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2008年5月11日 (日)

☆『虎の尾を踏む男達(1945)』☆

9日(金曜)の夜、衛星第2ちゃんねるで放送されたものを鑑賞。裏番組(地上波)では『少林サッカー(2001)』を確か放送してて、そちらも確かに棄て難いモノはあったが・・既に2回は観てるのもあり、今回は「後学のため」クロサワ映画を敢えてチョイスし観ることとした。

本作、制作時期がもろに戦中&戦後にぶち当たっており、フィルムの確保出来なかった問題から黒澤監督作品中最短の上映時間(59分!)となっている。ロケも役者数も(きっと製作費自体が)クロサワ映画としては“やや貧相”な出来が否めないんだが・・これがどっこい、めちゃめちゃに面白かった!
思うには「短いが故、ダレない」「ロケーション&キャスト(の数)に恵まれぬが故、描かれない(描けない)部分を(観客の)想像で補わせる余地が残され、そこに“描き過ぎない良さ”が成立した」モノと思った次第。
まぁ、役者が不足してる・・と言いつつ「大河内傳次郎」「藤田進」「榎本健一(=喜劇王エノケン)」「志村喬」・・とそうそうたる顔ぶれはちゃっかり揃えられてる訳だが(・ω・)

1185年、平家は西海に滅し、即ち源氏の勝利の旗印が立った。源氏の雄=源九郎義経は本来なら、誇らし気に都大路を闊歩すべきトコだが、“鎌倉殿(=源頼朝:義経の兄)”が家臣・梶原景時の讒言を鵜呑みにしたばかりに「義経討伐」の命が諸国に下されたのだった。
1187年、義経とその近臣6名は奥州・藤原氏を頼って北陸路を辿るが、ここに新造された加賀國(石川県)・安宅の関が立ち塞がる。山伏に化けた総勢7名は1人の強力(ごうりき:修験者に従う荷人足)を引き連れ、その強固な関所を突破しようと試みる。
さながら「虎の尾を踏む(極まりない危険を冒す、の意)」が如く心持ちで・・

元々は能“安宅”や歌舞伎“勧進帳”に描かれた故事(『義経記』に由来するらしい)をネタにした物語。安宅の関とその周辺エリアしか舞台として描かれず、従って鎌倉のシーンに転換(とかカットバック(=^_^=))などはしないし、当然「源頼朝」も「梶原景時」もその名しか登場しない。

本作で難しいのが「武蔵坊弁慶役の貫禄」「エノケンの用い方」「関守・富樫左衛門泰家を演じる役者」などだか、本作は見事「弁慶=大河内」「エノケン=強力役」「富樫=藤田」がハマっており、素晴らしかった!

本作をネットで調べるに、どうも「コメディ映画」「バロディ映画」「和製ミュージカル」みたいに簡単にジャンルを決め打ってる例が多く見受けられるが・・私的には“一級品のクロサワ時代劇”と評したい。後年の『影武者(1980)』とか『乱(1985)』なんかも、そりゃあ製作費を湯水のようにかけてる大作には違いないんだろうけど、カラー作品化した黒澤時代劇となっては「もはや再現不可能」な冒険心や貪欲さがこの1時間足らずの物語の中にしっかり込められているのだ。

予想以上に冷静かつクレバーで「五条大橋の対決時とは別人なんじゃないの?」とさえ思わせる(=^_^=)大河内の弁慶キャラ、ところどころでナニ喋ってるのか聞き取れないセリフもあったが(・ω・)藤田富樫との緊迫感溢れる問答、
「山伏のその物々しい出で立ちの謂(いわ)れは?」
「さすれば、その腰の剣は? 形あるものは斬りも出来ようが、悪霊妖魔は何をもって斬ると申す?」
「真言をもってとすれば、その真言とは?」 
などは、展開を知ってるにも関わらずゾクゾクワクワクさせられる。
到底『姿三四郎(1943)』で師弟関係だったお2人とは思えんぐらいだ(⌒〜⌒ι)

藤田富樫は、本作でも思慮深く、理知的で厳しく、それでいて何処か純朴で無邪気な関守を自然体で演じてくれた。この方の“人懐っこい笑顔”が大好きである。どっかジャン・クロード・ヴァン・ダムに面構え(澄まし顔)が似てるのも面白い(=^_^=)

そしてエノケンさん! 久々に(映像ながら)動き回る彼を見たが、まさに「エノケンに始まり、エノケンに終わる」そんな本作でもあった。原作にはないキャラらしいが、こんなに安宅の関の物語にハマるとは! こちらはふと「川端康成と柄本明とゴラム(スメアゴル)が面相に入ってるぞ!」と思え、それだけでまず笑えた(=^_^=)
ひょっとしたら、クロサワ全作品中“一番のお気に入り”となりそうな、そんな予感すらする・・

〜 こんなセリフがありました 〜

強力「将軍様ともなりゃあ、兄弟喧嘩も大掛かりなのか知れねぇが・・そもそも兄弟喧嘩なんてもなぁ、
   1つ2つポカポカと殴り合やぁ片がつく、無邪気な筈のもんでさぁ」
  「何しろこの弁慶、大根を引き抜くように人間の首をすっぽんすっぽんって引き抜いたってぇ言うからね」

片岡「(義経一行が)何に姿を変えていると申すのだ?」
強力「何だっけ・・? 薬売りじゃなし、巡礼じゃなしと・・えー・・そうだ、山伏!」

弁慶「この関1つ、打ち破るは容易い、だがその先々を何とする?
   行く末こそ大事じゃ、此処は何としても穏やかに通らねばならん」
  「勿体なや、計略とは申しながら・・」

富樫「これほどの覚悟、造り山伏(=ニセ山伏)ずれが持とうとは思われんのぅ」
  「もし、この強力が判官(ほうがん)殿(=義経)ならば、杖をもって打たるることは世もあるまい、
   己の主(あるじ)を杖をもって打つ家来のある筈が御座らん・・通られよ」
  「安宅の関守はこの富樫左衛門が仕る!」

追記1:陸軍情報局(戦前)、GHQ(戦後)の検閲に苦しめられ製作から7年後の公開となった本作。何と『生きる(1952)』と同年になった訳だ。
追記2:元々は“桶狭間の戦い”をネタに製作する予定が、ラストシーンに欠かせぬ馬が手に入らず、企画&脚本の変更を余儀なくされたらしい。もしここで『モンティ・パイソン&ホーリー・グレイル(1975)』みたいな“馬に乗ってるフリ”と言うギャグ的演出をクロサワが思い付いてたら、それはそれで恐るべきコメディ作に仕上がっていた気もして惜しい(=^_^=)
追記3:ラストシーン。エノケンが“片足ケンケン”しつつ画面左に消えて行く演出は、歌舞伎『勧進帳』で弁慶の見せる「飛び六方(とびろっぽう)」を再現したモノらしい。歌舞伎通はコレがないと納得しないんやろか(・ω・)

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