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2008年1月26日 (土)

☆ヒース・レジャー氏のこと☆

1月22日(火曜)、ハリウッド男優ヒース・レジャー氏が28年と言う短い生涯を終えた。

新聞の小さな訃報欄でしか読まなかったので(確かなことは)詳細に知るべくもないが、睡眠薬の過剰摂取が原因ではないか、と憶測されているらしい。

思えば、彼自身の人生にも似た感じで、逆境に見舞われることの顕著な、不幸な役柄を演じることが多かった。

メル・ギブソンと父子役で共演した『パトリオット(2000)』において迎える、余りに無惨な運命・・

ビリー・ボブ・ソーントンと父子役で共演した『チョコレート(2001)』に至っては、『パトリオット』から更に深く踏み込んだ不幸が彼を襲うのだった。
・・残されたのは、彼の座っていたソファーにぽっかりと空けられた小さな穴・・

『ROCK YOU!(2001)』は彼の主演作の内、最も華やかな1本ではあるが・・その中においても「身分違いの恋」に対する外圧や「エセ槍騎士(槍闘士?)」を非難する民衆の声に苦しめられまくっていた。

『サハラに舞う羽根(2002)』の劇中世界においては、彼の愛国心や誇りが徹底的に打ち砕かれていたっけ・・

男優としてのキャリアを眺めても「最も異端的」と言おうか「新境地」と言おうか・・だった『ブロークバック・マウンテン(2005)』では、これまた余りに無情な運命にさらされる「悲しきカウボーイの半生」を異常な程のハマリ具合で見事に描いてくれた(あの作品を“西部活劇”と捉えたり“ガンファイト”に期待して観たりすると、かなりキツくアタマをぶん殴られることとなる・・)

ってことで、何処か「役の中で押し並べて(?)演じて来た悲哀を、リアルにしょいこんだまま」ってなワタシの(身勝手な)印象の中、その短いキャリアを終えてしまったヒース氏である。

機会があれば、是非(未見の)『ブラザーズ・グリム(2005)』と『カサノヴァ(2005)』は観たいと思っている。
そして遺作となってしまった『バットマン/ザ・ダーク・ナイト(2008)』も。

先代(のジョーカー役)を演じたジャック・ニコルソンの存在感(≒アクの強さ)には叶わないにしても・・彼(ニコルソン)にはきっと表現出来ないであろう「ユーモアに逃げない、ほんまもんの悲しさ」をきっちり表現して欲しいと、ヒース氏には期待したいものである。

ご冥福をお祈りします。

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2008年1月23日 (水)

☆『ファンタスティック・フォー/超能力ユニット(2005)』☆

18日(金曜)の鑑賞。「金曜ロードショー」では「地上波初登場」かつ「日本未公開ヴァージョン」と銘打たれてたが(紹介テロップより)、何処がどう未公開ヴァージョンだったのかは、結局のトコ良く分からず(×_×)

宇宙嵐に関する研究のため、大気圏外での実験に夢を馳せる科学者リード・リチャーズ。熱意と才能こそあるものの、研究費不足(とプレゼンテーション力の低さ・・)の壁をなかなか打破出来ず、とうとうMIT(マサチューセッツ工科大)の同期生でありライバル関係でもあった実業家=ヴィクター・ヴァン・ドゥーム卿に資金提供を願い出る。

ヴィクターはヴィクターで、リチャーズの才能は(実のトコロ)評価しており、彼の研究の成果だけを横取りせんと企む。彼は自身をメンバーの中心に組み入れ、恋人のスーザン・ストーン(ジェシカ・アルバ)、リチャーズ、スーザンの弟ジョニー、リチャーズの用心棒的存在ベン・グリムの5人で宇宙へと向かう。

観測を開始したメンバーだが、計算ミス(?)により、予想より早く宇宙嵐が宇宙ステーションに到達、彼らは凄まじい量の宇宙線を全身に浴びることとなる。

地球に戻った彼らは「人体を形成する分子構造が変化(?)したこと」により、それぞれに“常人をはるかに超越する能力”を体得。「超能力ユニット」とし、世界平和のために戦うこととなる・・ってな流れ。

やはり本作もアメコミ(マーヴェル・コミック)原作のヒーローものってことだが、活動エリアもテキの存在も、何ともちっこい範囲のストーリーではあった。ま、それ故の「狭い風呂敷の中での派手な活躍」を大いに楽しんだ次第ではある(=^_^=)

例えば、とある米国民が突然“スーパーパワー”を手に入れ“異能者”となった・・とすれば、たちまちのウチに「黒服のエージェント」がやって来る・・って展開を想像するんだけど、本作の場合、何だか最後まで“野放し状態”だったので笑えた。宇宙での事故から帰還した直後こそ軟禁(?)されるものの、その後は自由にニューヨークの街を闊歩してた(・ω・) ややメディアがうるさかったぐらいか。

劇中で特筆すべきスゴさのあったのは、某悪役が(マンハッタンに持ち込んだ)“MK457”なる熱追尾式ミサイルを、向こうにそびえる高層ビルの上層階に向かっていきなし発射しちゃうシチュエーション。
ちょっとコレ、米国都心部に潜伏してるテロリスト連中に、妙な知恵を与えそうで怖いんですけど・・

それと、本作ってばヒーローたちの特殊能力が「あんまり大したことがなく、押し並べてイケてない」辺りもワタシのツボにちょっとハマった(=^_^=)

♦全身がゴムのように自在に伸縮する「ミスター・ファンタスティック」⇒飛べないし、リーダーとして華がない。
♦周囲の光を屈折させることで“全身を不可視化”できる「インビジブル・ウーマン」⇒飛べないし、その能力自体は小ネタに過ぎない(フォースフィールド(=バリア)が張れると言う能力の方がはるかにスゴい)。
♦全身を4000度の炎に変え、高速で空も飛べる「ヒューマン・トーチ」⇒飛べる点は素晴らしいが、発火するのが少々邪魔。
♦怪力の大男「ザ・シング」⇒飛べないし、ヒーローとして華がない。
♦全身が有機的合金に変化、また電気を自在に吸収し操ることが出来る「ザ・ドゥーム」⇒“異能者”と言うより“感染者”って感じ・・

※ワタシとしては「“自力で(=道具なしに)飛べない存在”はまずヒーローとは認めない」って持論がありまして。。

もうちょっと「悪のり」してくれたら『ミステリー・メン(1999)』の領域に近付けてたかも、とも思ったり(⌒〜⌒ι)

まぁ、基本的には「狭いエリア内」で「限られた異能者ら同士」が「最小限の破壊行為」でもって地球の存亡をかけ戦ってくれた活劇ってトコロだろう。
それにしても、何で5人それぞれに“全く異なったパワー”が授けられたのか? 脳組織は宇宙嵐にさらされて何ら影響を受けなかったのか? そもそもあの「自動調節不安定分子素材のスーツ」って何だったのか? と色々疑問は尽きないものである。

〜 ちょっと気付いたことなりと 〜

・宇宙嵐到達時間の計算ミス、あれだけは何故だったのか分かんない(・ω・)
・ヴィクターの故郷である「ラトヴェリア」ってどんな国?(東欧辺りにあるらしいが)
・リードのキャラはジェフ・ゴールドブラム(声:磯部勉)が演じても違和感なかったかも。後先考えずカプセル(テレポッド?)に勝手に入って“失敗”するくだりも『ザ・フライ(1986)』ぽかったし。。
・「どんな姿になろうとも」「どんな逆境にさらされようとも」・・やはり“ヒーローになる”ってことは案外「前代未聞麻薬的爽快遊戯」なのかも知れない(・ω・)

〜 こんなセリフもありました 〜

スーザン「現実は、計算通りにはいかないものよ」
    「ファンに囲まれる状態がいつまでも続くと? あっと言う間に過去の人よ」

ベン「ないアタマをひねろうとすんな」
  「・・戻るんじゃなかった」

ジョニー「パワーを持ったのには、何か理由がある」

アリシア「人と違うのが悪いこととは限らない・・結局は気持ち次第よ」

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☆“プロフェッショナル/仕事の流儀:イチロートークスペシャル”を観てみた☆

22日(火曜)。
残業を2.5時間近くこなし帰宅(けど、何かメリハリなく残ってる感じなもんで、正直昨日よりも苦痛が大きかった(×_×))後、気分がかなりアンダーになってたもんで「これではあかん!」と強引に、録画しておいたアニメ番組「ヤッターマン」を観(←おい、大丈夫かおっさん!)、ようやくスコセッシ元気が戻った(=^_^=)ので1時間ほど新聞切り作業を、その後に某国営ちゃんねる(=^_^=)で放送された“プロフェッショナル”って番組を観た。

年始にも特集の組まれてたマリナーズのイチロー選手をゲストに迎えての追加的トーク。

正直、野球と言う競技そのものを余り観ないし、そんなに興味もないワタシなので(と言いつつ野球系の映画は結構好きだったりする・・『メジャーリーグ(3部作)』『スカウト(1994)』『ザ・ファン(1996)』『ナチュラル(1984)』『サイン(2002)』とか・・)
イチロー選手と言えば「とにかく色んな意味で“巧み”なしと」って印象が強いんだが、この一連のトーク番組の中では「誠実に心中を語ろうとする姿」「繊細かつ大ざっぱ、暢気で短気、みたいな支離滅裂な要素が高い次元で完成されている人格」などをわずかながら掴むことも出来た気がし、面白かった。

特に印象に残ったのは、次のような言葉であった。

「(他人の言う)理論じゃなく(自分の掴んだ)感覚が最も大切。それに勝るものはない」
「自分の感覚を維持すること。他人の感覚に触れ、自分の感覚の狂うことは避けたい」
「周囲からの重圧を受け入れ、その期待に応える段階にようやく至った気がする」
「満たされる感情は否定せずとも良い。満足は重ねるべきで、その後で必ず何か(次の試練や不満など)が出て来るし、それで良い」
「星はまだ見えていない」
「ハラが出たらやめる」

特に、一番“俗っぽい”コメントながら、最後の「ハラが出たら引退する」ってのが、ワタシの中では重くココロに残ったモノだ(・ω・)

何のかんの言ってても、どうしても人間、ぶくぶくとだらしなく太って来る。そこが問題なのだ。

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2008年1月19日 (土)

☆『バブルへGO!!!!!/タイムマシンはドラム式(2007)』☆

12日(土曜)の夜。「土曜プレミアム」で放送されたものを観た。公開当時から「な〜んか制作費より宣伝費の方に重きを置いてそなミーハーっぽい作品やの〜」ちぅ第一印象を受け、劇場での鑑賞を見送った(おい!)映画でもあった。

今回は“地上波初登場”ってことで、そこそこ期待して観たが・・「中途半端にバブル期の思い出が甦って、余計に寂しいやんか〜!」と感じた。それなりに勢いある脚本ではあったが・・演出等に対し“クレバーやな!”と感じる瞬間は殆どなく「やっぱし“ネタ”だけ(←勢いもそんなに良くなかった)では“上っ面を滑るのみ”で回し切れんもんなんやな〜」としみじみ感じた次第である。。

冒頭において「バブルは、それが弾けて初めてバブルだったと分かる」なるアラン・グリーンスパン(元・連邦準備制度理事会(FRB)議長)の言葉が表示される。

1990年3月30日。金融局長・芹沢良道(伊武雅刀)による「不動産融資規制の大蔵省発表」により、狂乱のバブルの時代は突然の終焉を迎えた。世に言う「バブル崩壊」である。

その後の2007年。日本は今や800兆円を超える借金を抱える国家となり・・更に身近な所では、主人公=田中真弓(広末涼子)が200万円もの負債を抱え、平成クレジットの田島(劇団ひとり)の取立てから逃げ回る日々があった。

真弓が頼りにしていた母・真理子(薬師丸ひろ子)は数日前に江ノ島の断崖から謎の飛び降り自殺を遂げ、3月の雨の夜、彼女の葬儀がしめやかに執り行われたのだった。

途方に暮れる真弓の前に、財務省から来たと言う初老の男=下川路功(阿部寛)が現れ「君のお母さんは、死んではいない」と衝撃の伝言を放つ。後日、下川路の案内で、お台場(?)にある「日立製作所・家電研究所」に連れて来られた真弓は「母と下川路が東大の同期生だったこと」「母は“バブル崩壊”を阻止すべく“タイムマシン”で過去へ向かい、消息を絶ったこと」を聞かされる。
下川路のハナシでは、このまま日本の経済状態の乱れを放置すれば・・2年以内に銀行が次々に倒産、失業者と犯罪が激増することとなり・・そして、日本経済の完全崩壊まではあと713日と13時間しか残されていない、と言う。

母を救うため、日本を救うため、って言うか自身を借金地獄から救うため(・ω・)、真弓は「洗濯機型のタイムマシン(日立製)」に乗り1990年3月25日と言う過去の時間へ向かうのだった・・ってな流れ。

薬師丸さん、今回も恋やら冒険に(?)生きる印象的な役回りだったが、この人、誰と共演しても何だか恋人(とか夫婦)になかなか見えんな〜と思う。役所広司(『レイクサイド・マーダーケース(2005)』)、堤真一(『ALWAYS/三丁目の夕日(2005)』)、そして本作での・・。
まぁ、広末との“母娘役”と言うのも何とも微妙な感じがあったか。
“若くて可愛いお母さんキャラ”のステレオタイプではあるものの、共演相手と並べて考えると、どうもしっくり来ない、そんな印象だ。

ヒロインは広末だが、私的に「頑張ってたな〜」と好感を覚えたのは(彼女よりも)吹石一恵さん(追っかけキャスター=宮崎薫役)だったか。真弓に「眉毛・・太っ! 黒いし」だの「服、ピタピタだし」だのと言われつつも、実に珍しい(?)ボディコン姿を披露してくれたり、終盤で大活躍してくれたり。よっぽど下川路とウマが合ってたような気がしたのはワタシだけか・・

ボディコン系と言えば、六本木の夜のシーン(前半)でちょろっと映ってたのは高岡早紀さんではなかったか? 違ってるのかも知んないが、少なくともワタシにはそう見えた(・ω・)

関西もんには「対岸の花火」とでも言おうか、とにかくピンと来ないロケ設定&演出ばかりではあったが(=^_^=)、流石にフジテレビが中心となって制作されているだけあり、とにかく「お台場」だの「レインボーブリッジ」だのを描写したがる(=^_^=) レインボーブリッジが3本に増殖してる“未来図”なんてのもちょろっと(CGで)描かれてたが、醜悪以外の何ものでもなかった。。

特筆すべき1つは音楽面であり、C+C Music Factory「Everyboby dance now!(Gonna Make You Sweat)」やM.C.Hammer「U can't touch this」など、ワタシ的には「この当時こそ黄金期!」と叫びたくなるぐらいのアツい楽曲群(いわゆるNJS(ニュージャック・スウィング)旋風なんかの吹き荒れたご時勢)が用いられ、そこだけは嬉しくなった♪

洗濯機に入って、洗剤と一緒にぐ〜るぐる回転することで、17年前と行き来できる(ただし、何故か身長160cm以下、最大円周80cm以下、体積50リットル以下・・なる厳しい条件アリ)、と言うアイデアは何ら説得力もなく(=^_^=)「タイムパラドックス」面での尤もらしい考証ってのもとんとなされてなかったようだ。観客もすっかり舐められたものである・・

どうせなら『タイムコップ(1994)』におけるタイムマシン論なんかに“真っ向からはむかう姿勢”で「異なる時代の同一人物がつかみ合いの大ゲンカを繰り広げる」みたいなおバカなシーンも挿入して欲しかった(⌒〜⌒ι) ←『タイム〜』の世界で、そんな接触をした日にゃ、どエライ事態となります(×_×)

「ヤ※ー」がネタになってるトコは、同じタイムトラベル系作品である『オーロラの彼方へ(2000)』を連想してしまった。間違って「ライ※ドア」とかを(ネタに)起用してたら、随分とイメージも異なったことやろね、、

後半で、主人公らが赤坂の料亭「豊川」に殴り込み(?)をかける展開となるんだが、もうちっとクエンティン・タランティーノ監督の描いた“青葉屋騒動(2003)”に迫って欲しかった気がした。お座敷と言えば・・やっぱ日本刀での大立ち回りっしょ!(そうか?)

〜 こんなセリフもありました 〜

芹沢「来客? 銀行関係か?」
秘書「いえ、銀座関係かと」

芹沢「タイムマシン? あったら乗ってみたいね」
  「この時代は“泡”のようなものだ。誰かがそれを弾けさせないといけないんだ」

真弓「そんなに浮かれてて、不安じゃない?」

田島「バカ言うなよ、銀行が潰れる訳ないじゃん」
  「今はそういう時代なんだから、ぜいたくして何が悪い」

下川路「真剣に聞くよ、今日の俺は昨日の俺とは違う。今日の俺は昨日の俺よりも、真剣に君の話が聞きたいんだ」
   「有り得なくないって・・どっちなのかハッキリしろよ!」
   「(ティラミスが)ヤバいって・・お前の日本語、おかしいだろ!」
   「家族は家族、愛人は愛人だからね」 ←おい!

薫「ケータイ? カメラ付き? 話しながら、どうやって写真撮るの?」 ←このセリフ、くすっと笑える

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2008年1月18日 (金)

☆“鹿男あをによし”の第1回を観てみた☆

17日(木曜)の夜。久々に、能動的に連続ドラマを観てみた。とりあえず第1回。
奈良を舞台にした『鹿男あをによし』なる作品。「あをによし」って何じゃ〜い! と思ったら、ウィキペディア情報で「“奈良”の前に付く枕詞」と解説されていた。なるへそ(・ω・)

「神経衰弱」とあだ名される主人公の研究員・小川(玉木宏)が運命に導かれるかのように(東京から)奈良へ向かい、とある女子校の臨時教師となる。関東(鹿島市?)育ちの小川は、当初こそ奈良に対し大した感情も抱いてなかったものの、下宿の人々や同僚教師らの人柄にふれるにつれ、次第に奈良の都を好むようになって行く。

一方、日本各地で謎の地震が頻発、一頭の鹿(神の使い?)に見込まれた小川が「日本を襲うであろう何やら大変な事態」を未然に防ぐため、色々と奔走させられる・・みたいな展開らしい。

正直、第1回の作品世界からは“吸引力”ってものを殆ど感じなかった。学園ドラマとしては中身が余りにスッカスカだし、ファンタジーと言うにしても、期待感を更に高めてくれそうな気配が・・特にないのだ。

が、奈良公園/平城京(朱雀門)/東大寺/春日大社・・と主人公たちの歩き回る風景の数々は、流石に身近なロケ地だけあって、眼を(心を)奪われてしまった。
惜しむらくは、折角の古都の情景なのに、どの映像も“不自然な色のフィルター”をかけて撮影されており「台無しじゃん!」って感じで、妙にワタシの興奮を冷ましてくれたのだった。
フツ〜の色合いで、フツ〜に撮影してくれはったらそれでエエのにねぇ(・ω・)

希望としてはこの先、高畑界隈/興福寺・五重塔・・更に離れて薬師寺/西大寺/秋篠寺・・と奈良のあちこちにロケ地を拡大して欲しいトコロではあるが、きっと“鹿の活動範囲”以外での撮影はされないのかもなぁ・・(・ω・)

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2008年1月17日 (木)

☆“ヤッターマン”第1話を観たり、もする☆

14日(月曜・祝日)の夕方(?)。
奈良方面へクルマで出かけての帰り、ナビの付属機能(not地デジチューナー搭載)である7インチのテレビにて、新作アニメーション『ヤッターマン(リメイク版)』を何となく観てしまった(⌒〜⌒ι)
“伝説のアニメが誕生から30年目の復活!”ってことで、公式サイトで紹介されてるが・・懐かしくも、物語のパターン(組立て)が全然変わっておらず、妙にホッとさせられた(=^_^=) 

コレぞ「勧善懲悪の癒し系」ってトコだろうか。

それにしても・・悪役(ドロンボォ一味)たる、ドロンジョ(小原乃梨子)&ボヤッキー(八奈見乗児)&トンズラー(たてかべ和也)、そして(親分格の)ドクロベー(滝口順平)の声優陣の顔ぶれが「全く変わっていない」ことには妙に嬉しくなってしまったなぁ。

冒頭で、ボヤッキーが「全〜国の女子高生、と“元”女子高生のみなさぁ〜ん」みたいなご発声で、やや(女性視聴者に)配慮しつつ(=^_^=)マンネリズムの火蓋を勢い良く(?)切って落としてくれた。
考えたら、何だか女子高生世代を「ちょうど外す」感じで視聴者層が広がってしまってるような気もするんだが・・(⌒〜⌒ι)

第1話では「東京マッドタウン」だの「吉祥寺」「浅草(雷門)」などの“取って付けた”ような首都圏の街並を(どう眺めても無国籍な世界観に思えるんだが・・)追いかけっこする主人公らだったが、次の第2話では、嬉しくも(嬉しいか?)「大阪」を舞台に暴れてくれるらしい(予告より)

ってことで「もうちょっとだけ観るんじゃ」と心に決めた次第である。

http://www.tatsunoko.co.jp/yatterman/

※番組のサイトです。無断リンク済みません。

追記:ナビでテレビを観てると、交差点に近付くごとに「ナビ画面」に切り替わってしまうのが鬱陶しかった。あ、そんなに気になるんなら、電波の受信状態の良いトコに停車して、じっくり観たら良かったんや(⌒〜⌒ι)

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2008年1月15日 (火)

☆『殯の森(2007)』☆

14日(月曜・祝日)の夜。
早くも衛星第2ちゃんねるで放送された邦画(正式には日仏合作)『殯(もがり)の森』を期待しつつ観た☆ コレは(調べる努力を怠ってた)自身に非があるんだが「いつ、何処で上映されてるのか」すら把握出来てないまま、ワタシの中で何となく“第2次・河瀬フィーバー”が過ぎて行ったような、そんな感じだった公開当時。

第60回カンヌ国際映画祭で「審査員特別グランプリ」に輝いた本作。ワタシ自身、本作の監督・脚本を手がけた河瀬直美さんについては・・初期作品『につつまれて(1992)』と『かたつもり(1994)』を観て、「この調子で頑張って欲しいな〜」と願い、直後の『萌の朱雀(1997)』における大ブレイク(いわゆる“第1次・河瀬フィーバー”)を心から祝福した1人ではあるので、その後の「揺り返し(≒反動)」を他人事ながら、かなり気にしていたのだった。

※そう言えば『萌の〜』の頃、同監督のトークショーに一度参加し、当時のマネジャーの方に(厚かましくも)名刺を頂戴したものであった。未だ、大物になることが出来ず、かたじけない、、(×_×)

奈良の山間部にある集団介護施設(グループホーム)を舞台に、“妻を亡くして33年となるも、未だその事実を受け入れられていない”認知症老人・しげき(うだしげき)と、“我が子を失い、未だその失意から回復出来ていない”新米介護福祉士・真千子(尾野真知子)の交流を描いた物語。

※「老いと死を正面から静かに見つめた物語」ともナレーターにより解説されていた。

前半で、大まかな物語世界や主人公である2人の過去&現在の境遇が客観的な映像やセリフで描かれる。
中盤以降は、連れ立って出かけた2人が、ひょんな成り行きから山中をひたすらさまよう展開になだれ込む。

河瀬監督ならでは、と言おうか・・何とも不思議な作風である。カメラが半ば強引に、演者の懐に飛び込み、彼らの手元や横顔を舐めるように写すのだが・・それがあくまで客観的であり、特に何のメッセージも発信してはいないのだ。
で、映像が何も語らないが故、観客は自発的に思考を巡らせて、

「ああ、これは人々の“生”の表現なんやな」

などと、それぞれの解釈を進めなければならない。

2人が「ぶつかり合いながらも交流し、そして山中で迷う」と言うことだけならばもっと脚本を絞って、短い時間にまとめられたのでは?・・とも感じるんだが、そこをある意味“冗長”に描いているため、そこにも何かメッセージが隠されているのでは? と考えを巡らされたり。

本作に対し、私的には『萌の〜』からこっち「“深い”んだけれども“進み易い”方向」に作風が向かったな〜と言う、複雑な思いを抱いてしまった。
音楽的なアーティストに例えるなら「中規模のホールで大成功し、次はドーム規模のツアー狙いかな? と思いきや、地下のライブハウスに行きました。。でも、演奏はより研ぎ澄まされてるよなぁ」・・って印象(⌒〜⌒ι)

「素晴らしい!」とうならせたのは冒頭、「森林のざわめき」をただ静かに映し出したショット、そしてそれに続く「遠くから写された野辺の葬列」なるシチュエーション。ワタシだけではないと思うが、クロサワ作品『蜘蛛巣城(1957)』や『夢(1990)』における映像表現を連想させる。

※尤も『蜘蛛巣城』はモノクロ作品なのだが。

前半こそ「これは現実だ」と確信させてくれる世界観は、次第に「夢かも?」との不安感を観客に与え始める。そこに至る仕掛けも決して不自然ではなく「第三者が全く現れない」「携帯電話(=文明)も“そこ”では役に立たなくなる」と言った幾つかの演出により、自然に「殯の森、或いは幽界」へと観る者を誘(いざな)うのだ。

が、その「イイ雰囲気の世界」を成立させてた中に「農道に電柱が林立していた」「森の上空を飛ぶ※※の音が鳴り響いた」って辺りが“妙な雑観・雑音”に思え、ワタシにはすこぶる残念に思えた。
前者は、ある部分“意識的”な程に「山の稜線に“鉄塔”が写り込む」のを排してたのに、と。
後者は、特になくても良かった演出だし、却って不安感&絶望感をあおるだけだったような、と。

ラストは『萌の〜』を想起させるような「何かが“昇天”して、天に帰ってゆきます・・」的なカメラワークだった。真千子が“上空”を安らぎの表情で見上げるのだが、一方のしげきの姿と対比すると、これまた、色々と考えが回る訳である(・ω・)

で、ワタシとしては、
「“生”と“死”は、絶妙なバランスで(実は常に)隣り合わせにある」
「森林には、その深みに足を踏み入れた者のみが知り得る“表情”がある」
「極限の状況に於いてさえ、女性は“菩薩(女人菩薩)”たり得る」
などと、掴みドコロを探りつつ、掴んだ。そんな感じである。

〜 こんなセリフも良かったです 〜

先輩「こうせなあかんってこと、ないから。・・ん?」 ←この「ん?」の言い回しが良い☆
真千子「何でそんなん言うんですか?」
先輩「好きな人が、言ってくれた」

真千子「私は、生きてんのかなぁ」

追記1:ピアノで弾く「即興曲(?)」がなかなか良かった☆
追記2:しげき爺さんのゴツゴツした腕&手の表情(?)が印象的。何となく、まだまだ“性的に枯れてない”気がした(←おい)。。
追記3:中盤、森の中で傍の木が倒れ、真千子がナチュラルに驚くシーンが。あれって「偶然の産物」だったんだろうか?
私的には“『大日本人(2007)』路線”と呼びたいトコだが(=^_^=)
追記4:ラストで、【殯(もがり)】敬う人の死を惜しみ、しのぶ時間、またはその場所のこと・・と解説が表示されるが、アレを冒頭に持って来たら『呪怨/劇場版(2002)』のノリやな〜と思った(⌒〜⌒ι)

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2008年1月14日 (月)

☆『大冒険(1965)』☆

8日(火曜)&9日(水曜)の2回に分け鑑賞。放送そのものは昨年10月半ばに衛星第2で流されたもの(・ω・)
先日“何の気なしに”観た(=^_^=)「クレージーキャッツ映画」がなかなか良かったので、更に能動的に観てみた次第(=^_^=)

私的には「クレージーキャッツの」とタイトルに付けた方がインパクトがあってイイのに・・と思ったんだが、至ってシンプルに『大冒険』ってだけである。
お馴染みの、植木等・谷啓・ハナ肇の3人組にクレージーキャッツのメンバーが絡み、何と! 特撮技術監督にはあの「円谷英二」を迎えてる! まぁ、本作って(特撮)映像もさることながら、爆発音や銃撃音などがあからさまに“ウルトラシリーズ”してて妙におかしかった(=^_^=)
なお、序盤では「クレージイ.キャッツ 結成十周年記念映画」とデカい赤文字がババ〜ンと表示された。それにしては、ちょっと終盤の展開が「アレ」なんだけど・・

世界各国のニュース映像で「偽札が市場で大量に発見されている」と報道される。仏、米、露、英、伊の国々に続き、とうとう日本(日銀!)でも偽札が発見され、閣僚たちの集められた円卓の席で、首相が(国民に動揺を与えぬよう)秘密裏に捜査を進めて貰いたい、と厳命を下す。

警視庁は特捜本部を設置し「科学捜査に重点を置くスタイル」で動き始めるが、ベテラン刑事・花井(ハナ)は「最後にモノを言うのは刑事の長年のカンだ、俺たちゃ“足と粘り”で行くぞ」と我が道を進むことを宣言する。

一方、都内のアパートに住む元体操選手、今はゴシップ誌「週刊トップ」編集部に勤務する植松唯人(ただと)(植木)は「今じゃしがねぇサラリーマン♪」などとご陽気に歌いつつ、隣室に住む“えっちゃん”こと谷井悦子を口説くことに余念がない。そんな折、悦子の兄である発明家・啓介(谷)の着手していた「オール天然色万能複写機」がもうじき完成する運びとなり、パートナーである植松は「これで特許を狙い、大金を稼ぐぞ!」と期待を隠せない。

研究者とし働いてた工場での「公開デモンストレーション」中の不手際で「バカモノ! 貴様なんかクビだ〜!」と社長に言われてしまう啓介だが「これで複写機の開発に専念出来る」と決して凹んではいなかった。

一方、悦子は「産業会館」に勤める石崎と言う優男に熱を上げている。そんな2人を妨害せんとストーカーする(?)植松だが、石崎は事業資金とし「森垣金融」の女社長(越路吹雪)から“信用貸し”で10億円もの融資を受けるほどの人物だった。
彼らの羽振りの良さに疑問を感じた植松は“取材”名目でナイトクラブ「サハラ」へ向かう。折しもその店には「一夜で大金がやり取りされる、こう言う店こそが怪しいんだよ」ってなカンで潜り込んだ花井たちもいたのだった。
絡もうとした石崎に「ほんの寸志だよ、取っておき給え」と数万円を渡され、軽くあしらわれる植松。「何が寸志だ!」と一度は札を床に叩き付けるも・・すぐにコソコソ拾ったり(=^_^=)
「ヘイ、ミスターボーイさんカマン、スカッチを瓶ごと持って来てくれ給え」などと案外ご陽気に騒ぐのだった。

数日後、新聞には「大阪・神戸でニセ一万円札現わる」の見出しが大きく踊っていた。同時にその頃、
・複写機が完成。石崎に貰った一万円札をテストにかけたトコロ、それは「色が薄くなる」ことで偽札と判明。
・「サハラ」の手洗いで (酔ってご陽気な)植松が花井に何気なく渡した札もまた偽造紙幣であることが判明、警視庁は植松を容疑者として指名手配する(遂に「公開捜査」へ踏み切られることとなった)。
と言う2つの大きな転機を物語は迎えることに。

警察と共に、植松を付け狙う「森垣金融」と関連する“謎の組織”のギャングたち(?)。そして“組織”により悦子は誘拐されてしまう。
恋人を救出するため、植松&啓介も名古屋⇒神戸へとギャングらを追うのであった・・ってな流れ。

『クレージー大作戦』より主人公らの言動がクリーン(=^_^=)であり、脚本の組立てもより緻密な感があった。(後半に向かうにつれ)次第に物語が日本を越え「全世界規模」に広がって行く構成は、なかなかに圧巻である! にしては「神戸」を舞台としながら、風景(バック)に「マリ※タワー(=横※港)」が映ってたりして「手抜き(ロケ無し)かよ!」とツッコまざるを得ない「甘さ」もあるにはあったが・・(⌒〜⌒ι)
特に凄まじいのは後半の展開。いきなり物語が「ハード路線」に激変する。“007シリーズ”よろしく、神戸港を発った“組織”の潜水艦「U33」が「北緯11度28分、東経133度50分」に位置する無人島へ向かう(思わず(=^_^=)“Google Earth”で調べてみたら、ハワイの沖合ですた)。

それまでにも“組織”に関し「交わされる言語」「敬礼スタイル」「ボスの肩書(=呼び名)」などから・・「これって“第4帝国”系のハナシなんじゃないの?」と気付いてたんだが、終盤にズバリ“ご本人”が登場したのでびっくり(⌒〜⌒ι)
本物よろしく、しっかり「雌伏20年・・」などと短いながらもスピーチを披露したりする。う〜、、本作は絶対にポーラ※ド圏では上映出来へんやろな。。

※“彼”を演じたのはアンドレ・ヒューズなる男優。この時代の邦画に多く見受けられた(?)所謂“いんちき外人”の1人とも言えるんだが、にしては結構「醸し出す雰囲気」がそれっぽかった気がした。チャップリン卿にも、ご存命中にゼヒ観て頂きたかったなぁ・・(・ω・)

しかし、改めて考えると・・(最近たまたま新聞記事で知ったんだが)第2次大戦末期「かの国」が英国経済に打撃を与えんと画策した「ポンド札大量偽造計画=ベルンハルト作戦」ってのが実際にあったらしく、妙にリアルな骨格を(脚本に)感じたりした。ま、そこまで知らずとも『ルパン三世/カリオストロの城(1979)』とそっくり〜! なんて言えば、それなりに新鮮な驚きを感じる方も多いかも知んない(⌒〜⌒ι)

※主人公が前半に着てるスーツの色も『カリ城ルパン』と同じ“緑色”である。たまたまとは思うが(後半は“黄土色”にお色直し)。

〜 ほか、見所(ツッコミどころ?)など 〜

・主人公(植木)が高所から落下するアクションが目立ってたのも本作の特色か。ビル、鉄橋、崖・・と計3回はやってました。
・二瓶“イデ隊員”正也がテキ役(手下)として好演☆ 何やら“完全に死んだ”にも関わらず、直後に別な手下役で登場してたよ〜な(⌒〜⌒ι) 双子だったんか?
・谷井の発明した「小型電波探知機」。“目盛に距離と方向を表示する”って設定だったが、当然ながら液晶画面もデジタル表示もない時代だから「北北西の方角に約4キロ」みたいな(漠然とした)表現しか出来なかったり。。使いにくいの〜(でも、どんな(超小型)バッテリーモジュールを搭載してたのか、興味津々)。
・名古屋警察で取調べを受ける植松を殺害せんと、取調室の窓から爆弾を投げ込むギャング。ちょっとそれは・・
・「潜水艦の航行シーン」や「日米両艦隊の砲撃シーン」は何故だかモノクロだったり。。記録映像かいっ!
・さんざん世界規模にハナシを広げといて、ラストは「赤坂プリ※スホテル」だったり。ほっこりさせやがる(=^_^=)

〜 こんなセリフもありました 〜

編集長「人は手荒く、金は細かく使うのが主義でね」
   「火のない所に煙を立たす、これが我々(=週刊誌記者)の仕事なんだよ」

植松(辞世の言A)「どうせ死ぬんだったら、もっと色んなことやっときゃ良かったなぁ・・」
      (B)「例えこの世に永らえて、毎日美味しいもの食べて、奇麗な女に取り巻かれ、
         勝手気ままに暮らしても、いつまで続く訳じゃない、いつ死んだって同じこと、
         同じことなら・・死にたくないよ」
      (C)「くよくよすんなよ、どうせ一度は死ぬんじゃねぇか」

植松「さぁいっちょ、歌でも歌うか」 ←歌うんか!

谷井「見ろ、ミサイルだ!」
植松「すごい!来て良かったな、おい」 ←こらこら(=^_^=)

谷井「やっぱり生きてたのか」
植松「我々にとっちゃ“少年時代の英雄”だよ」 ←この言葉が一番印象に残った・・(同盟国やったしね)

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2008年1月12日 (土)

☆『マリと仔犬の物語』☆

妙に長くしんどい「年明けの1週間」がようやっと終わった(・ω・) 「ここらで自身を労(ねぎら)っといてやるかな〜」と考え、退社後に梅田方面へと繰り出した☆
昨日、家人が観に行って「ナミダした」と言う1作・・『マリと仔犬の物語』を観に向かったのは、ナビオ(一部の店舗以外は休業中)の上層階にある「TOHOシネマズ」である。

う〜ん・・きっと我慢して待てば、今年中には(早くも)テレビ放送されそな、そんな気配も濃厚なんだが(⌒〜⌒ι)「パワーを付けて来た邦画」の中でも「最も得意とするジャンルたる“人情”+“動物”モノ」ってことで、敢えて『アイ・アム・レジェンド』を候補から蹴落し(=^_^=)観ることに決めた次第。

物語の舞台は2003年秋の新潟県山古志(やまこし)村。「棚田」「錦鯉」「闘牛」などで有名な山間の村である。
母親・幸子(さちこ)を病気で失った石川家は、近いうちに(隣接する)長岡市との合併を控え、その準備に忙しい(役場勤務の)父・優一(船越英一郎)、その父・優造(宇津井健)、優一の2人の子・亮太(兄)&彩(妹)の4人が昔ながらの木造家屋で慎ましく暮す一家であった。

間もなく5歳の誕生日を迎える彩は、そのプレゼントとし、遊び場にしてる原っぱで見つけた「捨て犬」を飼って貰うよう祖父(優造)にせがむ。可愛い孫の頼みとあれば断る訳にも行かず・・石川家にはこの小犬「マリ」が新たな家族の一員としてあたたかく迎え入れられたのだった(序盤では「優一は犬が大の苦手」ちぅ設定が用意されてたが、何なくその問題はクリアされた・・)。

優造は齢(よわい)70を越え、右膝の痛みのため自室にこもることが多くなっていた。「やすらぎの里」なる高齢者介護施設のパンフレットを取り寄せたりする優造。
優一は父に内緒で、通勤&通学の便が良い長岡市内のバリアフリーマンションへの転居を具体的に考えている。
幼い兄妹はそんなそぶりも(父に)見せないながら・・母のいない毎日に寂しい思いをつのらせていたのだった。
そうしている内にも「マリ」はすくすく育ち、3匹の小犬「グー」「チョキ」「パー」を出産、母犬としての貫禄を備えつつあった。

2004年10月、後に「新潟県中越地震」と名付けられた天災が容赦なく山古志村を襲った。
自宅にいた優造と彩は家屋の倒壊に巻き込まれ動けなくなる。死を覚悟する2人だったが、(道路が寸断され“陸の孤島”と化した)現地にいち早くヘリで駆け付けた自衛隊員・安田(高嶋政伸)を石川家(倒壊後)に案内したのは・・何と「マリ」であった。
九死に一生を得た2人は救出され、優造は長岡市内の病院へ、彩は市内に設けられた避難所へ向かう。だが、人命優先の大前提があり「マリ」と小犬たちはヘリに収容されることはなかった。村道を必死でヘリを追う眼下の「マリ」の姿に、機上から泣き叫ぶ彩。

そして、村に残された「マリと小犬たち」の生き残りをかけた冒険が始まるのだった・・ってな流れ。


家人が言うには「ヘリを追いかけるマリの姿に、とにかく涙が止まらなかった」とのことなんだが、ワタシは“そこ”はあまり「来なく」て、倒壊した家屋で(それまで飄々とした言動を振りまいて来た)爺さまが、じわじわ迫る死を覚悟しつつ、恐らくは・・生まれて初めて神仏に祈る、

優造「神様・・まだこの子だけは連れて行かんでくれ・・!」

ってセリフがかなり心にのしかかった。神様がいたら、こんな悲惨な災害を敢えてこの地にもたらすこともない訳で、本心からすれば「神がいたら・・ぶん殴ってやりたい」ぐらいの気持ちだった筈なのに、そこを嘆願せざるを得ない、そんな悲しさがグッとワタシの心に迫った訳だ。

面白いと言えば本作、助演俳優陣の言動&雰囲気が結構「いつもと違う」印象があったりして楽しめた。地震発生と同時に即死しちゃう蛭子能収。もっと「美味しい立場」であるハズなのに、地味なまま終わって行った徳井優。義兄との関係が良く分かんないけど、何となくこの先“肉体関係に発展”しちゃいそうな雰囲気(←知らんがな!)を漂わせてた冴子役の松本明子。
そして、特筆すべきは・・高島(弟)! 何と言おうか・・「常に何者かが憑依してるかのような」独特な“眼”の表情&演技(なのか?)があった。どっかおかしかったぞ、安田班長のあの目付きってば。。

製作陣がパンフレットで「本作は決して“パニック映画(=ディザスター・ムーヴィー:災害モノ)”ではなく、描写する映像&演出には正確さと誠実さを心がけた」と記している地震のシーン。屋内据え置きのカメラワークがメインだったが、流石にキツかった。
優造や彩が「地震だ!」とか具体的に(自らの置かれた)状況を口に出すことも一切なく、そこが妙にリアルだった。
きっと実際「何か突然に大変なことが起こったんだろうが、そんなことより全身に覆いかぶさってるこの重い存在を何とかして欲しい」ぐらいしか直感的・本能的に思考が回らないんじゃないかと思う。

「何が村に起こるのか?」を、観る前から知っている観客ではあるが、その到来を予想させる「野鳥(カラス?)の大移動」「妙におどろおどろしい暗雲」などの“フリ”も演出的にはスリリングで良かった(あの手の演出って、やり過ぎると“逆効果”なので、さじ加減が実に難しい!)。

ってことで、武田鉄矢的には「子供と動物には勝てないよネ☆」とかおっしゃることだろうが、私的には「宇津井と(上空から小犬たちに襲いかかる)カラスのCG演出(たぶん)には勝てないよネ☆」と言いたいトコである。

〜 こんなトコも言わせておくれ 〜

・幼犬時代の「マリ」がメチャメチャ可愛い。すぐに成犬になっちゃうが・・(この幼犬「マリ」が3匹の小犬のどれかを“そのまま(引き続き)演じてる”んじゃないかと勘ぐったり(=^_^=))
・「マリ」を捨てた飼い主は誰?(エリア的に“村民の誰か”には違いあるまい(・ω・))
・「マリ」を妊娠させたのは誰?
・劇中で殆ど彩たちにその名を呼ばれなかった「グー」「チョキ」「パー」。。一応、彼らもまた「主役格」なのに??
・久々に(現代が舞台の)映画の中で「蚊帳」を眼にした
・『催眠(1999)』以来であるが、宇津井さんの存在感は流石になかなか☆
「小犬を(上着の)懐に隠し帰宅したトコ、息子に見つかり詰問(?)される」ってシーンでは、折角なので

優一「何を隠してるんだよ、親父?」
優造「知りたいか? ・・だが、今は言えん」

などと「往年の決めゼリフ」を放って欲しかった(=^_^=)

・エンドロールで気になったのが「船越英一郎担当ヘア・メイク」ってクレジットなんだが・・。。
・久石譲によるスコア(楽曲)。出だしの部分が「ブラームスの子守歌(?)」に酷似してた気がする(・ω・)

〜 このセリフが良かった 〜

優一「これから先、もっともっと“仕方ないこと”や“どうにもならないこと”に出会うだろう。
   そして、それを乗り越えて行くことが“生きてゆく”ってことなんだ・・少し難しいか?」

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2008年1月 9日 (水)

☆『クレージー大作戦(1966)』☆

7日(月曜)の夜に鑑賞。
HDレコーダーの録画可能容量(残量)が既に半分を切ってしまってるもんで、機を見てどんどん片付けて(鑑賞⇒消去)行こうと考えている。そんな訳で、昨年10月中旬に衛星第2で放送されてた・・のを録画しておいた“クレージーキャッツもの”のコメディ作『クレージー大作戦』を観た。
ただし、本作は放送に気付いてから慌てて録画を開始したため、冒頭の10〜15分ほどは観れなかった・・尤も、観なくても問題なく物語には追いつけたが(=^_^=)

関東・砂橋(←船橋市のパロディ?)刑務所のとある夜。“雑居房”には6人の囚人たち。そのリーダー格である石川五郎(植木等)は“トロ”とあだ名される天才的な金庫破り(谷啓)を獄中スカウトし、「頭取」と呼ばれる闇世界の大物から10億円をせしめる計画を実行に向け始動させる。が、(同房の)他の5人が騒ぎ出したため(=^_^=)全員まとめて、チーム単位で強奪作戦を実行するハメとなる。。

翌日(?)、慰問先のコンサート会場から演奏中に脱獄を成功させた石川たちは、“見張り役”であった勤続15年(?)のカタブツ看守・加古井守(ハナ肇)をいつしか「第7のメンバー」としてまんまと巻き込むことにも成功する(←最初は石川らをいさめてたハズの加古井も次第にチームに溶け込んで行く・・(=^_^=))。

「頭取」の屋敷に潜入した石川&トロは、地下の金庫室に囚われていた謎の女・姫子を発見、彼女の情報をもとに「数週間後、伊豆の“日通富士見ホテル”で行われる“太平洋物産チェーン全国協議会”においてこそ、大規模な現金の取引が行われる」と言う「頭取」のプランを知り、撮影スタッフを伊豆へ移動させての(=^_^=)大掛かりな「10億円強奪大作戦」の火蓋が切って落とされたのだった! と言う進行。

いや〜・・全盛期の植木等、確かにアクションと言い、軽妙なセリフ回しと言い、圧倒的に光り輝いてて素晴らしかった! 何だか「この男、歳取らないんじゃ?!」とか「死なないんじゃ?」とまで錯覚させてくれる、ある種の「ヒーロー像」を高い次元で形成してくれてるのだ。それまでは『新・喜びも悲しみも幾歳月(1986)』での好々爺とか、(遺作となった)『舞妓Haaaan!!!(2007)』における更なる(⌒〜⌒ι)好々爺とかの役柄ぐらいしか意識して観てなかったのだが・・
反面、、やはりこんなにエネルギッシュで不老不死性(?)すら感じさせる人間にも、“老い”は平等に訪れたんやなぁ・・としみじみ。合掌。

物語は直球的に、クレージー側(囚人たち)とギャング側(「頭取」一味)の攻防を描きつつ突き進んで行くが、何の脈絡もなしに“ミュージカルシーン”の挿入される演出が巧く、インターミッション的役割(“急”に代わる“緩”の部分)となってて良かった。
伊豆ロケを最大限に活用(=^_^=)してか、いきなり草原で歌い出す(ハナ肇を含む)7人衆が映し出されるシーンでは、思わず『サウンド・オブ・ミュージック(1965)』のジュリー・アンドリュースよりもパワフルかつ荒削りでカッコええやんか! と妙にしびれてしまったものだ!
また、コレは制作側の意図したことではないんだろうが・・当時のコメディ作だけあって、色々と“えねちけスタッフ”に「自主規制」されちゃう系のセリフが意外と多く、そこも(不謹慎ながら)メチャメチャ面白かった。

例えば、デパート屋上のシーンで、老人に変装した石川(植木)に生意気そうな小僧(と言っても、今ご存命なら50歳過ぎぐらいか・・)が「あれ? おじいちゃん、・・・(←言葉が消されている)じゃないの?」と訊ねる辺りなどは「たぶん聴覚に障害を持つ人々を表現する“あの相応しくない言葉”なんやろな・・」と推察出来るんだが、続くセリフでは石川老人が「おじいちゃんはな・・・で・・・、・・・なんだよ、イッヒッヒッ!」とか笑いながら言ってて「コレってもはや物語の進行に支障を与えてるじゃん!」とツッコんでしまえる。
ここは適切なセリフに代わる“日本語字幕”をせめて表示するとか、もうちっと視聴者に対する配慮をお願いしたかったトコロだ(・ω・)

ギャングの下っ端として登場する二瓶“イデ隊員”正也&左“ヘイ・ユウ”とん平のぞんざいな扱い方もなかなかに爽快(?)だし、ギャングと言えば誰もがすぐ思い浮かべる“ステレオタイプなうさん臭いギャング像”も「もう勘弁してくれ〜」と言うぐらいに堪能出来る(=^_^=)

ちょっとギャグ的にゆる〜いのとかさむ〜いのとかも混じってるが、終盤のカーチェイスが異常に長く、かつ「結構、スタントマンにムリさせたんじゃないの?」と軽く背筋を震わせるような危ないアクションも見受けられたりした。
あと、若い頃の谷(啓)の動き&存在感を観てると「何か香港映画みたいやな〜」とか思えたり、「頭取」の屋敷地下室にプールがあり、そこにワニが放し飼いにされてるトコロなどは「『直撃地獄拳・大逆転(1974)』やら『ブルース・リー/死亡の塔(1980)』に通じる怪しいシーン演出やな〜」と逆に新鮮な驚きをワタシに与えてくれた(・ω・)

何にしても、ニッポンがパワフルだったあの頃を体現してるかのような、荒唐無稽&無国籍で、何だか(その中での)死さえ怖くないような「パラレル世界」を高い次元で成立させている、まぶしいコメディ作であった☆

「チープな脚本」に「レトロな世界観」。そこに放たれ続ける「ゆる〜いギャグ」・・それが故に“カラッと能天気かつクレバー(したたか)な植木のキャラ&存在感が弾けるほどに映えていた訳である。

〜 こんなセリフもありました 〜

石川「騙されたと思って、入ってみよう」 ←これはイイね(=^_^=)
  「たかが10億ぐらいの札束でガタガタするな」
  「日本の金なんかこりごりだよ。さぁみんな、(海外で)一発“悪ドル”を身に付けようぜ」

トロ「おい、(この女)死んでる!」
石川「だったら、尚さら怖がることねぇじゃねぇか。何にもしねぇんだから」

姫子「あんたってそういう“無責任男”じゃないの?」
石川「冗談言っちゃいけないよ。植木等と一緒にされてたまるかぁ」 ←このセリフには驚愕!

加古井の辞世の句「ああ悲し/狂えば狂え世の中よ/夢もチボーもなくなりにけり」 ←妙に“達筆”なのがポイントである。

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2008年1月 8日 (火)

☆えねちけ特集“チャップリンの秘書は日本人だった”を観た☆

6日(日曜)。この日は、いよいよ家人に半脅迫され(⌒〜⌒ι)溜まりに溜まってた新聞記事の片付けに取りかかっていた。
自室の机上に、もはや約30センチメートルぐらいの高さにまで積まれてる記事群を箱から取り出し、逆さにひっくり返すと・・一番上には何と「2007年1月付」の記事がゴロゴロ。。ふえ〜、放置プレイも甚だしい(x_x)

結局、5時間ほどかけ「要る/要らない」を手早く分別してゆき、最終的に元の分量の2割程度にまで減らすことが叶った。結局「リアルに使える記事」ってば・・せいぜい発行から2ヶ月以内ぐらい・・と考えているし。

終盤は、粗く分けた記事を更に細かく再確認しつつ、某国営放送(=^_^=)の教育ちゃんねるで放送された特番「チャップリンの秘書は日本人だった」を“ながら鑑賞”した。
中村獅童をメインパーソナリティーに、チャールズ・チャップリン卿の秘書を18年間勤め上げた日本人=高野虎市(こうのとらいち)のドラマティックな生涯を資料と関係者インタビュー、再現映像などで紹介する、と言う構成。

ずっと以前に「チャップリン自伝」を読んだワタシとしては、高野の人物像に関し、おおざっぱな知識こそはあったが、チャップリンから“スペンサー”のミドルネームを息子の名に与えられた、とか広島市(八木町)の出身で、故郷に火の見櫓を寄贈した(←現在、櫓そのものは失われ、台座のみが残されている状態らしい)、とか言うエピソードなんかは、ワタシの記憶からすっかり抜け落ちてしまってたようで「おお!」「おお!」と興奮の連続だった☆
ただ、中村サイドからの強い要望があったものか、晩年の高野を演じていた獅童の“老けメイク”がどうにも詰め甘く、どう眺めても(設定の)76歳には見えなかったのがある意味“噴飯もの”とも言えた。

チャップリンが「女性好き」と言うのは万人の周知するトコロ(?)であろうが、「天丼好きだった」と言うのはネタとしては新鮮な発見でもあった☆

折しも現在、なんばの「千日前国際劇場」において『没後30年特別企画/WITH CHAPLIN チャップリン映画祭』と言うプログラムが組まれ、彼の主演作品群が連日上映されてるので、機会があれば、是非足を運んでおきたいよなぁ・・と思った次第である。

追記:高野がチャップリンのもとを去った日のやり取りが映像で再現されていたが「(今回の)ドラマでの展開」と「ウィキペディアによる解説」がかなり違っているのが面白い。どちらが正しかったのか・・もはや、その真相に立ち会った人間はこの世にいないのであろうが・・

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2008年1月 7日 (月)

☆新春スペシャルドラマ『となりのクレーマー』を観た☆

6日(日曜)の夕方。いよいよ、明日から(泣いても号泣しても)仕事の開始である。
年末年始の休み中、家族関係を除き、殆ど会話をしてなかったもんで、電話応対とかちゃんと出来るのか甚だ心もとない(⌒〜⌒ι) 出勤時間まで残り12時間を切った時点で、ようやく新しいスーツを出し、クリーニングのタグを切ったりしてる体たらくである。。

で、明日からの仕事に備え「気合を入れよっ!」ってことで観たのが、久々の民放ドラマ『となりのクレーマー』であった。クレーマーと言っても、ダスティン・ホフマンやメリル・ストリープが出演する映画ではない(←分かっとる、ちぅねん!)

東海地区(?)にある名門デパート「巴屋(tomoeya)」に勤続して28年、主人公・真壁禄郎(まかべろくろう:筧利夫)は「ゴミ掃除係」とも陰で囁かれる「お客様相談室」の責任者とし日々、クレーマーたちとやり合っている。同僚には気の毒がられ、部下にはグチばかり聞かされる真壁であるが、彼は信念を持って働いている。
「クレームを災難みたいに捉えちゃいけない・・せめて(不快な)感情を顔に出すんじゃない」
「我々(=巴屋の人間)が間違いを犯さないなんて、どうして言い切れる?」
「悪質なクレーマーは“お客さま”なんかじゃない、だがまだ決めつけるな」
「人間だから色々(言いたい事情が)ある・・(相手も同じ)人間だから、きっと分かり合える」
そう言いつつも、ノンストップな苦情処理の日々に疲弊しつつある彼だった。
そんな折、保育士をしている彼の妻・雛子が(預かってる子の)母親に自宅(玄関)まで押し掛けられ、激しいクレームを浴びせられる様を目撃する。とき同じくして“ヒトクセあり気な男”安河内(やすこうち:石橋蓮司)が「お前じゃなく、店長を連れて来い!」とインネン・・じゃない、クレームを言って来て・・ってな展開。

冒頭から来てましたね〜(苦笑) クレーム客の顔面が矢継ぎ早にどアップになり「あんたね、社※保険庁みたいなこと言ってると、客を失うよ」・・とバシリ。うわ〜実名出ちゃってるね。。
安河内さんも「指、つめてみんかい!」とオッソロしいことをおっしゃる。ハッタリでも、こんなしとに(実際にごろごろ居そうだし・・これからも増えそだし)こう言うすごまれ方したら、失禁&失神してしまうような気がする(⌒〜⌒ι)

物語は大きく2件のクレームをピックアップ(他のクレームは断片的に描かれるに過ぎない)、うち1件が完全解決、1件はようやく和らいだ感じで終わるんだが、ワタシはこのドラマを観てて「いや、社員の初期対応からしてそもそも問題あるんじゃ・・」とハッキリ感じた。おまけに社員側に(その後の)改善を促すような言動は描かれないわ、こじれにこじれた局面になってようやく真壁がやって来るわ(それも彼が(自主的に)巡回中に発見する、てパターンも少なくなかったし)、みたいな演出なので「こんな対処療法じゃ、遠からず限界が来るぞ!」と思えたなぁ。徹底的な社員研修をするか、こじれる前の段階で押させるよう、社員全員にコールボタンを所持させるとか、何とか向上していかんとアカンぞ、と。

ほか、演出的なモノと思うんだが、
・部下が「もう僕は限界です、辞めるかどうか今夜一晩で考えて来ます」と言い放つ(←割に、この部下の対応がNGだらけなのである)。
・妻がクレーマーに屈し、保育所を(夫に相談もなしに)辞めてしまう。
ってなスゴい「かき回し方」をしときながら、どちらもその後の解決がうやむやになってたし・・

あ、、関係ないけど、真壁夫妻って「番組紹介サイト」の物語によると「年の差23歳」らしい・・おおお、何か父娘の域に入ってるじゃん!(・ω・) その設定にまずクレームを突き付けたい(⌒〜⌒ι)

http://tokai-tv.com/claim/

※こちらが番組サイトです。無断リンク、済みません。

まぁでも、明日からの仕事に備え、ちょっと目が覚めました(=^_^=) 有難う、東海テ※ビさん☆

〜 こんなセリフも耳に残ったです 〜

安河内「ポーズだけの謝罪なんざ、通じねぇんだよ」

真壁「相手がヤクザだったと、先に聞いていたからどうだったと言うんだ?」
  「大きな声を出さなくても・・ちゃんと聞こえておりますよ」
  「青臭くないことを分かって頂くまで、私の真心が通じるまで」

雛子「信じた方がいいのに・・優しくなった方がいいのに」

財前「オレなんかからすりゃ・・毎日毎日、暖房冷房完備で働いてるあんたたちゃ、エリートだよ」

追記:劇中で紹介されていたアドバイスは次の通り。
・(自分と相手の)どちらに非があるか、客観的かつ即座に判断する
・(相手と)不用意に約束を交わさない
・現場での解決を心がける
・相手の言い分をメモに取る
・不満を表情に出さずグチを聞いてあげる
・自分たちの「落ち度」を確かめる

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2008年1月 5日 (土)

☆『ベオウルフ/呪われし勇者』☆

4日(金曜)夕方の鑑賞。
今年の「劇場鑑賞初め」ってことで、結構期待してた“ヒロイック・ロマン(英雄譚)”の『ベオウルフ』を梅田・ピカデリーで鑑賞して来た☆
この日は実は午後から、両親とご近所の某ラーメン屋でささやかに会食(←なんか悲しいねぇ)をしてたんだが、食べ終わった時点で「これなら、今から出向いても上映開始時間に間に合うかも☆」って感じだったので大阪市内へと単身繰り出すことに!(←お父様&お母様、その節はラーメン美味しぅ御座居ました)
ちょっとムリ(間に合わん)かもな〜と思ってたら、上映開始の5分後に着席が叶い(予告編も数本楽しめて)ラッキーだった(因みに、チケット購入時に訊くと「(上映開始)15分後の本編開始」とのことだった)。

『アイ・アム・レジェンド』はどうにも暗〜いテイストの映画らしく「(新年の)1本目にゃ相応しくないやろ」と勝手に決めて(=^_^=)本作を選んだんだが(でも、本編上映に間に合わなかったら『アイ・アム〜』となっていただろう)・・何だかね、、期待してたタイプの映画じゃなく、かなりガッカリしてしまった。予備知識も殆どなかったからね。。

まぁ、製作陣としては“そこもウリ”だろうから、敢えて書くんだけど・・「全編CG系」なのですなぁ。『FINAL FANTASY(2001)』やら『ゴッド・ディーヴァ(2004)』みたいな、ああ言うテイストですわ。
そこに、そこそこ豪華な俳優陣を「忠実にCG化」して放り込んでくれてるんだけど、これが「静止画」として眺める分には完璧に近い仕上がりなんだけど、どうにもワタシには「動きが奇妙で違和感ありまくり」に見えて仕方がない。。
ストーリーの分かり易さだけは「ハリウッド印」みたいな取っ付き易さなんだけど、登場キャラの人物像とかクリーチャー造形とか、作品世界そのものに対して、陶酔し得る部分が「ほぼ皆無」だったのが残念でしたなぁ・・

507年のデンマーク。連夜、ヘロット王宮の酒宴中に現れる巨大な怪物「グレンデル」の殺戮行為に頭を悩ませていた時の王=フロースガールは秘宝「竜の角(ドラゴン・ホーン)」を褒美とすることで、国中から英雄を募っていた。そして、吟遊詩人のしらべにより、海を越え「グレンデル」の蛮行は他国の人々にも伝え広まって行った・・
そんな中、嵐に猛り狂う海を渡って、歴戦の勇士=ベオウルフ(BEOWULF)とその仲間14人がやって来る。
彼ら(彼1人?)の活躍により「グレンデル」の撃退には成功するものの、フロースガール王は「グレンデルとその母親」について、何かの事情を知っている様子。ベオウルフは腹心の部下=ウィグラーフを伴い、手負いの怪物とその母親を倒すべく国の外れにある雪に閉ざされた洞窟に向かったのだが・・ってな展開。

予備知識がない分、CG化された俳優さんたちの顔を眺め「おおっ!」と驚かされる楽しみはあっただろうか?
フロースガール王:アンソニー・ホプキンス(←ちょっと分かりづらかった)
王の側近=アンファース:ジョン・マルコヴィッチ
王の妃=ウィールソー:ロビン・ライト・ペン(←若い頃のグレン・クローズのCG化かと思った)
沼地の女精:アンジェリーナ・ジョリー(←最も分かり易い)

あんまし、観客のボディには響いて来ないけど(⌒〜⌒ι)ホプキンスの半裸姿とか、アンジー(=アンジェリーナ)の全裸姿とか、それなりに拝めます。アンジーはあの変テコな「ピンヒール」みたいな造形はやめて欲しかったが・・
ベオウルフ役のレイ・ウィンストンと言う男優さん、前半ではCGキャラとして全裸姿で長時間過ごしておられたが、巧い具合に“股間部”を隠す演出に感心したり苦笑したりだった(=^_^=) 画面奥で全裸仁王立ち姿+画面手前に甲冑姿の兵士の頭・・とか、カメラがちょっとでも左右に動くと危ないですなぁ。。

全体的にアクション場面が(予想してたより)しょぼく、CGによるセクースシーンも皆無なのであった。せっかく登場するデンマーク女性陣が美人+巨乳揃いでしたのに〜(・ω・)
でも、自由自在なカメラワークは確かに爽快だし、終盤で老王(?)ベオウルフが「金色の※※※※」と一騎討ちするシーンはなかなかにスゴかったな。あの飛行感とか凄まじい火球の描写とかは一見の価値がある、と言えるかも知れませんわ。

それと、テーマソングなどを歌ってたGlen Ballard(グレン・バラード)なる女性シンガーに興味が湧きますた。ワタシとしては、映像面より音楽面の方が気に入ったかも知んない。
帰宅後「iTunes Store」で検索した限りでは、まだ取り上げられていないアーティストさんでしたが・・。

〜 こんなセリフもイイ感じです 〜

グレンデル「人間は・・騒ぎ立てる」

王「何もせぬ者に、神は何もしてくれぬ」
 「王国には世継ぎが必要。妃よ、汝の務めを果たせ」 ←要は「夜伽(よとぎ)」の誘いやろ!

ベオウルフ「生きたくば、漕げ! お前たちの胆力を見せよ!」
     「死ぬとなれば、其は栄誉のため! 黄金のためではない!」
     「我が名はベオウルフ! “胆力と腕力の権化”なり!」
     「若き頃のオレは弱かったのだ・・済まぬ」
     「敵も語り継がれたいのだ」

ご婦人「あのお方の力は“腕力”と“脚力”だけなのかしら・・?」 ←おっ?!

ベオウルフ「私と来るか?」
ウィグラーフ「何処までも!」

ベオウルフ「・・お前に話していなかったことがある」
ウィグラーフ「今さら、告白など聞きたくもない!」

追記1:ベオウルフ&ウィグラーフの過去の冒険譚「こそ」が知りたいなぁ。きっとデンマークに来る前の方が、もっとスゴい魔物とやり合ってたような気がする(⌒〜⌒ι)
追記2:悪夢により眼を覚ましたベオウルフ。周囲では、彼の仲間がほぼ全員殺されており・・。このシーンで『香港国際警察/NEW POLICE STORY(2004)』を連想しちゃったのは、劇場でワタシ1人なのだろう、か、、(⌒〜⌒ι)
追記3:クリストファー・ランバートは出演してません。念のため(・ω・)

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2008年1月 4日 (金)

☆『007/カジノ・ロワイヤル(2006)』☆

3日(木曜)の夜。
年も明け「新年“1発目の映画”として何を観よっ?!」ってことに、ちょびっとだけアタマを悩ませた(⌒〜⌒ι)
そんな折、兄一家がこちら(実家)に遊びに来て「コレ、面白かったぞ〜!」と言ってたので「では、観てみよっ!」と決意、ようやく購入してあったDVDソフト(特別版)のパッケージにカッターを入れた(=開封した)次第。
確か購入後、半年近く放置してあったんだなぁ〜。。

ピアーズ・ブロスナン演じる“先代”からバトンタッチし「6代目ジェームズ・ボンド」を襲名(?)(=^_^=)したのはダニエル・クレイグちぅ男優さん。あんまり詳しくなかったが『トゥームレイダー(2001)』でアンジェリーナ・ジョリー演じるヒロイン(役名:ララ・クロフト)の彼氏(元彼だったかも・・)役を演ってたように記憶している。
私的には(それまで)あんましパッとした男優さんとも思えず、「(6代目を継ぐと言う)ウワサに挙がった男優陣」の中ではクライヴ・オーウェンを支持したいトコだったんだが・・決まったんであれば、まぁ仕方あるまい・・(←何をエラそうに)
ってことで観始めたのだった。

チェコ共和国のプラハ。英国情報部(MI6)の機密漏洩事件を追うジェームズ・ボンド(ダニエル)は首尾良く「裏切り者」を“粛清”する。「2名殺害」なる“条件”をクリアしたボンドは「00(ダブルオー)」を名乗ることの出来る特務エージェントに昇格する。だが、ウガンダのムバレで遂行した「初任務」で起こした、ナムブツ大使館の不法侵入&損壊と言うスタンドプレー(?)が世界中のメディアを大きく騒がせることとなり、上司M(ジュディ・デンチ)をして「あなたの昇格は速過ぎたようね」と言わせしめる羽目に(ただし剥奪処分には至らず)。

次に彼は名誉挽回(?)すべく、大使館事件の背後に潜む謎の武器仲介人「エリプシス」を追い、バハマ・ナッソーのパラダイス島へと飛ぶ。「エリプシス」の関わっていたとある「爆弾テロinマイアミ空港」は未然に阻止した(?)ボンドであったが、そのため大物の対テロ資産運用人「ル・シッフル」は性急な資金繰りに追われることとなり、モンテネグロの「カジノ・ロワイヤル」で開催される「ポーカー大会」で荒稼ぎすることを画策。

ボンドはプロのギャンブラー=ビーチ氏を名乗り、英財務省から派遣された“女資金係”ヴェスパー・リンド(エヴァ・グリーン)と共に「ル・シッフル」の思惑を壊滅させるべく奔走することとなるが・・ってな展開。

まさに「シリーズを仕切り直す」ってな制作陣の気合を「確かに」感じた本作。ボンドの言動や恋愛観、“臨機応変”が身上(?)の危機対処も何処か「未熟」な部分が多く、俯瞰的(客観的)に物事を把握し切れてない頃があったんやな〜と、その新鮮さには好感が持てた(オレみたいや(=^_^=))

また、予想以上に「身体を張って」頑張ってくれてた新生ボンド。お色気シーンの描写こそイマイチだったが・・とっ捕まって全裸にされ、※※※にマトを絞って拷問されるシーンには「女性には分かるまい、男性ならではの痛み」が画面全体にみなぎっており、戸惑うわ、同情するわ、今後のボンドの生殖機能を心配するわ・・と観ててたいそう辛かった・・(⌒〜⌒ι)

兄が気に入ったと言うポイントから連想したのは『RONIN(1999)』って映画だろうか。とにかく「悪の存在」が次々に(流動的に)移り変わって行く印象で、私的には「あんまし好きではない」構成である。反面「物語がどう転がって行くんやろ?」ってな“予測不能な楽しみ”はあったかも知れないが(まぁこの「予測不能な脚本」こそ、制作陣が再構築したかった“007映画の真骨頂”だったのかも知れない・・今でのボンド像だと、もはやそのレベルを超越した「予定調和の世界」に突入しちゃってた気がするんで)。

残念なトコロは「ヒロイン(=ボンド・ガール)があんまし魅力的じゃない」「スパイツールが殆ど駆使されない」「後半、ちょっとダレて来る」って辺りだろうか。
ヴェスパー役のエヴァさん、すっぴんだとなかなか魅力的なのに、ゴテゴテ化粧ばかりしてて、何かコールガールみたいになってましたなぁ。。
“シリーズの顔”とも言われる(←誰にだ)“発明おじさん”たる「Q」が出演しなかったのもガッカリ。ボンド・カー(アストン・マーティン)もあれっぽっちの出番じゃ、浮かばれん気がするなぁ(演出的には「浮いてた」けど)(ってか、本作を観ると、モンテネグロの印象が薄〜くなっちゃうね。いつも夜で、周囲に森林しかないんやろか、みたいな・・)
ダレると言えば、何だか後半を観てて『ヴァニラ・スカイ(2001)』を連想しましたわ。「何だこりゃ? 夢か?」っぽい感じの・・

ボンドの「恋愛観」が思った以上に露骨に現れていたのは“大きな収穫”かも(・ω・)
原作(小説版)ではちらほらロマンスの漂ってた秘書=マネー・ペニー嬢は全く姿を見せず、どうやらボンドとMの間には「以前に私生活面でも“関係”があったんでは?」と匂わせるシチュエーションが配されてた、ような。

「もう私の家には来ないで」とMが言い放ったり、深夜に(本部から)連絡を受けたMのベッドの隣で「若そうな男」が眠っていたり(洗礼みたいなものなんやろか?)。

それにしても、MI6って前作『007/ダイ・アナザー・デイ(2002)』に続いての「エージェントに関する調査不足」があったように感じたなぁ。“あのしと”の左腕にも「ちゃんと埋め込んどけ!」と言っときたい。あと、スパイ関係の電子機器(PC&携帯)が軒並み「ソネィ製品」だったけど、そんなん使ぅてたら「タイマー発動」でいざと言う時に大変な目に遭うんじゃなかろうか。今こそ是非「アプ〜ル製品」への買い替えを推しときたい(⌒〜⌒ι)

ほか、色々と気付いた点など。

■オープニングはしばらく「モノクロ映像」が続く。テレビの故障じゃないのね・・(・ω・)
■冒頭で『ヤマカシ(2001)』を意識したような追いかけっこが! でも、あのリュックが途中で爆発しなくて良かったネ。
■マイアミにて「人体の世界展」って催しが開催されてるが、これっていわゆる「人体の不思議展」じゃね〜の。。ギュンター・フォン・ハーゲンス博士(=プラスティネーション技法の第一人者)って、世界のあちこちで活動されてるんやね。。
■ジェット噴射を浴びると、パトカーごときは簡単にすっ飛ぶんやね。。
■「911」なるキーワードもセリフに盛り込まれてた。ボンド君は若いけど、世界観は最新なんやね(即ち、彼は冷戦時代の活動を経験してないことになる!)。
■アストン・マーティンは左ハンドル仕様。何だか運転してるより、車内でごちゃごちゃやっとる(=^_^=)時間の方が長かったよ〜な・・
■ニホンから参加したと思しき「フクツ氏」とは・・何者?!
■「海軍中佐」と言う身分やら「殺人許可証」の存在には触れられず。愛用の銃も「ワルサーPPK」じゃなかったね(←これはロジャー・ムーア演じた「3代目」のみの設定だったかな?) もちろん「帽子を投げて帽子掛けに引っ掛けるシーン」もありましぇん。
■ダニエル氏の「オメガ」と言う発音のイントネーションに少々ドッキリ(⌒〜⌒ι) もっとサラッと言えばエエのに(いや、ほっといたれや!) ←放送作家の竹内義和氏も指摘してましたな。
■本編開始後、約1時間でようやくスーツ姿に。いや〜待たせるねぇ。それにしてもシャツを着替えまくってたな。。
■終盤の舞台はイタリアのヴェニス。って、ちゃんと字幕表示で説明して欲しかったぞ。オレ、行ったことないし!(多分この先も行けないし)
■ジャンカルロ・ジャンニーニとジェフリー・ライト(『バスキア(1996)』など)が助演☆ ジャンカルロはなかなか渋いおっつぁんやね〜。『ハンニバル(2000)』の時は(アンソニー・ホプキンス演じる)レクター博士によって“さらしもん”にされてたけど。。

〜 こんなセリフもありました 〜

ボンド「確かに、2人目(の殺し)はずっと楽だ」
   「運で勝負は決まらない、ポーカーは“手”ではなく“相手と勝負”するんだ」
   「誰もが本心の出る癖を持っている、誰もがね」
   「この仕事をやり過ぎると、魂が腐っていく」

ボンド「あなたの本名も知ってる。Mの名の意味は・・」
M「その先を言ったら殺すわよ」 ←“地獄に堕ちるわよ”の意訳でも良かったか(⌒〜⌒ι)

M「傲慢と自己認識は別なのよ・・今後、邪魔な自我は棄てなさい」
 「英首相ですら、我々情報部には介入しない」

M「誰も信用できないの?」
ボンド「ええ」
M「学んだのね」

夫人「あなたは人妻趣味なの?」
ボンド「コトが簡単だから」 ←“後のコト”こそ複雑ですが・・

ボンド「君は僕のタイプじゃない」
ヴェスパー「知的すぎる?」
ボンド「独身だから」 ←おっ! ボンドの“人妻宣言”か?(さだま※しの曲みたいやね・・)

ボンド「ウォッカ・マティーニを」
バーテンダー「シェイクを?」
ボンド「こだわらん」

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