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2007年9月11日 (火)

☆『アバウト・ア・ボーイ(2002)』☆

今週も、またまた楽しい楽しい(←半ばヤケ気味(=^_^=))仕事のお時間が始まった☆
(先週末の)土日も殆ど(?)家を空け「寳塔ツアー」やらで走り回ってたため、休みと言える休みが殆ど取れてない状況が続いてたりもする・・(×_×)

さて、今夜からの衛星第2では「ヒューマニズム系の佳作映画」のオンエアが続きそうな気配(・ω・) 第1夜(?)はヒュー・グラント主演の『アバウト・ア・ボーイ』が放送されたので、やや早めに仕事を切り上げ帰宅、バタバタしつつも観ることが叶った。

本作、知らなかったが「イギリス/アメリカ/フランス/ドイツ合作」と言うことだ。ロケーションは主にイギリス(ロンドン界隈)なんだが、どう言う部分で仏&独が制作に関わってるのか、何となく興味津々ではある。←ネットで調べてないので、詳細は掴めてないままだが。。

今は亡き父親の作曲した童謡(?)『サンタの素敵なソリ(1958)』が大ヒットしたお陰で、息子であるウィル(グラント)は38歳を迎えた今も、特に何の仕事をするでもなく、悠々自適なシングルライフ(≒印税収入生活)を楽しんでいる。
ジョン・ボン・ジョヴィの歌詞にある「いかなる人間も島ではない」を独りごち(←正しくは英国詩人、ジョン・ダンによる言葉らしい(・ω・))つつ、「家族なんか鬱陶しくてまっぴらだよ」とふらふら暮らすウィル。
そんな彼の前に「シングル・ペアレントの会(SPA)」の集会をきっかけとし、12歳の早熟な少年マーカスが現れる。

心を病んだ母フィオナ(トニ・コレット!)と母子2人で暮らすマーカス。彼もまた学校でいじめに直面し、心の何処かで“父親”を探し求めていたのだった。
ウィルにすれば「セクシーなシングルマザーをナンパしまくる」目的でSPAに近づいたのだが、その魂胆を早くも見抜いた(=^_^=)マーカスは「内緒にしとくから」と言う条件で、ウィル宅に放課後通い始める。

やがて、ウィルはレイチェル(レイチェル・ワイズ!)なる女性と、マーカスもエリーなる女生徒と親しくなる。
そうして2つの世代の男が、それぞれの恋心に歩み始めるのだが・・ってのがおおまかな流れか。

ヒュー・グラント、まさに“水を得た魚”の如く「ダメ男」を好演してくれてる(=^_^=) 「見た目は好青年、しかし“心の声”(←いわゆる独白)は極めて毒舌な皮肉屋、そしてホンマは小心者」ってキャラクター(人物像)がモノの見事にハマってる!
きっと「名優ウッディ・アレンの“後継者”を名乗る資格のある男優」の筆頭に挙げられるべき人物なんじゃないかと思う(=^_^=)

物語自体は大したひねりもなかった感じだが、とにかくウィルの放つ「こしゃくなモノローグ(独白)」にいちいちメモを取る作業に煩わされまくった(=^_^=) これもまたウッディ・アレン作品を観てるような錯覚に、ときとして陥ったモノであった(=^_^=) ←この“しんどさ”がアレン映画を観るのを躊躇ってしまう理由である。。
が、単にシニカルなまま物語の進んで行く訳ではないのが、まだしも「良心的」とは言えたか(=^_^=)

事実、後半〜終盤になるに従い、ウィルの「ヒネた独白」はどんどん減って行くのである。
ま、その演出(?)を「ウィルが沈黙するに至った」と見るか「ウィルは依然としておしゃべりだが、監督が敢えてそのボリュームを下げた」と見るか・・も観客それぞれの解釈に委ねられてるのかも知れない。

ラストでは、マーカスの“絶対の危機”に駆け付けるウィル。まるで『セント・オヴ・ウーマン/夢の香り(1992)』のアル・パチーノやら『小説家を見つけたら(2000)』のショーン・コネリーやらを連想してしまったものだが・・やはり何処かカッコ悪く、観ててかなりホッとさせられた(=^_^=) まぁでも、撮影現場的には「ヒュー様が我が校の体育館くんだりにやって来たわ〜! キャ〜!」みたいな黄色いフィーバーぶり(←ナニ?)があったのかも知れない?!

私的に面白かったのは、ウィルとフィオナの微妙な関係だった。当初予想するのは「この2人、果たして巧く行くんやろか?」ってシチュエーションなんだが(2人のキャスティングから考えても・・)、実は意外な流れにもなるのである。
それにしてもトニ・コレット。『シックス・センス(1999)』や『イン・ハー・シューズ(2005)』におけるビジュアルと全然雰囲気が違ってて、けっこう驚かされた。意外と“カメレオン女優”さんと呼ぶべきなのかも知んない(・ω・)

〜 こんなセリフ(或いは独白)が印象的でした 〜

※※「実は、今まで黙っていたことが・・」
ウィル「それって、刺激的なこと?」

マーカス「また、下心のある男が一緒だ」

ウィル「まさに最悪の状況だった・・だが、救急車の後ろにぴったり付いて走るのは爽快だ」
   「人生はテレビ番組に似てる。毎回のゲストは変わるが、レギュラーはいつも僕1人だ」
   「人助けは本気で取り組まなきゃならない。だが・・本気も善し悪しだ」
   「クリスマスとはいわば・・自分を再確認する日だ」
   「つまらないプレゼントほど、子供は喜ぶ」
   「一度(心の)ドアが開くと、誰でもずかずか入って来てしまう」
   「今から“最期の威厳”を捨てるぞ・・良ぉく聞け!」
   「問題は“告白のあと”に来る質問だ」
   「他人(ひと)は、君を幸せにもするが・・不幸にもする」
   「人は島だ。その考えは今も変わらない・・だが、島同士が繋がっている場合だってある。
    実際に海底では地続きだ」
   「僕は“怪物”を作った。・・それとも“怪物”がこの僕を?」 

フィオナ「彼女には“怒る権利”があるわ」
ウィル「良く分かるよ。で、僕には“帰る権利”がある」

レイチェル「最初にあなたを見たとき、何処か“うつろ”に見えた・・それは当たっていたのかも」
ウィル「君の言う通りだ・・僕は“空っぽ”なヤツだ」

追記1:本作の原作者(小説)は英国作家のニック・ホーンビィ。何と『ハイ・フィデリティ(2002)』の原作も彼の手によるモノだそうだ。確かに“独身中年男の小心さ&寂しさ”のテイストは共通していたように思う。・・ってか、オレももはや年齢的に“他人事”じゃねえぞ!(⌒〜⌒ι)
追記2:ウィルの愛車は「アウディTT」。終盤でマーカスのもとへ急ぐ際、カーブをやや強引に曲がってたが、一瞬「左後輪が(路肩の)縁石を踏み越えた」のが何ともリアルな演出で印象的だった(・ω・)
追記3:もしスティーヴン・キングが脚色したりすると『ゴールデンボーイ(1998)』路線になっちゃうんやろか。。ラスト辺りはリチャード・リンクレイターが演出したら、もっと“ノリノリ(2003)”になってたかも(=^_^=)
追記4:主人公が下心からサークルに参加する辺りは『ファイト・クラブ(1999)』のエドワード・ノートンに通じるゲスさがあって好感度高かった(←おい)

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コメント

こんばんは。

私は途中で放映に気付き、観始めてから(映画の作品性とは何ら関係なく)どーにもこーにも睡魔に襲われて断念して眠ってしまいました。
中盤物語には結構引き込まれていたのですけれど・・・。

>ヒュー・グラント、まさに“水を得た魚”の如く「ダ メ男」を好演してくれてる(=^_^=) 

ヒュー・グラントって、なんだか軽くて・・・ね。
あのタレがちの眼とややしまりに欠ける口元のせいでしょうか。それがヒューさんの魅力とはいえ、私としてはマーカス少年の方に“男気”を感じてしまいました。

それからトニ・コレット。
確かに画面を観ていて最初「この人何処かで・・・観た事ある・・・あぁ!トニ・コレットや!」って口をあんぐり開けてしまいました。
直近で言えば『イン・ハー・シューズ』の彼女とは全く違いますよね。
でも結構好きなんですけど。

投稿: ぺろんぱ | 2007年9月11日 (火) 21時27分

ぺろんぱさん、ばんはです。
さっきまでドイツ映画観てました(=^_^=) 衛星バンザイ!

>観始めてから(映画の作品性とは何ら関係なく)
>どーにもこーにも睡魔に襲われて断念して眠ってしまいました。

そう言う作品もあるでしょうね。
ワタシが寝てしまったのは『ユージュアル・サスペクツ(の序盤)』と『シン・レッド・ライン』でしたかね。ま、鑑賞時の疲れ度にもよるんでしょう。

>ヒュー・グラントって、なんだか軽くて・・・ね。
>あのタレがちの眼とややしまりに欠ける口元のせいでしょうか。

ちょっとこの先老けたら、伊藤英明もあんな感じになると思いますけど(・ω・)
ま、同性としては、ああ言う「反発心のわかない顔」の方がホッと出来てエエですね(=^_^=)

>私としてはマーカス少年の方に“男気”を感じてしまいました。

なんかあの子役って、眉毛を中心とした顔の雰囲気が、レナード・ニモイに見えて仕方なかったですね。。

>でも結構好きなんですけど。

ヒロイン面で観ると、本作はあまり面白くなかったような。
極端なトコ「中年男性」と「ヒュー様ファン」向けの限定的な作品と言えなくもないですね。

投稿: TiM3 | 2007年9月12日 (水) 00時17分

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