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2008年3月 5日 (水)

☆『アラバマ物語(1962)』☆

4日(火曜)。
残業を2.5時間ほどこなし帰宅。「冒頭に間に合えば観よう」と考えてた映画『アラバマ物語』が衛星第2で放送されており、何とか開始寸前に間に合ったので観ることとした☆

以前のテレビ放送(それも多分衛星第2だったと記憶している・・)で終盤の辺りのみ観て・・「わ! ロバート・デュヴァルが出演してるじゃん! ってかめちゃめちゃ若いし!」と想定外のキャスティングにとにかく驚かされたモノだった本作・・ついに通しでの鑑賞を成し遂げますた☆(大げさな)

1932年のアラバマ州の小さな町メイコム。温厚で誇り高き弁護士アティカス・フィンチ(グレゴリー・ペック)は妻を亡くした後、やんちゃ盛りの2人の子供を男手1つで育てている(家事全般は家政婦がやってるけど・・)。
もの静かで、決して子供たちの前で羽目を外さない父親像を確立していたフィンチだが、一方で「射撃の名人」「ご近所のがんこ婆さんをあしらう達人」と言う意外な一面も見せてくれたり。

そんな中、親友である判事の頼みで、フィンチはとある暴行事件の弁護を引き受けることとなる。
静かに正義の炎を燃やす彼であったが、今回の事件ばかりは少し勝手が違っていた・・
そう、法廷で裁かれる被告は黒人男性、そして被害者は白人女性なのだった。
法廷内は裁判長、検察官、証人、陪審員・・そして傍聴席に至るまでを白人が占め、黒人の傍聴者は2階へ押し込められると言う・・まるで『ロッキー4/炎の友情(1985)』の後半、ロシア(当時はUSSR・・)に赴きイワン・ドラゴ大尉(ドルフ・ラングレン)と戦った際の主人公バルボア(シルベ・スタロ〜ン)のような状況なのであった(・ω・)

被告の利き腕と被害者が殴打された側の顔面の相違点、医学的証拠が何ら提出されていない点、被害者証言の間隙、などを衝いて精一杯の弁論を繰り広げるフィンチであったが・・の流れ。

ナニやら、ウィキペディアによれば「2003年のAFI(アメリカ映画協会)発表による「最も偉大な映画ヒーロー」で、堂々の1位に輝いたと言う本作のフィンチ先生。
よほどの「理解者」が好意的な票を投じたとも思う訳で・・作品の切り口や展開の素晴らしさはあるものの、どうにも華やかさや盛り上げに欠けてる印象も少なからずあった。
まぁ、1960年代のモノクロ作品でこう言うテーマをグリゴリー・ペック主演でぶちかましたことこそが評価されるべきなのかも知れないが。

陪審員は最後、全員一致で(←でないと評決は成立しないが)「有罪」と結論を導き出すのだが、フィンチが被告トム・ロビンソンに「第一審はこうなると最初から予想していた」と言い放ったり、その後に「控訴すれば絶対に勝てていたのに」と悔しがる姿などがワタシには「ちょっと言い逃れっぽいな」「裁判そのものをやや戦略ゲーム的にとらえてそうだな」とも感じられた。
まぁ、そういう「敗軍の将となり果てた途端、饒舌になってしまう姿」もまた、悲しいけれど「悲しいけど、これ人間なのよね(スレッガー・ロゥ語録!?)」と言う主人公の“等身大な人間っぷり”を観客に包み隠さずさらけ出す、大きな演出上の狙いだったのかも知れないが・・

さて、最後の最後で登場するアーサー・ラドリーなる青年を演じたのが、若き日のロバート・デュヴァル。何と本作が31歳にしての映画デビュー作らしい!(同年にマイナーな作品で初出演してた可能性はあるかも、だが)
残念なことにセリフがひと言もなかったんだが、当時の“大物俳優”ペックとがっちり握手するシーンなんかもあって感慨深かった。

また、別に原作者が意識してのことではないんだろうが、終盤の辺りで保安官が「真実を貫くことこそが、我々にとって大きな罪となるのだ」みたいなセリフをボソッと放つトコがあり、『ロミオ+ジュリエット(1996)』で(それまで殆どな〜んもしてくれんかった(=^_^=))ヴェローナ市警のプリンス署長が「我々すべてが罪を背負わされたのだ!」みたいな“ごっつくて美味しいセリフ”を放つシーンにちょっとノリが似てるかもな〜と思った。

ラストの10分ほどで、サスペンスなテイストにちらっと突入するが、何となく「取って付けた感」もなきにしもあらずだった・・まぁ、あのオチがないと、ホンマに観てて救われないんだけど。。

この作品では「家族愛」「隣人愛」などにも力を注ぎつつ「人種系裁判」が取り上げられていたが、何故か鑑賞してて連想したのは『グリーンマイル(1999)』だったりもした。
きっとスティーヴン・キングっぽいセンスで「ノスタルジック性」「サスペンス性」をムリヤリに高めた演出にして「リ・イマジネーション」したら・・本作ってメチャクチャに面白く仕上がるんじゃないだろうか(・ω・)

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コメント

こんばんは。

「南部」に於いて「被告:黒人男性」「被害者:白人女性」というこの構図ではもはや「有罪」以外に考えられなかった昔日なのでしょうね。現在も名残りは多い、というか根本は変わってないのかもしれませんが・・・。

それだけに、フィンチのとった黒人擁護の行動がヒーロー視されてのことなのでしょうか。「アメリカの理性」と言われての一位らしいですが・・・。
そう言われると二位のインディ・ジョーンズ、三位のジェームズ・ボンドとは明らかに“色”の違う一位ですよね。

このレヴューを読ませて頂きながら、黒人問題をテーマにした裁判モノとして直ぐ心に浮かんだのは『評決のとき』でした。裁判モノではないけれど『ミシシッピー・バーニング』なんかも・・・。
この『アラバマ物語』は観ていません。
いつか機会を作って観てみたいです。

投稿: ぺろんぱ | 2008年3月 7日 (金) 20時59分

ぺろんぱさん、ばんはです。

もうちょっと捻った邦題が欲しかったトコですが、
法廷劇のスタイルを取りつつ、娘の成長劇みたいな捉え方も出来る、面白い作品でした。

>「南部」に於いて「被告:黒人男性」「被害者:白人女性」という
>この構図ではもはや「有罪」以外に考えられなかった昔日なのでしょうね。
>現在も名残りは多い、というか根本は変わってないのかもしれませんが・・・。

『フォレスト・ガンプ』の主人公とヒロインの2人が、
アラバマ出身でしたが、こう言うエピソードもある州なんやな・・
と興味深くも思いました。

>それだけに、フィンチのとった黒人擁護の行動がヒーロー視
>されてのことなのでしょうか。
>「アメリカの理性」と言われての一位らしいですが・・・。

そう言う見方ももちろん出来るんですが、
ワタシは「人種の壁を超え弁護したい」と言う動機もさることながら
「子供たちに対し誇れる父親でありたい」と言う“まず家族ありき”
な強くて哀しい(?)ヒーロー像を感じました。

>このレヴューを読ませて頂きながら、黒人問題をテーマにした
>裁判モノとして直ぐ心に浮かんだのは『評決のとき』でした。

あれも終盤の弁護士(マシュー・マコノヒー)のダイレクトでストレートな言葉が印象的でしたね。

>裁判モノではないけれど『ミシシッピー・バーニング』なんかも・・・。

それは未見です・・(×_×)

>この『アラバマ物語』は観ていません。
>いつか機会を作って観てみたいです。

DVDソフト自体は安くなってますね。
若き日のロバート・デュヴァル氏のカッコ良さを味わう意味でも、是非!(=^_^=)

投稿: TiM3(管理人) | 2008年3月 9日 (日) 23時38分

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