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2008年7月17日 (木)

☆『ゲド戦記(2006)』☆

スタジオジブリ制作の劇場用長編アニメ『ゲド戦記』を12日(土曜)〜13日(日曜)の2日に分けて観た。
番組そのものは11日(金曜)夜に“金曜ロードショー”で“地上波初放送”されたもの。
帰宅が遅くなるやろな・・と予測し、録画予約しといて良かった(・ω・)

“ジブリ祭り”の一環として流されたモノだったが、よくも悪くも「宮崎駿カントク作品ではない」ってことで(ご子息の宮崎吾朗氏が初めてメガホンを執られた(?)アニメである)、「名作保証工房」たる(?)ジブリにしては「意欲作には違いないが、ちとインパクトに欠けるな・・」と言うのがワタシの第一印象だった。
「荒廃した世界を舞台に、若者が生きる意味を探る」ちぅ壮大なテーマこそは良いが「ジブリファンがそれを観たがったか?」と言う部分でどうもスッキリしない。

ま、宮崎駿カントク自身『もののけ姫(1997)』『千と千尋の神隠し(2001)』『ハウルの動く城(2004)』・・と近年の作品群ではシリアス路線が次第に極まって来て、描画&表現テクニックの凄まじさとは裏腹に、正直「面白くないんですけど・・」と小声で言いたいトコロもあった(私的に)。
スポンサー側に「新境地を」「路線修正を」などと言われて来たのか? その辺りの実情は分からないが「迷走してるな」と思わずにはいられなかったモノだ。

ようやく最新作『崖の上のポニョ』に至って「(それまでの)気負いを払拭した」ような印象を受けるんだが(予告編を観る限り、、)、さて今回はどうなることだろう・・?

『指環物語』『ナルニア国物語』と並び“世界3大ファンタジー”の1つと評される『ゲド戦記』を単発もの(?)のストーリーにまとめた本作。
細かいトコで言えば『指環』『ナルニア』が英国産であるのに対し、唯一米国産のファンタジーである点も特徴的。確かワタシの自室にもハードカバー版のボックスセット(原作本)が何処かに転がっているハズだが・・全くページをめくった覚えのないのが情けない(×_×)

冒頭で「ことばは沈黙に 光は闇に 生は死の中にこそ あるものなれ 飛翔せるタカの 虚空にこそ 輝ける如くに」なる『エアの創造』からの引用が表示される。劇中世界=アースシーに伝わる古典詩の1つらしい。

海は荒れ、精霊と対話出来る“風の司(つかさ)”ですら、それを抑えることは出来ない。曇った空には互いを喰らい合う巨竜たちの姿が。農地は干ばつに喘ぎ、羊と牛は謎の感染で大量死を遂げる・・

王国エンラッドでは、国王と家臣がそんな現状を憂いている。
「世界の均衡がもたらす“光”が弱っている気がしよります」
「いよいよ“黄昏”の深まる兆しじゃろうか?」

間もなく国王は城内で何者かに刺し殺される・・その夜を最後に姿をくらませたのは彼の息子である17歳のアレン王子(声:岡田准一)。
彼が父親を殺したのか? 果たしてその理由は? 何も語らぬまま、国を棄てひとり逃避行を続けるアレン。
そんな彼の前に現れたのは大賢人と称される最強の魔法使いゲド(俗称:ハイタカ)(声:菅原文太)であった。

世界が均衡を失っている実情を目の当たりにする2人。やがて、彼らは港町ホートタウンに辿り着く。ゲドは昔なじみの女農夫(?)テナーの住む、町外れの一軒家を訪ねるが、折しもこの町では、邪悪な魔法使いクモ(声:田中裕子)が、私利私欲にかられるまま“永遠の命”を求め怪し気な実験を日夜続けていた。

ゲドとテナーは旧交を温めるが、彼女が5年前に連れて来た謎の少女テルーは、アレンに対する敵意を隠そうとはしない。
果たしてアレンが怯える理由とは? テルーに隠された秘密とは? そしてゲドとクモの壮大な魔法合戦の勝敗の行方は?

「ゲドってば主人公でもないじゃん!」とは本作を観ての感想。魔法を極めたが故、その使用をためらってしまう魔法使い。
彼が劇中で唱えた最大の魔法って「クモの城塞の入口の(重い)格子戸を上下させた」ぐらいじゃなかったろうか?
従者を連れている訳でもなく、そもそも長旅なのに、荷物らしい荷物すら持ってない。何だか「魔法も旅もなめているおっつぁん」て感じだ。誰がどうみても「早期カウンセリングを要する」アレンを導くでも励ますでもなく、ただ引き連れてるだけだし。クモとの過去、テナーとの過去も断片的なセリフの中でしか語られず、かなり消化不良だった(・ω・)

魅力がない、と言えばそれはアレンにもテルーにも言えることで、感情移入させる隙すら与えてはくれない。クモもまた然りで、悲しみが漂う訳でも、魅力がある訳でも・・ってことでキャラ群の吸引力が押し並べて乏し過ぎた(×_×)

哲学的で普遍的で・・深いセリフの数々こそは「耳にしておくべき」と思ったが、如何せん、総じてあの完成度ではちょっと感動には直結しないんじゃないかなぁ・・? と言うのがワタシの率直な感想であった。

〜 こんなセリフもありました 〜

ゲド「そなたと此処で出会ったのも、単なる偶然ではないだろう」
  「目的地は・・わしにも分からん」
  「疫病は世界が均衡を取ろうとする1つの運動、今起きているのは均衡を崩そうとする(反対の)動きだ」
  「わしら人間はどうしたら世界の均衡が保たれるか、良く良く学ばなければならない。
   均衡を簡単に壊す魔法はむやみに使って良いものではないのだ」
  「力を持つものは、その使い方を誤ってはならぬのだ」
  「死と再生の繰り返しこそが命の根幹なのだ」
  「不死とは生を失うことだ、死を拒絶することは生を拒絶することなのだぞ」
  「わしらが持っているものはいずれ失わなければならないものばかりだ。
   苦しみのためで、宝物で、天からの慈悲でもある・・わしらの命も」

女店主「まがい物だって物は物さ、信じられる。魔法やまじないのように形のない物とは違うんだよ」

アレン「・・お前たちが僕の“死”か」
   「いつも不安で自信がないのに・・時々自分でも抑えられないぐらい凶暴になってしまう。
    自分の中にもう1人自分がいるみたいなんだ」
   「ずっと不安にいるなんていやだ」
   「お前は光から目を背け、闇だけを見ている、自分が他者に生かされていることを忘れている。
    死を拒んで生を手放そうとしている」

クモ「世界の均衡などとうに崩れているではないか? 人間の欲望に際限などないのだ」

アレン「大切なものって?」
テルー「生命(いのち)に決まってる」
アレン「終わりの来ることが分かっていて、それでも生きていかなきゃならないのか?」
テルー「死ぬことが分かっているから生命は大切なんだ・・アレンが怖がっているのは生きることよ。
    生かされたからには、生きて、次の誰かに生命を引き継がないといけない・・
    そうして生命はずっと続いていくんだよ」

追記1:テナーの声をあてておられたのは風吹ジュンさん。彼女の「労いの言葉」と「ランチサービス」があるなら、多少の農作業(重労働、、)すら楽しいかも(⌒〜⌒ι)
追記2:おばさま2人の「くわばらくわばら」発言に違和感、、菅原道真公の名はアースシーにも聞こえていたか?
追記3:終盤の「右手がぶった切られて飛んじゃう」演出は必要だったのか? 『もののけ姫』に続き、本作でも疑問に感じた(・ω・)
追記4:「液体系に変化」する描写(映像演出)は、正直新鮮味がなくてつまんないと思う。

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コメント

こんばんはです。

>正直「面白くないんですけど・・」と小声で言いたい

私が劇場での鑑賞が叶ったのは『千と千尋の・・・』のみです。しかし私的にはスクリーン鑑賞では無かったけれど『もののけ姫』がとても好きです。
初期の頃の宮崎作品をきちんと観ていなかったせいかもしれませんが。

アニメーション映画の監督と言う(制作作業的)位置づけが今一つ分かりかねます。(T_T)
画的に、父・駿氏作品との力量の決定的差とか、そういうものがあったのでしょうか??

投稿: ぺろんぱ | 2008年7月17日 (木) 20時55分

ぺろんぱさん、ばんはです。

暑いですねぇ〜(×_×)

>私が劇場での鑑賞が叶ったのは『千と千尋の・・・』のみです。
>しかし私的にはスクリーン鑑賞では無かったけれど『もののけ姫』がとても好きです。

『千と千尋〜』には宮沢賢治の描いた世界の「影響」を何処となく感じました。
『もののけ姫』には黒澤明の描く「平民至上主義」みたいなメッセージ性を何となく感じましたね。

私的には『千と千尋〜』の中盤(?)における路面電車で(水面の)旅をするシーンがかなり好きですね。
『もののけ姫』は余り評価していなくて『ナウシカの和製リメイク?』程度しか語れません・・

>初期の頃の宮崎作品をきちんと観ていなかったせいかもしれませんが。

当然、描画技術は(古いだけに)稚拙なモノがありますが、何とも言えぬ「善悪を超えた楽天性」みたいなモノがかつての宮崎アニメには確かに存在し、そこが好きでした。

>アニメーション映画の監督と言う(制作作業的)位置づけが今一つ分かりかねます。(T_T)

製作統括、みたいなものでしょうかね。
極端、ことアニメに限っては「関わる人数」が増える程に、作り手のメッセージ性や軸の部分が崩れ、ダメになっていくと思っています。
(究極の理想は「個人作業」ではないか、と)

>画的に、父・駿氏作品との力量の決定的差とか、そういうものがあったのでしょうか??

シリアスで面白味に欠けるトコロまで、忠実に父親の描く世界を踏襲(?)してしまったかな? と。
「もっと肩の力を抜いてもいいんだよ、アニメーションなんだから」ともし近しい関係であれば、アドバイス差し上げたかったトコロです。
(門外漢なので、責任は持てませんが・・(⌒〜⌒ι))

※画的には「可も不可もなし」でしたかね。

投稿: TiM3(管理人) | 2008年7月17日 (木) 23時39分

再びこんばんは。

>『ナウシカの和製リメイク?』程度しか
なるほど、です。
「ナウシカ」を鑑賞してから再考します、実はナウシカ未見なもので、すみません。

でも技量的に激しく劣るものが無いのなら(それでもの違いの方が致命的かも知れませんが)、吾朗氏の“引継ぎ”も陽の目を見る時が来るのかもしれませんね。
何だか本作は公開時に酷評が続いていたので、(私如きが不遜ですが)不憫に感じていました。今後に期待です。(・・・私は特別なファンじゃないですが。)

ところで、『ルワンダ』にコメントを入れたかったのですがコメント欄が出ませんでした(T_T)。
また次回お邪魔した折に・・・。

投稿: ぺろんぱ | 2008年7月18日 (金) 21時51分

ばんはです。
今夜も折角なので(?)1本観て来ました☆

>「ナウシカ」を鑑賞してから再考します、実はナウシカ未見なもので、すみません。

ありゃ、そうですか・・

>でも技量的に激しく劣るものが無いのなら(それでもの違いの方が致命的かも知れませんが)
>吾朗氏の“引継ぎ”も陽の目を見る時が来るのかもしれませんね。

そうですね。私的には、次はオムニバス形式の短編集が良いかもなぁ
と思いますね。

長編って精魂尽き果てるほど(製作に)消耗させられる割に、1度「脱線」するとどんどん酷くなりますからね・・

>何だか本作は公開時に酷評が続いていたので、
>(私如きが不遜ですが)不憫に感じていました。

“ジブリブランド”ってだけで、普通の作品を放っていては、みんな納得しませんでしょうから・・

>ところで、『ルワンダ』にコメントを入れたかったのですが
>コメント欄が出ませんでした(T_T)。
>また次回お邪魔した折に・・・。

ああ、済みません。コメント「可」の設定が出来てませんでした(×_×)
早速、直しておきました☆

投稿: TiM3(管理人) | 2008年7月18日 (金) 23時45分

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