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2007年11月 2日 (金)

☆『パンズ・ラビリンス』☆

1日(木曜)。以前から狙ってた映画『パンズ・ラビリンス』をようやく「公開期間中」に「スクリーンで」鑑賞する機を得た☆ ・・と言うか、半ば強引に観に行った次第(・ω・)
そもそもは「なんばパークス」内にあるシネコンで観るつもりだったが、(仕事後に合致する)上映開始時間が午後9時前とやたら遅く・・ひいては終了時間⇒帰宅時間が遅くなってしまうことに我慢出来ず、ネットで調べ「アリオ八尾」なる地方都市(?)のショッピングセンターの上層階にある「MOVIX八尾」ちぅシネコンで観ることに決めた。

地下鉄⇒近鉄電車・・と乗り継ぎ現地へ向かったが・・鶴橋を過ぎたぐらいから、(慣れない移動方向に)妙に心細くなってしまったり・・。八尾駅に到着してからも、目指す「アリオ」までの間が思った以上に賑わっておらず、まるで『メン・イン・ブラック(1997)』の公開当初、混雑を恐れる余りはるばる出向いた奈良・大和高田市内の小劇場の周辺(商店街)が異常に寂しかったことを思い出してしまった(⌒〜⌒ι) ←因みにその時って館内もまたガラガラだったのも印象的である。。大阪市内との温度差を肌で感じた(・ω・)

狙っていた訳ではなかったが、本日=1日=サービスデーってことで、料金が1,000円で済んだのは少し嬉しかった。まぁ、その分売店でポスカ(ポストカード)買ったり、軽食コンボセットを買ったりしたので、結果的にそんなに安くはつかなかったけど。。

さて本編。『ミミック(1997)』『ブレイド2(2002)』『ヘルボーイ(2004)』などを手がけたギレルモ・デル・トロ監督によるメキシコ+スペイン+アメリカ合作映画。
1944年、内戦直後のスペインのとある山岳地帯を舞台に描かれる“ダークファンタジー”である。
物語の約半分こそは、主人公である少女オフェリアの体験する“おとぎ話”的要素に満ち溢れた、ファンタジックな冒険物語なのだが、一方で彼女は“逃避したくなる”ほどの現実の過酷な生活に怯え、喘ぎながら過ごしている。「戦乱の現実世界」と「疑念と苦しみと試練に満ちた空想世界」・・このどうしようもないデュアルな環境に放り込まれたオフェリアの行動を、我々もまた間近に眺めさせられる訳だが・・予期していた以上に「苦くて」「痛い」作品であった。

本作って「PG12」なる年齢制限付きであるが、例え13歳であっても、作品の意図する「面白くない面白さ」を理解するのはかなり厳しいんじゃないかなぁ〜と。ある意味“救いようのない”展開は・・私的にかの『ダンサー・イン・ザ・ダーク(2000)』を連想してしまった程である。。

昔々の物語・・この世界のはるか地底に広がる“魔法の王国”から、“天上の世界”に憧れる“モアナ王女”がとうとう出国を試みたのでした。しかし、地表に足を一歩踏み出した瞬間、彼女は燦々と降り注ぐ激しい陽光により、記憶を奪われてしまいます。
それきり戻っては来なかった娘に対し、国王は「例えその肉体を失い、魂だけになってしまったとしても・・モアナは必ず別な時代、別な世界からここへ戻って来る・・それまではいつまでも私は王女の帰りを待つ」と従者のパン(羊の頭を持つ二足歩行の守護神)に告げるのでした。
そして、小さなフェアリー(妖精)たちを従えたパンは世界中に瞳を巡らせ、転生した“モアナ王女”を見つけ出し、この世のあちこちに隠された“入口=扉”から彼女を王国へ連れ戻そうとしているのです。

こんな物語がベースになっていた。

このおとぎ話がオフェリア自身の創作(妄想)なのか、実際に何かの作品に基づくものなのかが、イマイチ分からなかったワタシ(・ω・) そこ、かなり重要なポイントなんスけどね。。
本来“案内人”である筈のパンは、彼女に次々と過酷な試練を与える。時には「何をしてる? 早く試練に挑め、お前の都合なんか関係ない」とか「うまく行った・・」などと“ダークな本質”をチラリと(セリフに)垣間見せたりする。
私的にはこう言うヤツ、自分の中で一番「信用できんタイプ」ですなぁ(=^_^=) 何だか『ドニー・ダーコ(2001)』に出て来たヘンテコなウサギを思い出したなぁ。。

オフェリアに与えられた試練は3つ。
1つ目では、母カルメンから与えられた“贈り物”を台無しにし、彼女を失望させる展開に。
2つ目では、自身の“欲望”がむき出しにされ、パンに失望を与える展開に。
3つ目では、更に過酷な選択を迫られることに。

特筆すべきは、やはりビジュアルイメージが強烈過ぎる「2つ目」であろうかな。。何気ない空間に、ポソッと“おっそろしい奴”がいるんだが、コレがまた「夢に出て来るほど」のインパクトなのだ。絶対に出会いたくない、こいつに背中は向けたくない・・そんなクリーチャーでした。このシーンの“ビジュアルショック”だけは確かに「PG12」級でしたねぇ(⌒〜⌒ι)

終盤では、庭園(?)の奥に設けられた石壁の迷宮で追いかけっこをするオフェリアと※※。不謹慎ながら『シャイニング(1980)』の終盤を思い出してしまいました(=^_^=) ←どうせだし雪降って欲しかったり☆

ってことで「“痛み描写”があちこちに溢れてて、全体的に暗く、どうにも救いようのない物語世界」「良く良く考えたら・・誰かが誰かをダシにしていた相関関係」「笑いも涙も皆無な作品世界」「本作の監督ってば“S”かつ“M”なのでは?」みたいなことを入れ替わり立ち代わり考えてしまう映画でもあるんだが「スペイン史にこんな凄惨な一幕があったとはつゆ知らず、随分と勉強になった」のも事実であり「戦時下の狂気を肌で感じる」とか「シーンの先に描かれるであろう“恐怖”にドキドキする」などと言うのも、それはそれで正しい鑑賞法と言えるのかも知れない。

因みに、結論としては「エンタテインメント性」という部分で、どうにも容認出来ない「欠落感」が心中に渦巻いているワタシであり、諸手を挙げて「素晴らしい! 万人向けです!」とは言えない作品と評したい。
もちろん物語としての完成度はすこぶる高く、普遍性もあり、考えさせてくれる作品ではあるんだが、その完璧さこそが却って「話題作を“アホネタ視点”で袈裟斬り(袈裟がけ)にし、ふざけたレビューに仕上げたがりたいワタシ」とすれば、酷な物語でもあるわけなのだ・・(⌒〜⌒ι)

〜 こんなセリフもありました 〜

オフェリア「なぜ再婚なんか?」
カルメン「1人がつらかったのよ」
オフェリア「1人じゃない、私がいるのに・・」
カルメン「大人になれば、あなたにもこの気持ちが分かるわ」

カルメン「赤ちゃんを生むことって大変なのよ」
オフェリア「じゃあ・・私は一生、生まないわ!」

ビダル「それはお前の意見か?」
フェレイロ「医師としての意見です」

ビダル「(私と握手するのなら)(本を抱えたお前の)右手を出せ」
   「男児たるもの、父のいる地で生まれるべきだ」
   「しっかり荷物を調べてから、私を呼べ」
   「この山は血塗られてはいない、むしろ“清められた地”なのだ」
   「最初に(拷問に)使うのはこんな“平凡な道具”だ。だが、こいつを使うとなると・・状況が変わる。
    こちらを使う頃には・・我々とお前の間に“ある種の絆”が芽生えてさえ来る。
    そして・・これを使った時、お前の口から語られる全ては“真実”だ」

メルセデス「“パン”には気を付けろ、と母が言ってたわ」

※※「いつか我が子に伝えてくれ・・父が勇ましく死んだ瞬間を」
※※※※※「あんたの名さえ、教えないわ」

オフェリア「あなたの言葉は真実なの?」 ←このセリフは深い! 実は自問でもあり・・
     「弟よ・・あなたの外の世界は、決して平和じゃないわ」

パン「うたた寝してる奴は、人間ではない」 ←確かに・・

フェレイロ「いいや・・これは負け戦だよ」
     「何の疑いもなく、ただ従うなど・・私に言わせれば“心ある人間”の行いではない」 

※「我々は、生まれ落ちた瞬間から“原罪”を背負っている」

追記1:冒頭の「鼻血リバース」が『メメント(2000)』調で、のっけからショッキングだった。。
追記2:状況によっては“少女ヌード”も描くことは出来たのに、そっちに逃げなかったストイックな(?)演出は天晴れである。
追記3:「王国に至る近道」とは・・。。
追記4:どっちかと言うと“ゲリラ側”を正義っぽく描いてるかと思わせつつ、シーンによっては彼ら(ゲリラ)なりの徹底的な殺戮描写(倒れた兵士の頭部にトドメの銃撃)もあったり・・。

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コメント

〜 翌朝にふと思い出し、考えてみた幾つか 〜

■シーンによって“メインとなるキャラの視点”が次々に切り替わる不思議な物語ではあった(一種の群像劇テイストか?)。オフェリアが知らないままだけど、(観客である)我々には十分に伝わり過ぎた「大尉の恐ろしさ」など・・。
■2つ目の試練。あれをユマ・サーマンがチャレンジしていたら、きっと皿の上にあった2つの※※を踏みつぶしてたことだろう(⌒〜⌒ι)
■オフェリアが(欲に負けて)手を伸ばした※※もちょうど2つだったもんで・・皿の上のアレとすり替えといても面白かったかも。
■ぴくりとも動かない(確か)ヤツと「そいつが動き出した場合、どんな行動をとるのか」を具体的に解説したあの“壁画”の恐ろしさったらなかった(×_×)
■全編をほぼ「スペイン語」で統一し「英語」が作品世界につけ入る隙を与えなかった監督に“意地”をみた。
■酒を口に含んだ途端・・傷口から血がじわっとにじむ描写のあの痛々しさはスゴいな・・
■結局、生まれて来た※※の名は何だったのだろう??
■「アンネの日記」と「不思議の国のアリス」のエッセンスを巧く融合させた成功例と言えようか。
■完璧に「具現化」してたあの“書物”“チョーク”“マンドラゴラの根”はどう解釈したら良いんだろう?
■「違う、こっちだわ」と言って、※※が示したのと違う※を選択した少女。あの演出がとても印象的である。
■守護神パンとあの(2つ目の試練の)化け物とのガチンコバトルがぜひ観てみたかった(=^_^=) きっと『ドリームキャッチャー(2002)』の終盤よりも面白くなってたように思う。

投稿: 管理人(TiM3) | 2007年11月 3日 (土) 00時28分

>予期していた以上に「苦くて」「痛い」作品
本当にそうでしたね。
私は今作を素晴らしい作品と心に刻みましたが、再び観る事が出来るかどうか、疑問です。

>オフェリア自身の創作(妄想)なのか、実際に何かの作品に基づくものなのか
そうですね、私もその辺を探ってみようと思います。
同様の作品世界を築いているらしき同監督の『デビルス・バックボーン』という作品を観てみたいのですが、ホラーが大の苦手の私は手が出せません。

>こいつに背中は向けたくない・・そんなクリーチャー
同感です!この表現ドンピシャです!
私もいまだにあの姿が夜中に蘇って来ます。

>「笑いも涙も皆無な作品世界」「本作の監督ってば“S”かつ“M”なのでは?」
いずれ、常人ではあれだけの世界を作り得ないかもしれませんね。

>諸手を挙げて「素晴らしい! 万人向けです!」とは言えない作品と
万人向けとは言いませんが、私は「諸手挙げて賞賛」のクチです。この作品を観て以来、どこか力が抜けてしまったような感じはあります。
ひとえにラストの衝撃です。
仰るように、パンは実はオフェリアの味方ではなく信頼できる案内人ではなかったと私も思います。死後に見た金色の世界は、それでも尚オフェリアが幸せを夢見て作り上げたものであったと・・・。

>■「アンネの日記」と「不思議の国のアリス」
そうですね、「オフェリアの成長の姿を描く」という某誌でのコメントに観る前は「?」だった私ですが、観終わった後で様々な他者さんの意見も鑑みつつ考えてみると、確かにあれはオフェリアの心の、そして女としての成長が描かれていたのかなと思います。「違う、こっちだわ」と言った選択の段も成長の証として然り、ですよね。

>“書物”“チョーク”“マンドラゴラの根”はどう解釈
これもちょっと考えてみたいです。

>■2つ目の試練。あれをユマ・サーマンがチャレンジしていたら、きっと皿の上にあった2つの
うわぁ~\(◎o◎)/! ストップストップ!
しかしTiM3さんの真骨頂・・・ですね!

ご考察、意味深く拝読させていただきました。
ありがとうございます。


追伸:軽食コンボセットの内容はどんなんですか。

投稿: ぺろんぱ | 2007年11月 3日 (土) 08時13分

ぺろんぱさん、ばんはです。

“パンズラ”とか勝手に略称してますが(=^_^=)・・何はとまれ公開中に観ることが叶いました☆

それにしても、あの“王子サマ”のお名前は何てーの?

>ひとえにラストの衝撃です。

オープニングで見通せてしまったのが残念でした(×_×)

>パンは実はオフェリアの味方ではなく信頼できる案内人では
>なかったと私も思います。

スペインのファンタジー文学観ってどんなんでしょうね。
勉強したら、もっと色々分かって来るのかも。

>死後に見た金色の世界は、

あわわ・・(×_×)

>軽食コンボセットの内容はどんなんですか。

ポップコーンにポテトフライにドリンクでした。
ちょうど合計¥500-
まぁ、いわゆるジャンクフードですね(⌒〜⌒ι)

投稿: 管理人(TiM3) | 2007年11月 3日 (土) 17時51分

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