« ☆『ブラインドネス』☆ | トップページ | ☆『地球が静止する日』☆ »

2008年12月22日 (月)

☆『影武者(1980)』☆

20日(土曜)の夜。
衛星第2で放送された、黒澤明監督作『影武者』を観た。

3時間に迫る作品時間であり「録画しちゃうと、きっといつまでも観ないまま死蔵されるだけやろな」と薄ら予測がついたモノで(=^_^=)、しんどいけど頑張って(←頑張るなよ)観ることに決めた。そして・・観た!

世は天正の時代(1573〜93年)。刑場で「逆さ磔」に処されかけた所を連れて来られた奥州出身の盗人(仲代達矢)は、武田信玄(仲代の2役)、信廉(のぶかど)(山崎努)兄弟の前で詮議される。
信玄自身も、そして、これまでその“影武者”となり兄を支えて来た信廉も驚くほどの顔立ち、背格好をこの盗人は持っているのだった。つまり、信玄と“瓜二つ”だったのである。

上杉謙信を相手に「川中島の合戦(1553〜64年)」を戦い抜いた信玄の前に、勢力を伸ばしつつある存在が「三方ヶ原の戦い(1572年)」以来、因縁の深まっている織田信長(隆大介)と徳川家康(油井昌由樹)であった。

折しも、野田城に籠った家康勢・菅沼定盈(さだみつ)を兵糧攻めにしていた(1573年)信玄であるが・・夜な夜な城内から聞こえる「笛の音」を確かめるため、自ら城の外に“お忍び”で陣を構えた所、城内から唐突に種子島(火縄銃)で撃たれてしまう。

間もなくその傷が原因で信玄は死去。これに慌てた家臣らは「我もし(天下統一の志半ばに)死すとも、3年は喪を秘し、甲斐の国を動くな・・これを我が遺言と心得よ」なる彼の遺志に従い、先の盗人を“影武者”に仕立て上げ、信長&家康の間者(スパイ)の目を欺く計略に出る。

限られた家臣を除き、内々だけに伝えられた真実。
やがて野田城から甲斐へと戻った“影武者”は首尾良く自軍、果ては側室までもを(信玄)本人と信じ込ませることに成功するが・・ついある時、意外な者によりその正体を暴かれることとなる。

一方で、父・信玄の幻に悩まされ続ける息子=諏訪勝頼(萩原健一)は、ついに信長&家康の軍勢を叩くべく、甲斐の国を発つのだった。そして武田家の運命を大きく変える「長篠の戦い(1575年)」の火蓋が切って落とされる・・

上記を書きながら、年表を辿ってみると・・「実に巧く虚を実にはめ込んでるなぁ!」と感心させられるんだが、作品そのものに関して言えば「長い! ダラダラと長い!」と、そればかりを何度も感じさせられた。

クロサワ70歳の頃のメガホンらしいが、直感的に「ご老人の撮った映画」って感じで、妙に展開や(映像)描写がスロ〜モ〜である。フルカラーである利点を生かし、色々と光学的な味付けこそはしてるんだが、私的にはそう言うのは余り重要視してないもんで・・とにかく「もっと緩急を付けてよね」とツッコむことが幾度も御座った←あ、口調が(・ω・)

全体的に「人物が生きてない(=いわば“非健康”な印象)」ってのもあり、虚無感を色濃く交えた戦国絵巻を意図的に狙ったんだとしたら、これはもう「大成功!」なのだろうが、、どうも「各キャラが生き生きと物語を引っ張った」と言うより「描きたい節目ごとに、キャラの演技をはめ込んだ」って感が拭えず、かつ“影武者”の言動1つをとっても「何か巧くない」と直感的に響くモノがあった(・ω・)

特に「酷いなぁ〜」と突っ込んだのが次の3点。

・女性キャラの描き方がなっていない。そもそも描く気すらなかったようにも感じる。折角、桃井かおり&倍賞美津子と言う大物女優を起用してるんだから「もそっと何とかしようよ」と申し上げたい。
・中盤で展開される“高天神城の戦い(1574年)”の場面。15〜20分ほど合戦シーンが描かれるも・・夜間のせいで画面が暗い、暗過ぎる! まるで『スパルタンX(1984)』のクライマックスシーン手前(だか)のように暗く、何が何やら分かんない⇒眠たくなる。あんなシーンなら編集(カット)すべきだったのでは?
・終盤の“長篠の戦い”のシーン。本作のクライマックスなのだが「武田軍:騎馬隊の大群がダイナミックに疾走する!」「織田&徳川連合軍:並べた柵から種子島を一斉に放つ!」・・とそれぞれの場面こそは迫力たっぷりに映されるんだが・・どうにもカメラが切り替わってしまう(×_×) ワタシの観たい“肝心の描写”は響き渡る“銃声のみ”で済まされてしまってた。。

終盤では、城を「石もて追われる」身となった“盗人”が、騎馬隊全滅の有り様を(戦場の)草葉の陰からただ眺める・・ってな展開となるんだが、その際の仲代さんの「顔ばかりは真っ白だが、腕や胸元は健康的な肌色」って風の“ちぐはぐなメイク”も違和感&不気味さが漂うばかりだった。

エキストラ描写は確かにもの凄いが、屋内の各シーンは“いかにもセット”でイマイチ緊迫感に欠けてたり・・クロサワ映画の最高峰と評するにはほど遠い作品だと私的には決め打ちたい。

ただ、一方で「楽しんで撮らはったんやろな」「きっとどのシーンにも思い入れが強く、編集(カット)出来へんかったんやろな」と言う空気は随所から感じられた。きっとそれはそれで、巨匠ならではの余裕だったろうし、巨匠だからこそ許されたわがままだったんやろな、とは感じたワタシである。

〜 こんなセリフもありました 〜

信玄「ふむ・・良く似ておる」
  「確かにわしは強欲非道の大悪人じゃ、天下を盗むためには何事も辞さぬ覚悟じゃ」
  「冷えて参ったな・・冷えると古傷が痛む」
  「この者、使えるかも知れぬ」
  「我が旗を京の都に立てること・・この信玄の生涯の夢じゃ」
  「瀬田の橋はもう過ぎたか?」

信廉「“影法師”も楽ではない、己を殺して影に徹するのは辛い務めだ・・
   時々、己に帰って気侭に寛ぎたくなる」
  「影はその人を離れて、独り歩きは出来ん」
  「あの男、またもや磔にかけられた心地じゃろうな・・」 ←このセリフは重要!
  「動くな、何事があっても悠然と構え、動いてはならん」

山県「ご機嫌麗しう・・」
信玄「ない!」

家臣「寝ぼけ眼を開いて、しかと見よ・・お屋形(やかた)様はあれに御座るわ!」
  「武田の精鋭、一糸乱れぬ・・見事な眺めじゃ」
  「お屋形様、お通りぃ!」
  「間者の目(?)に戸は立てられん!」 ←と聞こえた気が(・ω・) 普通は「口に戸」ですネ
  「亡きお屋形様を想うなら、今こそお役に立つ時ぞ!」
  「ここ数日、念入りに教えた通りにやれば良い」
  「子供の眼は騙せぬな・・」
  「黒雲(くろくも=愛馬)はお屋形様しか乗りこなせぬ」
  「如何に(姿形が)似ていようと、根まではそうも行くまい・・」
  「殿、ご酒(しゅ)が過ぎます」
  「医者が申すには、病の後、しばらく女人(にょにん)を近付けぬようとのこと」 ←いや〜ん
  「見ろ! この者たちは貴様を護って死んだ、貴様も磔になった覚悟で動くな」
  「良くやりおる・・さながら亡きお屋形様が乗り移ったとしか思えぬ」

間者「もっと近くで見るべぇや、影武者かも知んねぇ」

山県「武田の家に殉ずる覚悟の者でなくてはつとまらぬ」
  「親方様は病の後じゃ、当分は馬にも側室にも“乗る”事は控えて頂く」 ←いや〜ん
  「よかろう、その件は信廉殿の裁量に任せよう」
  「※だけは欺けなんだ・・」

盗人「俺はあのお方の役に立ちたいんだ、使ってくれ!」
  「どうじゃ、面(おも)代わり致したであろう?」
  「重い病は、人の心も変える・・」
  「この信玄・・戦のときは本陣、常はこの館にある」
  「動くな! ・・山は動かんぞ」

竹丸「違う、これはおじじではない!」
  「おじじは本当に変わった、怖くなくなった」

家康「武田を攻めて見れば、その後ろに信玄のあるなし(=生死)は分かる」

信長「武田の備えはお主(=家康)に任せる」
  「流石は信玄、死して3年、よくぞこの信長をたばかった」
  「山が動いてはそれまでよ」
  「アメン!」 ←宣教師に向かって

勝頼「この勝頼、幾ら足掻いても亡き父の幻から逃れることが出来ぬ!」

追記1:本作でクロサワに救いの手を差し伸べたのがフランシス・フォード・コッポラ&ジョージ・ルーカス(共同で海外プロデューサー)である。
追記2:“長篠の戦い”では、撃たれた騎馬隊の屍体が累々と横たわる描写があるが・・辛抱し切れないのか、細かく足をばたつかせたり、首を持ち上げたりする“お馬さんたち”のナチュラルな演技(?)が微笑ましかった(⌒〜⌒ι)

|

« ☆『ブラインドネス』☆ | トップページ | ☆『地球が静止する日』☆ »

コメント

これって...勝新が途中で降りた映画で、資金的にも難産だった映画ですね。
上映当時は長いし、難しそうだったので見ることが出来ませんでした。今も同じですが。

TiM3さんの書いておられるのを読むとちょっと見たい気がしましたが、危ない危ない、きっとしんどいだろうなぁ。

投稿: west32 | 2008年12月23日 (火) 20時53分

west32さん、ばんはです。

4月からの“BS2でクロサワ作品を辿る旅”・・も、そろそろ千秋楽です(・ω・)

>これって...勝新が途中で降りた映画で、資金的にも難産
>だった映画ですね。

そうですね。ただ、私的にはカツシンさんの色でもなかった気はします。兄弟での演技は圧巻だったでしょうが・・
(ま、ウィキ情報では、若山さんは即座に出演を断らはったらしいですね)

>今も同じですが。

今なら分割して観る、とか工夫は出来ますけどね(・ω・)

>危ない危ない、きっとしんどいだろうなぁ。

誰が野田城で夜な夜な笛を吹いてたんやろ? とか、ミステリアスな演出のあった点は良かったですよ。
いつか、機会があればご覧下さいね(=^_^=)

観ない事には「何処があかんのか」ってのは主観的に判断出来ないし〜

↑ちと記事本文でけなし過ぎた気もし、気を遣っているワタシ(⌒〜⌒ι)

投稿: TiM3(管理人) | 2008年12月23日 (火) 23時58分

高天神城の戦いはちゃんとした上映環境でご覧になれば素晴らしさがわかると思います。
家のテレビ向きじゃありませんね、あそこは。

>「きっとどのシーンにも思い入れが強く、編集(カット)出来へんかったんやろな」

黒澤は淀川さんとの対談で(国内版は)編集に時間がなくて、もっと切りたかったのに切れなかった。海外上映用の国際版はできる限り時間をかけて再編集したと言ってます。映画完成が遅れて日本国内の公開予定がすでに2週間も遅れる状況だったので仕方なかったのでしょう。
上杉謙信が信玄に斬りかかる場面も撮影するはずだったのが、時間がなくて省略とか、影武者は撮影スケジュールおよび予算面でかなりきつく、黒澤本人とってもやりたいことをやりたいようにできた作品というわけではないようです。

投稿: てる | 2011年12月 9日 (金) 22時05分

てるさん、お早うございます。
やっと起き出しました(⌒〜⌒ι)

自分で書いときながら、殆ど忘れかけのレイディオ状態でした。。
久々に読み返しました。

>高天神城の戦いはちゃんとした上映環境でご覧になれば
>素晴らしさがわかると思います。
>家のテレビ向きじゃありませんね、あそこは。

そうか・・スクリーンで観たら『スパルタンX』や『めまい』の終盤も
同様にくっきりと楽しめるのかも知れませんね。

>黒澤は淀川さんとの対談で(国内版は)編集に時間がなくて、
>もっと切りたかったのに切れなかった。海外上映用の国際版は
>できる限り時間をかけて再編集したと言ってます。映画完成が
>遅れて日本国内の公開予定がすでに2週間も遅れる状況だったので
>仕方なかったのでしょう。

そう仰るなら、ディレクターズ・カット版(?)を手がけるべきだったのでは? ・・と思うのは、業界を知らないシロウト意見なのでしょうかねぇ。。

>黒澤本人とってもやりたいことをやりたいようにできた作品
>というわけではないようです。

『どですかでん』以降、どうにも精彩を欠いて見えてしまいますね、クロサワ監督。。

投稿: TiM3 | 2011年12月10日 (土) 12時34分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« ☆『ブラインドネス』☆ | トップページ | ☆『地球が静止する日』☆ »