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2007年10月29日 (月)

☆“ウルトラセヴンX”の第4話も観てみた☆

今のトコ「録画予約のし忘れ」もなく(=^_^=)、関西圏の4ちゃんねる(毎日系)で土曜日深夜(午前3:25-3:55)に放送されてる特撮ヒーロー番組“ウルトラセヴンX(ULTRASEVEN X)”を録画し、観続けている。
先週は第4話(Episode4)。またもや、こぢんまりした範囲のロケーションで“地球規模の侵略行為”が秘密裏に進行し、これまた我らがセヴン(X)によりそれが秘密裏に阻まれるって流れだった。

そういや気づいたが、これまでの3話(第1話は見逃したので何ともコメントできましぇん)において、冒頭の展開が殆ど同じなのが妙にワンパターンぽくて気になり始めた。「深夜のロケーション」で「思わせぶりな言動を展開」しつつ「犠牲者が発生する」ってノリ。何故だか「いつも深夜に怪事件が起こる」・・そんな必然性はないと思うんだが。。

今回は“ケミメディック”と呼ばれる化学薬品(今で言うサプリメントみたいなもんか?)『シャイナー05』を服用した人々に、一部では「脳の活性化⇒人生を成功へ導く」ってな恩恵を与えるものの、その一方で「ミイラ化して変質する」ってな怪死の起こる事件。

いかにも怪し気な製薬企業『ナノ・サイバーテック社』の田崎社長とその秘書である山根氏が、どうやら事件のカギを握ってるようだが、、彼ら2人の人物像にそれほど裏表(の描き込み)もなく、そもそもキャラとしてペラッペラな造形だった。
終盤で、テキ巨大怪獣「ペジネラ」が出現し暴れるんだが、こんなの1体ていど(?)でどないに地球を征服するつもりやったんか・・田崎社長の意図が何とも良く分かんなかった(・ω・)

ただ、本エピソードでもセブン(X)の投げた(強力な飛び道具たる)“アイスラッガー”をこの「ペジネラ」が腹部の辺り(?)で両手(?)にてやすやすと「白刃取り」したのにはぶったまげた!
前回の異星人は軽い動作で避けてたし、今回は掴んで止めてたし・・今後のテキなどは跳ね返したり、撃ち落としたり食べたりして来るのかも知んない(⌒〜⌒ι)

なお、エージェント“S”によると・・地球にやって来た異星人は「地球人擬態マニュアル」を参考に、人類に潜り込んでるそうで、まさに『ゼイリヴ(1988)』とか『メン・イン・ブラック(1997)』とかコミック『寄生獣』の世界なのであった。
そういや、今回は格闘シーンで何棟かの高層ビルが「ペジネラ」の発する光線攻撃で吹っ飛び倒壊していたが、翌朝の新聞ではどないに報道されたことやろ?
まぁビル自体が保険商品の「怪獣特約」みたいなのんに任意で加入してるんかな? とか色々と妄想するのだった。。
あ、そう言えばラストのオチが『ブロブ(1988)』と殆ど同じノリだったなぁ。

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2007年10月25日 (木)

☆『初雪の恋/ヴァージン*スノー(2006)』☆

24日(水曜)。だいたい「月イチ」って感じだが、地元の市民会館でささやかに(?)開催されてる映画上映会が好きで、可能な限り出かけようと考えている。
で、本日も『初雪の恋/ヴァージン*スノー』が上映されるってことで、やや“ダラダラ残業モード”に突入しつつあったのを何とかブッチギって会場へと向かった! ・・が、(着席の遅れで)冒頭の5分ぐらいを見逃してしまった・・うう(×_×)
これがM・ナイト・シャマラン監督作品とかだったりすると、この冒頭の見落としが結果的に“致命傷”になってたかも知れんトコだぞ。。

京都。陶芸家である父と共に、1年間の滞在予定でこの古都にやって来た韓国の高校生キム・ミン(イ・ジュンギ)は、とあるアクシデント(←この辺が不明・・)で乗っていたマウンテンバイクごと転倒、その膝の(擦過傷の)傷口を水で洗うため、手近にあった神社を訪れる。そこでキムは美しい巫女に出会い“一目惚れ”をするのだった。
彼女の名前は七重(ななえ)(宮崎あおい)・・実はキムの転入した市内の同じ高校(!)に通っていることも判明する。
当初こそ、それぞれの母国語しか話せない2人だったが、お互いに努力し、身振り手振りや英単語を交え、次第に心を通じ合わせるようになる。

巫女として働きつつ、余暇には絵筆を握り“京の風景画”を描いて過ごす七重。その姿を眺めるキムは「1枚の清水焼の絵皿に対し、焼く人と絵付けをする人がいるように・・オレが皿を焼いて、そこに七重にペイントして貰うんや!」的なことを考え、それまで毛嫌いしていた作陶を(父親の手ほどきを受けつつ)ぼちぼち始めることとする。

そんな中、同級生らにも連絡のないままに、七重(と彼女の一家)が姿を消してしまう。失意に沈んだキムもまた、ほどなく母国へと発ってしまったのだった。

かつて恋愛の絶頂期にあった頃、2人はこんな約束を交わしていた。
“京都かソウル・・どちらかの街で、初雪の日にデートをしよう・・言い伝えによれば“初雪デート”を経た恋人たちは幸せになれる、と言うことだから・・”

今や遠く離れてしまったキムと七重は、再びめぐり逢うことが出来るのか・・? そんな流れである。

そもそもは「京都が舞台や」と言うことで、ダイジェスト的に紹介される(であろう)名所をチェックしとこう、とばかり考えていたんだが・・結局のトコロは“宮崎あおいパワー”に圧倒されてしまい、古都の映像などは、もうどうでも良くなってしまうのだった(おいおい・・)

パッと思い付くトコでは『NANA(2005)』の出演ぐらいしか映画における彼女を観たことがないのであるが、初めてと言うか改めてと言うか・・ヒロインを演じる姿を眺めるに・・恐ろしい吸引力があるんやな〜とぶったまげた! とにかく、その存在自体が限りなく雄弁で、ある意味スッカスカな物語世界を、必要以上のパワーで引っ張っていってる印象だった。極端、セリフや動きが限りなく削られていたとしても、なお凄まじいオーラをガンガン放つ・・そんな女優さんである。

特筆すべきは(劇中でキムも語ってた)「裏側に何処か寂しさをたたえた笑顔」の表情だ。自然にあれが出せる演技はスゴい!

で、気になってウィキペディアで彼女の過去の出演作を辿ってみて・・ハタと思い当たった作品があった!
それこそは『パコダテ人(2002)』である! ははぁ、あの映画で主演してたあの娘だったか、、と改めて「やられた」思いである。。

京都のロケーションとしては・・清水寺、産寧坂(=三年坂)、八坂界隈、鴨川べり、渡月橋、松尾大社、嵯峨野・竹林、南禅寺・水路閣、知恩院・男坂、御室駅舎・ベンチ、JR京都駅コンコース、祇園祭の風景、嵐山トロッコ、そして(恐らくは)直指庵・・ざっとこんな感じで登場してた。ああ、やっぱり京都はええなぁ〜(・ω・)
なお、ほかに神戸エリアとして異人館、モザイク界隈なんかもちょこっと登場。
ソウルでは徳寿宮(トクスグン)にある石垣の道(トルダムギル)ってトコロが出て来たが「ここを歩いたカップルは・・別れてしまう」との言い伝えがあるそうな、、どないやねんな、それ。。

全体的にフレッシュで、不器用な若者たちの恋愛ドラマなのであるが、そこをドロッと濁らせてくれてたのが七重の母親役で力演し過ぎちゃってる余貴美子さん・・台所でヤケ酒呑むわ、得体の知れんおっさんにDV受けてボロボロで倒れ伏してるわ、と孤軍奮闘的に作品の対象年齢層を上げてくれてました(⌒〜⌒ι) 余さんにとことん執着しまくってるうさん臭いおっさんも、何か『青の炎(2003)』での山本寛斎さんに決して引けを取らぬ危なっかしさをプンプン漂わせてくれてた・・

勿体ない、、と言うか「分からんなぁ〜」と思ったのは、序盤でこそ“テコンドー3段”の見事な腕前を披露してくれたキムが、その後大したアクションを放ってくれなかったことと、級友・あずさかおり(?)の登場時に「この子は思っていた以上にとんでもない子なのだった」みたいなキムの独白が入る割に、その後「放ったらかし」となってたことだろうか?
他にも、乙葉演じる担任教師やら、(キムがいるトコロなら)何処にでも出没する怪僧(?)のキャラが良く掴めなかったり、と全体的に助演キャラの造形が破たん気味な印象がかなり強い。

そう言った部分は、ヒロイン役が宮崎あおいでなくば、もっともっと突っ込まれていたように思う(=^_^=)

何となく強引に「恋愛映画の大敵」たるケータイを“封印”させていた(=^_^=)本作。代わりに「手紙」が色々な形で、2人の愛を繋ぐのだった。中でも直指庵(たぶん)に据え置かれた「雑記ノート」を介してメッセージを伝える演出は「ええなぁ・・」と思ったものだ。きちんと施設側(?)さえ保管してくれるのであれば、ああ言うノートを使っても「数年間の伝言キープ」は出来る訳なんやね(・ω・)

某展覧会に自作の入選した七重。既に(館内に)展示中であるにも関わらず、そこに新たに“キムの肖像群”を描き加える、、と言う暴挙に及ぶのだけはちょっと引いてしまったかも・・知らん人が見たら、卒倒しまっせ(⌒〜⌒ι)

ってことで「1人の女優のすさまじい力量を持ってすれば、凡庸でアラの多い物語でさえ、珠玉へとその姿を変え得る」なる事実をしっかり眼にすることの出来た本作であった☆

〜 こんなセリフもありますた 〜

父「土を充分にこね、空気をしっかり抜け。何事も最初が肝心なのだ」

七重「このままやったら・・誰かが死ぬ・・ そやから・・」

七重「ミン、韓国語は難しい・・日本語で話して」
キム「君が去ったあの日から・・日本語はもう忘れた」

僧侶「椿(つばき)と言います。花言葉は・・“ひたむきな愛”です」 ←殆ど唯一のセリフ! 尚かつ唐突!

追記:“青春映画におけるお約束”みたいな「橋から川面へのダイブ」・・を鴨川で敢行するとどうなるか・・が本作で良ぉく分かった。。しっかし顔面から行ってたら“即死”でしょうアレは、、(×_×)

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2007年10月24日 (水)

☆『グラスハウス(2001)』☆

ハナシが少し戻る(・ω・)
18日(木曜)のこと。帰宅後「木曜洋画劇場」で放送された軟禁パニックホラー作(って言って良いのやら・・)『グラスハウス』を観た。
リリー・ソビエスキー演じる16歳の不良少女(?)ルビーとその(11歳の)弟レット(トレヴァー・モーガン)のベイカー姉弟が、突然の両親の事故死により引き取られた先の後見人の屋敷(=コレが本作のタイトルでもある“グラスさん家(チ)”である)で体験する、何とも言えぬ恐怖の日々を描いたモノ。

ストーリーも俳優陣も、ひいては作品そのものもハッキリ言うと“B反品(≒B級)”なんだけど、、私的に気になってた男優“ステファン・スカルスゲールド”の怪演とそれに付随する魅力が充分に満喫出来たので、ここはコレでヨシとしたい(=^_^=)

因みにスカルスゲールドと言えば、パッと思い浮かぶのが『グッド・ウィル・ハンティング/旅立ち(1997)』における悲劇の数学者=ランボー教授役である。天才かつ青二才、と言うどうしようもないくそガキな主人公(新生化する前(=^_^=)のマット・デイモンが好演☆)には罵倒され、一方的にライバル視してる盟友の心理学者ショーン(ロビン・ウィリアムズ)にも軽蔑され、可哀想な境遇をぐっと耐え忍んで演じてた姿が忘れられない・・

本作では、正体不明な隣人テリー・グラス役を演じた。ささやかなボーナスとして(なのか?)彼の妻エリン役を演じたのが、何とあのダイアン・レイン! よくこんなんに出演したなぁ〜(おい!)

※ダイアン的に言えば『パーフェクト・ストーム(2000)』と『運命の女(2002)』のちょうど中間の時期にあたる助演作。かの2作における華やかさ、そこはかとなく漂う高慢っぽさ(?)に引きかえ、何とも可哀想な役なのであった(×_×)

それにしてもソビエスキー、、ヘレン・ハントに何処となく似た容貌をしつつ、どうにもスタイル(ぽっちゃり気味体型)や存在感が垢抜けない感じ・・前半は主に「防」を演じ、後半は専ら「攻」に転じるんだが、どちらにせよとんと感情移入出来ない、応援する気にもならない、コレはどうしたことだろう・・(・ω・)

ひと言であの2人を評すれば「ロクデナシ姉弟」って感じだった。も少し“耐えて耐えて・・追い詰められて最後に反撃”・・ちぅ脚本(展開)の方が観てる方にもカタルシスがあって良かったんじゃなかろうか?

中盤ぐらいから、テリー絡みでいかにもチンピラ〜な金貸しが2人現れるんだが、こいつらの短絡的で心理的な恐怖に訴えて来ない言動には・・どんどん観てて引いてしまったな〜。ラスト近くで「取って付けた」ようなカーアクションが展開するんだが、あんだけ引っ張った「グラス邸」をさっさと切り捨てるロケーション展開にも不満が募ったし、半ば意味不明にボコボコバラバラになる深紅のフェラーリ・テスタロッサにも「ああぁぁ・・」と嘆くばかりだった。あれって撮影期間終了寸前に思い付いた「制作費消化」のための“良くやる手口”なんやろか?

他にも「邸内のプールの存在意義って?」「弟のあのキャラの薄さって・・」「序盤の謎キャラをもっと徹底的に怪しく描いとけよな〜」とか色々と注文を付けたくなったものである。

ネタとしては「初代型iBook(ホタテ貝みたいなデカくて重いノートですた・・)」「シェークスピア劇」「マルホランド界隈での自動車事故」とか言うのもあった。イマイチ使いこなせてなかったが・・

何にせよ「表面上は理想的な人格者夫妻に見えても・・一歩その家庭に踏み込んだら、ホンマはどんな人間やら分かりまへんで」ってトコでは青少年には良い人生勉強になるのかも知んない・・かな。
テリー氏ご自身、劇中で「カネのことになると、突然人間は変わるものだ」ってな“偽りなき言葉”を吐露してくれてましたし(⌒〜⌒ι)

教訓1:大事な手紙や書類は無造作にゴミ箱に棄てないこと
教訓2:例え後見人や管財人とのやり取りでも、必要によっては録音・録画しておくこと(恐喝の片鱗を掴めるかも)

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2007年10月23日 (火)

☆“ウルトラセヴンX”の第3話を観てみた☆

性懲りもなく(=^_^=)、関西圏の4ちゃんねる(毎日系)において土曜日深夜(午前3:25-3:55)に放送されている特撮ヒーロー番組“ウルトラセヴンX(ULTRASEVEN X)”を録画し、観た。
今回は第3話(Episode3)ってことで、そろそろ大きな展開に流れていくのかな〜と思ってたが、やっぱり単発的な事件の発生と、その(性急過ぎる)解決が描かれただけだった。

が、今回面白かったのは、準主役級の謎キャラ=タマル氏を好演してくれた小宮孝泰氏。
何故だか最近、無性に「M.C.Kommier(1991)」の“ケンタイキ”や“遣唐使です”などが聴きたくなって仕方がないのだ。自室のどっかにCDが転がってる筈・・聴くのが実に怖いが、このまま聴かずに人生を終える訳にもいくまい(⌒〜⌒ι) iTunes Storeでダウンロード購入するのもしゃくなので(=^_^=)いっちょ気合入れて探してやるか! ・・そのうちに。。
(ってことで、その動向が気になっていた小宮氏なのであった)

前回は「集団失踪」が事件とし描かれたが、今回は「フリーターの怪死」が取り上げられていた。“ホームレス”をいじくったような“ホープレス”と言う存在(造語)がキーワードであり「希望を失った怠け者の負け犬」と解説されていた(・ω・)
「家はなくとも望みあり、望みなくして何とする?」ってトコだろうか(←何がだ)

本作の特徴とも言うべき「都市の虚空に浮かぶ、巨大電光プロパガンダ(思想的広告)」が鬱陶しいほどに近未来っぽさを印象づけてくれるが、中でも『・・失業率0%へ向け、政府は労働意欲の向上を促すプロジェクトチームを編成しました・・』みたいな空々しいアナウンスには、現実にリンクしてる一面も感じ、少しぞっとさせられてしまった。

ヒトクセあり気なタマル氏が「乱暴なことは嫌いなんですけどね・・いい加減にしないと、本当に怒りますよ」と言い放った後に“正体”を現すトコは・・“お約束”とは言え、なかなかカッコ良かったかも。
初めて“セヴンX”と異星人の格闘シーンを眼にした訳だが、恒点観測員と言うよりは明らかに戦士っぽい動きだったな。
それにしても、知性型で余り強そうじゃないマーキンド星人が「セヴン最強の飛び道具=アイスラッガー」の攻撃を軽くかわしたのには驚いた! 残る異星人/怪獣は泣いても笑っても合計9体(かそれ以下)なのだろうが(←全12話なので)、こんなに凄まじいヤツが序盤で何気に出てしまって良かったのだろうか?(⌒〜⌒ι)

【おまけ】 〜 タマル氏の名セリフ集 〜

「わたしタマルです。美味しい仕事、世話するから」
「だから、遊ぶ時間は残しとけって・・あれほど言ったのに」
「自業自得さ。ま、言うなれば・・そ、過労死ってとこかな」
「人間は、欲深いからねぇ」

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2007年10月22日 (月)

☆『ホワイト・バレンタイン(1999)』☆

16日(火曜)の夜。衛星第2で放送された韓流(はんりぅ)恋愛映画『ホワイト・バレンタイン』を観た。
主演女優さんがチョン・ヒジョンと言う名で、(その時は)ちょっとピンと来なかったんだが・・後で『猟奇的な彼女(2001)』のヒロインの娘(こ)だと知った。うぉ〜! ソレ知ってたらもそっと気合入れて観たのに〜ん(⌒〜⌒ι)

少女(中学生)の頃から恋に恋してた(?)ジョンミン(チョン)は、兵役義務軍人であるオトナの男性との5年に及ぶ文通を経たが、実際に彼女の住む街に逢いに来た彼と面と向かうことが出来ず、文通もそのまま途絶えてしまった。
何故ならば・・彼女は「女教師」と言う偽りの年齢と肩書きを演じ続けていたから・・
そして数年後。祖父の経営する「希望書店」の手伝いをする彼女の部屋の窓辺に、1羽の白いハトがやって来る。その足にくくり付けられた手紙の存在に気づいたジョンミンは、その手紙に返事を書き、ハトに託すのだった。
そうして、新たな文通が始まったのだが・・みたいな展開。

一方で絵本描きを(漠然とながら)目指す多感な20歳の少女を、また一方で恋人を事故で失い、未だ完全に立ち直れないままに日々を生きる青年パク・ヒョンジュンを描く。
2人の日常を同時進行で映しつつ、直接的な(=相手を意識した)語らいは“伝書鳩”がその大役(?)を担う。ケータイ全盛の現代のニッポン人からすれば「まどろっこしいんじゃ〜い!」と突っ込みたくもなるが、そう言う古き良き時代の恋模様が妙に微笑ましく思えてしまうのは・・単にワタシが歳をとったせいなのでせうか(×_×)

ただ、恋愛映画に欠かせない(⌒〜⌒ι)要素ではある「死」が本作では2つも盛り込まれており、やや劇中死過剰な演出だったかも。。

韓国映画って、考えたら「現代が舞台の邦画」では絶対に描けない(?)「兵役」をネタに出来るんやな〜と再認識。(恋人たちの)別れの大きな理由がそこまで“でっかくて不可避”だと・・描き易く、観る者の共感も大きく得られることだろう。
(↑ワタシが「兵役」を肯定している訳ではありません!)

惜しむらくは、ヒョンジュンに似た感じの青年(もっと若く、ジョンミンと同世代ぽい設定だったが)がもう1人登場したため、どっちがどっちだか、シーンによっては分かりにくかったトコか。。

作品世界そのものは“少女漫画の王道”ってな趣を全体的に感じたんだが、ガジェット(小道具)類が発達してなさそうな、そんな世界観が巧く表現出来ていたと思った。ラストの雪景色も「取って付けました」度はそんなに高くなかったし(・ω・)

こういうテンポ&ワールドな作品にのんびり(最後まで)付き合えたトコロを見ると・・まだワタシの心にも何処か余裕が残されているのかも知れない、かな?

〜 こんな台詞もありました 〜

ジョンミン『1日に1回、特別なことが起きて欲しい・・それって欲張り?』
     『かつて独り言に疲れたとき、私に元気をくれる人がいました。
      あなたにとって、私もそんな人になれるかしら?』

ヒョンジュン『もう少し独り言に慣れたら・・相手の声も聞こえて来るのです。
       まるで隣にいるかのように・・』
      『ヨニ(亡くなった恋人)に逢いたい。夢の中でいいから、せめて一目でいいから。
       僕に答える君の、声は聞こえるが・・その顔は記憶の中にかすんでゆく』
      「人の近くにいると、傷つくものなんだよ・・ハトは」
      「(彼女は)知り合いではありませんが・・知り合いたかった人です」
      「情が移ってるヤツと、ケガが治ってないヤツは連れて行くさ・・慰め合わないと」
      「人生は思い通りになりそうでいて、ならないものだ」

祖父「家族を飢えさせる仕事だぞ、物書きや絵描きなんてものは・・」
  「誰かがお前に魔法でも? 随分と大きくなったものだ」

婦人「本当に親しい人との絆は・・1日で壊れたりはしないわ」

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2007年10月19日 (金)

☆『フェーンチャン/ぼくの恋人(2003)』☆

ノートPCを(再修理で)預けてる間(←結果的にはわずか3日間だったが・・)ってば、どうにも脱力感を覚えてしまい、何事にも手がつかなくなってしまう心境となってしまったが(←確かに「寝るまでの時間」がやたら長く感じられた(=^_^=))、久々にゆったりした気持ちで映画でも観よう! ってことで、衛星第2で放送された『フェーンチャン/ぼくの恋人』をメモを片手に(=^_^=)観た。

これまでは『ウルトラ6兄弟vs怪獣軍団(1974)』とか『マッハ!!!!!!!!(2003)』ぐらいしか、積極的に観て来なかった“タイ映画”なんだが、日本でも流行ってる(流行らせられてる?)“少年時代懐古モノ”としては、なかなかに出来が良いのである。
前述の『マッハ!!!!!!!!』と同年の作品やったんか!? ちぅ軽いサプライズもあったりしたが・・(⌒〜⌒ι)

故郷であるペッチャブリ県を離れ、今は首都バンコクで暮らす主人公=ジアップ青年。母から架かって来た携帯電話にて、彼は幼馴染みだった女の子=ノイナーが挙式を行うことを知る。別な結婚式に呼ばれていたジアップだったが、小学生のころを一緒に過ごした“初恋の女の子”の記憶が次々によみがえると共に・・彼のクルマは故郷へと向かうのであった・・

タイトルの「フェーンチャン」とはタイ語で“ぼくの恋人”って意味らしい。そのまんまなんやね(・ω・)
冒頭と終盤を中心に「現在のジアップの姿」が断片的に描かれるが、これがなかなかにリッチマンぽくて面白い。携帯電話でクライアントと話したり、ホンダのCR-Vを乗り回したり(車載オーディオはまだ流石にカセットテープ媒体だったが・・)。

ストーリーとしては、前半でノイナーと(少年時代の)ジアップとの仲良し生活が、中盤以降で(ジアップと)悪ガキグループ(5人衆)との関わりが描かれる。ちょうど、女友達のグループに呼ばれ、まだ下心すら芽生えることなく(=^_^=)楽しく遊びつつも・・ぼちぼち男友達のグループに入(はい)れてない自身に、焦りとか違和感を感じ始める・・そんな頃なのだ。
成長してから考えたら「そんな頃ぐらいこそ、もっと女の子と遊びまくっておくべきだったぞ」と思うんだが(=^_^=)、当時はやっぱり焦ったんやろねぇ・・

悪ガキ5人が、パッと見にはうっとうしく、ぶっ飛ばしたくなるんだが(=^_^=)・・良く良く眺めるに、なかなかにみなキャラが立ってて面白い。食いしん坊のデブ=ジャック(いわゆるジ※イアン系)をリーダーに、プリック、マノート、ディー、ボーイの面々。私的には、マノート君が“小宮孝泰入ってます、ケンタイキです”な感じで、顔が映るだけで面白かった(=^_^=)
また、親が名士でめちゃめちゃ金持ちらしいのに、小柄な体躯と気弱な性格ゆえか、ジャックに服従するクセのついちまってるボーイも「ジアップと何か話したそうにしながらも、ジャックらに名を呼ばれ、そっちに行ってしまう・・」この辺りの“後ろ髪は引かれるンだけど、ボク行くね、だってあいつら怖いからサ”的な無言演技はちょっと“みせて”くれますね☆
因みに劇中で唯一、ジャックを殴るキャラがいたが、あの演出はイイと思うな。

「度を超え、我慢出来ない時は拳に訴える。けど、明日になればお互いにもうそこには触れない」

コレが社会人になると・・「我慢するしかない」「拳になど訴えられない」「どうにも後々まで触れられる」・・とストレスも飛躍的に高まりますし(⌒〜⌒ι)

ジャックはいつも「早く来い!」と命令口調なんだが、これも唯一「おいで・・早く行こう」と年長者らしい“大人の優しさ”を発揮するセリフを放ってくれ、観てて救われた気がした。尤もこれは、日本語訳を手がけられた方の“優しさ”のにじみ出た割合が“大”なんかも知れないが・・(・ω・)

少年期のジアップを演じたチャーリー・タライラット、そしてノイナーを演じたフォーカス・ジラクン。この2人の雰囲気はとても素晴らしい。特にジラクンちゃんってば本作の出演後、国民的アイドルとなったそうで、それも頷ける。
『初恋のきた道(1999)』におけるチャン・ツィイーもそうだったが、やっぱり“お下げ髪”の与えるヒロインの清純なイメージは強烈なのれすね。。

考えると、ノイナーが“お下げ髪”をやめてしまった後半、既に彼女はジアップとの将来にまで想像を至らせてしまってたのかも知れない。表面的には「大人になる少年」を描きつつ、実は「大人になる少女」をこそ、本作で製作陣は描きたかったのかも知れません。

追記1:劇中で「任天堂ゲームウォッチ」が登場。それもデュアル液晶型の「ドンキーコング」。懐かしいなぁ・・
追記2:ジアップ少年が「ドラえもんTシャツ」を来ていた。アレって正規もんだったんかな?(・ω・)
追記3:中盤で少年らによる「カンフーごっこ」のシーンが描かれるが・・ここ、やたら映像の完成度が高いっす! ワイヤーアクションもきっちりやってるし・・
追記4:本作の監督は何と総勢6人! ギャラ面とかでもめなかったんやろか(苦笑)

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2007年10月18日 (木)

☆“ウルトラセヴンX”を観てみた☆

関西圏では4ちゃんねる(毎日系)で土曜日深夜(午前3:25-3:55)に放送の始まった特撮ヒーロー番組が“ウルトラセヴンX(ULTRASEVEN X)”である。新聞の記事でその放送が始まったことを知った時には・・第1話を既に見逃した後だった・・(×_×) ってことで、気を取り直し第2話(Episode2)を録画⇒鑑賞した次第である。

物語の基本的なトコが全然つかめてなかったもんで、意外に思ったのは舞台が近未来の世界であり、既に異星人の存在が(半ば)肯定されてるらしきことだった。かつ「市井の人々を一方に描きつつ、怪獣撃退チームが奮闘する(大抵は怪獣を怒らせるのみで、あんまし役にも立たないんだが・・)」って(良い意味でマンネリな)ノリではなく、特殊捜査機関(デウス:DEUS)から派遣された“エージェント”と呼ばれるキャラクターが、殆ど単独か、或いはペアを組んだ小単位で(異星人がらみの)怪現象を調べる・・的な、どっちかと言うと“ウルトラマン路線”より“怪奇大作戦路線”に傾いた印象を覚えたか。

※尤も「怪奇〜」では、一切の“地球外生命体ネタ”は徹底して排されていたが。

にしても、光学系特撮を必要以上に駆使しまくってる未来都市の描写や、「K」だか「R」だかで呼ばれるエージェントらの存在を眺めるに・・『ブレードランナー(1982)』『メン・イン・ブラック(1997)』などからの影響が露骨に見られ、驚愕と言うよりは失笑を禁じ得ない。。意味なく(?)黒系コートを着用してる主人公(ジン)は『マトリックス(1999)』とか『リターナー(2002)』とかの模倣がアリアリだし(・ω・)

私的には、期待していた“セヴン”の作品世界観との余りにもの相違に、どうにも当惑させられてしまった。
全12話と言うことで、残りあと10話。果たして、どこまで録画タイマーを忘れずにフォロー出来ることだろう。

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2007年10月14日 (日)

☆しばらく更新を休止します(×_×)☆

14日(日曜)の午後、愛機「PowerBook G4」を心斎橋の「Apple Store」に持ち込み、
描画関連のパーツ交換作業を依頼します。

従って、PCが戻るまで(3〜4日ていどか?)は、
メールチェック、ホームページ更新、当ブログ更新、掲示板カキコ、エッチ画像の収集(おい!)
などの作業が出来なくなります。。
(これらのどの作業もケータイではムリみたいでして)

加えて“iPod touch”の充電も出来なくなるので、ちょっと焦ってたり。動画などは観ないようにするぞ、うん。

進捗状況など、何かお伝えしたいことがあれば、この記事の「コメント」として追記してみたいと思います。

では・・(・ω・)

※これからマシンのデータをフルバックアップする予定・・前回の経験で言えば「約3時間」だったかな?

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☆『フラガール(2006)』☆

少ぅし遡って・・(・ω・) 時間軸が入れ替わりますが、書いておきたいので、書いておきます。

6日(土曜)。この日は結局、昼頃まで寝だめして・・その後も新聞切ったりしてぐぅたら過ごしてしまった(・ω・) まぁ、限りなく疲れておるのでしょう。
夜には「土曜プレミアム」で地上波初放送された、期待の邦画『フラガール』を観た☆ 劇場公開当時から好評価を聞いていて(どこからだ?)、その後、地元の市民会館で特別上映会が催されたモノの、都合がつかなくて観れず、髪をかき乱して悔しがっていた(←そなぃに悔しがるなよ)作品なのだ。“映画メモ”を取る手指も何となく武者震いしてしまったりして・・(=^_^=)

昭和40年代の福島県いわき市が舞台。当時、石炭から石油へと国内のエネルギー源が転換していた時勢、全国各地の炭坑もまた次々に閉鎖されて行った。そんな中「常夏の島」をテーマにしたリゾート施設「ハワイアンセンター」の設立に併せ急きょ編成された、ハワイアンダンサーの女性たちの奮闘を描いた実話。

うう・・何とまぁ分かり易い物語。次第に“フラダンス”に目覚め、めきめきと実力を高めてゆく主人公、そんな彼女と無理解な母との確執のドラマ、炭坑町全体に漂う何とない“絶望感”、そして作品のポスターを一瞥しただけで、ストーリーがほぼ把握出来てしまう“明快なテーマ”・・

即座に連想したのは、何と言っても『リトル・ダンサー(2000)』なのだった。あのエッセンスを軸に『スウィングガールズ(2004)』の“方言によるコミカル演出”や“女性同士の友情”などの要素を効果的に取り入れた、みたいな感じ(所詮は邪推ですけど)。

今回はお1人ずつ、私評をば・・

蒼井優・・主人公(と解釈している)の紀美子役。冒頭で親友・早苗に誘われ「ハワイアンダンサー」のオーディションに参加する。本人は当初余り乗り気でなかったが、実は恐るべきダンサーの才能を先天的に(?)秘めていたのだった・・てな設定。ちょっと笑顔がぎこちない感じもしたが、確かになるほど「内に秘めた女優魂」の燃え盛ってる感じがする。真面目な役は(本作で)良ぅく分かったんで、いずれは「コメディエンヌな悪女」にチャレンジして欲しい。それが出来る女優さんならば、ワタシは認める!(←まぁたシロウトがエラそうに!)

松雪泰子・・東京から招かれたダンス教師=平山まどか先生役。ひと昔前にバラエティ番組(『ダウンタウンのごっつええ感じ』)に出てはったと思いきや、今やなかなかな女優の貫禄オーラを漂わせている。ただ、予想してたよりぐっとダンスシーンが少なく、そこは残念だった・・もっとポイントポイントで模範演舞(?)をして欲しかったなぁ。

岸部一徳・・センターの代表=吉本部長役。いつも通りのふてぶてしい(?)キャラ造形に加え、本作では「炭坑炭坑ってバカにすんでね、このいんごったがり(頑固モン)!」から始まる、見事な磐城弁(?)セリフを披露して下さる☆ このシーンだけでも必見かも知んない(私的に)。『顔(1999)』の時みたく、いきなし“退場”してしまったらどうしよう・・と不安で仕方なかったが、本作ではラストまで頑張ってくれた。アロハシャツを隠すようにジャージを重ね着し、機会あらば下のアロハを露出しようとするこだわりが微笑ましかった(=^_^=) 実に「TPOをわきまえた」お方ではある。

山崎静代・・(輝かしき(=^_^=))初期メンバー代表の小百合役。これまではテレビCMにおける“しずちゃん”しか目にしたことがなかったが、大体のキャラクターが掴めたか(⌒〜⌒ι) 本来の言動がどうなのかは分からないが、本作ではエキセントリックさを前面に押し出しつつも、ときに“ピュアさ”を訴えてくれた。

豊川悦司・・紀美子の兄・洋二郎役。『レイクサイド・マーダーケース(2004)』や『NIGHT HEAD/ナイトヘッド(1994)』など、関東人(?)ぽいキャラを演じる“トヨエツ”は全く好きになれないんだが、田舎モンを溌剌と演じてる本作では素晴らしい存在感を放っている☆ 私的には「まどか先生とのロマンス」をもそっと具体的に描いて欲しかったんだが・・(・ω・)

富司純子・・紀美子の母・千代役。この人のキャラクターなくば『フラガール』は薄っぺらい作品幅のままで終始してしまったと思う。劇中では、その過去らしき過去が殆ど語られなかったが、このお千代さんを主役クラスにして「炭坑町おんな2代繁盛記」とかを描いても面白かったかも知んない(あ、作品のテイストが変わっちゃうか(×_×))

寺島進・・まどか先生を追い、はるばる“北上”して来る(=^_^=) 借金取りのおっさん役。物語の中で結局描かれなかった「トヨエツとのボクシング(?)対決」を是非観たかったなぁ〜。「完全版」には収録されてるんやろか?

如何にも運行本数の少なそうなボンネットバス。吹きすさぶ風に揺れる、だだっ広い曇り空に渡された電線。少女らの汚れた爪先。運命を受け入れたか、黙々と地下へ降りてゆく、石炭で黒く汚れた顔の男たち。テープで修繕された、ひびの走った家の窓。
それらの映像に、説明っぽい字幕解説やナレーションなどは必要ないのである。
この『フラガール』の一番の素晴らしさは“決してセリフに依存しない”そんな演出の潔さ。

序盤でいきなり田園地帯にトラクターでやって来るまどか先生。そこに通りすがる、山(炭坑)へと向かうバス(車内)の男たちが好奇と肉欲にギラついた(=^_^=)視線を女に投げてよこす。彼女を送迎する吉本が「アレは野獣です・・山のケダモノですよ」とボソリ。少し後のシーンでまどかが叫ぶ「何なの、ここぉ〜!」
これだけで、まどかの困惑も、炭坑夫らの暴発寸前の性欲(=^_^=)も、余すトコロなく観客に伝わるのである。必要充分。これぞ邦画が本来持つ“表現力”だと思う。

色んなシーンで泣いた各位がおられると思うが、ワタシが唯一ホロリとさせられたのは、※※が町を去るシーンだった。少し離れた場所でまどか先生がサングラスをかけ(これは表情を見せないため・・)しゃがみ込んでいるのだが、いよいよ一家のクルマが動き出す時になって、まどかが彼女にどんな言葉をかけたか・・。
ここで何かを言わなければならない場合、的確な何を、どう言うのかがめちゃめちゃ大事なトコロなんだが、この演出がイイ。徹底したこのシーンの演出は泣けます!
ここ観て、何も感じない人間は猛省して下さい(・ω・) ←いや観客それぞれだけど。。
(加え、※※一家の向かう先がかの「夕張」と言うのも、その後を考えさせてくれる・・きっと裏側に何かのメッセージがあるのだろう)

本作からは他にも、
・言葉は建前に過ぎず、その瞳に湛えられ、態度に秘められた感情こそが本音・・と言う人間の深遠さ。
・技術が既に備わっていても、団結と言うスイッチが入っていないとダメ・・と言う教訓。
・親もまた子を見て育ち、師もまた生徒に教えられる・・と言う感動。
・・などのメッセージを受け取ったかな。

どれだけひいき目に観ても、どうにも既視感の漂うドラマなだけに、決定的な激賞を送れないのが辛いトコロだが、確かに「観ておく映画」ではあると思う、コレは。

〜 こだ(こんな)セリフもぶっこかれて(言われて)たでねべが(ではないか) 〜

洋二郎「金輪際、酒ぇやめた! ・・ビール!」 ←(=^_^=)
   「お前、いづから頭でモノ考えるよになった? ほぉ!?」 ←末尾の“ほぉ!?”がポイント☆
   「しっかし、女は強えぇなぁ」
   「お前は家を棄てたんだ、プロのダンサーになるまでは帰って来んな」

紀美子「先生の踊りを見て思った。もしかしたら・・変われるかも知んね、ここから抜け出せるかも知んねって」

まどか「こんなトコで何してんだろ・・」
   「出てって・・優しくされんの、慣れてない」
   「こんな時だから、バカみたいに笑うの」
   「出来ないなら出来ないなりに、助け合う気持ちがないの?
    炭坑の娘なんてこんなモノって思われて恥ずかしくないの?」
   「めんこい(可愛い)のに、追い出されてばっかだ」
   「失敗しても、間違ってもいいから、胸はって踊ろう!」

紀美子「誘ってくれて、ありがとな」
早苗「え、なんて?」

早苗「本気で、やめるなんて言ったら・・親友の縁、切っど」
  「あんたを自慢するのが、あたしのこれからの夢だべ」
  「有難う先生、今まで生きて来た中で、一番楽しかった!」

吉本「先生・・イイ女になったな。お元気で」

※※「あんな風に踊って、人様に喜んでもらえる仕事があってもいいんでねが」
  「こんな木枯らしぐらいで、あの娘たちの夢を壊さないでくんちぇ」

〜 無粋にも突っ込んでみます(⌒〜⌒ι) 〜

・まどかセンセ〜の指導のひと言「親指を“乳頭”に付ける」に、、密かにズキュ〜ン!(やめんかい)
・酔客の“お約束”な激励(か?)「ええぞ、激しく踊れ」「脱げ〜」も好印象(何でやねん)
・鉱山の娘さんたちの「脇のお毛々」・・デフォルト状態はどうなんやろ?(知らんがな)
・シーンの切り替えに「暗転」が結構多かった本作。意図的なモノかな?
・「振りには1つ1つに意味がある・・全てに手話の要素が含まれる」と解説されていたフラ。初耳でした(・ω・)
・「野辺の葬列」のシーン。現代の都市部では殆ど見られない習慣ではあろう。
・年頃の少年はあの町に1人もいなかったんだろうか? 少女らの色恋が全く描かれなかった不思議さ。
・まどか先生の借金問題は実のトコロどうだったのか?(因みに、実際の先生は借金取りに追われてはいなかったそうである)
・やっぱり、あの状況ではトヨエツも無傷では済まなかったんでは?

※何にせよ、当時の炭坑夫の方が、今の我々よかよっぽど健康だったように見えた。現代の成人男性など、炭坑掘りなんかやらされた日にゃ、数日で死ぬんじゃないだろうか。。

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2007年10月12日 (金)

☆『スキヤキウェスタン/ジャンゴ』☆

※本作のタイトルは公式には『スキヤキ・ウエスタン ジャンゴ』と表記されるが、私的には『ウエスタン』を『ウェスタン』と書こうが、勝手に区切り記号を変えようが、特に大きな問題はないかな、と考える次第である(・ω・)

11日(木曜)。決して「日々これヒマ」な訳ではないんだが、ここしばらく劇場で映画鑑賞出来ていなかったことに対するフラストレーションが異常に(?)高まっており、本日はここ最近珍しい試みと言おうか・・90分ほど残業してから、遅めの上映開始時間の映画を観よう・・ってことで、午後7時半過ぎより始まるプログラムで、公開中の和製ウェスタン活劇『スキヤキウェスタン/ジャンゴ』を観て来た。
劇場が“なんばパークス内”のシネコンなんだが、コレが「地下鉄乗り継ぎ+長距離徒歩」ってなけっこう面倒なロケーションにある劇場であり・・(×_×) ま、思ったよりシートの幅と足元の広さが取られてたので良かったけど。

「何故に今、ニホン映画でウェスタン?!」とその公開を知ったとき軽い衝撃を受けた1作。何となく、いきなりハリウッドにスタイリッシュな西部劇テイストを持ち込んだサム・ライミ監督の佳作『クイック&デッド(1995)』を思い出したりもした。あの作品もご時勢的に“唐突”な感が否めなかったが、キャストも豪華で、予想していたよりはるかに楽しめたのだった☆

源平・壇ノ浦の戦い(1185年)から数百年後・・ニホンの何処かの山間部に位置する寒村「根畑(NEVADA・・)」では「お宝(埋蔵金)伝説」に尾ひれがついてすっかり拡大し、ならず者が押し寄せる“ゴールドラッシュ状態”となっていた。様々な無法者が集まっては去って行った中、現在も村にのさばっている2大勢力があった。
それが、平清盛(佐藤浩市)率いる“赤の集団:平家”と源義経(伊勢谷友介)率いる“白の集団:源氏”である。
彼らの横暴な振る舞いの前に、村長(石橋蓮司)や勇敢な青年・アキラ(小栗旬)のわずかな勇気(?)すらも効果はなく、やがて村人たちは数人を残し、その殆どが逃げ出してしまう有り様だった。

村に残った保安官(香川照之)やルリ子おばさん(桃井かおり)、アキラの妻・静(木村佳乃)などは、それぞれの本能やら嗅覚を頼りに“どちらに歩み寄るべきか”を探っている状況だった。
そんな中、村に1人のガンマン(伊藤英明)がふらりとやって来る。
源氏と平家が彼を中心に、それぞれの対角線上から「お前はどちらの用心棒になるつもりか?」と迫る。
ルリ子の助言や保安官の甘言などを耳に流しつつ、ガンマンが導き出した答えとは・・みたいな展開。

冒頭シーンから、アッと驚くような風景(=^_^=)をバックに、放浪のガンマン・ピリンゴ(クエンティン・タランティーノ)が彼を付け狙う一味のボス(香取慎吾)と一触即発の状況になだれ込んで行くが、その辺りから既に“妙な感覚”がワタシを襲い始めるのだった(⌒〜⌒ι)
何と言うかね・・全体的に「すべってる」作品でした。スキヤキを例にすれば(=^_^=)「素晴らしい具材や店の雰囲気を準備しながら・・おかしな“鍋奉行”にムチャクチャにかき回されてゲロまずい(←失礼)シロモノに仕上がっちまった」そんな感じ。
実際の製作現場でどうだったのかは知らないが「三池崇史監督がアドバイザリー・スタッフとして招き入れたタランティーノの言動を受け止め過ぎ、かつ彼をリスペクトし過ぎる余りに、作品全体がタランティーノ作品などのコラージュに成り果ててしまった」そんな雰囲気だ。(←「 」内はワタシの妄想です、きっと)
「リスペクトと忠実なコラージュは違うんですぜ!」
「色んな部分でムダが多く、ダラダラしてましたぜ!」
と三池監督にはお伝えしたいトコロ。

俳優陣のバランスも何とも妙で、佐藤と伊勢谷はキャラ設定ほどに“実力が拮抗してる”感じが全然しなかったし、本来主人公であるハズの伊藤くんって、妙に印象が薄っぺらいのだ。彼は劇中で極めて寡黙を守っているのだが「万感を秘めて黙している」と言うより「ヘタに喋ると色々なボロが出そうだから黙らせておきましょ」的な制作スタッフの思惑までが(何処となく)感じられたり・・? 彼よりもよっぽど「美味しい」立場だったのは伊勢谷と、そして桃井さんでした(=^_^=)

ワタシの密かに注目してる怪優(=^_^=)田中要次氏が前半のみながら、かなり美味しい、インパクト溢れる役を嬉々として演じてた。結構そのクレジットも上位に配されてるし、何となく彼の演じたキャラのように「胸を涼風が吹き抜ける」ような爽快さである(=^_^=)
一方で石橋蓮司氏は、、高い位置から「村の行く末を見守る」・・文字通りそんな役でした(・ω・)
後は、香川氏演じる保安官のキャラがうざいながらも何とも強烈でしたね。。いわゆる「ゴラム状態」と言いましょうか・・(⌒〜⌒ι)

全体的に『ピストルオペラ(2001)』を何の予備知識もなく観た時のような、妙なぞわぞわした感じが(最初から最後まで)続いてましたか。いわゆる「うわー、すべってるなー」と本能的に体感してる、みたいな(⌒〜⌒ι)

あ、でもキーキャラである(?)“伝説の8本腕の殺し屋”弁天さんの活躍はカッコ良かったですなぁ! 特にあの背(せな)のタトゥーが妖艶で好きでした☆

〜 こんなセリフなんかもありました 〜

ルリ子「黙ってられないのがババアでね」
   「誰にだって、生きなきゃならない理由があるもんさ」

義経「武士(もののふ)の境地に至れ。眼の前の物を見るな・・感じろ」
  「お前は、この俺を本気にさせた“2人目”だ」 ←1人目とは・・
  「※とは・・何と風流な」

清盛「愛とは・・痛み」

ガンマン「同情など、この村では役に立たない」
    「巻き込まれたとしても、それが運命ならば・・逃げないのが俺の流儀だ」
    「男はなすべきを、なす」
    「例えどんな時代に、そして世界の何処にいようが、大切なのは自分の道を進むこと。
     運命を恨もうが、そこに道はない。逃げるな、自分の道を決めろ」

弁天「投げな!」 ※この“弁天”のキャラはカッコいい! アニメ描写もあります(=^_^=)
  「あたしのこのサインで、ハナシは通る」

※※※※「私はかなりの“アニメオタク”でね」 ←知らんがな!(=^_^=)
    「サヨナラだけが、人生だ」
    「死神は、鍋の中に棲む」 ←何だか深そうで、実は意味不明(=^_^=)

弁天「もしあたしが死んだら、この銃を※※に」
ガンマン「あんたが死んだら、そのとき考えよう」

弁慶「忠誠心は・・愛だった」 ←ふぇ〜

保安官「何じゃこりゃあ〜!(What's the hell!)」

追記1:“ジャンゴ”とは誰のことを指すのか? そこも楽しみ、かな?(しかし何故イタリアに渡ったんだろ?)
追記2:『デスペラード(1995)』『キル・ビル(2003)』と言った“準A級カルトアクション”のエッセンスがあちこちに☆
追記3:“ガトリングガン”と“ヘンリー六世(シェークスピア著)”でえんえん引っ張る清盛、“日本刀”でえんえん引っ張る義経。何だかなぁ・・キミら(・ω・)
追記4:平家のしとたちの“赤スタジャン”と松橋豊さん(トシオ役)の鼻水&涎がしばらく記憶に残りそう・・(×_×)
追記5:伊藤くんの上半身、思ったよか「鍛えられてなかった」かと。。

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2007年10月10日 (水)

☆『トランスフォーマー』☆

8日(月曜)。ホントは今日は(連休最後の日だし)一歩も外へ出ず、新聞を切ったりしたかったんだが・・ノートPCの具合の悪くなったことが我慢出来ず、正午過ぎから心斎橋にある「林檎ストア」へと(PCを携え←重ぇ〜)出かけたのだった。
当然のことながら、すぐ窓口で対応なんぞして貰える訳もなく(2階にサービスカウンターがあるも、スタッフの絶対(配置)数を少なく設定してるのか(?)声すらかけて貰えんかった・・(×_×))、取り敢えず夕方の予約を取り、PCは1階に預け、なんば方面へ繰り出したのだった。

元々から「時間の都合が合えば・・観るぞ!」と考えてたのが、上映期間も末期となって来た感じの『トランスフォーマー』である。今夏(!)の課題とし「コレだけは観とく!」とココロに決めていた1本なので、ばたばたしつつも何とか鑑賞が叶って嬉しかった♪

場所は「敷島シネポップ」。ここでの鑑賞自体がかなり久しぶりかも(・ω・) でも、何も変わってなくて良かった。
予告編とし『ディスタービア』や『ゾンビ3D』とか。。前者は自宅謹慎を命じられた男子学生が“覗き(ディスタービア)”をする内に、殺人事件の目撃者となってしまう・・みたいな『裏窓(1954)』の応用篇(?)っぽいホラー。主人公の足首にGPS追跡装置だかが装着される設定だそうだが、ランプの点灯色が緑から赤に変わると・・? ってな謎ネタがあるようで、そこだけが気になる。まさか・・爆発する訳じゃないとは思うが(・ω・)
後者は「3D眼鏡」を装着して楽しむ(←楽しいか?)ゾンビ映画。
・・ってか、ここまで映像技術が進化してんのに、、未だ「3D眼鏡の着用」なのか・・と違う意味でびっくり。。

さて、本編開始。「ドリームワークス」のクレジットが「どど〜ん」と表示されるオープニングで、効果音だけを“それっぽく”メカニカルなモノに差し替えてる“お遊び”がまず印象的だった(・ω・)

冒頭でナレーション。「世界に生命をもたらす」と言う“キューブ”なる物質の存在が語られる。宇宙に存在する“それ”は生命を創造する反面、戦争を引き起こすきっかけにもなり得るシロモノらしい。そして何処かへ失われた“キューブ”を探して銀河を旅し、やがて未知の惑星・・地球に辿り着いた“とある存在”が観客に伝えられる・・

物語は複数のロケーションで描かれる。

(1)中東・カタール。シャープ大佐の総轄する米軍特殊作戦司令部が、凶暴な「NBE(非生物的地球外生命体)←生物か生物でないのか、どっちやねん!」に遭遇し、奇襲を受ける。「NBE」は数ヶ月前に撃墜された筈の軍用ヘリ「4500X」に“偽装”していたのだった! 米空域を低空で飛行、基地(司令部)からの確認信号にも応答しない不気味なヘリは、包囲する兵士らの前で“2足歩行型ロボット”へと瞬時に変形、圧倒的な攻撃力で基地を瞬く間に壊滅させ、かつコンピューターからデータを盗もうとするのだった・・
完膚なきまでの破壊で、もはや生存者などいないと思われたが・・レノックス大尉ほか数名の特殊部隊員のみが奇跡的に生き延び、砂漠を渡り隣町(?)まで急ぐのだった。母国(合衆国)へと迫る危機を報せるために・・

(2)アメリカのとある高校。主人公=サム・ウィトウィッキーがクラスで研究発表を行っている。彼は曾祖父が1897年に北極探検をした際の品々を解説するが、あろうことか、それらをオークション販売しようと試みる(=^_^=) 教師にたしなめられるも、泣きついたサムは何とかA−評価をゲット。
彼は学校の外で待つ父親=ロンに「A評価が取れたこと」を報告、そのまま父との約束でクルマを買いに行く。(「A評価を3つ取ること」「2000ドルの自己資金を貯めること」が条件) 道中、ポルシェのショールームにコンバーチブル(オープンカー)を近付ける父に、有頂天となるサムだが・・それは(やはり)冗談で、やって来たのは場末(?)の中古車屋であった。ボビー・ボリビアなる太った店員は「黄色いシボレー・カマロ(74年型)」を5000ドルで売ると吹っかける。ロンは2000ドルしか出せないと言い、ボビーは「(合計)4000ドルならこっちのクルマだ」と隣の「フォルクスワーゲン・ビートル(?年型)」を勧めようとするが・・

(3)ワシントンDC。カタールの米軍基地が壊滅した事態に対し、国防長官ジョン・ケラー(ジョン・ボイト)が若き信号分析の専門家らを集め、攻撃の際に収録された“音声データ”を解析するよう命じる。その中には好奇心旺盛なマギーと言う名の女性プログラマーがいた。彼女は独自にデータを分析しようと、SDカード(パナ※ニック製の2ギガ)にコピーしてちゃっかり持ち出すのだった(←なんでそんなすぐバレる、愚かな行為をしたのかは不明(・ω・))。

(4)エアフォース1(大統領専用機)内部。無造作に置かれていたラジカセがいきなり変形(・ω・) 小さな“2足歩行型ロボット”となり機内からデータを盗み出そうとする。何も知らぬ大統領は「おやつを運んでくれ」などと自室(?)でのんきなことをぬかしている(←劇中で唯一の大統領発言だったような・・) データをある程度盗み出した小型ロボットは着陸した専用機からまんまと逃走、待ち受けていた謎の黒いパトカーに乗り込むのだった。

序盤こそ“シリアスな戦争モノ”かな? って緊迫感がびんびん漂って来たが、途中からチャンネルが切り替わり“学園恋愛モノ”にすっかり変形(トランスフォーム)しちゃう感じか。
ときに、主人公のサムってば運動ダメ、勉強もイマイチ、おまけに童貞らしく、何だか「若い頃の自分」を眺めてるみたいでかなりツラ〜くなって来た・・(=^_^=) 憧れのヒロイン=ミカエラがそんなサムと行動を共にすることとなるが、この娘さんもケバくて! 何とかならんのかこの2人・・って感じで殆ど感情移入出来なかったッス。。

中盤で、更に物語が急展開を遂げる。シンプルに言えば「味方の増援」なんだが、能天気と言うか、ダラダラしてると言うか、何か観ててクラクラして来た。特撮映像が限りなく凄まじいだけに、そいつらの言動を眺めてて「何なんだこいつら・・」と口あんぐり状態のワタシ。ココロの何処かで「・・見事なバカ映画や・・」なる呟きが漏れるのだった(×_×) ←最たるはウィトウィッキー家のお庭のシーンですね。。

特撮として秀逸なのは「白昼堂々の特撮映像」をガンガン見せてくれたこと。全然「夜間のシーン」に逃げてないのは爽快! また「ガラス越しのアクション描写」が多用されていた(例えば、オフィス内の人間が地上の激戦を見下ろしてたら・・ロボットがビル側に吹っ飛んで来る、とか)。実に意図的で誇らし気な印象。
世界レベルの危機な割に、とあるオフィス街限定で戦いが繰り広げられる「コンパクトさ」は観てて妙な気がした。これもある意味『宇宙戦争(2005)』の進化型・・か?

かつて『タイタニック(1996)』で舳先から墜落した船客が、スクリューにガン! と激突して海面にボチャンしてしまう描写に衝撃を受けたが、本作では「忌々しい!」と吐き捨てつつ、巨大ロボットが通行人をぶん殴り(?)、吹っ飛んだその人が止めてあった車に激突するシチュエーションが衝撃だった。あれは痛い、、痛過ぎですわ(×_×)

総括的には「特撮面では行くトコまで行っちゃってる作品」とは評価するも、反面「特撮だけじゃ“超A級大作”には仕上がらんもんなんやな〜」と考えさせられた。ハリウッドの映像表現力の凄まじさと、総合完成度の拙さ・・それらのバランス成立の難しさ、を深く思い知らされた1本である。

観賞後に連想した映画は『GODZILLA(1998)』と『スーパーマリオ/魔界帝国の女神(1993)』だろうか。期待し過ぎた故の、妙な「肩すかし感」・・まさにあの“筆舌に尽くし難き”フィーリングが甦る心地でした(=^_^=)

〜 こんなセリフがありました 〜

ボビー「ウチで買うんだな? クルマ」
サム「仕方なく」

ボビー「勘違いするなよ。車が人を選ぶんだぜ、人が車を選ぶんじゃない」
   「どうだこのセミ・クラシック車は? これは只の“色あせ”じゃなく“特別塗装”なんだ」

サム「犠牲なくして、勝利なし」
  「来たぁ、悪魔のカマロが・・!」
  「あの(高性能な)ロボットはたぶん日本製だ・・そうに決まってる」
  「50年後になって、後悔したくないだろう?」
  「隠れてるつもりかよ? まるで庭が駐車場だ!」

少年「『アルマゲドン(1998)』の100倍すげぇや!」 ←監督は同じマイケル・ベイ(=^_^=)
  「倉庫がメチャクチャだ! 隕石災害保険に入ってるのかな?」

※※※「幸運を試してみるかい? 悪党(Do you feel lucky? ..punk!)」

↑コレって“御大”クリント・イーストウッドの“決め台詞”じゃん!(=^_^=)

母「なぜ部屋に鍵を?」
サム「だって10代だから」

母「言い換えればイイの? “ハッピー・タイム”とか・・」
父「母さん・・そ、それは父親と息子の、男同士の会話だぞ」

レノックス「君はもう兵士だ!」 ←そ、そうなんか?

ミカエラ「あなたの車に乗ったこと・・後悔していないわ」

※※※※「人間にも運命を選ぶ権利がある」

※※※※※「弱者のために戦う者は、負ける運命なのだ」

シモンズ「これは“何をしても許される”バッジなのだ」
    「私はこうして丁寧に頼んでいる!」 ←どこがや・・

母「秘密なんてない国なのよ、このアメリカは」 ←このセリフに込められた“意図”とは?

〜 ちょっと言わせて 〜

■(完全変形でなく)最低限の変形で事足りる場面が多くなかったか? ラジカセロボなど、底部を「車輪」にして移動したらさほど目立たずに済むのに、と思った。
■地球外の存在であるロボットに、何故あすこまできめ細かな“人間のココロ”が備わっているのか?
■自転車ででんぐり返ってアスファルトに叩き付けられたり、ロボットに吹っ飛ばされて車のフロントガラスに激突したりするサム。でも、何故か無傷・・(骨折すらしない) ひょっとして、主人公は“アンブレイカブル(2000)”なのか?
■ご丁寧にもクチビルを動かし、マバタキまでするロボット。ついでにナミダを流してはどうか?
■敵ボスが言ってた「においで分かるぞ、小僧!」のセリフがどうにも違和感。。嗅覚あんの?
■某ロボットが股間部分から“潤滑油”を放出するシーン。あれは流石にモザイクかけとくべきでは?(⌒〜⌒ι)
■(車じゃなく)飛行機系をスキャンすれば、もっと機動性が高まったのでは?
■携帯ロボットの“ミニミニ誘導ミサイル”が可愛い。あれって人体に直撃したら痛いんかな?(・ω・)
■終盤では「映画史上最大規模のフットボール大会(←地域ルール採用)」が華やかに開幕となる・・(⌒〜⌒ι)
■旧カマロオーナーは、途中でがっかりさせられるかも。しっかし布袋寅泰作曲の“あのテーマ”には苦笑。
■重要アイテムの※※。河川敷(?)に転がったままだったが、壊れも回収もされてなかったのは不自然!
■コレが「200年前の物語」だったら、、みんなどんな変形をしてたんやろ?(・ω・)
■市街地で戦いが終わる・・。クラッシュした車が多数転がる中で、唯一「殆ど無傷状態」で放置されてたあの「ポルシェ・カイエン」はどやねん! と敢えて突っ込みたい。
■ジョン・タトゥーロさん(シモンズ捜査官役)、本作ではかなりウザかったっす(・ω・)

〜 作品の“裏”にこめられてた(?)作り手側のメッセージ(邪推) 〜

♦合衆国はスペイン語文化もいつも意識してます。
♦海外の兵士たちは勇敢で、日夜「世界平和のため」頑張っています。
♦「ハマー3」「ポルシェ・カイエン」もイイけど・・やはりカッコいいアメ車に乗ろう。
♦目下、警戒してる国は「イラン」「北朝鮮」「中国」です。
♦近年の大作アクションの“キモ”たる「高架の破壊」も盛り込んでます。『ダイハード4.0』に決して負けてません。
♦“サムライの国”ニッポンの製品を高く評価してます。でも、フィンランド製はちょっとね〜。

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2007年10月 9日 (火)

☆『バットマン/ビギンズ(2005)』☆

5日(金曜)。地上波初放送されたのを鑑賞。仕事の帰りに『iPod touch』のシリコン製ケースを求め、心斎橋からなんば(パークスの更に向こう・・)まではるばる(?)歩いたもんで、ちぃと帰宅時間的に「冒頭ぐらいは見逃すかな〜」と不安だったが、探してたブツもなく(どうやらまだ発売されてなかった模様・・ぐふぁっ!)とっとと帰路につけたため、放送開始にも間に合った(=^_^=)

80年後半、ティム・バートン監督により第1作の映像化された“闇のヒーロー”バットマンの「新」シリーズ最新作。「お前はジェームズ・ボンド(英国諜報部員:007)かい!」って突っ込みたくなるほどに、次々とバットマン=ブルース・ウェイン卿を演じる男優が変わって来たのも本シリーズの特色。今回の第5作では、監督に『メメント(2000)』『インソムニア(2002)』『プレステージ(2006)(←未見・・)』のクリストファー・ノーランを迎え、主演男優はぐぐっと若返って(?)クリスチャン・ベール。

※考えたらベールと(執事役の)マイケル・ケインってば『プレステージ』にも出演(共演)してるんやね。。立て続けの起用ってどうなんやろ・・(・ω・)

確かに今や紛うことなき大物俳優となったベールではあるも、私的には『リベリオン(2002)』における主人公役のインパクトが強烈過ぎ、しばらくは(彼が)どんな映画にどう主演しようとも、そのイメージは払拭出来そうにない・・本作も然り。

アメリカの中枢をなす架空の都市=ゴッサム・シティ。大富豪・ウェイン家を継ぐトーマス・ウェイン卿(本職は外科医)は妻マーサ、ひとり息子ブルースを連れオペラ鑑賞に出かけた帰り、暴漢に襲われる。その凶弾により両親を一時(いちどき)に失ったブルース少年は「蝙蝠(闇の象徴であり、誤って井戸に転落した彼に心的外傷を与えた存在でもある)を恐れる気持ち」と「悪を憎む気持ち」を静かに増幅させながら成長する。

14年後。逞しい青年に育ったブルース(ベール)は、父母を殺害した男=チルの公聴会に出席する。復讐の機をうかがっていた彼は、これ幸いと裁判所の廊下で拳銃を隠し持ち仇を待ったが、チルは街を牛耳る犯罪組織のボス=ファルコーニの差し向けた女刺客にひと足早く射殺されるのだった。

街の誰もが恐れるファルコーニに臆することなく会いに行ったブルースだが「富豪のお坊ちゃん」と軽くあしらわれ、部下らの手で店外に放り出されてしまうだけだった。路地に這いつくばりながら、ブルースは「街を支配する巨悪の存在」を身をもって知る。そして「悪と戦う力を、悪と戦う方法が知りたい。街を蝕む巨悪に恐怖を与える方法を」と考えた彼は「超越した力」を求め単身、世界を放浪する・・

チベット(?)の奥地・・ヒマラヤ山中。そこで“影の同盟”なる秘密結社(?)に合流した彼は、リーダーであるラーズ・アル・グール(渡辺謙)の監督の下、教官ヘンリー・デュカード(リーアム・ニーソン)の実技指導を受けメキメキと暗殺者(?)としての腕を上げて行く。

7年後。再びゴッサム・シティに帰還したブルースに、もはや迷いはなかった。
かつてはウェイン産業(父トーマスの設立した企業)の役員だったルーシャス・フォックス(モーガン・フリーマン)の応用科学技術と、ゴッサム市警の“最後の正義(←買収されていない男)”たるゴードン巡査部長(ゲイリー・オールドマン)の情報力を武器に、ブルースは“バットマン”としての正義の羽ばたきを静かに開始するのだった・・ってな展開。

ワタシとしては「※※※※※が父母を殺害した仇敵」って設定がとても運命的・脚色的に素晴らしいと思ってたんだが、どうやらそれは第1作(1989)のティム・バートン監督による“リ・イマジネーション(=^_^=)”らしく、今回のストーリーこそが原作版コミックの流れに沿ったある意味「本来の形」らしい。

公開当時、劇場で鑑賞したが、その際は「渡辺謙」の言動にのみ集中して観てたようで(⌒〜⌒ι)全体を流れる「思想」みたいなモノまでフォローし切れてなかったが、今回は「正義とは? 悪とは?(=善悪論)」って言う部分の根本的な「ヒーロー哲学の骨子」が色んなセリフの中で描かれており、そこが素晴らしかった!(バットマンと言うヒーローが、どうにも“戦ってるより悩んでる時間の方が多い”そんなうじうじ野郎にも思えたり(=^_^=))

幼馴染みの女性、レイチェル・ドーズ(ケイティ・ホームズ・・トム・クルーズの現・嫁さん!)が地方検事補としブルースの公私に絡んで来るが、恋愛相手のイメージはかなり薄く、その割にバットマンの正体を知ってしまうトコは「(次に)引っ張ればエエのに、勿体ないなぁ・・」と感じた。

その点、真の夫婦関係と言おうか・・突出してたのが、執事アルフレッド(マイケル・ケイン)の巨大な存在感。両親亡き後の(ブルースの)後見人然とした立場に加え、メンタル面でのフォローを一手に引き受けている。まるで“先代バットマン”ででもあったかのようなキャラの分厚さである・・
劇中では傷つき倒れたブルースを2度(←確か)までも「窮地」から救い出す。うち1度など、高所で動けなくなっていたバットマンをクルマで迎えに行くのだ! どんな救出シーンが展開されたのか、ちょっと想像しにくいぞ(・ω・)
どうせならアルフレッド自身の息子とかを登場させ、実務的フォローをさせ、その少年が次作以降でバットマンの相棒(助手?)である※※※となればエエのでは、とか思うが。

何故だか(ニッポンじゃなく)ヒマラヤに本拠を構える“ニンジャ組織”とし描かれる「影の同盟」。正義に燃える組織かと思えば、現地人を誘拐・監禁・殺害してたりして何だか良く分かりませんし。。
「とある使命」を自負する彼らは、世界の歴史(もちろん裏歴史・・)の中で、あちこちの(退廃した)都市に遠征し“コト”を行うんだが・・“ニンジャの歴史”と比して考察すると、途端に説得力がなくなってしまうよ〜な。
もの凄い「毒」を精製することに成功するも、そのワクチンすら開発出来てないし(フォックスが難なく開発するトコがすごい! 同盟は彼をとっとと誘拐⇒洗脳すべきだったぞ(・ω・))

ブルースを鍛えるデュカード。氷原で剣術の指導をするんだが、かなり『スター・ウォーズ・エピソード1/ファントム・メナス(1999)』におけるクワイ・ガン・ジンのイメージとダブる。ま、元々・・リーアム兄さんご自身が『ダークマン(1990)(notどおくまん)』なるダークヒーローを演じてたこともあるんだけど。

さて、もう1つ、今回の鑑賞で楽しんだのが“等身大(=^_^=)のアンチ・ヒーロー”としゴッサムを暗躍する精神科医のドクター・クレイン(キリアン・マーフィー)。ボロボロの麻袋&怪し気なガス攻撃で“スケアクロウ”なる怪人を演じるが、何の超人的身体能力も備わってないくせに、妙に作品全体を引っ掻き回してくれるのだ。どうやら続編にも登場しそうな様子なので、楽しみにしたい(=^_^=)
※私的に『エレファント・マン(1980)』を連想してしまったかな。。

その他、こんなトコに突っ込ませて下さいよッ!(=^_^=)

■「タンブラー」と称される巨大装甲車が本作での“バットモービル(=バットマンカー)”なんだが、いかんせんパトカー相手に逃げまくるだけ、ってな用いられ方がイマイチやな〜と(・・にしても、あのカーチェイス、、パトカーの警官が複数名ほど殉職してるんじゃ?)。公道で破壊の限りを尽くしたバットマンは後で「こっちも必死だ、ルールを守っている余裕はない」とか切り捨ててましたけど(⌒〜⌒ι)
■最後にちょこっとだけ登場する宿敵※※※※※。何か単なる「仮装したチンピラ」みたいに解説されてたけど。。
■渡辺謙さん、、本作程度の起用なら、、オファー(出演)を断っても、、良かったんですよ(⌒〜⌒ι)
■ルトガー・ハウアー(アール社長役)も何か人物像が弱かったなぁ・・
■ゲイリー・オールドマンも“クセ”がなさ過ぎてどうにも・・ねぇ。本作のキャラならウィリアム・H・メイシーの方がより「らしく」演じてくれたんじゃないの?
■終盤のシーン。映像の大半が“ガスってて”何が何やら分からんトコがありました。。
■あんな形の手裏剣がホントにちゃんと飛ぶの?

〜 素晴らしかったセリフ群 〜

トーマス「人は何故落ちると? それは這い上がることを学ぶためだ」
    「生き物はみな恐がりなのだ、猛獣は特にな」
    「ブルース、大丈夫だ・・恐れるな」

ブルース「(放浪の中で)飢えに負けて盗みを働いた時、それまで単純と思っていた善悪の判断がつかなくなった」
    「人々を動かすには、特別な衝撃が必要なのだ」

デュカード「戦いにおいて、トリックは武器となる」
     「確かに“戦いにおいて、トリックは武器となる”とは言ったが・・君のは少々やり過ぎだ」
     「戦おうとしなかった者が悪い、より重要なのは訓練ではなく、戦う意志だ」
     「恐怖を克服したければ、己が恐怖の存在となれ。自らが忌まわしい存在にな、暗闇を味方に」
     「存在の痕跡を残せば、負けだ」

ブルース「僕をまだ見放さないのか?」
アルフレッド「もちろん」

アルフレッド「私はお父上からあなたを託されたのです」
      「お父上の遺産は、このお屋敷だけではありません」

ファルコーニ「わしの力はカネの力ではない、恐怖の力なのだ」
      「理解出来ないモノをこそ、人は恐れる」
      「知らん方がいい、人の秘密を知り過ぎるとロクなことにならんぞ」

レイチェル「正義と復讐は違う。正義とは秩序。復讐なんて・・単なる自己満足に過ぎないわ」
     「人の心は見えないものよ、その行動でしか分からない」

ブルース「君ひとりじゃ世界(=ゴッサム)を変えられない」
レイチェル「でも、やるしかない」

フォックス「(開発した素材を何に使うかは)言いたくないなら言わなくていいんです、私も知らない方が楽だから。
      ・・だが私もバカじゃない」

アルフレッド「何故、蝙蝠をシンボルに?」
ブルース「僕にとっての“恐れるモノ”だから」

バットマン「神にではなく、オレに誓え!」

※※※「慈悲は弱みになる、言ったはずだな?」
   「この街はもはや腐敗し切っている、我々が容易く入り込めたのがその証拠だ」
   「森が育ち過ぎると・・何処からか山火事が起こる」
   「正義とは、バランスだ」
   「我々の狙いは1つ・・パニックだ」
   「恐れねばならないものは・・恐怖そのものだけだ!」
   「信念を貫く決心が出来たのか?」

フォックス「私は解雇されたから、入館証が無効になってるのですが?」
ブルース「あんたなら、何とでも出来るだろう?」
フォックス「勿論」

ゴードン「我々(警察)がセミオート銃を使えば、犯罪者どもはフルオート銃を持ち出して来る・・つまりは、イタチごっこだよ」

教訓 ・・ 命がけで助けた相手が、いずれ敵となることもある(・ω・)

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2007年10月 7日 (日)

☆『コールドマウンテン(2003)』☆

4日(木曜)。残業を終え帰宅、半ばヘロヘロになりつつも「木曜洋画劇場」で地上波初放送(←確か)された大河系恋愛冒険ドラマ(≒超ハーレクインロマンス大作(=^_^=))『コールドマウンテン』を途中から鑑賞した。

公開時、劇場鑑賞した本作。当時の印象は「ハリウッドの名優がガンガン出演してる割に、何処となく寂しい世界描写やな〜」ってトコだったが・・実に「イギリス・イタリア・ルーマニア合作」の映画だそうで。欧州で描かれた(米国の)南北戦争・・考えたら、実に不思議な味わいであったのも頷けるよーな・・(・ω・)

南北戦争末期、戦地で重傷を負った南軍兵士インマン(ジュード・ロゥ)は“軍規違反(=死罪)”を覚悟の上で収容先の病院を脱走する。彼が目指すのは故郷の寒村“コールドマウンテン”。出征前(3年前)に1度、激しい口づけを交わしただけの(と言っても、結構長時間のキスだったけどな(⌒〜⌒ι))牧場の令嬢エイダ(ニコール・キッドマン)に再会するため、彼は死を覚悟で追っ手からひたすら逃げる。
道中、様々な人々との出会いを経て、ようやく故郷にたどり着いた時、彼を待ち受けていた運命は・・みたいな流れか。

序盤の30分以上を観逃したもんで、インマンが重傷を負ったきっかけ(確か至近距離の爆発だったかな?)や脱走を決意した心境が良く掴めぬままだった。
また、病院で出会ったあの親切な女性(看護師?)ともし意気投合してたら、また別な物語も進行したことだろうが・・(同じアンソニー・ミンゲラ監督の『イングリッシュ・ペイシェント(1996)』がそんなノリのドラマやった)

この作品で印象的なのは「他者(動物であったり、敵兵であったり)を殺(あや)めて生きていかざるを得ない不条理な条理さ」と「銃後の人々が直面する、よりタチの悪い戦争の側面」であろうか。
「義勇軍」とは名ばかりの“私刑(リンチ)集団”の存在や、病気の赤子を寒風に放置して何の良心の呵責も受けぬ兵士ら(←ま、彼らなりの追い詰められた心境は呟かれるが)など、特に本作における“悪”は徹底的に陰湿で恐ろしい。

「カネなんか何の役にも立たない、食べ物と防寒着(ブーツなども含まれる)、そして銃(武器)が欲しい」・・みたいな戦下の価値観も(すっかり平和ボケしてる)ワタシの頭にぐさぐさと刺さって来た。スピルバーグの近作『宇宙戦争(2005)』もそうだったが、非常事態の下ではホンマに「価値観の急転換」を迫られるモノなんやねぇ・・(・ω・)

さて、主演のロゥ。何故だか、戦場に放り込まれ泥まみれとなる・・ってなキャラが際だってるよ〜な。。ってか『スターリングラード(2001)』の印象が未だに強烈なんかも。。ニコールはちょっと年齢設定的に強引に若作りしてる感じか。。しかし、この映画の製作がもう10年も前なら、ジュードの代わりにトム・クルーズにきっと白羽の矢が立ってた気がしなくもない(⌒〜⌒ι) それだと、まんま『遥かなる大地へ(1992)』だけんど(×_×)
ジュードが嬉々として(?)「脱ぎ」を披露してくれたのに引き換え、ニコールはまだ“大女優としてのプライド”をかなぐり捨て切れてなかったか? 中途半端なセクースシーンでした。nippleも思いのほか小ちゃいし・・(やめなさい!)

本作最大の“謎キャラ”がルビィ・シューズを演じたレニー・ゼルウィガーだろうか。放浪の野生児(?)みたいな女性で、(エイダとの初対面時に)獰猛な鶏の首を引きちぎって見せたりするんだが(私的に、アレはきっと“男根を引っこ抜く”メタファーなんだと思う(⌒〜⌒ι))、反面、男どもの暴挙に対し「今に天罰が下るよ!」と他力本願ぽい弱音(?)を吐いたり・・。あの言動はちょっとキャラとしての全体的なバランスを崩してたような?

他に、インマンが道中で出会う“背徳神父”を演じたフィリップ・シーモア・ホフマン。中盤でいきなし退場してしまいびっくり。ちと余韻がなさ過ぎなんじゃ・・?? 現場で脚本家と揉めたんやろか。。
ナタリー・ポートマン演じる未亡人(?)セーラ。『レオン(1994)』から美しく育ったなぁ・・と思いつつ「この娘の“泣き顔”はいつ観ても壮絶やなぁ」と感心したり(・ω・) 号泣と発砲、、この2つのキーワードは『レオン』の頃とさして変わってません(・ω・)
なお、役者名すら分かんなかったが、山小屋でひっそり暮らす老女の言動が今回は鮮烈だった。傷つき倒れたインマンを連れ帰り、全裸にした上で手当をしてるトコロ・・何らかのざわつきがその際、彼女の心に生じたハズ・・と邪推もしてしまうもんだが(←知らんがな!)

ウィキペディアでは「ゲイ」と記載されている監督。流石に(?)と言おうか、女性キャラの描写が生き生きとしてて秀逸! 終盤で主要な女性らが銃を手に“ならず者”をバンバン撃つ(?)辺りなど、ある意味『テルマ&ルイーズ(1991)』をしのぐ爽快感が(瞬間的に)あったりなんかしちゃったりするかも。反面、男性キャラの描写が全体に淡白で、死の描写があっけなさ過ぎたのが残念だったか。
あんだけ悪の限りを尽くしたキャラに、大した末期のひと言も言わせず「さっさと死に追いやる」演出は、、ちょっと納得出来ない。

何にしても、本作を観て分かった(学んだ?)のは「死ぬときは、死ぬ」ってことだろうか。
恋人を失ったあの人も、どのみち今となっては寒村の土の下に・・(そりゃそうか)

追記1:南北戦争モノと言えば・・「ヒロインのお屋敷が燃える」のが“お約束”と思ってたが(⌒〜⌒ι) 本作はさにあらず。どうせなら、折角ドナルド・サザーランド氏(エイダの父役)が出演してるんだから、彼自身がご乱心して火を放ち「この世界を・・燃やし尽くす・・!」とか言って欲しかった(←そりゃ『バックドラフト(1991)』だろうが!)
追記2:メモを取ってないんで、セリフ収録なしです。すんませーん。
追記3:あ、1つだけ書いてました(⌒〜⌒ι)

インマン「君と過ごしたほんの数分は、僕にとって永遠にも勝る時間だ」

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2007年10月 6日 (土)

☆iPod touch 入手。☆

3日(水曜)の夜、帰宅したら、自室に『iPod touch』の梱包が無造作に置かれてた。と言っても、実は配送業者の「荷物お問い合わせシステム」を使いネットで「既に到着してること」は分かっていたので、心中は少なからずドキドキ状態だったりしていたが・・仕事ちぅ(⌒〜⌒ι)

段ボールの箱を中央からカッターナイフで「から竹割り」にすると、いきなり紙製のパッケージが転がり出た(外箱が分解するように開くため、こぼれ出すような感じである。床に落とさぬよう注意!)

パッケージだが、紙製ながら、シンプルな配色&高級感漂うデザインで、なかなかイイ感じ。どことなく「Leicaのコンパクトデジタルカメラ」のそれにも通じる上品さ。

パッケージを開けると、まず黒い樹脂製のトレーにむき出しの『iPod touch』が載せられ、それをどけると、説明書(の入った黒い紙ケース)や付属品(の入った白い樹脂の袋)が底面に収められている。

イヤフォンは見慣れた(?)昔ながらの白配色&デザインのモノ。コレがどうにも好かんワタシは、別に購入してあったソネィ製(!)のを使う事に。何にしても『iPod touch』には黒配色のイヤフォンが本来似合うと思うのだ。

恐る恐る、本体の周囲にぐるり貼られた(巻かれた)保護フィルムを剥がし、これまた購入しておいた液晶保護フィルム(3.5インチ画面用)を恐る恐る貼付けた(液晶付き製品の購入時は、真っ先に保護フィルムを貼らないと気が済まないワタシ(⌒〜⌒ι))。

電源をオンにしたが、流石に残量が殆どなく、早速USBケーブルをノートPCに繋ぎ、充電を開始させた(因みにこの接続ケーブルも白カラーなので、ちょっと白けてしまう、私的に・・それにちと固くて外しにくい)。

さて『iPod touch』本体。第一印象は(当然ながら)「薄い、軽い、非常にシンプル」の3拍子! パッと見た感じ「2つ」しかスイッチが見当たらず、不安になってしまうほどだ。。
裏面は鏡面仕上げ。この手の『iPod』の所有は初なのだが(以前に短期間、初代『iPod shuffle』を使ってた程度・・)ちょっと貴金属のインゴット(鋳塊)っぽくて面白い☆ コレが(到着にやや)時間のかかった理由でもある“サービス刻印”は、さり気なく個性を放ってくれてて良かった。因みに何やらラテン語で刻んでおります・・(・ω・)

その内に充電も終わったので、規約に同意の上、PCから楽曲データをシンク(転送)した。続けて画像関係も少しシンク。

1日目の感想は以下。

♦液晶は明るくて大きい! デジカメ背面の「2.5インチ」液晶にも当初驚いたが、更に快適さを感じる。
♦アルバムジャケット(画像)の表示がかなり便利で楽しくて良い。反面、画像のないアルバムには妙にイラつく・・
♦指ではじいてリストを(左右に)流す操作は便利。
♦表示された画像を2本の指で開いて拡大する(いわゆる『くぱぁ』エフェクト)操作は、初めてやると驚愕のひと言!
慣れて来ると・・かなりの卑猥さを感じてしまったり(⌒〜⌒ι) 「蚫の画像」なんぞを表示して遊ぶと・・かなりキッツイぞコレは。。
♦電源オフ時の「長押し⇒画面スライド操作」が、スイッチを押し込んでる感触がある訳でもないのに、妙に確実に思えたり(・ω・)

2日目はこう。

♦職場に持って行き、プチ自慢。所有者本人そっちのけで(⌒〜⌒ι)そこそこに盛り上がってたか。でもみんな、多分「液晶が暗いな〜」と思ってたことだろう。いや、実は「明るさ(設定)が最小限」だったんスよ(・ω・)
♦ジョブズ氏のプレゼンテーション動画(ポッドキャスト)を取り込んでいるが、コレが妙に素晴らしい。横長ワイド画面で同氏の神業的なプレゼンテーション(声がいい・・スターの声だ・・)を聞いていると・・すっかりファンになってしまいそうだ(=^_^=)
♦帰宅後、PCの設定をいじくって「家庭内Wi-Fiネットワーク」を構築してみたら、あっさり実現したものでビックリ! こんなに簡単とは・・検索エンジンは専ら「google」と決めてるので、色々とキーボード入力を試しつつググってみる。
♦そろそろ不満、ではないが・・気になる点が出て来たり。
(1)起動にやや時間がかかる。測ってみたらスイッチを押してから約16秒で基本画面が表示された。こんなもんなんか?
(2)もっと細かいバッテリー管理モード(確認画面)が欲しい。
(3)ドック接続部(端子)がむき出しなのがどうかな、と。
(4)スピーカーがあれば良かったかも。いや、やはりそうなるとデザイン性を損なうか??

3日目はこう。

♦出来るなら早めに専用ケースが欲しいトコロ。指紋付着やら小キズの危険性やら、かなり気になってしまいます。
♦アルバムジャケットを取り込めるようなソフトが欲しい(フリーで)。あるんかな?
♦コレは私的な問題だが、付け根が「L字型」のヘッドフォンを使用してるので、ケーブルで繋ぐ際に邪魔になる。

そんな感じで、今のトコロは特にトラブルも(大した)文句もなく、楽しんでおります。

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2007年10月 3日 (水)

☆『永遠のマリア・カラス(2002)』☆

1日(月曜)。衛星第2で放送されたものを鑑賞。“世紀の歌姫=オペラ歌手(←歌姫と言ってもそこらの“Jポップ系(量産型&人為型)”ではなく!(=^_^=))”マリア・カラスの晩年を、彼女と親しかった監督が「想像と記憶を膨らませて」描いたドラマ。虚実ない交ぜな側面も少なからずあるようで、厳密に言えばマダム・カラスの“真実のドラマ”と言うより・・フィクション性を際だたせ、エンターテインメント性を強調してた感もあったか。ま、それ故に観易かった訳でもあるけど。

1977年。パンク・バンド「バッド・ドリームズ」(何と客席に向かって“放尿”パフォーマンスをご披露する連中らしい(×_×))のライヴ公演を手がけるためパリへやって来たベテランプロモーター、ラリー・ケリー(ジェレミー・アイアンズ)は、日本での公演を最後にオペラ歌手としての表舞台から姿を消した、旧友マリア・カラス(ファニー・アルダン)に面会を求める。
53歳となった彼女は全盛期の美声を失い、かつての恋人だった海運王オナシスの死のショックから未だ立ち直れぬままに、パリの屋敷で隠居生活を送っているのだった。

当初こそラリーのやや強引な面会に不快の念を隠さなかったマダム・カラスであったが、そのプライドを器用にくすぐる(?)彼の巧みな話術に導かれたか、やがては再び、屋敷の外へとその足を踏み出すのであった。
ラリーの持って来た企画書“永遠のマリア・カラス”の中で彼女が乗り気になったのは、これまでの歌手人生の中で、一度も演じた事のなかったビゼー作『カルメン』の映像化である。
スペイン人のエステバン・ゴメス監督が撮り、相手役のドン・ホセには若くてジゴロっぽさげな青年、マルコがオーディションで選ばれた。

問題はマダム自身の“声”であったが、そこは専門家のテクニックで「現在の映像」に「22年前の(全盛期の)声」を編集、重ねることで“この世の美しさを超越した声”が見事に再現されたのである。

完璧な踊りにこだわるマダムのプライドが、時として監督やラリーと衝突する場面もあったが、最終的には素晴らしい出来映えで映画『カルメン』はクランクアップしたのであった。

その追い風をチャンスとばかり、ラリーを筆頭とした出資者らは『椿姫』『トスカ』などの名作オペラを次々に彼女に演じさせようとするが・・マダムならではの大きな気まぐれで、それらのプランは大きく方向を変えるのだった・・みたいな流れ。

主演のファニー・アルダン。近作『8人の女たち(2002)』でその存在を(初めて・・)意識した女優さんなんだが、かの作品では結構しゃしゃり出て演技してる割にそんなに魅力が感じられず「なんだなんだこのおばさむは・・」とムッとしてしまった覚えがある(・ω・) が、本作では髪型メイク&&服装が良かったせいか(?)はるかに魅力的に映ったのであった。
若い頃のファニーさんは、、おぼろげながら、往年の刑事ドラマ『Gメン75』に出ていた中島はるみと言う女優さんに何処となく雰囲気が似てたような気がする(実は全然似てなかったらすまんそん・・)

本作ではアイアンズ氏が「ペテン師肌のゲイ」と言うメチャメチャ難しいキャラ(⌒〜⌒ι)を“妙に自然体で”演じてることから、生半可な女優さんではその存在感がすっかり薄まってしまうトコだが、そこは流石に“大女優のご貫禄”って感じで、堂々と渡り合っておられた。。
中でも「天才肌で感覚型の女性」を感じさせる“意見がころころ変わる”“内から発する(本能的)感情に流され易い”“実人生の大半をオペラ(架空の)世界の中で生きている”“誰かと出会った瞬間、その別れにまで気を巡らせる繊細さ(?)を持ち合わせる”などの複雑ですんごい思考回路を持つ人物像をサラッと自然に演じておられた。
そこで失敗すると“ホラー系女優”に開眼(=^_^=)しちゃうトコを・・ぎりぎり“寸止め状態”で踏みとどまってる辺り、流石はベテランさんである☆

本作を観て思ったのは「儲け目当てに天才に絡んで行っても、人生を翻弄されるだけかも」ってことだろうか。本人にさして悪気がないだけにより始末も悪いし(⌒〜⌒ι)
「天才を利用しようとして、結局は利用された凡人のドラマ」として眺めるのも一興かも知れない。

そして、本当の天才は・・その人生の引き際も潔く、唐突なモノなのかも知れない・・。

〜 こんなセリフが印象的でした 〜

マイケル「この補聴器をしていれば、誘惑は聞こえない」 ←画家の青年。本作のヒロイン(?)の1人?

マダム「私がいないと言えば、いないと思って」
ラリー「それが君の方便なら・・僕も“たまたま”立ち寄っただけさ」

マダム「私が(醜悪な声で)吠えても観客は喜ぶわ、舞台で道化を演じるのはもうごめんよ」

ラリー「君を知らない若い世代が、世界には沢山いるんだぞ」
マダム「あら、それは残念」

マダム「(墜落した)イカロスに再度の(飛翔の)チャンスがあると?」
   「色んな国で暮して来た、でもどの国の言葉も完璧じゃない・・私は一体何ものかしら?」
   「人生の最後に、(これまで)守って来たものを踏みにじれと?」
   「神は願いを叶えてくれるものよ、“間違った願い”さえしなければ、ね」
   「私たちはほんの束の間ながら、栄光を手に入れた・・すべてを・・それもやがては消え去るけれど」
   「答えられない質問はしないで」

ラリー「今までの人生で、誰かを心から信じたことがあるなら・・今日はこの僕を信じてくれ。
    ・・何も言わず、ただ信じてくれ」

マダム「(編集された声で)私に悪魔に魂を売れと?」
サラ「私があなた(マリア・カラス)だったなら、魂だって売るわ」

記者「スカラ座で公演を?」
マダム「観客がマナーを学ぶならね」

マダム「(気分を害したからって)ここで降りるの? 道の真ん中よ」
ラリー「この車の中よりはよっぽどマシだよ」

※マリア・カラスの最後の(公式な)舞台が、日本ツアーだったとは知らなかった(・ω・)
※本作で“劇中劇”として描かれる映画『カルメン』。その映像センスが予期してた以上に素晴らしかった!
 これを単体の映画版に編集し直して欲しいぐらいである(・ω・)

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2007年10月 2日 (火)

☆『トランスポーター2(2005)』☆

30日(日曜)。購入して来た某家電を接続したり、ごにょごにょやってる間に、ずいずいと時間が進んでしまい、自室のテレビで映画を観ることとした。
「日曜洋画劇場」で“地上波初登場(←たぶん)”された『トランスポーター2』である。

ジェイスン(←と表記してた、、私的にはジェイソンでエエと思うが)・ステイサム演じる主人公が、本職の「運び屋」から(ある意味)逸脱した命がけのトラブル(の連鎖)に巻き込まれつつも、持ち前の(?)超人的な身体能力&悪運の強さでそれらを難なく突破しちゃって行くシリーズ。
個人的には「運び屋として貫徹(≒完結)された物語」をこそ期待してるんだが、どうにもすぐ「本業を脱線」しちゃうトコが、本シリーズ最大の魅力でもあり難点でもある(⌒〜⌒ι)

元特殊部隊長とし、世界各地を戦い抜いて来た男=フランク・マーティン(ステイサム)。軍を退き民間人(半民間人?)へ転身した彼は、今や「世界最強のプロの運び屋」とし表裏の世界に名の知られた男となっていた。
彼が重んじるのは「ルール」であり、自らの仕事に関し「契約厳守」「(依頼人の)名は訊かない」「依頼品は開けない」の3ルールを設け厳格に遵守している。

彼は現在、麻薬取締局長(?)ジェファーソン・ビリングス氏(マシュー・モデイン!)の屋敷に雇われ、一家のひとり息子・ジャック(6歳)の送迎を平和に引き受けている。そんなある日、ジャックに予防接種を受けさせるため向かった診療所でテロ(?)が勃発、辛くも一味の何人かを撃退(≒殺害)したフランクであったが、結局ジャックは組織に誘拐され、彼自身がその容疑者とし連邦保安局(?)に追われる羽目となる。

偶然にもフランスからマイアミに遊びに来ていた友人(?)タルコーニ警部や、彼の無実を信じるビリングスの妻・オードリーの(携帯電話を介しての)協力を得ながら、フランクは単身、組織を追い詰めてゆくのだった。
そして彼は、全米の麻薬取締体制の壊滅を狙うウィルス・テロ(バイオ・テロ?)計画とその背後に蠢くコロンビアマフィア(←有りがち・・)の存在を知るのだった・・みたいな展開。

前作(2002)ではフランクの愛車はBMW(735)であったが、今回はアウディ(A8)である。御大(=^_^=)リュック・ベッソンが製作&脚本で大いに采配を振るっていることからも(=^_^=)、ごちゃごちゃと訳の分かんないギミックが車内に色々搭載されてるようだ。アウディのボディやガラスも完全防弾仕様となっておるらしい。
それにしては大して(オリジナルからの)重量増となってなさそうなのが不思議なんだが・・(⌒〜⌒ι)

カーアクションより、ステイサムの体術(≒格闘技)の方がよほどカッコ良かった印象か。身近にあるモノを咄嗟に武器や楯にし、攻防を繰り広げるのは出色(特に後半の、棒術で戦うシーンがなかなかイイ! ちょっと『燃えよドラゴン(1973)』とか『ペイチェック/消された記憶(2003)』入ってますわ☆)
しかしその一方で、冷静沈着で常に計算高いかと思えば、後先も考えず、某アイテムが外へ投げ捨てられたのを眼にし、窓を突き破って「ソレを掴むためだけ」に飛び降りるトコなど、アホなんだかどうだか良く分かんない(現実世界なら、あれは確実に“アホな行為”と思う)。
診療所内で戦うシーンなども、床に転がった「木製ドア」をシールドにして銃弾を防いでたが・・あのドアに銃撃を止めるだけの“何らかの秘密(防弾加工)”があったようには見えなかったぞ・・??

最大級にムチャクチャだったのは、クルマの底に仕掛けられたリモコン爆弾を「空中で捻りジャンプさせながら※※※※の先に引っ掛けて外す」と言う大技。これは流石に・・白けました(×_×) まだシートイジェクト(脱出)の方が自然だったと思うぞ、うん。

敵ボスを演じてたおっつぁんの登場場面では・・きゃつは庭園(?)で剣道みたいな格好して大勢の下っ端相手に組手みたいなことをやってた。何なんだ、そりゃ(・ω・) おまけに何処となくベニチオ・デル・トロのバッタもんみたいな男優さんだったり。。
それに負けじと(?)クールな女刺客ローラを演じた女優さんも乳首もあらわにしての熱演だったけど、あんまし美人でないし・・(でもあのオネ〜さんの使ってる銃器は弾丸が無尽蔵な感じで頼もしい☆)
加えて、前作の演技がどうだったのか、もはやすっかり忘れてしまったが、タルコーニおぢさんが「ゆるみ切った言動のおっさん」と化していた。これではまるでベ※ソン自身だ!(←やめんかい)

途中から『M:i−2(2000)』をパクったようなストーリー展開に突入したり。私的には折角の“少年キャラ”が用意されてるんだから、もっと彼とフランクの交流(ヒューマニズム系)が観たかったのに・・。
終盤では、失速する※※※※内での激闘。かなりな勢いで海面に※※したのに、大破も爆発もせず、コレも白ける(×_×)

ってことで、本作を観れば誰もが「“御大”自身が“敢えて”監督をしなかった理由」に何となく気づくような・・そう言う“危うい作品”ではありましたよ、ええ(⌒〜⌒ι)

〜 こんなセリフもあったのだよ 〜

オードリー「もう私・・どうしたらいいか、分からない・・」
フランク「みんな、そうだ」

フランク「起きないことに気を揉むのは、意味のないことじゃないか?」
    「守れない約束はしない。これが4つ目のルールだ」

※唯一「おおっ!」と思ったカメラワークは、アウディがターンするシーン。頭上から写した「(車内の)シフトレバー」を操作する映像で、カメラ自身もぐるんと回転する演出がカッコ良かった! 両側から突っ込んで来るクルマをジャンプでアレする場面なんかより、よっぽど映像センスがあるし(=^_^=)

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