☆『グラン・トリノ』☆
28日(火曜)の夜。仕事帰りに、またまた北方の“ワーナー・マイカル・シネマズ高松”へと繰り出したワタシ。
職場を出たのが18時少し過ぎで、狙っていた1本『グラン・トリノ』の開始が18時20分だった(×_×)
この前“通常ペース”で向かったトコロ、マイカルまで20分かかったので、今回も「正直、かなり厳しいよなぁ・・」と言う不安はあったが・・頑張って急ぐと5分前にシアターのロビーへの到着が叶った!
必死になれば、意外と道は開けるものである(=^_^=)
※もし間に合わなかったら、18時35分から開始の『バーン・アフター・リーディング』を観るつもりだった(・ω・)>
今回はレイトショー扱いではなかったが、やはり“全席自由席”なシネコンであることがハッキリした。実に珍しく、面白い!
※
アメリカ中西部、冬期には雪の降り積もる山間部の街(携帯が“圏外”になったりする)。
そこに“周囲の(すること)総てに対する不満”と共存する老人=ウォルト・コワルスキー(クリント・イーストウッド)が暮らしていた。
ポーランドからの移住、朝鮮戦争における“伝説の英雄”的活躍、そして長年連れ添った妻ドロシーとの死別、溝の埋まらない身内(息子夫婦、孫娘)とのぎこちない関係・・
愛妻を失って以来“孫娘のへそピアス”、果ては“近隣住人の騒がしい振る舞い”に対しても、わき上がる怒りの感情を抑え切れず「ううっ」と狂犬のように静かに唸るウォルト。
そんな彼にも新しい出会いが。
とある事件をきっかけに知り合った、隣家のモン族(ラオス・タイ・中国地域にルーツを持つ民族で、ベトナム戦争以後に渡米して来たアジア系の人々)の姉弟スー&タオである。
明るく利発的で物怖じしないスー、ややトロいが素直な心を持つタオに対し、次第に心に厚く張った氷を溶かし始めるウォルトであるが、そこに「タオを仲間に引き込もうとする」モン族のチンピラ集団が、ことあるごとに姉弟にチョッカイを出す。
その後に起こった某事件を機に深く考察し「奴らが永遠に消えない限り、スー&タオに安らぎはない」と結論を下したウォルトは、チンピラ集団に対し、敢然と立ち向かうことを決意する・・
※
うーん・・このゆったりさはどうだ?! と観てびっくり。ストーリー自体はもっとあちこちを削れば80分程度でまとまったように思うし、他人にも展開&オチを如何にも手短に伝えられる、そんな作品なのである。この分かり易さで連想したのは『チョコレート(2001)』と言う作品だろうかな。。
“アクション俳優”としての彼を知る「クリントファン」からすれば、この物語の組立ては実にまどろっこしく、例えば『許されざる者(1992)』のように、最後の最後に怒りが大爆発するんやろな! と考えてもしまうのだが・・そう一筋縄にストーリーが流れて行かない、着地しない辺りは『ミリオンダラー・ベイビー(2004)』のような“確信的なしたたかさ”を感じ、そう言った部分にこそ唸らされた(・ω・)
「俳優クリント」の集大成とも言える本作は、過去のクリントを知る人々ほど楽しむことも出来、感情移入も出来、そしてその言動と迎える結末に“衝撃”を受けるのではないかと思う。
幸運だったのは、ワタシ自身が相応の年齢となったことで、そう言った「ゆったりした(作品世界の)空気」「なかなか煮え切らないウォルトの決断」「ウォルトの取った行動」にも“共感”ぽい気持ちが芽生えたことだろうか。
“問題発言(人種差別的発言)”も意外と多いんだが、オトナが見れば「俳優とし、劇中で言ってることに過ぎず、クリント自身の主張ではない」ことは容易に掴める。しかしここも「クリント作品に触れて来なかった観客」にすればかなりの不快感を覚える向きもあることだろう(×_×)
物語は中盤⇒後半に向かって“復讐モノ”のテイストをにわかに帯び始めるんだが、そこに至る直前、とある人物とウォルトが語り合う場面の醸し出す“緊張感”がなかなかだった。ここはかなり重要な部分なので、絶対に見逃してはならない!
このシーンでその人物が「もし私だったら・・」と“かなり意外(かつ過激)な私見”をウォルトに放つ訳だが・・その発言こそが、ウォルトの“最後の決断”に“軌道修正をさせた”のか“背中を押した”のか・・そこを想像するのが深く、面白いトコロ。
ウォルト自身に“時間が残されていない”ことは数限りない“フリ”で描かれるし、歳を経たウォルトが(そのまま穏やかに生き続けるにせよ)どのような最後を迎えたろうかも“ネタ”とし「分かり易く」示してくれる訳で、考えたらあれこそがウォルトの“最高の幕引き”だったのではないか、とさえ感じてしまったワタシだ。
大して俳優陣が光っていた訳でも、大して普遍的なテーマが織り込まれていた訳でもなかったんだが、クリントファンにとっては“外しては彼を語れない”そんな1作であると断言したい!
〜 こんなことも 〜
♦本作の字幕は戸田奈津子さんが担当! 全然“意訳”が弾けてないが、まぁ良い作品を担当されたと評したい。
♦タイトルの“グラン・トリノ”は1972年式のフォード製ヴィンテージカー。「グラン・トリノ・スポーツ(ファストバック)」が正式名称らしい。
♦27歳の神父さんは“童貞”と言われ、結局否定してなかった!(⌒〜⌒ι)
♦「長年の主治医が3年も前に引退してた」・・人生の後半では、そんな事実を知ってシュンとなる時もあろう、、
♦劇中で唯一の“ウォルトの涙”にこちらも「ウウッ」となってしまった(⌒〜⌒ι)
♦チンピラのフォン(スパイダー)一味が乗ってたのはホンダ・シビック(フェリオ)。ちょい“スポコン”入ってますた、、
♦ラストで“鉄板ネタ”を期待したあなた。「クリントファン指数」高過ぎです(爆笑)
♦スーの帰宅シーンには、観てて全身がガタガタ震えてしまった。。
♦「とある人物の見張り」「早々に地下室から解放される人物」をかいくぐってのあの運命・・何だかその皮肉さ(間に合わなさ)に『ロミオ+ジュリエット(1996)』の終盤を連想してしまった。
♦“グラン・トリノ”を乗り回すタオの姿・・をエンディング以外にも見せて欲しかったッス(・ω・)
〜 こんなセリフもありました 〜
ウォルト「懺悔するが・・正直、教会は苦手でね」
「国産車(アメ車)を買うとバチが当たるってのか?」
「“イエロー”が隣に越して来るとはな」
「“生と死”の何たるかを知ってるのか? 俺は3年間、朝鮮でそれ(死)を見て暮らしたんだぞ」
「いつ見てもいいクルマだ」
「多年性植物? ゴミを玄関に持ち込むな」
「朝鮮じゃ、死体を袋に詰めて“弾避け”にしたもんだ」
「芝生に入るな!」
「1つ言っておく。今度庭に入ったら、命はないからな」
「大事なのは“とっさの判断”だ」
「怒らせることの大間違いな相手もいる。例えば、この俺だ」
「東洋人は利口なハズだろ?」
「赤の他人でも、独りで飲むよりはマシか・・」
「どうにもならん身内より、ここの連中が身近に思えて来るとは・・情けない」
「確かに俺は嫌われ者だが・・“地球上で一番の美人”を手に入れた」
「“イエロー”は数に強いんだろ?」
「噛み付く歯も、タマ(=度胸)もない臆病者のくせに」
「汚い言葉を使うな(watch your language)」
「仕事ならあるさ、何処にだってな」
「いい女とデートして男を上げろ」
「初めて入った店でため口を叩くな」
「“その場にいない奴”の悪口にしておけ」
「哲学を語る必要はない」
「参ったな(fuck me)」
「相手の眼をしっかり見て話せ。そして力強く握手しろ」
“やはりこうなった・・俺は余計なことを?”
「現状を良く考えろ。冷静になれ」
「分かってるよ、何も言うな・・1度ぐらい、好きにさせろ」
「“人を殺した気持ち”なんか知らなくていい」
「この世で最悪の気分さ。今も毎日思い出す・・最悪の気分だ。お前に分かるか?」
「意気込み過ぎるとやられるぞ」
「やれよ(go ahead)」 ←おお、名台詞!
神父「私が嫌いですか?」
ウォルト「想像してみろ」
神父「なるほど、あなたは“生”よりも“死”に詳しいようだ」
ウォルト「そうかも知れん」
チンピラ「お前、幾つだ?」
スー「そう言うあんたの精神年齢は?」
床屋「また来いよ、バカたれ」
ウォルト「それ迄にくたばれ。お前が死ねば、もっとマシな床屋がここに来る」
ウォルト「相手に気を付けな」
チンピラ「お前もな」
ウォルト「言われなくても気を付けるさ」
スー「男の子は順応性が悪いわ。だから女は大学へ、男は刑務所へ」
息子の妻「(プレゼントは)電話器よ」
ウォルト「確かに、一目見ただけで分かる」
スー「うちに来れば? ご馳走があるわよ」
ウォルト「言っとくが、俺の犬は喰わせないぞ」
タオ「この道具を何処で?」
ウォルト「自分で買ったさ・・泥棒には分からんだろうがな。揃えるのに50年かかった」
タオ「タバコは身体に悪い」
ウォルト「チンピラとつるむのも身体に悪い」
ティム「プレゼントなら“グラン・トリノ”のキーをくれよ」
ウォルト「皆が狙ってるようだな」
ティム「そう言うクルマだからな」
ウォルト「かもな」
ウォルト「犬肉の焼き具合はどうだ?」
スー「やめてよ。私たちが食べるのは猫肉よ」 ←おい!
※※「俺だってクソ野郎は許せない」
「私がタオなら、復讐します」
※※「全く酷い」
ウォルト「それが世の中さ」
神父「あなたの心に安らぎを」
ウォルト「俺の心なら、安らいでるさ」
“孤独なリズムを夜通し刻むクルマ・・それがグラン・トリノ” ←エンディングテーマより


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