり 〜

♦測量部の将校らに「遊び半分の連中」呼ばわりされていた山岳会(⌒〜⌒ι) 案内人もロクに付けず、高峰をどんどん少人数&軽装で登って行くその姿勢は、とても遊び半分じゃないと思うが、、
♦「こけ汁」と言うから「苔」が入ってるのかと思いきや「きのこ汁」のことでした。
♦同様に「のっこし(乗越)」は「峠」のことだそうだ。「もっこし」じゃないんやね(違うって)
♦山岳会の携えてた「伊豫宇和島牛」の牛肉缶詰が妙に美味しそうに見えた。
♦「金沢大学医学部十全山岳会」「雪国ロケお助け隊」「藤原正彦」「佐伯さん一族(?)」などの表記がエンドクレジットで目立っていた☆
♦富山日報の見出し群が、妙に“下世話っぽく”映ってしまったのはワタシだけだろうか?

〜 こんなセリフもありました 〜

柴崎「何故、私(が柴崎)だと分かったんですか?」
宇治「勘だちゃ」

柴崎「これは・・“立山曼荼羅”そのものだな」
  “自然の美しさは、自然の厳しさの中にしか存在しないことに気付かされた”
  “地図とは、国家のためでなく、そこに住む人々のためにこそ必要なものではないか”

宇治「誰も行かんかったら、道は出来んちゃ」
  「こいつはこいつで、生きていかなあかんちゃ」
  「この山が好きだちゃ」

行者「雪を背負って登り、雪を背負って降りよ」
  「真に開山すれば、山は神となり仏となる」

古田「頂になるべく早く、なるべく近く。その場において山が隙を見せるのを待ち、そこを攻めるのです」

葉津よ「“いざと言う時”って、何でしょう?」
   「何だか・・戦争に行くみたいですね」

小島「勝算? あるからここに来てるんですよ」

※「“挑戦する心”に勝るものはない」
 「何をしたかではなく、何のためにしたかが大事なのだ」
 「人が自然を相手にする時は、自然に対する勘が必要なんだよ」
 「測量はな、技術じゃない。忍耐だ」
 「この山は・・今までの経験と全く違う」

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2009年7月21日 (火)

☆四国の高原を走る!☆

19日(日曜)。
高知県は梼原(ゆすはら)町・姫鶴高原で開催された“第23回・四国カルスト高原マラソン大会”に参加して来た。

そもそもの(走り始めた)きっかけが何だったんだか・・もはや記憶が曖昧にもなって来てるが、、とにかく、今春以降の新しい取り組みとし「ジョギング」がワタシ自身の人生に(←大げさ!)影響を及ぼしている事実は否定出来まい。

週1回(木曜の夜)に6キロの距離を走るのも習慣づいて来たし(と言いつつ、次第にペースダウンしてるが)・・で、いよいよ今までの走り込みの“集大成”とし、この大会に参加表明した次第である☆

前日は松山市内に1泊。翌朝も早朝から(5時半出発)で約2時間半ほどかけて現地入りした。
体調は万全と言えた。天候も悪くはなかった。

が・・

スタート直後、中盤の集団にまじり、結構なハイペースで走ってたトコロ・・2キロ辺りで左足裏がズキズキと痛み始めて来た(×_×) どうやら調子に乗ってダッシュし過ぎたようだ。

これが4キロ地点になると、耐え切れない痛みとなり、歩いたり走ったりと言う情けない状態に突入。。

更に6キロ〜7.5キロでは、スゴい上り坂が延々と続く印象で、殆ど歩いてた感が(×_×)

まぁ、休み休みしつつ走り、そうしてる内に折り返し点を越え「残るは今まで苦労させられた上り坂・・つまり“今や下り坂”のみ!」と気付いたワタシは徐々にペースを取り戻し始めた。

結果として、1時間10分台での完走がかなった☆ 1時間20分を越えると失格らしいので、危なかったと言えばそうかも知んないか・・(⌒〜⌒ι)

因みに同じ部門(年齢と距離により分かれる)でのトップの方は35分だかのタイムで完走してはった(・ω・)

ワタシも呼吸や心臓は全く苦しくなく、問題は左足の痛みだけだったので、きっと「ちゃんと鍛えてれば」1時間を切るタイムも可能ではなかったかと思う。

これを書いてる翌日の時点でも、まだ両足が痛く・・妙な歩き姿になってしまってるかも知れないが、、まぁ、何はともあれ「棄権」「失格」とならなかったことを素直に喜びたいと思っている。

【反省点】 ※覚え書き

・半袖は鬱陶しいので、ランニングが良い
・日焼け止めが必要!
・序盤は調子に乗ってダッシュしない
・選手証はプリントアウトし、持参する(メール画面では不可)

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2009年7月16日 (木)

☆『ノウイング』☆

14日(火曜)。
昨夜は(深夜から)気分転換に“自宅周辺ウォーキング&ジョギング”を開始したは良いが・・目指す折り返し点(?)が妙に遠く、閉口させられた。。熱帯夜だったのもあり、実を言えば(しんどくて)7割がた歩いてしまった気がするし、帰宅までに1時間40分ほどを要してしまったようにも記憶している(×_×)

さて、本日は・・昨夜に観逃してしまった本命(?)の新作『ノウイング』を(仕事後で)観て来た☆ 上映開始が18:10ってことで、常識で考えたらどう頑張ってもシアター(=ワーナー・マイカル・シネマズ高松)到着時点で(開始から)5分以上は遅れてしまう計算だが、、「(開始後)10分ほどなら、恐らくは予告編を流しとるやろ?!」と予想し突入してみたら、、果たして18:20過ぎからの本編開始なのであった☆ ツイてるねぇ♪

1959年、レキシントンにある「ウィリアム・ドーズ小学校」では、女性教師=プリシラ・テイラーが学童らに「未来の絵を描き、封筒に入れ“タイムカプセル”に納めましょう! 50年後、あなた方の後輩が“カプセル”を開封するのです。輝かしき未来がありますよう!」と言う課題を与えてた。
学童らはめいめいに自身の好む絵を描いてたが・・ただ1人“何かに取り憑かれたかのように”細かい数字をびっしりと手紙に書き綴る女児がいた。

テイラー先生にムリヤリ回収されるまで、謎の数字を書き続けたその子の名は・・ルシンダ・エンブリー。
手紙が手を離れる、最後の瞬間まで「“囁く声”を止めて・・お願い・・!」とルシンダは訴えていたのだ。

時は流れ現在=2009年。
マサチューセッツ工科大で宇宙物理学を教えるジョン・ケストナー教授(ニコラス・ケイジ)は、愛する妻を“とある事故”で失って以来「誰にも先のことなど分からない。人生や運命なんて、結局は“偶然の積み重ね”に過ぎない」と言う“ランダム理論”に傾倒する、枯れかけた中年学者に過ぎなかった。

そんな中、1人息子=ケイレブに「(明日の)学校の創立50周年記念に、校庭に埋めた“タイムカプセル”を開封するんだ。見に来てよ」と言われ小学校へ行くことに。

翌朝。タイムカプセルは開封され、中に詰め込まれた手紙が無作為に学童らに配られる。
しかし、ケイレブの受け取った封筒から出て来たのは“未来の絵”などではなく、謎の数字のびっしりと書き込まれた手紙だった・・そして、封筒には“ルシンダ・エンブリー”の署名が・・

とある偶然(結局は必然?!)から、数字の中に「911012996」なる配列を見つけたジョンは、それが「9月11日、2001年、2996名」と言う“あの日付+犠牲者数”を予言した数と言うことに気付く! 他にも(配列に)埋め込まれた日付や死者数を次々に見い出し、それらがことごとく事実(=歴史)と一致することを確認するジョン。

地元(レキシントン)で、そしてマンハッタン(NY)で、立て続けに“痛ましい大惨事”の渦中に放り込まれてしまった彼は、手紙の最後に「2009年、10月19日、EE」なる配列を認める。
「EE」が“総ての人類”を表していることを見抜いた彼は、世界を救うための行動を開始するが・・

一方、彼ら父子の周囲に姿を現し始める“謎の集団”・・果たして彼らはこの“予言の手紙”とどう関わっているのだろうか?

予想してた展開を「大きく裏切られる」って意味で、かつてない“ディザスター(災害)ムービー”とも評せる本作。
何となく、これまでに現れては消えて行った数々のパニック大作(?)の“予定調和ぶり”を、アタマ1つ上回るレベルで、強引に描き切った感もある(・ω・)
まず連想したのは『エンド・オヴ・デイズ(1999)』辺りだろうか? あの作品でのシュワちゃん(=シュワルツェネッガー)同様、本作のニコラス・ケイジってば、どうにも繰り出す言動に“(これまでの主演作との)勝手の違い”を感じてしまう。「限界あるヒーロー」「犠牲的精神を秘めたヒーロー」みたいな。

あんましこれ以上、具体的に書くと“ネタバレ”となっちゃうので、連想する作品を「ただ列挙する」に止めるが(⌒〜⌒ι) あちこちから「これって、アレみたいやぞ?」とツッコミが飛び込みがちな一方、イイ意味で「何とも言えぬ味わいのエンディング」には、妙に圧倒されてしまったワタシ(×_×)
まぁ、(終盤の)映像群は素晴らしかったので、あのオチについては余り突っ込まないようにしようっと(=^_^=)

『マーキュリー・ライジング(1998)』『ファイナル・デスティネーション(2000)』『ダイ・ハード2(1990)』『ダイ・ハード3(1995)』『シティ・オヴ・エンジェル(1998)』『プロフェシー(2002)』『A.I.(2001)』『コンタクト(1997)』『ディープ・インパクト(1998)』・・

〜 こんなことも感じたり、感じなかったり 〜

♦監督がM・ナイト・シャマランなら、どんな演出をしたことだろう?
♦“謎の集団”の絡み方は、私的にはちと「冷めて」しまったか。
♦本作のヒロイン=ダイアナ・ウェイランド(ローズ・バーン)。しかしヒロインとしての結末は“あれ”で良かったんやろか?
♦妹=グレースのキャラが、何とも薄かった気がする。人物的には「更に分厚く出来た」ハズでもあり、惜しい気が。ま、『ミラーズ(2008)』の妹役も同様に、どっか薄かったが、、(ってか幸が薄過ぎたネ、、)
♦ラストの2人・・彼らが“理想の2人”か? と言われると、そうでもなかったように(・ω・)
♦終盤に映し出されるニューヨークの街の雰囲気がなかなかに良い! ホンマの“黄昏”って、きっとこんな色彩を言うのだろうな。
♦大事故の一部始終が結構露骨に描写されたり(×_×) アレは総合的に判断し“R指定”を付けとくべきでは? と感じたが、、
♦ダイナミックな(?)旅客機の墜落事故。意外と機体が四散してる割に、元気な乗客が多かった! しかし直後、次々と爆発が起こり、、(×_×)
♦監督か主演男優か、どちらかの“集大成”ってな印象もあった(⌒〜⌒ι)
♦マツダ・アクセラ、トヨタ・プリウスなどが目立ってた☆
♦100マイクロステラ、、って(単位を)言われても、良く分かんない(×_×)
♦携帯が繋がんなくなって来たら・・きっと“ホンマにヤバい状況”なのだろう、、
♦ワタシがジョンだったら、やけくそで拳銃を“連中”に向かって乱射したかもな〜(=^_^=)

〜 こんなセリフもありました 〜

ジョン「Hey,you and me together forever(いいか、私とお前は一緒だぞ、この先もずっと)」
   「太陽と地球の“この絶妙な距離”はどうだ?」
   「我々の存在には、理由も目的もない。そう私は思っている」
   「I think about it!(考えとくよ)」
   「何度も検証したが、この紙に間違いはない」
   「これは、私に対する警告なのだ」
   「場所は・・“1ヶ所”じゃない」
   「どうしたら我々は救われる?」
   「“数字の導く所”に行くしかない」
   「I want my son now!(息子を返してくれ)」
   「お前にも、いつか分かる」

ジョン「考えとくよ」
ケイレブ「つまり、ダメってことなんだね?」

ジョン「私が言ってるんじゃない、この数字が言ってるんだ!」
フィル「数秘術のたぐいに過ぎないさ」

フィル「科学者としての君のアタマは“仕方がなかった”と認めてるんだろ?」

ダイアナ「10月なのに、暑いわね」
    「“自分がいつ死ぬか”なんて無意味なことよ。みんないずれは死ぬんだから」 ←き※まろ的思考(=^_^=)

父「これが私の最期なら、きっとそれは“神の思し召し”なのだろう」

父「これは“終わり”ではない、息子よ」
ジョン「そうだね」

追記1:“高等生命体の住む星”は400万ほど存在する“可能性がある”そうだ。(範囲は)太陽系だっけ?
追記2:劇中で“最も充実した人生を送られた”のは、テイラー先生だったかも(=^_^=) 思い残すことも少なかろうし、、
追記3:“あんな地球の滅び方”もあるんやね、、と。太陽にすれば「大きなくさめをした」程度かも知れんが。。
追記4:さっさと避難しちゃった(=^_^=)合衆国大統領の運命もまた、気になる、、
追記5:(アメリカ以外の)他国の描写は余りなかったですネ(・ω・)

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2009年7月14日 (火)

☆『モンスターvsエイリアン/MVA』☆

13日(月曜)。

昨夜(日曜)は何がどう巧く作用したのか分からないが、実家(枚方)⇒自宅(高松)間で2時間20分、ちぅ記録めいたタイムでの帰松が叶った。
確かにPA/SA休憩なしで突っ走ったのもあるが、そないに“死にもの狂い”でアクセルを踏み続けた訳でもなく、、もし“その域”まで運転に集中したら(←五木寛之さんの小説『フランチェスカの鐘』じゃないが、、)2時間を切ることも不可能ではないのかも知れない??
ま、失敗したらヒドい目に遭うだけだろうけど、、(×_×)

(高松に)帰宅後は、ダラダラとTVを眺めていた。。
ボケ〜っとただ画面を眺めるってのも、かなり久しぶりのことである。

・大河ドラマ「天地人」・・中盤以降か? (実は)初めて観た(⌒〜⌒ι) 笹野高史、松田龍平の出演を知らず、少し驚いた。ときに、独眼竜政宗(松田)の居室(?)に舶来系と思しき地球儀が置かれてたが、彼は“世界”を狙ってたんやろか??
・アニメ「ゴルゴ13」・・原作(コミック)でも好きなエピソードの1ツである『落日の死影』だった! ある意味、(代表的な好敵手たる)スパルタカス以上に“強敵”とも言えた「謎の殺し屋」が“AX-3”と勝手に命名(?)されてて「ちょっと違う!」と感じた。尚、ゴルゴたち2人の狙撃手に同時に“X字状態”で頭部を撃ち抜かれる科学者のカットが涙を誘う、、
・映画『ハリー・ポッターとアズカバンの囚人(2004)』・・(上の2つを観てから)終盤のみ鑑賞(・ω・) ハリーもロンも妙に老けて(?)しまい、どうにも馴染めない。デヴィッド・シューリス&ゲイリー・オールドマンと言う素晴らしき2大俳優を迎えながら、彼らの持ち味を十分に発揮したか? と言えば「そうでもなかったんじゃ?」と思うのはワタシだけだろうか?

さて、本日(月曜)は・・仕事を終えてから北にある“ワーナー・マイカル・シネマズ高松”へと繰り出した☆
狙ってた(本来の)1作は「やや」上映時間が間に合わずあきらめ、次に考えてた『モンスターvsエイリアン/MVA』を観ることに。
「CGアニメ作+日本語吹替え版」ってことで、通常は“選ばぬ類の作品”であるが・・リンク先のブロガーさん(itukaさん)の記事を読み、妙に行きたくなってしまったもんで(=^_^=)

カリフォルニア州モデストに住むヒロイン=スーザン・マーフィーは、新郎である中堅キャスター=デレク・ディートルとの挙式を前にし、大気圏外から落ちて来た巨大隕石の直撃を受ける。奇跡的に(?)ドレスや顔がススだらけとなったのみで済んだスーザンであったが・・式の最中、いきなり上半身が緑色に発光⇒直後、全身が巨大化を始める!
瞬く間に教会のとんがり屋根を突き破ってしまったスーザンは、駆け付けた軍隊(?)に麻酔針を打ち込まれ、意識を失ってしまう・・

目を覚ました時、彼女は巨大な地下(?)施設に自身が収容されていることを知る。その場所こそ、合衆国が1950年代以降、世界各地で捕獲(?)されたモンスターを人知れず隠し続けた極秘の存在なのだった!

一方、地球に墜落した“エネルギーを秘めた隕石”=クアントニウムを回収すべく、宇宙帝王(?)ギャラクサーの大型宇宙船が巨大な探査ロボットを地球上へ送り込む。
合衆国の誇る軍隊を持ってしても、あらゆる銃火器はロボットの“リフレクター・シールド(=バリア)”に阻まれてしまう!

即座に(!)核攻撃を決断する大統領の前に、モンスター施設の運営を任されているW.R.モンガー将軍が現れ「通常兵器が効かない以上、ここはモンスターたちにロボットの相手をさせては?」と提案するのだった。

かくて、モンスター軍団(スーザンを含む5人組)対エイリアンの激闘が、サンフランシスコを舞台に開始された・・!

単純明快ではある☆ 深そうでいて、実は余り深くもないんだが・・この手の物語だと、こう言う軽薄っぽいのが良いんだろう。

・主人公が“異端者”となる
・“異端者”となることで、気付くことがある
・エイリアンの尖兵は“巨大ロボット”である
・エイリアン(の親玉)はタコ/イカのような造型である

などの“フリ”を経て、主人公たちは「モンスターチーム」を結成するんだが・・自他ともに“怪物”と認識しながら、全員が全員“気のイイ奴ら”なのがウソっぽい(=^_^=)
50年間も押し込められてたら、もう少し「凶暴で本能的な自我」が芽生えても良さそうな気がする。

また、スーザンを取り巻く運命(展開)がとにかく目まぐるしく「ナーバスになっとるヒマもないのかい!」って感もあった。確かに「ナーバスになる」=“ダレ場”ともなり得るんだが、も少しばかり彼女の心情に踏み込んで貰っても良かったかな、と。

終盤ではスーザンの鬱憤のはけ口がギャラクサーに向いちゃってたようにも思え、そう言う意味では気の毒な気もしたり(=^_^=)

にしても・・主人公が女性キャラってことで、巨大化したなりの(おっさん観客向けの)サービスシーンも欲しかったかなぁ(=^_^=) 他の4体のモンスターに「突出した魅力」がなかったもんで、せめてスーザン自身には「表情以外」の魅力をもっともっと見せて貰いたかったモノである・・

〜 こんなセリフもありました 〜

スーザン「式の前に“花嫁のドレスを見る”のは不吉なのよ」
    「私のために必死になってよ・・!」

デレク「君・・光ってるよ・・!」
   「視聴者の皆様に“心温まるゴシップ”を」

母「式を控えた花嫁はね、隕石がぶつかったような、そんな気分になるものなのよ」

ボブ「脳みそなんかなくたって、ほら、生きてけるんだよ」 ←気楽でエエのぅ、、
  「あっごめん。今、奇麗な鳥がいたから・・」 ←戦闘中なのにのぅ、、
  「それじゃ、また明日ね!」 ←この底抜けな天然具合がイイ(=^_^=)

大統領「隊長、暴力に訴えろ!」
   「誰かをクビにしとけ」
   「警戒レベルを“コードブラウン”に上げろ。私は下着を替えて来る」

モンガー将軍「泣きたいが、涙腺は先の戦争で無くしてな」

キャスター「UFOのやって来る国と言えば、いつもこのアメリカなのです」

ゴキ博士「“インチキ博士”ではない。“マッドサイエンティスト”だ」
    「触覚に風を感じるぞ」

リンク「“透明人間”は、実はここから出ていないんだ。今もあの椅子に・・」
   「“どデカいガラクタ”を“どデカいぺしゃんこのガラクタ”にしてやるぜ」

ギャラクサー「“罪のない人”なら、滅ぼされた我が星にもいた・・ま、滅ぼしたのはこの俺様だけど」
      「何すんだ! 死んだらどうする!」

〜 こんなことも 〜

♦ドリームワークスのロゴ。“月に腰掛け、釣り糸を垂らす少年”は・・「風船に乗って上がって来た」のだった!
♦早々に円盤に拉致された“彼”は何処へ・・?
♦巨大化しても、花嫁衣装は破れず・・そこはリアルじゃないのね(こらこら)
♦地球は「セクター72-4」とか「泥の塊」とか(=^_^=)呼ばれてるらしい。
♦合衆国大統領は“ヤマハDX-7(←往年の名シンセサイザー)”で“アクセル・フォーリー刑事のテーマ”を弾くのが巧い!
♦ミサイルの胴に「ET Go Home」と書かれてたのが面白い。
♦壁面に2つ並んだ巨大な赤ボタン。「左」と「右」では大きな違いが、、
♦ゴキ(=コックローチ)博士の「博士号」は※※※に関するモノらしい、、ってことは“なんちゃって博士”?
♦スーザンのスーツに「00005」と番号が。他の番号もあったの??
♦エンドロールが始まってからも、少し「展開」が。。
♦モンガー将軍ってば、終盤で「90歳」って言ってたけど・・(☉д☉)
♦ミッシング・リンクのキャラ造型(特に風貌)は『モンスターズ・インク(2001)』でも見かけたような・・? あと、ムシザウルスのトボケた表情も、どっか(日本のアニメ?)で確かに見かけた気がするぞ・・?
♦巨大化を「ジャイノミック」と言うらしい(・ω・)
♦サンフランシスコの街は、身の丈15メートルでも「サイズ不足」じゃないんだろうか? もっと高層ビルが林立してる印象もあるんだけど・・?

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2009年7月12日 (日)

☆何気ない土曜日☆

11日(土曜)

飲み過ぎた感のあった昨夜を経て、8時間以上をぐっすり寝だめた今朝。
家(←実家)でのんびり過ごす・・のも何だか勿体ない気がし、大阪方面へと(バス&電車コースで)繰り出した。

(1)

久々に向かったのはK阪・守口市駅前にある「K阪百貨店」・・
ここ数ヵ月、すっかり具合の悪い家人の“新しき楽しみとなれば”と考え、本日発売となった任天堂DSソフト『ドラゴンクエストIX/星空の守り人』を店頭チェックしに玩具店へと行ってみた・・

・・ら、在庫が結構あるらしく、ちょっと高揚した気分となり(=^_^=)思わず購入してしまった。

ここ数年、電源を入れてすらいない(自身の)DS本体であるが・・あのバードスタジオ系(?)なイラストや、コンパクトなパッケージからは、久しぶりに「ワクワクするモノ」を直感したワタシ。

と言っても“ドラクエ”シリーズは4作目以降、全く遊んでいないので、何処かで(自らのプレイ意欲には)ブレーキもかかってしまったのだった(・ω・)

って訳で、やっぱり帰宅後、躊躇うことなく家人に「コレ、プレゼントね」とポン渡ししてしまったのである。
早々に飽きぬことを願うばかりである。。

(帰宅後、TVニュースにて“ドラクエ発売フィーバー”を眺め、ビビってしまった! あんなに並んどる店もあったとは、、)

(2)

同じく「K阪百貨店」内のCDショップで、MJ(マイケル・ジャクソン)の小さな追悼コーナーが組まれていた。
これまでに『BAD(1987)』『Dangerous(1991)』『HiStory(1995)』『Blood On The Dance Floor(1997)』『Invincible(2001)』の各アルバムを購入してるんだが、目下聴きたくなってる曲が“Another Part of Me”“Dirty Diana”“Smooth Criminal”“Human Nature”であり、それらの収録されたアルバムが良く分かってなかったのだった(・ω・)

コーナーに置かれてたアルバム群の(ジャケット)背面を眺めたワタシは“Human Nature”を除く総ての曲が『BAD』に(実は)収録されていた事実を再確認し、愕然としたのだった(×_×)
(『Dangerous』以降の収録曲なら、大体は分かってるんだが・・)

(3)

某所でカーステより流れて来た幾つかの“エエ曲”・・
そう言った“エエ曲”を耳にすると、入手して聴きまくりたくなってしまうのがワタシの習性であり・・だが大抵の場合は「曲名」「アルバム名」「アーティスト名」が分からず、そのまま忘却の彼方に消えてしまうのである(×_×)

が、今回は曲が進んでく中、Run-D.M.C.による“Walk This Way”が流れて来たので、即座に気付いたのだった! 「そや、これは『SEX and The CITY』の映画版サントラに違いない!」と。

そこから辿って行き、iTunes Storeでゲットしたのが以下の2曲である。

“It's Amazing / Jem”
“How Deep Is Your Love / The Bird & The Bee”

“人”との出会いは「縁」であり、運命的で不思議なトコロがあるが、それは“曲”についても然りだなぁ、と改めて実感したこの日である。

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2009年7月 7日 (火)

☆『英国王・給仕人に乾杯!(2007)』☆

6日(月曜)の夜。実は“シネマサービスデー”でもあったこの日。
何の予備知識もなく、また正直、期待感もさほどなかったんだが(おい!)「興味なき作品を、敢えて観てみるのも面白いかも知れんよ、キミ」とふと考え、アーケード内のミニシアター“ソレイユ”で、細々と(?)上映されてたチェコ映画『英国王・給仕人に乾杯!』を観て来た☆

(映画に疎い)一般の高松市民各位ともなると、ワタシ以上に財布のヒモが堅いとみえ(?)“シネマサービスデーだのに”寂しい入場率となってしまってた(・ω・) いや、意外と悪くはなかったんだけどねぇ・・

チェコ共和国の首都=プラハの某所にある「再教育監獄」から、15年もの刑期を終え、1人の老人が出所した。
彼の名はヤン・ジーチェ。投獄により総てを失った彼は、当局(?)に指導されるまま「国境地域」へと向かい、そこで道路工夫(こうふ)の仕事を始める。

若い頃には駅のホームで、細々とソーセージを売っていたジーチェ。
「小銭を稼ぎ、いつかは百万長者となり、自分のホテルを所有するんだ!」と言う夢を心に秘め続けて来た、青年期以降の彼の半生が、チェコスロヴァキア(←分離前)の辿った“激動の時代”をバックに綴られて行く・・

小柄な青年がそこそこの女性遍歴を経て、そこそこにチャンスを掴みつつ成り上がって行く・・ってなファンタジックかつ“時代を駆け抜ける”テイストに『フォレスト・ガンプ/一期一会(1994)』を連想してしまったりも(トム・ハンクスは決して小柄じゃないけど)。
しかしながら・・中盤以降、作品世界は大きく“ハーケンクロイツ(鉤十字)”に覆われることとなる。。それにより、良くも悪くも作品世界が重厚に、かつドンヨリとしてしまってた感もあった(・ω・)

私的に「嬉しきサプライズ」だったのは、ふんだんに“エッチ系シーン”が盛り込まれてたこと☆
特に、主人公と親密な関係になってゆく“アーリア人至上主義者”のリーザ・パパネクさんのご尊顔が、ワタシの好みになかなか合致しており、このしとを眺めてるだけでハッピーな気分に浸ることが出来た(=^_^=)
他にも欧州美人が多数登場するし、その殆どが“美しきおっぱい”を惜しげもなく(?)見せてくれるのには、自身の中で溜飲の上がる間がなく(=^_^=)素晴らしかった☆

また、そこそこにCG描写(不気味な“モーフィング”など)もあり、そこそこにグロテスクな描写(戦傷兵など)もあり、で予測不可能っぽい半生記には仕上がっていたかな、と。

しかし・・決定的な「これアカンやろ!的描写」こそないモノの・・正直(作品全体に対し)PG指定をかけといた方が良かったんじゃ?・・と思ってもしまう本作であった(・ω・)

〜 こんなトコも 〜

♦大富豪の楽しみの1つで“真夏の庭に冷凍庫を持ち出し、雪合戦をする”ってお遊びをやってた☆
♦第2次大戦当時、ドイツ女性(アーリア女性)を妊娠させるには“精液検定”に合格する必要があったらしい(×_×)
♦“優生学研究所”の屋外プールはなかなかに楽園状態☆ 全裸のドイツ姉ちゃんが、泳ぎまくってます(=^_^=) あっこら! おっさんは全裸で泳ぎなや!(苦笑)
♦“ハイル!(総統閣下万歳)”の際に挙げるのは「右手」が正しいらしい。
♦「チホタ荘」から「研究所」へ・・所有者こそ代われど、あの「2階」の使われ方はさして変わんなかった(⌒〜⌒ι)
♦戦時中のプラハでも“女体盛り”みたいなことをやっとったんやね。。
♦ラスト、老いたジーチェがカメラ目線で観客に語りかけるのが印象的。あれは監督の狙いか? それとも・・主演男優のアドリヴ?(んな訳ないか(=^_^=))

〜 こんなセリフもありました 〜

ジーチェ“幸運はいつも、不幸とドンデン返しだった”
    “大抵の人間は、道に落ちたコインを拾わずにはいられない”
    “飲み仲間と罵倒し合えば、ビールが美味くなること・・を彼らは知っている”
    “床に札束を敷き詰める筈が、こんなトコロで砂利を敷き詰めている”
    “直しているのは道路か? 自分の人生か?”
    「君は男好きな女だね? 眼を見れば分かる」
    “何も見るな、何も聞くな。だが、総てを見よ、総てを聞け。と「給仕の心得」を教え込まれた。
     かくて私は、何も見ずに総てを見、何も聞かずに総てを聞いた”
    “学ぶべきことを、学べる場所へ!”
    「人間は愚かで、悪意に満ちている、と。それは真実だと?」
    “彼女の人生は、悲惨な程に美しい”
    「チェコ人は、戦争なんかしない」
    “鏡の中の自分の姿が、見れば見る程恐ろしく思えた”

ヴァルデン「何を買い、何処でそれを売るか・・それが“商売の総て”だ」
     「捨てたコインが、札束となって戻って来ることもある」

※「“幹に音楽をたたえる樹”が森には存在する」

リーザ「ボヘミアの辺境からカルパチア山脈まで、“総統”は総てのドイツ人を解放するわ」

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2009年7月 5日 (日)

☆『ディア・ドクター/Dear Doctor』☆

4日(土曜)の夜。
昨日(3日)より(出張絡みで)帰阪しており・・久しぶりに昼過ぎまで12時間もの(!)“寝だめ”を敢行しちゃったりもしたこの日(=^_^=)
やっぱり、実家のベッドの寝心地はなかなかによろしいのである!

何処にも出かけず終日(ひねもす)ゴロゴロ・・と言う選択肢もなくはなかったが(・ω・) 「折角のオオサカ滞在だし、いち早くホンマもんの新作(?)を1本こなしとこう!」と考え、狙っていた『ディア・ドクター』を観て来た☆

シアターは、大阪勤務時代に『パンズ・ラビリンス(2006)』を観て以来(確か一昨年の秋頃)、久しぶりの“Movix八尾”と言うシネコン。レイトショーの時間帯でしか都合がつかなかったが、代わりに料金が1200円で済み、少し嬉しかった。
それにしては、なかなかの入り(入場率)だったなぁ!

茨城県の山奥に位置する神和田(かみわだ)村。この村では、3年半を勤め上げたベテラン診療医=伊野治(笑福亭鶴瓶)の突然の失踪に、村内の誰もが動揺を隠せずにいた。
スクーターで村を走り去る伊野の後ろ姿を目撃した者、道路脇に残されていた(彼の)白衣を拾い上げた者、約束した翌日の診療を受けることの出来なくなった者・・

その中には、数ヵ月間と短いながら、彼の助手とし「へき地医療」の手助けをしていた青年研修医=相馬啓介(瑛太)の取り乱した姿もあった。

果たして彼は何処へ消えてしまったのか? そして、彼の消えてしまった、
いや、消えざるを得なくなった“その本当の理由”とは・・?

物語は、伊野の失踪事件に東京から来た2刑事(岩松了、松重豊)が関わり、本格的に“メスが入れられてゆく”過程と共に、
相馬が、赤いBMWに乗り、この神和田村にやって来た日からの展開が綴られる・・

原作・脚本・監督が『ゆれる(2006)』の西川美和さんってことで「今回も難解気味で、(真相を)観客に投げっ放す系なのかなぁ?」と多少の不安を覚えてしまったモノだが・・
「観客各位が“神の視点でもって目撃者となる”と言う要素」は更に磨き上げられ、笑いのセンスなども(主に前半ばかりだが)ちりばめる余裕も出てたりして、正直、驚かされた!

西川さんの処女作(?)『蛇イチゴ(2002)』はまだ(HDに録画したまま)観れてないワタシであるも・・『ゆれる』より更に“表現力&(作品)世界の幅”のパワーアップしてる気がした!
ちと(物語の)根っこの部分に芥川龍之介の小説「薮の中」や、滝田洋二郎監督の『おくりびと(2008)』などのエッセンスを取り込んでる気もしたが(←ワタシの単なる妄想かも)、もしそうにせよ、良い方向に昇華(?)してるので、それは素晴らしいことだと思う。

特筆すべきはキャラ造型の巧みさで、

・“公の部分”では本心が読めないが“私の部分”だと「心の揺れ」が伝わりまくって来る鶴瓶さん
・「チャラチャラしてる、イイ奴」だけに終わらぬ“秘めた言動”があり、それが赦せる瑛太くん
・本質は小悪党なんだけど“正義感としての精神”をも秘めた、難解な演技を苦もなくこなす香川照之さん(持ち味?)
・「ヒネた見方をする(=^_^=)観客」が心に秘めてるであろう想いをズバズバとセリフにして放ってくれる松重さん(刑事の立場で)
・最も(事件の)核心に近く、恐らくは“真相”を知っていたにせよ、それを秘め続けた余貴美子さん(ラストでは、彼女の“漠然と恐れ続けて来たこと”が現実となる・・)

彼らベテラン陣が“秘める”(または“暴く”)と言う演技に関し、それぞれの持ち味をいかんなく発揮し、(悪くすれば観客の中で)表面的に流れ去ってしまうドラマの「裏側」までもを感じさせてくれてたのは素晴らしい!
ワタシの中では「2009年に観た邦画」の中で、かなりな上位に喰い込んで行く1本ではないかな? と早くも(?)確信してしまう1本となった。

(私的に)惜しむらくは、
・終盤で、舞台がトウキョウにシフトしてしまっていた
・「へき地医療」に対する切り込みは、中途半端に終わってしまってた感もあった(結論は出せないんだけど)
・ラストの演出はちと“唐突”かつ“蛇足”ぽくも感じたか(流れ的に必要だとは思うんだが・・)
・ウルウルさせる演出には乏しかった
・祭りの風景とか、神和田村ならではの“ゆったりシーン”が欲しかった。時間的にカットされたかな?

辺りだろうか? それにしてもパワフルで上映時間(2時間越え)を感じさせぬ「映像+演出=完成度」だった! この作品は良い!

〜 こんなトコロも 〜

♦無医村(むいそん)に勤めれば年収2000万円ほどが支給されるそう。心身の休まる暇はないけどね(×_×)
♦村の集会所(?)には「心洗」なる書額が。(「洗心」だったかも、、)
♦伊野が相馬のクルマで患者の所へ向かう際のセリフ「僕、※※※※のよ」がかなり強烈! この“フリ”はスゴい!
♦鳥飼かづ子(八千草薫さん)や鳥飼りつ子(井川遥さん)の「顔を背けたまま“重要なこと”を言う」って演出は、改めて“これぞ邦画や! 日本人や!”と観客の愛国心を高めてもくれる(・ω・)
♦斎門(さいもん)(香川)の“咳込み具合”に妙な不安を覚えた。。
♦とある処置の際、患部に顔を近付けた伊野の「眼鏡の曇る演出」が光ってた!
♦とある処置の直後、へたり込む大竹さん(余さん)の演技も印象的だった!
♦帰郷時、台所でぼんやり「棒アイス」を食べ始めた循環器内科医のりつ子。“あること”に気付き、アイスなんかは流しにポンと捨てる! プロや・・(・ω・)
♦伊野が村外れで“最後に出会った人物”とは?!
♦母娘(かづ子&りつ子)を画面の両端に配するカメラワークも印象的。ど真ん中に「敷居」のあるのが“2人の心の溝”みたいなんですよね。
♦フロントバンパーの外れたBMW。あのままだと「整備不良」で検挙されると思うんですが・・(=^_^=)
♦余りに機械的な(=^_^=)「ドアが閉まります」でさえ、セリフとして十分な効果を上げていた☆
♦何でもかんでも「ドクターヘリ」で搬送・・とはいかないんスね(×_×)
♦JR「上菅谷駅」(の駅舎)が登場☆ 当駅で下車の折は(看板の映ってた)「茨城第一交通(有)」のタクシーを使ったげて下さい(=^_^=)
♦劇中の病院は「東京医科大学病院(新宿区)」とのこと。架空の医大の名は「若槻医科大」ですた。
♦ラジカセ(!)で流れてた落語は「10代目・金原亭馬生(きんげんていばしょう)」って噺家の『親子酒』。ユゥチゥヴで観れそうですね☆

〜 こんなセリフもありました 〜

伊野「何でまたこんな診療所へ? “罰ゲーム”か何か?」
  「辛抱が一番の毒です」
  「CTのある病院? 車で2時間かからんかな?」
  「何やクチから出とるで・・赤貝や!」
  「“縄張り意識”と違う・・“不可侵条約”や」
  「あないに離れてて“お隣”て」
  「あんまり精を出さんようにね」
  「家族は? 家族に説明する!」
  「ここの人は“(医者が)足らん”と言うことを受け入れてるだけや」
  「あんた、随分と“入れ込んだ”なぁ」
  「好きでここに残っとんのと違う」
  「(弾が)飛んで来たら撃ち返す・・毎日がその繰り返しや」
  「もう※※、言いなや」
  「ああぁ、鬱陶しいなぁ〜!」
  「上司の愚痴ぐらい、聞けるようにしとけ」

相馬「(医科)大学や病院では“見えない”ことが、村でなら“見える”って思うんです」
  「ここだとちゃんと“人に喜ばれる”んです」

刑事「こんな村の診療医ったって・・年寄りが死んでくの、眺めてるだけの仕事だろ?」
  「代わり(の医者)が来りゃ、何だってイイのか?」
  「くどいようですが、※※は※※では※※んですよ」
  「伊野を神仏に仕立てようとしたのは、あんたらの方じゃないのか?」
  「案外、村人に“袋叩きにされる”のは僕らの方かも知れませんな」

村長(笹野高史さん)「ここじゃ、神や仏より先生こそが“神様”ですから」

村人「こんな大往生、ねぇよ」
  「最期はホント、イイお顔・・」

かづ子「(ご飯の)お代わりは?」
伊野「いいです。自分で入れます」 ←おい

かづ子「この歳になると、何処かへ出て行くのもくたびれちゃって」
   「何にもしなくてイイんです。何にもしたくないんです」
   「子供達にも必死で築き上げた生活がありますから。(娘たちの)足手まといになりたくないんです」
   「だから先生・・一緒に“嘘”をついて下さいよ」

斎門「自分の手の中に、他人の命綱が握られているような・・そんな気がするんです」
  「(愛とは)そう言う感じじゃないですか? 多分」 ←「人間の本質」を衝くアクションが冴える!

りつ子「・・納得がいきました」
   「診るのは“他人の親”ばかりで」

りつ子「先生、ご両親様は?」
伊野「十分、親不孝をしております」 ←ここのやり取りにウルッと来る観客も少なくない?

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2009年7月 1日 (水)

☆『それでも恋するバルセロナ』☆

1日(水曜)の夜。
仕事の帰りに「そや、今日は“シネマサービスデー”やったんですなぁ〜」ってことを改めて意識⇒会社の界隈にあるミニシアター“ソレイユ”で新作『それでも恋するバルセロナ』を観て来た☆
作品自体が「モロに女性をターゲットにしてる」だけあり、この日ばかりは(?)狭苦しいシアター内における女性比率の高いこと! その中にあって、最もくたびれてた第一印象のおっさんこそが・・このワタシだったやも知れぬ(⌒〜⌒ι)

監督&脚本=巨匠ウッディ・アレンによる最新作。
彼が近年、ミューズ(女神)と崇め続けて止まない(?)スカーレット・ヨハンソンを中心に、酸素ボンベも絵筆も似合う(=^_^=)ハビエル・バルデム、ちと最近「掠れ具合」の著しいペネロペ・クルス、実は(密かな)ファンを自認してるパトリシア・クラークソンなど、そこそこの顔ぶれが一同に会する☆

アレン監督と言やぁ・・「ニューヨーク圏から外に出たら、忽ちおっ死んぢまうのでは?」ってぐらい、NYにずっぽしと根を下ろした“御大”と思ってたが・・本作は舞台の殆どが(当然ながら)スペイン・バルセロナであり、私的にはびっくり!
“何かの兆し”を感じ取って(←おい!)ワールドワイドなロケハンを敢行しはったのやろか?

ってことで、彼の狙い以上に、本作ってば“近年稀にみるバカ映画(←バカンス映画の略(=^_^=))”に仕上がってやがったのだった!

夏のはじまり。バルセロナの空港に降り立ったオンナが2人・・

1人は短編映画監督&女優であり、情熱的な恋に憧れるクリスティーナ(スカーレット)。1人は婚約者のいる、冷静で堅実なカタルーニャ地方研究家(?)のヴィッキー(レベッカ・ホール)。
親友同士である2人は、ヴィッキーの親戚=ジュディ(パトリシア)&その夫マークの暮らすスペインにバカンスにやって来た次第。

恋に破れたばかりのクリスティーナを慰めんと、ジュディは“お見合いクルージング”なんてな機を設けるも、彼女は“お膳立てされた恋”になぞ手を伸ばすタイプではなかった。。彼女のことを気にしつつ、携帯電話で婚約相手=ダグと「愛してる」を囁き合うヴィッキー。
彼女らは“親友なれど、愛については価値観の違う”2人だったのである。

そんなある日、2人は画廊で“別れた元妻に殺されかけた(もしくは殺しかけた)”と噂される画家=ファン・アントニオ・ゴンサーロ(バルデム)に出会い「運命的なモノ」を3人が互いに感じ取ってしまう。

未熟&無防備なロマンチストであるクリスティーナは、たちまちファンに心を奪われる。一方で「あなたは私のタイプじゃない」と強がってたヴィッキーもまた、とある成り行きで彼と1日を過ごし、次第にファンに心を許し始める・・

親友2人がそんな状況下でギクシャクし始めた矢先、ファンのもとに“睡眠薬を多量に服用し、自殺を図ったが・・一命を取り留めた”と言う、その過激な元妻=マリア・エレーナ(ペネロペ)が現れて・・

アレン映画の持ち味(?)と言えば、彼の青年期の(=^_^=)分身のような若僧が主人公となり、ボヤいたり、女難に遭ったり、やがては現実をそれなりに受け入れたりするような展開が少なくない、、と思うんだが・・本作は主人公を誰に定めて良いのか、正直良く分からず、また(私的に)描いて欲しい&観たいシーン(まぁ、つまりは“官能系”ですな)がナレーション1つ挟むだけで(←そのナレーションすらない場合も)バッサリとカットされたりもし、観てて意外にストレスが溜まってしまった(×_×)

中途半端な恋愛談義を結論も曖昧なままダラダラ続けてる感じで、どうにも軽く、締まりのない印象だ。
予告編から察するに「終盤で拳銃が登場し、大変な方向にストーリーが転がる」って展開を期待していたが、、コレが『アメリカン・ビューティー(1999)』のような“濃ゅ〜い転がり方”では全然なく、これまた薄味だった(×_×)

ストーリーにときめかぬ以上に、キャラクターそれぞれに魅力を感じなかったり。
特にヴィッキー&ダグのキャラに微笑ましさも醜さも何も感じなかったのはワタシだけやろか? パトリシアさんも、本作に限ってはすこぶる良くなかった。。
(ご尊顔を写す距離&角度の問題やろか?)

ってことで、本作は「“バカ映画”にどっぷり浸りた〜い!」「フニャフニャした、スパイラルな恋模様が好き〜!」「難しい映画って、分かんな〜い? みたいな〜?」って感じの薄味好きな観客には、是非おススメしたいし、きっと満足されるであろう

・・ぐらいにしか語れぬ1作であった(⌒〜⌒ι)

〜 こんなセリフもありました 〜

※「堅実さは重要ね」
 「人類は数千年を経ても、未だ愛を知らないでいる」
 「愛にだってバランスが必要」
 「私だって考えるわ・・“今の状況から救い出してくれる人は何処かにいないの?”ってね」

ジュディ「仕事のことなんか、妊娠すれば吹っ切れるわよ」

ファン「・・君の瞳の色は?」
   「人生は短く、退屈で、苦痛に満ちている」
   「愉しみに理由が必要か?」
   「愉しみの種を握り潰すと?」
   「人生は無意味だから、貪欲に楽しむべきだ」
   「婚約してる身だって? それこそ“自由を楽しむ最後のチャンス”だろ?」
   「部屋に来て1杯飲むだけなら、そんなにモジモジはしないハズだろ?」
   「情熱は沸き上がれど、表現の方法が分からない」
   「何があろうと、僕は人生を肯定するね」
   「彼女(マリア)は才能があり、ゴージャスで、官能的なオンナだ」
   「この選択で良かったと? ・・信じないね」
   「絵画の解説は、難しい」
   「一度、身体を重ねれば“自分の本当の気持ち”が分かる筈だ」

クリスティーナ「下着が無様なだけで、折角のチャンスをフイにするわよ」
       「自分の求めるものが分からない。まさに“さすらう人生”よ」
       「自らの望むものが分からないの・・望まないものは分かるけど」
       「“正しい愛”や“間違った愛”なんて、社会通念の押し付けに過ぎないわ」
       「私は何を期待していたの?」

ヴィッキー「確かに“翻訳”によって失われるものは多いわね」
     「一夜を共にしたのに、逢わずじまいなんて」
     「“罪深い週末”を過ごしたわ」

マリア「ファンは私から総てを盗んだのよ! “世界の見方”すらもね!」
   「成就しない愛だけがロマンティックなのよ」

ベン「僕の印象じゃ、君は※※を急いたことを後悔している」

追記1:遠距離恋愛で、電話の最後に「愛してる」と囁いてみて・・相手からの返事がなかったら「危ない」ってことでよろしいでしょうか?(⌒〜⌒ι)
追記2:ファンからヴィッキーにプレゼントされた絵画に対するマークのコメントが笑えた!
    「何だこりゃ? ロールシャッハ・テストか?」
追記3:「何故スペイン語の教師が銃を?」のセリフには、場内が沸いてた感じ(=^_^=)
追記4:ウィキペディア引用で恐縮だが・・『世界中がアイ・ラヴ・ユー(1996)』『マッチ・ポイント(2005)』など、NYを飛び出して撮影してる作品も「少ないながら存在する」ようで・・(×_×)
追記5:ペネロペとパトリシアは『エレジー』でも共演してましたネ。直接の“絡み”は共になかったように思うけど(・ω・)

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