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2009年5月26日 (火)

☆『永遠のこどもたち(2007)』☆

24日(日曜)。金曜の夜から“2泊3日コース”の出張(松山方面)があり、この日の夕方に至りようやく帰松(と言うの?)と共に仕事モード⇒私生活モードへの切り替えが出来たような、そんな週末だった。
15時過ぎに社用車をオフィスに置きに戻ったんだが、そこから帰宅を開始するにあたり「週末らしい“気分転換的なサムスィング”をしときたいな」といきなり思い立ったワタシは、アーケード街にあるミニシアター“ソレイユ”に寄ってみることとした☆

“映像化不可能”と言われた(?)とされる某新作邦画の公開も始まっていたが、そちらはまだ上映期間に余裕があるんで・・今回は期間終了の迫ってる1本『永遠のこどもたち』を観ることに。

神戸などでは1月初旬に早くも鑑賞が可能となってた本作(・ω・) 私的には『パンズ・ラビリンス(2006)』以来、こそっと注目してるメキシコの鬼才=ギレルモ・デル・トロ(監督)がその製作を手がけた・・ってことで看過は出来まいと(年始から)感じてたワタシだった。

灯台をその先端に擁する、岬の見える海辺の孤児院“良き羊飼いの家”で幼少を過ごした37歳のラウラは、30年ぶりにこの地に戻って来る。彼女と医師である夫=カルロス、7歳の息子=シモンの一家は閉鎖されていた孤児院(洋館)を買い取り改修し、障害を持つ子供らのためにホームを開設しようと考えたのだ。

空想癖のあるシモンは、ワトソン&ペペと言う“見えない友達”と日頃から語り合う子だったが、孤児院へやって来てからは彼らとは別の“新しい友達”との内緒話に興じるようになっていく。

そんなある日、灯台の真下にある“満潮になれば海に没する洞窟”に散策(探検?)に出かけたラウラは(一緒にいた)シモンが「後でうちにおいでよ」と洞窟内の暗い岩陰で“友達”に囁いた日から、屋敷の中に「家族ではない誰かの存在」を強く感じるようになる・・

そして迎えたホームの開園パーティーだが・・シモンが孤児院から忽然と姿を消してしまい・・

観るまでは『アザーズ(2001)』に似た、何処かモヤモヤ感を内包した作品世界を想像していたが、何となく観てて連想したのはJホラーなあの1作『仄暗い水の底から(2002)』だったりした(=^_^=) 中盤の“シモンがいなくなる”辺りは『チェンジリング』っぽい構成にも感じたが、あちらよりも随分と(伝わって来る)喪失感の薄い気もしたか(・ω・)

チラシにも「『シックス・センス』以来の衝撃と感動!」とデカデカ書かれてる通り、どうにも“もはや1ジャンルとして確立しちゃった感のある『シックス・センス(1999)』路線”と決め打ってしまいたくなるような・・少し(ワタシの)期待から外れてしまってもいた本作。

そうは言っても“灯台”“洞窟”などを配したミステリアスな(スペインの)ロケーションや、ボロボロの麻袋(?)をかぶった“スケアクロゥ”みたいな邪悪少年=トマスの存在などが異彩を放ってるのは事実であり、正直「変に母性に満ち溢れた感動路線に着地せずとも、もっと不条理な恐怖路線を貫いても面白かったのにな?」と思ったのはあった(⌒〜⌒ι)

ホラー路線を「良く分かんないままに描く」のかと思いきや、警察&心理学者&霊媒師などが中盤から絡み始め、しっかりと“科学的な検証”も交えつつストーリーが進むのには、ちょっと制作陣の「それらしく見せる、第3者の介入にも、ぬかりないんでっせ!」的な“してやったり感”が受け止められて良かった(=^_^=)

私的に「これは怖いさぁ!」と感じたのは次の3点。
・(とある事情で)すっ飛んだベニグナ・エスコベード婆さんの下顎部周辺の凄い描写(×_×)
・ラウラのベッドにこっそり潜り込んで来たカルロス(?) ←ここはまさに『仄暗い』系と言えましょうか、、
・「1、2、3、壁を叩け」なる“達磨さんが転んだ”的な遊びをやる2回目のシーン。あの“振り返った先の情景を映し出すカメラワーク”はただモンじゃなかった!

ちょいと「おっさん」が観るには“余りに神聖過ぎて(?)こそばゆい感”のあるエンディングだったが、女性ならきっと誰もに、不思議な魅力と余韻を約束してくれる、そんな佳作ではないかなと思いますわ。

〜 こんなことも 〜

♦「灯台内の探索シーン」も盛り込んで欲しかったかな、と。
♦さり気なく“マトリョーシカ”をアイテムに持って来るトコロに“松尾スズキ”なセンスを感じた(=^_^=)
♦霊媒師=アウローラを好演してくれたのはジェラルディン・チャップリン。『ハイジ(2005)』のロッテンマイヤーさんを思い出してしまった(=^_^=)
♦スペイン北部に位置するアストゥリアス地方・・結構な雪が降るんですねー(☉д☉)

〜 こんなセリフもありました 〜

シモン「僕はならないよ、大人にはね」

ラウラ「(灯台の)見えない光が私たちを護ってくれる」
   「見えない存在の気配を、今は感じる」

アウローラ「悲劇は時として傷口を残してゆく、残響のように。そしてそれは、過去と今を繋ぎさえする」 ←『呪怨(2003)』みたいやね(×_×)
     「見えないものを信じなさい・・信じれば、それは必ず見えるわ」

レオ・バラバン教授「ユングによれば、潜在意識下において生者と死者は共存している」
         「“死の使い”であるとされるドッペルゲンガーの出現は、霊界の入り口が近いことを意味する」

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コメント

TiM3さん、こんばんは。

地域によって上映に時間差があるのは却っていいこと(面白いこと)かもしれませんね。
今このレヴューを読ませて頂いて、完全に薄れていた感動が(ついでに怖さも)蘇ってきました(*^_^*)。

私としては(思い起こしてみるに)実はそれほど母性を前面に出して描いている感じはしなかったです。
いえ、確かにそれを意識しないでは通れないものでしたし、母親の愛情が死者と生者の世界を繋ぐツールになったのは確かですが。

本作はギリギリで?鑑賞に耐えうるものでした。
もう少しホラー色が強ければ果たして最後までの観賞が叶っていたかどうか・・・それでも、心から「出会えてよかった」と思えた一作です。
TiM3さんの「これは怖いさぁ!ベスト3」は今読んでもやっぱり怖いですが・・・。^_^;

自称・超怖がりの私だけじゃなく、実はホラー系大好きと豪語されている皆さんでも、本当はこの手の映画で心臓が止まる瞬間ってあるのでしょうか?(←素直な疑問です。)

>もはや1ジャンルとして確立しちゃった感のある『シックス・センス(1999)』路線

それを踏まえながら尚もそれを超えて余りある素晴らしい世界、っていうのはいつか登場するのでしょうかねぇ。期待を込めて・・・。

投稿: ぺろんぱ | 2009年5月26日 (火) 21時05分

ぺろんぱさん、ばんはです。

まだ見ぬシネコンを求め、近隣の街をクルマで彷徨ってみたい、今日この頃です(=^_^=)

>地域によって上映に時間差があるのは却っていいこと
>(面白いこと)かもしれませんね。

もうちっと音響が良ければ、たとい遅れてでも、劇場で鑑賞する意味は大きいのでしょうけど・・

>今このレヴューを読ませて頂いて、完全に薄れていた感動が
>(ついでに怖さも)蘇ってきました(*^_^*)。

『パンズラ』に比較すると、ヴィジュアル的な「不気味さ」は弱かった感がありますね。
怖いような、ヌルいような、不思議な感じでした(・ω・)

>私としては(思い起こしてみるに)実はそれほど母性を
>前面に出して描いている感じはしなかったです。
>いえ、確かにそれを意識しないでは通れないものでしたし、
>母親の愛情が死者と生者の世界を繋ぐツールになったのは確かですが。

ぜひ、邦画でリメイクして欲しいものですね(⌒〜⌒ι)

>それでも、心から「出会えてよかった」と思えた一作です。

うん、そうですね・・

>実はホラー系大好きと豪語されている皆さんでも、
>本当はこの手の映画で心臓が止まる瞬間ってあるのでしょうか?(←素直な疑問です。)

何度観ても、同じ所でウルウル来てしまう映画があるように、
何度観ても、ファンにショックを与えるホラーってのはあるのでしょうね。
私的には、定番ながら『サイコ』とかが、イヤ〜な感じになりますね。
オチは十分に知ってるつもりなのですが、、

>それを踏まえながら尚もそれを超えて余りある素晴らしい世界、
>っていうのはいつか登場するのでしょうかねぇ。期待を込めて・・・。

同じ路線では、もうないのかも・・
しかし『スラムドッグ』を観て以来「まだまだ描き方には可能性がある!」と信じるようになりました。
たかだか100年の映画の歴史ですし・・この先も(衰退がない限りは)ものすごい演出の作品がきっと現れることと思っています。
・・そしてそれをパクる追随作も・・(=^_^=)

投稿: TiM3(管理人) | 2009年5月26日 (火) 22時50分

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