☆『はなれ瞽女おりん(1977)』☆
30日(木曜)。昨夜はグッチョングッチョンに(←どんな形容だ!)泥酔してしまい、起きていたのか眠っていたのか、生きていたのか死んでいたのか自分でも良く分かんない状態での帰宅となった(×_×)
流石に今夜も寄り道して帰ったりしたら・・「この週末は反動で寝込むことになるやろな、、」と“自身がもう若くないって事実”に素直に向き合い始めたワタシなので(=^_^=)、今日は残業を切り上げ、スタコラと帰らせて頂くことにした。
前回のレビューが新作『ICHI』であり、その中で主人公の境遇とし設定された“はなれ瞽女”の強烈な印象が忘れられなくなったワタシは・・ここでハタと気付くこととなる。
「あ、そう言や邦画『はなれ瞽女おりん』のDVDソフト版を折角買ったってのに観てなかった!」と。
んな訳で、いそいそとかの作品を鑑賞した次第である(⌒〜⌒ι)
※そも『はなれ瞽女おりん』を購入するきっかけとなった経緯(?)については、
2月7日(木曜)の拙記事『“若州(じゃくしゅう)人形座公演/はなれ瞽女(ごぜ)おりん”を観て来た』を併せご覧頂けたら幸いです(・ω・)
http://tim3.cocolog-nifty.com/blog/cat30597104/index.html
※
世の中が「米騒動」と「シベリア出兵」に揺れていた大正中期。
仲間から落とされた“はなれ瞽女”の女=りん(岩下志麻)が「人生の漂泊をみつめ、魂のありかを求める」物語。
越後高田にある、里見の瞽女屋敷を追われ、天涯孤独の身となったおりんの前に、下駄の修理を生業とする、鶴川と名乗る大柄な男(原田芳雄)が現れる(背丈=5尺8寸との設定)。
おりんは「これまでの人生で出会って来た」男ら同様、鶴川もまた自分の「躯(からだ)」を狙って付いて来ているものかと初めこそ疑ったが、彼は「お前ぇを抱けば、わしらのこの関係は崩れてしまう・・だから抱けん」と頑に彼女を拒む。
表向きは「兄妹」とし、各地を旅する2人だったが、そんな彼らの前に越中富山から来た薬商人=別所彦三郎が現れ、おりんの肉体をつけ狙い始める。
そんな折も折、鶴川を追って、福井県鯖江憲兵分隊から袴田陸軍憲兵中尉(小林薫)がやって来る。
鶴川の犯した“とある罪”から彼を庇おうとするおりん。旅仲間の“はなれ瞽女”おたま(樹木希林)との束の間の友情も交えつつ、おりんの旅路は続く。
そして、彼女の辿った漂泊の行く末は・・
※
冒頭で「芸術祭参加作品」と大きくテロップの表示される本作。
とにかく、ロケーションが多岐に渡っており“確実に失われつつある、日本の原風景”をこれでもかって感じで切り取りまくってくれる、その意気込みにまず圧倒された! ベテランの撮影監督=宮川一夫が泣きながらファインダーを覗き、彼をして「これが俺の遺言だ」と言わせしめたと言う本作でもある。
※前記述は、以下のサイトの記載を参考とさせて頂きました。無断リンク失礼します。
http://www.nihoneiga.info/classic/0007/02.html
これまでの作品群には首を傾げさせられっぱなしだった(監督、すんません)篠田正浩氏によるメガホンだが、正直ここまで気合の込められた傑作だとは思わなかった!
・「一度も瞳を見開かぬ、盲目の演技」ながら、艶やかさの漂って来るようだった岩下志麻さん
・外道なヤツながら、何処か憎み切れぬ、若き日の西田(敏行)局長(=^_^=)
・盲目の演技の凄まじさが観る者を圧倒する樹木希林、奈良岡朋子の両女優。
・冒頭で「小林薫(新人)」と紹介される(!)イキのいい奴(=^_^=)、小林さん。この頃は寡黙で不気味な演技もこなしてられたんですね〜! 軍服もお似合いですた(⌒〜⌒ι)
など、キャスト陣も風景描写に負けず頑張ってくれている。
♦「報われぬ下層の2人が旅の日々を続けれど、真の自由の訪れることはなかった」と言う無情感。
♦「最も近くにいる男とのプラトニックな関係すら、やがては引き裂かれる」と言う悲しみ。
♦「おりんの躯を汚したくない」と願う鶴川の気持ちとは裏腹に「凍えるような寒い夜には、男に寄り添って“温もり”が欲しい」と性への渇望(?)を隠さないおりんの「ゆれる」心情。
と言った要素は、そこそこに人生の辛酸を舐めた者にしか伝わって来ないような気もする。
ってことで・・これはやはり「芸術作品」と呼べるのではなかろうか。堅苦しくはないけれど。
おりんの話す言葉は新潟弁(上越弁)だそうだが、感動する程に完璧に“その土地の女”になり切ってるように感じた。
岩下志麻と言う女優について「若い頃ってどんな作品に出てたっけ?」と思うしとは、是非本作に触れ、その女優としての力量のもの凄さを知って欲しいモノである。
・・ってナニをお前ぇはエラそうに(=^_^=)>
〜 こんなセリフもありました 〜
※「眼は見えねども“へそ合わせ”は出来るべ」
「貧乏人は、何やっても損するように出来てるんだ」
里見の親方「おらさ、“め△ら道”歩いて来た甲斐がありました」
「め△らにゃ地獄が見えねぇように、阿弥陀様がおらがの眼(まなこ)潰して下さったんじゃ」
「瞽女は“神様の嫁御”にして貰ぅたんじゃ」
鶴川「若い衆が牙剥いて、おまんの躯さ、くすねようとしてるだで」
「お前ぇはいい娘だ、こげないい娘が、め△らに生まれたばっかりに、こげな暮しをせにゃあならん。
おらぁ、つくづくこの世の中ちぅものが“地獄”に見える」
「人の話は、信用出来ねえや」
「金のある奴は徴兵を逃れられた、しかしおらがのような貧乏人は銭のために体を売るしかなかった。
戦争は貧乏人を犠牲にしてる!」
おりん「何ぼ諭されても、おら自分で自分の躯の火照りを抑えることが出来ね」
「男と寝るちこと、こげに温(ぬく)いものかと思いました・・おらほんに罰当たりなこと、しましたす」
「また、戯(おど)けなすってぇ」
「おみゃあさん、なんでおらの躯、抱きなさらんのじゃ?」
「め△らの女が拒んだとて、男衆の大きい力に組み伏せられて、言いなりになるより仕方御座りませなんだ」
「どうかも少し、おらの躯、温めて下せぇ」
「おらの躯、こんげに冷えとるに何で温めてくれんのじゃ」
「おみゃあは、おらが・・おらがこの世で一番好きな人じゃ」←このセリフに泣きそうになりますた
「おら、“しだらおなご”でねぇ」
「待ってけれ、自分で帯さ解くだから・・」
「日暮れは、空気の“匂い”が変わります」
「弱気過ぎます、あの婆さまは・・」
「松林、松林言われても、何処が松林で、何処が浜なのか、おらには“境目”が分かりません。
世の中、どげんな“境目”があるのか・・ただ掌(てのひら)で触ったり、匂うたりしながら
阿弥陀様に導かれて歩いているだけで御座ぇます」
別所「辛抱出来るのかや? おみゃあも女なら、抱いて欲しい夜さりもあるべし?」
追記1:善光寺境内でのロケーション。カメラに映る限りの人々(の全て)に大正期の風体をさせている徹底ぶりに驚愕!
追記2:中盤、海辺で地震&落石が起こるんだが、あれは作品に必要な演出だったんやろか?
追記3:要所要所でしっかり「雨を降らせる」こだわりぶりがイイ。山門での雨宿りシーンは映像的にも素晴らしい。
追記4:定点撮影で(宿の)軒先を映し「女中が提灯を畳む」動作のみで“祭りの終わり”を表現する演出にうならされる!
追記5:「磨歯ンオイラ」「まばを/濱小」「のらひんし」などの戦前表記が面白い。因みに駅看板の英語表記は左読みの「OBAMA」だった。
追記6:終盤、無表情な男=鶴川が初めて落とした涙に、こちらまでウルウルさせられてしまった(×_×)
追記7:樹木希林、小林薫ら助演陣のあっさりとした“退場ぶり”が面白い。何の余韻もないのだ。。
追記8:ラストシーン・・“描き過ぎ”な感もあったが、ある意味衝撃的ではある。。
※本記事の中で、(現代では)差別的な表現と思われる言葉に関し、伏せ字にて表記させて頂きました。他意は御座いません。


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