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2008年1月12日 (土)

☆『マリと仔犬の物語』☆

妙に長くしんどい「年明けの1週間」がようやっと終わった(・ω・) 「ここらで自身を労(ねぎら)っといてやるかな〜」と考え、退社後に梅田方面へと繰り出した☆
昨日、家人が観に行って「ナミダした」と言う1作・・『マリと仔犬の物語』を観に向かったのは、ナビオ(一部の店舗以外は休業中)の上層階にある「TOHOシネマズ」である。

う〜ん・・きっと我慢して待てば、今年中には(早くも)テレビ放送されそな、そんな気配も濃厚なんだが(⌒〜⌒ι)「パワーを付けて来た邦画」の中でも「最も得意とするジャンルたる“人情”+“動物”モノ」ってことで、敢えて『アイ・アム・レジェンド』を候補から蹴落し(=^_^=)観ることに決めた次第。

物語の舞台は2003年秋の新潟県山古志(やまこし)村。「棚田」「錦鯉」「闘牛」などで有名な山間の村である。
母親・幸子(さちこ)を病気で失った石川家は、近いうちに(隣接する)長岡市との合併を控え、その準備に忙しい(役場勤務の)父・優一(船越英一郎)、その父・優造(宇津井健)、優一の2人の子・亮太(兄)&彩(妹)の4人が昔ながらの木造家屋で慎ましく暮す一家であった。

間もなく5歳の誕生日を迎える彩は、そのプレゼントとし、遊び場にしてる原っぱで見つけた「捨て犬」を飼って貰うよう祖父(優造)にせがむ。可愛い孫の頼みとあれば断る訳にも行かず・・石川家にはこの小犬「マリ」が新たな家族の一員としてあたたかく迎え入れられたのだった(序盤では「優一は犬が大の苦手」ちぅ設定が用意されてたが、何なくその問題はクリアされた・・)。

優造は齢(よわい)70を越え、右膝の痛みのため自室にこもることが多くなっていた。「やすらぎの里」なる高齢者介護施設のパンフレットを取り寄せたりする優造。
優一は父に内緒で、通勤&通学の便が良い長岡市内のバリアフリーマンションへの転居を具体的に考えている。
幼い兄妹はそんなそぶりも(父に)見せないながら・・母のいない毎日に寂しい思いをつのらせていたのだった。
そうしている内にも「マリ」はすくすく育ち、3匹の小犬「グー」「チョキ」「パー」を出産、母犬としての貫禄を備えつつあった。

2004年10月、後に「新潟県中越地震」と名付けられた天災が容赦なく山古志村を襲った。
自宅にいた優造と彩は家屋の倒壊に巻き込まれ動けなくなる。死を覚悟する2人だったが、(道路が寸断され“陸の孤島”と化した)現地にいち早くヘリで駆け付けた自衛隊員・安田(高嶋政伸)を石川家(倒壊後)に案内したのは・・何と「マリ」であった。
九死に一生を得た2人は救出され、優造は長岡市内の病院へ、彩は市内に設けられた避難所へ向かう。だが、人命優先の大前提があり「マリ」と小犬たちはヘリに収容されることはなかった。村道を必死でヘリを追う眼下の「マリ」の姿に、機上から泣き叫ぶ彩。

そして、村に残された「マリと小犬たち」の生き残りをかけた冒険が始まるのだった・・ってな流れ。


家人が言うには「ヘリを追いかけるマリの姿に、とにかく涙が止まらなかった」とのことなんだが、ワタシは“そこ”はあまり「来なく」て、倒壊した家屋で(それまで飄々とした言動を振りまいて来た)爺さまが、じわじわ迫る死を覚悟しつつ、恐らくは・・生まれて初めて神仏に祈る、

優造「神様・・まだこの子だけは連れて行かんでくれ・・!」

ってセリフがかなり心にのしかかった。神様がいたら、こんな悲惨な災害を敢えてこの地にもたらすこともない訳で、本心からすれば「神がいたら・・ぶん殴ってやりたい」ぐらいの気持ちだった筈なのに、そこを嘆願せざるを得ない、そんな悲しさがグッとワタシの心に迫った訳だ。

面白いと言えば本作、助演俳優陣の言動&雰囲気が結構「いつもと違う」印象があったりして楽しめた。地震発生と同時に即死しちゃう蛭子能収。もっと「美味しい立場」であるハズなのに、地味なまま終わって行った徳井優。義兄との関係が良く分かんないけど、何となくこの先“肉体関係に発展”しちゃいそうな雰囲気(←知らんがな!)を漂わせてた冴子役の松本明子。
そして、特筆すべきは・・高島(弟)! 何と言おうか・・「常に何者かが憑依してるかのような」独特な“眼”の表情&演技(なのか?)があった。どっかおかしかったぞ、安田班長のあの目付きってば。。

製作陣がパンフレットで「本作は決して“パニック映画(=ディザスター・ムーヴィー:災害モノ)”ではなく、描写する映像&演出には正確さと誠実さを心がけた」と記している地震のシーン。屋内据え置きのカメラワークがメインだったが、流石にキツかった。
優造や彩が「地震だ!」とか具体的に(自らの置かれた)状況を口に出すことも一切なく、そこが妙にリアルだった。
きっと実際「何か突然に大変なことが起こったんだろうが、そんなことより全身に覆いかぶさってるこの重い存在を何とかして欲しい」ぐらいしか直感的・本能的に思考が回らないんじゃないかと思う。

「何が村に起こるのか?」を、観る前から知っている観客ではあるが、その到来を予想させる「野鳥(カラス?)の大移動」「妙におどろおどろしい暗雲」などの“フリ”も演出的にはスリリングで良かった(あの手の演出って、やり過ぎると“逆効果”なので、さじ加減が実に難しい!)。

ってことで、武田鉄矢的には「子供と動物には勝てないよネ☆」とかおっしゃることだろうが、私的には「宇津井と(上空から小犬たちに襲いかかる)カラスのCG演出(たぶん)には勝てないよネ☆」と言いたいトコである。

〜 こんなトコも言わせておくれ 〜

・幼犬時代の「マリ」がメチャメチャ可愛い。すぐに成犬になっちゃうが・・(この幼犬「マリ」が3匹の小犬のどれかを“そのまま(引き続き)演じてる”んじゃないかと勘ぐったり(=^_^=))
・「マリ」を捨てた飼い主は誰?(エリア的に“村民の誰か”には違いあるまい(・ω・))
・「マリ」を妊娠させたのは誰?
・劇中で殆ど彩たちにその名を呼ばれなかった「グー」「チョキ」「パー」。。一応、彼らもまた「主役格」なのに??
・久々に(現代が舞台の)映画の中で「蚊帳」を眼にした
・『催眠(1999)』以来であるが、宇津井さんの存在感は流石になかなか☆
「小犬を(上着の)懐に隠し帰宅したトコ、息子に見つかり詰問(?)される」ってシーンでは、折角なので

優一「何を隠してるんだよ、親父?」
優造「知りたいか? ・・だが、今は言えん」

などと「往年の決めゼリフ」を放って欲しかった(=^_^=)

・エンドロールで気になったのが「船越英一郎担当ヘア・メイク」ってクレジットなんだが・・。。
・久石譲によるスコア(楽曲)。出だしの部分が「ブラームスの子守歌(?)」に酷似してた気がする(・ω・)

〜 このセリフが良かった 〜

優一「これから先、もっともっと“仕方ないこと”や“どうにもならないこと”に出会うだろう。
   そして、それを乗り越えて行くことが“生きてゆく”ってことなんだ・・少し難しいか?」

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コメント

日本映画の得意とする分野、心に来て涙する。いいですね。この映画はTVでも楽しめそうなので、私はTV放映を待ちます。

最後のセリフは優一ってことは船越栄一郎さんですか。宇津井さんの方が似合っているような気がしますが、やっぱりお年か。

投稿: west32 | 2008年1月12日 (土) 10時01分

westさん、ばんはです。
先程まで、テレビ放送を通じて「バブルの頃」を疑似体験してました(=^_^=)

>日本映画の得意とする分野、心に来て涙する。いいですね。
>この映画はTVでも楽しめそうなので、私はTV放映を待ちます。

それも賢い気がします。
でも、チケット代の一部が義援金に回っているそうですよ☆

>最後のセリフは優一ってことは船越栄一郎さんですか。
>宇津井さんの方が似合っているような気がしますが、やっぱりお年か。

と言うより、父と子のキャラクターを明確に分けてましたね。

優一:ダメ男が「ここ一番」で父親らしさを発揮
優造:孫の成長を静かに見つめる、老人なりの「再生」

って感じでした。

『涙そうそう』における船越氏がどうしようもなく最低な悪人役だったので、本作ではワタシの印象もすっかり良くなりましたね(=^_^=)

投稿: 管理人(TiM3) | 2008年1月13日 (日) 00時25分

こんにちは。

>家人が言うには「ヘリを追いかけるマリの姿に、とにかく涙が止まらなかった」…

私はここを拝読してて既にもう涙がこみ上げてしまいました。人命優先とはいってもやっぱり家族ですからねぇ・・・。なんとかできないものなのでしょうかねぇ・・・。
怒りの矛先を何処にも向けられない天災だけど、人の心でなんとかできることはないものでしょうか。
そう考えながら読ませて頂いていたら、最後に記されている優一の言葉にグッときました。

投稿: ぺろんぱ | 2008年1月14日 (月) 12時33分

ぺろんぱさん、ばんはです。

お風邪、長引いているのならご自愛下さいね。

そうそう。間もなく衛星第2で『殯の森』の放送が始まります。
わくわく♪

>私はここを拝読してて既にもう涙がこみ上げてしまいました。
>人命優先とはいってもやっぱり家族ですからねぇ・・・。
>なんとかできないものなのでしょうかねぇ・・・。

ただ一方で、(山古志村の「名産」でもある)「牛飼い」「錦鯉養殖」の職の人たちがゴネてたのもありましたからね・・
「犬」なら許されて「牛」や「鯉」は家族とは認められないんか?!
と村人に詰め寄られたとしたら・・ワタシには言葉が浮かびません。

1つの“救い”となってた演出は「泣き叫ぶ彩の声を聞き、ヘリの内壁を悔しそうに殴る隊員(高島)」ってトコでしょうか。
自衛隊員も、彼らなりに気にはかけてるんやな・・と言う思いは受け止めました(制作側の勝手なヒューマニズム演出に過ぎないのかも知れませんが・・)。

>怒りの矛先を何処にも向けられない天災だけど、
>人の心でなんとかできることはないものでしょうか。

いつも何処かで誰かが不幸に見舞われるんですよね。
義援金と考えて、劇場に足を運んであげるのも1つの案だとは思います。

>そう考えながら読ませて頂いていたら、
>最後に記されている優一の言葉にグッときました。

劇中で2回言ってましたからね。
「ここ、テストに出ますからね」って感じでしょうか(⌒〜⌒ι)←茶化すな!

投稿: 管理人(TiM3) | 2008年1月14日 (月) 20時54分

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