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2009年1月25日 (日)

☆『ウォーク・ザ・ライン/君につづく道(2005)』☆

15日(木曜)の夜。
衛星第2で放送された『ウォーク・ザ・ライン/君につづく道』を観た。実在のカントリー歌手ジョニー・キャッシュの半生を、人生最高の“ミューズ(創造の女神)”であり“パートナー”でもあった女性歌手ジューン・カーターとの交流を軸に描いた佳作ドラマ。

劇場公開当時「観たい気はしたが、結局観逃した」1作でもあった。
因みに、本作からはジューン役を演じたリース・ウィザースプーンが見事“アカデミー助演女優賞”に輝いている(第78回)。

1968年。ジョニー・キャッシュ(ホアキン・フェニックス)はカリフォルニア州レプレサにある「フォルサム刑務所」での慰問コンサートを前に、控え室とし用意された作業場に佇んでいた。彼の指先は、囚人が木材加工に使用する「回転ノコギリ台」の(ノコの)刃に触れていた。その冷たい感触に、ジョニーの少年時代の記憶がよみがえる・・

1944年。ジョニーとその兄はアーカンソー州ダイエスにある畑(失業救済局の作業場)で綿花の収穫作業をしていた。酒浸りの父レイ(ロバート・パトリック!)と優秀で心優しき兄ジャック。
貧しいなりに伸びやかに育っていた彼ら兄弟のお気に入りは、ラジオから流れる“カーター・ファミリー”の歌。
とりわけ、10歳のジューン・カーターの歌声にはほのかな恋心さえ抱いたほどのジョニーだった。

そんなある日、工場で作業していたジャックが「回転ノコギリ台」で重傷を負い、あっけなく他界してしまう。
ジョニーにとって、慕っていた兄の突然の死は無論ショックだったが、より彼の心に(後年まで)傷を残したのは、父の心ないひと言・・「悪魔は出来のいい方の子を奪った」・・であった。

そんな父には「こんな音楽などクズだ」と唾棄され続けたカントリーミュージックだが、ジョニーは次第に音楽に目覚め、(朝鮮戦争時には)ドイツ・ランツベルクに駐屯しつつ(1952年)、ギターを手に入れ独学で弾き始める。

1955年。恋人のヴィヴィアンと結婚したジョニーはテネシーのメンフィスに暮らし、家庭用設備のセールスマンとして働くが、その生活は少しも楽にならなかった。
そんな中、街角で眼に止まった「サン・レコード」の“アーティスト募集”の貼り紙に、ジョニーとその仲間(2人の自動車修理工)は発奮、社長のサム・フィリップスに(半ば強引に)オーディションを申し込む。

練習を重ね挑んだゴスペル曲に対する“サム評”は散々だったが、苦し紛れに歌った自作曲が見事に採用される!

「サン・レコード」の所属アーティストとしてデビューした“ジョニー・キャッシュ&テネシー2”はコンサートツアーに忙殺され始める。収入の上がる一方、妻ヴィヴ(ヴィヴィアン)との関係は次第に冷え込んで来る。

そして、テキサス州のテクサーカナ。とある公演(の舞台)で共演することとなったのが・・“憧れ”の女性シンガー=ジューン・カーター(リース)その人であった・・

私的にはホアキン・フェニックスもリース・ウィザースプーンも「どちらかと言うと好きではない」俳優なんだが、本作はとにかく「頑張って歌ってたなぁ!」と素直に驚かされた。これがケヴィン・スペイシー辺りなんかだと「芸達者やな〜」だけで済んじゃってしまい、あんまし彼の「汗」も「努力」も伝わって来ないんだが(←ケヴィンさん、スンマセン)・・この2人は見た目も(まだ)フレッシュな感じだし、死にものぐるいで練習に練習を重ねた姿が“浮かんで来て”俳優としての“のりしろ”の存在を感じさせてくれた。

※“のりしろ”は“のびしろ”とも言うそうだが、ワタシは専ら前者を用いている(・ω・)

ジョニーが舞台で低く放つ、ライヴ開始直後の挨拶「どうも、ジョニー・キャッシュです(Hello,I'm Johnny Cash.)」も「ええ声やな〜」と同性ながらホレボレさせられる。言ってることは殆ど同じなんだが「今晩は、ラッシャー木村です」とは全く“放つ、そのシブさ”の違う気がした(⌒〜⌒ι)

リースは「可愛さ」以前に「ひょうきんなご尊顔」って印象を改めて強くした。現代ハリウッドにおける“funny face”の称号(?)は、間違いなく彼女のために用意されたモノではないか、とさえ。。美人じゃない分、才能&演技でハリウッドを泳いで行かねばならない筈で(←勝手に決め打つなよ!)、ホンマの実力がこれから先も問われ続けるのだろう。

「ヴィヴィアンとの蜜月」は殆ど描かれず、違法薬物を常用してた「負の側面」も“父との確執”に端を発していたかのようにも描写され、逆境づくしの展開の中に「敢えて触れられてなかった点」が見受けられたのは多少気になったか。

語り継がれる“伝説のプロポーズ”の場面が終盤に控えており、ここは“オチ”としてとても良いと感じた。
「現在」⇒「少年期以降の回想」⇒「現在に戻ってのその後(結婚を含む)」と言うストーリーの流れや、1人の女性を不器用なまでに想い続ける主人公の姿を描いた演出から連想したのは『フォレスト・ガンプ/一期一会(1994)』である(・ω・)

ついでに「そっくりさんの起用」「CG合成」などで、実在した人物(=偉人系)を“更に大胆に”ストーリーに絡めて貰っても楽しかったかも知れない、エルヴィス・プレスリーにしても、もっと派手に・・(ヴァル・キルマーが“再び”演じる(1993)もヨシ(=^_^=))

〜 こんなセリフもありました 〜

ジョニー「彼女(ファンの娘)たちは、一種の熱病なのさ」
    「(親父だけでなく)君までが俺にルールを押し付けるのか?」 ←妻ヴィヴに
    「ボブ・ディランに手紙を書いた、フォーク歌手のね」
    「君の不仲がちょっと嬉しい」 ←ジューンに
    「一生(舞台でのジョークで)笑いを取るだけか? いい声をしてるのに」 ←ジューンに
    「大丈夫さ、例え抜けたって(俺の)羽には番号が振ってあるから」
    「君と結婚したい、今がその時期だ・・愛を恐れるな」
    「一晩中そこで立ってるだけかい? ここへ来て俺と歌わないか?」
    「曲の途中で悪いが、君に訊きたいことがある」
    「彼女がイエスと言ってくれなきゃ、これ以上歌えない・・でないと、この歌がウソになってしまう」
    「今までに40回(求婚して)断られた」
    「何があっても君を独りにはしない」

ジューン「さっきは(声じゃなく)心で歌ったの」
    「昔のジョニーは何処へ? 今の彼は嫌いよ」

ヴィヴ「(演奏する)3人とも黒服なんて、葬式みたいよ」
ジョニー「葬式かもな」

サム「君の歌に感情がこもってないのは、その曲が借り物で、君の曲じゃないからだ。
   だから聴く者の心には響かない。聴けば“君が歌ってる”と誰もが分かる曲を歌え、自分自身の曲をね」

ジョニー「たまには俺と一緒に歌わないか?」
ジューン「私に構わないで!」
ジョニー「俺が何をした?」

ジューン「あんた達とは2度とツアーなんかしないわ!」
ジョニー「君が怒ってるのは、ツアーに対してじゃないだろ?」

ジェリー「神は“美味そうな林檎”を俺たちの眼の前にぶら下げといて「喰うな」とさ」

ジョニー「俺を愛してないと言え」
ジューン「愛してないわ」
ジョニー「・・ウソだ」
ジューン「じゃ、問題ないじゃないの?」

ヴィヴ「この嘘つき男! 彼女もすぐに気づくさ、あんたの本性にね」

ジョニー「元気かい?」
ジューン「ええ、あなたは?」
ジョニー「この前、逢った時よりはね」

レイ「俺には才能はないが、精一杯やって来たつもりだ。そう言うお前はどうだ? 薬物依存症のスター歌手さん。
   お前は所詮“空っぽの箱”だ、ただのクズさ」

ジューン「元のジョニーが戻ったわね、何か欲しい?」
ジョニー「ここにいてくれ」
ジューン「いいわ」
ジョニー「君は・・俺の天使だ」

ジョニー「今まで悪いことばかりしてきた・・親父の言ってることは正しい。
     君のことまで傷つけた、俺はクズだ」
ジューン「違うわ、いい人よ。今がやり直す時よ、神様がそのチャンスを下さったの」

※「ディラン、バーズ、ビートルズ・・今やみんなエレキだぞ、それにその黒服はなんだ? 葬式か?」
ジョニー「葬式かもな」

ジョニー「あんたもここでは“汚れた黄色い水”を飲むのか?」
刑務所長「私は、冷えたコーラを飲むさ」

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コメント

TiM3さん、こんばんは。

>「どちらかと言うと好きではない」俳優なんだが、

そうなのですか?
 私はホアキンくんについては“どちらかと言わなくても好き”な俳優さんです。(*^_^*)
なので、最近他の御方のブログで知ったことなのですが、彼が俳優業を引退すると宣言したのはとても残念なことです。
その後ちょっと調べてみましたら、俳優ではなくミュージシャンとして新たな道を歩みたいとの意向のようです。そしてそれは、(もともと歌が好きだったこともありますが)かなりの確率で「本作で彼の歌が高評価を得たことがキッカケとなった」らしいとのことです。

人生って分からないけれど、この映画のように何か心に思うところがあってずっとそれを温めてきたのなら、是非ホアキンくん自身にも花を咲かせて欲しいなぁって思いました。


それから、“T-1000 おとーちゃん”、酒浸りになっちゃってるのですね。
苦労してきはったんかなぁ・・・って、役柄だってば!
しかしそういう役も似合う、良い意味で年輪を感じる御顔立ちになっておられたパトリック氏ですね。

投稿: ぺろんぱ | 2009年1月28日 (水) 19時42分

ぺろんぱさん、ばんはです。

ちょこっとお疲れモードです(⌒〜⌒ι)
なかなか、回復出来ません、、

>私はホアキンくんについては“どちらかと言わなくても好き”
>な俳優さんです。(*^_^*)

強烈な印象を受けたのが『誘う女(1995)』と『グラディエーター(2000)』
だったので、どうにも好かんタイプやなぁ、と。
ま、『デッドマン・ウォーキング(1995)』を観るまでは、かのショーン・ペンも
大嫌いな俳優(の1人)だったし・・
かなり印象は良くなって来ましたよ、ホアキン君。

>なので、最近他の御方のブログで知ったことなのですが、
>彼が俳優業を引退すると宣言したのはとても残念なことです。
>その後ちょっと調べてみましたら、俳優ではなくミュージシャン
>として新たな道を歩みたいとの意向のようです。
>そしてそれは、(もともと歌が好きだったこともありますが)
>かなりの確率で「本作で彼の歌が高評価を得たことがキッカケ
>となった」らしいとのことです。

あう、それは残念・・
キアヌ氏とは、少し違う志のようですね(・ω・)

>人生って分からないけれど、この映画のように何か心に思う
>ところがあってずっとそれを温めてきたのなら、是非ホアキンくん
>自身にも花を咲かせて欲しいなぁって思いました。

しばらくハリウッド系(シャマラン系含む)が続いてたし、
ちと「俳優としてのゴール」が見えてしまったのかも知れません?

でも、案外「見事な転身」となるかも知れませんね☆

>それから、“T-1000 おとーちゃん”、酒浸りになっちゃってる
>のですね。
>苦労してきはったんかなぁ・・・って、役柄だってば!
>しかしそういう役も似合う、良い意味で年輪を感じる御顔立ち
>になっておられたパトリック氏ですね。

『コップランド(1997)』『パラサイト(1998)』の頃は「どうなるんだ、このおっつぁんは?!」と心配になりましたが、それなりの立ち位置を掴み始めたはる気がしました。

目指すは“ウィリアム・サドラー氏”の後継者、かな?(=^_^=) ←まだまだサドラーさん、お元気だっての

投稿: TiM3(管理人) | 2009年1月29日 (木) 00時47分

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