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2009年3月11日 (水)

☆『アクターズ・スタジオ・インタビュー/マット・デイモン自らを語る(2006)』☆

10日(火曜)の夜。衛星第2で放送された、名物インタビュー番組『アクターズ・スタジオ・インタビュー』を観た。
今夜の(と言っても、きっと再放送だろうけど)ゲストはマット“新生”デイモン。

“マイケル・シンメル芸術センター”で2006年に収録された内容。司会進行役(兼インタビュアー)のジェームズ・リプトン氏をして、冒頭で「お迎え出来て光栄です」と言わせしめたデイモン君!

収録当時で“13年の俳優キャリア”と紹介されていたが、流石に大物の貫禄が漂っており「単なる悪そうなガキ」と言う印象は、殆ど払拭されていたと言っても過言ではなかった(=^_^=)

・・にしては、インタビュー時に「ピー音(=放送禁止用語)」が目立ってますたけど、、

会場には、彼の演劇の師であるデヴィッド・ウィーラー氏も最前列に座し、デイモン君自身のご両親、妻子、親戚・・とファミリーがかなり集結してる印象だった☆
微笑ましく思えた一方「この“わがまま”により、かなりの人数が入場出来ず泣いたんやろな」とも(⌒〜⌒ι)

因みに、盟友ベン・アフレック君は来てませんでした(=^_^=)

〜 こんなことが語られた 〜

・出身はボストン。隣接するケンブリッジについて「(かつては)今よりも味のある街だった」。
・カイルと言う名の兄がいる。
・12歳でウィーロック・シアターの演劇教室に入る。
・『ナチュラル(1984)』でのロバート・レッドフォード演じる主人公のセリフ「人に言われたい。あれが最高の選手だ、と」に憧れた。
・リプトン氏の「素晴らしいご両親だ」なる賛辞に対し「(両親は)あなたを見に来たんですよ」と切り返す余裕も(=^_^=)
・ハーバード大学へ進学、英文学を専攻。「地元だし、いい学校だと思った」。
・ブライアン・デネヒー、ロバート・デュヴァルら“個性派大物俳優”との共演を学生時代に重ねる。
・「『戦火の勇気(1996)』では大役を演じた」。「(ヘロイン中毒の兵士と言う)役作りのため、朝夜に10キロずつ走り、食事制限を毎日続けた」「その成果あって“3ヵ月で18キロの減量”に成功したが・・体調を崩し、その後1年間の治療を要した」「当時は突っ走り過ぎたね」。
・5年目の復学がきっかけで『グッド・ウィル・ハンティング/旅立ち(1997)』の(脚本の)骨格が誕生。だが次第に行き詰まりを覚え、ベン・アフレックに相談に行くと「一緒に悩んで、書こう」とアドバイスしてくれた。
・ベンアフと共同で書き上げた脚本はすぐに買い手が付き、その3~4日間で人生が大きく変わった。
・脚本のみならず、自らの出演にもこだわった。「『ロッキー(1976)』における“スタローンの成功例”が励みとなった」。
・ロビン・ウィリアムズの紹介でスティーヴン・スピルバーグ監督に会い、それが『プライベート・ライアン(1998)』の出演に繋がった。スピルバーグには「何か映画に出てたね? 『戦火の勇気』? アレはいい演技だった。真っ先に“ライアン役に”と考えたが、何しろ痩せ過ぎてたからね」と言われた(←会場で爆笑)
・スピルバーグを「高い志で仕事をする人」と評価。
・『リプリー(1999)』に関して。「演技には、偽りのない感情を込めたい」「徹底的に役を研究し、準備し・・現場でその全てを投げ出し、後に何が残るかを見極める、それが僕のやり方」「耳を傾けること。それこそが役作りの総てと言っていい」。
・「『オーシャンズ11(2001)』撮影時、スティーヴン・ソダーバーグ監督はまさに“絶頂期”だった」「驚くべきことに、彼は自らカメラを回し、同時に編集もやってのけたんだ」。
・「ダグ・リーマン監督がやって来て「面白い企画がある」と『ボーン・アイデンティティー(2002)』の話ばかりするから、僕を主人公に使いたがっていることがすぐ分かった」。
・「正直『ボーン〜』のヒットする予感はなかった。前評判も決して良くなかったし」。
・「『ボーン〜』出演に当たり、リーマンから“ボクシングを習ってくれ。ボクサーの「迷いのない、軽やかなフットワーク」を身に付けてくれ”と言われ、半年間ボクシングを続けた」「明らかな善人も、明らかな悪人も登場しない、言わば“灰色の部分”を描いた作品だ」。
・「『ディパーテッド(2006)』は故郷が舞台だし、尊敬するマーティン・スコセッシが監督・・それだけで最高だった」「役作りのため、麻薬密売の摘発現場にも立ち会った。防弾チョッキ着用でね」。
・「ジャック・ニコルソンは“私はシーンを膨らませる、最も金のかからない方法でね”と言った」「彼の演技は“無限”だ」。
・「『グッド・シェパード(2006)』を監督するに当たり、ロバート・デ・ニーロは作品の細部にまでこだわった」「人物に関する資料を求めたら、彼から自宅に“山のような文献”が届いた」「デ・ニーロは僕ら俳優を的確に導き、常にそばで見守ってくれた。安心して演技出来る“最高の環境”を整えてくれたんだ」。
・「(共演した)アンジェリーナ・ジョリーが現場に現れると・・パパラッチが群がるんだ」「彼女はとても勇敢な女性。余りにも美しく、そして偉大な女優だ」。
・「デ・ニーロが露骨な“老けメイク”を嫌うため、内面からの表現を重視して老いを演じた。外見的には“着用する眼鏡の(レンズの)分厚さ”で年齢を演じ分けたんだ」。
・「演技は意図的に抑えたんだ。デ・ニーロの狙い通りにね」。
・「最新作『ボーン・アルティメイタム(2007)』も半分ほど撮り終えた。現場には家族も連れて行くよ」。

〜 番組恒例の10の質問 〜

嫌いな言葉・・「シ※ト」
好きな言葉・・「カ※ト」 ←「アクセントをつけると響きがいいんだ」と補足(=^_^=)
好きな人・・「好奇心のある人。例えばデ・ニーロ」
嫌いな人・・「好奇心のない人、例えば今の大統領」
好きな音・・「(月並みだろうけど)娘の笑い声」
嫌いな音・・「急ブレーキの音(直後に衝突音が来ると思うと怖い)」
好きな悪態・・「フ※※ク!」 ←「思考を繋ぐ言葉さ、ボストンでは」と補足(=^_^=)
就きたい仕事・・「監督をしてみたい」
就きたくない仕事・・「“王の尻拭き係”かな。王の絶大な信頼はあるんだろうけど・・ごめんだね」
天国の門に着いた時、言われたい言葉・・「下界に渦巻く苦しみには全て意味がある。それをこれから説明しよう」

〜 ほか演技論、人生観など 〜

「デ・ニーロとの仕事では、学ぶだけでなく、忘れていたことを思い出した」
「演技に慣れて来た俳優の“悪い習慣”は、分かり易く伝えようとしてしまうことだ」
「主観的過ぎるのはダメだ。また“やり過ぎ”は観客への押し付けだ」
「君たちには過程を大事にして欲しい」 ←学生へのアドバイス
「デ・ニーロの求める演技は、評価や喝采とは正反対の、押し付けがましくないものだ」
「部屋にポスターを貼るほど憧れている俳優=ミッキー・ロークには、現場の隅で“俺のようになるな。撮影現場では謙虚に振る舞い、遅刻をするな。そして、自身の演技に全身全霊を傾けろ。俺はそれらを総て忘れてしまっていたんだ”とアドバイスされた」
「自らの仕事に敬意と情熱を持って取り組み続けること。人々はその熱意を決して笑ったりはしないはず」 

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コメント

こんばんは。
このプログラム、面白そうですね。

ボストンの御出身なのですね、確かにボストンはよきところと思います。一度しか行ったことないですが好きになった街です。

ジミー君のイメージを早く完全脱却して彼を見るべきなのだと思いを新たにしました。

>“3ヵ月で18キロの減量”に成功

『地獄の黙示録』で監督から「撮影までに痩せて来い」と言われながら更にどうしようもないくらいに太って撮影現場に現われたといわれるM・ブランドの逸話?を思い出しました。
しかし身体が元に戻ってよかったですね、マットくん。

>「下界に渦巻く苦しみには全て意味が

きっと、渦巻く苦しみを少なからず体験してきたのでしょうね。

>自らの仕事に敬意と情熱を持って

自虐的に、もしくは日本人特有のへりくだり?で自分の仕事を「ぬるい仕事」と言ってしまいがちですが、それではいけないのですね。自戒。

ミッキー・ロークには、「忘れていたんだ」のあとで「でも俺はそいつを思い出したよ」とか言っていて欲しいですが・・・。

投稿: ぺろんぱ | 2009年3月12日 (木) 22時07分

ぺろんぱさん、ばんはです。

今宵はフィッツジェラルドを優雅に読んでおられることでしょうか?

随分と昔・・「卒論の課題がヴァージニア・ウルフだった」と言ってる文学系の女の子がいて・・
何故だか、(それまでウルフの名さえ知らなかったくせに)猛然と『オルランド』『灯台へ』を猛烈に読みまくったことを思い出しました・・今にして思えば、アレは、、(照)

>このプログラム、面白そうですね。

たまに観たら、めちゃめちゃにハマりますね(=^_^=)
デイモン君とは年齢的に近いので、色々な「境遇の違い」にため息も出ちゃいますが(=^_^=)

>確かにボストンはよきところと思います。
>一度しか行ったことないですが好きになった街です。

アメリカはハワイ州しか知らないです(⌒〜⌒ι)
街のみんながボストンバッグ下げて歩いてる印象がありますが、、きっとそうでもないんでしょう、、

因みに(アメリカで)何処かへ行けるんなら・・フィラデルフィアに行ってみたいですね。
シャマラン、ボーイズ・2・メン、、ぐらいしかキーワードが思い浮かびませんが。。

>ジミー君のイメージを早く完全脱却して彼を見るべきなのだ
>と思いを新たにしました。

『リプリー』は観ない方が良いでしょうね(=^_^=)

>『地獄の黙示録』で監督から「撮影までに痩せて来い」と
>言われながら更にどうしようもないくらいに太って撮影現場に
>現われたといわれるM・ブランドの逸話?を思い出しました。

それはひどい(苦笑)

>しかし身体が元に戻ってよかったですね、マットくん。

その割に、あんまし印象がないんですけどね(×_×)
『戦火の勇気』と言えば・・ワタシの中では「ルー・ダイアモンド・フィリップスその人あるのみ!」なんですよね!

逆に『プライベート・ライアン』でのライアン役(デイモン君)には、健康的過ぎるんでは? のツッコミが一部であったようです(・ω・)

>「下界に渦巻く苦しみには全て意味が
>きっと、渦巻く苦しみを少なからず体験してきたのでしょうね。

色々と考え過ぎてしまうんでしょう。
ベンアフの方は余り深く考えずに俳優人生を歩んでそうですね(=^_^=)

>自虐的に、もしくは日本人特有のへりくだり?で自分の仕事を
>「ぬるい仕事」と言ってしまいがちですが、それではいけない
>のですね。自戒。

でも、そう言う卑下も、少なからず「海外に於ける日本人の好印象」に繋がっていると思います。

>ミッキー・ロークには、「忘れていたんだ」のあとで
>「でも俺はそいつを思い出したよ」とか言っていて欲しいですが・・・。

厳密に言えば「思い出せそうだ・・」って感じでしょうか(⌒〜⌒ι)

投稿: TiM3(管理人) | 2009年3月13日 (金) 00時58分

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