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2009年6月27日 (土)

☆『トランスフォーマー/リベンジ』☆

26日(金曜)の夜。以前から「観とかにゃ!」と常に意識してた最新作『トランスフォーマー/リベンジ』をやっとこさ鑑賞して来た☆
場所は“ワーナー・マイカル・シネマズ高松”だが、上映開始時間が20:50〜と遅い回(レイトショー)しか選びようがなく、仕方ないので1度帰宅し「洗濯&アイロン&食器片付け」などの細々した、リアルな日常のこと(=^_^=)を済ませ、そこからクルマで現地へと向かったワタシ。

紀元前17000年前、太古の人類は、宇宙からやって来た機械生命体と遭遇し、圧倒的な戦闘能力の差を見せつけられつつも、死滅することなく戦い抜いたのである・・

そして2年前、ロサンゼルスで勃発した「人類vsディセプティコン(悪のロボット軍団)」の戦いをもまた乗り切った人々は、味方となってくれた“オートボット軍団”との共闘を継続、その後もディセプティコンの残党を監視、世界から彼らを退治する軍事組織“ネスト(NEST)”を結成したのだ。

こうして秘密裏に“オプティマス・プライム”をリーダーとするオートボットたちが世界各地で残党狩りを続ける中、大気圏外では深海(約17000メートル)に囚われた(ディセプティコンのリーダー)“デストロン(コード名:NBE−1)”の師である“ザ・フォールン”がリベンジの機を虎視眈々と窺っていた・・!

主人公サム(シャイア・ラブーフ)はケバい彼女(=^_^=)のミカエラと離れ、フィラデルフィアにある理系の大学へと進学する。
だが、2年前の“勝利の記念”であるパーカーのポケット(?)に「機械に生命力を与えてしまう“キューブ”の破片」が残っていたことから、新たなディセプティコンが誕生⇒その活動スピードを加速させることとなる。

“ザ・フォールン”の狙いは「サムの持つキューブ」であるが、彼の放つ刺客らの刃先は、彼1人のみならず、サムの両親 (父ロン&母ジュディ)やミカエラ、ルームメイトのレオらにも向かい、更には“オプティマス・プライム”の運命をも大きく揺さぶって行くのだった・・

CG面で大幅なパワーアップをしている! のだろうけど、物語自体の展開は(意外に)かなりもっさりしてて、中盤以降は正直、尿意との激闘の方を心中で展開してたワタシだった(⌒〜⌒ι) 映像的にはスゴいんだろうけど、登場人物やメカデザインに全くと言ってイイほど魅力がないため、正直「3作目はもう観なくてエエかな」とまで、フト思ってしまったなぁ。

パッと連想したのは『GODZILLA(1998)』辺りだろうか? アレも俳優陣&特撮映像はモノ凄いんだけど、ハッキリ言って下らなかった! 10年経ってもハリウッドは“スベってるかも?”ってな自意識&危機感を持たないのやろか? 

色んな訳の分からん造型(=^_^=)のロボットがわんさか登場した、この続編だが・・“人間に完璧に化けることの出来る”ヤツまでもが出て来て、これにはもう失笑が抑えられなかった(⌒〜⌒ι)

『ターミネーター3(2003)』に触発されたのか? 『X−メン(2000)』の“あのキャラ”を再現したかったのか? とにかく違和感がありまくりだ! ハッキリ言って「ふざけんな!」と突っ込みたい気持ちにもなった、ホンマに。

シャイア君が“考古学”を絡めつつ、エジプトの遺跡を探検する(つまんない)展開には、何となく『インディ・ジョーンズ/クリスタル・スカルの王国(2008)』における彼の冒険譚を(まんま)引っ張っとるような雰囲気もあったか。
個人的には「ロボット+古代遺跡」って組み合せってば、余りに“お約束”過ぎて、観てて気恥ずかしくなって来るんだが。。

〜 こんなのもありました 〜

♦結局、私的には冒頭の「ドリームワークスロゴ」「パラマウントロゴ」表示中の“機械音”にこそ、最もシビれた気がする☆
♦「マイケル・ベイ」「スティーヴン・スピルバーグ」の名が冠されてさえいたら、どんな作品を撮ってもイイの?
♦メカ・デザイン&メインキャラたちに魅力が乏し過ぎる。
♦本作におけるオバマ大統領は、、さっさとシェルターに逃げ込んでしまってた(×_×)
♦製作側(特にCGスタッフ)には大変失礼ながら・・「“バンブルビー”はなるだけ変形しない方が魅力的に思う」とまで、ふと感じてしまった。
♦本来“ムードメーカー”たるべきシモンズ、レオ、ツインズ(←兄弟ロボット)の言動の殆どが“スベってる”印象だったのは惜しい。
♦「ヤツがいる・・においで分かる」・・って、ロボットに嗅覚あんの?!
♦ディセプティコンの連中って「ミスすれば鉄拳制裁される」「実は徒弟制(?)である」「臆病な一面も併せ持つ」「個人主義もまかり通る」など、妙に人間社会っぽさを見せたりもする(=^_^=)
♦ちっこいサイズのディセプティコンがサム邸(主に台所)で大暴れするが・・彼らのガトリングガン&ロケットランチャーの直撃を受けたら、人の肉体(皮膚?)はどうなるんやろ?
♦「Z28」と言うだけで、ツウはそれが“シボレー・カマロ”であることが分かるようだ。
♦地球はディセプティコンをして「虫けら共の星」「忌わしい星」「ちっぽけな脊椎動物の星」とか、言われ放題だ。。
♦巧妙にフツーの機械に化けていても、ロボットからは“微量の放射能反応”が検出され続けるらしい。同居したら、身体的には余りよろしくない気がする、、
♦「尻が錆び付いて、痒いわい」とか言いながら“杖”をついて歩いたりするロボットがいた!
♦オプティマス・プライムの重さは約10トンらしい。

〜 こんなセリフもありました 〜

プライム「人類は“思い遣りの心”を持つ半面・・“残虐な心”も併せ持つ」
    「大統領に訊ねて貰いたい。我々が地球を去った後で“それが間違いだ”と分かったら、どうするのかを」
    「運命とは、予期せぬ時にこそ訪れるものだ」
    「“勇敢さ”と“自己犠牲の精神”・・それこそがリーダーの資質だ」

サム「5秒間だけ話し合える? もしかしたら分かり合えるかも」

ミカエラ「女は“危険な男”が好きなのよ」
    「あたし以外の誰が“こんな状況”に耐えられると?」

ロン「息子よ。お前は我が一族で初めての“大学生”だ」

ジュディ「イカれたエイリアンとは、もうこれ以上同居出来ないわ!」
    「騒がしいキャンパスだこと! まるでホグワーツ魔法学校だわね」
    「この子のクルマは“喋るロボット”なのよ」 ←バラしてる(=^_^=)

※「神が人間を造ったなら・・彼らは誰が?」
 「兵士は考えず、ただ銃を撃てば良いのだ!」
 「時には“臆病者”が生き残るものです。この場は撤退を・・!」

学生「ネットで流れるものこそが“真実”なのさ」

レオ「つべこべ言うと、大学のコンピュータをハッキングして、君の奨学金を減らすぞ」
  「何回、股間にスタンガンを当てられると、子供が出来なくなるのかな?」

アリス「エンジンの響きでウズいちゃうわ」
   「浮気じゃないわ。一度“ドライヴ”するだけよ」

教授「宇宙、時間、そして・・重力。これが天文学だ」
  「この教室は“私の宇宙”なのだ」

ロボット「美人だが、バカ(な娘)だな」 ←言えてる〜(⌒〜⌒ι)

ビー「変えられないこと(=運命)もある」

シモンズ「豚肉にも、羊肉にも、隠された“悲しい物語”があるのさ」
    「国に裏切られた男が、その国の最後の希望となるのだ」
    「死ぬ時は・・男らしく死ぬのだ」
    「私の“栄光の時”だ」
    「私の見てる前で、そんな暴挙は許しはしない!」
    「こんな状況で“機密事項”などと言ってられるか!」

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2009年6月26日 (金)

☆溜まっとる“映画メモ”を精力的に片付けんとするも(その1)☆

ってことで、手短(?)にまとめてゆきます。

♦『大魔神(1966)』

5月27日(水曜)の夜。市内のミニシアター“ソレイユ”で『ディファイアンス』を鑑賞し帰宅。
その後、地上波で放送されてた『大魔神』を終盤のみながら、何となく観た☆

以前に観た際も・・確か「後半から」だったような気がする(・ω・) 折角の“大映制作”による、日本特撮映画史にキラリ☆と輝く(ガメラシリーズと並ぶ)佳作なのにネ。。

とにかく驚いたのは「色彩の鮮やかさ」だろうか! 当然ながら時代劇であり、住宅地を破壊したり、戦闘機が飛んだり、みたいな映像演出は皆無なんだが、悪藩主(?)の居座る城に魔神がやって来て、白壁や瓦屋根をガラガラと破壊する描写が「往年の機材&技術で撮影された時代劇」であることから“古さがそれ自体がリアルに映ったり”する!

北朝鮮映画界を代表する(?)怪獣モノ『プルガサリ/不可殺(1985)』に展開の(全体像の?)似てる気もするが・・まぁ「民間伝承系の怪物モノ」って、何処も大抵はそう言ったディテールなんだろう(・ω・)

「壁面の魔神像が動き出す」演出には、バーミヤンの(破壊された)かの石仏を連想してしまう。。
なお、唯一“茶を濁してた”のは「空中を飛ぶ怪光」の描写だったろうか? 余りに不自然な(映像的な説得力に欠ける)特撮であり・・アレはアカンでしょお(×_×)

悪い藩主にせよ、魔神に「なぶり殺された」のは可哀想な気もした・・ま、民衆の蜂起により王族が公開(ギロチン)処刑されてた中世ヨーロッパなど・・虚実を別にすれば、いずれも(必ずしも)過激な描写ではなかったんだろうけど。

♦『イントゥ・ザ・ブルー(2005)』

5月31日(日曜)の夜。“日曜洋画劇場”で(地上波初?)放送された『イントゥ・ザ・ブルー』を終盤のみながら観た。
海底に沈んだ財宝船(?)“ゼフィア号”を巡り、青年ダイバーらが血なまぐさい争いに巻込まれる展開。
とにかく「裏切り」「殺し合い」が(終盤の)物語を彩り過ぎてた感が・・(×_×)

「あるかないかも分からんモン」を巡って、キミらそないに殺し合わんでも、みたいな。
ラストでは“巨大ザメ”が泳いで来て悪党どもを大掃除するんだが・・これには「そうか、海洋モノだと、こう言う“片付け屋”的存在を自然に配することが出来るんやね!」と感心させられた。

当初は「見逃したこと」を後悔してしまったが・・そこまで必死に鑑賞すべき作品でもなかったかな、と(=^_^=)>

♦『タクシードライバー(1976)』

6月7日(日曜)の夜。“土曜の深夜”とも言える時間だが・・衛星第2で放送されてた『タクシードライバー』を後半から観た。
「ロバート・デ・ニーロ(主人公トラヴィス役)、若い!細い!」「ジョディ・フォスター(アイリス役)、あどけない!」とアマチュアっぽい(?)感動を覚えつつ、ハーヴェイ・カイテルの出演などにも驚かされたり。

夜の都会。「やり切れぬ孤独」「押さえ切れぬ(社会への)怒り」を自らの内側に蓄積させて行ったタクシー運転手が“遂に”起こした行動が「訳分かんない」ながらも(当時の)青年層の“声なき叫び”を絶妙に表現してもおり、マーティン・スコセッシ監督の手腕たるやなかなか! と素直に評したい。

そういや「スコセッシ監督自身がタクシーの客の役で出演してた」ってことをウィキペディアを読んで知った! ああ、あの役でしたか!

カイテルが「さっさとどっか行けよ、ほら!」とデ・ニーロを足蹴にして追い払おうとするシーンには、何とも言えぬ“リアルな緊張感”を味わってしまったワタシ(⌒〜⌒ι) コワいですネ〜。。

ほか、トラヴィスによる「新聞は大げさだからな」ってなセリフが何気なくも心に残ったか。

♦『ターミネーター3(2003)』

6月7日(日曜)の夜。“日曜洋画劇場”で放送されてた『ターミネーター3』を後半からながら観た。
劇場でも観、TV放送でもたぶん2度目ぐらいの鑑賞であろう本作。

まさに「シリーズが迷走を始めた節目」ってのが明確に伝わって来る気がするし、“女ターミネーターが登場!”と言う要素以外・・ホンマに「コレ!」と言った斬新さも(持続する)話題性もなかった気がする(×_×)

ジョナサン・モストゥ監督&クレア・デインズ(ヒロインのケイト・ブリュースター役)にとっては「ちと苦い経歴」となってしまってる気がしないでもない。。頑張って欲しいトコだ。

ま、本作を経てこそ「ターミネーター(T-800系)の内蔵バッテリーが“強力な核兵器”に相当する」ってな凄まじい真実が、我々に明かされた訳でもあるけれど・・(⌒〜⌒ι)

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2009年6月25日 (木)

☆『愛を読むひと』☆

24日(水曜)。来週のアタマ&週末に2本の出張が控えてるんだが・・それらの宿泊費等が早くも(嬉しくも)支給され、束の間の「リッチ気分」に浸ることの叶った1日でもある。
そんな訳で、今日は北方に位置する“ワーナー・マイカル・シネマズ高松”へと仕事帰りに繰り出し、狙ってた1作『愛を読むひと』を首尾良く観て来た☆

シアターが全席指定だったこと、女性の姿の多かったことから「今日ってば“レディース・デー”やったんやね☆」と気付いたワタシ。女性客の皆さんってば“官能系”を期待して、本作を観に来たはったんやろかいね・・?(知らんがな!)

ワタシとしては、当然ながら(?)「PG−12指定」ってのに“甘美な響き”を覚えた次第であるが・・(=^_^=)

ドイツ・ベルリン、1995年。
中堅弁護士=マイケル・バーグ(レイフ・ファインズ)は検事である妻=ガートルードと別れて後、今では“特定の女性たちと、表面的な男女関係を短い間隔で続ける”だけの、そんな“希薄な私生活”を送っている男だ。

彼が仕事の合間に、そして女性たちと恋のさなかにあってすらも思い出すのは・・15歳だった頃(1958年)、故郷=西ドイツ・ノイシュタットで出会った、ある年上の女性との“ひと夏の恋”であった。

その女性は当時36歳の女性車掌=ハンナ・シュミッツ(ケイト・ウィンスレット)。突然の猩紅(しょうこう)熱に襲われ、苦しんでいた所をたまたま通りがかった彼女に介抱して貰ったのをきっかけに、年齢をまたいだ2人の“男女の付き合い”が始まる・・

ハンナはマイケルとの逢瀬の中で、彼に朗読を乞うようになる。
マイケルは『オデュッセイア(ホメロス著)』『チャタレイ夫人の恋人(ローレンス著)』『犬を連れた奥さん(チェホフ著)』『戦争と平和(トルストイ著)』『ドクトル・ジバゴ(パステルナーク著)』などを語って聞かせる。

ハンナはマイケルの朗読の声に耳を傾け・・そして彼女の「今日はそこまで」の言葉を合図に、少年は「待ってました!」とばかりに(=^_^=)彼女の豊満な肉体にしがみついてゆくのであった。

しかしそんなある日、ハンナは「別れの言葉」もなしにマイケルの前から忽然とその姿を消してしまう・・

ハイデルベルク、1966年。
“ハンナの喪失”と言う過去を未だに引きずりつつ、法学を専攻したマイケル(大学生となった)は、ロール教授(ブルーノ・ガンツ)のゼミの中で、とある元ナチス党員たちの裁判を傍聴する機を得る。

そして彼は、43歳となったハンナの姿を被告人席に認めたのだった・・

監督が『リトル・ダンサー(2000)』『めぐりあう時間たち(2002)』のスティーヴン・ダルドリー。プロデュースがアンソニー・ミンゲラ(!)&シドニー・ポラック(!)。字幕担当が戸田奈津子女史。
と、もの凄いメンバーが結集しての本作なんだが・・私的には、期待してたほどの感動はなかったかなぁ・・と(×_×)

注:ミンゲラ&ポラックの両監督とも故人である。

って言うか、ワタシが観たかったし、評価もしたかった「甘酸っぱい(あの夏の日々の)ロマンス的な演出」が中盤までにすっかりその影を潜めてしまい、そこから後はひたすらに重く、(半ば)枯れた物語世界が展開されてたよ〜な。。

ホロコースト路線で、この(作品)カラーの“反転ぶり”から連想したのは『ライフ・イズ・ビューティフル(1997)』辺りだろうか? あの作品も、中盤から作品のドンヨリしてしまってた印象が強い。

本作では、特に終盤にて(あの)レナ“蜘蛛女”オリンさんが、とある人物を“強烈なキャラ造型”でもって演じ切るんだが、ホンマにホロコーストの人々の(ナチスに対する)怒りの記憶は「(終戦から60年以上が過ぎようと)まだまだ乾いてないんや・・」と深く考えさせられもする(・ω・)

一方で、マイケル&ハンナの絆、ちぅか“心の交流”みたいなモノが、総じて思うのは「意外と表面的に過ぎなかったんかもな〜」とか。マイケルにせよ、ハンナにせよ、どちらもが「肝心な時に(相手に対し)背を向ける」みたいな言動があり、それはそれでリアルなんだろうけれど、ロマンチストな(?)ワタシとしては残念でならなかった(×_×)

中でも、一番勿体なかったのは「若き2人が1泊の自転車旅行に出かけた」と言う設定。あれは映像的にも物語的にも“かなり使えるネタ”だったハズであり、もっと「濃く描く」とか「ラストでもう1度、(別な切り口で)描き直す」とか、やって欲しかった!
ダルドリー監督には『チェンジリング(2008)』や『12人の怒れる男(2007)』『世界の中心で、愛をさけぶ(2004)』なんかの構成を勉強して欲しい! 

ケイトさんは本作においても「おっぱい出しまくり」で奮闘されてたが・・そのおっぱいの造型(?)が、年齢相応って言おうか、妙にリアルで、それはそれでゾクゾクっとさせられもした(=^_^=)
「歳、取らはったんやな〜」と思いつつ、彼女より更に年上である自身に気付き、ゲンナリとしてしまったりも・・(⌒〜⌒ι)

何にしても、前半の雰囲気の良さが崩れてしまったことに、やはり個人的にはガッカリさせられた本作。2つの時代を巡る男女のドラマの練り方(や組み立て)に、もう少し工夫が出来なかったものやろか・・?
(終盤では、レナ“蜘蛛女”オリン様が作品世界をすっかり覆い尽くしてた印象もあったし、、)

〜 こんなトコロも 〜

♦戸田さん節、やはりイマイチ炸裂せず! 「柱廊(ちぅろう)を駆け抜け」なる表現は独自性が光ってたが・・
♦アイロンがけの前、その底面に唾をプッと吹きかけるハンナの所作がワイルドで良かったかも☆
♦マイケル少年。劇中で最初の行為が「嘔吐」ちぅのは・・結構「映画史」に残るべき脚色やも知れぬ??
♦ロール先生&マイケルのドラマが唐突に終わってたけど、、カットされた部分があるんやろか?
♦マイケルを巡る「様々な女性たち」の「様々な価値観」「様々な強さ&したたかさ」がしっかり描写されてたのは、むろん評価したい! 女性監督でもなしに、良くぞあそこまで各(女性)キャラに踏み込んで描けたもんだ!
♦重要アイテムであろう「紅茶の缶(?)」・・あれはつまり、ハンナと(少女時代の)あの女性の“過去”を「観客に想像させる」ための品だったんやろか?
♦「狭く、決して清潔じゃないけれど、あたたかい」・・そんな、彼女の家の“浴槽”は何だかイイよなぁ〜(・ω・)
♦「西洋文学の“核”はそれが内包する“秘密性”である」とかなんとか(劇中で)解説されてた。

〜 こんなセリフもありました 〜

※「あなたの考えが読めるほど、長く付き合う女がいて?」

ハンナ「Look after yourself.(気を付けて)」
   「ズボンのまま風呂に入る気? ・・大丈夫よ、見ないから」 ←って、、しっかり見てるやんか!(=^_^=)
   「“このため”に戻って来たのね?」
   「私を見て・・坊や」
   「私を怒らせる? ・・自分が“それほどの相手”だと思ってるの?」
   「(『チャタレイ夫人の恋人』は)わいせつだわ!」
   「計画が得意なのね?」
   「地図は見せないで。(先のことは)知りたくないの」
   「・・朗読はもう終わりなのね?」
   「死者は生き返りはしないわ。今になってどう感じても、どう考えてもね」

マイケル“この人生は、仕事ばかりか?”
    “人を幸せにするもの・・それこそが愛だと”
    「あなたは僕のことを、何も訊ねないんだね」
    「謝るのは、いつも僕だ」
    「私は厄介な父親さ・・誰に対しても、打ち解けることの出来ない、ね」

※「あなた、真面目そうね」
マイケル「そう育てられてね」

ロール教授「社会を動かすのは何だと? “道徳”? 違う・・“法”だよ」
     「そう・・“法”は狭いのだ」
     「“感情”は無関係だ。問題は“どう動くか”なのだ」

マイケル「過去を考えることが?」
ハンナ「私たち2人の?」
マイケル「いや違う・・そうじゃない」

マイケル「静かに? 賑やかに?」
ハンナ「静かに」

マーサー「収容所で学ぶことなどないわ・・何も得られない所よ、何もね」
    「関係団体に寄付なんかしたら“赦した”と思われるわ」

追記:1958年当時の「避妊事情」ってどうやったんやろ? 冷静に考えると、ちょっと恐ろしいロマンスではありました。。

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2009年6月24日 (水)

☆『THE CODE/暗号』☆

23日(火曜)の夜。
仕事の帰りに、ミニシアター“ソレイユ”に寄り、小品を1本こなして来た☆
それは「怪作」のにほひすらもプンプンと香り立つ(⌒〜⌒ι)『THE CODE/暗号』なる邦画である。
これまでに(たぶんソレイユで)予告編をさんざみせられて来た覚えもあり・・「テンポの良さ」的なモノを直感的に感じ取ったワタシは「意外に“アタリ”かも?!」と妙な期待値を高めてもしまったのだが・・(=^_^=)

終戦から60年。上海郊外の某所には、旧日本軍(=大日本帝國陸軍省)の軍資金が隠されていると言う“巨大な金庫”がひっそりと、だが確実に存在していた。
が、その扉には「解読すれば“死”と言う褒章のみが与えられる」とされる、暗号式の複雑な錠が仕掛けられていたのである・・

川崎市に本拠を置く「探偵事務所5」は、その名すらが「5で始まる3ケタの数字」に置き換えられ呼ばれる、秘密探偵たちを擁する調査機関である。そして創立60周年を迎えた今、彼ら探偵を苦しめる事件が市内で同時多発的に巻き起こる。

映画館、工業地帯、駅構内、野球場など、多数の集まる公共の場に、それぞれ異なる“暗号”の仕掛けられた時限式液体爆弾が仕掛けられたのだ! 一部の施設は吹き飛び、多数の死傷者が発生する。
爆弾を仕掛けたテロ組織の要求は、政治犯の早急の解放だと言う。

テロ組織の要求を(当然ながら)突っぱねた公安警察の依頼を受け「探偵事務所5」の所長=501(佐野史郎)は、情報科学研究室の若き部長=507(尾上菊之助)に解読を命ずる。
女子高生=瞳(貫地谷しほり)に因数分解の個人指導をするかたわら、次々と爆弾に仕掛けられた暗号を見破ってゆく507!

いよいよ爆弾は、最後の1つを残すのみとなるが・・「174ケタの数字を5分以内に素因数分解しなければならない」と言う無茶な条件をクリアせずには解けないとされる暗号は“事務所内の全端末(100台)を集結し、演算にあたらせたとしても約3ヵ月かかる”と言う凄まじいモノだった・・

残り時間60秒! 507の弄ぶ(?)ルービック・キューブがバラバラに砕け、数字の刻まれしピースがテーブル上に散らばる・・

む〜ん・・色んな意味で「ブーツ飛んでた!」と言おうか「あちこちで(作品の構成)要素がシフトしまくってた」ってな感があったか(・ω・)
「協力:川崎市」と冒頭でババーン!と表示されてたこともあり、私的には川崎市内(=オールロケ)でストーリーの総てが展開⇒帰結するモノと考えてたんだが、、舞台はオープニングを経て、いきなし中国・上海に飛んじまう!(・ω・)

テキ集団は(川崎市のテロ組織を放ったらかしたままに)“青龍コンス”なる地下マフィアにとってかわるし「敢えて言うなら、この探偵事務所こそが主人公であると言えるかも知れない」とか紹介されつつ、事務所はほどなく上海支局(?)に移っちゃうし。。探偵ってばそこだと3人しかいないじゃん!(×_×)

おまけに序盤こそ「天才的&安楽椅子型な活躍を鮮やかにみせまくった」暗号探偵507が、(中盤以降で本格的に)大物俳優2名を迎えるにあたり、かなりその存在感の後退しちゃってた印象があったぞ?(やたらとあちこち動き回るし)

正直、佐野史郎さんあたりになると“助演”ドコロか“特別出演”“友情出演”レベルで事足りた気もしたな。

“初のアクション映画”って言われてる菊之助さんも、(表情以上に)その動きに“乏しきモノ”があり「2発ほどカッコ良く発砲シーンを披露してくれた」ぐらいがアクション面での関の山(?)だったと言えようか?

また「レトロ感」「ハードボイルド演出」などが総じて“泥臭い”ってのは、制作側が狙ってた以上の“濃ゆ〜さ”を放ってもおり・・まかり間違えば『ピストルオペラ(2001)』になっちゃいそうな“スベリ具合”と言えたかも。。

何故に川崎市を離れ、別天地(上海)に行っちゃったのか? を考えるに、、ひょっとしたら“ガンアクション”や“マフィア的な設定”を「不自然さなく」「思う存分に」描きたかっただけやないやろか? などと勝手な妄想を膨らませてもしまうワタシである(⌒〜⌒ι)

〜 こんなトコロも 〜

♦「日本探偵協会推薦」と冒頭でババーン!と表示されてた本作。探偵と言う職業の魅力が何処まで伝わるか? は正直、かなり微妙だと感じたが、、
♦『エニグマ』と言う(ドイツ軍も採用した)暗号制作機が登場してた! かなりしっかりしたレプリカモデル(?)が劇中で用いられてもおり、感心してたら・・エンドロールで“エニグマ(担当)”みたいなスタッフ名がクレジットされてて驚いた(・ω・)
♦元々はドラマ版あっての(今回の)劇場版制作、らしい本シリーズ。チョイ役ながら「津田寛治」「坂井真紀」「成宮寛貴」などの俳優陣が光ってた!(しかしドラマ版の方は、その存在すら知らぬワタシである)
♦中国では「表立っては探偵稼業が認められていない」と言うことだ。もっと“アカン稼業”が幾らもありそうな気もするが・・(←他意はありません(×_×))
♦上海支局内の壁には『探偵心得:安全第一、家内安全』と掲示されてた、、何とまぁ(⌒〜⌒ι)
♦複雑な(ハイテク系)探偵ツールが次々と登場する! ・・一方で、最も手の届きそうな装備は、507が帽子の中に仕込んでた鏡である(=^_^=)
♦上海を代表する犯罪組織「青龍コンス」のボス父子・・親父が「李」で息子が「小龍」って・・ふざけなさんな!(=^_^=)
♦プロデューサーに、御大(=^_^=)=宍戸錠の名もしっかり刻まれてた☆
♦「日本ルービック・キューブ協会」の名もクレジットされてた!(=^_^=)
♦御大2名の年齢設定は、明らかにおかしいと感じた。特に兄貴の方! 終戦時点で(若くとも)30歳代に見えたので、現代では90歳以上?? その弟分も、終戦当時は(靴磨き)小僧だったのに、今や兄貴以上に老け込んだはるし(⌒〜⌒ι)
♦“ガンファイト描写”や“キャラの言動”を眺めてて「嘘っぽいなぁ」とふと思えた“微妙な瞬間”があったり、また“脱力感”を感じたりしたモノだ。多分「核」となる部分に“何か”が欠けていたんだろう。
♦美蘭(メイラン:稲森いずみ)が「踊らない?」と507を誘うシーンが良かった☆ ワタシ自身、ずいぶん昔にとある女性に踊りを誘われたことがあったのだ。それを思い出し、少しウルッとなりますた(=^_^=)

〜 こんなセリフもありました 〜

507「一寸、失礼するよ」
   「解けない暗号は、ありません」
   「悪くは思わない。だが、お前だけは許さない」
   「暗号とは・・“隠された人の心”を誰かに伝える手段だと思います」
   「欲望と言う“甘い毒”なのだ・・この財宝は!」
   「私にも、解けない暗号がありました」

美蘭「一目見れば・・どんな男なのかは分かるわ」
  「男はみな、私にうそをつくのよ!」
  「そんなに見つめられると、恥ずかしいわ・・」
  「ホントにあたしを抱いて・・抱かれないと、愛情を感じられないわ」

※※「振り向いてはいけない・・この暗号のことは忘れなさい」
  「これで、私の戦争は終わる・・」
  「裏切り者には“死の制裁”しかない」
  「忠節と誠(まこと)を失った、今と言う時代こそが狂っているのだ!」
  「生き抜くためには、人だって殺す・・そうやって私は(今日まで)生きて来た」

小龍「親父、1つ質問しても?」
李「1つだけなら、許そう」

李「人は誰もが“宿命”と言うカゴの中にいる。この私もな」

吉岡「やってくれるかね?」
椎名「誠に誓って」

バーテン「枯れた樹ほど良く燃える、か・・」 ←妙に不敵なバーテンですた、、

美欄「探偵さん、踊れる?」
507「踊ったことはないが・・ステップは知っている」

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2009年6月20日 (土)

☆『ターミネーター4/サルベーション』☆

19日(金曜)の夜。今週も、日帰りながら(長距離)出張の目立った週で「朝食抜き」「長引く仮眠」なども続いたモノであった(×_×)
週半ばに(ひっそりと)誕生日を経たモノの、大したアニバーサリーもなく(なくてエエが)・・「記念日ってもんはなァ! 自分で設けるもんなんや!」って訳で、久々に仕事後に自由時間が取れたのもあり、新作『ターミネーター4(以下『T4』と略記す)』を観に、市の北方にある“ワーナー・マイカル・シネマズ高松”に出かけたのだった。

実は、最近の自身がどうやら“お買い物中毒”になってそな感もあり、それに伴う不安もまたあり、、そんな自らを見つめ直す意味で(?)『お買いもの中毒な私!』を先に観とこう! と思ったが・・既に最終上映が開始されており断念。。

次に、本日から上映の始まってた(!)『トランスフォーマー/リベンジ』に気付き「コレもエエやん!」と考えたが、、こちらは逆に上映開始まで2時間ほど間が空くのでパス(⌒〜⌒ι)

ってことで、結局は予定通り(=^_^=)『T4』を観ることに決まった☆

・・観るのは『T4』だのに、ちゃっかり『トランスフォーマー』ヴァージョンの(ミニフィギュア付)ドリンクカップを買い求めつつ、シアター内へと向かったワタシでもあったが・・(=^_^=)

2003年、テキサス州のロングヴュー刑務所。死刑の迫る囚人=マーカス・ライト(サム・ワーシントン)の前に、ガンに冒され余命幾ばくもないセレナ・コーガン博士(ヘレナ・ボナム・カーター)が“最後の面会”に訪れた。

「これはあなたにとって“(人生の)2度目のチャンス”なのよ」と“謎の説得”を試みるセレナ博士に、ついに彼は“サイバーダイン社の準備した献体同意書”に契約のサインをする。

間もなく刑が執行される。死刑囚マーカスの腕に、静かに注入される薬物。

「これが死の味か・・」彼の視界は白く明るく広がって行くのであった・・

〜 21世紀初頭、“審判の日”と呼ばれる「全世界規模の同時多発的核攻撃」により、人類の大部分の生命は失われ、高度な文明はたちまち崩壊を遂げてしまう。
その引き金となった「サイバーダイン社の人工知能システム=スカイネット」は人類を完全に滅ぼそうと、マシーン(機械軍)を日々進化させ、生き残った人々をも追い詰めてゆく・・

そんな中「人類を救うと予言された男」ジョン・コナー(クリスチャン・ベール)が抵抗軍を結成、ここに“マシーンvs人類”の激闘が開始されることとなる 〜

2018年、荒廃したロサンゼルス。4日後に“最終決戦”を控えた抵抗軍は、司令官(マイケル・アイアンサイド)を海底深くの司令部(=潜水艦内)に配し、地上における実戦部隊を指揮するのが若きジョンであった。
ジョンらは戦いの中、マシーンに聞かせることでその動きを強制的に停止させることの出来る“特定のシグナル(短波)”が存在することを発見する。

一方、廃墟の中で眼を覚ましたマーカスは、記憶を失った状態のまま、マシーンの攻撃にさらされる。そんな彼を救ったのが言葉を失った少女=スターと、彼女の兄貴的な存在である少年=カイル・リース(アントン・イェルチン)であった。

戦いの中で「自分が何者なのか?」と言う“自意識”を断片的に取り戻してゆくマーカス。そしてラジオから流れて来たジョンの“同志への呼びかけ”に、抵抗軍への合流を望むカイル&スター。
ジョンとカイルが出会う時、彼らの運命は想いも寄らぬ方向へと転がってゆくのであった・・そう、彼らこそは・・!

前作『ターミネーター3(2003)』がどうやらハリウッド的に“なかったこと”として半ば葬られてる印象(?)を受けるファンも多かろう本シリーズ。いよいよそれまでのストーリーでは「小出しでしか描かれて来なかった」世界観がメイン舞台となった☆

やっと「1歩、踏み出してくれたな!」と嬉しくはある半面、どうにもこれまでのハリウッド作品で描かれ尽くした“終末的サバイバルムービー”の(手垢のつきまくった)流れをダラダラと見せられ続けもし「既視感ありまくるし!」と苦い表情をせざるを得なかったのは、果たしてこのワタシだけでもあるまい(・ω・)

何だか全体的に「どっかで観た演出だぞ?」「全人類規模の物語の割に、半径の狭い世界だぞ?」と正直ガッカリさせられたかな、と。
新たな“輝かしき1歩”は踏み出しつつ「こんな『ターミネーター』を観たかったんじゃねぇし!」と感じた気持ちは『エイリアン4(1997)』を観た直後の(微妙な)心情に相通じるトコロが多い。

結局のトコロ『ターミネーター2(1991)』の公開前後で「ハリウッドの方向性&映像的表現が明らかに変わった!」とハッキリ感じるワタシからすれば、この『T4』前後で・・は大して何も変わんないんやろな〜と直感的に思えてしまう「印象の薄き作品」に結論づいてしまう訳で・・

人間とマシーンの関わり(≒交流)を描く・・ってな、本シリーズならでは(?)の演出を“予想と違った形”で再構築してくれた脚本には「ホンマに頑張った!」と言ってあげたいけど。

あ、でも「前作」は完全に超えてましたね。
そこだけはまず断言出来ますわ、うん(=^_^=)

〜 ほか、こんなことも 〜

♦「マック爺」「マック自慰(おいっ)」などとも揶揄される(のか?)MCG(マック・ジー)監督が「フルスロットル気味」で頑張ってくれている(=^_^=)
♦サラ・コナー(リンダ・ハミルトン)が肉声&写真のみながら登場☆
♦こと『ターミネーター』世界においては“人間の頭蓋骨は、ただ踏みつぶされるためにのみ存在する”って感がある(⌒〜⌒ι)
♦前作でジョンの恋人=ケイト・ブリュースターを演じたのはクレア・デインズちゃんだったが、、今回は“ハリウッドの新星(←って今も言うの?)”ブライス・ダラス・ハワードさんでした。何となく“ジュリエット・ルイス系”のご尊顔に見えましたが、、
♦やはりT−800の燃料電池(核バッテリー)は強力だった! って言うか、むやみにきゃつらのボディを銃撃したりしてエエんやろか。。(自爆コマンドもあったりして!)
♦1体のみ、何故だか全裸で登場したターミネーター(⌒〜⌒ι) いわゆる「夜のお散歩」だったんか?
♦水中にもヘビ型のマシーンがうようよと・・これには爆笑してしまった(=^_^=) きっと“フライング・キラー”とか言うんやろな。
♦進路(=道路)上に張られたロープの存在にも気付かぬモト・ターミネーター(バイク型マシーン)。かなりのアホと見た!
♦司令官の一方的な通告に「今の無線、最後のトコロはオレには良く聞こえなかった」「オレもだ」と言ってくれる仲間らは、ちょっとカッコいい☆ ←実社会にはそんなヤツはいない(=^_^=)
♦脳の奥深くにチップが仕掛けられてると思いきや、、案外すぐに取り出せるのね(×_×)
♦生き延びたとしても死刑囚、、その後も周囲の人々に色々と不運を伝播させていってたようで、、
♦“侵入型プロトタイプターミネーター”・・何だかボディ内の構造(特に胸腔部)がチャチ過ぎはしなかったか?
♦T−800、第1作に比べ、同じモデルなのに、ムチャクチャ動きがスムーズかつ素早かった(=^_^=)
♦『ロボコップ(1987)⇒マシーンの自我的演出』『宇宙戦争(2005)⇒巨大マシーン&その内部に収容されちゃう人々。またホロコーストを連想させる描き方』『トランスフォーマー(2007)⇒マシーンの(造型&動きなどの)映像演出』『エイリアン4⇒某人物の意外な正体を巡る脚色』『マトリックス/リローデッド(2003)⇒某人物とのちとウダウダした対話演出』『ダークナイト(2008)⇒(まんまな)モト・タミ、、』などと色々が似てたりする、、
♦ブレア・ウィリアムズ役のお姉ちゃん、私的には“般若(はんにゃ)顔”と決め打ったが・・(⌒〜⌒ι)
♦モト・ターミネーターって、、簡単に“人間用のフツーのバイク”に改造出来るんやね(苦笑)
♦終盤に登場する“T−800工場”、、いかにも人間メインで働いてそな雰囲気&構造だったんですけど、、
♦やはり、どのマシーンもかなりアホ過ぎると思う。
♦カイル役を演じたイェルチン君は『スター・トレック』でチェコフを演じてた彼! 今回もロシア語なまりでお願いしたかった(=^_^=)

〜 こんなセリフもありました 〜

マーカス「生き延びたければ・・来い!」
    「銃を相手に向ける時は、撃つ気で構えろ」
    「生きていたければ、運転はオレがする」
    「死ぬことになら、慣れているさ」
    「オレがお前にとっての“最期の望み”なんだぞ」

カイル「これは“2日前のコヨーテ”の肉だ。少なくとも“3日前のコヨーテ”よりは美味いさ」
   「ジョン・コナー・・この人を見つけよう」
   「仲間を埋葬する、それが人とマシーンの違いだ。あんたは埋葬してなんか貰えないだろうさ」
   「隠れていても、見つかるさ」
   「一番大事なのは、生きることさ。ここ(知恵)とここ(度胸)でね」

ブレア「最近は“いい男”がすっかり減ったわ」
マーカス「オレは“いい男”じゃない」
ブレア「あんたはいい人だわ。ただそれに気付いていないだけよ」

マーカス「人生に“2度目のチャンス”はあると?」
ブレア「ええ、あるわ」

サラ「本当に困った時は“自分の心の声”に従いなさい」

ジョン「我々の行動が奴ら(=マシーン)と同じなら・・この勝利に何の意味がある?」

ケイト「皆があなたの不在に気付いたら、何と言えばいい?」
ジョン「“戻って来る”と」

副官「これは、テキの罠でした」 ←素直なのはイイんですけど・・

※“人間とは何だ? それはプログラムでもチップでも造れはしない。「心の強さ」のみが造ることの出来るものだ。
  それが人とマシーンの違いなのだ”

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2009年6月16日 (火)

☆『チェイサー』☆

15日(月曜)の夜、仕事帰りに近くのミニシアター“ソレイユ”に寄り、今週から(夕方⇒夜に)上映開始時間のシフトした新作(?)『チェイサー』を観て来た☆
「仕事帰りに観れる時間帯に切り替わり次第、すぐ観よう!」と前から決めてたんだが、奇しくも本日がサービスデー(メンズデー)だったので“1英世ちょっきり”で観ることも叶い、ちと嬉しかった☆
半面、客層がおっさんばっかしで華には欠けたが・・(⌒〜⌒ι)

韓国・ソウル市の歓楽街=マポ区マンウォン町。ここでは、風俗(デリヘル)嬢が忽然と姿を消す事件が続発していた。2年前までは刑事で、今はデリヘルの元締をしている中年男=オム・ジュンホは、雇っている風俗嬢2人が消息を絶ったことに、
・手付金(1人につき500万ウォン?)を持ち逃げした(背後に男の存在?)
・よその業者に拉致され、売り飛ばされた
の2つのケースを想定し、独自に彼女らの足取りを調べ始める。

だが、マンウォン町の上り坂となった狭い路地脇に、1人の乗っていたジャグワー(英国高級車)が無造作に駐車されているのを発見、その車内に(彼女の)携帯電話までもが残されていた事実に驚く。
彼女の(消失)当夜のスケジュールを(電話受付簿で)確認したジュンホは、最後に呼び出して来た(相手の)携帯番号の末尾が“4885”であることを記憶に止めるのだった。

その結果、驚くべきことに、消えた2人ともが“4885”に呼び出されたのが「最後の仕事」であったことが判明する!

一方、風邪で休養してるのをムリヤリ働きに出させた子持ちのミジンが、これまた“4885”の人物に呼び出されてしまう。相手が恐らく「売り飛ばし目的のチンピラだろう」と踏んだジュンホは、ミジンの携帯宛に「相手の家に着いたら、シャワーを借り、そこから居場所をメールで送れ」と指示する。
しかし、その人物宅でメールを送信しようとしたミジンは、浴室が「その窓までもがレンガ壁に覆われた」電波すらも遮断された空間であることを知る・・そして、浴室の床には毛髪のこびり付いた肉片の流れ残りが・・

マンウォン町で消えたミジンの足取りを辿るジュンホは、出会い頭の事故を起こした相手=挙動不審な青年・ヨンミンが“4885”その人であることを直感的に突き止める。

独自の鉄拳手法(?)で、ヨンミンに消えた3人の居場所を吐かせようとするジュンホ。
だが、駆け付けた警官により2人(?)は検挙されることに。

警察の生ぬるい(?)取調べの中、捜査陣をあざ笑うかのようにヨンミンは
「売ってなんかいません。殺しました・・9人をね。いや、考えてみたら・・殺したのは12人だった」
と淡々と言葉を漏らす! しかし、(殺人罪に結び付ける)物証が全く出ないため、そのままでは12時間しかヨンミンを勾留しておくことが出来ない。

ミジンたちは果たして? 残されたミジンの(7歳になる)1人娘を取り敢えず引き取ったジュンホは、その子のためにも、ミジンを無事に救い出そうとするが・・焦る中、時間ばかりが過ぎて行くのであった・・

うーん・・コレはエグいなぁ(×_×) 描写の不気味さや、真っ黒な泥沼の中でもがくかのような主人公(ジュンホ)の“半ば空しい”言動などにもある種の“絶望感”が満ちているんだが、、それ以上に、後半〜終盤にかけての“神の不在さ”には、観客の“尾を引く後味の悪さ”がそのピークに達しもする(×_×)

「余りにあっさり捕まってしまう容疑者」「後半に向かって、雨が降り続く作品世界」「猟奇犯の“遺体損壊趣味”」などの脚色に『セヴン(1995)』と言う大きな先輩格(?)を思い出したワタシだが、あちら以上に「描くトコロを“敢えて”露骨に描く」現実的な凄み(?)もまた充満しており、眼を覆ってしまう観客もいるのではなかろうか?

『羊たちの沈黙(1991)』で言えば、ハンニバル・レクター博士と言うよりはバッファロー・ビルのキャラ造型に近かった猟奇犯=ヨンミン。
性的な特徴も含め、意外となよっちいヤツではあるんだが・・それ故に「自分より弱い立場(状態)の相手を徹底的にいたぶり殺す」みたいなリアルな恐ろしさも感じてしまった。。
同じ狂人でも『ノー・カントリー(2008)』の“ボンベくん”とは全く輪郭の濃淡の違うキャラだな、と。

中盤ではミジンの娘(名前、何だっけ?)を連れてのジュンホの捜索行、みたいな様相を呈しはするんだが・・それにしては“あの終盤”には「うーん」・・と感じてしまったワタシ。

前述の『ノー・カントリー』や『ミスト(2008)』もそうなんだが・・近年って、万人が予期しない方向へ方向へ、とエンタテインメントの既存枠(?)をぶっ壊して突き進むのが“監督ならではの力量”みたいに勘違い(?)されとるんじゃなかろうか?
・・と違った方向に懸念のベクトルの向いてしまったワタシであった。。

〜 こんなトコロにも気付いた 〜

♦7月10日(土曜)なるカレンダーが描写されたトコロから察するに、物語の舞台は「1999年」「2004年」「2010年」のいずれかだったようだ。
♦ソウル市長が人糞(?)をその顔面に投げ付けられる、と言う「それはそれでスゴい事件」が同時に現場では(=^_^=)起こっていた!
(TVでは「袋の中身は黄褐色の物体で・・」みたいにソフトに(=^_^=)報道されてたが、、)
♦同じキーで開いちゃったりなんかしちゃったりする、全く別な扉もあったりなんかしちゃうもんなのです(←広川太一郎口調、、)。。
♦ソウル市警には“機捜隊(機動捜査隊)”なんてなセクションもあるらしい。豪雨の中、ソンミ山中で遺体捜索させられたり・・とエリート集団とも断言出来なさそな“こき使われぶり”だが、、
♦ジュンホによる「いきなしパイプ椅子殴り」は、相手にかなりなダメージを与えそう(×_×)
♦車内を(雨降る外側から)ガラス越しに映し、その向こうで娘が号泣、ジュンホが(携帯に向かって)怒声を発してる映像描写、はなかなか良かった(むろん“セリフなし”である!)
♦“タバコ屋おばさん”と“忠犬プンサン(?)”の迎える運命もまた、哀し。
♦走りながら泣けて来てはった主人公の姿に、ちと“迫るモノ”があった(⌒〜⌒ι)
♦ミジンさんを演じた女優さんが、観ようによっては「風吹ジュン」さんぽくって、ちとドキドキしてしまったワタシ(=^_^=)

〜 こんなセリフもありました 〜

ヨンミン「酷い(クルマの)止め方だな」
2人目「イイのよ、すぐに帰るから」

ヨンミン「助かりたい理由は? ないのか? ・・理由なんかないよな?」
    「動いたら、痛いぞ」
    「ノミと金槌を使います。絞殺や刺殺は苦しむから」

署長「なんてバカな奴らだ!」
  「命がけで事件を解決しろ! この先も家族を養いたいならな!」
  「証拠が挙がらなけりゃ、作ってでも持って来い!」 ←おい
  「使えん奴らだ!」

ジュンホ「(後部座席の)吸い殻は(車外に)棄てたか?」
娘「はい」
ジュンホ「・・シートに穴が開いたか?」
娘「はい」

精神科医(?)「ノミを自分の性器だと思って、女性に突き立てたのか?」

刑事A「これは血痕か?」
刑事B「いや、キムチの汁だろう」 ←こら

ヨンミン「金槌や棒はある?」
おばさん「金槌ならあるよ。あんたがここに居てくれると、心強いよ」

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2009年6月12日 (金)

☆『荒野の七人(1960)』☆

11日(木曜)の夜、衛星第2で放送されてた『荒野の七人』を終盤(約40分程度)のみながら観た☆

実はここ3週間ほど、毎週木曜の夜(のみ)に6キロほどの距離をジョギングしており、この夜もそっちを優先したので「帰宅後の鑑賞」となってしまった次第。
因みに1週間に1夜だけのジョギングなので・・全然(当然?)「走ること」に身体が慣れて来ず、毎回ぶっ倒れそうになってるワタシ(×_×)
ま、本格的にランニングシューズも購入したことだし、出来るだけ(週1回にせよ)走るクセを維持して行きたいな、と。

巨匠=黒澤明監督による、日本を代表するサムライ映画『七人の侍(1954)』の世界を、大胆にも“西部開拓時代のメキシコ”に置き換えたガンアクション作。『七人の侍』に惚れ込んだ俳優ユル・ブリンナーが製作した、とのことで、大まかな物語の構成や、セリフ回しなどに類似点(オマージュ?)が見受けられる。

頭領=カルヴェラ(イーライ・ウォラック)率いる盗賊集団に悩まされ続けるメキシコのとある小さな村。村人たちは“7人のガンマン”を用心棒に雇い、カルヴェラ一味を追い払おうと考えるが・・

オリジナル版と違い、終盤の決戦(開始)まで7人のガンマンがしっかり(1人も欠けず)揃っている辺りに、ユル・ブリンナーなりの“こだわり”を見た気がした(=^_^=)
彼自身を用心棒軍団のリーダー格=クリス役に、ヴィン(スティーヴ・マックィーン)、ベルナルド(チャールズ“ヒゲなし”ブロンソン)、リー(ロバート・ボーン)・・らが盗賊集団を迎え撃つ!

結局、(出演が)良く分からず残念だったのは・・ジェームズ・コバーン演じるガンマンの言動を全くと言って良いほど確認出来なかったこと(×_×) 7人の中でも“最もクール&ニヒルなキャラ造型”だったらしいが・・(・ω・)

にしても・・マックィーン、ブロンソン、コバーン・・と妙に“お猿フェース系”が一同に会したもんだな、、(⌒〜⌒ι)

流石はあちゃらの西部劇だけあり、カラッカラに晴れ渡った砂漠の空の下、終盤の銃撃戦は展開していた。。オリジナル版において「特筆すべき」演出でもあった“驟雨(しゅうう)の中の決斗”みたいな状況の醸し出す“悲壮感”なんぞはカケラもなかったのである・・

〜 こんなセリフもありましたか 〜

ヴィン「“全裸でサボテンに飛びついた男”に、その理由(わけ)を訊いたことがある」
盗賊「そいつは何と?」
ヴィン「“その時はイイと思った”とさ」

ヴィン「初めて用心棒の仕事を引き受けた時・・“情けは棄てろ”と言われた」
   「ヤワなのは、あんただけじゃないさ」

ベルナルド「銃なんか扱えるより、(家族を養うと言う)責任を背負う方がよほど勇敢だ」

※「眠るなら白いシーツに限る」

クリス「行くなら行けよ、もう借りはないんだろ?」
リー「あるさ、自分にな」

カルヴェラ「戻るとはな・・お前のような男が、こんな村に・・何故だ?」

長老「あんたらの戦いは終わったが、わしら農民は毎日が戦いだ。
   これが豊作なら礼もハズめたが・・」
  「あんたらは風だ。ただ大地を吹き抜け、慌ただしく去って行く」

クリス「長老は正しい。勝ったのは農民だ・・俺たちはいつも負けだ」

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2009年6月11日 (木)

☆『ミクロの決死圏(1966)』☆

9日(火曜)の深夜、衛星第2で放送されてた『ミクロの決死圏』を、中盤からながら観た☆
実は、ちと寝付けず・・何の気なしにTVを点けたらやってた次第。
前もって知ってたら、最初から観てたのに・・(×_×)

脳内に致命的な傷病(?)を負った要人=ベネシュ氏の生命を救うため、潜航艇“プロテウス号”に乗り込んだ5人の科学者&医師らが、特殊技術で艇ごとマイクロ化⇒体内から治療を行うことに!

だが、体内を潜航する艇は、ベネシュ自身の抗体により“異物”と認識され、数々の妨害に遭遇する・・
その一方、艇内の設備が何者かに破壊されると言う事態が発生・・クルーたちの中に互いを疑う空気が広がり始める・・

オトナ(ってか、今やおっさん)の眼で観たら“めちゃめちゃに面白い”1作! これを小学生時代に観て(いや、確か家族で観た覚えはあったな)、もう一歩“この楽しさを享受すること”が叶っていたら・・或いは、今頃は“世界的な脳神経外科医”になっていたかも知れないと思うと・・悔しい(=^_^=) ←今世じゃムリ!

患者の体内からレーザー銃で悪腫(?)を除去する、みたいな演出は、十分に現代医学に通じるモノがあり、当時の医学考証のすさまじさには驚愕するばかり! 原題が「Fantastic Voyage(素晴らしき旅)」と大して面白くもなんともないネーミングなのを“決死圏”なる言葉を当てはめた日本の配給会社(?)の手腕にも拍手を送りたい!

潜航艇自体の(縮小)制限時間(を過ぎると元のサイズに巨大化を開始する(×_×))が60分程度しかなく、どうやらそれを超えると・・「患者の身体を破壊し巨大化してしまう(!)」と言うより「異物とし白血球に取り込まれ吸収されてしまう」って展開となるようだ(・ω・)

1人の人間の体内に“擬似的な宇宙”を設定し・・その中で“紛れ込んだテキ工作員の存在”を互いに警戒し合いもする、みたいな「密室系サスペンス劇の要素」までも含んだ、プロットの巧みさも良い☆

なお、ウィキペディアで本作を調べてみると・・どうやら“リメイク制作”のハナシもあるようで・・「またかよ!」と閉口しつつ、期待値をつい高めてもしまうワタシである(⌒〜⌒ι)

追記:BS2さん、今度は『インナースペース(1987)』の放送も、是非お願いします・・(=^_^=)

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☆『恋人までの距離(1995)』☆

9日(火曜)の夜、衛星第2で放送された『恋人までの距離(ディスタンス)』を中盤より鑑賞した。
ってか、放送されてると知ってたら、最初からきっちり観たのにん・・(×_×)

すでに以前にも、本ブログで(※2008年11月14日(金曜)の記事参照)、大体の所を“思い入れもたっぷりに”書きまくった感のある本作だが・・やはりワタシの“恋愛映画ベスト69(←中途半端な数やね!)”の上位に、これまでも&これからも食い込み続けるであろう作品であり・・やっぱり最後まで観てしまうのだった。

で、またもや(=^_^=)途中からセリフをメモし始めたので、参考までに・・(・ω・)

ジェシー「面白いものにはカネがかかるね」
    「僕は心から人を愛せる・・でもそれより“何か”を遺(のこ)して死にたい」
    「総てには終わりがある。だから(今と言う)時や時間が大事なんだ」
    「人間関係がイヤになる。いつもそこから逃げ出したくなるんだ」
    「“偽インテリ”になり、つまらない話を繰り返しそうだ」

セリーヌ「さっきのがケンカなら、ケンカってかなり楽しいものね」
    「“詩で人生が輝く”って素敵ね」
    「男を中心に生きるのはイヤよ。だけど、愛し愛されたいわ」
    「神がいるのは、人の心の中じゃない。人と人の間の“わずかな隙間”に居るのよ」
    「この時間が空想の産物みたい。幻想のように思えるの」

ウィーンのホームレス詩人の作品“ミルクセーキ”より

僕は迷える天使 それは幻想のパレード
僕の熱い胸の内を知って欲しい
僕は何処から来て 何処へ向かうのか
僕は君を導き 君は僕を導く
まだ僕が分からないのか?

ジェシー「女は平気で男を滅ぼしちまうのさ」
セリーヌ「女は男を滅ぼしたりしないわ・・男が女を滅ぼすのよ」

ジェシー「僕らは“結ばれる”のが自然なんだ」
セリーヌ「それってバカげた男のファンタジーね」

オーデンの詩より

刻(とき)に惑わされるな 刻は征服出来ない
刻は人の生命を超える
明日か 今日にも

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☆『レッド・サン(1971)』☆

10日(水曜)の夜、衛星第2で放送されたものを中盤より鑑賞(約30分の遅れ)。。

本作がこの夜、放送されることは知っており、冒頭から「観る気マンマン」だったんだが・・ちと酔っ払っての帰宅だったこともあり“ほんの少し”のハズの仮眠が約1時間半にも及んでしまったようだ・・ぐふぁっ(×_×)

テレンス・ヤング監督による“異色の西部劇”。

日本からやって来た侍=黒田重兵衛(三船敏郎)が、さすらいのガンマン=リンク(チャールズ・ブロンソン)と共に“左利きのゴーシュ”と呼ばれる盗賊の頭領(アラン・ドロン)を追う。
黒田は奪われた(大使に献上すべく持参した)宝刀を取り戻すため、リンクはゴーシュの持つ“隠し金”の在処を掴むため。

3者がいよいよ相まみえた時、コマンチ族(ネイティヴ・アメリカン)の一団が押し寄せ、乱闘の様相を呈することに・・

いやー、豪華やね!

ワタシの中では「おお、ミフネ!」「おお、アラン・ドロン!」「ブロンソン・・んん〜?」って感じで直感的なランキングを設けてる訳であるが(=^_^=) にしても日米仏(3俳優)+英(監督)の“もの凄いワールドワイドな企画”とは評したい!

日本人としては、やはりミフネの侍姿(と数々の所作)に感動☆ 雪山での温泉入浴シーンでは“白ふんどし姿”までも披露してくれたり、辺境の娼館で米人女性と(ちゃっかり)一夜を共にしてくれたり、とサービスシーンも全開である(=^_^=)

しかし、、冒頭の30分間に“何らかのフリ”があったのか? 終盤の“乱戦”の中で、予想もしない展開を、物語は見せることに(×_×)

きっとアラン・ドロンファン、ミフネファンは当惑し、ブロンソンファンは恐縮するんじゃないかな、と(・ω・)
私的には、あの終盤を観るにつけ、ガタガタっと本作(って言うかテレンス・ヤング監督)に対する評価がダウンしてしまった、、

「ブロンソンに花を持たせ過ぎ!」な印象がかなり尾を引くのであるが・・まぁミフネと言う偉大な俳優を知る上で、欠かしては通れぬ1作とは言えよう、、か。

〜 こんなセリフもありました 〜

黒田「カネよりも使命を果たすことこそが大事だ」
  「我が国にも“国を分ける”大きな戦(いくさ)があり、すっかり国が変わってしまった・・
   じき合衆国のようになるだろう。“武士の時代”もいずれ終わる」
  「我らの先祖は400年間、戦の中で死んで来た・・それは一族の誇りだ」
  「“腹満たさるる者、心たるむ也”と武士道は説いておる」
  「馬鹿者めが、着物を返せ!」 ←日本語!
  「あと1日だ、これを大使に頼む」 ←これも日本語!

リンク「お前が切腹するのを見届けてやるよ」
黒田「その前に、お主の首が飛ぶぞ」

リンク「呑むか?」
黒田「いや。大事な明日に備え、すっきりとした頭でいたい」
リンク「そうか? 俺はその明日のために呑むんだがな」

リンク「いつか、あんたに銃の扱いを教えてやるよ」

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2009年6月 9日 (火)

☆『ハゲタカ/劇場版』☆

8日(月曜)。
仕事を終え退社⇒区切りの付いた時点で18:05頃であったが・・「1本、行っとこ!」と雷にうたれたように決意し(=^_^=)、“ワーナー・マイカル・シネマズ高松”にて新作邦画『ハゲタカ/劇場版』を観て来た☆

そもそもが、先週から「都合が付けば即刻行こう!」と心に決めてた1本であり、行ける時に行く気は常にあったんだが・・上映開始時間が18:20ってことで、いつもに増して劇場に突進する心意気だった。

通常は会社前⇒劇場ロビー内まで、大体15〜20分かかるんだが、今日はどんな“神の力”が作用したのやら(=^_^=)10分で到着することが叶った☆ ある意味、クルマで行くより早い到達時間だったかも知んない(⌒〜⌒ι) オレってすごぅい!

さて。『ハゲタカ』と言えば某国営放送局(=^_^=)制作の“骨太金融ドラマ(?)”とし、初めて放映された当時(2007)には、さながらTVにかじりつく(?)姿勢で観た覚えがある(と言いつつ「第1話」と「第5話」は、再放送が繰り返されてる今も観れてないままだが、、)。
満を持して(?)の劇場版ってことで、いやが上にも期待値を高めてしまったワタシである・・

弱体化した“今の日本の姿そのもの”であるような巨大自動車産業“アカマ自動車(=赤間自動車製造(株))(売上高=5兆円)”は代表取締役・古谷隆史の指揮のもと、社運をかけた渾身の新型車“アカマGT”の発表会(2008)を行う。

が、直後に謎の中堅ファンド“ブルー・ウォール・パートナーズ(BWP)”によりTOB(株式公開買付け)を仕掛けられる。
BWPの提示した株式の買付額は1300円。この額に株主がたちまち動き始める・・
これに慌てたアカマの経営陣は“企業再建のプロ”芝野健夫(柴田恭兵)を招き、突き付けられた“敵対的買収”の刃を防ぐよう要請する。

芝野はかつての戦友でもある“伝説のファンド・マネージャー”鷲津政彦(大森南朋)を南の島(?)にようやく探し当て「アカマを、いや今の日本を救ってくれ・・!」と熱く語りかける。

一方、BWPの若きCEO(代表)=劉一華(リュー・イーファ:玉山鉄二)は「3大支援提案」なる好条件をアカマに提示する。それは「海外戦略」「国内展開」「現経営陣」の総てに対し配慮された“友好的買収の証左”とも取れる内容であった。

いよいよ鷲津率いる“鷲津ファンド”がアカマに対する“白騎士(ホワイトナイト)”とし名乗りを上げ、2大ファンドの戦いの火蓋が切って落とされる・・

劉の真意は? 鷲津の勝算は? そして鷲津がファンド・マネージャーとし名を上げた外資系ファンド“ホライゾン・インベストメント・ワークス”時代の劉と鷲津の因縁とは?

BWPの背後に“CLIC:中国政府直轄(!)の投資ファンド”の存在が静かに浮かび上がった時、アカマの総ての関係者は戦慄を覚えることとなる・・

(筆者注:ストーリー冒頭で、アカマ自動車の「資産価値=5兆円」、と記載してましたが、「売上高=5兆円」と謹んで訂正させて頂きます)

ぬぅ・・「カタい!」「熱い!」そして「空しい!」と、2時間ちょいの“お勉強”のような鑑賞だった(⌒〜⌒ι) いや、展開や、描き方はそれでも十分に「エンタテインメント作」なんだが・・ドラマ版の頃から“キャラ造型”をある程度は掴んで(=形成して)おかないと、彼ら同士の言動や(そこに現れない)絆みたいなものが「良く見えて来ないまま」に過ぎてしまいそうな、そんな気がした。

「TOB」やら「ホワイトナイト」やらの言葉(業界用語?)自体が、サブプライム問題⇒リーマン兄弟(?)ショック以降、資産家の投資信託(ファンド)離れも手伝い(?)、いまいちピンと響いて来ない気もしたんだが、、その辺りは正直、詳しくない世界なので・・ワタシごときがあんまりどうこうコメントしない方が賢明だろう(⌒〜⌒ι)

私的には、劉&鷲津それぞれの「(心の内面の)表からは窺い知れない動き」や「非公式な行動」などが、たまに(発言と)チグハグだったり、何故だか妙に感傷的だったりするのが「人間なんやなぁ〜」と面白く思われたか。

「カネで人間は動くのか?」「そも、企業とは何なのか?」なんてな、答えの出しにくい(或いは答えのない?)問いが露骨に観客に投げつけられたりもする本作。

やったこともないワタシながら・・「投信(投資信託)は、やっぱやめとこ」と・・そこだけはすんなり結論が導き出されたのだった(=^_^=)

〜 こんなトコロも 〜

♦国内で「既に死んだ」とまでウワサされてた鷲津。にしても、その間のブランクはどう埋めたんだろ? 現場の勘とか、かなり鈍ってしまってたと思うんだが、、
♦ドバイの石油王にとって、投資をする理由は「子孫の為」とのこと。(金銭的に)余裕ある範囲で子孫のため資産運用をする・・これって至極全うな投資家の姿やな、と。
♦突き詰めると「相手の企業イメージの落とし合い」みたいな“ヤラしい世界”でもあるのね(×_×)
♦這いつくばってかき集めて400万・・何かを掴むと同時に、何かを確実に喪失する瞬間でもあろう、、
♦「お前は、誰なんだ?」の問いが2度、鷲津の口から放たれた。問われた相手の反応に変化が・・
♦劇中の誰も(終盤の1名を除く)“アカマGT”に乗ってへんやんか! そんなんじゃイメージ戦略のイロハの失敗だっての(=^_^=)
♦ドラマ版の醍醐味である「親子のドラマ」「下請工らのドラマ」はばっさりカットされてた。。
♦“クルマ産業”そのものに大胆に斬り込んだ造型(演出)は殆どなかった。。
♦“若きハゲタカ”の印象は意外と弱かったか?
♦終盤の展開は、ドラマ版をなぞり直しただけの感(×_×)
♦本作での芝野の立ち位置は“かなり”下がってた(・ω・) 友情出演レベル?
♦鷲津のキャラにもはや「謎」の部分は仕組まれてなかった、、これにより「ドラマ版でハゲタカ=鷲津を巡るハナシがほぼ総て描き尽くされていたこと」に改めて気付かされた(・ω・)
♦“あの事件”の下手人は誰? “所持してたナイフの形状”にフリがあるんやろか?
♦大森南朋さんの旅番組が是非観たい(=^_^=) 笑顔一切なしで、脱いだスーツの上着を片手にウロウロと・・(=^_^=)
♦“本作そのもの”を(かつての『SHINOBI/忍(2005)』のように、、)“映画ファンド”作品にしてはどうだったか?(ま、某国営放送が制作の中心にあるので有り得んか(=^_^=))
♦「人として何か大事なモノ」のすっかり欠けてる、極めて孤独な2人(鷲津&劉)の生き方が“反面教師”としては良いのかも、、

〜 こんなセリフもありました 〜

※「君の祖国である日本を、買い叩け」
 「鷲津なんて“過去の人”だよ」
 「日本人は“情緒的な民族”だ」
 「生ぬるい地獄だよ・・今の日本は」
 「圧倒的に(ニュース)バリューが違うだろうが!」
 “人生の悲劇は、2つしかない。1つはカネのある悲劇、もう1つはカネのない悲劇・・カネが悲劇を生む”

古谷「何とかしてみせろ! そのために高いペイを払っている」
  「憧れや夢で飯が喰える、そんな生易しい時代じゃない」

三島「彼は死んだ、とも言われているわ」
西野「表舞台から降りれば、そんな風に言われる世界だからね。
   ・・でも必ず戻って来るよ、あの人は」

芝野「世間では、お前は死んだと言われてる」
鷲津「だったら、そうなんでしょう」

鷲津「今の日本に、私の出来ることはありませんよ・・あの国は変わらない」
  「私は日本を棄てたんです・・もう戻る気はありません」
  「お前、たった200万で、人を殺したことがあるか?」
  「強くなれ。強くならなきゃ・・人を殺してしまう」
  「世の中はカネだ・・カネが悲劇を生む」
  「腐ったアメリカを・・買い叩く! 買い叩く! 買い叩く!」 ←大事なことなので、3回言いましたよ(=^_^=)
  「見に行きますよ、焼け野原を・・資本主義のね」

芝野「昼間からブランデーか?」
  「“腐った世界”を造ったのは俺たちじゃないのか? 旗を振って来たのは俺たちでは?」
  「腐ってしまったのは、お前の方じゃないのか?」
  「すぐにウォールームの準備を」
  「これから先は情報戦となる!」
  「企業を経営するのは、株主ではなくあなたです」

劉「アカマの死は・・日本そのものの死を意味するでしょう」
 「彼、友達なんで。いつでも通してあげて下さい」 ←“マンダリン・オリエンタル東京”に顔パス化!
 「俺は、あんたをずっと見ていたよ・・成功も失敗も」
 「あの時のあんたの言葉が、俺のバイブルに」
 「賢い人間は、運命には逆らわない」
 「カネを粗末にするな! ・・拾え!」

鷲津「お前は、誰なんだ?」
劉「あんただ・・俺はあんただ」

守山「アカマじゃ、派遣工の採用は人事部じゃなく、調達部が扱うんだ・・つまり、工員なんて“部品”なんだよ」

王子「何故、君は口を開かないのだ?」
鷲津「あなたが口を開かないからです、殿下。
   お言葉ですが、私は通訳と話しに来たんじゃない」

三島「憎しみからは、何も生まれないわ」

古谷「あんたが経営者だったら、どうしていた?」
鷲津「・・私は、経営者ではない」
古谷「・・・!」

芝野「まだまだこの国も、棄てたもんじゃない」
鷲津「クソが付くほど真面目だ・・」

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2009年6月 7日 (日)

☆『スター・トレック』☆

少し前になるが、2日(火曜)の夜。
この日は朝から、(愛媛県の)四国中央市&新居浜市&西条市・・と1泊2日コースの出張が入っていた。

仕事は仕事で、日が傾くまでしっかりと頑張り(客観的にはすこぶる良くなかったことが後に判明するが、そのハナシはここではすまい(=^_^=))、その後ビジネスホテルにクルマ&荷物を置き、レイトショーを1本観に、ホテルからレンタサイクルで約20分の距離にある“新居浜TOHOプレックス”なるシネコン(7スクリーン)へと向かったワタシ。

例によって「イオンモール新居浜」なる、駐車場からして広過ぎる(きっとゾンビも迷うに違いなかろう)ショッピングモール内にある劇場だが・・何気なく眼に止まった『スター・トレック』に行ってみよう、と言うことに。

実は別なスクリーン(シアター)で「『ハゲタカ』:△」なる表示があり「お! もう劇場版が始まっとるやん! コレにしよっ!」とヌカ喜んだもんだが・・チケット売り場で確認すると「クローズな試写会イベント」とのこと(×_×)

いや、それならそれで、ちゃんと貼り紙なりを、目立つようにやっとけよ! と。「座席状況:△」だけじゃ、そこまで伝わんないってば。

西暦(?)2233年4月、連邦の戦艦“U.S.S.(United Federation of Planets Star Ship:惑星連邦宇宙艦)ケルヴィン”は、キャプテン・ネロ(エリック・バナ!)率いる“ロミュラン帝国”の超巨大戦艦の攻撃にさらされる。

ネロからの「艦ごと葬られたくなくば、艦長はシャトルで投降せよ」の指示に従ったキャプテン・ロバウは「戻らなければお前が指揮を執れ」と若き副艦長=ジョージ・カークに言い残し、単身ロミュラン艦へ向かう。

囚われたロバウはネロに「スポックは何処だ?」と問われるも無言を貫いたため、刺し(?)殺されてしまう。ケルヴィン艦内でロバウの心拍数(?)を遠隔監視していたクルーらは“艦長の突然の死”に騒然となる。
艦長に就任したジョージは「ネロがケルヴィンを黙って見逃す筈がない」と直感的に判断。女子供を優先し、シャトルに乗せ艦外へと緊急脱出させる。

その約10数分後、シャトルの脱出を見送ったジョージはロミュラン艦への突進を試みる・・

こうしてカーク艦長の英雄的行為により、クルーたち800人の生命は救われた。そして、その中にはジョージ自身の息子である、乳飲み子のジェームズ・タイベリアス・カークの姿も含まれていた・・

父の死と、奇しくも同じ日に生まれたカーク(クリス・パイン)。

やがて、アイオワ州で型破り&粗暴な青年に育った彼だが、生前の父を知る将校=クリストファー・パイク(ブルース・グリーンウッド!)に酒場で出会い「お前の父はわずか12分間の艦長だったが、800人のクルーの生命を救った。そんな父を超えたいと思わないか?」なる言葉を聞かされたカークは、士官になることを決意、宇宙での訓練に旅立つ・・

3年後、型破り&粗暴なままに(=^_^=)逞しい士官に育ったカークは、パイク艦長や“無感情なバルカン人”スポック中佐(ザカリー・クイント)らと共に新型艦(?)“U.S.S.エンタープライズ”に乗り込むこととなる。

艦隊の殿(しんがり)とし、目指す星域へのワープを試みるエンタープライズ。
しかし、ワープを抜け出した先には(因縁の)キャプテン・ネロの巨大艦が待ち受けており・・

TVシリーズを殆ど知らず(スペース・オペラ系ドラマとし『宇宙空母ギャラクチカ』ってのは観てたけど(=^_^=))、映画版も本作が(シリーズ全体で)11作目(!)となるそうだが、唯一『スタートレック2/カーンの逆襲(1982)』の終盤を観たか観ないか、ぐらいの記憶レベルであり「途中でついてけなくなるかも・・」と不安な気持ちがモヤモヤと心中に渦巻いてたが・・

いや、コレが観易くて、映像&音響がすごくて、期待以上に良かった!
どうやらトレッキー(スタートレックの熱狂的ファン)向けでなく「ファンでなくても楽しめるように」とJ.J.エイブラムス監督が撮ってくれたようで、ワタシ自身としても、そう言うスタンスの作品に仕上げてくれたことには拍手を贈りたい!

物語としては「青春モノ」な前半から「艦隊戦モノ」「惑星探査モノ」と目まぐるしく展開するのもあり、斬新なストーリーと言うより『スターシップ・トゥルーパーズ(1997)』や『ギャラクシー☆クエスト(1999)』なんかのスペクタクル性/エンターテインメント性を兼ね備えた娯楽作、と言った感じが相応しかろうか?
んで、ワタシは双方とも大好きなモンでして・・(=^_^=)

久々に劇場鑑賞しててニヤッとさせられてしまったのが、艦隊のワープシーン。想像してたのは「もっさりしたワープ動作」だったんだが、予想に反しムチャクチャに速い! かつ重低音が響くのである!
『スター・ウォーズ・エピソード2/クローンの攻撃(2002)』における“サイズミック・チャージ”の重低音もスゴかったが、こっちの臨場感もスゴい。(この公開時期に劇場鑑賞せず、いずれ)自室でDVD鑑賞で済ませようとするなら、余りに勿体ない演出である(・ω・)

各キャラについては、意外とそれぞれの印象が薄かった気も。
私的にはブルース・グリーンウッドのシブさ(かつて『13デイズ(2000)』で、真面目でお硬いケネディ役(兄のジョン)を演じた頃とかなり印象が異なる!)に好感を持ち、ロシア系(?)オペレータ=チェコフ君のロシア語っぽ過ぎな発音に笑わされた。まるで『ファイヤー・フォックス(1982)』の後半に出て来るソ連書記官のおっさんみたいだ(=^_^=) 「フォルティ(forty)」「ウィクトル(victor)」とか言うんだね、コレが(=^_^=)

カーク青年とヒロイン=ウフーラとのロマンスを期待してたのは・・ワタシだけだったか? ああ言う方向に流れてくとはね。

スポック中佐。どうにも好かないヤツだったが、ちゃんとすれば(=^_^=) きっともの凄くカッコいい男優さんなんやろな、と思う。今度はもっと“人間味溢れる演技”を拝見したいもんだ(=^_^=)

それと「スタートレック」シリーズには“ロボット系キャラ”が少ないんやな〜 と気付かされたワタシ。序盤のロボット警官ぐらいじゃなかったかな?

やや手抜きっぽかったのはロミュラン人のメイクやコスチュームだったろうか、、何だか「どう観ても、キミら地球人やんか!」って感じなのだ。ああ言うゴロツキって、例えばパリなんかの“添乗員が自由行動の際に行かないことを強く勧めるエリア”とかにリアルにいそうに思う(⌒〜⌒ι)

〜 こんなことも 〜

♦エリック・バナが演じると、悪役ですら「悲しみ」を帯びてしまうのは何故だらう?
♦若き日のカーク船長(艦長?)。こんな型破りで直感型の天才肌で自信家な小僧(=^_^=)だったとは。。にしても“生身の地球人”だけあって、異星人との格闘ではめちゃめちゃに弱いですな(×_×) 代わりに回復力がスゴいんですけど(⌒~⌒ι)
♦未来の地球では「アイオワ州」にしか人が住んでないんやろか。。
♦“ドリル”と称される巨大装置にパラシュート降下するクルー(3人)。あれこそ“転送”すれば、と思ったんだが。。1人(オルソンさん)、即死しちゃったし(×_×)
♦惑星バルカンの表面に直接“転送”されるスポック。緊迫したあの場面と、彼自身の無感情な表情のギャップがカッコ良かったっす。
♦艦長を怒らせると「艦外追放処分」となるらしい(×_×) 人道的にどうよ?
♦氷の惑星にいた巨大な現地生命体(?) 何処となく『HAKAISHA(2008)』っぽい造型でした(=^_^=)
♦そのデカいヤツ、(わずか)松明(たいまつ)1本で撃退されてますた、、
♦ロミュラン人の武器って、、槍っすか、、?
♦スポックのおかんを演じたウィノナ・ライダーさん。あと数歩、他のメンバーに近付いてたら・・(×_×)
♦“コバヤシマル”って、何だか漁船みたいですね(⌒〜⌒ι)
♦“ケンタウロス・ナメクジ”を口腔から脳内へと(?)入れられちゃったあのしと、後遺症は大丈夫なんやろか?(口からナメクジってシチュエーションから『ヒドゥン(1987)』を何故か連想しますた(=^_^=))
♦ビンテージカー、スポークのない(!)バイク・・など“見所メカ”がちらほらと。
♦カーク母子のドラマは皆無だった。少しは観たかったんだが。
♦訓練期間の約3年もバッサリと、、監督がポール・バーホーベンだったら、みっちりと描いたろうな(=^_^=)
♦ウフーラのルームメイトである“緑色の女の子”は、オリジナルシリーズではレギュラーになるんやろか?
♦スポックの格闘的身体能力はなかなか凄い! カークと戦うも、1発も顔面ヒットしてなかった!
♦「艦隊規則・一般命令13」は「脱出」にあたるそうだ。
♦ワープ装置に必要な物質は“ダイリチウム”。『ギャラクシー☆クエスト』では“ベリリウム球体”だったっけ。

〜 こんなセリフもありました 〜

カーク「勝ち目のない戦いなどない」
   「“指笛”がお上手ですね」
   「身体が“水漏れ”してる気分だ」 ←毒ノミ感染症患者の貴重なコメント、、
   「倒されるか、倒すかだ」

パイク「4年で士官に、8年で自分の艦が持てるぞ」
カーク「3年で士官になってみせますよ」

カーク「接近戦に備えたどんな訓練を?」
スールー「フェンシング」

バルカン星人「論理のもたらす静寂を、人間は知らない」
      「長寿と繁栄を」

ウフーラ「何か出来ることがあったら、言って」
スポック「君たちクルーには、今後もミスのないよう頑張って欲しい」
ウフーラ「・・・」

ロバウ「有り得ないことだ」
部下「だから報告を」

父カーク「問題は、どの道を選ぶかだ」

※「論理的結論だ」
 「論理的意見です」
 「有り得ないことを排除すれば、真実が残る」

スポック「この作戦の成功率は4.3%以下だ」
    「“大丈夫”は曖昧な言葉です」

大使「論理を棄て、自らが正しいと信ずる道を選択せよ」

カーク「“ニヨータ”だって?」
スポック「その件についてはノーコメントだ」

部下「賭けですか?」
艦長「いや、信頼だよ」

ロミュラン人「地球人は弱いんだな」
カーク「けど、お前の※※を持ってるぞ」

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2009年6月 3日 (水)

☆『ラスト・ブラッド』☆

いよいよ劇場公開の始まった“美少女ヴァンパイア・アクション”『ラスト・ブラッド』を観て来た☆

『ホワイト・バレンタイン(1999)』『猟奇的な彼女(2001)』『僕の彼女を紹介します(2004)』・・とパワフルかつ可憐な魅力を振りまいて来た韓流スター=チョン・ジヒョンちゃんが、ハリウッドネーム(?)“Gianna”を引っさげ、本格派アクション女優とし世界に名乗りを上げた意欲作☆
(彼女に)対する助演陣も、倉田保昭、小雪しゃん、となかなかに個性派ぞろい(=^_^=) かなり細部が粗く、主演がジヒョンちゃんじゃなきゃ「滑ってた」印象も少なからずあったが、概ねワタシの期待するアクション映像群が目まぐるしく描かれ、それはそれで満足出来たのだった(=^_^=)

16世紀、世にはびこる異形の存在=オニ共が、それを狩る武士(もののふ)=キヨマサ(清正?)と激闘を展開した。キヨマサは卓越した刀術でオニ共を一掃して行ったが・・“最古かつ最も下劣なオニ”たるオニゲンの手により、遂に倒されてしまう。

“オニを狩る者”を失ってしまったか、に思われたこの国だったが、辛うじて生き延びたキヨマサの腹心の部下=カトウ(倉田)は、主君(キヨマサ)の忘れ形見である少女=サヤ(ジヒョン)を救い出す。
彼はサヤに究極の刀術を叩き込み、オニと戦えるだけの力を授けたのだった。

やがてカトウもまた、オニゲンの放った精鋭部隊(?)の奇襲の中で命を落とす。
だが、その場に駆け付けた少女=サヤは自らの潜在能力をついに爆発させる!

そして数百年後・・父と恩師の仇敵=オニゲンを捜し出し、倒すため戦い続けるサヤは「1970年のトウキョウ」にいた。

オニを1匹倒す毎に、1歩オニゲンに近付ける・・そう信じ、冷徹にオニを成敗してゆくサヤ。
そんな彼女の前に、アリスと言う名の少女が現れ・・

時代設定が何だか良く分からず、冒頭のナレーション字幕からして「頭部を日本刀でから竹割りされた」ような(⌒〜⌒ι)衝撃を受けたのはワタシだけだったろうか? “キヨマサ”だの“応仁の乱”だのと言った「かけ離れた時代の単語」がごっちゃになってたようにも感じたが、、

ま、分かり易く言えば『ブレイド(1998)』の少女ヴァージョンみたいなもんだったか?
パッと見(=^_^=)ロケーションが「日本じゃねぇだろうそれは(?)」と解釈してるんだが、、巧い具合に70年代初頭の、不衛生そうな(=^_^=)下町の世界観を見事に再現、その中でバッサバッサと刀バトルを展開してくれる中盤の映像&演出パワーはものすごい!

確かに70年代なんかは、リアル日本刀を凶器にした、傷害(致死)事件なんぞもちらほら新聞記事で眼にしたような気もする(・ω・) 当時はまだ銃刀法が今ほど厳しくなかったからねー(←ホンマかい!)

「この怪しい世界観は、かつてどっかで観たぞ・・!」と思ったら、ブルース・リーの遺したフィルム群を強引に使ってでっち上げられた怪作(?)『死亡の塔(1980)』の前半に登場する“トーキョーの映像”がこんな感じだったかな? と。
近年(タイ映画なんかで)流行ってる“路地裏での乱闘”やら、瓦屋根を上下移動しつつの『ヤマカシ(2001)』系シチュエーションやらも贅沢に使い、長尺のアクションが展開されてた!

そんな中で私的に「冷めるよなー」と感じたのは、

1.アリスとその父親を絡めての薄っぺらい家族ドラマ
2.サヤの“仕事現場”を清掃する「組織」と称されるエージェント内の思惑やねじれ
3.オニゲンの配下の中でも“中隊長”的な位置付けであるクリーチャーの造型&存在感
4.CG表現による、血の飛沫エフェクトの多用っぷり

などであろうか。

1.はベタな設定がまず我々(観客)に投げ出され、それがベタな流れを見せるから、ホント観てて気恥ずかしくなる限り。。
2.は「だからおまいら何なんだ」って感じで、妙に作品のリズム感が崩されてしまってた。
3.は「今更そんな造型かよっ!」って感じで、観ててゲンナリしちゃった(×_×) あの「お茶を濁すCG」で思い出したのは『ゴールデン・チャイルド(1986)』の終盤だろうか。何やら、アレにそっくりな奴が出て来ましたわ(=^_^=)

変にクリーチャー路線に逃げず「人vs人」の分かり易い(かつ多彩な)戦いで統一して欲しかったな、と。

一方で、めちゃめちゃ面白かったのは、

1.精肉所(?)にいた“アフロ兄弟”のキャラ
2.屋台を蹴りつけたり、叩き潰したりし戦う格闘シーン
3.枯れ葉の厚く積もった地面からニョッキリ突き出した日本刀が“『ジョーズ(1975)』の背びれ”みたくスーッと迫り来る演出
4.強過ぎる倉田の爺ちゃん(とその両手指のアレ)

だった! とりわけ“アフロ兄弟”はしばらくワタシの中で「あなたの思ひ出に残る個性派ザコ悪役100」の第10位ぐらいには食らい付いて来る気がする(=^_^=)

終盤に向かうに従い、だんだんバトルの質(?)が低下して行っちゃう印象はあったが、
「倉田のおっつぁんの動きを観届ける」「怪し気なトーキョーの雰囲気を満喫する」「“アフロ兄弟”を眺めて楽しむ」・・これらだけでもきっと「損はない」と思うので『ゴールデン・チャイルド』好きのアナタも、何かを試しに観に行かれては如何だろうか? ・・って何をよ?(=^_^=)

〜 こんな辺りも如何でしょうか 〜

♦原題は『ブラッド/ザ・ラスト・ヴァンパイア』と言う。
♦“判断ミス”っぽいオニ退治騒動を「勘違い」と認めるか「変異前」で押し切るか・・は大きな問題かも(=^_^=)
♦相手の眼をじっと見つめ、そこに“魂”が宿ってなかったら・・そいつはオニらしい(・ω・)
♦「CIA局員の身柄は拘束出来ない」ってセリフがあったけど、、ホント?
♦“タツミボウル”“林交通(タクシー)”“週刊ゲンザイ”などなど、怪しい看板や電飾が続々と・・!
♦“鏡の裏の世界”ちぅ表現が良い感じだった。キーファー君にもぜひ教えたげたい(=^_^=)
♦やっぱり出ました! ニンジャ軍団!
♦現場に貼られた黄色い警告帯(テープ)・・“きけん立入禁止”と「平仮名混じり」なのが何やらおかしい。
♦「へい、らっしゃい」「どうぞ」「気が付きませんで」など、カタコトながらも頑張ってたニホンゴ演出!
♦「KANTO HIGH SCHOOL」って・・何て分かり易いのよ(=^_^=)
♦奥多摩は「オクタマ・マウンテン」と言われてた。なるへそ!
♦品川区・戸越銀座の「安心のご宿泊:スゞヤホテル」・・ホンマにありそやね!(=^_^=)
♦小雪さんの初登場シーンのファッションが、往年の刑事ドラマ『Gメン75』に登場する女刑事のソレに結構近かった(=^_^=)
♦あの山間の(?)温泉旅館には、ロケする必要性があったんやろか? 私的には“小雪さんの入浴シーン”を挿入する気やったんやろか? とか邪推してるが。。
♦トウキョウ近郊(?)にめちゃくちゃな高さの断崖地帯が! 『ウォンテッド(2008)』かよ! と突っ込むもヨシ!
♦折り目正しかったのに、いきなりアレされちゃうホテルマンに・・涙(×_×)
♦イケメンの隻眼兄ちゃんはいつの間にか“人間形態”から退場、、(×_×)
♦「死んだ人間(=正体はオニ)は元から存在しなかった」・・で辻褄が合うんだろうか(⌒〜⌒ι)

〜 こんなセリフもありました 〜

パウエル「集中しろ、心の声を聞け」
    「見たものが真実とは限らない」

ハリソン「ここは冷静に、プロ同士として話そう」

サヤ「彼らは死んだのではなく・・最初から存在しなかった」

アリス「オニは沢山いるの?」
サヤ「想像以上にね」

カトウ「“ご自分の道”を進むべき刻(とき)が、来たのです」

アリス「約束して・・自分を疑わないと」
   「これは・・何1つ、現実じゃない!」

オニゲン「オニを殺せば殺すほど、オニになる。本来のお前の姿にな」
    「人の心を持てば、弱くなる」
    「自らを解き放て」

追記1:ジヒョンちゃんも・・1981年生まれってことで、、“セーラー服姿の(見た目)16歳”って言う設定も、ぼちぼちアレかも。。
追記2:リンクさせて頂いてるブログの管理人=itukaさん仰るに「日本の女優でサヤを演じられるのは、と考えた場合、即答できるのは、もはやこの人しかいません。そうです、綾瀬はるかさん。」とのことだが、私的には栗山“GOGO夕張”千明さんでも、こなせそうに思った(=^_^=) 路線は完全に“B”っぽくなっちゃいそうだけど・・?(⌒〜⌒ι) 栗山ファンの方、済みません。

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