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2009年2月28日 (土)

☆『エレジー』☆

昨日の記事(の冒頭)で「まだ先のことは良く分かんないが・・(・ω・)」と書いてみたら・・
実際に「先のこと」が予想外に(?)大きく回り出してしまったようで、、冷静な中にもパニックな胸中となってしまった今日の午後(⌒〜⌒ι)

そんな27日(金曜)の夜。「ちょっと今日は・・寄り道して帰りたいYo〜」と思い立ち、取り敢えずは(残業約1時間をこなし)退社後、ふらふらと梅田方面に出てみたのだった。

色々と気になる新作群はあったが・・あんまし「複雑」とか「重い」とか「長い」とか言うのを観る気分でもなかったので、久々に“テアトル梅田(ロフト地階)”へと向かい、以前からこそっと気になっていた1作『エレジー』を観た。

1度の離婚を経験し、今は“静かに迫る老いの恐怖”に怯えつつ・・「カリスマ教授」としての社会的地位に納まって久しい男=デヴィッド・ケペシュ(ベン・キングズレー)。
美しい女性に眼がなく・・“これ迄の人生で、抱いた女性は50人以上”を密かに誇るこの老教授は、教え子である黒髪のキューバ女性=コンスエラ・カスティーリョ(ペネロペ・クルス)に出会った瞬間から、激しく心を惑わされる。
長年のパートナーである(同年代の)女性=キャロライン(パトリシア・クラークソン)との関係をずるずると続け、一方でこの若い肉体にもハマってしまうデヴィッド。
しかし、心の何処かで“冷徹”であり続ける彼は「(彼女の)家族の“好奇の眼”を前に、恋人として振る舞い通せる訳がない」とコンスエラのパーティーの誘いをことごとく理由をつけては断るのだった。
彼との関係が「それ以上進展しないこと」を悟った彼女は、やがて1本の電話を最後にデヴィッドの前から姿を消す・・

突然の“喪失”から寝込んでしまった彼に、長年の親友でもある詩人=ジョージ・オハーン(デニス・ホッパー)は妻帯継続者としての真っ当なアドバイスを与えるのだった。

そうして2年と言う“孤独な時間”が過ぎた頃、コンスエラから突然に電話が入る。
再び現れた彼女の存在に驚きつつ、胸中では狂喜するデヴィッド。しかしコンスエラは“とある差し迫った事情”を抱えていたのだった・・

卓越した“知性と教養”でその分野に「君臨」している(つもりの)権威も、たった1人の若く美しい女の肉体の前には「かくも無力」なのである、、
同性としては「興奮したかった」つもりが「余計に落ち込んじゃう」こととなったか(×_×)

物語の“骨格”は川端康成、谷崎潤一郎など、日本文学では多く描かれて来たもの。ハリウッドでも『白いカラス(2003)』と言うそれっぽいテイストを少なからず含んだ(?)作品があった。
(と思って調べたら、本作も『白いカラス』も、同じ作家=フィリップ・ロスによる原作だった!)

何処となく「予定調和」で「低予算」なドラマが淡々と進行して行くんだが、主人公2人を脇から支える個性派俳優2人(パトリシア&ホッパー)の存在感が素晴らしく、単なる近視的な物語に終始していないのが良かった。

極端、後半になるとパトリシアさんもホッパーさんも“退場”ぽい展開となってしまい、そこからドラマ全体の「骨組み」が何だか緩んでしまった気がしたようにワタシは思った。

デヴィッド&コンスエラの“ややもすればこぢんまりとした”恋愛模様は、それだけを追うとスッカスカなモノがあり、これを更にチープにしちゃうと『キリング・ミー・ソフトリー(2002)』レベルにまで落ち込んでしまうような危うさもあった(・ω・)
そこを辛うじて高尚に踏み止めてみせたのがデニス・ホッパーの功労であり、パトリシア・クラークソンの何処かけだるく退廃的な言動であったんじゃないかと感じた。

〜 こんなセリフもありました 〜

デヴィッド「皆が“清教徒の子孫”と言う訳ではない」
     「結婚したことを後悔しています・・でも、これはここだけの話に」
     “老年期を迎えても「肉欲へのこだわり」は止まることを知らず、私の中では何も変わってはいない”
     「美は鑑賞者次第だ」
     “彼女は自らの美しさこそは熟知しているが、その使い方を知らない”
     「相手を礼儀正しくさせる何か、を君は備えているようだ」
     「人目が気になるのなら、私の家へ」 ←おっ!
     「高名なピアニストでさえ(メトロノームがなければ)演奏中は“加速”するんだ」
     「デジカメを使いたいが、仕組みが理解出来なくてね」 ←と言いつつ“ライカ”使ぅとるし!
     “彼女が傍にいない夜は、堪え難い”
     “私自身もかつては「あの若い男」だった”
     “美しい彼女が若い男の手に落ちるのは、時間の問題に思えた”
     “彼女は私を「敬愛している」と言うが・・「あなたのペ※スが欲しい」とは言わない” ←普通は言わない!
     “女性との交わりは、人生のあらゆる屈辱に対する報復だ”
     “思えば、関係から関係へと渡り歩いて来た人生だった”
     「君の“過去の空白”が知りたい」
     「20年付き合って、初めて本当に話し合ったな」

ジョージ「想像力がないからこそ、ピューリッツアー賞を獲れたのさ」
    「セックスは、ただセックスとして楽しめ」
    「“歳を取る心配”などせず“分別臭くなる心配”をしろ」
    「彼女と別れろ、縛られ過ぎてるぞ。それが無理なら・・せめて1歩先を歩け」
    「美しい女の内面は決して見えない。見えるのはその“美しい殻”のみだ。
     男はその外見の美しさに眼が眩み、内面を決して理解出来ない」
    「そろそろ“この状況を直視する潮時”ってことさ」
    「台無しじゃない、自然に終わったんだ」
    「人生ってのは、いつも想像を超える驚きを秘めてる」
    「俺は人生の半分を、お前の愚痴を聞いて過ごして来たんだぜ?」

コンスエラ「あなたとのひとときが私の救いよ」
     「男友だち2人と同時に“した”わ・・17歳ってのは、そんな年齢なの」
     「“たぶん”が好きなのね」
     「何故ここに? 総てを台無しにしたいの?」
     「私とどうしたいの?」
     「“嫉妬心”や“独占欲”は何の証明にもなりはしないわ」
     「本気で(結婚生活に)努力したの?」
     「それは・・私には“大事なこと”なの」
     「今は、私の方が年上みたいね」
     「可哀想な人・・私より怯えているのね」

デヴィッド「何と美しい乳房をしているんだ・・」
コンスエラ「気に入った?」
デヴィッド「崇拝するよ」

デヴィッド「弟がいたとは初めて聞いた」
コンスエラ「あなたの知らないことは、まだ沢山あるわ」

コンスエラ「美しい写真ね」
デヴィッド「美しい女性だ」

デヴィッド「君にペットは飼えないな」
キャロライン「あなただけ」 ←う!

ケニー「あんたは複雑なことをすぐに単純化するんだな」

ケニー「離婚が“道徳的に正しかった”と?」
デヴィット「少なくとも“正直な行為”だ」

ケニー「何故、結婚生活を“監獄”と?」
デヴィッド「現に“服役”していたからな」

キャロライン「シアトルはビジネスには最高の街ね、疲れるけど」
      「結局は“いい時期”も“理想の人”も来なかったわ」
      「男の“私を追う目付き”が変わって行くわ」

※「絵を購入した者は“絵を所有した”と考えますが、実は“絵が彼を所有する”のです。
  彼はいわば“一時的な管理人”に過ぎません。何故なら、絵の方が長生きするから」

追記1:「PG指定」こそないが、劇中ではペネロペさんのおっぱいが「眺め放題」だった(・ω・)
追記2:『ラースと、その彼女(2007)』では知的でお堅い(?)役柄を好演してくれたパトクラさん。本作ではちょっと年輪を感じさせるヌードのお背中を存分に披露してくれますた(・ω・)

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コメント

こんばんは。

>「興奮したかった」つもりが「余計に落ち込んじゃう」ことと

このような映画は、まさしく「そこの見極め」が鑑賞の是非に繋がるところがある気がします。
でも観てみないとその見極めなんて結局はできないのでしょうけれどね。

パトリシア・クラークソンさんが出ていらしたのですね。
デニス・ホッパーさんも、興味のあるところではあります。

投稿: ぺろんぱ | 2009年3月 1日 (日) 19時32分

ぺろんぱさん、ばんはです。

『チェンジリング』を楽しまれたようですね☆

>このような映画は、まさしく「そこの見極め」が鑑賞の
>是非に繋がるところがある気がします。
>でも観てみないとその見極めなんて結局はできないのでしょうけれどね。

「観たい部分の描写に不足があったりする」と、評価も下がりますね。。
本作はもっと「官能路線」かと思っていたので、そう言う意味では残念でした(×_×)

>パトリシア・クラークソンさんが出ていらしたのですね。
>デニス・ホッパーさんも、興味のあるところではあります。

パトクラさんは、ウィキペディアでお生まれ年を知ってびっくり。
更に10年ほどご年配かと思ってました(・ω・)

それから、ホッパーさんは、本作に欠かせぬ存在でした。

そしてまた『白いカラス』が観たくなって来ましたよ。

投稿: TiM3(管理人) | 2009年3月 2日 (月) 00時19分

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