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2008年9月17日 (水)

☆『七人の侍(1954)』☆

今をさること、、6日(土曜)の鑑賞。衛星第2でドド〜ンと放送されたが・・本編を挟み、前後に設けられた解説コーナーを含むと・・何と約4時間ものボリューム! いやぁ、長尺で御座った(⌒〜⌒ι)

既にワタシごとき“公開当時、劇場で鑑賞すらしていない小僧”がごちゃごちゃ語っても仕方ないトコなんだが、今回久しぶりに“フル”で観て感じたのは「これまでは鬱陶しい存在だった菊千代(三船敏郎)こそが、実は一番本作に欠かせぬサムライだったんやな・・」ってことである。

それまでのワタシはまだ(気持ち的に)若く(・ω・)、剣術に長けたニヒルな久蔵(宮口精二)や、泰然としたリーダー格の島田勘兵衛(志村喬)にこそ憧れていたもんだが(因みに、そのまた昔、本作を観た時などは役者名とキャスティングが全く理解出来ておらず久蔵=志村喬、勘兵衛=三船敏郎などと勘違いしてた、、)今回はハッキリと菊千代が両者(=浪人と農民)の間に割って入り、双方を繋いだからこそ本作が自然に仕上がり、かつまた「サムライになり切れなかった漢(をとこ)の悲しき人生」が作品の底辺で浮き彫りにされたんやなーとしみじみ思った次第だ。

公開当時から、観た者の間では劇中の“セリフ引用ごっこ”が流行ってたそうだが(=^_^=)、確かに登場キャラの農民の1人に至る迄、それぞれに「渾身のひと言」がまんべんなく用意されてたぽかったのがスゴい! 役名すら良く分かんない長老(高堂国典)が迫力を漂わせ言い放つ

「(野武士を)殺(や)るべし・・! 腹が減りゃあ、熊だって山ぁ下りるだ・・」

も強烈だし(←この目付きと凄みだけで、下っ端の野武士程度ならショック死させられるんじゃなかろうか(=^_^=))

農民の依頼をようやく受けることに決めた、勘兵衛のひと言

「この飯、おろそかには喰わぬぞ」

も短い言葉の中に膨大な“思う所”を含んでいる気がして来る。

劇中で一番ウルウルッと来てしまったのは、(後半)燃え盛る水車小屋をバックに、乳飲み子を抱えた菊千代が

「こいつは俺だ、俺もこの通りだったんだ・・!」

と叫ぶ台詞であった。ここでウルッと来ないヤツは「ガキ」か「野武士」に違いなかろう!(←決めつけんなよ)

惜しむらくは「野武士側の個性キャラ不足」「最初に“退場”しちゃう侍2人の、総じてのキャラ造形の薄さ」ぐらいだろうか。まぁ、それらも本作全体の完成度から考えたら、大した問題とは言えぬか・・

後年“西部劇”“戦争もの”“オタクもの”・・と色んなカタチにいじくられ、エッセンスを吸い尽くされて来た感も強い本作だが「農民階級の悲しさとしたたかさ」をチクチクとトゲ立たせ、描き込んだこの世界観だけは、亜流のどれにしても“決してコピーし切れていない”んじゃないかな、と感じたワタシである。

〜 こんなセリフもありました 〜

勘兵衛「子供が、ひもじかろうと思うてな」
   「・・要するに、負け戦(いくさ)ばかりでな」
   「もう儂(わし)も、戦にはあきた・・歳だでな」
   「金にも出世にもならん、難しい戦があるのだが・・付いて来るか?」
   「これは“戦遊び”とは違うでな」
   「ひとかどの侍なら、正気を失うほど酔いはせん」
   「無益な・・勝負は見えておる・・」
   「(立身出世の)夢を追う内、髪はこの様に白くなり・・親も身内もない」
   「子供は働くぞ、尤も“大人扱い”をしてのことだが」
   「まぁ良い、落武者になって竹槍に追われた者でなければこの気持ちは分からん」
   「辛かろうがのう、是非も無いのだ・・離れ家まではとても護り切れん」
   「己のみ守るヤツは、己をも滅ぼすヤツだ!」
   「もう大丈夫、そう考える時が一番危ないもんでな」
   「苦しくなるのはこれからだが・・」
   「抜け駆けの功名は手柄にならん、戦は1人でするものではない」
   「また生き残ったな、戦終わりて・・今度もまた負け戦だったな」
   「勝ったのはあの百姓たちだ、儂たちではない」

平八(千秋実)「薪(を割るの)は、人を斬るほどには参らぬ」

※「守るのは攻むるより難しいでな」
 「百姓に生まれねぇで良かったな、犬の方がましだ」
 
侍「人間、ひょんなことで知己を得るものじゃなぁ」
 「攻める時も、退く時も走る、戦に出て走れなくなった時は・・死ぬ時だ」
 「敵は怖い、誰だって怖い、しかしな・・向こうだってこっちが怖い」
 「貴様、時々うがったことを言うのう」
 「どんな苦しいことでも、話をすると少しは楽になる」
 「良い城にはきっと1つは隙がある・・守るだけでは城はもたん」
 「いかん、貴様は死ぬ気だ・・俺が行く」
 「貴様らしくもない、そんなことで明日の働きは出来んぞ」
 「そんな面(つら)つきではとても戦に勝てんぞ」

農民「種の良し悪しは分かっても、侍(さむれぇ)の良し悪しは分かんねぇでよ、おら」
  「早く死んで・・こんな苦しみ、逃れてぇだよ」
  「倅(せがれ)の仇を討たせるだ!」

菊千代「百姓ぐらい悪ずれした者はねぇんだ! けちン坊で狡くて泣き虫で・・」
   「今夜はおっ母ぁを可愛がっておけ」
   「何もかも、ぐじぐじしてやがる」
   「こんな馬でも、乗り手次第で天まですっ飛ばわぁ」
   「それでも馬か、恥を知れ恥を」
   「1本の刀じゃ、5人と切れん!」

久蔵「お前は、この窪地におれ」

勝四郎(木村功)「あなたは素晴らしい人です、私は前からそれを言いたかったのです」

※ウィキペディア情報の引用にしか過ぎないが(×_×)・・スティーヴン・スピルバーグ監督が「もの作りの原点に立ち戻るため必ず観る」映画が、本作と『捜索者(1956)』『アラビアのロレンス(1962)』『素晴らしき哉、人生!(1946)』の4本だそうである。
・・って言うか、これらを繰り返し観ていながら、放つ作品群がその程度かよ、、的なツッコミはしたくなるが・・(失礼ながら、彼の監督作の中で文句がないのは『激突!(1971)』のみなワタシであります!)

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コメント

こんばんは。

本作、切れ切れの記憶しかなく、一度きちんと全編通して観てみたいと思い録画しました。
長い作品なのでいつのことか分かりませんが(情けない・・・恥^^;)、いつかしっかり鑑賞しようと思っています。その際にはまたこちらにお邪魔させて頂きます。

それから・・・『ウォンテッド』のレヴューを拝読して思ったこと。↓
やっぱり“速記”技だったのですね!
そうじゃないかとかねがね思っていました(*^_^*)。
うちの兄も昔ちょっと齧っていたことがあったもので。

私はかなり昔、深酔いした時の自分の日記帳で、「これって速記か!?」と思うような文字を翌日に哀し~い気持ちで眺めたりしたものですが・・・。(恥)

投稿: ぺろんぱ | 2008年9月18日 (木) 21時29分

ぺろんぱさん、ばんはです。

「BSがミュージカルなことになっとっただぁよ!(←何で農民の口調やねん)」な今週をほぼ乗り切れた気がします(・ω・)

>本作、切れ切れの記憶しかなく、一度きちんと全編通して観てみたいと思い録画しました。

あ、いいですね〜☆
土曜の夜は『隠し砦の三悪人』の放送だそうで、ドキドキワクワクしてます♪

>長い作品なのでいつのことか分かりませんが(情けない・・・恥^^;)、いつかしっかり鑑賞しようと思っています。
>その際にはまたこちらにお邪魔させて頂きます。

観始めたらイッキに観れますよ。
終盤は豪雨の中で闘うんですが、そのシーンはスタジオ撮影だったそうです(・ω・)

>『ウォンテッド』のレヴューを拝読して思ったこと。↓
>やっぱり“速記”技だったのですね!

いや、、我流ですけどね。意図的に省略してるんじゃなく、
勝手に省略されてしまってて、ぐちゃぐちゃになってるだけです、、
(ペン先に「LED」と「その光が拡散しないようなカサ」の付いた、専用ペンが欲しいトコです)

>うちの兄も昔ちょっと齧っていたことがあったもので。

教わりたいものです(⌒〜⌒ι)

>私はかなり昔、深酔いした時の自分の日記帳で、

そういう時のメモや発言が、後で振り返ったら「なかなか棄て難い!」
って時もありますよね。ドラッグで創造力が高まるのなら、アルコールも然り・・! だと思っています。
(肯定派ではありませんが、、)

投稿: TiM3(管理人) | 2008年9月18日 (木) 23時23分

名作を前にして何なんですが、何が一番心に残ったかていうと、ずばり

”何であんなちょっとしか食べてへんのに皆あれだけバリ活動できるんやっ!それに比べて自分は・・くよくよ”

てなことでした。(すまん)

投稿: ビイルネン | 2008年10月12日 (日) 00時37分

ビイルネンさん、ばんはです。

今宵も、更けて参った・・(だから何で浪人口調やねんな)

>何が一番心に残ったかていうと、ずばり
>”何であんなちょっとしか食べてへんのに皆あれだ
>けバリ活動できるんやっ!

そう言えば、余り食事シーンは重要視されてなかったかも、ですね。

ただ「酒盛り」みたいなことはやってましたし、
農民は実は、色々な食いもんを隠してる、みたいな描き方はされてましたので、意外にひもじい思いはしてなかったんじゃないかと思ってます、彼ら。

>それに比べて自分は・・くよくよ”
>てなことでした。(すまん)

負ける戦と直感的に判断出来たなら、戦わないのも「生き延びるための策」とは思います。
『硫黄島からの手紙』の中盤で、洞窟に留まった兵士らが、次々に自決したり、一方で中隊長が情けなくも生き延びたりしてましたが、
それぞれに「人間なんやな〜」と、今は思うものです。

家族(妻子)のために生きる・・それは決して卑怯な行動ではないんじゃないかと。

うーん、何とも暗〜いコメントだなぁ(・ω・)

投稿: TiM3(管理人) | 2008年10月12日 (日) 01時21分

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